主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
真国
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スウォンとリリが城下でオギから情報を受け取っている頃、私達は森の中を歩いていた。
「姫さん、足は大丈夫ですか?」
「う、うん…大丈夫よ!」
一番後ろをついて来ていたヨナがふらついていたためハクが声を掛けるが、彼女はふら~っとしたままハクに倒れ込んでしまう。
「ほらね。」
「ほらね、じゃねーよ。おんぶします?」
「い、いい!」
「雷獣、斉国の国境沿いを歩いて来たけど、ここってもしかして風の部族領かな?」
「ああ…かなり端だけどそうかもな。」
「風の部族!ハクの育った土地だね。
ハクの里には美しい女の子がたくさんいるんだろ?紹介して欲しいなぁ。」
「風牙の都には行かねーよ。それに高華国一の美女がそこにいるだろ。」
「リンでしょ~♪」
『…それよりここが風の部族領だとしたら斉国の近くじゃなくて…』
「…シンア。」
「…うん、誰か…俺らを見てる。」
「あそこかな。」
ジェハがすっと視線をやった先に私も気配を感じて頷く。
こちらへ視線を送っていた人影が逃げようとしたため、私とジェハは同時に地面を蹴った。
ジェハが鞄をドサッとその場に落とし、私の手を取って跳び上がる。
私はそれを予想していた事もあり、彼に連れられて身を浮かべると逃げようとした人物の前に降り立った。
「やぁ、僕らに何か用かな?」
そのとき私達は背後に別の視線を感じ、そちらへ視線を向ける。
キジャが私達の背後に立って新たな視線へと対峙した。
彼は大きな右手を振りかざし、周囲を威嚇する。
そのとき周囲の木から多くの視線がこちらへ向けられていた事に気付いた。
「おや、思ったより多くの熱い視線集めてたんだ。」
『視線が痛いとは思ってたけど、まさかこんなに集まってたとはね…』
「そなた達何者だ!?」
「我々は真国からやって来た。お前達は高華国の化け物か?」
ハクは腕にアオを乗せたままヨナを庇い、ゼノはユンの傍に立って守っているようだ。
私とジェハ、キジャは背中合わせのまま周囲を見やる。
真剣な表情のキジャとは違って私とジェハに至っては笑みを零していた。
「突然やって来て化け物か?なんて不躾だね。こんな美しい僕らに向かって。」
「お前達は美しき化け物か?」
「呼んだ?」
「ちょろいぞ、タレ目。」
『はぁ…』
美しい、という言葉に反応するジェハを私はコツンと殴りつつも周囲を見る視線は揺るがせない。
「僕らが美しき化け物だったとして…」
『私達に何の用かしら?』
私の問いに応えるように黒髪で糸目の男が鼻と口を黒い布で覆った状態で姿を現した。
目元に泣きぼくろがあるように見える。
私とハクはその男を見て、さっと視線を交わした。
―何か空気の違う奴が出て来たな…―
―この人が頭領…ってとこかしら…―
ハクは私の視線を受けてこちらへやってくるとさっと隣に並んだ。
すぐに全員が一塊になり対峙したのだが、その瞬間男達が一斉に私達の前に土下座した。
「降参―!!!」
「『……は?』」
「え?」
これには私達も呆然とするしかない。
「ちょっと待て。」
「降さァァアア…」
『いや、何もしてないのに降参って言われても…』
「しろはたァアー!!」
「わかったよ、何だよ。」
「失礼…私は真国第二王女タオ様にお仕えするヴォルドと申します。」
「え、真国の王女!?」
「信用ならんな、顔を隠した者の言葉など。」
「ひイイ!本物だっ」
キジャが龍の手を構えると男達が怯えたように声を上げた。
「噂通りだ。やっぱりいるんだ、高華国の化け物!」
「高華国は化け物が住む国だったんだ…」
「どうして行った事もない真国でキジャ達が噂になるの?」
「斉国の砦の建設に我が国の民も奴隷として連れて行かれたのです。
そこから戻った者が口々に言いました、高華国には巨大な爪を振り回し暴走する白髪の妖怪と、頭に草が生えた空飛ぶ妖怪と、甘い香りをさせた美しい妖怪がいると。」
「そのような妖怪がいたか?」
「君の話だよ、キジャ君。」
『ジェハもでしょ、空飛ぶ妖怪。』
「お前の事も言われてるじゃねェか、リン。」
『私も妖怪…?』
「本当だとしたらその能力はもはや神の域。
そこで真実を確かめるべく高華国へ入り、あなた方を探していたというわけです。」
「有名になったものだね。」
『それで…私達を探してどうするの?』
「我が姫タオ様に会って頂けませんか?」
「断る!!!!!」
「はい、解散―」
「白龍は即決だな。」
「僕らはお偉いさんの見せ物ではないんでね。」
「突然の話で誤解するのも無理はない…
しかし決して我が姫は見せ物目的であなた方に会いたがっている訳ではないし、危害を加える事もありません。」
「尚更うさん臭ェな。」
「我々には時間がない。ただ真国と高華国の未来の為、我が姫と会って頂きたいのです。」
口元の布を拭い去り、目を開いてこちらを見つめながら言うヴォルドの言葉にヨナは小さく頷いた。
『とりあえず会うだけ会ってみましょう。』
「感謝する。」
「少しでも危険だと判断したら戻る。いいか。」
「無論。」
そうして私達はヴォルドや他の男達と共に風の部族領に一番近い真国の潸潸(サンサン)という町へやってきた。
私達は皆外套を被り顔を隠す。ユンだけはそのままで歩き回る。
シンアは目隠しをしているものの仮面は外している。
「シンア暑くね?」
「蒸れる。」
『荷物を持たせてしまってすみません。』
「いえ、お招きしているのはこちらですから。」
私は荷物を持ってくれているヴォルドの部下らしい男に声を掛けて歩いていた。
ユンが町の様子を見ているとヴォルドから注意される。
「あまりキョロキョロしないで。真国の民を装って下さい。
小さな町とはいえ高華国の人間だとバレたら危険です。」
そのとき近くでクシビの砦での戦いをお題とした人形劇が始まった。
『あれって…』
「クシビの砦の戦を芝居に…?」
「それで四龍が噂になっているのですね。」
「そして現れたるは高華国からやって来た鋭き刃の爪を持つ白き妖怪!!にゃにゃにゃにゃーん!!!」
「「ぶっ…」」
『ぷふっ…』
「!!!?」
芝居をしていた男が白い猫を構えたため、私、ハク、ジェハは吹き出してしまった。
ヨナもクスクス笑い、ジェハの向こうではゼノも手を叩いて笑う。
「???あれは…私…か…?」
「みたいだね。」
「あれのどこが私だッ」
「いや、似てんぞ。」
『ハハハッ、お腹イタイ…!!』
「ちょっと待てい、そこの!!」
そこに男が怒鳴り込んで来て芝居をしている男に食ってかかった。
「なんだ、その芝居は!?
高華国の化け物を英雄みたいに語りやがって、気に入らねぇ!!
てめぇ、コウレン様に逆らう気か!?」
「いえっ、決してそのような…
これはクシビ砦の戦いの寸劇ですからコウレン様とは関わりなく…」
「黙れ!高華国が勝利する話なんざ真国の士気を下げるわ!!」
「何あれ…」
『雑音ばっかり…聞き苦しい。』
私は耳がいい分、男の怒鳴り声で耳が痛く顔を顰める。
「真国の誇りを持つ者なら高華国の化け物なんざ…ひねり潰す話にしろ!」
男は白い猫を取り上げて投げようとする。
だがその瞬間彼の顔面に金髪で長髪を編んだ男の蹴りがめり込んだ。
その無駄のない動きに私、ハク、ジェハは目を見開いた。
「…よーしよし、大丈夫だかんな。」
「てめ、足どけ…」
「あ?来世に逝ってこい、タコが!!」
彼は猫を取り上げて抱くと、怒鳴っていた男を蹴り飛ばした。
「にゃんこぶん投げていい国の誇りなんざへそが出るぜ。」
「『反吐かな?』」
私とユンは冷静にツッコんだのだが、男を蹴った彼は猫を返してこちらを見るとヨナの肩に乗ったアオを見つけ目を輝かせた。
「なんだ、てめぇ!見てんじゃねーよ、可愛すぎんだろ!!」
「ぷっきゅー」
「ちっちぇ~にゃんこちっちぇ~
ぷっきゅー?変な鳴き声ふざけんなよ~~~~~♡♡」
「猫じゃないわ、リスよ。」
ヨナの肩からアオが男の手へと乗り移り、そのときになって漸く彼は私達に気付いたようだった。
「あ?わっ、誰だお前ら!」
「アルギラ!」
そのときヴォルドがアオを抱いた男を呼び、顔を突き合わせて睨み付け始めた。
「お前…また町中で暴れやがって。目立つんじゃねーってあれほど言ったじゃねーか。」
「あ?にゃんこの一大事にしちゃ慎ましく対応したじゃねーか、ヴォルタコが。」
「お前がアホなのはもう仕方ねぇが、こっちに迷惑かけんなアホギラ。」
「相変わらずしょっぱい野郎だな。にゃんこでもモフって心を豊かにしろよ。」
「あのー…その人は?」
「失礼。こいつはアルギラ。私の同僚です。」
ヴォルドはアルギラと呼ばれたその男の頭を下げさせる。
「おい、何だよあのプキュにゃんは。」
「プキュにゃんは知らんが、高華国の妖怪を連れて来た。」
「マジか。強ェのか?」
「妖怪ではない、四龍だッ」
「桃地渓谷に行こうと思ってる。」
「成程。わかった、来いよ。」
アルギラに連れられて私達が歩きだそうとすると蹴り飛ばされた男と他の誰かが言っているのが聞こえてきた。
「コウレン様に報告してやる…」
「やめとけ、あいつはアルギラだ。」
「くそう…あの売国姫の犬か…」
「大丈夫だ。コウレン様がきっと高華国を打ち破りこの国を守って下さる。」
「そうだ…化け物に死を…死を!高華国に滅亡を…滅亡を!!」
それを聞いたヨナの顔が強ばったのを見て、私はそっと彼女の手を握った。
『行きましょう、姫様。』
「えぇ…」
暫く歩くと渓谷に到着した。緑豊かな地に豪華な建物が隠れるように建てられていた。
「ここはタオ姫の私邸です。」
到着した途端、周囲を警戒したヨナが私やキジャの前にすっと立つ。
それを見て私は外套の上からヨナの頭に手を乗せた。
「リン…?」
「私達は大丈夫ですよ、姫様。」
「そうだよ、ヨナちゃん。」
『狙われるのには慣れてますし、何かあればすぐに出ればいいのですから。』
「緑龍に乗ってな。」
「人数制限あります。」
「うん…」
そのときにゃーんと鳴きながら猫が集まっている場所があり、目をやると猫に囲まれた少女がいた。
柔らかい色で肩口までの髪を結い上げた少女を見つけて私達はきょとんとし、ヴォルドは頭を下げた。
「あら、アルギラ、ヴォルド。お友達ですか?」
「只今戻りました、タオ姫。」
「友達なんて連れて来るわけねーだろ。ホラ、姫が会いたがってた高華国の妖怪だよ。」
「四龍だっ」
『もういいよ、キジャ…』
「まさか何を言ってるのですか、アルギラ。」
「だから高華国の妖怪だって。」
「…」
信じられないように笑顔を顔に貼り付けていたタオは、はっとして立ち上がった。
するとその反動で猫が跳び上がり、小さな三毛猫が私の方へ跳んで来た。
私はその猫を受け止めて抱くと頭や喉を撫でてやりつつタオとアルギラのやりとりを見守った。
「えええええ、嘘ですよね!?」
「俺が嘘ついた事あったかよ。」
「ないですないです、ごめんなさい。でもそんな…お会いしたいとは言いましたけど、連れて来てとは…」
