主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
真国
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ヨナはハクがオギを知っていた事に首を傾げた。
「オギさん…?ハク、知り合い?」
「…空都裏町の情報屋です。俺はガキの頃、会ったきりだがたぶん今でもスウォンと繋がってる。」
「おいおい何言ってんだ。俺はスウォンなんて知らな…」
「スウォンだとは知らないフリして会ってるんだろ、ウォンと。
この時期に真国の情報を集めているのはなぜだ?あいつの依頼だろ?
俺を見て逃げだそうとしたのも、俺や姫さんの消息を耳にしてたからじゃねぇか?」
「…俺にだって知らん事くらいある。生きていたとはな…ハク将軍。ヨナ姫も…」
「…なぜ死んだと思っていた?」
「それは…」
「“ハクはイル王をリンと共に殺害し、ヨナ姫を連れて失踪”
これが世間に流れている噂だろ、オギさん?
あんたはこう考えていたんじゃないのか?
イル王を殺したのは本当はスウォンで、ハクとリンとヨナ姫は殺されたってな。」
「待て!一説として考えていただけだ…確信してたわけじゃない。でも…まさか……てか、お嬢はどうした…!?」
「…リンも生きてる。今は、な。」
「…くっ…ヤバそうな案件には踏み込まねぇようにしてたのに…
…それで?生きていたヨナ姫とハク将軍は俺にどうしろって言うんだ?」
「スウォンに会わせて欲しいの。」
「それはイル陛下の復讐の手助けを俺にしろと…?」
「違うわ。今回の事は私怨とは関わりないもっと重大な話なの。今頼りはあなたしかいない。
あなたはただ私とスウォンを引き合わせるだけでいい。どうか聞き入れて欲しい、高華国と真国の為に。」
その伝達はあっという間にスウォンのもとへ届いた。
彼は緋龍城に長期滞在をしているリリと共にいたのだが、今後オギとは会わせないと話していた。
スウォンによってリリは部屋を追い出されたのだが、その瞬間誰かとぶつかってしまった。
「きゃっ!ごめんなさい!」
「こちらこそ失礼しました。」
それは動きのぎこちない男性……ミンスだった。
オギはヨナ達を連れて馬車で空都にやってきていた。
情報屋の集まる酒場に彼らはやってきて今後の事を話す。
「ウォンには文を出しておいた。」
「文?正体を隠してる奴にどうやって文を出す?」
「急用時は空都のある店に文を預けておき、ウォンの代理人…恐らくウォンの部下がそれを受け取りに来る。
文は暗号で書かれてるから見てもウォンにしか解らない。
運が良ければ数日のうちにウォンは来るだろう。」
今回は事が事であるためここにヨナ達がいる事も記したらしい。
だが兵がおしよせてくる心配はないだろう。
ウォンが始まって仇討ちが始まればオギも罪人となるわけで、周囲はオギの仲間が見張りをしているらしかった。
「大丈夫だ、あいつは俺や姫さん、リンが生きている事を知っている。スウォンだけじゃない、ジュド将軍やグンテ将軍もだ。
俺がイル陛下殺害したと思っているのなら、あの2人は即俺を捕らえなきゃならない。
だがそうしない。それはあいつらはイル陛下の死の真相を知っているからだ。
こっちが大人しくさえしていれば手を出す気はないんだろ。何にしても俺にとっちゃ全員同罪だけどな。
でも今は…仲間の命が懸かってる…私怨は…抑え込む。」
ハクはそう呟きながら胸元にある羽の簪を握った。
―必ず助ける…だから待っててくれ、リン…!―
こんな形で帰って来るとは思っていなかったヨナとハクは見張りのために出て行ったアルギラとヴォルドを見送った。
「…忘れてねぇぜ。小さなお姫さんを探して町中皆で走り回った事をよ。」
「…ありがとう。でも私攫われた時の事はあまり覚えてなくて。」
「そりゃそうだな。俺が酔ってウォンに酒をぶっかけようとして、それをチビ雷獣とチビ舞姫が庇って…睨まれたり…
目がくりくりして可愛い赤い髪の女の子を探して下さいってウォンが仲間をまとめてた。
今思うとあれは楽しかったなァ…信じられねぇよ。あんなに仲良かったお前らが…こんな事になるなんてよ。」
―それはハクもリンも私も…あの夜からずっとずっと考えて答えなんか出なかった…でも今は全て忘れる…―
そうしていると見張りから伝達があり、スウォンがやってきた。
いや、正しくは…スウォンの代理である男がやってきたのだ。
「…お久しぶりです、ヨナ姫様、ハク将軍。スウォン陛下は来られません。」
「あなたは…ミンス…良かった、無事で。また会えるなんて…
私…あの時あなたに助けられたお礼を…」
「いいえ、ヨナ姫様…私は今スウォン陛下にお仕えする身。礼など仰らないで下さい。」
「ミンス、どうして…」
それに答えずミンスはオギに歩み寄った。
「陛下から文をお預かりして来ました。」
「暗号だからな。失礼して俺が読ませてもらうぜ。」
「…何て書いてある?」
「…俺が出した文には…お前らの目的である真国との和解についても書いたんだ。
ウォンの答えはこうだ。要求に応じる事は出来ない、と。」
「スウォンに直接会う事は出来ないの…!?」
「お会いしても陛下は簡単に意見を変える方ではありません。
真国のコウレン姫の憎悪をスウォン陛下はご存知です。
たとえ表面的に和解してもコウレン姫の憎悪は消えず、反乱が必ず起きる。
だからあなた方と話しても平行線だと陛下はお考えなのでしょう。
真国は戦での決着を求めている…陛下は既に動き始めています。」
「…!!」
「スウォンにとっても戦になった方が都合がいいんだろ。
真国に勝てば高華国は戒帝国にも対抗しうる力を得る事が出来るしな。」
「……」
「…ミンス、お前はどう思っているんだ?
イル陛下の戦わない思想をお前は尊重していただろ?あれから何があった?
お前はイル陛下の死の真相を知っている。口封じで圧力掛けられているんじゃないのか?」
「…いいえ!違います、私は…っ」
ミンスは自分の身の上を語り始めた。
彼はイル陛下に仕える前、スウォンの屋敷にいた。
ミンスの母がスウォンの母であるヨンヒの医務官だったため、幼かった彼は母と共にスウォンの屋敷に世話になっていたのだ。
14歳で試験に合格し、イル陛下の側仕えとして城に入った。
幼いときからスウォンを知り、城の様子をイル陛下に仕えながらもケイシュクに伝えていたのだという。
スウォンの屋敷にいるとき世話になったケイシュクとお茶をする度に城の様子を話してしまっていた彼の無自覚が襲撃を生み出したきっかけだったのだ。
「姫様…今日私はこれを告げる為にここに来ました。
私はイル陛下を葬った人間の一人です。今更許しを乞うつもりはありません。
姫様の無念が少しでも晴れるのならばどうか私を討って下さい。」
「…ミンス。」
頭を下げるミンスにヨナは言葉を贈った。
「あなたの罪滅ぼしならあの夜にもう終わっているわ。
あなたに救われて私は今ここに立っているの。
リンだってあなたが逃がしてくれたから今も生きているわ。
あなたの父上への想いが嘘ではないのなら、私はそれだけでいい。
それに憎しみを糧に生きるのは嫌。私はその憎しみの連鎖である戦を止めたいの。
あと仲間がいるの。今はリンも一緒に真国に捕らわれている。」
「えっ…」
「彼らを助ける為にも戦を止めたいの。これは個人的な事だけど…彼らは私の家族だから。」
「姫様…ハク将軍。スウォン陛下は真国との戦に空と風の部族軍をぶつけるおつもりです。」
「風の部族…」
「ではこれで…」
立ち去ろうとするミンスをヨナはそっと呼ぶ。
「あ、ミンス。どんな形でも逢いに来てくれてありがとう。」
その場を出たミンスは扉に向けて深々と頭を下げて涙を流した。
―頭を上げられない、あんな事があったのに…光のような方だった…
自分は罪悪感と絶望に押し潰され姫様と同じ時間分何をしていたのだろう…
イル陛下…私は今あなたと姫様のお話がしたいです…―
彼は涙が治まると緋龍城へ戻り、スウォンに報告をした。
「…やはり戦は避けられないのでしょうか?」
「この国にとって最善を選ばなければ私が玉座にいる意味はありません。」
「その為に…またあの方を苦しめる事になっても…?」
「…いち個人を優先する王がいる国は滅びます。」
ミンスはヨンヒ付医務官だった母に免じて命を救われた。
たとえ彼がヨナ側についたとしても痛くも痒くもないのだろう。
彼は今でもスウォンを恨んでいる。だが王という人間は優しさを抱きしめていては進めないのかもしれないと感じるのだった。
「…なぁ、ヴォルタコ。結局どうなんの?
情報量が多すぎてついていけねーんだけど。」
アルギラが口を開いた事で改めて考えて、ハクはオギに声を掛けた。
「オギさん、あんたはこの国の至る所に仲間がいる。情報を回すのはどこより早いよな?」
「…まぁな。」
「ちょっと頼まれてくれねぇか?風の部族に協力を頼む。」
「ハク、それは…」
「風の部族軍が動く前にこれを止めなきゃならない。」
「でも王命に逆らえば風の部族は…」
「あいつらは俺の命令なら聞く。」
「それはハクが一番やりたくなかった事でしょう!?」
「風の部族を出る時、ジジイの言った事を覚えてますか?」
「いつかあなたが再び絶望に立たされ助けを求めた時、我ら風の部族は誰を敵にまわしてもお味方いたします。」
その言葉を思い出してヨナはぐっと堪えた。
「ちょちょちょちょっと待て待て。それはあれか?
