主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
火の部族・水の部族
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結局リリは水呼城には帰らず四泉に残った。
「リリ様、本当に水呼城にお戻りにならないのですか?」
「あいつら旅芸人のくせにナダイに関わる店に行くっていうのよ。
密売人じゃなくても不審者には変わりないでしょ。」
「あら、あなた昨日の。」
「やだ偶然ーよく会うわね。」
「こちらが不審者です、リリ様。」
リリ、アユラ、テトラを見つけたのはヨナだった。私達は河原で野宿していたのだ。
「こんな所に集まって何をしてるの?」
「えーと…お金が足りなくて宿を出なきゃいけなくなって昨夜はここに野宿したの。」
「やっ、リリちゃん、アユラちゃん、テトラちゃん。」
『おはよう。』
「嘘。」
「ほんと。」
「貧乏ってすごい!!」
「それほどでもー」
ゼノとシンアがぺこりと頭を下げる為、私とユンは同時にツッコんだ。
「『シンア、ゼノ。ほめてない。』」
「信じられないっあんた達女でしょう!?
こんな所で男共に囲まれて野宿なんて…っ」
「平気よ、皆仲間だもの。」
『彼とは恋仲だし。』
「恋仲!!?」
「安心と安定の男共です。」
「それはどうかなー」
「そういう事にしとけ。」
「でも…ほら虫とかいるし寝床は固いんじゃ…」
「山の中に比べたら快適よ。」
―や…山の中ですって!?田舎娘どころか山の中に住んでるなんてとんだ野生児だわ。
将軍の娘である私とは全く住む世界が違う!!―
「それに昨日暴れてた人達の様子も気になるし。」
ヨナが言う通り麻薬中毒者が呻き声を上げながら河辺に座っていた。
「数人は家族が引き取りに来てくれたけど…」
『この人達は昨夜からこのままなのよ。』
「お水よ、飲んで。」
ヨナは水を男性に差し出した。そしてゆっくり飲ませるが、その光景がリリには不思議なようだ。
「…あんた、怖くないの?その人…昨日あんたを押さえつけてた人じゃない。」
「この人ね…昨夜は自分が家族を殺す幻を見るって泣いていたの。
だから弱い心がナダイに支配されてしまっていても治りたいと思ってると思う…
本当は縛りたくなんてないけど、時々ひどく暴れるから…」
「彼らはなぜ麻薬に手を出したのかしら。」
「理由は様々だと思うけど少なくともこれから行く水麗という店で麻薬を飲まされた人は知らずにか無理矢理だと思うよ。」
ジェハの言葉に私は顔を顰めた。
―酷い…麻薬一つでこんなに人というものが壊れるなんて…
治せるの…?こんな途方もない…―
「…仲間達が出かけてる間、あんた達はどうするの?」
『ここで待つわ。』
「この人達をこのままにしておけないもの。」
私とヨナの迷いのない言葉にリリは目を丸くする。
―なぜそこまで出来るの…!?この地に無関係の人間が…―
するとリリが私達に向けて言った。
「彼らはこの町の診療所に保護させるわ。ここで縛っておくにも限界があるでしょ。」
「えっ、でも…」
『この町には依存症患者が多すぎて引きうけてもらえないでしょ…』
「アユラ。」
「はい。」
リリの指示でアユラがすぐに手配に向かった。
「ひとまず必要なお金を診療所に渡しておくから。あんた達は私のいる宿に泊まりなさい。」
「どうして…」
「昨夜の跳び蹴りと手当ての礼よ。有り難く受けなさい。」
「それは正直助かる。」
「とんでもない、リリ様の恩人ですもの。」
「ついでに女らしさも教えて貰ったらどうです?」
「ハク!」
「こっちの宿には温泉があるんですのよ~女の子なんだから綺麗にしないと♡」
「じゃあ僕もそっちの宿に…」
「おめーは潜入調査だろ。」
こちらへ来ようとするジェハの髪をハクが掴んで引き留める。
ヨナはそんなハクを心配そうに見上げた。
「ハク…」
「すぐに戻ります。のんびり待ってて下さい。」
『ジェハも気をつけて…』
「うん。そんな顔しなくてもすぐに戻るよ。リンこそヨナちゃんをよろしくね。」
『言われずとも。』
彼は微笑むと私に小さく口付けてハクやキジャと共に水麗へ向かった。
私、ヨナ、ユン、シンア、ゼノはリリ達と共に宿へ戻る。そして着くや否や温泉へ向かった。
「こんなに綺麗な宿初めて。」
「四泉で最も高級な老舗宿よ。あんたには滅多にない機会でしょうから欲しいものあったら言いなさい。」
「でもリリ様がお友達をお誘いするなんて珍しい~」
「お友達じゃないわよ。」
その頃、ユン、シンア、ゼノは背中を流しっこしていた。
「それにしてもあんた…何?そのアザ…」
「本当女の子の身体に何てこと。」
「ちょっと護身用に剣を習ってて。」
「剣?」
「まあそんな小さな身体で。」
「まだ全然下手なのだけど。」
『私の場合は姫様の護衛もしてるから傷だらけよ。』
「あんなに強い男共がいるのにあんたが剣を扱う必要あるの?」
「皆…私の盾になろうとするから足手纏いになりたくないの。」
『姫様…』
「いいじゃない~守って貰いなさいな。羨ましい。」
「テトラ、本音出てる…」
「それに…認めてもらいたいの。」
ヨナはふとハクの無邪気な笑顔を思い出して呟いた。
「好きな人に?」
「…そんなんじゃないわ。」
「またまた~あれだけ殿方がいるのに想い人が誰もいないなんて嘘だわ~」
「そんなんじゃないったら。」
「リンちゃんは緑の髪の方と恋仲なんでしょ?」
『えぇ。』
「でもその男共の内3人が今花街に行ってるのよね…?」
その時私達5人を沈黙が包み込んだ。
「本当馬鹿な生き物なのよ、男は!!忘れなさい。」
「だから違うし!皆はナダイを止めに行ったんだし!」
「わからないわよ、男なんて。裏で何してるか。」
「別にそういう所に行ったっていいの!でも今は作戦中だもの。」
『ジェハだって女好きなのは知ったうえで一緒にいるし…』
「ハク達はそういう事で嘘はつかないと思う。」
するとふとアユラが湯から上がって近くに腰かけた。
「どうしたの、アユラ。」
「うーん…あのハクという人…やっぱり何か気になる…」
「あら、アユラ。あの人狙い?」
「面倒な返しはやめて、テトラ。」
「からかい甲斐ないわね、アユラは。でも…そうね、実は私もあの方とっても気になるのよね。」
『っ…』
2人の視線が私にも向けられる。私は小さく肩を震わせながら視線を逸らした。
「リンちゃんも…」
『どこかで会った事ありましたかね…?』
上手く話を誤魔化して私達は温泉を楽しんでから上がると浴衣に着替えたのだった。
私達が温泉にいる頃、ハク、キジャ、ジェハはそれぞれ女性と寄り添って酒を嗜んでいた。
「うーむ…」
「どうしたの、ハク。」
「あのリリとかいう女…何か…引っかかるんだよな…お付きの2人も…」
「ハクがヨナちゃん以外の子を気にするなんて珍しいね。」
「お前が面白がるよーな話じゃねーよ。リンだって気にしてたぞ。」
「そなた達余所事は後にしろ。」
「そうだね。こんなに美しい女性が側にいるんだから。…ってキジャ君表情固いぞー」
「うるさい。苦手だと言っているだろう、こういう場は。」
「純粋だねぇ、キジャ君は。」
キジャは頭を抱えて呟き始めた。
「香水の匂いが里での見合い騒動を思い出させ…うっ、よせ…婆…」
「お兄さん?」
「ああ、気にしないで。彼は今過去の何かと闘ってるから。それにしても…」
ジェハは自分の隣にいるハクを見ながらふっと笑う。
「ハクはタンタンとしていてつまらないな。」
「残念だったなお前が面白がるネタがなくて。」
「そうだよ。それをヨナちゃんへの土産話にしようと思ったのに。」
「俺がここでどうあろうと姫さんは興味ねーよ。」
「…どうかな。」
「あら、片想いのお話?お兄さん、素敵なのに信じられない。」
女性がハクに詰め寄って問いかける。
ハクはイラッとしながら隣でルンルンと酒を煽るジェハを睨んだ。
―ほら、てめーが余計な事言うからノッてきちまったじゃねーか…―
「もう少しお酒はいかが?ここでは外の辛い恋は忘れて…」
―でっかいお世話だ…―
―つらいっ…恋とか…っ―
ジェハはぷるぷる震えながら笑いを堪えている。
ハクはふと自分の隣に座る女性の歯や爪が黒くボロボロな事に気付いた。
「…そうだな。今夜は外の事は忘れるか。」
ハクの色っぽい行動と声色に女性が頬を染め、ジェハは目を丸くした。
「ここはタレ目がうるせーから静かな部屋行きてえ。」
「は…はい、ではこちらに…」
ハクが部屋を出ると暫くしてジェハが持っていたお猪口をカランと落とした。
「おっと…」
「あら…」
「少し…酔ったかな。」
「では奥の部屋でお休みになられます?」
「そうだね…あぁ、部屋であれが飲みたいな。」
「えっ」
「水の部族とっておきの地酒。以前ここで貰ったんだけどね。その味が忘れられないんだ。」
「…はい。すぐにご用意致します。」
「ああ、ついでに彼らの部屋にも運んであげて。」
ジェハの一言によってハク、キジャのもとにナダイが運ばれた。ハクは女性に指示を出す。
「灯りがうるさい。消せ。」
「でもこの地酒を一杯…」
「暗くても酒の味くらいわかる。それに…」
彼は女性の手から酒を奪い、彼女の頬を撫でた。
「月明かりで十分だろ。」
それから彼らはそれぞれの部屋で酒を煽り、酔っ払って倒れるように眠った。
「お兄さん、お兄さん。」
「…おい、どうなってる?」
ハクが眠った後、部屋の外から男が女性に問いかけた。
「…寝てしまったみたいです。」
「ちゃんと飲ませたのか?」