「いいじゃねーか。せっかくだから言いたい事言っちゃえば。」
「なんかお姫様、寝耳に水みたいだけど…?」
『アルギラさんとヴォルドさんがタオ姫のためにやった…ってところかしら。』
「高華国と真国の未来に関わると聞いて来たんだけど、何か違ってた?」
ヨナの言葉に呆然としたタオは身体を小さくして震える。
「あああ、私ったら人様の都合も考えずに軽く言ったことでこんな子猫みたいな愛らしい女の子まで巻き込んで…」
「子猫かな?」
「何が言いたいのかしら、ハク。」
「真国の姫である貴女がそのように下手に出てはいけません。」
「ごめんなさい…」
「謝るのも駄目です。」
「はい。」
ヴォルドはタオと視線を合わせるように膝を曲げて言い聞かせた。
「それに貴女は軽口で人を動かそうとはしません。だから彼らを連れて来たんです。」
「ありがとうございます、ヴォルド。」
彼らが話している間に私達はそれぞれ近くの屋根の下へ移動していた。
ヨナとハクが並んで立ち、階段に腰掛けたシンアは肩にアオ、膝に猫を乗せていて、近くにはキジャが立っていた。
ゼノは階段の傍に座り、傍らに私とジェハが並んで立った。ちなみに私の肩には猫が乗っている。そんな私達にタオが改めて向き直る。
「初めまして、高華国の方々。ご挨拶が遅れました、真国の第二王女タオと申します。」
「てっきり僕らの能力に興味があるんだと思ってたけど。」
「いいえ、どうしてあなた方にお会いしたいと思ったかは力の問題ではないのです。
まずはこの国の危うい状況をお話ししなくては…」
「町でコウレンという名を聞いたわ。その人に関係しているかしら?」
『コウレンは第一王女様ですね?』
情勢に詳しい私の言葉にタオは静かに頷いた。
「コウレンはこの国の第一王女、正当なる王位継承者…私の姉です。
コウレン姉様は国を束ねて高華国に戦を仕掛けようとしています。」
「ええっ」
「国は今2つの派閥に分かれていて、一つはコウレン姉様の開戦派。」
「もう一つは?」
「もう一つは私…私タオは真国が高華国の属国となる事を望んでいます。」
「そ、それは…」
「真国のお姫様の発言にしては随分と大胆だね。」
『どういう意図があっての発言なのかお伺いしても?』
「はい。高華国のスウォン王は…先日の斉国との戦いに勝利し、その前には南戒の金州を制圧し、北戒のリ・ハザラ軍をも破っています。
スウォン王が次に狙うのはどこだと思いますか?」
『っ…』
「…この国だな。」
「…」
薄々感じてはいた、スウォンが周囲の国を抑えて確実にどこよりも強くどこからも侵略されることもない高華国を作ろうとしていると。
話を聞いているうちに猫達はシンアやゼノにもよじ登っていて、私の肩に乗った猫は眠り始める始末だ。
そののんびりした様子は緊迫した会話と相反していた。
「…だからコウレン姫は高華国に対し兵を上げようとしているのね。」
「コウレン姉様は真国の姫として強い誇りを持っています。
真国が他国に蹂躙されるなど、姉様には到底受け入れられるはずがありません。
それならこちらから総攻撃をかけ、たとえ死んでもこの国の矜持を保とうとするでしょう。
ですが…今の真国の軍事力では高華国に遠く及びません。
どんなにコウレン姉様の意志が固くても、どんなに気高い想いでも、それは純然たる事実です。
高華国とその属国となった斉国、両国に囲まれたこの状態で戦を仕掛ければ、真国は…真国の民は確実に滅びます。
ですから私は多くの民を犠牲にする戦は避けて高華国に降るしかないと思うのです。」
『ふぅん…』
「だから僕らを見て降参―ってなったわけか。」
「でもなんで高華国の(一応)一般人の俺らにそんな話を?」
「え?あなた方はスウォン王の配下ではないのですか?」
「どうしてそう思ったの?」
「ホツマやクシビの砦にて、あなた方はスウォン王と共に闘っていたと聞いています。」
タオの言葉に私は俯きながら言った。俯いたのは私だけではなく、ハクも同じだった。
『…共に闘ったわけではないわ。偶然目的が同じだっただけよ。』
「「…」」
私の言葉にヨナとハクも暗い表情ではあったものの、何も言おうとはしなかった。
ジェハも私の表情が見えなくなったが、口を開かず隣にいてくれた。
「…そうなのですか。でもスウォン王と面識はおありなのでしょう?
お人柄はご存知ですか?私それを知りたくて…」
「あの王が何を考えてるかなんて知らねえよ。」
空気が冷たくなったのを感じたタオは何も言えずにいたが、アルギラが猫とじゃれながら空気を変えるように声を掛けた。
「なあ、タオ姫。にゃん達が腹へったってよ。メシにしねぇ?」
「本当ですね、ごめんなさい。お客様に立ち話ばかりで。お食事のご用意致しますね。」
「あ、おかまいなく…」
「美味しく頂くから!」
「こらっ!」
食事の用意が始まると俯いたままだった私の頬をジェハがそっと撫でた。
『ジェハ…』
「そんな顔しないで。行こう?」
『…』
彼は頬に添えた手を顎に移動させてぐっと私の顔を上げさせた。
すると彼の目と視線がぶつかり、私はその美しさと優しさに泣きそうになった。
「どうやったら笑顔になってくれるかな…」
『傍にいて…』
「お望みとあらばいつまでも。」
彼は自分を見上げる私に口付けると笑みを浮かべて私の手を引いて仲間達が向かった方へ足を進めた。
そして食事が出来上がるまでの間、どうしても空気が重くなるのに耐えられなくなったキジャが私へと助けを求めるように視線を送る。
私は困ったように笑いながら立ち上がるとタオに声を掛けた。
『少々お時間を頂いても宜しいでしょうか。』
「えぇ、もちろんです。」
『扇をお借りしても?』
「どうぞ…何をなさるのです?」
『食事の用意ができるまで時間があるようですし、宴の前に歌と舞でもいかがでしょうか。』
「いいね。」
「まぁ!こんなに美しい方の舞だなんて…」
「舞姫の実力見せてやれ。」
私は髪を解いて長くなった髪を背中へと流した。
そしてタオから借りた桜の周りを蝶が舞う扇を開き、掲げるようにして歌い舞い始めた。
『“さぁ、唄いましょう この愛の唄を…”』
《哀唄》
色っぽく髪を揺らし、扇を舞わせ、剣を抜きつつ蝶のように舞いながら歌う私にその場の全員の目が釘付けになる。
舞い踊る事で私の甘い香りが周囲に漂う。
料理とは異なる香りにタオがはっとして顔を上げた。
―この甘く柔らかい香りは…?リンさんから漂っているような…―
“水面にうつるは 涙を流す私だけ…”という歌詞を聞くとジェハが寂しそうに微笑んだ。
その笑みを流し目で捕らえつつ、“さぁ、忘れましょう 恋のおひめさま”と歌いながらヨナに微笑みかけ、扇で顔を隠すようにして次の旋律へ移っていく。
“愛のおひめさま 涙の味噛みしめて”“そっと包み込みましょう”…どれも私からヨナへの想いばかり。
そして“咲き乱れましょう 哀のおひめさま”と歌いながら剣を鞘へ収めた私はヨナの頬を撫でた。
「リン…」
『“強く生きて行きましょう 凛と輝いて…”!!』
強く歌い上げながら私は華やかに舞い踊り、扇を天に翳して動きを止めた。
すると涙を流しそうになったヨナが立ち上がって私に抱きついた。
『ちょっ…!?』
「リン…リンっ…!!!!」
私は彼女の髪を撫でて哀しくとも強く生きようとしているヨナが少しでも笑えるよう祈ったのだった。
「お待たせしました。」
そうしていると私達の前に豪華な料理が並べられた。
私はハクとジェハの間に座っていたのだが、ジェハの持つ杯に酒を注いで笑った。
「もう大丈夫?」
『えぇ…姫様のために歌ったはずが、なんだか私がすっきりしちゃったわ。』
「それは良かったよ。」
「遠慮せず召し上がって下さいな。」
「いただきます。」
するとシンアはもぐもぐと料理を食べ、それにはアルギラが目を丸くした。
「お前目隠ししてて食いもん見えてんの?」
シンアはこくんと頷き、アオと共にもぐもぐ食べる。
―大きいプキュにゃんと小さいプキュにゃん…―
「食うか?」
こくんっ
「名前は?」
「シンア。」
―シンアにゃん…―
口の中に食べ物を詰め込むシンアとアオはそっくり。
その様子に笑っているとヨナが目の前の料理を見て顔を顰めた。
―うーん…すごく美味しそう…だけどなんだか今日はお腹が痛い…
そういえば昨日から身体が重いし…―
厠に行こうとヨナが立ち上がると足をツーっと血が滴った。
これには彼女も息を呑んでバッとしゃがみ込んだ。
―ちょっと待って…こんな時に…―
「どうしました?顔色悪いですよ?」
「近寄らないでっ!!」
ハクの顔をヨナは叩いて押しのけた。
「……近寄ってすみませんでした。」
「違…違うの…」
―おなか痛っ…―
「ヨナちゃん?」
「ヨナ、どうしたの?大丈夫?」
「『…』」
ヨナの体調からそれが生理によるものだとわかった私とタオだった。
タオは料理の下に敷かれていた布を抜き取ろうとしたため、私は彼女を止めた。
静かに立ち上がった私は上着を脱いでヨナに被せた。
「え…」
「タオ姫!?」
「リン!?」
「上着をお借りしても?」
『えぇ。ヨナをお願いしますね。』
「はい。ヨナさんはお眠のお時間なのでお休みします!皆さんはお食事続けて下さい!」
ヨナを連れたタオが行ってしまうと私達は食事を続けた。
「ヨナは…?」
『大丈夫。女の子は大変なのよ。』
「あー…」
「寒くないかい?」
『平気。さぁ、折角用意してくださったんだから、美味しく頂きましょう?』
そうして食べている頃、ヨナはタオに着替えを用意してもらい寝台で横になっていた。
「ヨナさん、大丈夫ですか?」
「……うん…」
「痛いんですね?無理は駄目です、落ち着くまで寝てて下さい。」
「…ありがとう。」
―思わずハクを叩いちゃった…怒ったかな…―
ハクはというと私の隣で食事をしつつ項垂れていた。
『ハク…?』
「…好かれてねーとは思ってたけど、まさか嫌われてんのか…?」
『そんな事はないと思うけど。』
こじらせている様子を見て苦笑している頃、ヨナはタオに礼を伝えていた。
「タオ姫、本当にありがとう。服まで借りちゃって…」
「いいです、贈り物です。女の子はこんな時大変ですものね。」
「いつもは痛みとかなくて平気だったのに気が緩んでるのかな…」
「何も悪いことじゃないですよ。お力になれて良かったです。」
「…ここには使用人とかあまりいないのね。」
「ここは私の隠れ家みたいな所なんです。高華国にも近いし、情報も入り易いので。」
「そんな所に高華国の人間を連れて来て良かったの?」
「あなた方は大丈夫です、きっと。斉国の砦の建設に我が国の民も奴隷として連れて行かれたのを知ってますか?」
「ええ。」
「そこには町へ出掛けていた時に誘拐された私の女官もいたのです。
砦の環境は劣悪で人としての心も失いかけていた時…“白き化け物”が現れて彼女を助けてくれたんです。」
女官の無事を尋ねたキジャの様子を女官は覚えていて、彼に助けられた事を感謝したかったのだという。
「その方はすぐに立ち去ったらしいのですが、見た事もないような白くて美しい姿で天の使いではないかと思ったそうなんです。」
「それはキジャねっ」
「そう!あの方ですよね?見てすぐわかりました!本当にいらしたんだと思うと嬉しくて。
