主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
火の部族・水の部族
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私達は港で準備を整えていた。
「…おい、本当にそいつらを船に乗せるのか?」
「見縊ってはいけないよ。伝統ある仙水の海女ちゃん達さ。」
「「「「よろしく~♡」」」」
私やジェハの後ろには彼が声を掛けて集めた海女がいた。
「集団見合いなら後にしろよ。」
「やだな、ハク。僕の企みじゃないよ。」
「リリの用心棒って奴が海女を船に乗せろって言ったんだろ。…一体どういう奴だ?」
「んー…何ていうか指示に無駄が無いんだ。あれは命令し慣れてる感じだね。
信頼出来ると思ったのは僕の勘だよ。」
「『…』」
ジェハの言葉にハクは何も言わず、私は彼らの言葉を聞かないようそっぽを向いていた。
そこにリリ達が集めた兵がやってきたようだった。
「あの…貴方達はリリ様のお知り合いですか?」
『え、えぇ。そうですけど…あなた達は?』
「我々は仙水の駐屯兵団です。」
「『えぇっ!?』」
私とユンは別々の意味で驚き声を上げた。
ユンはリリが兵を動かせた事に驚き、私は彼らの格好に驚いたのだ。
リリが水の部族長の娘である事は気付いていたのだから今更兵が動いても私は驚きはしない。
「これよりあの船隊を撃退すべく出航します。
戦闘の際は貴方方の指示に従えとリリ様より仰せ付かりました。」
「リリが!?兵を動かすなんて…」
『それより…』
「お前ら、本当に水の部族の兵士か?」
「あ、これは…」
ハクと私が不思議そうに問うのも当然。
兵達は皆ボロボロの服を着て、ゴロツキのようだったからだ。背負っているのも斧や古びた剣ばかり。
『とりあえず準備は整った。船に乗り込め。』
「「「「「おーー!!」」」」」
私の声に従って商人が用意した船に私達は乗り込んだ。
私達が出航するとこちらに向かって来ていた南戒の貴族カザックの部下が船に気付いたようだった。
「カザック様。」
「何だ。」
「何か…こちらに向かって来る船が…」
「む?何かと思えばたった3隻!人騒がせな。何も知らず沖へ出た漁師か何かだろう。」
「は…そう…ですかね。しかし妙な連中が乗ってます。」
「ふーん…邪魔だったら適当に沈めておけ。」
「あ…あああああのっカザック様!!」
彼が呼ばれて振り返るとそこにはキジャをおぶり、私を抱いたジェハがいた。私達の乗った船から飛び移ったのだ。
ジェハが船に降りた瞬間、私はすっと自分の足で立ってジェハの隣に並ぶ。
「え…何?お前達どこから入って来た?」
「それ以上になぜおんぶ?仲良し?」
「僕ももっと美しく登場したかったよ…」
『文句言わないの。』
「こ、こいつら向こうの船から飛び移って…」
「嘘つけ。」
「カザック様、あれを…」
「ん?」
彼が見たのは船に乗ったハクとシンア、そしてゴロツキにしか見えない水の部族の兵士達。
「あ、あれは兵士でも漁師でもないぞ!?」
「『海賊だよ/よ。』」
私と、キジャを降ろしたジェハがニッと笑った。
「矢を放て!!」
ユンの声が響き火矢の雨が船に降り注ぐ。
それを私、キジャ、ジェハは船の端で見守りながら隣に来たハクやシンアの乗る船へ縄を渡す。そうしていると麻薬人形が次々と現れた。
「キジャ君、この船は任せた。僕とリンは隣の船を沈める。」
「わかった。」
『ジェハ!』
そのときジェハの背後から男が剣を横に振るった為、私は駆け出して剣をさっと抜くと身を屈めたジェハの頭上で剣を振るった。
すると男の剣は弾かれ彼の胸には私の作った深い切り傷が刻まれた。
『手加減はしない…』
「やっぱりかっこいいね、リン。」
『私とヨナの傷の分…お返ししないとね…』
―おっとこれは本気みたいだね…無茶をしないよう見守らなきゃダメかな?―
周囲にいた男達を斬り、冷たい目のまま近くに来た男の首元に私は爪を突き立て息の根を止めた。
『殺したくはないけど、これしか方法はない。』
「そうだね…」
キジャは力の限り縄を引きシンアを船に引き上げた。
そしてキジャは大きな右手を、シンアは剣を振るった。
兵士達から縄が渡されるとキジャはそれを摑んで引っ張って自らがいる船へ兵士を移した。
「しっかり捕まれ――――いっ!」
兵も加わって闘いが激しくなる。
「そこだ。人形達よ、奴らを殺せ!!」
「ラマル隊長っ」
「うわあぁああ」
ラマルが男に襲われそうになったところにハクが飛び出して来た。
大刀が男を襲いハクはラマルを見てふっと笑う。
「あ…ありがとうございます。」
「似合ってねェな。その扮装だよ。
水の部族の兵はジュンギ将軍の教育のせいかお行儀の良い奴が多いからな。」
「はぁ…ですよね。ゴロツキのフリはどうも難しいです。」
「これもリリの用心棒が考えた策か。」
「はい。水の部族が軍を動かしたとなると南戒に戦の大義名分を与えてしまうからと。
とりあえず今回は賊を装い追い返すだけで良いとの事です。しかし貴方方は一体…」
ラマルの前には私達が人間業とは思えない様子で闘っていた。
「ああ、あいつらはちょっと変わった芸風だとでも思ってくれ。」
「芸風…ですか?あれ…
正直これだけの戦力では無理だと思ってましたが、リリ様達のお言葉を信じて良かった。」
「へぇ…赤い髪の女がそう言ったのか?」
「いえ、リリ様の用心棒の方が。あちらには雷獣と舞姫がいるから負けない…と。」
「…何だと?」
「見て下さい、船が爆発した…!」
『あら…』
「海女ちゃん達お見事。」
頭に爆弾を乗せた海女達がユンが待機している船から敵の船底に泳いで行って爆破させたらしい。
「爆薬全部設置したよ。」
「ご苦労様、上がって。」
海女をユンは呼び船に上げた。それを見送って私とジェハはハクを呼んだ。
彼はリリの用心棒…すなわちスウォンが言った言葉を不思議に思っているようだった。
『ハク!』
「ぼーっとしてないでこっち手伝ってくれないかな?」
「ああ。」
縄を摑んでこちらの船に飛び移って来たハクは大刀を振り回した。
―雷獣と舞姫がいるから、だと…?―
ハクが何かを考えているのを私は微かに感じつつも目の前の敵を斬る事に専念するのだった。
南戒からの船が襲われている事はヒヨウの耳にも届いた。
「沖の様子が変なんだけどぉ…」
「申し上げますっ只今カザック様達の船隊は襲撃を受けている模様…っ」
「襲撃ぃ!?何それ、誰に!?」
「わ、わかりません…」
「え…え…え―――…」
「それとも一つご報告が…」
「え―――っ」
「赤い髪の女が再び現れました…」
「ふーん…どこに?」
「報告によると港に…いつもの化物達の姿は見当たらないようです。」
「港…ああ、そうか…まさかまた!あの女が!!私の邪魔をしたの!!!!??
あああ、あの女やっぱり早く殺さなきゃ。でもすぐには殺らない。耳を削いで鼻を削いで胸と股の肉を削いで寸刻みにしてやる!!
早く呼んで…他の町の人形達を…あの女さえ殺せれば…!」
その頃、ヨナはスウォン達と共に港から闘いの様子を見つめていた。
「本当にあれだけの兵力で船隊を沈めてしまうとは…
あそこにはやはり雷獣と舞姫が…」
部下の言葉にチラッとジュドが振り返り、部下は急いで口を閉じた。
「…さて、ヒヨウさんは海を眺めている頃ですね。」
私達の闘いを眺めていたヨナは体調が優れず少し息を乱していた。
それに気付いたゼノが自分の背中に乗って休むよう促す。
「娘さん、まだ完治してないでしょ。ゼノがおんぶしてあげる。こう見えてゼノ頑丈だから。」
「ヨナ、あの時の傷がまだ…」
「大丈夫。リンの方が酷い怪我してるのにあそこで闘ってるんだから。」
「…何か?」
「あのね、ヨナはヒヨウに斬られた腕の傷がまだ癒えてないの。
リンも私達を庇って背中と左肩に深い傷があるわ。
ねえ、ウォン。あんた腕は結構立つでしょう?私は元気だからヨナの護衛をしてくれない?」
「え…」
「リリ!!」
ヨナが鋭くリリを呼んだ。
「本当に大丈夫だから。」
「駄目よ、あんたはすぐそうやって無茶するんだから。」
「娘さ…」
ヨナを呼ぼうとしたゼノが嫌な気配を感じて振り返った。
するとそこには建物の上からヨナ達を矢で狙う男達がいた。
「伏せろ!!矢が来るぞ!!」
ゼノはヨナを庇うように立つと叫び、その場の全員が戦闘態勢に入った。
スウォンはゼノとヨナの前に立ち、振って来る矢はジュドが剣で薙ぎ払った。敵の狙いはヨナ。
背後からも敵襲があり、ヨナは飛んで来て地面に刺さった矢を抜き射返そうとした。
だがその手はスウォンによって止められる。
「やめなさい。頭をぶち抜かれますよ。」
「放して。」
「それにこの矢…やはり毒矢です。
矢尻に触れない方がいい。下がっていなさい。」
「…っ」
「娘さん、兄ちゃんの言う通りだ。下手に動いちゃダメ。」
「ムアさん、ギョクさん。リリ様達を頼みます。」
「「はっ」」
「ジュドさんは後方を私は前方をやります。」
「はっ」
無駄のない指示の後、スウォンとジュドはそれぞれの方向へ走って行った。
それを見送ってゼノはヨナの頭を撫でてやる。
「…なあにゼノ。」
「あの兄ちゃんといると娘さんはちょっと冷静じゃないから。
兄ちゃんがさっき弓を止めたのは娘さんの傷を気にしたんだよ。」
「…ありえないわ。」
「んーと、ゼノが言いたいのはね。今娘さんの敵は一人ってこと。
娘さんは賢い。娘さんが動くべきとちゃんと判断したならゼノも手伝うよ。」
スウォンは建物の男達を次々と斬り、背後から飛んで来た矢を躱した。
その矢を射った男はヨナの矢によって倒れる。
ゼノの守護のもと次々と射貫いていくヨナを見つけたジュドは彼女に声を掛ける。
「…あまり動かないで頂きたい。」
「…私は私の判断で行く。狙われているのは私…あなたこそ私に近寄らない方がいい。」
ジュドはヨナの横顔を見て昔の幼く純粋な彼女とのやり取りを思い出していた。
―貴女の死を望んだ事など一度もない…どこか遠く俺の目の届かぬ場所で生きのびていてくれたらと思っていた…―
その時彼らの目の前に大きな男がふらっと立った。
そこでジュドは静かに愛用している2つの剣を構えた。
―動揺するな。スウォン様を主君と決めた俺がこの方への情など残していいはずがない!!―
敵が全て倒れると町の人々が海で起きている戦闘を見つけて集まって来た。
「沖の変化にさすがの住民も騒ぎ出しましたね。」
「早くヒヨウを見つけないと。」
「戒からの船隊を見るにヒヨウさんは部下の大半を失っているはずです。
なのになけなしの戦力をここにぶつけて来た…」
スウォンがそう考え、ヨナが疲れでふらついていると恐ろしい殺気を感じた。
彼女はその殺気にはっとして頭を働かせる。
「忘れない…あんたの顔忘れない…」