「飲ませました。」
「…妙だな。アレは飲んですぐ眠くなるようなもんじゃねェはず。」
「酔ってしまったんですよ。とりあえず今夜はこのまま…」
女性の言葉を無視して扉がガタッと開かれ、男が入って来た。
「灯りをつけろ。確認する。」
そして男は眠っているハクへと手を伸ばす。
だがその手はハクによって掴まれ逆に男の方が背負い投げられた。
「うあああああ」
倒れた男の背中をハクの膝が抑え込む。
「お前…っ」
「ようやく出て来たな。てめェか、女達に指示してた奴は。」
「お前…酒を飲んだんじゃ…」
「飲んだフリして袖の下に流した。暗いから見えなかっただろうけどな。」
「くっ…」
すると男は首から下げていた笛を鳴らした。
それに反応するように扉が開かれたが、入って来たのはジェハとキジャだった。彼らの手には気絶した男達がいる。
「あれ?ごめん。今のもしかしてこの人達呼ぶ合図だった?」
「平手打ちしただけだったのだが、なんと惰弱な見張りだ。」
「キジャ君の平手打ちは人殺せるよ…?」
「な…」
男達を柱に縛り付けて3人は酒の処分を始めた。
「この店のナダイ入りの酒は全て捨てるぞ。」
「部屋にある香もね。良くない物が混じってる。」
「それをなるたけ吸わないようにするのが一番苦労したぞ。」
「ナダイを客に飲ませるように指示していたのはこいつらで全部か?」
「他の部屋も探したけどね。こいつらなかなか口を割らない。」
「誰一人ここから逃がすなよ。」
「水麗の主はここにはいません。」
彼らに声を掛ける女性がいた。それはジェハが最初店に来た時、酒を飲むのを止めようとしたあの人だった。
「君は…いないとはどういう事だい?」
「それは…」
「アリン!!やめなさい。後でどういう目に遭うかわかっているの!?」
他の女性の言葉にジェハははっとして自分に何かを伝えようとする女性を見た。
「…大丈夫、気にしないで。水麗の主は四泉の至る所でナダイを売ってる闇商人なの。
だから彼が持つ店はここだけではないんです。」
「では今はどこに?」
「わかりません。」
「そいつの名と特徴は?」
「名はヒヨウ。歳は35くらいですがとても若く見えて…額に傷を持つ男です。」
まさかその男が風呂から上がり浴衣姿で宿を歩いていた私達の後ろにいたなんて誰も思いもしなかった。
私達は開けた所へ行ってヨナの剣術の稽古をしていた。
ヨナの剣を私はすっと避けながら彼女の稽古に付き合う。
いつも持ち歩いている剣は部屋に残している。
テトラとアユラは私とどこかで会った事があるようで、素性がバレやすい目立つ剣はそう簡単に持ち歩けそうになかったからだ。
―まぁ、何かあればこの爪で戦えるから問題ないわね…―
「本当に剣術をやっているのね、弱そうだけど。」
「う…」
「可愛いじゃない~」
「…でも筋はいいわ。」
「本当?」
「動きに無駄が無い。師匠が良いのね。」
「ふふ。」
『良かったですね、姫様。』
「うん!リンとハクの教え方がいいんだわ。」
『いえ、全てはハクの教育の賜物でしょう。』
私が微笑むと彼女はとても嬉しそうだった。
―ハクが褒められたっ―
「ハク達…遅いなぁ。」
「花街に行ってるんでしょ。朝まで帰って来ないわよ。」
「帰って来なかったとしても作戦行動だから。」
「あんた達騙されてるのよ。」
「違うったら。」
『朝までには戻りますよ。私は信じてます。』
「うふふ。本当にリリ様にお友達が出来て良うございました。」
「なっ…」
「リリ様は昔からお友達がいらっしゃらなくて同じ年頃のお嬢様がいてもすぐに喧嘩になってましたでしょ。」
「お黙り、テトラ。だいたいこんな田舎娘友達じゃないわよ。」
「そうね、友達じゃないわ。」
『まだ会ったばかりですからね。』
きっぱりとヨナが言う為、私は少しでもその言葉の鋭さを緩和する為にそっと言葉を足した。
「友達なんていらないわ。話相手ならアユラ達で十分よ。」
「私達なんかアテにしちゃ駄目ですよ。何しろお父上様からお給金出てますもの。」
『正直ですね…』
「それにしても今日は良い月夜ですこと。
私宿の者に頼んでお茶とお菓子を頂いて参ります。」
「わあっ」
「ふふ、なんだかワクワクしちゃう。女だけの会話も楽しいものね。
あ、そうだ!ユン達も呼んで来ようっと。」
『ちょ、姫様!!』
「リンはそこで待ってて。」
『は、はい…』
すたすたと歩き出すヨナをリリは驚いたように追いかけた。
「ここに男を投入するの!?あんた今女だけで楽しいって…
待ちなさいよ、テトラにお茶とお菓子追加させなきゃ…!」
「私が行きます。」
「いいわ、アユラはここで待ってて。」
「はい。」
『リリ様…楽しそうですね。』
「えぇ。」
私とアユラは月を見上げて微笑んだ。
その頃、お茶とお菓子を貰いに行ったテトラは盆を持って宿内を歩いていた。
―早く水呼城に戻らないとジュンギ将軍にお叱りを受けるわね…
でもどうしよう…リリ様がいつになく活き活きなさってるんだもの。
親代わりとしてはもう少し自由にしてさしあげたい…
それにナダイの件は思ったより深刻…多くの人が見て見ぬフリ…
四泉がこんなにも腐敗してるなら他の沿岸部は…―
そう考えてながら歩いていると彼女は人の悲鳴のようなものを聞いた。
声を頼りにある部屋に歩み寄って聞き耳を立てる。
「お願いします。この宿は格式と伝統ある四泉の老舗。
お客様にナダイを横流しするなど…
そんな事をしてはここは宿としての機能を完全に失ってしまいます。」
そこには男達がいて宿の主らしい男性は床に伏し踏みつけられていた。
中央に立つ男の額には大きな傷跡がある。
傷の痛みに顔を顰めながらヒヨウと呼ばれる男は宿の主を見下ろした。
「ヒヨウ様!!」
「やだ、また傷が…全く益体も無い人ですね。
この古臭い宿がなんとか潰れずに済んでいるのは私が今まで援助を惜しまなかったからでしょう…?
あなたにはまだまだ借金があるし、幸いこの宿には羽振りの良い客が来る。
そろそろ私にも見返りがあっても良いと思いませんか…?」
「元はといえばあんたが…
四泉にナダイをばら蒔いたから全てが狂ったんじゃないがッ」
主が言い終わる前に彼の口にヒヨウの足が突っ込まれた。
「うるさいわね、大声出さないで頂戴。」
「ヒヨウ様出ております、おネェが。」
「はっ…とにかくあなたは今まで通り仕事をすれば良いんです。
後はこちらで首尾よく進めますから。近いうちに南戒の商人と仙水で取り引…」
テトラはそこまで聞いて冷や汗を流した。
―これは…本物の密売人…!?しかもこの事件の主犯格の人間…!?
詳しく知りたいけど危険だわ。リリ様を早く別の場所へ…―
その時彼女の背後に大柄な男が立った。
「ここは一般のお客様は立入禁止ですよ。」
「あ…あら失礼。お部屋を間違えたみたい。戻りますからどいて下さる?」
彼女が男の隣を通ろうとした瞬間、男は彼女に殴りかかってきてテトラは咄嗟に盆を投げて拳を躱し強い蹴りを喰らわした。
だが何事もなかったように男は立ち上がった。
「あら…なんて事…これが効かない人なんて初めて…
あなたもナダイで身体が麻痺してるのかしら…?」
そう言った瞬間、テトラは背後の襖から突き出した剣によって腹部を刺されてしまった。
「おや…誰かいらっしゃると思って刺してみましたが、大当たりですか?」
「あなたが…」
彼女を刺したのは他でもなくヒヨウだった。彼女はそのまま倒れてしまう。
「お味方に刺さってたら…どうなさる…おつもり…」
「別に代わりの薬中人形を用意するだけよ。
…面倒だから適当に殺して海に捨てておいて下さい。」
「はい。」
「きゃ…テトラ!!」
そこに偶然やって来てしまったのは剣を持ったままのヨナと、テトラに茶と菓子の追加を頼もうとしたリリだった。
「リリ…さま…にげ…」
「いけませんよ、ここは立入禁止なんですから。」
「テトラ…っ」
「駄目!!下がって。」
「ヨナ…ちゃん…リリ様を連れて逃げ…て…
この人は…ナダイの…水の部族にナダイを持ち込んだ…密売人…」
―この人が…!?―
ヨナは暴れるリリを抑えながらテトラの言葉に目を見開いた。
彼女が見たヒヨウの目は嫌な物そのものだった。
―逃げなきゃ…リリを早くここから…
いいえ、駄目。逃げたらすぐにこの人はテトラを殺してしまう…!―
「あの2人もとっとと片付けて。」
―逃げない。ならば闘うしかない!!―
ヨナは剣を抜くと鞘を近くに投げ捨てた。
私は鞘が捨てられる音と剣の冷たく響く音、そしてざわつく気配を感じて顔を顰めた。
『…姫様?』
「え?」
『…行かなきゃ。テトラさんが…刺された!!?』
「何を言って…」
『密売人がこの宿にいる!!』
私はそう叫ぶと気配を辿って走り出した。
アユラも慌てたように私を追いかけて来るが、私の方が身軽で速かった。
ヨナはというと彼女が剣を構えた事で男の一人が笑いながら襲い掛かってきた。
剣同士がぶつかってヨナは弾き飛ばされる。
「フン…剣など持ち出すから何をするのかと思ったら…」
「や…やめなさい…あんたじゃ無理よ…っ」
それでもヨナは逃げず襲ってくる男の剣を受け流し始めた。
「リリっ、私から離れないで!」
凛々しい横顔を見てリリは息を呑む。
「何を守れる気でいる!?先刻から俺の一撃を受けるだけで精一杯のくせに。
勝敗の帰趨は明らかではないか!」
「…くっ。確かに私は強くない…でもあなたの剣は鈍い。
私はあなたの百倍速くて重い剣を知ってる。」
―ハク、教えて…力の無い私が力の勝る者に勝つにはどうしたらいい?
リン…誰かを守るにはどうしたらいい?