だからあなた方にお会いしたいと思った一番の理由は彼女に代わってお礼を言う事だったのです。
そしてあなた方はスウォン王の命令で動いていると思ったものですから、スウォン王は民の尊厳を軽んじたりなさらない方なのではと…期待してしまったのです。
コウレン姉様が行動を起こす前に何とかスウォン王と話し合いの場を作れたら…って。」
「……スウォン王は…」
「え?」
スウォンに話を通す事は難しいかもしれないと思い、ヨナは俯いた。
「ヨナさん?」
「ううん、タオ姫はお小さいのにしっかりしてるなって…」
「ふふっ、私こう見えて19歳なのです。」
「ええっ、年上!?ごめんなさいっ」
「いーえ。若く見られてお得です。」
タオの可愛らしい笑顔にヨナは笑みを零した。
そして夜になるとヨナは片手に私が貸した上着を持って風に当たるため外に出た。
美しい月がそこでは輝いていて、ヨナはそんな場所が戦場になるのは防ぎたいように感じていた。
そのとき黒い影がヨナの近くに現れた。
「……誰?」
「死ねっ、タオ姫!!!」
『ハク、姫様が!!』
「っ!」
眠ろうとしていた私は騒ぎを聞き取ってハクを呼ぶ。
すると彼はすぐ外へ飛び出してヨナを庇うように抱き寄せて襲いかかって来た男に斬りかかった。
「大丈夫ですか?」
「う、うん…」
ただハクはヨナに近付かないようにと言われた事を思い出し、すすすっと距離を取った。
「近寄ってすみませんでした。」
「ああ、まだ根に持ってる…だからさっきのはねっ」
そうしている間にジェハが抱いた私は空を跳んで彼らのもとへ向かっていた。
『言い合ってる場合じゃないでしょうに…』
「困った2人だね。」
背後からヨナやハクに襲いかかろうとしていた男達に向けて、ジェハの暗器が刺さり、私の剣が斬った。
「ほらほら、いちゃいちゃしてると殺られるよ、ハク?」
『油断しちゃ駄目よ。』
「そんな楽しいことしてるように見えるのかよ。俺は今怒られてんだよ。」
「怒ってないって。」
「『片想い重傷だなぁ…』」
「姫様、ご無事ですか!?」
「うん。」
キジャ、シンア、ゼノがこちらへやってきて倒れた男達を見る。
ヨナは私に上着を差し出してくれたため、私はそれをさっと羽織って周囲へと注意を向ける。
「一体何だ、こいつらは。」
「私をタオ姫だと思って殺そうとした…」
『っ!シンア…』
「うん、こいつらだけじゃない…」
『この谷に何人も入り込んでるわね…』
「タオ姫はどこ…!?タオ姫が危ない!!」
「何事ですか?」
「ヴォルド…この谷に何者かが入り込んでる。タオ姫が危ないわ!」
そうしていると私達の周りを男達が囲んだ。
『これはまた団体さんで。』
「まだ…向こうにもいる…」
「ヴォルド君、ここは僕らに任せて君はタオちゃんの所へ行きな。」
「いや、しかし敵は大勢…」
「ヴォルドとやら。我々を何だと思って連れて来たのだ。」
『任せて、ヴォルドさん。』
「そうだよ、僕らは高華国の美しき化け物。」
「四龍だ。」
「はいはい、四龍四龍。」
「高華国の…四龍!?」
「ヴォルド、ここは大丈夫。タオ姫を早く…!」
「は、はい。」
『ヨナ、ハクと一緒に行って下さい。』
「うん。」
「ここは任せたぞ、リン。龍共と蹴散らしてやれ。」
『任せて。』
私が剣を構えるとその背後でキジャが爪を、ジェハが暗器を、シンアが剣を握った。
『始めようか。』
「はいよ、お嬢さん。」
私達は目の前の男達に襲いかかった。
ジェハが跳び上がり蹴りと暗器で襲いかかり、私やシンアの剣やキジャの爪が敵を切り裂く。
その様子を見たヴォルドはヨナとハクの背中を追いつつ私達の様子に目を見開いたのだった。
タオの寝室へ向かいつつヨナとハクはヴォルドから事情を聞く。
「襲ってきた奴らは何だ?真国の派閥に関係するのか?」
「はい、恐らく開戦派の連中です。昼間町でつけられていたのかもしれません。」
「コウレン姫はタオ姫を暗殺しようとしているの!?」
「タオ姫の思想を嫌悪する者は大勢います。全てがコウレン姫の命とは限らないでしょう。」
タオの寝室に駆け込むとそこには男が立っていて、剣を構えていた。
「あれぇ…ヴォルド先輩じゃないです?」
「ミザリ…」
「遅かったですね。可哀想にタオ姫はここで小さく震えてますよ。神様にお祈り中です?」
「やめて!!」
「よぉ、ミザリ。」
そこにいたのは猫を抱いて布団を被っていたアルギラだった。
「アルギラ先輩…」
「ここはタオ姫の寝室だと思ったんですけど、姫はどこに?」
「姫は避難させたわい、タコが。」
「知り合いか?」
「他人です。」
「酷いな。僕ら五星の仲間じゃないですか。」
五星とは真国で特に武術に優れた者に与えられる称号。
ヴォルド、アルギラ、ミザリ、そしてコウレン付従者2人が属しているらしい。
「あれ、そこの人達真国の人じゃないんです?まさか高華国?
わー、ついにタオ姫は高華国の人と接触を図ってるんですか。それはいけない。
あなた方を殺して早くタオ姫を探さなくては!!」
アルギラは襲いかかってきたミザリを蹴り飛ばしふらつかせてから殴った。その動きにハクは腕の良さを見て取る。
ただミザリは部下を連れて来ていたため、次々と大柄な男達が襲いかかってきた。
ハクの腕を知らないアルギラは彼とヨナを逃がそうとしたが、次の瞬間ハクは大刀で目の前の男を薙ぎ払った。
言うまでも無く片手にはヨナを庇うように抱いている。
多くの男が襲いかかってくるのを見て、ハクはヨナを自分の後ろへ突き飛ばした。
「ハク…」
「すみません、すぐ終わらせます。」
彼が男達を薙ぎ払い、そのままの勢いで大刀を振り抜くと柱に刃が引っかかった。
「!」
「馬鹿め、こんな所でそんな物振り回すからだ。」
「いけね、ひっかかった。」
「かかれ!!」
だがまた片手でハクは大刀を振るい、男達を倒したのだった。
それをヴォルド、アルギラ、ミザリは呆然と見るばかり。
するとヨナはある匂いを嗅ぎ取って言った。
「ハク、油のような匂いが…」
「ミザリ!てめえ何をした!?」
「タオ姫は…避難していると言ってましたよね、アルギラ先輩…でもこの屋敷内にはいるんでしょう?
早く行かないとあったかい火に包まれちゃいますよ。」
「アルギラ!こいつは俺がやる。早くタオ姫のもとへ。」
「こっちも任せろ。早く行け。」
「ありがとう、ハクにゃん!!」
「にゃん…?」
アルギラは扉近くの男を蹴り飛ばしてタオのもとへと駆け出した。
屋敷は次々と燃えていくのだが、それをユンを逃がしていたゼノは感じ取った。
「焦げ臭い…ちょっと行って来る。動くなよ。」
「あ、ゼノ!」
タオは逃げようとしていたが既に炎に包まれていた。
「火がもうこんなに…」
「行きましょう、危険でも脱出しなくては。」
そんななかゼノがタオのもとへ駆けて来た。
「いたっ!」
「あなた…ゼノさんっ」
「お姫さん、よかった。」
「来ては駄目、すぐ戻って下さい。」
屋敷が崩れてきて、柱がタオに向けて倒れて来た。それをゼノは身を挺して守る。
「ぐああっ!」
「ゼノさん!?」
「いいから行って!!崩れる前に…」
「そんな…」
「大丈夫、俺は非力だけど焼かれる方が丈夫になる…から…」
緋龍城が遠いためかゼノの傷の治りが遅い。
「何を言って…」
「平気だから俺は死なない。黄龍の身体はこんな時の為にあるんだから。
この屋敷は崩れる…柱を支えてる間に早く…」
―力を貸して緋龍城…―
ゼノがそう祈っているとアルギラがタオを救出するべく走って来た。
「タオ姫!」
「ア…アルギラ…っ」
彼らの前には燃える柱を支えるゼノの姿があるのだった。
ミザリは屋敷が限界だと判断し、炎の中にヨナ、ハク、ヴォルドを残し立ち去った。
タオを探そうとするが、そちらはアルギラに任せ彼らは逃げる事を先決とした。
その頃、アルギラはタオを見つけ出し、ゼノを見て硬直していた。
「ここはもうすぐ崩れる…押さえてるから早く…」
「押さえてるからってお前…」
「ゼノは平気だから…急げ…逃げろ…っ」
「…恩に着る。」
アルギラはタオを抱き上げると彼女を守っていた部下達を引き連れてゼノを残し立ち去った。
私達はというと屋敷の前でタオが脱出してくるのを待っていた。近くにはヨナ、ハク、ユン、ヴォルドもいる。
「出て来た!」
「タオ姫…!良かった。」
「ねぇ、ゼノ見なかった!?」
「…申し訳ありません!ゼノさんは私達を逃がす為に柱を支えて…まだ中に…」
「ごめん、助けられなかった…」」
「ゼノ君なら大丈夫だ。自力で脱出してくるよ。」
「…全身炎に包まれて柱を支えてた…
動いたら屋敷が崩れるし、崩れなかったとしても…もう…」
「じゃあゼノは…炎が消えるまで…この中で焼かれ続けているの…!?」
我慢出来ず私、キジャ、シンアは炎の中へと走りだそうとする。だがハクとジェハに道を塞がれた。
「リン!キジャ君、シンア君!!駄目だ!!」
「どけ、ハク!ジェハ!ゼノが…」
「わかってる!僕が行くから君達はここに…」
「やめろ、死ぬぞ!!」
『でもゼノが!!!』
「緋龍城は遠く身体の修復は遅いはずだ。気絶も出来ずどれ程の痛みか…!」
「…修復?」
キジャの言葉にタオが首を傾げると、私は屋敷の燃える音以外に何かの声を聞き取った。
『ゼノ…?』
「リン?」
『ゼノの…声が聞こえる…』
彼は燃えながらも私達の事を考えていた。ずっとその場にいると私達が助けに行ってしまうと思ったのだろう。
「心配ないから…お嬢、聞こえる…?」
『ゼノ…』
「来ちゃ駄目だ…」
『嫌だよ…ゼノっ!!!!!』
「こんな簡単に死ねるなら…苦労…しない…」
私は彼の声を聞き取って涙を流す。すると目の前で屋敷が崩れ、身体をただれさせ全身真っ黒焦げのゼノがふらっとこちらへやってきた。
「あっ…」
「『ゼノ!!』」
「…!!」
私達は一斉に彼に駆け寄るが、タオやヴォルド、アルギラは息を呑むばかり。
ヨナはゼノを抱き寄せ、暫くすると苦しんでいたゼノの傷が癒えていった。
「はっ…はっ…」
「ゼノ…」
ヨナはゼノを抱きしめ、私は彼女の傍らでゼノの髪を撫でたのだった。
「あ…あなた方は…一体…」
無事だった荷物を集めてヨナは外套を羽織り、服の焼けてしまったゼノには簡単な服を着せて桃地渓谷の洞窟に私達は身を寄せた。
「ぷはー生き返ったァ……あれ?」
温かい汁物を飲んでほっと息を吐くゼノを前に私、ヨナ、ユン、キジャ、シンアは座り込んで俯いている。
「みんな暗いぞーほら、こんがり焼けてもつるすべだから。」
「…」
ゼノの言葉にユンは涙を流す。
「ボウズ、大丈夫だから。殺しても死なないから。」
「そういう問題じゃないよっ」
『そんな事言いながら苦しかった癖に…
私達が燃えてる屋敷に入らないように柱が倒れても…屋敷が崩れてもいいから出て来た癖に!!』
「お嬢…」
『全部聞こえてたんだから…苦しそうな声聞いてた私の身にもなってよ、ゼノ…』
ゼノは困ったように微笑むと私の頭を撫でた。
「ゼノにゃん!!」
「ゼノにゃん?」
そこに四龍という特殊能力人間の話をざっくり聞いたアルギラがやってきてゼノの両手を握った。
「身体治ってる!四龍って龍の能力持ってるんだって?
