主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
火の部族・水の部族
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私達が高華国へ戻っている頃、緋龍城ではスウォンとグンテがお茶を飲みながら話していた。
「北東の方が少しきな臭いので近々小火(ボヤ)騒ぎがあるかもしれません。」
「…ほぅ。以前仰ってたアレですか。」
「えぇ、ですからグンテ将軍…よろしくお願いします。」
スウォンの鋭い視線にグンテは寒気を感じながら腰を上げた。
「…では俺は一旦地心へ戻ります。」
次にグンテが見たのはいつもの柔らかく微笑むスウォンだった。
「また遊びに来て下さい。」
「近いうちに。」
こうしてスウォン達も動き出した。
火の部族 彩火の都に潜入した私達は外套で姿を隠して裏町にいた。
ユンとゼノが食糧調達に行ってくれている。
彼らは町をそそくさと駆け抜け薄暗い階段を降りて煙管の煙が充満する店に入って来た。
「おい。なんだァ、ボウズ。親からはぐれちまったのか?」
「迷子か?こっち来いよ。」
「俺らが遊んでやるよ。」
「ちょっと近寄らないで。」
案の定ユンとゼノは酔っぱらった男達に絡まれる。
「おお、何だボウズ。そーかそーか、思いっきり強い酒飲みたいか。」
そのとき男の肩にジェハが静かに手を乗せた。
彼の隣には私もいて男を睨みつつユンを抱き寄せる。
「美しくない手で触れないでくれるかな。ツレなんで。」
「なんだぁ?知らねェツラだな。」
「あ、よせ。そいつは…」
別の男が止めるのも聞かずに彼はジェハに殴りかかってくる。
だが、その手はキジャの龍の手に簡単に止められた。
「てめェはすっこんでろ!!…いででででで!!」
「拳は振り上げない方がいい。そなたの手をツブす事など容易いからな。」
「ヒイッ」
怯えて逃げた男の前に並んだのはヨナを中心とした私達だった。
「なんだ、あの連中…」
「よせ。あいつらに手ェ出すな。昨日から突然この彩火の裏町に現れたんだ。
何が目的か知らねェが彩火の兵士の情報を知りたがっている。恐ろしく強ェ奴らなんだ。
あの真ん中の女に触ろうとした奴がいて、目に包帯した男に腕斬り落とされそうになったんだからよ。」
「それからもう一人の黒髪の女に触れた奴はお前の肩に触れた緑髪の奴に蹴り飛ばされたらしいぞ。」
「その女自体も剣で首を掻っ切ろうとするくらい強かったらしいしな…」
そんな声を聞きながら私はクスッと笑う。
小声で話している為、きっと聞こえているのは私だけだろう。
その証拠にヨナはのんびりユンに声を掛けている。
「おかえり、ユン。どうだった?」
「わかったのは俺らが顔隠してても目立つんだって事だけだよ…
でもまさか彩火の都に来ちゃうなんて…しかもこんな怖い人が出入りする裏町に。」
『こういう場所の方が身を隠すのに都合がいいの。』
「それに様々な情報屋もいるから知りたい情報がいち早く入手出来んだ。」
「詳しいね、リンも雷獣も。こういう所よく来るの?」
『…』
「…空都にいた時、裏町によく出入りしてた奴がいたんだよ。」
私が俯いたのに気付いたハクはそっと頭を撫でてくれた。
「彩火の兵の様子はどう?」
「特に変わった様子はないよ。
ヨナ、やっぱり彩火は危険すぎるよ。なるべく早く退散した方がいい。」
「うん…そうなんだけど、でも少し気になって…」
『戒帝国で見た兵と千州のリ・ハザラ…』
「リン…」
『何も無いとは考えにくいですね。』
「うん…何か胸がざわめくの。」
同じ頃、山賊がリ・ハザラの軍が高華国へ向かって進軍してきているのを見つけた。
その情報は私達のもとにもすぐ届く。ある男が大きな足音を立てながら駆けこんできたのだ。
「うるせェな、何だよ。」
「酒の飲み過ぎか?」
「た…たたた大変だ。か…戒帝国の…戒帝国の千州の軍が…国境の関所を突破して高華国に侵略して来やがった!!」
その言葉に私達は揃って目を丸くした。事態が最悪だと一瞬で理解したからだ。
「な…何言ってんだ、お前…」
「北の町火溜(ヒル)からの情報だ。間違いない。
千州の豪族リ・ハザラが大軍を率いてこの彩火に向かって進軍している!!」
彩火城にもその情報が入り、スジン将軍自身が軍を率いて城を出た。
「各役所に通達。北東六火の砦に兵を集めよ!
近衛隊は中央広場へ!都の外壁の守りを固め戦闘に備えよ!!」
準備を進めるキョウガを見ながらスジンが問う。
「テジュンはどうしている?」
「あんな大馬鹿者の事など知りません。」
「…まぁ、この事態だ。すぐに逃げ帰るだろう。」
「おのれ、リ・ハザラ…!不意打ちの戦とは恥知らずめ…」
そんな彼らのもとに六火の砦という火の部族が誇る場所が落とされリ・ハザラの軍が進軍してきたと情報が入った。
それがスジンが軍を率いる事になった元凶だ。
「次期火の部族長カン・キョウガよ。
この戦はきっと天が与えた僥倖(ぎょうこう)だ。
我が部族の力を高華国全土に示す為のな。
いずれ私にも終わりが来よう。その時私は私の全てをお前に与える。
だがその前に次期部族長としてこの彩火城を見事守り抜いてみせよ!!」
「御意。」
スジンの出陣を見送ったキョウガは城に残り、私達のもとにはずっと新しい情報が駆け巡っていた。
「おい!六火の砦が破られたらしいぞ。」
「マジか?」
「彩火の民衆も気付き始めた。噂が広がってる。
先刻スジン将軍が軍を率いて火宵(カショウ)の砦に向かったぞ。」
それを聞きながら私達は考えを巡らせる。
「思わぬ方向に事態が広がっているな。」
「周辺の農村大丈夫かな…」
「千州の軍かなり強ェよ!」
「あの強固な六火の砦をわずかな時間で陥落させたんだからよ!」
「この分じゃ彩火もヤベェんじゃねェのか!?」
男達の言葉に私達は何も口を開かず、ヨナは静かに俯いていた。
カン・スジンの息子達はそれぞれの場所で事態に向き合う事になっていた。
キョウガはスジンに任された城で昔を懐かしむ。
―あかい龍に憧れた…強く清廉で高華国中の誰をも心服させた、そんなあかい龍に憧れた…―
何度も読んだ龍の伝説。そこに登場する緋龍の血を引く部族こそ誇り高き火の部族なのだとキョウガとテジュンはスジンから聞かされて育った。
―伝説の四龍を従え全ての民の頂点に立った緋龍王…
火の部族は神の血を引く民であり、部族長とは緋龍王の化身…
その父がこの城を私に託されたのだ、次期部族長として…
ならば今こそ行こう、緋龍王のように厳しく誇り高く正しき道を…―
テジュンは事態も知らず村の立て直しをしていた。
その日も自分の食事を村人に与え、部下と共に畑を耕していた。
「あとはここに水を引き、彩火から新たに種を取り寄せ…何だ?」
そこにドッドッと足音が聞こえてきて振り返ると千州の旗を持った軍隊がやってきていた。
危険を感じ城へ戻ろうと促す部下の言葉に頷こうとした瞬間、テジュンの脳裏にヨナの言葉が蘇った。村の事を彼はヨナに託されたのだ。
「何をしている!!村人を早く避難させろ。子供や病人には手を貸せ!!」
「テジュン様っ!?」
「帰りたくば帰れ。私は帰らん!!」
村人に手を貸して逃げていると出来上がったばかりの畑が軍隊によって踏み潰されているのが見えた。
テジュンは悔しく思い鍬を持つと軍の前に立ち畑を通らないよう足止めした。
「退け。」
軍隊は武器を構えテジュンに言う。それでも彼は引かなかった。
「ここは火の部族の貧しい村。そしてこの畑は先日村人と我々が総出で苗を植えたばかりだ。
どういうわけで千州の軍隊がこの地に来たのか知らんが、この畑は村の命をつなぐ畑だ。踏み荒らす事は許さん。」
「構わん、行くぞ。」
「下がれ!!ここを通る者は容赦せん!!」
動き出そうとした兵をテジュンの鍬が止める。
「退かんと斬るぞ!!」
「私は然る尊い御方からこの地を人々を託されている!!
