主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
金州・斉国
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鼓動が大きく鳴ると同時に私の胸の中にあった違和感が大きくなり身体を包み込んだ。
突然苦しくなり頭が痛み火がついたように身体が熱くなった。
キジャやジェハ、シンアと同じ症状が私を襲ったのだ。
私は意識が遠のくのを感じてヨナの手を握っていた状態のまま横に倒れていった。
ドサッという音を聞いてヨナとハクがこちらを見る。
「「リン!!!?」」
「すごい熱…」
「シンア達と同じ症状かっ!」
ハクはすぐに私を抱き上げるとキジャ達が眠る天幕に運び込んだ。
「ちょっ…どうしたの!?」
「リンも倒れた。」
「「「「「っ!!」」」」」
ユンだけでなく四龍も驚いたように顔を上げた。
「リン…」
「こっちの天幕はいっぱいだよ…でもヨナがいる方も使って感染すわけにはいかないし…」
「リンは僕の隣に寝かせて…」
「ジェハ…」
「何をしても熱いし苦しいなら…好きな子の傍にいさせてよ…」
そうして私はジェハの横に寝かされたが、他の3人よりも症状が重かった。
「お嬢の熱が一番酷い…」
「どうして…」
「もうすぐ良くなるはずだから。」
ゼノはそう言うと私の髪をそっと撫でてくれる。
それによって漂っていた甘い香りが暫くすると突然強くなった。
「甘い香りが…」
「強くなった…?」
『うっ…』
「「リン!!」」
『ぅん…ジェハ…キジャ…?』
私は今まで朦朧としていた意識がはっきりしてきて隣にいるジェハと髪を撫でてくれていたゼノを見上げた。
『あ…私も倒れちゃったんだ…』
「それも一番苦しそうだったんだよ…?」
『どうして…なのかしら…?』
私はその間も顔を顰めていた。ゼノはユンから薬を貰う為天幕から出る。
『それにしても…頭が痛い…』
「ううう…頭が…いたい…」
「言わないでキジャ君…リンも…余計ガンガンする…」
「しかし痛いものは痛い…」
「……いたい…」
私はジェハの方を向いて彼の服を握って痛みに耐える。
彼も同様に私を抱き締める手に込められた力がいつもより強いように思う。
「皆、元気かぁー?」
「元気に見えますかー…?」
「うーむ、情けない龍ばかりこんな…」
「緋龍城から離れたからな。」
『え…?』
「四龍は緋龍城を離れると病にかかるのか?」
「違う違う。でも緋龍城は龍神の加護が強い城だから。
元々俺以外の龍はあんま丈夫じゃないし、病なんかには子供みたいに抵抗力が低くなっちゃうんだ。」
「な…なんと…」
「だから龍の里は国外までは移動しなかったのかな…」
『黒龍も…高華国から出た記憶はなかったわ…』
「それからお嬢は元々純粋な人間だからその免疫が働いて今まで無事だったってこと。
それが抑えきれなくなって病気が暴走したから他の龍よりつらかっただけだからー」
『なるほど…』
「だからリンが目を覚ます直前に黒龍の能力のひとつである香りが強くなったってことか。」
「そういうことーま、病自体はボウズが何とかするから無茶さえしなけりゃ生き残れるさ。」
「生き残れる…ねぇ。」
「しかしそなた意外と龍に詳しいな。黄龍の里ではそのような事も伝えているのか。」
「まあな。」
「そうか…白龍の里でも伝えてゆかねばならんな…」
「いいから寝ろー」
ゼノは微笑みながら私達の額に濡らした手拭いを乗せてくれた。
「ゼノ…そなたは何か懐かしい感じがするな。」
「何だそりゃ、母ちゃんか。」
「母上なわけなかろう!」
『あー…もう…うるさい…』
「静かにしてキジャ君…」
「安心するって事だな、よしよし。何かあったらゼノを呼んで。飛んでゆくから。」
「何を…そなた…龍としてはまだまだではないか…もっと…しっかり…」
ゼノの声を聞いているうちに私達は皆静かに眠っていった。
私達の寝顔を見てゼノはふわっと微笑んだ。
「うん…俺は四龍の落ちこぼれだけど…お前らを絶対守ってやんよ。」
その時風が天幕を揺らし何かを感じたゼノは外に出て黒い雲の流れる空を見上げた。
「戦は…終わったはずなのにやな空気だな…」
血生臭い戦場では戒帝国の軍が仲間の死に涙を流していた。
「ああ、あ…ちくしょう…ちくしょう、高華国の奴ら…!!」
「金州はもう終わりだ。高華国に奪われた。」
「ここはゆくゆく高華国のものになるのか。」
「許さない…呪われろ高華国!!このまま引き下がってなるものか!!
高華国のものになるくらいなら全て毟り取ってやる…!!」
同じ頃、カルガンは木の陰からヨナとユンの話を聞いていた。
「キジャ達の具合はどう?」
「んー良くないよ。食べた物も吐いちゃうし…」
「そう…」
「ここじゃ薬が手に入らなくてね。」
―あいつらの病は…たぶん俺から感染したんだ…―
カルガンは自分を責めているようだった。
―高華国にいた時から身体が怠かったし、ジェハやキジャはずっと俺をおぶってくれてた…
でも俺が病ってバレたら、父さんは絶対あいつらから感染したって思っちゃう…
行こう、隣町なら大きな薬屋がある!―
カルガンはお金を持って自分に出来る事をする為走り出した。
隣町の金橘という町に辿り着くと薬屋にカルガンは私達の症状を説明した。
「ふむ…恐らく多熱病の類だな。
この病は大人がかかると厄介なんだ。とりあえず頭痛と吐き気を抑える薬草だ。」
「あり…がと…」
「大丈夫か、ぼうず。」
「う…ん。」
ここまで走って来た疲れと元々体調が悪かった事もあってカルガンはふらつきながらも帰路につこうとした。
そのとき大きな地響きが聞こえて彼は店の窓から外を見た。
そこにいたのは戒帝国の軍だった。彼らは村人を次々に斬っていたのだ。
「食糧を金を女を奪え!!逆らう奴は八つ裂きだ!この地全て焼き払ってやる!!」
「ここはいずれ高華国のものとなる。奴らに何一つ渡してたまるか!!」
それを見た薬屋の店主はカルガンを逃がした。
「敗残兵だ。奴ら恨みの捌け口を探してやがる。
逃げろボウズ、ここいら一帯の町や村は根こそぐ焼き尽くされるぞ。」
カルガンは窓から店の裏へ逃げて駆け出した。
すると1人の兵に見つかってしまったがどうにか自分の村へと逃げ出したのだった。
カルガンの母はまた姿を消した息子を探していた。
「どうしたの?」
「息子が…カルガンがいないの。あの子またどこかに行ったんじゃ…」
「探して来るわ。」
そして歩き出したヨナが見つけたのは兵に追われているカルガンだった。
彼女はすぐに弓矢を構えてカルガンを追う兵に向けて射った。
「カルガン、どこに行ってたの?」
「くすり…」
「薬?」
「キジャ達に渡そうと思って…ごめん…俺が皆に病を感染したんだ…」
「そんな事…」
そこに荒れ狂ったような兵達が攻めて来たのをヨナは足音を聞き取って理解した。
「逃げて…あいつら戒帝国の敗残兵だ。戦に負けて近隣の町村を荒らしてんだ…!!」
それを聞いてヨナが弓矢で応戦しようとすると、彼女達の前に大刀を振り回すハクが現れて庇うように立った。
「無事か!?」
「ええ。」
「金橘の町はこいつらに襲われていた。直にここにも…」
するとハクに斬られた兵が泣きながら呟いているのが聞こえてきた。
「呪われろ高華国よ…金州が高華国のものになるのなら、全てを奪い焼き尽くしてやる…」
「あっ、あれ…!こっちにくるぞ!」
大きな地響きを感じてカルガンは丘の上から遠くを指さした。
そこには沢山の敗残兵が群れになってこちらに向かって来ていた。
―何…何なのこれは…悲しみと憎悪が押し寄せてくる…
一つの戦がこんなものを引き起こすなんて…無関係の人達を巻き込んで…―
「姫さん、ユンとゼノと死にかけのバカ共と一緒に逃げろ。」
「ハク!?」
「ここは俺が何とかする。」
「…!!いくらハクでもここを一人でなんて。」
「今闘えるのは俺だけですから。」
「私も闘う、闘えるわ。」
「闘えるわけないでしょうが。」
「ハク…お願い、一緒に闘わせて。」
「足手纏いです、早く行って。」
ハクの冷たい言い方にヨナは涙を浮かべてしまう。
きっとそれは自分の無力さを嘆いてもいるのだろうが。
「泣かんで下さい。」
「ハクの言葉くらいで泣かないわよ。」
