主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
火の部族・水の部族
主人公の名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
カン・スジンは火の部族が勝利すると確信していた。
王師(王の軍勢)の戦力、スウォンという指揮官の能力…すべてを熟知した上で準備を進め、疑う余地もないと考えていたのだ。
そうしていると部下がカン・スジンがやってきた。
「何…?落とし穴だと。」
「はっ、空の部族軍陣前にはいくつかの落とし穴が用意されています。」
「ほう、だから平野(ここ)に陣を張ったのか。落とし穴はどこだ?」
「主に陣の両脇に。」
彼は何も恐れることなく予定のまま突き進むよう部下に指示を出した。そんなスウォンの戦術にカン・スジンが笑う。
「何を笑っておいでで?」
「戦前にせっかく必死に作った策が敵に漏れるとは流石に気の毒になってきましてね。」
「落とし穴ですか。」
「素人が考えそうな策です。どちらにしろ問題ありません。
落とし穴は陣の両脇に作られているのですから。
我が軍の先頭は機動攻撃に特化した精鋭騎兵隊、それの突撃を以って敵の中央を突破し偽王(スウォン)の首をとる。
脇にある落とし穴付近に入る必要はありませんよ。」
―行け、我が同胞よ。偽王を叩き潰せ!!―
ただ兵たちが突き進んで行くと目の前に虎の大群がいた。
それに困惑した火の部族は虎の一群に襲われた。
「先頭何があった!?」
「虎です!空の部族は虎を操っています!!」
「虎だと!?」
そのとき兵のひとりが気付いた、虎は本物ではなく虎の皮を被った馬だったのだ。
馬に虎の皮を被せて錯覚させ、兵たちの恐怖心を煽り精鋭騎兵隊の馬脚を乱れさせたのだ。
これによって火の部族前列の騎兵は行く手を阻まれた。
だが兵の数ではまだ連合軍が空の部族を上回っていて、今まさに連合軍は空の部族軍中央最前列に到達しつつあった。
ただ到達した瞬間、弓隊によって矢の雨が火の部族の兵に降り注いだ。
左右から中央の落とし穴の無い部分を突き進もうとした敵兵を狙っていたのだ。
「弓隊だ!弓隊を先に片付けろ。」
「し、しかし弓隊の前には落とし穴が!」
「…!!」
「陣の両脇にいる弓隊が中央にいる連合軍を狙い撃ちだと…!?
く…落とし穴があるから、どうしても我が軍は中央を通らざるをえない。
そして弓隊を排除したくとも、落とし穴に行く手を阻まれ動けずとは…」
「“落とし穴を回避する”という事に気を取られて相手の行動を予測し損ねましたな。
これは落とし穴の情報、わざとこちらに流されたものでは?
スジン殿、どうやら彼を侮るのはそろそろやめにした方が良さそうだ。」
その頃、スウォンに部下が問うていた。
「何故落とし穴の情報をあちらに流したのです?
知らせずに実際に穴に落とし矢を浴びせた方が連合軍は時をかけずに全滅させられたのでは。」
「今戦っている相手は誰ですか?」
「えっ…火の部族と千州軍ですが。」
「火の部族は我が高華国の民です。血は流れます、新しい時代のために。
この戦の犠牲を最小限に抑えるのが私の仕事です。」
スウォンは凛と前だけを見据えて言い放った。
「さて、これからが踏ん張りどころですよ。
あちらもこのままでは終わらないでしょうから。」
そこから精鋭部隊である連合軍は空の部族の中央に侵入し爆竹の勢いで敵陣を切り崩していった。
勢いを止めきれない空の部族は少しずつ後退していく。
「私は行きますぞ。偽王の首を刎ねるのは緋龍王(私)の役目です。」
だが、カン・スジンの犯した誤算はスウォンの策を見抜けなかった事ではなく、すぐ背後に戦の終焉を告げる足音が近づいていることに気付かなかったことだ。
「待たせたな、空の部族。」
そこにいたのは地の部族長グンデが自分の兵を従えて立っていたのだ。
「地の部族旗…グンテだと!?」
「まさか援軍…!!」
「さてと久々の戦だ。存分に暴れンぞ!!つづけぇええぇ!!」
「「「「うおぉぉぉおおおお!!」」」」
地の部族は右翼の火の部族軍後方から現れた。
士気の高い援軍の進撃に連合軍の隊列は崩れていく。
―なぜグンテが援軍を…そんなはずはない。
グンテ(奴)は本当に認めた主にしか軍を動かさない…―
スウォンが既にグンテと信頼関係を築いていたことこそが、カン・スジンの誤算だった。
戦の中でジュドとグンテが合流する。
「再び戦場にてお前の二刀流を拝めるとはな。」
「ふん…仰々しいお出座しだな。」
「そうか?昔はもっと派手にやってたがな。」
「お前の部族はいつもやかましい。」
「ぶはっ!つーかなんだ、お前その面白ェ虎馬は!!」
「うるさい!俺も愛馬にこんな臭い皮を被せたくはないわ!!」
「それも陛下の策か。」
「ああ。」
「落とし穴も実際には存在しない。あると思い込ませるだけで十分だと。」
「ほぅ…」
そして2人は静かに戦場へ目を向けた。
「勝敗は決したな。」
「そのようだな。千州軍が退いてきている。
この戦ここに陣を構えた時点で全ては決していた。」
「ふ…恐ろしい御方よ。」
そうしている間にリ・ハザラの軍は退却を始めた。
「ぬぅ…ここまで来てこのザマとは…」
「将軍!退却しますか!?」
「まだ…まだだ…まだ終わっておらぬ…殺せ…スウォンを殺せ…!!」
カン・スジンはまだ緋龍王への執着をまだ捨て切れていなかった。
ハザラは兵を引き連れて国へ戻り始めていた。
「ハザラ様、物資が底をついています。」
「構わん。近隣の村から奪え!!蹂躙し焼き尽くせ。でなければ俺の気が収まらんわ。」
そこに旅人が数人通りかかった。
「何だ、戦か?」
怯える旅人たちをリ・ハザラの軍が襲った。
そこにある人物の大刀が風を切り兵をぶった切る。
倒れた兵と大刀を抱える男を見てリ・ハザラは息を呑んだ。
リ・ハザラの軍の前に姿を現したのは大刀を担いだハクと彼と共に馬に乗るヨナだった。彼らの後ろに私達も合流する。
「ひ、ひィ…」
「ここは戦場です。巻き込まれないうちに立ち去りなさい。」
「はっ、はい…!」
旅人を逃がしたヨナは真っ直ぐリ・ハザラを見据えた。
「空の兵士ではないな?」
「千州のリ・ハザラ、大人しく去れ。
高華国に侵入し、この上まだこの地の人々を脅かすならただではすまぬと思え。」
「蹴散らせ。」
「はっ」
私とキジャは同時に馬から降りてこちらに向かってくる兵の方へと跳んだ。
キジャの大きな右手が兵の頭を捕らえ馬から叩き落す。
私は爪を出して強い風と共に多くの兵を薙ぎ払った。
「な、なんだあの手は…!!」
「ば、ばけもの…」
「射て!射てぇー!!」
『馬鹿者。』
私は片手の爪を出したまま剣をさらりと抜くとジェハの気配を頭上に感じながら舞うように剣を振るった。
ジェハは高く跳び上がると暗器を投げ頭上から兵を襲っていた。
「と…飛んでる…!?」
シンアの剣とヨナを庇いながら戦うハクの大刀も次々と敵を薙ぎ払っていく。
リ・ハザラは怯えながら見ることしかできなかった。
―なんだ…この国には得体の知れない化物がいる!!―
その瞬間、彼の顔面をハクの大刀が襲った。
その頃、スウォンは戦況について報告を受けていた。
「火の部族本陣に動きはありましたか?」
「まだです。」
「あのスジンが簡単に降伏するとは思えませんが…」
「先に火の部族の陣を崩したのは火の部族の士気を喪失させるのが一番早い終わらせ方だったからです。そろそろ兵も限界ですよ。」
話の中心となっているカン・スジンの軍では兵がスジンに退却を促していた。
「千州軍は次々と退却。我が軍の中には王師に捕らえられた者もいます。
将軍もうこれ以上は持ちません。退却…いえ、降伏しましょう!!」
「今…なんと言った…?」
スジンは怒りのままに自らの剣で部下の首を落とした。
「降伏?降伏!?降伏だと!?有り得ん!!有るはずが無い!!
緋龍王たる私が!!!!偽王に平伏せと言うのか!!??
真の火の部族の緋龍王の民ならば最後の一兵になるまで王の為に命を賭して戦え!!
まだ終わってはおらぬ。あの若僧(ニセモノ)が生きている。」
私たちは去って行ったリ・ハザラの軍を見送りカン・スジンのもとへ足を向けていた。
その道中彼の叫び声を聞いた私は頭を抱えて震える。
「リン…?」
『野望が黒く染まってる…恐ろしいほどの野望は時に人を闇へ突き落してしまうわ…』
「リン。」
私以外の仲間にもスジンの言葉が聞こえてくると私の言葉の意味を皆が理解したようだった。
ジェハは私の震える肩を抱き、ヨナは優しく微笑んで私に頷いた。
私も小さく息を吐いて進める足に力を込めた。
「王がここにいる!!緋龍城があの赤い城が目前(そこ)にあるのだ!!闘え闘え!!闘え!!!」
「兵を退きなさい、スジン将軍。」
そこに辿り着いたヨナはスジンと対峙し、私たちは彼女を守るように四方を見て兵と向き合った。
「生きていたのか…」
「何者だ…?」
―ヤバイよ…ヨナはずっと城の中にいたから火の部族の兵はヨナの顔を知らないみたいだけどこのままでは…―
不安気なユンの手を私はそっと握ってやる。
「リン…」
『平気。姫様なら大丈夫。』
「それに僕達もいるんだから。」
私とジェハの言葉にユンも強く頷いた。
「あなたは高華国の五将軍の一人でありながらやってはならない大罪を犯した。
その上自らの兵の首を刎ね犬死にさせるというの?」
「クッ…小娘が私に説教か?私が緋龍王として緋龍城に帰還するこの時…我が兵は喜んで王に道を造るものだ。
それが誇りある火の部族の民だ!!」
「思い上がるな。己がどれだけの民に生かされているとも知らずにお前は王の器ではない。」
ヨナの冷たい視線はスジンに火をつけた。
「…殺せ。殺せ!!この娘を…ここにいる者共を私の前から消してしまえ!!」
私達を囲む兵を見てジェハが苦笑する。否、正確には私達の顔から笑みが零れていたのだ。
ヨナに着いて来たことに後悔はないし、彼女の強い言葉に賛同している。そしてこの仲間なら難なくここを生きて出られると信じているから。
「これは生きて帰れるかなァ~」
「言わないでよ、ジェハ。」
「何を言う、楽勝だ。」
「その異様な前向きさが白蛇唯一の長所だよな。」
「ゼノは皆を応援するからー」
「…」
『問題ないでしょ、私達なら。』
「スジン、一つだけあなたに伝えたい事がある。
テジュンはあなたとは全く違うやり方で火の部族を導いているわ。
その姿をあなたに見てもらいたい。」
スジンの顔が一瞬だけ父親の優しいものに戻った。だが、すぐに戦闘が始まり私は剣を抜く。
ジェハの脚が兵を蹴り飛ばし、キジャの爪が振るわれ、私の剣が腕や脚を抉っていく。
「キジャ君、手加減しないと。」
「十分している!哀れな兵を殺すのは姫様の本意ではない。」
「姫さんとユンは俺とリンの後ろにいろ。」
『絶対にそこから動かないで。』
「ユン、大丈夫よ。私闘えるわ。」
「俺は…ここでは盾になるくらいしか出来ないからっ」
ユンがヨナを守るように両手を広げて立ち、彼の前には盾を持ったゼノが壁になっていた。
私、ハク、キジャ、シンア、ジェハは近づいてくる敵を殺さない程度に倒していく。
同じ頃、私達が闘っている情報を得たスウォンは自分の軍と共にこちらへ向かっていた。
「火の部族本陣に正体不明の連中が乱入し乱闘になっているようで…」
「正体不明?」
「何かもの凄い力を持った連中で火の部族兵を次々と吹き飛ばしてます。」
「確認して来ます。」
「あっ、陛下!お戻り下さい!軽々と本陣を離れられては困りますッ」
「少しだけ。少しだけです、ジュド将…軍…」
彼の前には闘う私達の姿があった。その中でも目を引くのは外套で隠されているが垣間見える赤い髪だった。
ヨナはずっと荒ぶる哀れな火の部族の兵や哀しい戦を想って考えていた。
―玉座に取りつかれた将軍(スジン)…
闘い続けなければならない兵士達…そして他国の脅威…
このままではいけない。同じ高華国の民が争っていてはいけないんだ…!