その御方が許さぬ限り何人も私をここから動かす事など出来ない!!」
「リ・ハザラ様の行く手を阻むとは不届千万。死んで詫びよ!!」
振り上げられた剣を受け止めたのは直属の部下であるフクチの剣だった。
「フクチ!!」
「お下がり下さい。」
「フクチ殿!」
「我々も行くぞ!!」
「テジュン様っ!」
テジュンの前に部下達が並び軍隊を睨みつける。
全て斬って進もうかと軍隊が考えていると冷たい声と共にリ・ハザラがやってきた。
「何をしている。農民にいちいち構うな、ツブせ。」
「申し訳ありません、ハザラ様。この者達が道を塞いでおりまして。」
「テジュン様、お逃げ下さい!」
「ん?そこの者…もしやカン・テジュン殿か?」
「いかにも。カン・テジュンは私だが…?」
「ほう。ククク、成程よく似ている。長男…ではないな。」
「?」
「よい、この者には手を出すな。他の道を行こう。失礼した、カン・テジュン殿。」
そう言い残すとリ・ハザラは軍を率いて別の道を進み始めた。
残されたテジュンや部下達は意味が分からないとでも言うように首を傾げた。
「どういう事でしょう、火の部族の地で何が…」
「やはり一度彩火にお戻りになった方が良いのでは…」
テジュンは村人達の怯えた様子を見て首を横に振った。
「…いや、私はここで村人を守る。それが私の成すべき役割だ。」
「テジュン様…っ」
「お供仕ります!」
「私も!」
「私もお側に!!」
「ただし情報は必要だ。役所へ行って彩火への伝令を命じよ。」
「はっ!」
―私を殺さなかった…侵略しに来たのではないのか?
父上、兄上…一体何が起きているのですか…?
そしてヨナ姫…あなたは今いずこに…―
テジュンは空を見上げて小さな村から家族やヨナを思うのだった。
私達はというとまだ裏町で情報を得ていた。
「火宵の砦に千州軍が到着したらしいぞ。」
「いよいよスジン将軍が迎え討つのか。」
「スジン様の軍と交戦中ならたとえ千州軍が勝ってここに辿り着いたとしても兵は疲弊しているはずだ。」
「城にはキョウガ様の精鋭部隊がいる。千州の軍といえど殲滅出来るんじゃないか?」
「このまま終わると思うか、ユン。」
「…」
『いや…』
「リン?」
『千州の軍はもう彩火の近くにいる…』
「「え!?」」
私がそう呟いた瞬間に男が駆け込んできて同じ情報を口にした。
「妙だな、早すぎる。」
「うん、多分軍が分かれたんだ。」
「分かれた?」
「まだスジン軍は交戦中だと思う。
千州の軍は戦力を対スジン軍と対キョウガ軍に分け、まだ体力が十分にある兵をこちらに向かわせてるんだ。」
『うっ…』
「リン、どうしたんだい!?」
『気配が…多すぎる…』
「お嬢、無理はしない方がいい。」
『ゼノ…』
「戦で気配を細かく追おうとすればお嬢への負担が大きすぎる。」
『…わかった。』
ジェハが私を抱き寄せて微笑みかけてくれた。
チラッとヨナを見ると彼女が頷いた為、私は気配を追う事をやめた。
「近いうちにこの都は戦場になる。少し情報を集めるつもりが、これでは外に出れなくなってしまったね。」
ジェハは私を抱いたままヨナに囁いた。
「大丈夫だよ、ヨナちゃん。いざとなったら君を抱いて逃げるからね。それにもちろん、リンも。」
「そうか、悪ィな。オレも頼む。」
「俺もー」
「ゼノも。」
「重量超えだよ…」
「兵が近くに迫っているのに静かね。」
「夜だからね。両陣営朝を待っているんだよ。」
『でも…』
「夜に紛れて…静かに燃える炎を感じる…」
私の呟きをゼノが受け継ぐように真剣に言った。
夜明けと共に開戦なのだと私達は判断し小さな宿を借りて雑魚寝する事にした。
私とジェハがまずは見張りとして壁にもたれて座っていた。他の皆はぐっすり夢の中。
「リン、この戦どう思う?」
『…嫌な空気しか感じない。
ただの戦ではなくてもっと黒い感情が裏で渦巻いているの。
本当にリ・ハザラの軍が攻めてきただけなのかしら…』
「だけって…リ・ハザラが攻めてくる事も大きな問題だと思うけどね。」
『それはそうなんだけど…もっと不吉な事が起きる気がする…』
「リンの勘は当たってしまうから困ったなぁ…」
私はジェハに寄り添って溜息を吐いた。
彼は何も言わずに髪を梳きそのままの手で頬を撫でた。
「ゼノ君も言ってたけど無理はダメだよ、リン?」
『うん…』
炎の気配を感じながら私はジェハにもたれたまま窓の外に見える空を見上げた。
暫くしてハクが目を覚まし私達と交代してくれた。
ジェハはちゃっかりヨナの隣に横になり私を胸に抱いている。
夜明けまでそのまま眠り、ハクがヨナを起こしにやってきた。
「…さん、姫さん。」
「ごめんなさい!私寝過ごした!?」
「いえ、だがそろそろ夜明けです。」
「ハク…踏んでるよ…」
彼はジェハの頭を横から膝で踏んでヨナを起こし、片手で私を揺り動かした。
「リン、起きろ。」
『ぅん…あ、夜明け…』
「あぁ。」
他の皆も徐々に目を覚ましていった。
「戦闘は…千州の軍は攻めて来た?」
「それが都の門付近は一般人立入禁止になっていて情報が入って来ないんですよ。」
「でも何か不気味な静けさだね。」
『気配では昨日とそう変わりはないようですけど…』
「なんとか外の状況を知る事は出来ないかしら。もし戦火が都の人にまで及ぶなら…」
「じゃあ僕が見て来るよ。」
ジェハがヨナに微笑みかけながら外套を被った。
「そっか、ジェハは跳べるもんね。」
「緑龍~乗せてって。ゼノ退屈だから。」
「お子様はまだ寝てなさい。」
「ジェハ、ちょっと待って。」
「どうしたの?一緒に来る?」
「ええ、連れてって。」
「いいとも♡」
ヨナがジェハに押しつけたのはシンアだった。
ジェハがいつの間にかシンアを姫抱きにしている様子は珍百景にでもなりそうだった。
「え…ナニ?これナニ?ナニこれ。」
「連れてって、シンアを!」
「そうだね。シンアの眼があった方が何かと便利かも。」
「シンア、しっかりとお役目を果たすのだぞ。」
「ぎゅっと抱いてやれよ、ジェハ兄さん。」
「デカい男二人謎のお姫様抱っこ…僕なら撃ち落とすね。」
『私も行く。』
「リン?」
『シンアの眼だけじゃなくて音と気配を辿れた方が情報が多く手に入るはずよ。あ、でもジェハ…重たいかな…?』
彼は仕方ないとでも言うように苦笑するとシンアを背中に背負い私を呼んだ。
「止めても君は行くんだろう?」
『ジェハ…』
「おいで。」
『ありがとう!』
ジェハはシンアを支えている為、私は正面から彼にしがみつく。
「よっ…千州の軍が集まってる門は…」
『あっち!!』
手を離せない為跳び上がったジェハに顔の向きや目で合図をする。
「何か見えるかい、シンア君?」
すると私とシンアが同時に何かに気付いた。
彼は何かを見つけ、私は兵の話し声を聞き取ったのだ。
シンアはジェハを止めようと首を絞め、苦しくなったジェハは近くの屋根に下り立つ。
「ぐえッ…な、何?あ、止まって欲しいのね。」
『シンア…口で言ってあげて…』
「首は手綱じゃないんだよ…?」
「門の…所…兵士がたくさん…見つかる…外の様子ならここからでも見える…」
シンアが目隠しをずらして遠くを見ようとするとジェハが彼の美しい眼を見てやろうと顔を覗き込む。するとシンアが顔を背けてしまった。
『もうジェハ…』
「あ、ごめんごめん。もう見ないから。」
―この世のものとは思えぬ美しさという青龍の瞳…
僕としては是非とも見たいんだけどな…―
『ジェハ、そこに火の部族の兵がいる…』
「ん?何を慌ててるんだ?」
『え…』
「リン?」
『伝令…火宵の砦が破られた…スジンは援軍を求めて敗走している…!?』
「火の部族の将軍が負けた…!?」
すると私はシンアに手を引かれた。
『シンア…?』
「リン…あれ…おかしい…」
シンアが指し示す方へ意識を集中すると有り得ない状況を認識する事ができた。
『どうして…』
「シンア君、リン。戻ろう。ヨナちゃんに伝えなきゃ。」
「『…』」
「シンア君?リン…?」
『ジェハ…帰ろう、これはやっぱり普通の戦ではないかもしれない。』
