主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
金州・斉国
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金州を巡る南戒との戦は高華国軍の圧勝に終わり、イル王の時代に奪われた地の部族の領土は返還された。
ハクの後を任されたテウは将軍として五部族会議に参加していた。
「あー、五部族会議終わった終わった。」
「お前が言うと授業が終わったくらいのノリだな。」
テウの隣に並ぶのはグンテだった。
「おっさん、やたらご機嫌だな。」
「当然だ。奪われた領土と共に裏山の採掘権が手に入ったのだからな。」
「ふーん…風の部族には関係ねェや。」
「関係?大いにある。今回の戦、高華国側にはほぼ損害が無かった。
バラバラだった五部族は結束しつつある。イル王の時代には出来なかった事だ。
スウォン陛下が王位に就いていなければ、火の部族の反乱の時に国は崩壊していただろう。」
「…わかってるよ。この国には今あの王が必要なんだって事くらいは。」
「グンテ将軍、テウ将軍。」
そこにスウォン、ジュド、ケイシュクが姿を現した。声を掛けたのはスウォン。
テウはスウォンに頭を下げると城下町で酔いつぶれたヘンデと合流して帰って行った。
彼らの背中をスウォンやグンテは何も言わずに見送った。
「グンテ将軍、この度はご苦労様でした。」
「いえ、陛下。領土奪還は地の部族の悲願。
こんなにも早く確実に叶うとは感謝の言葉もありません。」
「グンテ将軍は久々の地心城へのご帰還なのでは?
きっとユウノさんは待ち焦がれているでしょうね。」
「やあ、うちのは別に…」
グンテの妻であるユウノは実は彼の無事を願ってずっと祈っていた。
「それより陛下はどうなんです?」
「はい?」
「癒してくれる女の一人や二人いらっしゃるでしょう。」
「え…そんな私は…」
「またまた。」
「本当に…いらっしゃれば良かったんですけどね。」
「ケイシュクさん…」
「いない!?嘘だろ。陛下も直に19、妃がいてもおかしくない年頃!
ジュドのような鰥(やもめ)とは訳が違うんだぞ!?」
「引き合いに出さんでいい。」
それからスウォンの縁談について話しているとジュンギがすっと現れた。
「ああ。娘といやあ居たな、ジュンギ将軍とこに。」
「私の美しい娘が何かな。」
「久しく会ってねェが元気か?あの大人しい娘は。」
―大人しい?―
―あれっ、リリさんの事じゃないのかな?―
「リリは…今水呼城を離れていてね…まあ穏やかにしているよ。」
―おや?リリさんの話か…―
―大人しい?―
グンテとジュンギの話を聞いていたスウォンとジュドはリリの顔を思い浮かべながら首を傾げるのだった。
「だが、しかし!!陛下が我が娘を御所望とあらば今すぐに呼びつけ…」
「あっ、いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ!」
「いえが多すぎます、陛下。」
それからジュドが阿波でスウォンが女性と遊んでいた事をバラしたがために話が盛り上がってしまう。
「まあ陛下を追いつめるのはこの辺にいたしましょう。
陛下はこの後ジュンギ将軍との会談が控えております。」
「そうですよ。行きましょう、ジュンギ将軍。」
「内緒話か。」
グンテの言葉にジュンギが冷たく言い放つ。
「君が勘繰るような話ではないよ。
ただ水の部族は君の部族と違って繊細なのでね。」
グンテは面白くなさそうに立ち去った。すると早速話題に入る。
「…水の部族の麻薬問題については会議でお話しした通りです。
四泉や仙水の密売組織もあらかた壊滅させました。
…ですが、陛下が危惧された通り、この問題はどうやら我が部族だけには止まらないようです。」
スウォンはジュンギの言葉に顔を厳しいものに変えたのだった。
場面は変わって水の部族領 竜水…私達は揃って買い物に来ていた。
「ボウズ、悪かったから…」
「信用出来ないね。」
「もうしないから。」
「もっ、服を何度も血まみれビリビリにして縫っても縫っても追いつかない。」
青龍に身体を乗っ取られたシンアを助ける戦いの中で、ゼノが自分の腕を切り血まみれになった事がユンを怒らせてしまったようだ。
「というわけでゼノ君の服を買いに来たわけだね。」
「あざーっす!!」
「はい、お小遣い。これで適当に買って来て。」
「あい。」
「次やったら腰蓑しか与えないから。」
「裸族になる日も近い。」
「俺、血まみれの服洗うのもう嫌だからね。」
ユンの照れつつもゼノを心配する言葉にゼノは笑みを零した。
ヨナとゼノは共に服を選びに行った。
それを私とジェハは並んで見守り、近くにキジャやシンアもいる。
「ゼノ、楽しそうね。」
「ボウズが心配してくれてるからな。」
「それにしても穏やかで良い町だ。」
『これが本来の水の部族領なんだもの。』
「沿岸部は荒れていたからね。」
「ヨナ…」
その時シンアが綺麗な花の髪飾りをヨナの髪に寄せた。
「綺麗…シンア、これどうしたの?」
「あれ…」
「わっ、売り物!」
『あら、ごめんなさい。シンア、売り物を勝手に持ち歩いたらダメよ?』
「ごめん…」
しょぼんとしているシンアの頭をそっと撫でると私達は美しい髪飾りや装飾品を売っている商店の前で膝を折った。
「お金…少しならユンから貰ってるけど。」
「いいじゃない、たまには可愛い髪飾りでも。」
「姫様、こちらにも美しい装飾品がありますよ。」
「キジャ、似合う。可愛い♡」
「いえ、私にではなくですね。」
ヨナはキジャの胸元に装飾品を当てて笑う。
すると商人がヨナにある首飾りを勧めた。
小さな石のついた素朴なデザインのものだ。
「こちらの青金石は癒しと幸運の守り石ですよ。」
「この石は?」
「そちらは長寿のお守りです。」
長寿の石を手にしたキジャは婆にどうだろうかと考え込み、ヨナは癒しと幸運の守り石を手に取った。
「ジェハ、リン!」
『どうしました、姫様。』
「ハク知らない?」
「あれ。」
彼女達を見守っていた私とジェハにヨナは声を掛けた。
ジェハが答えと共に指差した場所ではハクが座って口を大きく開けると爆睡していた。
「寝てる!?」
『昨日はハクが見張り番でしたから、きっと寝不足なんでしょう。』
「珍しい…」
「ね。いくら疲れてるからってハクがあんなヌケた顔するなんて。」
「皆を信頼してるのよ。」
「…へぇ、良い事を聞いた。今度ネタにしよう。」
ジェハの言葉に私が笑っていると、横をヨナがハクに駆け寄って行った。
ヨナがハクの顔を覗き込んでも彼は起きる素振りすら見せない。
ヨナはすとんと彼の隣に座るとハクの緩んだ顔を見て笑みを零した。
―ハク可愛い。そういえばハクが熟睡してるのって初めて見る…―
ヨナはそっとハクの前髪に触れた。するとその気配にハクがゆっくり目を開いた。
ハクはヨナが近くにいることに、ヨナは突然目を覚ましたハクに驚きさっと身を引く。私はその様子にクスクス笑っていた。
「…え?」
ハクは驚きながらも目を擦りヨナから飛び移ってきたアオを肩に乗せた。
そして息を吐きながら何事もなかったかのように尋ねる。
「ゼノの買い物は終わりましたか?」
「あ…姫様…」
そこにキジャがやってきたのだが、ヨナとハクの楽しそうな様子に何も言わず踵を返す。
「…話しかけないの?」
「……今はお邪魔をしてしまう気がする。」
「邪魔しちゃえば?」
「私は無理にあの方の視界に入らずとも良い。」
「…四龍だから?」
「私の考えだ。気にするな。」
キジャはその場を去り、ジェハもヨナの横顔を見て胸にある愛しさに蓋をした。
それは私に対して抱くものとは異なり、四龍としての愛おしみのようだった。
『ジェハ…?』
「大丈夫だよ…ただ龍の血に翻弄されてるだけだから。」
『ヨナは人を惹きつける力がある…
彼女が緋龍王と関わりがあるなら尚更私達龍には魅力的で愛しい方だわ。』
「そうだね…」
ヨナとハクを見守る私の横顔をジェハは優しく見つめたのだった。
ゼノはというとシンアを連れて近くの店で服を選んでいた。
様々な服を試着して遊んでいると店主に怒られ、結局落ち着いた服一式に手を伸ばした。
「ボウズのくれた金だと肌着みたいなうっすーい服しか買えなくね?」
―まあ、ゼノ…拾って来た布巻くだけとか布がないならワラとかだったけどな、長い人生…―
「うふふ、じゃあお姉さんが買ってあげましょうか?」
ゼノに声を掛けた女性達によって彼は質のいい服を手に入れたのだった。
その頃ジェハはさっきまでヨナ達が見ていた装飾品の商店で一組の腕飾りを見つめていた。
「お兄さん、その腕飾りいいだろう?」
「そうだね。この石には何か意味があるのかい?」
「こっちの緑色の石は愛と思いやりを深め、こっちの少し黒く光っている石は願いを叶え持ち主を災いから守ると言われているよ。
お兄さんの身なりからして緑色の石の方を自分が持って、黒い石の腕飾りは大切なお嬢さんにでも贈るのか?」
「…まぁね。その腕飾り貰おうかな。」
