主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
火の部族・水の部族
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水呼城に戻ったリリは父親であるジュンギに会った。
そして見てきた事を全て話したのだ。ナダイによって壊れていく人々の事を…
彼女は麻薬密売人討伐の為に兵を動かして欲しいと申し出たが、聞き入れてもらえなかった。
「リリ、見て来た小さな世界を全てと思い軽はずみな事を言ってはいけないよ。
この件はまだお前には難しいようだ。部屋で一週間程穏やかにしていなさい。」
ジュンギの部下に部屋に引き戻されそうになりながらリリは叫んだ。
ただ彼女の頭に浮かぶのは恐ろしいナダイの力と、それに無力でも立ち向かうヨナの姿。
―こうしてる今もあの子はきっと闘ってるわ!―
「お父様、不戦の為と言うけれど今日常として我が部族同士が殺し合いをしているのよ!
城に籠って動けぬ理由を並べるより、闇に沈む人々を救い上げる為に行動する方が私には意味のあるものに思えるの!!
お父様が決断してくれたら私はお父様の手足にだってなってみせる。私も共に闘うから!!」
その一言に一瞬だけジュンギの目が見開かれた。
部屋に戻されたリリは出してもらえない事がわかるとアユラの作った隠し扉を使って城から飛び出した。
アユラは謹慎中、テトラは絶対安静…もう彼女一人で動くしかないと判断したのだ。
彼女は水の金印…水の部族長権威の象徴を持って馬に乗ると飛び出して行った。
金印さえ持っていればどこの場所にも入れるし、駐屯している兵を動かす事も出来るがそれは大罪。
どんな罰を受けても文句は言えない。それでもリリは大きな覚悟のうえ、動き出したのだ。
その頃、私達は山道をゆっくり進んでいた。
私はジェハの背中で下がりきっていなかった熱に魘されて眠っていた。
「リン…?」
「お嬢は寝てるから~」
「熱の影響だね…まだ完全に治ったわけではないから。」
「背中の傷は塞がってきてるよ。千樹草はやっぱりすごいね。」
そのときシンアが近くを歩いていたユンを耳元で呼んだ。
「…ン、ユン。」
「わあ、びっくりした!珍しいね、シンアが俺に話しかけるなんて。何?」
「…ヨナを…診てあげて…」
「えっ?ヨナ、腕の傷痛む?」
「平気よ。」
「ヨナ…顔色…悪い…」
するとヨナの額にハクの大きな手が当てられた。
「少し熱いな。」
「平気…」
「顔が赤い。熱が上がってるな。」
「赤くないわよ…」
「出血が多くて貧血になった時、免疫も落ちて風邪ひいてたみたいだね。」
「どうしよう。仙水まであと少しかかるし、この辺に宿ないかな。」
「じゃあ、僕が一足先にヨナちゃんとリンを仙水の宿まで運ぼうか。」
「あ、それがいいね。」
「でもジェハ、2人も同時に大丈夫?」
「大丈夫だよ、ヨナちゃん。女の子達は軽いからね。
君達、僕の気配辿れるよね?」
ジェハの言葉にキジャ、シンア、ゼノが頷く。
それを確認するとジェハはそっと私を起こそうとした。
「リン…悪いけど起きてくれないかい、リン。」
「どうしてリンを起こす必要がある?」
「ヨナちゃんを前に抱くとしたら僕が支えないと駄目だろう?
それならリンにはしっかりしがみついていてもらわないと。」
「あぁ、なるほどな。」
するとハクがこちらにやってきて私の右肩に手を置くと軽く揺すった。
「おい、起きろ。」
『ぅん…』
「頼むから起きてくれ。」
『ハク…?』
「姫さんも熱出したんだ。」
『え!?』
「タレ目が運ぶからお前はしっかりコイツの首にでもしがみついてろ。少々締め上げてもいい。」
「それでは僕が死んでしまうよ、ハク…」
『ふふっ、了解。』
私はジェハに絡めた腕に力を込めて身を寄せた。
顔を彼の肩口に埋めるようにすると少し背中が痛んだ。
『うっ…』
「大丈夫かい!?」
『うん…ちょっと痛かっただけ。』
「少しだけ我慢できる?」
『これくらいどうってことないわ。』
「…痛むんだったら早めに言うんだよ?」
『うん。』
彼は外套と包帯の代えを私の帯に挿した。
「悪いけど持っててくれるかな。」
『お安い御用よ。』
「助かるよ。」
私がしっかり彼にしがみついたのを背中越しに確認したジェハはヨナをふわっと抱き上げた。
「ごめんね、ジェハ。」
「君は余計な心配せずに大人しくしてなさい。…リン、行くよ。」
『うん。』
するとジェハは強く地面を蹴った。
衝撃で身体に小さな痛みが走るが私はジェハにしがみついて痛みに耐える。
そんな私の様子にヨナも心配そうだし、ジェハも私の呻き声が時折耳元で聞こえる為、跳ぶにしても考慮が必要だと考えていた。
―あまり高い跳躍は着地時背中に負担がかかるな、なるべく低くいかないと。―
「海が見える…」
「ん?」
『綺麗…』
「懐かしい、こうやってジェハと跳んでると阿波を思い出す。」
「…そうだね。あの頃のヨナちゃんはか弱い女の子だったなぁ。」
「何それ。今は私をどう思ってるの?」
「どう…」
ジェハはヨナをチラッと見て言葉を失い、静かに地面に降りた。
「…言いたくないな。」
「えーっ、気になるなあ。」
『ジェハ、危ない!!』
「「え!?」」
私は身体が痛むのも気にせず右手でジェハにしがみついたまま左手で短刀を抜いて飛んできた矢を薙ぎ払った。
『くっ…』
「リン!!」
『大丈夫ですよ、姫様…』
その時私達が気付かなかった方角から矢が飛んできてジェハの腕を掠めた。
「っ…」
『ジェハ!!』
「これくらい平気さ…」
『狙われてる…姫様、頭を低くしていてください。』
「リンもね。ヨナちゃん、リンみたいに僕にくっついてて。」
「うん。」
「隠れて狙い撃ちなんて…美しくない…ねっ!」
ジェハは暗器を敵の腕に向かって投げ、それが深々と刺さったにも関わらず相手の男は何もなかったかのように再び弓矢を構えた。
「あれって…」
『厄介ね。麻薬中毒者だわ。』
「致命傷じゃないと何度でも向かって来る。」
「ナダイ…」
「全く…ギガン船長の教えが染みついて無用な殺生はしたくないんだけど。」
『っ!』
私が息を呑んだのを聞いてジェハは背後の気配に気付きさっと避けると剣を振りかざしていた男を蹴り飛ばした。
そして倒れた男の額に暗器を投げて息の根を止める。
―彼女達の命がかかってる…手加減なんか出来ない。―
私は周囲に集まって来る敵の気配に声を上げる。
『ジェハ、まだ来る!』
「高く跳ぶよ、少し我慢して。」
「うん。」
私はぎゅっとジェハに抱き着いて、彼はヨナを抱えなおすと仙水へと高く跳んだ。
雨が降る仙水に到着すると雨宿りの出来る場所に身を隠した。
「『はぁ…はぁ…』」
私とヨナは熱に魘されて苦しげに息をしていた。
「まいったな、仙水が雨とは。それにしてもさっきの奴らはどうして僕らを…」
「もしかしたら…狙ったのは私かもしれない。」
「何だって?」
「麻薬中毒の刺客ならヒヨウが私を探しているのかも…
あの者は私を酷く恨んでいた。血眼になって私を殺そうとしても不思議じゃないわ。」
「『…』」
「そうだとしたら今仙水を下手に動くのは危険かもしれないね。
ごめんね、宿を探すのはもう少し後になってしまう。」
「大丈夫よ、ここでじっとしていれば。」
「寒い?」
「少し…」
「温めてあげようか。」
「遠慮する。」
ジェハが笑顔で腕を広げて抱き締めようとするとヨナは全力できっぱり断った。
だが震える彼女を見てジェハは私の腰につけていた外套を広げるとヨナを包んだ。
「冗談を言っている場合ではないようだ。外套を持って来て良かった。少しはマシかな。」
「…うん。ジェハ体温高いのね。あったかい。早くハク達、追いつくといいね。」
「…そうだね。」
「そういえばリンは…」
『…』
「リン?」
私は身体を震わせてヨナに返事も出来ずにいた。
ジェハは私の異変に気付いてすぐにこちらへやってくる。
「リン!?」
『はぁ…ジェ…ハッ…』
「熱が上がってる…それに傷も開いたか…」
『熱いのに寒くて…くっ…』
「私の外套をっ!」
「ヨナちゃんはそのまま外套を持ってて。君だって熱を出してるんだから。リンは僕が何とかするよ。」
彼はヨナを安心させる為に微笑むと私に向き直った。
「包帯巻き直していいかな。」
『ぅん…』
彼は自分にもたれさせるように私を抱くと着物を肌蹴させ身体が冷える前に急いで包帯を巻き直した。
そして服を再び着せると私を抱き締めてくれた。
「背中痛む?」
『ううん…』
「抱き締めても大丈夫?」
『うん…』
彼は自分の服を脱いで私の肩に掛けると強く胸に抱き寄せる。
『そんな格好だと…ジェハが…』
「僕はそんなに軟じゃないさ。ハク達が来るまで甘えてなさい。」
『…ありがとう。』
私は彼の素肌に寄り添ってぬくもりに包まれると静かに目を閉じた。
ヨナは私達の様子を見て優しく微笑んだのだった。
私達が身を隠して暫くすると外套のフードを被り荷物を抱えたハク達がやってきた。
「遅かったじゃないか。」
ジェハは私を抱き締めたままヨナと身を寄せ合っていた。
私はヨナとジェハの間で身体を小さくして眠っている。
「こんな所に隠れてると思わねーよ。」
「リンはどうしたの?」
「雨の所為で熱が悪化してね。」
「外套は私が借りてるからジェハが温めてあげてるの。」
「…そんな格好してたらテメェが風邪ひくだろうが。」
「おや、心配してくれるのかい?」
「んな訳あるか。お前の面倒は見ねェからな。」
「酷いなぁ…」
ハクは私からジェハの服を剥ぎ取りジェハに突き返すと自分の外套で私を包んだ。
ジェハの腕の掠り傷はユンが手早く手当していた。
その時になって私はすぅっと目を開いた。
「わりぃ…起こしたか。」
『ハク…みんなも合流したのね。』
「あぁ。寒くねぇか?」
『ちょっとだけ。でもジェハがあっためてくれたから大丈夫。』
ハクがほっとしたように微笑むと私はジェハに寄り添ったまま現状を説明する事にした。
「…何があった。」