私達は急いで宿へ戻って行った。
「あ、帰って来た。どうだった?」
「雲行きが妙な方に流れているよ。」
まずはジェハの口からスジンが敗れた事が伝えられた。
「今は援軍を求め後退中だってさ。」
「彩火の兵と千州軍の戦況は?」
『それが…戦闘は行われてないの。』
「え!?」
『というより、千州軍が攻めて来ない状態よ。彩火の門前で睨み合いやってるわ。』
「やけに静かだとは思ったけど…」
「しかし次々と砦を突破した千州軍がここに来て攻めないとは何かの作戦か?」
「シンア、千州軍の数は?」
「…二千…くらい…」
「二千!?」
『ハク、おかしいと思わない?』
今まで黙っていたハクに私は真剣な目のまま問うた。
「…裏町の奴らの情報が正しければリ・ハザラは一万の軍勢を率いているという話だ。
火の部族最大の要である彩火城を攻めるのにたった二千とは…」
「カン・スジンは大群を率いて行ったと聞いたぞ。
それに対抗する為にリ・ハザラも大群をカン・スジンにぶつけたのではないのか?」
『そこも引っかかるのよね…』
「あぁ…」
「何がだ?」
「……いや、整理するとだな。火の部族の国境を抜けたリ・ハザラは六火の砦を突破。
軍を二つに分け二千を彩火に、残りをカン・スジンが守る火宵の砦にぶつけカン・スジンを破った。カン・スジンは援軍を求め敗走…」
『思うに彩火の門の前にいる千州軍はキョウガを足止めする為の軍。
本陣は現在カン・スジンを追っている方よ。リ・ハザラはそこに居る。』
「カン・スジンが彩火城まで敗走して来たら、リ・ハザラは今ここにいる軍と合流して彩火城を一気に攻め落とす気だろうか。」
「…かもな。」
「キョウガは援軍を出すかしら。」
「彩火の前で陣取ってる千州軍がいるからそう簡単には出せないと思うよ。」
「このままだとスジン将軍は彩火に戻りたくても戻れないね。
来たらここにいる二千の軍と挟み撃ちにあう。」
『キョウガも戦を有利に導く為には門の外に易々と出られないでしょう。』
「…ユン、ここから出る方法はある?」
「えっ…」
「ここから出て彩火の前にいる二千の兵を蹴散らす。」
ヨナは鋭く目を光らせて言い放った。
ここから出て戦闘に乱入するというヨナにユンは慌て、シンアは静かに剣を手にし、他の5人はニッと笑った。
「何言ってるの、ヨナっ!雷獣もリンもニヤけてる場合か!」
「お任せ下さい、姫様っ!!」
「腕をしまえ、珍獣!!」
「スジン将軍のやり方に全ては賛同出来ないけれど、ここでリ・ハザラに討たれては火の部族はめちゃくちゃになる。
彩火を取り囲む千州軍を何とかすればスジン将軍も彩火に戻れるし、キョウガも動けるでしょう。」
「でもそんな騒ぎを起こしたら…」
「賊の仕業に見せかければ良い。」
『そうそう。』
「暗黒龍とゆかいな腹へり達、久々の出動ってワケだね。」
私はジェハに肩を抱かれたままユンに笑いかけた。
「ゼノ、裏町の人達と仲良くなったから外へ通じる秘密の地下道教えてもらったから~」
「いつの間に!?」
『流石ね、ゼノ。』
「ふふ~ん」
「でも二千の軍勢だよ…」
「ユン、行こう。ユンとユンの故郷は必ず守るから。」
ヨナの迷いのない表情にユンはついに折れて彼女の手を握った。
「~~~わかったよ。でも俺だってヨナを危険な目に遭わせたくないんだからね。」
「うん、わかってる。」
それから私達は秘密の通路を通って彩火の前に陣取っている軍のもとへと向かった。
ヨナとユンは先にジェハによって軍後方の安全な場所へ運ばれ身を隠している。
雲の巣だらけの地下通路を抜けてキジャに重たい蓋を持ち上げてもらえば陣営がいる場所に辿り着いた。
「彩火のヤツらびびってんだろーな。」
「俺らはしばらくここに居座ってれば良いから楽なもんだ。」
そこに賑やかな話し声が聞こえてきた。
「うるせェな、静かにしろ!」
だが振り返った兵士が見たのはその場に似合わない陽気に話している私達だった。
「ふはっ!白龍糸だらけ~」
「恐ろしい…あの地下道クモの巣だらけではないか。ジェハ取ってくれ。」
「僕美しくないモノには触れたくないんだよね。シンア君任せた。」
『そう言ってるジェハにもクモの巣ついてるけど…』
「あ…」
「シンアはクモの巣どころかクモだらけだな。」
ハクが私の外套についていたクモを払ってくれた。
私は爪でジェハのフードについている巣を取って苦笑する。
「な…何だ、お前ら。」
「ああ、千州の皆さん。はるばるどうも。」
『ちょっとすみませんがここでの野営は彩火の皆様のご迷惑になりますので、撤収して頂けませんかね?』
私とジェハが最前列で口先だけの交渉をしている間もキジャは蜘蛛に関して騒いでいる。
それも気にせずに私とジェハは笑みさえ浮かべて言葉を紡ぐ。
「大人しく出てって頂ければ僕らは危害を加えませんので。」
「貴様ら、何者だ?」
「『化物ですよ。』」
「やかましいんだよ、白蛇てめーはよ!」
ハクの喝が飛び、私は呆れたように龍の爪を出すとキジャとシンアに向けて振るった。
すると強い風が起き彼らについていた蜘蛛や糸が飛んでいった。
「おっ!助かったぞ、リン。」
『それでは…戦闘開始。』
私は爪を仕舞い剣を抜くとハクと同時に地面を蹴った。
彼と背中を預け合って闘うのはやはり安心感がある。
私達が暴れて軍が乱れている事は彩火城にいるキョウガにも伝わったが、それがヨナやハク、そして私による物だとはわからなかったらしい。
ハクの大刀、私やシンアの剣、キジャの爪が軍を蹴散らし、ジェハは空に跳び上がると暗器の雨を降らせる。
「何だ!?こいつら!!」
「ばっ、化物だぁああ!!」
「『だから言ったじゃない/でしょ』」
私とジェハは同時にそう呟きながら闘う手は止めなかった。
そうしていると近くの天幕に火矢が刺さった。ヨナが近くの木々の陰から放ったのだ。
「うわっ、天幕に火が!!」
『ふふっ』
「かーっこいい。」
私とハクは凛々しく立つヨナを見上げて微笑んだ。
「手が止まってるぞ。」
『そう言ってるハクこそ。』
「これだけやれば千州軍を攪乱出来るし、スジン将軍も彩火に戻って来れるんじゃないかな。
あとはスジン将軍が帰って来たのを見計らってとっとと退散するよ。」
ユンの言葉を聞いた私はハクにその場を任せて近くの木を蹴って高い位置へ飛び上がった。
そして目を閉じてそこから気配を辿ったが、予想と反した現状に驚いて目を開いた。
「リン?」
ジェハが私の異変に気付いて地面を蹴って空中で私を抱き止める。
「どうしたんだい?」
『どうして…軍勢が…』
「来たか?」
「やれやれ。じゃ、そろそろ退散しますか。」
『シンア!』
「うん…」
「どうしたというのだ。」
『軍が…こっちへ来ていないの…』
「何!?」
「火の部族の兵…と千州の兵は…南西へ…南西へ向かってる。」
『…一度引くわよ。』
私達は地面に倒れた兵士の間を駆け抜けヨナとユンのいる場所へ向かった。
2人と合流するとシンアが見て私が気配を辿った結果を伝えた。
「戻って来ない!?なんで…敗走して援軍を求めるならまず彩火(ココ)に戻るでしょ!?」
「挟み撃ちにあうと思って避けたのかしら。」
「スジン軍は南西に向かっていたらしい。」
「南西?」
『ここから南西に向かえばあるのは…緋龍城。』
「王都に…援軍を求めに…」
「…確かに緋龍城に行けば強力な援軍が得られるだろうけど…でも…」
「…」
私は現状からある考えに辿り着き顔を上げてハクを見た。
すると彼は小さく頷いた。私の考えが正しいかもしれないということだ。
『嘘…』
「リン?」
「…あまり考えたくねぇ話だな…」
「何が?」
『いくらカン・スジンでもそこまでは…と思っていたのに…』
「何?何なのさ、雷獣。リンは分かってるの?」
「ハク?」
「リン?」
「ずっと引っかかっていた事がある。
カン・スジンは大軍を率いて千州軍討伐へ向かった。様子を見る限り息子キョウガ以上の軍勢を率いてだ。
定石なら火の部族最大の要であるこの彩火城にこそ最大の軍勢を残しておくべきなのに。
