主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
金州・斉国
主人公の名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
旅の途中私達は森の中で足を止めた。
「よし、今日はこの辺りで休むか。雷獣は火を起こして。」
「はいよ。」
「キジャは水を汲んで。」
「うむ。」
「シンアは薪をたくさん集めて来て。ジェハは天幕張って。」
「了解。」
「リンは料理手伝って。」
『はいはーい。』
「じゃあ私は狩りでもしてくるわ。」
「あ、ホント?肉がちょっと少なかったから助かるよ。」
「任せて。熊捕って来る。」
「わー、ヨナかっこいいー」
さらっと言ってしまうヨナの様子にユンは茫然とするばかり。
「雷獣!リン!!止めて!
あんたらんとこのお姫様逞しくなりすぎ。」
「熊かー姫さん、腹へってんだな。」
『ハクは姫様と一緒に行って熊抱えて帰って来てよ。』
「それもそうだな。」
「あんたらも慣れすぎ!!鳥とかでいいから無茶しないでね。」
「はーい。」
そうしてヨナとハクが狩りに向かう。
「あとは…」
「ゼノは寝るからごはん出来たら起こして。」
「待った。」
『ゼノは料理手伝って。』
「実は普通に作れるってもうわかってるんだからね?」
「ゼノは…」
「子供のふりしてもダメ。」
「朝から腰が腰痛で…」
「『黙れ、永遠の17歳。』」
「最近の若いモンは年寄りの扱いが荒いから。」
そう言いながらもゼノは野菜を洗い、私は彼の隣で切っていた。
その瞬間私達は背後に気配を感じてそちらをばっと振り返る。
『ゼノ…』
「うん…」
「どうかした?」
「『…ううん。』」
嫌な気配について私とゼノは微かに気付いていながらも何事も起こらない事を願って作業を再開したのだった。
シンアは薪を集めに行ったがアオが駆け出してしまった為後ろを追いかけた。
すると龍の石像の口の中にアオがいたものの、何故だか勝手に石像の口が閉じてアオを食べてしまった。
それを見たシンアは迷わず龍の石像の首を斬った。
アオを救出してシンアはアオを肩に乗せる。
「アオ…大丈夫?帰ろ…」
薪を持って帰ろうとすると石像から出て来た黒く大きな気配に彼は飲み込まれてしまった。
「シンア、遅いね。ヨナと雷獣も戻って来ないし。」
『このままじゃ夕食の準備進められないわ。』
「僕が探しに行ってくるよ。リンも一緒に来て。」
「リンも?」
「気配を追って見つけてくれるだろうからね。」
私とジェハが歩き出そうとした時、足音がして私達は足を止めた。
『あ…』
「ん?」
『シンアが帰って来…』
言い終わる前に私、キジャ、ジェハ、ゼノ、ユンはきょとんとして目の前にいるシンアを見つめてしまった。
彼は仮面をせず堂々と私達の前に立っていたからだ。
「…緑龍。」
「なに、ゼノ君…?」
全員がシンアを見つめたまま言葉を交わす。
「感想は?」
「え?」
『ジェハってずっとシンアの眼見たがってたからね…夢叶ったじゃないの。』
「あー…そだね…いや…何てゆーかこう来ると僕もどうしていいかわからないっていうか。
や、確かにちょっとないくらい美しい黄金の瞳だよ。
でもホラ近頃は嫌がるシンア君の眼を無理矢理覗き込んで“やめて”“見るな”“来るな”って喋る珍しさに楽しみを見出してたからね。」
「お前そろそろ心臓麻痺で死ぬぞ。」
「…なんかいつも面をしてるシンアの素顔は迫力だね。」
「私は嬉しいぞ。シンアが我らに心底心を許したという事だからな。
そなた達あまり大事にしてはならぬぞ。そっとな。」
そう言いながらキジャはシンアに近付いて目を輝かせながら美しい瞳を褒める。
「シンア、そなたの眼は本当に美しいな。」
『キジャが一番そっと出来ないから…』
「キジャ君は思った事全部口から出ちゃう病だね。」
「シンア、こちらへ。」
「触るな下郎。」
キジャがシンアの服の袖を引っ張って仲間の輪に引き込もうとすると、シンアは拒絶の言葉をはっきり口にしたのだ。
「あ…そうか…すまぬ痛かったか。私の手はどうも加減がきかぬ…」
「右腕を振りまわすだけの能なしの力など痛いわけあるか、阿呆。」
「『シン…ア…?』」
茫然とするキジャの後ろから私とユンはシンアの変貌ぶりに顔を見合わせる。
キジャはふらっとこちらに駆け寄って来る。
それを見て何をするべきか解っていたかのように私、キジャ、ジェハ、ゼノは円になって顔を見合わせるように座った。
「今から四龍兄弟会議を始める。」
『議題“シンアが反抗期”』
「さーて、面白くなってきました。」
『ただ四龍兄弟会議なら私関係ないわよね?』
「否、リンも黒龍なのだから重要だ。」
「俺は部外者でしょ。」
「そんな事はないぞ、ユン。」
不貞腐れつつ立ち去ろうとするユンをキジャが引き留めた。
「そなたの事は母…いや弟同然のように思っている。」
「今母って言わなかった?」
『とりあえず私の隣に座って、ユン。』
「…まぁ、いいけど。」
ユンが座ったのを確認してキジャが口を開いた。
「私は反抗期というものを経験した事がない。
そなたの意見を聞かせてくれ、ジェハ。」
「どうして僕?」
「そなた阿波で反抗期だっただろう?」
「誰が反抗期だ。」
『ハハハハハッ』
「リンは笑いすぎだよ…」
「心配ないから。少しくらい反抗した方が後々まっすぐ育つから。」
「何?私は歪んで育ったとでも?」
「白龍のまっすぐさは歪み知らずの鋼鉄製だから。
緑龍は歪みまくってベコベコになってるところを更生されて、今は愉快な兄ちゃんだけど全ては純粋すぎたゆえだから。」
「よーし、ゼノ君。そろそろ黙ろうか。」
私はジェハとユンの間で大爆笑。お腹を抱えて笑っていた。
ジェハは悔しそうに私を見ると自分に抱き寄せて頭を拳でグリグリした。
『イタタッ…』
「笑いすぎだって言ったよね、リン…?」
『ごめんってば…』
「ユンはどうだ?神官殿に反抗した事など…」
「いいよぉ、俺の話は。」
「ともかくシンアもジェハのように純粋すぎたゆえ反発しているのだな?」
「や…キジャ君、あのね…」
「こういうのは台風みたいなものだから。通り過ぎたら元の優しい青龍に戻るから。」
「成程、寛容な心でシンアと向き合えば良いのだな。」
「だなだな♪」
『話を聞く気はさらさらないみたいね、ジェハ…』
「はぁ…」
―それにしてもシンアから感じる気配がいつもと少し違う…どうして…?―
キジャは私が頭を悩ませている間に立ち上がってシンアに向けて力説を始めた。
「シンア!今!!苦しんでいるか!?しかし負けるな、諦めは敵だ!!
頑張れ、そなたなら出来る!!困った時はあの太陽に向かって吠えろ!!大地の気持ちになれ!!