いつかお前達の隣で闘えるくらい強くなるにはどうしたらいい?―
その時彼女の脳裏に私達の声が響いた。
「脇がガラ空きだ。」
『蹴りが来ます。姿勢を低くして避けて。』
「蹴りを避けきったら軸足を叩け!!」
その言葉の通り彼女は動き鋭い眼光のまま男の足を斬った。
「チッ…」
「ヒヨウ様、私が。」
「あ…あんた…」
ヨナが疲れて膝をついているとそんな彼女にヒヨウの付き人が剣を振り上げた。
「危な…!」
『ヨナ!!』
リリを庇ったヨナに覆い被さるように私は2人を抱き締めた。
すると男の剣が私の背中を深く抉る。
『うっ…』
「っ…」
『姫様…ご無事で…?』
「リン!!」
「きゃああっ」
私の背中は大きく切れ、庇いきれなかったヨナの腕にも傷があった。
「う…うそ…やだ…しっかりしなさいよ…!」
力なく2人の方に倒れている私に向けてリリが叫ぶ。
ヨナも腕の傷が深く出血も多くつらそうだ。
「何…してんのよ…?私の盾になって力も技もないくせに…
どうして…どうしてそんな自己犠牲が出来るの?あんた達おかしいわよ!!」
『…自己犠牲…?違うわ…
私は…生きる為に闘いヨナを守る為にここにいる…
そう簡単にくたばりませんよ…』
「私も生き抜く為に闘ってるの。理不尽な力に屈する気なんて毛頭無い。」
『っ…』
「…そこにいて、リン。」
『しかし…』
動けずにいる私を近くに横たわらせるとヨナは再び剣を握って敵と向き合う。
彼女の服が赤く染まっているのに私は何もできない。
―ハク…ジェハ…私に力を頂戴…―
『剣が…あれば…』
未だにヨナやリリを守ろうと足掻く私や、恐怖に震えながらも闘おうとするヨナを見てリリは自分の無力さを感じる。
―私は水の部族を救うんだと簡単に口にして現実に怯えて何の覚悟もないままどうすれば良いのかわからないまま…
私の為について来たテトラが倒れても、未だ私の足は動けない…
どうしてこんな子がいるの…?―
リリは私達を見上げて思った。自分もこんな風に強くなりたい、と…
私にとどめをさせなかった男は再び剣を振り上げたが、それはヨナによって弾かれる。
別の男がヨナに斬りかかった為、私は無理矢理身体を動かして爪でそれを受けた。
背中の傷から血が噴き出すのが自分でもわかる。
どうにか爪を使って応戦していると私がふらついた瞬間にヨナに2人が同時に斬りかかった。
それを気配で探知した私は彼女を自分に引き寄せる。
「っ!?」
『くっ…』
そうすると一人の剣が私の左肩に刺さった。
それでも倒れない私と、出血が多く意識が遠のきそうなヨナを見てヒヨウは部下に言う。
「生意気な目をした女共ですね。鼻につく。とっとと殺って下さい。」
だが斬られて悲鳴を上げるのは男の方だった。
シンアが私達の様子を見たらしく急いで駆けつけて男を斬ったのだ。
ほっとしたヨナはその場にへたっと座り込み、私は倒れていく。
「シン…ア…」
『よかっ…た…』
「ヨナ!」
「リン!!しっかりして!!」
「ヨナ、腕の傷深いじゃん!!」
「お嬢!!」
倒れていった私を抱き留めたのはゼノだった。
私は既に意識を失っていて私の下には赤い水たまりができていく。
「お嬢の背中の傷…深いよ。」
「左肩も刺されてるの…
それにユン…あの人達が四泉にナダイを持ち込んだ密売人よ…」
「ええっ!?」
シンアは私とヨナの傷を見て怒りを顕わにし呻き声を上げるとそのままヒヨウ以外の男を一瞬にして斬った。
ヒヨウに向けて剣を振り上げたシンアをヨナは止める。
「シンア!待って、その人には聞きたい事がある。」
ゼノは私をユンに託すと剣を持って立ったヨナの隣に並ぶ。
ヒヨウが懐から剣を抜こうとしたのに気付いたヨナは自らの剣で彼の額を斬った。
「じっとしていなさい。」
「ヨナ、駄目だよ動いちゃ!」
「ぎゃあああ!私の…私の肌にまた傷がぁあああ!!」
突然額を抑えて叫び始めたヒヨウを見てゼノが咄嗟にヨナを庇うように立つ。
「ゆるさない…ゆるさなイィイイイ
忘れない…あんたの顔…絶ッ対殺す。」
ヒヨウはそのまま逃げ、シンアは後を追おうとする。だがすぐにゼノが引き留めた。
「青龍!そいつはあとだ。娘さん達が危ない!」
私、ヨナ、テトラはすぐに部屋に運び込まれユンによって手当てをされた。
ヨナは傷自体は腕の深い切り傷のみだったが、出血多量の所為で気を失っていた。
私とテトラの傷は深く危険が伴う。
私の場合、背中の傷が深くとも急所を外していた為縫合のみ行われ包帯が巻かれた。左肩の傷も同じく。
テトラは腹部を刺された事もあり危険な状況が続いた。
私とヨナは並んで布団に横にされ、私は服を脱がされ背中を上にして包帯を巻いただけの状態で眠っていた。
そこにハク、キジャ、ジェハが顔面蒼白の状態で帰って来た。
「リン!!!」
「姫様っ…何て事だ、お怪我を…!」
「ヨナは腕を…リンは肩と背中を斬られたんだ…
手当てが早かったからもう大丈夫。」
キジャはヨナの隣に座り込み、ジェハは私に駆け寄って苦痛に顔を歪める。
苦しみながら汗をかいた私の頬を撫で、顔にくっついている髪をどける。
「何があった?」
「ヒヨウっていうナダイの密売人がこの宿で密談してて、ヨナとリンはそこに居合わせたらしいんだ。」
「ヒヨウ…!?水麗の主だ。」
「この宿にもそいつの息がかかっていたとは…」
「そいつはどうしたんだい?」
「逃げた。たぶんもうこの周辺にはいない。
ごめん…俺らがついていながら…っ
ヨナ達はお風呂に行ってると思ってたから…」
その時ゼノが扉を開けて隣の部屋から顔を出した。
「ぼうず!こっちの娘さんを手伝ってくれって。」
「あっ」
「まだ怪我人がいるのか?」
「テトラさんが刺されたんだ。」
「何だって!?」
「あっちはちゃんとした医術師が診てくれてるけど重傷なんだ。手伝って来る。」
ユンが走り去るとハク、キジャ、ジェハは悔しそうに拳を握った。
「何て事だ、僕らが留守の間に…」
「安全の為に水麗には姫様をお連れしなかったというのに…
まさかこの宿にナダイの主犯格がいたとは…」
ハクは眠る私を一瞬見た後、ヨナを見つめて苦い表情をした。
結局私とヨナの寝室も分けられて私の方は怪我の所為もあって熱を出していた。
「リン…」
「ジェハ、リンの事任せてもいい?」
「うん…」
「…よろしく。」
ユンが部屋を出るとジェハは涙を目に浮かべながら私の頭を自分に抱き寄せた。
「ごめん…守り切れなくて…傍にいなくてごめん…」
同じ頃、ヨナは龍達が泣いている夢を見ていた。
「あなた達もしかして…
白いあなたはキジャ?どうしたの?泣きながら尾で自分を叩いたりして。
緑のあなたはジェハ?難しい顔してジェハらしくないわ。
シンアどうしたの?何を泣いてるの?泣かないで…」
彼女が青い龍を撫でていると彼女の腕を黄色い龍が撫でていた。
「ゼノね。腕…治そうとしてくれてるの?平気よ。」
するとそこに甘い香りが漂い黒い龍が現れた。
その龍はヨナを包み込むように寄り添い周囲を警戒していた。
「あなたはリンね。龍になってもとっても綺麗…
私を包むように…守ってくれてるの?
あ、そっか。皆私が怪我した事を気にしてるの?
泣かないで、皆のせいじゃないわ。怪我をしたのは私の力不足よ。
リンの方が私を庇って重傷なの。そうでしょ?」
それでも黒龍は彼女から離れずただ瞳を寂しそうに揺らしていた。
「でも私の剣術が少しは通用したのよ。
アユラにも筋がいいって褒められたんだから。ねぇ、ハク。」
彼女が顔を上げた先ではハクが暗い表情で俯いていた。
それを見て彼女ははっと目を覚ました。すると夢と同じ暗い表情のハクが目の前にいたのだ。
「ハク…帰ってたの。」
「具合は?ユンを呼んで来ましょうか?」
「大丈夫。」
「…皆は?」
「ユンは今テトラの所に。龍共は逃げた密売人ヒヨウの足取りを追ってます。
…まぁ、タレ目はリンの所から離れようとしませんが。」
「リンは!?大丈夫なの!!?」
「背中と左肩に大きな傷がありますが、手当てが早かったのと急所を外れてるんで大丈夫です。
リンの事だから姫さんを庇って斬られたんでしょう?」
「えぇ…リリを庇おうとした私を守ろうとして背中を…」
「姫さんの腕の傷も深いですけど…」
「リンが庇いきれなかった剣がリンの背中から私の腕まで斬ったのよ…
剣を持っていなかったから、その後シンアが来るまで爪で応戦してて…
それでも私を守る為に左肩まで…」
「剣を持っていなかった…?」
―…あの剣をアユラやテトラが見たら姫さんがヨナ姫だってバレると考えたのか。それが今回は仇となったみてェだな…―
「今は傷の影響で熱を出して寝ています。
アイツが姫さんを庇ったのは咄嗟の事で無意識でしょう。」
「…」
「自分の所為でリンが傷ついたなんて考えないように。」
「…わかってるわ。」
「あ、それからヒヨウは水麗でナダイをばら蒔いてた黒幕だったんですよ。
そして水麗だけじゃなくこの町の至る所で闇商売をしているらしい。」
「…そう。」
―今まで会ったどんな人よりも冷たい目をした人だった…
あの人を止める事が水の部族を救う近道になる…―
ヨナが身体を起こして水を飲もうとすると痛みが走ってふらつき、ハクは彼女をさっと支えた。
彼はヨナの肩を抱くように起こすと自分に身を預けさせ水を飲ませた。
「…なんだか今日はハクが優しいわ。」
「心外な。俺が優しくない時がありましたか?」
「よく言う…」
そしてヨナが見上げたハクの表情が自分を責めるような夢で見たものと同じ表情だった為彼女は言った。
「ハク、私剣で闘ったのよ。ハクの教えの通りにやったらそれが通用したの。
ハクの教えがなかったら危なかった。だからね、ハク…」
―そんな顔しないで…哀しい顔をしないで、ハク…
私に力があれば、一人で闘えるくらい強ければ…
誰にも哀しい顔させないのに。リンに怪我だってさせないのに…そしたらハクも笑ってくれる…?―
「…姫さん?」
ヨナは自分の無力さを思い涙を流した。
「傷が痛みますか?ユンを呼んで…」
「違…何でもない…っ」
「何でもないってそんな顔…」
「ハクは悪くない…っ
だから一つも私の傷に責任など感じなくていい…っ
これは私の…私の傷だから。」
ハクはヨナの言葉に息を呑んだが何も言えなかった。
―これは私の歩んでいく道だから。
選んだ道だから…だからハクは哀しまないで…私を導いて…?―
ハクは再びヨナを身体に負担がかからないように寝かせると膝を抱えた。
そして頭に響くのは責任を感じないでほしいという彼女の言葉だけ。
「…無茶を言う。…あんたが大事すぎる。」
ちなみに逃げたヒヨウはというと部下に仙水を拠点とし、麻薬人形を使って赤い髪の女を殺すよう指示を出していたのだった。
私は熱に魘されながらある夢を見ていた。
暗闇を歩いていると私の身体に激痛が走り周囲が私の血で赤く染まった。
倒れた私に駆け寄って来たのはジェハで、彼は泣きながら私を抱き起こした。
彼がこんなに泣いているのを私は初めて見て驚きを隠せない。
彼はずっと謝っているのだ、自分を責めながら。
彼を抱き締めてあげたいのに、髪を撫でてあげたいのに身体は動かないし、あなたの所為ではないと伝えたいのに私の口からは言葉が紡がれない。
その事が苦しくて悔しくて悶えていると息苦しさから目が覚めた。
『はぁ…はぁ…』
「リン…?」
私は服も着ずに上半身のほとんどに包帯を巻かれた状態で横になっていた。
『ジェ…ハ…』
「大丈夫かい?」
『うん…ジェハ…?』
彼は私の方を見ずに話しかけてくる。
その声が少し震えている気がして私は問いながら右手を彼に向けてゆっくり伸ばした。
『ジェハ…そんなに遠くにいないで…傍にいて…』
「リン…」
『怖かったよ…ヨナを守らなきゃいけないって思って咄嗟に庇ったけど…
お陰で動けないし…ヒヨウは冷たくて嫌な目をしていたし…
ジェハにすごく会いたくなった…助けてって叫びたかった…!!』
「うん…うん…ごめん…」
私はゆっくり身体を起こした。
すると激痛に襲われ身体の力がくたっと抜けてしまった。
倒れ込む私に気付いたジェハがこちらへさっと近付いて、彼に向けて伸ばした私の手を握って身体を起こすのに手を貸してくれる。
自分の胸に抱くように向かい合って座らされる。
背中を反らすと痛いため私は彼の胸に頬を寄せてもたれかかる状態で座った。
彼の手は私の腰辺りで組まれている。背中に触れると痛むと考えたからだろう。
「痛むかい?」
『うん…でもユンが縫合してくれたんでしょ?
