主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
金州・斉国
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これは遠い遠い昔のお話。
激しい闘いの中でゼノは身を挺して緋龍王を庇っていた。
剣が振り翳されるがそれは白龍の手が敵を貫いた事で免れる。
「白龍…!」
「下がってろ、ボウズ!!」
青龍は目の力で敵を麻痺させるがそれが自分の身に返ってきて青龍は倒れてしまう。
「青龍、大丈夫!?」
「邪魔だ。」
ただ倒れた青龍を狙って兵が剣を振るい、それから庇うように黄龍が彼を抱き締めた。
彼らを襲おうとした兵の背中には槍が突き刺さっていた。
「てめーこそてめーの能力でいちいち麻痺ってんの邪魔くせーから。お家に帰ってろよ、青龍サン。」
「緑龍…」
「そこの緑!戦に集中せんか。」
「うるっせー。命令すんな、白龍!」
再び戦場に出て行く別の龍を見ていると緋龍王がゼノに声を掛けた。
「私の後ろにいろ、お前は決して傷つけさせない。」
緋い王と龍の血を持ち四龍の戦士、そして城を護り王と四龍の帰りを待つ黒き龍の美女…これが龍達の絆の始まりだった。
遥かな昔、人間となった緋龍王は龍の血を持つ4人の戦士と癒しの象徴である黒い龍の美女を従え高華国を作った…
四龍には兵が与えられそれぞれを長として訓練をしたり、戦場に出て戦ったりしていた。
だが無力なゼノは訓練を優秀な部下に任せていたのだ。
「よお、役立たず。」
ゼノに声を掛けたのは初代緑龍シュテン。
「そりゃ、訓練とか無理だよなァ。
お前にはなーんの力もねーんだからよ。」
「お前が代わりに鍛えてやってくれよ。」
「誰が他人の部族なんか鍛えるか、バーカ。」
「小っせェなァ、緑。俺らは天の龍の血が繋ぐ兄弟。兄貴として男を見せい。」
シュテンにそう言ったのは初代白龍グエン。
「誰が兄弟だ。反吐が出るぜ。たまたま血を飲んだだけの他人がよ。
俺が信じてんのは俺の能力だけだ。能力もねェ落ちこぼれなんか知るか!」
「耳障り」
「あ?」
「お前の声。」
指に鳥を乗せてそう呟いたのは初代青龍アビだった。
「じゃあこの槍で耳の穴突き破ってやるよ、青龍サン。」
「その前に全身麻痺。」
「よし俺もまぜろ俺もまぜろ。」
「おいおい。」
『相変わらずうるさいわね…』
そんな彼らの様子に苦笑しながらその場にふらっと現れたのは初代黒龍レイラ。
彼女が動くだけで甘い香りが辺りを包みすぐに落ち着いた様子の彼らがレイラを見た。
彼女の耳には黒い耳飾りがあり爪も黒かった。
黒髪をなびかせながら綺麗な衣を纏って彼女は優雅に歩く。
「レイラ!」
『呼ばなくても聞こえてる…』
「お前はいつ見ても綺麗だなァ、レイラ。」
『もう聞き飽きたっての、グエン。
アビはそんな綺麗な目で私を睨まないでちょうだい。』
「レイラ、つれない…」
『ゼノはまたからかわれてるの?』
「え…」
『こんな兄ちゃん達だけど本当はいい奴らだから。』
「うん…」
『何か相談事があったら私の所にいらっしゃいな。』
「俺も!」
「俺ならいいだろ?」
「俺…」
『アンタらは面倒だからイヤ。』
「「「えー!!?」」」
絶世の美女であるレイラの事は緋龍城の男の注目の的だった。
言い寄ってくる男達もいたが彼女は全てを受け流し、それでもしつこい男達に襲われそうになったところを助けてくれたのがシュテン、グエン、そしてアビだったのだ。
それからは彼らと一緒にいる事も増え、彼らが龍の血を飲んだ時彼女も美しい黒龍の血を受け取った。
それからは緋龍王と四龍が戦場へ行けば、彼らが帰って来るべき場所として緋龍城を守り彼らの帰りを待った。
それが彼女のやるべき事だと考えたからだ。
ただ男達に襲われても反撃出来るよう黒い爪も与えられているのだ。
「俺の相手もしてくれていいじゃねェか。」
『触ったらこの爪で引っ掻くわよ?』
「おー、やってみろ!」
この会話からも解るようにシュテン、グエン、アビも彼女の事を何度か口説こうとしていた。
だが一番一緒にいる事が多いのはシュテン。
彼はしつこく彼女に付き纏い、どこまでも追いかけてくるのだ。
そして彼女が爪で引っ掻こうとすると緑龍の能力で逃げてしまう。
『また逃げた!!』
「引っ掻かれるのはごめんだからな。」
『あー、ムカつく!!!』
「ハハハハッ」
彼女は笑い飛ばすシュテンに手を伸ばしてギリギリの所で捕まえるとその腰にしがみついていた。
そして彼を見上げながら彼女が睨んでいると背後に優しい気配を感じて振り返った。
「レイラ?」
『緋龍王が来られるわ。』
「ん?」
「グエン、アビ、シュテン、ゼノ、レイラ。仲が良いな、お前達は。」
「緋龍王…!」
「仲良しに見えるのかよ、盆暗王が。」
「ふふ、私には可愛い龍がじゃれ合ってるように見える。」
「王、目洗え。」
「ボケるには早いぞ。」
「特にシュテンとレイラは付き合ってるのかい?腰に抱き着いてるほどだし。」
『これはシュテン達が私をからかうから!!』
「からかってねェって。」
『むっ…』
そう言いつつもレイラはいつの間にかシュテンと一緒にいる事に違和感を覚えなくなっていて、それどころか心地よささえ感じていた。
―とうとうこの男の影響を受けすぎたかしら…―
彼女はそんな事を想い始めた自分に苦笑しつつ溜息を吐くと隣にいるゼノの表情が暗いことに気付いた。
『ゼノ?』
「どうした?」
「王様、俺は軍の指揮とか部族長とか向いてねェよ。誰か他の人間に任せたらいい。
俺は四龍の中で何の力も持ってねェし、戦場で足手まといになるだけだ。」
「そいつ黄龍から頑丈な体をもらったって言うが嘘だぜ。」
「この前はコケて擦り剥いてたもんな。」
「でも傷の治りは早いから!」
「『傷の治り?』」
緋龍王とレイラの声が重なった。
「おー、傷ついてもすぐ治るから。これって黄龍の能力だろ。」
「若い奴ァすぐ治るもんなんだよ。」
「違うって、よく見ろよ。」
ゼノは勢いよく近くの岩壁を殴り手から血を流しながら痛みにしゃがみ込んだ。
「~~った~~~」
『ちょっとゼノ!!?』
「馬鹿お前…お前馬鹿!何やってんだ!!」
「おいおい、大丈夫か。血が…」
だが次の瞬間その傷は消えたのだ。
「傷が…ない…」
「な!?」
「すごいだろ。」
「ちょっと待て、よく見てなかった。もう一回傷つけてやる、この槍で。」
「わーっ、それは死ぬから!!」
「黄龍の能力、傷の治りが早いだけ?」
「それじゃ戦力にならねーよ。」
「いーんだ、人を傷つける能力なんて。俺はこのくらいの能力がいい。なあ王様。」
黄龍の本当の能力に気付いてしまった緋龍王とレイラは言葉を失って立ち尽くしていた。緋龍王は勢いよくゼノを抱き締める。
「…王様、どした?」
彼は首から下げていた青い石で作られた鎖の先にある金色の龍の紋章を外すとゼノの手に乗せた。
「私が地上に降りた時龍達から賜ったものだ。お前に授けよう。
私は常にお前と共に在るという証だ。」
レイラは緋龍王の真意を知って何も言わなかったが他の3人は緋龍王をじっと見つめていた。
「……おい。」
「ん?」
「こいつにだけか?」
「俺…」
「俺に…」
「あ、一個しかない。」
するとシュテン、グエン、アビはあからさまに残念そうに落ち込む。
「欲しかった?」
「いらねーよ!別にいらねーよ。」
照れたように言うシュテンの様子に緋龍王が笑う。
それを見てレイラも笑みを零すとシュテンが悔しそうに彼女の髪をくしゃっと撫でた。
何気ない彼の様子に本当は彼がきつい言葉を言っていても優しい事が解るのだ。
四龍は仲が良いわけではなかったが、緋龍王がいれば自然と繋がれる気がした。
そこに黒龍がいて皆の癒しとなり、緋龍王にとっても心の拠り所になっていた。