『ヒヨウの刺客らしき奴らが襲って来たの。』
「ええっ!?」
「この状態で宿を探すのは危険だからここで君達を待ってたのさ。」
「ヨナ…顔色良くない。」
「ちょっと寒かっただけだから。」
ヨナの言葉にシンアはいつも身に着けている毛皮を外してヨナを包み込み、ゼノはぎゅっと彼女を抱き締めた。
「宿を探しにくいとなると野宿だけど困ったな。」
「どうしたの?」
「仙水に入った時、ざっと町の様子を見てみたんだけど…」
「きゃーーーっ」
「何!?」
「女の子の声だ。」
ジェハがすぐに私をハクに託して立ち上がった。
『出たら右よ、ジェハ!』
「わかった!」
彼がゼノと共に駆け付けた先では女性が2人の男に捕まっていた。
彼は急いで男達を蹴り飛ばして女性を解放する。
「怪我はないかい、お嬢さん。」
「…は、はい。」
「一体何があったんだい?」
「わかりません…強い力で…突然私を捕まえようとして…
“赤い髪じゃない”“とりあえず連れて行け”って…」
その言葉に遠くで聞いていた私とジェハが同時に息を呑んだ。
女性を送り届け、ジェハとゼノが戻ると私達は彼らの報告を受けた。
「赤い髪の女を探してる?」
『姫様の事ですね…』
「ヒヨウの刺客というのも姫様を狙って…?」
「恐らくね。」
焚火を囲んでいる事で私の寒さも治まってきて、私は身体を小さくしたままジェハとハクの間に座っていた。顔色はだいぶよくなってきているようだ。
『…仙水は四泉以上にヒヨウの息がかかった人間が多いかもしれないわね。』
「うん…仙水は四泉より町が荒れている気がしたよ。」
「おのれ、ヒヨウ…無差別に女を襲うとは…」
「私を狙って無関係の子が襲われてるのね…」
その言葉に全員がヨナの顔を見た。
「…ヨナ、ダメだよ?まだ体調が…」
「ヨナちゃん…」
「…みんな、私は未熟だから今しばらく迷惑をかけてしまうけれど力を貸して欲しい。」
「そのような事断る必要などありません。」
「ヒヨウが私を探しているように私達もヒヨウを探している。
ならば暴れてやりましょう、赤い髪の女はここにいるって。」
ヨナの強い表情と言葉に私達は笑った。
私は傷がもう少し治るまで戦闘には顔を出さないよう言われ肩を竦めるのだった。
その頃、リリも仙水に到着していた。
馬を預けて歩き出すと赤い髪の女を探す男達に襲われてしまった。
背後から切られて傷は出来なかったものの、背負っていた荷物が散らばってしまう。その中には水の部族の金印もある。
「きゃあぁあああ!!」
彼女の悲鳴を聞いた傘をさす男性がリリの追手を足を出す事で躓かせた。
「おっと、大丈夫ですか?雨ですから走ると滑りますよ。」
すると倒れた男は傘を持ち躓かせた男…スウォンに剣を向けた。
それを受け流していると笠を被った男が現れて敵を斬った。
「お怪我は?」
「やあ、お見事ですジュドさん。」
「全くあなたときたら!!一人でずんずんずんずん歩いて!!
挙げ句ごろつきと傘一本で乱闘して!!少しは御自分の立場ってもんを…」
「ジュド将ぐ…声が大きいですよっ」
スウォンはジュドに解放されるとリリに傘をさしてやった。
彼女の顔を見てスウォンはリリの正体に気付いたようだった。
「あっ、私の荷物。」
リリは急いで荷物をまとめ金印が無事だった事に胸をなでおろす。
「あのあなたもしや…」
「助かったわ、礼を言う。これを金にでも替えなさい。それじゃ。」
リリが手渡したのは綺麗な金の首飾り。
「こんなにふんだんに金を使った首飾りなんて普通の人にはそうそう持てませんよね。さすが水の部族長ご息女リリ様。」
彼の言葉にリリは一目散に逃げ始める。
それを見てすぐ追いかけると事情をスウォンは事情を聞いた。
「私は水呼の都で商人をやっているウォンと申します。
あなたの事は水呼城下町にて度々お見かけしておりました。
商業の町と聞いて仙水にやって来たのですが、この町は一体どうしたんですか?リリ様なら何かご存知なのではと…」
そして結局リリはスウォンやジュド、そして彼らの部下を用心棒として雇ったのだ。
「陛…ウォ…ウォン様っ仙水の調査をするだけのはずでしょう!?
用心棒なんて長居は出来ませんよ。」
「ジュンギ将軍の娘さんを一人には出来ませんよ。
それに仙水と水呼の状況も把握出来て一石二鳥です。」
「何?」
「いえ、では道すがら教えて下さい。水の部族とこの町の現状を。」
そう言って歩き出した彼らの近くで私達は暴れていた。
「ん?何でしょう、あちらで騒ぎが起きてるみたいですよ。行ってみます?」
「騒ぎ?冗談じゃない、駄目よ行っちゃ!」
「えっ…」
「きっと麻薬中毒者よ。すごく厄介な人達なの。
いずれ何とかしなきゃいけないけど、今は構ってる時間は無いわ。極力避けるわよ。」
「でも…」
「あんた私の用心棒でしょ。言う通りになさい!」
「はあい…」
スウォンが気付いた気配は私達が暴れているもの。
刺客としてヒヨウが送った奴らは皆ハクや四龍の手で葬られる。
麻薬人形が戻らず、化物が赤い髪の女を守っているという情報はヒヨウの下にも届いた。
ハクとキジャが背中合わせで戦い、シンアが剣を振るい、ジェハの蹴りが飛ぶ。
ゼノも木の板で叩きのめしていた。
私とユンはヨナを庇うように立ち周囲に注意を払う。
「白蛇の手目立ちすぎじゃね?」
「構うものか。姫様に傷を負わせ更につけ狙った二重の大罪。その身に思い知らせてやる。」
「キジャ君、その顔やめようかー」
キジャが怖い顔で歯ぎしりするものだからジェハが呆れたように言った。
『ハク、キジャ!後ろ!!』
「「っ!」」
「ぐはっ…」
2人が男を斬り、私も自分に近付く気配に気付き剣を抜くと右手で軽く振るった。
『馬鹿者。』
「あまり剣を振るうなよ、リン。」
「もう傷は開かないと思うけど、無茶はダメだからね?」
『はぁい。』
剣を仕舞った途端、私は3つの気配を感じ取った。それは近くにいたリリ、スウォン、ジュドのもの。
―どうしてこの町に…視察に来たのか…
でもリリ様まで…何より…なぜ一緒にいる…?―
「どうかしたのかい?」
『う、ううん。』
ジェハに抱き上げられながら私は思った。
―スウォンが来ていてもハクに気付かれてはダメ…
ハクとスウォンが会ったら殺してしまうかもしれないから…
そんな事…きっとヨナは望んでいないから…―
私はジェハの服を無意識に握ってスウォン達の気配を辿るのをやめた。
ジェハは私の様子に寂しそうな表情をすると私の頭を抱き寄せた。
『ジェハ…?』
「そんなに頼りないかな…」
『そんな事ないっ!ただ…』
「いつか話してくれるかな?」
『うん…もう少しだけ待って…』
「待ってるよ、いつまでも。」
『ありがとう…』
スウォンはリリと共に甘味処で一服しながら現状を教えあっていた。
「お父様にはもう頼らない。これ以上美しいこの地を他国の毒に汚されないよう私は仙水に来たの。」
「お一人で?」
「…無謀だと言いたいの?」
「そうですね。ジュンギ将軍は色々と難しい御立場だと思います。
けれど無謀でも現状を打破しようと力を尽くし奔る者を愚かだと私は思いません。
あなたが本気で水の部族を想うなら躊躇わず出来る限りの事をすべきです。」
「勇気…出た。ありがと。」
「いえいえ。ではそのヒヨウさんの居場所と取引日を調べなくてはなりませんね。」
「そうね。あ…じゃああの子と合流した方がいいかな。」
「あの子?」
「あ、ちょっとね。麻薬密売組織と闘ってる連中がいるの。旅芸人のくせに。」
「それは面白いですね。」
「たぶん仙水に来てるんだけど、その子達ならヒヨウに関する情報を掴んでるかもしれない。」
「そうですか。ではその人達を探しましょう。」
「どんな人達なんです?」
「妙な連中よ。人間離れしてるっていうか見たらすぐわかると思う。私と同じ年頃の女の子もいるのよ。」
「へぇ…」
同じ頃、ヒヨウは麻薬人形を失って戒に新しい麻薬中毒者達を送るよう要請していた。
「ホホホホホホホッ!!私、このまま水の部族領乗っ取れるんじゃないかしら。
どうせここは南戒の植民地になるんだし、アン・ジュンギを操り人形にするのも楽しそうね。
まあ、とりあえずあの女よ。どうやって殺してやろうかしら。」
刺客を全て倒し切って私達は町を進んでいた。
私の熱も下がり自分の足で歩く事も平気になっていた。
「あれから一日…刺客が来なくなったね。」
「肝心のヒヨウは隠れたままか。」
「困るなあ。刺客は頑なにヒヨウの居場所を吐かないし。」
『姫様、体調はいかがですか。』
「大丈夫。」
「じゃないだろ。無理して動いて雨に打たれて良くなる訳ないでしょーが。そんぐらいわかります。」
「むう…」
「リンも平気?」
『熱も下がったし傷も塞がったわ。いつも通り行動している方が私としては楽かな。』
「それでももう少し休んだ方が万全じゃないかい?」
「じゃあ今夜は宿を取ろう。」
「えっ、いいわよ外で。」
「ヨナちゃん、疲れたままじゃ次の闘いで動けないよ。」
「…うん。」
それから私達は宿を探した。
「えっ、満室?」
「申し訳ありません。先程いらっしゃったお客様で丁度満室になってしまいまして。」
「なんだ…小さくて一番安そうな宿だったのにな。」
「仕方ないわ、ユン。行きましょ。」
宿から去る時、私とジェハは何かに気付き振り返った。
『ジェハ…』
「うん…後で僕が処分しておくよ。」
『…気をつけて。』
「おや、一緒に行くって言うかと思ったけど。」
『2人で行動した方が見つかりやすいもの。ジェハを信じて待ってるわ。』
「いい子だね。」
私達は結局身を隠せる場所を見つけて眠れるよう準備をしているとジェハはそっと出かけて行った。
「あれ、ジェハは?」
『ちょっとね…』
「リンは知ってんのか。」
『さっきの宿…ナダイの気配がした。』
「「「え…」」」
『ジェハも匂いで気付いたみたい。私に似た甘い香りらしいわ。』
「まぁ、そのうち帰って来るだろ。」
『彼にとってもここは帰って来る場所になってるからね。』
ジェハが宿の主を捕えて話を聞こうとしていると、その呻き声をスウォンとリリが聞き取ったようだった。