きっと千樹草も使ってくれたのね…じっとしていればそんなに痛くないわ。』
「君が怖い思いをしている時に限ってどうして僕は傍に居られないんだろう…」
『それは神様の意地悪よ、きっと。』
私が見上げると彼の今にも泣きそうな顔が見えた。
きっと私が眠っている間も自分を責めて泣いていたのだろう。少しだけ彼の目元が赤くなっていたから。
『やっとあなたの顔が見えたわ…』
「…」
『泣いてたの?』
「…」
『自分を責めてたのね?』
「…僕がナダイに手を出さなければリンもヨナちゃんも巻き込まれなかっただろう?」
私は微笑むと首を横に振った。
『きっと何らかの形でナダイに関わっていたと思うわ。
だってナダイはこの高華国の闇のひとつなんだもの。
ヨナはそれを小さな自分の力でも私達と一緒なら変えていけるって信じて突き進んでいる。
その信頼に応えなければ…私は彼女と共に生きる為に存在するのだから。』
「リン…」
『そんなヨナと一緒にいたからジェハにも出逢えたわけだし、彼女を守ってしまうのは条件反射みたいなもの。ジェハには何も責任はないわ。』
「…こんな僕でも傍にいていい?」
『傍にいてくれなきゃ嫌よ。』
「…ありがとう。」
彼は私が夢で見たのと同じように大粒の涙を流した。
泣いている姿さえ美しくて私はつい見惚れてしまう。
だがその泣き顔は年上で落ち着いたいつもの彼より少しだけ幼く見えた。
その時私は自分の身体と頭が重い事に気付いた。
『っ…』
「そうだった…君は熱を出してて無理をしてはいけない状態なんだ。」
『熱…?』
「背中と肩の傷が深いし、出血もだいぶしてたみたいだからその影響だろうね。
ユン君も安静にするようにって言ってたよ。」
『そう…』
「傷が塞がるまでは激しく動く事も禁止だって。」
『…』
「君の事だから戦闘が始まったりヨナちゃんに危険が迫ったらまた無茶をするんだろうけど。」
『…ごめん。』
「阿波にいた頃はどうして自分の身を挺して戦えるのか不思議だったし、命を賭ける君に怒りと悲しみを感じていたけれどヨナちゃんを見ていて分かった気がするよ…
守らないといけない気になるからね。」
『ジェハ…』
「危険に巻き込みたくないと思うのも龍の血故かな。」
『そして相手がヨナだからよ。』
「…そっか。」
私が彼の流れる涙を拭うと彼はふわっと微笑んでくれた。
そして私を再びうつ伏せに寝かせると冷たい手拭や氷を私の額や身体に当てた。
『冷たい…』
「当たり前だろう?」
『…暑いのに寒いわ。変な感じ…』
「君の事はユン君に任されてるからな…」
『傍にいてくれたらいいの。』
「それで熱が下がって傷も早く治るならお安い御用だよ。」
『ところでキジャ、シンア…それからゼノは?』
「情報収集に出掛けたよ。彼らが行くのに僕がここにいるわけにはいかないと思って追いかけようとしたら、全力で止められたんだ。」
『ふふっ』
「そなたはリンの傍らにいてやれ、だってさ。」
『キジャらしい。姫様はご無事?』
「君が庇ったからね。腕の傷は深いみたいだけど問題はない。」
『…守り切れなかったの。姫様とリリ様とは別行動を取っていたから異変に気付くのが遅くなって…』
「君だって人間なんだ。完璧というわけにはいかない。」
『…そうね。』
「さっき僕に言ったよね、何も責任はないって。その言葉、そのまま君に返すよ。」
『ジェハ…』
「君が庇ったからヨナちゃんは大きな傷を負わなかった。
君が庇わなかったら今頃ヨナちゃんは生死を彷徨っていたかもしれないだろう?」
『…』
「ちゃんと守ったんだよ。ただ僕としては君には君自身も大切にしてほしいな。」
『…うん。』
「ほら、お喋りはこれくらいにして眠って。
身体にこれ以上負担をかけるわけにはいかない。」
『…ジェハは傍にいてくれる?』
「君が望むのならば。」
ジェハは甘く微笑むと私の隣に横になり手を握ってくれた。
「抱き締めたいところだけど、そうしたら背中が痛むだろうからね。
傷が塞がるまで我慢しないといけないかな。」
『あら、残念…』
その時になって包帯を巻かれただけの状態でジェハと抱き合っていた事に気付き私は頬を染める。
「顔が赤いけど暑いかい?」
『な、なんでもない…』
「うん?もしかして自分の格好を見て恥ずかしくなっちゃった?」
『それ以上言わないで!』
「ハハハッ」
彼と向かい合うように手を繋いで眠りに就くともう彼が泣いているような寂しい夢は見なかった。
私やヨナが眠っている頃、リリはテトラや私達が斬られてボロボロになる夢を見て涙を流していた。
夜が明けて私はジェハに身体を支えられながらヨナのもとへ向かった。
『姫様…』
「「リン!!」」
するとヨナとハクが駆け寄って来る。
「動いて平気なの!?」
『まだ完全ではありませんが、大丈夫ですよ。』
「お前、無茶しやがって!!」
『ごめん…』
「でも…よく姫さん守ったな。近くにいられずにすまない。」
『ううん。』
「ユン君、リンの背中に薬を塗ってあげてくれるかい?」
「え…わかった。」
私が壁の方を向いて迷う事なく着物を脱ぐとユンが頬を染めた。
ジェハはそんな彼を見てクスッと笑うと私の身体に巻かれた包帯を取った。
彼とは何度か身体を重ねた事もある為、少々裸を見られた所で今更だ。まぁ、恥ずかしくない訳ではないが。
「ジェ、ジェハ…」
「どうしたんだい、ヨナちゃん?」
「そ、その…リンは服着てないのよ…?」
「綺麗なリンの素肌を他人には見せたくないけど、こんな時は仕方ないかな。」
「そういう事じゃなくて…」
「心配は不要ですよ、姫さん。こいつリンの裸なんてしょっちゅう見てますから。」
『ちょっと、ハク!!』
「まるで僕とリンが夜に何をしてたか知ってるような口調だね、ハク。」
「野宿の時に俺達の所を離れて山奥で何してんのか…覗き見る趣味はねぇが、薄々想像はつく。」
『…それ以上言わないでちょうだい。』
ユンは頬を染めながら私の背中の傷に千樹草を使った薬を塗ってくれた。
『っ…』
「あ、ごめん…」
『大丈夫よ…ちょっと沁みただけだから。』
「姫様、只今戻りまし…」
「お帰りなさい。」
勢いよく戻って来たキジャが見たのは背中を出してユンに薬を塗ってもらっている私だった。
「す、すまない!すぐに退出す…」
『入っていいわよ。何かわかった?』
「お嬢、大丈夫?ゼノが薬塗ってあげる。」
「もう塗った。」
『もう平気よ。ありがとう、ゼノ。』
「控えんか、そなた達っ」
「それよりヒヨウの居場所は?」
ハクは煎餅を食べながら私を正面から見つめる。
ちなみにヨナの傷はもう塞がり始めていて支障はないようだ。
「水麗で捕えたヒヨウの部下に吐かせたところ、奴は四泉の他に仙水でも幾つかの店を持っていてそこを拠点に…」
『…ハク、じっと見るのやめてくれる?』
「別に今更だろ、小さェ時から見てんだから。」
『向こうむいてろ…』
「僕も流石にそろそろ怒るよ…?」
「そうだ、全員向こうを向け!!」
キジャの言葉でハクは渋々私から顔を背けた。
ジェハは小さく笑いながら私の身体に上手く包帯を巻いてくれる。
『…時々関係ない所を触るのはどうしてかしら?』
「ん?ちょっとしたご褒美かな?」
『はぁ…』
「…仕方ないだろう?背中の傷の所為で抱き締められないんだから。」
『もう…』
「ねぇ、仙水ってどんな所?」
「ここと同じ港町だよ。昔は美しい観光地だったんだけど、今は…」
ジェハの言葉の途中に部屋の外にいたシンアは自分の隣にリリが来たのに気付いた。
私が着物を着たのを確認するとシンアが部屋にひょこっと顔を出した。
「ヨナ…」
「リリ!!」
「…傷の具合は?」
『もう大丈夫ですよ。それよりテトラは?』
「テトラは今絶対安静。でも一命はとりとめたわ。」
『そう…少し安心ですかね…』
「その事なんだけど、テトラを水呼で…あ、私の家は水呼にあるんだけど、そこで休ませようと思ってるの。」
「水呼の都…確かにその方が安全ね。」
「水呼の都といえば水の部族領。
沿岸部がこんな状態なのに部族長は何をしているんだろう。」
ユンの言葉にリリは肩を震わせ、表情を曇らせた。
『アン・ジュンギ将軍…どうしているかは知らないけど、冷静で慎重な方よ。』
「相手は戒帝国。迂闊に動けんのだろう。」
「だが自分の部族がこの様な目に遭っているのに。」
「リリ…私達は仙水に行くわ。」
「仙水へ?」
「ヒヨウは四泉の他に仙水でも商売をしているらしいの。」
「確かに仙水の沿岸部も治安が悪くて商売が出来ないと聞いたわ。あの男が仙水に…」
『きっと四泉並かそれ以上にナダイの被害は広まっているでしょう。』
「何としてもヒヨウを止める。それを水の部族を救う第一歩としたい。」
ヨナは強い眼差しでそう告げた。私は彼女の表情に笑みを零す。
「だからリリ、ここでお別れね。大丈夫。必ず彼らを水の部族から追い出す。
リリは早く安全な所へ。今まで危険に巻き込んでしまってごめんね。」
そう告げられたリリは何も言えないまま自分の泊まる部屋に戻り力もない自分が情けなくて涙を流した。
するとアユラはテトラをぐっと背中に背負ったのだ。
「戻ります、水呼城へ。」
「そりゃ戻るけど、テトラは丁寧に扱って。」
「簡単にはくたばりませんよ。リリ様もお早く。」
「…ちょっと!言葉が足りないのよ、アユラは。」
「テトラ!」
テトラはアユラの背中の上から流れるリリの涙を拭った。
「リリ様、泣かないで。リリ様はこの水の部族で2番目に尊い御方。
リリ様が真に我が部族の安寧を願うなら、リリ様にしか出来ない事があるはずです。」
「私にしか…?」
「水呼城はあなたの領域でしょう?その力は決して無力とは呼びません。」
「…うん。ありがとう、アユラ、テトラ。」
そうしてリリは迷いを捨てると身支度を整えた。
私達も出発の準備をすると宿を出ようとしていた。
だが、私の足取りがおぼつかずまともに歩けなかったため、見かねたジェハが私をすっと背中に背負った。
『ちょっ!!?』
「こうでもしないと君は無理にでも歩くだろう?」
「足取りもおぼつかないのだ。ジェハの上で大人しくしていろ。」
『…はい。』
ジェハにおぶられて私は彼の首に腕を絡めて身を寄せた。
「リン?」
『…ありがとう、ジェハ。』
彼は何も言わずに甘く微笑むだけだった。
キジャは私が大人しくしたのを見てヨナに声を掛けた。
「姫様、お荷物お持ちします。」
「大丈夫よ、このくらい。」
『姫様も怪我されてるんですからそれくらい甘えても…』
「リンが言っても説得力ない。」
『うっ…』
「ヨナ、やっぱり出発はもう少し傷を治してから…」
「もー過保護!リンもこうやって出発に賛同して痛みに耐えてるの。
皆は私より酷い傷負っても旅してるでしょ。」
「ヨナは人間!アレは妖怪!」
「そなた、言われておるぞ。」
「心配ない、お前の話だから。」
「皆だ。」
キジャ、ハク、ゼノの言葉に私はクスクス笑う。
「リンも痛みが引くまでは僕の背中で大人しくしていること、いいね?」
『わかったわ。』
「よろしい。」
「ヨっ…ヨナー!!」
その時私達を引き留めるようにリリの声がした。
彼女は水の部族名菓の蜜饅頭をくれた。
「ここでは嫌な事ばかりだったかもしれないけど、水の部族領は本来美しくて美味しい物で溢れているんだからね。」
「うん、温泉楽しかった。」
そう話しているとヨナの腰紐が縦結びになっている事にリリは気づいた。
「腕が痛んで上手く結べなかったの。いつもだったらリンが直してくれるんだけど…」
『私もこんな調子なので…』
「仕方ないわね、私がやってあげる。」
ただリリが何度挑戦しても縦結びは直らない。
それが繰り返されてヨナは笑い、リリは照れたような顔をする。
楽しそうな笑い声にジェハが彼女達を振り返った。
それに伴って私もヨナとリリの様子を見る事が出来る。
「ん?何だか楽しそうだね。」
『姫様に女の子の友人ね…あんなに無邪気に笑うヨナなんて久しぶりだわ。』
「あぁ…」
ハクもヨナの笑顔を見ていたらしく私の言葉に相槌を打った。
「ふふ、リリって面白い。じゃあ行くね。」
「あ…気をつけて。」
「えぇ、リリも。」
「あ…ありがとう…!」
私達は彼女に手を振って仙水へ向かい始めた。
いつもジェハが背負っている荷物はキジャが代わりに担いでくれた。
そして私達を見送ったリリもテトラを連れたアユラと共に水呼城へ歩き始めた。
「戻るわよ、水呼城へ。必ず悪しき物を我が部族より消し去ってやる。」
「リリ様、本当に水呼城にお戻りにならないのですか?」
「あいつら旅芸人のくせにナダイに関わる店に行くっていうのよ。
密売人じゃなくても不審者には変わりないでしょ。」
「あら、あなた昨日の。」
「やだ偶然ーよく会うわね。」
「こちらが不審者です、リリ様。」
リリ、アユラ、テトラを見つけたのはヨナだった。私達は河原で野宿していたのだ。
「こんな所に集まって何をしてるの?」
「えーと…お金が足りなくて宿を出なきゃいけなくなって昨夜はここに野宿したの。」
「やっ、リリちゃん、アユラちゃん、テトラちゃん。」
『おはよう。』
「嘘。」
「ほんと。」
「貧乏ってすごい!!」
「それほどでもー」
ゼノとシンアがぺこりと頭を下げる為、私とユンは同時にツッコんだ。
「『シンア、ゼノ。ほめてない。』」
「信じられないっあんた達女でしょう!?
