主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
火の部族・水の部族
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ヨナは旅の道中、ハクとの鍛錬を行っていた。
木刀のぶつかり合う音が聞こえてくるが、私は彼らが戻って来た時にすぐ食べれるよう食事をの用意をユンと共に行っていた。
「はあっ…く…」
キィンという音がしてヨナの木刀はハクによって弾かれた。
彼女は疲れて地面に膝をついて息を吐く。
「今日はこの辺にしておきましょうか、姫さん。」
「ま…まだまだぁ!!」
ヨナが近くにある木刀を取って再びハクに向かおうとすると彼の拳が優しく頭にぶつかった。
「終わりだっつの。」
彼らが戻って来たのを感じて私は食事の用意を持って仲間のもとへ向かった。
『ユン、ヨナの手当てする用意を持って来て。』
「…また怪我してるの?」
『仕方ないわよ。姫様が本気でやれって言うんだもの。』
「わかったよ。」
私が食事、ユンが薬を持って行くとちょうどヨナとハクが帰って来た。
「ひっ、姫様!!そのお姿は…っ」
「あー、お腹すいちゃった。」
「ユン君ごはんー」
「ちょっと!俺はあんたらのお母さんじゃないよ。」
『今日のご飯係は私ね。』
「わーっ、ごはんー」
私が取り分けているとキジャがハクに喰ってかかる。
その間にハクは既に食べ始めているのだが。
「ハクっ、姫様に何を…っ」
「あ?稽古だよ。知ってるだろ。」
『ほら、キジャ。貴方の分よ。』
「あぁ…それよりハク!姫様がお怪我をされているではないか。そなたまさか…」
「ヨナ、こっち向いて。傷薬塗るから。」
キジャが叫んでいるなか、ユンは気にせずにご飯を食べているヨナの頬に傷薬を塗った。
「娘さん、兄ちゃんの剣受け止めきれずに吹っ飛んだり蹴られそうになったりしてるもんな。」
「蹴…」
「蹴ってねェよ。」
「蹴っていいのに。強くなる為の稽古だもの。本気でやらなきゃ意味ないわ。」
「本気…っ!?そなた本気で姫様に攻撃を…っ」
「キジャ君、ハクが本気で相手したらヨナちゃんは即死だよ。」
「即死…!」
くらっとしたキジャの椀から料理をハクとジャハが狙う。
だが、さっとキジャが身を引いて料理を死守。
まぁ、結局それも彼の肩の上にいたアオに食べられてしまった。
「リンとの稽古で基礎は叩き込んでるはずだ。」
『まぁね。』
「だからこそ俺は実戦。文句ねェだろ。」
「それどころか実に効率的だね。」
ジェハは私の肩を抱き寄せながら微笑む。
『私ではハクほど実戦に向けた稽古は出来ないわ。』
「おや、どうしてだい?」
『私を鍛え上げたのもハクとじいやだもの。』
「あー、なるほど。」
『それよりキジャの料理取るくらいならもう少し料理あげましょうか?まだ残ってるから。』
ハクとジャハは迷わず私に椀を差し出す。
私は笑いながらそれを受け取って自分の前にある鍋から料理をよそった。
「ユンの行き先が決まるまで力つけとこうと思って。」
「ごめん、今検討中。」
私達がそんな話をしている間、ヨナとユンは次の行き先について話し合っていた。
「ジェハに乗って周辺の土地の調査に行ってるところ。」
「僕は馬か。」
『ふふっ』
「目星はつけてるけど少しややこしくてすぐに移動出来ないんだ。」
「じゃあハク師匠(先生)。明日もよろしくね。」
「……了解。その前にリンに相手してもらって下さいね。」
「はい!」
「ハク師匠(先生)とな!?ハク、姫様にもしもの事があったら…」
「うっせ、白蛇。ビワでも食ってろ。」
五月蠅いキジャの口にハクはすかさずビワを突っ込んだ。
―美味…―
「まあまあ、キジャ君。察してあげなよ、ハク師匠(先生)の心境もさ。
愛するヨナちゃんに訓練とはいえ刃を向けなきゃいけな…」
その瞬間、私はハクが大刀をジェハに向けて振り下ろすのを感じてすっと身を避けた。
ジェハは大刀を右脚だけで受け止めてへらっと笑っている。
「よく喋る口だな。引き裂いてやろうか。」
「んー?何か間違った事言ったかな。」
「どうしたの、ケンカ?」
「気にすんな。姫さんは今からそこで素振り百回。」