俺に王命に叛く作戦に加担しろと言ってるのか?」
「伝令を出すだけだ。」
「……あのな…俺は…ウォンが可愛いんだ。
お前らには悪いが…あいつが王である事が国の為にも良いと思ってる。
……だが…俺は…仲間を裏切る奴を許せない…
お前らを裏切ったウォンが…どうも納得いかなくて胸がザワついている…俺も邪魔になったら殺されんのかな…」
「試すか?ウォンの愛を。」
「命がけでやる事かよ。」
オギは近くにいた仲間と話しながら机に突っ伏す。
「……金は?」
「え?」
「俺の情報は有料だ。王家の人間だって例外じゃねぇぜ。」
金がなくて困るなか、ヨナは迷う事なく巾着から簪を取り出した。
「これでどうかしら。」
「うおっちょっ何だこれ!」
「すっげぇぇえ~~~っっ」
「姫さ…」
ハクは驚いたようだったがヨナの迷いのなさに目を丸くした。
「問題ない?」
「問題ないどころかこれは…その辺の質屋で売れるか…?」
「ではお願い。」
「どえらいネタ引き受けちまったな。」
その頃、私達のもとにはミザリが包帯を届けに来ていた。
「包帯これで足ります?」
「うん…ありがとう。」
「ではそろそろ僕のお願いも叶えて下さい。
ゼノさんの生き返るとこが見たいです。
腕を切り落とすのもいいな。くっつくんです?」
「そんな願い…」
「わかった。手出すから斬って。」
『ゼノ…!』
「ちょっと待った。それよりもっと面白いもの見せてあげるよ。
リン、ちょっと身を起こしてくれるかな?できる?」
『え、うん…』
私はゆっくり身を起こすとまだふらついていたため彼に寄りかかるように座った。
私達の頭や身体には包帯が巻かれていた。
ジェハは靴に手を掛けると明るく言った。
「さあ刮目せよ♪」
「え、ジェハ。まさか…」
するとジェハは龍の脚を巨大化させた。
『おおっ…』
「なんです、今の?緑の脚が巨大化しました…!」
「お楽しみ頂けたかな?」
「すごく面白かったです。」
『ジェハ…嫌々やらせちゃってごめん…』
「いいんだよ、これくらい。ゼノ君が斬られるのに比べればどうって事ないさ。」
「いいなぁ、どうやって巨大化させるんです?僕も頑張れば大きくなります?」
興奮気味に話すミザリの前で私とジェハは血が足りず、すぅっと気が遠くなっていた。
『ジェ…ハ…?』
「…」
『だいじょ…ぶ…?』
彼は答えられない代わりに私の手を軽く握ってくれた。
そんな私達の違和感を見て取ったキジャがミザリを呼んだ。
「そなた、肉料理を持って来てくれぬか?」
「肉料理です?」
「ジェハとリンの血が足りぬ。」
「出来れば牛とか鳥の肝臓を。」
「注文が多いですねー」
監獄から出るとミザリをヨタカが呼び止め、訓練に顔を出すよう注意をする。
だがそれに反発するようにミザリは私達の世話を始めた。
「肉です。」
「おおっ」
「美味しいです?」
「うん、ありが…ごふッ!!」
ジェハがゆっくり食べようとすると口にキジャが肝臓を突っ込んだ。
眠っていた私はユンが軽く揺り起こした。
『ぅん…』
「寝てるところごめん…早めに血を増やしておいた方がいいから。」
『わかった…』
「食べてからまた寝て。」
ユンが小さく切り分けた肉をくれて私は食べ進めていく。
「キジャ君、ゆっくり…」
「血足りてます?」
『美味しい…』
「良かったです!」
するとミザリはシンアと私が身体をぶるっと震わせたのを見て、毛布を持って来た。
「毛布です、凍え死なれても困りますし。」
「あ、ありがと。」
「じゃあゼノさんが生き返る所はまた今度。」
ノリノリでミザリは立ち去った。
「ユン君…その毛布を貰っていいかな。リンの手が冷たくなってるんだ。」
「あ、うん!」
ユンから受け取った大きな毛布を寄り添っている私とジェハに掛けて、私達は身を寄せる。
『ミザリ…どうしてあんなに…』
「お嬢…!?」
そこまで言った瞬間、私は意識を保つ事に限界が来てカクッと項垂れるように気絶するかのように眠った。
ジェハは私を抱き寄せて暖を取りながら自分も回復のために目を閉じたのだった。
同じ頃、ミンスは緋龍城でスウォンとケイシュクの会話を聞き取った。
「空の部族軍、二万人分の兵糧と武器も間もなく揃うかと…3日後には真国に向けて出発します。」
それを聞いてミンスは急いでヨナ達のもとへ走った。
彼が向かっている先ではオギが伝令の報告をしていた。
「風の部族への伝令は出した。上手くいけば半日で部族長のもとへ届くはずだ。」
「さすが仕事が早いな。」
「戦闘を避けろって内容で良かったのか?」
「まずは時間を稼ぐ。だが真国が暴れ出すかもしれないからな。」
「私達も国境へ急ぎましょう。」
そこにミンスが駆け込んで来て、スウォンと空の部族軍が3日後に真国へ二万の軍勢で進軍する事を伝えた。
「思ったより早えな。」
「どうすれば…」
「…ハク、先に風の部族のもとへ向かって。」
「え?」
「私はスウォンの…空の部族二万の進軍を遅らせる。」
「無茶な…一体どうやって…」
「上手くいくかわからないけど…ちょっと考えがあってある人に協力を頼んでくる。」
「俺も行くに決まってるでしょう。」
「何だ?伝令なら俺が請け負うぜ。」
「私が直接行きたいの。」
「なら馬車を貸そう。」
「位の高い人だから面会するのも難しい所だけど…」
「あの…それならば私がお供します、姫様…!
貴族の方なら私が緋龍城からの使者という立場で動けますし。」
「でもミンス…そんな事をしたらあなたと…スウォンのお屋敷にいるあなたの母上に危険が及ぶかもしれないわ。」
「大丈夫です。」
ミンスが同行する事は決まったものの、ハクはヨナだけを行かせる事を許可しなかった。
「待って下さい、あんた一人を行かせられるか。」
「危険はないと思うし、すぐに戻るから。」
「駄目だ。」
「じゃ、俺がヨにゃんを護衛するよ。ヨにゃんを守るのはタオ姫との約束だし。」
「…」
「行って。風の部族はきっとハクを待ってる。
私に出来る事はあまりないかもしれないけど、後悔しないように動いてみる。
今は時間を作って機会を待って、高華国と真国が和解する道をきっと見つけよう。
そして早く四龍とリンとユンとアオを迎えに行こうね。だから少しの間!」
「…わかりました。待ってます。」
彼らはコツンと拳をぶつけ合ったのだが、ハクがあまりに心配してつらそうな顔をするものだからヨナはハクの外套を掴んで顔を寄せた。
「ハク…」
そして彼女は無意識のうちにハクに口付けた。
離れてからはっとしたようにヨナは顔を背けて振り返った。
「あ…じゃあ行ってくるね…アルギラ、ミンス行くよ。」
「おー」
「はいっ」
硬直していたハクは残されたヴォルドに向けて言う。
「……なんだって?」
「もう行っちゃいましたよ。」
「待てこら。」
「行っちゃいましたって。」
「いやいやいやいやおかしいおかしいおかしいぷっきゅー………ん?死後の世界かな。」
「生きてます。」
「なんだよ、甘酸っぱいなァ。ちょっと楽しくなってきたよ、俺は。」
「おっさんは黙ってろ!!」
オギに怒号を飛ばした大混乱気味のハクは心の中で叫ぶばかり。
―大事な事が全部ぶっ飛ぶじゃねーか、ばかやろう!
うあぁああああ!!リン、どうしてこんな混乱してるときに近くにいねぇんだよ!!!
あの姫さんのやる事にいちいち驚いてちゃキリねーけど、あんな…事も無げに……勘弁してくれ…―
ヨナもヨナで馬車の中で改めて自分のしでかした行動に頭を抱えていたのだった。
風牙の都ではヘンデとサキ(髪を編み込んでいる青年)が真国との国境の監視をしていた。
そこにテウがやってきて状況を確認する。
「真国の様子は?」
「国境近くに兵士がたくさんいるよ。こっちを窺ってる。」
「開戦まで時間の問題だな。スウォン陛下の命令に従うの?テウ将軍。」
「…真国との戦ならうちを出すのが妥当だろ。
空の部族軍が到着したら開戦だ。準備しとけ。」
「戦かあ…気が進まないなぁ。」
「お前斉国の砦の戦いには自ら参加してただろーが。」
「あれは水の部族長のか弱いお嬢さんが誘拐されて酷い目にあってるって聞いたから。俺自身に目的がない戦は虚しい。」
「延いては己の平穏の為だろ。人を傷つけて勝ちとる平穏なんてしょっぱいね…」
そうしているとハクからの文が届いた。
「なぁ、これ本物かな?若長。」
「本物だな。ハク様の字だ。」
「ハク様がこんな文よこすなんて。」
「真国との戦を避けろって…」
「そりゃ出来ればやりたくねーけど。」
「でも真国は高華国を目の敵にしてるんだろ?