ジェハは2つの腕飾りを受け取り、緑色の小さな石の並んだ腕飾りを二重に腕に巻いた。
もうひとつの同じ造りの黒い石でできた腕飾りはそっと懐に仕舞う。
―緑龍の僕と黒龍のリンにもってこいだね…
それに僕の愛と思いやりはリンに捧げるもの、そして彼女の願いが叶い彼女を災いから守ってくれるなら…
願いを込めるだけだとしても贈るのは僕の自由だし、僕のものだって証をつけておいてもいいよね…?―
ジェハは自分の独占欲に苦笑した。
『ジェハ!』
「すぐに行くよ、リン。」
彼は笑みを浮かべたままこちらを振り返り立ち上がると足を進めた。
ジェハも合流したその場にゼノが新しい服を着てやってきた。
「えっ、ちょっと…ゼノ、その服…」
『お金足りたの?』
「足りてない。」
ユンと私の言葉にゼノは平然と答える。
「はあ?じゃあどうやって買ったの?」
「お姉さんに買って貰った。」
『お姉さん!?』
「どこのお姉さんだよ!?」
「うふふ、私達が買って差し上げましたの。」
そこに笑いながら立っていたのはアユラとテトラだった。
「アユラ!テトラ!!」
「お久しぶりです。」
「その節はお世話に。」
「こんな所で会えるなんて。」
「皆様、お元気そうで何よりです。」
「リリは?」
「あ…リリ様は今ちょっと…」
「あ、そっか。水呼城に戻ったのね。」
「『…』」
私とハクは何も言わずヨナがアユラやテトラと話すのを見守る。
「テトラ達がゼノの服を?」
「ええ、贈り物です。」
「いいの?」
「可愛い殿方には尽くしますの。
更に再会を祝してもう一つ贈り物を。一杯やりませんこと?」
「「おおっ!」」
テトラが差し出した酒にハクとジェハが目を輝かせ、私は苦笑しながらも彼らと共に酒を飲む事にしたのだった。
輪を作って酒を飲み始めるとジェハが幸せそうに笑った。
「んー♡美しい女性がいると酒も格別だね。」
「お前そうやって麻薬入りを飲んだろ。」
「そこ蒸し返す?」
『…』
「リンも拗ねてるぞ。」
「え…?」
『どうせ私が一緒にいても安い酒ではジェハを満足なんてさせられないですよ。』
「えっと…リン…?今のは…ね?」
『…水の部族自慢の水で作った葡萄酒…美味しくて当たり前だわ。』
「リン、今のはちょっとした言葉遊びというかなんというか…」
『わかってるわよ。少し腹が立っただけだから気にしないで。』
―そうは言われてもねぇ…―
ジェハは口先を尖らせながら葡萄酒に舌鼓を打つ私を見て困ったように優しく微笑むと肩を抱いてそのまま髪を撫でた。
私はされるがまま大人しくするだけ。
『四泉や仙水はもう大丈夫なの?』
「…えぇ、一応は。それにしてもここで皆さんにお会い出来るなんて。」
「…話したらどうだ?」
ハクが真っ直ぐテトラを見たのを横目に私はジェハから身体を離してハクと同様鋭い視線を彼女に向けた。
「まわりくどい賄賂ばら蒔いてねェで…」
『何か用があるから私達に声をかけたんだよね…?』
「え?」
「…さすがはハク様とリンですわ。」
するとアユラとテトラはその場に膝をつき頭を下げた。
「実はリリ様の事でお願いがあるのです。」
「リリがどうしたの?」
「今リリ様は水呼城を追放されておられる身なのですが。」
「ええ!?」
「それ自体はご心配に及びません。
しかしやはりと申しますか、一つもじっとしておられず今度は斉国に行くと申しておられて…」
「斉国?」
「はい。私共ではもうリリ様をお止め出来ません。
そこで無理を承知であなた方に斉国へ行くリリ様の護衛をお願いしたいのです。」
アユラの言葉に私達は目を丸くしたのだった。
水の部族領 仙水ではリリが一人で斉国に向かおうとしていた。
「リリ様いけません!」
兵士が止めようにもリリは聞く耳を持たない。
「アユラ殿とテトラ殿が戻られるまでお待ち下さい。」
「アユラとテトラは反対するわよ。」
「ですからおやめ下さい、斉国に出向かれるなど。」
「うふふ、リリ様。油断も隙もありませんわね。」
「テトラ、帰って来たの…」
リリが振り返った先にいたのはアユラとテトラに連れられてやってきた私達だった。
ヨナ、ユン、キジャ、シンア、ゼノは池を囲んで笑いあい、私、ハク、ジェハは少し離れた場所に立って見守っていた。
リリはそんな私達を見て混乱気味。
「ちょっと!なにあれ!?なにあれ!?なにあれ!?」
「なにあれとは不躾ですわね。
たまたまお会いしたのでお連れしたのですわ。」
「なんでいるのよぉ。私これから斉に…」
「ですからお連れしたのです。」
「まさかあの子達に協力を頼めと?駄目よ、これは水の部族の問題…」
「リリ様!」
するとテトラは指をリリの鼻先に向けて言った。
「いくら何でもお一人で他国へ行くのは無謀すぎます。」
「ひっ、一人でとは言ってないわ。」
「どなたと行くんです?言っておきますが、兵を他国へは動かせませんわよ。
彼らなら自由の身!無敵!おトク物件!目的の為これ以上の最善がありまして?」
渋々リリがヨナに声を掛けるとさらりとヨナは受け入れた。
「リリ、何でも言って。力になるわ。」
するとリリは涙を滝のように流した。
「あら?どうしたの?」
「自分がヨナ様を助けたいのに助けられてばかりで悔しいんです。」
「アユラっ!!」
「気にしなくていいのに。」
ヨナがリリの頭を撫でるとリリはぎくしゃくする。
―リリ様、こういうの慣れませんわね…―
「実はね…」
それから私達は屋敷に上がらせてもらい事情を聞く事にした。
「斉国の商人が麻薬を横流ししてる?」
「恐らくね。仙水に残る麻薬をどれだけ潰してもどこからともなく湧いて出るの。
南戒からの流通はもう断ったはずだし。
仙水の商人達に探らせていたんだけど、闇市で斉の商人が水の部族の人間に麻薬を売りつけてるという噂があって。」
「闇市…」
話を聞きながら私は麻薬…ナダイに対する怒りを思い出していた。
ナダイはジェハを苦しめた許しがたい麻薬だからだ。
隣に立つジェハの手を無意識に握っていた手に力が入っていく。
「リン…?」
ジェハは私の怒りを感じ取りそっと私の手の甲を指で撫でた。
『あ…ジェハ…ごめん、痛かった…?』
「ううん。君が怒ってるみたいだったから。」
『…だって貴方を苦しめた麻薬だもの。』
彼は何も言わずに繋いだ手を引き寄せて私の頭を抱き寄せてくれた。
「それともう一つ。斉との国境付近で行方不明者が多発するという事件も。」
「うわあ、物騒だね。」
「とにかく斉が妙な動きをしているのは確かなの。
放っておくと水の部族がまた危険にさらされる。
私はそれを何としても止めたい。」
リリの真っ直ぐな言葉を聞いているとヨナの隣にいたハクがふっと吹き出した。
「ふっ…」
「そこ、何で笑うの?」
「あ、いや。悪イ。第二の姫さん現れたなーと。」
『うんうん。』
「ハク!リンまで!!」
「苦労するね。」
「本当困ってますの。」
「テトラ!!」
笑うハクと私をヨナが睨み、ジェハの言葉に頷いたテトラはリリに叱られる。
「リリ、勿論協力するわ。」
「ヨナ…」
「お供します!」
『まずは明日国境近くの町を調査ですね。』
「ヨナ…様。」
「様、付けなくていいのに。」
「我儘を聞いて下さりありがとうございます。」
テトラは丁寧にヨナに感謝を述べた。
「ううん、頼ってくれて嬉しい。」
「本来ならば私がリリ様の全てを支えて差し上げたいのですが…
あの闘いでそれは叶わなくなってしまいましたから…」
彼女はそっと自分の腹部を擦った。そこはナダイを壊滅させようと四泉の町で刺され負傷した箇所だった。
「リリ様をよろしくお願いします。」
夜になるとヨナはリリの寝室に居候していた。
リリに借りた寝間着は可愛らしく少しだけ緋龍城にいた頃のヨナ姫を思い起こさせた。
「本当にここで寝ていいの?」
「いいわよ、狭いけど。あんなうるさい男だらけの中で寝れないでしょ。」
「じゃ、お邪魔します。」
「どーぞ。」
こうしてヨナとアオはリリと共に寝具に横になった。
「リンは大丈夫なの?」
「リンにはジェハがいるから。あの2人は一緒にいさせてあげたいの。」
そう呟いたヨナの横顔はとても優しかった。
そんな私達が男性部屋は修学旅行状態。
「屋根のある寝床♡ふわふわの布団♡」
「まくらなげーっ」
『こら、ゼノ!』
「いい歳してはしゃがないっ!」
「ハクー!リン!一杯やらない?」
「おー」
枕が飛び交う部屋でハクは枕のひとつを片手で受け止め、ジェハに呼ばれた私とハクは酒を飲み始めたのだった。
ヨナはそっとリリに話しかけた。
「リリ、水呼城から追放されたって聞いてびっくりしたけど元気そうで良かった。」
「当然よ。今回の事もお父様に叱られるかもしれないけど、黙って見てるのは辛いの。」
「うん。」
「あの国王に今直接相談出来たら少しは聞いてくれるかもしれないけど。」
リリの言葉にヨナの顔が曇った。
「…あ、ごめん…」
「…ううん。」
―そうだ、この子によってスウォン陛下は…―
「…確かにスウォンは…動いてくれるかもしれないわね。」
「…あの人は…従兄弟で王位を簒奪したのよね。
あんたにとっては敵…でしょ?
