主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
金州・斉国
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だがそれを許さない人物がいた…ジュドだ。
「…お待ち下さい。このままあの男を帰すおつもりか?
次は斬ると貴方は仰ったではないですか。」
ジュドはハクを見据えて剣を抜いた。
「ジュド将軍…!」
今のジュドにはハクしか見えていないのだろう。
殺気を漲らせた彼にグンテが声を掛け、私とジェハは急いでヨナやハクの傍に駆け寄った。
私は剣を持ったまま、立ち上がったハクの隣に並びジュドを見据える。
「おい、闘いは終わったぞ。何を殺気立っている。」
「お前こそ何を寝惚けている。最も警戒すべき男がそこにいるんだぞ。」
「…リリの救出に手を貸してくれた。
お前の立場もわかるが、今日のところは…」
「加勢する気がないなら黙っていろ。
ジュンギ将軍の娘とこの話は関係ない。」
「そうはいくか。あいつの助けがなかったらリリは…」
「お前は知らんのだ!!雷獣の恐ろしさを!!」
その言葉に私達とムンドクは目を見開いた。
「あれはいずれ陛下の命を脅かす!!
そうなる前に何としても殺さねばならんのだ!!一時の馴れ合いで…」
「ジュド将軍。」
ジュドの前にスウォンが背を向けながら立ちはだかった。
それはまるでジュドを庇うようでもあり、剣を振るわせないよう抑えるようでもあった。
「…さがって下さい。」
「貴方はまだ情を捨てきれないのですか!?」
「違います。気がつきませんか?貴方に向けられる殺気に…」
ジュドがスウォンの声を聞いて横を見ると自分に殺気を向けるムンドクと、槍を構えるテウやヘンデがいた。
「漸く五部族が纏まろうとしているのです。
今ここで風の部族を敵にまわすのは得策ではありません。それに…」
はっと顔を上げ正面を見ると私とハクが並んでジュドを見据え、そんな私達を庇うようにキジャやジェハが立ち視線をジュドに向けていた。
シンアやユンも私達の後ろに控えていて、シンアの視線はわからないがユンも鋭い視線をジュドへ向けていた。
キジャに至っては龍の右手を出していつでも戦える状態で立っている。
「…彼らと正面きって戦えば貴方も私も命はありませんよ。
クシビと斉国の兵士もいます。今はこの件の処理が先です。」
「…」
「誰だ?あいつらは…」
「四龍の戦士らしいですよ。」
「は…?」
私達に背中を向けて歩き出したスウォンの背を追いながらグンテは首を傾げる。
私は立ち上がろうとしたヨナに手を貸した。彼女は立ち上がりジュドに寂しそうな視線を送る。
彼はその目に悔しそうに俯くとスウォンを追いかけた。
ヨナはハクの背中に縋りつくように彼の服をぎゅっと握った。
「…俺は大丈夫ですよ。」
「…うん。」
私もジェハに肩を抱かれて寂しそうに笑いかけていた。
「君は大丈夫?」
『うん…ありがとう。』
「ヨナ…あの人達が見てる…」
「えっ?」
―ムンドク…!!―
「リリの救出に駆り出されたらしい。」
ムンドクとテウ、そしてテウに頭に手を乗せられたヘンデがこちらへ頭を下げる。
ヨナは笑顔で涙を流しながら彼らに頭を下げた。
私とハクは彼らに笑いかけて仲間達と共に歩き出し、戦場を後にする。
「ハク様と姐さんに仲間がいるなんて…」
「それも姐さんとあの緑の髪の兄ちゃん…」
「恋仲なんじゃない、長老?」
「…」
「長老…自分の娘が別の男の所に行ったみたいに感じてる…?」
「うるさいわい。」
ムンドクはヘンデの頭を叩きながら私達に背中を向けて歩き出す、自分達がいるべき場所へ。
―リン…髪に羽の簪をしとった…
ワシの孫で風の部族の一員である事はずっと忘れんでいろよ…リン…ハク…―
彼の脳裏には仲間達と共にヨナを守るように歩き出した私とハクの背中が蘇り、私達が見えなくなる寸前に私の髪で揺れた簪の羽が印象的だったようだった。
ムンドク達より前を歩いていたスウォンはジュドの暗い表情に声を掛けようとしていた。
「ジュ…」
「ばびゅぃーん!!!」
「うわっ!?」
「陛下!?」
だがそんなスウォンの背中に何かが勢いよくぶつかって彼は倒れる事になる。
「ってて…ありゃ?行きすぎちゃった。」
ぶつかって来たのは走って来たゼノのよう。
「あれ…あなたは…」
「…おぉ、なんだ王様兄ちゃんか。何でここに?」
「リリ様を助けにちょっと。」
「…ふぅん。ついでに高華国には被害なく斉国を手に入れたみたいだな。」
「あなたも四龍なんですか?」
「…なぜそれを?」
「白龍さんから聞きました。」
「ああ…うん、四龍だから。」
「へぇ…言うなれば兄ちゃんがよく知ってるお嬢も四龍ではないけど龍だから。」
「え…」
―お嬢…ヨナ…?いや、違う…まさか…リン…!?―