解散して城に戻る緋龍王をレイラは追いかける。
『緋龍王…』
「…どうしたの?」
『ゼノは…あの能力は…』
「やっぱりレイラは気付いちゃったか…」
『っ…』
「ゼノが傷つかないように前線では戦わせない…」
『了解致しました。』
レイラが頭を下げてその場を立ち去ろうとすると彼は彼女を呼び止めた。
「レイラ…」
『はい?』
「ゼノの事も少しだけ気に掛けてあげて。でもその能力については言わないでいい。」
『はい…』
「それにレイラは自分自身の幸せも考えてね。」
『…え?』
「シュテンといい感じだし。」
『ひ、緋龍王!!』
その時彼女は敵の高華国への侵入を感じ取った。
『緋龍王…敵が来ました。』
「どこに…?」
『北方の豪族のようですね…』
「四龍にも伝えて来て。その中の誰かが行くって言ったら彼に任せて。」
『はい。』
その戦にはグエンが向かった。
この頃の緋龍王と四龍の部族達は周辺の乱を次々と平定し高華国の領土を大きく広げていた。
『おかえり!!』
ボロボロになって帰って来る皆を迎える事しか出来ない自分に歯がゆさを覚えながらもレイラはいつも笑顔で彼らを迎えた。
だがすぐに私は次の戦の種を感じ取る。
「…また戦かな。」
『緋龍王…』
「次はどこ?」
『…国の西側です。』
「よし、行くぞ。青龍サンはまた倒れに行くんだろ。」
「次は踏ん張る。」
「いっそ寝てろ。俺が全軍相手しとくわ。」
「あ、俺も…」
「終わらないな、戦は…永遠の平穏というのは夢物語だろうか。」
「手を貸すよ、今は力無いけど俺…」
「お前は闘うな。私の後ろにいろ。」
「行って来る。」
『どうぞご無事で…』
心配そうに見つめるとシュテンがこちらにやって来て初めて見せる優しい笑みを浮かべるとレイラの額に自分の額を当てた。
彼の笑顔に見とれてしまっていたレイラはされるがまま。
『シュテン…?』
「こっちは帰ってからな。」
彼はニッといつものように意地悪く笑うと彼女の唇に触れた。
こうしていつの間にかレイラとシュテンの心は繋がっていたのだった。
前から力の無い黄龍に闘わせなかった緋龍王が、その能力を知ってからは決して前に立たせなかった。
白龍、青龍、緑龍の力は戦場で神の力としてあがめられ、また恐れられ狙われていった…
四龍…ある者は何をも引き裂く鋭い爪を、
ある者は彼方まで見通す眼を、
ある者は天高く跳躍する脚を、
そしてある者は傷つかない頑丈な体を…
身体中から血を流しふらつくシュテンとグエン、そしてアビは力を使い果たして倒れてしまった。それをグエンが片手で抱き留める。
「また来るぞ。」
「く…っそ…」
遠くからまだまだ敵が来ていてシュテンとグエンは苦い表情をしたままアビをゼノに託した。
「ボウズ、青龍を連れて後方へ。」
「でも…」
「お前が傷つくとあの盆暗王が泣くだろーが!!とっとと行け!!」
「傷なんか負った事ない…お前達が傷ついたって王様は泣くよ。それにきっとレイラも…」
ゼノは青龍を抱いて支えながら戦い傷ついていくシュテンとグエンを見つめていた。
―俺は同じ四龍なのに誰も守れない…―
その時ゼノは自分の背後に兵の気配を感じて振り返った。
そして強い痛みと共に彼は斬られ、青龍を庇うような形で倒れた。
だが痛みは感じるのにゼノの身体から傷が消えていた。
「うわああ!化け物!!」
兵は怯えて逃げ出したがゼノは自分に何が起きているのかわからないまま目を見開いて座り込んでいた。
「な…なんだよ…これ…おれ…斬られたのに…」
彼は気味が悪くて自分の身体を抱き締めた。
―頭がぐらぐらする…吐きそう…―
レイラはボロボロになった彼らを緋龍城で迎えた。
『みんな!!』
彼女の姿を見たシュテンはほっとしたらしく倒れ込んでしまい、レイラは急いで抱き留める。
『シュテン!!』
「ただいま戻った…こちらに問題はないか、レイラ。」
『みんなが守ってくれたから大丈夫だったわ…
手当しよう…ね、早くアビも休ませなきゃ!』
彼女は帰って来た仲間達を支え、また兵達に指示を出して休ませた。
「王様は…」
『…益々お痩せになってるわ。』
「…そうか。」
それからすぐレイラとシュテンは緋龍王の薦めもあり婚姻を結んで戦場に向かう前にシュテンが言っていたように口付けを交わした。
帰って来るまでの御預けだったからだ。
「まさかレイラがシュテンを選ぶとはな…」
「どうして俺じゃないのさ…」
『…シュテンが一番しつこかっただけよ。』
「酷い言われようだぜ…」
「おめでとう、レイラ。」
『ありがとう、ゼノ!』
レイラは仲間達の言葉に無邪気な笑みを零した。
緋龍王も遠くから龍達の笑顔を見つめる。
だがそんな幸せな時間は長くは続かない。
「ゼノ、すまないな。いつも食事を運んでもらって。」
「お安い御用~今日のは特別美味いから。」
「それは楽しみ。」
「レイラが作ったんだ。」
「そうか…それはありがたいね。」
緋龍王は痩せて、病気がちで力無く微笑むようになったのだ。
ゼノが緋龍王を心配そうに見ると彼は顔を上げた。
「ん?」
「あっ…白龍がガツガツ食っててな。
青龍や緑龍は呆れてて、ちょっと前なら喧嘩してたのに。
レイラはそんな皆を見て笑ってるんだ。
落ちついたよなぁ、あいつら。」
「あぁ…大人になったな、アビとシュテンは。
レイラもシュテンと一緒になってから前より幸せそうだ。」
大人になる事…それはいい事なのだろう。
しかし皆が大人になっていくのを見るとゼノはどうしようもない恐怖に襲われたのだった。
「ゼノ、こっちへおいで。どうした?ずっと元気がないな。
何か悩み事か?お前がそんなふうだと私は落ちついて眠れない。」
「…王様、身体キツい?」
「え?ふふ、まぁだいぶガタはきているけど歳だからな。大丈夫。」
「…俺は身体キツくないんだ。疲れないし病にもかからない。
怪我をしたら痛いのに無かったことみたいに痛くなくなる。
すっげぇ元気なの。それがめちゃくちゃ気持ち悪い。」
ゼノは緋龍王に縋りつくように抱き着いて震えた。
「ねぇ、黄龍の力って何なんだろう…王様は…知ってる…?」
レイラはそれをよく聞こえる龍の耳で聞いて俯いていた。
「レイラ…?」
「どうかしたのか?」
『…ううん、何でもない。』
レイラだけは緋龍王同様黄龍の能力について知っていた。
それでも緋龍王に言われた通り彼女の口からゼノに伝えられる事はなかった。
それから数日後緋龍王は眠りについた、口を閉ざしたまま…
四龍の戦士と黒龍はもう動かない王を想い泣いた。
大切な人を失った悲しみなのか、自身の中にある龍神の血が緋龍の死を悲しんでいるのか、彼らにはわからなかった。
緋龍王は国を平定したが、小さな争い火種は常に燻っていて、王が亡くなってからもシュテン、グエン、アビは争いに駆り出される事が多かった。
そしてある日、四龍の力を狙う者達にアビは捕らえられてしまった。
『ねぇ…アビは…』
「すまねェ…」
「捕まっちまった…」
『え…』
困惑する兵達を見て私は真剣に考えた。
緋龍王もいない今、これ以上仲間を失うわけにはいかなかった。
「俺とシュテンが助けに行く。」
「レイラはここで…」
『私も行く。』
「「レイラ!?」」
『仲間が捕まってるの。私ももう黙って待ってる事なんて出来ないわ。』
彼女が強い眼差しでシュテンとグエンを見つめる為、2人も溜息を吐いた。彼女は兵達を振り返って言う。
『皆、聞いてちょうだい。』
「レイラ様…」
「黒龍様…」
兵達がこちらを見てざわつくがシュテン、グエン、レイラが恐ろしい程の視線を向ける為すぐに静かになった。
『私達はこれから青龍の救出に向かう。留守にする間、皆にこの城を任せる。ゼノの言葉に従ってほしい。』
「レイラ!?」
『私達の帰りを皆と一緒に待ってて、ゼノ。皆、城を頼む。』
彼女の言葉に兵達は一斉に承諾を表すように整列し頭を下げたのだった。