それなのに…そんなふうに言えるの…?憎いんでしょう…?」
リリはヨナを見つめた。
「…ごめん、私ったら配慮のない事を…」
「父上を…父上を殺されて城を出てすぐはただただ悲しくて許せないと思っていたわ。
あんなに優しかった人がどうして…って。
でも…この国を見て火の部族の反乱や仙水での…あの人を見て…
スウォンは父上とは違うやり方でこの国を守りたいのかもと思いはじめたの。」
「…仇を討ちたいとは思ってないの?」
「…この国には強い指導者が必要なの。
今私情でスウォンを討てば国の混乱を招くだけ。
スウォンが私利私欲で悪政を敷いていたのなら討ちに行ったかもしれないけど、今私がやるべき事は仇討ちではないわ。」
「そう…だけど…じゃあ…」
「私が…仇を討たなくてはという思いに駆られた事もあったわ。
でも…本当は…スウォンのこと…許せないと思っていても、本気で殺したいと思ったことは一度もないの。
あの人の私やハク、リンに見せた優しさが全て嘘だとどうしても思えないの。」
ヨナの言葉にリリはあるひとつの可能性を見出してしまった。
「ヨナ…もしかしてあんた…スウォン陛下のこと…」
リリはそれ以上言わずヨナをそっと抱き寄せた。
「…今はね、あの人の事を知りたいと思うの。
あの人が何を考え何を成したいのか。その時私はどうすべきか。
城にいた時とは違う気持ちで彼を知りたいと思うのよ。」
「リンは…?」
「リンもスウォンを殺す機会はあったのに手を下せずにいる…
それって心のどこかで信じてるからだと思うの。
何も知らないまま殺すなんてリンには出来ないんだと思う。」
「…きっとあんたに何かあったら容赦はしないだろうけど。」
「うん…」
「でも…あいつは?」
「え…」
「ハクよ、あいつは…」
「…たぶんハクはスウォンを絶対に許さない。
この国にとって例えばスウォンが正義でも、ハクは誰よりも…誰よりもスウォンを信じていたから悲しみが癒える事はないの。」
そのまま彼女らは寄り添って眠りに就いたのだった。
私はというとハクやジェハと並んで酒の入った杯を口元に寄せながら涙を流していた。
ヨナの儚い言葉が微かな風に乗って聞こえてきたからだ。
「リン…?」
「どうした…?」
『ううん…なんでも…なんでもないの…』
そう言いながらも涙を止める術なんて私にはなくて、私は隣に座っていたジェハの胸元に顔を寄せた。
私の頭上でハクとジェハが顔を見合わせて首を傾げているのを感じたが、彼らは追及せずにいてくれた。
ハクは大きな手を私の頭に乗せ、ジェハは私をぐっと抱き締めた。
―姫様…城を出て困難の中で強くなられた…
でもやっぱり…少女である事に変わりはない…
スウォンやハクと一緒に笑い合ってたあの日々に今の状況を思った事なんてなかった…
なんて意地悪な運命なのかしら…―
ジェハの服を握って少し顔を上げるとハクの切ない表情の向こうに綺麗な三日月が見えた。
『ハク…』
「…ん?」
『…幸せになってよね。』
「…どうしたんだよ、突然。」
『私は姫様だけじゃなくて貴方の事も大切に思ってるんだって忘れたら怒るんだから…』
「わかってる。それに…それは俺も同じだ。」
彼は小さく意地悪く笑いながら私の額を軽く叩いた。
『痛っ…』
「ちょっと出掛けてくる。そこで行き倒れてる奴らを頼むぞ。」
「行き倒れてる…?」
『みんな枕投げしたまま寝ちゃったのね。』
ハクはその場を立ち去り池のある中庭に向かった。
残された私はジェハから離れてきちんと彼の隣に座り直した。
彼は酒を置いて何も言わずに傍にいてくれる。
『…何も訊かないのね。』
「訊かれたくなさそうだからね。」
『ヨナの会話が聞こえただけ…』
「ヨナちゃんの?」
『…』
「スウォンっていう国王さんの事かな?」
『っ…』
「図星みたいだけど、彼との事は君にとっても辛いでしょ?」
『…ヨナに比べれば私なんて。』
「信頼していた友人を失った事は間違いないだろう?」
『…そうね。それでも私はハクと並んでヨナを守り続ける事を誓ってるから。
それにジェハや…皆とも出逢えた。だから挫けずに歩いて行ける。』
私が微笑むとそれを見たジェハは寂しそうな顔をした。
『ジェハ…?どうしてそんなに寂しそうな顔をするの?』
「それは君が無理に笑うからだよ、リン。
君は無理をしないで泣いてもいいって言っても、頼ってくれればいいって言っても、そうやって強がって抱え込むんだからね…
本当に目を離せない困った子だよ。」
彼はそのまま私の手を握ると少しだけ袖を捲り上げた。
私は驚きながら彼をただ目を丸くして見つめる事しか出来ないでいた。
彼はそんな私の様子に、寂しそうな顔を無邪気な少年のような笑顔に変えて、懐から出した黒い石の並んだ自分のものと同じ造りの腕飾りを二重に巻いてくれた。
華美ではない造りでこじんまりと手首を飾る数珠のような腕飾りは細く鎖のように腕に巻き付く。石が月光を受けて微かに煌いた。
『ジェハ、これは…?』
「僕とお揃いだよ。」
『うん…どこでこれを?』
「ここに来る前に行ってた竜水でね。
それは願い事を叶えられるように、って。
それから災いから守る力があるみたいだよ?」
『ジェハが持ってる緑の石は?』
「愛と思いやりかな。君への誓いみたいなものかな。」
『ジェハ…』
「繋ぎ止める鎖みたいで嫌かな…?」
『ううん、そんなことない。
黒い石…黒龍に相応しいわ。ありがとう。
それにこれでいつでもジェハを近くに感じられるわね。』
心からの笑みを浮かべてジェハを見上げると彼は照れくさそうに私を抱き締めた。
そしてそのまま私は彼の胸に抱かれて目を閉じ、私が眠ったのを確認してジェハも幸せそうに瞼を閉じた。
暫く経ってヨナはふと目を覚ました。
―なんか眠れなくなっちゃった…―
彼女はふらっと外に出て中庭にいるハクを見つけた。彼は池の近くの岩に腰かけていた。
「ハク、起きてたの。」
「姫さんこそ。」
「みんなは?」
「行き倒れるようにして寝てる。
リンもタレ目の所に残して来た。賑やかになったもんだ。」
笑うハクに笑みを零すとヨナはふとある事を思い出した。
「…あ、ちょっと待ってね。」
「?」
彼女は部屋に戻ると癒しと幸運の守り石の首飾りを持ってきた。
「何です?」
「いーから。」
ヨナはハクの首に石を下げると無邪気に笑った。
「あげる。この前竜水で買ったの。渡しそびれてたから。
青金石は癒しと幸運の守り石なんだって。綺麗でしょ。
贈る相手に願いを込めたら叶えてくれるって聞いたから、ハクに幸運が訪れるように願っておいた。」
ハクはきょとんとしていたが首から下げられた石を手に乗せて幸せそうに微笑んだ。
「…ハク?」
「…全く。こういうのは男が女に贈るもんですよ。」
「大丈夫よ。お守りなんだから男性が付けても。付けてね。」
「…はい。」
「……」
「…」
「…じゃあ、おやすみ。」
俯いたままのハクを見てヨナはその場を去ろうとした。
だが彼女は左手を掴まれて足を止める。
「…ハク?なに…?手痛いよ。」
「…ありがとうございます。すげぇ…嬉しいです。大事にします。」
「…なんかハクが素直にお礼言うの珍しい。喜んでくれたなら幸運の守り石の力ね。」
「…姫さん、あんたが幸せになってくれたなら俺はそれで十分幸せですよ。」
ヨナはその言葉を受けてリリの部屋に帰って行った。
彼女が戻る事でリリが目を覚ました。
「ヨナ…どこ行ってたの。」
リリがふと見るとヨナは涙を流して自分に背中を向けて横になっていた。
「えっ、ちょっとどうしたの?どこか痛いの?」
「…っ…わかんない。」
「わかんないって…」
「嬉しいのかもしれない…」
「どういう事よ…」
―ハクの言葉がこんなにも嬉しくて苦しい…―
リリはぽんぽんとヨナの肩を撫でて自分の方へ向かせるとその酷い顔に手拭を手渡した。
「…リリがいてよかった。」
「何言ってんのよ、もー。」
―知らなかった…私にとってこんなにハクは特別なんだ…!―
こうしてそれぞれの夜はゆっくり幸せを噛みしめて過ぎていくのだった。
翌朝から私達は行方不明者や麻薬の噂がある町に向けて出発した。
私はハクの首から下がる石に気づき、それがヨナからの贈り物だとすぐに理解した。
同じようにハクも私とジェハの袖から時折覗く腕飾りに気づいてニヤッと笑った。
そして例の町に辿り着いたのは夕方になってからだった。
到着するとすぐに爆竹の音が聞こえてきた。
「何?」
「爆竹だ。」
「灯水町では今夜水神様の祭が行われているのよ。」
『祭…?』
「毎年この辺りではやっている祭なの。
音楽や花火でとても賑やかなんだから。」
「この町か?斉の商人や行方不明者が出るのは。」
「それは…」
「リリ様。」
ハクの言葉に説明しようとしたリリを呼んだのは優しそうでふくよかな女性だった。
「あっ、ツバル!」
「また来て下さったんです?」
「いいのよ、この件を解決したいのは私も一緒なんだから。」
「ありがとうございます。」
「あ、紹介するわね。彼女は知人のツバル。
一月程前ツバルの息子がこの辺りで行方不明になっているのよ。」
「えっ…いくつくらいの子?」
「15です…夜に家を出たきり帰ってきてないの…」
ツバルは泣き始めてしまった。私達は口を挟まず話を聞く事にした。
「私も情報を集めているのだけど、なかなか手がかりがないの。
斉との国境は広いし、この件が麻薬に関係しているかは分からないけど、まずはこの灯水町から調べようと思うの。」