「…四龍が欲しいか?」
「え?いえ…全く。」
「じゃ、ゼノ帰るから。」
「あっ…」
「またな、王様兄ちゃん。」
するとゼノは駆け出してその先にいた私達の方へやってきた。
スウォンはゼノを目で追って私達と共に笑い合っている様子を少しだけ羨ましく思ったのだった。
「ゼノ!」
「娘さぁぁん、ただいまぁ!!」
笑顔で駆けて来たゼノをヨナは抱き留めてその場にしゃがみこむ。それを私達は囲んで笑みを零す。
「おかえりなさい!」
「ゼノ、ご苦労だったな。」
「あ、ゼノ。血だらけ!」
「あははー」
「危ない所をゼノが飛んで来てくれたの。」
「飛んだというか落ちたというか…」
『お陰でジェハがバランスを崩して私達が木に落ちたんだからね?』
「これでも服には気をつけて…」
その時ハクがむぎゅっとゼノを抱きしめた。
これには抱きしめられたゼノだけでなく私達も目を丸くする。
「う?お?お?なんだなんだ兄ちゃん!?」
「ご褒美。」
「ふはっ、これご褒美?わーい…って兄ちゃん、苦しいからっっ」
ゼノもハクの背中に手を回すがハクの力が強くて苦しんでいるようだった。
ヨナはきょとんとしながらもハクの様子にほっとしている。
スウォンがいる事で彼が怒り暴れてしまうのではと少し不安に思っていたからだ。
―よかった…ハク、落ちついてる…―
それから暫くして山の中に入るとヨナを座らせ傷の手当をした。
男達を立ち去らせ私は彼女の身体を拭き、着替えさせ、ユンから受け取った薬を傷口に塗った。
「っ…」
『すみません…』
「どうして謝るの?」
『…沁みたかと。』
「本当にそれだけ…?」
『…』
「自分を責めてるの?」
『お傍を離れた事…後悔してもしきれません。
姫様を守り切れなかった…こんなに傷だらけになって…』
「でも助けてくれたじゃない。」
『それは…!』
「ただいま、リン。」
彼女は笑顔でそんな事を言ってのけた。
その優しさと強さに私はついに涙を堪えられなくなる。
『ヨナ…よかった…ヨナ…!!』
「うん…」
『おかえりなさい…ヨナ姫様…っ』
ヨナは私の腕を引き、私はそれに従うように彼女を強く抱きしめた。彼女の存在を確認するように、強く強く。
私がこんなに涙を流すとは思っていなかったらしい彼女は困ったように笑っていたが、それ程までに自分を責め今まで我慢していたのだと気付き私の背中に手を回してくれた。
『ヨナ…貴女がいないと私は…』
「うん…大好きだよ、リン…傍にいてくれてありがとう。」
『こんな私で良ければ…命尽きるまで傍にいます…いさせてください…』
私が涙を流しながら彼女に懇願するように身を離すと彼女は嬉しそうに笑って私の涙を拭った。
「風の部族から出る時に言ったでしょ?一緒にいてくれなきゃダメだって。」
『はいっ!!』
そんな私達の声を仲間達が聞いて笑っているなんて知らずに私とヨナは額を当てて笑い合ったのだった。
暫くして仲間達を呼んで集まると座っているヨナの足元でキジャが泣き始める。
「…もう平気だから泣かないで、キジャ。」
「えっうっうっ…ですが…姫様、こんな傷らだけに…」
「ありがとう。ごめんね、心配かけて。」
「ううう…私は…なにも…」
「リンも泣いてたね?」
『うっ…ジェハ…見てたの…?』
「ここにいる皆が聞いてたんだよ。流石にヨナちゃんが着替えたりしてるのに見たりしないさ。」
『…』
「ジェハ、そんな意地悪言わないであげて。
リンだって女の子なんだもの。
私の事を心配してくれて、ほっとして泣いちゃう事だってあるわ。」
『もう、姫様!!』
「ふふっ。ね、可愛いでしょ?」
「本当に可愛くて大切な女の子だよ。」
『ジェハまで…』
私が照れたように顔を背けるとヨナとジェハは顔を見合わせて笑った。
その近くでユンは洗濯を終え、シンアとキジャはご飯を食べ始め、ハクは破けてしまった服を繕っていた。ゼノは横になっているようだ。
「キジャは涙ふいてご飯食べて。ゼノもぐうたらしてないでほら座って。」
「やー、兄ちゃんに抱きしめられて骨の砕ける音聞いたから。」
「僕も聞いたー」
『私も聞いたー』
「えっ、リンは兎も角ジェハも抱きしめられたの?」
「そうなんだよ。どうしたのかなぁ、突然のデレ期。」
「へぇ…ハクが…」
ヨナがハクを見てぼーっとする為、私とジェハは互いを見てきょとんとする。だがすぐにジェハがニヤッと笑う。
「ハクー、ヨナちゃんがね。抱きしめて欲しいってさ。」
「え、ちょっ…ジェハっっ!!なんで…なんでそうなるの!??」
『だってそういう顔してましたよ?』
「してないっ!」
「何だよ。」
「あのね、ヨナちゃんが…」
「ジェハ…!!やめ…て…」
ヨナの頬を染める様子に私は微笑み彼女に近くに合った大きな厚手の布を掛けた。
「…わかった、もうしないから。」
『疲れたでしょう、姫様。おやすみなさい。』
「うん…リン…」