それからレイラはシュテンやグエンと共に城を出てアビの気配を追った。
シュテンに抱かれ空を駆けながらアビの居場所を探る。グエンは彼女達を追いかけていた。
『ここだ…』
「お前はここで…」
『私だって戦える。黒龍を甘く見ないで。』
そうして彼女達は敵陣に乗り込み、レイラも爪を出すと次々と敵を切り裂いていった。
敵が少なくなってくるとシュテンが彼女の背中を押す。
「アイツの所に行ってやれ。」
『シュテン…』
「早く行け!!」
『わかった…邪魔だ、道を開けろ!!』
彼女は気配を辿って駆け出し敵を薙ぎ払いアビのもとに向かった。
『アビ!!』
「レイ…ラ…?」
『私の仲間から…アビから離れろ!!』
敵を倒して捕らわれていたアビをレイラは抱き締める。
『アビ…』
「レイラまで…来たの…」
『帰ろう…一緒に帰ろう…』
そうしてアビを助け出し緋龍城に帰る事が出来たが、それ以来アビは目を隠し緋龍王の廟に入り浸るようになってしまった。
四龍や黒龍の存在が争いの火種となりつつあるのだ。
龍の力が争いを呼ぶと考えた龍達は城を出る事に決めた。
「そんな白龍様!」
「城を出て行かれるなんて嘘でしょう!?」
「緑龍様!我々にはまだ貴方様の御力が必要なのです。」
『皆、聞いて。』
「俺らのような力はこの時代には不必要なんだよ。
これからは王子を中心とし新たな国を…」
「王子様はまだ幼い!四龍様の存在こそ争いの抑止力としてなくてはならないのです!」
「そして黒龍様の癒しの力こそ四龍様の力の源なのです!」
「俺が残る。俺がここに残って皆を守るから安心しろ。」
そこにゼノが現れて静かに民に言った。
これにはシュテン、グエン、レイラも驚いて目を丸くするばかり。
「しかし黄龍様では…」
ゼノは緋龍王から託された龍の紋章を掲げながら凛と言った。
「この龍の紋章は緋龍王が天界より賜り俺に託された。
即ち俺は王の遺志を受け継ぎ、天の声をお前達に伝える者。」
「おおお、緋龍王…」
「天界の…龍神様の紋章…」
「天界の声に帰依すればお前達の平穏は決して乱される事はなく、乱した者へは罰が下るであろう。」
「黄龍様が我々の神官様になって下さる…!」
「黄龍、お前…っ」
『ゼノ…』
シュテンとレイラの言葉にゼノがふわっと微笑んだ。
そして雪の降る朝、ゼノ以外の龍達は城を出たのだ。
「おおーい、みんな。早く来いよ。
いい朝だぞ。皆が起きて来る前にとっとと行っちまえ。」
ゼノは笑顔で手を振って他の龍を門の前で待つ。
彼以外の皆は寒さに震えて外套を纏っていた。
「さびィんだよ。」
「わはは。若さがねェな、緑龍。」
「うるせ。お前が変わらなさすぎなんだよ。」
「へへへ。」
『ゼノ…本当に城に留まるつもり?』
「お妃さまや王子達も放っとけねェし、しばらく神官の真似事でもして城のヤツらを宥めておくよ。
だからお前らは気にせず行けよ。
王子が成人したら俺ものんびり出てくから。」
「…そしたらお前俺んとこ来い。」
シュテンは堂々と言い放った。
「え…」
「城から出たら俺んとこ訪ねろ!な!待ってるぞ、何年でもジジイになっても。」
「…うん。」
レイラはゼノの黄龍としての能力を知ってしまっている為、進まない時間を生きる彼を思ってシュテンの純粋な言葉に心を痛めた。
それでも緋龍王との約束を守り、何も知らないかのようにふるまった。
「俺んとこには酒持って来いよ。」
『その時は美味しい物でも作ってあげる。』
「緑龍、どうせじっとしてねェだろ。」
眼を隠したままのアビは他の4人を見て立ち尽くしていた。
「青龍…最後に眼を見せて。」
身動きひとつしないアビをゼノは名前で呼んだ。
「アビ…」
するとその声がアビには緋龍王の物と重なり、彼の眼から涙が零れる。
ゼノは優しく眼を隠す布を外すとアビの頬を撫でた。
「あーあ、キレイな眼が腫れてんぞ。
おー、名で呼んだ方が良かったか、アビ。」
「『アビ…』」
「アビちゃん。」
「ちゃん付けするな。」
それから龍達はシュテンに誘導されるように互いの肩や腰に手を回した。
シュテンとアビの間でレイラも寂しそうに微笑む。
「いいか、俺らは龍の血を持つ兄弟。その身は遠く離れても血で呼び合う。
緋龍は天に還られた。いつか俺らも天に還る。
魂は繋がり巡る。龍の血は緋龍との絆は決して消えない。
またいつか逢おう、兄弟よ。」
旅立つ龍達を黒龍の甘い香りが優しく包み込んだのだった。
ゼノ以外の皆が歩き出すとその背中を見送ったゼノは呟いた。
「グエン、アビ、シュテン、レイラ…ごめんな。
俺の魂はたぶん天には還らない。
この体はたぶんどこにも還れないんだ。」
それから20年以上…
グエンとアビは定住し里を作り、シュテンはレイラを連れて空を舞うように旅を続けた。
だが少しずつ気配が薄くなりつつあった。
ゼノは小さな争いは全て一人で片付けていた。傷つけば傷つく程彼の身体は強くなったから。
そしてある闘いに向かっている時、ゼノは他の龍達の命が消えかかっているのを感じ取った。
彼は歳をとっていく他の龍に会うのが怖かったのだ、自分だけ何も変わらないから。
「ゼノ…」
「グエン様?如何なさいました?」
「馬鹿野郎、あいつ…来いっつったのに…待たせすぎだ…」
「グエン様…おやすみなさい、先代白龍様。お疲れ様でした…」
グエンとアビは自分の里で静かに眠りに就き、その命は天へと還った。
シュテンとレイラは命の終わりを感じ、いつの間にか増えていた自らの民と共にある場所に落ち着いていた。
「そろそろ俺らも終わりか…」
『ゼノはまだ一人なのかしら…』
「酒持って来いっつったのに…」
『シュテン…』
「また…俺とお前は会えるのか…?」
『黒龍には里がない…この先どこで生まれてどんな人生を歩み運命を担うのか…それは私にもわからない…』
「そうか…」
シュテンは床に就いたまま隣に座るレイラの手を握った。
既に2人は老衰していて自由に動き回り、以前のように空を舞う事も出来なくなっていた。
最期を悟っている2人を民達は2人きりにしてくれていた。
「龍の血は繋がる…いつかまた会おうな、黒龍…」
『えぇ…約束よ、緑龍。』
「それじゃ…俺は先に行ってる…」
『…すぐに私も行くから。』
「あぁ…この俺を待たせるんじゃねェぞ…」
『愛してるわ…シュテン…』
「俺もだ…レイラ…」
そう呟いた彼をレイラは強く抱き締め甘い香りで包み込んだ。
そして柔らかく微笑んだシュテンは永遠の眠りに就き、それから数刻後レイラも後を追うように亡くなった。
ゼノは闘いの中で沢山の剣に刺されながらも他の龍の死を感じて涙を流した。
「王さま…グエン!アビ!シュテン!レイラ!!
やだよおおおお!!おいていかないで!!」
戦場の真ん中でゼノは涙を流し叫んだのだった。
それからあまりに姿が変わらないゼノを城の皆が気味悪く思い始めた頃、後継者の神官を立てて彼も城を出た。
そして死んだはずの四龍の気配を感じる事を不思議に思い、気配を辿って里に行くと新たな龍がいるのを見つけた。
それでも黒龍の気配だけは感じられなかったのだった。
ある日、空腹に耐えかねて森の中で倒れて気を失っている彼をカヤという身体の弱い女性が助けてくれた。
ゼノはお金を稼ぎながらカヤの家に居候するようになり、共にいる事が当然のようだった。そうして2人は結婚したのだ。
「なあ、龍神様。どうして出て来てくれねぇの?」
ある晩、病気で苦しむカヤを見ていられなくなったゼノは外に出て星空に向けて叫んだ。
「頼むよ、出て来てくれよ。カヤを助けてくれよ。
俺に永遠の命を与えたのなら、カヤの寿命を延ばす事も出来んだろ?
お願いだ、カヤを助けてくれよ…!一日でも長くカヤといたいんだよ…!!
それが叶うなら俺他に何もいらねぇから。
このままずっと死ねなくてもいいから!!