「わかった。」
「リリ様、そちらは…?」
「ああ、調査を手伝ってくれる人達よ。」
私達は揃って一斉に頭を下げた。
「お世話になります…!リリ様は変なお友達が多いんですねぇ。」
『変なお友達…』
「ツバルの家は旅籠屋(はたごや)で麻薬を取り締まってる時に知り合ったの。今夜はそこに泊まるわよ。」
私、ジェハ、ゼノは自分達の荷物をツバルと共に宿に運び入れる事にした。
「あ、私は仙水の貴族の娘って事になってるから。そこんとこよろしく。」
するとドンドンと太鼓を叩き笑う人々の声が聞こえてきた。
『祭が始まったみたいね。』
「人も増えて来たぞ。やりづれェな。」
「いや…四泉での麻薬騒動と一緒だよ。かえって好都合かも。」
「シンア君も目立ちにくいし。」
「確かに。」
「この中に斉の商人が紛れ込んでるかもしれないのね。」
シンアの肩からアオがどこかへ跳んで行こうとする。
それはシンアの両手で受け止められ阻止される。
「アオ…駄目行っちゃ。」
「お腹すいたのかな。町中美味しそうな匂いしてるもんね。」
「ボウズー」
その時お面を頭に乗せて飴を食べているゼノがやってきた。
「飴ちゃんぷまい。」
最早飴を舐めているゼノは“うまい”とも言えていない。
「幼児がえりも大概にしろ、永遠の17歳。」
「ちょっとこれ、お金どうしたの!?」
「私が出しました~」
テトラの言葉に私は溜息を吐き、ユンはゼノの頭に手を置いて共にテトラに向けて頭を下げた。
「もっ、うちのバカがすみません!」
「シンア君、あれが立派なお母さんの姿だよ。」
『はぁ…』
「うふふ、せっかくいらしたんですもの。
今夜くらい楽しんでいかれて下さいな。」
「そいつを甘やかしちゃ駄目なの!」
「じゃあ僕は祭囃子に混じって偵察して来ようかな、ゼノ君。」
「あいよ。青龍も行こ。」
「リンも来るよね。」
『うん。』
私は荷物の中から暗黒龍とゆかいな腹へり達として村を守っていた時に愛用していた狐の仮面を取り出すと頭に乗せた。
「では私はそんなそなた達を抱えて練り歩くか。よいしょ。」
キジャは右手でジェハを抱え、その上にシンアとゼノが乗った。
ひょいっとジェハは膝に私まで乗せるものだから目立ってしまう。
「腹へり大道芸だよ~」
「んー、ちょっと重いぞ~」
『私まで乗せなくても…』
「やめろ。一際輝く気か、珍獣四兄弟。」
ユンに注意されて私達は散らばって情報収集に向かった。
ヨナはざわざわする町を見ながらどこか意識は遠くにあった。
「…ん…さん…姫さん。」
「きゃあっ!」
ずっとハクが呼んでいるのにも気付かず耳元で呼ばれる程だった。
「び、びっくりした。」
「よそ見してるとはぐれるって言おうとしたんですけど。」
「ハクの声は心臓に悪いから、もうちょっと普通に話しかけて。」
「俺の声が?何で?」
「…何でもない。」
「あ、姫さん。」
ハクはすっとヨナの手を引いて賑わう町を歩き始めた。
「ハク、キジャ達は?」
「偵察に行きました。」
「リリは?」
「アユラ、テトラと周辺の聞き込み。」
「えっ、皆行っちゃったの?」
「だからはぐれるっつったでしょうが。」
―私ったら…!!―
「どうしたんです?こんな時にぼーっとするなんてらしくないですね。何かありました?」
「さ…昨夜から落ちつかなくて…」
「…なにが?」
「ね…眠れなかったし。」
「ふーん…」
「お…」
―お前のことばかり考えてしまうの…むり!!!!―
ハクを見上げたヨナは顔を赤く染める。
―この世で一番こいつにだけはこいつにだけは!そういうこと言えない!!恥ずかしすぎる!!
言ったら絶対“姫さん、頭沸いてます?”つて鼻で笑うわ!!血迷った事なんて言えないっ!―
「何でもない行こ…」
「きゃあっ」
「今の…」
「リリの声だな。」
―しっかりしなきゃ!―
ヨナは自分に喝を入れてリリのもとへと走り出した。
「リリ、どうしたの!?」
「大丈夫…」
駆けつけると血が流れる腕を押さえアユラやテトラに囲まれたリリがいた。
「ちょっと…誰かに手を切られたみたい。」
「切られた!?」
「かすっただけよ。」
「逃がしてしまいましたわ。」
ざわついた町を見てヨナ達は真剣な眼差しをしたのだった。
そうしていると花火が上がった。
打ち上げられる音の中にヨナとハク、そして偵察に行っていた私達も叫び声のようなものを微かに聞き取った。
「…ハク、聞こえた?」
「ああ。花火と歓声でかき消されたが叫び声が…」
『ジェハ…今の叫び声って…』
「僕にも微かに聞こえたよ…」
『私にははっきりと…この声は麻薬中毒者のものに間違いないわ。
四泉で聞いた声とそっくりだもの。』
「斉からの麻薬の商人が来てると噂の町だからね。居てもおかしくないか…」
『…キジャ達も集まって来てるわね。』
私とジェハは他の龍達の気配を感じてヨナのもとへ足を速めた。
「リリ様はここでお待ち下さい、私が行って…」
「テトラ、待って。」
その時テトラの前にすっとキジャが立った。
「よせ。闘うのは我々の役目だ。姫様とリリを連れて宿へ。
そなたはもう少し身体を労わった方が良い。ゆくぞ。」
「持っていくねぇ、キジャ君。」
『かっこいい♪』
「ボウズ、来てくれ。」
「えっ、うん。」
「たぶん…死人と怪我人が出てる。」
『たぶんじゃないわ、ゼノ…痛みを訴える人の声が聞こえる…それに気配はあるのに動かない人も…』
「…わかった、行く。」
「私も…」
「ヨナは駄目…危ない。」
こうして5人の龍とユンは私が感じ取る気配をもとに騒ぎの中心へ向かって駆け出した。
残されたヨナとリリはハクやアユラ、テトラと共に宿に戻る。
「リリ様…っ」
そこではツバルが待っていた。
「手から血が…」
「大丈夫よ、ツバル。痛くないから。」
テトラに手当されながらツバルに言う。
「麻薬中毒者の仕業でしょうか…?」
「そうかもしれないわね。」
「おいっ、そこの兄ちゃん!!」
そうしていると外に背を向けて窓際に立っていたハクが外から呼ばれた。
「橋のとこで人が折り重なるようにして倒れて怪我人がたくさん出てる。ちょっと手伝ってくれないか!?」
それを聞いてヨナとハクは視線を合わせた。
するとすぐにヨナが頷いた為、ハクは迷う事なく2階の窓から外に飛び降りた。
「騒ぎの原因は事故…だったみたいですね。」
「そう…なんだ。」
―事故…―
ヨナは何か釈然しないままその場に残った。
「医術師はいるか!?」
「誰か手を貸してくれ!!」
「そっちに運べ!」
「白蛇!タレ目!リン!!」
『ハク!!』
騒がしい橋の周辺で私達が動き回っているとハクがやって来た。
「こいつはひでェな。」
「ああ、川に投げ出された者もいる。一刻も早く救出しなくては。」
『麻薬調査どころではなくなってしまったわ…』
「こんな事故が起こるなんて。」
『ただ…この事故も偶然にしては出来過ぎてる…』
そこで私は目の前のハクを見上げた。
『…姫様は…?』
「宿にいるが…」
『姫様が…ヨナが危ないかもしれない!!』
私達が話している近くでシンアは倒れた者達を引き摺って逃げるように立ち去る男達を見つけていた。
「早くしろ!」
「…ねぇ、その人達…どこに連れてくの…?」
見つかった男達はすらっと剣を抜いた。
同じ頃、ヨナ達のいる宿にも侵入者らしき者達がいてアユラが相手をし、テトラも物音を聞いてヨナとリリのもとを離れた。
「麻薬の事もあるのにこんな事故が起こるなんて…」
「事故…かしら。」
「えっ…」
外を眺めるヨナをリリは近くにあったお茶を飲みながら見つめる。
「本当にただの事故かしら…」
「えっ、でも…」
「リリの手を切られたのもただの事故…?」
「これはかすっただけよ。」
「かすっただけ…かするだけで良かったんだとしたら…」
「どういう事?」
「たぶんリリには宿に引っ込んでいて欲しかったのよ。」
「ヨナ、何を言って…」
カシャンッ
「リリ?」
小さな音にヨナが振り返るとリリが伏せるようにして眠っていた。
「リリ!?」
飲んでいたお茶に睡眠薬が入っていたようだ。
彼女に駆け寄ろうとしたヨナも背後から薬を嗅がされてその場に倒れた。
「おやすみ、勘のいいお嬢さん。」
薬を嗅がせたのはツバルだった…
ハクの後を任されたテウは将軍として五部族会議に参加していた。
「あー、五部族会議終わった終わった。」
「お前が言うと授業が終わったくらいのノリだな。」
テウの隣に並ぶのはグンテだった。
「おっさん、やたらご機嫌だな。」
「当然だ。奪われた領土と共に裏山の採掘権が手に入ったのだからな。」
「ふーん…風の部族には関係ねェや。」
「関係?大いにある。今回の戦、高華国側にはほぼ損害が無かった。
バラバラだった五部族は結束しつつある。イル王の時代には出来なかった事だ。
スウォン陛下が王位に就いていなければ、火の部族の反乱の時に国は崩壊していただろう。」
「…わかってるよ。この国には今あの王が必要なんだって事くらいは。」
「グンテ将軍、テウ将軍。」
そこにスウォン、ジュド、ケイシュクが姿を現した。声を掛けたのはスウォン。
テウはスウォンに頭を下げると城下町で酔いつぶれたヘンデと合流して帰って行った。
彼らの背中をスウォンやグンテは何も言わずに見送った。
「グンテ将軍、この度はご苦労様でした。」
「いえ、陛下。領土奪還は地の部族の悲願。
こんなにも早く確実に叶うとは感謝の言葉もありません。」
「グンテ将軍は久々の地心城へのご帰還なのでは?