涙を流すヨナの頬を両手で包み込むとハクは彼女の目元に唇を当てた。
「すみません…今だけ許して下さい。」
甘く微笑んだハクを見ると流れていたヨナの涙は止まった。
「よーし、元気出た。」
「え…」
「元気百倍。」
「は?」
「行って下さい。あんたはカルガンを守るのが役目だ。」
ヨナはハクを見つめると心を決めてカルガンの手を掴んだ。
「カルガン!行くよ。」
2人を見送るとハクは大刀を肩に担いで敵を見据えた。
「さ…て。今はリンも居ねぇけど、やるしかねぇだろ。」
それからハクは一人で大軍を相手にし、途中で敵を馬から引きずり下ろすと彼自身が飛び乗った。
次々に斬り倒していき、飛び散った血で彼の顔は赤く染まっていく。それでも手は休めない。
―寄って来い、一人残らず…
その間あいつらが遠くに遠くに逃げられるだけの時間を…!!―
私は強い悲しみと憎悪を感じて頭を抱えて苦しんでいた。
『うぅ…』
「リン?」
『何…これ…嫌な気配が流れ込んで…』
「しっかりするんだ!」
「そういえば…何か外が騒がしくないか?」
「…そうだね。」
「…」
「戦は終わったはずなのに馬の足音のような地響きが…」
『ハク…?』
「リン?」
私はハクが一人で闘っているのを感じ取って頭の痛みも忘れて身を起こした。
そして近くに置いてあった剣へと手を伸ばした。
『行かなきゃ…』
「突然どうしたんだい!?」
そのときヨナの切羽詰まったような声が聞こえてきた。
「ユン!」
「どうしたの?」
「キジャ達は?」
「寝てるよ。まだ熱が…」
「急いで起こして!」
「え?」
「戦の敗残兵が近隣の町村を襲ってるの!」
「何だって!?」
「今ハクが村の前で食い止めてる。すごい数よ、早く皆を逃がさなきゃ。
ゼノ、カルガンを連れて村の人に伝えて。」
「あいあい。」
ゼノはカルガンを背中におぶると彼から薬を受け取って村へと駆けて行った。
これで村に危険を伝える事が出来るだろう。
「ユンはキジャ達を安全な場所に誘導して。」
「ちょっと待って、ヨナは!?」
「…私は戻ってハクを援護する。」
「駄目だよ!危険すぎる。」
「でも…あのままじゃハクが…っ」
「…わかった。」
私がハクを思って目を見開くと肩にポンと手が乗せられた。
『ジェハ…』
「行こう。」
「ハクだけでは抑えきれまい。」
「うん…」
私達はヨナやユンに気付かれないようそっと天幕を出ると私とシンアを先頭にハクのもとへと駆け出した。
そんな事を知らないヨナとユンは天幕を覗き込む。
「とにかくキジャ達だけでも隠そう。
いくら珍獣だからって今は身体が常人より動かない…んだ…から…
あ…れ…いない…!!?」
ハクは全力で闘っているものの一向に減らない敵に苦戦していた。
―くそ…腕が上がらなくなってきた…―
そんな彼に背後から斬りかかろうとした兵にハクが気付き大刀を向けたが、彼の刃が届く前に兵は動きを止め馬から落ちた。
「白蛇…!」
それはキジャが右手を振るって斬ったからだった。
2人はそれぞれ敵に気付き大刀と右手を振るうと互いに背中を預けるように立った。
「何をもたついている。そなた腕が鈍ったな。」
「お前、熱…」
「問題ない、とっくに引いた。」
「ハク、キジャ君。頭上注意っ」
その声と同時に空から暗器の雨が兵を襲う。
「な…何だあいつら…」
そこに私とシンアが剣を振るいながら斬り込んで行ってハクを囲むように4人が揃った。
「何で逃げてねーんだよ、死に損ない共。足元ふらついてんぞ。」
「我々はもう寝るのに飽きた。交代しろ、ハク。」
『相棒が一人で闘ってるのに私だけ逃げられるとでも思って?
…貴方には生きて貰わなきゃいけないのよ、ハク。』
「リン、お前…」
私が黒龍の運命を受け入れた事で短命になったとハクはまだ知らない。
どうしても彼には言えなかったのだ、今まで一緒に生きてきて本当の兄妹のようにずっと傍にいて、ヨナを共に支えてきたからこそ。
―私がいなくなっても姫様にはハクが傍にいてあげなきゃ…―
ただ私だけは四龍のように里があり必ずそこに生まれるわけではない。
他の4人が新たな龍になってまたヨナを見つけられたとしても、私が死ぬと黒龍はまた消えてしまうのだ。
高華国のどこかに生まれて甘い香りを漂わせ、耳に黒い飾りを光らせ黒い爪を持つことになるだろう。
だが黒龍の血を継いだ女性が自らの運命に気付く為にはヨナの傍にいなければならないし、彼女の事を四龍は感じ取る事が出来ない。
だからと言って彼女の存在を高華国中を探すわけにはいかない。
すなわち私が死んだ後、再び黒龍を見つけ出すのはほぼ不可能ということなのだ…
それに気付いた時、私は心が痛み皆と少しだけズレている運命に寂しさを感じたのだった。
―でも、今はそんな事で悩んでる場合じゃない…
私はここに生きてるんだから…だったらハクも私の手で守ってみせるだけのこと!―
私達は息を整える事も出来ないまま敵を見据えた。
「キジャ君、シンア君、リン…行けるね?」
「当然だ。」
『まだまだこれからよ…』
敵に向かって行く私達を後から追いついたヨナとユンは見つける。
「ユン、あれ…キジャ達もいる…!」
「無茶だよ!あいつらとても動ける身体じゃないのに。」
―きりがねェ…隣の町から次々と兵が押し寄せて来る…―
ハクは顔を顰めながら波のように押し寄せる敵を見た。
その時キジャがふらついて左腕を斬られた。
「ぐあっ」
『キジャ!』
私はすぐに目の前の敵を斬り倒し地面を蹴るとキジャに向けて剣を振り下す男の前を斬った。
だがそれと同時に私は左肩を抉られるように深く斬られた。
『うあっ!』
「「リン!!」」
「やった、とどめを刺せ!!」
私は地面に倒れキジャ、ジェハ、ハクは目の前の敵に阻まれる。
「くッ…」
「リン!!」
すると私を庇うようにシンアが飛び出して来て敵を斬った。
『シン…ア…』
するとそんな彼を敵が背後から槍で突き刺した。
『イヤ…シンア…!!』
私は無理矢理身体を起こすと剣を握る力が既に手に入らず、剣を納めると爪を出した。
これならがむしゃらに腕を振るっても斬る事が出来るからだ。
難点はただリーチが短く相手を攻撃するのと同時に私も斬られる危険性があること…それでも死なない為に休む訳にはいかなかった。
次々に傷が出来ていく私達を見てシンアはそっと仮面に手を掛けた。
彼が目の能力を使おうとしているのに気付いた私は叫ぶ。
『シンア、駄目!!』
だがそれはほんの少し遅かった。既にシンアの周りには動きを止めた兵達が倒れていたのだ。
「シンア君、よせ!今の体力で能力を開放したら…」
ジェハの声を聞きながらシンアは身体が麻痺して倒れていった。
そんな私達を見て兵達は真っ直ぐ厭らしい笑みを浮かべながら村へ向かって行く。そっちにはヨナやユンがいるのだ。
「えっ、ちょっと…こっちに来るよ…!?」
「ユン!逃げて。」
「駄目だよ、ヨナ!」
『姫様!!ユン!!』
「逃げろ!!姫さん!!!」
それでも身を引かないヨナとユンに敵は地響きを起こしながら進んで行く。
私達は目の前の敵と動かない身体を恨みながら敵を見ている事しかできない。その時もう一人の龍の声が響いた。
「娘さん、下がって!!」
「!?」
「だあああ――――っ」
「ゼノ!?」
ゼノは敵に向かって行くと飛び掛かり、背中を斬られ、それでもヨナを逃がそうと敵に向かって走った。
「娘さん、逃げろおっ」
「ゼノ!だめぇっ」
するとゼノは剣に貫かれて口から血を吐き出した。
私達全員の目が見開かれたまま硬直する。まるで空気が凍ったように私達はゼノが刺されているのを見たまま動けずにいたのだ。
「ゼ…ノ…?」
『うそ…でしょ…?』
血まみれのゼノから剣が抜かれ彼の身体が地面に倒れた。
飛び散った血はヨナの顔を汚す。
だがそれも気にならないほど私達は仲間の死に打ちひしがれていた。
「ゼ…ゼノ…ゼノ…っ」
「女か…」
するとヨナを見つけた兵が馬から下りて来てヨナに向かって来る。
そこに立ちはだかったのはユンだった。
だが兵に蹴り飛ばされて地面に倒れ込む。
「来い、女。来いと言っている。」
ヨナはゼノの身体を抱き締めて涙を流した。
「死体にしがみついても助けてはもらえんぞ。」
その言葉に怒りを覚えたヨナは一瞬で剣を抜いて兵を弾き飛ばした。
「私に触れるな!!