「えっ、今から!?」
『はぁ…姫様、お相手しますよ。』
「ホントっ!?」
『えぇ。力は入れなくていいので私の急所を狙ってきてください。
ハク師匠(先生)に言われたように百回で私は受け止めるとしましょう。』
「はい!」
木刀を持つとその場で私はヨナの木刀を受け流し始めた。
彼女は私が基礎として教え込んだ急所を狙おうと木刀を振るう。
―前より筋がいい…それに急所の狙い方が的確になってきてる…
ハクの教え方がいいのかしら―
私は微笑みながらヨナの木刀を受けつつ、ハクとジェハの会話を耳にしていた。
「まどろっこしいなぁ、早く伝えればいいのに。」
「てめェが伝えよーとすんな、変態タレ目。」
「“愛する”は認めるんだ。」
「年下おちょくるのはやめてもらえませんかね、お兄さん。」
「素直になりなよー」
「素直とかそーゆー話じゃねーんだよ。色々あんだよ、こっちにも。」
「そんな悠長にしてるとお兄さんが奪ってしまうよ。」
私はその時イラッとして木刀をジェハの顔スレスレに向けて投げてしまった。
「「っ!!」」
ヨナの木刀は躱す為問題はない。
『あら、ごめんなさい。手が滑っちゃった。』
「「リン…」」
私が笑顔で木刀を回収し再びヨナと向き直るとハクとジェハは冷汗を流していた。
「…おい、タレ目。」
「なんだい?」
「リン一筋の癖にそんな冗談言うんじゃねェよ。」
「…」
「リンの為にももっと自分に素直になっていいんじゃないのか、お兄さん。」
「…お互い様でしょ。」
私は彼らの会話に小さく笑みを零しながらヨナの手合せを終えて仲間のもとへ戻るのだった。
夜になるとヨナは天幕の下でユンによって脚にも薬を塗られていた。
「足もすり傷だらけじゃん。」
「あら。」
「あら、じゃないよ。」
「身体中ヒリヒリ痛いからもうマヒしちゃって。」
「か、身体には自分で薬塗ってよね。」
「呼んだ?お兄さんは優しく身体に薬塗るのが大得意で…」
「呼んでねーよ、お兄サマ!!」
『馬鹿…』
ハクはジェハの長い髪を引っ張って連れ去り、私は呆れるだけ。
「リンにでも頼んで下さい。」
『いつでも呼んでくださって構いませんよ。』
「えぇ、ありがとう。」
夜が更けると私はいつものようにジェハと同じ寝床に潜り込んで身を小さくして目を閉じた。
彼はハクに言われた事が気に掛かっているようでずっと私の髪や頬を撫でている。
『…ジェハ?』
「どうしたんだい?」
『ハクに言われた事が気になってるの?』
「…少しだけね。」
『ジェハは十分優しいわよ。でも時々貴方の本心がわからなくなることがあるの。』
「え…」
『いつも笑ってて、他の人の事を気に掛けてるから…』
「それは君もだよ、リン。僕達は似た者同士だから。」
『ふふっ、そうね。だからこそ貴方の隣は気が楽なのかも。』
「そうだと嬉しいね。」
『ねぇ、ジェハ…』
「ん?」
私は彼を見上げて問いかけた。
『私はジェハの癒しになれてる…?』
「っ!」
彼は私の不安気な目を見てはっとすると強く抱き締めて口付けてくれた。
「もちろんだよ…こうやって胸に抱いて眠る事がどれほど僕を支えているか君は知らないんだろう?」
『よかった…私だけ想ってるんだったらジェハにとって重荷になっちゃうもの。』
「それはいらない心配だね。」
私は嬉しくなって彼の胸元に擦り寄ると再び目を閉じた。
―僕が素直にならない事はリンを不安にさせてしまう事にも繋がるんだね…
今の言葉に偽りはないから…だから信じて…―
「僕以外の物にはならないで、リン…」
彼が小さく呟いて私の髪に頬を寄せ眠ったのを見てハクは口角を上げた。
―勝手に素直になりやがって、お兄さんよぉ…―
その晩、浅い眠りの中でハクはある夢を見た。
剣を振るうヨナを見守っているところから夢は始まる。
「なかなかサマになってきたじゃねーか、姫さん。」
「本当?」
「ああ。」
「じゃあスウォンを殺しに行きましょ。」
ヨナの言葉にハクは目を見開き青ざめる。
「早く父上の仇をとりに行きましょ。」
「姫さ…」
その瞬間、ヨナの後ろにスウォンが静かに現れハクを見た途端に剣をヨナに向けて振り上げた。
ハクは声にならない叫び声を上げて目を覚ました。