彼らは私達が泊まれなかった宿にいたのだ。
「…何?」
「下から聞こえましたね。ちょっと見て来ます。」
「あ、私も…」
「ここは用心棒の仕事です。」
リリを部下と共に部屋に残してスウォンとジュドが階下の部屋を覗き込んだ。
「あのーそこに誰かいらっしゃいますか?」
覗き込むとジェハが台に宿主の腕を捻りあげて押さえ込んでいた。
「宿泊してる人…かな。悪いね、お休みの所騒がせて。」
「…あなたは?」
「この宿にね、泊まろうとしたんだけどちょっと悪い物見かけて。」
「悪いもの?」
「毒入りの酒さ。」
「…ナダイですか。」
「知ってるのか。」
「この町に来て聞いたんです。」
「いででで、放せ。俺は何も知らない…っ」
「知らなくてこれを店に置くのかい。客に売ってたんだろ。どこで手に入れた?」
「いでででで…うううっ…これは…三番地の洞(ウツロ)という店で手に入れたんだ…良い酒だからと。」
―こいつは中毒者じゃないな。ただ麻薬入りの酒を入手しただけだ…―
私は目を閉じてジェハと店主の会話を聞いていた。
そこにスウォンとジュドの声も混ざっているような気がして顔を顰める。
「とりあえず捨てちゃいましょう。」
「そだね。この宿の酒全部調べて。」
「んー、どれだか分からないですね。全部打ち割りますか。」
「やめてーっ」
少し話してからジェハは宿を出ようとした。
「君どこの人?この町と宿は危ないから早く去った方が良いよ。」
「お気遣いどうも。そうします。あなたこそ一体…」
「じゃ。」
「あっ、待って…」
ジェハは宿を出るとすぐに跳び上がって姿を消してしまった。
「いない…何て素早い人なんだろう。」
「ナダイの事を調べてる風でしたね。」
「聞きたい事あったのに残念です。」
「ウォン…何があったの?」
そこにリリがそっと顔を覗かせた。彼女を振り返ってスウォンは柔らかく微笑む。
「この宿にナダイが置いてあったんです。」
「ええっ!?」
「でも宿自体はヒヨウの息がかかったものではないみたいです。」
「誰か…他に人がいなかった?」
「いましたよ。ナダイの酒を見つけて宿の主人を問い詰めてる人が。
珍しい緑の髪で何だか華やかなかっこ良い人でした。」
「そ、その人長身で黒い戒帝国の服を着てなかった?」
「ええ、着てました。」
―あれか!!―
リリは頭の中でジェハの事を思い出していた。
「お知り合いですか?」
「たぶんそいつが私の探してる旅芸人よ。」
「なんだ、そうでしたか。すれ違ってしまいましたねぇ。」
リリが悔しそうにするとスウォンは口を開いた。
「大丈夫、手がかりはありますよ。」
「えっ」
帰って来たジェハも私達に報告していた。
「三番地の洞という店…?」
「そう。そこがヒヨウの居場所ってわけじゃないだろうけど、主人がそこで麻薬入りの酒を買ったと言っていた。調査してみる価値はあるだろ。」
「そうね。」
こうしてヨナとリリは翌日三番地の洞へ行く事を決めた。
私はジェハの手を引くと仲間達から少し離れた。
「リン…?」
『…姫様やハクに聞こえないように答えて?』
「…うん。」
『…誰かに宿で会ったでしょ。』
「え、うん。優しそうなお兄さんと鍛えられた軍人さんにね。
君も気配を辿っていたのなら気付いたんじゃないかい?」
『そうなんだけどね…この匂いは嫌いよ。』
「酒臭くなっちゃったかな。ナダイの入った酒瓶を割ったから。」
『それだけじゃない…アイツの匂いがする。』
「え…」
『…上着脱いで。洗って来る。』
ジェハの上着を受け取ると私は汲んで来ていた水で洗い始めた。
それを固く絞ってジェハに持たせると爪を出して強い風を起こす。
すると完全にではないが一気に水気が飛んで乾いていった。
「もう匂わないかな?」
『うん…』
「それなら抱き締めても問題ないね。」
彼は私を抱き締めるとそのまま仲間達と共に横になった。
彼の寝息を聞きながら私は懐かしくも心を痛めたさっきの匂いを思い出していた。
―スウォン…出来る事ならもう会いたくない…
もう…ヨナやハクを苦しめないで…―
私はジェハを抱く腕に力を込めて零れそうな涙を堪えると目を閉じたのだった。
翌朝、私達は海風を感じながら三番地の洞を目指して歩き始めた。
「リン、無理はしてないかい?」
『もう平気。背中の痛みもなくなったし、左肩の傷も塞がった。
念の為ジェハに強めに包帯も巻いてもらったし、いつも通り闘えるわ。』
「それでも無茶はしないって約束してね。」
『…わかった。』
「出発しましょ。」
ヨナに従って歩き出すと同時に私とシンアが何かを感じ取って海の方を見た。
『シンア…』
「うん…」
私達が共に海の方へ駆け出すとハクが声を掛けた。
それでも海の向こうへ意識を集中している私とシンアに声は届かない。
「どうした。おい、シンア、リン!」
「どうしたの?」
「先に行け。追いかける。」
「ゼノも見てくるー」
海の方を見て足を止めた私達にハクが駆け寄って来て、私の肩に手を乗せ問いかける。
「どうした。海に何かあるのか?」
『…船が来る。』
「船?」
「海の…向こうからたくさん…たくさんの船が…こっちに向かってる。」
「船…」
『ヒヨウの取り引き相手の南戒の商船かしら…』
「にしても大量の船とは只事じゃねェな。リン、ゼノ。姫さん達に知らせろ。」
「おー、兄ちゃんは?」
「南戒の商船ならヒヨウが出て来る可能性がある。
俺らはしばらく港と海岸線を見張ってっから行け。」
「ほーい。」
「リン、何かあった時の為俺達の気配を辿っていてくれるか。」
『了解。』
ハクに頷いてから私とゼノはヨナのもとへと走り出した。
リリはスウォン達と共に洞という店を探していた。
「この辺だと思うんだけど。」
「店も人も見当たりませんね。」
「あああ、あの子来るかしら。怪我してるし、麻薬中毒者に狙われてるし無理かも。」
「少なくとも昨日の緑の人は来ると思いますよ。」
「あの子そんなに力があるわけじゃないのに頑張りすぎちゃうから…」
「リリ様と同じ年頃の女性でしたよね。」
「そう、赤い髪でねヨナっていうの。」
スウォンはその名前に目を見開いた。
「あ…来た…!!」
「リリ!どうしたの、こんな所で。」
リリが駆け寄るとヨナ、キジャ、ジェハ、ユンは驚いたようだった。
「決まってるでしょ。ヒヨウをぶん殴りに来たのよ!」
「ええっ、アユラとテトラは?」
「大丈夫よ、用心棒を雇ったから。ほらあそこに…」
「えっ、用心…棒…」
ヨナとスウォンの視線が交差し互いに言葉を失った。
「リリ…この人達…は…?」
「あ、紹介するわね。私の用心棒のウォン、ジュド、ムアとギョク。
ウォン、こっちが私の…と、友…知り合いのヨナとゆかいな旅芸人よ。
ウォンは商売をしにこの地に来たんだけど、私が暴漢に襲われそうになってた所を助けてくれたの。」
リリが紹介している間、スウォンだけでなくジュドや部下達もヨナに気付いていた。
ジュドはそっとスウォンを見るがその顔色を読み取る事は出来なかった。
「あれ、君…昨夜会ったよね?」
スウォンに気付いて口を開いたのはジェハだった。
「知り合い?」
「昨夜宿でちょっとね。何だ、リリちゃんの用心棒だったんだ。」
「ね、目立つ連中でしょ。…ウォン?」
「えっ、あ、そうですね。はい…」
「ねぇ、あんた達はヒヨウの居場所わかった?」
「それがまだ。洞って店に手がかりがないか来たんだけど…」
「そうなの…」
「…?」
ヨナとスウォンが黙り込んでしまった事にジェハは不思議そうに首を傾げた。
「娘さ~~ん!」
『姫様!!』
「ゼノ、リン。あれっ、雷獣とシンアは?」
「たぶん大変。」
「たぶんとは何だ?」
「海に…」
その時ゼノがスウォンを見てはっとして、私は彼の視線を辿ってスウォンと目が合った。
『っ…』
「リン?」
隣に立ったジェハが私を心配そうに呼ぶがそれにも反応しないまま私はそっとヨナの隣に並んだ。
「海がどうしたの?」
「あ、そだそだ。」
『…海の向こうからたくさんの船がこっちに向かって来てるわ。』
「なんだって!?」
「どこの船!?」
「そこまではわからん。兄ちゃん達はヒヨウが出て来るかもしれないから見張りー」
「ヒヨウの取り引き相手か?」
「でもたくさんの船なんて尋常じゃないね。」
『大事にならなければいいけど。』
するとヨナが強い声でリリを呼んだ。
「リリ!この近くに海が見える高台ある?」
「えぇ。」
「案内して。」
リリを追って駆け出すヨナをスウォンはただ見つめていた。
キジャ、ジェハ、ユンがヨナを追いかける中、私はふと足を止めてスウォンを振り返った。
『スウォン…』
「リン…」
『ジュド将軍もお久しぶりです。』
「…お元気そうで。」
『…スウォン、私達を殺しますか。』
「リン!!」
「なにも…今私達はリリ様の用心棒です。」
『…それでも私は信頼できない。』
「わかっています。行きましょう。」
「そうではなくてあの…」
「黙って従え。」
「は、はい…」
私は地面を蹴るとスウォン達より素早く仲間達の背中を追った。
高台から見ると遠くの海にたくさんの小さな影が見えた。
「遠くてよく見えんがあれは…」
「間違いなく南戒の方角からの船だね。」
『…尋常じゃない数だわ。』
「取り引きの商船にしては数が多いよね。」
「団体で観光かなー?」
「戦でも起こす気か?」
「困りますね。将軍や王に予告もなしにあんな団体さんを一気に連れて来るなんて。
こっちはヒヨウさんで忙しいのに。帰ってもらいましょうか。」
スウォンのそっけなく言った言葉に私とヨナ以外の皆がポカンとした。
私は彼がそう簡単に言ってやってのける事を知っている為、特に驚く事もない。
「…そだね、帰ってもらおう。」
「ヒヨウさんはそのうち出て来るでしょ。」
「近隣住民も迷惑であろう。」
「ちょっと!待ってどうやって?あんなにたくさんの船を…」
「そうですねぇ…」
「リリ、大丈夫よ。私達が何とかするわ。リリは安全な所で待っていて。」