近づいたら容赦はしない、決して…!!」
「…ははっ、ふはははは。容赦はしないだと!?
泣きながらおかしな事を言う女だ。」
「あっちで闘ってる女もいい女だぞ。
傷がついちまったが、高値で売れるさ。」
そんな会話が聞こえていても私も仲間達も動けないまま。
―ゼノ…私にもっと力があれば…!―
ヨナが自分を責め始めた頃、誰かの手がヨナの頬を撫でた。
「泣かないで。」
「ゼ…ノ…」
「あー…やっぱ緋龍城が遠いからかなぁ。治りが遅い。」
ゼノはそう呟きながら身体をゆっくり起こしていく。
傷はミシミシと音を立てながら治っていき、服は破けているのに傷はなくなった。
「娘さん、だいじょうぶだから。黄龍は死なない。
俺は娘さんの盾になる為に生まれて来た龍だから。
黄龍っつー盾に守られていれば絶対に娘さんは傷つかない。」
ゼノがニッと笑うと兵達は恐れて身を引いたのだった。
無傷で身体を起こした彼を見て私達は言葉を失って立ち尽くしていた。
「ゼ…ノ…」
「な、何だ…傷が…治った…?」
「ば…馬鹿言うな。だって見ただろ!?」
「見間違いだ。刺したと思ったのも勘違いだったんだ…!今度こそ確実に殺してやる…!!」
「ゼノ!!」
兵は真っ直ぐゼノの心臓を貫いた。
ゼノの小さな身体はふらっとヨナの方へと倒れる。
だがまた傷が塞がり彼はゆらっと身体を起こしたのだ。
「うわあああぁあああ」
『傷が…』
「身体が…」
「まやかしだ!!俺は内臓撒き散らして死んでった仲間を山程見て来たんだ。こんな馬鹿な事あるはずがないっ!!!」
兵士は狂ったようにゼノの両腕を斬り落とした。
私は彼から噴き出す大量の血に吐き気を感じたが目を離す事が出来なかった。
「切り刻んでやる!!」
「娘さん、剣貸して。」
「これで…」
その時ゼノの斬られた腕が勝手に動いてヨナの剣を握ると兵を背後から刺した。
「俺の姿が恐ろしいならどうか帰ってくれないか。
俺には力が無いから手加減が出来ない。
娘さんに危害を加えるなら急所を狙う。」
「だ…誰か!誰かこの化け物を殺してくれぇえ!!」
その声に私達のもとから兵が全てゼノへ向かって行く。
私、シンア、ジェハはゼノやヨナの身を案じて悔しくて歯をキリッと強く噛んだ。
『ゼノ…姫様…っ』
自分を心配そうに見つめるヨナにゼノは柔らかく微笑みかけると左腕を治しながら剣を手に大軍に一人で向かって行った。
そのまま顔を斜めに斬られようと止まらず敵の急所を次々に狙っていった。
「くたばれ!!」
ゼノの身体に四方から何本もの剣が刺され血が噴き出した。
これにはヨナが口を覆い、私は身体の震えを抑える為自分を抱き締めていた。
「『やめて!!!』」
声と反してゼノの首は斬られて飛んだ。これにはハク、キジャ、シンア、ジェハも目を見開く。
「く…くたばったか…?」
「首を刎ねたんだ…いくら何でも…」
それでもゼノの指先が動いてすぐにミシミシと身体を治しながら彼は立ち上がった。
「な…なんなんだ、お前は!?」
「なぜまだ動く!?なぜまだ生きている!?」
「……やっと会えたんだ。何度バラバラになっても俺はみんなの盾になる。」
彼が再び軍に突っ込んで行くと兵がゼノの頭部に剣を振りかざした。だがその刃がゼノに刺さる事はなかった。
「剣が…刺さらな…」
「うん、もう刺さらないよ。」
ゼノは剣を片手で受け止めてへし折り、強い蹴りで弾き飛ばした。
彼の身体には鱗が現れていて全身硬い鎧に覆われているかのようだった。
彼はこちらへ駆けて来て私達の周りの兵の上に飛び降り強い脚力で踏み潰した。
「…や、みんな元気?」
『ゼ…ノ…』
「よしよし、まだ生きてるな。」
「そなた…一体…」
「…俺は攻撃されなければ何の力もない落ちこぼれだけど、再生される度この身体は鋼へと変化する。
今なら…白龍もどきの腕力も緑龍もどきの蹴りも出来るよ。
どうする?俺はお前らと違って限りがない。何百年だって闘える。
おいで、時間はたっぷりある。」
ゼノが冷ややかに兵達を見ると彼らは逃げるように立ち去った。
それを見た途端、私、ヨナ、ユン、キジャ、シンアはゼノに駆け寄った。
「ゼノ…!」
『ゼノ!!!』
「あ、娘さん…お嬢も…無事…?」
私とヨナはゼノの正面から抱き着き、ユン、キジャ、シンアも彼を包み込むように全員でゼノを抱き締めた。
私達の目からは涙が滝のように流れる。仲間のあんなに傷つく姿を見るのはつらいし、自分の事のように痛いし、自分の無力さが悔しくて…
そして彼が生きていた事が何よりも嬉しかった。
「……おいおい、みんな怪我して…」
ゼノはそう呟きながら私達を見てその涙にクスッと笑った。
「大丈夫、生きてるから。みんなかわいいなぁ。」
ハクとジェハもこちらにやって来て私達の様子に安心したような笑みを零すのだった。
落ち着くと私達は村へ戻って兵が去った事を伝えた。
ユンはすぐに手当てをしようとしたがそれはヨナが引き受け、彼はカルガンが買って来てくれた薬草で薬を作った。
5人の龍は薬を飲む事で頭痛や吐き気から解放され、ユンとヨナによって私達は包帯を巻かれた。
私とキジャとシンアの傷が深く私はなかなか左手に力が入らない有様だった。
ゼノは予備の白くて柄の無い服に着替える。
体調が戻ってくると私達は早めに高華国に帰る事にして、カルガンに見送られて歩き出したのだった。
高華国の領土に戻ると私達の身体はあっという間に楽になっていった。
「みんな体調はどう?」
「大分いいよ、カルガン君の薬のお陰だね。」
「しかし薬のせいもあるが、高華国に戻って来たら本当に体調が良くなった気がするな。」
ユンは私の額に手を当てて頷く。
「熱は引いたけど傷は治ってないんだ。もう少し寝てなよ。特にキジャとリン。」
『うん…それにしても酷い闘いだったわね。
暗くて憎悪にまみれてて…哀しい闘いだった…』
「惜しむらくは…シンア君が面を外したのに眼を見る暇がなかった事だね。」
「本当そこに命懸けてるよね。」
「よさぬか、シンアが困っておる。」
「だってシンア君の眼はこの世のものとは思えぬ美しさなんだろ?」
「…そんなんじゃ…ない…」
「そんなんじゃないかどうかは確かめてみないとね。」
『もう、ジェハ…』
彼がシンアにじりじりと寄って行く為、シンアは面を押さえながら逃げるし私とキジャは呆れるばかり。
「お前ら元気だなーあんなに怪我したのにな。やー、結構結構。」
私達はその声の主であるゼノを見てきょとんとする。
そして私とジェハはすっとゼノの近くに腰を下ろすとその袖を捲った。
「なんだぁ?」
「一番怪我したのは君だよ。」
『傷も鱗もない…』
「時が経つと普通の身体に戻るから。」
「本当に…死なないの?」
「死なないから。」
「…あのさ、ゼノって何歳なの?」
「17歳。」
この返答にはさすがに全員がずいずいと詰め寄った。
「嘘つけ。」
「何百年でも闘えると申したではないか。」
「いくつサバ読んでるんだい?」
『ほら、白状なさい。』
「えー…歳とか覚えてないから。数えるのもめんどくさいから。」
「つまりそれ程長く生きていると。」
キジャはそっとゼノに問うた。それは私達全員が口に出来なかった本当に問いたい質問だった。
「ゼノ、そなたは初代…なのか…?」