「娘さん!」
殺気の方角に真っ先に気付いたのはゼノだった。
こちらへ剣を向けて走って来るヒヨウからヨナを守るようにゼノは立ち、ヨナは彼の背中にしがみついた。
ゼノが刺されると思いヨナは強く目を閉じた。だが、舞った血はゼノのものではなかった。
そこにいたのはヒヨウの剣を左腕に受けて恐ろしい程暗い表情をして立つハクだったのだ。
戦闘を終えて私、ハク、キジャ、シンア、ジェハ、ユンは港からヨナ達の所へ急いでいた。
ハクだけは嫌な予感がして私達より前を走っていたのだ。
―ごめん、ヨナ…隠し通せそうにないわ…―
スウォンの存在は必然的に彼にも知られてしまうだろう。
「…リン、ユン君。僕に乗って。」
『ジェハ…』
「早く行きたいだろう?」
『…ありがとう。』
ユンを背中におぶり私は彼に前から抱き着くとヨナ達のもとへ急いだ。
キジャとシンアは必死に走っている。
私は意識を集中して騒ぎの中に仲間達の声を聞く。
『ハクっ…!!』
「どうしたんだい…」
『ハクが刺された…!』
「っ!…少し速度を上げるよ。傷に響いたらごめん。」
『気にしないで…行って。』
ヒヨウはハクに剣を止められてそれを抜きヨナに向かおうとした。
だが刺さった剣はまったく動きそうにない。
ハクは腕から大量の血を流しながらヒヨウを力の限り殴り飛ばした。
ヒヨウはその一撃で血を流しながら戦闘不能となった。
『ジェハ、あそこ!』
「了解。」
私は着地出来る高さになるとジェハの身体から離れてヨナに駆け寄った。
ハクは刺さった剣を無表情で抜く。それによって地面に血溜まりが出来ても気に留めない。
「ス…ウォン…」
ハクは城を出た時の事を思い出し怒りに震えながらスウォンへと真っ直ぐ歩き出す。
彼を止めるべくスウォンの前に部下2人が立った。
「ま、待て。止まれ。それ以上進むのは許さん!」
それでも止まらないハクに剣を振るうが彼は簡単にそれを避けて殴り飛ばした。
別の部下の剣はその手ごと片手で受け止めて力を入れた事で部下の手の骨が砕けた。
「うわぁあああああ」
『ハク…ダメ、ハク!!!』
彼のもとへ駆け出そうとするとジュドがハクの胸を横一文字に斬った。
『っ!!?』
「ハク!!」
ハクはそれでも倒れず憎しみだけを浮かべた表情でジュドを蹴り飛ばす。
すると地面に倒れたジュドは口から血を吐いた。
『イヤ…ハク…』
「…行くよ、リン。」
いつの間にか私の隣にいたジェハが私の肩を叩いた。
私は怯えて震えていた身体を抑え込み頷くとジェハと共にハクのもとへ急いだ。
ハクはスウォンに向けて手を伸ばしていた。それをジェハがぐっと掴んで止める。
「…どけ。」
「…彼らと知り合いかい?何か理由があるのかもしれないが、彼らはリリちゃんの用心棒だ。
今回の闘いにも協力して味方になってくれたんだよ。」
「味方…味方だと…?」
『ハク…もうやめて…』
ジェハはハクから感じる殺気に身じろいだ。
―なんて殺気だ…本気で彼を殺そうとしている…!?―
「とにかく手を下ろすんだ。君も血を流しすぎてる、早く処置しないと。」
「放せ。」
「ハクが落ちついたら放すよ。」
「はなせェ!!」
ハクは怒りに任せてジェハまでも蹴り飛ばした。
『いやぁああああ!!』
私はジェハに駆け寄って泣きそうな顔で彼を支える。
「…何て顔してんだ、ハク。」
『ハクを…助けて…』
「そうだね…まいったな…放っておけない。」
『ジェハ…?』
「…ちょっと蹴るけど許してね。」
ジェハは私から離れるとハクの顔を右足で蹴った。
私は仲間同士のやりあいにぎゅっと目を閉じるが、恐れている場合ではないと思って自分の頬を叩いた。
―逃げちゃダメ…止めなきゃ。―
ハクは蹴られても倒れなかった。
「気絶してはくれないか。」
『ジュド将軍!』
「っ…」
『まだ動けるでしょう。』
「リン…」
『ハクは私達が力ずくで押さえるから…』
「その間に行くんだ。」
ハクの拳をジェハは右脚でどうにか受け止めていた。
今のハクの拳をジェハが生身で受ければ大怪我をするだろう。
「キジャ君、力を貸して!!」
「しかし、これは…」
「このままではハクが危ない!」
「陛下…っ」
「…リンはあの坊ちゃんをどうにかしておいで。」
『…うん。』
私はハクを見て立ち尽くしているスウォンに駆け寄ると力の限り彼の頬を平手打ちした。
乾いた音が響きスウォンがはっとしながら私を見る。
『スウォン!!!!!』
「リン…」
『死にたくなければ今すぐここを立ち去れ。』
「…」
『去れ!!!!!!』
スウォンが一瞬俯いてからジュドや部下達と去ったのを見て私は静かにハクに歩み寄った。すると彼は私の胸倉を掴んだ。
「どうしてだ、リン!!!何故逃がした!!?あいつは…
お前が一番わかってるだろォォオオオ!!!!」
『わかってる…わかってるよ、ハク…
あいつの事より私にとってはハクの方が大切だから…
あなたに生きて欲しいから…だから今は…』
「はなせ…はなせェェエエエ!!」
ハクは私の胸倉を離すとその手を離れていくスウォンに向ける。
私は彼を止める為に正面から抱き着いた。
彼の両側には必死に止めるキジャとジェハがいる。
『ハク…もういいの、ハク…』
「あいつは…あいつだけは!!!!」
そんな怒り狂うハクの血で汚れた手にヨナがそっと触れた。
「ハク、大丈夫。私は大丈夫だから。」
その一言でハクはすぅっと落ち着き目を見開いたまま動きを止めたのだった。
私達は逃げるようにその場を後にした。
気を失いそうなハクをキジャが抱えて、ヨナはジェハに背負われて町の外れで野宿をするべく駆け出した。私はユンの手を引いて走っていた。
「リン…」
『…大丈夫だよ、ユン。』
ユンの私の手を握る力が強くなった。その優しさに私の目から一筋だけ涙が伝った。
天幕を張ると中にハクを寝かせ私とユンで急いで手当をした。
『腕の傷…』
「結構深いね…」
『ハク…』
「…俺達にもちゃんと説明してくれる?」
『そうね…もう話さないとダメだね…』
私は眠ったハクの頬を優しく撫でた。
『…キジャとジェハの手当もしてくるわ。』
「うん。」
『ハクのこと、お願い。』
「任せてよ。」
私はキジャとジェハのもとへ駆けて行って傷口を拭くと薬を塗った。
するとその手をジェハが握って私を抱き寄せてくれた。
『ジェハ…?』
「もう抱え込まなくていい。今だけでも素直になりな。」
『っ…』
その優しい言葉で堰き止めていた私の涙が次々と滝のように零れていった。
『うっ…』
「我慢しなくてよい。」
「全て吐き出してしまえばいいんだよ、リン。」
私は声を上げて泣き、ジェハは強く抱き締め、キジャは頭を撫でてくれたのだった。
ハクも眠ったその晩、ヨナはハクに寄り添って天幕の中にいた。
『…姫様。』
「リン…」
『もう仲間達に話しても構いませんか。』
「…スウォンの事?」
『…はい。』
「うん、伝えないと駄目だね。」
『…私の口から皆には話します。姫様はハクの傍にいてあげてください。』
「リン…」
『これくらいさせてくださいよ、ヨナ。』
「ありがとう。」
彼女が眠ったのを確認して私は天幕から出ると仲間達を呼んだ。
『みんな…昔話に付き合ってくれる?』
私が微笑むとキジャ、シンア、ジェハ、ゼノ、そしてユンは真剣な表情で頷いて火を囲むように座ってくれた。
私の隣にはジェハが寄り添ってくれる。それだけで大きな支えになるのだから不思議だ。
『現王スウォン…彼はイル陛下の兄ユホンの息子。』
「それって…」
『ヨナの従兄なのよ。』
「「「「「っ…」」」」」
『姫様に会いに城に行けば同い年の私、ハク、スウォンは共に遊ぶ事も多かった。
彼は私やハクを目標としているって言ってくれた事だってある。
私とハクは彼が姫様と結ばれて国を治め、その傍らでずっと守っていけたら…そう願っていた。』
「それほどあの男を信頼していたという事か。」
『うん…』
キジャの言葉に私は頷き少しだけ俯いた。
『昔から人に指示を出すのが上手な人だった。
姫様を連れて4人で城下町に出た時、姫様が人攫いに合ったの。
それを町の裏組織を操り、指示を出して、情報を手にし姫様の居所を突き止めたのは他でもなくスウォン…
まるで彼を中心に町が回っているようだった。』
「「「「「…」」」」」
懐かしい思い出も今では苦痛でしかない。
私はそれから城を追い出された日の事を細かく説明した。
私はイル陛下の命で別の所にいて、駆け付けるのが遅くなった事、
スウォンがイル陛下を殺しヨナにまで矛先を向けた事、
ヨナをハクが助け、私も駆け付けてどうにか逃げ切った事、
友のミンスは私達を逃がす為犠牲となった事…
「そんないきさつがあったとはね…」
『あの時の姫様は見てられなかった…
唯一の肉親を失い、愛しい相手に裏切られたのだから。』
「それはリンやハクも同じだろう?」
『え?』
「忠誠を誓った王を失い、守り切れなかったと嘆き、信頼していた友に裏切られたのだから。」
『キジャ…』
「あの男の目的は何なのだ。」
『わからない。でも何かをやり遂げなければならないと言ってた。
イル陛下を殺してまでやり遂げる事なんてあるのか私には理解出来ない。
でもだからと言って昔心の底から信頼していた友をすぐに憎み殺そうと思える程、私は強くなくて思い出を捨てる事なんて出来なくて…』
私が俯くとジェハは優しく私の頭を撫でてくれた。
「…話してくれてありがとう、リン。」
「やっと聞かせてくれて嬉しいよ。」
「うん…」
「姫様の想いとハクの思い…どちらも理解しているのだから最もつらいのはリンであろう。」
「お嬢、もう抱えこまなくていいから~」
『うん…ありがとう、みんな。』
それから数日後、リリは海を眺めて立っていた。
「ラマル、町の様子はどう?」
「仙水にいるヒヨウの残党は今回の闘いで大方捕まえましたが、ナダイの被害は水の部族の各地に及んでおります。」
リリの後ろには膝をついて頭を下げるラマルがいた。
「依存症患者を更生させる施設は少なく、逆に患者は次々に見つかっている現状で…」
「ナダイを完全に消すにはかなりの時間と設備が必要なようね。」
南戒の船団を沈めて数日後、仙水ではナダイの回収及びヒヨウの残党の取り締まりに追われていた。
「しかし、今でも信じられません。
この地で誰も逆らう事が出来なかった南戒の船を沈め、あの闇商人ヒヨウも…一網打尽にするなんて…
それなのにヒヨウを討った人物も、船を沈めた英雄達もあれから姿を見せないとは。
リリ様はご存知なのでしょう?彼らが何者か、何処にいるのか。」
「…私は知らないわ。それよりナダイの被害者を一刻も早く保護して。」
「はっ」
―あの日…ヨナ達に私は口を挟む隙さえ無かった…
私の用心棒達は姿を消し、去り際にジュドがウォンを陛下と呼んでいた。
リンもスウォンと呼んでいた…あれがスウォン陛下…ではあの子は?
