同じ頃、グンテも兵に囲まれて戦っていてキジャはシンアと合流していた。

「シンア！何やら混戦しておるな。」
「小さいハクがいた…」
「小さいハク？リリを救出に来た者というのはおそらく水の部族長だろう。
となるとテトラも近くにいる。ジェハ達の情報が入っているかもしれぬ。行ってみよう。」

キジャとシンアは壊した砦の穴から外を見た。
そこにはテトラがいて、その近くにスウォンが立っているのを見つけた。

―あの者は…姫様とハク…そしてリンの宿敵…！！―

テトラに駆け寄ろうとしたキジャはスウォンの姿に怒りを露わにし、龍の右手を大きく変化させた。

「なんだ、あの男の手！？」
「化け物…！？」

ジュンギはキジャに向けて弓を射ろうとする。
だがそれは剣を抜いたシンアがキジャを庇うように立つ。

「大丈夫です、弓を…下ろして下さい。」

スウォンの言葉にジュンギが弓を下ろした。
キジャは真っ直ぐスウォンを見つめる。すると鼓動が大きく鳴り始めた。

―この者は姫様のお父上の仇…
誓ったはずだ、あの時…次にこの者に会ったらその時はハクを止めたりしない…
この者は姫様やハク、リンを苦しめた報いを受けるべきだと…！！なのになぜ動けぬ…！？―

「…あの、その手は…生まれつきですか？」
「……あぁ。」
「あなたは…何者なのでしょう？」
「四龍の戦士、白龍と青龍。緋龍王に仕える者だ。」

その言葉に兵達は馬鹿にするように笑いだした。

「何を言うかと思えば己を龍神の化身だと？厚顔無恥も甚だしい。」
「化け物かと思えばその手も眉唾物だな。」
「四龍の戦士…白龍と…青龍…」

スウォンはキジャの手に興味を持ったようだった。

「その手に…触れてみたい…いいですか？」
「え…」
「陛下！？」

するとスウォンはすっとキジャの手に触れた。

「本当にあったんだ…全てを引き裂く龍の爪…」
「そなたは…笑わぬのか？」
「偽りを言う人には見えなかったので。あなたが仕える“緋龍王”とは誰ですか？」
「そなたもよく知っている御方だ。」

キジャの真っ直ぐな言葉にスウォンは目を見開く。

「…そうですか。」
「待て、それだけか？緋龍王はこの国を統べる真の王。
それはそなたではないと言っておるのだぞ？」
「私は玉座に座りたいのではありません。
私の目的はただ一つ。この国を他国に侵されない強国にすること。王になったのはその為の手段です。
四龍の存在は興味深いし否定もしませんが必要ともしていません。
私が欲しいのは神の力ではなく人の力なのだから。」

スウォンの言葉にキジャが目を丸くした。

「…一つお聞きしたい事があります。
あなた方がここにいるのはリリ様が関係しているのですか？」
「……あぁ…」
「あなた方がいてまだ救出されていないという事はリリ様はここにはいない…？」
「…」

―どうする…ここで肯定すれば姫様の居場所まで知られてしまう…―

「…ジュンギ将軍、リリ様はここにはいません。クシビの砦へ行って下さい。」
「はっ！」
「こちらも囚われてる方々を解放したら向かいます。ジュド将軍を呼んで下さい。」
「はっ」

指示を出し終えたスウォンは一瞬キジャを見てから彼に背中を向けた。
テトラもキジャやシンアに頭を下げるとスウォンの背中を追った。

「シンア…あの者を…どう思う？」
「…嫌な感じは…しなかった。」

キジャは隣に立つシンアに自分の思いを吐露した。

「…以前水の部族で会った時も感じていたが、あの者が纏う空気は静かなのに強く目が素通り出来ぬのだ。
ハクには決して言えぬが姫様の仇だというのに私は…」

―迷いのない真っすぐな瞳が…―

「姫様に似ているとさえ思ってしまった…」

私達がそれぞれヨナ達を探している頃、ヨナは目を覚まして水を探しに行こうとしていた。

「リリ、水を探して来るね。ちょっと待ってて。」
「あ、ヨナ…」

リリはそろそろ限界…だから水が必要と考えたのだろう。
その時ザッザッと軍隊の足音が聞こえて来た。その音を辿るとヨナは大群を見つけた。

―なんて数…斉国は高華国に戦を仕掛ける気なんだ…！―

「ヨナ、どうし…っ！」
「リリ！」
「ん？」

リリの声で気付かれた彼女らは兵に見つかり矢を射られる。
躱したつもりで走り出した２人だったが砦建設現場からの脱走者として追われてしまう。
躱したはずの矢はヨナの足を掠めていたらしく彼女の足に傷が出来ていた。