王様からはここで待機って命令されてっし、ウチの兵も連れて来ちゃったし。」
「空の部族と合流したら開戦だし。」
「風の部族はそれに叛くのか?テウ将軍。」
「……お前ら…風の部族の…しかも風牙の都の人間だよな?
風牙の都のガキどもは物心ついた時から魂に刻まれてる言葉がある。
どんなに天が凄かろうが、俺らの天辺は只一人。」
「「「「「“ハク様の言葉は絶対!!!”」」」」」
風の部族は開戦ではなく宴を始め、ハクからの文の2枚目にあった“真国の人と仲良くやれ”という言葉に従って国境地点まで向かった。
テウ、ヘンデ、サキが対峙したものの、矢を向けられて立ち止まる事しかできない。
「矢向けられてますけど。」
「喧嘩より得意よ、俺。なあなあ、こっち宴会してんだ。
まだ戦始まってないし、お裾分け持って来たよー」
ヘンデが歩み出ると矢が放たれ顔のギリギリを飛んでいく。
「…さて、面白くなってきましたよ。」
「引っ込めた方が良いんじゃね?風の部族一喧嘩っ早い男は。」
そうして彼らは対峙したまま開戦はかろうじて止めている状態で過ごすのだった。
ヨナはというと馬車で彩火城にやってきていた。
緋龍城の使者として入れてもらい、呼び出したのはテジュン。
「人払いを。」
「では。」
「少しは退室を躊躇って!フクチ!!」
フクチはあっという間に部屋を出て行ったが、頭を抱えたテジュンをそっと呼んだのは尊敬する人物の声だった。
「テジュン。」
「え…」
「お久しぶりね。突然の訪問驚かせてしまった?」
「とんでもないことです。」
「今日はあなたにお願いがあって来たの。」
ヨナは通された部屋でテジュンに戦の事を伝えた。
「えっ、空の部族軍が明日真国へ!?早いですね、そろそろかなとは思っていましたが。」
「真国は揺れているわ。甚大な被害を被ってでも戦での決着を求めるコウレン姫と戦を避けたいタオ姫で…」
「それでヨナ姫は戦を食い止めたいと…」
「今緋龍城には二万の軍勢が集まりつつあるの。
コウレン姫はスウォンの出方によっては開戦を待ってくれると言った。
空の部族軍が動けば手遅れになる。そこであなたに手を貸して欲しくて来たの。」
「空の部族軍を止める為に私に…何をせよと…」
「それは…」
ヨナは作戦を説明した。
だがそれを実行すれば確実にテジュンの立場を悪くする。場合によっては罪人にされてしまいかねないのだ。
「無理はしなくていいの。元々可能性は薄いと思って来ているし、よく考えて…」
「やります!!お任せ下さい!!」
「え、もう少し考えなくて大丈夫ですか?」
「問題ない!!」
「テジュン…」
「姫様、イザの実を覚えてらっしゃいますか?」
「え、えぇ…」
「姫様から頂いたイザの実は村の皆で大切に育て、少しずつ実をつけて、今日収穫をしたんです。
まだまだ大量とは言えませんが火の部族にとっては大いなる希望の実です。
私の部下達もはりきって畑の手伝いをしています。
あの時建てた診療所にはたくさんの人が集まり村が大きくなりました。
そして村人が言うんです、あの時自分達を助けてくれた赤い髪の少女と暗黒龍とゆかいな腹へり達はどこへ行ったのかと。」
「暗黒龍とゆかいな…懐かしい。本当?」
「はい。皆もう一度会って礼がしたいと申しております。
あなたは私の…そして何より火の部族の恩人です。
いつかあなたのお役に立ちたいと、恩をお返ししたいと夢見ておりました。
今その夢が叶います。火の部族長補佐役カン・テジュン。
そのお役目、見事果たして御覧に入れましょう。」
「テジュン、もしこの件においてあなたが断罪されるような事があれば必ず…必ず助けに行くから!!」
ヨナは立ち上がるとテジュンを抱きしめた。
「無理を聞いてくれてありがとう。」
「ご心配には及びません。ヨナ姫もどうかお気をつけて。」
ヨナ達が立ち去るとテジュンは真剣な表情でフクチに指示を出した。烽火を上げろ、と。
火の部族からの烽火は北戒及び千州からの侵略があったときに上げる合図となっている。
リ・ハザラが協定を破り火の部族領に侵入したのか、と判断され、伝達はあっという間にスウォンやケイシュクのもとへ届いた。
ヨナは情報屋と合流しながら馬車に乗り、空の部族が簡単には動けなくなったのではないかと分析していると、その様子を見てミンスは息を呑んだ。
―城を出られて何を成して来られたのだろう…
変えてゆく…姫様がテジュン様を、私の暗い心を、延いてはこの高華国を巻き込み大きく何かが動こうとしている…
この方はただ懸命に仲間と目に映る人々を守ろうとしているだけなのに周りの人間がこの方の為に何かしたいと手を伸ばす…
もしかしたらそれは王ですら気付いていない恐ろしい力ではないだろうか…―
その後彼らは空都へ向かい、ミンスを下ろしてから真国の国境近くへと出発した。
「今日も肉たっぷり持って来ました。薬草もあります。」
「あ、ありがと。」
「どうです?元気になりました?僕役に立ってます?」
「う、うん…」
『…というより、どうしてここまでしてくれるの?』
「食事はありがたいけど。」
「そこの緑の人と白い人、五星に入りませんです?」
「な…」
「そこの女の人も一緒でいいですよ。強いですし。」
『何を言って…』
「今五星は2人欠員なんです。
緑の人と白い人、面白い能力持ってるし、どーでもいいその辺の凡人五星に祭り上げるよりよっぽど楽しい組織になると思うんです。
五星に入れば処刑も拷問も無しになりますよ。」
「そなた正気か?」
「正気ですよ。コウレン様もきっと喜んで…」
「ミザリ、勝手を言うな。」
「コウレン様!」
『コウレン姫…』
「高華国の四龍とやら…まだ回復しきってはいないようだな…」
「これは麗しのコウレン姫。あなたの五星はなかなかの腕だ。まだ身体が充分に動かない。」
「タオが自分の命と引き換えにしてでもお前達を助けて欲しいと懇願していた。」
「タオちゃんが…」
「そこの白い男は斉国でタオの女官を救ったそうだな。
ミザリの言うように私に降ればここから出してやらん事もないぞ。」
「…私はあの御方の為に生きて死のうと決めている。」
「あの娘は帰らん。ここを発ってから一週間以上音沙汰がない。
逃げたか…あるいはスウォンに殺されたか…
土台無理な話だったのだ、高華国と和平など…」
「確かに高華国との和平は一筋縄ではいかないだろうな。」
『しかし…ヨナはただの女の子ではありませんよ。
龍達に愛されて生まれた緋龍なんですから。』
「緋龍…」
「龍神達の緋龍愛をナメない方がいいから。その気になれば天をも味方につける。」
ゼノの笑顔と言葉に応えるように高華国と真国の国境辺りに雨が降り始めた。
「およ?雨…真国の人。食料とか足りてる?」
「黙れ、高華国のガキ共。何を企んでいる!?」
「企んでないよー、確かに俺らは明日敵になるかもしれないけど。
個人的に恨みがあるわけじゃないし、開戦までは自由にしてるだけ。
だから武器下ろしてよ。そっちの大将の合図無しに戦始めちゃヤバイでしょ。」
「…」
「ねぇ、雨よけの外套持って来たよ。真国の人もいる?」
「近寄るな、女!!」
「アヤメ!!」
外套を持って来た風の部族の女性、アヤメへ矢が射られるとそれをハクの大刀が薙ぎ払った。
「何相手をピリピリさせてんだよ。仲良くやんのが風の部族の十八番だろうが。そんな風に育てた覚えありませんよ。」
「矢を…止めた…!?」
「なんて速さだ…」
「何者だ?」
「通りすがりの暗黒龍です…ところでお前ら近すぎ。」
「本物じゃ…」
「生きてる…ハク様の墓って片付けたっけ?」
「片付けた。」
その場にいたテウ以外の全員がハクにしがみついていた。
「みっともねーな、ハク様困ってんぞ。」
「ジジイは?」
「長老は風牙の都を守ってるよ。ハク様こそお姫様は?」
「…今は別行動。」
「え、大丈夫?あ、まさか喧嘩したー?」
「いや、喧嘩してませんよ。寧ろとっても…」
「そこ説明せんでいい。」
「恋人なんだから別に照れずとも…」
「恋人じゃねぇし。」
「……えっ、恋人じゃない…!?じゃああれ…あれは…なに?」
「俺が聞きてーよ。とりあえずあいつらには何も喋るな。」
ハクとヴォルドは顔を突き合わせて口付けの事は秘密にさせた。
真国の兵の目の前でハク達が互いをどつき合い始めるものだから、真国の兵達も呆然とするばかり。
そのとき一人がヴォルドに気付いた。
「あ、貴方はもしや五星のヴォルド様では?」
「ん?お前は第二兵隊長のダイ。穹城からもうこんなに兵が来たのか。」
「有名だな。」
「はい、一応。五星最強の剣士として弟子も多く持ってまして。」
「ヴォルド様、なぜ高華国の奴らといるんですか?」
「反戦派のタオ姫についたという噂は聞きましたが、タオ姫は高華国と通じていたのですか!?」
「待て、誤解だ。タオ姫は高華国の信頼出来る方々と和平の道を探っておられるのだ。」
「いいえ、ヴォルド様!タオ姫は何も分かっておられないのです!