水の部族に手を差しのべてくれた赤い髪のあの子は…―
リリはそんな事を考えながら食料を抱えると私達がいる所に顔を出した。
私は料理をしていてリリを迎えたのはヨナ、ユン、シンア、ゼノの4人だった。
「リリ!来てくれたの。」
「もう…ヒヨウはいないんだし、わざわざこんな町外れで寝泊まりしなくても。」
「町には兵士がいるし、騒がれると困るから。」
「仕方ないわね、はい食料。」
「ありがとう、リリ。それでね、私達…」
「あ、ごめん私町でやる事が山積みなの。」
「え…」
「そのうちまた顔出すから!」
「う、うん…」
慌ただしく去って行くリリを彼らは見送る事しかできない。
「…言いそびれちゃった、明後日ここを発つって。」
「でもリリって水の部族長の娘なんでしょ?
あんまり関わらない方がいいんじゃないかな。
ただでさえ今回の事であの…リリの用心棒だった人達の正体も知ったと思うし。
…まぁ、俺らも初めて知ったんだけど。」
「黙っていてごめんね。でもリリは大丈夫。一緒に闘ってきたもの。わかるの。」
「そっか、じゃあ食事にしようか。」
『…そろそろできますよ。』
「…ねぇ、ユン。ハクの怪我はどう…?」
「腕の傷が少し深いけど任せて、完治させてみせるから。」
ユンの頼もしい言葉にヨナはふわっと微笑んだのだった。
キジャはハクの料理を持つと天幕の中に入る。
「ハク…食事だ。」
「…ああ。」
包帯を巻かれたハクがゆっくり身体を起こすと静かに食事を口にし始めた。
「…何?」
「腕が不自由であろう。食べさせてやろうか。」
「いらねーよ、つかここまで持って来なくて良いって。」
「うむ、次はそうしよう。」
ハクはキジャの頬の傷を見てはっとした。彼は自分の頬を押さえながら何事もなかったかのように言う。
「ああ…これは蚊に刺された。痒くてかなわん。」
その傷はハクが暴れていた時殴ったもの。
キジャは何も言わずくるっとハクに背中を向けると天幕から出た。
「キジャ君、ほら君の分。」
ジェハが料理の入った器を手にキジャに声を掛けたが、曇った表情にジェハはきょとんとした。彼の隣にいた私もキジャの様子に首を傾げる。
「…ハクに次はもう止めないと言おうと思ったのだ。結局何も言わなかったが。」
「あの男が先王イルを殺したスウォンだったとは…」
ジェハはスウォンの顔を思い浮かべ、私とハクの寂しい殺気を思い出した。
―彼が…阿波で感じたハクとリンの哀しい殺気の相手か…―
「ハクの様子が尋常じゃなかったから何かあるとは思ったけど…
僕は余計に引っかき回してしまったかな。」
「そなたが守ろうとしたものもわかっている。」
キジャの言葉にジェハは切なげに微笑み、私は彼の手をそっと握った。
その晩、私はそっとハクのいる天幕を捲り顔を覗かせた。
『…少しいいかしら。』
「リン…入れよ。」
彼は身を起こすと私を招き入れた。私は彼の傍らに腰を下ろして口を開いた。
『…皆に私達とスウォンの事を話したわ。』
「…そうか。」
『もう隠している事なんて出来なかったから。』
「あいつに会ったんだ、もう隠す必要もねぇだろ。」
彼のそっけない態度に私はまた寂しくなった。
彼はいつも自分の事を後回しにして全て一人で抱え込む。
つらい事も抱え込んで一人で悩んで、その感情を全く顔に出さない。
「そんな顔すんなって。」
『だって…』
「…あの時止めてくれた事には感謝してる。」
『…嘘。』
「はぁ?」
『嘘吐かないで。どうして止めたんだ、って顔してる。』
「…」
『どれだけ一緒にいると思ってるの…』
「…すまない。」
私はハクの大きな手を両手で包み込んだ。
『私はね、ハク。あなたに憎しみだけで生きて欲しくないの。
過去に捕らわれないで今を生きて欲しいのよ…』
「リン…」
『簡単な事ではない…そんな事わかってるわ。
私だって過去の思い出に囚われているからあいつを憎く思う気持ちがあってもハクみたいに素直に殺そうなんて思えない。私が弱い証拠でもあるけどね…』
「…」
『でも…ヨナに少しでも危険が及ぶならばあいつを殺す事に躊躇いはない。それだけは命に懸けて誓える。』
「当たり前だ。」
『ハク…いくら憎い相手が目の前にいても自分を見失わないで。
私に…仲間に頼って?一人で抱え込まないで。』
「リン…」
『そんなに頼りないかな…?』
「そんな事はない。ただお前も苦しいだろ。」
『お互い様でしょ。』
「ふっ…そうだな。」
『私にとってヨナだけではなくてハクも大切なんだから…無茶して死に急ぐような事しないでよね。』
「ああ…悪かった。」
彼は小さく微笑むと私の頭を撫でて、そのまま頭を自分の胸に抱き寄せた。私は驚きながらもされるがまま。
『ハク…?』
「俺はお前がいるからここまで来れた。」
『…突然どうしたの?』
「俺には憎しみしかない。イル陛下を殺し、姫さんを苦しめたあいつの事を許せない。
でもお前が姫さんの気持ちも酌んで、自分の中にある思い出とも向き合ってるから俺は今まで抑えてこれたんだろう…
姫さんの事も気に留めず俺は暴走した…
お前がいたから俺は姫さんの気持ちを無視したまま暴走せずに済んだ…」
『…私と姫様はスウォンのやろうとしている事を知りたいの。』
「やろうとしている事…?」
『イル陛下を殺してまでやり遂げようとしている事…
その手段が正しいとは思えないし理解も出来ないけど、何も知らずにいるのは愚かだわ。』
「そうだな。」
『ハク…あなたはあなたのままでいい。
暴走しそうになったら私は意地でも止めてやる。きっと姫様だって。それでもちょっとは頼りなさいな。』
「そうさせてもらう…」
ハクは自分の気持ちを落ち着かせる為にも私を強く抱き締めた。
「…ありがとな、傍にいてくれて。」
『うん…』
私は彼の胸に顔を埋めて大きな背中に手を回して微笑んだ。
『だって私はハクの相棒だもの。』
「あぁ…最高の相棒だ。」
私の言葉にハクも誇らしげに笑ったのだった。
日が沈むとヨナは焚火の為の薪を集めていた。そこにハクがゆっくり近付いて来る。
「ハク…」
「もう暗くなります。天幕に戻って下さい。」
「うん。」
2人で並んで歩いているとヨナはふとハクの狂ったようにスウォンに向かっていっていた様子を思い出して暗い表情になった。
「あ…」
するとハクはひょいっとヨナの手から薪を取る。だが、それはすぐにヨナに奪い取られる。
「ダメ!腕の怪我、まだ全然治ってないんだから。」
「問題ありませんよ、これしき。」
結局薪はハクが右手で抱え、左手をヨナはぎゅっと握った。
「ほら、握力がない。」
ハクは繋がれた手を見て左手に力をぐっと込めた。それによってヨナの顔が痛みに引き攣る。
「痛い!!嘘でしょ。あんな怪我負ったのにどんな筋肉してるの!?」
ヨナの言葉にハクは無邪気に心から笑みを零した。
それを見てヨナは嬉しくてほっとしたように足を止めた。
―あ…ハクが笑った…―
「…姫さん?」
「あ…あれ…あれ?あれ…?」
ヨナの目から涙がポロポロと流れ始めた。
―ハクが…笑ってくれたぁ…―
「ち、違うの。何かホッとして…
嫌だな…ハクには…弱い所ばかり…見せて…」
ハクは何も言わずにすっとヨナに歩み寄ると彼女の頭を自分の胸に抱き寄せた。
「…何も見ていませんよ。」
―この人は…こんなになっても私を気遣ってしまう…―
ヨナは泣きながらハクに抱き着いて大きな背中に手を回した。
これにはハクも驚いたようで彼女を支えながらも目を丸くしていた。
―どうか…どうか神様、ハクの傷をとりのぞいて下さい…―
私はというとユンと共に夕飯を用意しながらもヨナとハクの気配を感じて笑みを零していた。
「リン?傷痛む?」
『ううん、大丈夫よ。』
「何か良い事でもあったのかな?」
私はジェハの言葉に微笑みながら暗くなってきていた空を見上げた。
『姫様とハクが心から笑える日が来ますように…』
その頃、スウォン達は漸く緋龍城に到着していた。彼らを迎えたのは鷹のグルファン。
「ただいまグルファン。」
「お帰りなさいませ、スウォン陛下。」
「ケイシュク参謀…」
「水の部族の偵察のみとのお話でしたが随分“お早い”お戻りでしたね。」
完全にケイシュクの言葉は皮肉だ。
「もう今後一切お忍びの偵察は止めて頂きたいもの…」
その時、ケイシュクはボロボロになっているスウォンの部下達に気付いた。
「…何かあったのですか?」
「あ…水の部族の抗争に巻き込まれてしまい…ムアさんとギョクさんが負傷を。」
「何と…陛下はご無事ですか!?」
「はい、私は何事も無く。すみませんが医務官を呼んで下さい。2人を早く治療しなくては。」
「ですから護衛をもっと付けるべきだと申し上げたのに…!!」
そう言いながらケイシュクは城に戻って医務官の手配を始めた。
彼を見送るとスウォンはジュドに声を掛けた。
「ジュド将軍、あなたも早く。かなり負傷しているはずです。」
「…何故…何故あの時動かなかった…?
あの時あなたは凍りついたように動かなかった。」
あの時とはハクがスウォンを襲おうと手を伸ばした時の事。
「何故だ!!何故剣を抜かなかった!?
ああいう時は剣を抜いて下さい!!それとも何か!?
今更情に呑まれあの男に命を捧げるおつもりだったのか!?
彼女がいなかったら今頃死んでいた…」
ジュドが言う彼女とは私の事。スウォンを逃がしたのは他ならぬ私なのだから。
「五部族をまとめ上げ他国の侵入からこの国を守らねばならぬこの時に!!