とにかく生きてて良かった。礼が言える!助けてくれて本当にありがと!!」
「ゼノの身体が役に立つならいくらでも使うといいから。」
この発言には私、ユン、キジャ、シンア、ジェハが怒り、ゼノに詰め寄る。
「その様な事軽率に言うな。」
「白龍、爪刺さる…」
「まったく…」
『もうっ!』
「バカこのーっ」
「…はあ。」
そのときアルギラの方から溜め息が聞こえた。
「どうしたの?」
「…にゃんこ達、火事の中助けられなかった。かわいそうな事をした…」
するとそんな彼の近くでにゃーと鳴き声がした。
「にゃんこ!?」
「俺が連れ出した。」
「えっ…ヴォルドにゃ…」
「もしかして俺の名ににゃんを付けようとしてるなら刺すぞ。」
「だってもう会えねーかと思ったもんよぉ!」
ヴォルドによって助け出された猫達をアルギラは抱きしめていた。
そこにタオがやってきて私達に向けて言う。
「大変な事に巻き込んでしまって何とお詫びしたら良いか…」
「タオ姫こそ身体は大丈夫?」
「はい…ですが真国は危険です。あなた方を一国も早く高華国にお帰ししなくては。
コウレン姉様は私が命を懸けて止めます。真国の事はどうかお忘れになって。」
それから暫く過ごして日が昇る頃、外で見張りをしていたハクの大刀へアルギラは興味本位で手を伸ばした。
だがハクによってひょいっと取り上げられる。
「俺の大刀が何か?」
「どのくらいの重さかな…と。」
「……ん。」
「ハクにゃん、器がでかい。やっぱ重いな。」
ハクは大刀をアルギラに貸すと彼は感心してから、ハクに手合わせを頼み込んだ。
「ハクにゃん、ちょっとお願いきいて。」
その物音を聞いて私とジェハが洞窟から出るとヨナやキジャもついて来た。
ヨナはいつもの服に着替えていて、外套も羽織っている。
「お、ハクがリン以外の人と手合わせなんて久々だね。」
『あ…』
蹴りを交わしていたが、アルギラの蹴りをハクが防ぐとその重みを見て取れた。
『ジェハほどではないけど、かなりあの蹴りも重いわ…真国にもあんな人がいたのね。』
ハクがアルギラを殴り飛ばすと身を起こした彼はにこっと笑った。
―…楽しそうだ―
「ハクにゃんは四龍の中の何龍?」
「暗黒龍。」
「へー、かっこいいな。」
「騙されるなーッ!!」
『第一四龍にハクは含まれないからね…』
「ハクにゃん、高華国で何番目に強い?」
「さあね。全国民とやりあった事ねえからな。」
「指折りの武人である事は間違いないよ。」
その瞬間、ジェハの背後にぬっとヴォルドが顔を覗かせた。これにはジェハの隣にいた私も驚いて身を引く。
「何かな、ヴォルド君。」
「あの…良かったら私とも手合わせを。」
「え―…」
「それは良いな!ジェハの次は私が。」
「いや、僕はいいよ。キジャ君がお相手しなよ。」
「何を言う。差しの勝負を挑まれたのだぞ。」
「いや、僕は手合わせとかそーゆー暑苦しいの…わッ」
「よろしくお願いしまッ」
お互いに言葉を言い終える前にヴォルドが斬りかかって来たためジェハは必死に避け始める。私はそれを少し離れて見守りつつ笑う。
「ちょっとヴォルド君っ」
『ふふっ、頑張って。』
「…ヴォルタコの剣を軽々避けてる。こんな奴らがいる国と真国は戦争しようとしてんだな。」
「リン、私と手合わせするか?」
『えー…ちょっとだけなら。』
「よし!」
『楽しそうだね、キジャ…』
彼の大きな手を剣で受け流しつつ、私は彼へと蹴りを繰り出す。
そんな様子をアルギラは手を止めて見ていて、ハクは問う。
「…お前はなぜタオ姫についている?見たところ闘うのは好きそうだが。」
「真国には高華国程の兵力はない。
コウレン姫は女子供を兵士にしてでも闘おうとしている。それは好きじゃない。」
「属国になってスウォ…高華国王が非道な男だったらどうする?」
「その時はその時だ。政の駆け引きとかわかんね。
ただタオ姫が決めた事を俺は信じてる。」
同じ頃、真国王都の天穹の穹城にはミザリが戻っていた。
彼を出迎えたのは黒髪で顔に傷痕が多く残るネグロと白い長髪のヨタカ。彼らも五星だ。
勝手な行動をしたミザリにコウレンはお怒りの様子。
「何が駄目だったのです?」
「お前のやり方はコウレン様の品格を落とす。」
「僕だって何も掴んでこなかった訳じゃないです。
タオ姫側に高華国の人間がいました。それがすごく強いんです。噂の化け物達もいました。
面白いんですよ、黒焦げになった身体が再生するとこを見ました。不死の人間です。
部下達の中には巨大な爪と空飛ぶ妖怪も見たという者も。
僕はあれらが欲しいです。横取り出来ないかなぁ。」
コウレンの事を思い、どこまでも純粋に目を輝かせるミザリはどこか恐ろしく見えた。
日が昇りきると私達は揃って渓谷を降りて町へ向かった。ゼノの新しい服を調達するためだ。
「本当に巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。
皆さんをすぐにでも高華国へお送りしたいのですが、日中は人が多いので日が暮れてから移動しましょう。」
「このまま去るには心残りが多すぎるんだけどね。」
「いいえ、どうかお忘れ下さい。そういえばヨナさん達はどちらに?」
「ヨナちゃんとハクとリンなら町の様子を見てくるって。」
彼らはジェハの髪を弄ったり、被り物をさせたりして時間を潰すのだった。
私、ヨナ、ハクは町を歩いていたのだが、武器屋で子供がスウォンを殺す為に剣を買おうとしているのを見て息を呑んだ。
ただ少年の持つお金では足りなかったらしい。
そんな彼がヨナの持つ弓矢へ目を向ける。
「…姉ちゃん、弓得意なの?」
「えっ…うーん、普通よ。」
「今向こうで弓対決してんだ。姉ちゃんも来いよ。」
「え、ちょっと…」
子供に手を引かれて町から少し離れた平地にやってくると子供達が離れた場所にある的へと矢を射っていた。
「どうしよ…」
『逃げても不審なのでやりましょうか。』
子供達もなかなかの腕前だった。
「次は姉ちゃんな。」
「よし。」
「こりゃあ姫さ…」
『ハク。』
「おっと…」
町中で姫と呼ばないようにしなければならないと思い出し、彼は呼び方を考える。
「ヨナさん、負けらんねえなぁ。」
「ヨナさん!?なに!?ヨナさんって。」
「なにって…だって…」
『いつもの呼び方をするわけにもいかないでしょう?』
「でもなんかっ…ハクにヨナさんって呼ばれるのは変よ。」
「えー…ヨナ様?」
「そ、そうね。よそよそしいけど。」
「ヨナ殿。」
「なんかへん…」
「あ、ヨナにゃん?」
「アルギラ…?」
「じゃあ…ヨナ。」
これにはヨナの顔が真っ赤に染まり、私はハクの背後でクスクス笑う。
「…いや、これは駄目だな。」
―すっごい破壊力…知らなかった、ハクに名前呼ばれると心臓がぎゅっとなるんだ…―
「ま、仮の名だしご主人様でいいか。」
するとヨナは的の真ん中を簡単に射抜いていった。
私とハクは子供と目線を合わせるために地面に座って笑う。
「姉ちゃん、すげぇ。」
「かっこいいだろ、うちのご主人様。」
『自慢のご主人様なのよ?』
子供はヨナに駆け寄って弓を習おうとした。
「武術を身につけたいの?」
「うん、皆が言ってるんだ。高華国王は真国を侵略し皆殺しにするって。」
『…皆殺しにはしないでしょう。』
「ジュナム王の時の戦では人がたくさん殺されたって。
コウレン姫は闘うって言ってる。だから俺も闘うんだ!」
『こんな子供が戦に行くなんて…』
私の呟きを聞いてハクがポンと手を頭に乗せてくれた。
「真国の王は何と言っているの?」
「知らないの?王様は病気なんだよ。
王様が病気だから代わりにコウレン姫が頑張ってるんだ。」
―王が病に伏しているのなら、次期王となるコウレン姫に民が期待を寄せるのは当然の流れ…
私はタオ姫を残してこのまま帰って良いの?
いや、この状況で私に出来る事なんて何も……本当に何もない?―
そう考えているヨナを子供は呼んで空を飛ぶ鳥を指さした。
「姉ちゃん、あの鳥捕れる?」
「えぇ。」
するとヨナは一発で鳥を射抜いたのだが、鳥は近くで馬に乗っていた人物の頭上に落ちた。
「きゃああ、ごめんなさい!下に人がいるなんて…大丈夫?」
「……ふふっ、いや詫びる必要はない。お前の弓の腕に少し見とれていた。」
外套越しに見えた馬上の女性はとても綺麗な人だった。
「久々に痛快だった。ではな……ん?持ち帰るところであった。」
立ち去ろうとした彼女は持ち帰ろうとしていた鳥をヨナへと差し出す。
その様子が可愛らしくてヨナは小さく笑ったが、微かに見える赤い髪に女性は馬上から手を伸ばした。
「…お前、顔をあげよ。赤い髪をしているな。」
これには私とハクが咄嗟に反応し、ヨナを庇うように立つ。
『失礼…何か?』
「…赤い髪が珍しいと思っただけだ。もうよい、去れ。
だが娘、お前の弓の腕は気に入った。その力是非国の為に役立ててくれ。」
「コウレン殿下、ここに居られましたか。」
「子供達の様子を見ていた。すぐ行く。」
彼女を呼びに来たのはネグロ。
そのまま彼女らは近くにあった高台へ立った。
彼女の傍らにはミザリやヨタカの姿もある。
「控えよ、この御方は我が真国第一王位継承者であらせられるコウレン殿下だ。」
『あの人が…』
「貴族かと思ったが、これは大物だな。こんな国境沿いの町に現れるとは。」
私達はコウレンを見上げて彼女の言葉を聞いた。
「皆息災で何よりだ。この町の子供達を見た。皆勇ましく武術の才を持っている。
正しく導けば近い将来必ずや名のある武将になろう。
ここは高華国が目と鼻の先にある町。戦になれば真っ先にここは戦場となるだろう。だが!!」
彼女は剣を抜き天へと掲げる。
「恐れるな!!真の血を持つ真の魂を宿した選ばれし民よ!!