きっとユウノさんは待ち焦がれているでしょうね。」
「やあ、うちのは別に…」
グンテの妻であるユウノは実は彼の無事を願ってずっと祈っていた。
「それより陛下はどうなんです?」
「はい?」
「癒してくれる女の一人や二人いらっしゃるでしょう。」
「え…そんな私は…」
「またまた。」
「本当に…いらっしゃれば良かったんですけどね。」
「ケイシュクさん…」
「いない!?嘘だろ。陛下も直に19、妃がいてもおかしくない年頃!
ジュドのような鰥(やもめ)とは訳が違うんだぞ!?」
「引き合いに出さんでいい。」
それからスウォンの縁談について話しているとジュンギがすっと現れた。
「ああ。娘といやあ居たな、ジュンギ将軍とこに。」
「私の美しい娘が何かな。」
「久しく会ってねェが元気か?あの大人しい娘は。」
―大人しい?―
―あれっ、リリさんの事じゃないのかな?―
「リリは…今水呼城を離れていてね…まあ穏やかにしているよ。」
―おや?リリさんの話か…―
―大人しい?―
グンテとジュンギの話を聞いていたスウォンとジュドはリリの顔を思い浮かべながら首を傾げるのだった。
「だが、しかし!!陛下が我が娘を御所望とあらば今すぐに呼びつけ…」
「あっ、いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ!」
「いえが多すぎます、陛下。」
それからジュドが阿波でスウォンが女性と遊んでいた事をバラしたがために話が盛り上がってしまう。
「まあ陛下を追いつめるのはこの辺にいたしましょう。
陛下はこの後ジュンギ将軍との会談が控えております。」
「そうですよ。行きましょう、ジュンギ将軍。」
「内緒話か。」
グンテの言葉にジュンギが冷たく言い放つ。
「君が勘繰るような話ではないよ。
ただ水の部族は君の部族と違って繊細なのでね。」
グンテは面白くなさそうに立ち去った。すると早速話題に入る。
「…水の部族の麻薬問題については会議でお話しした通りです。
四泉や仙水の密売組織もあらかた壊滅させました。
…ですが、陛下が危惧された通り、この問題はどうやら我が部族だけには止まらないようです。」
スウォンはジュンギの言葉に顔を厳しいものに変えたのだった。
場面は変わって水の部族領 竜水…私達は揃って買い物に来ていた。
「ボウズ、悪かったから…」
「信用出来ないね。」
「もうしないから。」
「もっ、服を何度も血まみれビリビリにして縫っても縫っても追いつかない。」
青龍に身体を乗っ取られたシンアを助ける戦いの中で、ゼノが自分の腕を切り血まみれになった事がユンを怒らせてしまったようだ。
「というわけでゼノ君の服を買いに来たわけだね。」
「あざーっす!!」
「はい、お小遣い。これで適当に買って来て。」
「あい。」
「次やったら腰蓑しか与えないから。」
「裸族になる日も近い。」
「俺、血まみれの服洗うのもう嫌だからね。」
ユンの照れつつもゼノを心配する言葉にゼノは笑みを零した。
ヨナとゼノは共に服を選びに行った。
それを私とジェハは並んで見守り、近くにキジャやシンアもいる。
「ゼノ、楽しそうね。」
「ボウズが心配してくれてるからな。」
「それにしても穏やかで良い町だ。」
『これが本来の水の部族領なんだもの。』
「沿岸部は荒れていたからね。」
「ヨナ…」
その時シンアが綺麗な花の髪飾りをヨナの髪に寄せた。
「綺麗…シンア、これどうしたの?」
「あれ…」
「わっ、売り物!」
『あら、ごめんなさい。シンア、売り物を勝手に持ち歩いたらダメよ?』
「ごめん…」
しょぼんとしているシンアの頭をそっと撫でると私達は美しい髪飾りや装飾品を売っている商店の前で膝を折った。
「お金…少しならユンから貰ってるけど。」
「いいじゃない、たまには可愛い髪飾りでも。」
「姫様、こちらにも美しい装飾品がありますよ。」
「キジャ、似合う。可愛い♡」
「いえ、私にではなくですね。」
ヨナはキジャの胸元に装飾品を当てて笑う。
すると商人がヨナにある首飾りを勧めた。
小さな石のついた素朴なデザインのものだ。
「こちらの青金石は癒しと幸運の守り石ですよ。」
「この石は?」
「そちらは長寿のお守りです。」
長寿の石を手にしたキジャは婆にどうだろうかと考え込み、ヨナは癒しと幸運の守り石を手に取った。
「ジェハ、リン!」
『どうしました、姫様。』
「ハク知らない?」
「あれ。」
彼女達を見守っていた私とジェハにヨナは声を掛けた。
ジェハが答えと共に指差した場所ではハクが座って口を大きく開けると爆睡していた。
「寝てる!?」
『昨日はハクが見張り番でしたから、きっと寝不足なんでしょう。』
「珍しい…」
「ね。いくら疲れてるからってハクがあんなヌケた顔するなんて。」
「皆を信頼してるのよ。」
「…へぇ、良い事を聞いた。今度ネタにしよう。」
ジェハの言葉に私が笑っていると、横をヨナがハクに駆け寄って行った。
ヨナがハクの顔を覗き込んでも彼は起きる素振りすら見せない。
ヨナはすとんと彼の隣に座るとハクの緩んだ顔を見て笑みを零した。
―ハク可愛い。そういえばハクが熟睡してるのって初めて見る…―
ヨナはそっとハクの前髪に触れた。するとその気配にハクがゆっくり目を開いた。
ハクはヨナが近くにいることに、ヨナは突然目を覚ましたハクに驚きさっと身を引く。私はその様子にクスクス笑っていた。
「…え?」
ハクは驚きながらも目を擦りヨナから飛び移ってきたアオを肩に乗せた。
そして息を吐きながら何事もなかったかのように尋ねる。
「ゼノの買い物は終わりましたか?」
「あ…姫様…」
そこにキジャがやってきたのだが、ヨナとハクの楽しそうな様子に何も言わず踵を返す。
「…話しかけないの?」
「……今はお邪魔をしてしまう気がする。」
「邪魔しちゃえば?」
「私は無理にあの方の視界に入らずとも良い。」
「…四龍だから?」
「私の考えだ。気にするな。」
キジャはその場を去り、ジェハもヨナの横顔を見て胸にある愛しさに蓋をした。
それは私に対して抱くものとは異なり、四龍としての愛おしみのようだった。
『ジェハ…?』
「大丈夫だよ…ただ龍の血に翻弄されてるだけだから。」
『ヨナは人を惹きつける力がある…
彼女が緋龍王と関わりがあるなら尚更私達龍には魅力的で愛しい方だわ。』
「そうだね…」
ヨナとハクを見守る私の横顔をジェハは優しく見つめたのだった。
ゼノはというとシンアを連れて近くの店で服を選んでいた。
様々な服を試着して遊んでいると店主に怒られ、結局落ち着いた服一式に手を伸ばした。
「ボウズのくれた金だと肌着みたいなうっすーい服しか買えなくね?」
―まあ、ゼノ…拾って来た布巻くだけとか布がないならワラとかだったけどな、長い人生…―
「うふふ、じゃあお姉さんが買ってあげましょうか?」
ゼノに声を掛けた女性達によって彼は質のいい服を手に入れたのだった。
その頃ジェハはさっきまでヨナ達が見ていた装飾品の商店で一組の腕飾りを見つめていた。
「お兄さん、その腕飾りいいだろう?」
「そうだね。この石には何か意味があるのかい?」
「こっちの緑色の石は愛と思いやりを深め、こっちの少し黒く光っている石は願いを叶え持ち主を災いから守ると言われているよ。
お兄さんの身なりからして緑色の石の方を自分が持って、黒い石の腕飾りは大切なお嬢さんにでも贈るのか?」
「…まぁね。その腕飾り貰おうかな。」
ジェハは2つの腕飾りを受け取り、緑色の小さな石の並んだ腕飾りを二重に腕に巻いた。
もうひとつの同じ造りの黒い石でできた腕飾りはそっと懐に仕舞う。
―緑龍の僕と黒龍のリンにもってこいだね…
それに僕の愛と思いやりはリンに捧げるもの、そして彼女の願いが叶い彼女を災いから守ってくれるなら…
願いを込めるだけだとしても贈るのは僕の自由だし、僕のものだって証をつけておいてもいいよね…?―
ジェハは自分の独占欲に苦笑した。
『ジェハ!』
「すぐに行くよ、リン。」
彼は笑みを浮かべたままこちらを振り返り立ち上がると足を進めた。
ジェハも合流したその場にゼノが新しい服を着てやってきた。
「えっ、ちょっと…ゼノ、その服…」
『お金足りたの?』
「足りてない。」
ユンと私の言葉にゼノは平然と答える。