あなたには全てを捨てる覚悟があった。その覚悟を信じて俺はあなたを選んだ。
死ぬのならば全てを成し遂げて死んで下さい!!」
「……命を捨てても良いと…思った事などありません。
すみません、あの時はなぜだか…身体が動かなくて…
彼女に頬を叩かれるまで身体は重いままで…
次は斬ります…ケイシュク参謀を呼んで下さい。」
「はっ…」
「各部族長に伝令を。五部族会議を執り行います。」
「はっ」
歩き出したスウォンの背中を見てジュドは振り返ると仕事に移った。
「グルファン、遊んでおいで。」
空を舞っていったグルファンを見てスウォンの脳裏に蘇ったのは私、ヨナ、ハク、そして自分の4人で見上げた美しい光景だった。
リリが食材を届けてくれた翌日、彼女は再び私達の所に来た。
「え、明日には発つ?」
「うん。ヒヨウとの戦いは決着したし兵も増えてきたから。」
「そ、そう…実は私もそろそろ水呼に帰るのよね―っ」
「あ、そうよね。じゃあリリ、元気で。」
「あんたもね。」
ヨナのもとから立ち去ったリリは駐屯地兵舎に到着すると突っ伏した。
「リリ様?如何なされました?」
「どうしたんだ、リリ様。」
「ナダイの件で走りまわってお疲れなのでは?」
「リリ様?」
―あの子…あっさり言ってくれちゃって…わかってたけど…―
「明日か…もうこれっきりなのかしらね…」
「もしや男…っ」
「男にフラれたとか…っ」
「そこの!落とされたいの首を!!」
「すみませんっ!」
「うふふ…いけませんよ、リリ様。貴女様が簡単にそんな事言っちゃ。」
「洒落になりません。」
「テトラ!アユラ!」
そこにやって来たのは笑顔のテトラとアユラだった。2人の美貌に兵士達は頬を染めている。
「どうしてここに…っ」
「連絡を受けましたの。リリ様がここに滞在されていると。」
「だとしてもっテトラ!あんたは安静にしてなきゃ駄目じゃないっ」
「リリ様、ご無礼を。」
テトラはすっと右手を振り上げた。平手打ちを受けると思ったリリはぎゅっと目を閉じたが、テトラの右手が触れたのはリリの頬だった。
リリが不思議に思って目を開くと視界いっぱいにテトラの泣き顔が見えた。
彼女はリリを強く抱き締め、その様子をアユラは優しく微笑んで見守っていた。
「リリ様のバカっ…どうしてこんな危険な事をっ…心配…かけないで下さいまし。」
「…あんた達になら叩かれても良かったのに。ごめん、テトラ、アユラ。」
3人は魚介類を大量に差し入れとして抱えると私達のもとへと歩き出した。
「それで?フラれたんですの、ヨナちゃんに。」
「何の話よ。明日ここを発つって言ってたのよ。」
「フラれたんですね。」
「あのね…いいのよ、もうさよならしちゃったし。」
「駄目ですよ、そんな自己完結しちゃ。後悔したいんですか?」
「…テトラ、身体はいいの?」
「うふふ、当然です。それよりも後でリリ様の仙水での武勇伝を聞かせて下さいまし。」
「ないわよ、そんなの…」
リリはジュンギがどうしているか訊きたかったがそんな勇気はまだなかった。
そう話しているうちに回復したハクを囲んでいた私達の姿が見えてくる。
「リリ!」
『アユラさんとテトラさんも!!』
「お久しぶりです、皆様。リリ様が大変お世話になって。」
2人は私達に深々と頭を下げた。すぐに頭を上げさせて私達は苦笑するばかり。
そうしていると私の肩をジェハが抱きながら隣に寄り添って来た。
彼を見上げて笑みを交わしてから再びリリ達と向き合う。
「会えて嬉しい。」
「丁度リリちゃんを探しに行こうとしてたんだよ。」
『気配を追える私と跳び回れるジェハでね。』
「あのままお別れも淋しかったから今夜は一緒に食事でもって。」
「ヨナ…あんたが言ったんじゃない“じゃあ元気で”って!!」
「え?」
「けろっと淋しいとか言わないでっ
“何か問題でも!?”みたいな顔してムカつくのよっ」
「え?」
『ふふっ、姫様が楽しそうで何よりだわ。』
私が微笑むとジェハがすっと頬を撫でた。
不思議に思って彼を見上げると目の前に彼の目を閉じた整った顔があって、唇には他人のぬくもりがあった。
唇を塞がれ私は一瞬驚いたもののすぐに笑って目を閉じた。
「っ!!」
「あら…」
「綺麗ね…」
「公共の場なんだけど…」
リリは息を呑み、アユラとテトラは惚けて、ユンは呆れた。ジェハは暫くすると離れて甘い笑みを零す。
『突然どうしたの?』
「リンのヨナちゃんを見守る表情が優しくて僕の好みだったから我慢出来なくなっちゃった♡」
彼の理由に私もヨナも呆れたように、しかしどこか楽しそうに笑うのだった。
それから私達は手分けしてリリ達が持って来てくれた魚介類を調理していった。
私とジェハで火を起こして魚介類を焼き、ユンは焼うどんを作っていた。
「エビカニハマグリ~」
「リリちゃん達がたくさん差し入れしてくれたからね。」
『美味しそう♪』
「まあ、お上手だこと。」
「豚肉とねぎの焼うどんだよ。」
「ちょっと待って。それなら華醤油を入れてっ!水の部族定番のピリ辛香辛料よ。」
「わかった、ひとっ跳び買ってくるよ。リンは火の番しててね。」
『了解。いってらっしゃい。』
彼は微笑むと私の髪を撫でて跳び上がった。
「こうなると汁物が欲しいですわね。」
「水餃子の汁物は?」
「あらいいわね、アユラ。水の部族名物水餃子作りましょうか。」
「それ美味しそう!教えてっ」
私とユンが水餃子の作り方を教わっているとそこにジェハが帰って来た。
「ただいま。」
『おかえりなさい。』
「は、早かったのね…」
「華醤油だっけ?これであってるかな?」
「えぇ!」
こうして豪華な料理が私達の前に並んだ。シンアとゼノががつがつと食べ始め、私、ヨナ、キジャも目を輝かせた。
「豚肉とねぎのピリ辛うどんうまうま!水餃子とろっとろ~」
「こんなに…労せず美味しい物にありつけるなんて…」
「普段どんな食生活してんのよ…」
『美味しい…!』
「よかったね、リン。」
『ジェハも食べてみる?はい、あーん…』
彼は私が自然に料理を差し出したためパクッと食べたが、後々そのシチュエーションに照れてしまっていた。
私はというと特に考えずにやった為、照れる事も恥ずかしがりもしない。
『どう?』
「美味しいよ。」
―天然はこういう時に僕の方が圧倒されてしまうね…―
ヨナは料理を持ってリリの傍に座っていた。
「リリ、どうしたの?」
「牡蠣やハマグリをこんな風に食べるのは初めてだわ。
ちゃんと味付けして調理されたものしか食べた事ない…」
「美味しいわよね、外で食べるのも。今日はリリと喋れて楽しいし。」
「私と喋って楽しいなんて言うのあんたくらいよ。」
「そお?リリ面白いのに。」
「何よ、それ。」
2人の様子にテトラは酒を片手に笑っていた。
「うふふ、リリ様楽しそう。」
だが、その時隣にいたアユラに酒を盗られそうになる。
「駄目よ、まだ。ここに来るのもやっとだったのに。」
「ケチ、今だけ浸らせてよ。リリ様がとりあえずご無事で、お幸せそうで、なんだか少しご立派になって、そしていい男も居る事だし。」
「浸るのはいいけど溺れないでよ。」
「ハクさま♡どうです、一献?」
テトラが声を掛けたのは離れた場所で静かに食べていたハクだった。
酒を注いでもらいながらハクはすっと目を上げてテトラ越しに私を見た。私は彼の視線を感じて振り返り首を傾げる。
すると彼はテトラに見つからないよう指先で私を呼んだ。
『ジェハ、ちょっとごめんね。』
「どうしたんだい?」
『ハクが呼んでる。』
「行っておいで。」
料理を持ったまま私はハクとテトラに歩み寄っていく。
「生牡蠣はお口に合いまして?」
「ああ、さすが水の部族の魚介だな。」
「風の部族の港町ではここにはないお魚が捕れるそうですね。」
『何が仰りたいのです、テトラさん。』
「リンちゃん…」
『私もお邪魔しても?』
「えぇ、もちろん。」
テトラは私の杯にも酒を注いでくれた。
「それで何が言いたいんだ。」
「別に、行ってみたいと思っただけです。
ただ…その大刀と華やかな装飾の剣に見覚えがありまして。
あれは先王イル陛下がご存命だった頃…緋龍城での武術大会でしたかしら。
雷獣と呼ばれたその方は本当に稲妻の如き力でした。
舞姫と呼ばれた女性も剣舞のように華やかで美しく敵を無駄のない動きで仕留めておられて。私とアユラはそこに居ましたの。」
「…あいつは水の部族の娘らしいな。」
「まあ、こちらの事は筒抜けですの。」
『こう見えても城に居た頃は情報をありったけ頭に叩き込んでいましたからね。
テトラさんやアユラさんの事も最初に会った時からどこかで見掛けた事があると思ってましたし。』
「それに今回だって水の金印のお陰で仙水の兵士達は団結したからな。」
『リリ様がジュンギ将軍のご息女だってすぐにわかりましたよ。』
「…どうする?アン・ジュンギに報告するか…?」
その時雨がぽつぽつと降り始めた。
「雨…?」
ジェハは酒を残念そうに置くと呟いた。
「やれやれ、いい酒だったのに。」
「総員退避!料理を死守!」
ユンの指示で全員が料理を手に天幕内へと運び込む。
私とハクも一度会話を中断し運ぶのを手伝う。
「わわっ、濡れちゃう。」
「リリ、こっちへ。」
「う、うん。」
「ゼノも。」
「僕も♡」
「殿方は全員こちらにいらして。」
テトラはジェハの腕をすっと取り、アユラはゼノの首に巻いている物をそっと掴んで引き留めた。
それからヨナとリリ以外の全員が大きい方の天幕に集まった。ただ大きいとは言えどこの人数が入れば狭い。
「……えーっとなんだこれ。」
身を屈めているジェハは胸元に私を抱いていた。
キジャやシンアは地面に這いつくばり、ゼノは食べている。
ハクは何も言わずにテトラを見た。
「…先程のお話ですけれど。
私はアン・ジュンギ将軍とリリ様に全てを捧げる身…ジュンギ様の利になる事は何でもいたします。
ですが、ジュンギ様とリリ様さえ良ければ良い…なんて馬鹿な事私は思いません。
貴方方は水の部族の恩人。緋龍城のお姫様は従者達に連れ去られ殺されたと聞いておりました。
真実はなかなかに届いて来ぬもの…
きっと様々な苦難がおありだったのだとお察しします。」
―ヨナちゃんのあの静かな眼差しは何も知らない16歳のお姫様のそれでは既になく…―
「ですから、リリ様と私達の大切な貴方方へ…」
アユラとテトラは深々と私達に頭を下げた。
「これからの道中、どうか…どうかお気をつけて。」
もう一方の天幕ではヨナとリリが話していた。
「…あのね、私仙水や四泉に診療所をたくさん作ろうと思ってるの。」
「診療所…」
「そう、ヒヨウ一派を捕らえても町はナダイ患者で溢れているし、彼らを収容する施設が足りないのよ。
患者達からナダイを取り除いて本来の穏やかな水の部族の民に戻してあげたい。それが私の目標なの。」
「うん。」
「それにはお父様の協力がいるのだけど…
あの人は面倒事に蓋をして、私の言う事を聞こうともしないのよ。
あんなんで将軍といえるのかしら。」
「父親って…娘からは何を考えてるかわからないわよね。
でもね、リリ。味方になってあげてね。
いざとなったら味方になってあげてね。
父上を理解出来なくてもリリは父上を独りにしないでね。」
ヨナの切ない横顔にリリは言葉を失った。
「…あの…ヨナ…私は水の部族長の娘だし、その事を黙ってたし。
だからって何の力もないし、あんたからすれば私なんて信用出来ないだろうけど。」
「リリ?」
「聞きたいの、あんたの事を知りたいから。
…あんたは…失踪して殺されたはずの…ヨナ…姫…?」
ヨナは何も言わずに俯いただけだったが、その顔が答えだった。
彼女の様子に涙を流したのはリリの方だった。
自分は無力で苦しくてつらい思いをしてきたヨナに自分が掛けられる言葉がなかったからだ。
「…何を泣くの?」
「…あんたがこれから困った事とか泣きたい事があったら私を呼びなさい。とんで行くから!