「さっきの矢で…」
「リリ、逃げて…早く出来るだけ遠くへ。私は後から行くから。」
「一人で逃げろっていうの！？見損なわないで！！」

リリはヨナを負ぶり歩き出そうとするが、この調子では遠くまで逃げられそうにない。

―私はなんて馬鹿なの…
大事な人を巻き込んで怪我させて敵に向かっていく力も無いくせに…
ほら休んでる場合じゃないでしょう？泣く余裕がまだ残ってるじゃない…！―

リリは涙を流しながらヨナを背負って歩き出す。

―これでヨナを守れなかったら死んだって許されないんだから！！―

彼女は覚悟を決めて木陰にヨナを座らせると木の葉でヨナを隠した。

「ぷきゅ？」

リリはアオの頭を撫でて柔らかく微笑んだ。

「ヨナをよろしくね。」
「リリ…？」
「静かにじっとして。」

彼女はヨナの額に口付けると優しい笑みを浮かべた。

「さよなら。今までありがとう。」
「リリ…！？」

リリの足音で彼女の居場所が気付かれ兵達が追いかけて行く。

「あそこだ！！」
「捕らえろ！！」
「この女…手間かけさせやがって。」
「やはり脱走奴隷か。」

ヨナは立ち上がろうとするのだが足が動かない。

―リリ…！こんな時に…！！―

「連れて行け、処刑場にな。」

―お願い動いて…お願い…！！―

ヨナはリリが連れて行かれるのを聞きながら涙を浮かべて動かない自分の脚を憎むのだった。
アユラの残ったクシビの砦では兵達が慌てていた。

「ホツマ様の砦が高華国の侵入者に襲われているらしいぞ。」
「何だと？」
「状況は！？」
「分からない。我々は敵襲に備えよとの御達しだ。」
「ここにも敵が…！？」
「狼狽えるな。そろそろクシビ様の軍隊が到着する頃だ。
それに…こっちには高華国の人質がいる。いざという時は奴隷を…」
「集まれぐずぐずするな。妙な動きをした奴は殺す。」

アユラは奴隷の中に混ざって座っていた。

―何があったというの…？
ハク様達に状況を伝えたいのにこれでは動けない…皆御無事だろうか…？―

同じ頃、ホツマの砦では火薬をハクとムンドクが投げ合いながら砦を壊していた。あまりの爆風に兵達も近づけないようだ。

「長老、もうやめよー？せっかく会えたのにハク様死んじゃうよー」
「いいや、やめん！！この馬鹿野郎！それで姫様は斉国に攫われたというのか！？」
「言い訳はしねぇ。」

ムンドクが投げる火薬をハクはヘンデの槍で打ち返し壁にぶつけているらしい。

「だが火薬球は受けねぇ。」
「受けてんの俺の槍だし。その槍ダメにしたらハク様の大刀くれよな。」
「今はない。」
「長老許してやれよ。ハク様だって姐さんとたった二人でお姫様守ってきたんだからよ。」
「…いや、俺達だけじゃない。今一緒にいる奴らが姫さんの奪還に向かっている。」

ハクの仲間を認める言葉にムンドクは目を丸くした。

「え？友達？ハク様に友達がいるの？」
「友達…とは何か違う気がする。」
「…そうか。信頼する家族が出来たんじゃな…」
「家族っつーのも何か…」
「うわ！何それ嫉妬しちゃう！」
「良かった…」

ムンドクは優しい表情で笑った。それを見たハクは家族のぬくもりを感じたのだった。

「ムンドク様！ムンドク様は何処におられるか！？」
「ジュド将軍だ。」
「ハク様隠れて！」

ヘンデに顎を殴られたハクは倒れながら物陰に隠れた。

「ここじゃ、ジュド。」
「ムンドク様、陛下より伝令です。
ここにはジュンギ将軍の娘はいません。急ぎクシビの砦へ向かうので集まるようにと。
捕らわれていた者達は無事保護しました。」
「…わかった。すぐ行く。」