こんな所で男共に囲まれて野宿なんて…っ」
「平気よ、皆仲間だもの。」
『彼とは恋仲だし。』
「恋仲!!?」
「安心と安定の男共です。」
「それはどうかなー」
「そういう事にしとけ。」
「でも…ほら虫とかいるし寝床は固いんじゃ…」
「山の中に比べたら快適よ。」
―や…山の中ですって!?田舎娘どころか山の中に住んでるなんてとんだ野生児だわ。
将軍の娘である私とは全く住む世界が違う!!―
「それに昨日暴れてた人達の様子も気になるし。」
ヨナが言う通り麻薬中毒者が呻き声を上げながら河辺に座っていた。
「数人は家族が引き取りに来てくれたけど…」
『この人達は昨夜からこのままなのよ。』
「お水よ、飲んで。」
ヨナは水を男性に差し出した。そしてゆっくり飲ませるが、その光景がリリには不思議なようだ。
「…あんた、怖くないの?その人…昨日あんたを押さえつけてた人じゃない。」
「この人ね…昨夜は自分が家族を殺す幻を見るって泣いていたの。
だから弱い心がナダイに支配されてしまっていても治りたいと思ってると思う…
本当は縛りたくなんてないけど、時々ひどく暴れるから…」
「彼らはなぜ麻薬に手を出したのかしら。」
「理由は様々だと思うけど少なくともこれから行く水麗という店で麻薬を飲まされた人は知らずにか無理矢理だと思うよ。」
ジェハの言葉に私は顔を顰めた。
―酷い…麻薬一つでこんなに人というものが壊れるなんて…
治せるの…?こんな途方もない…―
「…仲間達が出かけてる間、あんた達はどうするの?」
『ここで待つわ。』
「この人達をこのままにしておけないもの。」
私とヨナの迷いのない言葉にリリは目を丸くする。
―なぜそこまで出来るの…!?この地に無関係の人間が…―
するとリリが私達に向けて言った。
「彼らはこの町の診療所に保護させるわ。ここで縛っておくにも限界があるでしょ。」
「えっ、でも…」
『この町には依存症患者が多すぎて引きうけてもらえないでしょ…』
「アユラ。」
「はい。」
リリの指示でアユラがすぐに手配に向かった。
「ひとまず必要なお金を診療所に渡しておくから。あんた達は私のいる宿に泊まりなさい。」
「どうして…」
「昨夜の跳び蹴りと手当ての礼よ。有り難く受けなさい。」
「それは正直助かる。」
「とんでもない、リリ様の恩人ですもの。」
「ついでに女らしさも教えて貰ったらどうです?」
「ハク!」
「こっちの宿には温泉があるんですのよ~女の子なんだから綺麗にしないと♡」
「じゃあ僕もそっちの宿に…」
「おめーは潜入調査だろ。」
こちらへ来ようとするジェハの髪をハクが掴んで引き留める。
ヨナはそんなハクを心配そうに見上げた。
「ハク…」
「すぐに戻ります。のんびり待ってて下さい。」
『ジェハも気をつけて…』
「うん。そんな顔しなくてもすぐに戻るよ。リンこそヨナちゃんをよろしくね。」
『言われずとも。』
彼は微笑むと私に小さく口付けてハクやキジャと共に水麗へ向かった。
私、ヨナ、ユン、シンア、ゼノはリリ達と共に宿へ戻る。そして着くや否や温泉へ向かった。
「こんなに綺麗な宿初めて。」
「四泉で最も高級な老舗宿よ。あんたには滅多にない機会でしょうから欲しいものあったら言いなさい。」
「でもリリ様がお友達をお誘いするなんて珍しい~」
「お友達じゃないわよ。」
その頃、ユン、シンア、ゼノは背中を流しっこしていた。
「それにしてもあんた…何?そのアザ…」
「本当女の子の身体に何てこと。」
「ちょっと護身用に剣を習ってて。」
「剣?」
「まあそんな小さな身体で。」
「まだ全然下手なのだけど。」
『私の場合は姫様の護衛もしてるから傷だらけよ。』
「あんなに強い男共がいるのにあんたが剣を扱う必要あるの?」
「皆…私の盾になろうとするから足手纏いになりたくないの。」
『姫様…』
「いいじゃない~守って貰いなさいな。羨ましい。」
「テトラ、本音出てる…」
「それに…認めてもらいたいの。」
ヨナはふとハクの無邪気な笑顔を思い出して呟いた。
「好きな人に?」
「…そんなんじゃないわ。」
「またまた~あれだけ殿方がいるのに想い人が誰もいないなんて嘘だわ~」
「そんなんじゃないったら。」
「リンちゃんは緑の髪の方と恋仲なんでしょ?」
『えぇ。』
「でもその男共の内3人が今花街に行ってるのよね…?」
その時私達5人を沈黙が包み込んだ。
「本当馬鹿な生き物なのよ、男は!!忘れなさい。」
「だから違うし!皆はナダイを止めに行ったんだし!」
「わからないわよ、男なんて。裏で何してるか。」
「別にそういう所に行ったっていいの!でも今は作戦中だもの。」
『ジェハだって女好きなのは知ったうえで一緒にいるし…』
「ハク達はそういう事で嘘はつかないと思う。」
するとふとアユラが湯から上がって近くに腰かけた。
「どうしたの、アユラ。」
「うーん…あのハクという人…やっぱり何か気になる…」
「あら、アユラ。あの人狙い?」
「面倒な返しはやめて、テトラ。」
「からかい甲斐ないわね、アユラは。でも…そうね、実は私もあの方とっても気になるのよね。」
『っ…』
2人の視線が私にも向けられる。私は小さく肩を震わせながら視線を逸らした。
「リンちゃんも…」
『どこかで会った事ありましたかね…?』
上手く話を誤魔化して私達は温泉を楽しんでから上がると浴衣に着替えたのだった。
私達が温泉にいる頃、ハク、キジャ、ジェハはそれぞれ女性と寄り添って酒を嗜んでいた。
「うーむ…」
「どうしたの、ハク。」
「あのリリとかいう女…何か…引っかかるんだよな…お付きの2人も…」
「ハクがヨナちゃん以外の子を気にするなんて珍しいね。」
「お前が面白がるよーな話じゃねーよ。リンだって気にしてたぞ。」
「そなた達余所事は後にしろ。」
「そうだね。こんなに美しい女性が側にいるんだから。…ってキジャ君表情固いぞー」
「うるさい。苦手だと言っているだろう、こういう場は。」
「純粋だねぇ、キジャ君は。」
キジャは頭を抱えて呟き始めた。
「香水の匂いが里での見合い騒動を思い出させ…うっ、よせ…婆…」
「お兄さん?」
「ああ、気にしないで。彼は今過去の何かと闘ってるから。それにしても…」
ジェハは自分の隣にいるハクを見ながらふっと笑う。
「ハクはタンタンとしていてつまらないな。」
「残念だったなお前が面白がるネタがなくて。」
「そうだよ。それをヨナちゃんへの土産話にしようと思ったのに。」
「俺がここでどうあろうと姫さんは興味ねーよ。」
「…どうかな。」
「あら、片想いのお話?お兄さん、素敵なのに信じられない。」
女性がハクに詰め寄って問いかける。
ハクはイラッとしながら隣でルンルンと酒を煽るジェハを睨んだ。
―ほら、てめーが余計な事言うからノッてきちまったじゃねーか…―
「もう少しお酒はいかが?ここでは外の辛い恋は忘れて…」
―でっかいお世話だ…―
―つらいっ…恋とか…っ―
ジェハはぷるぷる震えながら笑いを堪えている。
ハクはふと自分の隣に座る女性の歯や爪が黒くボロボロな事に気付いた。
「…そうだな。今夜は外の事は忘れるか。」
ハクの色っぽい行動と声色に女性が頬を染め、ジェハは目を丸くした。
「ここはタレ目がうるせーから静かな部屋行きてえ。」
「は…はい、ではこちらに…」
ハクが部屋を出ると暫くしてジェハが持っていたお猪口をカランと落とした。
「おっと…」
「あら…」
「少し…酔ったかな。」
「では奥の部屋でお休みになられます?」
「そうだね…あぁ、部屋であれが飲みたいな。」
「えっ」
「水の部族とっておきの地酒。以前ここで貰ったんだけどね。その味が忘れられないんだ。」
「…はい。すぐにご用意致します。」
「ああ、ついでに彼らの部屋にも運んであげて。」
ジェハの一言によってハク、キジャのもとにナダイが運ばれた。ハクは女性に指示を出す。
「灯りがうるさい。消せ。」
「でもこの地酒を一杯…」
「暗くても酒の味くらいわかる。それに…」
彼は女性の手から酒を奪い、彼女の頬を撫でた。
「月明かりで十分だろ。」
それから彼らはそれぞれの部屋で酒を煽り、酔っ払って倒れるように眠った。
「お兄さん、お兄さん。」
「…おい、どうなってる?」
ハクが眠った後、部屋の外から男が女性に問いかけた。
「…寝てしまったみたいです。」
「ちゃんと飲ませたのか?」
「飲ませました。」
「…妙だな。アレは飲んですぐ眠くなるようなもんじゃねェはず。」
「酔ってしまったんですよ。とりあえず今夜はこのまま…」
女性の言葉を無視して扉がガタッと開かれ、男が入って来た。
「灯りをつけろ。確認する。」
そして男は眠っているハクへと手を伸ばす。
だがその手はハクによって掴まれ逆に男の方が背負い投げられた。
「うあああああ」
倒れた男の背中をハクの膝が抑え込む。
「お前…っ」
「ようやく出て来たな。てめェか、女達に指示してた奴は。」
「お前…酒を飲んだんじゃ…」
