主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
金州・斉国
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クシビの砦での戦いで助けられたリリは水の部族領仙水にいた。
ただ次々とやってくる面会希望者に疲れ果て、面会謝絶をしようとしていた。
「あら、お会いにならないんです?斉国に捕らわれていた水の民やその親族がリリ様の身を案じて集まって来たんですよ。」
「朝からずっと引っ切りなしじゃない。
それに民を救ったのは私じゃない。ヨナの仲間や陛下や父上達でしょ。
私に礼を言われても返す言葉に困る。」
「それは…」
「皆が無事なら私はそれで良いわ。それより斉で麻薬を飲み過ぎた人の治療を…」
そのときバタバタと兵が駆け込んで来た。
面会謝絶とは言われてもこの人物は追い返す事が出来なかったのだ。
「スウォン陛下がお見えに…」
「やー、リリ様。突然すみません。」
これにはテトラがすぐに反応し、アユラに時間稼ぎを任せるとリリに化粧を施した。
「さ、陛下。お待たせしました。」
「はぁ…」
テトラはリリにスウォンの前では淑やかでいるよう告げるが、護衛を頼んだりした経験上もう既に手遅れだろう。
「身体の具合はいかがですか?」
「あ…もう大丈夫…です。」
「そうですか。良かった。」
「…斉国では危ない所をお助け下さりありがとうございます。」
「…いえ、あれは…私だけの力ではありませんから。」
「…」
処刑されそうになったリリをスウォンとハクが助けた事を彼女も聞かされていた。
共闘するはずのない2人が救出では息の合った動きを見せたのだ。
それこそが本来ある姿のはずだと知るのは当事者の2人以外に私とヨナしかいないだろう。
「表にいる人達はリリ様を待っているんじゃないですか?」
「そう…みたいですけど…私を英雄か何かみたいに集まって来てるんだもの…です。お門違いよ…ですよ。」
「そうかなぁ。奴隷にされ心が折れてしまった彼らにとって、絞首台に立たされても尚生きる力を失わない一人の少女の姿は希望であり英雄だったんだと思います。
私達だけで民を救い出してもこうはいきません。
意味がある事だったんです、貴女が斉国でした事は。」
「本当にそうなのかなぁ…私がしてきた事は無駄じゃなかったのかなぁ…」
「2度言わせたいんですか?」
「うおぁ…思ったより意地悪い返事来たァア!」
「リリ様、面白いなぁ。」
「それ!そのリリ様ってやめてくれな…くれません?」
「あ、すみません。前に呼んでた癖で。リリさんもその無理矢理な敬語変ですよ。」
「だって陛下なんだからタメ口きくわけいかないでしょっ」
「特に拘りませんから自然でいいですよ。」
自分の調子を狂わせるスウォンを見ながら、リリは彼がヨナの好きな人だった人であり、仇であることに結びつかないと頭を悩ませた。
そこにテトラがやってきて客がいるのだが、通してもいいかどうか問うた。
「えーと…お客様ですけど、お通しした方が宜しいかしら?」
「駄目に決まってるじゃない。今陛下が…」
「これは陛下、いらしてたんですか。」
やってきたのはグンテだった。
彼を見たリリは咄嗟に近くにあった羽織りを頭から被った。
「グンテ将軍、私も今来たばかりで。」
「二人の時間をお邪魔して申し訳ありません。
地心に帰る前にちょっと様子を見に来たんですが。」
「リリさん、グンテ将軍が…」
「……はい。」
急に淑やかになったリリにスウォンは目を丸くし、言葉を失った。
「リリ、久しぶりだな。身体の具合はどうだ?起きて平気か?」
「…はい。」
「そうか。無事で何よりだ。しかしお前凄いな。麻薬の誘惑にも斉国の兵士にも立ち向かったって?」
「そんな…っ」
「いや、大したもんだ。いい女になったな、リリ。なあ!陛下。」
「え、あ、はい。」
「勿体ないお言葉です…」
「しかも普段は慎ましやかときた。いい嫁になるなぁ。でも今は身体を労って無理はするなよ。」
「…はい。」
「なにしろ高華国にとっても大切な御身になるかもしれんしな!なあ!陛下。」
「え、あ、はい……はい?あのグンテ将軍、何か誤解を…」
「じゃあ俺はそろそろ戻ります。あとは御二人でごゆっくり。」
「ですから、グンテ将軍…」
変な誤解をしているグンテはそのまま立ち去り、彼がいなくなるとリリが真っ赤になった顔を覆って暴れ出した。
「ああああぁぁあああヤバイヤバイもぉおおおむりむりむり」
「リリさ…ん?」
「超かっこいいグンテ様、ヤバイむり死んじゃう!!!!
アユラ、テトラ、どうしよどうしよ。私変じゃなかった?
お化粧もっとちゃんとしとけば良かった。グンテ様が来て下さったのにぃいいい!!」
「はいはい、いつも通り可愛いですよ。」
「グンテ様、格好良すぎて目合わせられなかったぁああ!
いい嫁になるってぇえええ!!うううぉお嫁さんにして欲しいよぉおお!」
「…えーと…グンテ将軍は結婚されてますよ。」
「知ってる。すっごく可愛くて優しい奥様でしょ。
一度お会いしたことあるもの。グンテ様が大事にされてるのもわかる。
でも好きなの。仕方ないじゃない。叶わないからって忘れられる程器用じゃないわ。」
「いろいろあるんですねぇ。」
「陛下はいらっしゃらないの?好きな人…とか。」
「え…特には。あまりよくわからないんです、恋愛とか。人は好きなんですけど。」
それからすぐスウォンは立ち去り、リリはヨナの為にも事情を知ってからスウォンを否定するかどうかを決めるべきだと判断した。
夜が更けて暫くするとテトラがある客の来訪を伝えた。
「お待ちかねの方がいらしてますよ。」
「え?」
リリが外に出るとヨナが中庭で待っていた。
私は他の仲間達と共に塀の外で待っている状態だ。
「リリ!」
「ヨナぁっ!!」
「会いたかった。良かった…リリが元気で。」
「元気よ。ヨナ、ちょっと会わないうちに泣き虫になった?」
「ふふ、リリはかっこよくなった。怪我は?動いても平気なの?」
「大丈夫。」
彼女らは昔からの友人かのように池の近くに座ると笑顔で話し始めた。
「斉国にいたのが遠い昔みたい。」
「…ね。」
「聞いて聞いて。今日はすっごいいい事があったの。
私のすっごい大大大好きな人がお見舞いに来てくれたのっ」
「え、リリの好きな人?どんな人?」
「グンテ様♡♡」
「………えーとグンテは結婚してるよ?」
「知ってるっつーの。絶対片想いでも好きになっちゃう事ってあるでしょ。」
「うん、ある。」
「グンテ様は格好良すぎるから誰でも好きになっちゃうわよ。」
「う、うん…」
ヨナからすれば遠い親戚にあたるグンテであるため少々複雑そうにヨナは苦笑する。
「そのグンテ様に今日はいい女になったって言われたの。」
「えーっ、それは嬉しいね。」
「でしょっ」
「あ、私もね。あんたみたいな格好良い女見た事ないって言われたよ。」
「え、誰に?」
「……」
ふと呟いたヨナは自分の失態に気付き、顔を赤くしていく。
「………ハク。」
「えっ、ちょっ、なに!?好きなの?恋人なの!?」
「しーっ、声が大きい!ハク、向こうで待ってるんだから。」
「え?いるの!?こっち連れて来なさいよ。」
「リリっ!恋人じゃないから。」
「じゃあ好きなの?」
「…………おそらく…」
「何他人事みたいに報告してんのよ。」
「だって本当にず―――――っと一緒にいたから今更すぎてっ」
「やっぱりあいつここに連れて来なさいよ。ハッキリさせましょう。」
「あ、やめてリリ~!!」
「リンは知ってるわけ?」
「気付いてる…かも…?」