「いっ嫌よ!!わ、私だって闘う為にここに来たんだから。」
リリの言葉に私達は目を丸くしながら彼女を見つめた。
「私は何の力もないかもしれないけど…
水の部族の地は私の大切な場所よ…!一緒に闘わせてよ…!」
「リリ…」
するとスウォンがリリの肩に手を乗せた。
「我々の中で一番水の部族を救える力を持っているのはリリ様ですよ。」
「えっ…」
「微力ながら私もお手伝いします。」
『…リリから離れなさい。』
「あなたは何を考えているの?」
私とヨナの強い言葉と眼差しにリリや仲間達が狼狽える。
私達とスウォンの関係を知らない者から見ると何故殺気を放っているのか見当もつかないのだろう。
「私の考えている事なんて今回においてはここにいる皆さんとそう変わらないと思いますが…?」
『今回においては、ねぇ…』
「…リリ様、この町に大富豪のお知り合いはいます?」
「大富豪…?」
「その方達に船を何隻か貸して貰うんです。出来ますか?」
「…やってみる。」
「あとはこの町の漁師さんに話をつけたいですね。」
「まさかあの団体さんに船を出して真っ向勝負する気かい?」
「いいえ。でも海に出なければお引き取り下さいって言う事も出来ませんし。」
「お引き取り下さい、ねぇ…」
スウォンの的確な指示にジェハも何かを感じつつ指示に従った。
「わかった。じゃあそれは僕らが交渉してくるよ。」
「あ、ではもう一つお願いしたい事が…」
「何だい?」
スウォンとジェハが話していると、ユンが俯いたままのヨナを呼んだ。
「ヨナ、行こう。…ヨナ?」
「ユン、私リリと一緒にいる。」
『姫様!』
「ユン達は漁師達に交渉に行って。」
「では私は姫様にお供します。」
「キジャの力は向こうで必要になるわ。キジャも行って。」
「いけません、それは…」
『姫様、私もここに…』
「リン、あなたもキジャ達と行ってちょうだい。」
『しかし…』
ヨナは私の耳元で言った。
「ハクに知られたくないの。彼に伝わらないように見張っていて。」
『それは…』
「つらい思いばかりさせてごめんね。」
『そんなことありません…しかし姫様の護衛は…』
「娘さんにはゼノがついてるから!」
「そなたが…?」
「おー、娘さんはゼノが命懸けで守るし。」
「しかし…」
「ゼノが命懸けっつったら娘さんに危ない事は絶対ないから。黄龍の名にかけて。」
『ゼノ…』
「…そなたを信じるぞ。」
するとジェハを先頭にユンとキジャが駆け出した。
私はすっとスウォンに近付くと彼の服を摑んで顔を寄せた。
「っ…」
「ウォン様!」
彼の耳元に口を寄せると小声で言った。
『スウォン…ヨナに何かあったら私はあなたを絶対許さない。』
「わかっています。」
『…その時は迷いなく斬られると思いなさい。』
「…覚えておきましょう。」
私はそう言い残しハクやシンアと合流するべく駆け出した。
地面を蹴ろうとしていたジェハに正面から抱き着くと彼は背中におぶったユンを支えたまま笑った。
「しっかり掴まってて。」
『うん。』
キジャは走って来るようだったが私はここで体力を消費する訳にはいかなかった。
―スウォン…あなたを昔のように心から信じる事なんてもう出来ない…
だからいつでも駆け付けられるように体力はなるべく温存していたいの…―
ヨナ達はリリに連れられて大きな屋敷に来ていた。
「ここが大富豪さんのお宅ですか?」
「大富豪じゃないわ。」
「えっ、違うならどうして。ちょっ、リリ様!?」
「元々仙水の商人達を訪ねるつもりだったから調べて来たの。
今日は商業組合の定例会議が行われる日よ!」
会議が行われている部屋の戸をリリは勢いよく開けた。
「何だね、騒々しい。」
「ここは子供の遊び場じゃないよ。」
「会議中失礼。急いでいるから単刀直入に言うわ。
今仙水の沖に南戒の船と思われる大船団が迫っているの。」
「はあ?」
「私達はそれをくい止める為に船を集めている。
あなた達の所有する商船でいいわ。あるだけ貸しなさい。」
「突然何だ、この連中は。馬鹿なのか?」
「一体どこの娘だ?」
リリはただ商人達の笑いものにされるだけ。
ただそこに南戒の船隊が近づいて来ているという情報が別の伝達係によって伝えられた。
「そんな…本当だったのか…」
「…言ったでしょう。今船が必要なのよ、貸して頂戴。」
「どうして訳の分からん娘に貸さなきゃならんのだ。」
「貸してくれたら私達があの船隊を追い返すわ。」
「はあ…もう笑う気力もない。出て行け、馬鹿馬鹿しい。」
「しかし南戒の船隊だと…何をしに来たんだ。まさかヒヨウが…」
「あああ、今度こそわれら仙水の商業組合も潰されるのか。」
「どうすれば良いのだ。いっそ仙水を見限って余所に…」
「そうだ貢物を用意して…」
「聞け!!!」
リリは怒って近くの壁を拳で殴った。それによって静まりリリの声が部屋に響く。
「いい!?時間が無いの!!
あんた達はヒヨウに長年ここでの商売や生活を抑制されて来たんでしょう!?今度は南戒が仙水を占領しに来たのよ!?
私はヒヨウをぶん殴りたいからここに来た!水の部族が大事だからここに来た!
あんた達はいいの!?全てを奪われたままで本当にいいの!?」
「しかし…今まで我々は自警団を組織したがヒヨウに悉く潰された…
船を出して報復にあえば次は殺される。」
「…わかった。腰抜け共、あんた達には害が及ばないようにするわ。
これから私が仙水の外れにある駐屯兵団を連れて来るからその時は船を出しなさい。」
「なっ…」
その言葉に驚いたのは商業組合だけでなくヨナやスウォンも同様だった。
「この娘、またおかしな事を…」
「あそこの兵達は今まで何もしちゃくれなかった。
水の部族長だってこの町には手を出せずじまいだ。」
「軍が動くわけがない。たとえどんなに金を積んだって…」
「今はあんた達に聞いてるの。私が軍を連れて来たら船を出すの?出さないの?」
そうして商業組合の商人達はその条件下で船を出す事を承諾したのだった。
ハクと合流した私達は海の向こうの船を見ながら作戦を実行に移した。
「ハク。」
「戻ったか。」
「やあ、盛り上がってきたじゃないか。また暴れ時かな。」
「…姫さんは?」
『途中でリリに会って船を集めて来るって事で別行動よ。』
「ちょっと待て。リンもタレ目も白蛇もこっちに来たのか。」
「リリちゃんには腕の立つ用心棒がついてたみたいだし、僕らはあの船隊を相手にしなきゃならないからね。」
「用心棒?よく知らん奴が信用出来るか。俺が行って…」
『ダメよ、ハク。私も姫様に言われてこちらに来た。ハクにはこちらにいてほしい。』
「それに信用出来る。」
『キジャ…』
「ゼノが黄龍の名にかけて守ると言った。だから大丈夫だ。」
ハクは一瞬曇った私の表情を不思議に思いながらもキジャの言葉を信じて船隊との戦闘準備に取り掛かったのだった。
ヨナはリリやゼノ、スウォン達と共に水の部族駐屯地へ来ていた。
「兵の皆さん、忙しそうですねえ。」
「沖の船隊には気付いているようね。」
「リリ、兵を動かすなんて…本当に?」
「ヨナ、私は麻薬にしてもヒヨウにしても結局はこの地の人々が立ち向かわなきゃ未来はないと思うの。そして私が彼らを守る為に決断しなくては。」
「リリ…?」
強い目のリリはヨナに呼ばれても足を止めずに門に向かった。すると案の定兵達に止められてしまう。
「止まれ、何だお前達は。」
「ここの隊長に会わせて欲しいの。」
「はあ?ラマル隊長に何の用だ!?」
「急いでるの。いいからここの隊長に…」
「時間が無い。強行で行きましょう。」
スウォンはそう呟いたかと思うとすぐにリリの素性を明かした。
「この御方は水の部族長アン・ジュンギ様がご息女リリ様にあらせられます。」
「えっ…」
彼の言葉に兵だけでなくヨナも驚いたようだった。
「沖の船隊はご覧になられたでしょう?火急の用につき速やかに隊長にお取り次ぎを。」
この一言で彼らは兵舎への入場が許可され、全ての兵が集まる建物に足を踏み入れた。ラマルという隊長が前に進み出る。
「兵を動かせと…戒帝国の船隊に…ですか?」
「はい。」
「しかし前例の無い事ですから…リリ様の御命令といえど…すぐには…」
―お役所仕事…加えて水の部族長は戦嫌い…さてどうやって動かすか…えっ…―
スウォンが考えている隣でリリは荷物からある箱を取り出すと台にコトッと置いた。
「これが何だかわかる?」
彼女が箱の蓋を開けるとその場の全員が息を呑んだ。
「こ…これは正しく…」
「そうこれぞ水の部族長の象徴、水の金印。
あんた達が動けない理由は我が父アン・ジュンギへの忠誠によるものと受け取った。私はそれを評価する。
だがこれは水の部族の存亡の機である。
これより私の言葉は水の部族長の言葉と思え。」
すると兵が全員その場に膝をつき頭を下げた。
「リリ様…御意に。我らお役目喜んで頂戴致します。
しかし恐れながらここの兵力では現実あの船隊を相手にするのは厳しいかと存じます。せめて援軍を…」
「それは…」
「策はあります。」
「ウォン!?」
「船はこの町の商人さんが出してくれますから、皆さんは準備を急いで港へ行って下さい。」
「勝機はあると…?」
「大丈夫ですよ。それに…いるんでしょう?向こうには。雷獣が舞姫と共に。ならば何が来ても負けませんよ。」
スウォンは迷う事なく兵達にそう告げ、指示を出していった。
そして見てきた事を全て話したのだ。ナダイによって壊れていく人々の事を…
彼女は麻薬密売人討伐の為に兵を動かして欲しいと申し出たが、聞き入れてもらえなかった。
「リリ、見て来た小さな世界を全てと思い軽はずみな事を言ってはいけないよ。
この件はまだお前には難しいようだ。部屋で一週間程穏やかにしていなさい。」
ジュンギの部下に部屋に引き戻されそうになりながらリリは叫んだ。
ただ彼女の頭に浮かぶのは恐ろしいナダイの力と、それに無力でも立ち向かうヨナの姿。
―こうしてる今もあの子はきっと闘ってるわ!―
「お父様、不戦の為と言うけれど今日常として我が部族同士が殺し合いをしているのよ!