それを聞いていたハクをユンが少し離れた場所から手招きした。
それに従ってハクがその場を動くとヘンデはハクが姿を消した事に気付いた。

「奴隷にされてた人達は逃がしたよ。」
「聞いた。」

仲間と合流したハクはユンから報告を受けながら歩き出す。

「水の部族長はもう一つの砦へリリを救出に行ったぞ。」
「聞いた。」
「…それと……スウォン国王が…来ている。」
「…知ってる。」
「良いのか？」
「…今はやる事があるだろ。タレ目やリンの連絡が遅すぎる。俺らももう一つの砦に向かうぞ。」

冷静なハクに仲間達は一瞬きょとんとしたが彼に従って私達が潜入したクシビの砦へ向かい始めたのだった。
その頃、リリが隠したヨナは足を痛めながらリリの無事を祈るばかり。

「いた！こいつだ。」

そこに兵がやってきて彼女も見つかってしまった。

「くそ…隊長に脱走者はもう一人いるって追い返されたが…」
「こんな所まで逃げやがって…」
「リリをどこへ連れて行ったの？」
「別に…何もしねェよ…ちょっと事情を聞くだけだ。嬢ちゃんもおいで、疲れたろう。」

―処刑すると言っていた…捕まったらリリを助けられない…―

ヨナは一瞬の隙をついて脚の痛みを忘れたかのように走り出した。

「あっ！」
「このガキ…！！」

同じ頃、私、ジェハ、ゼノは木の上にいた。

「うーん…いねェな、娘さん達。」
「ヨナちゃんも四龍同士みたいに場所がわかるといいんだけどね。」
「緋龍王は本当にただの人間だからなぁ。それでいいと俺は思うがよ。」
「…とにかく暗くなる前にもう一回跳ぶよ。おいで。」
「ん。」
「リンは何か感じる？」
『…近くにはいない。もう少し東の方…あっちの方の気配が騒がしい…
微かにだけど…姫様みたいな気配も感じる…』
「っ！！行こう。」

ジェハはゼノを負ぶり、私が正面から抱き着いたのを確認すると地面を蹴った。

「…ところで君は能力発動すると僕やキジャ君もどきの能力が出せるって言ってたけどシンア君の能力は出るの？」
『それ気になるかも。』
「それな…その昔目ん玉えぐった事あったけど、目がめっちゃ丈夫になっただけだったから。」
『…』
「…もうどこからつっこめばいいんだ。」
「でもゼノ元々目はいいから…」
「『！！』」

その時私とゼノは同時に何かに気付いた。
私はヨナの気配を感じ、ゼノは彼女を見つけたらしいのだ。

「…緑龍、手を放せ。」
「え？」
「いいから放せ！！」
『ヨナ！！』
「え！？」

ゼノはジェハの手を振り払い木々の間に落ちて行った。

「ゼノ君！？わぷっ！？」
『きゃっ…』
「まったく…」

バランスを崩したジェハは私を抱いたまま木に落ちてしまう。

『痛っ…』
「大丈夫かい？」
『うん…』
「ゼノ君は！？」
『この下だわ…ヨナもいる！！』

飛び降りたゼノはヨナを捕らえようとしていた兵の目の前に轟音と共に落ちて来ていた。
腕が変な方向へ向き、足が曲がり、顔の半分が抉られたような状態でゼノが顔を上げる。

「ひっひいいっ！！」
「ゼノ！？」
「娘さんから離れろ。」
「こ…こいつまだ生きて…」
「傷が治って…」
「馬鹿言え！傷が治るわけ…」

兵が振るった剣はゼノの頑丈になった腕でキィンと折られる。鱗のついた足で彼は兵を蹴り飛ばした。

「悪ィな。これ以上服破ったらボウズに怒られるから。」
「うっ、動くなあっ」

ゼノに怯えた様子の兵の一人がヨナの背後から首元に剣を当てる。

「動いたらこの女…」

兵の様子に私は怒りから歯をギリッと噛み鳴らしジェハから離れて地面に降り立った。
そして兵を睨み付けたまま爪を出してヨナの真横にある兵の顔を突き刺すと薙ぎ払う。
冷たい表情をする私の背後に降り立ったジェハが残るもう一人の兵を蹴り飛ばす。
するとヨナが兵に解放され、倒れそうになったため私は咄嗟に抱き留めた。

『ヨナ！！』
「ヨナちゃん…！！良かった、無事で。リリちゃんは！？」
「…リン……ジェ…ジェハ…っ」

ヨナはほっとした様子で私に縋り付いて泣き始めた。
私は驚きながらも彼女の小さな身体を抱きしめる。

「どうしよう、リリが…連れて行かれた…っ
殺されちゃうよぉ…守…守れなかっ…」

彼女が言い終えるより前に私は強く彼女を抱きしめた。
ジェハは私達を見つめ、私ごとヨナを抱きしめてくれる。
すると彼の身体が壁になり私の香りがヨナを優しく包み込む。