龍である私、キジャ、シンア、ジェハが静かに視線をゼノに贈る。
するとそれを受け止めて背筋を伸ばしたゼノは凛とした様子で言った。
「そだよ。俺は緋龍王に仕えていた始まりの龍、黄龍ゼノ。」
ヨナは少し驚いた様子で真っ直ぐゼノを見て呟いた。
「神話の時代からの…龍…龍神から血を賜ったという…?」
「そんな事もあったっけな。昔は俺も少し神様の声が聞けるくらいのただの小僧だったんだけど。」
「神の声が?」
「そ。ボウズのとこの神官兄ちゃんと一緒。」
「ずっと…昔からその姿のままなの…?」
「龍の血を飲んだ時からな。不死の体を持つ者、それが黄龍だ。」
ゼノは胸元にアオの顔を覗かせながら甘く微笑んで言った。
「そなた里は…?里はとっくに出たと申していたな?」
「とっくに出たよ、生まれた里はな。」
「…」
「でももうそこには昔の面影はねェし、白龍の里みたいな里の事言ってんならそんなもんはねェよ。」
『ならずっと独りで…?』
「あー…ゼノね、結婚してた時もあった。」
ゼノの言葉に私、ハク、キジャ、ジェハは目を丸くした。
「え…」
「けっこ…」
「『結婚…』」
「長い人生結婚する事くらいあるから。」
「そう…だね。」
「でも里はないから。こんな体だからな、色んなとこ巡って転々としてた。
たくさんの人々が龍達が生まれて死んだ。愚帝も賢帝も見て来た。
その中で緋龍王の生まれ変わりが現れるのを…娘さんが現れるのを待ってたんだ。」
「私…が?緋龍王の生まれ変わり…?」
「…そうであろう?やはり!ではなぜ姫様が四龍を求めていた時すぐに現れなかった?」
キジャの言葉にゼノは静かに答えた。
「悪い言い方だけど試してた、四龍の能力を使うに値する人物かどうかを。
娘さんが城を追われて白龍の里へ行き、青龍の里や阿波で危ない目に遭ってたのも見てた。
そして阿波を出る時、この娘さんなら大丈夫って思って会いに行ったんだ。」
「緋龍王の生まれ変わりって…私なんの力も持ってないわ。」
「緋龍王もただの人間だったよ。別に娘さんが緋龍王の人生を辿る必要はない。
ただ俺が娘さんについて行こうと思っただけ。
…さぁ、もー質問はないかな?いいかな?じゃ終わり終わり。」
ゼノはいつものようにニコッと笑うと立ち上がった。
「ごはんにしよ、ごはん。」
「ちょっと待った。それだけ?今まで生きて来てヨナに会って何か伝える事とかないの?」
「…何か…ありましたっけ?」
「何で今まで黙ってた?」
「知らせたってどって事ない話だし、ゼノは大怪我しないと能力発動しないし。」
『ゼノ、ひとつだけ訊いてもいい?』
「なーに?」
『今までに初代以外に黒龍に会った事はある?』
ゼノは少しだけ寂しそうに笑った。
「ううん、ないからー。気配も感じられなかった。」
『そう…』
「お嬢が初代の次に初めて会った黒龍。初代と同じ甘い香りがして懐かしいよ。」
彼の笑みに私も微笑み返したのだった。ジェハは遠くを見て呟いていた。
「ゼノ君が結婚ね…」
「どこ見てる?」
『ジェハ?』
彼は末っ子だと思っていたゼノが急にリアルに大人に見えてきて少し戸惑っているようだった。
「ボウズ、メシメシー」
「ユルいなー」
キジャは何かを考え込むようになっていた。
夕飯を終えて満月の下寝具を運んでいるとゼノの手からその束がキジャに奪われた。
「寝るべ寝るべー」
「持とう。」
「おいおい、怪我人怪我人。」
「老体には堪えるであろう。」
結局半分ずつ寝具を持つと私達のいる天幕へと並んで歩き出した。
「…」
「どした?」
「私は…ずっと初代の龍に会ってみたいと…叶うわけもない夢を抱いていた。」
「叶ったなあ。」
「だが…今はそなたを前に何を言って良いかわからぬ。
緋龍王の時代とは千年…二千年とどれ程の気の遠くなる月日だろうか。」
「んな大げさな…」
「白龍の…白龍の里に来れば我々や我々の祖先もそなたを歓迎したであろうに。いや、違う…そういう事ではないな。
シンアやジェハ、リン…そなた…同じ龍なのに私はなんと恵まれているのだろうな。」
「ふははっ」
キジャの真剣な顔を見てゼノは笑っていた。
「何を笑う。」
「いや、恵まれてるも何もお前すごいんだって。」
「?」
「あのな、今までの歴代白龍って奴は王を渇望しすぎて怨霊みたいになっちゃって、白龍が新しくなる度取り憑いてたから。
でもお前はな、そんな負の力をねじ伏せる精神力でな。
何千年分の怨霊を全部抱きしめて受け入れてな。
でも全く負に染まらず終まいにゃ従わせてるから。」
「何の話だ?」
「きっと歴代白龍の怨霊がいるのをお嬢は微かに感じ取ってるかもしれないけど。お前はどこか初代白龍を思い出すよ。」
「本当か?」
「おー、猪突猛進で猪みたいな奴だった。
お前がどれだけ努力して立ち上がって来たのか俺は知ってるよ。」
ゼノは片手でキジャの髪を撫でると笑みを零して、寝具を天幕に運び入れた。
それを並べてハク、私、ジェハ、キジャ、ゼノ、シンアの順に並ぶと静かに眠った。
ハクやキジャもぐっすり眠っていて、私はジェハに擦り寄って彼の腕に抱かれてすぅと小さく寝息を立てていた。
シンアは仮面が少しズレて可愛い寝顔を覗かせている。
ゼノはそんな私達を見て嬉しそうに笑うと昔を思い出しながらゆっくり夢の世界に旅立っていった。
「四龍の戦士?俺は傑物でも剛の者でもないぞ。戦士になんてなれねェよ。
でもこんな俺でもこの世界をみんなを少しでも幸せに出来るのなら…その龍の血を俺にくれ。」
それが彼と黄色い龍が交わした言葉だった。
突然苦しくなり頭が痛み火がついたように身体が熱くなった。
キジャやジェハ、シンアと同じ症状が私を襲ったのだ。
私は意識が遠のくのを感じてヨナの手を握っていた状態のまま横に倒れていった。
ドサッという音を聞いてヨナとハクがこちらを見る。
「「リン!!!?」」
「すごい熱…」
「シンア達と同じ症状かっ!」
ハクはすぐに私を抱き上げるとキジャ達が眠る天幕に運び込んだ。
「ちょっ…どうしたの!?」
「リンも倒れた。」
「「「「「っ!!」」」」」
ユンだけでなく四龍も驚いたように顔を上げた。
「リン…」
「こっちの天幕はいっぱいだよ…でもヨナがいる方も使って感染すわけにはいかないし…」
「リンは僕の隣に寝かせて…」
「ジェハ…」
「何をしても熱いし苦しいなら…好きな子の傍にいさせてよ…」
そうして私はジェハの横に寝かされたが、他の3人よりも症状が重かった。
「お嬢の熱が一番酷い…」
「どうして…」
「もうすぐ良くなるはずだから。」
ゼノはそう言うと私の髪をそっと撫でてくれる。
それによって漂っていた甘い香りが暫くすると突然強くなった。
「甘い香りが…」
「強くなった…?」
『うっ…』
「「リン!!」」
『ぅん…ジェハ…キジャ…?』
私は今まで朦朧としていた意識がはっきりしてきて隣にいるジェハと髪を撫でてくれていたゼノを見上げた。
『あ…私も倒れちゃったんだ…』
「それも一番苦しそうだったんだよ…?」
『どうして…なのかしら…?』
私はその間も顔を顰めていた。ゼノはユンから薬を貰う為天幕から出る。
『それにしても…頭が痛い…』
「ううう…頭が…いたい…」
「言わないでキジャ君…リンも…余計ガンガンする…」
「しかし痛いものは痛い…」