一番にならなくても良い!!元々特別なたった一人になればいい…」
「うるさい黙れ。」
「あうっ…」
キジャはシンアに無抵抗のうちに殴られた。
「おかしいな殴られたぞ。」
「『大丈夫。今のは俺/私でも殴る。』」
「そうか。」
私とユンに冷ややかに言われたキジャは静かに引き下がった。
ジェハは溜息を吐きながら立ち上がると天幕を張る作業に戻った。
「まあまあ、こういうのは放っておくのが一番だよ。自然にね。
シンア君、天幕張るの手伝ってくれないかな。」
すると目の前でシンアは剣で天幕を切り裂いた。
『え…?』
「ちょっと!シンア、何てことするの!?」
「落ち着いて、ユン君。頭ごなしに怒っては駄目だよ。
天幕がなくたってちょっと僕らが夜寒い思いしたり、キジャ君が虫に怯えたりするのが笑える…それだけのことさ。」
「虫!?」
『…天幕、タダじゃないんですけど。』
「天幕の布は俺が夜なべして縫うんですけど。」
『一人で縫いきれない時は私も手伝ってるって知ってた…?』
私とユンの言葉にキジャ、ジェハ、ゼノは急いで頭を下げる。
「シンア君!お母さんに謝りなさい!!」
「だから誰がお母さんだ!!」
『とにかく共同生活なんだから仕事はしてもらわなきゃ。』
「シンア、薪を頼んだよね?ちゃんと持って来て。」
「…」
「睨んだって駄目!」
「シンア!反抗期でもいい。だがユンの言う事は聞くのだぞ!!」
そこまで言ってキジャはシンアを見て違和感を覚えた。
「シンア…そなたアオはどうした?」
いつもならシンアの肩などに乗っているはずのアオがいなかったのだ。
「アオ…?」
「そうだ、そなたの相棒だ。」
「知らん、何だそれは。」
この言葉が私にとってもキジャにとっても決定打だった。
私とキジャが冷たい気配を纏った事に気付いたジェハとゼノは目を丸くする。
ユンも突然彼を庇うように立った私を見て首を傾げている。
「リン、どうしたの…?」
「キジャ君…?」
『シンア…いや、青龍…』
「そなた、誰だ…?」
「えっ…シンアじゃない…!?」
「いや、でも彼は間違いなく…」
『気配はね、確かに青龍よ。でも…』
「ジェハの記憶を抹消したならともかくプッキューを忘れるなどそれはもうシンアではない。シンアっぽい何かだ!!」
「ちょっと待って、僕の扱い。」
『うん、今のはちょっと酷いかな。』
「そなた何者だ。シンアとアオをどうした!?」
キジャが青龍に触れようとすると青龍は目を開いてキジャを見つめようとした。
「キジャ君!!」
ジェハの大きな手がキジャの前に翳されて真っ直ぐその瞳を見る事はなかったが、バランスを崩したキジャはその場に座り込んでしまう。
私はジェハの背中越しにユンを庇いつつ青龍を見る。
そんなジェハの前にゼノが飛び出した。
「シンア…」
『駄目、ユン!』
「シンア君の眼を見るな!!」
一瞬青龍の眼を見てしまったユンの身体から力が抜けて座り込んでしまうのを私は抱き留めて地面に膝をつく。
「リン…」
『大丈夫、ユン?』
「う、うん…」
「ゼノ君!!君も…」
ゼノは青龍の眼を見た為に身体が食われる感覚に襲われてその場に崩れ落ちる。
ジェハも膝を折って体制を低くするとゼノを呼んだ。
「ゼノ君!!」
「ゼノ…麻痺の能力が…」
「…だいじょーぶ。感覚が無くなるのは一瞬だけだ。俺には効かない。
んー…青龍の能力をくらったのは初めてだなぁ。
聞いてはいたけど、龍に喰われる幻影を見るってこんな感じか。
二千年以上生きてても学ぶ事は多いからゼノもまだまだヒヨッ子ヒヨッ子。」
ゼノは立ち上がると青龍を見上げた。
「さあて…と。ここに来た時から妙な気配はしてたんだけど。ね、お嬢。」
『うん…シンアの中に何か居る…』
「シンアの中に!?」
青龍は次にゼノの左半身を喰らった。
「…ああ、いい気分だ。貴様はどうだ?バラバラに食われる気分は。」
「欠伸が出るね。めんどくせェから心臓ツブしてみろよ。」
するとその言葉通り青龍はゼノの心臓に真っ直ぐ能力で手を伸ばした。
倒れてしまったゼノをジェハが抱き起こす。
『ゼノ!!』
「ゼノ君ッ」
「はははっ、最っ高…」
だがその麻痺は青龍自身の身体に返ってくる。
「シンア…っ」
「…よいせ。青龍大人しくなった?」
「そなた心臓に悪い事はよせ。」
「このくらいでくたばるならとっくの昔に死んでるから。」
「ねぇ…シンア、大丈夫なの?」
『今は麻痺返しをくらってるだけで暫く動けないだろうけど…』
「うーん…中のヤツがなぁ…」
ただ青龍はすぐにふらつきながらも立ち上がった。これには私達全員が目を丸くする。
「シンア、麻痺返しにならない…!?」
「あれ…?もしやゼノに効いてないから青龍にもあんまり反動がないのか?」
「シンア君対ゼノ君では戦いにならないって事だね。」
「然り然り。青龍の能力効かないけどゼノも大怪我しないと単なる見つめ合い大会に…」
「!」
『ジェハ!!』
「っ!?」
その瞬間、青龍が何か黒い圧力を私達に向けて放った。
キジャとジェハも座り込み頭を抱え、ユンも悶え地面に倒れ込んでしまう。
私は気配に敏感な分つらくユンを抱き締める形で呻き声を上げていた。
『くぅっ…』
「う…ッ」
「ぐ…」
「ん?ボウズ!」
「ああっ…頭が痛い…」
「よせ!!」
ゼノにはこれも効かないらしい。
「お前はなぜこの圧に耐えられる?」
「年季が違うからな。ゼノには効かな…い?」
ただゼノは一瞬にして縄で縛られてしまい身動きが取れず青龍に抱えられてしまった。
「あれー、そう来る?」
「ゼノっ」
「そゆ事されるとゼノ実は手も足も出ないから。非力だから。」
『ゼノ!』
「ゼノ君っ」
「あ、ひと思いに刀で斬ってみても構わんよ?」
ゼノの言葉に青龍は反応を示さなかった。それどころかそのまま歩き出す。
「おーい、どこ行くの?ゼノは貸出禁止だからっ」
ゼノは連れ去られ、ユンは力尽きて気を失ってしまった。
暫くしてから私は頭を押さえながらふらっと立ち上がりキジャとジェハに歩み寄る。
『ジェハ…キジャ…』
「うっ…君は大丈夫かい…?」
『頭痛い…』
「だが追いかけるしかなかろう…」
「ユン君は…?」
『気を失ってるわ。』
「ユン君には悪いけど僕達はシンア君とゼノ君を追い掛けよう。」
「うむ。ユンなら姫様やハクにもきちんと現状を説明してくれるであろう。」
『ごめんね、ユン。』
それから私の案内でシンアとゼノの救出に向かったのだった。
「遅くなっちゃった。ユン怒ってるかなあ。」
「平気でしょ、こんなに土産あるんだし。」
「ユン、喜んでくれるかなあ。」
ヨナとハクはその手に熊や沢山の林檎を持って仲間達の待つ場所まで歩いていた。
「みんなー、ただい…」
だがそこにあったのはボロボロの天幕と膝を抱えて座るユンの姿だった。
「ユン!どうしたの!?」
「ヨナ!雷獣!!」
「何があった!?」
「どうしようみんな…みんなっ…いなくなっちゃった…!!」
「皆いなくなったってどういう事?」
「わかんない。シンアが反抗期になって、暴れて、天幕ぶった斬って、高笑いして、キジャが緊急会議開いて、ゼノがすっ転んで、俺…俺…っ」
「落ちつけ。愉快な事しか伝わって来ない。」
「ユン、順を追って話して。」
「…うん、シンアの様子がおかしくなって…」
ユンはどうにか心を落ち着かせると何が起きたのか少しずつ話した。
「…そのまま気を失って気がついたらキジャもジェハもリンもいなくなってたんだ。
どうしていいかわかんなくて俺…とりあえずご飯炊いて待ってたんだけどぉ!!」
「さすがユン。」
「母親の鑑だな。」
「母親じゃないよッ」
「ともかくヤバい事態なのはわかった。」
「シンアが能力を使うなんて只事ではないわね。」
「シンアの意思じゃないみたいだけどゼノを担いで行っちゃった。
どこに行ったかは気を失っててわからなかったけど…」
「キジャ達はそれを追って行ったのかもしれないわね。急いで探しに行こう。」
「ちょっと待って!炊いたご飯おにぎりにするから!!」
「ユン、諦めろ。もう発想が母ちゃんだ。」
ユンはとんでもない勢いでおにぎりを握るとヨナやハクと共に歩き出したのだった。
「リンー!!キジャ!ジェハ!!返事してーっ」
「リンだったらこれだけ姫さんに呼ばれたら返事するだろうけどな…」
「うん…」
3人は森の深い位置までやって来ていた。
「何か白蛇の悪口ねェかな。」
「何で悪口?」
「それが聞こえたらどんな状況下にあっても不屈の闘志で戻って来そうだろ。
あいつもう白蛇にはすっかり慣れて普通に返事しやがるからよ。」
「確かに。ジェハは?」
「あいつにとって悪口は褒め言葉だ。」
「病が深いねー」
「あっ…アオ!」
アオは木の根元に倒れていた。ヨナはアオを手に乗せて、近くにあったシンアの面はハクが拾い上げた。
「シンアの面も落ちてんな。」
「アオっ!どうしよう、ユン。アオが動かない…っ」
「ちょっと待って。プッキュー、ご飯!!」
「ぷきゅ。」
アオはすぐに身を起こして丸い目をきょろきょろさせた。
「ユン、すごい!アオが生き返った。」
「プッキューを起こしたい時はご飯かどんぐりって言えばいいよ。」
「アオ、シンア知らない?」
ヨナがアオにシンアの居場所を問うている頃、ハクは転がり落ちた龍の石像の頭を見つけていた。
「なんだこれは。」
「龍の石像の首がもげてる。」
そして近くには龍の石像の身体部分があって、その下には階段が続いていた。
「これは…」
「怪しい。」
「地下に何かあるのかしら。シンア達はここに入って行ったのかも。」
「待て、今松明を。」
ハクが松明を用意するとすぐに先頭で階段を下りて行った。
入り口が狭い為ハクは大刀を持って入る事が出来ず仕方なくその場に置いて行く事にしたようだ。
その後ろをヨナが追いかけてユンも続こうとしたとき背後から何かの音を聞いて彼は後ろを振り返った。
「結構深いわ。どこまで続いてるんだろ。」
「…?ねえ今、向こうで音が…」
「ユン!」
「えっ、うそ。待って…!」
「ユン!」
すると何故だか階段の入り口が閉じてきていてユンが入るだけの幅がなくなっていた。
結局ユンは自分の荷物から何かを取り出してヨナに向けて投げた。
「ヨナ、これを…!」
「ユン!」
そして扉は閉じた。残されたのはヨナの手の中にあるユンに投げ渡されたおにぎりの包みだった。
「そんな…みんな…地下に閉じ込められちゃった…!」
ハクは扉を内側から開けてみようとするが全く動かなかった。
「開かねェ…」
「奥へ行きましょ。どこかに出口があるかもしれないし、探せばシンア達も。」
「結構ヤバい事態かもしれないのに落ちついてますね。」
「うん。ユンがおにぎり投げてよこすから焦る前に吹き出した。
それにハクが側にいれば何も怖くない。」
その言葉にハクはヨナの後ろを歩きながらきょとんとした。
「…今のもう一回言って。」
「…ユンがおにぎり投げて」
「おにぎりはもうわかった。ま、いいや。」
そうしているとヨナは視界がぼやけてふらっとしたと思ったらハクに向かって倒れ込んでしまった。
「姫さん!!おい、姫さんっ!!