「落ちついて、すぐにリリちゃんを追うから。」
『ヨナ…貴女はもう休んでいいの…おかえりなさい。』
「うっ…」

私の香りに包まれたヨナは少しずつ落ち着きを取り戻していった。

―この子がこんなに取り乱すなんて…
無理もない、まだ１６の女の子だ…
随分と気を張って限界だったのだろう…―

ジェハは私達を抱く腕に力を込めながら思った。
ゼノは髪をまとめていた布を解くとヨナの足の傷を覆った。

「娘さん、よく頑張ったな。」

彼の言葉を受けて私達は身体を離し、私はヨナの涙を拭った。

「緑龍、娘さんをおぶって行け。ゼノ走るから。」
『私も走「お嬢は一緒に行ってやれ。」
『ゼノ…ありがとう。』

私はヨナを負ぶったジェハに正面から抱き着いた。

「ヨナちゃん、水が欲しいなら水場に…」
「ううん、このまま跳んで。」
『…無理はしないでくださいね。』
「うん…いいな、ジェハの脚。私も…その脚で大事な人のもとに飛んで行きたい。」
「…僕が君の脚になるよ。君が僕を必要としなくなるまで、ずっとね。」

ジェハの少し寂しそうな声と横顔に私は切なくなって彼に抱き着く腕に力を込めたのだった。
私達が向かおうとしているクシビの砦にはスウォン達が到着していた。だがそこに奴隷や兵の姿はない。

「ジュンギ将軍…」
「陛下…」
「こちらは随分見晴らしが良いですね。」
「流石に読まれていましたね。」
「ええ、ですがここは進みましょう。」

テウとヘンデは近くの建物に入り、奴隷として捕らわれた人々が奪われた物を確認していた。

「捕らわれてる奴らはどこ行ったんだ？お姫様もここに居たのかなぁ。」
「多分な。」
「誰かいましたか？」
「…別に。」

そこにやってきたスウォンはたくさんの物の中にヨナに贈った簪を見つけて目を丸くした。そんな彼の背中にジュドが声を掛ける。

「陛下…どうしました？」
「あ、いえ。誰かいましたか？」
「この砦には何もないようですので奥に進む許可を頂きに。」
「わかりました。私も行きます。」

同じ頃私達は軍隊の足音を頼りに進んでいた。木陰から軍隊を見てもリリはいない。

「リリいないわ…」
「この部隊には見当たらないね。」
『…リリの気配はもっと前にいるみたいです。』
「急ごう。」
「えぇ。」

ジェハは再び私達を連れて地面を蹴る。

『大丈夫です、姫様。キジャ達の気配も近くなってきてますし、そこにはハクもいます。』
「リリちゃんは絶対に殺させないよ。」
「…うん！」

砦では奴隷達が奥の広場に集められていた。
アユラもその中に含まれているのだが、突然頭を掴んで平伏させられた。

「っ！？」
「間もなくクシビ様が到着なさる。平伏してお迎えしろ。」

―クシビ…？斉国の最高権力者…！！―

そこに髭を生やし豪華な服を着た男が軍隊を引き連れてやってきた。

「公開処刑の罪人をここへ。」

クシビの声に応えるように縄で縛られ前に引き出されたのはリリだった。
彼女の姿を見てアユラは咄嗟に立ち上がる。

「動くな。大人しくしていろ。一緒に処刑されたくなければな。」
「公開処刑とはあの少女のこと…！？」
「当然だ。脱走したのだからな。」

―リリ様御一人…！？ヨナ様は…！？―

顔を真っ青にするアユラを尻目にクシビはどかっと椅子に座る。

「面倒だ、早く処刑を始めんか。」
「申し訳ありません、クシビ様。今砦に高華国からの侵入者が…」
「聞いている、数人でホツマの砦を陥落させたと。
どうせ奴隷を取り戻しに来た親族か何かだろう。
ホツマの評判はガタ落ち。俺はその侵入者の首を刎ねる。
我ながら丁度よいときに訪れたものだ。
早くその侵入者もここへ招き入れろ。手出しは出来まい。奴隷達の命はこちらが握っている。」