高華国がどんな卑怯な手を使い我らを陥れるか分からないのに…」
「確かに。」
するとヴォルドと言い合う真国の兵へハクが言い放った。
「高華国の王スウォンは信用ならねぇな。
あの王は切れ者で必要とあらば卑怯な手も使う。
だが偏った神への信仰心はないし、差別主義者でもない。
下手に戦を仕掛けなきゃ大義なくあんたらを虐げるなんて馬鹿はしねぇよ。」
それを聞いてテウは真剣なまま思う。
―それって結局信じてるって言ってるように聞こえるよ、ハク様…―
スウォンが二万の軍勢を集めていて、ヨナが出陣を食い止めようとしていること、
スウォンと交渉して開戦を止めようとしていること…
それらをヴォルドが説明したうえで、開戦まで仲良くしようと持ち出した。
それから4日…空の部族は来なかった。ヨナの作戦が成功したということだ。
その間に風の部族と真国の兵が交ざって宴で盛り上がっていた。
「なんだ、あの騒ぎは。」
「これはヨタカ様、ミザリ様。」
だがミザリやヨタカがやってきてハクへ攻撃を仕掛ける。
ヨタカの錘を受け止めたのはヴォルドだった。
「高華国側に立ち、俺に剣を向けるなどどうあってもコウレン殿下に刃向かう気だな。」
「ヨタカ…聞け!」
ヴォルドはヨタカの錘を薙ぎ払い言葉を紡ぐ。
「お前はわかっているはずだ!
高華国と正面きって戦をすれば真国は焦土と化す。
コウレン殿下は民と共に滅びても戦うおつもりなんだぞ!!」
「え…コウレン殿下が…」
「我らと滅ぶ…?」
「よせ…」
「コウレン殿下は本来聡明な御方だ。だが厳しく危うい。
未だ晴れぬ高華国への…ユホンへの憎しみに囚われておられる。
冷静になれ。コウレン殿下のやり方では高華国に真国を潰す大義名分を与えているに過ぎない!民を道連れに自爆して何が残る!?」
「黙れ!!」
「ヨタカ様…今の話は本当なんですか?」
「負けませんよね…?一騎当千のあなた方がいらっしゃるんですから…」
「一騎当千なものか。五星で首位の戦闘力を持つアルギラでさえ、ここにいるハク様には勝てない。」
「あのアルギラ様が…」
「そして高華国には化け物じみた力を持った四龍と呼ばれる方々がいる。」
「先日町で騒ぎを起こした化け物達か…」
「しかしあの化け物達はそんなに大した事なかったぞ。」
ミザリの近くにいた兵達がボソッと言う。
「ああ、ヨタカ様相手に手も足も出なかったしな。」
「民衆は大袈裟に狼狽えていたが、よく見ると生っ白い男だったよな。」
「彼らは戦を起こさせない為、我々を守る為にあえて抵抗せず…」
「うあああああ」
「何だ!?」
叫び声が聞こえた方を見るとミザリが四龍や私を馬鹿にしたような発言をした兵達を切り捨てていた。
「口ほどにもない。四龍さんと比べるだけ馬鹿馬鹿しいです。」
「ミザリ…お前何をして…」
「だってこの人偉そうに言うから…そんなに言うなら強いのかなって。」
「馬鹿者!!お前は…どうしてお前はやっていい事と悪い事の区別がつかない!こんな事をしたら…!」
ヨタカはミザリを殴り飛ばし、その近くを風の部族の女性が駆け抜けて、倒れた兵の手当を始めた。
「高華国の者よ!誰が我が領土に侵入を許した!?」
「この人達、死にかけてんのよ!?あんたの仲間でしょ。
領土なんてクソ程どうでもいいわ、ボケっ!!
ヘンデ、私の医療道具持って来て!」
「もう走ってった。」
「サキ!そっち押さえてて。」
「おぅ。」
「ちょっとあんた、しっかりしなさい。大丈夫だから!!」
「うあああ…」
この一件によって真国の兵の間で不信感が広まった。
斬られた2人の兵は一命を取り留め、ミザリの行動は惨いと判断された。
そしてヨタカも怪我人を放っておいたのだから信用されるはずもない。
ヴォルドやアルギラが五星から抜けるのも当然であり、そんな五星を定めるコウレンも真の真国の王に相応しいのか疑う空気が広まった。
ミザリは屋敷に連れ戻されコウレンとネグロの前に突き出されていた。
「戦を前にして味方の兵を斬り付けるなど何という事をしたのだ!
五星でありながらお前の外道な行いはコウレン殿下の御顔に泥を塗っているのだぞ!!
今までお前の勝手を大目に見ていたが、今度ばかりは重い処罰を与える!!覚悟しておけ!!」
「…ミザリ、なぜあのような事をした?四龍の世話をして四龍への情でも移ったのか?」
「…コウレン様…僕は何がいけなかったんです?だってあの兵士すごく弱かったです。
あんなの戦場に出たら瞬きする間に死にますよ。なら今死んでも支障ないです。
何人いてもあっという間に高華国の人の皮一枚傷つけずコウレン様の盾にすらなれず死にます。
これから始まる戦はそういう戦ですよね?弱い奴は今生きてても死んでても同じです。
だから巨大な爪や脚や永遠の命があればずっとコウレン様を守れるじゃないです?
四龍が仲間にならないなら、四龍の血を飲めば肉を食らえば、もしかしてあの力が手に入るかもしれないです。
コウレン様は僕を拾って下さった僕はずっとずっとお役に立ちます。
戦でみんなは死ぬけどコウレン様が最後にはきっと笑って下さるはずだから!!」
そんな狂った程のコウレンへの執着を見せたミザリは監獄に入れられる事になった。
眠っていた私はジェハが飛び起きた為に目を覚ます事になる。
『ん?』
「うわぁっ」
シンアは食事が来ないためにドングリをジェハの口元に押しつけていたのだ。
「シンア君っ!君までドングリを僕の口にむいむい押し込むのやめてくれないかなっ」
「ごはんが来ないから代わりに…」
「このドングリ、アオ君の口の中に入ってたやつでしょ!?」
「確かに…あんなマメに食事持って来てたのに昨日から来ないね。」
『…誰か降りて来る。ミザリじゃない…』
やってきたのはミザリを引き摺るネグロだった。
ミザリは私達の正面の監獄に投げ入れられた。
「そこで頭を冷やせ。」
「え、ちょっと…何があったの!?」
『泣いてる…?』
「四龍さんの力が…欲しい…」
「だからそれは出来ぬと…」
「ゼノさんの血や肉を食べれば僕も不老不死になれます?」
「…ゼノの力は誰にも移らないから。
俺の血を浴びた兵士も俺の肉を食った獣も皆等しく死んでったよ。
俺にも昔絶対に死んで欲しくない人間がいたんだ。
俺と同じ長い時がその人にもあれば…と考えた事もあった。だけどその人にも死は等しく訪れた。
今は…それで良かったと思ってる。人と違う…俺のような力は無い方が良いんだ。」
龍の力を持つ私達はゼノの言葉を心の内へ呑み込んだ。
私はジェハの胸に擦り寄るようにして話し始めた。
「…そうかもしれないね。でも僕はここに捕らわれてから度々夢を見る…
それは僕の脚が奪われてもう二度と泣いている彼女のもとへ飛んでいけない夢だ。」
『ジェハ…きっとそのときはいつかやってくるわ。』
「…」
『でもね…それは今ではないと思うの。
私はヨナの生きようって気持ちに応えて自分でこの力を掴み取った。
短命になろうとも彼女の為にこの力と共に生き抜こうと決めたのよ。』
「お嬢…」
『私はこの力があって良かったわ…だってこうしてみんなに会えたんだもの。
大切な人に…素敵な仲間に会えたんだから悪い事ばかりではないと思ってる。
この力が失われるその瞬間まで…私の命が尽きるそのときまで私はヨナの傍にいたい。彼女を支えていたい。』
私はジェハの胸元から離れて彼の顔を見上げた。
そんな私に視線が集まっているのを感じて私は他の仲間達へも視線を送った。
『ひとつだけ願うなら…私の命が尽きるのはヨナが心から幸せだと言える状態になったって自分の目で確認出来てからがいいなぁ…
ヨナやハクがスウォンとの関係に涙したり、寂しそうに無理して笑う事がなくなって…心からの笑顔を浮かべられるようになるのは見届けたい…
それまでは…ずっとみんなと一緒にいたいよ…』
私は自嘲気味に笑みを浮かべると一筋だけ涙を流した。
『こんな私って我儘かな…?』
私の言葉を誰も笑ったりはしなかった。彼らも同じ事を願ってくれていたのだ。
生まれたときから龍の能力を持ち、その運命を受け入れざるを得なかったキジャ、シンア、ジェハとは異なり、私は自分から短命になった。
それでもヨナと出逢い、四龍だけではなくハクやユンも交えて旅をして、馬鹿騒ぎをして…
ジェハは私を抱きしめると背中をそっと撫でてくれた。
「僕もだよ…皆が一緒にいて、笑ってる…これ以上に僕も何も望まないんだ。」
彼はそのまま私の頬を撫でると顔を寄せて唇を塞ぐ。
そのまま数回啄んでから私の目がトロンとしてくると彼は満足したように私を抱き寄せて顔を肩口に埋めた。
「おやすみ…」
『うん…ジェハが少しでも…笑顔の多い夢を見れますよう…に…』
私の寝息が聞こえてくると彼は笑みを零した。
『すぅ…』
「ありがとう、リン…愛してるよ…」
「オギさん…?ハク、知り合い?」
「…空都裏町の情報屋です。俺はガキの頃、会ったきりだがたぶん今でもスウォンと繋がってる。」
「おいおい何言ってんだ。俺はスウォンなんて知らな…」
「スウォンだとは知らないフリして会ってるんだろ、ウォンと。
この時期に真国の情報を集めているのはなぜだ?あいつの依頼だろ?