「飲んだフリして袖の下に流した。暗いから見えなかっただろうけどな。」
「くっ…」
すると男は首から下げていた笛を鳴らした。
それに反応するように扉が開かれたが、入って来たのはジェハとキジャだった。彼らの手には気絶した男達がいる。
「あれ?ごめん。今のもしかしてこの人達呼ぶ合図だった?」
「平手打ちしただけだったのだが、なんと惰弱な見張りだ。」
「キジャ君の平手打ちは人殺せるよ…?」
「な…」
男達を柱に縛り付けて3人は酒の処分を始めた。
「この店のナダイ入りの酒は全て捨てるぞ。」
「部屋にある香もね。良くない物が混じってる。」
「それをなるたけ吸わないようにするのが一番苦労したぞ。」
「ナダイを客に飲ませるように指示していたのはこいつらで全部か?」
「他の部屋も探したけどね。こいつらなかなか口を割らない。」
「誰一人ここから逃がすなよ。」
「水麗の主はここにはいません。」
彼らに声を掛ける女性がいた。それはジェハが最初店に来た時、酒を飲むのを止めようとしたあの人だった。
「君は…いないとはどういう事だい?」
「それは…」
「アリン!!やめなさい。後でどういう目に遭うかわかっているの!?」
他の女性の言葉にジェハははっとして自分に何かを伝えようとする女性を見た。
「…大丈夫、気にしないで。水麗の主は四泉の至る所でナダイを売ってる闇商人なの。
だから彼が持つ店はここだけではないんです。」
「では今はどこに?」
「わかりません。」
「そいつの名と特徴は?」
「名はヒヨウ。歳は35くらいですがとても若く見えて…額に傷を持つ男です。」
まさかその男が風呂から上がり浴衣姿で宿を歩いていた私達の後ろにいたなんて誰も思いもしなかった。
私達は開けた所へ行ってヨナの剣術の稽古をしていた。
ヨナの剣を私はすっと避けながら彼女の稽古に付き合う。
いつも持ち歩いている剣は部屋に残している。
テトラとアユラは私とどこかで会った事があるようで、素性がバレやすい目立つ剣はそう簡単に持ち歩けそうになかったからだ。
―まぁ、何かあればこの爪で戦えるから問題ないわね…―
「本当に剣術をやっているのね、弱そうだけど。」
「う…」
「可愛いじゃない~」
「…でも筋はいいわ。」
「本当?」
「動きに無駄が無い。師匠が良いのね。」
「ふふ。」
『良かったですね、姫様。』
「うん!リンとハクの教え方がいいんだわ。」
『いえ、全てはハクの教育の賜物でしょう。』
私が微笑むと彼女はとても嬉しそうだった。
―ハクが褒められたっ―
「ハク達…遅いなぁ。」
「花街に行ってるんでしょ。朝まで帰って来ないわよ。」
「帰って来なかったとしても作戦行動だから。」
「あんた達騙されてるのよ。」
「違うったら。」
『朝までには戻りますよ。私は信じてます。』
「うふふ。本当にリリ様にお友達が出来て良うございました。」
「なっ…」
「リリ様は昔からお友達がいらっしゃらなくて同じ年頃のお嬢様がいてもすぐに喧嘩になってましたでしょ。」
「お黙り、テトラ。だいたいこんな田舎娘友達じゃないわよ。」
「そうね、友達じゃないわ。」
『まだ会ったばかりですからね。』
きっぱりとヨナが言う為、私は少しでもその言葉の鋭さを緩和する為にそっと言葉を足した。
「友達なんていらないわ。話相手ならアユラ達で十分よ。」
「私達なんかアテにしちゃ駄目ですよ。何しろお父上様からお給金出てますもの。」
『正直ですね…』
「それにしても今日は良い月夜ですこと。
私宿の者に頼んでお茶とお菓子を頂いて参ります。」
「わあっ」
「ふふ、なんだかワクワクしちゃう。女だけの会話も楽しいものね。
あ、そうだ!ユン達も呼んで来ようっと。」
『ちょ、姫様!!』
「リンはそこで待ってて。」
『は、はい…』
すたすたと歩き出すヨナをリリは驚いたように追いかけた。
「ここに男を投入するの!?あんた今女だけで楽しいって…
待ちなさいよ、テトラにお茶とお菓子追加させなきゃ…!」
「私が行きます。」
「いいわ、アユラはここで待ってて。」
「はい。」
『リリ様…楽しそうですね。』
「えぇ。」
私とアユラは月を見上げて微笑んだ。
その頃、お茶とお菓子を貰いに行ったテトラは盆を持って宿内を歩いていた。
―早く水呼城に戻らないとジュンギ将軍にお叱りを受けるわね…
でもどうしよう…リリ様がいつになく活き活きなさってるんだもの。
親代わりとしてはもう少し自由にしてさしあげたい…
それにナダイの件は思ったより深刻…多くの人が見て見ぬフリ…
四泉がこんなにも腐敗してるなら他の沿岸部は…―
そう考えてながら歩いていると彼女は人の悲鳴のようなものを聞いた。
声を頼りにある部屋に歩み寄って聞き耳を立てる。
「お願いします。この宿は格式と伝統ある四泉の老舗。
お客様にナダイを横流しするなど…
そんな事をしてはここは宿としての機能を完全に失ってしまいます。」
そこには男達がいて宿の主らしい男性は床に伏し踏みつけられていた。
中央に立つ男の額には大きな傷跡がある。
傷の痛みに顔を顰めながらヒヨウと呼ばれる男は宿の主を見下ろした。
「ヒヨウ様!!」
「やだ、また傷が…全く益体も無い人ですね。
この古臭い宿がなんとか潰れずに済んでいるのは私が今まで援助を惜しまなかったからでしょう…?
あなたにはまだまだ借金があるし、幸いこの宿には羽振りの良い客が来る。
そろそろ私にも見返りがあっても良いと思いませんか…?」
「元はといえばあんたが…
四泉にナダイをばら蒔いたから全てが狂ったんじゃないがッ」
主が言い終わる前に彼の口にヒヨウの足が突っ込まれた。
「うるさいわね、大声出さないで頂戴。」
「ヒヨウ様出ております、おネェが。」
「はっ…とにかくあなたは今まで通り仕事をすれば良いんです。
後はこちらで首尾よく進めますから。近いうちに南戒の商人と仙水で取り引…」
テトラはそこまで聞いて冷や汗を流した。
―これは…本物の密売人…!?しかもこの事件の主犯格の人間…!?
詳しく知りたいけど危険だわ。リリ様を早く別の場所へ…―
その時彼女の背後に大柄な男が立った。
「ここは一般のお客様は立入禁止ですよ。」
「あ…あら失礼。お部屋を間違えたみたい。戻りますからどいて下さる?」
彼女が男の隣を通ろうとした瞬間、男は彼女に殴りかかってきてテトラは咄嗟に盆を投げて拳を躱し強い蹴りを喰らわした。
だが何事もなかったように男は立ち上がった。
「あら…なんて事…これが効かない人なんて初めて…
あなたもナダイで身体が麻痺してるのかしら…?」
そう言った瞬間、テトラは背後の襖から突き出した剣によって腹部を刺されてしまった。
「おや…誰かいらっしゃると思って刺してみましたが、大当たりですか?」
「あなたが…」
彼女を刺したのは他でもなくヒヨウだった。彼女はそのまま倒れてしまう。
「お味方に刺さってたら…どうなさる…おつもり…」
「別に代わりの薬中人形を用意するだけよ。
…面倒だから適当に殺して海に捨てておいて下さい。」
「はい。」
「きゃ…テトラ!!」
そこに偶然やって来てしまったのは剣を持ったままのヨナと、テトラに茶と菓子の追加を頼もうとしたリリだった。
「リリ…さま…にげ…」
「いけませんよ、ここは立入禁止なんですから。」
「テトラ…っ」
「駄目!!下がって。」
「ヨナ…ちゃん…リリ様を連れて逃げ…て…
この人は…ナダイの…水の部族にナダイを持ち込んだ…密売人…」
―この人が…!?―
ヨナは暴れるリリを抑えながらテトラの言葉に目を見開いた。
彼女が見たヒヨウの目は嫌な物そのものだった。
―逃げなきゃ…リリを早くここから…
いいえ、駄目。逃げたらすぐにこの人はテトラを殺してしまう…!―
「あの2人もとっとと片付けて。」
―逃げない。ならば闘うしかない!!―
ヨナは剣を抜くと鞘を近くに投げ捨てた。
私は鞘が捨てられる音と剣の冷たく響く音、そしてざわつく気配を感じて顔を顰めた。
『…姫様?』
「え?」
『…行かなきゃ。テトラさんが…刺された!!?』
「何を言って…」
『密売人がこの宿にいる!!』
私はそう叫ぶと気配を辿って走り出した。
アユラも慌てたように私を追いかけて来るが、私の方が身軽で速かった。
ヨナはというと彼女が剣を構えた事で男の一人が笑いながら襲い掛かってきた。
剣同士がぶつかってヨナは弾き飛ばされる。
「フン…剣など持ち出すから何をするのかと思ったら…」
「や…やめなさい…あんたじゃ無理よ…っ」
それでもヨナは逃げず襲ってくる男の剣を受け流し始めた。
「リリっ、私から離れないで!」
凛々しい横顔を見てリリは息を呑む。
「何を守れる気でいる!?先刻から俺の一撃を受けるだけで精一杯のくせに。
勝敗の帰趨は明らかではないか!」
「…くっ。確かに私は強くない…でもあなたの剣は鈍い。
私はあなたの百倍速くて重い剣を知ってる。」
―ハク、教えて…力の無い私が力の勝る者に勝つにはどうしたらいい?
リン…誰かを守るにはどうしたらいい?