ずっとあんたの奴隷になってやるから!!」
どれだけ叫んでも彼の声は届かず、カヤは静かに痩せ細り死んでいった。
「ゼノ…ありがとう…お空の上でまた逢おうね…」
「…うん。」
何百年経ったかもうゼノは数えてはいなかった。
高華国は五つの部族が力を持つようになり、度々王権争いの内乱が起きた。
他国の豪族との小競り合いもあったが、昔のようにゼノが剣一つで大軍に立ち向かったりはしなかった。
長い長い時にゼノの心も体もズタズタになりそうな時もあった。
だがその度に龍の紋章が心を落ち着かせてくれた。
緋龍王はゼノの運命に気付きお守りを渡す事で龍神の加護を求めたのだろう。
城を出る時ゼノはその紋章を断腸の思いで後継者の神官に譲ったが、城を出て暫くして紋章はゼノのもとへ戻って来た。
それは緋龍王の遺志なのか、それともその紋章にゼノが持たなくてはならない何かがあるのかはわからない。
カヤが死んで何年も彷徨い歩き、ゼノは漸く落ち着いて考える事が出来るようになっていた。
何年経っても世の中がどう変わろうともひっそりと確実に新しい世代へと受け継がれる龍の能力…
本来なら何か一つでも綻びがあればあっという間に崩壊してしまいそうな危ういそれぞれの集落…
しかしいざこざや危機が迫っても不思議な事に龍の能力は消え去らず、何か大きな力で守られているかのように子孫達は血を繋いでいた。
そして黄龍の能力だけは誰かに渡す事が出来ず、永久の命を与えられた。
四龍というのは本来緋龍王を守る為だけに生まれ死ぬもの。
だがまだその能力は存在している…それは緋龍王が復活し再び四龍の戦士が集結する事を意味するのではないか、と…
集結した所でそこにいるのは初代の龍達ではない。
しかし何年経っても色褪せない龍の紋章、
復活するかもしれない緋龍王、
ゼノがここに在る意味…
少しでも希望があるならゼノはもう暫く高華国を見守り、訪れるかもしれない“いつか”を待とうと決めた。
そしてついにその日はやってきた…
幼いキジャは朝早くに水浴びをしていると空に輝く暁の光が現れた。
キジャは近くに置いていた大きな布を纏うと木に登って暁の光に想いを馳せた。
「よぉ。」
すると木の上には先客がいた。ゼノだ。
「そなたは…」
「ここはボウズの特等席か。悪ィな。」
「…そなた誰だ?暴漢…ではないな。何か気配が…」
「ただの旅人だから。それより見ろよ、ボウズ。暁の光だ。」
2人は並んで座ると綺麗な暁の光を見つめた。
「…呼ばれた気がしたのだ、あの星に。」
「…そっか。やっと生まれた…俺達の緋の光が。」
「緋の…光…」
「ま、本物の光になるかどうかはそいつ次第だけどな。
千年…二千年か?まあいいや。大分待ったからもうちっと待ってみるかあ。」
「…そなた、やはり何か。」
その瞬間、ゼノはくしゃみをしてしまい2人揃って急いで木から下りると身体を拭いて着替えた。
「朝から水浴びは風邪引くだろ。」
「問題ない。」
そのときゼノはキジャの背中にある傷を見つけた。
「…えらいもん背負ってんな。」
―傷からして先代がつけたものか…―
「大きくなったら傷は薄まるから。」
「…この傷は消えずともよい。
…ただ傷を見ると里の者が哀れむ顔をするからな。
皆が寝ている早朝に水浴びをするのだ。」
そこまで話してキジャははっとした。
「…余計な話をした。初対面で私の気を緩ませるとはそなた一体…」
「白龍様、いずこに!?」
「おっと…じゃあな、ボウズ。」
「あっ、そなた…そなたもしや…」
里の者が来てゼノは急いで外套のフードで顔を隠すと立ち上がってキジャに背中を向けた。
「縁があったらまた会えるから、きっとな。」
ゼノはシンアのもとにも行った。一人でいる彼に毬を投げ渡してやる。
「やるよ、贈り物。」
「あっ、ありが…っ」
頭を下げると毬が転がってしまい、苦笑しながらゼノは再びシンアの手に持たせてやった。
「あ…あの…」
「青龍っ、うろうろすんじゃねぇ。」
「アオ…」
「悪ィな、呼びとめて。」
―先代の方はあまり長くねェな…―
「あの兄ちゃんのこと大事にしろよ。」
「……だいじ…だよ。」
「また会えたらその時は一緒に遊ぼうな。」
ゼノはシンアの頭を撫でるとその場を去った。
「何だ、あいつは。」
「…これくれた。」
「行商人か。」
「ううん、きいろいりゅう…」
「…?何言ってんだ。」
続いてゼノは牢獄に繋がれたジェハのもとへ行った。
静かに牢獄の扉を開くと手錠と足枷で繋がれたジェハが眠っていた。
「この状況を知ったらお前達は怒るだろうな、シュテン…レイラ…」
彼は自分の上着をジェハに掛け、髪を優しく撫でてやる。
「馬鹿だな。緑の龍を地に繋ぎ止めるなんて誰にも出来はしないのに。」
それから彼は旅を続けている途中、風の部族の地の近くを通った。
そこでは私がハクと共に手合わせをしていたのだ。
『はっ!』
「くっ…やるようになったじゃねぇか、リン!!」
『ふんっ…』
「でもまだまだだ!!」
『あ…』
剣が弾かれて飛ばされた為その日の鍛錬は終了。
私は剣を納めて顔を洗いに近くの川へ行った。
その時風が吹いて私の甘い香りが漂ったのだ。
―この香り…黒龍!!?―
ゼノは香りのした方へ行き川岸にいる私を見つけた。
そして黒い耳飾りと黒い爪を見て確信したのだ。
―やっと会えたね、黒龍…
長い時間を生きて来たけどレイラ以外に会えた黒龍は君が初めてだ…―
私は顔を洗い終わって水を散らすように顔を振るい目を上げた時、ゼノを見つけた。
『…そこにいるのは誰?』
「あー、怪しい者じゃないから。」
『自分でそう言ってるのが少し怪しいけど、実際悪そうな人じゃないわね。
きっと私を襲うんだったら隠れてないでもっと早くに声を掛けるか攻撃してたはずだし。』
「お嬢は俺がいるのに気付いてたの?」
『私、気配に敏感で音もよく聞こえるのよ。』
「そっか…」
『ねぇ、私前に貴方に会った事があるかしら?』
「え…」
『変な事を訊いてるとは思うんだけど…どうしてだか貴方は懐かしい感じがするわ…』
「こんなに綺麗なお嬢に会うのは初めてだからー」
『そうよね…ごめんなさい、変な事を言って。』
「気にしないからー」
「リン!ジジイが飯出来たって呼んでんぞ。」
『はーい!!』
「それじゃ俺はそろそろ行くからー」
『うん…』
「また機会があったら逢えるかもしれないけどね。」
『…え?』
ゼノが立ち去り私は首を傾げていた。
そこにハクがやって来て不思議そうに私の顔を覗き込む。
「どした?」
『いや…黄色い髪の不思議な人に会ったの。』
「おいおい…怪しい奴じゃねぇだろうな…」
『悪い人じゃないわ…ただすごく懐かしい感じがしたの。どうしてかしらね。』
「俺に訊くな。それよりジジイが呼んでる。さっさと来い。」
『うん。』
彼から受け取った手拭いで頬を流れる水を拭き取ってムンドクのもとへと急いだ。
ゼノはそんな私とハクを見送ってから再び森に姿を消した。
「緋龍王の魂が再び地上に誕生した。それは国を守る為か、作る為か。
もしかしたら緋龍を切望する四龍と黒龍の為に再び戻られたのか。
まだしばし旅をしよう。新たな緋龍の生きる道に俺の在る意味が見つかるかもしれない。
…俺の願いも叶うかもしれない。なあに…ゼノ、待つのは得意だから。」
彼がそんな夢を見ているとは露知らず、ヨナ、キジャ、シンア、ジェハ、私は昼になっても起きて来ないゼノを起こしに来ていた。
『ゼノ?…ねぇ、ゼノってば!』
彼が目を開くとそこには自分を見つめる私達の顔。
「いつまで寝ておるのだ。」
「もう昼過ぎ…」
『心配になって起こしに来たんだけど…』
「年寄りは早起きだって言うのにねぇ。」
「色々あってゼノも疲れたのね。寝かせておきましょ。」
「みんなみんな、近う寄れ。」
「ん?」
ゼノの右側にいたジェハ、私、ヨナ、そして左側にいたキジャとシンアをゼノは手招きで呼んだ。
「何だ?」
『どうかしたの?』