リリは目の前の絞首台を見てもとても冷静だった。

―不思議…恐怖を感じない…
寧ろあそこで楽しそうに踏ん反り返ってる人物への怒りで眩暈がしそう…ヨナは無事かしら…―

「罪人、前へ。」

リリが足を踏み出すとアユラが近くにいた兵に体当たりをし、剣を盗み周りの兵を斬り始めた。リリはそんなアユラを止めるべく叫ぶ。
アユラまで死んでしまったらリリは自分を悔やんでも悔やみきれないからだ。

「殺すんならとっととやれ！！私は脱走前にここの兵士を一人刺した。
そいつが訳の分からない理由で私を罰しようとしたから！！後ろからぶっすり刺してやったのよ！！
驚いたわ、斉国の兵士の弱さにね！！」
「貴様…！」
「この私を殺せるものなら殺してみなさいよ、腰抜け共！！」
「黙れ！！」
「リリ様！！」

兵に殴られ涙を浮かべながらもリリは逃げなかった。

「あいつを刺したのはお前だったのか…望み通り連れて行ってやる…」

―アユラ…さよなら。助けに来てくれて嬉しかった…―

アユラに視線を向けてすぐくるっと振り向くとリリは絞首台への階段を上がり始める。

「リリ様ぁ！！」

その声はスウォンの耳に届いていた。

「どうしました、陛下？」
「何か…聞こえませんでした？」

彼らが声の方へ足を踏み出そうとした瞬間、スウォンが手で隣にいたグンテを制しながら叫んだ。

「下がって！」
「動くな、侵入者。」

クシビの声と共にスウォン達を襲ったのは矢の雨だった。

「動けば百の矢の雨が降りそそぐ。
ようこそ、我が砦へ。君達は招かれた。
今活きのいい少女が一人死ぬ所だ。見物して行け。」
「リリ様！？」

絞首台に立つリリの姿にテトラが声を上げ、ジュンギが目を見開く。
そこにシンアがハク、キジャ、ユンを連れて駆け付けた。

「こっち。」
「わっ、兵士がいっぱい。砦の奥にこんな広場が…」
「リリが危ない…」
「どういう事！？ヨナは？」
「ジェハとゼノの気配もないぞ。」
「行くぞ。」

ハクの合図で彼らはスウォン達とは別方向から周囲の兵を薙ぎ払い始めた。
兵の呻き声にクシビやスウォン達の視線もハク達へ向いた。

「何事だ！？」
「わ、わかりません。別方向からの侵入者が…」
「鎮めろ。千人の兵を連れて来たんだぞ！！」
「テウ、あれ…」

武器を持たず素手で兵を殴り飛ばすハクはキジャやシンアと共に目の前の敵を見つめる。
そしてふと顔を上げるとハクとスウォンの視線が交差した。

「リリ様！！」
「アユラ！！」

奴隷の中で一人暴れるアユラを見つけてテトラが叫び、同時にテウが自分の持つ槍を微かに動かした。
その動きと彼に向けて飛んでくる矢を見つけたヘンデが自分の槍で矢を薙ぎ払う。

「そんなヘボ矢じゃウチの部族長は殺れねェぞ。」
「挑発すんな、バカ。」
「……でもそうですね。我々はリリ様を取り戻しに来たのです。
大人しくここまで招待されてみましたが、きっとクシビ殿はご存知ないでしょう。
招いたのは高華国四部族長だということを。さて、行きますか。」

スウォンの言葉と同時に矢の雨が降りそそぎ、彼を守るようにジュドとグンテが矢を切って道を開ける。

「グンテ将軍はリリ様を。ムンドク長老は捕らわれてる方達をお願いします。テウ将軍は上を。」

スウォンは塀の上からこちらを狙う弓矢隊をテウに任せた。

「…ヘンデ！」
「ヘンデにおまかせっ！」

するとヘンデはすぐに塀に立てかけられたほぼ垂直な梯子を駆け上がった。

「ん！？見ろ、登って来るぞ！！落とせ！！」

シュタッと登り切ったヘンデだったがあまりの兵の数にわたわたする。

「貴様…」
「げ、思ったよりいっぱいいる。テウ、早く！」
「くっそ…」

速さではヘンデに敵わないテウが急いで駆けつけると２人は槍を構えた。

「…行くぞ。」
「あいあい、若長。」

彼らが戦い始めるとじっとしていられないテトラもアユラのもとへと駆け出した。
スウォンは簪を見つけた事でここにヨナがいると考えているらしかった。
そして自分の近くに立つジュドを呼ぶ。

「ジュド将軍はグンテ将軍の援護を…」
「俺はここに。」
「私なら大丈夫です、先頭には立ちませんし…」
「…先程向こうに雷獣が見えました。俺はあの男が一番恐ろしい。」