くそっ、どうなってやがる。入口は開かねェし。
奥へ進んであいつらを探すしかねェか。」
ハクはヨナを抱き上げるとゆっくり先へと進み始めた。
同じ頃、私はキジャやジェハと共に地下通路を歩いていた。
そして扉の一部を壊そうと私に松明を持たせて2人は拳と蹴りを振るっていた。
「キジャ君、いくよ。せーのッ!!!」
「崩れぬ…っ」
「僕らの能力を持ってしてでも壊れないか…っ」
『扉の向こうからシンアとゼノの気配がするんだけど…』
「どうする?」
「別の道を探すぞ。ここに2人がいるのは間違いない。必ず2人を連れて帰るのだ。」
「わかってる…でも…」
私とジェハは暗い表情で目の前の暗い通路を見た。
そこには壁や床から黒い亡霊のような影が這い出て来ているのだ。
「やっぱこの道以外ないのかなー…?」
「何か問題でも?」
「え?ほら何か居ない?ここ…」
「何かいるのか?どこだ?」
「あれ、僕だけ?まあ昔から少し見える方ではあったけど。」
「何か見えるのか?どこだ?」
『ジェハ、私にも見えてるわ…それどころか気配に敏感だからよりつらい。』
「無理したら駄目だよ…?」
『もう既にその黒い奴らが肩に重くのしかかってきて気分悪いんだけどね…』
「む…シンアっぽい者と対峙した時に感じたあれか?」
「君は何ともないの?」
「今はさほど。」
「僕は気を抜くと意識が消えそうになるんだけど。」
『同じく…ちょっとふらふらするわ…』
「案ずるな。そうなれば私がこの手でバチーンと一発。」
「『意識が消える前に命が消えるわけだね/ね。』」
逆にその一言で私とジェハの頭は覚醒した。
キジャの右手で殴られようものなら死んでしまいかねないだからだ。そのとき足元をムカデが這った。
「ジェ、ジェハジェハ!!虫ッ虫ッ!!」
「君といると気絶してる暇もないね。」
「あ、人骨の後ろに隠れたぞ!!」
『普通は人骨に驚くものだと思うんだけど。』
「あ、そういえばそうだな、この様な所に。」
「これが僕らの未来の姿にならなきゃいいけどね。」
『…不吉な事言わないでよ。』
「かなり古いな。刀も落ちている。争い事があったみたいだ。」
『ねぇ、これ何か思い出さない?』
「ん?確かに少し似ているな、シンアの面に。」
人骨の近くに転がっていた面をジェハが手に取った為、私とキジャがその面を覗き込み表情を真剣なものに変えると息を吐いて道を進み始めた。
捕らえられたゼノはというと洞窟の一室で目を覚ました。
「う…」
すると周囲にゼノに抱き着くように黒い影が抱き着いていた。
「わあびっくり。何かここいっぱい居るなぁ。
…あれっ、青龍…?違うか、青龍っぽい奴だ。」
「俺は青龍だ。お前は黄龍だろう。俺にはわかる、同じ龍だからな。」
「成程、青龍に取り憑いてるのは大昔の青龍の魂ってわけか。」
ゼノは地面に座り込んだまま目の前に立つ青龍を見上げた。
「そんな気はしてた、お前は青龍の能力を使いこなしてたから。
じゃあここはかつて青龍の里があった場所?」
「…そうだ。そして歴代青龍の魂が眠る墓。」
「…偶然とはいえそれを今の青龍が起こしちまったんだな。
悪ィ、青龍に代わって謝るからそろそろウチの子返してくんない?」
ゼノは真面目な目をして目の前の青龍を見つめる。
彼は今この世を生きている龍…私達を想ってくれているのだとヒシヒシと感じてくる。
「…偶然なものか。ここに眠る者は皆、抑えつけられ踏みにじられてきた。
ずっと地上に出て面を捨て能力を自由に操りたかった。
そして現れた、最高の器が!!
これは天命だ。お前の身体も特別なようだ。その器…我が同胞に明け渡せ。」
「…いいよ。」
青龍はゼノの髪を引っ張って顔を寄せて言う。
ゼノは全く動じずに身体を受け渡す事を承諾した。
すると沢山の手がゼノに伸ばされた。
「…でもやめといた方がいい。」
「なっ…」
「何十回何百回と俺は心臓を貫かれ身体をバラバラにされた。
何百年何千年と俺は自分を消す事を考えた。
あんまり覚えてないけど、自分で自分をズタズタにもした。
明け渡せるものならいくらでもくれてやる。
でも俺は命の化け物だ。例えば世界が消えたって俺が消える事はきっとない。」
するとゼノから影…青龍の亡霊は逃げて行った。
「…黄龍の器は我らには背負えんと…?」
ゼノの寂しそうな笑みに青龍は目を洞窟の外に向けた。
「…先程地下に5人入り込んだな。
白龍、緑龍、黒龍…あと2人は人間か…
こちらに向かっている。あれならば奪うのは容易いな。」
外に残されたユンは頭を抱えていた。
「どうしよう、俺一人でどうすれば…」
涙を流していたユンは顔を上げて龍の石像の断面を見てはっとした。
「…あれ、よく見るとこの石像。斬られた首に何か…仕掛け…?
もしかしてこのからくりが壊れて入口が勝手に閉じたのかな。
…そういえば向こうでも何か音がした…気のせいかもしれないけど。」
ユンは涙を拭って立ち上がった。
「しっかりしろ、天才美少年!」
ヨナは倒れた後に何かの意識の中で目を覚ました。
どこだかわからない彼女の前にシンアが現れた。
「シンア!よかった、探してたのよ。」
「ヨナ…俺のところに来ないで。危ないから。」
「シンア…?」
「強い恨みを持つ魂達がみんなを狙ってる。
今俺は身体を制御出来ない。ゼノに…能力を…使ってしまった。」
「シンア…一体何がシンアを動けなくしてるの?」
ヨナはシンアに駆け寄って彼を見上げた。
「…昔の青龍…」
「昔の青龍?」
「その人の心が伝わって来た。
ここには大昔青龍の里があって、ある日突然賊に襲われたんだ…
里人はまだ赤子だった青龍を連れ出し賊達をこの地下に閉じ込めた。
先代青龍を囮にしてその先代は賊と戦って負傷し、二度とここから出られなかった…それが今俺の身体にいる人…」
「…その人の事を話してくれたのは、その人の境遇にシンアが心を砕いてるから…?」
「…」
「シンア、道を空けて。私を眠らせているのはシンアでしょう?」
「…駄目だ。」
「迎えに行くわ、何度でも。」
ヨナを眠らせたのはシンアのようだった。
それは全て彼女を危険に巻き込みたくなかったから。
そんなシンアをヨナはふわっと抱き締めた。
「大丈夫。シンアが何をしても私や皆の心は揺るがない。一緒に帰ろ、シンア。」
すると静かにヨナの意識が覚醒した。
あまりに暗くて彼女は少しだけ夢の中なのか現実なのか判別できなかったようだ。
「ハク…ハク!?どこ…」
すると彼女の手に大きな手が重なった。
「ハク…!?」
「姫さん…気がついたんですね…」
「ハク…何も見えない。」
「すみません…松明が消えて道がわかんなくなったんで…どーしたもんかと…」
「…ハク、どこか痛いの?声が…苦しそう。」
「…え?別に何ともないで…」
「うそ。」
ヨナは暗い中でハクの頬を両手で包み込んだ。
互いの顔は見えなくても彼女はハクの様子がおかしいのにすぐ気付いた。
「顔が見えなくてもハクの様子くらいわかるわ。身体が冷えて呼吸が乱れてる。
シンアが強い恨みを持つ魂が私達を狙ってるって言ってた。」
「はあ…?何すかそれ…ちょっと身体が重いだけですよ…くっ…」
そんなハクの頭をヨナは胸に抱き寄せた。
「ハクは渡さない。幽霊だろうが何だろうが絶対に。」
「……え?夢?」
「しっかりして、ハク~~~~っ」
「や、自分に都合のいい夢見てんのかなって。」
「起きて~~~っ」
ハクは身体を起こしてヨナに支えられるようにして立ち上がった。
「動いて平気?」
「…なんかすっげー身体重いんだけど、こんな時に顔が見れねェって腹立って生きる力湧いてきたわ。」
「その調子よ、ハク。」
実はハクには沢山の霊が取り憑いているのだが、2人は進み始める事になった。アオはシンアの匂いを辿って走り出す。
「さて真っ暗だがどっちへ…」
「ぷきゅ。」
「アオにはシンアの匂いがわかるみたい。」
「白蛇より優秀だな。」
―シンア、必ず行くから一緒に帰ろう…―
私はキジャやジェハと共に道を進んでいた。
だが私とジェハは体が重く意識が薄れつつあった。
私は元々身体がふらついていた為、ジェハが支えてくれていたが彼自身も震えている。
「…近いぞ。ゼノとシンアの気配だ。」
「う…ん…」
―淀んだ空気…何だここは…―
―痛い…身体中が削ぎ取られてるみたい…
まるで見えない獣に弄ばれる生贄だわ…っ―
そして私はもう体力の限界でほとんど意識を失い、ジェハも私を支えきれず倒れてしまった。後ろで倒れた私達をキジャが振り返る。
「ジェハ!?リン!?おいっ!」
「そこまで来ているな。」
ゼノと青龍も私達の気配に気づいていた。
「もっとも緑龍と黒龍は限界のようだが。」
「おしあい♪へしあい♪泣いたらダメよッ」
「うわっ…」
ゼノは私達の身を案じて青龍に体当たりをした。
青龍が倒れるとゼノはその背中に座って青龍の剣で自分を縛る縄を切った。
「ちょっくらゴメンだからっ。さーて、自由になった。」
「どうする?その刀で俺を斬るか?」
「んなことしないから。」
「だろうな。こいつを傷つける。」
「それもあるけど、ゼノ以外の龍はみーんなアビやシュテンやグエン、それにレイラの子供みたいなもんだから。」