この国には指導者が要る…強い力でこの国をまとめる指導者が…!!―
そのとき鷹がピィーと鳴きながらスウォンの肩に舞い降りた。
その音にヨナの視線がスウォンへと向き、私はスウォンだけでなくジュドやグンテの気配を感じ顔を上げた。
ヨナとスウォンの視線が交差したが、もう彼女は逃げなかった。
―ああ、だからあなたはこの国の王になったのね…―
彼女の考えていた事を私も闘いの間中ずっと考えていた。
そしてスウォンが現れた事ですべて納得してしまったのだ。
彼は国を想い自分が苦しみ憎まれようとも高華国をひとつにする為に王になったのだ、と…
私は動きを止めてスウォンを見つめる。
「はぁああああ!!」
「リン!!」
兵が私に向けて剣を振り上げたのを見たハクが寸前のところで跳ね飛ばした。
「何やってんだ!ボケっとすんな!!」
『…』
「姫さんまでどうし…」
そのとき私達の視線の先を見て彼は目を見開いた。大刀を持つ手にも力がこもる。
「陛下!」
「もの凄い力の連中とは如何に?」
ジュドとグンテも合流し私達を見て言葉を失った。
―まずい、空の部族が集まって来てる!!―
ユンは現状を見てヨナを強く呼んだ。
「ヨナ、撤退しよう。ヨナ!」
彼女は目を静かに伏せると心を落ち着かせて私達に指示を出した。
「撤退する!ハク、キジャ。突破口を作って。」
「お任せ下さい!」
「ハク。」
『ハク…』
「…了解。」
私はそっと彼の手の甲を撫でた。すると彼は小さく息を吐いてキジャと共に走り出した。
「ジェハ!姫様とユンを頼む。」
「わかってるよ。」
ジェハが2人を抱えて地面を蹴ったのを確認するとキジャとハクが爪や大刀を振るった。私は腰から手拭を取り出すと指先を掻っ切った。
「リン…っ!?」
『大丈夫よ、シンア。』
彼が私の周囲の兵を斬っている間に私は手拭に“テジュンに会いに行かれよ”と自分の血で書いた。
そして口に指を当ててピーッと音を鳴らした。
するとスウォンの肩から私のもとへ鷹が飛んできた。
『久しぶりね、グルファン。これをスウォンに届けてちょうだい。』
鷹の足に手拭を結ぶと優しく撫でて送り出した。
『…シンア、帰ろう。』
「うん。」
「青龍とお嬢が殿(しんがり)やるの?ゼノもやるー」
「ゼノは先に行って…」
「えーっ」
『さよなら、スウォン…』
私は颯爽とシンアと共にハクとキジャの背中を追い始めた。
「ジュド将軍、ここからではよく見えませんがあの大刀の男…まさか…」
「そのうえあの剣を振るう女…」
「捕らえますか!?」
何も言わないスウォンを見てグンテが答えた。
「訳の分からんどっかの賊が戦場に紛れ込んだんだろ。放っとけ。」
「ですが…」
「今はスジン将軍を捕らえるのが先だ。賊は構うな。」
「はっ」
スウォンは自分のもとに戻ってきた鷹のグルファンを見て目を丸くした。
―手拭…?この血文字はリン…―
私達が去るとスジンはスウォンが近くにいる事に気付いた。
「陛下…」
「スウォン陛下…」
「あやつに…スウォンに矢を放て!!
スウォンを殺せば我々の勝利だ。どうした!?早くせんか!!」
誰も部下が弓矢を構えない為、スジンは自ら弓矢を手にした。
「腰抜け共め!!」
「陛下おさがり下さい!!」
その瞬間、グンテがスジンへと馬を走らせ始めた。
「グンテ!!」
「これで終わりだ、スウォン!!」
だが、その瞬間血を吐いたのはスジンだった。
彼は部下のひとりによって背後から槍で刺されたのだ。
腹部に槍を受けて血を吐きながら彼は馬から落ちる。
その様子にグンテは馬を止め、スウォンとジュドも言葉を失った。
スジンを殺めた部下はその場に膝をつく。
「あ…あなたは…あなたはもう…我々の憧れた緋龍王ではない…ないのです…」
もう部下の苦しみも限界だったのだ。倒れたスジンは最期に息子達の顔を思い出す。
―そうだ、もうすぐだ…もうすぐお前達にも緋龍城をあのあかい城を与えてやれる…もうすぐ…―
「キョ…ガ…テジュ…ン…」
『はっ…』
私ははっとして後ろを振り返った。
「リン…?」
「お嬢、どうかしたかー?」
『…安らかに、カン・スジン将軍。』
こうして火の部族の反乱はカン・スジン将軍の死によって幕を閉じた。
火の部族の兵は王師に鎮圧されリ・ハザラは生き残った兵と共に千州へ撤退した。
そして戦場に現れた赤い髪の少女とその一行は幻の如くいずこかへ消えた。
後日、スウォンはカン・スジンの息子キョウガを次期火の部族長に任命し、キョウガを連れてテジュンのもとへ向かった。
「あなたは彩火でも大変人望が厚い。
彩火の民もそれを望んでいることでしょう。
ただあなたは彩火の外の事をご存知ない。」
「な…その様な事はございません!!彩火の外の状況は把握しております!」
「では外に行ってみましょうか。少し面白い情報を得たのです。」
「情報…?」
「…とても美しい人から。あなたの弟君テジュン殿が外である試みをしているとか。」
そうして彼らは廃れた村にやってきた。
そこにいたのは全力で民の為に病と闘い、駆けまわるテジュンだった。
彼にスジンの死を伝えると悲しんでいたものの、すぐに民の為にとまた働き出す。
「火の部族のこの事態より洗濯の方が大事なのか貴様は!?」
「いやしかし早く清潔な着物や布団を揃えないと病が蔓延してですね。」
「何故将軍家のお前がこんな事をしている!?」
「…私もやりたくはないです。ですが、こうする事で一人でも多くの火の部族の民を守れるなら私はやらねばならんのです。」
「…こんな事で民を守るだと?馬鹿者。
政で正しく統治してこそ民を守れるというもの。この地もいつか…」
「いつかでは遅いのです!!」
テジュンは洗濯の途中にも倒れた老人がいれば休ませるべく運んでやる。そして部下に的確な指示を出した。
「テジュン殿は火の部族の各村を清掃し診療所を設けているそうです。面白い試みだと思いませんか?」
スウォンはテジュンにそっと話しかけた。
「驚きました、あなた自身が働いてるとは。」
「いえ、大した事は…」
「素晴らしいです!」
「いえ、あの方に比べれば…」
「あの方?」
「あっ、いえ何でも!」
最終的にキョウガを緋龍城に招きそこで学ばせ、テジュンに彩火城を部族長代理として守るよう任命された。
村は各役所が引き継ぎ空の部族から支援を受けられるとの事だった。
突然の展開にテジュンは静かな丘から村を眺めて心を落ち着かせていた。そこにやってきたのはキョウガ。
「…色々な事がありすぎて将軍だと言われても何も考えられん。
…父上の事も…泣き叫ぶ力も無い。
ただ…なぜ私に知らせず行動されたのかと、私はなぜ気付けなかったのだろうと…悔やむばかりだ。
…お前は?やけにカラッとしてるじゃないか。しばらく会わんうちに父など忘れてしまったか?」
「忘れるには我々はあまりに父の背中を追いすぎました。
父上が緋龍王でなくても私は構わなかったのに…」
テジュンの言葉にキョウガは寂しそうな顔をする。
「罪人だろうと裏切り者だろうと私には尊敬するただ一人の父です。」
彼は滝のように涙を流しながら父を想うのだった。
私達はというとひとりの村人にイザの実を預けていた。
「これをテジュンに届けてほしいんだ。」
「わかった。」
『あ、これも一緒に渡してもらえますか?』
私がイザの実の袋に刺したのはサザンカの花が咲いた枝だった。
それを持った村人のセドルがテジュンに声を掛ける。
私達は村を離れ、私だけは彼らの会話を聞いていた。
―近くにスウォンがいる…ちゃんと来てくれたのね…―
「テジュン殿、お届け物です。イザの実だそうで。」
「イザの実?」
「何ですか、それは?」
「これは千州から持って来た寒さや乾燥に強い実らしい。
もしかしたら火の土地でも育つかもしれない。」
「へえ、千州にそんな実が…」
「これをテジュン様へ。植物に詳しい人が安全な畑で大事に育てて欲しいって。」
「私に?一体誰が?」
「ああ、ヨナちゃん達が…」
「ふおぉおおおおお!!」
言葉を遮るようにテジュンが叫ぶ。
「い…いまの…きこえました…?」
「…いいえ?」
スウォンは笑いながら空を見上げた。夕焼け空はまるでヨナの髪のように暁色に染まっていたのだ。
―彼女が…―
「この花は…?」
「黒髪の姉ちゃんの方が刺していたよ。」
「サザンカ…?」
「確か“困難に打ち克つ”“ひたむきさ”という意味の花言葉があったはずですね。」
「…そうですか。」
テジュンは花を手にしながら強く笑った。
―応援してくれているというのか…負けてはならぬな。―
その後、キョウガを残し村を出たスウォン、ジュド、グンテは兵と共に戒帝国国境付近でリ・ハザラと対面していた。
ハザラは頭から右目に掛けて包帯で隠していた。おそらくハクが傷つけた傷だろう。
「こちらから出す条件は三つ。
一つ目は我が国に損害を与えた実費の賠償。
二つ目は高華国と不戦協定を結ぶ事。
そして三つ目は千州の国境近くにある村を一つ高華国に下さい。」
スウォンの欲する条件が軽いように思いリ・ハザラは再び戦争をしようと考えた。だが、そこにスウォンが釘をさす。
「今後この不戦協定を反故にし戦を仕掛けるならば…
その時は空と地の軍だけではなく高華国五部族全軍を以てその首貰い受けるのでお覚悟を。」
そう言い残しスウォンは高華国へ戻り始めた。
彼が千州の村を欲したのはイザの実があるから。
種籾を得て、イザの実について詳しい人物や畑を手に入れた方がいいと考えたらしい。
「そんな実よくご存知でしたね。」
「ああ……ある人に教えてもらいました。」
「ほお…」
スウォンから少し距離が開くとグンテはジュドに言った。
「とりあえず千州の件は落着したな。」
「ああ。火の部族も生まれ変われば良いが。」
「…この度の戦…俺はスジンを斬るつもりだった。」
「…知っている。
…お前、この度の戦あまりノリ気ではなかっただろう。
戦では士気を上げる為、やかましかったが。」
「…なんだ、見透かされとったか。
俺は謀略家のスジンとは全く反りが合わんかったが、ジュナム王時代奴の策を頼もしく感じた戦もあった。
かつての戦友を敵とするのは気持ちの悪いもんだ。
俺が負うべき役目だったのだ…火の民が哀れだ。」
「だから陛下が仰るように五部族を一つにまとめるべきなのだ。」
風の部族ではムンドクがテウの稽古をしていた。
そこにヘンデがやってきてカン・スジンの死と千州との不戦協定、そして新しい火の部族長カン・キョウガについて知らせた。
「そうか…スジンが…」
「今回の戦、風の部族は見てるだけか…
待機って言われてたけど千州と火の部族が空都を侵略するなら戦うつもりだったのに。」
「スウォン陛下は嫌いなんじゃなかったっけー、テウ?