いつかお前達の隣で闘えるくらい強くなるにはどうしたらいい?―
その時彼女の脳裏に私達の声が響いた。
「脇がガラ空きだ。」
『蹴りが来ます。姿勢を低くして避けて。』
「蹴りを避けきったら軸足を叩け!!」
その言葉の通り彼女は動き鋭い眼光のまま男の足を斬った。
「チッ…」
「ヒヨウ様、私が。」
「あ…あんた…」
ヨナが疲れて膝をついているとそんな彼女にヒヨウの付き人が剣を振り上げた。
「危な…!」
『ヨナ!!』
リリを庇ったヨナに覆い被さるように私は2人を抱き締めた。
すると男の剣が私の背中を深く抉る。
『うっ…』
「っ…」
『姫様…ご無事で…?』
「リン!!」
「きゃああっ」
私の背中は大きく切れ、庇いきれなかったヨナの腕にも傷があった。
「う…うそ…やだ…しっかりしなさいよ…!」
力なく2人の方に倒れている私に向けてリリが叫ぶ。
ヨナも腕の傷が深く出血も多くつらそうだ。
「何…してんのよ…?私の盾になって力も技もないくせに…
どうして…どうしてそんな自己犠牲が出来るの?あんた達おかしいわよ!!」
『…自己犠牲…?違うわ…
私は…生きる為に闘いヨナを守る為にここにいる…
そう簡単にくたばりませんよ…』
「私も生き抜く為に闘ってるの。理不尽な力に屈する気なんて毛頭無い。」
『っ…』
「…そこにいて、リン。」
『しかし…』
動けずにいる私を近くに横たわらせるとヨナは再び剣を握って敵と向き合う。
彼女の服が赤く染まっているのに私は何もできない。
―ハク…ジェハ…私に力を頂戴…―
『剣が…あれば…』
未だにヨナやリリを守ろうと足掻く私や、恐怖に震えながらも闘おうとするヨナを見てリリは自分の無力さを感じる。
―私は水の部族を救うんだと簡単に口にして現実に怯えて何の覚悟もないままどうすれば良いのかわからないまま…
私の為について来たテトラが倒れても、未だ私の足は動けない…
どうしてこんな子がいるの…?―
リリは私達を見上げて思った。自分もこんな風に強くなりたい、と…
私にとどめをさせなかった男は再び剣を振り上げたが、それはヨナによって弾かれる。
別の男がヨナに斬りかかった為、私は無理矢理身体を動かして爪でそれを受けた。
背中の傷から血が噴き出すのが自分でもわかる。
どうにか爪を使って応戦していると私がふらついた瞬間にヨナに2人が同時に斬りかかった。
それを気配で探知した私は彼女を自分に引き寄せる。
「っ!?」
『くっ…』
そうすると一人の剣が私の左肩に刺さった。
それでも倒れない私と、出血が多く意識が遠のきそうなヨナを見てヒヨウは部下に言う。
「生意気な目をした女共ですね。鼻につく。とっとと殺って下さい。」
だが斬られて悲鳴を上げるのは男の方だった。
シンアが私達の様子を見たらしく急いで駆けつけて男を斬ったのだ。
ほっとしたヨナはその場にへたっと座り込み、私は倒れていく。
「シン…ア…」
『よかっ…た…』
「ヨナ!」
「リン!!しっかりして!!」
「ヨナ、腕の傷深いじゃん!!」
「お嬢!!」
倒れていった私を抱き留めたのはゼノだった。
私は既に意識を失っていて私の下には赤い水たまりができていく。
「お嬢の背中の傷…深いよ。」
「左肩も刺されてるの…
それにユン…あの人達が四泉にナダイを持ち込んだ密売人よ…」
「ええっ!?」
シンアは私とヨナの傷を見て怒りを顕わにし呻き声を上げるとそのままヒヨウ以外の男を一瞬にして斬った。
ヒヨウに向けて剣を振り上げたシンアをヨナは止める。
「シンア!待って、その人には聞きたい事がある。」
ゼノは私をユンに託すと剣を持って立ったヨナの隣に並ぶ。
ヒヨウが懐から剣を抜こうとしたのに気付いたヨナは自らの剣で彼の額を斬った。
「じっとしていなさい。」
「ヨナ、駄目だよ動いちゃ!」
「ぎゃあああ!私の…私の肌にまた傷がぁあああ!!」
突然額を抑えて叫び始めたヒヨウを見てゼノが咄嗟にヨナを庇うように立つ。
「ゆるさない…ゆるさなイィイイイ
忘れない…あんたの顔…絶ッ対殺す。」
ヒヨウはそのまま逃げ、シンアは後を追おうとする。だがすぐにゼノが引き留めた。
「青龍!そいつはあとだ。娘さん達が危ない!」
私、ヨナ、テトラはすぐに部屋に運び込まれユンによって手当てをされた。
ヨナは傷自体は腕の深い切り傷のみだったが、出血多量の所為で気を失っていた。
私とテトラの傷は深く危険が伴う。
私の場合、背中の傷が深くとも急所を外していた為縫合のみ行われ包帯が巻かれた。左肩の傷も同じく。
テトラは腹部を刺された事もあり危険な状況が続いた。
私とヨナは並んで布団に横にされ、私は服を脱がされ背中を上にして包帯を巻いただけの状態で眠っていた。
そこにハク、キジャ、ジェハが顔面蒼白の状態で帰って来た。
「リン!!!」
「姫様っ…何て事だ、お怪我を…!」
「ヨナは腕を…リンは肩と背中を斬られたんだ…
手当てが早かったからもう大丈夫。」
キジャはヨナの隣に座り込み、ジェハは私に駆け寄って苦痛に顔を歪める。
苦しみながら汗をかいた私の頬を撫で、顔にくっついている髪をどける。
「何があった?」
「ヒヨウっていうナダイの密売人がこの宿で密談してて、ヨナとリンはそこに居合わせたらしいんだ。」
「ヒヨウ…!?水麗の主だ。」
「この宿にもそいつの息がかかっていたとは…」
「そいつはどうしたんだい?」
「逃げた。たぶんもうこの周辺にはいない。
ごめん…俺らがついていながら…っ
ヨナ達はお風呂に行ってると思ってたから…」
その時ゼノが扉を開けて隣の部屋から顔を出した。
「ぼうず!こっちの娘さんを手伝ってくれって。」
「あっ」
「まだ怪我人がいるのか?」
「テトラさんが刺されたんだ。」
「何だって!?」
「あっちはちゃんとした医術師が診てくれてるけど重傷なんだ。手伝って来る。」
ユンが走り去るとハク、キジャ、ジェハは悔しそうに拳を握った。
「何て事だ、僕らが留守の間に…」
「安全の為に水麗には姫様をお連れしなかったというのに…
まさかこの宿にナダイの主犯格がいたとは…」
ハクは眠る私を一瞬見た後、ヨナを見つめて苦い表情をした。
結局私とヨナの寝室も分けられて私の方は怪我の所為もあって熱を出していた。
「リン…」
「ジェハ、リンの事任せてもいい?」
「うん…」
「…よろしく。」
ユンが部屋を出るとジェハは涙を目に浮かべながら私の頭を自分に抱き寄せた。
「ごめん…守り切れなくて…傍にいなくてごめん…」
同じ頃、ヨナは龍達が泣いている夢を見ていた。
「あなた達もしかして…
白いあなたはキジャ?どうしたの?泣きながら尾で自分を叩いたりして。
緑のあなたはジェハ?難しい顔してジェハらしくないわ。
シンアどうしたの?何を泣いてるの?泣かないで…」
彼女が青い龍を撫でていると彼女の腕を黄色い龍が撫でていた。
「ゼノね。腕…治そうとしてくれてるの?平気よ。」
するとそこに甘い香りが漂い黒い龍が現れた。
その龍はヨナを包み込むように寄り添い周囲を警戒していた。
「あなたはリンね。龍になってもとっても綺麗…
私を包むように…守ってくれてるの?
あ、そっか。皆私が怪我した事を気にしてるの?
泣かないで、皆のせいじゃないわ。怪我をしたのは私の力不足よ。
リンの方が私を庇って重傷なの。そうでしょ?」
それでも黒龍は彼女から離れずただ瞳を寂しそうに揺らしていた。
「でも私の剣術が少しは通用したのよ。
アユラにも筋がいいって褒められたんだから。ねぇ、ハク。」
彼女が顔を上げた先ではハクが暗い表情で俯いていた。
それを見て彼女ははっと目を覚ました。すると夢と同じ暗い表情のハクが目の前にいたのだ。
「ハク…帰ってたの。」
「具合は?ユンを呼んで来ましょうか?」
「大丈夫。」
「…皆は?」
「ユンは今テトラの所に。龍共は逃げた密売人ヒヨウの足取りを追ってます。
…まぁ、タレ目はリンの所から離れようとしませんが。」
「リンは!?大丈夫なの!!?」
「背中と左肩に大きな傷がありますが、手当てが早かったのと急所を外れてるんで大丈夫です。
リンの事だから姫さんを庇って斬られたんでしょう?」
「えぇ…リリを庇おうとした私を守ろうとして背中を…」
「姫さんの腕の傷も深いですけど…」
「リンが庇いきれなかった剣がリンの背中から私の腕まで斬ったのよ…
剣を持っていなかったから、その後シンアが来るまで爪で応戦してて…
それでも私を守る為に左肩まで…」
「剣を持っていなかった…?」
―…あの剣をアユラやテトラが見たら姫さんがヨナ姫だってバレると考えたのか。それが今回は仇となったみてェだな…―
「今は傷の影響で熱を出して寝ています。
アイツが姫さんを庇ったのは咄嗟の事で無意識でしょう。」
「…」
「自分の所為でリンが傷ついたなんて考えないように。」
「…わかってるわ。」
「あ、それからヒヨウは水麗でナダイをばら蒔いてた黒幕だったんですよ。
そして水麗だけじゃなくこの町の至る所で闇商売をしているらしい。」
「…そう。」
―今まで会ったどんな人よりも冷たい目をした人だった…
あの人を止める事が水の部族を救う近道になる…―
ヨナが身体を起こして水を飲もうとすると痛みが走ってふらつき、ハクは彼女をさっと支えた。
彼はヨナの肩を抱くように起こすと自分に身を預けさせ水を飲ませた。
「…なんだか今日はハクが優しいわ。」
「心外な。俺が優しくない時がありましたか?」
「よく言う…」
そしてヨナが見上げたハクの表情が自分を責めるような夢で見たものと同じ表情だった為彼女は言った。
「ハク、私剣で闘ったのよ。ハクの教えの通りにやったらそれが通用したの。
ハクの教えがなかったら危なかった。だからね、ハク…」
―そんな顔しないで…哀しい顔をしないで、ハク…
私に力があれば、一人で闘えるくらい強ければ…
誰にも哀しい顔させないのに。リンに怪我だってさせないのに…そしたらハクも笑ってくれる…?―
「…姫さん?」
ヨナは自分の無力さを思い涙を流した。
「傷が痛みますか?ユンを呼んで…」
「違…何でもない…っ」
「何でもないってそんな顔…」
「ハクは悪くない…っ
だから一つも私の傷に責任など感じなくていい…っ
これは私の…私の傷だから。」
ハクはヨナの言葉に息を呑んだが何も言えなかった。
―これは私の歩んでいく道だから。
選んだ道だから…だからハクは哀しまないで…私を導いて…?―
ハクは再びヨナを身体に負担がかからないように寝かせると膝を抱えた。
そして頭に響くのは責任を感じないでほしいという彼女の言葉だけ。
「…無茶を言う。…あんたが大事すぎる。」
ちなみに逃げたヒヨウはというと部下に仙水を拠点とし、麻薬人形を使って赤い髪の女を殺すよう指示を出していたのだった。
私は熱に魘されながらある夢を見ていた。
暗闇を歩いていると私の身体に激痛が走り周囲が私の血で赤く染まった。
倒れた私に駆け寄って来たのはジェハで、彼は泣きながら私を抱き起こした。
彼がこんなに泣いているのを私は初めて見て驚きを隠せない。
彼はずっと謝っているのだ、自分を責めながら。
彼を抱き締めてあげたいのに、髪を撫でてあげたいのに身体は動かないし、あなたの所為ではないと伝えたいのに私の口からは言葉が紡がれない。
その事が苦しくて悔しくて悶えていると息苦しさから目が覚めた。
『はぁ…はぁ…』
「リン…?」
私は服も着ずに上半身のほとんどに包帯を巻かれた状態で横になっていた。
『ジェ…ハ…』
「大丈夫かい?」
『うん…ジェハ…?』
彼は私の方を見ずに話しかけてくる。
その声が少し震えている気がして私は問いながら右手を彼に向けてゆっくり伸ばした。
『ジェハ…そんなに遠くにいないで…傍にいて…』
「リン…」
『怖かったよ…ヨナを守らなきゃいけないって思って咄嗟に庇ったけど…
お陰で動けないし…ヒヨウは冷たくて嫌な目をしていたし…
ジェハにすごく会いたくなった…助けてって叫びたかった…!!』
「うん…うん…ごめん…」
私はゆっくり身体を起こした。
すると激痛に襲われ身体の力がくたっと抜けてしまった。
倒れ込む私に気付いたジェハがこちらへさっと近付いて、彼に向けて伸ばした私の手を握って身体を起こすのに手を貸してくれる。
自分の胸に抱くように向かい合って座らされる。
背中を反らすと痛いため私は彼の胸に頬を寄せてもたれかかる状態で座った。
彼の手は私の腰辺りで組まれている。背中に触れると痛むと考えたからだろう。
「痛むかい?」
『うん…でもユンが縫合してくれたんでしょ?