肩にシンアの剣を担いだゼノは柔らかく微笑んだ。
「俺はお前らが可愛くて仕方ねェのさ。よいせっ」
ゼノは迷いなく自分の右腕を切り落とした。
その様子に青龍も驚いたようだった。
だがすぐにゼノの腕は元に戻り固く強化される。
「…って…緑龍とお嬢もヤバイし、この部屋のろうそくも残り少ないし、ちょっとお見苦しいけど強行突破でいくから。」
ゼノはその拳で近くの壁を殴り壊した。
「ゼノ!」
「白龍~こっちこっち。緑龍!お嬢、生きてるか―?」
「うー…ん、まあなんとかねー」
『っ…』
「ただ…リンがそろそろ危ないかな…」
キジャは真っ直ぐ青龍に向かって行った。
「黄龍、お前の能力は一体…はくりゅ…」
「私の弟を返せ。」
キジャは冷たい表情のまま青龍の顔に龍の鋭い手を伸ばした。
「……くく…弟…?四龍同士で兄弟ごっこだと?笑わせる。」
「取り憑きたくば私に憑くがよい。構わぬ、全て背負ってやる。」
「…ふ、お前は駄目だ。先代白龍の加護が強すぎる。」
青龍は近くに転がっている剣を拾ってキジャに向ける。
そこにアオが飛び出して来た。
「ぷっきゅきゅー」
「なんだ、うるさいリスだな。邪魔だ!」
「シンア。」
そこに颯爽と現れたのは赤い髪を揺らすヨナ。アオの案内でやってきたようだ。
「姫様、このような所に…」
「キジャごめんね、遅くなって。リンとジェハは大丈夫?」
「僕は平気だよ…でもリンは危険かも…」
「リンをお願いね、ジェハ。あ、はいコレ。ユンのおにぎり。」
「あ、これはどうも…」
キジャはヨナからおにぎりの包みを受け取って呆然とするしかない。
ヨナはそれから青龍と向き直り、私はジェハに抱き上げられ朦朧とする意識で彼の胸に凭れ掛かったままヨナの様子を見守っていた。
青龍の鼓動は自分に歩み寄って来るヨナに反応して大きく鳴る。
「…どうしたの?」
その鼓動に比例するように青龍の目から涙が流れた。
「…わからない。お前は…何者だ…?」
「ただの人間よ。あなたが能力を使っても取り憑いても抗う術はない程には。」
「なぜだ…足が震える…涙が止まらない…恐れ多くてこれ以上は近づけない…」
その場に膝をついてしまった青龍をヨナは優しく抱きしめた。
ヨナは優しく青龍に語り掛け始めた。
「シンアから聞いたわ。もっと聞かせて、あなたのこと。」
「………恐ろしかった…
幼い頃から忌み嫌われ戦闘に不慣れな俺を囮にし、朽ち果てるまで暗闇に閉じこめられ全てを呪わずにいられなかった。
俺の…味方は…ここに残された魂達だけだった…」
「うん…だからシンアもあなたに少しの間体を譲った…
ゼノ達に乱暴したのはとても心を痛めていたけど。」
「わざと…譲ったと…?」
「シンアは優しい人よ。とても優しい人なの。
青龍、シンアが許すならそこに居てもいいわ。
でも気持ちが落ちついたらその体、シンアに返してね。
シンアもようやく暗闇から太陽の下に出られた人だから。」
「………もういい。」
青龍は柔らかく甘く微笑んだ。
「わかっていた…どれだけ足掻いても俺の時は戻らない。
なぜだろう、お前が来るのを待っていたような気がするのは…」
そうしていると青龍の身体がふわっと輝いて光の玉が天に昇って行った気がした。
それは気配に敏感な私にしか見えなかったのかもしれない。
「…ヨナ。」
はっとして顔を上げるとヨナの目の前にいつものシンアらしい少しだけ幼い表情があった。
「…シンア?」
「……ただ…いま…」
「シンア!戻ったか。」
「ん…何か体軽くなったな。」
「僕も。リン、大丈夫?」
『うーん…まだ少し頭が重いけど平気…』
立ち上がったジェハに凭れる形で彼に肩を抱かれて自分の足で立った。
「やー、年寄りには骨の折れる事件だったから。」
「……みんな、ごめん…」
「気にするな、そなたが無事で何よりだ。」
『おかえり、シンア…』
その時シンアは自分の面がない事に気づき両手で顔を隠した。そして周囲をきょろきょろ見回した。
「…っ」
「面なら外にあったぞ。」
「まだ…必要?」
シンアは首を振り両手をどけて顔を上げた。
「…でもあれは…形見だ。付けてると安心する。」
「…そう。じゃ帰りましょ。」
「入口閉まってんぞ。」
「うわあ。」
「私に任せよ!」
「リン、歩ける?」
『はい…すみません、姫様。魂は皆成仏したようですが、長時間禍々しい気配に触れた為に頭が重くて。』
「僕に掴まっててくれればいいから。」
ジェハはそっと肩を抱いてどこか出口を求めて歩き出した。
その瞬間周囲が真っ暗になり、私はビクッとしてジェハにしがみついてしまった。
「わー、ロウソク消えたから。」
「松明ももう駄目だ。」
「いよいよこれは皆仲良く骸骨?」
「困ったわねー」
『どこか外に繋がっている事は微かに感じるんですが…どうにも本調子じゃなくて…』
「…大丈夫、俺…見える。摑まって。」
結局シンア、ヨナ、キジャ、ジェハ、私、ゼノ、ハクの順で並んで歩き出した。
「シンア、頼りになる。」
「あ…ここ上ぶつかる。よけて…」
「うむ。」
ゴッ…
「ぐあッ」
「キジャ君、本当に君はそそっかし。…あだッ」
次々にキジャ、ジェハ、ゼノが天井から飛び出している出っ張りにぶつかっている。
私は気配でその障害物に気づいていた為よけたが。
「ふはっ、バカだな二人共。あいてッ」
『大丈夫…?』
「お前ら飽きねーわ。」
「うおぉおおおおおい!!」
「え?何?」
「変な声聞こえたから。」
「まさかまた亡霊?」
『近付いて来てるわよ。…って、この気配は…』
「いたーっ、バカ珍獣共!遅いんだよバカっ!世話かけさせんなよバカっ!もっめんどくさっ!」
『ユン!!』
「どうやってここに!?」
「遠くから音が聞こえたから調べてみたら別の入口見つけたのっ
暗いし独りだし持って来たおにぎり冷めちゃうし!!」
「「「「「『お母様…っ』」」」」」
「産んだ覚えないよ!!」
「ごめんね、ユン。」
『ユン…置いて行っちゃってごめん。』
「すまぬ、ユン。おにぎりは有難く頂くぞ。」
「ユン、別の入口はどこだ?」
「こっち。」
ユンが持つ松明のお陰で周囲が照らされて、道が見えてきた。
歩き出そうとしたら近くに古い頭蓋骨があるのをシンアが見つけた。
その骨を掲げて彼は自分の額に当てて目を閉じた。
「おやすみなさい。」
「シンアー」
「…うん。」
ヨナの呼び声にシンアは私達の背中を追いかけたのだった。
洞窟を出た私達は破れた天幕を回収して皆で火を囲むように眠る事にした。近くではユンが料理を温め直している。
それを待ちながら私は漸く頭痛が治まってジェハと並んで座っていた。
木に凭れて空を見上げると綺麗な月が見えた。
料理が出来上がるのを待っている間に私はふと歌い始めた。
仲間達は私の歌声に顔を上げたが酒を飲んだり料理の準備をする手を止めず静かに目を閉じるなどして耳を傾け始めたのだった。
ジェハだけは私の髪を撫でて自分に引き寄せ、私は彼の腕に抱かれたままシンアだけではなく歴代の青龍を想って歌詞を紡いだのだった。
《蒼き月満ちて》
月の蒼さとその儚さを歌うとシンアがゆっくりこちらにやってきて私に向けて手を伸ばした。
ジェハは目を丸くしたが私は微笑むと彼の面にそっと手を伸ばした。
シンアの手は私の頬を両手で包み込んでいて、私は彼の面に触れると彼が拒まない事を確認して面を外した。
すると彼の美しい瞳が現れてそれを真っ直ぐ見つめた。
「リン…」
『うん?』
「…ありがと。」
『こちらこそ…シンアに出会えて良かったわ。』
「俺…も…」
「私も!」
「ゼノもー」
私とシンアが見つめ合っているとヨナとゼノが飛びついてきて、シンアは驚いたようだったが私と顔を見合わせるとふわっと微笑んだ。
初めて間近で見た綺麗な笑みに私は息を呑み微笑み返した。
ハクとユンは呆れつつも柔らかく笑っている。
ジェハは倒れそうになった私を抱き留めながらじゃれ合う私、ヨナ、シンア、ゼノ…そして少し遅れて参戦したキジャを温かく見守っていたたのだった。
『皆の事…大好きよ。』
「リン…?」
私は振り返って自分に抱き着いているヨナやシンアの背中に手を回したまま近くにあったジェハの頬に口付けた。
『貴方の事は愛してるわ、ジェハ。』
彼は一瞬きょとんとした後、いつも通りの余裕そうなそれでいて少し幼い笑顔を私に向けた。
「光栄だよ、リン。」
※“蒼き月満ちて”
歌手:AKIRA
作詞:AKIRA SUOU、Saku
作曲:Saku
アニメ 黒執事 Book of Circus ED
「よし、今日はこの辺りで休むか。雷獣は火を起こして。」
「はいよ。」
「キジャは水を汲んで。」
「うむ。」
「シンアは薪をたくさん集めて来て。ジェハは天幕張って。」
「了解。」
「リンは料理手伝って。」
『はいはーい。』
「じゃあ私は狩りでもしてくるわ。」
「あ、ホント?肉がちょっと少なかったから助かるよ。」
「任せて。熊捕って来る。」
「わー、ヨナかっこいいー」
さらっと言ってしまうヨナの様子にユンは茫然とするばかり。
「雷獣!リン!!止めて!