『はい?』
彼女がそっと手を出した為、私はその手を握って彼女の髪を撫でた。
「何か…歌って…?」
『え…?』
「リンの歌…安心するの…」
『…私で良ければ祈りと願いを込めて。』
ヨナは安心したように微笑み目をそっと閉じた。
私は彼女の手を握ったまま髪を撫でながら旋律を紡いだ。
すると近くで騒いでいた仲間達が静かになり、ハクも繕い終わった上着を羽織ってこちらへやってきた。
そして眠ったヨナの顔を覗き込んで笑みを零す。
《Endless Song》
“広いこの世界で巡り逢えた奇跡”は私がヨナと出逢った事と素敵な仲間に恵まれた事への感謝、
“泣かないで 独りきり”というのは私がヨナやハクに向けた願いであり、
“ずっと傍に居るから”は私がヨナに対して決意する事だった。
その願いに気付いた仲間達は微笑んだが、ヨナはいつの間にか眠っていたのだった。
―賑やか…皆の声…あ、リンが歌ったら静かになった…
ふふっ、皆リンの歌が好きなのね…すごく安心する…私帰って来たんだ…―
ヨナはそんな事を思いながら眠りに就き、私は暫くして彼女から離れると仲間達とご飯を食べ彼女を天幕へ運んだ。
彼女と同じ天幕へはユンが入り、ハクと私と龍達は別の大きな天幕に入って横になった。
私はジェハに抱かれて眠り、ハクは途中で天幕を出て何処かへ行ったようだった。
『ハク…』
「リン…」
『あ、ごめん。起こしちゃった…?』
「ううん、ハクが動いた気配がしたからね。…彼を追いかけるのかい?」
『ううん…きっと1人になりたいだろうから。』
「そう…それならリンも眠った方がいい。疲れただろう?」
『うん…ありがとう、ジェハ。』
彼は甘く微笑むと私の額に口付けて抱く腕に力を込めてくれた。
それから暫くした頃、ヨナはある夢を見ていた。
―ここはどこ…真っ暗…身体が動かない…
早く起きなきゃ…起きて逃げなきゃ…のんびりしてたら捕まって殺される!!―
そんな悪夢にはっとして目を覚ましたヨナは冷汗を拭い、隣にユンが眠っている事にほっとして息を吐いた。
隣の天幕を覗き込むとゼノ、シンア、キジャ、ジェハ、私の順で眠っているのを見つけた。
―そうだ…帰って来たんだ…
今度リリに会いに行こう…あれ…ハクがいない…?―
不思議に思ったヨナはハクを探しに近くの木々の間を歩き出した。
すると足音がしてハクは自分の背後にヨナが立っている事に気付いたようだった。
「姫さん…どうしたんですか、こんな夜に。」
「ハクこそ。」
「薪が切れそうだったんでね。ちょっと集めに。寝てて下さい、すぐ戻りますから。」
それでもその場から動こうとしないヨナにハクは不思議そうに問う。
「姫さん?足が痛みますか?」
「…ハク…私、ハクに触れたい。そばに行ってもいい?」
暗い森に静かに響いた問いにハクはぽかんとしてしまった。
「…え?」
その声に漸くヨナは自分がとんでもない事を口にしたと気付いて顔を真っ赤に染めた。
―何を口走っているの、私は!??―
「や…な、何でもない!!わ、私戻って寝るね。」
ハクに背中を向けて逃げるように駆け出そうとするヨナは木の根に足をとられ転びそうになるが、ハクが彼女の腕を掴んだ事でどうにか免れたようだった。彼は大きな手をヨナの額に当てる。
「ハク…」
「……熱は…ないな。」
―ひょっとして熱があるのは俺…?もしかして幻聴…?―
長年片想いを患った弊害がハクに襲い掛かり、彼は自分の額に手を当てたり、耳に手を添えてみたりする。
―もしかして…聞こえなかったみたい…?
危なかった…聞かれてたら絶対からかわれるもの…―
反芻しているハクを見ながらヨナはそんな事を思うが、久しぶりにハクと一緒にいられると考え彼を引き留めた。
「あ…あのね、眠れないの。何か…話さない?」
「…いっすよ。」
―なんだ、単に喋って落ちつきたかったのか。先程はやはり幻聴…―
ハクはそう思いながらヨナに向けて手を差し出す。
「あっち座ります?」
「うん…」
だが何かにはっと気づいたヨナはハクから距離を取る。
「姫さん?」
―い、今気付いたんだけど私…大分お風呂に入ってない!!
いや、服は替えたし、身体を手ぬぐいで拭いたりはしたけど…
髪までは洗えてない…やだ!きっとくさい!!―
「姫さん、どうかしました?」
ヨナの手に触れようとしたハクの手は彼女に振り払われ、その後もずっと彼女はハクの手を逃れるように身を躱し続ける。
これには流石のハクでも怒ってしまい声を荒げた。
「何だよ!!話するっつったから手ェ引こうとしただけだろ!?
俺は近寄る事すら許されねーのかよ!!」
つい本音が零れてしまう程の怒りようだ。
「ご、ごめっ…」
「つか俺の速さについてってるあんたすげェな!!ヘンデ並みだったぞ!?」
ハクは不貞腐れてヨナから離れると木の根元に座り込む。
「何?このくらいの距離で話すればいいんスか?