ハク様と姐さんとヨ…リナさんは旅の途中追っ手に殺されたって話だし。」
「王に阿る(おもねる)つもりはねーよ。だからって王都を見捨てるのは違うだろ。
俺はもう将軍なんだからこの国とお前らを守るよ。それにあのハク様と姐さんが死ぬと思うか?」
「思わんー」
「勝手に死んだら殺してやるわい。」
ムンドクとヘンデの言葉にテウは柔らかく笑った。
「みんなぁ~聞いて聞いて~テウ様が“お前らを命がけで守る”とか超キザな事言っててさーっ」
「報告せんでいい!!」
風の部族はいつも通り賑やかだ。
そして水の部族にもスジンの死は伝えられた。
火の部族は傷ついた兵達が話していた。
「…なあ、あの戦でさ賊が出ただろ?」
「ああ…化け物みたいだったな。」
「あの化け物達が守ってた女の髪…赤く光ってるように見えたんだ…」
「それってまさか…」
「見間違いかもしれない。死んだはずの姫があの場にいるはずないし…
でもそれよりも…俺…見とれてしまったんだ…
あの賊達が伝説の緋龍王とそれを守る四龍に見えて…
伝説は…スジン様や我ら火の部族ではなく…もしかしたら伝説の緋龍王と四龍はこの様な姿かもと…」
「…バカな。それこそ見間違いだろ。」
「ああ…そうだな…」
私達はというと村人にイザの実を託してから傷の手当ての為、森の中にいた。
私の身体にもところどころ傷があり、疲れた私は首筋や脚に包帯を巻かれた状態でジェハに身を委ねて眠っていた。
大きな木を囲むように私、ジェハ、シンア、キジャ、ユン、ゼノがいた。
「ユン、皆の傷はどう?」
「うん…」
「もう治りました!」
「嘘つけ。」
「あうっ…」
元気なフリをするキジャのユンは容赦なく叩いた。痛かったらしくキジャも大人しくなる。
「キジャが一番傷と疲労が酷いんだから安静にして!」
「燃費が悪いよね、キジャ君は。」
「な…その様な事…」
「いつでも前線に立って全力で速攻してるんだ。無茶ばかりしてるといつか死ぬよ。」
「それで姫様をお守り出来るのなら私は喜んで死ぬ。」
『そんな事言わないで。』
「リン…」
「そなた起きていたのか。」
『皆が賑やかだから寝れりゃしない。』
「それにしてもハクやゼノ君の怪我の少なさには驚くけど。」
「ゼノは皆の応援してただけだから。」
「全くそなたは四龍として少しは…」
「ゼノは俺を守ってくれてたよ。ゼノは闘えない俺やヨナの前で盾持って守ってくれたよ。ちゃんと頑張ってたよ。」
「…ありがと。」
ユンの言葉にゼノが照れながら言った。今までにそんな事を言われた経験がないのだろう。
私は彼らの様子に小さく微笑んだ。
「いやあ、頼りになるだなんてテレるから~」
「頼りにはあまりならなかった。」
「リン…」
『姫様?』
彼女は静かに私に歩み寄って来た。ジェハにもたれたままというのは失礼な気がして私はそっと身を起こす。
「一緒に来てくれてありがとう、リン…」
『どこまでもお供しますよ。私もハクもその為にここにいるんですから。』
「リン…」
『何か困った事や他の人に話しにくい事があったら私のところへ来てくださいな。これでもヨナ姫様の相談役なんですから。』
「えぇ。」
私は彼女を抱き締めるとハクのもとへ送り出した。
別の木の陰に腰かけているハクにヨナは声を掛けた。
「ハク、包帯巻くね。」
ヨナに右腕を差し出して彼女に包帯を巻いてもらいながらもハクは何も言わない。
「…戦場にグルファンがいたね…
ハクとリン、それから……スウォンが昔一緒に育ててた鷹…」
「…さぁ、忘れました。」
ヨナはハクの腕に額を当てた。
「ついて来てくれて…ありがとう…ハク…」
ハクは目を閉じているヨナに触れようとしてその手を握って自分を抑え込んだ。
「ついて行きますよ、ずっとね。仕事ですから。」
ヨナはただ寂しそうに切なく微笑んだだけだった。
「お腹すいたでしょ。ご飯作るね。」
「味付けは是非ユンかリンにお願いして下さいね。」
「ハクかわいくない。」
ヨナが立ち去ると頭上から鷹の鳴き声がした。私とハクは同時に空を見上げる。
彼がグルファンの事を忘れたはずがない。あんなに可愛がっていたのだから。
『ハク…』
私の頬を涙が伝ったが、それは誰にも見られなかった。
ジェハには背中を預けていて、私の前には誰もいなかったからだ。
ただお腹の前で組まれたジェハの手を私は縋る思いで握った。
「リン…?」
空を見上げた状態の私を見たジェハは頬に涙の痕を見つけた。
彼は寂しそうに微笑むと上を見ている私の頬へ唇を寄せた。
私は驚いたもののきゅっと目を瞑ってじっとしていた。
すると彼の唇が涙を辿り目尻に口付けを落とした。
彼が離れると私達は互いを見上げるように見つめた。彼の逆さまの顔が見えて私は笑みを零す。
「無理に笑わなくていいけど、涙が零れそうな時は僕の傍にいてね。」
『ありがと、ジェハ。』
「…はーい、そこの2人!」
ユンに呼ばれてそちらを見ると仲間達がこちらを見ていた。
ヨナとシンアはポカンとしていて、キジャは顔を赤くしている。
ユンは溜息を吐いているし、ハクは興味なさそうで、ゼノはニコニコ笑っている。
「見られてたみたいだね。」
『はぁ…』
「お嬢と緑龍は絵になりすぎだから~」
ゼノの言葉に私とジェハは顔を見合わせて笑うのだった。
それから数日後、ユンは荷物を抱えて唐突に言った。
「今日はちょっと出稼ぎに行きます。」
「出稼ぎ?」
手合わせをしていたハクとキジャ、アオを抱いていたヨナ、剣の稽古をしていた私とシンア、座って私とシンアを見守るジェハと彼の頭に顎を乗せていたゼノ…全員がユンを見た。
私達は荷物を手に市場へ足を向けた。果物を見つけて駆け出すゼノはジェハに服を掴まれて手綱のようにも見える。
「手の掛かるお子様だよ、まったく…」
『ふふっ…素敵なお兄さんじゃないの。』
「それにしても色んな店があるのね。」
「期間限定で市が開かれるって聞いたんだ。
流浪の商人も旅人も自由に店を出せる。」
『ユンは何を売るの?』
「俺はいつも通り薬売り。たくさん薬草摘んで来たからね。
そしてここからが重要。知ってると思うけど俺らは貧乏です。」
私達はユンの前に並ぶとコクリと頷いた。
「肉は狩猟で何とかしてきたけど、米も塩も武器も衣類も欲しいですよね!?
つまり何としてでも金が要る!!つーわけで客引きしてきて。」
「目立たねェ方が良いんじゃねーか?」
「それは大前提。でもここは他国の商人や旅芸人も来るから変わった面してるシンアでもあまり気にされないと思う。」
「しかし、客引きなどやった事が…」
「連れて来なかったら飯抜き!!」
「「「「「『行って来ます!!』」」」」」
シンアも言葉に出さないもののユンの言葉に絶対服従だった。
「まさか兵糧攻めの脅しとは。」
「なんて恐ろしい必殺技だ。」
「ごはん…」
「ユン君が居なかったら僕ら生活出来ないからねぇ。」
『ユンってお母さんみたいwww』
「客引きってどうすれば良いかな?」
「僕に任せて。ほら、リンもその辺りのお兄さんに声掛けてごらん?」
『はーい。』
ジェハは近くにいた女性に声を掛けて談笑するとそのままユンの店へ連れて行った。
私も旅人のような男性達に微笑み掛けて少し話をしながら店へ誘導した。
「売れた…」
「すごい…」
「2名様ご案内。」
『こちらも3名様ご案内♪』
「そなた達、妙な技を持っておるな。どうやった?」
「女の子の耳元で…」
ジェハはキジャとシンアの耳元で何かをコソコソ言う。
「その様な事言えるかッ!!」
「?」
「えっ、なになに?」
「姫さんは聞かなくていいぞ。」
『しょうもない事でしょうから。』
「リンはどうやったの?」
『え?ただ声を掛けて上目遣いで微笑み掛ければいいんですよ。』
「それはお前が綺麗だから出来る技だ…」
『姫様も可愛いでしょ?』
「私もやってみる!」
「おいおいっ!」
『姫様はあまり顔を晒さない方がよろしいかと。』
「むぅ…」
不貞腐れるヨナの頭を私は撫でてやりながら近くにいたジェハ、キジャ、シンアを見た。
「ああ、もう…君達は力以外は若さと美貌しか取り柄ないんだから。」
ジェハは2人を女性の方に向けて言い、そっとシンアの仮面を背後から取った。
「ほら笑ってーシンア君は3秒だけ頑張れ。」
すると3名の女性がキジャの微笑みやシンアの美しい瞳の虜になりユンの店へ向かった。
ジェハはシンアの目を見たくて仮面を返してやらない。
「シンア君~どうしたの~ほら顔上げて~そして目を見せて~」
「3秒たった…」
「シンアに面返してやれ、人間不信になる前に。」
私はジェハの手から仮面を奪いシンアに差し出した。
その一瞬だけ見えた美しい瞳に私は笑みを零す。
『大丈夫?』
「3秒ってゆった…」
『そうね。ジェハはちょっと意地悪なだけだから許してあげて?』
「うん…」
私はシンアの頭を撫で、ヨナもジェハに促されてキジャの頭を撫でていた。
「お…お役に立てたの…か?」
「ゼノもお嬢さん連れて来たから~」
「へえ、やるじゃないかゼノ君。」
ジェハが振り返って見つけたのはおばあさんを背中におぶったゼノだった。
彼の後ろには他にも年老いた女性がたくさん。
お陰で薬の売れ行きは上々。
「こんだけ集まれば後は流れで人増えるだろ。」
「待った。ハクも連れて来ないと、お嬢さん。」
「何で女限定なんだよ。」
「ハクが声かけて何人来るのか興味あるだけ。
ヨナちゃん、ハクが女の子に声かけてもいい?」
「えっ…どうして私に聞くの?客引きでしょ。」
「そうだけど一応。ハクお許しが出たよ。」
「あのな…」
『ハク、飯抜き!!だよ?』
「う…ったく。リンも付き合え。」
『えー…』
ハクに頭を大きな手で掴まれて仕方なく歩き出す。
彼は武器屋に行って男性に声を掛け、そのまま身体の痛いところがあればうちの薬が売れると話した。
私は武器を買う為に並んでいた他の男性に声を掛けて少し首を傾げて見せる。
「おじさんに逃げたか…それにしてもリンは人を魅了するのが上手だね…」
「やきもち妬いてるの?」
「…少し心配になるだけさ。」
「あら…」
そうしているとハクを見て女性が頬を染めながら集まり、私は男性に囲まれていた。ハクは女性達に気付かないまま店に戻る。
「一人連れて来たぞ。」
「一人じゃない一人じゃないよ。」
「うわっ」
「ねえっ、お兄さん一人?」
「どこから来たの?」
「何してるひと?」
「良かったら私の店寄っていきませんか。」
「えっ、ここ何の列?きゃっ、格好いい人!!」
「とにかく並べ。そして買え、高いやつを。」
「「「「は~い♡」」」」
『ちょっと!!私の方もどうにかして!!』
「ん?」
私は男性に囲まれて身動きが取れなくなっていた。
「あらら…」
「これは困った事になったね。」
ジェハは小さく微笑むとすっと跳び上がって私の横に着地した。
一瞬の出来事に誰も彼が空を舞ったとは思わないだろう。
「この子は僕らの連れなんで。」
『ジェハ!』
「魅力的すぎるのも罪だよ、リン。」
『うちの店寄って行きません?』
「「「行く!」」」
私がジェハに連れられて店に戻るとハクが連れて来た女性達と私が連れて行った男性達でごった返していた。
ヨナはハクがモテモテなのを見て心がもやっとしたらしくそっと目を背けた。
「ユン、調子はどう?」
「これでしばらくは生きていけるよ。」
「よしっ、私も客引き行くわ!」
「あっあっヨナはいいの。ここに座ってて。」
『ふぅ…私も一緒に店番しようか?』
「リン…」
『…というより、疲れたから座らせて?』
「それじゃお願いしようかな。」
ユンを挟むように私とヨナが座ると隣の店の男性がリンゴをくれた。
「嬢ちゃん達、リンゴ食うか?」
「ありがとう。」
「あんたら流れ者か?どっから来た?」
「えっと…」
『色んな所転々としてて、空の部族の地を通って来たの。』
「空の部族っていやあ、先日火の部族との戦があったらしいじゃねェか。」
「巻き込まれたりしなかったか?」