あんたらんとこのお姫様逞しくなりすぎ。」
「熊かー姫さん、腹へってんだな。」
『ハクは姫様と一緒に行って熊抱えて帰って来てよ。』
「それもそうだな。」
「あんたらも慣れすぎ!!鳥とかでいいから無茶しないでね。」
「はーい。」
そうしてヨナとハクが狩りに向かう。
「あとは…」
「ゼノは寝るからごはん出来たら起こして。」
「待った。」
『ゼノは料理手伝って。』
「実は普通に作れるってもうわかってるんだからね?」
「ゼノは…」
「子供のふりしてもダメ。」
「朝から腰が腰痛で…」
「『黙れ、永遠の17歳。』」
「最近の若いモンは年寄りの扱いが荒いから。」
そう言いながらもゼノは野菜を洗い、私は彼の隣で切っていた。
その瞬間私達は背後に気配を感じてそちらをばっと振り返る。
『ゼノ…』
「うん…」
「どうかした?」
「『…ううん。』」
嫌な気配について私とゼノは微かに気付いていながらも何事も起こらない事を願って作業を再開したのだった。
シンアは薪を集めに行ったがアオが駆け出してしまった為後ろを追いかけた。
すると龍の石像の口の中にアオがいたものの、何故だか勝手に石像の口が閉じてアオを食べてしまった。
それを見たシンアは迷わず龍の石像の首を斬った。
アオを救出してシンアはアオを肩に乗せる。
「アオ…大丈夫?帰ろ…」
薪を持って帰ろうとすると石像から出て来た黒く大きな気配に彼は飲み込まれてしまった。
「シンア、遅いね。ヨナと雷獣も戻って来ないし。」
『このままじゃ夕食の準備進められないわ。』
「僕が探しに行ってくるよ。リンも一緒に来て。」
「リンも?」
「気配を追って見つけてくれるだろうからね。」
私とジェハが歩き出そうとした時、足音がして私達は足を止めた。
『あ…』
「ん?」
『シンアが帰って来…』
言い終わる前に私、キジャ、ジェハ、ゼノ、ユンはきょとんとして目の前にいるシンアを見つめてしまった。
彼は仮面をせず堂々と私達の前に立っていたからだ。
「…緑龍。」
「なに、ゼノ君…?」
全員がシンアを見つめたまま言葉を交わす。
「感想は?」
「え?」
『ジェハってずっとシンアの眼見たがってたからね…夢叶ったじゃないの。』
「あー…そだね…いや…何てゆーかこう来ると僕もどうしていいかわからないっていうか。
や、確かにちょっとないくらい美しい黄金の瞳だよ。
でもホラ近頃は嫌がるシンア君の眼を無理矢理覗き込んで“やめて”“見るな”“来るな”って喋る珍しさに楽しみを見出してたからね。」
「お前そろそろ心臓麻痺で死ぬぞ。」
「…なんかいつも面をしてるシンアの素顔は迫力だね。」
「私は嬉しいぞ。シンアが我らに心底心を許したという事だからな。
そなた達あまり大事にしてはならぬぞ。そっとな。」
そう言いながらキジャはシンアに近付いて目を輝かせながら美しい瞳を褒める。
「シンア、そなたの眼は本当に美しいな。」
『キジャが一番そっと出来ないから…』
「キジャ君は思った事全部口から出ちゃう病だね。」
「シンア、こちらへ。」
「触るな下郎。」
キジャがシンアの服の袖を引っ張って仲間の輪に引き込もうとすると、シンアは拒絶の言葉をはっきり口にしたのだ。
「あ…そうか…すまぬ痛かったか。私の手はどうも加減がきかぬ…」
「右腕を振りまわすだけの能なしの力など痛いわけあるか、阿呆。」
「『シン…ア…?』」
茫然とするキジャの後ろから私とユンはシンアの変貌ぶりに顔を見合わせる。
キジャはふらっとこちらに駆け寄って来る。
それを見て何をするべきか解っていたかのように私、キジャ、ジェハ、ゼノは円になって顔を見合わせるように座った。
「今から四龍兄弟会議を始める。」
『議題“シンアが反抗期”』
「さーて、面白くなってきました。」
『ただ四龍兄弟会議なら私関係ないわよね?』
「否、リンも黒龍なのだから重要だ。」
「俺は部外者でしょ。」
「そんな事はないぞ、ユン。」
不貞腐れつつ立ち去ろうとするユンをキジャが引き留めた。
「そなたの事は母…いや弟同然のように思っている。」
「今母って言わなかった?」
『とりあえず私の隣に座って、ユン。』
「…まぁ、いいけど。」
ユンが座ったのを確認してキジャが口を開いた。
「私は反抗期というものを経験した事がない。
そなたの意見を聞かせてくれ、ジェハ。」
「どうして僕?」
「そなた阿波で反抗期だっただろう?」
「誰が反抗期だ。」
『ハハハハハッ』
「リンは笑いすぎだよ…」
「心配ないから。少しくらい反抗した方が後々まっすぐ育つから。」
「何?私は歪んで育ったとでも?」
「白龍のまっすぐさは歪み知らずの鋼鉄製だから。
緑龍は歪みまくってベコベコになってるところを更生されて、今は愉快な兄ちゃんだけど全ては純粋すぎたゆえだから。」
「よーし、ゼノ君。そろそろ黙ろうか。」
私はジェハとユンの間で大爆笑。お腹を抱えて笑っていた。
ジェハは悔しそうに私を見ると自分に抱き寄せて頭を拳でグリグリした。
『イタタッ…』
「笑いすぎだって言ったよね、リン…?」
『ごめんってば…』
「ユンはどうだ?神官殿に反抗した事など…」
「いいよぉ、俺の話は。」
「ともかくシンアもジェハのように純粋すぎたゆえ反発しているのだな?」
「や…キジャ君、あのね…」
「こういうのは台風みたいなものだから。通り過ぎたら元の優しい青龍に戻るから。」
「成程、寛容な心でシンアと向き合えば良いのだな。」
「だなだな♪」
『話を聞く気はさらさらないみたいね、ジェハ…』
「はぁ…」
―それにしてもシンアから感じる気配がいつもと少し違う…どうして…?―
キジャは私が頭を悩ませている間に立ち上がってシンアに向けて力説を始めた。
「シンア!今!!苦しんでいるか!?しかし負けるな、諦めは敵だ!!
頑張れ、そなたなら出来る!!困った時はあの太陽に向かって吠えろ!!大地の気持ちになれ!!