「……いたい…」
私はジェハの方を向いて彼の服を握って痛みに耐える。
彼も同様に私を抱き締める手に込められた力がいつもより強いように思う。
「皆、元気かぁー?」
「元気に見えますかー…?」
「うーむ、情けない龍ばかりこんな…」
「緋龍城から離れたからな。」
『え…?』
「四龍は緋龍城を離れると病にかかるのか?」
「違う違う。でも緋龍城は龍神の加護が強い城だから。
元々俺以外の龍はあんま丈夫じゃないし、病なんかには子供みたいに抵抗力が低くなっちゃうんだ。」
「な…なんと…」
「だから龍の里は国外までは移動しなかったのかな…」
『黒龍も…高華国から出た記憶はなかったわ…』
「それからお嬢は元々純粋な人間だからその免疫が働いて今まで無事だったってこと。
それが抑えきれなくなって病気が暴走したから他の龍よりつらかっただけだからー」
『なるほど…』
「だからリンが目を覚ます直前に黒龍の能力のひとつである香りが強くなったってことか。」
「そういうことーま、病自体はボウズが何とかするから無茶さえしなけりゃ生き残れるさ。」
「生き残れる…ねぇ。」
「しかしそなた意外と龍に詳しいな。黄龍の里ではそのような事も伝えているのか。」
「まあな。」
「そうか…白龍の里でも伝えてゆかねばならんな…」
「いいから寝ろー」
ゼノは微笑みながら私達の額に濡らした手拭いを乗せてくれた。
「ゼノ…そなたは何か懐かしい感じがするな。」
「何だそりゃ、母ちゃんか。」
「母上なわけなかろう!」
『あー…もう…うるさい…』
「静かにしてキジャ君…」
「安心するって事だな、よしよし。何かあったらゼノを呼んで。飛んでゆくから。」
「何を…そなた…龍としてはまだまだではないか…もっと…しっかり…」
ゼノの声を聞いているうちに私達は皆静かに眠っていった。
私達の寝顔を見てゼノはふわっと微笑んだ。
「うん…俺は四龍の落ちこぼれだけど…お前らを絶対守ってやんよ。」
その時風が天幕を揺らし何かを感じたゼノは外に出て黒い雲の流れる空を見上げた。
「戦は…終わったはずなのにやな空気だな…」
血生臭い戦場では戒帝国の軍が仲間の死に涙を流していた。
「ああ、あ…ちくしょう…ちくしょう、高華国の奴ら…!!」
「金州はもう終わりだ。高華国に奪われた。」
「ここはゆくゆく高華国のものになるのか。」
「許さない…呪われろ高華国!!このまま引き下がってなるものか!!
高華国のものになるくらいなら全て毟り取ってやる…!!」
同じ頃、カルガンは木の陰からヨナとユンの話を聞いていた。
「キジャ達の具合はどう?」
「んー良くないよ。食べた物も吐いちゃうし…」
「そう…」
「ここじゃ薬が手に入らなくてね。」
―あいつらの病は…たぶん俺から感染したんだ…―
カルガンは自分を責めているようだった。
―高華国にいた時から身体が怠かったし、ジェハやキジャはずっと俺をおぶってくれてた…
でも俺が病ってバレたら、父さんは絶対あいつらから感染したって思っちゃう…
行こう、隣町なら大きな薬屋がある!―
カルガンはお金を持って自分に出来る事をする為走り出した。
隣町の金橘という町に辿り着くと薬屋にカルガンは私達の症状を説明した。
「ふむ…恐らく多熱病の類だな。
この病は大人がかかると厄介なんだ。とりあえず頭痛と吐き気を抑える薬草だ。」
「あり…がと…」
「大丈夫か、ぼうず。」
「う…ん。」
ここまで走って来た疲れと元々体調が悪かった事もあってカルガンはふらつきながらも帰路につこうとした。
そのとき大きな地響きが聞こえて彼は店の窓から外を見た。
そこにいたのは戒帝国の軍だった。彼らは村人を次々に斬っていたのだ。
「食糧を金を女を奪え!!逆らう奴は八つ裂きだ!この地全て焼き払ってやる!!」
「ここはいずれ高華国のものとなる。奴らに何一つ渡してたまるか!!」
それを見た薬屋の店主はカルガンを逃がした。
「敗残兵だ。奴ら恨みの捌け口を探してやがる。
逃げろボウズ、ここいら一帯の町や村は根こそぐ焼き尽くされるぞ。」
カルガンは窓から店の裏へ逃げて駆け出した。
すると1人の兵に見つかってしまったがどうにか自分の村へと逃げ出したのだった。
カルガンの母はまた姿を消した息子を探していた。
「どうしたの?」
「息子が…カルガンがいないの。あの子またどこかに行ったんじゃ…」
「探して来るわ。」
そして歩き出したヨナが見つけたのは兵に追われているカルガンだった。
彼女はすぐに弓矢を構えてカルガンを追う兵に向けて射った。
「カルガン、どこに行ってたの?」
「くすり…」
「薬?」
「キジャ達に渡そうと思って…ごめん…俺が皆に病を感染したんだ…」
「そんな事…」
そこに荒れ狂ったような兵達が攻めて来たのをヨナは足音を聞き取って理解した。
「逃げて…あいつら戒帝国の敗残兵だ。戦に負けて近隣の町村を荒らしてんだ…!!」
それを聞いてヨナが弓矢で応戦しようとすると、彼女達の前に大刀を振り回すハクが現れて庇うように立った。
「無事か!?」
「ええ。」
「金橘の町はこいつらに襲われていた。直にここにも…」
するとハクに斬られた兵が泣きながら呟いているのが聞こえてきた。
「呪われろ高華国よ…金州が高華国のものになるのなら、全てを奪い焼き尽くしてやる…」
「あっ、あれ…!こっちにくるぞ!」
大きな地響きを感じてカルガンは丘の上から遠くを指さした。
そこには沢山の敗残兵が群れになってこちらに向かって来ていた。
―何…何なのこれは…悲しみと憎悪が押し寄せてくる…
一つの戦がこんなものを引き起こすなんて…無関係の人達を巻き込んで…―
「姫さん、ユンとゼノと死にかけのバカ共と一緒に逃げろ。」
「ハク!?」
「ここは俺が何とかする。」
「…!!いくらハクでもここを一人でなんて。」
「今闘えるのは俺だけですから。」
「私も闘う、闘えるわ。」
「闘えるわけないでしょうが。」
「ハク…お願い、一緒に闘わせて。」
「足手纏いです、早く行って。」
ハクの冷たい言い方にヨナは涙を浮かべてしまう。
きっとそれは自分の無力さを嘆いてもいるのだろうが。
「泣かんで下さい。」
「ハクの言葉くらいで泣かないわよ。」
涙を流すヨナの頬を両手で包み込むとハクは彼女の目元に唇を当てた。
「すみません…今だけ許して下さい。」
甘く微笑んだハクを見ると流れていたヨナの涙は止まった。
「よーし、元気出た。」
「え…」
「元気百倍。」
「は?」
「行って下さい。あんたはカルガンを守るのが役目だ。」
ヨナはハクを見つめると心を決めてカルガンの手を掴んだ。
「カルガン!行くよ。」
2人を見送るとハクは大刀を肩に担いで敵を見据えた。
「さ…て。今はリンも居ねぇけど、やるしかねぇだろ。」
それからハクは一人で大軍を相手にし、途中で敵を馬から引きずり下ろすと彼自身が飛び乗った。
次々に斬り倒していき、飛び散った血で彼の顔は赤く染まっていく。それでも手は休めない。
―寄って来い、一人残らず…
その間あいつらが遠くに遠くに逃げられるだけの時間を…!!―
私は強い悲しみと憎悪を感じて頭を抱えて苦しんでいた。
『うぅ…』
「リン?」
『何…これ…嫌な気配が流れ込んで…』
「しっかりするんだ!」