何の話?プッキューの頬袋の中身について?」
「や…あの…もう少し…近くで話したい…です…」
「…」
ハクが立ち上がり少しずつヨナに歩み寄ると彼女は一定の距離で腕を突き出して彼を止めた。
「あ、ここまでで。」
「意味わかんね。」
―ですよね!!―
「や…私今たぶん…臭うから…
リンみたいに…いつもいい香りだったらいいんだけど…」
「屁こいた?」
「違わい。そうじゃなくて…ずっと汗まみれで泥まみれで…
お風呂入ってないし、髪とか色々…」
「は??今更?
もう一回言うぞ。今更??」
「ううっ…」
「今までだってずっと泥まみれだし、風呂なんかそうそう入れねーし。
いつも通りじゃねーか!!」
「そうだけど…今回は特に酷かったんだから!!」
「いや、火の部族領に行った時も相当だろ!あんたかなり汚れた格好で…」
「わーっ!言わないで。」
「別に俺は気にしねーし、お互い様だしいーじゃないスか。」
「う…うん。」
「それにリンやゼノにも抱き着いてたじゃないっすか。」
「そうだけど…でも私はここで…」
ついにイライラしたハクはヨナの両手を掴んでぐいぐいと自分に引き寄せる。
「気にしねっつってるだろ。めんどくせェな。」
「ややや、本当ご迷惑になりますし!!」
「俺がいいっつってるでしょうが。それとも俺が臭いんですか?」
「ううん、それは大丈夫!!」
「だから俺も平気ですって!!」
「私が平気じゃないのっ」
「つか俺の力に拮抗するとは、あんた本当すっげぇな!!ったく…!」
イラついたままの勢いでハクはぐいっとヨナの腕を引くと胸に抱きすくめた。こうなればヨナの力では逃れる事は出来ない。
驚いた彼女の足から力が抜け2人は地面に座り込む事になった。
ハクは地面に座り足の間に小柄なヨナを座らせたまま強く抱いた。
「ハク…放…して…」
「ここで放したらやっぱ臭いのかって話になるでしょ。」
「や!我慢しないで、ほんと!!」
「してねーっつの。別の我慢ならいっぱいしましたけど。」
「えっ、他に何か!?」
「…さぁね。」
「ハ…ハク…」
「ん…?」
「か、髪…髪に顔近付けないで。」
「あー…はいはい。」
ハクはそう答えながらヨナの髪をくしゃっと撫で抱き寄せると頬を寄せた。
「全然聞いてないじゃない。」
「今耳の調子悪いんです。」
「ハク、遊んでるでしょ。絶っ対っ」
「まさか。」
彼がヨナの耳元で呟くと彼女の頬が赤く染まる。
「いい加減にして…」
「大丈夫大丈夫。娘さんいい匂いだから~」
「ゼノの真似しても駄目だから!!」
そんなやり取りにハクが無邪気に笑うと2人は少しだけ身体を離した。
それによって互いの顔が見えるようになる。
ハクはヨナの目元を指先で撫でた。
「…瞼。」
「え?」
「腫れてる…足も怪我を。」
「平気よ、大丈夫。」
「…」
「謝らないでね。ハクのせいじゃないんだから。」
「…」
「ハク?」
「ほんと…かっこいいな、あんた。」
「えっ、本当?」
「あんたみたいな格好いい女見た事ねェよ。」
「えーっ、やったぁ。嬉しい!頑張ろ~」
「頑張るな。」
「だってハクが褒めてくれるなんて滅多にないもの。やる気出た。」
「何のやる気ですか。やめて下さい。」
本当に嬉しそうに笑うヨナにハクはほんの少しだけ頬を染める。
「…まぁ、今日のあんたは突然の綺麗好きでまるで女子みたいですけどね。」
「女子です。綺麗に越した事ないでしょ。」
「綺麗好きの姫さんなんてもはや懐かしいですよ。」
「あ…あの頃は…」
城にいたあの頃は彼女が気にしている事といえば綺麗な着物と纏まらないくせっ毛、そしてスウォンとの穏やかな時間の事だけだった。
スウォンと話す時間は彼女にとって嬉しくて楽しくて…でもハクとの時間はどこか異なるようだった。
呼吸するのが苦しくて言葉を紡ぐのも怖いくらい。でも近付きたくなってしまう魅力の時間…
―今まで私ハクの前でどうしてたっけ?―
「…とにかくあんたが無事で本当に良かった。
人が消えると噂の町で何故会ったばかりの人間を信用し側を離れたのか。
己の考えが甘すぎて嫌になる。」
「誰のせいでもないよ。優しくしてくれた人を疑うのはとても苦しい事だから。」
その言葉はまるで愛しいヨナを預けてもいいとさえ思っていたスウォンの事を示しているようにハクには聞こえた。
悔しさを抑えきれない彼はヨナの腕に縋るように手を掛け、自分の額を彼女の額に当てて目を閉じた。
―何度裏切られてもあんたは信じることを諦めない…―
「…苦しくてもどうか自分を大事にして下さい。」
「…気をつける。」
自分から離れたハクに目を向けたヨナは彼の胸元で揺れる首飾りへ手を伸ばした。
そして祈るようにそれを握ると目を閉じるのだった。
―ハク…返そうと思っていたの、時が来たら父上の命に従っていたお前に自由を。
どうしよう…その時が来ても私…きっとハクを手放せない…―
※“Endless Song”
歌手:蒼井翔太
作詞:Mahiro
作曲:東大路憲太
舞台『スマイルマーメイド』 テーマソング
「…お待ち下さい。このままあの男を帰すおつもりか?