「ふぅん…相談してみればいいのに。」
「だ、だって…恥ずかしいの!!」
「…この会話もリンには聞こえてるんじゃないの?」
「っ!!!」
その頃、ハクはシンアと話していて、私はジェハと並んでヨナとリリの微かに聞こえてくる会話に笑みを零していた。
「楽しそうだね、リン。」
『まぁね。女子の会話って可愛らしいと思って。』
「盗み聞きかい?」
『そんなつもりはないんだけど、聞こえてくるんだから仕方ないわよね?』
私が意地悪く笑うと彼は困ったように笑みを浮かべて私の髪を撫でてくれる。
『それに…姫様に同年代の女友達なんていなかったから…
対等に話せてる時間は邪魔しないであげたいじゃない?』
「そうだね…」
「おい、リン。」
『ん?』
「姫さん、迎えに行くぞ。」
『はーい。』
歩きだそうとしたリリを引き留めたヨナはまた並んで話し始めていた。
「いつから好きなの?」
「……わかんない。いや、前から大事な人ではあったのだけど…気が付いたら何か…」
「気が付いたんならいいじゃない。言っちゃいなさいよ。」
「いや…幼馴染だし、知りすぎてて改めて…そういうのは恥ずかしすぎるというか…あと緊張して上手く喋れない…」
「ヨナでもそういう事あるのね。」
「そりゃあるよぉ…いっぱいいっぱいだもの…」
「何よ、ちょっと可愛いわね。…なんかあんたとこういう話するのも恥ずかしいわね。」
「ふふ、ほんと。」
「とにかく協力出来る事があったら言いなさい。何なら私がハクに話をつけて…」
「それはやめて…」
「姫さん。」
「「きゃあああっ」」
『ふふふっ…』
「……そろそろ帰ります…よ?」
「う、うん。今行く。」
「リン、俺何かしたか?」
『いいえ。でも女子の秘密話の邪魔はしてしまったみたいね。』
「…?」
ヨナとリリが私をチラッと見たため、私は小さく笑いながらウインクを返す。
それだけでヨナの気持ちを知っていると伝わったらしく彼女は照れたように慌て始める。
「姫さん?」
「じゃ、じゃあリリ…」
「あ、ヨナ…!また来なさいよ。」
その言葉に嬉しそうにヨナは手を振って仲間達が待っている方へ向かった。
私とハクもその背中を追おうとしたが、リリに呼び止められる。
「待って。えーとハク、助けてくれてありがとう、処刑台で…」
「あぁ、あんたが無事で良かった。そっちこそ姫さんを守ってくれたんだってな、心から感謝する。」
「当たり前じゃない。ヨナは私にとっても大事な子よ。」
ハクが優しく微笑むとリリははっとしたように息を呑んだ。
―あれ?この人かなりヨナの事好きなんじゃない…?―
リリが気付いたらしかったため、私はハクの斜め後ろで彼女に向けて口元に人差し指を当てて言わないよう伝えた。
―しーっ…―
―成る程…リンは両方の想いに気付いたうえで見守ってるってわけね…―
「あ、ちょっと待ってて。アユラ、あれ。」
「はい。」
するとアユラとテトラが食料などをまとめて持って来てくれた。
「おぉ。」
「手土産よ、持っていって。」
『いつもありがとう。』
「あと、これ。」
リリが差し出したのは薄紫の巾着と剣だった。
私は巾着から簪の入った木箱を取り出して小さく手を震わせた。
『これって…』
「斉国で奪われたヨナの荷物よ。回収しておいたの。
一応確認したけど、凄い高価な簪が入ってたから。それヨナのでしょ?返しといてくれる?」
『っ…』
「……あぁ、ありがとな。」
ハクは私の震える手を握って落ち着かせると、何事もなかったかのように手土産を受け取って仲間の待つ場所へと歩き出した。
私はハクに手を引かれるように歩いていたが、仲間の姿が見えるとハクは私の手からヨナの荷物を盗ってから、ジェハのもとへと私の背中を押した。
『ハク…?』
「タレ目と一緒にいろ。」
『…うん。』
私はジェハに歩み寄ると俯いたまま彼の袖口を掴んだ。
「リン?」
『…』
―何かあったのかな…?―
彼は何も訊かずに私の肩を抱くと仲間達と共に歩き出し、野宿をするために森の中に入ったのだった。
その晩、私はいつものようにハク、ジェハ、キジャ、シンア、ゼノと同じ天幕に入って眠りに就いた。
ジェハの腕に抱かれ、彼と反対側にいるハクは私の手を握ってくれていた。
私が簪を見て手を震わせた事を知っているハクだからこその行動なのだろう。
だが手を繋いでいたからかもしれない。私とハクは同じ夢を見たのだ。
「ハクー!リン―!!」
私達を呼んだのはまだ仲の良かった頃のスウォン。緋龍城にいてそこにヨナの姿はない。
これは夢…であると同時に、私達にとって懐かしい思い出だった。
「お久しぶりです。嬉しいな、2人も城に来てるなんて。」
「ジジイに連れて来られたんだよ。」
「これからヨナの所へ行くんです。一緒に行きましょう。」
『えぇ。』
「…俺はいいよ。」
「え、どうしてです?ハクが行くときっと喜びますよ。ヨナはハクが大好きなんですから。」
「それはねえと思うぞ、絶っっ対。スウォンはどうなんだよ?」
「何がです?」
「姫さんのこと…好きなのか?」
「好きですよ。あとハクも好きですしリンも好きですしムンドク師匠も好きですしジュド将軍も好きですしグンテ将軍も好きですしあとジュンギ将軍も。」
スウォンの返答に私とハクはズルッと転ける。
『いや、そういう意味じゃなくて…』
「人って興味深いですよね。」
「…スジン将軍も好きなのか?」
「はい。彼の政や戦術の講義はとても面白いです。」
楽しそうにあっさり言うスウォンに私達はそれ以上訊くのをやめた。
彼は嘘偽りなく平等に人も物も好きで、興味を持っているのだろう。
私達には苦手な人もいて、許せない事だってあるけれど、スウォンはもっと遠くを見ているのだと感じられた。
青空を見上げるスウォンを私とハクは並んで見つめるだけだった。
そんな彼が少しずつ成長し、顔を血で汚した。
権力や部族関係なく公平な目で世の中を見れる人だと思っていた。
もしスウォンと肩を並べて歩けなくなっても、前を向き続ける彼を守り…いつか彼に王になってほしかった。
それが私にとってもハクにとっても最大の夢だった。そしてそれは最悪な形で叶ったのだ。
彼に向けていつの間にか成長していた私とハクは寂しそうに手を伸ばした。
「どうして…どうして姫さんに簪を渡したその足でイル陛下を殺しに行けた?
殺す計画があったのならどうして笑顔で簪を…
あの時あんなに幸せそうな姫さんの顔を見て、お前は何も感じなかったのか…?」
『人が好きだって言った…それはつまり特別誰にも執着しないって事…
私達の大切な物をすべて踏みつけて…姫様をも殺そうとした貴方を見て…』
「『俺/私は心が散り散りになるほど悲しかった…』」
あまりに悲しい夢に私の目から涙が伝う。そんな私の涙を優しい指が拭った。
『ハク…』
「…何泣いてんだ。」
『懐かしい光景を見たの…懐かしくて悲しい夢を…』
「…」
ハクは同じ物を見ていたらしく私の髪を撫でた。
『ハクも同じ夢を見たんじゃないの…?』
「……過去は変えられないだろ。」
『そうね…でもすごく悲しい夢だった…
あの頃は一緒にいるだけでも楽しかったのに…どうしてこんな事になっちゃったんだろう…』
ハクはジェハを起こさないよう私の頭を抱き寄せた。
髪を撫でながらハクは私と額を合わせる。
「だからって泣くな…あの頃には戻れない。
あの頃があったからこそ今がある…四龍の奴らやユンにも逢えた。
姫さんだって強くなった…悪い事ばかりじゃない。そう思えばいい。」
『うん…うんっ…』
「…さっさと泣き止めよ。タレ目が起きるぞ。」
『ごめん…もう弱さは見せないから…』
「無理に隠せとは言わない…だが姫さんにはなるべく見せるなよ?