「そういえば…何か外が騒がしくないか?」
「…そうだね。」
「…」
「戦は終わったはずなのに馬の足音のような地響きが…」
『ハク…?』
「リン?」
私はハクが一人で闘っているのを感じ取って頭の痛みも忘れて身を起こした。
そして近くに置いてあった剣へと手を伸ばした。
『行かなきゃ…』
「突然どうしたんだい!?」
そのときヨナの切羽詰まったような声が聞こえてきた。
「ユン!」
「どうしたの?」
「キジャ達は?」
「寝てるよ。まだ熱が…」
「急いで起こして!」
「え?」
「戦の敗残兵が近隣の町村を襲ってるの!」
「何だって!?」
「今ハクが村の前で食い止めてる。すごい数よ、早く皆を逃がさなきゃ。
ゼノ、カルガンを連れて村の人に伝えて。」
「あいあい。」
ゼノはカルガンを背中におぶると彼から薬を受け取って村へと駆けて行った。
これで村に危険を伝える事が出来るだろう。
「ユンはキジャ達を安全な場所に誘導して。」
「ちょっと待って、ヨナは!?」
「…私は戻ってハクを援護する。」
「駄目だよ!危険すぎる。」
「でも…あのままじゃハクが…っ」
「…わかった。」
私がハクを思って目を見開くと肩にポンと手が乗せられた。
『ジェハ…』
「行こう。」
「ハクだけでは抑えきれまい。」
「うん…」
私達はヨナやユンに気付かれないようそっと天幕を出ると私とシンアを先頭にハクのもとへと駆け出した。
そんな事を知らないヨナとユンは天幕を覗き込む。
「とにかくキジャ達だけでも隠そう。
いくら珍獣だからって今は身体が常人より動かない…んだ…から…
あ…れ…いない…!!?」
ハクは全力で闘っているものの一向に減らない敵に苦戦していた。
―くそ…腕が上がらなくなってきた…―
そんな彼に背後から斬りかかろうとした兵にハクが気付き大刀を向けたが、彼の刃が届く前に兵は動きを止め馬から落ちた。
「白蛇…!」
それはキジャが右手を振るって斬ったからだった。
2人はそれぞれ敵に気付き大刀と右手を振るうと互いに背中を預けるように立った。
「何をもたついている。そなた腕が鈍ったな。」
「お前、熱…」
「問題ない、とっくに引いた。」
「ハク、キジャ君。頭上注意っ」
その声と同時に空から暗器の雨が兵を襲う。
「な…何だあいつら…」
そこに私とシンアが剣を振るいながら斬り込んで行ってハクを囲むように4人が揃った。
「何で逃げてねーんだよ、死に損ない共。足元ふらついてんぞ。」
「我々はもう寝るのに飽きた。交代しろ、ハク。」
『相棒が一人で闘ってるのに私だけ逃げられるとでも思って?
…貴方には生きて貰わなきゃいけないのよ、ハク。』
「リン、お前…」
私が黒龍の運命を受け入れた事で短命になったとハクはまだ知らない。
どうしても彼には言えなかったのだ、今まで一緒に生きてきて本当の兄妹のようにずっと傍にいて、ヨナを共に支えてきたからこそ。
―私がいなくなっても姫様にはハクが傍にいてあげなきゃ…―
ただ私だけは四龍のように里があり必ずそこに生まれるわけではない。
他の4人が新たな龍になってまたヨナを見つけられたとしても、私が死ぬと黒龍はまた消えてしまうのだ。
高華国のどこかに生まれて甘い香りを漂わせ、耳に黒い飾りを光らせ黒い爪を持つことになるだろう。
だが黒龍の血を継いだ女性が自らの運命に気付く為にはヨナの傍にいなければならないし、彼女の事を四龍は感じ取る事が出来ない。
だからと言って彼女の存在を高華国中を探すわけにはいかない。
すなわち私が死んだ後、再び黒龍を見つけ出すのはほぼ不可能ということなのだ…
それに気付いた時、私は心が痛み皆と少しだけズレている運命に寂しさを感じたのだった。
―でも、今はそんな事で悩んでる場合じゃない…
私はここに生きてるんだから…だったらハクも私の手で守ってみせるだけのこと!―
私達は息を整える事も出来ないまま敵を見据えた。
「キジャ君、シンア君、リン…行けるね?」
「当然だ。」
『まだまだこれからよ…』
敵に向かって行く私達を後から追いついたヨナとユンは見つける。
「ユン、あれ…キジャ達もいる…!」
「無茶だよ!あいつらとても動ける身体じゃないのに。」
―きりがねェ…隣の町から次々と兵が押し寄せて来る…―
ハクは顔を顰めながら波のように押し寄せる敵を見た。
その時キジャがふらついて左腕を斬られた。
「ぐあっ」
『キジャ!』
私はすぐに目の前の敵を斬り倒し地面を蹴るとキジャに向けて剣を振り下す男の前を斬った。
だがそれと同時に私は左肩を抉られるように深く斬られた。
『うあっ!』
「「リン!!」」
「やった、とどめを刺せ!!」
私は地面に倒れキジャ、ジェハ、ハクは目の前の敵に阻まれる。
「くッ…」
「リン!!」
すると私を庇うようにシンアが飛び出して来て敵を斬った。
『シン…ア…』
するとそんな彼を敵が背後から槍で突き刺した。
『イヤ…シンア…!!』
私は無理矢理身体を起こすと剣を握る力が既に手に入らず、剣を納めると爪を出した。
これならがむしゃらに腕を振るっても斬る事が出来るからだ。
難点はただリーチが短く相手を攻撃するのと同時に私も斬られる危険性があること…それでも死なない為に休む訳にはいかなかった。
次々に傷が出来ていく私達を見てシンアはそっと仮面に手を掛けた。
彼が目の能力を使おうとしているのに気付いた私は叫ぶ。
『シンア、駄目!!』
だがそれはほんの少し遅かった。既にシンアの周りには動きを止めた兵達が倒れていたのだ。
「シンア君、よせ!今の体力で能力を開放したら…」
ジェハの声を聞きながらシンアは身体が麻痺して倒れていった。
そんな私達を見て兵達は真っ直ぐ厭らしい笑みを浮かべながら村へ向かって行く。そっちにはヨナやユンがいるのだ。
「えっ、ちょっと…こっちに来るよ…!?」
「ユン!逃げて。」
「駄目だよ、ヨナ!」
『姫様!!ユン!!』
「逃げろ!!姫さん!!!」
それでも身を引かないヨナとユンに敵は地響きを起こしながら進んで行く。
私達は目の前の敵と動かない身体を恨みながら敵を見ている事しかできない。その時もう一人の龍の声が響いた。
「娘さん、下がって!!」
「!?」
「だあああ――――っ」
「ゼノ!?」
ゼノは敵に向かって行くと飛び掛かり、背中を斬られ、それでもヨナを逃がそうと敵に向かって走った。
「娘さん、逃げろおっ」
「ゼノ!だめぇっ」
するとゼノは剣に貫かれて口から血を吐き出した。
私達全員の目が見開かれたまま硬直する。まるで空気が凍ったように私達はゼノが刺されているのを見たまま動けずにいたのだ。
「ゼ…ノ…?」
『うそ…でしょ…?』
血まみれのゼノから剣が抜かれ彼の身体が地面に倒れた。
飛び散った血はヨナの顔を汚す。
だがそれも気にならないほど私達は仲間の死に打ちひしがれていた。
「ゼ…ゼノ…ゼノ…っ」
「女か…」
するとヨナを見つけた兵が馬から下りて来てヨナに向かって来る。
そこに立ちはだかったのはユンだった。
だが兵に蹴り飛ばされて地面に倒れ込む。
「来い、女。来いと言っている。」
ヨナはゼノの身体を抱き締めて涙を流した。
「死体にしがみついても助けてはもらえんぞ。」
その言葉に怒りを覚えたヨナは一瞬で剣を抜いて兵を弾き飛ばした。
「私に触れるな!!