次は斬ると貴方は仰ったではないですか。」
ジュドはハクを見据えて剣を抜いた。
「ジュド将軍…!」
今のジュドにはハクしか見えていないのだろう。
殺気を漲らせた彼にグンテが声を掛け、私とジェハは急いでヨナやハクの傍に駆け寄った。
私は剣を持ったまま、立ち上がったハクの隣に並びジュドを見据える。
「おい、闘いは終わったぞ。何を殺気立っている。」
「お前こそ何を寝惚けている。最も警戒すべき男がそこにいるんだぞ。」
「…リリの救出に手を貸してくれた。
お前の立場もわかるが、今日のところは…」
「加勢する気がないなら黙っていろ。
ジュンギ将軍の娘とこの話は関係ない。」
「そうはいくか。あいつの助けがなかったらリリは…」
「お前は知らんのだ!!雷獣の恐ろしさを!!」
その言葉に私達とムンドクは目を見開いた。
「あれはいずれ陛下の命を脅かす!!
そうなる前に何としても殺さねばならんのだ!!一時の馴れ合いで…」
「ジュド将軍。」
ジュドの前にスウォンが背を向けながら立ちはだかった。
それはまるでジュドを庇うようでもあり、剣を振るわせないよう抑えるようでもあった。
「…さがって下さい。」
「貴方はまだ情を捨てきれないのですか!?」
「違います。気がつきませんか?貴方に向けられる殺気に…」
ジュドがスウォンの声を聞いて横を見ると自分に殺気を向けるムンドクと、槍を構えるテウやヘンデがいた。
「漸く五部族が纏まろうとしているのです。
今ここで風の部族を敵にまわすのは得策ではありません。それに…」
はっと顔を上げ正面を見ると私とハクが並んでジュドを見据え、そんな私達を庇うようにキジャやジェハが立ち視線をジュドに向けていた。
シンアやユンも私達の後ろに控えていて、シンアの視線はわからないがユンも鋭い視線をジュドへ向けていた。
キジャに至っては龍の右手を出していつでも戦える状態で立っている。
「…彼らと正面きって戦えば貴方も私も命はありませんよ。
クシビと斉国の兵士もいます。今はこの件の処理が先です。」
「…」
「誰だ?あいつらは…」
「四龍の戦士らしいですよ。」
「は…?」
私達に背中を向けて歩き出したスウォンの背を追いながらグンテは首を傾げる。
私は立ち上がろうとしたヨナに手を貸した。彼女は立ち上がりジュドに寂しそうな視線を送る。
彼はその目に悔しそうに俯くとスウォンを追いかけた。
ヨナはハクの背中に縋りつくように彼の服をぎゅっと握った。
「…俺は大丈夫ですよ。」
「…うん。」
私もジェハに肩を抱かれて寂しそうに笑いかけていた。
「君は大丈夫?」
『うん…ありがとう。』
「ヨナ…あの人達が見てる…」
「えっ?」
―ムンドク…!!―
「リリの救出に駆り出されたらしい。」
ムンドクとテウ、そしてテウに頭に手を乗せられたヘンデがこちらへ頭を下げる。
ヨナは笑顔で涙を流しながら彼らに頭を下げた。
私とハクは彼らに笑いかけて仲間達と共に歩き出し、戦場を後にする。
「ハク様と姐さんに仲間がいるなんて…」
「それも姐さんとあの緑の髪の兄ちゃん…」
「恋仲なんじゃない、長老?」
「…」
「長老…自分の娘が別の男の所に行ったみたいに感じてる…?」
「うるさいわい。」
ムンドクはヘンデの頭を叩きながら私達に背中を向けて歩き出す、自分達がいるべき場所へ。
―リン…髪に羽の簪をしとった…
ワシの孫で風の部族の一員である事はずっと忘れんでいろよ…リン…ハク…―
彼の脳裏には仲間達と共にヨナを守るように歩き出した私とハクの背中が蘇り、私達が見えなくなる寸前に私の髪で揺れた簪の羽が印象的だったようだった。
ムンドク達より前を歩いていたスウォンはジュドの暗い表情に声を掛けようとしていた。
「ジュ…」
「ばびゅぃーん!!!」
「うわっ!?」
「陛下!?」
だがそんなスウォンの背中に何かが勢いよくぶつかって彼は倒れる事になる。
「ってて…ありゃ?行きすぎちゃった。」
ぶつかって来たのは走って来たゼノのよう。
「あれ…あなたは…」
「…おぉ、なんだ王様兄ちゃんか。何でここに?」
「リリ様を助けにちょっと。」
「…ふぅん。ついでに高華国には被害なく斉国を手に入れたみたいだな。」
「あなたも四龍なんですか?」
「…なぜそれを?」
「白龍さんから聞きました。」
「ああ…うん、四龍だから。」
「へぇ…言うなれば兄ちゃんがよく知ってるお嬢も四龍ではないけど龍だから。」
「え…」
―お嬢…ヨナ…?いや、違う…まさか…リン…!?―
「…四龍が欲しいか?」
「え?いえ…全く。」
「じゃ、ゼノ帰るから。」
「あっ…」
「またな、王様兄ちゃん。」
するとゼノは駆け出してその先にいた私達の方へやってきた。
スウォンはゼノを目で追って私達と共に笑い合っている様子を少しだけ羨ましく思ったのだった。