城に籠って動けぬ理由を並べるより、闇に沈む人々を救い上げる為に行動する方が私には意味のあるものに思えるの!!
お父様が決断してくれたら私はお父様の手足にだってなってみせる。私も共に闘うから!!」
その一言に一瞬だけジュンギの目が見開かれた。
部屋に戻されたリリは出してもらえない事がわかるとアユラの作った隠し扉を使って城から飛び出した。
アユラは謹慎中、テトラは絶対安静…もう彼女一人で動くしかないと判断したのだ。
彼女は水の金印…水の部族長権威の象徴を持って馬に乗ると飛び出して行った。
金印さえ持っていればどこの場所にも入れるし、駐屯している兵を動かす事も出来るがそれは大罪。
どんな罰を受けても文句は言えない。それでもリリは大きな覚悟のうえ、動き出したのだ。
その頃、私達は山道をゆっくり進んでいた。
私はジェハの背中で下がりきっていなかった熱に魘されて眠っていた。
「リン…?」
「お嬢は寝てるから~」
「熱の影響だね…まだ完全に治ったわけではないから。」
「背中の傷は塞がってきてるよ。千樹草はやっぱりすごいね。」
そのときシンアが近くを歩いていたユンを耳元で呼んだ。
「…ン、ユン。」
「わあ、びっくりした!珍しいね、シンアが俺に話しかけるなんて。何?」
「…ヨナを…診てあげて…」
「えっ?ヨナ、腕の傷痛む?」
「平気よ。」
「ヨナ…顔色…悪い…」
するとヨナの額にハクの大きな手が当てられた。
「少し熱いな。」
「平気…」
「顔が赤い。熱が上がってるな。」
「赤くないわよ…」
「出血が多くて貧血になった時、免疫も落ちて風邪ひいてたみたいだね。」
「どうしよう。仙水まであと少しかかるし、この辺に宿ないかな。」
「じゃあ、僕が一足先にヨナちゃんとリンを仙水の宿まで運ぼうか。」
「あ、それがいいね。」
「でもジェハ、2人も同時に大丈夫?」
「大丈夫だよ、ヨナちゃん。女の子達は軽いからね。
君達、僕の気配辿れるよね?」
ジェハの言葉にキジャ、シンア、ゼノが頷く。
それを確認するとジェハはそっと私を起こそうとした。
「リン…悪いけど起きてくれないかい、リン。」
「どうしてリンを起こす必要がある?」
「ヨナちゃんを前に抱くとしたら僕が支えないと駄目だろう?
それならリンにはしっかりしがみついていてもらわないと。」
「あぁ、なるほどな。」
するとハクがこちらにやってきて私の右肩に手を置くと軽く揺すった。
「おい、起きろ。」
『ぅん…』
「頼むから起きてくれ。」
『ハク…?』
「姫さんも熱出したんだ。」
『え!?』
「タレ目が運ぶからお前はしっかりコイツの首にでもしがみついてろ。少々締め上げてもいい。」
「それでは僕が死んでしまうよ、ハク…」
『ふふっ、了解。』
私はジェハに絡めた腕に力を込めて身を寄せた。
顔を彼の肩口に埋めるようにすると少し背中が痛んだ。
『うっ…』
「大丈夫かい!?」
『うん…ちょっと痛かっただけ。』
「少しだけ我慢できる?」
『これくらいどうってことないわ。』
「…痛むんだったら早めに言うんだよ?」
『うん。』
彼は外套と包帯の代えを私の帯に挿した。
「悪いけど持っててくれるかな。」
『お安い御用よ。』
「助かるよ。」
私がしっかり彼にしがみついたのを背中越しに確認したジェハはヨナをふわっと抱き上げた。
「ごめんね、ジェハ。」
「君は余計な心配せずに大人しくしてなさい。…リン、行くよ。」
『うん。』
するとジェハは強く地面を蹴った。
衝撃で身体に小さな痛みが走るが私はジェハにしがみついて痛みに耐える。
そんな私の様子にヨナも心配そうだし、ジェハも私の呻き声が時折耳元で聞こえる為、跳ぶにしても考慮が必要だと考えていた。
―あまり高い跳躍は着地時背中に負担がかかるな、なるべく低くいかないと。―
「海が見える…」
「ん?」
『綺麗…』
「懐かしい、こうやってジェハと跳んでると阿波を思い出す。」
「…そうだね。あの頃のヨナちゃんはか弱い女の子だったなぁ。」
「何それ。今は私をどう思ってるの?」
「どう…」
ジェハはヨナをチラッと見て言葉を失い、静かに地面に降りた。
「…言いたくないな。」
「えーっ、気になるなあ。」
『ジェハ、危ない!!』
「「え!?」」
私は身体が痛むのも気にせず右手でジェハにしがみついたまま左手で短刀を抜いて飛んできた矢を薙ぎ払った。
『くっ…』
「リン!!」
『大丈夫ですよ、姫様…』
その時私達が気付かなかった方角から矢が飛んできてジェハの腕を掠めた。
「っ…」
『ジェハ!!』
「これくらい平気さ…」
『狙われてる…姫様、頭を低くしていてください。』
「リンもね。ヨナちゃん、リンみたいに僕にくっついてて。」
「うん。」
「隠れて狙い撃ちなんて…美しくない…ねっ!」
ジェハは暗器を敵の腕に向かって投げ、それが深々と刺さったにも関わらず相手の男は何もなかったかのように再び弓矢を構えた。
「あれって…」
『厄介ね。麻薬中毒者だわ。』
「致命傷じゃないと何度でも向かって来る。」
「ナダイ…」
「全く…ギガン船長の教えが染みついて無用な殺生はしたくないんだけど。」
『っ!』
私が息を呑んだのを聞いてジェハは背後の気配に気付きさっと避けると剣を振りかざしていた男を蹴り飛ばした。
そして倒れた男の額に暗器を投げて息の根を止める。
―彼女達の命がかかってる…手加減なんか出来ない。―
私は周囲に集まって来る敵の気配に声を上げる。
『ジェハ、まだ来る!』
「高く跳ぶよ、少し我慢して。」
「うん。」
私はぎゅっとジェハに抱き着いて、彼はヨナを抱えなおすと仙水へと高く跳んだ。
雨が降る仙水に到着すると雨宿りの出来る場所に身を隠した。
「『はぁ…はぁ…』」
私とヨナは熱に魘されて苦しげに息をしていた。
「まいったな、仙水が雨とは。それにしてもさっきの奴らはどうして僕らを…」
「もしかしたら…狙ったのは私かもしれない。」
「何だって?」
「麻薬中毒の刺客ならヒヨウが私を探しているのかも…
あの者は私を酷く恨んでいた。血眼になって私を殺そうとしても不思議じゃないわ。」
「『…』」
「そうだとしたら今仙水を下手に動くのは危険かもしれないね。
ごめんね、宿を探すのはもう少し後になってしまう。」
「大丈夫よ、ここでじっとしていれば。」
「寒い?」
「少し…」
「温めてあげようか。」
「遠慮する。」
ジェハが笑顔で腕を広げて抱き締めようとするとヨナは全力できっぱり断った。
だが震える彼女を見てジェハは私の腰につけていた外套を広げるとヨナを包んだ。
「冗談を言っている場合ではないようだ。外套を持って来て良かった。少しはマシかな。」
「…うん。ジェハ体温高いのね。あったかい。早くハク達、追いつくといいね。」
「…そうだね。」
「そういえばリンは…」
『…』
「リン?」
私は身体を震わせてヨナに返事も出来ずにいた。
ジェハは私の異変に気付いてすぐにこちらへやってくる。
「リン!?」
『はぁ…ジェ…ハッ…』
「熱が上がってる…それに傷も開いたか…」
『熱いのに寒くて…くっ…』
「私の外套をっ!」
「ヨナちゃんはそのまま外套を持ってて。君だって熱を出してるんだから。リンは僕が何とかするよ。」
彼はヨナを安心させる為に微笑むと私に向き直った。
「包帯巻き直していいかな。」
『ぅん…』
彼は自分にもたれさせるように私を抱くと着物を肌蹴させ身体が冷える前に急いで包帯を巻き直した。
そして服を再び着せると私を抱き締めてくれた。
「背中痛む?」
『ううん…』
「抱き締めても大丈夫?」
『うん…』
彼は自分の服を脱いで私の肩に掛けると強く胸に抱き寄せる。
『そんな格好だと…ジェハが…』
「僕はそんなに軟じゃないさ。ハク達が来るまで甘えてなさい。」
『…ありがとう。』
私は彼の素肌に寄り添ってぬくもりに包まれると静かに目を閉じた。
ヨナは私達の様子を見て優しく微笑んだのだった。
私達が身を隠して暫くすると外套のフードを被り荷物を抱えたハク達がやってきた。
「遅かったじゃないか。」
ジェハは私を抱き締めたままヨナと身を寄せ合っていた。
私はヨナとジェハの間で身体を小さくして眠っている。
「こんな所に隠れてると思わねーよ。」
「リンはどうしたの?」
「雨の所為で熱が悪化してね。」
「外套は私が借りてるからジェハが温めてあげてるの。」
「…そんな格好してたらテメェが風邪ひくだろうが。」
「おや、心配してくれるのかい?」
「んな訳あるか。お前の面倒は見ねェからな。」
「酷いなぁ…」
ハクは私からジェハの服を剥ぎ取りジェハに突き返すと自分の外套で私を包んだ。
ジェハの腕の掠り傷はユンが手早く手当していた。
その時になって私はすぅっと目を開いた。
「わりぃ…起こしたか。」
『ハク…みんなも合流したのね。』
「あぁ。寒くねぇか?」
『ちょっとだけ。でもジェハがあっためてくれたから大丈夫。』
ハクがほっとしたように微笑むと私はジェハに寄り添ったまま現状を説明する事にした。
「…何があった。」
『ヒヨウの刺客らしき奴らが襲って来たの。』
「ええっ!?」
「この状態で宿を探すのは危険だからここで君達を待ってたのさ。」
「ヨナ…顔色良くない。」
「ちょっと寒かっただけだから。」
ヨナの言葉にシンアはいつも身に着けている毛皮を外してヨナを包み込み、ゼノはぎゅっと彼女を抱き締めた。
「宿を探しにくいとなると野宿だけど困ったな。」
「どうしたの?」
「仙水に入った時、ざっと町の様子を見てみたんだけど…」
「きゃーーーっ」
「何!?」
「女の子の声だ。」
ジェハがすぐに私をハクに託して立ち上がった。