お前は姫さんにとって甘える相手だからな。」
『うん。』
「まぁ、たまに弱さを見せたら姫さんも同じ人間だったって思って嬉しそうだったけど。」
『そうなの?』
「あぁ。とりあえず弱い所は俺か…タレ目にでも見せてやれ。」
『ジェハ…?』
「甘えてやれ。あの変態は喜ぶんじゃないか?」
「変態とは失礼だね。」
『ジェハ!!?』
私がはっとして振り返るとジェハがハクから奪うように私を抱く腕に力を込めた。ハクはすぐに手を離して私をジェハに託す。
「甘えてやらないとお兄さんが妬くぞ?」
『ふふっ、そうみたいね。』
「…僕を妬かせてどうするつもりだい?」
「ちゃんと相手してやれよ。」
『うん…ハク。』
「ん?」
『ありがと。私もハクの味方なんだから、何かあれば相談してよ?』
「はいはい。」
彼は聞き流すように手を振って天幕を出て行った。
それを見送ると私はジェハに向き直って彼の胸に擦り寄った。
「…ハクと何の話をしていたの?」
『夢で見た昔の記憶の話…』
「…」
『スウォンが出て来て…彼に王になってほしいって思ってた頃の事を思い出していたわ…』
「王になってほしいって思ってたのかい?」
『えぇ…でもそれは最悪の形で実現してしまった…
私もハクも彼の事を信じていた…しかし裏切られて…彼は姫様をも殺そうとした…』
「もういい…もういいよ、リン。」
ジェハはそれ以上私に話させない為に私を抱く腕に力を込めた。
「それにね…何かあれば僕には弱い所を見せてくれたらいい。
というより、僕にはどんな姿でも見せてほしいな。」
『ジェハ…ありがとう。』
「お安いご用だよ。」
『ジェハも私には弱い所やかっこ悪い所も見せてくれる?』
「うっ……好きな子の前ではかっこよくいたいものだけどね…」
彼らしい言葉に私は笑みを零して彼にぎゅっと抱きついた。
「あ、雷獣。おはよ。早いね。」
「ゼノに蹴られて起きた。」
―それだけじゃねぇけどな…―
「やっぱあの天幕でデカイ男5人とリンは無理だな。」
「…俺と交代する?」
ユンと交代するという事はヨナと2人で寝るという事になる。
「………………いや、やめとく。」
「間が長いよ。」
「ユン、これ。」
するとハクは私の眠る枕元に置いていたヨナの荷物をユンへ差し出した。
「あれ、ヨナの荷物。見つかったんだ。」
「リリが回収してくれたんだと。姫さんに返しといてくれ。」
「うん、わかった。」
ユンはパンパンの鞄にヨナの巾着を詰めて山菜採りに向かった。
暫くして私とジェハもキジャ、シンア、ゼノを起こして天幕を出て、ユンが戻るのを待ちつつ朝食の用意を始めていた。
「うわぁあああ!!」
『うん?』
「どうしたんだい?」
『ユンの叫び声が聞こえたような…』
「雷獣!リン!!あ、あの…どうしよう!?
さっきのヨナの荷物、谷に落としちゃった…!!」
それを聞いて駆け出したハクを私、キジャ、シンア、ジェハも追いかける。
ゼノはヨナだけを残すわけにはいかないため天幕近くに残している。
「何か落とし物?」
『ヨナの荷物って…巾着のことね?』
「うん…」
ハクがいる場所で足を止めるとシンアが谷の木に引っかかった巾着を見つけた。
「……あった、薄紫の巾着…」
「木に引っかかってるね。」
「ごめん…ちゃんと鞄に収まってなかったみたいで…
どうしよう、あれすごく綺麗な簪が入ってるやつでしょ?」
「大丈夫だから気にすんな。」
『姫様には伝えないで。ちゃんと戻すから。』
「うん、でもどうして?」
「姫さんが知ったら危険を冒してまで取りに行かなくていいって言うだろ。」
「あー、そうだね。でも…ヨナには大事なものなんだよね?」
「……そうだな。大事なもの…だな。」
『っ…』
私とハクの様子を見てジェハはシンアに告げる。
「シンア君、戻ってヨナちゃんと遊んでおいてくれるかな?」
コクリと頷いたシンアはヨナとゼノのもとへ戻った。
「…さてどうやってあれを拾おうか。」
「私に任せよ。」
「キジャ君?」
崖から谷へと片手を伸ばしながらズルズル降りようとするキジャの左腕を私とジェハが掴む。
そのまま大きくした手を伸ばすキジャだったが届きそうにない。
「と…届かない。」
「落ちるって。」
「ジェハ、そなたの脚はどうだ?」
「どうだ?…とは?」
「私の腕が巨大化するのだからそなたの脚も力を爆発させれば巨大化したりうにょーんと伸びたりしないのか?」
「それやったら美しくないし、靴がいくつあっても足りないよ。」
『…ん?ということは…』
「やろうと思えば出来るのだな。」
「何?ちょっと靴脱げ。」
「え、ちょ…なにす…やめ…っ」
「『見せて見せて。』」
「君達ちょっ…リンまで…!」
「リン、行け!」
『はーい!』
ジェハに飛びついて押さえるとハクが靴を脱がそうとする。だがそれを阻止するため私達も結局諦めた。
するとジェハは肩をはだけさせながら呟くのだ。
「け…汚され…」
「ええい、そなたは…も~~~っ!」
「服は簡単に脱ぐくせに靴は頑なに脱がねえとは…」
『龍の脚の能力は気に入ってても見た目は嫌いらしいからね。』
「めんどくさい変態だね。」
「俺が降りる。」
「ここは僕が降りた方が良くない?」
「足場が不安定だ。お前の脚でも跳べねぇだろ。
それに…あれは俺がちゃんと取って来ねぇと。」
ハクが谷を見据えるとジェハが静かに問うた。
「その簪はハクにとっても大事なものなのかい?」
「………いや、正直へし折ってやりてえよ。」
『…』
「えっ…まさかあの簪って…スウォン国王に貰ったもの…とかじゃないよね?」
「『…』」
「……そうなの?」
「『…』」
「なにそれ…どうしてヨナは…そんな簪を持って…
ヨナは…スウォン国王のこと…好きだったのかな…」
『っ…』
「雷獣が無茶することないよ。俺がヨナに正直に言って謝ってくる。」
ハクは小さく微笑むとユンの髪を撫でてからゆっくり谷へと降り始めた。
私はそれを見守りながらもヨナとハク、それぞれの心情を知っていながら何も出来ない自分の無力さと葛藤していた。
―姫さんがスウォンを好きだとかそんな事はいい…そんな事はずっと前から知ってる…
俺が一番…一番許せないのはスウォン…あの日お前がイル陛下を殺す前に姫さんに簪を贈ったことだ…―
考え事をしていると木が揺れて巾着が下を流れる川へと落ちていった。
それを追いかけるようにハクは手を伸ばしながら落ちていく。
『ハクッ!!!』
巾着を掴んだハクは考え事をしたままだったため頭を水の外に出したまま流されていく。
それを見てユンとキジャまで飛び込んでしまい、困ったように私とジェハも川へ飛び込んで転んでいるユンとキジャをそれぞれ抱えた。
私は小柄なユンを抱えると肩に掴まらせて流されていくハクの頬を叩いた。
『ハク!!』
「っ!」
『くはっ…しっかりしなさい!』
「リン…悪ぃ…」
「さっさと上がるよ…!」
ジェハの声を聞いて私達は泳ぎ、川岸へ上がるとびしょ濡れのままヨナ達のもとへと戻るのだった。
「えっ…みんなで水遊びしてた?」
「うん。」
濡れている私達を見てヨナはきょとんとするのだが、ユンの説明に首を傾げるばかり。