「動けないのかい?」
「もっともっと。」
するとゼノはぐいっと一番近くにいたキジャとジェハの服を掴んで自分に抱き寄せた。
驚いたキジャはシンアを、ジェハは私の肩に手を回して、私も咄嗟にヨナを掴んでしまった。
それによって私達は5人揃ってゼノの上に倒れ込んでしまう。
「「うわぁああ!!?」」
『ちょっ…』
「きゃっ…」
「な、何だ?」
「おしくらまんじゅう…?」
『ゼ、ゼノ…?』
「ふははっ、よしよし。みんな大きくなったなぁ。」
ゼノはとても幸せそうに微笑んだのだった。
激しい闘いの中でゼノは身を挺して緋龍王を庇っていた。
剣が振り翳されるがそれは白龍の手が敵を貫いた事で免れる。
「白龍…!」
「下がってろ、ボウズ!!」
青龍は目の力で敵を麻痺させるがそれが自分の身に返ってきて青龍は倒れてしまう。
「青龍、大丈夫!?」
「邪魔だ。」
ただ倒れた青龍を狙って兵が剣を振るい、それから庇うように黄龍が彼を抱き締めた。
彼らを襲おうとした兵の背中には槍が突き刺さっていた。
「てめーこそてめーの能力でいちいち麻痺ってんの邪魔くせーから。お家に帰ってろよ、青龍サン。」
「緑龍…」
「そこの緑!戦に集中せんか。」
「うるっせー。命令すんな、白龍!」
再び戦場に出て行く別の龍を見ていると緋龍王がゼノに声を掛けた。
「私の後ろにいろ、お前は決して傷つけさせない。」
緋い王と龍の血を持ち四龍の戦士、そして城を護り王と四龍の帰りを待つ黒き龍の美女…これが龍達の絆の始まりだった。
遥かな昔、人間となった緋龍王は龍の血を持つ4人の戦士と癒しの象徴である黒い龍の美女を従え高華国を作った…
四龍には兵が与えられそれぞれを長として訓練をしたり、戦場に出て戦ったりしていた。
だが無力なゼノは訓練を優秀な部下に任せていたのだ。
「よお、役立たず。」
ゼノに声を掛けたのは初代緑龍シュテン。
「そりゃ、訓練とか無理だよなァ。
お前にはなーんの力もねーんだからよ。」
「お前が代わりに鍛えてやってくれよ。」
「誰が他人の部族なんか鍛えるか、バーカ。」
「小っせェなァ、緑。俺らは天の龍の血が繋ぐ兄弟。兄貴として男を見せい。」
シュテンにそう言ったのは初代白龍グエン。
「誰が兄弟だ。反吐が出るぜ。たまたま血を飲んだだけの他人がよ。
俺が信じてんのは俺の能力だけだ。能力もねェ落ちこぼれなんか知るか!」
「耳障り」
「あ?」
「お前の声。」
指に鳥を乗せてそう呟いたのは初代青龍アビだった。
「じゃあこの槍で耳の穴突き破ってやるよ、青龍サン。」
「その前に全身麻痺。」
「よし俺もまぜろ俺もまぜろ。」
「おいおい。」
『相変わらずうるさいわね…』
そんな彼らの様子に苦笑しながらその場にふらっと現れたのは初代黒龍レイラ。
彼女が動くだけで甘い香りが辺りを包みすぐに落ち着いた様子の彼らがレイラを見た。
彼女の耳には黒い耳飾りがあり爪も黒かった。
黒髪をなびかせながら綺麗な衣を纏って彼女は優雅に歩く。
「レイラ!」
『呼ばなくても聞こえてる…』
「お前はいつ見ても綺麗だなァ、レイラ。」
『もう聞き飽きたっての、グエン。
アビはそんな綺麗な目で私を睨まないでちょうだい。』
「レイラ、つれない…」
『ゼノはまたからかわれてるの?』
「え…」
『こんな兄ちゃん達だけど本当はいい奴らだから。』
「うん…」
『何か相談事があったら私の所にいらっしゃいな。』
「俺も!」
「俺ならいいだろ?」
「俺…」
『アンタらは面倒だからイヤ。』
「「「えー!!?」」」
絶世の美女であるレイラの事は緋龍城の男の注目の的だった。
言い寄ってくる男達もいたが彼女は全てを受け流し、それでもしつこい男達に襲われそうになったところを助けてくれたのがシュテン、グエン、そしてアビだったのだ。
それからは彼らと一緒にいる事も増え、彼らが龍の血を飲んだ時彼女も美しい黒龍の血を受け取った。
それからは緋龍王と四龍が戦場へ行けば、彼らが帰って来るべき場所として緋龍城を守り彼らの帰りを待った。
それが彼女のやるべき事だと考えたからだ。
ただ男達に襲われても反撃出来るよう黒い爪も与えられているのだ。
「俺の相手もしてくれていいじゃねェか。」
『触ったらこの爪で引っ掻くわよ?』
「おー、やってみろ!」
この会話からも解るようにシュテン、グエン、アビも彼女の事を何度か口説こうとしていた。
だが一番一緒にいる事が多いのはシュテン。
彼はしつこく彼女に付き纏い、どこまでも追いかけてくるのだ。
そして彼女が爪で引っ掻こうとすると緑龍の能力で逃げてしまう。
『また逃げた!!』
「引っ掻かれるのはごめんだからな。」
『あー、ムカつく!!!』
「ハハハハッ」
彼女は笑い飛ばすシュテンに手を伸ばしてギリギリの所で捕まえるとその腰にしがみついていた。
そして彼を見上げながら彼女が睨んでいると背後に優しい気配を感じて振り返った。
「レイラ?」
『緋龍王が来られるわ。』
「ん?」
「グエン、アビ、シュテン、ゼノ、レイラ。仲が良いな、お前達は。」
「緋龍王…!」
「仲良しに見えるのかよ、盆暗王が。」
「ふふ、私には可愛い龍がじゃれ合ってるように見える。」
「王、目洗え。」
「ボケるには早いぞ。」
「特にシュテンとレイラは付き合ってるのかい?腰に抱き着いてるほどだし。」
『これはシュテン達が私をからかうから!!』
「からかってねェって。」
『むっ…』
そう言いつつもレイラはいつの間にかシュテンと一緒にいる事に違和感を覚えなくなっていて、それどころか心地よささえ感じていた。
―とうとうこの男の影響を受けすぎたかしら…―
彼女はそんな事を想い始めた自分に苦笑しつつ溜息を吐くと隣にいるゼノの表情が暗いことに気付いた。
『ゼノ?』
「どうした?」
「王様、俺は軍の指揮とか部族長とか向いてねェよ。誰か他の人間に任せたらいい。
俺は四龍の中で何の力も持ってねェし、戦場で足手まといになるだけだ。」
「そいつ黄龍から頑丈な体をもらったって言うが嘘だぜ。」
「この前はコケて擦り剥いてたもんな。」
「でも傷の治りは早いから!」
「『傷の治り?』」
緋龍王とレイラの声が重なった。
「おー、傷ついてもすぐ治るから。これって黄龍の能力だろ。」
「若い奴ァすぐ治るもんなんだよ。」
「違うって、よく見ろよ。」
ゼノは勢いよく近くの岩壁を殴り手から血を流しながら痛みにしゃがみ込んだ。
「~~った~~~」
『ちょっとゼノ!!?』
「馬鹿お前…お前馬鹿!何やってんだ!!」
「おいおい、大丈夫か。血が…」
だが次の瞬間その傷は消えたのだ。
「傷が…ない…」
「な!?」
「すごいだろ。」
「ちょっと待て、よく見てなかった。もう一回傷つけてやる、この槍で。」
「わーっ、それは死ぬから!!」
「黄龍の能力、傷の治りが早いだけ?」
「それじゃ戦力にならねーよ。」
「いーんだ、人を傷つける能力なんて。俺はこのくらいの能力がいい。なあ王様。」
黄龍の本当の能力に気付いてしまった緋龍王とレイラは言葉を失って立ち尽くしていた。緋龍王は勢いよくゼノを抱き締める。
「…王様、どした?」
彼は首から下げていた青い石で作られた鎖の先にある金色の龍の紋章を外すとゼノの手に乗せた。
「私が地上に降りた時龍達から賜ったものだ。お前に授けよう。
私は常にお前と共に在るという証だ。」
レイラは緋龍王の真意を知って何も言わなかったが他の3人は緋龍王をじっと見つめていた。
「……おい。」
「ん?」
「こいつにだけか?」
「俺…」
「俺に…」
「あ、一個しかない。」
するとシュテン、グエン、アビはあからさまに残念そうに落ち込む。
「欲しかった?」
「いらねーよ!別にいらねーよ。」
照れたように言うシュテンの様子に緋龍王が笑う。
それを見てレイラも笑みを零すとシュテンが悔しそうに彼女の髪をくしゃっと撫でた。
何気ない彼の様子に本当は彼がきつい言葉を言っていても優しい事が解るのだ。