きっと千樹草も使ってくれたのね…じっとしていればそんなに痛くないわ。』
「君が怖い思いをしている時に限ってどうして僕は傍に居られないんだろう…」
『それは神様の意地悪よ、きっと。』
私が見上げると彼の今にも泣きそうな顔が見えた。
きっと私が眠っている間も自分を責めて泣いていたのだろう。少しだけ彼の目元が赤くなっていたから。
『やっとあなたの顔が見えたわ…』
「…」
『泣いてたの?』
「…」
『自分を責めてたのね?』
「…僕がナダイに手を出さなければリンもヨナちゃんも巻き込まれなかっただろう?」
私は微笑むと首を横に振った。
『きっと何らかの形でナダイに関わっていたと思うわ。
だってナダイはこの高華国の闇のひとつなんだもの。
ヨナはそれを小さな自分の力でも私達と一緒なら変えていけるって信じて突き進んでいる。
その信頼に応えなければ…私は彼女と共に生きる為に存在するのだから。』
「リン…」
『そんなヨナと一緒にいたからジェハにも出逢えたわけだし、彼女を守ってしまうのは条件反射みたいなもの。ジェハには何も責任はないわ。』
「…こんな僕でも傍にいていい?」
『傍にいてくれなきゃ嫌よ。』
「…ありがとう。」
彼は私が夢で見たのと同じように大粒の涙を流した。
泣いている姿さえ美しくて私はつい見惚れてしまう。
だがその泣き顔は年上で落ち着いたいつもの彼より少しだけ幼く見えた。
その時私は自分の身体と頭が重い事に気付いた。
『っ…』
「そうだった…君は熱を出してて無理をしてはいけない状態なんだ。」
『熱…?』
「背中と肩の傷が深いし、出血もだいぶしてたみたいだからその影響だろうね。
ユン君も安静にするようにって言ってたよ。」
『そう…』
「傷が塞がるまでは激しく動く事も禁止だって。」
『…』
「君の事だから戦闘が始まったりヨナちゃんに危険が迫ったらまた無茶をするんだろうけど。」
『…ごめん。』
「阿波にいた頃はどうして自分の身を挺して戦えるのか不思議だったし、命を賭ける君に怒りと悲しみを感じていたけれどヨナちゃんを見ていて分かった気がするよ…
守らないといけない気になるからね。」
『ジェハ…』
「危険に巻き込みたくないと思うのも龍の血故かな。」
『そして相手がヨナだからよ。』
「…そっか。」
私が彼の流れる涙を拭うと彼はふわっと微笑んでくれた。
そして私を再びうつ伏せに寝かせると冷たい手拭や氷を私の額や身体に当てた。
『冷たい…』
「当たり前だろう?」
『…暑いのに寒いわ。変な感じ…』
「君の事はユン君に任されてるからな…」
『傍にいてくれたらいいの。』
「それで熱が下がって傷も早く治るならお安い御用だよ。」
『ところでキジャ、シンア…それからゼノは?』
「情報収集に出掛けたよ。彼らが行くのに僕がここにいるわけにはいかないと思って追いかけようとしたら、全力で止められたんだ。」
『ふふっ』
「そなたはリンの傍らにいてやれ、だってさ。」
『キジャらしい。姫様はご無事?』
「君が庇ったからね。腕の傷は深いみたいだけど問題はない。」
『…守り切れなかったの。姫様とリリ様とは別行動を取っていたから異変に気付くのが遅くなって…』
「君だって人間なんだ。完璧というわけにはいかない。」
『…そうね。』
「さっき僕に言ったよね、何も責任はないって。その言葉、そのまま君に返すよ。」
『ジェハ…』
「君が庇ったからヨナちゃんは大きな傷を負わなかった。
君が庇わなかったら今頃ヨナちゃんは生死を彷徨っていたかもしれないだろう?」
『…』
「ちゃんと守ったんだよ。ただ僕としては君には君自身も大切にしてほしいな。」
『…うん。』
「ほら、お喋りはこれくらいにして眠って。
身体にこれ以上負担をかけるわけにはいかない。」
『…ジェハは傍にいてくれる?』
「君が望むのならば。」
ジェハは甘く微笑むと私の隣に横になり手を握ってくれた。
「抱き締めたいところだけど、そうしたら背中が痛むだろうからね。
傷が塞がるまで我慢しないといけないかな。」
『あら、残念…』
その時になって包帯を巻かれただけの状態でジェハと抱き合っていた事に気付き私は頬を染める。
「顔が赤いけど暑いかい?」
『な、なんでもない…』
「うん?もしかして自分の格好を見て恥ずかしくなっちゃった?」
『それ以上言わないで!』
「ハハハッ」
彼と向かい合うように手を繋いで眠りに就くともう彼が泣いているような寂しい夢は見なかった。
私やヨナが眠っている頃、リリはテトラや私達が斬られてボロボロになる夢を見て涙を流していた。
夜が明けて私はジェハに身体を支えられながらヨナのもとへ向かった。
『姫様…』
「「リン!!」」
するとヨナとハクが駆け寄って来る。
「動いて平気なの!?」
『まだ完全ではありませんが、大丈夫ですよ。』
「お前、無茶しやがって!!」
『ごめん…』
「でも…よく姫さん守ったな。近くにいられずにすまない。」
『ううん。』
「ユン君、リンの背中に薬を塗ってあげてくれるかい?」
「え…わかった。」
私が壁の方を向いて迷う事なく着物を脱ぐとユンが頬を染めた。
ジェハはそんな彼を見てクスッと笑うと私の身体に巻かれた包帯を取った。
彼とは何度か身体を重ねた事もある為、少々裸を見られた所で今更だ。まぁ、恥ずかしくない訳ではないが。
「ジェ、ジェハ…」
「どうしたんだい、ヨナちゃん?」
「そ、その…リンは服着てないのよ…?」
「綺麗なリンの素肌を他人には見せたくないけど、こんな時は仕方ないかな。」
「そういう事じゃなくて…」
「心配は不要ですよ、姫さん。こいつリンの裸なんてしょっちゅう見てますから。」
『ちょっと、ハク!!』
「まるで僕とリンが夜に何をしてたか知ってるような口調だね、ハク。」
「野宿の時に俺達の所を離れて山奥で何してんのか…覗き見る趣味はねぇが、薄々想像はつく。」
『…それ以上言わないでちょうだい。』
ユンは頬を染めながら私の背中の傷に千樹草を使った薬を塗ってくれた。
『っ…』
「あ、ごめん…」
『大丈夫よ…ちょっと沁みただけだから。』
「姫様、只今戻りまし…」
「お帰りなさい。」
勢いよく戻って来たキジャが見たのは背中を出してユンに薬を塗ってもらっている私だった。
「す、すまない!すぐに退出す…」
『入っていいわよ。何かわかった?』
「お嬢、大丈夫?ゼノが薬塗ってあげる。」
「もう塗った。」
『もう平気よ。ありがとう、ゼノ。』
「控えんか、そなた達っ」
「それよりヒヨウの居場所は?」
ハクは煎餅を食べながら私を正面から見つめる。
ちなみにヨナの傷はもう塞がり始めていて支障はないようだ。
「水麗で捕えたヒヨウの部下に吐かせたところ、奴は四泉の他に仙水でも幾つかの店を持っていてそこを拠点に…」
『…ハク、じっと見るのやめてくれる?』
「別に今更だろ、小さェ時から見てんだから。」
『向こうむいてろ…』
「僕も流石にそろそろ怒るよ…?」
「そうだ、全員向こうを向け!!」
キジャの言葉でハクは渋々私から顔を背けた。
ジェハは小さく笑いながら私の身体に上手く包帯を巻いてくれる。
『…時々関係ない所を触るのはどうしてかしら?』
「ん?ちょっとしたご褒美かな?」
『はぁ…』
「…仕方ないだろう?背中の傷の所為で抱き締められないんだから。」
『もう…』
「ねぇ、仙水ってどんな所?」
「ここと同じ港町だよ。昔は美しい観光地だったんだけど、今は…」
ジェハの言葉の途中に部屋の外にいたシンアは自分の隣にリリが来たのに気付いた。
私が着物を着たのを確認するとシンアが部屋にひょこっと顔を出した。
「ヨナ…」
「リリ!!」
「…傷の具合は?」
『もう大丈夫ですよ。それよりテトラは?』
「テトラは今絶対安静。でも一命はとりとめたわ。」
『そう…少し安心ですかね…』
「その事なんだけど、テトラを水呼で…あ、私の家は水呼にあるんだけど、そこで休ませようと思ってるの。」
「水呼の都…確かにその方が安全ね。」
「水呼の都といえば水の部族領。
沿岸部がこんな状態なのに部族長は何をしているんだろう。」
ユンの言葉にリリは肩を震わせ、表情を曇らせた。
『アン・ジュンギ将軍…どうしているかは知らないけど、冷静で慎重な方よ。』
「相手は戒帝国。迂闊に動けんのだろう。」
「だが自分の部族がこの様な目に遭っているのに。」
「リリ…私達は仙水に行くわ。」
「仙水へ?」
「ヒヨウは四泉の他に仙水でも商売をしているらしいの。」
「確かに仙水の沿岸部も治安が悪くて商売が出来ないと聞いたわ。あの男が仙水に…」
『きっと四泉並かそれ以上にナダイの被害は広まっているでしょう。』
「何としてもヒヨウを止める。それを水の部族を救う第一歩としたい。」
ヨナは強い眼差しでそう告げた。私は彼女の表情に笑みを零す。
「だからリリ、ここでお別れね。大丈夫。必ず彼らを水の部族から追い出す。
リリは早く安全な所へ。今まで危険に巻き込んでしまってごめんね。」
そう告げられたリリは何も言えないまま自分の泊まる部屋に戻り力もない自分が情けなくて涙を流した。
するとアユラはテトラをぐっと背中に背負ったのだ。
「戻ります、水呼城へ。」
「そりゃ戻るけど、テトラは丁寧に扱って。」
「簡単にはくたばりませんよ。リリ様もお早く。」
「…ちょっと!言葉が足りないのよ、アユラは。」
「テトラ!」
テトラはアユラの背中の上から流れるリリの涙を拭った。
「リリ様、泣かないで。リリ様はこの水の部族で2番目に尊い御方。
リリ様が真に我が部族の安寧を願うなら、リリ様にしか出来ない事があるはずです。」
「私にしか…?」
「水呼城はあなたの領域でしょう?その力は決して無力とは呼びません。」
「…うん。ありがとう、アユラ、テトラ。」
そうしてリリは迷いを捨てると身支度を整えた。
私達も出発の準備をすると宿を出ようとしていた。
だが、私の足取りがおぼつかずまともに歩けなかったため、見かねたジェハが私をすっと背中に背負った。
『ちょっ!!?』
「こうでもしないと君は無理にでも歩くだろう?」
「足取りもおぼつかないのだ。ジェハの上で大人しくしていろ。」
『…はい。』
ジェハにおぶられて私は彼の首に腕を絡めて身を寄せた。
「リン?」
『…ありがとう、ジェハ。』
彼は何も言わずに甘く微笑むだけだった。
キジャは私が大人しくしたのを見てヨナに声を掛けた。
「姫様、お荷物お持ちします。」
「大丈夫よ、このくらい。」
『姫様も怪我されてるんですからそれくらい甘えても…』
「リンが言っても説得力ない。」
『うっ…』
「ヨナ、やっぱり出発はもう少し傷を治してから…」
「もー過保護!リンもこうやって出発に賛同して痛みに耐えてるの。
皆は私より酷い傷負っても旅してるでしょ。」
「ヨナは人間!アレは妖怪!」
「そなた、言われておるぞ。」
「心配ない、お前の話だから。」
「皆だ。」
キジャ、ハク、ゼノの言葉に私はクスクス笑う。
「リンも痛みが引くまでは僕の背中で大人しくしていること、いいね?」
『わかったわ。』
「よろしい。」
「ヨっ…ヨナー!!」
その時私達を引き留めるようにリリの声がした。
彼女は水の部族名菓の蜜饅頭をくれた。
「ここでは嫌な事ばかりだったかもしれないけど、水の部族領は本来美しくて美味しい物で溢れているんだからね。」
「うん、温泉楽しかった。」
そう話しているとヨナの腰紐が縦結びになっている事にリリは気づいた。
「腕が痛んで上手く結べなかったの。いつもだったらリンが直してくれるんだけど…」
『私もこんな調子なので…』
「仕方ないわね、私がやってあげる。」
ただリリが何度挑戦しても縦結びは直らない。
それが繰り返されてヨナは笑い、リリは照れたような顔をする。
楽しそうな笑い声にジェハが彼女達を振り返った。
それに伴って私もヨナとリリの様子を見る事が出来る。
「ん?何だか楽しそうだね。」
『姫様に女の子の友人ね…あんなに無邪気に笑うヨナなんて久しぶりだわ。』
「あぁ…」
ハクもヨナの笑顔を見ていたらしく私の言葉に相槌を打った。
「ふふ、リリって面白い。じゃあ行くね。」
「あ…気をつけて。」
「えぇ、リリも。」
「あ…ありがとう…!」
私達は彼女に手を振って仙水へ向かい始めた。
いつもジェハが背負っている荷物はキジャが代わりに担いでくれた。
そして私達を見送ったリリもテトラを連れたアユラと共に水呼城へ歩き始めた。
「戻るわよ、水呼城へ。必ず悪しき物を我が部族より消し去ってやる。」