「あっ、うん。何とか。」
「そいつぁ良かった。」
私とユンはリンゴを剥きながら薬も的確に売っていく。
「火の部族は部族長が代わったらしいな。」
「部族長にカン・キョウガ、部族長代理にカン・テジュンだそうだぞ。」
「ぶッ…」
『ユン…』
「どうした?」
「ううん。」
「火の部族はマシになると良いけどな。」
「ああ、あそこは長い間治安が悪くて気の毒だった。」
『きっと大丈夫…』
「「え?」」
『新しい風が吹くと私は信じてます。』
「言うね、お嬢ちゃん。」
「治安が悪いといえば近頃水の部族の領地が悪いらしいぞ。」
「水の部族領って高華国一美しいって言われる緑と水の土地だよね?」
「そうだ。」
「一度行ってみたいんだよね。何か事件でも?」
「詳しい事は知らねェが妙な連中が増えたとか商売が自由に出来ないとか。」
「まあ情報不確かな時は行かねェ方がいい。勘だがな。」
私はリンゴを齧って男性達に薬を売った。
近くで女性に売るのを困っているキジャとシンアの手助けだって忘れない。
ハクはというとまだ女性に囲まれていた。
「ねえねえ、名前教えてよ。」
「あ?薬売り助手だよ。それよりお客さん、どっか体調悪いとこねーっスか?」
「お兄さんが診察してくれるの?」
「俺は医者じゃアリマセン。」
「俺の店は花街じゃないんだけど。」
「違ェよ、客引きだろ。あんたら買わねェんなら帰れ。」
「わかった、買う!買うからおまけ付けて。」
「おまけだってよ、ユン君。」
「抱きしめて下さい!!」
「スイマセーン、この店のおまけ意味がわかりませーん。」
「お安い御用だよ、お客様。」
「うおーい、安売りすんな俺の身体。」
ユンの言葉に私は呆れたように頭を抱え、ハクは仕方なく隣の女性を抱き寄せた。
「ったく、はいはい。」
「次私っ」
「私よっ」
「いーから買えよ。」
ハクが誰かを抱き締めている様子にヨナの胸がズキッと痛んだ。
私はそれを気配で感じて振り返りゆっくり立ち上がった。
「リン、どうしたのだ。」
『ここお願いするわね。』
「え?」
『何かわからない事があったらユンに訊いて。』
私がヨナの背中を追いかけ始めると同じくジェハが私の隣に並んだ。
『ジェハ…』
「ヨナちゃんの所に行くんだろ?」
『うん。』
進んで行くヨナを呼び止めたのはジェハだった。
「ヨナちゃん。」
『駄目ですよ、一人で歩いて行っては。』
「ごめんなさい。」
「さっきのおまけが嫌ならそう言えばいいのに。」
「えっ、ううん。そういうんじゃないわ。」
「本当に?」
「…そうね、ちょっと嫌だったのかな…
ちょっと嫌だなって思って、思ってまたちょっとびっくりしたの。」
その言葉にジェハの顔が少し曇った。
「ハクに言っては駄目よ。」
「…なぜ?」
「よくない事だもの。例えばハクに思う女性が出来てその女性のもとへ行きたくなっても、私が淋しいなんて子供みたいな我儘を伝えてしまったらハクは身動き取れなくなるもの。
駄目ね、変な事気にしちゃって。ハクが隣にいる事に甘えすぎてたみたい。しっかりしなくちゃ。…ユンの所に戻ろっか。」
『姫様…』
「…大丈夫だよ。ハクは…とっくに君のものだ。」
ジェハの寂しそうな笑顔にヨナはきょとんとした後、笑みを零した。
「ハクが私の側にいるのは仕事みたいなものよ。」
そう言い残して彼女は店へ戻っていく。
『仕事、ね…それはハクなりの線引きだわ。』
「そうだね…」
『仕事でここまで命を張ってあなたを守れるほど私もハクも大人ではありませんよ、姫様…』
そのときジェハが突然自分の胸を拳でドンッと叩いた。
『ジェ、ジェハ…!?』
「…うるさいな、龍の血ってやつは。こんな時に紛らわしく騒がないでくれるかな。」
『…』
「リン…?」
『…緋龍王は四龍を惹きつける。黒龍である私も然り。
もし緑龍であるジェハもヨナに惹かれるなら私は…』
私が言い終わる前にジェハは人々が周りにいるにも関わらず私の腕を引いて深く口付けた。
それはまるで私の言葉を奪うようで、いつもより荒々しかった。
『んっ…』
「はぁ…」
『ジェ…ハ…?』
「それ以上馬鹿な事は言わないでくれるかな。」
『でも…』
「またその口塞ごうか?」
『…』
「僕は確かに龍の血を引いていてヨナちゃんの近くにいたいと思うし、胸がざわつく事もある。
でもそれと誰かを愛おしく思って愛するのは別だ。
僕が恋い焦がれるのは君だけなんだから…それだけは忘れないでほしいな。」
『ジェハ…』
「リンも僕もヨナちゃんを大切に思ってる。それは事実だ。
リンにとって僕もヨナちゃんも同じ愛の対象なのかな?」
『違う!!』
「それなら自分に素直になって。僕も君だけは何があっても手放す気はないよ。
ずっと隣にいてもらうから覚悟しててもらわなきゃ。」
彼は小さくウインクをしながら私に手を差し伸べる。
私は嬉しくなって彼の手を取りながら店へ戻って行った。
店の近くではハクが売り物の間に隠れて座っていた。
「姫さん。」
「わっ、ハク!?何やってるの。」
「やー、ようやく客引きから解放されたんでちょっと休憩。
…それよりユンに少~し小遣い貰ったんでちょっと見てまわりません?」
「…いいわよ?」
意地悪く笑うハクに誘われて彼らは市場の散策を始める。
美味しそうな料理に目を輝かせ、綺麗な衣があればヨナに合わせてみたりして、武器があればハクが吟味して…
「ハク、あれは何?」
「へぇ、賭け射的か。」
ヨナが指さした先には遠くの的を狙って弓矢を構える人がいた。
「賭け射的?」
「挑戦者が的のどこに当てるか賭けるんだ。」
「面白そうね。」
「…オヤジ、挑戦してもいいか?」
「おう、兄ちゃん。丁度次空くとこだ。」
「いや、挑戦するのはこっちのお嬢さんな。」
ハクが笑いながらヨナの背中を押すと賭け射的の店番が声を上げた。
「ええっ、この嬢ちゃんが!?」
「ちょっと、ハク…」
「別に問題ないだろ。」
「問題はないが…無理だろ、そんな小っせェ嬢ちゃんじゃ。」
「弦を引けるかも怪しいぞ。やめとけやめとけ。」
「そのくらい!!でき…る…わ。」
ヨナが弓矢を構えて的の前に立った。
風に乗って聞こえてきた声に私はニッと笑うとユンに小遣いを貰って駆け出した。
「おい、マジであの嬢ちゃんがやんのか?」
「外すだろ、あれは。」
「よし、外すに千リン。」
「じゃあ俺は泣いて帰るに二千リン。」
「“1”に二百リン!!」
ハクの響く声にヨナはビクッとし、周囲の人々は笑う。
「“1”ってド真ん中じゃねーか。兄ちゃんマジか?」
「無茶言うぜ。」
「つっても賭け金低っっ!!」
「悪いが全財産だ。」
『私も“1”に千リンかな。』
「「リン!!」」
「今ふわっといい香りが…」
「姐ちゃんも正気かい!?」
『えぇ、何か問題でも?』
「リンまで…」
「外したらどうするんだ?」
『その時はユンに怒られるでしょうね。』
そう言いながら私とハクは笑った。
『でも姫様なら外さない。そう思ってるからハクだってやってる癖に。』
「まぁな。」
「どーしたー?嬢ちゃん。」
「やめるなら今のうちだぞー」
冷やかす声の中にヨナはハクの声を聞いた。
「姫さん。」
彼女が顔を上げるとニッと笑うハクと、肩にアオを乗せて微笑む私がいた。
「軽くノシたれ。」
―ハクが見てる…格好悪いとこ見せられない…!!―
ヨナの目が真剣なものに変わったのを見て私とハクは口角を上げた。
勢いよく放たれた矢は真っ直ぐ飛び的の中央に当たった。
「うっそだろ…」
「…くッくッくッ。馬鹿め見たか!!」
『凄いでしょ、私達のお嬢さん!!』
「『ハハハハハハハッ』」
「何えばってんだよ!」
「ちくしょー、俺の二千リン。」
私とハクは並んで大笑いしていた。無邪気に笑う私達の顔を見てヨナは嬉しそうに微笑む。
―あ、ハクとリンがあんなふうに笑ってるとこ久しぶりに見た…
ハクは近頃どこか淋しそうに笑っていたから…
リンだって遠くを見つめて上の空の事もあって…
いつもあんなふうに笑ってくれたらいい…わたし頑張ろう!―
それから何故だか流れで私まで賭け射的に借り出された。
「そっちの姐ちゃん、やってみるか?」
『え、私?』
「そんだけ笑ってんだ。やってみろよ。」
『ハク、どうしようか。』
「…俺の言う的に当てれるな?」
『えぇ。』
「リン、頑張って!」
『姫様のお望みとあらば。』
それから人々は自由気ままに賭けていった。
「1に二千リン。」
「俺も1だ!千リン。」
「外すに五百リン。」
そうしていると突然外野が賑やかになった。
「面白そうな事をしているね。ハク、君に賭け金をあげようかな。」
「おっ、気が利くじゃねェか。」
ジェハがユンの持つ小包から金を取り出して笑いながらハクに手渡した。
「ちょっとジェハ、勝手に!!」
「まぁ見ててごらん、ユン君。」
「“2”にこれ全部な。」
「「「「えぇえええ!!?」」」」
外野が騒ぐなか私は的を見つめた。
2、は中心から少し離れた幅の狭い円。ある意味1よりも難しい。
何故なら少し外れたら1か3になってしまうからだ。
―ハクも意地悪ね…―
「リン!」
『ジェハ…?』
「華麗にやればいい。」
「やっちまえ。」
『ハク…』
私は笑うと弓矢を構えた。そして弓を引くと甘い香りを風に乗せながら矢を放った。
矢は真っ直ぐ2と呼ばれる細い隙間に突き刺さった。
「「「「っ!!!!?」」」」
「「す、すげぇ…」」
「流石であるぞ、リン!」
「これで生活に困らないよ!!」
「リン、かっこいい!!」
『姫様のかっこよさには負けますよ。』
「矢を放つ姿まで美しくて見惚れてしまったよ。」
ジェハは私の肩を抱くと頬を髪に摺り寄せる。私はくすぐったくて身をよじった。
「やっぱりお前は最高の相棒だな。」
『当たり前でしょ。これくらいできなくてどうします?』
「生意気言いやがって。」
ハクに髪をくしゃっと撫でられ、ユンは賭け金を全部貰って抱えて私達はその市場を後にした。
王師(王の軍勢)の戦力、スウォンという指揮官の能力…すべてを熟知した上で準備を進め、疑う余地もないと考えていたのだ。
そうしていると部下がカン・スジンがやってきた。
「何…?落とし穴だと。」
「はっ、空の部族軍陣前にはいくつかの落とし穴が用意されています。」
「ほう、だから平野(ここ)に陣を張ったのか。落とし穴はどこだ?」
「主に陣の両脇に。」
彼は何も恐れることなく予定のまま突き進むよう部下に指示を出した。そんなスウォンの戦術にカン・スジンが笑う。
「何を笑っておいでで?」
「戦前にせっかく必死に作った策が敵に漏れるとは流石に気の毒になってきましてね。」
「落とし穴ですか。」
「素人が考えそうな策です。どちらにしろ問題ありません。
落とし穴は陣の両脇に作られているのですから。
我が軍の先頭は機動攻撃に特化した精鋭騎兵隊、それの突撃を以って敵の中央を突破し偽王(スウォン)の首をとる。
脇にある落とし穴付近に入る必要はありませんよ。」
―行け、我が同胞よ。偽王を叩き潰せ!!―
ただ兵たちが突き進んで行くと目の前に虎の大群がいた。
それに困惑した火の部族は虎の一群に襲われた。
「先頭何があった!?」
「虎です!空の部族は虎を操っています!!」
「虎だと!?」
そのとき兵のひとりが気付いた、虎は本物ではなく虎の皮を被った馬だったのだ。
馬に虎の皮を被せて錯覚させ、兵たちの恐怖心を煽り精鋭騎兵隊の馬脚を乱れさせたのだ。
これによって火の部族前列の騎兵は行く手を阻まれた。
だが兵の数ではまだ連合軍が空の部族を上回っていて、今まさに連合軍は空の部族軍中央最前列に到達しつつあった。
ただ到達した瞬間、弓隊によって矢の雨が火の部族の兵に降り注いだ。
左右から中央の落とし穴の無い部分を突き進もうとした敵兵を狙っていたのだ。
「弓隊だ!弓隊を先に片付けろ。」
「し、しかし弓隊の前には落とし穴が!」
「…!!」
「陣の両脇にいる弓隊が中央にいる連合軍を狙い撃ちだと…!?