「見たかった…!この顔ぶれで水遊びとか!」
「みんなこう見えてまだまだ子供だから。」
「川の水は冷たいのに。待ってて、火起こすね。」
ヨナが立ち去るとユンが髪を掻き上げながら呟く。
「…もう雷獣のバカ。焦ったよ。川に落ちて流されていくんだもん。」
「ちょっと考え事してて。」
「死んだかと思ったではないか!」
『本当…ああいうのはやめてよ、ハク。心臓に悪いわ。』
ハクは上着を脱いで絞り、キジャも服の裾を絞る。
私とジェハは結っていた髪を解いて絞った。
するとシンアとゼノが手拭いを持って来てくれたため、ユンの髪はシンアが、ジェハの髪はゼノが拭き始めた。
髪を拭くキジャの肩にはアオが乗っていて、私の髪はジェハが拭いてくれたため、私は彼の前にちょこんと座る。
「何もお前らまで川に入らんでも。」
「雷獣が動いたら入らなかったよっ」
「そなたが頭部だけ浮かべたままゆるやかに下流へと流れてゆくからっ」
「川に入って同時にすっ転ぶユン君とキジャ君まで助けなきゃならない僕やリンの身にもなってくれないかな。」
「あれ、巾着は?」
「ああ、ここに…」
キジャが懐から差し出した途端、右手の力でパキッと巾着内の木箱が音を立てた。
「今パキッってゆった!?」
「あー箱が割れてるッッ」
「キジャ君、まさか壊しっっ…」
「よ、よかった…中身は無事だ…」
「心臓に悪っ…」
「ぶはっ!」
『ハハハッ』
「お前ら…ほんっと…くくく…忙し…あー、考え事する暇もねェわ。」
「笑ってる場合ではないぞ、ハク。濡れてしまった。」
「大丈夫、ちゃんと拭き上げるから。」
ユンはキジャから簪を受け取って髪から水を滴らせながらボソッと言う。
「本当に…辛い思いをしたんだね、ヨナは…
ヨナの痛みを思うとやりきれないけど、これは元に戻しておくよ。
簪をどうするかはヨナが決める…それでいいんだよね、雷獣。」
そう話しているとヨナの明るい声が聞こえてきた。
「みんなー!お湯湧かしたから温まって。」
「はーい。」
私達はヨナの方へ向かい、男性陣はお湯を頭から被ったりしていたが、私はその近くで火に当たるだけ。
流石に屋外で男ばかりの中、服を脱ごうとは思えない。
ヨナは楽しそうに私の髪を拭いていて、濡れた上着は近くに干している。
「水遊び、楽しかった?」
『え、えぇ。ただユンやキジャが転んでしまったので私とジェハが救出しないといけませんでしたが。』
「ふふっ、本当に見てみたかったわ。」
『無様なだけですよ。今は少し寒くて水に入った事を後悔しています。』
私の拗ねた様子に彼女はクスクス笑うのだった。
その頃、リリは改めてスウォンに礼を告げるため空都に来ていた。
リリが斉国に誘惑された事をきっかけに斉国のクシビ、ホツマ、カザグモの3人の王はスウォンの条件を受け入れ高華国の属国となった。
南戒の金州の奪還に続き、斉国を属国とした事で改めて存在感を見せ付けたのだ。
空都に滞在している間にスウォンの人となりを見ようと決めたリリが街中を歩いているとスウォンに似た後ろ姿を見かけた。
「今向こうに陛下がいた。」
「まさかお一人で?」
「ちょっと見てくる。」
「リリ様!」
路地裏に入ると怪しげな場所へ続いていた。
そこにリリ、アユラ、テトラが足を踏み入れると長髪で肩から羽織りを掛けた男が声を掛けた。
「こんな所に何の用だ?嬢ちゃん。」
「不躾でごめんなさい。ここに白い外套を羽織った背の高い男が来なかった?」
「さあ…知らねえなぁ…」
「そんな事より姉ちゃん、俺らと遊ばねぇ?」
「向こうでゆっくりな。」
近くにいた男達がアユラとテトラに背後から抱きつくと、リリの冷たい声が響いた。
「ちょっとそこ、私のアユラとテトラに触らないで。宦官にされたいの?」
「…あっはっはっ!気が強ェな、お嬢ちゃん。悪くねぇ。」
するとテトラの肘が男の頬を殴り飛ばし、アユラはさっと剣を抜き男に突きつけた。
「…どうやら血の雨が見たいらしいな、姉ちゃん。」
「待ってください、オギさん。その方達は私の知人です。」
「陛…」
オギの背後から姿を現したスウォンをリリが呼ぼうとすると、彼は口に指を添えて呼ばないように止めた。
「ウォン!この馬鹿!!知り合いなら早く言えよ!
危うく血の雨降るとこだったじゃねーか!!俺の!!
その辺の女はちょっとつつけばすぐ帰るのに何なんだよ、あの肝の据わった嬢ちゃんは!!」
「彼女に脅迫は通じませんよ。絞首台に立たされた事もある方ですから。」
「絞首台!!?罪人かよ、オイ。どんな悪事を…」
「兵士を刺して脱走したのよ。」
「すげえワルじゃん!相変わらずお前の知り合いは規模がデカイな、ウォン!!」
「大丈夫です。ここの人達は顔は怖いけど気のいい人達なので。
ただ余所者が入って来るのを嫌がるんですよ。」
「で?あなたはどうしてその裏町に溶け込んでるの?ウォン様。」
「…えーと…ここでは出来れば様付け無しで。」
「ジュド将軍に言うわよ。」
「うっ……情報収集ですよ。」
「いやらしい情報?」
「違います!」
「私も聞いてく。」
「帰って下さい。」
「いやらしい情報なら帰るわよ。」
「い、いやらしい情報です。」
「じゃあ帰ってジュドさんに報告するわね。
ウォン様がいやらしい情報集めにいかがわしい所に通ってるって。」
「リリさんリリさん!まったくあなたは…仕方のない人ですね。」
「約束する。ここで見聞きした事は誰にも言わないわ、ウォン。」
大金をオギに差し出すとそれによって彼もリリに情報を差し出さざるを得なくなった。
斉国の麻薬密売人が身を潜めた事、麻薬入手は困難でもいくつかの隠語や合言葉によって入手は可能である事…どれも城では得られない裏情報ばかりだった。
「ところで近頃やたら噂になっているんだが。」
「何です?」
「戦場に四龍が出るって話、知ってるか?」
スウォンが一瞬顔から表情を消したのをリリは見て取った。
「……確か建国神話に出てくる戦士ですよね。でも物語でしょう?」
「俺も真面目に信じちゃいねぇ。
だが高華国の至る所でその化け物じみた連中の目撃情報が入って来るんだ。
黒い爪を持ち甘い香りをさせる女もいるらしいから、それは神話とは異なってるよな。
面白ェのはその四龍と共に赤い髪の女が現れるってことだな。まるで神話の緋龍王のように。
火の部族の連中なんかは緋龍王信仰してる奴も多いからな。
ひと目見たいって捜してる奴もいるくらいだしよ。」
―それって…―
リリはヨナと私達を思い浮かべる。
「ウォン?」
「…あ、はい。面白そうなお話ですね。」
「ま、噂ってのは尾ひれが付くもんだ。気にする程の話じゃねぇけどよ。」
その後他の情報も得たうえでスウォンは立ち去り、リリ達も同行して緋龍城へ向かった。
スウォンとリリだけになると彼女は口を開く。
「まさか陛下にあんな知り合いがいるなんて。」
「小さい頃から色んな事教えてくれた人達なんです。」
「何教わったのよ…」
「あそこに知人を連れて行ったのは9歳の時以来です。」
「ねぇ…あそこでオギが話していたのはヨナ達の事でしょう?
知ってると思うけどヨナは私の大切な友人よ。あなたはヨナを追う気はないの?