そう恐れられているハクは拳や肘、蹴りで兵を次々と倒していた。

「白蛇。」
「む？」
「タレ目とゼノの気配は！？」
「よくわからぬ…少なくともこの広場にはいない。」
「…そうか。」

―リンもいるなら俺達に気付いているはず…
気付けば助っ人に入らないはずがない…
ということは、姫さんもリンも別の場所に…？
大丈夫だ、あいつらに任せておけば…―

ハクは仲間を信じ自分のすべき事に集中した。

「白蛇、シンア。俺はリリを助けに行く。ここは頼む。」
「それは良いがそなた丸腰ではないか。」
「お前も丸腰だろ。」

ハクはキジャに向けて言うがキジャに至っては右手が武器でもあるのだから丸腰とも言いづらい。

「こんな馬鹿げた事終わらせてとっとと姫さん迎えに行くぞ。」
「でやあ！！」

その時ハクの背後から兵が槍を振りかざした。その槍の柄を掴むとハクはぐっと引き兵に顔を近付ける。

「ちょっと貸して。」

そして兵を蹴り飛ばし槍を振るって周りの兵を薙ぎ倒すとそのまま駆け出した。

「クシビ様！ここは危険です、安全な場所へ移動を…！！」
「たかが数人…なぜ殺せん。
ええい、小娘を早く吊るせ！奴隷共もだ！！
こちらには人質が山程いる。見せしめに一人ずつ殺せ！！」
「うわあああぁあ！！」

絞首台の上にいたリリは他の奴隷達が兵に連れられて処刑されそうになっているのを見て声を上げる。

「なぜ他の人まで処刑台に！？関係ないでしょう！？」
「お前の次に吊るせと言われている。」

それを聞いてリリは目の前の兵の背中に体当たりをした。
兵が落ちて行くのをスウォン、ジュンギ、テトラ、アユラは見て目を丸くする。

「…大人しく死ぬわけにはいかなくなった！」
「て…てめえ…」
「あんた達何ボケッとしてんの！死にたくないなら闘え！！」
『リリ…』
「「え…」」
『ジェハ、急いで！！！みんながいる…それにリリが危ない！！』

風に彼女や兵の叫び声を聞き、仲間達やスウォンなどの気配を感じた私はジェハを急かす。
リリは兵に蹴り飛ばされ倒れる。兵は彼女の髪を掴み引き摺るようにして丸い縄に首を吊らせようとする。

―気のせいかな…テトラやお父様の声が聞こえる気がする…まさかね…
テトラはともかくお父様がこんな所に来るわけがない…―

「くそ、どけえっ！」
「ジェハ…！！」

グンテやムンドクはリリの様子に焦り、戦っていたシンアとキジャはジェハの気配に私達が近付いている事に気付いた。

「ジェハ、あれ…！」
『リリッ！！！』

首に縄が掛けられようとしているリリを見て私とヨナは叫ぶ。
それを見てスウォンはジュンギの手から弓矢を借り構えた。

「まさか、陛下。弓で…！ここからは届きません！届いたとしても…」

スウォンはリリの首に掛かろうとしている縄を見つめる。

―ギリギリ届く…ただ問題は受けとめないと…誰かが…誰か…！―

その時リリの元へと走っていたハクが目の前の兵を切って倒した。
ふと２人の視線が合ってハクはすぐ自分の持つ槍を投げ捨てた。

「吊るせぇぇえええええ！！」

クシビの声と共にリリは吊られたが、スウォンの矢が縄を切った。
駆け出したハクはリリを上手く抱き留めた。
皆がその息の合った神業に息を呑み動きを止める。
スウォンも身体を震わせ、ハクは小さく息を吐き、奴隷も兵も硬直する。

「な…何だ？何が起こった！？見えぬ！！」
「ハクがリリを助けた…」
「おお！！」

それを見届けた途端ジェハは地面に着地し私とヨナを下ろした。

「見えた、ヨナちゃん？ハクがリリちゃんを助けたよ。」

だが私もヨナも一点を見つめたまま涙を流していた。

「ヨナちゃん…？大丈夫？リン…？」

私もヨナも他の龍達や兵と違ってハクとスウォンの視線が合った瞬間も見ていたのだ。

―ただ見とれた…ハク…スウォン…
あなた達が共に在ったのなら一体どれだけの事を成し遂げる事が出来ただろう…―
―私達は今どうして…こんな風になってしまったの…？―