近づいたら容赦はしない、決して…!!」
「…ははっ、ふはははは。容赦はしないだと!?
泣きながらおかしな事を言う女だ。」
「あっちで闘ってる女もいい女だぞ。
傷がついちまったが、高値で売れるさ。」
そんな会話が聞こえていても私も仲間達も動けないまま。
―ゼノ…私にもっと力があれば…!―
ヨナが自分を責め始めた頃、誰かの手がヨナの頬を撫でた。
「泣かないで。」
「ゼ…ノ…」
「あー…やっぱ緋龍城が遠いからかなぁ。治りが遅い。」
ゼノはそう呟きながら身体をゆっくり起こしていく。
傷はミシミシと音を立てながら治っていき、服は破けているのに傷はなくなった。
「娘さん、だいじょうぶだから。黄龍は死なない。
俺は娘さんの盾になる為に生まれて来た龍だから。
黄龍っつー盾に守られていれば絶対に娘さんは傷つかない。」
ゼノがニッと笑うと兵達は恐れて身を引いたのだった。
無傷で身体を起こした彼を見て私達は言葉を失って立ち尽くしていた。
「ゼ…ノ…」
「な、何だ…傷が…治った…?」
「ば…馬鹿言うな。だって見ただろ!?」
「見間違いだ。刺したと思ったのも勘違いだったんだ…!今度こそ確実に殺してやる…!!」
「ゼノ!!」
兵は真っ直ぐゼノの心臓を貫いた。
ゼノの小さな身体はふらっとヨナの方へと倒れる。
だがまた傷が塞がり彼はゆらっと身体を起こしたのだ。
「うわあああぁあああ」
『傷が…』
「身体が…」
「まやかしだ!!俺は内臓撒き散らして死んでった仲間を山程見て来たんだ。こんな馬鹿な事あるはずがないっ!!!」
兵士は狂ったようにゼノの両腕を斬り落とした。
私は彼から噴き出す大量の血に吐き気を感じたが目を離す事が出来なかった。
「切り刻んでやる!!」
「娘さん、剣貸して。」
「これで…」
その時ゼノの斬られた腕が勝手に動いてヨナの剣を握ると兵を背後から刺した。
「俺の姿が恐ろしいならどうか帰ってくれないか。
俺には力が無いから手加減が出来ない。
娘さんに危害を加えるなら急所を狙う。」
「だ…誰か!誰かこの化け物を殺してくれぇえ!!」
その声に私達のもとから兵が全てゼノへ向かって行く。
私、シンア、ジェハはゼノやヨナの身を案じて悔しくて歯をキリッと強く噛んだ。
『ゼノ…姫様…っ』
自分を心配そうに見つめるヨナにゼノは柔らかく微笑みかけると左腕を治しながら剣を手に大軍に一人で向かって行った。
そのまま顔を斜めに斬られようと止まらず敵の急所を次々に狙っていった。
「くたばれ!!」
ゼノの身体に四方から何本もの剣が刺され血が噴き出した。
これにはヨナが口を覆い、私は身体の震えを抑える為自分を抱き締めていた。
「『やめて!!!』」
声と反してゼノの首は斬られて飛んだ。これにはハク、キジャ、シンア、ジェハも目を見開く。
「く…くたばったか…?」
「首を刎ねたんだ…いくら何でも…」
それでもゼノの指先が動いてすぐにミシミシと身体を治しながら彼は立ち上がった。
「な…なんなんだ、お前は!?」
「なぜまだ動く!?なぜまだ生きている!?」
「……やっと会えたんだ。何度バラバラになっても俺はみんなの盾になる。」
彼が再び軍に突っ込んで行くと兵がゼノの頭部に剣を振りかざした。だがその刃がゼノに刺さる事はなかった。
「剣が…刺さらな…」
「うん、もう刺さらないよ。」
ゼノは剣を片手で受け止めてへし折り、強い蹴りで弾き飛ばした。
彼の身体には鱗が現れていて全身硬い鎧に覆われているかのようだった。
彼はこちらへ駆けて来て私達の周りの兵の上に飛び降り強い脚力で踏み潰した。
「…や、みんな元気?」
『ゼ…ノ…』
「よしよし、まだ生きてるな。」
「そなた…一体…」
「…俺は攻撃されなければ何の力もない落ちこぼれだけど、再生される度この身体は鋼へと変化する。
今なら…白龍もどきの腕力も緑龍もどきの蹴りも出来るよ。
どうする?俺はお前らと違って限りがない。何百年だって闘える。
おいで、時間はたっぷりある。」
ゼノが冷ややかに兵達を見ると彼らは逃げるように立ち去った。
それを見た途端、私、ヨナ、ユン、キジャ、シンアはゼノに駆け寄った。
「ゼノ…!」
『ゼノ!!!』
「あ、娘さん…お嬢も…無事…?」
私とヨナはゼノの正面から抱き着き、ユン、キジャ、シンアも彼を包み込むように全員でゼノを抱き締めた。
私達の目からは涙が滝のように流れる。仲間のあんなに傷つく姿を見るのはつらいし、自分の事のように痛いし、自分の無力さが悔しくて…
そして彼が生きていた事が何よりも嬉しかった。
「……おいおい、みんな怪我して…」
ゼノはそう呟きながら私達を見てその涙にクスッと笑った。
「大丈夫、生きてるから。みんなかわいいなぁ。」
ハクとジェハもこちらにやって来て私達の様子に安心したような笑みを零すのだった。
落ち着くと私達は村へ戻って兵が去った事を伝えた。
ユンはすぐに手当てをしようとしたがそれはヨナが引き受け、彼はカルガンが買って来てくれた薬草で薬を作った。
5人の龍は薬を飲む事で頭痛や吐き気から解放され、ユンとヨナによって私達は包帯を巻かれた。
私とキジャとシンアの傷が深く私はなかなか左手に力が入らない有様だった。
ゼノは予備の白くて柄の無い服に着替える。
体調が戻ってくると私達は早めに高華国に帰る事にして、カルガンに見送られて歩き出したのだった。
高華国の領土に戻ると私達の身体はあっという間に楽になっていった。
「みんな体調はどう?」
「大分いいよ、カルガン君の薬のお陰だね。」
「しかし薬のせいもあるが、高華国に戻って来たら本当に体調が良くなった気がするな。」
ユンは私の額に手を当てて頷く。
「熱は引いたけど傷は治ってないんだ。もう少し寝てなよ。特にキジャとリン。」
『うん…それにしても酷い闘いだったわね。
暗くて憎悪にまみれてて…哀しい闘いだった…』
「惜しむらくは…シンア君が面を外したのに眼を見る暇がなかった事だね。」
「本当そこに命懸けてるよね。」
「よさぬか、シンアが困っておる。」
「だってシンア君の眼はこの世のものとは思えぬ美しさなんだろ?」
「…そんなんじゃ…ない…」
「そんなんじゃないかどうかは確かめてみないとね。」
『もう、ジェハ…』
彼がシンアにじりじりと寄って行く為、シンアは面を押さえながら逃げるし私とキジャは呆れるばかり。
「お前ら元気だなーあんなに怪我したのにな。やー、結構結構。」