殺すつもりはないのよね?もしかして生きていて欲しいって思っ…」
その瞬間、スウォンはリリの口を手で塞いだ。
「……あなたの行動力と勇敢さは称賛に値しますが、この城でその名を口にするのはやめた方がいい。」
「……じゃあ城でなければ話してくれるの?」
「…あなたに語る事などありません。」
少し切なげなスウォンは彼女を残して立ち去ったのだった。
ただ次々とやってくる面会希望者に疲れ果て、面会謝絶をしようとしていた。
「あら、お会いにならないんです?斉国に捕らわれていた水の民やその親族がリリ様の身を案じて集まって来たんですよ。」
「朝からずっと引っ切りなしじゃない。
それに民を救ったのは私じゃない。ヨナの仲間や陛下や父上達でしょ。
私に礼を言われても返す言葉に困る。」
「それは…」
「皆が無事なら私はそれで良いわ。それより斉で麻薬を飲み過ぎた人の治療を…」
そのときバタバタと兵が駆け込んで来た。
面会謝絶とは言われてもこの人物は追い返す事が出来なかったのだ。
「スウォン陛下がお見えに…」
「やー、リリ様。突然すみません。」
これにはテトラがすぐに反応し、アユラに時間稼ぎを任せるとリリに化粧を施した。
「さ、陛下。お待たせしました。」
「はぁ…」
テトラはリリにスウォンの前では淑やかでいるよう告げるが、護衛を頼んだりした経験上もう既に手遅れだろう。
「身体の具合はいかがですか?」
「あ…もう大丈夫…です。」
「そうですか。良かった。」
「…斉国では危ない所をお助け下さりありがとうございます。」
「…いえ、あれは…私だけの力ではありませんから。」
「…」
処刑されそうになったリリをスウォンとハクが助けた事を彼女も聞かされていた。
共闘するはずのない2人が救出では息の合った動きを見せたのだ。
それこそが本来ある姿のはずだと知るのは当事者の2人以外に私とヨナしかいないだろう。
「表にいる人達はリリ様を待っているんじゃないですか?」
「そう…みたいですけど…私を英雄か何かみたいに集まって来てるんだもの…です。お門違いよ…ですよ。」
「そうかなぁ。奴隷にされ心が折れてしまった彼らにとって、絞首台に立たされても尚生きる力を失わない一人の少女の姿は希望であり英雄だったんだと思います。
私達だけで民を救い出してもこうはいきません。
意味がある事だったんです、貴女が斉国でした事は。」
「本当にそうなのかなぁ…私がしてきた事は無駄じゃなかったのかなぁ…」
「2度言わせたいんですか?」
「うおぁ…思ったより意地悪い返事来たァア!」
「リリ様、面白いなぁ。」
「それ!そのリリ様ってやめてくれな…くれません?」
「あ、すみません。前に呼んでた癖で。リリさんもその無理矢理な敬語変ですよ。」
「だって陛下なんだからタメ口きくわけいかないでしょっ」
「特に拘りませんから自然でいいですよ。」
自分の調子を狂わせるスウォンを見ながら、リリは彼がヨナの好きな人だった人であり、仇であることに結びつかないと頭を悩ませた。
そこにテトラがやってきて客がいるのだが、通してもいいかどうか問うた。
「えーと…お客様ですけど、お通しした方が宜しいかしら?」
「駄目に決まってるじゃない。今陛下が…」
「これは陛下、いらしてたんですか。」
やってきたのはグンテだった。
彼を見たリリは咄嗟に近くにあった羽織りを頭から被った。
「グンテ将軍、私も今来たばかりで。」
「二人の時間をお邪魔して申し訳ありません。
地心に帰る前にちょっと様子を見に来たんですが。」
「リリさん、グンテ将軍が…」
「……はい。」
急に淑やかになったリリにスウォンは目を丸くし、言葉を失った。
「リリ、久しぶりだな。身体の具合はどうだ?起きて平気か?」
「…はい。」
「そうか。無事で何よりだ。しかしお前凄いな。麻薬の誘惑にも斉国の兵士にも立ち向かったって?」
「そんな…っ」
「いや、大したもんだ。いい女になったな、リリ。なあ!陛下。」
「え、あ、はい。」
「勿体ないお言葉です…」
「しかも普段は慎ましやかときた。いい嫁になるなぁ。でも今は身体を労って無理はするなよ。」
「…はい。」
「なにしろ高華国にとっても大切な御身になるかもしれんしな!なあ!陛下。」
「え、あ、はい……はい?あのグンテ将軍、何か誤解を…」
「じゃあ俺はそろそろ戻ります。あとは御二人でごゆっくり。」
「ですから、グンテ将軍…」
変な誤解をしているグンテはそのまま立ち去り、彼がいなくなるとリリが真っ赤になった顔を覆って暴れ出した。
「ああああぁぁあああヤバイヤバイもぉおおおむりむりむり」
「リリさ…ん?」
「超かっこいいグンテ様、ヤバイむり死んじゃう!!!!
アユラ、テトラ、どうしよどうしよ。私変じゃなかった?
お化粧もっとちゃんとしとけば良かった。グンテ様が来て下さったのにぃいいい!!」
「はいはい、いつも通り可愛いですよ。」
「グンテ様、格好良すぎて目合わせられなかったぁああ!
いい嫁になるってぇえええ!!うううぉお嫁さんにして欲しいよぉおお!」
「…えーと…グンテ将軍は結婚されてますよ。」
「知ってる。すっごく可愛くて優しい奥様でしょ。
一度お会いしたことあるもの。グンテ様が大事にされてるのもわかる。
でも好きなの。仕方ないじゃない。叶わないからって忘れられる程器用じゃないわ。」
「いろいろあるんですねぇ。」
「陛下はいらっしゃらないの?好きな人…とか。」
「え…特には。あまりよくわからないんです、恋愛とか。人は好きなんですけど。」
それからすぐスウォンは立ち去り、リリはヨナの為にも事情を知ってからスウォンを否定するかどうかを決めるべきだと判断した。
夜が更けて暫くするとテトラがある客の来訪を伝えた。
「お待ちかねの方がいらしてますよ。」
「え?」
リリが外に出るとヨナが中庭で待っていた。
私は他の仲間達と共に塀の外で待っている状態だ。
「リリ!」
「ヨナぁっ!!」
「会いたかった。良かった…リリが元気で。」
「元気よ。ヨナ、ちょっと会わないうちに泣き虫になった?」
「ふふ、リリはかっこよくなった。怪我は?動いても平気なの?」
「大丈夫。」
彼女らは昔からの友人かのように池の近くに座ると笑顔で話し始めた。
「斉国にいたのが遠い昔みたい。」
「…ね。」
「聞いて聞いて。今日はすっごいいい事があったの。
私のすっごい大大大好きな人がお見舞いに来てくれたのっ」
「え、リリの好きな人?どんな人?」
「グンテ様♡♡」
「………えーとグンテは結婚してるよ?」
「知ってるっつーの。絶対片想いでも好きになっちゃう事ってあるでしょ。」
「うん、ある。」
「グンテ様は格好良すぎるから誰でも好きになっちゃうわよ。」
「う、うん…」
ヨナからすれば遠い親戚にあたるグンテであるため少々複雑そうにヨナは苦笑する。
「そのグンテ様に今日はいい女になったって言われたの。」
「えーっ、それは嬉しいね。」
「でしょっ」
「あ、私もね。あんたみたいな格好良い女見た事ないって言われたよ。」
「え、誰に?」
「……」
ふと呟いたヨナは自分の失態に気付き、顔を赤くしていく。
「………ハク。」
「えっ、ちょっ、なに!?好きなの?恋人なの!?」
「しーっ、声が大きい!ハク、向こうで待ってるんだから。」
「え?いるの!?こっち連れて来なさいよ。」
「リリっ!恋人じゃないから。」
「じゃあ好きなの?」
「…………おそらく…」
「何他人事みたいに報告してんのよ。」
「だって本当にず―――――っと一緒にいたから今更すぎてっ」
「やっぱりあいつここに連れて来なさいよ。ハッキリさせましょう。」
「あ、やめてリリ~!!」
「リンは知ってるわけ?」
「気付いてる…かも…?」