私もヨナも思う事は同じだった。

「ヨナちゃん…」
「…大丈夫。リン。」
『…はい。』
「…もし私達皆が変わらず共に在ったら…」
『姫様…それはもう見る事の出来ない夢ですよ。』
「そうね…」

私は涙を拭い俯いてしまうヨナの手に触れた。

「リリが無事で良かった…」
「ヨナっ！」
「ユン…！良かったぁああっ無事だった…！！」
「ごめんね、心配かけて。」

ユンはヨナに抱き着く。私の肩に乗っていたアオはヨナに飛び移る。

『ユン…姫様をお願い。』
「僕らは戦闘に参加する。」
「ゼノは？」
「後から来る。」

戦場から離れた場所にヨナとユンを残して私とジェハは立ち上がると歩き出す。

「ジェハ！リン！！」

呼び止められて私達はヨナを振り返る。

「私…今すぐハクの所へ行きたい。
スウォンが近くにいたの…ハクが…その…心配で…」
「…わかった。今すぐハクを君のもとに連れて来るから。」
『姫様はかなり疲れていらっしゃるご様子。
この混乱の中、ハクの所へ行くのは危険です。』
「…うん、そうね。２人もどうか気をつけて。」
『…ハクは大丈夫ですよ。ちゃんと自分のやるべき事を分かっている私の誇らしい相棒ですから。』

私が得意気に笑うとヨナもほっとしたように微笑んだ。

「助けに来てくれて本当にありがとう。」

ヨナに微笑みかけるとジェハは私を抱き上げて地面を蹴った。
ハクは絞首台の下でリリを抱き留めてほっと息を吐いていた。

―生きてる…―

「動くな。」

すると兵達がやってきてハクの首筋に剣を突き付けた。

「助けたつもりだろうが残念だったな、武器も無しにこんな所まで。」

そんな兵をグンテが背後から斬り、ハクと視線を交差させる。

「…気を失ってるのか……？」
「…あぁ。」
「…そうか。」

彼らにスウォンは近付きもせず、クシビや兵はざわざわし始めた。

―なんだ、あいつらは…こっちは千人の兵を連れて来たんだぞ…
このままホツマに続いて俺の砦もツブされたら高華国に攻めこむどころではない…
カザグモの失政を待たずにこの国ごと喰われるぞ…！！―

「こ…殺せ！あいつらを今すぐ！！処刑台の下だ！全兵士に命ずる！！」

波のように兵がハクやグンテに襲い掛かるとそこに風のようにムンドクがやってきた。

「こ…このジジイが…」
「「はっ！！」」

するとアユラとテトラが拳や蹴りで道を切り開きながらやってきて、ハクからリリを受け取ると安全な場所へ退去した。
逃がさないとでもいうように彼女らの前に立ちはだかった兵にはテウやヘンデによる矢の雨に襲われた。
ハクは転がしていた槍を足の先で弾いて手に持つと戦闘態勢に入る。
そんな彼の隣に私はジェハの腕から逃れて降り立ち剣を抜く。

「リン…」
『ただいま、ハク。』
「…遅ぇよ。」
『これでも急いだんだけど。』
「…タレ目は？」
『もうすぐ来る。ハクが戦うのが見えたから先に来ただけ。』
「そうか…」

―って言いつつどうせあいつの腕から飛び降りて来たんだろ？―

ハクはニヤッと笑いながら私の隣に並ぶ。

「おい、どこの小僧かは知らんがジュンギの娘を助けた事礼を言う。」
「…なんだ。お偉いさんの娘さんでしたか。こりゃ謝礼金が期待出来るなァ。」
「飴をやろう。」
『え…』
「お嬢ちゃんも元気そうで。」
『じいや…』

近くにすっと立ったムンドクに私は涙を浮かべながら笑いかける。
彼は私達に小袋に入った飴を差し出した。
それを受け取って飴を口に放り込みながら私とハクはグンテやムンドクと背中合わせになるように兵と向かい合う。
グンテも私の姿に目を見開きすぐフッと笑った。
ムンドクは私の頭にポンと手を乗せる。その懐かしく愛しいぬくもりに我慢していた涙がついに零れたが、私は笑みさえ浮かべて剣を構えた。

「奴隷は巻き込まれんうちに去れ！」
「そう言われましても。」
『こんなに囲まれては…ね？』
「是非もない。とっとと片付けるぞ。」

剣と槍を振るう私達の背後にスタッと空からジェハが舞い降りた。

「やあ、久しぶり。」
「タレ目…」
「こっち随分盛り上がってるみたいだね。」
『気配がざわついてるのを感じたからジェハに急いでもらったんだからね？感謝しなさいよ、ハク。』