そしてあっさり敗れた。考えてみれば最初の六花の砦が落ちたのも簡単すぎる。」
『そしてもう一つ。シンアはさっき火の部族の兵と千州の兵は南西に“向かっている”って言った。
ねぇ、シンア。火の部族の兵はどんな様子だった?怪我人は?戦の戦いぶりは?』
「怪我人…はあまり見なかった…戦ったりとか…特にしてない…
ただ…二軍共南西に向かって走って…た。」
「え…ちょっと待って。ちょっと待って、それって…
それって…いや、でもそれはあまりにも…」
私とハクの説明で仲間達は事態を全て把握したようだった。
ユンは言葉を選び、ヨナは息を呑んだ。
『千州をうろついていた火の部族の兵士…
そして簡単に行き来出来ていた国境からもその答えは明白でしょう…』
「つまり答えは?」
ゼノは頭にアオを乗せて言った。答えたのはジェハだ。
「つまりあれだね。カン・スジンはリ・ハザラと手を組んでいる。」
『そして今緋龍城に向かっているということは本当の狙いは緋龍城…』
「カン・スジンは敵国と通じて緋龍城とスウォンの首を狙っている。」
―スウォンがスジン将軍に討たれる…!?―
「カン・スジン、恥知らずな事を…
高華国の要五将軍の一人でありながら、敵国兵一万を我が国に招き入れ、しかも緋龍城に助けを求めるふりをして…
これでは騙し討ちではないか。」
「哀れなのは命を賭して彩火の守備についた兵士だね。
まさか己の部族長が敵国と通じているとは知らずに。」
ジェハの言葉に私は俯いてしまった。このままでは火の部族で反乱が起き、高華国が崩壊してしまうだろう。
『どうする?今度はスジン軍と千州軍を蹴散らす?』
「無理に決まってるでしょ。さっきはここの千州軍の一部を脅かす程度で済ませたけど、スジン軍と千州軍は合わせて二万。それに…」
ユンはヨナの横顔を見て言葉を濁した。
―王(スウォン)はヨナの敵(かたき)…
その王の手助けになるような事をするなんて、ましてや一度追われた城に向かうなんて殺されに行くようなものだ…―
「ヨナ…ここは退いて(ひいて)一旦様子を見よう。
いくら何でも俺らの手には負えないよ。ヨナ…」
だがヨナの心は揺らいでいなかった。真っ直ぐ私とハクを見て口を開いたのだ。
私は彼女が揺らがない気がしていた為、きっと蹴散らしに行くなどという提案を自然としてしまったのだろう。
「…ハク、リン。馬の手配出来るかしら?スジン将軍とリ・ハザラを追う!」
「ヨナ!無茶だ、二万の兵だよ!?それに…」
―ヨナが生きてる事が火の部族や王家に伝わったら…!!―
「スジンの行為はこの国を混乱に陥れる。放っておくわけにはいかない…!」
ヨナの決意を感じて私とハクはすぐ馬の手配の為に走り出したのだった。
その頃、緋龍城へ向かっているスジン軍とリ・ハザラの軍はというと歩兵に疲労が見え始めていた。
「逸る気持ちは分かるが、少し急ぎすぎじゃねェのか、スジン将軍よ。」
―もうすぐだ…もうすぐ火の部族積年の想いが…今こそ緋龍城を我が手に取り戻す時、高華国に真の緋龍王の末裔が帰還する時!!―
スジンからは彼の積年の思いが溢れてきている。
「鬱陶しい妄執撒き散らしやがって。通った道から伝わってくらあ。」
リ・ハザラは龍神の伝説を馬鹿馬鹿しいと考えており、数年前にスジンがリ・ハザラに持ちかけた今回の計画の裏に戒帝国の玉座につく自分の姿が見て取れたという。
スジンが高華国の王となりリ・ハザラと同盟を組めばその力で現戒帝国皇帝をツブし、自分が降臨することができる。
そしてそのまま高華国も乗っ取ればいいと考えているのだ。その為にスジンを利用しているに過ぎない。なんと歪んだ関係であろうか。
そんな2人が従えた兵は真っ直ぐ緋龍城へ向かうのだった。
そのような2つの軍を追い掛ける立場である私達は馬を手配し終えていた。4頭の馬に分かれるのだがある疑問が浮かんだ。
「ところで皆馬に乗れるの?ちなみに俺は乗れないからね。
まあ雷獣とリンは大丈夫として、シンアは乗った事ないよね?」
シンアは静かにコクッと頷いた。
「僕は乗れるよ。」
「ゼノは立ったままでも乗れるから。」
「凄っ!」
「私も乗れるぞ。」
「『嘘っ!?』」
キジャの言葉に私とユンは驚いて声を上げる。
「嘘とは失敬な。」
「だってキジャが乗れるなんて意外。」
「私はいつでも主と共に戦えるよう馬は嗜みとして習っていた。」
「そうなんだ。じゃあ後ろに乗せてもらおうかな。」
「ただ里から出た事がないので広い場所で走るのは初めてだ。」
「ジェハー後ろに乗せてー」
『キジャは私の後ろね。』
「…仕方あるまい。」
私とハクは手際よく馬に鞍や荷物を乗せていく。ヨナはそれをただ見守っていた。
「ヨナは乗れないんだ。馬を手配してって言うからてっきり乗れるんだと思った。」
「うん、一度…乗せてもらった事はあるんだけど…」
「ヨナ…本当に行くの?」
彼女が儚く微笑むものだからユンは迷いを振り払って自分の準備を始めた。
「わかった、もう止めない。そのかわり何があっても一緒に行くから。」
ヨナは馬に乗ろうとしてスウォンを思い出してしまっていた。
馬へと伸ばしていた手を引こうとすると、その手はグッとハクに握られた。
そして先に馬に乗っていたハクが軽々とヨナを引き上げ自分の前に抱きかかえる。私は馬を宥めながら2人を見上げた。
「ハク…?」
「あんたは…いえ、あなたはこの国の正統なる王家の血を引く御方。」
『行くんでしょう、姫様?この国を守る為に。』
ヨナは自分がイル王の娘でありこの国を守りたいという想いを再確認して強く頷いた。
私はその強い眼差しに満足すると馬を一撫でして歩き出した。
ヨナとハクが乗る馬をゼノとシンアの馬が追う。
「リンも早く行こう。」
『えぇ。』
ジェハに促され私も馬に乗る。そしてキジャに手を差し出すと彼は微笑んで私の手を握り私の後ろへ飛び乗った。
ジェハとユンの馬が走り出すと一番後ろを私とキジャが追い掛けるのだった。
スジンはというと玉座に緋龍王たる自分が相応しいと考えながら空都に入ろうとしていた。
「歩兵急げ。空都へ入るぞ!」
「ス…スジン将軍!あ、あれを…」
部下が指差す方向を見るとそこには軍を引き連れたスウォンがいたのだった。
「ス…スウォン陛下…」
「王師が…っ」
「くッ…この企て全て読まれていたのか…
狼狽えるな!こうなる事は予測しての連合軍よ。
突撃陣営を組め!火の部族軍右翼に回れ!千州軍は左翼へ!」
軍が動き出すとリ・ハザラがスジンに歩み寄った。
「出鼻を挫かれましたな。」
「ハザラ殿。」
「あちらの若き王は聞いていた話しよりデキる人物のようだ。」
「ふん。確かにあの若僧がここで待ち伏せしているとは計算外でした。
しかし所詮は戦場を知らぬ素人。見たところ空の部族軍(あちら)は一万にも満たぬ兵力。こちらは二万の軍勢。
数の上で劣勢ならば籠城戦に持ち込んだ方が事を有利に運べるものを。
スウォンも我が連合軍がすぐに陣形を組める程緻密な連携が取れているとは思わなかったのでしょう。
容易い!!これだけの戦力差。短期で決着をつける!!」
興奮気味のスジンと反してスウォンは冷静だった。
「ふむ、やはり突撃陣形で来ますか。
ジュド将軍、予定通り火の部族軍騎兵の足止めよろしくお願いします。」
「火の部族の騎兵はこちらの三倍の千五百騎程…と聞いておりますが?」
「苦戦するでしょうね。」
「あのですね…っ」
「負けなければ良いのです。」
「…お任せ下さい。」
スウォンの真剣な眼差しにジュドは静かに了承するほかなかった。
「主の信頼には忠誠をもってお応え…」
「あ、中央歩兵の皆さんも予定通りに…」
ジュドが話しているというのにスウォンは呑気に近くにいた歩兵に指示を出していた。流石にこれにはジュドも怒る。
「まだ話の途中です!」
「え、何ですか?」
「何でもありません!」
―和むなぁ、この2人…―
周囲の歩兵がそんな事を思っているとウォオオオと声が聞こえてきた。
「…そろそろですね。」
「時は来た!!紛い物の王の時代は終わりを告げ我らの始祖緋龍の血を引く真の王があの気高き赤い城へ帰還する!!