「ふぅん…相談してみればいいのに。」
「だ、だって…恥ずかしいの!!」
「…この会話もリンには聞こえてるんじゃないの?」
「っ!!!」
その頃、ハクはシンアと話していて、私はジェハと並んでヨナとリリの微かに聞こえてくる会話に笑みを零していた。
「楽しそうだね、リン。」
『まぁね。女子の会話って可愛らしいと思って。』
「盗み聞きかい?」
『そんなつもりはないんだけど、聞こえてくるんだから仕方ないわよね?』
私が意地悪く笑うと彼は困ったように笑みを浮かべて私の髪を撫でてくれる。
『それに…姫様に同年代の女友達なんていなかったから…
対等に話せてる時間は邪魔しないであげたいじゃない?』
「そうだね…」
「おい、リン。」
『ん?』
「姫さん、迎えに行くぞ。」
『はーい。』
歩きだそうとしたリリを引き留めたヨナはまた並んで話し始めていた。
「いつから好きなの?」
「……わかんない。いや、前から大事な人ではあったのだけど…気が付いたら何か…」
「気が付いたんならいいじゃない。言っちゃいなさいよ。」
「いや…幼馴染だし、知りすぎてて改めて…そういうのは恥ずかしすぎるというか…あと緊張して上手く喋れない…」
「ヨナでもそういう事あるのね。」
「そりゃあるよぉ…いっぱいいっぱいだもの…」
「何よ、ちょっと可愛いわね。…なんかあんたとこういう話するのも恥ずかしいわね。」
「ふふ、ほんと。」
「とにかく協力出来る事があったら言いなさい。何なら私がハクに話をつけて…」
「それはやめて…」
「姫さん。」
「「きゃあああっ」」
『ふふふっ…』
「……そろそろ帰ります…よ?」
「う、うん。今行く。」
「リン、俺何かしたか?」
『いいえ。でも女子の秘密話の邪魔はしてしまったみたいね。』
「…?」
ヨナとリリが私をチラッと見たため、私は小さく笑いながらウインクを返す。
それだけでヨナの気持ちを知っていると伝わったらしく彼女は照れたように慌て始める。
「姫さん?」
「じゃ、じゃあリリ…」
「あ、ヨナ…!また来なさいよ。」
その言葉に嬉しそうにヨナは手を振って仲間達が待っている方へ向かった。
私とハクもその背中を追おうとしたが、リリに呼び止められる。
「待って。えーとハク、助けてくれてありがとう、処刑台で…」
「あぁ、あんたが無事で良かった。そっちこそ姫さんを守ってくれたんだってな、心から感謝する。」
「当たり前じゃない。ヨナは私にとっても大事な子よ。」
ハクが優しく微笑むとリリははっとしたように息を呑んだ。
―あれ?この人かなりヨナの事好きなんじゃない…?―
リリが気付いたらしかったため、私はハクの斜め後ろで彼女に向けて口元に人差し指を当てて言わないよう伝えた。
―しーっ…―
―成る程…リンは両方の想いに気付いたうえで見守ってるってわけね…―
「あ、ちょっと待ってて。アユラ、あれ。」
「はい。」
するとアユラとテトラが食料などをまとめて持って来てくれた。
「おぉ。」
「手土産よ、持っていって。」
『いつもありがとう。』
「あと、これ。」
リリが差し出したのは薄紫の巾着と剣だった。
私は巾着から簪の入った木箱を取り出して小さく手を震わせた。
『これって…』
「斉国で奪われたヨナの荷物よ。回収しておいたの。
一応確認したけど、凄い高価な簪が入ってたから。それヨナのでしょ?返しといてくれる?」
『っ…』
「……あぁ、ありがとな。」
ハクは私の震える手を握って落ち着かせると、何事もなかったかのように手土産を受け取って仲間の待つ場所へと歩き出した。
私はハクに手を引かれるように歩いていたが、仲間の姿が見えるとハクは私の手からヨナの荷物を盗ってから、ジェハのもとへと私の背中を押した。
『ハク…?』
「タレ目と一緒にいろ。」
『…うん。』
私はジェハに歩み寄ると俯いたまま彼の袖口を掴んだ。
「リン?」
『…』
―何かあったのかな…?―
彼は何も訊かずに私の肩を抱くと仲間達と共に歩き出し、野宿をするために森の中に入ったのだった。
その晩、私はいつものようにハク、ジェハ、キジャ、シンア、ゼノと同じ天幕に入って眠りに就いた。
ジェハの腕に抱かれ、彼と反対側にいるハクは私の手を握ってくれていた。
私が簪を見て手を震わせた事を知っているハクだからこその行動なのだろう。
だが手を繋いでいたからかもしれない。私とハクは同じ夢を見たのだ。
「ハクー!リン―!!」
私達を呼んだのはまだ仲の良かった頃のスウォン。緋龍城にいてそこにヨナの姿はない。
これは夢…であると同時に、私達にとって懐かしい思い出だった。
「お久しぶりです。嬉しいな、2人も城に来てるなんて。」
「ジジイに連れて来られたんだよ。」
「これからヨナの所へ行くんです。一緒に行きましょう。」
『えぇ。』
「…俺はいいよ。」
「え、どうしてです?ハクが行くときっと喜びますよ。ヨナはハクが大好きなんですから。」
「それはねえと思うぞ、絶っっ対。スウォンはどうなんだよ?」
「何がです?」
「姫さんのこと…好きなのか?」
「好きですよ。あとハクも好きですしリンも好きですしムンドク師匠も好きですしジュド将軍も好きですしグンテ将軍も好きですしあとジュンギ将軍も。」
スウォンの返答に私とハクはズルッと転ける。
『いや、そういう意味じゃなくて…』
「人って興味深いですよね。」
「…スジン将軍も好きなのか?」
「はい。彼の政や戦術の講義はとても面白いです。」
楽しそうにあっさり言うスウォンに私達はそれ以上訊くのをやめた。
彼は嘘偽りなく平等に人も物も好きで、興味を持っているのだろう。
私達には苦手な人もいて、許せない事だってあるけれど、スウォンはもっと遠くを見ているのだと感じられた。
青空を見上げるスウォンを私とハクは並んで見つめるだけだった。
そんな彼が少しずつ成長し、顔を血で汚した。
権力や部族関係なく公平な目で世の中を見れる人だと思っていた。
もしスウォンと肩を並べて歩けなくなっても、前を向き続ける彼を守り…いつか彼に王になってほしかった。
それが私にとってもハクにとっても最大の夢だった。そしてそれは最悪な形で叶ったのだ。
彼に向けていつの間にか成長していた私とハクは寂しそうに手を伸ばした。
「どうして…どうして姫さんに簪を渡したその足でイル陛下を殺しに行けた?
殺す計画があったのならどうして笑顔で簪を…
あの時あんなに幸せそうな姫さんの顔を見て、お前は何も感じなかったのか…?」
『人が好きだって言った…それはつまり特別誰にも執着しないって事…
私達の大切な物をすべて踏みつけて…姫様をも殺そうとした貴方を見て…』
「『俺/私は心が散り散りになるほど悲しかった…』」
あまりに悲しい夢に私の目から涙が伝う。そんな私の涙を優しい指が拭った。
『ハク…』
「…何泣いてんだ。」
『懐かしい光景を見たの…懐かしくて悲しい夢を…』
「…」
ハクは同じ物を見ていたらしく私の髪を撫でた。
『ハクも同じ夢を見たんじゃないの…?』
「……過去は変えられないだろ。」
『そうね…でもすごく悲しい夢だった…
あの頃は一緒にいるだけでも楽しかったのに…どうしてこんな事になっちゃったんだろう…』
ハクはジェハを起こさないよう私の頭を抱き寄せた。
髪を撫でながらハクは私と額を合わせる。
「だからって泣くな…あの頃には戻れない。
あの頃があったからこそ今がある…四龍の奴らやユンにも逢えた。
姫さんだって強くなった…悪い事ばかりじゃない。そう思えばいい。」
『うん…うんっ…』
「…さっさと泣き止めよ。タレ目が起きるぞ。」
『ごめん…もう弱さは見せないから…』
「無理に隠せとは言わない…だが姫さんにはなるべく見せるなよ?