く…落とし穴があるから、どうしても我が軍は中央を通らざるをえない。
そして弓隊を排除したくとも、落とし穴に行く手を阻まれ動けずとは…」
「“落とし穴を回避する”という事に気を取られて相手の行動を予測し損ねましたな。
これは落とし穴の情報、わざとこちらに流されたものでは?
スジン殿、どうやら彼を侮るのはそろそろやめにした方が良さそうだ。」
その頃、スウォンに部下が問うていた。
「何故落とし穴の情報をあちらに流したのです?
知らせずに実際に穴に落とし矢を浴びせた方が連合軍は時をかけずに全滅させられたのでは。」
「今戦っている相手は誰ですか?」
「えっ…火の部族と千州軍ですが。」
「火の部族は我が高華国の民です。血は流れます、新しい時代のために。
この戦の犠牲を最小限に抑えるのが私の仕事です。」
スウォンは凛と前だけを見据えて言い放った。
「さて、これからが踏ん張りどころですよ。
あちらもこのままでは終わらないでしょうから。」
そこから精鋭部隊である連合軍は空の部族の中央に侵入し爆竹の勢いで敵陣を切り崩していった。
勢いを止めきれない空の部族は少しずつ後退していく。
「私は行きますぞ。偽王の首を刎ねるのは緋龍王(私)の役目です。」
だが、カン・スジンの犯した誤算はスウォンの策を見抜けなかった事ではなく、すぐ背後に戦の終焉を告げる足音が近づいていることに気付かなかったことだ。
「待たせたな、空の部族。」
そこにいたのは地の部族長グンデが自分の兵を従えて立っていたのだ。
「地の部族旗…グンテだと!?」
「まさか援軍…!!」
「さてと久々の戦だ。存分に暴れンぞ!!つづけぇええぇ!!」
「「「「うおぉぉぉおおおお!!」」」」
地の部族は右翼の火の部族軍後方から現れた。
士気の高い援軍の進撃に連合軍の隊列は崩れていく。
―なぜグンテが援軍を…そんなはずはない。
グンテ(奴)は本当に認めた主にしか軍を動かさない…―
スウォンが既にグンテと信頼関係を築いていたことこそが、カン・スジンの誤算だった。
戦の中でジュドとグンテが合流する。
「再び戦場にてお前の二刀流を拝めるとはな。」
「ふん…仰々しいお出座しだな。」
「そうか?昔はもっと派手にやってたがな。」
「お前の部族はいつもやかましい。」
「ぶはっ!つーかなんだ、お前その面白ェ虎馬は!!」
「うるさい!俺も愛馬にこんな臭い皮を被せたくはないわ!!」
「それも陛下の策か。」
「ああ。」
「落とし穴も実際には存在しない。あると思い込ませるだけで十分だと。」
「ほぅ…」
そして2人は静かに戦場へ目を向けた。
「勝敗は決したな。」
「そのようだな。千州軍が退いてきている。
この戦ここに陣を構えた時点で全ては決していた。」
「ふ…恐ろしい御方よ。」
そうしている間にリ・ハザラの軍は退却を始めた。
「ぬぅ…ここまで来てこのザマとは…」
「将軍!退却しますか!?」
「まだ…まだだ…まだ終わっておらぬ…殺せ…スウォンを殺せ…!!」
カン・スジンはまだ緋龍王への執着をまだ捨て切れていなかった。
ハザラは兵を引き連れて国へ戻り始めていた。
「ハザラ様、物資が底をついています。」
「構わん。近隣の村から奪え!!蹂躙し焼き尽くせ。でなければ俺の気が収まらんわ。」
そこに旅人が数人通りかかった。
「何だ、戦か?」
怯える旅人たちをリ・ハザラの軍が襲った。
そこにある人物の大刀が風を切り兵をぶった切る。
倒れた兵と大刀を抱える男を見てリ・ハザラは息を呑んだ。
リ・ハザラの軍の前に姿を現したのは大刀を担いだハクと彼と共に馬に乗るヨナだった。彼らの後ろに私達も合流する。
「ひ、ひィ…」
「ここは戦場です。巻き込まれないうちに立ち去りなさい。」
「はっ、はい…!」
旅人を逃がしたヨナは真っ直ぐリ・ハザラを見据えた。
「空の兵士ではないな?」
「千州のリ・ハザラ、大人しく去れ。
高華国に侵入し、この上まだこの地の人々を脅かすならただではすまぬと思え。」
「蹴散らせ。」
「はっ」
私とキジャは同時に馬から降りてこちらに向かってくる兵の方へと跳んだ。
キジャの大きな右手が兵の頭を捕らえ馬から叩き落す。
私は爪を出して強い風と共に多くの兵を薙ぎ払った。
「な、なんだあの手は…!!」
「ば、ばけもの…」
「射て!射てぇー!!」
『馬鹿者。』
私は片手の爪を出したまま剣をさらりと抜くとジェハの気配を頭上に感じながら舞うように剣を振るった。
ジェハは高く跳び上がると暗器を投げ頭上から兵を襲っていた。
「と…飛んでる…!?」
シンアの剣とヨナを庇いながら戦うハクの大刀も次々と敵を薙ぎ払っていく。
リ・ハザラは怯えながら見ることしかできなかった。
―なんだ…この国には得体の知れない化物がいる!!―
その瞬間、彼の顔面をハクの大刀が襲った。
その頃、スウォンは戦況について報告を受けていた。
「火の部族本陣に動きはありましたか?」
「まだです。」
「あのスジンが簡単に降伏するとは思えませんが…」
「先に火の部族の陣を崩したのは火の部族の士気を喪失させるのが一番早い終わらせ方だったからです。そろそろ兵も限界ですよ。」
話の中心となっているカン・スジンの軍では兵がスジンに退却を促していた。
「千州軍は次々と退却。我が軍の中には王師に捕らえられた者もいます。
将軍もうこれ以上は持ちません。退却…いえ、降伏しましょう!!」
「今…なんと言った…?」
スジンは怒りのままに自らの剣で部下の首を落とした。
「降伏?降伏!?降伏だと!?有り得ん!!有るはずが無い!!
緋龍王たる私が!!!!偽王に平伏せと言うのか!!??
真の火の部族の緋龍王の民ならば最後の一兵になるまで王の為に命を賭して戦え!!
まだ終わってはおらぬ。あの若僧(ニセモノ)が生きている。」
私たちは去って行ったリ・ハザラの軍を見送りカン・スジンのもとへ足を向けていた。
その道中彼の叫び声を聞いた私は頭を抱えて震える。
「リン…?」
『野望が黒く染まってる…恐ろしいほどの野望は時に人を闇へ突き落してしまうわ…』
「リン。」
私以外の仲間にもスジンの言葉が聞こえてくると私の言葉の意味を皆が理解したようだった。
ジェハは私の震える肩を抱き、ヨナは優しく微笑んで私に頷いた。
私も小さく息を吐いて進める足に力を込めた。
「王がここにいる!!緋龍城があの赤い城が目前(そこ)にあるのだ!!闘え闘え!!闘え!!!」
「兵を退きなさい、スジン将軍。」
そこに辿り着いたヨナはスジンと対峙し、私たちは彼女を守るように四方を見て兵と向き合った。
「生きていたのか…」
「何者だ…?」
―ヤバイよ…ヨナはずっと城の中にいたから火の部族の兵はヨナの顔を知らないみたいだけどこのままでは…―
不安気なユンの手を私はそっと握ってやる。
「リン…」
『平気。姫様なら大丈夫。』
「それに僕達もいるんだから。」
私とジェハの言葉にユンも強く頷いた。
「あなたは高華国の五将軍の一人でありながらやってはならない大罪を犯した。
その上自らの兵の首を刎ね犬死にさせるというの?」
「クッ…小娘が私に説教か?私が緋龍王として緋龍城に帰還するこの時…我が兵は喜んで王に道を造るものだ。
それが誇りある火の部族の民だ!!」
「思い上がるな。己がどれだけの民に生かされているとも知らずにお前は王の器ではない。」
ヨナの冷たい視線はスジンに火をつけた。
「…殺せ。殺せ!!この娘を…ここにいる者共を私の前から消してしまえ!!」
私達を囲む兵を見てジェハが苦笑する。否、正確には私達の顔から笑みが零れていたのだ。
ヨナに着いて来たことに後悔はないし、彼女の強い言葉に賛同している。そしてこの仲間なら難なくここを生きて出られると信じているから。
「これは生きて帰れるかなァ~」
「言わないでよ、ジェハ。」
「何を言う、楽勝だ。」
「その異様な前向きさが白蛇唯一の長所だよな。」
「ゼノは皆を応援するからー」
「…」
『問題ないでしょ、私達なら。』
「スジン、一つだけあなたに伝えたい事がある。
テジュンはあなたとは全く違うやり方で火の部族を導いているわ。
その姿をあなたに見てもらいたい。」
スジンの顔が一瞬だけ父親の優しいものに戻った。だが、すぐに戦闘が始まり私は剣を抜く。
ジェハの脚が兵を蹴り飛ばし、キジャの爪が振るわれ、私の剣が腕や脚を抉っていく。
「キジャ君、手加減しないと。」
「十分している!哀れな兵を殺すのは姫様の本意ではない。」
「姫さんとユンは俺とリンの後ろにいろ。」
『絶対にそこから動かないで。』
「ユン、大丈夫よ。私闘えるわ。」
「俺は…ここでは盾になるくらいしか出来ないからっ」
ユンがヨナを守るように両手を広げて立ち、彼の前には盾を持ったゼノが壁になっていた。
私、ハク、キジャ、シンア、ジェハは近づいてくる敵を殺さない程度に倒していく。
同じ頃、私達が闘っている情報を得たスウォンは自分の軍と共にこちらへ向かっていた。
「火の部族本陣に正体不明の連中が乱入し乱闘になっているようで…」
「正体不明?」
「何かもの凄い力を持った連中で火の部族兵を次々と吹き飛ばしてます。」
「確認して来ます。」
「あっ、陛下!お戻り下さい!軽々と本陣を離れられては困りますッ」
「少しだけ。少しだけです、ジュド将…軍…」
彼の前には闘う私達の姿があった。その中でも目を引くのは外套で隠されているが垣間見える赤い髪だった。
ヨナはずっと荒ぶる哀れな火の部族の兵や哀しい戦を想って考えていた。
―玉座に取りつかれた将軍(スジン)…
闘い続けなければならない兵士達…そして他国の脅威…
このままではいけない。同じ高華国の民が争っていてはいけないんだ…!