「ゼノ!」
「娘さぁぁん、ただいまぁ!!」
笑顔で駆けて来たゼノをヨナは抱き留めてその場にしゃがみこむ。それを私達は囲んで笑みを零す。
「おかえりなさい!」
「ゼノ、ご苦労だったな。」
「あ、ゼノ。血だらけ!」
「あははー」
「危ない所をゼノが飛んで来てくれたの。」
「飛んだというか落ちたというか…」
『お陰でジェハがバランスを崩して私達が木に落ちたんだからね?』
「これでも服には気をつけて…」
その時ハクがむぎゅっとゼノを抱きしめた。
これには抱きしめられたゼノだけでなく私達も目を丸くする。
「う?お?お?なんだなんだ兄ちゃん!?」
「ご褒美。」
「ふはっ、これご褒美?わーい…って兄ちゃん、苦しいからっっ」
ゼノもハクの背中に手を回すがハクの力が強くて苦しんでいるようだった。
ヨナはきょとんとしながらもハクの様子にほっとしている。
スウォンがいる事で彼が怒り暴れてしまうのではと少し不安に思っていたからだ。
―よかった…ハク、落ちついてる…―
それから暫くして山の中に入るとヨナを座らせ傷の手当をした。
男達を立ち去らせ私は彼女の身体を拭き、着替えさせ、ユンから受け取った薬を傷口に塗った。
「っ…」
『すみません…』
「どうして謝るの?」
『…沁みたかと。』
「本当にそれだけ…?」
『…』
「自分を責めてるの?」
『お傍を離れた事…後悔してもしきれません。
姫様を守り切れなかった…こんなに傷だらけになって…』
「でも助けてくれたじゃない。」
『それは…!』
「ただいま、リン。」
彼女は笑顔でそんな事を言ってのけた。
その優しさと強さに私はついに涙を堪えられなくなる。
『ヨナ…よかった…ヨナ…!!』
「うん…」
『おかえりなさい…ヨナ姫様…っ』
ヨナは私の腕を引き、私はそれに従うように彼女を強く抱きしめた。彼女の存在を確認するように、強く強く。
私がこんなに涙を流すとは思っていなかったらしい彼女は困ったように笑っていたが、それ程までに自分を責め今まで我慢していたのだと気付き私の背中に手を回してくれた。
『ヨナ…貴女がいないと私は…』
「うん…大好きだよ、リン…傍にいてくれてありがとう。」
『こんな私で良ければ…命尽きるまで傍にいます…いさせてください…』
私が涙を流しながら彼女に懇願するように身を離すと彼女は嬉しそうに笑って私の涙を拭った。
「風の部族から出る時に言ったでしょ?一緒にいてくれなきゃダメだって。」
『はいっ!!』
そんな私達の声を仲間達が聞いて笑っているなんて知らずに私とヨナは額を当てて笑い合ったのだった。
暫くして仲間達を呼んで集まると座っているヨナの足元でキジャが泣き始める。
「…もう平気だから泣かないで、キジャ。」
「えっうっうっ…ですが…姫様、こんな傷らだけに…」
「ありがとう。ごめんね、心配かけて。」
「ううう…私は…なにも…」
「リンも泣いてたね?」
『うっ…ジェハ…見てたの…?』
「ここにいる皆が聞いてたんだよ。流石にヨナちゃんが着替えたりしてるのに見たりしないさ。」
『…』
「ジェハ、そんな意地悪言わないであげて。
リンだって女の子なんだもの。
私の事を心配してくれて、ほっとして泣いちゃう事だってあるわ。」
『もう、姫様!!』
「ふふっ。ね、可愛いでしょ?」
「本当に可愛くて大切な女の子だよ。」
『ジェハまで…』
私が照れたように顔を背けるとヨナとジェハは顔を見合わせて笑った。
その近くでユンは洗濯を終え、シンアとキジャはご飯を食べ始め、ハクは破けてしまった服を繕っていた。ゼノは横になっているようだ。
「キジャは涙ふいてご飯食べて。ゼノもぐうたらしてないでほら座って。」
「やー、兄ちゃんに抱きしめられて骨の砕ける音聞いたから。」
「僕も聞いたー」
『私も聞いたー』
「えっ、リンは兎も角ジェハも抱きしめられたの?」
「そうなんだよ。どうしたのかなぁ、突然のデレ期。」
「へぇ…ハクが…」
ヨナがハクを見てぼーっとする為、私とジェハは互いを見てきょとんとする。だがすぐにジェハがニヤッと笑う。
「ハクー、ヨナちゃんがね。抱きしめて欲しいってさ。」
「え、ちょっ…ジェハっっ!!なんで…なんでそうなるの!??」
『だってそういう顔してましたよ?』
「してないっ!」
「何だよ。」
「あのね、ヨナちゃんが…」
「ジェハ…!!やめ…て…」
ヨナの頬を染める様子に私は微笑み彼女に近くに合った大きな厚手の布を掛けた。
「…わかった、もうしないから。」
『疲れたでしょう、姫様。おやすみなさい。』
「うん…リン…」
『はい?』
彼女がそっと手を出した為、私はその手を握って彼女の髪を撫でた。
「何か…歌って…?」
『え…?』