私は彼が冷汗を流しながらはっと身体を起こしたのを感じて目をそっと開いた。
―ハク…?―
彼はヨナとユンが眠る天幕を少し開けてヨナの頬を撫でる。
―息してる…当たり前だろ―
「そなた、姫様に何を…っ」
キジャが寝言で言った言葉にビクッとしつつハクはキジャの頬を抓る。
「お前の夢ん中で俺は姫さんに何したんだよ。」
「はう~」
「やらしいなぁ、ハクは…ムニャァ…」
「てめェは起きてんだろ、タレ目。」
「イタイ…♡」
『ハク…大丈夫?』
「…あぁ。」
彼はそう言いつつも迷いを吹っ切る為に大刀を持ってどこかへ行ってしまった。
私が眠れずにいるとジェハが苦笑しながら私の顔を覗き込んだ。
「ハクの事が気になる?」
『…いつも独りで抱え込んじゃうんだもん。』
「それは心配を掛けたくないからだよ。」
『私とハクは一緒に育った兄妹みたいなものなのに…そんなに頼りない?』
「ハクは誰よりもリンを信頼して頼ってると思うけどなぁ。」
『…ありがと、ジェハ。』
私は小さく笑みを零すと水を汲んで器に入れてハクが眠るのに使っている木の傍に置いた。
―眠る前に一口飲むだけでも少しは落ち着くでしょ…―
「リン…」
『姫様?どうなさいました?』
「ハクがさっきいた気がしたんだけど…」
『あー…』
「どちらに行ったかわかる?」
『この先を右へ。』
「そう…ちょっと行って来るわ。」
『お気をつけて。』
彼女を見送り私はジェハの隣へ戻る。
「見送って良かったの?」
『うん。この先にはゼノもいるみたいだし、ハクとヨナが話すべき事もあるでしょう。』
「そっか。それならリンはおやすみ。」
『うん…』
彼の手が私の髪を撫で、それに従うように私の瞼も重くなった。
ハクは開けた場所で大刀を大きく振るった。
―姫さんがどう強くなろうともこの先何を目指そうとも、お前に刃を突き立てるのは俺の役目だ、命と引きかえても…―
彼が見ているのは夢に見たスウォン。そのとき彼に柔らかい声が降り注いだ。
「あんまり思いつめんなよ。命縮めんぞ、兄ちゃん。」
それは岩の上に座り月を背後に背負ったゼノだった。
「起きてたのか。」
「うん、いい月夜だから。でもこの涼やかな空気に兄ちゃんの殺気は痛すぎる。」
「そりゃ悪かったな。」
「兄ちゃん、命懸けようなんて思うな。兄ちゃんは少し死の臭いがする。」
「…お前が俺に死の宣告か?」
「悪ィ悪ィ、びびらすつもりはないから。ただちょっと危なっかしいから気になるんだ。」
「お前ら四龍も人の事言えんのか?
白蛇なんて姫様の為に命をも捨てる覚悟ーとか思ってんぞ。」
「ああ、四龍はいーの。死んでもまた生まれるから。龍は死んでも代わりがいる。
でも兄ちゃんには代わりはいないから大事にしなきゃ。」
「…お前らにだって代わりはいねーよ。」
ハクの真剣な目と言葉にゼノは嬉しそうに無邪気に笑った。
「みんなを代表してありがとーっす。」
「お前が四龍で一番よくわかんねーけどな。」
「見たまんまだよ、俺は。
俺は四龍で落ちこぼれだけど、でもみんないるから兄ちゃんはちっと肩の力抜いとけ。特にお嬢が不安がってるよ。」
「お嬢…リンの事か?」
「お嬢はずっと兄ちゃんと育ったから、小さな変化にも気付くんだ。
でも兄ちゃんは一人で抱え込んでる。
娘さんもだけど、お嬢はそういうのに人一倍敏感だから。」
「…知ってる。」
「お嬢にくらいは甘えてやってもいいんじゃない?」
「…あぁ。」
「あっ、ほら娘さんが来たよ。」
「どこに行ったのかと思った。」
「夜の散歩だから。じゃ、ゼノはもう寝るからー」
そう言ってゼノが立ち去った為、その場にはヨナとハクだけが残された。
「…何か用でしたか?」
「あ…うん、えっと…はい。」
ヨナが差し出したのはビワだった。
「内緒ね。ユンの果実酒用だから。」
「すぐバレっぞ。」
「さっき起きて出てった時、顔色悪かったから。」
―待て、いつ起きたんだよ…―
「甘いもの食べて。元気になるかもでしょ。」
「どーも。」
するとヨナは優しく言葉を紡いだ。
「ねぇ、ハク。ハクはもっと好きなことやっていいのよ。」
「え…?」
「私が剣の稽古とか命じてハクやリンを縛ってしまっているけど…
私のことばかりでハクを苦しめてはいない?