お前は姫さんにとって甘える相手だからな。」
『うん。』
「まぁ、たまに弱さを見せたら姫さんも同じ人間だったって思って嬉しそうだったけど。」
『そうなの?』
「あぁ。とりあえず弱い所は俺か…タレ目にでも見せてやれ。」
『ジェハ…?』
「甘えてやれ。あの変態は喜ぶんじゃないか?」
「変態とは失礼だね。」
『ジェハ!!?』
私がはっとして振り返るとジェハがハクから奪うように私を抱く腕に力を込めた。ハクはすぐに手を離して私をジェハに託す。
「甘えてやらないとお兄さんが妬くぞ?」
『ふふっ、そうみたいね。』
「…僕を妬かせてどうするつもりだい?」
「ちゃんと相手してやれよ。」
『うん…ハク。』
「ん?」
『ありがと。私もハクの味方なんだから、何かあれば相談してよ?』
「はいはい。」
彼は聞き流すように手を振って天幕を出て行った。
それを見送ると私はジェハに向き直って彼の胸に擦り寄った。
「…ハクと何の話をしていたの?」
『夢で見た昔の記憶の話…』
「…」
『スウォンが出て来て…彼に王になってほしいって思ってた頃の事を思い出していたわ…』
「王になってほしいって思ってたのかい?」
『えぇ…でもそれは最悪の形で実現してしまった…
私もハクも彼の事を信じていた…しかし裏切られて…彼は姫様をも殺そうとした…』
「もういい…もういいよ、リン。」
ジェハはそれ以上私に話させない為に私を抱く腕に力を込めた。
「それにね…何かあれば僕には弱い所を見せてくれたらいい。
というより、僕にはどんな姿でも見せてほしいな。」
『ジェハ…ありがとう。』
「お安いご用だよ。」
『ジェハも私には弱い所やかっこ悪い所も見せてくれる?』
「うっ……好きな子の前ではかっこよくいたいものだけどね…」
彼らしい言葉に私は笑みを零して彼にぎゅっと抱きついた。
「あ、雷獣。おはよ。早いね。」
「ゼノに蹴られて起きた。」
―それだけじゃねぇけどな…―
「やっぱあの天幕でデカイ男5人とリンは無理だな。」
「…俺と交代する?」
ユンと交代するという事はヨナと2人で寝るという事になる。
「………………いや、やめとく。」
「間が長いよ。」
「ユン、これ。」
するとハクは私の眠る枕元に置いていたヨナの荷物をユンへ差し出した。
「あれ、ヨナの荷物。見つかったんだ。」
「リリが回収してくれたんだと。姫さんに返しといてくれ。」
「うん、わかった。」
ユンはパンパンの鞄にヨナの巾着を詰めて山菜採りに向かった。
暫くして私とジェハもキジャ、シンア、ゼノを起こして天幕を出て、ユンが戻るのを待ちつつ朝食の用意を始めていた。
「うわぁあああ!!」
『うん?』
「どうしたんだい?」
『ユンの叫び声が聞こえたような…』
「雷獣!リン!!あ、あの…どうしよう!?
さっきのヨナの荷物、谷に落としちゃった…!!」
それを聞いて駆け出したハクを私、キジャ、シンア、ジェハも追いかける。
ゼノはヨナだけを残すわけにはいかないため天幕近くに残している。
「何か落とし物?」
『ヨナの荷物って…巾着のことね?』
「うん…」
ハクがいる場所で足を止めるとシンアが谷の木に引っかかった巾着を見つけた。
「……あった、薄紫の巾着…」
「木に引っかかってるね。」
「ごめん…ちゃんと鞄に収まってなかったみたいで…
どうしよう、あれすごく綺麗な簪が入ってるやつでしょ?」
「大丈夫だから気にすんな。」
『姫様には伝えないで。ちゃんと戻すから。』
「うん、でもどうして?」
「姫さんが知ったら危険を冒してまで取りに行かなくていいって言うだろ。」
「あー、そうだね。でも…ヨナには大事なものなんだよね?」
「……そうだな。大事なもの…だな。」
『っ…』
私とハクの様子を見てジェハはシンアに告げる。
「シンア君、戻ってヨナちゃんと遊んでおいてくれるかな?」
コクリと頷いたシンアはヨナとゼノのもとへ戻った。
「…さてどうやってあれを拾おうか。」
「私に任せよ。」
「キジャ君?」
崖から谷へと片手を伸ばしながらズルズル降りようとするキジャの左腕を私とジェハが掴む。
そのまま大きくした手を伸ばすキジャだったが届きそうにない。
「と…届かない。」
「落ちるって。」
「ジェハ、そなたの脚はどうだ?」
「どうだ?…とは?」
「私の腕が巨大化するのだからそなたの脚も力を爆発させれば巨大化したりうにょーんと伸びたりしないのか?」
「それやったら美しくないし、靴がいくつあっても足りないよ。」
『…ん?ということは…』
「やろうと思えば出来るのだな。」
「何?ちょっと靴脱げ。」
「え、ちょ…なにす…やめ…っ」
「『見せて見せて。』」
「君達ちょっ…リンまで…!」
「リン、行け!」
『はーい!』
ジェハに飛びついて押さえるとハクが靴を脱がそうとする。だがそれを阻止するため私達も結局諦めた。
するとジェハは肩をはだけさせながら呟くのだ。
「け…汚され…」
「ええい、そなたは…も~~~っ!」
「服は簡単に脱ぐくせに靴は頑なに脱がねえとは…」
『龍の脚の能力は気に入ってても見た目は嫌いらしいからね。』
「めんどくさい変態だね。」
「俺が降りる。」
「ここは僕が降りた方が良くない?」
「足場が不安定だ。お前の脚でも跳べねぇだろ。
それに…あれは俺がちゃんと取って来ねぇと。」
ハクが谷を見据えるとジェハが静かに問うた。
「その簪はハクにとっても大事なものなのかい?」
「………いや、正直へし折ってやりてえよ。」
『…』
「えっ…まさかあの簪って…スウォン国王に貰ったもの…とかじゃないよね?」
「『…』」
「……そうなの?」
「『…』」
「なにそれ…どうしてヨナは…そんな簪を持って…
ヨナは…スウォン国王のこと…好きだったのかな…」
『っ…』
「雷獣が無茶することないよ。俺がヨナに正直に言って謝ってくる。」
ハクは小さく微笑むとユンの髪を撫でてからゆっくり谷へと降り始めた。
私はそれを見守りながらもヨナとハク、それぞれの心情を知っていながら何も出来ない自分の無力さと葛藤していた。
―姫さんがスウォンを好きだとかそんな事はいい…そんな事はずっと前から知ってる…
俺が一番…一番許せないのはスウォン…あの日お前がイル陛下を殺す前に姫さんに簪を贈ったことだ…―
考え事をしていると木が揺れて巾着が下を流れる川へと落ちていった。
それを追いかけるようにハクは手を伸ばしながら落ちていく。
『ハクッ!!!』
巾着を掴んだハクは考え事をしたままだったため頭を水の外に出したまま流されていく。
それを見てユンとキジャまで飛び込んでしまい、困ったように私とジェハも川へ飛び込んで転んでいるユンとキジャをそれぞれ抱えた。
私は小柄なユンを抱えると肩に掴まらせて流されていくハクの頬を叩いた。
『ハク!!』
「っ!」
『くはっ…しっかりしなさい!』
「リン…悪ぃ…」
「さっさと上がるよ…!」
ジェハの声を聞いて私達は泳ぎ、川岸へ上がるとびしょ濡れのままヨナ達のもとへと戻るのだった。
「えっ…みんなで水遊びしてた?」
「うん。」
濡れている私達を見てヨナはきょとんとするのだが、ユンの説明に首を傾げるばかり。
「見たかった…!この顔ぶれで水遊びとか!」
「みんなこう見えてまだまだ子供だから。」
「川の水は冷たいのに。待ってて、火起こすね。」
ヨナが立ち去るとユンが髪を掻き上げながら呟く。