任せてよ、今度は私が身体張ってでもあんたを守るから。」
―非力だけどまたあんたを追いかけるから…―
「私の事ちょっとでもいいから覚えてなさいよ!」
「…一緒に戦った戦友を忘れたりしないよ。」
「~~~っ」
―友達だからなんて恥ずかしくて怖くてこっちは言えないのに…―
「ムカつく!」
「え?」
私は天幕越しに彼女達の会話を聞いてジェハの胸にもたれかかると目を閉じた。
「リン?」
『…ジェハ、姫様もいつかこの雨が止むように涙を流さないで済む世界に立てるかしら。』
ジェハは何も言わずに私を強く抱き締めてくれたのだった。
私の閉じた瞳から涙が零れ、その場の全員が私の涙に言葉を失った。
誰かが私の涙をそっと拭い頭を撫でる。目を閉じている私にそれが誰かははっきりわからなかったが、きっと彼が少しだけ泣きそうな顔でそこにいるのだろう。
そっと開いた私の目に映ったのは儚く揺れるハクの瞳だった。
「…おい、本当にそいつらを船に乗せるのか?」
「見縊ってはいけないよ。伝統ある仙水の海女ちゃん達さ。」
「「「「よろしく~♡」」」」
私やジェハの後ろには彼が声を掛けて集めた海女がいた。
「集団見合いなら後にしろよ。」
「やだな、ハク。僕の企みじゃないよ。」
「リリの用心棒って奴が海女を船に乗せろって言ったんだろ。…一体どういう奴だ?」
「んー…何ていうか指示に無駄が無いんだ。あれは命令し慣れてる感じだね。
信頼出来ると思ったのは僕の勘だよ。」
「『…』」
ジェハの言葉にハクは何も言わず、私は彼らの言葉を聞かないようそっぽを向いていた。
そこにリリ達が集めた兵がやってきたようだった。
「あの…貴方達はリリ様のお知り合いですか?」
『え、えぇ。そうですけど…あなた達は?』
「我々は仙水の駐屯兵団です。」
「『えぇっ!?』」
私とユンは別々の意味で驚き声を上げた。
ユンはリリが兵を動かせた事に驚き、私は彼らの格好に驚いたのだ。
リリが水の部族長の娘である事は気付いていたのだから今更兵が動いても私は驚きはしない。
「これよりあの船隊を撃退すべく出航します。
戦闘の際は貴方方の指示に従えとリリ様より仰せ付かりました。」
「リリが!?兵を動かすなんて…」
『それより…』
「お前ら、本当に水の部族の兵士か?」
「あ、これは…」
ハクと私が不思議そうに問うのも当然。
兵達は皆ボロボロの服を着て、ゴロツキのようだったからだ。背負っているのも斧や古びた剣ばかり。
『とりあえず準備は整った。船に乗り込め。』
「「「「「おーー!!」」」」」
私の声に従って商人が用意した船に私達は乗り込んだ。
私達が出航するとこちらに向かって来ていた南戒の貴族カザックの部下が船に気付いたようだった。
「カザック様。」
「何だ。」
「何か…こちらに向かって来る船が…」
「む?何かと思えばたった3隻!人騒がせな。何も知らず沖へ出た漁師か何かだろう。」
「は…そう…ですかね。しかし妙な連中が乗ってます。」
「ふーん…邪魔だったら適当に沈めておけ。」
「あ…あああああのっカザック様!!」
彼が呼ばれて振り返るとそこにはキジャをおぶり、私を抱いたジェハがいた。私達の乗った船から飛び移ったのだ。
ジェハが船に降りた瞬間、私はすっと自分の足で立ってジェハの隣に並ぶ。
「え…何?お前達どこから入って来た?」
「それ以上になぜおんぶ?仲良し?」
「僕ももっと美しく登場したかったよ…」
『文句言わないの。』
「こ、こいつら向こうの船から飛び移って…」
「嘘つけ。」
「カザック様、あれを…」
「ん?」
彼が見たのは船に乗ったハクとシンア、そしてゴロツキにしか見えない水の部族の兵士達。
「あ、あれは兵士でも漁師でもないぞ!?」
「『海賊だよ/よ。』」
私と、キジャを降ろしたジェハがニッと笑った。
「矢を放て!!」
ユンの声が響き火矢の雨が船に降り注ぐ。
それを私、キジャ、ジェハは船の端で見守りながら隣に来たハクやシンアの乗る船へ縄を渡す。そうしていると麻薬人形が次々と現れた。
「キジャ君、この船は任せた。僕とリンは隣の船を沈める。」
「わかった。」
『ジェハ!』
そのときジェハの背後から男が剣を横に振るった為、私は駆け出して剣をさっと抜くと身を屈めたジェハの頭上で剣を振るった。
すると男の剣は弾かれ彼の胸には私の作った深い切り傷が刻まれた。
『手加減はしない…』
「やっぱりかっこいいね、リン。」
『私とヨナの傷の分…お返ししないとね…』
―おっとこれは本気みたいだね…無茶をしないよう見守らなきゃダメかな?―
周囲にいた男達を斬り、冷たい目のまま近くに来た男の首元に私は爪を突き立て息の根を止めた。
『殺したくはないけど、これしか方法はない。』
「そうだね…」
キジャは力の限り縄を引きシンアを船に引き上げた。
そしてキジャは大きな右手を、シンアは剣を振るった。
兵士達から縄が渡されるとキジャはそれを摑んで引っ張って自らがいる船へ兵士を移した。
「しっかり捕まれ――――いっ!」
兵も加わって闘いが激しくなる。
「そこだ。人形達よ、奴らを殺せ!!」
「ラマル隊長っ」
「うわあぁああ」
ラマルが男に襲われそうになったところにハクが飛び出して来た。
大刀が男を襲いハクはラマルを見てふっと笑う。
「あ…ありがとうございます。」
「似合ってねェな。その扮装だよ。
水の部族の兵はジュンギ将軍の教育のせいかお行儀の良い奴が多いからな。」
「はぁ…ですよね。ゴロツキのフリはどうも難しいです。」
「これもリリの用心棒が考えた策か。」
「はい。水の部族が軍を動かしたとなると南戒に戦の大義名分を与えてしまうからと。
とりあえず今回は賊を装い追い返すだけで良いとの事です。しかし貴方方は一体…」
ラマルの前には私達が人間業とは思えない様子で闘っていた。
「ああ、あいつらはちょっと変わった芸風だとでも思ってくれ。」
「芸風…ですか?あれ…
正直これだけの戦力では無理だと思ってましたが、リリ様達のお言葉を信じて良かった。」
「へぇ…赤い髪の女がそう言ったのか?」
「いえ、リリ様の用心棒の方が。あちらには雷獣と舞姫がいるから負けない…と。」
「…何だと?」
「見て下さい、船が爆発した…!」
『あら…』
「海女ちゃん達お見事。」
頭に爆弾を乗せた海女達がユンが待機している船から敵の船底に泳いで行って爆破させたらしい。
「爆薬全部設置したよ。」
「ご苦労様、上がって。」
海女をユンは呼び船に上げた。それを見送って私とジェハはハクを呼んだ。
彼はリリの用心棒…すなわちスウォンが言った言葉を不思議に思っているようだった。
『ハク!』
「ぼーっとしてないでこっち手伝ってくれないかな?」
「ああ。」
縄を摑んでこちらの船に飛び移って来たハクは大刀を振り回した。
―雷獣と舞姫がいるから、だと…?―
ハクが何かを考えているのを私は微かに感じつつも目の前の敵を斬る事に専念するのだった。
南戒からの船が襲われている事はヒヨウの耳にも届いた。
「沖の様子が変なんだけどぉ…」
「申し上げますっ只今カザック様達の船隊は襲撃を受けている模様…っ」
「襲撃ぃ!?何それ、誰に!?」
「わ、わかりません…」
「え…え…え―――…」
「それとも一つご報告が…」
「え―――っ」
「赤い髪の女が再び現れました…」
「ふーん…どこに?」
「報告によると港に…いつもの化物達の姿は見当たらないようです。」
「港…ああ、そうか…まさかまた!あの女が!!私の邪魔をしたの!!!!??
あああ、あの女やっぱり早く殺さなきゃ。でもすぐには殺らない。耳を削いで鼻を削いで胸と股の肉を削いで寸刻みにしてやる!!
早く呼んで…他の町の人形達を…あの女さえ殺せれば…!」
その頃、ヨナはスウォン達と共に港から闘いの様子を見つめていた。
「本当にあれだけの兵力で船隊を沈めてしまうとは…
あそこにはやはり雷獣と舞姫が…」
部下の言葉にチラッとジュドが振り返り、部下は急いで口を閉じた。
「…さて、ヒヨウさんは海を眺めている頃ですね。」
私達の闘いを眺めていたヨナは体調が優れず少し息を乱していた。
それに気付いたゼノが自分の背中に乗って休むよう促す。
「娘さん、まだ完治してないでしょ。ゼノがおんぶしてあげる。こう見えてゼノ頑丈だから。」
「ヨナ、あの時の傷がまだ…」
「大丈夫。リンの方が酷い怪我してるのにあそこで闘ってるんだから。」
「…何か?」
「あのね、ヨナはヒヨウに斬られた腕の傷がまだ癒えてないの。
リンも私達を庇って背中と左肩に深い傷があるわ。
ねえ、ウォン。あんた腕は結構立つでしょう?私は元気だからヨナの護衛をしてくれない?」
「え…」
「リリ!!」
ヨナが鋭くリリを呼んだ。
「本当に大丈夫だから。」
「駄目よ、あんたはすぐそうやって無茶するんだから。」
「娘さ…」
ヨナを呼ぼうとしたゼノが嫌な気配を感じて振り返った。
するとそこには建物の上からヨナ達を矢で狙う男達がいた。
「伏せろ!!矢が来るぞ!!」
ゼノはヨナを庇うように立つと叫び、その場の全員が戦闘態勢に入った。
スウォンはゼノとヨナの前に立ち、振って来る矢はジュドが剣で薙ぎ払った。敵の狙いはヨナ。
背後からも敵襲があり、ヨナは飛んで来て地面に刺さった矢を抜き射返そうとした。
だがその手はスウォンによって止められる。
「やめなさい。頭をぶち抜かれますよ。」
「放して。」
「それにこの矢…やはり毒矢です。
矢尻に触れない方がいい。下がっていなさい。」
「…っ」
「娘さん、兄ちゃんの言う通りだ。下手に動いちゃダメ。」
「ムアさん、ギョクさん。リリ様達を頼みます。」
「「はっ」」
「ジュドさんは後方を私は前方をやります。」
「はっ」
無駄のない指示の後、スウォンとジュドはそれぞれの方向へ走って行った。
それを見送ってゼノはヨナの頭を撫でてやる。
「…なあにゼノ。」
「あの兄ちゃんといると娘さんはちょっと冷静じゃないから。
兄ちゃんがさっき弓を止めたのは娘さんの傷を気にしたんだよ。」
「…ありえないわ。」
「んーと、ゼノが言いたいのはね。今娘さんの敵は一人ってこと。
娘さんは賢い。娘さんが動くべきとちゃんと判断したならゼノも手伝うよ。」
スウォンは建物の男達を次々と斬り、背後から飛んで来た矢を躱した。
その矢を射った男はヨナの矢によって倒れる。
ゼノの守護のもと次々と射貫いていくヨナを見つけたジュドは彼女に声を掛ける。
「…あまり動かないで頂きたい。」
「…私は私の判断で行く。狙われているのは私…あなたこそ私に近寄らない方がいい。」
ジュドはヨナの横顔を見て昔の幼く純粋な彼女とのやり取りを思い出していた。
―貴女の死を望んだ事など一度もない…どこか遠く俺の目の届かぬ場所で生きのびていてくれたらと思っていた…―
その時彼らの目の前に大きな男がふらっと立った。
そこでジュドは静かに愛用している2つの剣を構えた。
―動揺するな。スウォン様を主君と決めた俺がこの方への情など残していいはずがない!!―
敵が全て倒れると町の人々が海で起きている戦闘を見つけて集まって来た。
「沖の変化にさすがの住民も騒ぎ出しましたね。」
「早くヒヨウを見つけないと。」