ハクがやりたい事があれば尊重したい。」
「別に…」
「大丈夫。剣の稽古だってリンやシンアがいるし。」
「…確かにあんたのことばっかで苦しいな。」
ハクはヨナの口からシンアの名が出た事に小さな嫉妬を抱いた。
剣の稽古に前向きでなくとも、その時間だけはハクが彼女と2人でいられる貴重な時間だから。
ハクの言葉にショックを受けているヨナをすっと彼は腕を掴んで自分に引き寄せた。
「それなら…」
ヨナの右目上の額にハクは口付けて静かに離れて行く。
「……お言葉に甘えて好きなことさせてもらいました。
お気遣いありがとーございます。おやすみなさい。」
ハクはビワを齧りながら私達のもとへと帰り始めるが、残されたヨナは口付けられた額を押さえて頬を染めるのだった。
「……………え?」
戻って来たハクは自分が寝ていた木の横にある飲み水を見つけて目を丸くしていた。
「…リン?」
根拠もなくそれを用意したのが私だと思ったハクはふっと笑うと水を一気に飲んで気持ちをすっきりさせると木にもたれて目を閉じた。
翌日、ユンが私達を呼んだ。
私はジェハが横になっているハンモックに共に寝転んで並んでそれぞれ本を読んでいた。
「突然ですが、これからの目的地を発表いたします。
俺はちょっと戒帝国へ行ってみようと思います。」
「ユン、本気?敵国じゃない。」
「慎重なそなたらしくもない。なぜ戒になど…」
「俺は慎重だけど戒帝国に対する興味は人一倍だよ。
でもこれは単なる興味で言ってるんじゃない。」
ジェハは本を持ったままユンの方へ目をやり、私は身を少し起こしてジェハの胸に手を乗せてそこに顎を乗せて彼に甘えるような格好でユンの話を聞いていた。
「火の土地よりも寒い北の大地で戒帝国の人がどんな生活をしているのか気になるんだ。
もしかしたらそこで火の土地でも育つ作物が見つかるかもしれない。」
「しかし、姫様に危険はないのか?」
「うん、少し迷ってはいたんだ。ただでさえ俺ら目立つし。
だからヨナと雷獣とリンはイクスの所で待っててもいいよ。
ジェハがいてあとはシンアかキジャが来てくれれば。」
「まさか。高華国の為に行くのでしょう?ユンが決めたのなら私は行くわ。」
「そう言うと思った。じゃあ行こうか、戒帝国へ。」
ユンの指示に従って私達は荷物をまとめると身体の大きなハクとジェハが背負った。
そしてユンとジェハの案内である吊り橋まで来た。
「この橋を渡った山の向こうが戒帝国だよ。」
「しかしボロい吊り橋だな。」
「この辺を飛び回ってた時に見つけたんだ。」
『山の向こうまで高華国の領土だった時代に商人や旅人が通った吊り橋かしら。』
「長い間使われてないだろうから足元気をつけて。」
そう言った矢先足を滑らせてヨナがふらつき、ハクが抱き止めた。
「なーに渡る前からふらついてるんすか。」
「…大丈夫よ。」
ヨナはすすっと照れた様子でハクから離れる。
ハクには身の覚えがないようだが、口付けられたあの時からヨナは少しハクを意識するようになっているようだった。
『板が腐ってる…』
「リン、気を付けるんだよ?」
『うん。』
先頭から私、キジャ、ジェハ、ヨナ、ハク、ユン、シンア、ゼノの順で渡って行くことになった。
私なら体重も男ほど重くない為きちんと板を選んで渡れば問題ないだろうと考慮したうえで、何かあれば戦える人材として選出された。
「今にも外れそうだな…」
「ヨナちゃんやユン君、リンなら…」
後ろから続くキジャがそう呟きジェハが何かを言おうとした瞬間、キジャが踏んだ板が抜け落ちた。
「のお――――ッ」
「キジャ!!」
私は大きく揺れる橋の上で身を伏せて縄を掴み、キジャの後ろにいたジェハは左腕でキジャを抱きかかえ橋に俯せるようになりながら右手で縄を掴んでいた。