俺を見て逃げだそうとしたのも、俺や姫さんの消息を耳にしてたからじゃねぇか?」
「…俺にだって知らん事くらいある。生きていたとはな…ハク将軍。ヨナ姫も…」
「…なぜ死んだと思っていた?」
「それは…」
「“ハクはイル王をリンと共に殺害し、ヨナ姫を連れて失踪”
これが世間に流れている噂だろ、オギさん?
あんたはこう考えていたんじゃないのか?
イル王を殺したのは本当はスウォンで、ハクとリンとヨナ姫は殺されたってな。」
「待て!一説として考えていただけだ…確信してたわけじゃない。でも…まさか……てか、お嬢はどうした…!?」
「…リンも生きてる。今は、な。」
「…くっ…ヤバそうな案件には踏み込まねぇようにしてたのに…
…それで?生きていたヨナ姫とハク将軍は俺にどうしろって言うんだ?」
「スウォンに会わせて欲しいの。」
「それはイル陛下の復讐の手助けを俺にしろと…?」
「違うわ。今回の事は私怨とは関わりないもっと重大な話なの。今頼りはあなたしかいない。
あなたはただ私とスウォンを引き合わせるだけでいい。どうか聞き入れて欲しい、高華国と真国の為に。」
その伝達はあっという間にスウォンのもとへ届いた。
彼は緋龍城に長期滞在をしているリリと共にいたのだが、今後オギとは会わせないと話していた。
スウォンによってリリは部屋を追い出されたのだが、その瞬間誰かとぶつかってしまった。
「きゃっ!ごめんなさい!」
「こちらこそ失礼しました。」
それは動きのぎこちない男性……ミンスだった。
オギはヨナ達を連れて馬車で空都にやってきていた。
情報屋の集まる酒場に彼らはやってきて今後の事を話す。
「ウォンには文を出しておいた。」
「文?正体を隠してる奴にどうやって文を出す?」
「急用時は空都のある店に文を預けておき、ウォンの代理人…恐らくウォンの部下がそれを受け取りに来る。
文は暗号で書かれてるから見てもウォンにしか解らない。
運が良ければ数日のうちにウォンは来るだろう。」
今回は事が事であるためここにヨナ達がいる事も記したらしい。
だが兵がおしよせてくる心配はないだろう。
ウォンが始まって仇討ちが始まればオギも罪人となるわけで、周囲はオギの仲間が見張りをしているらしかった。
「大丈夫だ、あいつは俺や姫さん、リンが生きている事を知っている。スウォンだけじゃない、ジュド将軍やグンテ将軍もだ。
俺がイル陛下殺害したと思っているのなら、あの2人は即俺を捕らえなきゃならない。
だがそうしない。それはあいつらはイル陛下の死の真相を知っているからだ。
こっちが大人しくさえしていれば手を出す気はないんだろ。何にしても俺にとっちゃ全員同罪だけどな。
でも今は…仲間の命が懸かってる…私怨は…抑え込む。」
ハクはそう呟きながら胸元にある羽の簪を握った。
―必ず助ける…だから待っててくれ、リン…!―
こんな形で帰って来るとは思っていなかったヨナとハクは見張りのために出て行ったアルギラとヴォルドを見送った。
「…忘れてねぇぜ。小さなお姫さんを探して町中皆で走り回った事をよ。」
「…ありがとう。でも私攫われた時の事はあまり覚えてなくて。」
「そりゃそうだな。俺が酔ってウォンに酒をぶっかけようとして、それをチビ雷獣とチビ舞姫が庇って…睨まれたり…
目がくりくりして可愛い赤い髪の女の子を探して下さいってウォンが仲間をまとめてた。
今思うとあれは楽しかったなァ…信じられねぇよ。あんなに仲良かったお前らが…こんな事になるなんてよ。」
―それはハクもリンも私も…あの夜からずっとずっと考えて答えなんか出なかった…でも今は全て忘れる…―
そうしていると見張りから伝達があり、スウォンがやってきた。
いや、正しくは…スウォンの代理である男がやってきたのだ。
「…お久しぶりです、ヨナ姫様、ハク将軍。スウォン陛下は来られません。」
「あなたは…ミンス…良かった、無事で。また会えるなんて…
私…あの時あなたに助けられたお礼を…」
「いいえ、ヨナ姫様…私は今スウォン陛下にお仕えする身。礼など仰らないで下さい。」
「ミンス、どうして…」
それに答えずミンスはオギに歩み寄った。
「陛下から文をお預かりして来ました。」
「暗号だからな。失礼して俺が読ませてもらうぜ。」
「…何て書いてある?」
「…俺が出した文には…お前らの目的である真国との和解についても書いたんだ。
ウォンの答えはこうだ。要求に応じる事は出来ない、と。」
「スウォンに直接会う事は出来ないの…!?」
「お会いしても陛下は簡単に意見を変える方ではありません。
真国のコウレン姫の憎悪をスウォン陛下はご存知です。
たとえ表面的に和解してもコウレン姫の憎悪は消えず、反乱が必ず起きる。
だからあなた方と話しても平行線だと陛下はお考えなのでしょう。
真国は戦での決着を求めている…陛下は既に動き始めています。」
「…!!」
「スウォンにとっても戦になった方が都合がいいんだろ。
真国に勝てば高華国は戒帝国にも対抗しうる力を得る事が出来るしな。」
「……」
「…ミンス、お前はどう思っているんだ?
イル陛下の戦わない思想をお前は尊重していただろ?あれから何があった?
お前はイル陛下の死の真相を知っている。口封じで圧力掛けられているんじゃないのか?」
「…いいえ!違います、私は…っ」
ミンスは自分の身の上を語り始めた。
彼はイル陛下に仕える前、スウォンの屋敷にいた。
ミンスの母がスウォンの母であるヨンヒの医務官だったため、幼かった彼は母と共にスウォンの屋敷に世話になっていたのだ。
14歳で試験に合格し、イル陛下の側仕えとして城に入った。
幼いときからスウォンを知り、城の様子をイル陛下に仕えながらもケイシュクに伝えていたのだという。
スウォンの屋敷にいるとき世話になったケイシュクとお茶をする度に城の様子を話してしまっていた彼の無自覚が襲撃を生み出したきっかけだったのだ。
「姫様…今日私はこれを告げる為にここに来ました。
私はイル陛下を葬った人間の一人です。今更許しを乞うつもりはありません。
姫様の無念が少しでも晴れるのならばどうか私を討って下さい。」
「…ミンス。」
頭を下げるミンスにヨナは言葉を贈った。
「あなたの罪滅ぼしならあの夜にもう終わっているわ。
あなたに救われて私は今ここに立っているの。
リンだってあなたが逃がしてくれたから今も生きているわ。
あなたの父上への想いが嘘ではないのなら、私はそれだけでいい。
それに憎しみを糧に生きるのは嫌。私はその憎しみの連鎖である戦を止めたいの。
あと仲間がいるの。今はリンも一緒に真国に捕らわれている。」
「えっ…」
「彼らを助ける為にも戦を止めたいの。これは個人的な事だけど…彼らは私の家族だから。」
「姫様…ハク将軍。スウォン陛下は真国との戦に空と風の部族軍をぶつけるおつもりです。」
「風の部族…」
「ではこれで…」
立ち去ろうとするミンスをヨナはそっと呼ぶ。
「あ、ミンス。どんな形でも逢いに来てくれてありがとう。」
その場を出たミンスは扉に向けて深々と頭を下げて涙を流した。
―頭を上げられない、あんな事があったのに…光のような方だった…
自分は罪悪感と絶望に押し潰され姫様と同じ時間分何をしていたのだろう…
イル陛下…私は今あなたと姫様のお話がしたいです…―
彼は涙が治まると緋龍城へ戻り、スウォンに報告をした。
「…やはり戦は避けられないのでしょうか?」
「この国にとって最善を選ばなければ私が玉座にいる意味はありません。」
「その為に…またあの方を苦しめる事になっても…?」
「…いち個人を優先する王がいる国は滅びます。」
ミンスはヨンヒ付医務官だった母に免じて命を救われた。
たとえ彼がヨナ側についたとしても痛くも痒くもないのだろう。
彼は今でもスウォンを恨んでいる。だが王という人間は優しさを抱きしめていては進めないのかもしれないと感じるのだった。
「…なぁ、ヴォルタコ。結局どうなんの?
情報量が多すぎてついていけねーんだけど。」
アルギラが口を開いた事で改めて考えて、ハクはオギに声を掛けた。
「オギさん、あんたはこの国の至る所に仲間がいる。情報を回すのはどこより早いよな?」
「…まぁな。」
「ちょっと頼まれてくれねぇか?風の部族に協力を頼む。」
「ハク、それは…」
「風の部族軍が動く前にこれを止めなきゃならない。」
「でも王命に逆らえば風の部族は…」
「あいつらは俺の命令なら聞く。」
「それはハクが一番やりたくなかった事でしょう!?」
「風の部族を出る時、ジジイの言った事を覚えてますか?」
「いつかあなたが再び絶望に立たされ助けを求めた時、我ら風の部族は誰を敵にまわしてもお味方いたします。」
その言葉を思い出してヨナはぐっと堪えた。
「ちょちょちょちょっと待て待て。それはあれか?