「戒からの船隊を見るにヒヨウさんは部下の大半を失っているはずです。
なのになけなしの戦力をここにぶつけて来た…」
スウォンがそう考え、ヨナが疲れでふらついていると恐ろしい殺気を感じた。
彼女はその殺気にはっとして頭を働かせる。
「忘れない…あんたの顔忘れない…」
「娘さん!」
殺気の方角に真っ先に気付いたのはゼノだった。
こちらへ剣を向けて走って来るヒヨウからヨナを守るようにゼノは立ち、ヨナは彼の背中にしがみついた。
ゼノが刺されると思いヨナは強く目を閉じた。だが、舞った血はゼノのものではなかった。
そこにいたのはヒヨウの剣を左腕に受けて恐ろしい程暗い表情をして立つハクだったのだ。
戦闘を終えて私、ハク、キジャ、シンア、ジェハ、ユンは港からヨナ達の所へ急いでいた。
ハクだけは嫌な予感がして私達より前を走っていたのだ。
―ごめん、ヨナ…隠し通せそうにないわ…―
スウォンの存在は必然的に彼にも知られてしまうだろう。
「…リン、ユン君。僕に乗って。」
『ジェハ…』
「早く行きたいだろう?」
『…ありがとう。』
ユンを背中におぶり私は彼に前から抱き着くとヨナ達のもとへ急いだ。
キジャとシンアは必死に走っている。
私は意識を集中して騒ぎの中に仲間達の声を聞く。
『ハクっ…!!』
「どうしたんだい…」
『ハクが刺された…!』
「っ!…少し速度を上げるよ。傷に響いたらごめん。」
『気にしないで…行って。』
ヒヨウはハクに剣を止められてそれを抜きヨナに向かおうとした。
だが刺さった剣はまったく動きそうにない。
ハクは腕から大量の血を流しながらヒヨウを力の限り殴り飛ばした。
ヒヨウはその一撃で血を流しながら戦闘不能となった。
『ジェハ、あそこ!』
「了解。」
私は着地出来る高さになるとジェハの身体から離れてヨナに駆け寄った。
ハクは刺さった剣を無表情で抜く。それによって地面に血溜まりが出来ても気に留めない。
「ス…ウォン…」
ハクは城を出た時の事を思い出し怒りに震えながらスウォンへと真っ直ぐ歩き出す。
彼を止めるべくスウォンの前に部下2人が立った。
「ま、待て。止まれ。それ以上進むのは許さん!」
それでも止まらないハクに剣を振るうが彼は簡単にそれを避けて殴り飛ばした。
別の部下の剣はその手ごと片手で受け止めて力を入れた事で部下の手の骨が砕けた。
「うわぁあああああ」
『ハク…ダメ、ハク!!!』
彼のもとへ駆け出そうとするとジュドがハクの胸を横一文字に斬った。
『っ!!?』
「ハク!!」
ハクはそれでも倒れず憎しみだけを浮かべた表情でジュドを蹴り飛ばす。
すると地面に倒れたジュドは口から血を吐いた。
『イヤ…ハク…』
「…行くよ、リン。」
いつの間にか私の隣にいたジェハが私の肩を叩いた。
私は怯えて震えていた身体を抑え込み頷くとジェハと共にハクのもとへ急いだ。
ハクはスウォンに向けて手を伸ばしていた。それをジェハがぐっと掴んで止める。
「…どけ。」
「…彼らと知り合いかい?何か理由があるのかもしれないが、彼らはリリちゃんの用心棒だ。
今回の闘いにも協力して味方になってくれたんだよ。」
「味方…味方だと…?」
『ハク…もうやめて…』
ジェハはハクから感じる殺気に身じろいだ。
―なんて殺気だ…本気で彼を殺そうとしている…!?―
「とにかく手を下ろすんだ。君も血を流しすぎてる、早く処置しないと。」
「放せ。」
「ハクが落ちついたら放すよ。」
「はなせェ!!」
ハクは怒りに任せてジェハまでも蹴り飛ばした。
『いやぁああああ!!』
私はジェハに駆け寄って泣きそうな顔で彼を支える。
「…何て顔してんだ、ハク。」
『ハクを…助けて…』
「そうだね…まいったな…放っておけない。」
『ジェハ…?』
「…ちょっと蹴るけど許してね。」
ジェハは私から離れるとハクの顔を右足で蹴った。
私は仲間同士のやりあいにぎゅっと目を閉じるが、恐れている場合ではないと思って自分の頬を叩いた。
―逃げちゃダメ…止めなきゃ。―
ハクは蹴られても倒れなかった。
「気絶してはくれないか。」
『ジュド将軍!』
「っ…」
『まだ動けるでしょう。』
「リン…」
『ハクは私達が力ずくで押さえるから…』
「その間に行くんだ。」
ハクの拳をジェハは右脚でどうにか受け止めていた。
今のハクの拳をジェハが生身で受ければ大怪我をするだろう。
「キジャ君、力を貸して!!」
「しかし、これは…」
「このままではハクが危ない!」
「陛下…っ」
「…リンはあの坊ちゃんをどうにかしておいで。」
『…うん。』
私はハクを見て立ち尽くしているスウォンに駆け寄ると力の限り彼の頬を平手打ちした。
乾いた音が響きスウォンがはっとしながら私を見る。
『スウォン!!!!!』
「リン…」
『死にたくなければ今すぐここを立ち去れ。』
「…」
『去れ!!!!!!』
スウォンが一瞬俯いてからジュドや部下達と去ったのを見て私は静かにハクに歩み寄った。すると彼は私の胸倉を掴んだ。
「どうしてだ、リン!!!何故逃がした!!?あいつは…
お前が一番わかってるだろォォオオオ!!!!」
『わかってる…わかってるよ、ハク…
あいつの事より私にとってはハクの方が大切だから…
あなたに生きて欲しいから…だから今は…』
「はなせ…はなせェェエエエ!!」
ハクは私の胸倉を離すとその手を離れていくスウォンに向ける。
私は彼を止める為に正面から抱き着いた。
彼の両側には必死に止めるキジャとジェハがいる。
『ハク…もういいの、ハク…』
「あいつは…あいつだけは!!!!」
そんな怒り狂うハクの血で汚れた手にヨナがそっと触れた。
「ハク、大丈夫。私は大丈夫だから。」
その一言でハクはすぅっと落ち着き目を見開いたまま動きを止めたのだった。
私達は逃げるようにその場を後にした。
気を失いそうなハクをキジャが抱えて、ヨナはジェハに背負われて町の外れで野宿をするべく駆け出した。私はユンの手を引いて走っていた。
「リン…」
『…大丈夫だよ、ユン。』
ユンの私の手を握る力が強くなった。その優しさに私の目から一筋だけ涙が伝った。
天幕を張ると中にハクを寝かせ私とユンで急いで手当をした。
『腕の傷…』
「結構深いね…」
『ハク…』
「…俺達にもちゃんと説明してくれる?」
『そうね…もう話さないとダメだね…』
私は眠ったハクの頬を優しく撫でた。
『…キジャとジェハの手当もしてくるわ。』
「うん。」
『ハクのこと、お願い。』
「任せてよ。」
私はキジャとジェハのもとへ駆けて行って傷口を拭くと薬を塗った。
するとその手をジェハが握って私を抱き寄せてくれた。
『ジェハ…?』
「もう抱え込まなくていい。今だけでも素直になりな。」
『っ…』
その優しい言葉で堰き止めていた私の涙が次々と滝のように零れていった。
『うっ…』
「我慢しなくてよい。」
「全て吐き出してしまえばいいんだよ、リン。」
私は声を上げて泣き、ジェハは強く抱き締め、キジャは頭を撫でてくれたのだった。
ハクも眠ったその晩、ヨナはハクに寄り添って天幕の中にいた。
『…姫様。』
「リン…」
『もう仲間達に話しても構いませんか。』
「…スウォンの事?」
『…はい。』
「うん、伝えないと駄目だね。」
『…私の口から皆には話します。姫様はハクの傍にいてあげてください。』
「リン…」
『これくらいさせてくださいよ、ヨナ。』
「ありがとう。」
彼女が眠ったのを確認して私は天幕から出ると仲間達を呼んだ。
『みんな…昔話に付き合ってくれる?』
私が微笑むとキジャ、シンア、ジェハ、ゼノ、そしてユンは真剣な表情で頷いて火を囲むように座ってくれた。
私の隣にはジェハが寄り添ってくれる。それだけで大きな支えになるのだから不思議だ。
『現王スウォン…彼はイル陛下の兄ユホンの息子。』
「それって…」
『ヨナの従兄なのよ。』
「「「「「っ…」」」」」
『姫様に会いに城に行けば同い年の私、ハク、スウォンは共に遊ぶ事も多かった。
彼は私やハクを目標としているって言ってくれた事だってある。
私とハクは彼が姫様と結ばれて国を治め、その傍らでずっと守っていけたら…そう願っていた。』
「それほどあの男を信頼していたという事か。」
『うん…』
キジャの言葉に私は頷き少しだけ俯いた。
『昔から人に指示を出すのが上手な人だった。
姫様を連れて4人で城下町に出た時、姫様が人攫いに合ったの。
それを町の裏組織を操り、指示を出して、情報を手にし姫様の居所を突き止めたのは他でもなくスウォン…
まるで彼を中心に町が回っているようだった。』
「「「「「…」」」」」
懐かしい思い出も今では苦痛でしかない。
私はそれから城を追い出された日の事を細かく説明した。
私はイル陛下の命で別の所にいて、駆け付けるのが遅くなった事、
スウォンがイル陛下を殺しヨナにまで矛先を向けた事、
ヨナをハクが助け、私も駆け付けてどうにか逃げ切った事、
友のミンスは私達を逃がす為犠牲となった事…
「そんないきさつがあったとはね…」
『あの時の姫様は見てられなかった…
唯一の肉親を失い、愛しい相手に裏切られたのだから。』
「それはリンやハクも同じだろう?」
『え?』
「忠誠を誓った王を失い、守り切れなかったと嘆き、信頼していた友に裏切られたのだから。」
『キジャ…』
「あの男の目的は何なのだ。」
『わからない。でも何かをやり遂げなければならないと言ってた。
イル陛下を殺してまでやり遂げる事なんてあるのか私には理解出来ない。
でもだからと言って昔心の底から信頼していた友をすぐに憎み殺そうと思える程、私は強くなくて思い出を捨てる事なんて出来なくて…』
私が俯くとジェハは優しく私の頭を撫でてくれた。
「…話してくれてありがとう、リン。」
「やっと聞かせてくれて嬉しいよ。」
「うん…」
「姫様の想いとハクの思い…どちらも理解しているのだから最もつらいのはリンであろう。」
「お嬢、もう抱えこまなくていいから~」
『うん…ありがとう、みんな。』
それから数日後、リリは海を眺めて立っていた。
「ラマル、町の様子はどう?」
「仙水にいるヒヨウの残党は今回の闘いで大方捕まえましたが、ナダイの被害は水の部族の各地に及んでおります。」
リリの後ろには膝をついて頭を下げるラマルがいた。
「依存症患者を更生させる施設は少なく、逆に患者は次々に見つかっている現状で…」
「ナダイを完全に消すにはかなりの時間と設備が必要なようね。」
南戒の船団を沈めて数日後、仙水ではナダイの回収及びヒヨウの残党の取り締まりに追われていた。
「しかし、今でも信じられません。
この地で誰も逆らう事が出来なかった南戒の船を沈め、あの闇商人ヒヨウも…一網打尽にするなんて…
それなのにヒヨウを討った人物も、船を沈めた英雄達もあれから姿を見せないとは。
リリ様はご存知なのでしょう?彼らが何者か、何処にいるのか。」
「…私は知らないわ。それよりナダイの被害者を一刻も早く保護して。」
「はっ」
―あの日…ヨナ達に私は口を挟む隙さえ無かった…
私の用心棒達は姿を消し、去り際にジュドがウォンを陛下と呼んでいた。
リンもスウォンと呼んでいた…あれがスウォン陛下…ではあの子は?