共に行こう、緋龍王の子らよ。偽の王を引きずり下ろし偽の民を我らの熱き炎で燃やし尽くせ!!」
スジンの声と共に戦闘は開始。スウォンは少し呆れも見せるような笑みを浮かべた。
「士気は高いな。」
「酔っている火の部族の兵だけですよ。
しかし埃かぶった昔話への執着では民の心は繋ぎ止められません。」
「スウォン陛下、連合軍動きました。」
「では参りましょうか。功を焦って捨て身にならないように。
何しろこの戦は一つ目の小さな山に過ぎないのだから。」
私達が馬を走らせている間に闘いの火蓋は切られたのだった。
『っ…』
「リン?どうしたのだ?」
『…闘いが始まった。』
「何!!?」
『スウォン…』
私の小さな呟きをキジャは聞こえないフリをしてくれる。
代わりに私の腰に後ろから回していた腕に少しだけ力を込める。
『キジャ?』
「苦しかったか?」
『ううん…ありがとう。』
「…うむ。」
彼の無言の優しさに支えられて私は馬を走らせながら小さく息を吐いた。
―私もいい加減覚悟を決めないと…
姫様と進むことを決めた時点でスウォンとは敵対する運命なのだから…
でも…まずは知りたいのよ、スウォン…
あなたがどうしてイル陛下を殺してまで天下を取りヨナを死に追いやろうとしたのか…あなたの目的は何なのか、って…―
これから向かう戦場にいるであろう昔の友を思いながら私は真剣な眼差しを前を走る仲間達の背中に向けた。
その背中を見るだけで安心できるのだから不思議なものだ。
特にジェハはその背中だけで私に愛を語ってくれている気がする。
すると一瞬だけジェハがこちらを振り返った。彼を見つめていた私ははっとして息を呑む。
そんな私を見て彼はクスッと笑うとまた前を向いた。
―ジェハ…それにこんな素敵な心強い仲間がいるんだもの…
何も怖がることなんてない。ただ姫様の信じた道を共に歩み、お支えできれば本望だわ。―
私はニッと笑うと迷いを振り払って戦場へと駆け出した。
「北東の方が少しきな臭いので近々小火(ボヤ)騒ぎがあるかもしれません。」
「…ほぅ。以前仰ってたアレですか。」
「えぇ、ですからグンテ将軍…よろしくお願いします。」
スウォンの鋭い視線にグンテは寒気を感じながら腰を上げた。
「…では俺は一旦地心へ戻ります。」
次にグンテが見たのはいつもの柔らかく微笑むスウォンだった。
「また遊びに来て下さい。」
「近いうちに。」
こうしてスウォン達も動き出した。
火の部族 彩火の都に潜入した私達は外套で姿を隠して裏町にいた。
ユンとゼノが食糧調達に行ってくれている。
彼らは町をそそくさと駆け抜け薄暗い階段を降りて煙管の煙が充満する店に入って来た。
「おい。なんだァ、ボウズ。親からはぐれちまったのか?」
「迷子か?こっち来いよ。」
「俺らが遊んでやるよ。」
「ちょっと近寄らないで。」
案の定ユンとゼノは酔っぱらった男達に絡まれる。
「おお、何だボウズ。そーかそーか、思いっきり強い酒飲みたいか。」
そのとき男の肩にジェハが静かに手を乗せた。
彼の隣には私もいて男を睨みつつユンを抱き寄せる。
「美しくない手で触れないでくれるかな。ツレなんで。」
「なんだぁ?知らねェツラだな。」
「あ、よせ。そいつは…」
別の男が止めるのも聞かずに彼はジェハに殴りかかってくる。
だが、その手はキジャの龍の手に簡単に止められた。
「てめェはすっこんでろ!!…いででででで!!」
「拳は振り上げない方がいい。そなたの手をツブす事など容易いからな。」
「ヒイッ」
怯えて逃げた男の前に並んだのはヨナを中心とした私達だった。
「なんだ、あの連中…」
「よせ。あいつらに手ェ出すな。昨日から突然この彩火の裏町に現れたんだ。
何が目的か知らねェが彩火の兵士の情報を知りたがっている。恐ろしく強ェ奴らなんだ。
あの真ん中の女に触ろうとした奴がいて、目に包帯した男に腕斬り落とされそうになったんだからよ。」
「それからもう一人の黒髪の女に触れた奴はお前の肩に触れた緑髪の奴に蹴り飛ばされたらしいぞ。」
「その女自体も剣で首を掻っ切ろうとするくらい強かったらしいしな…」
そんな声を聞きながら私はクスッと笑う。
小声で話している為、きっと聞こえているのは私だけだろう。
その証拠にヨナはのんびりユンに声を掛けている。
「おかえり、ユン。どうだった?」
「わかったのは俺らが顔隠してても目立つんだって事だけだよ…
でもまさか彩火の都に来ちゃうなんて…しかもこんな怖い人が出入りする裏町に。」
『こういう場所の方が身を隠すのに都合がいいの。』
「それに様々な情報屋もいるから知りたい情報がいち早く入手出来んだ。」
「詳しいね、リンも雷獣も。こういう所よく来るの?」
『…』
「…空都にいた時、裏町によく出入りしてた奴がいたんだよ。」
私が俯いたのに気付いたハクはそっと頭を撫でてくれた。
「彩火の兵の様子はどう?」
「特に変わった様子はないよ。
ヨナ、やっぱり彩火は危険すぎるよ。なるべく早く退散した方がいい。」
「うん…そうなんだけど、でも少し気になって…」
『戒帝国で見た兵と千州のリ・ハザラ…』
「リン…」
『何も無いとは考えにくいですね。』
「うん…何か胸がざわめくの。」
同じ頃、山賊がリ・ハザラの軍が高華国へ向かって進軍してきているのを見つけた。
その情報は私達のもとにもすぐ届く。ある男が大きな足音を立てながら駆けこんできたのだ。
「うるせェな、何だよ。」
「酒の飲み過ぎか?」
「た…たたた大変だ。か…戒帝国の…戒帝国の千州の軍が…国境の関所を突破して高華国に侵略して来やがった!!」
その言葉に私達は揃って目を丸くした。事態が最悪だと一瞬で理解したからだ。
「な…何言ってんだ、お前…」
「北の町火溜(ヒル)からの情報だ。間違いない。
千州の豪族リ・ハザラが大軍を率いてこの彩火に向かって進軍している!!」
彩火城にもその情報が入り、スジン将軍自身が軍を率いて城を出た。
「各役所に通達。北東六火の砦に兵を集めよ!
近衛隊は中央広場へ!都の外壁の守りを固め戦闘に備えよ!!」
準備を進めるキョウガを見ながらスジンが問う。
「テジュンはどうしている?」
「あんな大馬鹿者の事など知りません。」
「…まぁ、この事態だ。すぐに逃げ帰るだろう。」
「おのれ、リ・ハザラ…!不意打ちの戦とは恥知らずめ…」
そんな彼らのもとに六火の砦という火の部族が誇る場所が落とされリ・ハザラの軍が進軍してきたと情報が入った。
それがスジンが軍を率いる事になった元凶だ。
「次期火の部族長カン・キョウガよ。
この戦はきっと天が与えた僥倖(ぎょうこう)だ。
我が部族の力を高華国全土に示す為のな。
いずれ私にも終わりが来よう。その時私は私の全てをお前に与える。
だがその前に次期部族長としてこの彩火城を見事守り抜いてみせよ!!」
「御意。」
スジンの出陣を見送ったキョウガは城に残り、私達のもとにはずっと新しい情報が駆け巡っていた。
「おい!六火の砦が破られたらしいぞ。」
「マジか?」
「彩火の民衆も気付き始めた。噂が広がってる。
先刻スジン将軍が軍を率いて火宵(カショウ)の砦に向かったぞ。」
それを聞きながら私達は考えを巡らせる。
「思わぬ方向に事態が広がっているな。」
「周辺の農村大丈夫かな…」
「千州の軍かなり強ェよ!」
「あの強固な六火の砦をわずかな時間で陥落させたんだからよ!」
「この分じゃ彩火もヤベェんじゃねェのか!?」
男達の言葉に私達は何も口を開かず、ヨナは静かに俯いていた。
カン・スジンの息子達はそれぞれの場所で事態に向き合う事になっていた。
キョウガはスジンに任された城で昔を懐かしむ。
―あかい龍に憧れた…強く清廉で高華国中の誰をも心服させた、そんなあかい龍に憧れた…―
何度も読んだ龍の伝説。そこに登場する緋龍の血を引く部族こそ誇り高き火の部族なのだとキョウガとテジュンはスジンから聞かされて育った。
―伝説の四龍を従え全ての民の頂点に立った緋龍王…
火の部族は神の血を引く民であり、部族長とは緋龍王の化身…
その父がこの城を私に託されたのだ、次期部族長として…
ならば今こそ行こう、緋龍王のように厳しく誇り高く正しき道を…―
テジュンは事態も知らず村の立て直しをしていた。
その日も自分の食事を村人に与え、部下と共に畑を耕していた。
「あとはここに水を引き、彩火から新たに種を取り寄せ…何だ?」
そこにドッドッと足音が聞こえてきて振り返ると千州の旗を持った軍隊がやってきていた。
危険を感じ城へ戻ろうと促す部下の言葉に頷こうとした瞬間、テジュンの脳裏にヨナの言葉が蘇った。村の事を彼はヨナに託されたのだ。
「何をしている!!村人を早く避難させろ。子供や病人には手を貸せ!!」
「テジュン様っ!?」
「帰りたくば帰れ。私は帰らん!!」
村人に手を貸して逃げていると出来上がったばかりの畑が軍隊によって踏み潰されているのが見えた。
テジュンは悔しく思い鍬を持つと軍の前に立ち畑を通らないよう足止めした。
「退け。」
軍隊は武器を構えテジュンに言う。それでも彼は引かなかった。
「ここは火の部族の貧しい村。そしてこの畑は先日村人と我々が総出で苗を植えたばかりだ。
どういうわけで千州の軍隊がこの地に来たのか知らんが、この畑は村の命をつなぐ畑だ。踏み荒らす事は許さん。」
「構わん、行くぞ。」
「下がれ!!ここを通る者は容赦せん!!」
動き出そうとした兵をテジュンの鍬が止める。
「退かんと斬るぞ!!」
「私は然る尊い御方からこの地を人々を託されている!!
その御方が許さぬ限り何人も私をここから動かす事など出来ない!!」
「リ・ハザラ様の行く手を阻むとは不届千万。死んで詫びよ!!」
振り上げられた剣を受け止めたのは直属の部下であるフクチの剣だった。
「フクチ!!」
「お下がり下さい。」
「フクチ殿!」
「我々も行くぞ!!」
「テジュン様っ!」
テジュンの前に部下達が並び軍隊を睨みつける。
全て斬って進もうかと軍隊が考えていると冷たい声と共にリ・ハザラがやってきた。
「何をしている。農民にいちいち構うな、ツブせ。」
「申し訳ありません、ハザラ様。この者達が道を塞いでおりまして。」
「テジュン様、お逃げ下さい!」
「ん?そこの者…もしやカン・テジュン殿か?」
「いかにも。カン・テジュンは私だが…?」
「ほう。ククク、成程よく似ている。長男…ではないな。」
「?」
「よい、この者には手を出すな。他の道を行こう。失礼した、カン・テジュン殿。」
そう言い残すとリ・ハザラは軍を率いて別の道を進み始めた。
残されたテジュンや部下達は意味が分からないとでも言うように首を傾げた。
「どういう事でしょう、火の部族の地で何が…」
「やはり一度彩火にお戻りになった方が良いのでは…」
テジュンは村人達の怯えた様子を見て首を横に振った。
「…いや、私はここで村人を守る。それが私の成すべき役割だ。」
「テジュン様…っ」
「お供仕ります!」
「私も!」
「私もお側に!!」
「ただし情報は必要だ。役所へ行って彩火への伝令を命じよ。」
「はっ!」
―私を殺さなかった…侵略しに来たのではないのか?