『出たら右よ、ジェハ!』
「わかった!」
彼がゼノと共に駆け付けた先では女性が2人の男に捕まっていた。
彼は急いで男達を蹴り飛ばして女性を解放する。
「怪我はないかい、お嬢さん。」
「…は、はい。」
「一体何があったんだい?」
「わかりません…強い力で…突然私を捕まえようとして…
“赤い髪じゃない”“とりあえず連れて行け”って…」
その言葉に遠くで聞いていた私とジェハが同時に息を呑んだ。
女性を送り届け、ジェハとゼノが戻ると私達は彼らの報告を受けた。
「赤い髪の女を探してる?」
『姫様の事ですね…』
「ヒヨウの刺客というのも姫様を狙って…?」
「恐らくね。」
焚火を囲んでいる事で私の寒さも治まってきて、私は身体を小さくしたままジェハとハクの間に座っていた。顔色はだいぶよくなってきているようだ。
『…仙水は四泉以上にヒヨウの息がかかった人間が多いかもしれないわね。』
「うん…仙水は四泉より町が荒れている気がしたよ。」
「おのれ、ヒヨウ…無差別に女を襲うとは…」
「私を狙って無関係の子が襲われてるのね…」
その言葉に全員がヨナの顔を見た。
「…ヨナ、ダメだよ?まだ体調が…」
「ヨナちゃん…」
「…みんな、私は未熟だから今しばらく迷惑をかけてしまうけれど力を貸して欲しい。」
「そのような事断る必要などありません。」
「ヒヨウが私を探しているように私達もヒヨウを探している。
ならば暴れてやりましょう、赤い髪の女はここにいるって。」
ヨナの強い表情と言葉に私達は笑った。
私は傷がもう少し治るまで戦闘には顔を出さないよう言われ肩を竦めるのだった。
その頃、リリも仙水に到着していた。
馬を預けて歩き出すと赤い髪の女を探す男達に襲われてしまった。
背後から切られて傷は出来なかったものの、背負っていた荷物が散らばってしまう。その中には水の部族の金印もある。
「きゃあぁあああ!!」
彼女の悲鳴を聞いた傘をさす男性がリリの追手を足を出す事で躓かせた。
「おっと、大丈夫ですか?雨ですから走ると滑りますよ。」
すると倒れた男は傘を持ち躓かせた男…スウォンに剣を向けた。
それを受け流していると笠を被った男が現れて敵を斬った。
「お怪我は?」
「やあ、お見事ですジュドさん。」
「全くあなたときたら!!一人でずんずんずんずん歩いて!!
挙げ句ごろつきと傘一本で乱闘して!!少しは御自分の立場ってもんを…」
「ジュド将ぐ…声が大きいですよっ」
スウォンはジュドに解放されるとリリに傘をさしてやった。
彼女の顔を見てスウォンはリリの正体に気付いたようだった。
「あっ、私の荷物。」
リリは急いで荷物をまとめ金印が無事だった事に胸をなでおろす。
「あのあなたもしや…」
「助かったわ、礼を言う。これを金にでも替えなさい。それじゃ。」
リリが手渡したのは綺麗な金の首飾り。
「こんなにふんだんに金を使った首飾りなんて普通の人にはそうそう持てませんよね。さすが水の部族長ご息女リリ様。」
彼の言葉にリリは一目散に逃げ始める。
それを見てすぐ追いかけると事情をスウォンは事情を聞いた。
「私は水呼の都で商人をやっているウォンと申します。
あなたの事は水呼城下町にて度々お見かけしておりました。
商業の町と聞いて仙水にやって来たのですが、この町は一体どうしたんですか?リリ様なら何かご存知なのではと…」
そして結局リリはスウォンやジュド、そして彼らの部下を用心棒として雇ったのだ。
「陛…ウォ…ウォン様っ仙水の調査をするだけのはずでしょう!?
用心棒なんて長居は出来ませんよ。」
「ジュンギ将軍の娘さんを一人には出来ませんよ。
それに仙水と水呼の状況も把握出来て一石二鳥です。」
「何?」
「いえ、では道すがら教えて下さい。水の部族とこの町の現状を。」
そう言って歩き出した彼らの近くで私達は暴れていた。
「ん?何でしょう、あちらで騒ぎが起きてるみたいですよ。行ってみます?」
「騒ぎ?冗談じゃない、駄目よ行っちゃ!」
「えっ…」
「きっと麻薬中毒者よ。すごく厄介な人達なの。
いずれ何とかしなきゃいけないけど、今は構ってる時間は無いわ。極力避けるわよ。」
「でも…」
「あんた私の用心棒でしょ。言う通りになさい!」
「はあい…」
スウォンが気付いた気配は私達が暴れているもの。
刺客としてヒヨウが送った奴らは皆ハクや四龍の手で葬られる。
麻薬人形が戻らず、化物が赤い髪の女を守っているという情報はヒヨウの下にも届いた。
ハクとキジャが背中合わせで戦い、シンアが剣を振るい、ジェハの蹴りが飛ぶ。
ゼノも木の板で叩きのめしていた。
私とユンはヨナを庇うように立ち周囲に注意を払う。
「白蛇の手目立ちすぎじゃね?」
「構うものか。姫様に傷を負わせ更につけ狙った二重の大罪。その身に思い知らせてやる。」
「キジャ君、その顔やめようかー」
キジャが怖い顔で歯ぎしりするものだからジェハが呆れたように言った。
『ハク、キジャ!後ろ!!』
「「っ!」」
「ぐはっ…」
2人が男を斬り、私も自分に近付く気配に気付き剣を抜くと右手で軽く振るった。
『馬鹿者。』
「あまり剣を振るうなよ、リン。」
「もう傷は開かないと思うけど、無茶はダメだからね?」
『はぁい。』
剣を仕舞った途端、私は3つの気配を感じ取った。それは近くにいたリリ、スウォン、ジュドのもの。
―どうしてこの町に…視察に来たのか…
でもリリ様まで…何より…なぜ一緒にいる…?―
「どうかしたのかい?」
『う、ううん。』
ジェハに抱き上げられながら私は思った。
―スウォンが来ていてもハクに気付かれてはダメ…
ハクとスウォンが会ったら殺してしまうかもしれないから…
そんな事…きっとヨナは望んでいないから…―
私はジェハの服を無意識に握ってスウォン達の気配を辿るのをやめた。
ジェハは私の様子に寂しそうな表情をすると私の頭を抱き寄せた。
『ジェハ…?』
「そんなに頼りないかな…」
『そんな事ないっ!ただ…』
「いつか話してくれるかな?」
『うん…もう少しだけ待って…』
「待ってるよ、いつまでも。」
『ありがとう…』
スウォンはリリと共に甘味処で一服しながら現状を教えあっていた。
「お父様にはもう頼らない。これ以上美しいこの地を他国の毒に汚されないよう私は仙水に来たの。」
「お一人で?」
「…無謀だと言いたいの?」
「そうですね。ジュンギ将軍は色々と難しい御立場だと思います。
けれど無謀でも現状を打破しようと力を尽くし奔る者を愚かだと私は思いません。
あなたが本気で水の部族を想うなら躊躇わず出来る限りの事をすべきです。」
「勇気…出た。ありがと。」
「いえいえ。ではそのヒヨウさんの居場所と取引日を調べなくてはなりませんね。」
「そうね。あ…じゃああの子と合流した方がいいかな。」
「あの子?」
「あ、ちょっとね。麻薬密売組織と闘ってる連中がいるの。旅芸人のくせに。」
「それは面白いですね。」
「たぶん仙水に来てるんだけど、その子達ならヒヨウに関する情報を掴んでるかもしれない。」
「そうですか。ではその人達を探しましょう。」
「どんな人達なんです?」
「妙な連中よ。人間離れしてるっていうか見たらすぐわかると思う。私と同じ年頃の女の子もいるのよ。」
「へぇ…」
同じ頃、ヒヨウは麻薬人形を失って戒に新しい麻薬中毒者達を送るよう要請していた。
「ホホホホホホホッ!!私、このまま水の部族領乗っ取れるんじゃないかしら。
どうせここは南戒の植民地になるんだし、アン・ジュンギを操り人形にするのも楽しそうね。
まあ、とりあえずあの女よ。どうやって殺してやろうかしら。」
刺客を全て倒し切って私達は町を進んでいた。
私の熱も下がり自分の足で歩く事も平気になっていた。
「あれから一日…刺客が来なくなったね。」
「肝心のヒヨウは隠れたままか。」
「困るなあ。刺客は頑なにヒヨウの居場所を吐かないし。」
『姫様、体調はいかがですか。』
「大丈夫。」
「じゃないだろ。無理して動いて雨に打たれて良くなる訳ないでしょーが。そんぐらいわかります。」
「むう…」
「リンも平気?」
『熱も下がったし傷も塞がったわ。いつも通り行動している方が私としては楽かな。』
「それでももう少し休んだ方が万全じゃないかい?」
「じゃあ今夜は宿を取ろう。」
「えっ、いいわよ外で。」
「ヨナちゃん、疲れたままじゃ次の闘いで動けないよ。」
「…うん。」
それから私達は宿を探した。
「えっ、満室?」
「申し訳ありません。先程いらっしゃったお客様で丁度満室になってしまいまして。」
「なんだ…小さくて一番安そうな宿だったのにな。」
「仕方ないわ、ユン。行きましょ。」
宿から去る時、私とジェハは何かに気付き振り返った。
『ジェハ…』
「うん…後で僕が処分しておくよ。」
『…気をつけて。』
「おや、一緒に行くって言うかと思ったけど。」
『2人で行動した方が見つかりやすいもの。ジェハを信じて待ってるわ。』
「いい子だね。」
私達は結局身を隠せる場所を見つけて眠れるよう準備をしているとジェハはそっと出かけて行った。
「あれ、ジェハは?」
『ちょっとね…』
「リンは知ってんのか。」
『さっきの宿…ナダイの気配がした。』
「「「え…」」」
『ジェハも匂いで気付いたみたい。私に似た甘い香りらしいわ。』
「まぁ、そのうち帰って来るだろ。」
『彼にとってもここは帰って来る場所になってるからね。』
ジェハが宿の主を捕えて話を聞こうとしていると、その呻き声をスウォンとリリが聞き取ったようだった。
彼らは私達が泊まれなかった宿にいたのだ。
「…何?」
「下から聞こえましたね。ちょっと見て来ます。」