四龍は仲が良いわけではなかったが、緋龍王がいれば自然と繋がれる気がした。
そこに黒龍がいて皆の癒しとなり、緋龍王にとっても心の拠り所になっていた。
解散して城に戻る緋龍王をレイラは追いかける。
『緋龍王…』
「…どうしたの?」
『ゼノは…あの能力は…』
「やっぱりレイラは気付いちゃったか…」
『っ…』
「ゼノが傷つかないように前線では戦わせない…」
『了解致しました。』
レイラが頭を下げてその場を立ち去ろうとすると彼は彼女を呼び止めた。
「レイラ…」
『はい?』
「ゼノの事も少しだけ気に掛けてあげて。でもその能力については言わないでいい。」
『はい…』
「それにレイラは自分自身の幸せも考えてね。」
『…え?』
「シュテンといい感じだし。」
『ひ、緋龍王!!』
その時彼女は敵の高華国への侵入を感じ取った。
『緋龍王…敵が来ました。』
「どこに…?」
『北方の豪族のようですね…』
「四龍にも伝えて来て。その中の誰かが行くって言ったら彼に任せて。」
『はい。』
その戦にはグエンが向かった。
この頃の緋龍王と四龍の部族達は周辺の乱を次々と平定し高華国の領土を大きく広げていた。
『おかえり!!』
ボロボロになって帰って来る皆を迎える事しか出来ない自分に歯がゆさを覚えながらもレイラはいつも笑顔で彼らを迎えた。
だがすぐに私は次の戦の種を感じ取る。
「…また戦かな。」
『緋龍王…』
「次はどこ?」
『…国の西側です。』
「よし、行くぞ。青龍サンはまた倒れに行くんだろ。」
「次は踏ん張る。」
「いっそ寝てろ。俺が全軍相手しとくわ。」
「あ、俺も…」
「終わらないな、戦は…永遠の平穏というのは夢物語だろうか。」
「手を貸すよ、今は力無いけど俺…」
「お前は闘うな。私の後ろにいろ。」
「行って来る。」
『どうぞご無事で…』
心配そうに見つめるとシュテンがこちらにやって来て初めて見せる優しい笑みを浮かべるとレイラの額に自分の額を当てた。
彼の笑顔に見とれてしまっていたレイラはされるがまま。
『シュテン…?』
「こっちは帰ってからな。」
彼はニッといつものように意地悪く笑うと彼女の唇に触れた。
こうしていつの間にかレイラとシュテンの心は繋がっていたのだった。
前から力の無い黄龍に闘わせなかった緋龍王が、その能力を知ってからは決して前に立たせなかった。
白龍、青龍、緑龍の力は戦場で神の力としてあがめられ、また恐れられ狙われていった…
四龍…ある者は何をも引き裂く鋭い爪を、
ある者は彼方まで見通す眼を、
ある者は天高く跳躍する脚を、
そしてある者は傷つかない頑丈な体を…
身体中から血を流しふらつくシュテンとグエン、そしてアビは力を使い果たして倒れてしまった。それをグエンが片手で抱き留める。
「また来るぞ。」
「く…っそ…」
遠くからまだまだ敵が来ていてシュテンとグエンは苦い表情をしたままアビをゼノに託した。
「ボウズ、青龍を連れて後方へ。」
「でも…」
「お前が傷つくとあの盆暗王が泣くだろーが!!とっとと行け!!」
「傷なんか負った事ない…お前達が傷ついたって王様は泣くよ。それにきっとレイラも…」
ゼノは青龍を抱いて支えながら戦い傷ついていくシュテンとグエンを見つめていた。
―俺は同じ四龍なのに誰も守れない…―
その時ゼノは自分の背後に兵の気配を感じて振り返った。
そして強い痛みと共に彼は斬られ、青龍を庇うような形で倒れた。
だが痛みは感じるのにゼノの身体から傷が消えていた。
「うわああ!化け物!!」
兵は怯えて逃げ出したがゼノは自分に何が起きているのかわからないまま目を見開いて座り込んでいた。
「な…なんだよ…これ…おれ…斬られたのに…」
彼は気味が悪くて自分の身体を抱き締めた。
―頭がぐらぐらする…吐きそう…―
レイラはボロボロになった彼らを緋龍城で迎えた。
『みんな!!』
彼女の姿を見たシュテンはほっとしたらしく倒れ込んでしまい、レイラは急いで抱き留める。
『シュテン!!』
「ただいま戻った…こちらに問題はないか、レイラ。」
『みんなが守ってくれたから大丈夫だったわ…
手当しよう…ね、早くアビも休ませなきゃ!』
彼女は帰って来た仲間達を支え、また兵達に指示を出して休ませた。
「王様は…」
『…益々お痩せになってるわ。』
「…そうか。」
それからすぐレイラとシュテンは緋龍王の薦めもあり婚姻を結んで戦場に向かう前にシュテンが言っていたように口付けを交わした。
帰って来るまでの御預けだったからだ。
「まさかレイラがシュテンを選ぶとはな…」
「どうして俺じゃないのさ…」
『…シュテンが一番しつこかっただけよ。』
「酷い言われようだぜ…」
「おめでとう、レイラ。」
『ありがとう、ゼノ!』
レイラは仲間達の言葉に無邪気な笑みを零した。
緋龍王も遠くから龍達の笑顔を見つめる。
だがそんな幸せな時間は長くは続かない。
「ゼノ、すまないな。いつも食事を運んでもらって。」
「お安い御用~今日のは特別美味いから。」
「それは楽しみ。」
「レイラが作ったんだ。」
「そうか…それはありがたいね。」
緋龍王は痩せて、病気がちで力無く微笑むようになったのだ。
ゼノが緋龍王を心配そうに見ると彼は顔を上げた。
「ん?」
「あっ…白龍がガツガツ食っててな。
青龍や緑龍は呆れてて、ちょっと前なら喧嘩してたのに。
レイラはそんな皆を見て笑ってるんだ。
落ちついたよなぁ、あいつら。」
「あぁ…大人になったな、アビとシュテンは。
レイラもシュテンと一緒になってから前より幸せそうだ。」
大人になる事…それはいい事なのだろう。
しかし皆が大人になっていくのを見るとゼノはどうしようもない恐怖に襲われたのだった。
「ゼノ、こっちへおいで。どうした?ずっと元気がないな。
何か悩み事か?お前がそんなふうだと私は落ちついて眠れない。」
「…王様、身体キツい?」
「え?ふふ、まぁだいぶガタはきているけど歳だからな。大丈夫。」
「…俺は身体キツくないんだ。疲れないし病にもかからない。
怪我をしたら痛いのに無かったことみたいに痛くなくなる。
すっげぇ元気なの。それがめちゃくちゃ気持ち悪い。」
ゼノは緋龍王に縋りつくように抱き着いて震えた。
「ねぇ、黄龍の力って何なんだろう…王様は…知ってる…?」
レイラはそれをよく聞こえる龍の耳で聞いて俯いていた。
「レイラ…?」
「どうかしたのか?」
『…ううん、何でもない。』
レイラだけは緋龍王同様黄龍の能力について知っていた。
それでも緋龍王に言われた通り彼女の口からゼノに伝えられる事はなかった。
それから数日後緋龍王は眠りについた、口を閉ざしたまま…
四龍の戦士と黒龍はもう動かない王を想い泣いた。
大切な人を失った悲しみなのか、自身の中にある龍神の血が緋龍の死を悲しんでいるのか、彼らにはわからなかった。
緋龍王は国を平定したが、小さな争い火種は常に燻っていて、王が亡くなってからもシュテン、グエン、アビは争いに駆り出される事が多かった。
そしてある日、四龍の力を狙う者達にアビは捕らえられてしまった。
『ねぇ…アビは…』
「すまねェ…」
「捕まっちまった…」
『え…』
困惑する兵達を見て私は真剣に考えた。
緋龍王もいない今、これ以上仲間を失うわけにはいかなかった。
「俺とシュテンが助けに行く。」
「レイラはここで…」
『私も行く。』
「「レイラ!?」」
『仲間が捕まってるの。私ももう黙って待ってる事なんて出来ないわ。』
彼女が強い眼差しでシュテンとグエンを見つめる為、2人も溜息を吐いた。彼女は兵達を振り返って言う。
『皆、聞いてちょうだい。』
「レイラ様…」
「黒龍様…」
兵達がこちらを見てざわつくがシュテン、グエン、レイラが恐ろしい程の視線を向ける為すぐに静かになった。
『私達はこれから青龍の救出に向かう。留守にする間、皆にこの城を任せる。ゼノの言葉に従ってほしい。』
「レイラ!?」