父上、兄上…一体何が起きているのですか…?
そしてヨナ姫…あなたは今いずこに…―
テジュンは空を見上げて小さな村から家族やヨナを思うのだった。
私達はというとまだ裏町で情報を得ていた。
「火宵の砦に千州軍が到着したらしいぞ。」
「いよいよスジン将軍が迎え討つのか。」
「スジン様の軍と交戦中ならたとえ千州軍が勝ってここに辿り着いたとしても兵は疲弊しているはずだ。」
「城にはキョウガ様の精鋭部隊がいる。千州の軍といえど殲滅出来るんじゃないか?」
「このまま終わると思うか、ユン。」
「…」
『いや…』
「リン?」
『千州の軍はもう彩火の近くにいる…』
「「え!?」」
私がそう呟いた瞬間に男が駆け込んできて同じ情報を口にした。
「妙だな、早すぎる。」
「うん、多分軍が分かれたんだ。」
「分かれた?」
「まだスジン軍は交戦中だと思う。
千州の軍は戦力を対スジン軍と対キョウガ軍に分け、まだ体力が十分にある兵をこちらに向かわせてるんだ。」
『うっ…』
「リン、どうしたんだい!?」
『気配が…多すぎる…』
「お嬢、無理はしない方がいい。」
『ゼノ…』
「戦で気配を細かく追おうとすればお嬢への負担が大きすぎる。」
『…わかった。』
ジェハが私を抱き寄せて微笑みかけてくれた。
チラッとヨナを見ると彼女が頷いた為、私は気配を追う事をやめた。
「近いうちにこの都は戦場になる。少し情報を集めるつもりが、これでは外に出れなくなってしまったね。」
ジェハは私を抱いたままヨナに囁いた。
「大丈夫だよ、ヨナちゃん。いざとなったら君を抱いて逃げるからね。それにもちろん、リンも。」
「そうか、悪ィな。オレも頼む。」
「俺もー」
「ゼノも。」
「重量超えだよ…」
「兵が近くに迫っているのに静かね。」
「夜だからね。両陣営朝を待っているんだよ。」
『でも…』
「夜に紛れて…静かに燃える炎を感じる…」
私の呟きをゼノが受け継ぐように真剣に言った。
夜明けと共に開戦なのだと私達は判断し小さな宿を借りて雑魚寝する事にした。
私とジェハがまずは見張りとして壁にもたれて座っていた。他の皆はぐっすり夢の中。
「リン、この戦どう思う?」
『…嫌な空気しか感じない。
ただの戦ではなくてもっと黒い感情が裏で渦巻いているの。
本当にリ・ハザラの軍が攻めてきただけなのかしら…』
「だけって…リ・ハザラが攻めてくる事も大きな問題だと思うけどね。」
『それはそうなんだけど…もっと不吉な事が起きる気がする…』
「リンの勘は当たってしまうから困ったなぁ…」
私はジェハに寄り添って溜息を吐いた。
彼は何も言わずに髪を梳きそのままの手で頬を撫でた。
「ゼノ君も言ってたけど無理はダメだよ、リン?」
『うん…』
炎の気配を感じながら私はジェハにもたれたまま窓の外に見える空を見上げた。
暫くしてハクが目を覚まし私達と交代してくれた。
ジェハはちゃっかりヨナの隣に横になり私を胸に抱いている。
夜明けまでそのまま眠り、ハクがヨナを起こしにやってきた。
「…さん、姫さん。」
「ごめんなさい!私寝過ごした!?」
「いえ、だがそろそろ夜明けです。」
「ハク…踏んでるよ…」
彼はジェハの頭を横から膝で踏んでヨナを起こし、片手で私を揺り動かした。
「リン、起きろ。」
『ぅん…あ、夜明け…』
「あぁ。」
他の皆も徐々に目を覚ましていった。
「戦闘は…千州の軍は攻めて来た?」
「それが都の門付近は一般人立入禁止になっていて情報が入って来ないんですよ。」
「でも何か不気味な静けさだね。」
『気配では昨日とそう変わりはないようですけど…』
「なんとか外の状況を知る事は出来ないかしら。もし戦火が都の人にまで及ぶなら…」
「じゃあ僕が見て来るよ。」
ジェハがヨナに微笑みかけながら外套を被った。
「そっか、ジェハは跳べるもんね。」
「緑龍~乗せてって。ゼノ退屈だから。」
「お子様はまだ寝てなさい。」
「ジェハ、ちょっと待って。」
「どうしたの?一緒に来る?」
「ええ、連れてって。」
「いいとも♡」
ヨナがジェハに押しつけたのはシンアだった。
ジェハがいつの間にかシンアを姫抱きにしている様子は珍百景にでもなりそうだった。
「え…ナニ?これナニ?ナニこれ。」
「連れてって、シンアを!」
「そうだね。シンアの眼があった方が何かと便利かも。」
「シンア、しっかりとお役目を果たすのだぞ。」
「ぎゅっと抱いてやれよ、ジェハ兄さん。」
「デカい男二人謎のお姫様抱っこ…僕なら撃ち落とすね。」
『私も行く。』
「リン?」
『シンアの眼だけじゃなくて音と気配を辿れた方が情報が多く手に入るはずよ。あ、でもジェハ…重たいかな…?』
彼は仕方ないとでも言うように苦笑するとシンアを背中に背負い私を呼んだ。
「止めても君は行くんだろう?」
『ジェハ…』
「おいで。」
『ありがとう!』
ジェハはシンアを支えている為、私は正面から彼にしがみつく。
「よっ…千州の軍が集まってる門は…」
『あっち!!』
手を離せない為跳び上がったジェハに顔の向きや目で合図をする。
「何か見えるかい、シンア君?」
すると私とシンアが同時に何かに気付いた。
彼は何かを見つけ、私は兵の話し声を聞き取ったのだ。
シンアはジェハを止めようと首を絞め、苦しくなったジェハは近くの屋根に下り立つ。
「ぐえッ…な、何?あ、止まって欲しいのね。」
『シンア…口で言ってあげて…』
「首は手綱じゃないんだよ…?」
「門の…所…兵士がたくさん…見つかる…外の様子ならここからでも見える…」
シンアが目隠しをずらして遠くを見ようとするとジェハが彼の美しい眼を見てやろうと顔を覗き込む。するとシンアが顔を背けてしまった。
『もうジェハ…』
「あ、ごめんごめん。もう見ないから。」
―この世のものとは思えぬ美しさという青龍の瞳…
僕としては是非とも見たいんだけどな…―
『ジェハ、そこに火の部族の兵がいる…』
「ん?何を慌ててるんだ?」
『え…』
「リン?」
『伝令…火宵の砦が破られた…スジンは援軍を求めて敗走している…!?』
「火の部族の将軍が負けた…!?」
すると私はシンアに手を引かれた。
『シンア…?』
「リン…あれ…おかしい…」
シンアが指し示す方へ意識を集中すると有り得ない状況を認識する事ができた。
『どうして…』
「シンア君、リン。戻ろう。ヨナちゃんに伝えなきゃ。」
「『…』」
「シンア君?リン…?」
『ジェハ…帰ろう、これはやっぱり普通の戦ではないかもしれない。』
私達は急いで宿へ戻って行った。
「あ、帰って来た。どうだった?」
「雲行きが妙な方に流れているよ。」
まずはジェハの口からスジンが敗れた事が伝えられた。
「今は援軍を求め後退中だってさ。」
「彩火の兵と千州軍の戦況は?」
『それが…戦闘は行われてないの。』
「え!?」
『というより、千州軍が攻めて来ない状態よ。彩火の門前で睨み合いやってるわ。』
「やけに静かだとは思ったけど…」
「しかし次々と砦を突破した千州軍がここに来て攻めないとは何かの作戦か?」
「シンア、千州軍の数は?」
「…二千…くらい…」
「二千!?」
『ハク、おかしいと思わない?』
今まで黙っていたハクに私は真剣な目のまま問うた。
「…裏町の奴らの情報が正しければリ・ハザラは一万の軍勢を率いているという話だ。
火の部族最大の要である彩火城を攻めるのにたった二千とは…」
「カン・スジンは大群を率いて行ったと聞いたぞ。
それに対抗する為にリ・ハザラも大群をカン・スジンにぶつけたのではないのか?」
『そこも引っかかるのよね…』
「あぁ…」
「何がだ?」
「……いや、整理するとだな。火の部族の国境を抜けたリ・ハザラは六火の砦を突破。
軍を二つに分け二千を彩火に、残りをカン・スジンが守る火宵の砦にぶつけカン・スジンを破った。カン・スジンは援軍を求め敗走…」
『思うに彩火の門の前にいる千州軍はキョウガを足止めする為の軍。
本陣は現在カン・スジンを追っている方よ。リ・ハザラはそこに居る。』
「カン・スジンが彩火城まで敗走して来たら、リ・ハザラは今ここにいる軍と合流して彩火城を一気に攻め落とす気だろうか。」
「…かもな。」
「キョウガは援軍を出すかしら。」