この国には指導者が要る…強い力でこの国をまとめる指導者が…!!―
そのとき鷹がピィーと鳴きながらスウォンの肩に舞い降りた。
その音にヨナの視線がスウォンへと向き、私はスウォンだけでなくジュドやグンテの気配を感じ顔を上げた。
ヨナとスウォンの視線が交差したが、もう彼女は逃げなかった。
―ああ、だからあなたはこの国の王になったのね…―
彼女の考えていた事を私も闘いの間中ずっと考えていた。
そしてスウォンが現れた事ですべて納得してしまったのだ。
彼は国を想い自分が苦しみ憎まれようとも高華国をひとつにする為に王になったのだ、と…
私は動きを止めてスウォンを見つめる。
「はぁああああ!!」
「リン!!」
兵が私に向けて剣を振り上げたのを見たハクが寸前のところで跳ね飛ばした。
「何やってんだ!ボケっとすんな!!」
『…』
「姫さんまでどうし…」
そのとき私達の視線の先を見て彼は目を見開いた。大刀を持つ手にも力がこもる。
「陛下!」
「もの凄い力の連中とは如何に?」
ジュドとグンテも合流し私達を見て言葉を失った。
―まずい、空の部族が集まって来てる!!―
ユンは現状を見てヨナを強く呼んだ。
「ヨナ、撤退しよう。ヨナ!」
彼女は目を静かに伏せると心を落ち着かせて私達に指示を出した。
「撤退する!ハク、キジャ。突破口を作って。」
「お任せ下さい!」
「ハク。」
『ハク…』
「…了解。」
私はそっと彼の手の甲を撫でた。すると彼は小さく息を吐いてキジャと共に走り出した。
「ジェハ!姫様とユンを頼む。」
「わかってるよ。」
ジェハが2人を抱えて地面を蹴ったのを確認するとキジャとハクが爪や大刀を振るった。私は腰から手拭を取り出すと指先を掻っ切った。
「リン…っ!?」
『大丈夫よ、シンア。』
彼が私の周囲の兵を斬っている間に私は手拭に“テジュンに会いに行かれよ”と自分の血で書いた。
そして口に指を当ててピーッと音を鳴らした。
するとスウォンの肩から私のもとへ鷹が飛んできた。
『久しぶりね、グルファン。これをスウォンに届けてちょうだい。』
鷹の足に手拭を結ぶと優しく撫でて送り出した。
『…シンア、帰ろう。』
「うん。」
「青龍とお嬢が殿(しんがり)やるの?ゼノもやるー」
「ゼノは先に行って…」
「えーっ」
『さよなら、スウォン…』
私は颯爽とシンアと共にハクとキジャの背中を追い始めた。
「ジュド将軍、ここからではよく見えませんがあの大刀の男…まさか…」
「そのうえあの剣を振るう女…」
「捕らえますか!?」
何も言わないスウォンを見てグンテが答えた。
「訳の分からんどっかの賊が戦場に紛れ込んだんだろ。放っとけ。」
「ですが…」
「今はスジン将軍を捕らえるのが先だ。賊は構うな。」
「はっ」
スウォンは自分のもとに戻ってきた鷹のグルファンを見て目を丸くした。
―手拭…?この血文字はリン…―
私達が去るとスジンはスウォンが近くにいる事に気付いた。
「陛下…」
「スウォン陛下…」
「あやつに…スウォンに矢を放て!!
スウォンを殺せば我々の勝利だ。どうした!?早くせんか!!」
誰も部下が弓矢を構えない為、スジンは自ら弓矢を手にした。
「腰抜け共め!!」
「陛下おさがり下さい!!」
その瞬間、グンテがスジンへと馬を走らせ始めた。
「グンテ!!」
「これで終わりだ、スウォン!!」
だが、その瞬間血を吐いたのはスジンだった。
彼は部下のひとりによって背後から槍で刺されたのだ。
腹部に槍を受けて血を吐きながら彼は馬から落ちる。
その様子にグンテは馬を止め、スウォンとジュドも言葉を失った。
スジンを殺めた部下はその場に膝をつく。
「あ…あなたは…あなたはもう…我々の憧れた緋龍王ではない…ないのです…」
もう部下の苦しみも限界だったのだ。倒れたスジンは最期に息子達の顔を思い出す。
―そうだ、もうすぐだ…もうすぐお前達にも緋龍城をあのあかい城を与えてやれる…もうすぐ…―
「キョ…ガ…テジュ…ン…」
『はっ…』
私ははっとして後ろを振り返った。
「リン…?」
「お嬢、どうかしたかー?」
『…安らかに、カン・スジン将軍。』
こうして火の部族の反乱はカン・スジン将軍の死によって幕を閉じた。
火の部族の兵は王師に鎮圧されリ・ハザラは生き残った兵と共に千州へ撤退した。
そして戦場に現れた赤い髪の少女とその一行は幻の如くいずこかへ消えた。
後日、スウォンはカン・スジンの息子キョウガを次期火の部族長に任命し、キョウガを連れてテジュンのもとへ向かった。
「あなたは彩火でも大変人望が厚い。
彩火の民もそれを望んでいることでしょう。
ただあなたは彩火の外の事をご存知ない。」
「な…その様な事はございません!!彩火の外の状況は把握しております!」
「では外に行ってみましょうか。少し面白い情報を得たのです。」
「情報…?」
「…とても美しい人から。あなたの弟君テジュン殿が外である試みをしているとか。」
そうして彼らは廃れた村にやってきた。
そこにいたのは全力で民の為に病と闘い、駆けまわるテジュンだった。
彼にスジンの死を伝えると悲しんでいたものの、すぐに民の為にとまた働き出す。
「火の部族のこの事態より洗濯の方が大事なのか貴様は!?」
「いやしかし早く清潔な着物や布団を揃えないと病が蔓延してですね。」
「何故将軍家のお前がこんな事をしている!?」
「…私もやりたくはないです。ですが、こうする事で一人でも多くの火の部族の民を守れるなら私はやらねばならんのです。」
「…こんな事で民を守るだと?馬鹿者。
政で正しく統治してこそ民を守れるというもの。この地もいつか…」
「いつかでは遅いのです!!」
テジュンは洗濯の途中にも倒れた老人がいれば休ませるべく運んでやる。そして部下に的確な指示を出した。
「テジュン殿は火の部族の各村を清掃し診療所を設けているそうです。面白い試みだと思いませんか?」
スウォンはテジュンにそっと話しかけた。
「驚きました、あなた自身が働いてるとは。」
「いえ、大した事は…」
「素晴らしいです!」
「いえ、あの方に比べれば…」
「あの方?」
「あっ、いえ何でも!」
最終的にキョウガを緋龍城に招きそこで学ばせ、テジュンに彩火城を部族長代理として守るよう任命された。
村は各役所が引き継ぎ空の部族から支援を受けられるとの事だった。
突然の展開にテジュンは静かな丘から村を眺めて心を落ち着かせていた。そこにやってきたのはキョウガ。
「…色々な事がありすぎて将軍だと言われても何も考えられん。
…父上の事も…泣き叫ぶ力も無い。
ただ…なぜ私に知らせず行動されたのかと、私はなぜ気付けなかったのだろうと…悔やむばかりだ。
…お前は?やけにカラッとしてるじゃないか。しばらく会わんうちに父など忘れてしまったか?」
「忘れるには我々はあまりに父の背中を追いすぎました。
父上が緋龍王でなくても私は構わなかったのに…」
テジュンの言葉にキョウガは寂しそうな顔をする。
「罪人だろうと裏切り者だろうと私には尊敬するただ一人の父です。」
彼は滝のように涙を流しながら父を想うのだった。
私達はというとひとりの村人にイザの実を預けていた。
「これをテジュンに届けてほしいんだ。」
「わかった。」
『あ、これも一緒に渡してもらえますか?』
私がイザの実の袋に刺したのはサザンカの花が咲いた枝だった。
それを持った村人のセドルがテジュンに声を掛ける。
私達は村を離れ、私だけは彼らの会話を聞いていた。
―近くにスウォンがいる…ちゃんと来てくれたのね…―
「テジュン殿、お届け物です。イザの実だそうで。」
「イザの実?」
「何ですか、それは?」
「これは千州から持って来た寒さや乾燥に強い実らしい。
もしかしたら火の土地でも育つかもしれない。」
「へえ、千州にそんな実が…」
「これをテジュン様へ。植物に詳しい人が安全な畑で大事に育てて欲しいって。」
「私に?一体誰が?」
「ああ、ヨナちゃん達が…」
「ふおぉおおおおお!!」
言葉を遮るようにテジュンが叫ぶ。
「い…いまの…きこえました…?」
「…いいえ?」
スウォンは笑いながら空を見上げた。夕焼け空はまるでヨナの髪のように暁色に染まっていたのだ。
―彼女が…―
「この花は…?」
「黒髪の姉ちゃんの方が刺していたよ。」
「サザンカ…?」
「確か“困難に打ち克つ”“ひたむきさ”という意味の花言葉があったはずですね。」
「…そうですか。」
テジュンは花を手にしながら強く笑った。
―応援してくれているというのか…負けてはならぬな。―
その後、キョウガを残し村を出たスウォン、ジュド、グンテは兵と共に戒帝国国境付近でリ・ハザラと対面していた。
ハザラは頭から右目に掛けて包帯で隠していた。おそらくハクが傷つけた傷だろう。
「こちらから出す条件は三つ。
一つ目は我が国に損害を与えた実費の賠償。
二つ目は高華国と不戦協定を結ぶ事。
そして三つ目は千州の国境近くにある村を一つ高華国に下さい。」
スウォンの欲する条件が軽いように思いリ・ハザラは再び戦争をしようと考えた。だが、そこにスウォンが釘をさす。
「今後この不戦協定を反故にし戦を仕掛けるならば…
その時は空と地の軍だけではなく高華国五部族全軍を以てその首貰い受けるのでお覚悟を。」
そう言い残しスウォンは高華国へ戻り始めた。
彼が千州の村を欲したのはイザの実があるから。
種籾を得て、イザの実について詳しい人物や畑を手に入れた方がいいと考えたらしい。
「そんな実よくご存知でしたね。」
「ああ……ある人に教えてもらいました。」
「ほお…」
スウォンから少し距離が開くとグンテはジュドに言った。
「とりあえず千州の件は落着したな。」
「ああ。火の部族も生まれ変われば良いが。」
「…この度の戦…俺はスジンを斬るつもりだった。」
「…知っている。
…お前、この度の戦あまりノリ気ではなかっただろう。
戦では士気を上げる為、やかましかったが。」
「…なんだ、見透かされとったか。
俺は謀略家のスジンとは全く反りが合わんかったが、ジュナム王時代奴の策を頼もしく感じた戦もあった。
かつての戦友を敵とするのは気持ちの悪いもんだ。
俺が負うべき役目だったのだ…火の民が哀れだ。」
「だから陛下が仰るように五部族を一つにまとめるべきなのだ。」
風の部族ではムンドクがテウの稽古をしていた。
そこにヘンデがやってきてカン・スジンの死と千州との不戦協定、そして新しい火の部族長カン・キョウガについて知らせた。
「そうか…スジンが…」
「今回の戦、風の部族は見てるだけか…
待機って言われてたけど千州と火の部族が空都を侵略するなら戦うつもりだったのに。」
「スウォン陛下は嫌いなんじゃなかったっけー、テウ?