『私達の帰りを皆と一緒に待ってて、ゼノ。皆、城を頼む。』
彼女の言葉に兵達は一斉に承諾を表すように整列し頭を下げたのだった。
それからレイラはシュテンやグエンと共に城を出てアビの気配を追った。
シュテンに抱かれ空を駆けながらアビの居場所を探る。グエンは彼女達を追いかけていた。
『ここだ…』
「お前はここで…」
『私だって戦える。黒龍を甘く見ないで。』
そうして彼女達は敵陣に乗り込み、レイラも爪を出すと次々と敵を切り裂いていった。
敵が少なくなってくるとシュテンが彼女の背中を押す。
「アイツの所に行ってやれ。」
『シュテン…』
「早く行け!!」
『わかった…邪魔だ、道を開けろ!!』
彼女は気配を辿って駆け出し敵を薙ぎ払いアビのもとに向かった。
『アビ!!』
「レイ…ラ…?」
『私の仲間から…アビから離れろ!!』
敵を倒して捕らわれていたアビをレイラは抱き締める。
『アビ…』
「レイラまで…来たの…」
『帰ろう…一緒に帰ろう…』
そうしてアビを助け出し緋龍城に帰る事が出来たが、それ以来アビは目を隠し緋龍王の廟に入り浸るようになってしまった。
四龍や黒龍の存在が争いの火種となりつつあるのだ。
龍の力が争いを呼ぶと考えた龍達は城を出る事に決めた。
「そんな白龍様!」
「城を出て行かれるなんて嘘でしょう!?」
「緑龍様!我々にはまだ貴方様の御力が必要なのです。」
『皆、聞いて。』
「俺らのような力はこの時代には不必要なんだよ。
これからは王子を中心とし新たな国を…」
「王子様はまだ幼い!四龍様の存在こそ争いの抑止力としてなくてはならないのです!」
「そして黒龍様の癒しの力こそ四龍様の力の源なのです!」
「俺が残る。俺がここに残って皆を守るから安心しろ。」
そこにゼノが現れて静かに民に言った。
これにはシュテン、グエン、レイラも驚いて目を丸くするばかり。
「しかし黄龍様では…」
ゼノは緋龍王から託された龍の紋章を掲げながら凛と言った。
「この龍の紋章は緋龍王が天界より賜り俺に託された。
即ち俺は王の遺志を受け継ぎ、天の声をお前達に伝える者。」
「おおお、緋龍王…」
「天界の…龍神様の紋章…」
「天界の声に帰依すればお前達の平穏は決して乱される事はなく、乱した者へは罰が下るであろう。」
「黄龍様が我々の神官様になって下さる…!」
「黄龍、お前…っ」
『ゼノ…』
シュテンとレイラの言葉にゼノがふわっと微笑んだ。
そして雪の降る朝、ゼノ以外の龍達は城を出たのだ。
「おおーい、みんな。早く来いよ。
いい朝だぞ。皆が起きて来る前にとっとと行っちまえ。」
ゼノは笑顔で手を振って他の龍を門の前で待つ。
彼以外の皆は寒さに震えて外套を纏っていた。
「さびィんだよ。」
「わはは。若さがねェな、緑龍。」
「うるせ。お前が変わらなさすぎなんだよ。」
「へへへ。」
『ゼノ…本当に城に留まるつもり?』
「お妃さまや王子達も放っとけねェし、しばらく神官の真似事でもして城のヤツらを宥めておくよ。
だからお前らは気にせず行けよ。
王子が成人したら俺ものんびり出てくから。」
「…そしたらお前俺んとこ来い。」
シュテンは堂々と言い放った。
「え…」
「城から出たら俺んとこ訪ねろ!な!待ってるぞ、何年でもジジイになっても。」
「…うん。」
レイラはゼノの黄龍としての能力を知ってしまっている為、進まない時間を生きる彼を思ってシュテンの純粋な言葉に心を痛めた。
それでも緋龍王との約束を守り、何も知らないかのようにふるまった。
「俺んとこには酒持って来いよ。」
『その時は美味しい物でも作ってあげる。』
「緑龍、どうせじっとしてねェだろ。」
眼を隠したままのアビは他の4人を見て立ち尽くしていた。
「青龍…最後に眼を見せて。」
身動きひとつしないアビをゼノは名前で呼んだ。
「アビ…」
するとその声がアビには緋龍王の物と重なり、彼の眼から涙が零れる。
ゼノは優しく眼を隠す布を外すとアビの頬を撫でた。
「あーあ、キレイな眼が腫れてんぞ。
おー、名で呼んだ方が良かったか、アビ。」
「『アビ…』」
「アビちゃん。」
「ちゃん付けするな。」
それから龍達はシュテンに誘導されるように互いの肩や腰に手を回した。
シュテンとアビの間でレイラも寂しそうに微笑む。
「いいか、俺らは龍の血を持つ兄弟。その身は遠く離れても血で呼び合う。
緋龍は天に還られた。いつか俺らも天に還る。
魂は繋がり巡る。龍の血は緋龍との絆は決して消えない。
またいつか逢おう、兄弟よ。」
旅立つ龍達を黒龍の甘い香りが優しく包み込んだのだった。
ゼノ以外の皆が歩き出すとその背中を見送ったゼノは呟いた。
「グエン、アビ、シュテン、レイラ…ごめんな。
俺の魂はたぶん天には還らない。
この体はたぶんどこにも還れないんだ。」
それから20年以上…
グエンとアビは定住し里を作り、シュテンはレイラを連れて空を舞うように旅を続けた。
だが少しずつ気配が薄くなりつつあった。
ゼノは小さな争いは全て一人で片付けていた。傷つけば傷つく程彼の身体は強くなったから。
そしてある闘いに向かっている時、ゼノは他の龍達の命が消えかかっているのを感じ取った。
彼は歳をとっていく他の龍に会うのが怖かったのだ、自分だけ何も変わらないから。
「ゼノ…」
「グエン様?如何なさいました?」
「馬鹿野郎、あいつ…来いっつったのに…待たせすぎだ…」
「グエン様…おやすみなさい、先代白龍様。お疲れ様でした…」
グエンとアビは自分の里で静かに眠りに就き、その命は天へと還った。
シュテンとレイラは命の終わりを感じ、いつの間にか増えていた自らの民と共にある場所に落ち着いていた。
「そろそろ俺らも終わりか…」
『ゼノはまだ一人なのかしら…』
「酒持って来いっつったのに…」
『シュテン…』
「また…俺とお前は会えるのか…?」
『黒龍には里がない…この先どこで生まれてどんな人生を歩み運命を担うのか…それは私にもわからない…』
「そうか…」
シュテンは床に就いたまま隣に座るレイラの手を握った。
既に2人は老衰していて自由に動き回り、以前のように空を舞う事も出来なくなっていた。
最期を悟っている2人を民達は2人きりにしてくれていた。
「龍の血は繋がる…いつかまた会おうな、黒龍…」
『えぇ…約束よ、緑龍。』
「それじゃ…俺は先に行ってる…」
『…すぐに私も行くから。』
「あぁ…この俺を待たせるんじゃねェぞ…」
『愛してるわ…シュテン…』
「俺もだ…レイラ…」
そう呟いた彼をレイラは強く抱き締め甘い香りで包み込んだ。
そして柔らかく微笑んだシュテンは永遠の眠りに就き、それから数刻後レイラも後を追うように亡くなった。
ゼノは闘いの中で沢山の剣に刺されながらも他の龍の死を感じて涙を流した。
「王さま…グエン!アビ!シュテン!レイラ!!
やだよおおおお!!おいていかないで!!」
戦場の真ん中でゼノは涙を流し叫んだのだった。
それからあまりに姿が変わらないゼノを城の皆が気味悪く思い始めた頃、後継者の神官を立てて彼も城を出た。
そして死んだはずの四龍の気配を感じる事を不思議に思い、気配を辿って里に行くと新たな龍がいるのを見つけた。
それでも黒龍の気配だけは感じられなかったのだった。
ある日、空腹に耐えかねて森の中で倒れて気を失っている彼をカヤという身体の弱い女性が助けてくれた。
ゼノはお金を稼ぎながらカヤの家に居候するようになり、共にいる事が当然のようだった。そうして2人は結婚したのだ。
「なあ、龍神様。どうして出て来てくれねぇの?」
ある晩、病気で苦しむカヤを見ていられなくなったゼノは外に出て星空に向けて叫んだ。
「頼むよ、出て来てくれよ。カヤを助けてくれよ。
俺に永遠の命を与えたのなら、カヤの寿命を延ばす事も出来んだろ?
お願いだ、カヤを助けてくれよ…!一日でも長くカヤといたいんだよ…!!
それが叶うなら俺他に何もいらねぇから。
このままずっと死ねなくてもいいから!!