「あ、私も…」
「ここは用心棒の仕事です。」
リリを部下と共に部屋に残してスウォンとジュドが階下の部屋を覗き込んだ。
「あのーそこに誰かいらっしゃいますか?」
覗き込むとジェハが台に宿主の腕を捻りあげて押さえ込んでいた。
「宿泊してる人…かな。悪いね、お休みの所騒がせて。」
「…あなたは?」
「この宿にね、泊まろうとしたんだけどちょっと悪い物見かけて。」
「悪いもの?」
「毒入りの酒さ。」
「…ナダイですか。」
「知ってるのか。」
「この町に来て聞いたんです。」
「いででで、放せ。俺は何も知らない…っ」
「知らなくてこれを店に置くのかい。客に売ってたんだろ。どこで手に入れた?」
「いでででで…うううっ…これは…三番地の洞(ウツロ)という店で手に入れたんだ…良い酒だからと。」
―こいつは中毒者じゃないな。ただ麻薬入りの酒を入手しただけだ…―
私は目を閉じてジェハと店主の会話を聞いていた。
そこにスウォンとジュドの声も混ざっているような気がして顔を顰める。
「とりあえず捨てちゃいましょう。」
「そだね。この宿の酒全部調べて。」
「んー、どれだか分からないですね。全部打ち割りますか。」
「やめてーっ」
少し話してからジェハは宿を出ようとした。
「君どこの人?この町と宿は危ないから早く去った方が良いよ。」
「お気遣いどうも。そうします。あなたこそ一体…」
「じゃ。」
「あっ、待って…」
ジェハは宿を出るとすぐに跳び上がって姿を消してしまった。
「いない…何て素早い人なんだろう。」
「ナダイの事を調べてる風でしたね。」
「聞きたい事あったのに残念です。」
「ウォン…何があったの?」
そこにリリがそっと顔を覗かせた。彼女を振り返ってスウォンは柔らかく微笑む。
「この宿にナダイが置いてあったんです。」
「ええっ!?」
「でも宿自体はヒヨウの息がかかったものではないみたいです。」
「誰か…他に人がいなかった?」
「いましたよ。ナダイの酒を見つけて宿の主人を問い詰めてる人が。
珍しい緑の髪で何だか華やかなかっこ良い人でした。」
「そ、その人長身で黒い戒帝国の服を着てなかった?」
「ええ、着てました。」
―あれか!!―
リリは頭の中でジェハの事を思い出していた。
「お知り合いですか?」
「たぶんそいつが私の探してる旅芸人よ。」
「なんだ、そうでしたか。すれ違ってしまいましたねぇ。」
リリが悔しそうにするとスウォンは口を開いた。
「大丈夫、手がかりはありますよ。」
「えっ」
帰って来たジェハも私達に報告していた。
「三番地の洞という店…?」
「そう。そこがヒヨウの居場所ってわけじゃないだろうけど、主人がそこで麻薬入りの酒を買ったと言っていた。調査してみる価値はあるだろ。」
「そうね。」
こうしてヨナとリリは翌日三番地の洞へ行く事を決めた。
私はジェハの手を引くと仲間達から少し離れた。
「リン…?」
『…姫様やハクに聞こえないように答えて?』
「…うん。」
『…誰かに宿で会ったでしょ。』
「え、うん。優しそうなお兄さんと鍛えられた軍人さんにね。
君も気配を辿っていたのなら気付いたんじゃないかい?」
『そうなんだけどね…この匂いは嫌いよ。』
「酒臭くなっちゃったかな。ナダイの入った酒瓶を割ったから。」
『それだけじゃない…アイツの匂いがする。』
「え…」
『…上着脱いで。洗って来る。』
ジェハの上着を受け取ると私は汲んで来ていた水で洗い始めた。
それを固く絞ってジェハに持たせると爪を出して強い風を起こす。
すると完全にではないが一気に水気が飛んで乾いていった。
「もう匂わないかな?」
『うん…』
「それなら抱き締めても問題ないね。」
彼は私を抱き締めるとそのまま仲間達と共に横になった。
彼の寝息を聞きながら私は懐かしくも心を痛めたさっきの匂いを思い出していた。
―スウォン…出来る事ならもう会いたくない…
もう…ヨナやハクを苦しめないで…―
私はジェハを抱く腕に力を込めて零れそうな涙を堪えると目を閉じたのだった。
翌朝、私達は海風を感じながら三番地の洞を目指して歩き始めた。
「リン、無理はしてないかい?」
『もう平気。背中の痛みもなくなったし、左肩の傷も塞がった。
念の為ジェハに強めに包帯も巻いてもらったし、いつも通り闘えるわ。』
「それでも無茶はしないって約束してね。」
『…わかった。』
「出発しましょ。」
ヨナに従って歩き出すと同時に私とシンアが何かを感じ取って海の方を見た。
『シンア…』
「うん…」
私達が共に海の方へ駆け出すとハクが声を掛けた。
それでも海の向こうへ意識を集中している私とシンアに声は届かない。
「どうした。おい、シンア、リン!」
「どうしたの?」
「先に行け。追いかける。」
「ゼノも見てくるー」
海の方を見て足を止めた私達にハクが駆け寄って来て、私の肩に手を乗せ問いかける。
「どうした。海に何かあるのか?」
『…船が来る。』
「船?」
「海の…向こうからたくさん…たくさんの船が…こっちに向かってる。」
「船…」
『ヒヨウの取り引き相手の南戒の商船かしら…』
「にしても大量の船とは只事じゃねェな。リン、ゼノ。姫さん達に知らせろ。」
「おー、兄ちゃんは?」
「南戒の商船ならヒヨウが出て来る可能性がある。
俺らはしばらく港と海岸線を見張ってっから行け。」
「ほーい。」
「リン、何かあった時の為俺達の気配を辿っていてくれるか。」
『了解。』
ハクに頷いてから私とゼノはヨナのもとへと走り出した。
リリはスウォン達と共に洞という店を探していた。
「この辺だと思うんだけど。」
「店も人も見当たりませんね。」
「あああ、あの子来るかしら。怪我してるし、麻薬中毒者に狙われてるし無理かも。」
「少なくとも昨日の緑の人は来ると思いますよ。」
「あの子そんなに力があるわけじゃないのに頑張りすぎちゃうから…」
「リリ様と同じ年頃の女性でしたよね。」
「そう、赤い髪でねヨナっていうの。」
スウォンはその名前に目を見開いた。
「あ…来た…!!」
「リリ!どうしたの、こんな所で。」
リリが駆け寄るとヨナ、キジャ、ジェハ、ユンは驚いたようだった。
「決まってるでしょ。ヒヨウをぶん殴りに来たのよ!」
「ええっ、アユラとテトラは?」
「大丈夫よ、用心棒を雇ったから。ほらあそこに…」
「えっ、用心…棒…」
ヨナとスウォンの視線が交差し互いに言葉を失った。
「リリ…この人達…は…?」
「あ、紹介するわね。私の用心棒のウォン、ジュド、ムアとギョク。
ウォン、こっちが私の…と、友…知り合いのヨナとゆかいな旅芸人よ。
ウォンは商売をしにこの地に来たんだけど、私が暴漢に襲われそうになってた所を助けてくれたの。」
リリが紹介している間、スウォンだけでなくジュドや部下達もヨナに気付いていた。
ジュドはそっとスウォンを見るがその顔色を読み取る事は出来なかった。
「あれ、君…昨夜会ったよね?」
スウォンに気付いて口を開いたのはジェハだった。
「知り合い?」
「昨夜宿でちょっとね。何だ、リリちゃんの用心棒だったんだ。」
「ね、目立つ連中でしょ。…ウォン?」
「えっ、あ、そうですね。はい…」
「ねぇ、あんた達はヒヨウの居場所わかった?」
「それがまだ。洞って店に手がかりがないか来たんだけど…」
「そうなの…」
「…?」
ヨナとスウォンが黙り込んでしまった事にジェハは不思議そうに首を傾げた。
「娘さ~~ん!」
『姫様!!』
「ゼノ、リン。あれっ、雷獣とシンアは?」
「たぶん大変。」
「たぶんとは何だ?」
「海に…」
その時ゼノがスウォンを見てはっとして、私は彼の視線を辿ってスウォンと目が合った。
『っ…』
「リン?」
隣に立ったジェハが私を心配そうに呼ぶがそれにも反応しないまま私はそっとヨナの隣に並んだ。
「海がどうしたの?」
「あ、そだそだ。」
『…海の向こうからたくさんの船がこっちに向かって来てるわ。』
「なんだって!?」
「どこの船!?」
「そこまではわからん。兄ちゃん達はヒヨウが出て来るかもしれないから見張りー」
「ヒヨウの取り引き相手か?」
「でもたくさんの船なんて尋常じゃないね。」
『大事にならなければいいけど。』
するとヨナが強い声でリリを呼んだ。
「リリ!この近くに海が見える高台ある?」
「えぇ。」
「案内して。」
リリを追って駆け出すヨナをスウォンはただ見つめていた。
キジャ、ジェハ、ユンがヨナを追いかける中、私はふと足を止めてスウォンを振り返った。
『スウォン…』
「リン…」
『ジュド将軍もお久しぶりです。』
「…お元気そうで。」
『…スウォン、私達を殺しますか。』
「リン!!」
「なにも…今私達はリリ様の用心棒です。」
『…それでも私は信頼できない。』
「わかっています。行きましょう。」
「そうではなくてあの…」
「黙って従え。」
「は、はい…」
私は地面を蹴るとスウォン達より素早く仲間達の背中を追った。
高台から見ると遠くの海にたくさんの小さな影が見えた。
「遠くてよく見えんがあれは…」
「間違いなく南戒の方角からの船だね。」
『…尋常じゃない数だわ。』
「取り引きの商船にしては数が多いよね。」
「団体で観光かなー?」
「戦でも起こす気か?」
「困りますね。将軍や王に予告もなしにあんな団体さんを一気に連れて来るなんて。
こっちはヒヨウさんで忙しいのに。帰ってもらいましょうか。」
スウォンのそっけなく言った言葉に私とヨナ以外の皆がポカンとした。
私は彼がそう簡単に言ってやってのける事を知っている為、特に驚く事もない。
「…そだね、帰ってもらおう。」