戦となれば私やここにいる五星がこの町の守護神となり、必ずや敵の五体を砕き、緋龍城に住まう化け物共の喉笛を潰してみせよう。」
彼女の言葉に村人達は歓喜の声を上げる。
「この町に戦に必要な物を運び込もうと思うのだが協力してくれるか?」
「我々に出来る事があれば何なりと!」
「コウレン殿下!!!」
姫でありながらもコウレンは真国にとって唯一絶対の王…
この人が声をあげればタオの祈りなど届きはしないだろう。
それを目の当たりにしてヨナは怯えたように震える。戦が始まってしまうと全身に感じたからだ。
「ハク…リン…」
私とハクはヨナの手を両側からそれぞれ握った。
「…居ますよ。」
『私達はここに居ます。』
「…私さっきから何度も何度も考えて、何度も何度も打ち消している事があるの。
それは何も出来ない私がもしかしたら一つだけ出来ること。
緋龍城へ行きスウォンにタオ姫の話を通すこと。そうなったらお前達はついて来てくれる?」
彼女の言葉に私とハクは俯く。それが戦を止める唯一の希望である事は私達も知っている。理解している。
だが険しい方へ険しい方へと足を向け、自ら傷だらけになろうとするヨナをどうしてたった独りにする事が出来ようか。
「行きますよ、どこへでも。」
『どこまでも…たとえその先に何が待っていようと…』
※“哀唄”
歌手:蒼井翔太
作詞作曲:蒼井翔太
「姫さん、足は大丈夫ですか?」
「う、うん…大丈夫よ!」
一番後ろをついて来ていたヨナがふらついていたためハクが声を掛けるが、彼女はふら~っとしたままハクに倒れ込んでしまう。
「ほらね。」
「ほらね、じゃねーよ。おんぶします?」
「い、いい!」
「雷獣、斉国の国境沿いを歩いて来たけど、ここってもしかして風の部族領かな?」
「ああ…かなり端だけどそうかもな。」
「風の部族!ハクの育った土地だね。
ハクの里には美しい女の子がたくさんいるんだろ?紹介して欲しいなぁ。」
「風牙の都には行かねーよ。それに高華国一の美女がそこにいるだろ。」
「リンでしょ~♪」
『…それよりここが風の部族領だとしたら斉国の近くじゃなくて…』
「…シンア。」
「…うん、誰か…俺らを見てる。」
「あそこかな。」
ジェハがすっと視線をやった先に私も気配を感じて頷く。
こちらへ視線を送っていた人影が逃げようとしたため、私とジェハは同時に地面を蹴った。
ジェハが鞄をドサッとその場に落とし、私の手を取って跳び上がる。
私はそれを予想していた事もあり、彼に連れられて身を浮かべると逃げようとした人物の前に降り立った。
「やぁ、僕らに何か用かな?」
そのとき私達は背後に別の視線を感じ、そちらへ視線を向ける。
キジャが私達の背後に立って新たな視線へと対峙した。
彼は大きな右手を振りかざし、周囲を威嚇する。
そのとき周囲の木から多くの視線がこちらへ向けられていた事に気付いた。
「おや、思ったより多くの熱い視線集めてたんだ。」
『視線が痛いとは思ってたけど、まさかこんなに集まってたとはね…』
「そなた達何者だ!?」
「我々は真国からやって来た。お前達は高華国の化け物か?」
ハクは腕にアオを乗せたままヨナを庇い、ゼノはユンの傍に立って守っているようだ。
私とジェハ、キジャは背中合わせのまま周囲を見やる。
真剣な表情のキジャとは違って私とジェハに至っては笑みを零していた。
「突然やって来て化け物か?なんて不躾だね。こんな美しい僕らに向かって。」
「お前達は美しき化け物か?」
「呼んだ?」
「ちょろいぞ、タレ目。」
『はぁ…』
美しい、という言葉に反応するジェハを私はコツンと殴りつつも周囲を見る視線は揺るがせない。
「僕らが美しき化け物だったとして…」
『私達に何の用かしら?』
私の問いに応えるように黒髪で糸目の男が鼻と口を黒い布で覆った状態で姿を現した。
目元に泣きぼくろがあるように見える。
私とハクはその男を見て、さっと視線を交わした。
―何か空気の違う奴が出て来たな…―
―この人が頭領…ってとこかしら…―
ハクは私の視線を受けてこちらへやってくるとさっと隣に並んだ。
すぐに全員が一塊になり対峙したのだが、その瞬間男達が一斉に私達の前に土下座した。
「降参―!!!」
「『……は?』」
「え?」
これには私達も呆然とするしかない。
「ちょっと待て。」
「降さァァアア…」
『いや、何もしてないのに降参って言われても…』
「しろはたァアー!!」
「わかったよ、何だよ。」
「失礼…私は真国第二王女タオ様にお仕えするヴォルドと申します。」
「え、真国の王女!?」
「信用ならんな、顔を隠した者の言葉など。」
「ひイイ!本物だっ」
キジャが龍の手を構えると男達が怯えたように声を上げた。
「噂通りだ。やっぱりいるんだ、高華国の化け物!」
「高華国は化け物が住む国だったんだ…」
「どうして行った事もない真国でキジャ達が噂になるの?」
「斉国の砦の建設に我が国の民も奴隷として連れて行かれたのです。
そこから戻った者が口々に言いました、高華国には巨大な爪を振り回し暴走する白髪の妖怪と、頭に草が生えた空飛ぶ妖怪と、甘い香りをさせた美しい妖怪がいると。」
「そのような妖怪がいたか?」
「君の話だよ、キジャ君。」
『ジェハもでしょ、空飛ぶ妖怪。』
「お前の事も言われてるじゃねェか、リン。」
『私も妖怪…?』
「本当だとしたらその能力はもはや神の域。
そこで真実を確かめるべく高華国へ入り、あなた方を探していたというわけです。」
「有名になったものだね。」
『それで…私達を探してどうするの?』
「我が姫タオ様に会って頂けませんか?」
「断る!!!!!」
「はい、解散―」
「白龍は即決だな。」
「僕らはお偉いさんの見せ物ではないんでね。」
「突然の話で誤解するのも無理はない…
しかし決して我が姫は見せ物目的であなた方に会いたがっている訳ではないし、危害を加える事もありません。」
「尚更うさん臭ェな。」
「我々には時間がない。ただ真国と高華国の未来の為、我が姫と会って頂きたいのです。」
口元の布を拭い去り、目を開いてこちらを見つめながら言うヴォルドの言葉にヨナは小さく頷いた。
『とりあえず会うだけ会ってみましょう。』
「感謝する。」
「少しでも危険だと判断したら戻る。いいか。」
「無論。」
そうして私達はヴォルドや他の男達と共に風の部族領に一番近い真国の潸潸(サンサン)という町へやってきた。
私達は皆外套を被り顔を隠す。ユンだけはそのままで歩き回る。
シンアは目隠しをしているものの仮面は外している。
「シンア暑くね?」
「蒸れる。」
『荷物を持たせてしまってすみません。』
「いえ、お招きしているのはこちらですから。」
私は荷物を持ってくれているヴォルドの部下らしい男に声を掛けて歩いていた。
ユンが町の様子を見ているとヴォルドから注意される。
「あまりキョロキョロしないで。真国の民を装って下さい。
小さな町とはいえ高華国の人間だとバレたら危険です。」
そのとき近くでクシビの砦での戦いをお題とした人形劇が始まった。
『あれって…』
「クシビの砦の戦を芝居に…?」
「それで四龍が噂になっているのですね。」
「そして現れたるは高華国からやって来た鋭き刃の爪を持つ白き妖怪!!にゃにゃにゃにゃーん!!!」
「「ぶっ…」」
『ぷふっ…』
「!!!?」
芝居をしていた男が白い猫を構えたため、私、ハク、ジェハは吹き出してしまった。
ヨナもクスクス笑い、ジェハの向こうではゼノも手を叩いて笑う。
「???あれは…私…か…?」
「みたいだね。」
「あれのどこが私だッ」
「いや、似てんぞ。」
『ハハハッ、お腹イタイ…!!』
「ちょっと待てい、そこの!!」
そこに男が怒鳴り込んで来て芝居をしている男に食ってかかった。
「なんだ、その芝居は!?
高華国の化け物を英雄みたいに語りやがって、気に入らねぇ!!
てめぇ、コウレン様に逆らう気か!?」
「いえっ、決してそのような…
これはクシビ砦の戦いの寸劇ですからコウレン様とは関わりなく…」
「黙れ!高華国が勝利する話なんざ真国の士気を下げるわ!!」
「何あれ…」
『雑音ばっかり…聞き苦しい。』
私は耳がいい分、男の怒鳴り声で耳が痛く顔を顰める。
「真国の誇りを持つ者なら高華国の化け物なんざ…ひねり潰す話にしろ!」
男は白い猫を取り上げて投げようとする。
だがその瞬間彼の顔面に金髪で長髪を編んだ男の蹴りがめり込んだ。
その無駄のない動きに私、ハク、ジェハは目を見開いた。
「…よーしよし、大丈夫だかんな。」
「てめ、足どけ…」
「あ?来世に逝ってこい、タコが!!」
彼は猫を取り上げて抱くと、怒鳴っていた男を蹴り飛ばした。
「にゃんこぶん投げていい国の誇りなんざへそが出るぜ。」
「『反吐かな?』」
私とユンは冷静にツッコんだのだが、男を蹴った彼は猫を返してこちらを見るとヨナの肩に乗ったアオを見つけ目を輝かせた。
「なんだ、てめぇ!見てんじゃねーよ、可愛すぎんだろ!!」
「ぷっきゅー」
「ちっちぇ~にゃんこちっちぇ~
ぷっきゅー?変な鳴き声ふざけんなよ~~~~~♡♡」
「猫じゃないわ、リスよ。」
ヨナの肩からアオが男の手へと乗り移り、そのときになって漸く彼は私達に気付いたようだった。
「あ?わっ、誰だお前ら!」
「アルギラ!」
そのときヴォルドがアオを抱いた男を呼び、顔を突き合わせて睨み付け始めた。
「お前…また町中で暴れやがって。目立つんじゃねーってあれほど言ったじゃねーか。」
「あ?にゃんこの一大事にしちゃ慎ましく対応したじゃねーか、ヴォルタコが。」
「お前がアホなのはもう仕方ねぇが、こっちに迷惑かけんなアホギラ。」
「相変わらずしょっぱい野郎だな。にゃんこでもモフって心を豊かにしろよ。」
「あのー…その人は?」
「失礼。こいつはアルギラ。私の同僚です。」
ヴォルドはアルギラと呼ばれたその男の頭を下げさせる。
「おい、何だよあのプキュにゃんは。」
「プキュにゃんは知らんが、高華国の妖怪を連れて来た。」
「マジか。強ェのか?」
「妖怪ではない、四龍だッ」
「桃地渓谷に行こうと思ってる。」
「成程。わかった、来いよ。」
アルギラに連れられて私達が歩きだそうとすると蹴り飛ばされた男と他の誰かが言っているのが聞こえてきた。
「コウレン様に報告してやる…」
「やめとけ、あいつはアルギラだ。」
「くそう…あの売国姫の犬か…」
「大丈夫だ。コウレン様がきっと高華国を打ち破りこの国を守って下さる。」
「そうだ…化け物に死を…死を!高華国に滅亡を…滅亡を!!」
それを聞いたヨナの顔が強ばったのを見て、私はそっと彼女の手を握った。
『行きましょう、姫様。』
「えぇ…」
暫く歩くと渓谷に到着した。緑豊かな地に豪華な建物が隠れるように建てられていた。
「ここはタオ姫の私邸です。」
到着した途端、周囲を警戒したヨナが私やキジャの前にすっと立つ。
それを見て私は外套の上からヨナの頭に手を乗せた。
「リン…?」
「私達は大丈夫ですよ、姫様。」
「そうだよ、ヨナちゃん。」
『狙われるのには慣れてますし、何かあればすぐに出ればいいのですから。』
「緑龍に乗ってな。」
「人数制限あります。」
「うん…」
そのときにゃーんと鳴きながら猫が集まっている場所があり、目をやると猫に囲まれた少女がいた。
柔らかい色で肩口までの髪を結い上げた少女を見つけて私達はきょとんとし、ヴォルドは頭を下げた。
「あら、アルギラ、ヴォルド。お友達ですか?」
「只今戻りました、タオ姫。」