「彩火の前で陣取ってる千州軍がいるからそう簡単には出せないと思うよ。」
「このままだとスジン将軍は彩火に戻りたくても戻れないね。
来たらここにいる二千の軍と挟み撃ちにあう。」
『キョウガも戦を有利に導く為には門の外に易々と出られないでしょう。』
「…ユン、ここから出る方法はある?」
「えっ…」
「ここから出て彩火の前にいる二千の兵を蹴散らす。」
ヨナは鋭く目を光らせて言い放った。
ここから出て戦闘に乱入するというヨナにユンは慌て、シンアは静かに剣を手にし、他の5人はニッと笑った。
「何言ってるの、ヨナっ!雷獣もリンもニヤけてる場合か!」
「お任せ下さい、姫様っ!!」
「腕をしまえ、珍獣!!」
「スジン将軍のやり方に全ては賛同出来ないけれど、ここでリ・ハザラに討たれては火の部族はめちゃくちゃになる。
彩火を取り囲む千州軍を何とかすればスジン将軍も彩火に戻れるし、キョウガも動けるでしょう。」
「でもそんな騒ぎを起こしたら…」
「賊の仕業に見せかければ良い。」
『そうそう。』
「暗黒龍とゆかいな腹へり達、久々の出動ってワケだね。」
私はジェハに肩を抱かれたままユンに笑いかけた。
「ゼノ、裏町の人達と仲良くなったから外へ通じる秘密の地下道教えてもらったから~」
「いつの間に!?」
『流石ね、ゼノ。』
「ふふ~ん」
「でも二千の軍勢だよ…」
「ユン、行こう。ユンとユンの故郷は必ず守るから。」
ヨナの迷いのない表情にユンはついに折れて彼女の手を握った。
「~~~わかったよ。でも俺だってヨナを危険な目に遭わせたくないんだからね。」
「うん、わかってる。」
それから私達は秘密の通路を通って彩火の前に陣取っている軍のもとへと向かった。
ヨナとユンは先にジェハによって軍後方の安全な場所へ運ばれ身を隠している。
雲の巣だらけの地下通路を抜けてキジャに重たい蓋を持ち上げてもらえば陣営がいる場所に辿り着いた。
「彩火のヤツらびびってんだろーな。」
「俺らはしばらくここに居座ってれば良いから楽なもんだ。」
そこに賑やかな話し声が聞こえてきた。
「うるせェな、静かにしろ!」
だが振り返った兵士が見たのはその場に似合わない陽気に話している私達だった。
「ふはっ!白龍糸だらけ~」
「恐ろしい…あの地下道クモの巣だらけではないか。ジェハ取ってくれ。」
「僕美しくないモノには触れたくないんだよね。シンア君任せた。」
『そう言ってるジェハにもクモの巣ついてるけど…』
「あ…」
「シンアはクモの巣どころかクモだらけだな。」
ハクが私の外套についていたクモを払ってくれた。
私は爪でジェハのフードについている巣を取って苦笑する。
「な…何だ、お前ら。」
「ああ、千州の皆さん。はるばるどうも。」
『ちょっとすみませんがここでの野営は彩火の皆様のご迷惑になりますので、撤収して頂けませんかね?』
私とジェハが最前列で口先だけの交渉をしている間もキジャは蜘蛛に関して騒いでいる。
それも気にせずに私とジェハは笑みさえ浮かべて言葉を紡ぐ。
「大人しく出てって頂ければ僕らは危害を加えませんので。」
「貴様ら、何者だ?」
「『化物ですよ。』」
「やかましいんだよ、白蛇てめーはよ!」
ハクの喝が飛び、私は呆れたように龍の爪を出すとキジャとシンアに向けて振るった。
すると強い風が起き彼らについていた蜘蛛や糸が飛んでいった。
「おっ!助かったぞ、リン。」
『それでは…戦闘開始。』
私は爪を仕舞い剣を抜くとハクと同時に地面を蹴った。
彼と背中を預け合って闘うのはやはり安心感がある。
私達が暴れて軍が乱れている事は彩火城にいるキョウガにも伝わったが、それがヨナやハク、そして私による物だとはわからなかったらしい。
ハクの大刀、私やシンアの剣、キジャの爪が軍を蹴散らし、ジェハは空に跳び上がると暗器の雨を降らせる。
「何だ!?こいつら!!」
「ばっ、化物だぁああ!!」
「『だから言ったじゃない/でしょ』」
私とジェハは同時にそう呟きながら闘う手は止めなかった。
そうしていると近くの天幕に火矢が刺さった。ヨナが近くの木々の陰から放ったのだ。
「うわっ、天幕に火が!!」
『ふふっ』
「かーっこいい。」
私とハクは凛々しく立つヨナを見上げて微笑んだ。
「手が止まってるぞ。」
『そう言ってるハクこそ。』
「これだけやれば千州軍を攪乱出来るし、スジン将軍も彩火に戻って来れるんじゃないかな。
あとはスジン将軍が帰って来たのを見計らってとっとと退散するよ。」
ユンの言葉を聞いた私はハクにその場を任せて近くの木を蹴って高い位置へ飛び上がった。
そして目を閉じてそこから気配を辿ったが、予想と反した現状に驚いて目を開いた。
「リン?」
ジェハが私の異変に気付いて地面を蹴って空中で私を抱き止める。
「どうしたんだい?」
『どうして…軍勢が…』
「来たか?」
「やれやれ。じゃ、そろそろ退散しますか。」
『シンア!』
「うん…」
「どうしたというのだ。」
『軍が…こっちへ来ていないの…』
「何!?」
「火の部族の兵…と千州の兵は…南西へ…南西へ向かってる。」
『…一度引くわよ。』
私達は地面に倒れた兵士の間を駆け抜けヨナとユンのいる場所へ向かった。
2人と合流するとシンアが見て私が気配を辿った結果を伝えた。
「戻って来ない!?なんで…敗走して援軍を求めるならまず彩火(ココ)に戻るでしょ!?」
「挟み撃ちにあうと思って避けたのかしら。」
「スジン軍は南西に向かっていたらしい。」
「南西?」
『ここから南西に向かえばあるのは…緋龍城。』
「王都に…援軍を求めに…」
「…確かに緋龍城に行けば強力な援軍が得られるだろうけど…でも…」
「…」
私は現状からある考えに辿り着き顔を上げてハクを見た。
すると彼は小さく頷いた。私の考えが正しいかもしれないということだ。
『嘘…』
「リン?」
「…あまり考えたくねぇ話だな…」
「何が?」
『いくらカン・スジンでもそこまでは…と思っていたのに…』
「何?何なのさ、雷獣。リンは分かってるの?」
「ハク?」
「リン?」
「ずっと引っかかっていた事がある。
カン・スジンは大軍を率いて千州軍討伐へ向かった。様子を見る限り息子キョウガ以上の軍勢を率いてだ。
定石なら火の部族最大の要であるこの彩火城にこそ最大の軍勢を残しておくべきなのに。
そしてあっさり敗れた。考えてみれば最初の六花の砦が落ちたのも簡単すぎる。」
『そしてもう一つ。シンアはさっき火の部族の兵と千州の兵は南西に“向かっている”って言った。
ねぇ、シンア。火の部族の兵はどんな様子だった?怪我人は?戦の戦いぶりは?』
「怪我人…はあまり見なかった…戦ったりとか…特にしてない…
ただ…二軍共南西に向かって走って…た。」
「え…ちょっと待って。ちょっと待って、それって…
それって…いや、でもそれはあまりにも…」
私とハクの説明で仲間達は事態を全て把握したようだった。
ユンは言葉を選び、ヨナは息を呑んだ。
『千州をうろついていた火の部族の兵士…
そして簡単に行き来出来ていた国境からもその答えは明白でしょう…』
「つまり答えは?」
ゼノは頭にアオを乗せて言った。答えたのはジェハだ。
「つまりあれだね。カン・スジンはリ・ハザラと手を組んでいる。」
『そして今緋龍城に向かっているということは本当の狙いは緋龍城…』
「カン・スジンは敵国と通じて緋龍城とスウォンの首を狙っている。」
―スウォンがスジン将軍に討たれる…!?―
「カン・スジン、恥知らずな事を…
高華国の要五将軍の一人でありながら、敵国兵一万を我が国に招き入れ、しかも緋龍城に助けを求めるふりをして…
これでは騙し討ちではないか。」
「哀れなのは命を賭して彩火の守備についた兵士だね。
まさか己の部族長が敵国と通じているとは知らずに。」
ジェハの言葉に私は俯いてしまった。このままでは火の部族で反乱が起き、高華国が崩壊してしまうだろう。
『どうする?今度はスジン軍と千州軍を蹴散らす?』
「無理に決まってるでしょ。さっきはここの千州軍の一部を脅かす程度で済ませたけど、スジン軍と千州軍は合わせて二万。それに…」
ユンはヨナの横顔を見て言葉を濁した。
―王(スウォン)はヨナの敵(かたき)…