ずっとあんたの奴隷になってやるから!!」
どれだけ叫んでも彼の声は届かず、カヤは静かに痩せ細り死んでいった。
「ゼノ…ありがとう…お空の上でまた逢おうね…」
「…うん。」
何百年経ったかもうゼノは数えてはいなかった。
高華国は五つの部族が力を持つようになり、度々王権争いの内乱が起きた。
他国の豪族との小競り合いもあったが、昔のようにゼノが剣一つで大軍に立ち向かったりはしなかった。
長い長い時にゼノの心も体もズタズタになりそうな時もあった。
だがその度に龍の紋章が心を落ち着かせてくれた。
緋龍王はゼノの運命に気付きお守りを渡す事で龍神の加護を求めたのだろう。
城を出る時ゼノはその紋章を断腸の思いで後継者の神官に譲ったが、城を出て暫くして紋章はゼノのもとへ戻って来た。
それは緋龍王の遺志なのか、それともその紋章にゼノが持たなくてはならない何かがあるのかはわからない。
カヤが死んで何年も彷徨い歩き、ゼノは漸く落ち着いて考える事が出来るようになっていた。
何年経っても世の中がどう変わろうともひっそりと確実に新しい世代へと受け継がれる龍の能力…
本来なら何か一つでも綻びがあればあっという間に崩壊してしまいそうな危ういそれぞれの集落…
しかしいざこざや危機が迫っても不思議な事に龍の能力は消え去らず、何か大きな力で守られているかのように子孫達は血を繋いでいた。
そして黄龍の能力だけは誰かに渡す事が出来ず、永久の命を与えられた。
四龍というのは本来緋龍王を守る為だけに生まれ死ぬもの。
だがまだその能力は存在している…それは緋龍王が復活し再び四龍の戦士が集結する事を意味するのではないか、と…
集結した所でそこにいるのは初代の龍達ではない。
しかし何年経っても色褪せない龍の紋章、
復活するかもしれない緋龍王、
ゼノがここに在る意味…
少しでも希望があるならゼノはもう暫く高華国を見守り、訪れるかもしれない“いつか”を待とうと決めた。
そしてついにその日はやってきた…
幼いキジャは朝早くに水浴びをしていると空に輝く暁の光が現れた。
キジャは近くに置いていた大きな布を纏うと木に登って暁の光に想いを馳せた。
「よぉ。」
すると木の上には先客がいた。ゼノだ。
「そなたは…」
「ここはボウズの特等席か。悪ィな。」
「…そなた誰だ?暴漢…ではないな。何か気配が…」
「ただの旅人だから。それより見ろよ、ボウズ。暁の光だ。」
2人は並んで座ると綺麗な暁の光を見つめた。
「…呼ばれた気がしたのだ、あの星に。」
「…そっか。やっと生まれた…俺達の緋の光が。」
「緋の…光…」
「ま、本物の光になるかどうかはそいつ次第だけどな。
千年…二千年か?まあいいや。大分待ったからもうちっと待ってみるかあ。」
「…そなた、やはり何か。」
その瞬間、ゼノはくしゃみをしてしまい2人揃って急いで木から下りると身体を拭いて着替えた。
「朝から水浴びは風邪引くだろ。」
「問題ない。」
そのときゼノはキジャの背中にある傷を見つけた。
「…えらいもん背負ってんな。」
―傷からして先代がつけたものか…―
「大きくなったら傷は薄まるから。」
「…この傷は消えずともよい。
…ただ傷を見ると里の者が哀れむ顔をするからな。
皆が寝ている早朝に水浴びをするのだ。」
そこまで話してキジャははっとした。
「…余計な話をした。初対面で私の気を緩ませるとはそなた一体…」
「白龍様、いずこに!?」
「おっと…じゃあな、ボウズ。」
「あっ、そなた…そなたもしや…」
里の者が来てゼノは急いで外套のフードで顔を隠すと立ち上がってキジャに背中を向けた。
「縁があったらまた会えるから、きっとな。」
ゼノはシンアのもとにも行った。一人でいる彼に毬を投げ渡してやる。
「やるよ、贈り物。」
「あっ、ありが…っ」
頭を下げると毬が転がってしまい、苦笑しながらゼノは再びシンアの手に持たせてやった。
「あ…あの…」
「青龍っ、うろうろすんじゃねぇ。」
「アオ…」
「悪ィな、呼びとめて。」
―先代の方はあまり長くねェな…―
「あの兄ちゃんのこと大事にしろよ。」
「……だいじ…だよ。」
「また会えたらその時は一緒に遊ぼうな。」
ゼノはシンアの頭を撫でるとその場を去った。
「何だ、あいつは。」
「…これくれた。」
「行商人か。」
「ううん、きいろいりゅう…」
「…?何言ってんだ。」
続いてゼノは牢獄に繋がれたジェハのもとへ行った。
静かに牢獄の扉を開くと手錠と足枷で繋がれたジェハが眠っていた。
「この状況を知ったらお前達は怒るだろうな、シュテン…レイラ…」
彼は自分の上着をジェハに掛け、髪を優しく撫でてやる。
「馬鹿だな。緑の龍を地に繋ぎ止めるなんて誰にも出来はしないのに。」
それから彼は旅を続けている途中、風の部族の地の近くを通った。
そこでは私がハクと共に手合わせをしていたのだ。
『はっ!』
「くっ…やるようになったじゃねぇか、リン!!」
『ふんっ…』
「でもまだまだだ!!」
『あ…』
剣が弾かれて飛ばされた為その日の鍛錬は終了。
私は剣を納めて顔を洗いに近くの川へ行った。
その時風が吹いて私の甘い香りが漂ったのだ。
―この香り…黒龍!!?―
ゼノは香りのした方へ行き川岸にいる私を見つけた。
そして黒い耳飾りと黒い爪を見て確信したのだ。
―やっと会えたね、黒龍…
長い時間を生きて来たけどレイラ以外に会えた黒龍は君が初めてだ…―
私は顔を洗い終わって水を散らすように顔を振るい目を上げた時、ゼノを見つけた。
『…そこにいるのは誰?』
「あー、怪しい者じゃないから。」
『自分でそう言ってるのが少し怪しいけど、実際悪そうな人じゃないわね。
きっと私を襲うんだったら隠れてないでもっと早くに声を掛けるか攻撃してたはずだし。』
「お嬢は俺がいるのに気付いてたの?」
『私、気配に敏感で音もよく聞こえるのよ。』
「そっか…」
『ねぇ、私前に貴方に会った事があるかしら?』
「え…」
『変な事を訊いてるとは思うんだけど…どうしてだか貴方は懐かしい感じがするわ…』
「こんなに綺麗なお嬢に会うのは初めてだからー」
『そうよね…ごめんなさい、変な事を言って。』
「気にしないからー」
「リン!ジジイが飯出来たって呼んでんぞ。」
『はーい!!』
「それじゃ俺はそろそろ行くからー」
『うん…』
「また機会があったら逢えるかもしれないけどね。」
『…え?』
ゼノが立ち去り私は首を傾げていた。
そこにハクがやって来て不思議そうに私の顔を覗き込む。
「どした?」
『いや…黄色い髪の不思議な人に会ったの。』
「おいおい…怪しい奴じゃねぇだろうな…」
『悪い人じゃないわ…ただすごく懐かしい感じがしたの。どうしてかしらね。』
「俺に訊くな。それよりジジイが呼んでる。さっさと来い。」
『うん。』
彼から受け取った手拭いで頬を流れる水を拭き取ってムンドクのもとへと急いだ。
ゼノはそんな私とハクを見送ってから再び森に姿を消した。
「緋龍王の魂が再び地上に誕生した。それは国を守る為か、作る為か。
もしかしたら緋龍を切望する四龍と黒龍の為に再び戻られたのか。
まだしばし旅をしよう。新たな緋龍の生きる道に俺の在る意味が見つかるかもしれない。
…俺の願いも叶うかもしれない。なあに…ゼノ、待つのは得意だから。」
彼がそんな夢を見ているとは露知らず、ヨナ、キジャ、シンア、ジェハ、私は昼になっても起きて来ないゼノを起こしに来ていた。
『ゼノ?…ねぇ、ゼノってば!』
彼が目を開くとそこには自分を見つめる私達の顔。
「いつまで寝ておるのだ。」
「もう昼過ぎ…」
『心配になって起こしに来たんだけど…』
「年寄りは早起きだって言うのにねぇ。」
「色々あってゼノも疲れたのね。寝かせておきましょ。」
「みんなみんな、近う寄れ。」
「ん?」
ゼノの右側にいたジェハ、私、ヨナ、そして左側にいたキジャとシンアをゼノは手招きで呼んだ。
「何だ?」
『どうかしたの?』
「動けないのかい?」
「もっともっと。」
するとゼノはぐいっと一番近くにいたキジャとジェハの服を掴んで自分に抱き寄せた。
驚いたキジャはシンアを、ジェハは私の肩に手を回して、私も咄嗟にヨナを掴んでしまった。
それによって私達は5人揃ってゼノの上に倒れ込んでしまう。
「「うわぁああ!!?」」
『ちょっ…』
「きゃっ…」
「な、何だ?」
「おしくらまんじゅう…?」
『ゼ、ゼノ…?』
「ふははっ、よしよし。みんな大きくなったなぁ。」
ゼノはとても幸せそうに微笑んだのだった。