「はあ?じゃあどうやって買ったの?」
「お姉さんに買って貰った。」
『お姉さん!?』
「どこのお姉さんだよ!?」
「うふふ、私達が買って差し上げましたの。」
そこに笑いながら立っていたのはアユラとテトラだった。
「アユラ!テトラ!!」
「お久しぶりです。」
「その節はお世話に。」
「こんな所で会えるなんて。」
「皆様、お元気そうで何よりです。」
「リリは?」
「あ…リリ様は今ちょっと…」
「あ、そっか。水呼城に戻ったのね。」
「『…』」
私とハクは何も言わずヨナがアユラやテトラと話すのを見守る。
「テトラ達がゼノの服を?」
「ええ、贈り物です。」
「いいの?」
「可愛い殿方には尽くしますの。
更に再会を祝してもう一つ贈り物を。一杯やりませんこと?」
「「おおっ!」」
テトラが差し出した酒にハクとジェハが目を輝かせ、私は苦笑しながらも彼らと共に酒を飲む事にしたのだった。
輪を作って酒を飲み始めるとジェハが幸せそうに笑った。
「んー♡美しい女性がいると酒も格別だね。」
「お前そうやって麻薬入りを飲んだろ。」
「そこ蒸し返す?」
『…』
「リンも拗ねてるぞ。」
「え…?」
『どうせ私が一緒にいても安い酒ではジェハを満足なんてさせられないですよ。』
「えっと…リン…?今のは…ね?」
『…水の部族自慢の水で作った葡萄酒…美味しくて当たり前だわ。』
「リン、今のはちょっとした言葉遊びというかなんというか…」
『わかってるわよ。少し腹が立っただけだから気にしないで。』
―そうは言われてもねぇ…―
ジェハは口先を尖らせながら葡萄酒に舌鼓を打つ私を見て困ったように優しく微笑むと肩を抱いてそのまま髪を撫でた。
私はされるがまま大人しくするだけ。
『四泉や仙水はもう大丈夫なの?』
「…えぇ、一応は。それにしてもここで皆さんにお会い出来るなんて。」
「…話したらどうだ?」
ハクが真っ直ぐテトラを見たのを横目に私はジェハから身体を離してハクと同様鋭い視線を彼女に向けた。
「まわりくどい賄賂ばら蒔いてねェで…」
『何か用があるから私達に声をかけたんだよね…?』
「え?」
「…さすがはハク様とリンですわ。」
するとアユラとテトラはその場に膝をつき頭を下げた。
「実はリリ様の事でお願いがあるのです。」
「リリがどうしたの?」
「今リリ様は水呼城を追放されておられる身なのですが。」
「ええ!?」
「それ自体はご心配に及びません。
しかしやはりと申しますか、一つもじっとしておられず今度は斉国に行くと申しておられて…」
「斉国?」
「はい。私共ではもうリリ様をお止め出来ません。
そこで無理を承知であなた方に斉国へ行くリリ様の護衛をお願いしたいのです。」
アユラの言葉に私達は目を丸くしたのだった。
水の部族領 仙水ではリリが一人で斉国に向かおうとしていた。
「リリ様いけません!」
兵士が止めようにもリリは聞く耳を持たない。
「アユラ殿とテトラ殿が戻られるまでお待ち下さい。」
「アユラとテトラは反対するわよ。」
「ですからおやめ下さい、斉国に出向かれるなど。」
「うふふ、リリ様。油断も隙もありませんわね。」
「テトラ、帰って来たの…」
リリが振り返った先にいたのはアユラとテトラに連れられてやってきた私達だった。
ヨナ、ユン、キジャ、シンア、ゼノは池を囲んで笑いあい、私、ハク、ジェハは少し離れた場所に立って見守っていた。
リリはそんな私達を見て混乱気味。
「ちょっと!なにあれ!?なにあれ!?なにあれ!?」
「なにあれとは不躾ですわね。
たまたまお会いしたのでお連れしたのですわ。」
「なんでいるのよぉ。私これから斉に…」
「ですからお連れしたのです。」
「まさかあの子達に協力を頼めと?駄目よ、これは水の部族の問題…」
「リリ様!」
するとテトラは指をリリの鼻先に向けて言った。
「いくら何でもお一人で他国へ行くのは無謀すぎます。」
「ひっ、一人でとは言ってないわ。」
「どなたと行くんです?言っておきますが、兵を他国へは動かせませんわよ。
彼らなら自由の身!無敵!おトク物件!目的の為これ以上の最善がありまして?」
渋々リリがヨナに声を掛けるとさらりとヨナは受け入れた。
「リリ、何でも言って。力になるわ。」
するとリリは涙を滝のように流した。
「あら?どうしたの?」
「自分がヨナ様を助けたいのに助けられてばかりで悔しいんです。」
「アユラっ!!」
「気にしなくていいのに。」
ヨナがリリの頭を撫でるとリリはぎくしゃくする。
―リリ様、こういうの慣れませんわね…―
「実はね…」
それから私達は屋敷に上がらせてもらい事情を聞く事にした。
「斉国の商人が麻薬を横流ししてる?」
「恐らくね。仙水に残る麻薬をどれだけ潰してもどこからともなく湧いて出るの。
南戒からの流通はもう断ったはずだし。
仙水の商人達に探らせていたんだけど、闇市で斉の商人が水の部族の人間に麻薬を売りつけてるという噂があって。」
「闇市…」
話を聞きながら私は麻薬…ナダイに対する怒りを思い出していた。
ナダイはジェハを苦しめた許しがたい麻薬だからだ。
隣に立つジェハの手を無意識に握っていた手に力が入っていく。
「リン…?」
ジェハは私の怒りを感じ取りそっと私の手の甲を指で撫でた。
『あ…ジェハ…ごめん、痛かった…?』
「ううん。君が怒ってるみたいだったから。」
『…だって貴方を苦しめた麻薬だもの。』
彼は何も言わずに繋いだ手を引き寄せて私の頭を抱き寄せてくれた。
「それともう一つ。斉との国境付近で行方不明者が多発するという事件も。」
「うわあ、物騒だね。」
「とにかく斉が妙な動きをしているのは確かなの。
放っておくと水の部族がまた危険にさらされる。
私はそれを何としても止めたい。」
リリの真っ直ぐな言葉を聞いているとヨナの隣にいたハクがふっと吹き出した。
「ふっ…」
「そこ、何で笑うの?」
「あ、いや。悪イ。第二の姫さん現れたなーと。」
『うんうん。』
「ハク!リンまで!!」
「苦労するね。」
「本当困ってますの。」
「テトラ!!」
笑うハクと私をヨナが睨み、ジェハの言葉に頷いたテトラはリリに叱られる。
「リリ、勿論協力するわ。」
「ヨナ…」
「お供します!」
『まずは明日国境近くの町を調査ですね。』
「ヨナ…様。」
「様、付けなくていいのに。」
「我儘を聞いて下さりありがとうございます。」
テトラは丁寧にヨナに感謝を述べた。
「ううん、頼ってくれて嬉しい。」
「本来ならば私がリリ様の全てを支えて差し上げたいのですが…
あの闘いでそれは叶わなくなってしまいましたから…」
彼女はそっと自分の腹部を擦った。そこはナダイを壊滅させようと四泉の町で刺され負傷した箇所だった。
「リリ様をよろしくお願いします。」
夜になるとヨナはリリの寝室に居候していた。
リリに借りた寝間着は可愛らしく少しだけ緋龍城にいた頃のヨナ姫を思い起こさせた。
「本当にここで寝ていいの?」
「いいわよ、狭いけど。あんなうるさい男だらけの中で寝れないでしょ。」
「じゃ、お邪魔します。」
「どーぞ。」
こうしてヨナとアオはリリと共に寝具に横になった。
「リンは大丈夫なの?」
「リンにはジェハがいるから。あの2人は一緒にいさせてあげたいの。」
そう呟いたヨナの横顔はとても優しかった。
そんな私達が男性部屋は修学旅行状態。
「屋根のある寝床♡ふわふわの布団♡」
「まくらなげーっ」
『こら、ゼノ!』
「いい歳してはしゃがないっ!」
「ハクー!リン!一杯やらない?」
「おー」
枕が飛び交う部屋でハクは枕のひとつを片手で受け止め、ジェハに呼ばれた私とハクは酒を飲み始めたのだった。
ヨナはそっとリリに話しかけた。
「リリ、水呼城から追放されたって聞いてびっくりしたけど元気そうで良かった。」
「当然よ。今回の事もお父様に叱られるかもしれないけど、黙って見てるのは辛いの。」
「うん。」
「あの国王に今直接相談出来たら少しは聞いてくれるかもしれないけど。」
リリの言葉にヨナの顔が曇った。
「…あ、ごめん…」
「…ううん。」
―そうだ、この子によってスウォン陛下は…―
「…確かにスウォンは…動いてくれるかもしれないわね。」
「…あの人は…従兄弟で王位を簒奪したのよね。
あんたにとっては敵…でしょ?