俺に王命に叛く作戦に加担しろと言ってるのか?」
「伝令を出すだけだ。」
「……あのな…俺は…ウォンが可愛いんだ。
お前らには悪いが…あいつが王である事が国の為にも良いと思ってる。
……だが…俺は…仲間を裏切る奴を許せない…
お前らを裏切ったウォンが…どうも納得いかなくて胸がザワついている…俺も邪魔になったら殺されんのかな…」
「試すか?ウォンの愛を。」
「命がけでやる事かよ。」
オギは近くにいた仲間と話しながら机に突っ伏す。
「……金は?」
「え?」
「俺の情報は有料だ。王家の人間だって例外じゃねぇぜ。」
金がなくて困るなか、ヨナは迷う事なく巾着から簪を取り出した。
「これでどうかしら。」
「うおっちょっ何だこれ!」
「すっげぇぇえ~~~っっ」
「姫さ…」
ハクは驚いたようだったがヨナの迷いのなさに目を丸くした。
「問題ない?」
「問題ないどころかこれは…その辺の質屋で売れるか…?」
「ではお願い。」
「どえらいネタ引き受けちまったな。」
その頃、私達のもとにはミザリが包帯を届けに来ていた。
「包帯これで足ります?」
「うん…ありがとう。」
「ではそろそろ僕のお願いも叶えて下さい。
ゼノさんの生き返るとこが見たいです。
腕を切り落とすのもいいな。くっつくんです?」
「そんな願い…」
「わかった。手出すから斬って。」
『ゼノ…!』
「ちょっと待った。それよりもっと面白いもの見せてあげるよ。
リン、ちょっと身を起こしてくれるかな?できる?」
『え、うん…』
私はゆっくり身を起こすとまだふらついていたため彼に寄りかかるように座った。
私達の頭や身体には包帯が巻かれていた。
ジェハは靴に手を掛けると明るく言った。
「さあ刮目せよ♪」
「え、ジェハ。まさか…」
するとジェハは龍の脚を巨大化させた。
『おおっ…』
「なんです、今の?緑の脚が巨大化しました…!」
「お楽しみ頂けたかな?」
「すごく面白かったです。」
『ジェハ…嫌々やらせちゃってごめん…』
「いいんだよ、これくらい。ゼノ君が斬られるのに比べればどうって事ないさ。」
「いいなぁ、どうやって巨大化させるんです?僕も頑張れば大きくなります?」
興奮気味に話すミザリの前で私とジェハは血が足りず、すぅっと気が遠くなっていた。
『ジェ…ハ…?』
「…」
『だいじょ…ぶ…?』
彼は答えられない代わりに私の手を軽く握ってくれた。
そんな私達の違和感を見て取ったキジャがミザリを呼んだ。
「そなた、肉料理を持って来てくれぬか?」
「肉料理です?」
「ジェハとリンの血が足りぬ。」
「出来れば牛とか鳥の肝臓を。」
「注文が多いですねー」
監獄から出るとミザリをヨタカが呼び止め、訓練に顔を出すよう注意をする。
だがそれに反発するようにミザリは私達の世話を始めた。
「肉です。」
「おおっ」
「美味しいです?」
「うん、ありが…ごふッ!!」
ジェハがゆっくり食べようとすると口にキジャが肝臓を突っ込んだ。
眠っていた私はユンが軽く揺り起こした。
『ぅん…』
「寝てるところごめん…早めに血を増やしておいた方がいいから。」
『わかった…』
「食べてからまた寝て。」
ユンが小さく切り分けた肉をくれて私は食べ進めていく。
「キジャ君、ゆっくり…」
「血足りてます?」
『美味しい…』
「良かったです!」
するとミザリはシンアと私が身体をぶるっと震わせたのを見て、毛布を持って来た。
「毛布です、凍え死なれても困りますし。」
「あ、ありがと。」
「じゃあゼノさんが生き返る所はまた今度。」
ノリノリでミザリは立ち去った。
「ユン君…その毛布を貰っていいかな。リンの手が冷たくなってるんだ。」
「あ、うん!」
ユンから受け取った大きな毛布を寄り添っている私とジェハに掛けて、私達は身を寄せる。
『ミザリ…どうしてあんなに…』
「お嬢…!?」
そこまで言った瞬間、私は意識を保つ事に限界が来てカクッと項垂れるように気絶するかのように眠った。
ジェハは私を抱き寄せて暖を取りながら自分も回復のために目を閉じたのだった。
同じ頃、ミンスは緋龍城でスウォンとケイシュクの会話を聞き取った。
「空の部族軍、二万人分の兵糧と武器も間もなく揃うかと…3日後には真国に向けて出発します。」
それを聞いてミンスは急いでヨナ達のもとへ走った。
彼が向かっている先ではオギが伝令の報告をしていた。
「風の部族への伝令は出した。上手くいけば半日で部族長のもとへ届くはずだ。」
「さすが仕事が早いな。」
「戦闘を避けろって内容で良かったのか?」
「まずは時間を稼ぐ。だが真国が暴れ出すかもしれないからな。」
「私達も国境へ急ぎましょう。」
そこにミンスが駆け込んで来て、スウォンと空の部族軍が3日後に真国へ二万の軍勢で進軍する事を伝えた。
「思ったより早えな。」
「どうすれば…」
「…ハク、先に風の部族のもとへ向かって。」
「え?」
「私はスウォンの…空の部族二万の進軍を遅らせる。」
「無茶な…一体どうやって…」
「上手くいくかわからないけど…ちょっと考えがあってある人に協力を頼んでくる。」
「俺も行くに決まってるでしょう。」
「何だ?伝令なら俺が請け負うぜ。」
「私が直接行きたいの。」
「なら馬車を貸そう。」
「位の高い人だから面会するのも難しい所だけど…」
「あの…それならば私がお供します、姫様…!
貴族の方なら私が緋龍城からの使者という立場で動けますし。」
「でもミンス…そんな事をしたらあなたと…スウォンのお屋敷にいるあなたの母上に危険が及ぶかもしれないわ。」
「大丈夫です。」
ミンスが同行する事は決まったものの、ハクはヨナだけを行かせる事を許可しなかった。
「待って下さい、あんた一人を行かせられるか。」
「危険はないと思うし、すぐに戻るから。」
「駄目だ。」
「じゃ、俺がヨにゃんを護衛するよ。ヨにゃんを守るのはタオ姫との約束だし。」
「…」
「行って。風の部族はきっとハクを待ってる。
私に出来る事はあまりないかもしれないけど、後悔しないように動いてみる。
今は時間を作って機会を待って、高華国と真国が和解する道をきっと見つけよう。
そして早く四龍とリンとユンとアオを迎えに行こうね。だから少しの間!」
「…わかりました。待ってます。」
彼らはコツンと拳をぶつけ合ったのだが、ハクがあまりに心配してつらそうな顔をするものだからヨナはハクの外套を掴んで顔を寄せた。
「ハク…」
そして彼女は無意識のうちにハクに口付けた。
離れてからはっとしたようにヨナは顔を背けて振り返った。
「あ…じゃあ行ってくるね…アルギラ、ミンス行くよ。」
「おー」
「はいっ」
硬直していたハクは残されたヴォルドに向けて言う。
「……なんだって?」
「もう行っちゃいましたよ。」
「待てこら。」
「行っちゃいましたって。」
「いやいやいやいやおかしいおかしいおかしいぷっきゅー………ん?死後の世界かな。」
「生きてます。」
「なんだよ、甘酸っぱいなァ。ちょっと楽しくなってきたよ、俺は。」
「おっさんは黙ってろ!!」
オギに怒号を飛ばした大混乱気味のハクは心の中で叫ぶばかり。
―大事な事が全部ぶっ飛ぶじゃねーか、ばかやろう!
うあぁああああ!!リン、どうしてこんな混乱してるときに近くにいねぇんだよ!!!
あの姫さんのやる事にいちいち驚いてちゃキリねーけど、あんな…事も無げに……勘弁してくれ…―
ヨナもヨナで馬車の中で改めて自分のしでかした行動に頭を抱えていたのだった。
風牙の都ではヘンデとサキ(髪を編み込んでいる青年)が真国との国境の監視をしていた。
そこにテウがやってきて状況を確認する。
「真国の様子は?」
「国境近くに兵士がたくさんいるよ。こっちを窺ってる。」
「開戦まで時間の問題だな。スウォン陛下の命令に従うの?テウ将軍。」
「…真国との戦ならうちを出すのが妥当だろ。
空の部族軍が到着したら開戦だ。準備しとけ。」
「戦かあ…気が進まないなぁ。」
「お前斉国の砦の戦いには自ら参加してただろーが。」
「あれは水の部族長のか弱いお嬢さんが誘拐されて酷い目にあってるって聞いたから。俺自身に目的がない戦は虚しい。」
「延いては己の平穏の為だろ。人を傷つけて勝ちとる平穏なんてしょっぱいね…」
そうしているとハクからの文が届いた。
「なぁ、これ本物かな?若長。」
「本物だな。ハク様の字だ。」
「ハク様がこんな文よこすなんて。」
「真国との戦を避けろって…」
「そりゃ出来ればやりたくねーけど。」
「でも真国は高華国を目の敵にしてるんだろ?