私達はその声の主であるゼノを見てきょとんとする。
そして私とジェハはすっとゼノの近くに腰を下ろすとその袖を捲った。
「なんだぁ?」
「一番怪我したのは君だよ。」
『傷も鱗もない…』
「時が経つと普通の身体に戻るから。」
「本当に…死なないの?」
「死なないから。」
「…あのさ、ゼノって何歳なの?」
「17歳。」
この返答にはさすがに全員がずいずいと詰め寄った。
「嘘つけ。」
「何百年でも闘えると申したではないか。」
「いくつサバ読んでるんだい?」
『ほら、白状なさい。』
「えー…歳とか覚えてないから。数えるのもめんどくさいから。」
「つまりそれ程長く生きていると。」
キジャはそっとゼノに問うた。それは私達全員が口に出来なかった本当に問いたい質問だった。
「ゼノ、そなたは初代…なのか…?」
龍である私、キジャ、シンア、ジェハが静かに視線をゼノに贈る。
するとそれを受け止めて背筋を伸ばしたゼノは凛とした様子で言った。
「そだよ。俺は緋龍王に仕えていた始まりの龍、黄龍ゼノ。」
ヨナは少し驚いた様子で真っ直ぐゼノを見て呟いた。
「神話の時代からの…龍…龍神から血を賜ったという…?」
「そんな事もあったっけな。昔は俺も少し神様の声が聞けるくらいのただの小僧だったんだけど。」
「神の声が?」
「そ。ボウズのとこの神官兄ちゃんと一緒。」
「ずっと…昔からその姿のままなの…?」
「龍の血を飲んだ時からな。不死の体を持つ者、それが黄龍だ。」
ゼノは胸元にアオの顔を覗かせながら甘く微笑んで言った。
「そなた里は…?里はとっくに出たと申していたな?」
「とっくに出たよ、生まれた里はな。」
「…」
「でももうそこには昔の面影はねェし、白龍の里みたいな里の事言ってんならそんなもんはねェよ。」
『ならずっと独りで…?』
「あー…ゼノね、結婚してた時もあった。」
ゼノの言葉に私、ハク、キジャ、ジェハは目を丸くした。
「え…」
「けっこ…」
「『結婚…』」
「長い人生結婚する事くらいあるから。」
「そう…だね。」
「でも里はないから。こんな体だからな、色んなとこ巡って転々としてた。
たくさんの人々が龍達が生まれて死んだ。愚帝も賢帝も見て来た。
その中で緋龍王の生まれ変わりが現れるのを…娘さんが現れるのを待ってたんだ。」
「私…が?緋龍王の生まれ変わり…?」
「…そうであろう?やはり!ではなぜ姫様が四龍を求めていた時すぐに現れなかった?」
キジャの言葉にゼノは静かに答えた。
「悪い言い方だけど試してた、四龍の能力を使うに値する人物かどうかを。
娘さんが城を追われて白龍の里へ行き、青龍の里や阿波で危ない目に遭ってたのも見てた。
そして阿波を出る時、この娘さんなら大丈夫って思って会いに行ったんだ。」
「緋龍王の生まれ変わりって…私なんの力も持ってないわ。」
「緋龍王もただの人間だったよ。別に娘さんが緋龍王の人生を辿る必要はない。
ただ俺が娘さんについて行こうと思っただけ。
…さぁ、もー質問はないかな?いいかな?じゃ終わり終わり。」
ゼノはいつものようにニコッと笑うと立ち上がった。
「ごはんにしよ、ごはん。」
「ちょっと待った。それだけ?今まで生きて来てヨナに会って何か伝える事とかないの?」
「…何か…ありましたっけ?」
「何で今まで黙ってた?」
「知らせたってどって事ない話だし、ゼノは大怪我しないと能力発動しないし。」
『ゼノ、ひとつだけ訊いてもいい?』
「なーに?」
『今までに初代以外に黒龍に会った事はある?』
ゼノは少しだけ寂しそうに笑った。
「ううん、ないからー。気配も感じられなかった。」
『そう…』
「お嬢が初代の次に初めて会った黒龍。初代と同じ甘い香りがして懐かしいよ。」
彼の笑みに私も微笑み返したのだった。ジェハは遠くを見て呟いていた。
「ゼノ君が結婚ね…」
「どこ見てる?」
『ジェハ?』
彼は末っ子だと思っていたゼノが急にリアルに大人に見えてきて少し戸惑っているようだった。
「ボウズ、メシメシー」
「ユルいなー」
キジャは何かを考え込むようになっていた。
夕飯を終えて満月の下寝具を運んでいるとゼノの手からその束がキジャに奪われた。
「寝るべ寝るべー」
「持とう。」
「おいおい、怪我人怪我人。」
「老体には堪えるであろう。」
結局半分ずつ寝具を持つと私達のいる天幕へと並んで歩き出した。
「…」
「どした?」
「私は…ずっと初代の龍に会ってみたいと…叶うわけもない夢を抱いていた。」
「叶ったなあ。」
「だが…今はそなたを前に何を言って良いかわからぬ。
緋龍王の時代とは千年…二千年とどれ程の気の遠くなる月日だろうか。」
「んな大げさな…」
「白龍の…白龍の里に来れば我々や我々の祖先もそなたを歓迎したであろうに。いや、違う…そういう事ではないな。
シンアやジェハ、リン…そなた…同じ龍なのに私はなんと恵まれているのだろうな。」
「ふははっ」
キジャの真剣な顔を見てゼノは笑っていた。
「何を笑う。」
「いや、恵まれてるも何もお前すごいんだって。」
「?」
「あのな、今までの歴代白龍って奴は王を渇望しすぎて怨霊みたいになっちゃって、白龍が新しくなる度取り憑いてたから。
でもお前はな、そんな負の力をねじ伏せる精神力でな。
何千年分の怨霊を全部抱きしめて受け入れてな。
でも全く負に染まらず終まいにゃ従わせてるから。」
「何の話だ?」
「きっと歴代白龍の怨霊がいるのをお嬢は微かに感じ取ってるかもしれないけど。お前はどこか初代白龍を思い出すよ。」
「本当か?」
「おー、猪突猛進で猪みたいな奴だった。
お前がどれだけ努力して立ち上がって来たのか俺は知ってるよ。」
ゼノは片手でキジャの髪を撫でると笑みを零して、寝具を天幕に運び入れた。
それを並べてハク、私、ジェハ、キジャ、ゼノ、シンアの順に並ぶと静かに眠った。
ハクやキジャもぐっすり眠っていて、私はジェハに擦り寄って彼の腕に抱かれてすぅと小さく寝息を立てていた。
シンアは仮面が少しズレて可愛い寝顔を覗かせている。
ゼノはそんな私達を見て嬉しそうに笑うと昔を思い出しながらゆっくり夢の世界に旅立っていった。
「四龍の戦士?俺は傑物でも剛の者でもないぞ。戦士になんてなれねェよ。
でもこんな俺でもこの世界をみんなを少しでも幸せに出来るのなら…その龍の血を俺にくれ。」
それが彼と黄色い龍が交わした言葉だった。