一番にならなくても良い!!元々特別なたった一人になればいい…」
「うるさい黙れ。」
「あうっ…」
キジャはシンアに無抵抗のうちに殴られた。
「おかしいな殴られたぞ。」
「『大丈夫。今のは俺/私でも殴る。』」
「そうか。」
私とユンに冷ややかに言われたキジャは静かに引き下がった。
ジェハは溜息を吐きながら立ち上がると天幕を張る作業に戻った。
「まあまあ、こういうのは放っておくのが一番だよ。自然にね。
シンア君、天幕張るの手伝ってくれないかな。」
すると目の前でシンアは剣で天幕を切り裂いた。
『え…?』
「ちょっと!シンア、何てことするの!?」
「落ち着いて、ユン君。頭ごなしに怒っては駄目だよ。
天幕がなくたってちょっと僕らが夜寒い思いしたり、キジャ君が虫に怯えたりするのが笑える…それだけのことさ。」
「虫!?」
『…天幕、タダじゃないんですけど。』
「天幕の布は俺が夜なべして縫うんですけど。」
『一人で縫いきれない時は私も手伝ってるって知ってた…?』
私とユンの言葉にキジャ、ジェハ、ゼノは急いで頭を下げる。
「シンア君!お母さんに謝りなさい!!」
「だから誰がお母さんだ!!」
『とにかく共同生活なんだから仕事はしてもらわなきゃ。』
「シンア、薪を頼んだよね?ちゃんと持って来て。」
「…」
「睨んだって駄目!」
「シンア!反抗期でもいい。だがユンの言う事は聞くのだぞ!!」
そこまで言ってキジャはシンアを見て違和感を覚えた。
「シンア…そなたアオはどうした?」
いつもならシンアの肩などに乗っているはずのアオがいなかったのだ。
「アオ…?」
「そうだ、そなたの相棒だ。」
「知らん、何だそれは。」
この言葉が私にとってもキジャにとっても決定打だった。
私とキジャが冷たい気配を纏った事に気付いたジェハとゼノは目を丸くする。
ユンも突然彼を庇うように立った私を見て首を傾げている。
「リン、どうしたの…?」
「キジャ君…?」
『シンア…いや、青龍…』
「そなた、誰だ…?」
「えっ…シンアじゃない…!?」
「いや、でも彼は間違いなく…」
『気配はね、確かに青龍よ。でも…』
「ジェハの記憶を抹消したならともかくプッキューを忘れるなどそれはもうシンアではない。シンアっぽい何かだ!!」
「ちょっと待って、僕の扱い。」
『うん、今のはちょっと酷いかな。』
「そなた何者だ。シンアとアオをどうした!?」
キジャが青龍に触れようとすると青龍は目を開いてキジャを見つめようとした。
「キジャ君!!」
ジェハの大きな手がキジャの前に翳されて真っ直ぐその瞳を見る事はなかったが、バランスを崩したキジャはその場に座り込んでしまう。
私はジェハの背中越しにユンを庇いつつ青龍を見る。
そんなジェハの前にゼノが飛び出した。
「シンア…」
『駄目、ユン!』
「シンア君の眼を見るな!!」
一瞬青龍の眼を見てしまったユンの身体から力が抜けて座り込んでしまうのを私は抱き留めて地面に膝をつく。
「リン…」
『大丈夫、ユン?』
「う、うん…」
「ゼノ君!!君も…」
ゼノは青龍の眼を見た為に身体が食われる感覚に襲われてその場に崩れ落ちる。
ジェハも膝を折って体制を低くするとゼノを呼んだ。
「ゼノ君!!」
「ゼノ…麻痺の能力が…」
「…だいじょーぶ。感覚が無くなるのは一瞬だけだ。俺には効かない。
んー…青龍の能力をくらったのは初めてだなぁ。
聞いてはいたけど、龍に喰われる幻影を見るってこんな感じか。
二千年以上生きてても学ぶ事は多いからゼノもまだまだヒヨッ子ヒヨッ子。」
ゼノは立ち上がると青龍を見上げた。
「さあて…と。ここに来た時から妙な気配はしてたんだけど。ね、お嬢。」
『うん…シンアの中に何か居る…』
「シンアの中に!?」
青龍は次にゼノの左半身を喰らった。
「…ああ、いい気分だ。貴様はどうだ?バラバラに食われる気分は。」
「欠伸が出るね。めんどくせェから心臓ツブしてみろよ。」
するとその言葉通り青龍はゼノの心臓に真っ直ぐ能力で手を伸ばした。
倒れてしまったゼノをジェハが抱き起こす。
『ゼノ!!』
「ゼノ君ッ」
「はははっ、最っ高…」
だがその麻痺は青龍自身の身体に返ってくる。
「シンア…っ」
「…よいせ。青龍大人しくなった?」
「そなた心臓に悪い事はよせ。」
「このくらいでくたばるならとっくの昔に死んでるから。」
「ねぇ…シンア、大丈夫なの?」
『今は麻痺返しをくらってるだけで暫く動けないだろうけど…』
「うーん…中のヤツがなぁ…」
ただ青龍はすぐにふらつきながらも立ち上がった。これには私達全員が目を丸くする。
「シンア、麻痺返しにならない…!?」
「あれ…?もしやゼノに効いてないから青龍にもあんまり反動がないのか?」
「シンア君対ゼノ君では戦いにならないって事だね。」
「然り然り。青龍の能力効かないけどゼノも大怪我しないと単なる見つめ合い大会に…」
「!」
『ジェハ!!』
「っ!?」
その瞬間、青龍が何か黒い圧力を私達に向けて放った。
キジャとジェハも座り込み頭を抱え、ユンも悶え地面に倒れ込んでしまう。
私は気配に敏感な分つらくユンを抱き締める形で呻き声を上げていた。
『くぅっ…』
「う…ッ」
「ぐ…」
「ん?ボウズ!」
「ああっ…頭が痛い…」
「よせ!!」
ゼノにはこれも効かないらしい。
「お前はなぜこの圧に耐えられる?」
「年季が違うからな。ゼノには効かな…い?」
ただゼノは一瞬にして縄で縛られてしまい身動きが取れず青龍に抱えられてしまった。
「あれー、そう来る?」
「ゼノっ」
「そゆ事されるとゼノ実は手も足も出ないから。非力だから。」
『ゼノ!』
「ゼノ君っ」
「あ、ひと思いに刀で斬ってみても構わんよ?」
ゼノの言葉に青龍は反応を示さなかった。それどころかそのまま歩き出す。
「おーい、どこ行くの?ゼノは貸出禁止だからっ」
ゼノは連れ去られ、ユンは力尽きて気を失ってしまった。
暫くしてから私は頭を押さえながらふらっと立ち上がりキジャとジェハに歩み寄る。
『ジェハ…キジャ…』
「うっ…君は大丈夫かい…?」
『頭痛い…』
「だが追いかけるしかなかろう…」
「ユン君は…?」
『気を失ってるわ。』
「ユン君には悪いけど僕達はシンア君とゼノ君を追い掛けよう。」
「うむ。ユンなら姫様やハクにもきちんと現状を説明してくれるであろう。」
『ごめんね、ユン。』
それから私の案内でシンアとゼノの救出に向かったのだった。
「遅くなっちゃった。ユン怒ってるかなあ。」
「平気でしょ、こんなに土産あるんだし。」
「ユン、喜んでくれるかなあ。」
ヨナとハクはその手に熊や沢山の林檎を持って仲間達の待つ場所まで歩いていた。
「みんなー、ただい…」
だがそこにあったのはボロボロの天幕と膝を抱えて座るユンの姿だった。
「ユン!どうしたの!?」
「ヨナ!雷獣!!」
「何があった!?」
「どうしようみんな…みんなっ…いなくなっちゃった…!!」
「皆いなくなったってどういう事?」
「わかんない。シンアが反抗期になって、暴れて、天幕ぶった斬って、高笑いして、キジャが緊急会議開いて、ゼノがすっ転んで、俺…俺…っ」
「落ちつけ。愉快な事しか伝わって来ない。」
「ユン、順を追って話して。」
「…うん、シンアの様子がおかしくなって…」
ユンはどうにか心を落ち着かせると何が起きたのか少しずつ話した。
「…そのまま気を失って気がついたらキジャもジェハもリンもいなくなってたんだ。
どうしていいかわかんなくて俺…とりあえずご飯炊いて待ってたんだけどぉ!!」
「さすがユン。」
「母親の鑑だな。」
「母親じゃないよッ」
「ともかくヤバい事態なのはわかった。」
「シンアが能力を使うなんて只事ではないわね。」
「シンアの意思じゃないみたいだけどゼノを担いで行っちゃった。
どこに行ったかは気を失っててわからなかったけど…」
「キジャ達はそれを追って行ったのかもしれないわね。急いで探しに行こう。」
「ちょっと待って!炊いたご飯おにぎりにするから!!」
「ユン、諦めろ。もう発想が母ちゃんだ。」
ユンはとんでもない勢いでおにぎりを握るとヨナやハクと共に歩き出したのだった。
「リンー!!キジャ!ジェハ!!返事してーっ」
「リンだったらこれだけ姫さんに呼ばれたら返事するだろうけどな…」
「うん…」
3人は森の深い位置までやって来ていた。
「何か白蛇の悪口ねェかな。」
「何で悪口?」
「それが聞こえたらどんな状況下にあっても不屈の闘志で戻って来そうだろ。
あいつもう白蛇にはすっかり慣れて普通に返事しやがるからよ。」
「確かに。ジェハは?」
「あいつにとって悪口は褒め言葉だ。」
「病が深いねー」
「あっ…アオ!」
アオは木の根元に倒れていた。ヨナはアオを手に乗せて、近くにあったシンアの面はハクが拾い上げた。
「シンアの面も落ちてんな。」
「アオっ!どうしよう、ユン。アオが動かない…っ」
「ちょっと待って。プッキュー、ご飯!!」
「ぷきゅ。」
アオはすぐに身を起こして丸い目をきょろきょろさせた。
「ユン、すごい!アオが生き返った。」
「プッキューを起こしたい時はご飯かどんぐりって言えばいいよ。」
「アオ、シンア知らない?」
ヨナがアオにシンアの居場所を問うている頃、ハクは転がり落ちた龍の石像の頭を見つけていた。
「なんだこれは。」
「龍の石像の首がもげてる。」
そして近くには龍の石像の身体部分があって、その下には階段が続いていた。
「これは…」
「怪しい。」
「地下に何かあるのかしら。シンア達はここに入って行ったのかも。」
「待て、今松明を。」
ハクが松明を用意するとすぐに先頭で階段を下りて行った。
入り口が狭い為ハクは大刀を持って入る事が出来ず仕方なくその場に置いて行く事にしたようだ。
その後ろをヨナが追いかけてユンも続こうとしたとき背後から何かの音を聞いて彼は後ろを振り返った。
「結構深いわ。どこまで続いてるんだろ。」
「…?ねえ今、向こうで音が…」
「ユン!」
「えっ、うそ。待って…!」
「ユン!」
すると何故だか階段の入り口が閉じてきていてユンが入るだけの幅がなくなっていた。
結局ユンは自分の荷物から何かを取り出してヨナに向けて投げた。
「ヨナ、これを…!」
「ユン!」
そして扉は閉じた。残されたのはヨナの手の中にあるユンに投げ渡されたおにぎりの包みだった。
「そんな…みんな…地下に閉じ込められちゃった…!」
ハクは扉を内側から開けてみようとするが全く動かなかった。
「開かねェ…」
「奥へ行きましょ。どこかに出口があるかもしれないし、探せばシンア達も。」
「結構ヤバい事態かもしれないのに落ちついてますね。」
「うん。ユンがおにぎり投げてよこすから焦る前に吹き出した。
それにハクが側にいれば何も怖くない。」
その言葉にハクはヨナの後ろを歩きながらきょとんとした。
「…今のもう一回言って。」
「…ユンがおにぎり投げて」
「おにぎりはもうわかった。ま、いいや。」
そうしているとヨナは視界がぼやけてふらっとしたと思ったらハクに向かって倒れ込んでしまった。
「姫さん!!おい、姫さんっ!!