ハク様と姐さんとヨ…リナさんは旅の途中追っ手に殺されたって話だし。」
「王に阿る(おもねる)つもりはねーよ。だからって王都を見捨てるのは違うだろ。
俺はもう将軍なんだからこの国とお前らを守るよ。それにあのハク様と姐さんが死ぬと思うか?」
「思わんー」
「勝手に死んだら殺してやるわい。」
ムンドクとヘンデの言葉にテウは柔らかく笑った。
「みんなぁ~聞いて聞いて~テウ様が“お前らを命がけで守る”とか超キザな事言っててさーっ」
「報告せんでいい!!」
風の部族はいつも通り賑やかだ。
そして水の部族にもスジンの死は伝えられた。
火の部族は傷ついた兵達が話していた。
「…なあ、あの戦でさ賊が出ただろ?」
「ああ…化け物みたいだったな。」
「あの化け物達が守ってた女の髪…赤く光ってるように見えたんだ…」
「それってまさか…」
「見間違いかもしれない。死んだはずの姫があの場にいるはずないし…
でもそれよりも…俺…見とれてしまったんだ…
あの賊達が伝説の緋龍王とそれを守る四龍に見えて…
伝説は…スジン様や我ら火の部族ではなく…もしかしたら伝説の緋龍王と四龍はこの様な姿かもと…」
「…バカな。それこそ見間違いだろ。」
「ああ…そうだな…」
私達はというと村人にイザの実を託してから傷の手当ての為、森の中にいた。
私の身体にもところどころ傷があり、疲れた私は首筋や脚に包帯を巻かれた状態でジェハに身を委ねて眠っていた。
大きな木を囲むように私、ジェハ、シンア、キジャ、ユン、ゼノがいた。
「ユン、皆の傷はどう?」
「うん…」
「もう治りました!」
「嘘つけ。」
「あうっ…」
元気なフリをするキジャのユンは容赦なく叩いた。痛かったらしくキジャも大人しくなる。
「キジャが一番傷と疲労が酷いんだから安静にして!」
「燃費が悪いよね、キジャ君は。」
「な…その様な事…」
「いつでも前線に立って全力で速攻してるんだ。無茶ばかりしてるといつか死ぬよ。」
「それで姫様をお守り出来るのなら私は喜んで死ぬ。」
『そんな事言わないで。』
「リン…」
「そなた起きていたのか。」
『皆が賑やかだから寝れりゃしない。』
「それにしてもハクやゼノ君の怪我の少なさには驚くけど。」
「ゼノは皆の応援してただけだから。」
「全くそなたは四龍として少しは…」
「ゼノは俺を守ってくれてたよ。ゼノは闘えない俺やヨナの前で盾持って守ってくれたよ。ちゃんと頑張ってたよ。」
「…ありがと。」
ユンの言葉にゼノが照れながら言った。今までにそんな事を言われた経験がないのだろう。
私は彼らの様子に小さく微笑んだ。
「いやあ、頼りになるだなんてテレるから~」
「頼りにはあまりならなかった。」
「リン…」
『姫様?』
彼女は静かに私に歩み寄って来た。ジェハにもたれたままというのは失礼な気がして私はそっと身を起こす。
「一緒に来てくれてありがとう、リン…」
『どこまでもお供しますよ。私もハクもその為にここにいるんですから。』
「リン…」
『何か困った事や他の人に話しにくい事があったら私のところへ来てくださいな。これでもヨナ姫様の相談役なんですから。』
「えぇ。」
私は彼女を抱き締めるとハクのもとへ送り出した。
別の木の陰に腰かけているハクにヨナは声を掛けた。
「ハク、包帯巻くね。」
ヨナに右腕を差し出して彼女に包帯を巻いてもらいながらもハクは何も言わない。
「…戦場にグルファンがいたね…
ハクとリン、それから……スウォンが昔一緒に育ててた鷹…」
「…さぁ、忘れました。」
ヨナはハクの腕に額を当てた。
「ついて来てくれて…ありがとう…ハク…」
ハクは目を閉じているヨナに触れようとしてその手を握って自分を抑え込んだ。
「ついて行きますよ、ずっとね。仕事ですから。」
ヨナはただ寂しそうに切なく微笑んだだけだった。
「お腹すいたでしょ。ご飯作るね。」
「味付けは是非ユンかリンにお願いして下さいね。」
「ハクかわいくない。」
ヨナが立ち去ると頭上から鷹の鳴き声がした。私とハクは同時に空を見上げる。
彼がグルファンの事を忘れたはずがない。あんなに可愛がっていたのだから。
『ハク…』
私の頬を涙が伝ったが、それは誰にも見られなかった。
ジェハには背中を預けていて、私の前には誰もいなかったからだ。
ただお腹の前で組まれたジェハの手を私は縋る思いで握った。
「リン…?」
空を見上げた状態の私を見たジェハは頬に涙の痕を見つけた。
彼は寂しそうに微笑むと上を見ている私の頬へ唇を寄せた。
私は驚いたもののきゅっと目を瞑ってじっとしていた。
すると彼の唇が涙を辿り目尻に口付けを落とした。
彼が離れると私達は互いを見上げるように見つめた。彼の逆さまの顔が見えて私は笑みを零す。
「無理に笑わなくていいけど、涙が零れそうな時は僕の傍にいてね。」
『ありがと、ジェハ。』
「…はーい、そこの2人!」
ユンに呼ばれてそちらを見ると仲間達がこちらを見ていた。
ヨナとシンアはポカンとしていて、キジャは顔を赤くしている。
ユンは溜息を吐いているし、ハクは興味なさそうで、ゼノはニコニコ笑っている。
「見られてたみたいだね。」
『はぁ…』
「お嬢と緑龍は絵になりすぎだから~」
ゼノの言葉に私とジェハは顔を見合わせて笑うのだった。
それから数日後、ユンは荷物を抱えて唐突に言った。
「今日はちょっと出稼ぎに行きます。」
「出稼ぎ?」
手合わせをしていたハクとキジャ、アオを抱いていたヨナ、剣の稽古をしていた私とシンア、座って私とシンアを見守るジェハと彼の頭に顎を乗せていたゼノ…全員がユンを見た。
私達は荷物を手に市場へ足を向けた。果物を見つけて駆け出すゼノはジェハに服を掴まれて手綱のようにも見える。
「手の掛かるお子様だよ、まったく…」
『ふふっ…素敵なお兄さんじゃないの。』
「それにしても色んな店があるのね。」
「期間限定で市が開かれるって聞いたんだ。
流浪の商人も旅人も自由に店を出せる。」
『ユンは何を売るの?』
「俺はいつも通り薬売り。たくさん薬草摘んで来たからね。
そしてここからが重要。知ってると思うけど俺らは貧乏です。」
私達はユンの前に並ぶとコクリと頷いた。
「肉は狩猟で何とかしてきたけど、米も塩も武器も衣類も欲しいですよね!?
つまり何としてでも金が要る!!つーわけで客引きしてきて。」
「目立たねェ方が良いんじゃねーか?」
「それは大前提。でもここは他国の商人や旅芸人も来るから変わった面してるシンアでもあまり気にされないと思う。」
「しかし、客引きなどやった事が…」
「連れて来なかったら飯抜き!!」
「「「「「『行って来ます!!』」」」」」
シンアも言葉に出さないもののユンの言葉に絶対服従だった。
「まさか兵糧攻めの脅しとは。」
「なんて恐ろしい必殺技だ。」
「ごはん…」
「ユン君が居なかったら僕ら生活出来ないからねぇ。」
『ユンってお母さんみたいwww』
「客引きってどうすれば良いかな?」
「僕に任せて。ほら、リンもその辺りのお兄さんに声掛けてごらん?」
『はーい。』
ジェハは近くにいた女性に声を掛けて談笑するとそのままユンの店へ連れて行った。
私も旅人のような男性達に微笑み掛けて少し話をしながら店へ誘導した。
「売れた…」
「すごい…」
「2名様ご案内。」
『こちらも3名様ご案内♪』
「そなた達、妙な技を持っておるな。どうやった?」
「女の子の耳元で…」
ジェハはキジャとシンアの耳元で何かをコソコソ言う。
「その様な事言えるかッ!!」
「?」
「えっ、なになに?」
「姫さんは聞かなくていいぞ。」
『しょうもない事でしょうから。』
「リンはどうやったの?」
『え?ただ声を掛けて上目遣いで微笑み掛ければいいんですよ。』
「それはお前が綺麗だから出来る技だ…」
『姫様も可愛いでしょ?』
「私もやってみる!」
「おいおいっ!」
『姫様はあまり顔を晒さない方がよろしいかと。』
「むぅ…」
不貞腐れるヨナの頭を私は撫でてやりながら近くにいたジェハ、キジャ、シンアを見た。
「ああ、もう…君達は力以外は若さと美貌しか取り柄ないんだから。」
ジェハは2人を女性の方に向けて言い、そっとシンアの仮面を背後から取った。
「ほら笑ってーシンア君は3秒だけ頑張れ。」
すると3名の女性がキジャの微笑みやシンアの美しい瞳の虜になりユンの店へ向かった。
ジェハはシンアの目を見たくて仮面を返してやらない。
「シンア君~どうしたの~ほら顔上げて~そして目を見せて~」
「3秒たった…」
「シンアに面返してやれ、人間不信になる前に。」
私はジェハの手から仮面を奪いシンアに差し出した。
その一瞬だけ見えた美しい瞳に私は笑みを零す。
『大丈夫?』
「3秒ってゆった…」
『そうね。ジェハはちょっと意地悪なだけだから許してあげて?』
「うん…」
私はシンアの頭を撫で、ヨナもジェハに促されてキジャの頭を撫でていた。
「お…お役に立てたの…か?」
「ゼノもお嬢さん連れて来たから~」
「へえ、やるじゃないかゼノ君。」
ジェハが振り返って見つけたのはおばあさんを背中におぶったゼノだった。
彼の後ろには他にも年老いた女性がたくさん。
お陰で薬の売れ行きは上々。
「こんだけ集まれば後は流れで人増えるだろ。」
「待った。ハクも連れて来ないと、お嬢さん。」
「何で女限定なんだよ。」
「ハクが声かけて何人来るのか興味あるだけ。
ヨナちゃん、ハクが女の子に声かけてもいい?」
「えっ…どうして私に聞くの?客引きでしょ。」
「そうだけど一応。ハクお許しが出たよ。」
「あのな…」
『ハク、飯抜き!!だよ?』
「う…ったく。リンも付き合え。」
『えー…』
ハクに頭を大きな手で掴まれて仕方なく歩き出す。
彼は武器屋に行って男性に声を掛け、そのまま身体の痛いところがあればうちの薬が売れると話した。
私は武器を買う為に並んでいた他の男性に声を掛けて少し首を傾げて見せる。
「おじさんに逃げたか…それにしてもリンは人を魅了するのが上手だね…」
「やきもち妬いてるの?」
「…少し心配になるだけさ。」
「あら…」
そうしているとハクを見て女性が頬を染めながら集まり、私は男性に囲まれていた。ハクは女性達に気付かないまま店に戻る。
「一人連れて来たぞ。」
「一人じゃない一人じゃないよ。」
「うわっ」
「ねえっ、お兄さん一人?」
「どこから来たの?」
「何してるひと?」
「良かったら私の店寄っていきませんか。」
「えっ、ここ何の列?きゃっ、格好いい人!!」
「とにかく並べ。そして買え、高いやつを。」
「「「「は~い♡」」」」
『ちょっと!!私の方もどうにかして!!』
「ん?」
私は男性に囲まれて身動きが取れなくなっていた。
「あらら…」
「これは困った事になったね。」
ジェハは小さく微笑むとすっと跳び上がって私の横に着地した。
一瞬の出来事に誰も彼が空を舞ったとは思わないだろう。
「この子は僕らの連れなんで。」
『ジェハ!』