王様からはここで待機って命令されてっし、ウチの兵も連れて来ちゃったし。」
「空の部族と合流したら開戦だし。」
「風の部族はそれに叛くのか?テウ将軍。」
「……お前ら…風の部族の…しかも風牙の都の人間だよな?
風牙の都のガキどもは物心ついた時から魂に刻まれてる言葉がある。
どんなに天が凄かろうが、俺らの天辺は只一人。」
「「「「「“ハク様の言葉は絶対!!!”」」」」」
風の部族は開戦ではなく宴を始め、ハクからの文の2枚目にあった“真国の人と仲良くやれ”という言葉に従って国境地点まで向かった。
テウ、ヘンデ、サキが対峙したものの、矢を向けられて立ち止まる事しかできない。
「矢向けられてますけど。」
「喧嘩より得意よ、俺。なあなあ、こっち宴会してんだ。
まだ戦始まってないし、お裾分け持って来たよー」
ヘンデが歩み出ると矢が放たれ顔のギリギリを飛んでいく。
「…さて、面白くなってきましたよ。」
「引っ込めた方が良いんじゃね?風の部族一喧嘩っ早い男は。」
そうして彼らは対峙したまま開戦はかろうじて止めている状態で過ごすのだった。
ヨナはというと馬車で彩火城にやってきていた。
緋龍城の使者として入れてもらい、呼び出したのはテジュン。
「人払いを。」
「では。」
「少しは退室を躊躇って!フクチ!!」
フクチはあっという間に部屋を出て行ったが、頭を抱えたテジュンをそっと呼んだのは尊敬する人物の声だった。
「テジュン。」
「え…」
「お久しぶりね。突然の訪問驚かせてしまった?」
「とんでもないことです。」
「今日はあなたにお願いがあって来たの。」
ヨナは通された部屋でテジュンに戦の事を伝えた。
「えっ、空の部族軍が明日真国へ!?早いですね、そろそろかなとは思っていましたが。」
「真国は揺れているわ。甚大な被害を被ってでも戦での決着を求めるコウレン姫と戦を避けたいタオ姫で…」
「それでヨナ姫は戦を食い止めたいと…」
「今緋龍城には二万の軍勢が集まりつつあるの。
コウレン姫はスウォンの出方によっては開戦を待ってくれると言った。
空の部族軍が動けば手遅れになる。そこであなたに手を貸して欲しくて来たの。」
「空の部族軍を止める為に私に…何をせよと…」
「それは…」
ヨナは作戦を説明した。
だがそれを実行すれば確実にテジュンの立場を悪くする。場合によっては罪人にされてしまいかねないのだ。
「無理はしなくていいの。元々可能性は薄いと思って来ているし、よく考えて…」
「やります!!お任せ下さい!!」
「え、もう少し考えなくて大丈夫ですか?」
「問題ない!!」
「テジュン…」
「姫様、イザの実を覚えてらっしゃいますか?」
「え、えぇ…」
「姫様から頂いたイザの実は村の皆で大切に育て、少しずつ実をつけて、今日収穫をしたんです。
まだまだ大量とは言えませんが火の部族にとっては大いなる希望の実です。
私の部下達もはりきって畑の手伝いをしています。
あの時建てた診療所にはたくさんの人が集まり村が大きくなりました。
そして村人が言うんです、あの時自分達を助けてくれた赤い髪の少女と暗黒龍とゆかいな腹へり達はどこへ行ったのかと。」
「暗黒龍とゆかいな…懐かしい。本当?」
「はい。皆もう一度会って礼がしたいと申しております。
あなたは私の…そして何より火の部族の恩人です。
いつかあなたのお役に立ちたいと、恩をお返ししたいと夢見ておりました。
今その夢が叶います。火の部族長補佐役カン・テジュン。
そのお役目、見事果たして御覧に入れましょう。」
「テジュン、もしこの件においてあなたが断罪されるような事があれば必ず…必ず助けに行くから!!」
ヨナは立ち上がるとテジュンを抱きしめた。
「無理を聞いてくれてありがとう。」
「ご心配には及びません。ヨナ姫もどうかお気をつけて。」
ヨナ達が立ち去るとテジュンは真剣な表情でフクチに指示を出した。烽火を上げろ、と。
火の部族からの烽火は北戒及び千州からの侵略があったときに上げる合図となっている。
リ・ハザラが協定を破り火の部族領に侵入したのか、と判断され、伝達はあっという間にスウォンやケイシュクのもとへ届いた。
ヨナは情報屋と合流しながら馬車に乗り、空の部族が簡単には動けなくなったのではないかと分析していると、その様子を見てミンスは息を呑んだ。
―城を出られて何を成して来られたのだろう…
変えてゆく…姫様がテジュン様を、私の暗い心を、延いてはこの高華国を巻き込み大きく何かが動こうとしている…
この方はただ懸命に仲間と目に映る人々を守ろうとしているだけなのに周りの人間がこの方の為に何かしたいと手を伸ばす…
もしかしたらそれは王ですら気付いていない恐ろしい力ではないだろうか…―
その後彼らは空都へ向かい、ミンスを下ろしてから真国の国境近くへと出発した。
「今日も肉たっぷり持って来ました。薬草もあります。」
「あ、ありがと。」
「どうです?元気になりました?僕役に立ってます?」
「う、うん…」
『…というより、どうしてここまでしてくれるの?』
「食事はありがたいけど。」
「そこの緑の人と白い人、五星に入りませんです?」
「な…」
「そこの女の人も一緒でいいですよ。強いですし。」
『何を言って…』
「今五星は2人欠員なんです。
緑の人と白い人、面白い能力持ってるし、どーでもいいその辺の凡人五星に祭り上げるよりよっぽど楽しい組織になると思うんです。
五星に入れば処刑も拷問も無しになりますよ。」
「そなた正気か?」
「正気ですよ。コウレン様もきっと喜んで…」
「ミザリ、勝手を言うな。」
「コウレン様!」
『コウレン姫…』
「高華国の四龍とやら…まだ回復しきってはいないようだな…」
「これは麗しのコウレン姫。あなたの五星はなかなかの腕だ。まだ身体が充分に動かない。」
「タオが自分の命と引き換えにしてでもお前達を助けて欲しいと懇願していた。」
「タオちゃんが…」
「そこの白い男は斉国でタオの女官を救ったそうだな。
ミザリの言うように私に降ればここから出してやらん事もないぞ。」
「…私はあの御方の為に生きて死のうと決めている。」
「あの娘は帰らん。ここを発ってから一週間以上音沙汰がない。
逃げたか…あるいはスウォンに殺されたか…
土台無理な話だったのだ、高華国と和平など…」
「確かに高華国との和平は一筋縄ではいかないだろうな。」
『しかし…ヨナはただの女の子ではありませんよ。
龍達に愛されて生まれた緋龍なんですから。』
「緋龍…」
「龍神達の緋龍愛をナメない方がいいから。その気になれば天をも味方につける。」
ゼノの笑顔と言葉に応えるように高華国と真国の国境辺りに雨が降り始めた。
「およ?雨…真国の人。食料とか足りてる?」
「黙れ、高華国のガキ共。何を企んでいる!?」
「企んでないよー、確かに俺らは明日敵になるかもしれないけど。
個人的に恨みがあるわけじゃないし、開戦までは自由にしてるだけ。
だから武器下ろしてよ。そっちの大将の合図無しに戦始めちゃヤバイでしょ。」
「…」
「ねぇ、雨よけの外套持って来たよ。真国の人もいる?」
「近寄るな、女!!」
「アヤメ!!」
外套を持って来た風の部族の女性、アヤメへ矢が射られるとそれをハクの大刀が薙ぎ払った。
「何相手をピリピリさせてんだよ。仲良くやんのが風の部族の十八番だろうが。そんな風に育てた覚えありませんよ。」
「矢を…止めた…!?」
「なんて速さだ…」
「何者だ?」
「通りすがりの暗黒龍です…ところでお前ら近すぎ。」
「本物じゃ…」
「生きてる…ハク様の墓って片付けたっけ?」
「片付けた。」
その場にいたテウ以外の全員がハクにしがみついていた。
「みっともねーな、ハク様困ってんぞ。」
「ジジイは?」
「長老は風牙の都を守ってるよ。ハク様こそお姫様は?」
「…今は別行動。」
「え、大丈夫?あ、まさか喧嘩したー?」
「いや、喧嘩してませんよ。寧ろとっても…」
「そこ説明せんでいい。」
「恋人なんだから別に照れずとも…」
「恋人じゃねぇし。」
「……えっ、恋人じゃない…!?じゃああれ…あれは…なに?」
「俺が聞きてーよ。とりあえずあいつらには何も喋るな。」
ハクとヴォルドは顔を突き合わせて口付けの事は秘密にさせた。
真国の兵の目の前でハク達が互いをどつき合い始めるものだから、真国の兵達も呆然とするばかり。
そのとき一人がヴォルドに気付いた。
「あ、貴方はもしや五星のヴォルド様では?」
「ん?お前は第二兵隊長のダイ。穹城からもうこんなに兵が来たのか。」
「有名だな。」
「はい、一応。五星最強の剣士として弟子も多く持ってまして。」
「ヴォルド様、なぜ高華国の奴らといるんですか?」
「反戦派のタオ姫についたという噂は聞きましたが、タオ姫は高華国と通じていたのですか!?」
「待て、誤解だ。タオ姫は高華国の信頼出来る方々と和平の道を探っておられるのだ。」
「いいえ、ヴォルド様!タオ姫は何も分かっておられないのです!