くそっ、どうなってやがる。入口は開かねェし。
奥へ進んであいつらを探すしかねェか。」
ハクはヨナを抱き上げるとゆっくり先へと進み始めた。
同じ頃、私はキジャやジェハと共に地下通路を歩いていた。
そして扉の一部を壊そうと私に松明を持たせて2人は拳と蹴りを振るっていた。
「キジャ君、いくよ。せーのッ!!!」
「崩れぬ…っ」
「僕らの能力を持ってしてでも壊れないか…っ」
『扉の向こうからシンアとゼノの気配がするんだけど…』
「どうする?」
「別の道を探すぞ。ここに2人がいるのは間違いない。必ず2人を連れて帰るのだ。」
「わかってる…でも…」
私とジェハは暗い表情で目の前の暗い通路を見た。
そこには壁や床から黒い亡霊のような影が這い出て来ているのだ。
「やっぱこの道以外ないのかなー…?」
「何か問題でも?」
「え?ほら何か居ない?ここ…」
「何かいるのか?どこだ?」
「あれ、僕だけ?まあ昔から少し見える方ではあったけど。」
「何か見えるのか?どこだ?」
『ジェハ、私にも見えてるわ…それどころか気配に敏感だからよりつらい。』
「無理したら駄目だよ…?」
『もう既にその黒い奴らが肩に重くのしかかってきて気分悪いんだけどね…』
「む…シンアっぽい者と対峙した時に感じたあれか?」
「君は何ともないの?」
「今はさほど。」
「僕は気を抜くと意識が消えそうになるんだけど。」
『同じく…ちょっとふらふらするわ…』
「案ずるな。そうなれば私がこの手でバチーンと一発。」
「『意識が消える前に命が消えるわけだね/ね。』」
逆にその一言で私とジェハの頭は覚醒した。
キジャの右手で殴られようものなら死んでしまいかねないだからだ。そのとき足元をムカデが這った。
「ジェ、ジェハジェハ!!虫ッ虫ッ!!」
「君といると気絶してる暇もないね。」
「あ、人骨の後ろに隠れたぞ!!」
『普通は人骨に驚くものだと思うんだけど。』
「あ、そういえばそうだな、この様な所に。」
「これが僕らの未来の姿にならなきゃいいけどね。」
『…不吉な事言わないでよ。』
「かなり古いな。刀も落ちている。争い事があったみたいだ。」
『ねぇ、これ何か思い出さない?』
「ん?確かに少し似ているな、シンアの面に。」
人骨の近くに転がっていた面をジェハが手に取った為、私とキジャがその面を覗き込み表情を真剣なものに変えると息を吐いて道を進み始めた。
捕らえられたゼノはというと洞窟の一室で目を覚ました。
「う…」
すると周囲にゼノに抱き着くように黒い影が抱き着いていた。
「わあびっくり。何かここいっぱい居るなぁ。
…あれっ、青龍…?違うか、青龍っぽい奴だ。」
「俺は青龍だ。お前は黄龍だろう。俺にはわかる、同じ龍だからな。」
「成程、青龍に取り憑いてるのは大昔の青龍の魂ってわけか。」
ゼノは地面に座り込んだまま目の前に立つ青龍を見上げた。
「そんな気はしてた、お前は青龍の能力を使いこなしてたから。
じゃあここはかつて青龍の里があった場所?」
「…そうだ。そして歴代青龍の魂が眠る墓。」
「…偶然とはいえそれを今の青龍が起こしちまったんだな。
悪ィ、青龍に代わって謝るからそろそろウチの子返してくんない?」
ゼノは真面目な目をして目の前の青龍を見つめる。
彼は今この世を生きている龍…私達を想ってくれているのだとヒシヒシと感じてくる。
「…偶然なものか。ここに眠る者は皆、抑えつけられ踏みにじられてきた。
ずっと地上に出て面を捨て能力を自由に操りたかった。
そして現れた、最高の器が!!
これは天命だ。お前の身体も特別なようだ。その器…我が同胞に明け渡せ。」
「…いいよ。」
青龍はゼノの髪を引っ張って顔を寄せて言う。
ゼノは全く動じずに身体を受け渡す事を承諾した。
すると沢山の手がゼノに伸ばされた。
「…でもやめといた方がいい。」
「なっ…」
「何十回何百回と俺は心臓を貫かれ身体をバラバラにされた。
何百年何千年と俺は自分を消す事を考えた。
あんまり覚えてないけど、自分で自分をズタズタにもした。
明け渡せるものならいくらでもくれてやる。
でも俺は命の化け物だ。例えば世界が消えたって俺が消える事はきっとない。」
するとゼノから影…青龍の亡霊は逃げて行った。
「…黄龍の器は我らには背負えんと…?」
ゼノの寂しそうな笑みに青龍は目を洞窟の外に向けた。
「…先程地下に5人入り込んだな。
白龍、緑龍、黒龍…あと2人は人間か…
こちらに向かっている。あれならば奪うのは容易いな。」
外に残されたユンは頭を抱えていた。
「どうしよう、俺一人でどうすれば…」
涙を流していたユンは顔を上げて龍の石像の断面を見てはっとした。
「…あれ、よく見るとこの石像。斬られた首に何か…仕掛け…?
もしかしてこのからくりが壊れて入口が勝手に閉じたのかな。
…そういえば向こうでも何か音がした…気のせいかもしれないけど。」
ユンは涙を拭って立ち上がった。
「しっかりしろ、天才美少年!」
ヨナは倒れた後に何かの意識の中で目を覚ました。
どこだかわからない彼女の前にシンアが現れた。
「シンア!よかった、探してたのよ。」
「ヨナ…俺のところに来ないで。危ないから。」
「シンア…?」
「強い恨みを持つ魂達がみんなを狙ってる。
今俺は身体を制御出来ない。ゼノに…能力を…使ってしまった。」
「シンア…一体何がシンアを動けなくしてるの?」
ヨナはシンアに駆け寄って彼を見上げた。
「…昔の青龍…」
「昔の青龍?」
「その人の心が伝わって来た。
ここには大昔青龍の里があって、ある日突然賊に襲われたんだ…
里人はまだ赤子だった青龍を連れ出し賊達をこの地下に閉じ込めた。
先代青龍を囮にしてその先代は賊と戦って負傷し、二度とここから出られなかった…それが今俺の身体にいる人…」
「…その人の事を話してくれたのは、その人の境遇にシンアが心を砕いてるから…?」
「…」
「シンア、道を空けて。私を眠らせているのはシンアでしょう?」
「…駄目だ。」
「迎えに行くわ、何度でも。」
ヨナを眠らせたのはシンアのようだった。
それは全て彼女を危険に巻き込みたくなかったから。
そんなシンアをヨナはふわっと抱き締めた。
「大丈夫。シンアが何をしても私や皆の心は揺るがない。一緒に帰ろ、シンア。」
すると静かにヨナの意識が覚醒した。
あまりに暗くて彼女は少しだけ夢の中なのか現実なのか判別できなかったようだ。
「ハク…ハク!?どこ…」
すると彼女の手に大きな手が重なった。
「ハク…!?」
「姫さん…気がついたんですね…」
「ハク…何も見えない。」
「すみません…松明が消えて道がわかんなくなったんで…どーしたもんかと…」
「…ハク、どこか痛いの?声が…苦しそう。」
「…え?別に何ともないで…」
「うそ。」
ヨナは暗い中でハクの頬を両手で包み込んだ。
互いの顔は見えなくても彼女はハクの様子がおかしいのにすぐ気付いた。
「顔が見えなくてもハクの様子くらいわかるわ。身体が冷えて呼吸が乱れてる。
シンアが強い恨みを持つ魂が私達を狙ってるって言ってた。」
「はあ…?何すかそれ…ちょっと身体が重いだけですよ…くっ…」
そんなハクの頭をヨナは胸に抱き寄せた。
「ハクは渡さない。幽霊だろうが何だろうが絶対に。」
「……え?夢?」
「しっかりして、ハク~~~~っ」
「や、自分に都合のいい夢見てんのかなって。」
「起きて~~~っ」
ハクは身体を起こしてヨナに支えられるようにして立ち上がった。
「動いて平気?」
「…なんかすっげー身体重いんだけど、こんな時に顔が見れねェって腹立って生きる力湧いてきたわ。」
「その調子よ、ハク。」
実はハクには沢山の霊が取り憑いているのだが、2人は進み始める事になった。アオはシンアの匂いを辿って走り出す。
「さて真っ暗だがどっちへ…」
「ぷきゅ。」
「アオにはシンアの匂いがわかるみたい。」
「白蛇より優秀だな。」
―シンア、必ず行くから一緒に帰ろう…―
私はキジャやジェハと共に道を進んでいた。
だが私とジェハは体が重く意識が薄れつつあった。
私は元々身体がふらついていた為、ジェハが支えてくれていたが彼自身も震えている。
「…近いぞ。ゼノとシンアの気配だ。」
「う…ん…」
―淀んだ空気…何だここは…―
―痛い…身体中が削ぎ取られてるみたい…
まるで見えない獣に弄ばれる生贄だわ…っ―
そして私はもう体力の限界でほとんど意識を失い、ジェハも私を支えきれず倒れてしまった。後ろで倒れた私達をキジャが振り返る。
「ジェハ!?リン!?おいっ!」
「そこまで来ているな。」
ゼノと青龍も私達の気配に気づいていた。
「もっとも緑龍と黒龍は限界のようだが。」
「おしあい♪へしあい♪泣いたらダメよッ」
「うわっ…」
ゼノは私達の身を案じて青龍に体当たりをした。
青龍が倒れるとゼノはその背中に座って青龍の剣で自分を縛る縄を切った。