水の部族に手を差しのべてくれた赤い髪のあの子は…―
リリはそんな事を考えながら食料を抱えると私達がいる所に顔を出した。
私は料理をしていてリリを迎えたのはヨナ、ユン、シンア、ゼノの4人だった。
「リリ!来てくれたの。」
「もう…ヒヨウはいないんだし、わざわざこんな町外れで寝泊まりしなくても。」
「町には兵士がいるし、騒がれると困るから。」
「仕方ないわね、はい食料。」
「ありがとう、リリ。それでね、私達…」
「あ、ごめん私町でやる事が山積みなの。」
「え…」
「そのうちまた顔出すから!」
「う、うん…」
慌ただしく去って行くリリを彼らは見送る事しかできない。
「…言いそびれちゃった、明後日ここを発つって。」
「でもリリって水の部族長の娘なんでしょ?
あんまり関わらない方がいいんじゃないかな。
ただでさえ今回の事であの…リリの用心棒だった人達の正体も知ったと思うし。
…まぁ、俺らも初めて知ったんだけど。」
「黙っていてごめんね。でもリリは大丈夫。一緒に闘ってきたもの。わかるの。」
「そっか、じゃあ食事にしようか。」
『…そろそろできますよ。』
「…ねぇ、ユン。ハクの怪我はどう…?」
「腕の傷が少し深いけど任せて、完治させてみせるから。」
ユンの頼もしい言葉にヨナはふわっと微笑んだのだった。
キジャはハクの料理を持つと天幕の中に入る。
「ハク…食事だ。」
「…ああ。」
包帯を巻かれたハクがゆっくり身体を起こすと静かに食事を口にし始めた。
「…何?」
「腕が不自由であろう。食べさせてやろうか。」
「いらねーよ、つかここまで持って来なくて良いって。」
「うむ、次はそうしよう。」
ハクはキジャの頬の傷を見てはっとした。彼は自分の頬を押さえながら何事もなかったかのように言う。
「ああ…これは蚊に刺された。痒くてかなわん。」
その傷はハクが暴れていた時殴ったもの。
キジャは何も言わずくるっとハクに背中を向けると天幕から出た。
「キジャ君、ほら君の分。」
ジェハが料理の入った器を手にキジャに声を掛けたが、曇った表情にジェハはきょとんとした。彼の隣にいた私もキジャの様子に首を傾げる。
「…ハクに次はもう止めないと言おうと思ったのだ。結局何も言わなかったが。」
「あの男が先王イルを殺したスウォンだったとは…」
ジェハはスウォンの顔を思い浮かべ、私とハクの寂しい殺気を思い出した。
―彼が…阿波で感じたハクとリンの哀しい殺気の相手か…―
「ハクの様子が尋常じゃなかったから何かあるとは思ったけど…
僕は余計に引っかき回してしまったかな。」
「そなたが守ろうとしたものもわかっている。」
キジャの言葉にジェハは切なげに微笑み、私は彼の手をそっと握った。
その晩、私はそっとハクのいる天幕を捲り顔を覗かせた。
『…少しいいかしら。』
「リン…入れよ。」
彼は身を起こすと私を招き入れた。私は彼の傍らに腰を下ろして口を開いた。
『…皆に私達とスウォンの事を話したわ。』
「…そうか。」
『もう隠している事なんて出来なかったから。』
「あいつに会ったんだ、もう隠す必要もねぇだろ。」
彼のそっけない態度に私はまた寂しくなった。
彼はいつも自分の事を後回しにして全て一人で抱え込む。
つらい事も抱え込んで一人で悩んで、その感情を全く顔に出さない。
「そんな顔すんなって。」
『だって…』
「…あの時止めてくれた事には感謝してる。」
『…嘘。』
「はぁ?」
『嘘吐かないで。どうして止めたんだ、って顔してる。』
「…」
『どれだけ一緒にいると思ってるの…』
「…すまない。」
私はハクの大きな手を両手で包み込んだ。
『私はね、ハク。あなたに憎しみだけで生きて欲しくないの。
過去に捕らわれないで今を生きて欲しいのよ…』
「リン…」
『簡単な事ではない…そんな事わかってるわ。
私だって過去の思い出に囚われているからあいつを憎く思う気持ちがあってもハクみたいに素直に殺そうなんて思えない。私が弱い証拠でもあるけどね…』
「…」
『でも…ヨナに少しでも危険が及ぶならばあいつを殺す事に躊躇いはない。それだけは命に懸けて誓える。』
「当たり前だ。」
『ハク…いくら憎い相手が目の前にいても自分を見失わないで。
私に…仲間に頼って?一人で抱え込まないで。』
「リン…」
『そんなに頼りないかな…?』
「そんな事はない。ただお前も苦しいだろ。」
『お互い様でしょ。』
「ふっ…そうだな。」
『私にとってヨナだけではなくてハクも大切なんだから…無茶して死に急ぐような事しないでよね。』
「ああ…悪かった。」
彼は小さく微笑むと私の頭を撫でて、そのまま頭を自分の胸に抱き寄せた。私は驚きながらもされるがまま。
『ハク…?』
「俺はお前がいるからここまで来れた。」
『…突然どうしたの?』
「俺には憎しみしかない。イル陛下を殺し、姫さんを苦しめたあいつの事を許せない。
でもお前が姫さんの気持ちも酌んで、自分の中にある思い出とも向き合ってるから俺は今まで抑えてこれたんだろう…
姫さんの事も気に留めず俺は暴走した…
お前がいたから俺は姫さんの気持ちを無視したまま暴走せずに済んだ…」
『…私と姫様はスウォンのやろうとしている事を知りたいの。』
「やろうとしている事…?」
『イル陛下を殺してまでやり遂げようとしている事…
その手段が正しいとは思えないし理解も出来ないけど、何も知らずにいるのは愚かだわ。』
「そうだな。」
『ハク…あなたはあなたのままでいい。
暴走しそうになったら私は意地でも止めてやる。きっと姫様だって。それでもちょっとは頼りなさいな。』
「そうさせてもらう…」
ハクは自分の気持ちを落ち着かせる為にも私を強く抱き締めた。
「…ありがとな、傍にいてくれて。」
『うん…』
私は彼の胸に顔を埋めて大きな背中に手を回して微笑んだ。
『だって私はハクの相棒だもの。』
「あぁ…最高の相棒だ。」
私の言葉にハクも誇らしげに笑ったのだった。
日が沈むとヨナは焚火の為の薪を集めていた。そこにハクがゆっくり近付いて来る。
「ハク…」
「もう暗くなります。天幕に戻って下さい。」
「うん。」
2人で並んで歩いているとヨナはふとハクの狂ったようにスウォンに向かっていっていた様子を思い出して暗い表情になった。
「あ…」
するとハクはひょいっとヨナの手から薪を取る。だが、それはすぐにヨナに奪い取られる。
「ダメ!腕の怪我、まだ全然治ってないんだから。」
「問題ありませんよ、これしき。」
結局薪はハクが右手で抱え、左手をヨナはぎゅっと握った。
「ほら、握力がない。」
ハクは繋がれた手を見て左手に力をぐっと込めた。それによってヨナの顔が痛みに引き攣る。
「痛い!!嘘でしょ。あんな怪我負ったのにどんな筋肉してるの!?」
ヨナの言葉にハクは無邪気に心から笑みを零した。
それを見てヨナは嬉しくてほっとしたように足を止めた。
―あ…ハクが笑った…―
「…姫さん?」
「あ…あれ…あれ?あれ…?」
ヨナの目から涙がポロポロと流れ始めた。
―ハクが…笑ってくれたぁ…―
「ち、違うの。何かホッとして…
嫌だな…ハクには…弱い所ばかり…見せて…」
ハクは何も言わずにすっとヨナに歩み寄ると彼女の頭を自分の胸に抱き寄せた。
「…何も見ていませんよ。」
―この人は…こんなになっても私を気遣ってしまう…―
ヨナは泣きながらハクに抱き着いて大きな背中に手を回した。
これにはハクも驚いたようで彼女を支えながらも目を丸くしていた。
―どうか…どうか神様、ハクの傷をとりのぞいて下さい…―
私はというとユンと共に夕飯を用意しながらもヨナとハクの気配を感じて笑みを零していた。
「リン?傷痛む?」
『ううん、大丈夫よ。』
「何か良い事でもあったのかな?」
私はジェハの言葉に微笑みながら暗くなってきていた空を見上げた。
『姫様とハクが心から笑える日が来ますように…』
その頃、スウォン達は漸く緋龍城に到着していた。彼らを迎えたのは鷹のグルファン。
「ただいまグルファン。」
「お帰りなさいませ、スウォン陛下。」
「ケイシュク参謀…」
「水の部族の偵察のみとのお話でしたが随分“お早い”お戻りでしたね。」
完全にケイシュクの言葉は皮肉だ。
「もう今後一切お忍びの偵察は止めて頂きたいもの…」
その時、ケイシュクはボロボロになっているスウォンの部下達に気付いた。
「…何かあったのですか?」
「あ…水の部族の抗争に巻き込まれてしまい…ムアさんとギョクさんが負傷を。」
「何と…陛下はご無事ですか!?」
「はい、私は何事も無く。すみませんが医務官を呼んで下さい。2人を早く治療しなくては。」
「ですから護衛をもっと付けるべきだと申し上げたのに…!!」
そう言いながらケイシュクは城に戻って医務官の手配を始めた。
彼を見送るとスウォンはジュドに声を掛けた。
「ジュド将軍、あなたも早く。かなり負傷しているはずです。」
「…何故…何故あの時動かなかった…?
あの時あなたは凍りついたように動かなかった。」
あの時とはハクがスウォンを襲おうと手を伸ばした時の事。
「何故だ!!何故剣を抜かなかった!?
ああいう時は剣を抜いて下さい!!それとも何か!?
今更情に呑まれあの男に命を捧げるおつもりだったのか!?
彼女がいなかったら今頃死んでいた…」
ジュドが言う彼女とは私の事。スウォンを逃がしたのは他ならぬ私なのだから。
「五部族をまとめ上げ他国の侵入からこの国を守らねばならぬこの時に!!