キジャは両腕を縄に引っかけているものの恐怖から目を見開いたままだ。
「……ヨナちゃんやユン君、リンなら落ちても助けに行くけど、他の男共は自力で何とかしなさいね…って言おうとした矢先にこれだもんなあ。助けちゃったよ。」
「キジャ大丈夫!?」
「はい…これまでの人生が走馬灯のように目の前を過ぎてゆくという大変貴重な体験でした…主に婆ばかりの人生でした…」
「そんな面白い瞬間を後ろ姿でしか拝見出来なかった事が悔やまれる。」
「そこの暗黒龍は橋を渡ったら首を洗って待っておれ。」
「こんな事もあろうかと大きめの板を持ってきた。前に回すから踏み抜いたとこに置いて。」
「さすがユン!」
「ん?前と言えば…」
「リン、無事かい!?」
私は橋の上で身を小さくしたまま震えていた。
「リン…?」
『もう…キジャの馬鹿!!!』
この時、まだ私だけが吊り橋の上にいて他の皆は地上にいたのだ。
大きく揺れる古い吊り橋の恐怖を感じたのは私だけ。
『吊り橋が大きく揺れるから私まで落ちるかと思ったじゃない!!』
「す、すまぬ…」
「リン、大丈夫?立てる?」
『うん…ふぅ…よし。』
キジャに手を引かれて立ち上がると息を吐いてユンから受け取った板を手に少しずつ板の強度を確認しながら進んだ。
「ユン、他に行き道はないのか?」
「あるけど…平地の国境で俺らは目立ちすぎるよ。」
「国境を警備する火の部族の兵や戒帝国の兵がいるものね。」
「…それが今はあまりいないみたいなんだ。」
『え?』
「ジェハと前偵察に行ったんだけどさ、警備の兵があまりいなくて。」
「それは…逆に不気味だな。」
ハクはそう言いながら目の前のヨナの頭を押さえてちゃんと前を向けさせる。
「姫さんはちゃんと足元見て。」
「うっ…」
「武装兵がたくさんいるのが当然だと思ってたから違和感でさ。
それでも兵に出くわす可能性は高いからこっちの道を選んだの。」
「こちらは命を落とす可能性があるのでは…?」
『キジャが気をつけて歩けばいいの。』
「う、うむ…」
「戒帝国って広大な領地と高い軍事力を持った大国という印象が強いけど、私詳しい事は何も知らないわ…」
「俺も行かなきゃ分からない事は多いよ。
とりあえず知ってる事は道すがら話すから。リンも知ってる事は教えて。」
『お役に立てればいいのですが。』
私達は開けた場所を見つけるとそこで野宿する事に決めた。
皆で料理の準備をし、火を囲みながら戒帝国について話し始めた。
「戒帝国は昔を違って現在その力は翳りつつあるんだ。」
『かつては広大な領土を誇った戒帝国も今は南北に分かれ、北戒はさらに北方の遊牧民族の度重なる攻撃を受けています。
帝国軍はいくつかの地域を守るので精一杯です。』
「かわりに北戒の各地では豪族が力を持ち根を張り実質的に支配している。全体的に帝国と呼べる状態じゃないよ。」
「南は?」
『南は貴族や官僚、商人が多く移り住んで来ていて北に比べれば気候も安定してるし豊かと言えるでしょう。』
「南は皇帝の従兄弟がかりそめの玉座に座っているらしい。」
「皇帝の力が無くなり周りの豪族が力をつける、この国のイル王と各部族にも似てるなァ。」
ゼノの言葉に私、ヨナ、ハクは何も言わなかった。
だが、キジャがゼノの口を塞ぎジェハが苦笑していた。
「ちょっと黙っとこうね、ゼノ君。」
―確かに少し似ている…
あの時、スウォンはユホン叔父上を殺された復讐と言っていたけれど、父上が争いを避けるあまり他部族や他国の言いなりになっていたというのは私も聞いている…
スウォンはこの国が弱くなるのを食い止めたかった…?―
ヨナはそんな事をふと考えていた。私もそれを考えた事がないわけではない。
だが、スウォンの目的がはっきりわからない今対処も出来ない。
そして国の為とはいえイル陛下を殺したスウォンのやり方が正しいとも思えないのだ。