高華国がどんな卑怯な手を使い我らを陥れるか分からないのに…」
「確かに。」
するとヴォルドと言い合う真国の兵へハクが言い放った。
「高華国の王スウォンは信用ならねぇな。
あの王は切れ者で必要とあらば卑怯な手も使う。
だが偏った神への信仰心はないし、差別主義者でもない。
下手に戦を仕掛けなきゃ大義なくあんたらを虐げるなんて馬鹿はしねぇよ。」
それを聞いてテウは真剣なまま思う。
―それって結局信じてるって言ってるように聞こえるよ、ハク様…―
スウォンが二万の軍勢を集めていて、ヨナが出陣を食い止めようとしていること、
スウォンと交渉して開戦を止めようとしていること…
それらをヴォルドが説明したうえで、開戦まで仲良くしようと持ち出した。
それから4日…空の部族は来なかった。ヨナの作戦が成功したということだ。
その間に風の部族と真国の兵が交ざって宴で盛り上がっていた。
「なんだ、あの騒ぎは。」
「これはヨタカ様、ミザリ様。」
だがミザリやヨタカがやってきてハクへ攻撃を仕掛ける。
ヨタカの錘を受け止めたのはヴォルドだった。
「高華国側に立ち、俺に剣を向けるなどどうあってもコウレン殿下に刃向かう気だな。」
「ヨタカ…聞け!」
ヴォルドはヨタカの錘を薙ぎ払い言葉を紡ぐ。
「お前はわかっているはずだ!
高華国と正面きって戦をすれば真国は焦土と化す。
コウレン殿下は民と共に滅びても戦うおつもりなんだぞ!!」
「え…コウレン殿下が…」
「我らと滅ぶ…?」
「よせ…」
「コウレン殿下は本来聡明な御方だ。だが厳しく危うい。
未だ晴れぬ高華国への…ユホンへの憎しみに囚われておられる。
冷静になれ。コウレン殿下のやり方では高華国に真国を潰す大義名分を与えているに過ぎない!民を道連れに自爆して何が残る!?」
「黙れ!!」
「ヨタカ様…今の話は本当なんですか?」
「負けませんよね…?一騎当千のあなた方がいらっしゃるんですから…」
「一騎当千なものか。五星で首位の戦闘力を持つアルギラでさえ、ここにいるハク様には勝てない。」
「あのアルギラ様が…」
「そして高華国には化け物じみた力を持った四龍と呼ばれる方々がいる。」
「先日町で騒ぎを起こした化け物達か…」
「しかしあの化け物達はそんなに大した事なかったぞ。」
ミザリの近くにいた兵達がボソッと言う。
「ああ、ヨタカ様相手に手も足も出なかったしな。」
「民衆は大袈裟に狼狽えていたが、よく見ると生っ白い男だったよな。」
「彼らは戦を起こさせない為、我々を守る為にあえて抵抗せず…」
「うあああああ」
「何だ!?」
叫び声が聞こえた方を見るとミザリが四龍や私を馬鹿にしたような発言をした兵達を切り捨てていた。
「口ほどにもない。四龍さんと比べるだけ馬鹿馬鹿しいです。」
「ミザリ…お前何をして…」
「だってこの人偉そうに言うから…そんなに言うなら強いのかなって。」
「馬鹿者!!お前は…どうしてお前はやっていい事と悪い事の区別がつかない!こんな事をしたら…!」
ヨタカはミザリを殴り飛ばし、その近くを風の部族の女性が駆け抜けて、倒れた兵の手当を始めた。
「高華国の者よ!誰が我が領土に侵入を許した!?」
「この人達、死にかけてんのよ!?あんたの仲間でしょ。
領土なんてクソ程どうでもいいわ、ボケっ!!
ヘンデ、私の医療道具持って来て!」
「もう走ってった。」
「サキ!そっち押さえてて。」
「おぅ。」
「ちょっとあんた、しっかりしなさい。大丈夫だから!!」
「うあああ…」
この一件によって真国の兵の間で不信感が広まった。
斬られた2人の兵は一命を取り留め、ミザリの行動は惨いと判断された。
そしてヨタカも怪我人を放っておいたのだから信用されるはずもない。
ヴォルドやアルギラが五星から抜けるのも当然であり、そんな五星を定めるコウレンも真の真国の王に相応しいのか疑う空気が広まった。
ミザリは屋敷に連れ戻されコウレンとネグロの前に突き出されていた。
「戦を前にして味方の兵を斬り付けるなど何という事をしたのだ!
五星でありながらお前の外道な行いはコウレン殿下の御顔に泥を塗っているのだぞ!!
今までお前の勝手を大目に見ていたが、今度ばかりは重い処罰を与える!!覚悟しておけ!!」
「…ミザリ、なぜあのような事をした?四龍の世話をして四龍への情でも移ったのか?」
「…コウレン様…僕は何がいけなかったんです?だってあの兵士すごく弱かったです。
あんなの戦場に出たら瞬きする間に死にますよ。なら今死んでも支障ないです。
何人いてもあっという間に高華国の人の皮一枚傷つけずコウレン様の盾にすらなれず死にます。
これから始まる戦はそういう戦ですよね?弱い奴は今生きてても死んでても同じです。
だから巨大な爪や脚や永遠の命があればずっとコウレン様を守れるじゃないです?
四龍が仲間にならないなら、四龍の血を飲めば肉を食らえば、もしかしてあの力が手に入るかもしれないです。
コウレン様は僕を拾って下さった僕はずっとずっとお役に立ちます。
戦でみんなは死ぬけどコウレン様が最後にはきっと笑って下さるはずだから!!」
そんな狂った程のコウレンへの執着を見せたミザリは監獄に入れられる事になった。
眠っていた私はジェハが飛び起きた為に目を覚ます事になる。
『ん?』
「うわぁっ」
シンアは食事が来ないためにドングリをジェハの口元に押しつけていたのだ。
「シンア君っ!君までドングリを僕の口にむいむい押し込むのやめてくれないかなっ」
「ごはんが来ないから代わりに…」
「このドングリ、アオ君の口の中に入ってたやつでしょ!?」
「確かに…あんなマメに食事持って来てたのに昨日から来ないね。」
『…誰か降りて来る。ミザリじゃない…』
やってきたのはミザリを引き摺るネグロだった。
ミザリは私達の正面の監獄に投げ入れられた。
「そこで頭を冷やせ。」
「え、ちょっと…何があったの!?」
『泣いてる…?』
「四龍さんの力が…欲しい…」
「だからそれは出来ぬと…」
「ゼノさんの血や肉を食べれば僕も不老不死になれます?」
「…ゼノの力は誰にも移らないから。
俺の血を浴びた兵士も俺の肉を食った獣も皆等しく死んでったよ。
俺にも昔絶対に死んで欲しくない人間がいたんだ。
俺と同じ長い時がその人にもあれば…と考えた事もあった。だけどその人にも死は等しく訪れた。
今は…それで良かったと思ってる。人と違う…俺のような力は無い方が良いんだ。」
龍の力を持つ私達はゼノの言葉を心の内へ呑み込んだ。
私はジェハの胸に擦り寄るようにして話し始めた。
「…そうかもしれないね。でも僕はここに捕らわれてから度々夢を見る…
それは僕の脚が奪われてもう二度と泣いている彼女のもとへ飛んでいけない夢だ。」
『ジェハ…きっとそのときはいつかやってくるわ。』
「…」
『でもね…それは今ではないと思うの。
私はヨナの生きようって気持ちに応えて自分でこの力を掴み取った。
短命になろうとも彼女の為にこの力と共に生き抜こうと決めたのよ。』
「お嬢…」
『私はこの力があって良かったわ…だってこうしてみんなに会えたんだもの。
大切な人に…素敵な仲間に会えたんだから悪い事ばかりではないと思ってる。
この力が失われるその瞬間まで…私の命が尽きるそのときまで私はヨナの傍にいたい。彼女を支えていたい。』
私はジェハの胸元から離れて彼の顔を見上げた。
そんな私に視線が集まっているのを感じて私は他の仲間達へも視線を送った。
『ひとつだけ願うなら…私の命が尽きるのはヨナが心から幸せだと言える状態になったって自分の目で確認出来てからがいいなぁ…
ヨナやハクがスウォンとの関係に涙したり、寂しそうに無理して笑う事がなくなって…心からの笑顔を浮かべられるようになるのは見届けたい…
それまでは…ずっとみんなと一緒にいたいよ…』
私は自嘲気味に笑みを浮かべると一筋だけ涙を流した。
『こんな私って我儘かな…?』
私の言葉を誰も笑ったりはしなかった。彼らも同じ事を願ってくれていたのだ。
生まれたときから龍の能力を持ち、その運命を受け入れざるを得なかったキジャ、シンア、ジェハとは異なり、私は自分から短命になった。
それでもヨナと出逢い、四龍だけではなくハクやユンも交えて旅をして、馬鹿騒ぎをして…
ジェハは私を抱きしめると背中をそっと撫でてくれた。
「僕もだよ…皆が一緒にいて、笑ってる…これ以上に僕も何も望まないんだ。」
彼はそのまま私の頬を撫でると顔を寄せて唇を塞ぐ。
そのまま数回啄んでから私の目がトロンとしてくると彼は満足したように私を抱き寄せて顔を肩口に埋めた。
「おやすみ…」
『うん…ジェハが少しでも…笑顔の多い夢を見れますよう…に…』
私の寝息が聞こえてくると彼は笑みを零した。
『すぅ…』
「ありがとう、リン…愛してるよ…」