「リンの歌…安心するの…」
『…私で良ければ祈りと願いを込めて。』
ヨナは安心したように微笑み目をそっと閉じた。
私は彼女の手を握ったまま髪を撫でながら旋律を紡いだ。
すると近くで騒いでいた仲間達が静かになり、ハクも繕い終わった上着を羽織ってこちらへやってきた。
そして眠ったヨナの顔を覗き込んで笑みを零す。
《Endless Song》
“広いこの世界で巡り逢えた奇跡”は私がヨナと出逢った事と素敵な仲間に恵まれた事への感謝、
“泣かないで 独りきり”というのは私がヨナやハクに向けた願いであり、
“ずっと傍に居るから”は私がヨナに対して決意する事だった。
その願いに気付いた仲間達は微笑んだが、ヨナはいつの間にか眠っていたのだった。
―賑やか…皆の声…あ、リンが歌ったら静かになった…
ふふっ、皆リンの歌が好きなのね…すごく安心する…私帰って来たんだ…―
ヨナはそんな事を思いながら眠りに就き、私は暫くして彼女から離れると仲間達とご飯を食べ彼女を天幕へ運んだ。
彼女と同じ天幕へはユンが入り、ハクと私と龍達は別の大きな天幕に入って横になった。
私はジェハに抱かれて眠り、ハクは途中で天幕を出て何処かへ行ったようだった。
『ハク…』
「リン…」
『あ、ごめん。起こしちゃった…?』
「ううん、ハクが動いた気配がしたからね。…彼を追いかけるのかい?」
『ううん…きっと1人になりたいだろうから。』
「そう…それならリンも眠った方がいい。疲れただろう?」
『うん…ありがとう、ジェハ。』
彼は甘く微笑むと私の額に口付けて抱く腕に力を込めてくれた。
それから暫くした頃、ヨナはある夢を見ていた。
―ここはどこ…真っ暗…身体が動かない…
早く起きなきゃ…起きて逃げなきゃ…のんびりしてたら捕まって殺される!!―
そんな悪夢にはっとして目を覚ましたヨナは冷汗を拭い、隣にユンが眠っている事にほっとして息を吐いた。
隣の天幕を覗き込むとゼノ、シンア、キジャ、ジェハ、私の順で眠っているのを見つけた。
―そうだ…帰って来たんだ…
今度リリに会いに行こう…あれ…ハクがいない…?―
不思議に思ったヨナはハクを探しに近くの木々の間を歩き出した。
すると足音がしてハクは自分の背後にヨナが立っている事に気付いたようだった。
「姫さん…どうしたんですか、こんな夜に。」
「ハクこそ。」
「薪が切れそうだったんでね。ちょっと集めに。寝てて下さい、すぐ戻りますから。」
それでもその場から動こうとしないヨナにハクは不思議そうに問う。
「姫さん?足が痛みますか?」
「…ハク…私、ハクに触れたい。そばに行ってもいい?」
暗い森に静かに響いた問いにハクはぽかんとしてしまった。
「…え?」
その声に漸くヨナは自分がとんでもない事を口にしたと気付いて顔を真っ赤に染めた。
―何を口走っているの、私は!??―
「や…な、何でもない!!わ、私戻って寝るね。」
ハクに背中を向けて逃げるように駆け出そうとするヨナは木の根に足をとられ転びそうになるが、ハクが彼女の腕を掴んだ事でどうにか免れたようだった。彼は大きな手をヨナの額に当てる。
「ハク…」
「……熱は…ないな。」
―ひょっとして熱があるのは俺…?もしかして幻聴…?―
長年片想いを患った弊害がハクに襲い掛かり、彼は自分の額に手を当てたり、耳に手を添えてみたりする。
―もしかして…聞こえなかったみたい…?
危なかった…聞かれてたら絶対からかわれるもの…―
反芻しているハクを見ながらヨナはそんな事を思うが、久しぶりにハクと一緒にいられると考え彼を引き留めた。
「あ…あのね、眠れないの。何か…話さない?」
「…いっすよ。」
―なんだ、単に喋って落ちつきたかったのか。先程はやはり幻聴…―
ハクはそう思いながらヨナに向けて手を差し出す。
「あっち座ります?」
「うん…」
だが何かにはっと気づいたヨナはハクから距離を取る。
「姫さん?」
―い、今気付いたんだけど私…大分お風呂に入ってない!!
いや、服は替えたし、身体を手ぬぐいで拭いたりはしたけど…
髪までは洗えてない…やだ!きっとくさい!!―
「姫さん、どうかしました?」
ヨナの手に触れようとしたハクの手は彼女に振り払われ、その後もずっと彼女はハクの手を逃れるように身を躱し続ける。
これには流石のハクでも怒ってしまい声を荒げた。
「何だよ!!話するっつったから手ェ引こうとしただけだろ!?
俺は近寄る事すら許されねーのかよ!!」
つい本音が零れてしまう程の怒りようだ。
「ご、ごめっ…」
「つか俺の速さについてってるあんたすげェな!!ヘンデ並みだったぞ!?」
ハクは不貞腐れてヨナから離れると木の根元に座り込む。
「何?このくらいの距離で話すればいいんスか?