「んで、これから俺らが行くのは千州という地域だよ。」
『千州…遊牧民族の攻撃も届かず権力の中心からも外れて、独自に着々と力をつけている豪族リ・ハザラが支配する地域ね。』
「そのとおり。」
「危険はないのか?」
「まずはどこか小さな農村に行くつもりだから大人しくしてれば大丈夫だと思う、大人しくしてれば。大人しくしてれば。」
「3回言ったぞ。」
「大事な事だからね。」
その夜、私達はユンの指示で大きな天幕を張った。
「キジャ、そっち引っ張って。」
「うむ。」
『うわぁ…』
「よし、天幕完成。」
「すごい、いつの間に作ったの?」
「山で寒さと雨露凌ぐのにやっぱいるでしょ。」
「良かった、いつも私達だけ天幕だったから皆の分もあればなって思ってたの。」
「人数多いからねーようやく広い布手に入ったからこれでキジャも安心して眠れるよ、虫に怯えずに。」
「感謝するユン…!!そなたは天才だっ」
「じゃあユン、寝ましょ。」
「あ、今日は俺こっちの天幕で寝るから。ヨナは雷獣とそっちの天幕で寝て。」
ユンの言葉にヨナが硬直する。
「えっ、ど…どうして…?」
「熊が出るかもしれないから。もし襲われたら俺とヨナじゃ立ち向かえないもん。」
『私よりもハクの方が強いし、彼なら虎が来ても倒せるでしょ。』
「そ、それならキジャとか。」
「わ私が姫様とですか!?そそそそそんなおそれおおいわたわしなどはそとでみはりを…っっ」
「ヨナ、キジャをゆっくり休ませてあげて…」
「じゃあ僕が♡」
「ゼノもゼノもー」
「黄色は戦力外で危険。緑は色んな意味で危険!!」
「じゃあシンア…」
「何か…俺と一緒で嫌な事でも?」
『ハハハハハッ。訊きたくもなるわよね、ハク。』
「…笑い過ぎだ。」
ハクに小突かれながらも私はクスクス笑う。
『姫様に何かしたんでしょ?』
「…好きにしろって言われたから少しな。」
『ふぅ~ん。』
「…なんだよ。」
『何でもないよ?』
「…最近タレ目野郎に似てきたか。」
『そう?』
「どうしたの、ヨナちゃん。前はハクがいいの、とか言ってたじゃない。ハクとケンカでもした?」
「ううん、違うの。そうじゃないけど…ハク、変なことするんだもの…」
―変なこと…!?―
ジェハはもんもんと変なこととは何か想像しつつもそれを表情に出さずに問う。
「……ふーん…変なことって?」
「………何でもない。」
―えー何それ…めっちゃ気になる!!―
照れたヨナの顔にジェハの想像が広がっていく。
彼女は立ち去り、ハクは私の横を通り過ぎて天幕に入った。
「リン、ヨナちゃんの言葉聞いた?」
『聞いた。』
「気になる…」
どこまでも想像を広げそうなジェハの頭を軽く叩いて私は溜息を吐いた。
ヨナがそーっと天幕を開けるとハクがでーんと横になっていた。
「やー天幕って中々快適っすね。白蛇じゃねーけど虫いないし。何より寝転がれるのがいい。」
「…ハク、私の寝る場所がないわ。」
するとハクは身体を起こし色っぽくヨナを見つめるとすっと身体を寄せた。
「姫さん…」
「ハ、ハク…ちょ…」
だがハクが手を伸ばした先は天幕だった。
そこを開くとジェハがいた為、ハクはぺいっとジェハを投げ捨てた。
「ユン、こいつ縛っとけ。」
「うんとキツくしていいよ♡」
「えー、なんかヤダ。」
『はぁ…私が面倒みるわ…』
「リンが俺を縛る縄になってくれるのかい?」
『何言ってるの…』
「変態…」
『ほら、折角ユンが作ってくれたんだし大人しく天幕に入りなさい。』
「は~い♡」
キジャ、ジェハ、私、ユン、ゼノ、シンアの順に横になると私達は身を寄せ合って目を閉じた。
ジェハの腕が私のお腹の前で組まれていて背中には彼の胸板が当たる。
肩口に彼が額を当てている気がして私は静かに問うた。