「友達なんて連れて来るわけねーだろ。ホラ、姫が会いたがってた高華国の妖怪だよ。」
「四龍だっ」
『もういいよ、キジャ…』
「まさか何を言ってるのですか、アルギラ。」
「だから高華国の妖怪だって。」
「…」
信じられないように笑顔を顔に貼り付けていたタオは、はっとして立ち上がった。
するとその反動で猫が跳び上がり、小さな三毛猫が私の方へ跳んで来た。
私はその猫を受け止めて抱くと頭や喉を撫でてやりつつタオとアルギラのやりとりを見守った。
「えええええ、嘘ですよね!?」
「俺が嘘ついた事あったかよ。」
「ないですないです、ごめんなさい。でもそんな…お会いしたいとは言いましたけど、連れて来てとは…」
「いいじゃねーか。せっかくだから言いたい事言っちゃえば。」
「なんかお姫様、寝耳に水みたいだけど…?」
『アルギラさんとヴォルドさんがタオ姫のためにやった…ってところかしら。』
「高華国と真国の未来に関わると聞いて来たんだけど、何か違ってた?」
ヨナの言葉に呆然としたタオは身体を小さくして震える。
「あああ、私ったら人様の都合も考えずに軽く言ったことでこんな子猫みたいな愛らしい女の子まで巻き込んで…」
「子猫かな?」
「何が言いたいのかしら、ハク。」
「真国の姫である貴女がそのように下手に出てはいけません。」
「ごめんなさい…」
「謝るのも駄目です。」
「はい。」
ヴォルドはタオと視線を合わせるように膝を曲げて言い聞かせた。
「それに貴女は軽口で人を動かそうとはしません。だから彼らを連れて来たんです。」
「ありがとうございます、ヴォルド。」
彼らが話している間に私達はそれぞれ近くの屋根の下へ移動していた。
ヨナとハクが並んで立ち、階段に腰掛けたシンアは肩にアオ、膝に猫を乗せていて、近くにはキジャが立っていた。
ゼノは階段の傍に座り、傍らに私とジェハが並んで立った。ちなみに私の肩には猫が乗っている。そんな私達にタオが改めて向き直る。
「初めまして、高華国の方々。ご挨拶が遅れました、真国の第二王女タオと申します。」
「てっきり僕らの能力に興味があるんだと思ってたけど。」
「いいえ、どうしてあなた方にお会いしたいと思ったかは力の問題ではないのです。
まずはこの国の危うい状況をお話ししなくては…」
「町でコウレンという名を聞いたわ。その人に関係しているかしら?」
『コウレンは第一王女様ですね?』
情勢に詳しい私の言葉にタオは静かに頷いた。
「コウレンはこの国の第一王女、正当なる王位継承者…私の姉です。
コウレン姉様は国を束ねて高華国に戦を仕掛けようとしています。」
「ええっ」
「国は今2つの派閥に分かれていて、一つはコウレン姉様の開戦派。」
「もう一つは?」
「もう一つは私…私タオは真国が高華国の属国となる事を望んでいます。」
「そ、それは…」
「真国のお姫様の発言にしては随分と大胆だね。」
『どういう意図があっての発言なのかお伺いしても?』
「はい。高華国のスウォン王は…先日の斉国との戦いに勝利し、その前には南戒の金州を制圧し、北戒のリ・ハザラ軍をも破っています。
スウォン王が次に狙うのはどこだと思いますか?」
『っ…』
「…この国だな。」
「…」
薄々感じてはいた、スウォンが周囲の国を抑えて確実にどこよりも強くどこからも侵略されることもない高華国を作ろうとしていると。
話を聞いているうちに猫達はシンアやゼノにもよじ登っていて、私の肩に乗った猫は眠り始める始末だ。
そののんびりした様子は緊迫した会話と相反していた。
「…だからコウレン姫は高華国に対し兵を上げようとしているのね。」
「コウレン姉様は真国の姫として強い誇りを持っています。
真国が他国に蹂躙されるなど、姉様には到底受け入れられるはずがありません。
それならこちらから総攻撃をかけ、たとえ死んでもこの国の矜持を保とうとするでしょう。
ですが…今の真国の軍事力では高華国に遠く及びません。
どんなにコウレン姉様の意志が固くても、どんなに気高い想いでも、それは純然たる事実です。
高華国とその属国となった斉国、両国に囲まれたこの状態で戦を仕掛ければ、真国は…真国の民は確実に滅びます。
ですから私は多くの民を犠牲にする戦は避けて高華国に降るしかないと思うのです。」
『ふぅん…』
「だから僕らを見て降参―ってなったわけか。」
「でもなんで高華国の(一応)一般人の俺らにそんな話を?」
「え?あなた方はスウォン王の配下ではないのですか?」
「どうしてそう思ったの?」
「ホツマやクシビの砦にて、あなた方はスウォン王と共に闘っていたと聞いています。」
タオの言葉に私は俯きながら言った。俯いたのは私だけではなく、ハクも同じだった。
『…共に闘ったわけではないわ。偶然目的が同じだっただけよ。』
「「…」」
私の言葉にヨナとハクも暗い表情ではあったものの、何も言おうとはしなかった。
ジェハも私の表情が見えなくなったが、口を開かず隣にいてくれた。
「…そうなのですか。でもスウォン王と面識はおありなのでしょう?
お人柄はご存知ですか?私それを知りたくて…」
「あの王が何を考えてるかなんて知らねえよ。」
空気が冷たくなったのを感じたタオは何も言えずにいたが、アルギラが猫とじゃれながら空気を変えるように声を掛けた。
「なあ、タオ姫。にゃん達が腹へったってよ。メシにしねぇ?」
「本当ですね、ごめんなさい。お客様に立ち話ばかりで。お食事のご用意致しますね。」
「あ、おかまいなく…」
「美味しく頂くから!」
「こらっ!」
食事の用意が始まると俯いたままだった私の頬をジェハがそっと撫でた。
『ジェハ…』
「そんな顔しないで。行こう?」
『…』
彼は頬に添えた手を顎に移動させてぐっと私の顔を上げさせた。
すると彼の目と視線がぶつかり、私はその美しさと優しさに泣きそうになった。
「どうやったら笑顔になってくれるかな…」
『傍にいて…』
「お望みとあらばいつまでも。」
彼は自分を見上げる私に口付けると笑みを浮かべて私の手を引いて仲間達が向かった方へ足を進めた。
そして食事が出来上がるまでの間、どうしても空気が重くなるのに耐えられなくなったキジャが私へと助けを求めるように視線を送る。
私は困ったように笑いながら立ち上がるとタオに声を掛けた。
『少々お時間を頂いても宜しいでしょうか。』
「えぇ、もちろんです。」
『扇をお借りしても?』
「どうぞ…何をなさるのです?」
『食事の用意ができるまで時間があるようですし、宴の前に歌と舞でもいかがでしょうか。』
「いいね。」
「まぁ!こんなに美しい方の舞だなんて…」
「舞姫の実力見せてやれ。」
私は髪を解いて長くなった髪を背中へと流した。
そしてタオから借りた桜の周りを蝶が舞う扇を開き、掲げるようにして歌い舞い始めた。
『“さぁ、唄いましょう この愛の唄を…”』
《哀唄》
色っぽく髪を揺らし、扇を舞わせ、剣を抜きつつ蝶のように舞いながら歌う私にその場の全員の目が釘付けになる。
舞い踊る事で私の甘い香りが周囲に漂う。
料理とは異なる香りにタオがはっとして顔を上げた。
―この甘く柔らかい香りは…?リンさんから漂っているような…―
“水面にうつるは 涙を流す私だけ…”という歌詞を聞くとジェハが寂しそうに微笑んだ。
その笑みを流し目で捕らえつつ、“さぁ、忘れましょう 恋のおひめさま”と歌いながらヨナに微笑みかけ、扇で顔を隠すようにして次の旋律へ移っていく。
“愛のおひめさま 涙の味噛みしめて”“そっと包み込みましょう”…どれも私からヨナへの想いばかり。
そして“咲き乱れましょう 哀のおひめさま”と歌いながら剣を鞘へ収めた私はヨナの頬を撫でた。
「リン…」
『“強く生きて行きましょう 凛と輝いて…”!!』
強く歌い上げながら私は華やかに舞い踊り、扇を天に翳して動きを止めた。
すると涙を流しそうになったヨナが立ち上がって私に抱きついた。
『ちょっ…!?』
「リン…リンっ…!!!!」
私は彼女の髪を撫でて哀しくとも強く生きようとしているヨナが少しでも笑えるよう祈ったのだった。
「お待たせしました。」
そうしていると私達の前に豪華な料理が並べられた。
私はハクとジェハの間に座っていたのだが、ジェハの持つ杯に酒を注いで笑った。
「もう大丈夫?」
『えぇ…姫様のために歌ったはずが、なんだか私がすっきりしちゃったわ。』
「それは良かったよ。」
「遠慮せず召し上がって下さいな。」
「いただきます。」
するとシンアはもぐもぐと料理を食べ、それにはアルギラが目を丸くした。
「お前目隠ししてて食いもん見えてんの?」
シンアはこくんと頷き、アオと共にもぐもぐ食べる。
―大きいプキュにゃんと小さいプキュにゃん…―
「食うか?」
こくんっ
「名前は?」
「シンア。」
―シンアにゃん…―
口の中に食べ物を詰め込むシンアとアオはそっくり。
その様子に笑っているとヨナが目の前の料理を見て顔を顰めた。
―うーん…すごく美味しそう…だけどなんだか今日はお腹が痛い…
そういえば昨日から身体が重いし…―
厠に行こうとヨナが立ち上がると足をツーっと血が滴った。
これには彼女も息を呑んでバッとしゃがみ込んだ。
―ちょっと待って…こんな時に…―
「どうしました?顔色悪いですよ?」
「近寄らないでっ!!」
ハクの顔をヨナは叩いて押しのけた。
「……近寄ってすみませんでした。」
「違…違うの…」
―おなか痛っ…―
「ヨナちゃん?」
「ヨナ、どうしたの?大丈夫?」
「『…』」
ヨナの体調からそれが生理によるものだとわかった私とタオだった。
タオは料理の下に敷かれていた布を抜き取ろうとしたため、私は彼女を止めた。
静かに立ち上がった私は上着を脱いでヨナに被せた。
「え…」
「タオ姫!?」
「リン!?」
「上着をお借りしても?」
『えぇ。ヨナをお願いしますね。』
「はい。ヨナさんはお眠のお時間なのでお休みします!皆さんはお食事続けて下さい!」
ヨナを連れたタオが行ってしまうと私達は食事を続けた。
「ヨナは…?」
『大丈夫。女の子は大変なのよ。』
「あー…」
「寒くないかい?」
『平気。さぁ、折角用意してくださったんだから、美味しく頂きましょう?』
そうして食べている頃、ヨナはタオに着替えを用意してもらい寝台で横になっていた。
「ヨナさん、大丈夫ですか?」
「……うん…」
「痛いんですね?無理は駄目です、落ち着くまで寝てて下さい。」
「…ありがとう。」
―思わずハクを叩いちゃった…怒ったかな…―
ハクはというと私の隣で食事をしつつ項垂れていた。
『ハク…?』
「…好かれてねーとは思ってたけど、まさか嫌われてんのか…?」
『そんな事はないと思うけど。』
こじらせている様子を見て苦笑している頃、ヨナはタオに礼を伝えていた。
「タオ姫、本当にありがとう。服まで借りちゃって…」
「いいです、贈り物です。女の子はこんな時大変ですものね。」
「いつもは痛みとかなくて平気だったのに気が緩んでるのかな…」
「何も悪いことじゃないですよ。お力になれて良かったです。」
「…ここには使用人とかあまりいないのね。」
「ここは私の隠れ家みたいな所なんです。高華国にも近いし、情報も入り易いので。」
「そんな所に高華国の人間を連れて来て良かったの?」
「あなた方は大丈夫です、きっと。斉国の砦の建設に我が国の民も奴隷として連れて行かれたのを知ってますか?」
「ええ。」
「そこには町へ出掛けていた時に誘拐された私の女官もいたのです。
砦の環境は劣悪で人としての心も失いかけていた時…“白き化け物”が現れて彼女を助けてくれたんです。」