冗談めいて言うと私とジェハはハクを笑顔で見た。

「彼女は無事だよ。」
『リリとここから脱出したみたいで…』

その途端ハクは戦場の真ん中にいると言うのに私とジェハをまとめてぎゅっと抱きしめた。
これには私もジェハも驚いて硬直してしまった。

「んん？」
『…え？』
「挨拶。」

ハクの素気ない返事に私達は笑いながら戦闘に戻る。

「ヨナちゃんが早く君に会いたいってさ。」
「嘘つけ。」
『本当なんだけどなぁ…』
「片想いこじらせてるなぁ…」

私達の驚異的な戦いにクシビは小さく震え始める。
ムンドクは私とハクの息の合った動きを懐かしく思い、私がジェハと笑い合っている様子に笑みを零した。
グンテでさえ私達の様子を懐かしんでいる程だった。

「…おい、誰か…いるか。」
「はい、クシビ様。」
「目の前が…急に晴れて来たぞ。
先刻までここを埋め尽くしていた兵は…どこに行った…？」

クシビはただ目を見開いて立っているだけ。

―俺は…何か大変な思い違いをしているのではないか…？
なぜこんな化け物じみたい武力を持った者がこんな所に…―

クシビの見つめる先にはボロボロになって倒れ動かない兵の中心に立つ私達がいた。
時計回りに私、ハク、ジェハ、グンテ、テウ、ヘンデ、ムンドクと並んで武器を構えたまま周囲を見回していた。
兵が動かないのを見届けたテウとヘンデは私を見て目を見開き泣きながら笑った。

「姐さん…」
「ハク様が生きてたから…姐さんも生きてるとは思ってたけど…」

私は近くにグンテや他の将軍達がいるのを見て２人に笑みを贈りながらも口に指を当てて静かにさせ、口の動きだけで伝えた。『ただいま』と。
２人は無邪気に笑って頷いてくれた。

―俺が招き入れたのは…何だ？―

クシビは呆然とするしかなかった。

「クシビ様…うッ」

彼を逃がそうと声を掛けた兵に矢が飛んできて他の兵にはグンテが剣を向けた。

「じっとしてろ。」

するとスウォンが静かに進み出て座り俯くクシビの前に立った。

「クシビ殿…ですよね？」
「…いかにも。俺がクシビだ。お前は何者だ。」
「高華国国王スウォンと申します。」

―国…王だと…―

「馬鹿な…そんな馬鹿な話があるか。王自らこんな僅かな手勢で…」
「僅か…？ここにいるのは高華国四部族将軍です。不足はないでしょう？」
「尚更考えられん！なぜそれが雁首揃えて…」
「貴方が先程処刑しようとしていた女性は水の部族長のご息女です。」
「あの娘が…？」
「私にとっても大切な知人…
その女性を不当に攫い処刑しようとした事…この場で首を刎ねられても貴方は…いえ、この国は…文句は言えませんよ。」

スウォンはすっと自分の剣をクシビの首元に当てた。

「…わ、わかった。そちらの要望をのもう…」

―この男、本当に高華国の王…―

「…そうですか。ではまずこの砦を解体させ水の部族より攫って来た方々を解放して下さい。」
「あ…あぁ。」
「条件の詳細については後日カザグモ王を交えて会談を開くとしましょう。それまで貴方には高華国に来て頂きます。」

―終わりだ…あんな小娘を連れて来たせいで斉国は高華国の属国となる…―

「お忘れなきよう、我々は僅かな手勢で千人の兵を制圧しました。
貴方が見たのは高華国のほんの一部の力だという事を。」

こうして奴隷達は解放され、クシビと兵は捕らわれ高華国の兵や将軍の見張りが付けられた。

「姫さんは…」
「今キジャ君やシンア君と一緒にこちらへ向かってるよ。」
『姫様は足に怪我をされてる。ユンが肩を貸してるみたいだけど早く行ってさしあげて、ハク。』
「あぁ…」

私とジェハは気配を頼りにハクを案内する。
すると前からユンに肩を借りて歩くヨナがやってきたが、ハクを見て安心したのかその場に座りこんでしまう。
ハクはすぐに彼女に駆け寄って行き、私とジェハはそんな彼の様子に笑みを零す。
スウォンは私達の様子を見てくるっとこちらに背中を向けたのだった。