「ちょっくらゴメンだからっ。さーて、自由になった。」
「どうする?その刀で俺を斬るか?」
「んなことしないから。」
「だろうな。こいつを傷つける。」
「それもあるけど、ゼノ以外の龍はみーんなアビやシュテンやグエン、それにレイラの子供みたいなもんだから。」
肩にシンアの剣を担いだゼノは柔らかく微笑んだ。
「俺はお前らが可愛くて仕方ねェのさ。よいせっ」
ゼノは迷いなく自分の右腕を切り落とした。
その様子に青龍も驚いたようだった。
だがすぐにゼノの腕は元に戻り固く強化される。
「…って…緑龍とお嬢もヤバイし、この部屋のろうそくも残り少ないし、ちょっとお見苦しいけど強行突破でいくから。」
ゼノはその拳で近くの壁を殴り壊した。
「ゼノ!」
「白龍~こっちこっち。緑龍!お嬢、生きてるか―?」
「うー…ん、まあなんとかねー」
『っ…』
「ただ…リンがそろそろ危ないかな…」
キジャは真っ直ぐ青龍に向かって行った。
「黄龍、お前の能力は一体…はくりゅ…」
「私の弟を返せ。」
キジャは冷たい表情のまま青龍の顔に龍の鋭い手を伸ばした。
「……くく…弟…?四龍同士で兄弟ごっこだと?笑わせる。」
「取り憑きたくば私に憑くがよい。構わぬ、全て背負ってやる。」
「…ふ、お前は駄目だ。先代白龍の加護が強すぎる。」
青龍は近くに転がっている剣を拾ってキジャに向ける。
そこにアオが飛び出して来た。
「ぷっきゅきゅー」
「なんだ、うるさいリスだな。邪魔だ!」
「シンア。」
そこに颯爽と現れたのは赤い髪を揺らすヨナ。アオの案内でやってきたようだ。
「姫様、このような所に…」
「キジャごめんね、遅くなって。リンとジェハは大丈夫?」
「僕は平気だよ…でもリンは危険かも…」
「リンをお願いね、ジェハ。あ、はいコレ。ユンのおにぎり。」
「あ、これはどうも…」
キジャはヨナからおにぎりの包みを受け取って呆然とするしかない。
ヨナはそれから青龍と向き直り、私はジェハに抱き上げられ朦朧とする意識で彼の胸に凭れ掛かったままヨナの様子を見守っていた。
青龍の鼓動は自分に歩み寄って来るヨナに反応して大きく鳴る。
「…どうしたの?」
その鼓動に比例するように青龍の目から涙が流れた。
「…わからない。お前は…何者だ…?」
「ただの人間よ。あなたが能力を使っても取り憑いても抗う術はない程には。」
「なぜだ…足が震える…涙が止まらない…恐れ多くてこれ以上は近づけない…」
その場に膝をついてしまった青龍をヨナは優しく抱きしめた。
ヨナは優しく青龍に語り掛け始めた。
「シンアから聞いたわ。もっと聞かせて、あなたのこと。」
「………恐ろしかった…
幼い頃から忌み嫌われ戦闘に不慣れな俺を囮にし、朽ち果てるまで暗闇に閉じこめられ全てを呪わずにいられなかった。
俺の…味方は…ここに残された魂達だけだった…」
「うん…だからシンアもあなたに少しの間体を譲った…
ゼノ達に乱暴したのはとても心を痛めていたけど。」
「わざと…譲ったと…?」
「シンアは優しい人よ。とても優しい人なの。
青龍、シンアが許すならそこに居てもいいわ。
でも気持ちが落ちついたらその体、シンアに返してね。
シンアもようやく暗闇から太陽の下に出られた人だから。」
「………もういい。」
青龍は柔らかく甘く微笑んだ。
「わかっていた…どれだけ足掻いても俺の時は戻らない。
なぜだろう、お前が来るのを待っていたような気がするのは…」
そうしていると青龍の身体がふわっと輝いて光の玉が天に昇って行った気がした。
それは気配に敏感な私にしか見えなかったのかもしれない。
「…ヨナ。」
はっとして顔を上げるとヨナの目の前にいつものシンアらしい少しだけ幼い表情があった。
「…シンア?」
「……ただ…いま…」
「シンア!戻ったか。」
「ん…何か体軽くなったな。」
「僕も。リン、大丈夫?」
『うーん…まだ少し頭が重いけど平気…』
立ち上がったジェハに凭れる形で彼に肩を抱かれて自分の足で立った。
「やー、年寄りには骨の折れる事件だったから。」
「……みんな、ごめん…」
「気にするな、そなたが無事で何よりだ。」
『おかえり、シンア…』
その時シンアは自分の面がない事に気づき両手で顔を隠した。そして周囲をきょろきょろ見回した。
「…っ」
「面なら外にあったぞ。」
「まだ…必要?」
シンアは首を振り両手をどけて顔を上げた。
「…でもあれは…形見だ。付けてると安心する。」
「…そう。じゃ帰りましょ。」
「入口閉まってんぞ。」
「うわあ。」
「私に任せよ!」
「リン、歩ける?」
『はい…すみません、姫様。魂は皆成仏したようですが、長時間禍々しい気配に触れた為に頭が重くて。』
「僕に掴まっててくれればいいから。」
ジェハはそっと肩を抱いてどこか出口を求めて歩き出した。
その瞬間周囲が真っ暗になり、私はビクッとしてジェハにしがみついてしまった。
「わー、ロウソク消えたから。」
「松明ももう駄目だ。」
「いよいよこれは皆仲良く骸骨?」
「困ったわねー」
『どこか外に繋がっている事は微かに感じるんですが…どうにも本調子じゃなくて…』
「…大丈夫、俺…見える。摑まって。」
結局シンア、ヨナ、キジャ、ジェハ、私、ゼノ、ハクの順で並んで歩き出した。
「シンア、頼りになる。」
「あ…ここ上ぶつかる。よけて…」
「うむ。」
ゴッ…
「ぐあッ」
「キジャ君、本当に君はそそっかし。…あだッ」
次々にキジャ、ジェハ、ゼノが天井から飛び出している出っ張りにぶつかっている。
私は気配でその障害物に気づいていた為よけたが。
「ふはっ、バカだな二人共。あいてッ」
『大丈夫…?』
「お前ら飽きねーわ。」
「うおぉおおおおおい!!」
「え?何?」
「変な声聞こえたから。」
「まさかまた亡霊?」
『近付いて来てるわよ。…って、この気配は…』
「いたーっ、バカ珍獣共!遅いんだよバカっ!世話かけさせんなよバカっ!もっめんどくさっ!」
『ユン!!』
「どうやってここに!?」
「遠くから音が聞こえたから調べてみたら別の入口見つけたのっ
暗いし独りだし持って来たおにぎり冷めちゃうし!!」
「「「「「『お母様…っ』」」」」」
「産んだ覚えないよ!!」
「ごめんね、ユン。」
『ユン…置いて行っちゃってごめん。』
「すまぬ、ユン。おにぎりは有難く頂くぞ。」
「ユン、別の入口はどこだ?」
「こっち。」
ユンが持つ松明のお陰で周囲が照らされて、道が見えてきた。
歩き出そうとしたら近くに古い頭蓋骨があるのをシンアが見つけた。
その骨を掲げて彼は自分の額に当てて目を閉じた。
「おやすみなさい。」
「シンアー」
「…うん。」
ヨナの呼び声にシンアは私達の背中を追いかけたのだった。
洞窟を出た私達は破れた天幕を回収して皆で火を囲むように眠る事にした。近くではユンが料理を温め直している。
それを待ちながら私は漸く頭痛が治まってジェハと並んで座っていた。
木に凭れて空を見上げると綺麗な月が見えた。
料理が出来上がるのを待っている間に私はふと歌い始めた。
仲間達は私の歌声に顔を上げたが酒を飲んだり料理の準備をする手を止めず静かに目を閉じるなどして耳を傾け始めたのだった。
ジェハだけは私の髪を撫でて自分に引き寄せ、私は彼の腕に抱かれたままシンアだけではなく歴代の青龍を想って歌詞を紡いだのだった。
《蒼き月満ちて》
月の蒼さとその儚さを歌うとシンアがゆっくりこちらにやってきて私に向けて手を伸ばした。
ジェハは目を丸くしたが私は微笑むと彼の面にそっと手を伸ばした。
シンアの手は私の頬を両手で包み込んでいて、私は彼の面に触れると彼が拒まない事を確認して面を外した。
すると彼の美しい瞳が現れてそれを真っ直ぐ見つめた。
「リン…」
『うん?』
「…ありがと。」
『こちらこそ…シンアに出会えて良かったわ。』
「俺…も…」
「私も!」
「ゼノもー」
私とシンアが見つめ合っているとヨナとゼノが飛びついてきて、シンアは驚いたようだったが私と顔を見合わせるとふわっと微笑んだ。
初めて間近で見た綺麗な笑みに私は息を呑み微笑み返した。
ハクとユンは呆れつつも柔らかく笑っている。
ジェハは倒れそうになった私を抱き留めながらじゃれ合う私、ヨナ、シンア、ゼノ…そして少し遅れて参戦したキジャを温かく見守っていたたのだった。
『皆の事…大好きよ。』
「リン…?」
私は振り返って自分に抱き着いているヨナやシンアの背中に手を回したまま近くにあったジェハの頬に口付けた。
『貴方の事は愛してるわ、ジェハ。』
彼は一瞬きょとんとした後、いつも通りの余裕そうなそれでいて少し幼い笑顔を私に向けた。
「光栄だよ、リン。」
※“蒼き月満ちて”
歌手:AKIRA
作詞:AKIRA SUOU、Saku
作曲:Saku
アニメ 黒執事 Book of Circus ED