その王の手助けになるような事をするなんて、ましてや一度追われた城に向かうなんて殺されに行くようなものだ…―
「ヨナ…ここは退いて(ひいて)一旦様子を見よう。
いくら何でも俺らの手には負えないよ。ヨナ…」
だがヨナの心は揺らいでいなかった。真っ直ぐ私とハクを見て口を開いたのだ。
私は彼女が揺らがない気がしていた為、きっと蹴散らしに行くなどという提案を自然としてしまったのだろう。
「…ハク、リン。馬の手配出来るかしら?スジン将軍とリ・ハザラを追う!」
「ヨナ!無茶だ、二万の兵だよ!?それに…」
―ヨナが生きてる事が火の部族や王家に伝わったら…!!―
「スジンの行為はこの国を混乱に陥れる。放っておくわけにはいかない…!」
ヨナの決意を感じて私とハクはすぐ馬の手配の為に走り出したのだった。
その頃、緋龍城へ向かっているスジン軍とリ・ハザラの軍はというと歩兵に疲労が見え始めていた。
「逸る気持ちは分かるが、少し急ぎすぎじゃねェのか、スジン将軍よ。」
―もうすぐだ…もうすぐ火の部族積年の想いが…今こそ緋龍城を我が手に取り戻す時、高華国に真の緋龍王の末裔が帰還する時!!―
スジンからは彼の積年の思いが溢れてきている。
「鬱陶しい妄執撒き散らしやがって。通った道から伝わってくらあ。」
リ・ハザラは龍神の伝説を馬鹿馬鹿しいと考えており、数年前にスジンがリ・ハザラに持ちかけた今回の計画の裏に戒帝国の玉座につく自分の姿が見て取れたという。
スジンが高華国の王となりリ・ハザラと同盟を組めばその力で現戒帝国皇帝をツブし、自分が降臨することができる。
そしてそのまま高華国も乗っ取ればいいと考えているのだ。その為にスジンを利用しているに過ぎない。なんと歪んだ関係であろうか。
そんな2人が従えた兵は真っ直ぐ緋龍城へ向かうのだった。
そのような2つの軍を追い掛ける立場である私達は馬を手配し終えていた。4頭の馬に分かれるのだがある疑問が浮かんだ。
「ところで皆馬に乗れるの?ちなみに俺は乗れないからね。
まあ雷獣とリンは大丈夫として、シンアは乗った事ないよね?」
シンアは静かにコクッと頷いた。
「僕は乗れるよ。」
「ゼノは立ったままでも乗れるから。」
「凄っ!」
「私も乗れるぞ。」
「『嘘っ!?』」
キジャの言葉に私とユンは驚いて声を上げる。
「嘘とは失敬な。」
「だってキジャが乗れるなんて意外。」
「私はいつでも主と共に戦えるよう馬は嗜みとして習っていた。」
「そうなんだ。じゃあ後ろに乗せてもらおうかな。」
「ただ里から出た事がないので広い場所で走るのは初めてだ。」
「ジェハー後ろに乗せてー」
『キジャは私の後ろね。』
「…仕方あるまい。」
私とハクは手際よく馬に鞍や荷物を乗せていく。ヨナはそれをただ見守っていた。
「ヨナは乗れないんだ。馬を手配してって言うからてっきり乗れるんだと思った。」
「うん、一度…乗せてもらった事はあるんだけど…」
「ヨナ…本当に行くの?」
彼女が儚く微笑むものだからユンは迷いを振り払って自分の準備を始めた。
「わかった、もう止めない。そのかわり何があっても一緒に行くから。」
ヨナは馬に乗ろうとしてスウォンを思い出してしまっていた。
馬へと伸ばしていた手を引こうとすると、その手はグッとハクに握られた。
そして先に馬に乗っていたハクが軽々とヨナを引き上げ自分の前に抱きかかえる。私は馬を宥めながら2人を見上げた。
「ハク…?」
「あんたは…いえ、あなたはこの国の正統なる王家の血を引く御方。」
『行くんでしょう、姫様?この国を守る為に。』
ヨナは自分がイル王の娘でありこの国を守りたいという想いを再確認して強く頷いた。
私はその強い眼差しに満足すると馬を一撫でして歩き出した。
ヨナとハクが乗る馬をゼノとシンアの馬が追う。
「リンも早く行こう。」
『えぇ。』
ジェハに促され私も馬に乗る。そしてキジャに手を差し出すと彼は微笑んで私の手を握り私の後ろへ飛び乗った。
ジェハとユンの馬が走り出すと一番後ろを私とキジャが追い掛けるのだった。
スジンはというと玉座に緋龍王たる自分が相応しいと考えながら空都に入ろうとしていた。
「歩兵急げ。空都へ入るぞ!」
「ス…スジン将軍!あ、あれを…」
部下が指差す方向を見るとそこには軍を引き連れたスウォンがいたのだった。
「ス…スウォン陛下…」
「王師が…っ」
「くッ…この企て全て読まれていたのか…
狼狽えるな!こうなる事は予測しての連合軍よ。
突撃陣営を組め!火の部族軍右翼に回れ!千州軍は左翼へ!」
軍が動き出すとリ・ハザラがスジンに歩み寄った。
「出鼻を挫かれましたな。」
「ハザラ殿。」
「あちらの若き王は聞いていた話しよりデキる人物のようだ。」
「ふん。確かにあの若僧がここで待ち伏せしているとは計算外でした。
しかし所詮は戦場を知らぬ素人。見たところ空の部族軍(あちら)は一万にも満たぬ兵力。こちらは二万の軍勢。
数の上で劣勢ならば籠城戦に持ち込んだ方が事を有利に運べるものを。
スウォンも我が連合軍がすぐに陣形を組める程緻密な連携が取れているとは思わなかったのでしょう。
容易い!!これだけの戦力差。短期で決着をつける!!」
興奮気味のスジンと反してスウォンは冷静だった。
「ふむ、やはり突撃陣形で来ますか。
ジュド将軍、予定通り火の部族軍騎兵の足止めよろしくお願いします。」
「火の部族の騎兵はこちらの三倍の千五百騎程…と聞いておりますが?」
「苦戦するでしょうね。」
「あのですね…っ」
「負けなければ良いのです。」
「…お任せ下さい。」
スウォンの真剣な眼差しにジュドは静かに了承するほかなかった。
「主の信頼には忠誠をもってお応え…」
「あ、中央歩兵の皆さんも予定通りに…」
ジュドが話しているというのにスウォンは呑気に近くにいた歩兵に指示を出していた。流石にこれにはジュドも怒る。
「まだ話の途中です!」
「え、何ですか?」
「何でもありません!」
―和むなぁ、この2人…―
周囲の歩兵がそんな事を思っているとウォオオオと声が聞こえてきた。
「…そろそろですね。」
「時は来た!!紛い物の王の時代は終わりを告げ我らの始祖緋龍の血を引く真の王があの気高き赤い城へ帰還する!!
共に行こう、緋龍王の子らよ。偽の王を引きずり下ろし偽の民を我らの熱き炎で燃やし尽くせ!!」
スジンの声と共に戦闘は開始。スウォンは少し呆れも見せるような笑みを浮かべた。
「士気は高いな。」
「酔っている火の部族の兵だけですよ。
しかし埃かぶった昔話への執着では民の心は繋ぎ止められません。」
「スウォン陛下、連合軍動きました。」
「では参りましょうか。功を焦って捨て身にならないように。
何しろこの戦は一つ目の小さな山に過ぎないのだから。」
私達が馬を走らせている間に闘いの火蓋は切られたのだった。
『っ…』
「リン?どうしたのだ?」
『…闘いが始まった。』
「何!!?」
『スウォン…』
私の小さな呟きをキジャは聞こえないフリをしてくれる。
代わりに私の腰に後ろから回していた腕に少しだけ力を込める。
『キジャ?』
「苦しかったか?」
『ううん…ありがとう。』
「…うむ。」
彼の無言の優しさに支えられて私は馬を走らせながら小さく息を吐いた。
―私もいい加減覚悟を決めないと…
姫様と進むことを決めた時点でスウォンとは敵対する運命なのだから…
でも…まずは知りたいのよ、スウォン…
あなたがどうしてイル陛下を殺してまで天下を取りヨナを死に追いやろうとしたのか…あなたの目的は何なのか、って…―
これから向かう戦場にいるであろう昔の友を思いながら私は真剣な眼差しを前を走る仲間達の背中に向けた。
その背中を見るだけで安心できるのだから不思議なものだ。
特にジェハはその背中だけで私に愛を語ってくれている気がする。
すると一瞬だけジェハがこちらを振り返った。彼を見つめていた私ははっとして息を呑む。
そんな私を見て彼はクスッと笑うとまた前を向いた。
―ジェハ…それにこんな素敵な心強い仲間がいるんだもの…
何も怖がることなんてない。ただ姫様の信じた道を共に歩み、お支えできれば本望だわ。―
私はニッと笑うと迷いを振り払って戦場へと駆け出した。