それなのに…そんなふうに言えるの…?憎いんでしょう…?」
リリはヨナを見つめた。
「…ごめん、私ったら配慮のない事を…」
「父上を…父上を殺されて城を出てすぐはただただ悲しくて許せないと思っていたわ。
あんなに優しかった人がどうして…って。
でも…この国を見て火の部族の反乱や仙水での…あの人を見て…
スウォンは父上とは違うやり方でこの国を守りたいのかもと思いはじめたの。」
「…仇を討ちたいとは思ってないの?」
「…この国には強い指導者が必要なの。
今私情でスウォンを討てば国の混乱を招くだけ。
スウォンが私利私欲で悪政を敷いていたのなら討ちに行ったかもしれないけど、今私がやるべき事は仇討ちではないわ。」
「そう…だけど…じゃあ…」
「私が…仇を討たなくてはという思いに駆られた事もあったわ。
でも…本当は…スウォンのこと…許せないと思っていても、本気で殺したいと思ったことは一度もないの。
あの人の私やハク、リンに見せた優しさが全て嘘だとどうしても思えないの。」
ヨナの言葉にリリはあるひとつの可能性を見出してしまった。
「ヨナ…もしかしてあんた…スウォン陛下のこと…」
リリはそれ以上言わずヨナをそっと抱き寄せた。
「…今はね、あの人の事を知りたいと思うの。
あの人が何を考え何を成したいのか。その時私はどうすべきか。
城にいた時とは違う気持ちで彼を知りたいと思うのよ。」
「リンは…?」
「リンもスウォンを殺す機会はあったのに手を下せずにいる…
それって心のどこかで信じてるからだと思うの。
何も知らないまま殺すなんてリンには出来ないんだと思う。」
「…きっとあんたに何かあったら容赦はしないだろうけど。」
「うん…」
「でも…あいつは?」
「え…」
「ハクよ、あいつは…」
「…たぶんハクはスウォンを絶対に許さない。
この国にとって例えばスウォンが正義でも、ハクは誰よりも…誰よりもスウォンを信じていたから悲しみが癒える事はないの。」
そのまま彼女らは寄り添って眠りに就いたのだった。
私はというとハクやジェハと並んで酒の入った杯を口元に寄せながら涙を流していた。
ヨナの儚い言葉が微かな風に乗って聞こえてきたからだ。
「リン…?」
「どうした…?」
『ううん…なんでも…なんでもないの…』
そう言いながらも涙を止める術なんて私にはなくて、私は隣に座っていたジェハの胸元に顔を寄せた。
私の頭上でハクとジェハが顔を見合わせて首を傾げているのを感じたが、彼らは追及せずにいてくれた。
ハクは大きな手を私の頭に乗せ、ジェハは私をぐっと抱き締めた。
―姫様…城を出て困難の中で強くなられた…
でもやっぱり…少女である事に変わりはない…
スウォンやハクと一緒に笑い合ってたあの日々に今の状況を思った事なんてなかった…
なんて意地悪な運命なのかしら…―
ジェハの服を握って少し顔を上げるとハクの切ない表情の向こうに綺麗な三日月が見えた。
『ハク…』
「…ん?」
『…幸せになってよね。』
「…どうしたんだよ、突然。」
『私は姫様だけじゃなくて貴方の事も大切に思ってるんだって忘れたら怒るんだから…』
「わかってる。それに…それは俺も同じだ。」
彼は小さく意地悪く笑いながら私の額を軽く叩いた。
『痛っ…』
「ちょっと出掛けてくる。そこで行き倒れてる奴らを頼むぞ。」
「行き倒れてる…?」
『みんな枕投げしたまま寝ちゃったのね。』
ハクはその場を立ち去り池のある中庭に向かった。
残された私はジェハから離れてきちんと彼の隣に座り直した。
彼は酒を置いて何も言わずに傍にいてくれる。
『…何も訊かないのね。』
「訊かれたくなさそうだからね。」
『ヨナの会話が聞こえただけ…』
「ヨナちゃんの?」
『…』
「スウォンっていう国王さんの事かな?」
『っ…』
「図星みたいだけど、彼との事は君にとっても辛いでしょ?」
『…ヨナに比べれば私なんて。』
「信頼していた友人を失った事は間違いないだろう?」
『…そうね。それでも私はハクと並んでヨナを守り続ける事を誓ってるから。
それにジェハや…皆とも出逢えた。だから挫けずに歩いて行ける。』
私が微笑むとそれを見たジェハは寂しそうな顔をした。
『ジェハ…?どうしてそんなに寂しそうな顔をするの?』
「それは君が無理に笑うからだよ、リン。
君は無理をしないで泣いてもいいって言っても、頼ってくれればいいって言っても、そうやって強がって抱え込むんだからね…
本当に目を離せない困った子だよ。」
彼はそのまま私の手を握ると少しだけ袖を捲り上げた。
私は驚きながら彼をただ目を丸くして見つめる事しか出来ないでいた。
彼はそんな私の様子に、寂しそうな顔を無邪気な少年のような笑顔に変えて、懐から出した黒い石の並んだ自分のものと同じ造りの腕飾りを二重に巻いてくれた。
華美ではない造りでこじんまりと手首を飾る数珠のような腕飾りは細く鎖のように腕に巻き付く。石が月光を受けて微かに煌いた。
『ジェハ、これは…?』
「僕とお揃いだよ。」
『うん…どこでこれを?』
「ここに来る前に行ってた竜水でね。
それは願い事を叶えられるように、って。
それから災いから守る力があるみたいだよ?」
『ジェハが持ってる緑の石は?』
「愛と思いやりかな。君への誓いみたいなものかな。」
『ジェハ…』
「繋ぎ止める鎖みたいで嫌かな…?」
『ううん、そんなことない。
黒い石…黒龍に相応しいわ。ありがとう。
それにこれでいつでもジェハを近くに感じられるわね。』
心からの笑みを浮かべてジェハを見上げると彼は照れくさそうに私を抱き締めた。
そしてそのまま私は彼の胸に抱かれて目を閉じ、私が眠ったのを確認してジェハも幸せそうに瞼を閉じた。
暫く経ってヨナはふと目を覚ました。
―なんか眠れなくなっちゃった…―
彼女はふらっと外に出て中庭にいるハクを見つけた。彼は池の近くの岩に腰かけていた。
「ハク、起きてたの。」
「姫さんこそ。」
「みんなは?」
「行き倒れるようにして寝てる。
リンもタレ目の所に残して来た。賑やかになったもんだ。」
笑うハクに笑みを零すとヨナはふとある事を思い出した。
「…あ、ちょっと待ってね。」
「?」
彼女は部屋に戻ると癒しと幸運の守り石の首飾りを持ってきた。
「何です?」
「いーから。」
ヨナはハクの首に石を下げると無邪気に笑った。
「あげる。この前竜水で買ったの。渡しそびれてたから。
青金石は癒しと幸運の守り石なんだって。綺麗でしょ。
贈る相手に願いを込めたら叶えてくれるって聞いたから、ハクに幸運が訪れるように願っておいた。」
ハクはきょとんとしていたが首から下げられた石を手に乗せて幸せそうに微笑んだ。
「…ハク?」
「…全く。こういうのは男が女に贈るもんですよ。」
「大丈夫よ。お守りなんだから男性が付けても。付けてね。」
「…はい。」
「……」
「…」
「…じゃあ、おやすみ。」
俯いたままのハクを見てヨナはその場を去ろうとした。
だが彼女は左手を掴まれて足を止める。
「…ハク?なに…?手痛いよ。」
「…ありがとうございます。すげぇ…嬉しいです。大事にします。」
「…なんかハクが素直にお礼言うの珍しい。喜んでくれたなら幸運の守り石の力ね。」
「…姫さん、あんたが幸せになってくれたなら俺はそれで十分幸せですよ。」
ヨナはその言葉を受けてリリの部屋に帰って行った。
彼女が戻る事でリリが目を覚ました。
「ヨナ…どこ行ってたの。」
リリがふと見るとヨナは涙を流して自分に背中を向けて横になっていた。
「えっ、ちょっとどうしたの?どこか痛いの?」
「…っ…わかんない。」
「わかんないって…」
「嬉しいのかもしれない…」
「どういう事よ…」
―ハクの言葉がこんなにも嬉しくて苦しい…―
リリはぽんぽんとヨナの肩を撫でて自分の方へ向かせるとその酷い顔に手拭を手渡した。
「…リリがいてよかった。」
「何言ってんのよ、もー。」
―知らなかった…私にとってこんなにハクは特別なんだ…!―
こうしてそれぞれの夜はゆっくり幸せを噛みしめて過ぎていくのだった。
翌朝から私達は行方不明者や麻薬の噂がある町に向けて出発した。
私はハクの首から下がる石に気づき、それがヨナからの贈り物だとすぐに理解した。
同じようにハクも私とジェハの袖から時折覗く腕飾りに気づいてニヤッと笑った。
そして例の町に辿り着いたのは夕方になってからだった。
到着するとすぐに爆竹の音が聞こえてきた。
「何?」
「爆竹だ。」
「灯水町では今夜水神様の祭が行われているのよ。」
『祭…?』
「毎年この辺りではやっている祭なの。
音楽や花火でとても賑やかなんだから。」
「この町か?斉の商人や行方不明者が出るのは。」
「それは…」
「リリ様。」
ハクの言葉に説明しようとしたリリを呼んだのは優しそうでふくよかな女性だった。
「あっ、ツバル!」