女官の無事を尋ねたキジャの様子を女官は覚えていて、彼に助けられた事を感謝したかったのだという。
「その方はすぐに立ち去ったらしいのですが、見た事もないような白くて美しい姿で天の使いではないかと思ったそうなんです。」
「それはキジャねっ」
「そう!あの方ですよね?見てすぐわかりました!本当にいらしたんだと思うと嬉しくて。
だからあなた方にお会いしたいと思った一番の理由は彼女に代わってお礼を言う事だったのです。
そしてあなた方はスウォン王の命令で動いていると思ったものですから、スウォン王は民の尊厳を軽んじたりなさらない方なのではと…期待してしまったのです。
コウレン姉様が行動を起こす前に何とかスウォン王と話し合いの場を作れたら…って。」
「……スウォン王は…」
「え?」
スウォンに話を通す事は難しいかもしれないと思い、ヨナは俯いた。
「ヨナさん?」
「ううん、タオ姫はお小さいのにしっかりしてるなって…」
「ふふっ、私こう見えて19歳なのです。」
「ええっ、年上!?ごめんなさいっ」
「いーえ。若く見られてお得です。」
タオの可愛らしい笑顔にヨナは笑みを零した。
そして夜になるとヨナは片手に私が貸した上着を持って風に当たるため外に出た。
美しい月がそこでは輝いていて、ヨナはそんな場所が戦場になるのは防ぎたいように感じていた。
そのとき黒い影がヨナの近くに現れた。
「……誰?」
「死ねっ、タオ姫!!!」
『ハク、姫様が!!』
「っ!」
眠ろうとしていた私は騒ぎを聞き取ってハクを呼ぶ。
すると彼はすぐ外へ飛び出してヨナを庇うように抱き寄せて襲いかかって来た男に斬りかかった。
「大丈夫ですか?」
「う、うん…」
ただハクはヨナに近付かないようにと言われた事を思い出し、すすすっと距離を取った。
「近寄ってすみませんでした。」
「ああ、まだ根に持ってる…だからさっきのはねっ」
そうしている間にジェハが抱いた私は空を跳んで彼らのもとへ向かっていた。
『言い合ってる場合じゃないでしょうに…』
「困った2人だね。」
背後からヨナやハクに襲いかかろうとしていた男達に向けて、ジェハの暗器が刺さり、私の剣が斬った。
「ほらほら、いちゃいちゃしてると殺られるよ、ハク?」
『油断しちゃ駄目よ。』
「そんな楽しいことしてるように見えるのかよ。俺は今怒られてんだよ。」
「怒ってないって。」
「『片想い重傷だなぁ…』」
「姫様、ご無事ですか!?」
「うん。」
キジャ、シンア、ゼノがこちらへやってきて倒れた男達を見る。
ヨナは私に上着を差し出してくれたため、私はそれをさっと羽織って周囲へと注意を向ける。
「一体何だ、こいつらは。」
「私をタオ姫だと思って殺そうとした…」
『っ!シンア…』
「うん、こいつらだけじゃない…」
『この谷に何人も入り込んでるわね…』
「タオ姫はどこ…!?タオ姫が危ない!!」
「何事ですか?」
「ヴォルド…この谷に何者かが入り込んでる。タオ姫が危ないわ!」
そうしていると私達の周りを男達が囲んだ。
『これはまた団体さんで。』
「まだ…向こうにもいる…」
「ヴォルド君、ここは僕らに任せて君はタオちゃんの所へ行きな。」
「いや、しかし敵は大勢…」
「ヴォルドとやら。我々を何だと思って連れて来たのだ。」
『任せて、ヴォルドさん。』
「そうだよ、僕らは高華国の美しき化け物。」
「四龍だ。」
「はいはい、四龍四龍。」
「高華国の…四龍!?」
「ヴォルド、ここは大丈夫。タオ姫を早く…!」
「は、はい。」
『ヨナ、ハクと一緒に行って下さい。』
「うん。」
「ここは任せたぞ、リン。龍共と蹴散らしてやれ。」
『任せて。』
私が剣を構えるとその背後でキジャが爪を、ジェハが暗器を、シンアが剣を握った。
『始めようか。』
「はいよ、お嬢さん。」
私達は目の前の男達に襲いかかった。
ジェハが跳び上がり蹴りと暗器で襲いかかり、私やシンアの剣やキジャの爪が敵を切り裂く。
その様子を見たヴォルドはヨナとハクの背中を追いつつ私達の様子に目を見開いたのだった。
タオの寝室へ向かいつつヨナとハクはヴォルドから事情を聞く。
「襲ってきた奴らは何だ?真国の派閥に関係するのか?」
「はい、恐らく開戦派の連中です。昼間町でつけられていたのかもしれません。」
「コウレン姫はタオ姫を暗殺しようとしているの!?」
「タオ姫の思想を嫌悪する者は大勢います。全てがコウレン姫の命とは限らないでしょう。」
タオの寝室に駆け込むとそこには男が立っていて、剣を構えていた。
「あれぇ…ヴォルド先輩じゃないです?」
「ミザリ…」
「遅かったですね。可哀想にタオ姫はここで小さく震えてますよ。神様にお祈り中です?」
「やめて!!」
「よぉ、ミザリ。」
そこにいたのは猫を抱いて布団を被っていたアルギラだった。
「アルギラ先輩…」
「ここはタオ姫の寝室だと思ったんですけど、姫はどこに?」
「姫は避難させたわい、タコが。」
「知り合いか?」
「他人です。」
「酷いな。僕ら五星の仲間じゃないですか。」
五星とは真国で特に武術に優れた者に与えられる称号。
ヴォルド、アルギラ、ミザリ、そしてコウレン付従者2人が属しているらしい。
「あれ、そこの人達真国の人じゃないんです?まさか高華国?
わー、ついにタオ姫は高華国の人と接触を図ってるんですか。それはいけない。
あなた方を殺して早くタオ姫を探さなくては!!」
アルギラは襲いかかってきたミザリを蹴り飛ばしふらつかせてから殴った。その動きにハクは腕の良さを見て取る。
ただミザリは部下を連れて来ていたため、次々と大柄な男達が襲いかかってきた。
ハクの腕を知らないアルギラは彼とヨナを逃がそうとしたが、次の瞬間ハクは大刀で目の前の男を薙ぎ払った。
言うまでも無く片手にはヨナを庇うように抱いている。
多くの男が襲いかかってくるのを見て、ハクはヨナを自分の後ろへ突き飛ばした。
「ハク…」
「すみません、すぐ終わらせます。」
彼が男達を薙ぎ払い、そのままの勢いで大刀を振り抜くと柱に刃が引っかかった。
「!」
「馬鹿め、こんな所でそんな物振り回すからだ。」
「いけね、ひっかかった。」
「かかれ!!」
だがまた片手でハクは大刀を振るい、男達を倒したのだった。
それをヴォルド、アルギラ、ミザリは呆然と見るばかり。
するとヨナはある匂いを嗅ぎ取って言った。
「ハク、油のような匂いが…」
「ミザリ!てめえ何をした!?」
「タオ姫は…避難していると言ってましたよね、アルギラ先輩…でもこの屋敷内にはいるんでしょう?
早く行かないとあったかい火に包まれちゃいますよ。」
「アルギラ!こいつは俺がやる。早くタオ姫のもとへ。」
「こっちも任せろ。早く行け。」
「ありがとう、ハクにゃん!!」
「にゃん…?」
アルギラは扉近くの男を蹴り飛ばしてタオのもとへと駆け出した。
屋敷は次々と燃えていくのだが、それをユンを逃がしていたゼノは感じ取った。
「焦げ臭い…ちょっと行って来る。動くなよ。」
「あ、ゼノ!」
タオは逃げようとしていたが既に炎に包まれていた。
「火がもうこんなに…」
「行きましょう、危険でも脱出しなくては。」
そんななかゼノがタオのもとへ駆けて来た。
「いたっ!」
「あなた…ゼノさんっ」
「お姫さん、よかった。」
「来ては駄目、すぐ戻って下さい。」
屋敷が崩れてきて、柱がタオに向けて倒れて来た。それをゼノは身を挺して守る。
「ぐああっ!」
「ゼノさん!?」
「いいから行って!!崩れる前に…」
「そんな…」
「大丈夫、俺は非力だけど焼かれる方が丈夫になる…から…」
緋龍城が遠いためかゼノの傷の治りが遅い。
「何を言って…」
「平気だから俺は死なない。黄龍の身体はこんな時の為にあるんだから。
この屋敷は崩れる…柱を支えてる間に早く…」
―力を貸して緋龍城…―
ゼノがそう祈っているとアルギラがタオを救出するべく走って来た。
「タオ姫!」
「ア…アルギラ…っ」
彼らの前には燃える柱を支えるゼノの姿があるのだった。
ミザリは屋敷が限界だと判断し、炎の中にヨナ、ハク、ヴォルドを残し立ち去った。
タオを探そうとするが、そちらはアルギラに任せ彼らは逃げる事を先決とした。
その頃、アルギラはタオを見つけ出し、ゼノを見て硬直していた。
「ここはもうすぐ崩れる…押さえてるから早く…」
「押さえてるからってお前…」
「ゼノは平気だから…急げ…逃げろ…っ」
「…恩に着る。」
アルギラはタオを抱き上げると彼女を守っていた部下達を引き連れてゼノを残し立ち去った。
私達はというと屋敷の前でタオが脱出してくるのを待っていた。近くにはヨナ、ハク、ユン、ヴォルドもいる。
「出て来た!」
「タオ姫…!良かった。」
「ねぇ、ゼノ見なかった!?」
「…申し訳ありません!ゼノさんは私達を逃がす為に柱を支えて…まだ中に…」
「ごめん、助けられなかった…」」
「ゼノ君なら大丈夫だ。自力で脱出してくるよ。」
「…全身炎に包まれて柱を支えてた…
動いたら屋敷が崩れるし、崩れなかったとしても…もう…」
「じゃあゼノは…炎が消えるまで…この中で焼かれ続けているの…!?」
我慢出来ず私、キジャ、シンアは炎の中へと走りだそうとする。だがハクとジェハに道を塞がれた。
「リン!キジャ君、シンア君!!駄目だ!!」
「どけ、ハク!ジェハ!ゼノが…」
「わかってる!僕が行くから君達はここに…」
「やめろ、死ぬぞ!!」
『でもゼノが!!!』
「緋龍城は遠く身体の修復は遅いはずだ。気絶も出来ずどれ程の痛みか…!」
「…修復?」
キジャの言葉にタオが首を傾げると、私は屋敷の燃える音以外に何かの声を聞き取った。
『ゼノ…?』
「リン?」
『ゼノの…声が聞こえる…』
彼は燃えながらも私達の事を考えていた。ずっとその場にいると私達が助けに行ってしまうと思ったのだろう。
「心配ないから…お嬢、聞こえる…?」
『ゼノ…』
「来ちゃ駄目だ…」
『嫌だよ…ゼノっ!!!!!』
「こんな簡単に死ねるなら…苦労…しない…」
私は彼の声を聞き取って涙を流す。すると目の前で屋敷が崩れ、身体をただれさせ全身真っ黒焦げのゼノがふらっとこちらへやってきた。
「あっ…」
「『ゼノ!!』」
「…!!」
私達は一斉に彼に駆け寄るが、タオやヴォルド、アルギラは息を呑むばかり。
ヨナはゼノを抱き寄せ、暫くすると苦しんでいたゼノの傷が癒えていった。
「はっ…はっ…」
「ゼノ…」
ヨナはゼノを抱きしめ、私は彼女の傍らでゼノの髪を撫でたのだった。
「あ…あなた方は…一体…」
無事だった荷物を集めてヨナは外套を羽織り、服の焼けてしまったゼノには簡単な服を着せて桃地渓谷の洞窟に私達は身を寄せた。
「ぷはー生き返ったァ……あれ?」
温かい汁物を飲んでほっと息を吐くゼノを前に私、ヨナ、ユン、キジャ、シンアは座り込んで俯いている。
「みんな暗いぞーほら、こんがり焼けてもつるすべだから。」
「…」
ゼノの言葉にユンは涙を流す。
「ボウズ、大丈夫だから。殺しても死なないから。」
「そういう問題じゃないよっ」
『そんな事言いながら苦しかった癖に…
私達が燃えてる屋敷に入らないように柱が倒れても…屋敷が崩れてもいいから出て来た癖に!!』
「お嬢…」
『全部聞こえてたんだから…苦しそうな声聞いてた私の身にもなってよ、ゼノ…』
ゼノは困ったように微笑むと私の頭を撫でた。
「ゼノにゃん!!」
「ゼノにゃん?」
そこに四龍という特殊能力人間の話をざっくり聞いたアルギラがやってきてゼノの両手を握った。
「身体治ってる!四龍って龍の能力持ってるんだって?