「ヒヨウさんはそのうち出て来るでしょ。」
「近隣住民も迷惑であろう。」
「ちょっと!待ってどうやって?あんなにたくさんの船を…」
「そうですねぇ…」
「リリ、大丈夫よ。私達が何とかするわ。リリは安全な所で待っていて。」
「いっ嫌よ!!わ、私だって闘う為にここに来たんだから。」
リリの言葉に私達は目を丸くしながら彼女を見つめた。
「私は何の力もないかもしれないけど…
水の部族の地は私の大切な場所よ…!一緒に闘わせてよ…!」
「リリ…」
するとスウォンがリリの肩に手を乗せた。
「我々の中で一番水の部族を救える力を持っているのはリリ様ですよ。」
「えっ…」
「微力ながら私もお手伝いします。」
『…リリから離れなさい。』
「あなたは何を考えているの?」
私とヨナの強い言葉と眼差しにリリや仲間達が狼狽える。
私達とスウォンの関係を知らない者から見ると何故殺気を放っているのか見当もつかないのだろう。
「私の考えている事なんて今回においてはここにいる皆さんとそう変わらないと思いますが…?」
『今回においては、ねぇ…』
「…リリ様、この町に大富豪のお知り合いはいます?」
「大富豪…?」
「その方達に船を何隻か貸して貰うんです。出来ますか?」
「…やってみる。」
「あとはこの町の漁師さんに話をつけたいですね。」
「まさかあの団体さんに船を出して真っ向勝負する気かい?」
「いいえ。でも海に出なければお引き取り下さいって言う事も出来ませんし。」
「お引き取り下さい、ねぇ…」
スウォンの的確な指示にジェハも何かを感じつつ指示に従った。
「わかった。じゃあそれは僕らが交渉してくるよ。」
「あ、ではもう一つお願いしたい事が…」
「何だい?」
スウォンとジェハが話していると、ユンが俯いたままのヨナを呼んだ。
「ヨナ、行こう。…ヨナ?」
「ユン、私リリと一緒にいる。」
『姫様!』
「ユン達は漁師達に交渉に行って。」
「では私は姫様にお供します。」
「キジャの力は向こうで必要になるわ。キジャも行って。」
「いけません、それは…」
『姫様、私もここに…』
「リン、あなたもキジャ達と行ってちょうだい。」
『しかし…』
ヨナは私の耳元で言った。
「ハクに知られたくないの。彼に伝わらないように見張っていて。」
『それは…』
「つらい思いばかりさせてごめんね。」
『そんなことありません…しかし姫様の護衛は…』
「娘さんにはゼノがついてるから!」
「そなたが…?」
「おー、娘さんはゼノが命懸けで守るし。」
「しかし…」
「ゼノが命懸けっつったら娘さんに危ない事は絶対ないから。黄龍の名にかけて。」
『ゼノ…』
「…そなたを信じるぞ。」
するとジェハを先頭にユンとキジャが駆け出した。
私はすっとスウォンに近付くと彼の服を摑んで顔を寄せた。
「っ…」
「ウォン様!」
彼の耳元に口を寄せると小声で言った。
『スウォン…ヨナに何かあったら私はあなたを絶対許さない。』
「わかっています。」
『…その時は迷いなく斬られると思いなさい。』
「…覚えておきましょう。」
私はそう言い残しハクやシンアと合流するべく駆け出した。
地面を蹴ろうとしていたジェハに正面から抱き着くと彼は背中におぶったユンを支えたまま笑った。
「しっかり掴まってて。」
『うん。』
キジャは走って来るようだったが私はここで体力を消費する訳にはいかなかった。
―スウォン…あなたを昔のように心から信じる事なんてもう出来ない…
だからいつでも駆け付けられるように体力はなるべく温存していたいの…―
ヨナ達はリリに連れられて大きな屋敷に来ていた。
「ここが大富豪さんのお宅ですか?」
「大富豪じゃないわ。」
「えっ、違うならどうして。ちょっ、リリ様!?」
「元々仙水の商人達を訪ねるつもりだったから調べて来たの。
今日は商業組合の定例会議が行われる日よ!」
会議が行われている部屋の戸をリリは勢いよく開けた。
「何だね、騒々しい。」
「ここは子供の遊び場じゃないよ。」
「会議中失礼。急いでいるから単刀直入に言うわ。
今仙水の沖に南戒の船と思われる大船団が迫っているの。」
「はあ?」
「私達はそれをくい止める為に船を集めている。
あなた達の所有する商船でいいわ。あるだけ貸しなさい。」
「突然何だ、この連中は。馬鹿なのか?」
「一体どこの娘だ?」
リリはただ商人達の笑いものにされるだけ。
ただそこに南戒の船隊が近づいて来ているという情報が別の伝達係によって伝えられた。
「そんな…本当だったのか…」
「…言ったでしょう。今船が必要なのよ、貸して頂戴。」
「どうして訳の分からん娘に貸さなきゃならんのだ。」
「貸してくれたら私達があの船隊を追い返すわ。」
「はあ…もう笑う気力もない。出て行け、馬鹿馬鹿しい。」
「しかし南戒の船隊だと…何をしに来たんだ。まさかヒヨウが…」
「あああ、今度こそわれら仙水の商業組合も潰されるのか。」
「どうすれば良いのだ。いっそ仙水を見限って余所に…」
「そうだ貢物を用意して…」
「聞け!!!」
リリは怒って近くの壁を拳で殴った。それによって静まりリリの声が部屋に響く。
「いい!?時間が無いの!!
あんた達はヒヨウに長年ここでの商売や生活を抑制されて来たんでしょう!?今度は南戒が仙水を占領しに来たのよ!?
私はヒヨウをぶん殴りたいからここに来た!水の部族が大事だからここに来た!
あんた達はいいの!?全てを奪われたままで本当にいいの!?」
「しかし…今まで我々は自警団を組織したがヒヨウに悉く潰された…
船を出して報復にあえば次は殺される。」
「…わかった。腰抜け共、あんた達には害が及ばないようにするわ。
これから私が仙水の外れにある駐屯兵団を連れて来るからその時は船を出しなさい。」
「なっ…」
その言葉に驚いたのは商業組合だけでなくヨナやスウォンも同様だった。
「この娘、またおかしな事を…」
「あそこの兵達は今まで何もしちゃくれなかった。
水の部族長だってこの町には手を出せずじまいだ。」
「軍が動くわけがない。たとえどんなに金を積んだって…」
「今はあんた達に聞いてるの。私が軍を連れて来たら船を出すの?出さないの?」
そうして商業組合の商人達はその条件下で船を出す事を承諾したのだった。
ハクと合流した私達は海の向こうの船を見ながら作戦を実行に移した。
「ハク。」
「戻ったか。」
「やあ、盛り上がってきたじゃないか。また暴れ時かな。」
「…姫さんは?」
『途中でリリに会って船を集めて来るって事で別行動よ。』
「ちょっと待て。リンもタレ目も白蛇もこっちに来たのか。」
「リリちゃんには腕の立つ用心棒がついてたみたいだし、僕らはあの船隊を相手にしなきゃならないからね。」
「用心棒?よく知らん奴が信用出来るか。俺が行って…」
『ダメよ、ハク。私も姫様に言われてこちらに来た。ハクにはこちらにいてほしい。』
「それに信用出来る。」
『キジャ…』
「ゼノが黄龍の名にかけて守ると言った。だから大丈夫だ。」
ハクは一瞬曇った私の表情を不思議に思いながらもキジャの言葉を信じて船隊との戦闘準備に取り掛かったのだった。
ヨナはリリやゼノ、スウォン達と共に水の部族駐屯地へ来ていた。
「兵の皆さん、忙しそうですねえ。」
「沖の船隊には気付いているようね。」
「リリ、兵を動かすなんて…本当に?」
「ヨナ、私は麻薬にしてもヒヨウにしても結局はこの地の人々が立ち向かわなきゃ未来はないと思うの。そして私が彼らを守る為に決断しなくては。」
「リリ…?」
強い目のリリはヨナに呼ばれても足を止めずに門に向かった。すると案の定兵達に止められてしまう。
「止まれ、何だお前達は。」
「ここの隊長に会わせて欲しいの。」
「はあ?ラマル隊長に何の用だ!?」
「急いでるの。いいからここの隊長に…」
「時間が無い。強行で行きましょう。」
スウォンはそう呟いたかと思うとすぐにリリの素性を明かした。
「この御方は水の部族長アン・ジュンギ様がご息女リリ様にあらせられます。」
「えっ…」
彼の言葉に兵だけでなくヨナも驚いたようだった。
「沖の船隊はご覧になられたでしょう?火急の用につき速やかに隊長にお取り次ぎを。」
この一言で彼らは兵舎への入場が許可され、全ての兵が集まる建物に足を踏み入れた。ラマルという隊長が前に進み出る。
「兵を動かせと…戒帝国の船隊に…ですか?」
「はい。」
「しかし前例の無い事ですから…リリ様の御命令といえど…すぐには…」
―お役所仕事…加えて水の部族長は戦嫌い…さてどうやって動かすか…えっ…―
スウォンが考えている隣でリリは荷物からある箱を取り出すと台にコトッと置いた。
「これが何だかわかる?」
彼女が箱の蓋を開けるとその場の全員が息を呑んだ。
「こ…これは正しく…」
「そうこれぞ水の部族長の象徴、水の金印。
あんた達が動けない理由は我が父アン・ジュンギへの忠誠によるものと受け取った。私はそれを評価する。
だがこれは水の部族の存亡の機である。
これより私の言葉は水の部族長の言葉と思え。」
すると兵が全員その場に膝をつき頭を下げた。
「リリ様…御意に。我らお役目喜んで頂戴致します。
しかし恐れながらここの兵力では現実あの船隊を相手にするのは厳しいかと存じます。せめて援軍を…」
「それは…」
「策はあります。」
「ウォン!?」
「船はこの町の商人さんが出してくれますから、皆さんは準備を急いで港へ行って下さい。」
「勝機はあると…?」
「大丈夫ですよ。それに…いるんでしょう?向こうには。雷獣が舞姫と共に。ならば何が来ても負けませんよ。」
スウォンは迷う事なく兵達にそう告げ、指示を出していった。