「また来て下さったんです?」
「いいのよ、この件を解決したいのは私も一緒なんだから。」
「ありがとうございます。」
「あ、紹介するわね。彼女は知人のツバル。
一月程前ツバルの息子がこの辺りで行方不明になっているのよ。」
「えっ…いくつくらいの子?」
「15です…夜に家を出たきり帰ってきてないの…」
ツバルは泣き始めてしまった。私達は口を挟まず話を聞く事にした。
「私も情報を集めているのだけど、なかなか手がかりがないの。
斉との国境は広いし、この件が麻薬に関係しているかは分からないけど、まずはこの灯水町から調べようと思うの。」
「わかった。」
「リリ様、そちらは…?」
「ああ、調査を手伝ってくれる人達よ。」
私達は揃って一斉に頭を下げた。
「お世話になります…!リリ様は変なお友達が多いんですねぇ。」
『変なお友達…』
「ツバルの家は旅籠屋(はたごや)で麻薬を取り締まってる時に知り合ったの。今夜はそこに泊まるわよ。」
私、ジェハ、ゼノは自分達の荷物をツバルと共に宿に運び入れる事にした。
「あ、私は仙水の貴族の娘って事になってるから。そこんとこよろしく。」
するとドンドンと太鼓を叩き笑う人々の声が聞こえてきた。
『祭が始まったみたいね。』
「人も増えて来たぞ。やりづれェな。」
「いや…四泉での麻薬騒動と一緒だよ。かえって好都合かも。」
「シンア君も目立ちにくいし。」
「確かに。」
「この中に斉の商人が紛れ込んでるかもしれないのね。」
シンアの肩からアオがどこかへ跳んで行こうとする。
それはシンアの両手で受け止められ阻止される。
「アオ…駄目行っちゃ。」
「お腹すいたのかな。町中美味しそうな匂いしてるもんね。」
「ボウズー」
その時お面を頭に乗せて飴を食べているゼノがやってきた。
「飴ちゃんぷまい。」
最早飴を舐めているゼノは“うまい”とも言えていない。
「幼児がえりも大概にしろ、永遠の17歳。」
「ちょっとこれ、お金どうしたの!?」
「私が出しました~」
テトラの言葉に私は溜息を吐き、ユンはゼノの頭に手を置いて共にテトラに向けて頭を下げた。
「もっ、うちのバカがすみません!」
「シンア君、あれが立派なお母さんの姿だよ。」
『はぁ…』
「うふふ、せっかくいらしたんですもの。
今夜くらい楽しんでいかれて下さいな。」
「そいつを甘やかしちゃ駄目なの!」
「じゃあ僕は祭囃子に混じって偵察して来ようかな、ゼノ君。」
「あいよ。青龍も行こ。」
「リンも来るよね。」
『うん。』
私は荷物の中から暗黒龍とゆかいな腹へり達として村を守っていた時に愛用していた狐の仮面を取り出すと頭に乗せた。
「では私はそんなそなた達を抱えて練り歩くか。よいしょ。」
キジャは右手でジェハを抱え、その上にシンアとゼノが乗った。
ひょいっとジェハは膝に私まで乗せるものだから目立ってしまう。
「腹へり大道芸だよ~」
「んー、ちょっと重いぞ~」
『私まで乗せなくても…』
「やめろ。一際輝く気か、珍獣四兄弟。」
ユンに注意されて私達は散らばって情報収集に向かった。
ヨナはざわざわする町を見ながらどこか意識は遠くにあった。
「…ん…さん…姫さん。」
「きゃあっ!」
ずっとハクが呼んでいるのにも気付かず耳元で呼ばれる程だった。
「び、びっくりした。」
「よそ見してるとはぐれるって言おうとしたんですけど。」
「ハクの声は心臓に悪いから、もうちょっと普通に話しかけて。」
「俺の声が?何で?」
「…何でもない。」
「あ、姫さん。」
ハクはすっとヨナの手を引いて賑わう町を歩き始めた。
「ハク、キジャ達は?」
「偵察に行きました。」
「リリは?」
「アユラ、テトラと周辺の聞き込み。」
「えっ、皆行っちゃったの?」
「だからはぐれるっつったでしょうが。」
―私ったら…!!―
「どうしたんです?こんな時にぼーっとするなんてらしくないですね。何かありました?」
「さ…昨夜から落ちつかなくて…」
「…なにが?」
「ね…眠れなかったし。」
「ふーん…」
「お…」
―お前のことばかり考えてしまうの…むり!!!!―
ハクを見上げたヨナは顔を赤く染める。
―この世で一番こいつにだけはこいつにだけは!そういうこと言えない!!恥ずかしすぎる!!
言ったら絶対“姫さん、頭沸いてます?”つて鼻で笑うわ!!血迷った事なんて言えないっ!―
「何でもない行こ…」
「きゃあっ」
「今の…」
「リリの声だな。」
―しっかりしなきゃ!―
ヨナは自分に喝を入れてリリのもとへと走り出した。
「リリ、どうしたの!?」
「大丈夫…」
駆けつけると血が流れる腕を押さえアユラやテトラに囲まれたリリがいた。
「ちょっと…誰かに手を切られたみたい。」
「切られた!?」
「かすっただけよ。」
「逃がしてしまいましたわ。」
ざわついた町を見てヨナ達は真剣な眼差しをしたのだった。
そうしていると花火が上がった。
打ち上げられる音の中にヨナとハク、そして偵察に行っていた私達も叫び声のようなものを微かに聞き取った。
「…ハク、聞こえた?」
「ああ。花火と歓声でかき消されたが叫び声が…」
『ジェハ…今の叫び声って…』
「僕にも微かに聞こえたよ…」
『私にははっきりと…この声は麻薬中毒者のものに間違いないわ。
四泉で聞いた声とそっくりだもの。』
「斉からの麻薬の商人が来てると噂の町だからね。居てもおかしくないか…」
『…キジャ達も集まって来てるわね。』
私とジェハは他の龍達の気配を感じてヨナのもとへ足を速めた。
「リリ様はここでお待ち下さい、私が行って…」
「テトラ、待って。」
その時テトラの前にすっとキジャが立った。
「よせ。闘うのは我々の役目だ。姫様とリリを連れて宿へ。
そなたはもう少し身体を労わった方が良い。ゆくぞ。」
「持っていくねぇ、キジャ君。」
『かっこいい♪』
「ボウズ、来てくれ。」
「えっ、うん。」
「たぶん…死人と怪我人が出てる。」
『たぶんじゃないわ、ゼノ…痛みを訴える人の声が聞こえる…それに気配はあるのに動かない人も…』
「…わかった、行く。」
「私も…」
「ヨナは駄目…危ない。」
こうして5人の龍とユンは私が感じ取る気配をもとに騒ぎの中心へ向かって駆け出した。
残されたヨナとリリはハクやアユラ、テトラと共に宿に戻る。
「リリ様…っ」
そこではツバルが待っていた。
「手から血が…」
「大丈夫よ、ツバル。痛くないから。」
テトラに手当されながらツバルに言う。
「麻薬中毒者の仕業でしょうか…?」
「そうかもしれないわね。」
「おいっ、そこの兄ちゃん!!」
そうしていると外に背を向けて窓際に立っていたハクが外から呼ばれた。
「橋のとこで人が折り重なるようにして倒れて怪我人がたくさん出てる。ちょっと手伝ってくれないか!?」
それを聞いてヨナとハクは視線を合わせた。
するとすぐにヨナが頷いた為、ハクは迷う事なく2階の窓から外に飛び降りた。
「騒ぎの原因は事故…だったみたいですね。」
「そう…なんだ。」
―事故…―
ヨナは何か釈然しないままその場に残った。
「医術師はいるか!?」
「誰か手を貸してくれ!!」
「そっちに運べ!」
「白蛇!タレ目!リン!!」
『ハク!!』
騒がしい橋の周辺で私達が動き回っているとハクがやって来た。
「こいつはひでェな。」
「ああ、川に投げ出された者もいる。一刻も早く救出しなくては。」
『麻薬調査どころではなくなってしまったわ…』
「こんな事故が起こるなんて。」
『ただ…この事故も偶然にしては出来過ぎてる…』
そこで私は目の前のハクを見上げた。
『…姫様は…?』
「宿にいるが…」
『姫様が…ヨナが危ないかもしれない!!』
私達が話している近くでシンアは倒れた者達を引き摺って逃げるように立ち去る男達を見つけていた。
「早くしろ!」
「…ねぇ、その人達…どこに連れてくの…?」
見つかった男達はすらっと剣を抜いた。
同じ頃、ヨナ達のいる宿にも侵入者らしき者達がいてアユラが相手をし、テトラも物音を聞いてヨナとリリのもとを離れた。
「麻薬の事もあるのにこんな事故が起こるなんて…」
「事故…かしら。」
「えっ…」
外を眺めるヨナをリリは近くにあったお茶を飲みながら見つめる。
「本当にただの事故かしら…」
「えっ、でも…」
「リリの手を切られたのもただの事故…?」
「これはかすっただけよ。」
「かすっただけ…かするだけで良かったんだとしたら…」
「どういう事?」
「たぶんリリには宿に引っ込んでいて欲しかったのよ。」
「ヨナ、何を言って…」
カシャンッ
「リリ?」
小さな音にヨナが振り返るとリリが伏せるようにして眠っていた。
「リリ!?」
飲んでいたお茶に睡眠薬が入っていたようだ。
彼女に駆け寄ろうとしたヨナも背後から薬を嗅がされてその場に倒れた。
「おやすみ、勘のいいお嬢さん。」
薬を嗅がせたのはツバルだった…