とにかく生きてて良かった。礼が言える!助けてくれて本当にありがと!!」
「ゼノの身体が役に立つならいくらでも使うといいから。」
この発言には私、ユン、キジャ、シンア、ジェハが怒り、ゼノに詰め寄る。
「その様な事軽率に言うな。」
「白龍、爪刺さる…」
「まったく…」
『もうっ!』
「バカこのーっ」
「…はあ。」
そのときアルギラの方から溜め息が聞こえた。
「どうしたの?」
「…にゃんこ達、火事の中助けられなかった。かわいそうな事をした…」
するとそんな彼の近くでにゃーと鳴き声がした。
「にゃんこ!?」
「俺が連れ出した。」
「えっ…ヴォルドにゃ…」
「もしかして俺の名ににゃんを付けようとしてるなら刺すぞ。」
「だってもう会えねーかと思ったもんよぉ!」
ヴォルドによって助け出された猫達をアルギラは抱きしめていた。
そこにタオがやってきて私達に向けて言う。
「大変な事に巻き込んでしまって何とお詫びしたら良いか…」
「タオ姫こそ身体は大丈夫?」
「はい…ですが真国は危険です。あなた方を一国も早く高華国にお帰ししなくては。
コウレン姉様は私が命を懸けて止めます。真国の事はどうかお忘れになって。」
それから暫く過ごして日が昇る頃、外で見張りをしていたハクの大刀へアルギラは興味本位で手を伸ばした。
だがハクによってひょいっと取り上げられる。
「俺の大刀が何か?」
「どのくらいの重さかな…と。」
「……ん。」
「ハクにゃん、器がでかい。やっぱ重いな。」
ハクは大刀をアルギラに貸すと彼は感心してから、ハクに手合わせを頼み込んだ。
「ハクにゃん、ちょっとお願いきいて。」
その物音を聞いて私とジェハが洞窟から出るとヨナやキジャもついて来た。
ヨナはいつもの服に着替えていて、外套も羽織っている。
「お、ハクがリン以外の人と手合わせなんて久々だね。」
『あ…』
蹴りを交わしていたが、アルギラの蹴りをハクが防ぐとその重みを見て取れた。
『ジェハほどではないけど、かなりあの蹴りも重いわ…真国にもあんな人がいたのね。』
ハクがアルギラを殴り飛ばすと身を起こした彼はにこっと笑った。
―…楽しそうだ―
「ハクにゃんは四龍の中の何龍?」
「暗黒龍。」
「へー、かっこいいな。」
「騙されるなーッ!!」
『第一四龍にハクは含まれないからね…』
「ハクにゃん、高華国で何番目に強い?」
「さあね。全国民とやりあった事ねえからな。」
「指折りの武人である事は間違いないよ。」
その瞬間、ジェハの背後にぬっとヴォルドが顔を覗かせた。これにはジェハの隣にいた私も驚いて身を引く。
「何かな、ヴォルド君。」
「あの…良かったら私とも手合わせを。」
「え―…」
「それは良いな!ジェハの次は私が。」
「いや、僕はいいよ。キジャ君がお相手しなよ。」
「何を言う。差しの勝負を挑まれたのだぞ。」
「いや、僕は手合わせとかそーゆー暑苦しいの…わッ」
「よろしくお願いしまッ」
お互いに言葉を言い終える前にヴォルドが斬りかかって来たためジェハは必死に避け始める。私はそれを少し離れて見守りつつ笑う。
「ちょっとヴォルド君っ」
『ふふっ、頑張って。』
「…ヴォルタコの剣を軽々避けてる。こんな奴らがいる国と真国は戦争しようとしてんだな。」
「リン、私と手合わせするか?」
『えー…ちょっとだけなら。』
「よし!」
『楽しそうだね、キジャ…』
彼の大きな手を剣で受け流しつつ、私は彼へと蹴りを繰り出す。
そんな様子をアルギラは手を止めて見ていて、ハクは問う。
「…お前はなぜタオ姫についている?見たところ闘うのは好きそうだが。」
「真国には高華国程の兵力はない。
コウレン姫は女子供を兵士にしてでも闘おうとしている。それは好きじゃない。」
「属国になってスウォ…高華国王が非道な男だったらどうする?」
「その時はその時だ。政の駆け引きとかわかんね。
ただタオ姫が決めた事を俺は信じてる。」
同じ頃、真国王都の天穹の穹城にはミザリが戻っていた。
彼を出迎えたのは黒髪で顔に傷痕が多く残るネグロと白い長髪のヨタカ。彼らも五星だ。
勝手な行動をしたミザリにコウレンはお怒りの様子。
「何が駄目だったのです?」
「お前のやり方はコウレン様の品格を落とす。」
「僕だって何も掴んでこなかった訳じゃないです。
タオ姫側に高華国の人間がいました。それがすごく強いんです。噂の化け物達もいました。
面白いんですよ、黒焦げになった身体が再生するとこを見ました。不死の人間です。
部下達の中には巨大な爪と空飛ぶ妖怪も見たという者も。
僕はあれらが欲しいです。横取り出来ないかなぁ。」
コウレンの事を思い、どこまでも純粋に目を輝かせるミザリはどこか恐ろしく見えた。
日が昇りきると私達は揃って渓谷を降りて町へ向かった。ゼノの新しい服を調達するためだ。
「本当に巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。
皆さんをすぐにでも高華国へお送りしたいのですが、日中は人が多いので日が暮れてから移動しましょう。」
「このまま去るには心残りが多すぎるんだけどね。」
「いいえ、どうかお忘れ下さい。そういえばヨナさん達はどちらに?」
「ヨナちゃんとハクとリンなら町の様子を見てくるって。」
彼らはジェハの髪を弄ったり、被り物をさせたりして時間を潰すのだった。
私、ヨナ、ハクは町を歩いていたのだが、武器屋で子供がスウォンを殺す為に剣を買おうとしているのを見て息を呑んだ。
ただ少年の持つお金では足りなかったらしい。
そんな彼がヨナの持つ弓矢へ目を向ける。
「…姉ちゃん、弓得意なの?」
「えっ…うーん、普通よ。」
「今向こうで弓対決してんだ。姉ちゃんも来いよ。」
「え、ちょっと…」
子供に手を引かれて町から少し離れた平地にやってくると子供達が離れた場所にある的へと矢を射っていた。
「どうしよ…」
『逃げても不審なのでやりましょうか。』
子供達もなかなかの腕前だった。
「次は姉ちゃんな。」
「よし。」
「こりゃあ姫さ…」
『ハク。』
「おっと…」
町中で姫と呼ばないようにしなければならないと思い出し、彼は呼び方を考える。
「ヨナさん、負けらんねえなぁ。」
「ヨナさん!?なに!?ヨナさんって。」
「なにって…だって…」
『いつもの呼び方をするわけにもいかないでしょう?』
「でもなんかっ…ハクにヨナさんって呼ばれるのは変よ。」
「えー…ヨナ様?」
「そ、そうね。よそよそしいけど。」
「ヨナ殿。」
「なんかへん…」
「あ、ヨナにゃん?」
「アルギラ…?」
「じゃあ…ヨナ。」
これにはヨナの顔が真っ赤に染まり、私はハクの背後でクスクス笑う。
「…いや、これは駄目だな。」
―すっごい破壊力…知らなかった、ハクに名前呼ばれると心臓がぎゅっとなるんだ…―
「ま、仮の名だしご主人様でいいか。」
するとヨナは的の真ん中を簡単に射抜いていった。
私とハクは子供と目線を合わせるために地面に座って笑う。
「姉ちゃん、すげぇ。」
「かっこいいだろ、うちのご主人様。」
『自慢のご主人様なのよ?』
子供はヨナに駆け寄って弓を習おうとした。
「武術を身につけたいの?」
「うん、皆が言ってるんだ。高華国王は真国を侵略し皆殺しにするって。」
『…皆殺しにはしないでしょう。』
「ジュナム王の時の戦では人がたくさん殺されたって。
コウレン姫は闘うって言ってる。だから俺も闘うんだ!」
『こんな子供が戦に行くなんて…』
私の呟きを聞いてハクがポンと手を頭に乗せてくれた。
「真国の王は何と言っているの?」
「知らないの?王様は病気なんだよ。
王様が病気だから代わりにコウレン姫が頑張ってるんだ。」
―王が病に伏しているのなら、次期王となるコウレン姫に民が期待を寄せるのは当然の流れ…
私はタオ姫を残してこのまま帰って良いの?
いや、この状況で私に出来る事なんて何も……本当に何もない?―
そう考えているヨナを子供は呼んで空を飛ぶ鳥を指さした。
「姉ちゃん、あの鳥捕れる?」
「えぇ。」
するとヨナは一発で鳥を射抜いたのだが、鳥は近くで馬に乗っていた人物の頭上に落ちた。
「きゃああ、ごめんなさい!下に人がいるなんて…大丈夫?」
「……ふふっ、いや詫びる必要はない。お前の弓の腕に少し見とれていた。」
外套越しに見えた馬上の女性はとても綺麗な人だった。
「久々に痛快だった。ではな……ん?持ち帰るところであった。」
立ち去ろうとした彼女は持ち帰ろうとしていた鳥をヨナへと差し出す。
その様子が可愛らしくてヨナは小さく笑ったが、微かに見える赤い髪に女性は馬上から手を伸ばした。
「…お前、顔をあげよ。赤い髪をしているな。」
これには私とハクが咄嗟に反応し、ヨナを庇うように立つ。
『失礼…何か?』
「…赤い髪が珍しいと思っただけだ。もうよい、去れ。
だが娘、お前の弓の腕は気に入った。その力是非国の為に役立ててくれ。」
「コウレン殿下、ここに居られましたか。」
「子供達の様子を見ていた。すぐ行く。」
彼女を呼びに来たのはネグロ。
そのまま彼女らは近くにあった高台へ立った。
彼女の傍らにはミザリやヨタカの姿もある。
「控えよ、この御方は我が真国第一王位継承者であらせられるコウレン殿下だ。」
『あの人が…』
「貴族かと思ったが、これは大物だな。こんな国境沿いの町に現れるとは。」
私達はコウレンを見上げて彼女の言葉を聞いた。
「皆息災で何よりだ。この町の子供達を見た。皆勇ましく武術の才を持っている。
正しく導けば近い将来必ずや名のある武将になろう。
ここは高華国が目と鼻の先にある町。戦になれば真っ先にここは戦場となるだろう。だが!!」
彼女は剣を抜き天へと掲げる。
「恐れるな!!真の血を持つ真の魂を宿した選ばれし民よ!!
戦となれば私やここにいる五星がこの町の守護神となり、必ずや敵の五体を砕き、緋龍城に住まう化け物共の喉笛を潰してみせよう。」
彼女の言葉に村人達は歓喜の声を上げる。
「この町に戦に必要な物を運び込もうと思うのだが協力してくれるか?」
「我々に出来る事があれば何なりと!」
「コウレン殿下!!!」
姫でありながらもコウレンは真国にとって唯一絶対の王…
この人が声をあげればタオの祈りなど届きはしないだろう。
それを目の当たりにしてヨナは怯えたように震える。戦が始まってしまうと全身に感じたからだ。
「ハク…リン…」
私とハクはヨナの手を両側からそれぞれ握った。
「…居ますよ。」
『私達はここに居ます。』
「…私さっきから何度も何度も考えて、何度も何度も打ち消している事があるの。
それは何も出来ない私がもしかしたら一つだけ出来ること。
緋龍城へ行きスウォンにタオ姫の話を通すこと。そうなったらお前達はついて来てくれる?」
彼女の言葉に私とハクは俯く。それが戦を止める唯一の希望である事は私達も知っている。理解している。
だが険しい方へ険しい方へと足を向け、自ら傷だらけになろうとするヨナをどうしてたった独りにする事が出来ようか。
「行きますよ、どこへでも。」
『どこまでも…たとえその先に何が待っていようと…』
※“哀唄”
歌手:蒼井翔太
作詞作曲:蒼井翔太