「魅力的すぎるのも罪だよ、リン。」
『うちの店寄って行きません?』
「「「行く!」」」
私がジェハに連れられて店に戻るとハクが連れて来た女性達と私が連れて行った男性達でごった返していた。
ヨナはハクがモテモテなのを見て心がもやっとしたらしくそっと目を背けた。
「ユン、調子はどう?」
「これでしばらくは生きていけるよ。」
「よしっ、私も客引き行くわ!」
「あっあっヨナはいいの。ここに座ってて。」
『ふぅ…私も一緒に店番しようか?』
「リン…」
『…というより、疲れたから座らせて?』
「それじゃお願いしようかな。」
ユンを挟むように私とヨナが座ると隣の店の男性がリンゴをくれた。
「嬢ちゃん達、リンゴ食うか?」
「ありがとう。」
「あんたら流れ者か?どっから来た?」
「えっと…」
『色んな所転々としてて、空の部族の地を通って来たの。』
「空の部族っていやあ、先日火の部族との戦があったらしいじゃねェか。」
「巻き込まれたりしなかったか?」
「あっ、うん。何とか。」
「そいつぁ良かった。」
私とユンはリンゴを剥きながら薬も的確に売っていく。
「火の部族は部族長が代わったらしいな。」
「部族長にカン・キョウガ、部族長代理にカン・テジュンだそうだぞ。」
「ぶッ…」
『ユン…』
「どうした?」
「ううん。」
「火の部族はマシになると良いけどな。」
「ああ、あそこは長い間治安が悪くて気の毒だった。」
『きっと大丈夫…』
「「え?」」
『新しい風が吹くと私は信じてます。』
「言うね、お嬢ちゃん。」
「治安が悪いといえば近頃水の部族の領地が悪いらしいぞ。」
「水の部族領って高華国一美しいって言われる緑と水の土地だよね?」
「そうだ。」
「一度行ってみたいんだよね。何か事件でも?」
「詳しい事は知らねェが妙な連中が増えたとか商売が自由に出来ないとか。」
「まあ情報不確かな時は行かねェ方がいい。勘だがな。」
私はリンゴを齧って男性達に薬を売った。
近くで女性に売るのを困っているキジャとシンアの手助けだって忘れない。
ハクはというとまだ女性に囲まれていた。
「ねえねえ、名前教えてよ。」
「あ?薬売り助手だよ。それよりお客さん、どっか体調悪いとこねーっスか?」
「お兄さんが診察してくれるの?」
「俺は医者じゃアリマセン。」
「俺の店は花街じゃないんだけど。」
「違ェよ、客引きだろ。あんたら買わねェんなら帰れ。」
「わかった、買う!買うからおまけ付けて。」
「おまけだってよ、ユン君。」
「抱きしめて下さい!!」
「スイマセーン、この店のおまけ意味がわかりませーん。」
「お安い御用だよ、お客様。」
「うおーい、安売りすんな俺の身体。」
ユンの言葉に私は呆れたように頭を抱え、ハクは仕方なく隣の女性を抱き寄せた。
「ったく、はいはい。」
「次私っ」
「私よっ」
「いーから買えよ。」
ハクが誰かを抱き締めている様子にヨナの胸がズキッと痛んだ。
私はそれを気配で感じて振り返りゆっくり立ち上がった。
「リン、どうしたのだ。」
『ここお願いするわね。』
「え?」
『何かわからない事があったらユンに訊いて。』
私がヨナの背中を追いかけ始めると同じくジェハが私の隣に並んだ。
『ジェハ…』
「ヨナちゃんの所に行くんだろ?」
『うん。』
進んで行くヨナを呼び止めたのはジェハだった。
「ヨナちゃん。」
『駄目ですよ、一人で歩いて行っては。』
「ごめんなさい。」
「さっきのおまけが嫌ならそう言えばいいのに。」
「えっ、ううん。そういうんじゃないわ。」
「本当に?」
「…そうね、ちょっと嫌だったのかな…
ちょっと嫌だなって思って、思ってまたちょっとびっくりしたの。」
その言葉にジェハの顔が少し曇った。
「ハクに言っては駄目よ。」
「…なぜ?」
「よくない事だもの。例えばハクに思う女性が出来てその女性のもとへ行きたくなっても、私が淋しいなんて子供みたいな我儘を伝えてしまったらハクは身動き取れなくなるもの。
駄目ね、変な事気にしちゃって。ハクが隣にいる事に甘えすぎてたみたい。しっかりしなくちゃ。…ユンの所に戻ろっか。」
『姫様…』
「…大丈夫だよ。ハクは…とっくに君のものだ。」
ジェハの寂しそうな笑顔にヨナはきょとんとした後、笑みを零した。
「ハクが私の側にいるのは仕事みたいなものよ。」
そう言い残して彼女は店へ戻っていく。
『仕事、ね…それはハクなりの線引きだわ。』
「そうだね…」
『仕事でここまで命を張ってあなたを守れるほど私もハクも大人ではありませんよ、姫様…』
そのときジェハが突然自分の胸を拳でドンッと叩いた。
『ジェ、ジェハ…!?』
「…うるさいな、龍の血ってやつは。こんな時に紛らわしく騒がないでくれるかな。」
『…』
「リン…?」
『…緋龍王は四龍を惹きつける。黒龍である私も然り。
もし緑龍であるジェハもヨナに惹かれるなら私は…』
私が言い終わる前にジェハは人々が周りにいるにも関わらず私の腕を引いて深く口付けた。
それはまるで私の言葉を奪うようで、いつもより荒々しかった。
『んっ…』
「はぁ…」
『ジェ…ハ…?』
「それ以上馬鹿な事は言わないでくれるかな。」
『でも…』
「またその口塞ごうか?」
『…』
「僕は確かに龍の血を引いていてヨナちゃんの近くにいたいと思うし、胸がざわつく事もある。
でもそれと誰かを愛おしく思って愛するのは別だ。
僕が恋い焦がれるのは君だけなんだから…それだけは忘れないでほしいな。」
『ジェハ…』
「リンも僕もヨナちゃんを大切に思ってる。それは事実だ。
リンにとって僕もヨナちゃんも同じ愛の対象なのかな?」
『違う!!』
「それなら自分に素直になって。僕も君だけは何があっても手放す気はないよ。
ずっと隣にいてもらうから覚悟しててもらわなきゃ。」
彼は小さくウインクをしながら私に手を差し伸べる。
私は嬉しくなって彼の手を取りながら店へ戻って行った。
店の近くではハクが売り物の間に隠れて座っていた。
「姫さん。」
「わっ、ハク!?何やってるの。」
「やー、ようやく客引きから解放されたんでちょっと休憩。
…それよりユンに少~し小遣い貰ったんでちょっと見てまわりません?」
「…いいわよ?」
意地悪く笑うハクに誘われて彼らは市場の散策を始める。
美味しそうな料理に目を輝かせ、綺麗な衣があればヨナに合わせてみたりして、武器があればハクが吟味して…
「ハク、あれは何?」
「へぇ、賭け射的か。」
ヨナが指さした先には遠くの的を狙って弓矢を構える人がいた。
「賭け射的?」
「挑戦者が的のどこに当てるか賭けるんだ。」
「面白そうね。」
「…オヤジ、挑戦してもいいか?」
「おう、兄ちゃん。丁度次空くとこだ。」
「いや、挑戦するのはこっちのお嬢さんな。」
ハクが笑いながらヨナの背中を押すと賭け射的の店番が声を上げた。
「ええっ、この嬢ちゃんが!?」
「ちょっと、ハク…」
「別に問題ないだろ。」
「問題はないが…無理だろ、そんな小っせェ嬢ちゃんじゃ。」
「弦を引けるかも怪しいぞ。やめとけやめとけ。」
「そのくらい!!でき…る…わ。」
ヨナが弓矢を構えて的の前に立った。
風に乗って聞こえてきた声に私はニッと笑うとユンに小遣いを貰って駆け出した。
「おい、マジであの嬢ちゃんがやんのか?」
「外すだろ、あれは。」
「よし、外すに千リン。」
「じゃあ俺は泣いて帰るに二千リン。」
「“1”に二百リン!!」
ハクの響く声にヨナはビクッとし、周囲の人々は笑う。
「“1”ってド真ん中じゃねーか。兄ちゃんマジか?」
「無茶言うぜ。」
「つっても賭け金低っっ!!」
「悪いが全財産だ。」
『私も“1”に千リンかな。』
「「リン!!」」
「今ふわっといい香りが…」
「姐ちゃんも正気かい!?」
『えぇ、何か問題でも?』
「リンまで…」
「外したらどうするんだ?」
『その時はユンに怒られるでしょうね。』
そう言いながら私とハクは笑った。
『でも姫様なら外さない。そう思ってるからハクだってやってる癖に。』
「まぁな。」
「どーしたー?嬢ちゃん。」
「やめるなら今のうちだぞー」
冷やかす声の中にヨナはハクの声を聞いた。
「姫さん。」
彼女が顔を上げるとニッと笑うハクと、肩にアオを乗せて微笑む私がいた。
「軽くノシたれ。」
―ハクが見てる…格好悪いとこ見せられない…!!―
ヨナの目が真剣なものに変わったのを見て私とハクは口角を上げた。
勢いよく放たれた矢は真っ直ぐ飛び的の中央に当たった。
「うっそだろ…」
「…くッくッくッ。馬鹿め見たか!!」
『凄いでしょ、私達のお嬢さん!!』
「『ハハハハハハハッ』」
「何えばってんだよ!」
「ちくしょー、俺の二千リン。」
私とハクは並んで大笑いしていた。無邪気に笑う私達の顔を見てヨナは嬉しそうに微笑む。
―あ、ハクとリンがあんなふうに笑ってるとこ久しぶりに見た…
ハクは近頃どこか淋しそうに笑っていたから…
リンだって遠くを見つめて上の空の事もあって…
いつもあんなふうに笑ってくれたらいい…わたし頑張ろう!―
それから何故だか流れで私まで賭け射的に借り出された。
「そっちの姐ちゃん、やってみるか?」
『え、私?』
「そんだけ笑ってんだ。やってみろよ。」
『ハク、どうしようか。』
「…俺の言う的に当てれるな?」
『えぇ。』
「リン、頑張って!」
『姫様のお望みとあらば。』
それから人々は自由気ままに賭けていった。
「1に二千リン。」
「俺も1だ!千リン。」
「外すに五百リン。」
そうしていると突然外野が賑やかになった。
「面白そうな事をしているね。ハク、君に賭け金をあげようかな。」
「おっ、気が利くじゃねェか。」
ジェハがユンの持つ小包から金を取り出して笑いながらハクに手渡した。
「ちょっとジェハ、勝手に!!」
「まぁ見ててごらん、ユン君。」
「“2”にこれ全部な。」
「「「「えぇえええ!!?」」」」
外野が騒ぐなか私は的を見つめた。
2、は中心から少し離れた幅の狭い円。ある意味1よりも難しい。
何故なら少し外れたら1か3になってしまうからだ。
―ハクも意地悪ね…―
「リン!」
『ジェハ…?』
「華麗にやればいい。」
「やっちまえ。」
『ハク…』
私は笑うと弓矢を構えた。そして弓を引くと甘い香りを風に乗せながら矢を放った。
矢は真っ直ぐ2と呼ばれる細い隙間に突き刺さった。
「「「「っ!!!!?」」」」
「「す、すげぇ…」」
「流石であるぞ、リン!」
「これで生活に困らないよ!!」
「リン、かっこいい!!」
『姫様のかっこよさには負けますよ。』
「矢を放つ姿まで美しくて見惚れてしまったよ。」
ジェハは私の肩を抱くと頬を髪に摺り寄せる。私はくすぐったくて身をよじった。
「やっぱりお前は最高の相棒だな。」
『当たり前でしょ。これくらいできなくてどうします?』
「生意気言いやがって。」
ハクに髪をくしゃっと撫でられ、ユンは賭け金を全部貰って抱えて私達はその市場を後にした。