あなたには全てを捨てる覚悟があった。その覚悟を信じて俺はあなたを選んだ。
死ぬのならば全てを成し遂げて死んで下さい!!」
「……命を捨てても良いと…思った事などありません。
すみません、あの時はなぜだか…身体が動かなくて…
彼女に頬を叩かれるまで身体は重いままで…
次は斬ります…ケイシュク参謀を呼んで下さい。」
「はっ…」
「各部族長に伝令を。五部族会議を執り行います。」
「はっ」
歩き出したスウォンの背中を見てジュドは振り返ると仕事に移った。
「グルファン、遊んでおいで。」
空を舞っていったグルファンを見てスウォンの脳裏に蘇ったのは私、ヨナ、ハク、そして自分の4人で見上げた美しい光景だった。
リリが食材を届けてくれた翌日、彼女は再び私達の所に来た。
「え、明日には発つ?」
「うん。ヒヨウとの戦いは決着したし兵も増えてきたから。」
「そ、そう…実は私もそろそろ水呼に帰るのよね―っ」
「あ、そうよね。じゃあリリ、元気で。」
「あんたもね。」
ヨナのもとから立ち去ったリリは駐屯地兵舎に到着すると突っ伏した。
「リリ様?如何なされました?」
「どうしたんだ、リリ様。」
「ナダイの件で走りまわってお疲れなのでは?」
「リリ様?」
―あの子…あっさり言ってくれちゃって…わかってたけど…―
「明日か…もうこれっきりなのかしらね…」
「もしや男…っ」
「男にフラれたとか…っ」
「そこの!落とされたいの首を!!」
「すみませんっ!」
「うふふ…いけませんよ、リリ様。貴女様が簡単にそんな事言っちゃ。」
「洒落になりません。」
「テトラ!アユラ!」
そこにやって来たのは笑顔のテトラとアユラだった。2人の美貌に兵士達は頬を染めている。
「どうしてここに…っ」
「連絡を受けましたの。リリ様がここに滞在されていると。」
「だとしてもっテトラ!あんたは安静にしてなきゃ駄目じゃないっ」
「リリ様、ご無礼を。」
テトラはすっと右手を振り上げた。平手打ちを受けると思ったリリはぎゅっと目を閉じたが、テトラの右手が触れたのはリリの頬だった。
リリが不思議に思って目を開くと視界いっぱいにテトラの泣き顔が見えた。
彼女はリリを強く抱き締め、その様子をアユラは優しく微笑んで見守っていた。
「リリ様のバカっ…どうしてこんな危険な事をっ…心配…かけないで下さいまし。」
「…あんた達になら叩かれても良かったのに。ごめん、テトラ、アユラ。」
3人は魚介類を大量に差し入れとして抱えると私達のもとへと歩き出した。
「それで?フラれたんですの、ヨナちゃんに。」
「何の話よ。明日ここを発つって言ってたのよ。」
「フラれたんですね。」
「あのね…いいのよ、もうさよならしちゃったし。」
「駄目ですよ、そんな自己完結しちゃ。後悔したいんですか?」
「…テトラ、身体はいいの?」
「うふふ、当然です。それよりも後でリリ様の仙水での武勇伝を聞かせて下さいまし。」
「ないわよ、そんなの…」
リリはジュンギがどうしているか訊きたかったがそんな勇気はまだなかった。
そう話しているうちに回復したハクを囲んでいた私達の姿が見えてくる。
「リリ!」
『アユラさんとテトラさんも!!』
「お久しぶりです、皆様。リリ様が大変お世話になって。」
2人は私達に深々と頭を下げた。すぐに頭を上げさせて私達は苦笑するばかり。
そうしていると私の肩をジェハが抱きながら隣に寄り添って来た。
彼を見上げて笑みを交わしてから再びリリ達と向き合う。
「会えて嬉しい。」
「丁度リリちゃんを探しに行こうとしてたんだよ。」
『気配を追える私と跳び回れるジェハでね。』
「あのままお別れも淋しかったから今夜は一緒に食事でもって。」
「ヨナ…あんたが言ったんじゃない“じゃあ元気で”って!!」
「え?」
「けろっと淋しいとか言わないでっ
“何か問題でも!?”みたいな顔してムカつくのよっ」
「え?」
『ふふっ、姫様が楽しそうで何よりだわ。』
私が微笑むとジェハがすっと頬を撫でた。
不思議に思って彼を見上げると目の前に彼の目を閉じた整った顔があって、唇には他人のぬくもりがあった。
唇を塞がれ私は一瞬驚いたもののすぐに笑って目を閉じた。
「っ!!」
「あら…」
「綺麗ね…」
「公共の場なんだけど…」
リリは息を呑み、アユラとテトラは惚けて、ユンは呆れた。ジェハは暫くすると離れて甘い笑みを零す。
『突然どうしたの?』
「リンのヨナちゃんを見守る表情が優しくて僕の好みだったから我慢出来なくなっちゃった♡」
彼の理由に私もヨナも呆れたように、しかしどこか楽しそうに笑うのだった。
それから私達は手分けしてリリ達が持って来てくれた魚介類を調理していった。
私とジェハで火を起こして魚介類を焼き、ユンは焼うどんを作っていた。
「エビカニハマグリ~」
「リリちゃん達がたくさん差し入れしてくれたからね。」
『美味しそう♪』
「まあ、お上手だこと。」
「豚肉とねぎの焼うどんだよ。」
「ちょっと待って。それなら華醤油を入れてっ!水の部族定番のピリ辛香辛料よ。」
「わかった、ひとっ跳び買ってくるよ。リンは火の番しててね。」
『了解。いってらっしゃい。』
彼は微笑むと私の髪を撫でて跳び上がった。
「こうなると汁物が欲しいですわね。」
「水餃子の汁物は?」
「あらいいわね、アユラ。水の部族名物水餃子作りましょうか。」
「それ美味しそう!教えてっ」
私とユンが水餃子の作り方を教わっているとそこにジェハが帰って来た。
「ただいま。」
『おかえりなさい。』
「は、早かったのね…」
「華醤油だっけ?これであってるかな?」
「えぇ!」
こうして豪華な料理が私達の前に並んだ。シンアとゼノががつがつと食べ始め、私、ヨナ、キジャも目を輝かせた。
「豚肉とねぎのピリ辛うどんうまうま!水餃子とろっとろ~」
「こんなに…労せず美味しい物にありつけるなんて…」
「普段どんな食生活してんのよ…」
『美味しい…!』
「よかったね、リン。」
『ジェハも食べてみる?はい、あーん…』
彼は私が自然に料理を差し出したためパクッと食べたが、後々そのシチュエーションに照れてしまっていた。
私はというと特に考えずにやった為、照れる事も恥ずかしがりもしない。
『どう?』
「美味しいよ。」
―天然はこういう時に僕の方が圧倒されてしまうね…―
ヨナは料理を持ってリリの傍に座っていた。
「リリ、どうしたの?」
「牡蠣やハマグリをこんな風に食べるのは初めてだわ。
ちゃんと味付けして調理されたものしか食べた事ない…」
「美味しいわよね、外で食べるのも。今日はリリと喋れて楽しいし。」
「私と喋って楽しいなんて言うのあんたくらいよ。」
「そお?リリ面白いのに。」
「何よ、それ。」
2人の様子にテトラは酒を片手に笑っていた。
「うふふ、リリ様楽しそう。」
だが、その時隣にいたアユラに酒を盗られそうになる。
「駄目よ、まだ。ここに来るのもやっとだったのに。」
「ケチ、今だけ浸らせてよ。リリ様がとりあえずご無事で、お幸せそうで、なんだか少しご立派になって、そしていい男も居る事だし。」
「浸るのはいいけど溺れないでよ。」
「ハクさま♡どうです、一献?」
テトラが声を掛けたのは離れた場所で静かに食べていたハクだった。
酒を注いでもらいながらハクはすっと目を上げてテトラ越しに私を見た。私は彼の視線を感じて振り返り首を傾げる。
すると彼はテトラに見つからないよう指先で私を呼んだ。
『ジェハ、ちょっとごめんね。』
「どうしたんだい?」
『ハクが呼んでる。』
「行っておいで。」
料理を持ったまま私はハクとテトラに歩み寄っていく。
「生牡蠣はお口に合いまして?」
「ああ、さすが水の部族の魚介だな。」
「風の部族の港町ではここにはないお魚が捕れるそうですね。」
『何が仰りたいのです、テトラさん。』
「リンちゃん…」
『私もお邪魔しても?』
「えぇ、もちろん。」
テトラは私の杯にも酒を注いでくれた。
「それで何が言いたいんだ。」
「別に、行ってみたいと思っただけです。
ただ…その大刀と華やかな装飾の剣に見覚えがありまして。
あれは先王イル陛下がご存命だった頃…緋龍城での武術大会でしたかしら。
雷獣と呼ばれたその方は本当に稲妻の如き力でした。
舞姫と呼ばれた女性も剣舞のように華やかで美しく敵を無駄のない動きで仕留めておられて。私とアユラはそこに居ましたの。」
「…あいつは水の部族の娘らしいな。」
「まあ、こちらの事は筒抜けですの。」
『こう見えても城に居た頃は情報をありったけ頭に叩き込んでいましたからね。
テトラさんやアユラさんの事も最初に会った時からどこかで見掛けた事があると思ってましたし。』
「それに今回だって水の金印のお陰で仙水の兵士達は団結したからな。」
『リリ様がジュンギ将軍のご息女だってすぐにわかりましたよ。』
「…どうする?アン・ジュンギに報告するか…?」
その時雨がぽつぽつと降り始めた。
「雨…?」
ジェハは酒を残念そうに置くと呟いた。
「やれやれ、いい酒だったのに。」
「総員退避!料理を死守!」
ユンの指示で全員が料理を手に天幕内へと運び込む。
私とハクも一度会話を中断し運ぶのを手伝う。
「わわっ、濡れちゃう。」
「リリ、こっちへ。」
「う、うん。」
「ゼノも。」
「僕も♡」
「殿方は全員こちらにいらして。」
テトラはジェハの腕をすっと取り、アユラはゼノの首に巻いている物をそっと掴んで引き留めた。
それからヨナとリリ以外の全員が大きい方の天幕に集まった。ただ大きいとは言えどこの人数が入れば狭い。
「……えーっとなんだこれ。」
身を屈めているジェハは胸元に私を抱いていた。
キジャやシンアは地面に這いつくばり、ゼノは食べている。
ハクは何も言わずにテトラを見た。
「…先程のお話ですけれど。
私はアン・ジュンギ将軍とリリ様に全てを捧げる身…ジュンギ様の利になる事は何でもいたします。
ですが、ジュンギ様とリリ様さえ良ければ良い…なんて馬鹿な事私は思いません。
貴方方は水の部族の恩人。緋龍城のお姫様は従者達に連れ去られ殺されたと聞いておりました。
真実はなかなかに届いて来ぬもの…
きっと様々な苦難がおありだったのだとお察しします。」
―ヨナちゃんのあの静かな眼差しは何も知らない16歳のお姫様のそれでは既になく…―
「ですから、リリ様と私達の大切な貴方方へ…」
アユラとテトラは深々と私達に頭を下げた。
「これからの道中、どうか…どうかお気をつけて。」
もう一方の天幕ではヨナとリリが話していた。
「…あのね、私仙水や四泉に診療所をたくさん作ろうと思ってるの。」
「診療所…」
「そう、ヒヨウ一派を捕らえても町はナダイ患者で溢れているし、彼らを収容する施設が足りないのよ。
患者達からナダイを取り除いて本来の穏やかな水の部族の民に戻してあげたい。それが私の目標なの。」
「うん。」
「それにはお父様の協力がいるのだけど…
あの人は面倒事に蓋をして、私の言う事を聞こうともしないのよ。
あんなんで将軍といえるのかしら。」
「父親って…娘からは何を考えてるかわからないわよね。
でもね、リリ。味方になってあげてね。
いざとなったら味方になってあげてね。
父上を理解出来なくてもリリは父上を独りにしないでね。」
ヨナの切ない横顔にリリは言葉を失った。
「…あの…ヨナ…私は水の部族長の娘だし、その事を黙ってたし。
だからって何の力もないし、あんたからすれば私なんて信用出来ないだろうけど。」
「リリ?」
「聞きたいの、あんたの事を知りたいから。
…あんたは…失踪して殺されたはずの…ヨナ…姫…?」
ヨナは何も言わずに俯いただけだったが、その顔が答えだった。
彼女の様子に涙を流したのはリリの方だった。
自分は無力で苦しくてつらい思いをしてきたヨナに自分が掛けられる言葉がなかったからだ。
「…何を泣くの?」
「…あんたがこれから困った事とか泣きたい事があったら私を呼びなさい。とんで行くから!
任せてよ、今度は私が身体張ってでもあんたを守るから。」
―非力だけどまたあんたを追いかけるから…―
「私の事ちょっとでもいいから覚えてなさいよ!」
「…一緒に戦った戦友を忘れたりしないよ。」
「~~~っ」
―友達だからなんて恥ずかしくて怖くてこっちは言えないのに…―
「ムカつく!」
「え?」
私は天幕越しに彼女達の会話を聞いてジェハの胸にもたれかかると目を閉じた。
「リン?」
『…ジェハ、姫様もいつかこの雨が止むように涙を流さないで済む世界に立てるかしら。』
ジェハは何も言わずに私を強く抱き締めてくれたのだった。
私の閉じた瞳から涙が零れ、その場の全員が私の涙に言葉を失った。
誰かが私の涙をそっと拭い頭を撫でる。目を閉じている私にそれが誰かははっきりわからなかったが、きっと彼が少しだけ泣きそうな顔でそこにいるのだろう。
そっと開いた私の目に映ったのは儚く揺れるハクの瞳だった。