何の話?プッキューの頬袋の中身について?」
「や…あの…もう少し…近くで話したい…です…」
「…」
ハクが立ち上がり少しずつヨナに歩み寄ると彼女は一定の距離で腕を突き出して彼を止めた。
「あ、ここまでで。」
「意味わかんね。」
―ですよね!!―
「や…私今たぶん…臭うから…
リンみたいに…いつもいい香りだったらいいんだけど…」
「屁こいた?」
「違わい。そうじゃなくて…ずっと汗まみれで泥まみれで…
お風呂入ってないし、髪とか色々…」
「は??今更?
もう一回言うぞ。今更??」
「ううっ…」
「今までだってずっと泥まみれだし、風呂なんかそうそう入れねーし。
いつも通りじゃねーか!!」
「そうだけど…今回は特に酷かったんだから!!」
「いや、火の部族領に行った時も相当だろ!あんたかなり汚れた格好で…」
「わーっ!言わないで。」
「別に俺は気にしねーし、お互い様だしいーじゃないスか。」
「う…うん。」
「それにリンやゼノにも抱き着いてたじゃないっすか。」
「そうだけど…でも私はここで…」
ついにイライラしたハクはヨナの両手を掴んでぐいぐいと自分に引き寄せる。
「気にしねっつってるだろ。めんどくせェな。」
「ややや、本当ご迷惑になりますし!!」
「俺がいいっつってるでしょうが。それとも俺が臭いんですか?」
「ううん、それは大丈夫!!」
「だから俺も平気ですって!!」
「私が平気じゃないのっ」
「つか俺の力に拮抗するとは、あんた本当すっげぇな!!ったく…!」
イラついたままの勢いでハクはぐいっとヨナの腕を引くと胸に抱きすくめた。こうなればヨナの力では逃れる事は出来ない。
驚いた彼女の足から力が抜け2人は地面に座り込む事になった。
ハクは地面に座り足の間に小柄なヨナを座らせたまま強く抱いた。
「ハク…放…して…」
「ここで放したらやっぱ臭いのかって話になるでしょ。」
「や!我慢しないで、ほんと!!」
「してねーっつの。別の我慢ならいっぱいしましたけど。」
「えっ、他に何か!?」
「…さぁね。」
「ハ…ハク…」
「ん…?」
「か、髪…髪に顔近付けないで。」
「あー…はいはい。」
ハクはそう答えながらヨナの髪をくしゃっと撫で抱き寄せると頬を寄せた。
「全然聞いてないじゃない。」
「今耳の調子悪いんです。」
「ハク、遊んでるでしょ。絶っ対っ」
「まさか。」
彼がヨナの耳元で呟くと彼女の頬が赤く染まる。
「いい加減にして…」
「大丈夫大丈夫。娘さんいい匂いだから~」
「ゼノの真似しても駄目だから!!」
そんなやり取りにハクが無邪気に笑うと2人は少しだけ身体を離した。
それによって互いの顔が見えるようになる。
ハクはヨナの目元を指先で撫でた。
「…瞼。」
「え?」
「腫れてる…足も怪我を。」
「平気よ、大丈夫。」
「…」
「謝らないでね。ハクのせいじゃないんだから。」
「…」
「ハク?」
「ほんと…かっこいいな、あんた。」
「えっ、本当?」
「あんたみたいな格好いい女見た事ねェよ。」
「えーっ、やったぁ。嬉しい!頑張ろ~」
「頑張るな。」
「だってハクが褒めてくれるなんて滅多にないもの。やる気出た。」
「何のやる気ですか。やめて下さい。」
本当に嬉しそうに笑うヨナにハクはほんの少しだけ頬を染める。
「…まぁ、今日のあんたは突然の綺麗好きでまるで女子みたいですけどね。」
「女子です。綺麗に越した事ないでしょ。」
「綺麗好きの姫さんなんてもはや懐かしいですよ。」
「あ…あの頃は…」
城にいたあの頃は彼女が気にしている事といえば綺麗な着物と纏まらないくせっ毛、そしてスウォンとの穏やかな時間の事だけだった。
スウォンと話す時間は彼女にとって嬉しくて楽しくて…でもハクとの時間はどこか異なるようだった。
呼吸するのが苦しくて言葉を紡ぐのも怖いくらい。でも近付きたくなってしまう魅力の時間…
―今まで私ハクの前でどうしてたっけ?―
「…とにかくあんたが無事で本当に良かった。
人が消えると噂の町で何故会ったばかりの人間を信用し側を離れたのか。
己の考えが甘すぎて嫌になる。」
「誰のせいでもないよ。優しくしてくれた人を疑うのはとても苦しい事だから。」
その言葉はまるで愛しいヨナを預けてもいいとさえ思っていたスウォンの事を示しているようにハクには聞こえた。
悔しさを抑えきれない彼はヨナの腕に縋るように手を掛け、自分の額を彼女の額に当てて目を閉じた。
―何度裏切られてもあんたは信じることを諦めない…―
「…苦しくてもどうか自分を大事にして下さい。」
「…気をつける。」
自分から離れたハクに目を向けたヨナは彼の胸元で揺れる首飾りへ手を伸ばした。
そして祈るようにそれを握ると目を閉じるのだった。
―ハク…返そうと思っていたの、時が来たら父上の命に従っていたお前に自由を。
どうしよう…その時が来ても私…きっとハクを手放せない…―
※“Endless Song”
歌手:蒼井翔太
作詞:Mahiro
作曲:東大路憲太
舞台『スマイルマーメイド』 テーマソング