「…もう雷獣のバカ。焦ったよ。川に落ちて流されていくんだもん。」
「ちょっと考え事してて。」
「死んだかと思ったではないか!」
『本当…ああいうのはやめてよ、ハク。心臓に悪いわ。』
ハクは上着を脱いで絞り、キジャも服の裾を絞る。
私とジェハは結っていた髪を解いて絞った。
するとシンアとゼノが手拭いを持って来てくれたため、ユンの髪はシンアが、ジェハの髪はゼノが拭き始めた。
髪を拭くキジャの肩にはアオが乗っていて、私の髪はジェハが拭いてくれたため、私は彼の前にちょこんと座る。
「何もお前らまで川に入らんでも。」
「雷獣が動いたら入らなかったよっ」
「そなたが頭部だけ浮かべたままゆるやかに下流へと流れてゆくからっ」
「川に入って同時にすっ転ぶユン君とキジャ君まで助けなきゃならない僕やリンの身にもなってくれないかな。」
「あれ、巾着は?」
「ああ、ここに…」
キジャが懐から差し出した途端、右手の力でパキッと巾着内の木箱が音を立てた。
「今パキッってゆった!?」
「あー箱が割れてるッッ」
「キジャ君、まさか壊しっっ…」
「よ、よかった…中身は無事だ…」
「心臓に悪っ…」
「ぶはっ!」
『ハハハッ』
「お前ら…ほんっと…くくく…忙し…あー、考え事する暇もねェわ。」
「笑ってる場合ではないぞ、ハク。濡れてしまった。」
「大丈夫、ちゃんと拭き上げるから。」
ユンはキジャから簪を受け取って髪から水を滴らせながらボソッと言う。
「本当に…辛い思いをしたんだね、ヨナは…
ヨナの痛みを思うとやりきれないけど、これは元に戻しておくよ。
簪をどうするかはヨナが決める…それでいいんだよね、雷獣。」
そう話しているとヨナの明るい声が聞こえてきた。
「みんなー!お湯湧かしたから温まって。」
「はーい。」
私達はヨナの方へ向かい、男性陣はお湯を頭から被ったりしていたが、私はその近くで火に当たるだけ。
流石に屋外で男ばかりの中、服を脱ごうとは思えない。
ヨナは楽しそうに私の髪を拭いていて、濡れた上着は近くに干している。
「水遊び、楽しかった?」
『え、えぇ。ただユンやキジャが転んでしまったので私とジェハが救出しないといけませんでしたが。』
「ふふっ、本当に見てみたかったわ。」
『無様なだけですよ。今は少し寒くて水に入った事を後悔しています。』
私の拗ねた様子に彼女はクスクス笑うのだった。
その頃、リリは改めてスウォンに礼を告げるため空都に来ていた。
リリが斉国に誘惑された事をきっかけに斉国のクシビ、ホツマ、カザグモの3人の王はスウォンの条件を受け入れ高華国の属国となった。
南戒の金州の奪還に続き、斉国を属国とした事で改めて存在感を見せ付けたのだ。
空都に滞在している間にスウォンの人となりを見ようと決めたリリが街中を歩いているとスウォンに似た後ろ姿を見かけた。
「今向こうに陛下がいた。」
「まさかお一人で?」
「ちょっと見てくる。」
「リリ様!」
路地裏に入ると怪しげな場所へ続いていた。
そこにリリ、アユラ、テトラが足を踏み入れると長髪で肩から羽織りを掛けた男が声を掛けた。
「こんな所に何の用だ?嬢ちゃん。」
「不躾でごめんなさい。ここに白い外套を羽織った背の高い男が来なかった?」
「さあ…知らねえなぁ…」
「そんな事より姉ちゃん、俺らと遊ばねぇ?」
「向こうでゆっくりな。」
近くにいた男達がアユラとテトラに背後から抱きつくと、リリの冷たい声が響いた。
「ちょっとそこ、私のアユラとテトラに触らないで。宦官にされたいの?」
「…あっはっはっ!気が強ェな、お嬢ちゃん。悪くねぇ。」
するとテトラの肘が男の頬を殴り飛ばし、アユラはさっと剣を抜き男に突きつけた。
「…どうやら血の雨が見たいらしいな、姉ちゃん。」
「待ってください、オギさん。その方達は私の知人です。」
「陛…」
オギの背後から姿を現したスウォンをリリが呼ぼうとすると、彼は口に指を添えて呼ばないように止めた。
「ウォン!この馬鹿!!知り合いなら早く言えよ!
危うく血の雨降るとこだったじゃねーか!!俺の!!
その辺の女はちょっとつつけばすぐ帰るのに何なんだよ、あの肝の据わった嬢ちゃんは!!」
「彼女に脅迫は通じませんよ。絞首台に立たされた事もある方ですから。」
「絞首台!!?罪人かよ、オイ。どんな悪事を…」
「兵士を刺して脱走したのよ。」
「すげえワルじゃん!相変わらずお前の知り合いは規模がデカイな、ウォン!!」
「大丈夫です。ここの人達は顔は怖いけど気のいい人達なので。
ただ余所者が入って来るのを嫌がるんですよ。」
「で?あなたはどうしてその裏町に溶け込んでるの?ウォン様。」
「…えーと…ここでは出来れば様付け無しで。」
「ジュド将軍に言うわよ。」
「うっ……情報収集ですよ。」
「いやらしい情報?」
「違います!」
「私も聞いてく。」
「帰って下さい。」
「いやらしい情報なら帰るわよ。」
「い、いやらしい情報です。」
「じゃあ帰ってジュドさんに報告するわね。
ウォン様がいやらしい情報集めにいかがわしい所に通ってるって。」
「リリさんリリさん!まったくあなたは…仕方のない人ですね。」
「約束する。ここで見聞きした事は誰にも言わないわ、ウォン。」
大金をオギに差し出すとそれによって彼もリリに情報を差し出さざるを得なくなった。
斉国の麻薬密売人が身を潜めた事、麻薬入手は困難でもいくつかの隠語や合言葉によって入手は可能である事…どれも城では得られない裏情報ばかりだった。
「ところで近頃やたら噂になっているんだが。」
「何です?」
「戦場に四龍が出るって話、知ってるか?」
スウォンが一瞬顔から表情を消したのをリリは見て取った。
「……確か建国神話に出てくる戦士ですよね。でも物語でしょう?」
「俺も真面目に信じちゃいねぇ。
だが高華国の至る所でその化け物じみた連中の目撃情報が入って来るんだ。
黒い爪を持ち甘い香りをさせる女もいるらしいから、それは神話とは異なってるよな。
面白ェのはその四龍と共に赤い髪の女が現れるってことだな。まるで神話の緋龍王のように。
火の部族の連中なんかは緋龍王信仰してる奴も多いからな。
ひと目見たいって捜してる奴もいるくらいだしよ。」
―それって…―
リリはヨナと私達を思い浮かべる。
「ウォン?」
「…あ、はい。面白そうなお話ですね。」
「ま、噂ってのは尾ひれが付くもんだ。気にする程の話じゃねぇけどよ。」
その後他の情報も得たうえでスウォンは立ち去り、リリ達も同行して緋龍城へ向かった。
スウォンとリリだけになると彼女は口を開く。
「まさか陛下にあんな知り合いがいるなんて。」
「小さい頃から色んな事教えてくれた人達なんです。」
「何教わったのよ…」
「あそこに知人を連れて行ったのは9歳の時以来です。」
「ねぇ…あそこでオギが話していたのはヨナ達の事でしょう?
知ってると思うけどヨナは私の大切な友人よ。あなたはヨナを追う気はないの?
殺すつもりはないのよね?もしかして生きていて欲しいって思っ…」
その瞬間、スウォンはリリの口を手で塞いだ。
「……あなたの行動力と勇敢さは称賛に値しますが、この城でその名を口にするのはやめた方がいい。」
「……じゃあ城でなければ話してくれるの?」
「…あなたに語る事などありません。」
少し切なげなスウォンは彼女を残して立ち去ったのだった。