『…どうかした?』
「ううん…こうしてると落ち着くだけ。」
『そう。』
すると寝ぼけているらしいユンが私に向けて手を伸ばしていた。
『ユン?』
「ぅん…」
私とジェハはクスッと笑う。キジャ、シンア、ゼノはもう夢の中。
私はユンをそっと抱き寄せた。すると私の甘い香りに包まれてユンの表情が厳しいものから柔らかいものに変わった。
「君の胸に抱かれるなんて羨ましいね。」
『ちょっとは大目に見てあげて。』
「明日は僕を抱いて寝てくれるかい?」
『いつもそうじゃないの。』
「いつもは僕が君を抱いてるだろ?」
『あー、そういうことね。』
そうしてジェハは幸せそうに微笑むと私の頬に口付けを落として目を閉じた。
その頃、ジェハを追い出したハクはヨナに告げていた。
「姫さん、俺は今日は外で寝るから何かあったら呼んで下さい。」
「えっ…あっ、ハク…っ!待って、今日はここで寝なさいっ
だってハク、いつもゴツゴツした場所に座って寝てて首とか腰とか肩とか痛そうなんだもの。」
「ご命令とあらばそうしますけど姫さんはいいんですか?」
するとヨナが頬を染めた為、ハクは昨晩自分がやった事が原因だと判断した。
「…昨夜は姫さんが好きなことしていいっつったからしたんですけど?」
「…ハクが意地悪なのは知ってるけど、ああいう冗談はびっくりするからもうしないで。」
―冗談……ねー…?自信ねーけど…―
「……わかりました、もうしません。」
「良かった。じゃあもう寝ましょ。」
ヨナの一瞬にして明るくなった表情に苛立ちを覚えたのはハクの方。
―あからさまにホッとしてんじゃね―――よ…今すぐ押し倒したろか…―
「おやすみなさい。」
「…なさい。」
2人は並んで横になると大きな布を掛けて目を閉じた。
腕に頭を預けて身体を横にしたハクの胸元に小柄なヨナはすっぽり収まるようにして向かい合って寝ていたものの、途中でヨナは目を覚ました。
―あら…今日はなんか変なの…
いつもユンが隣に寝てるからハクが急に大きく見える。
ハクってこんな顔してたのね…ずっと昔から知ってるのに変なの…―
ヨナはそっと手を伸ばしてハクの口元に触れた。すると彼は片目だけ開いて言う。
「…あんまりふざけた事してると襲いますよ。」
驚いたヨナは身体をビクッとさせながら身体を反転させてハクに背中を向けた。
「…ハク熊だ。」
「誰が熊だ。」
―今日は変なの…いつもより少し緊張するわ。―
翌朝、誰よりも自分の状況に驚いていたのはユンだったが私の香りに包まれてほっとしている自分がいるのも事実だった。
―なっ…どうして俺リンに抱かれてるの…!?
でも…やっぱりリンの傍って安心する…―
彼は無意識に私の背中へ手を回していた。その行動に私はうっすらと目を覚ます。
『ぅん…?』
「あ…」
『おはよう、ユン。』
「えっと…」
『ユンね、昨晩魘されてたの。それで勝手に抱き締めちゃったのよ、ごめんね。』
「ううん…ありがと。」
「自分から抱き着いてくるなんてユン君も隅に置けないね。」
「ジェ、ジェハ!」
『ふふっ。でも皆で身を寄せ合って寝た方が狭くなくていいじゃない?』
「そうだね。」
『それじゃそろそろ皆を起こしましょうか。』
そうして新しい一日がまた始まる。
数日歩いて私達は戒帝国の村近くへやってきた。
村を遠目に見ているとシンアが道端に倒れている女性を見つけた。
「小さな集落があるわね。」
「ヨナ…人が倒れてる。」
「えっ、大変!」
危険な可能性もある為、ハクが倒れた女性を抱き起こした。
「おいあんた、大丈夫か?」
「ん…えっやだ!誰!?超イイ男!!」
「…元気そうだな。」
目を覚ました女性の元気そうな様子にハクの方がタジタジだ。
「大丈夫?」
「気分が優れぬのか?」
「娘さん、ビワ食べる?」
『熱はないみたいだけど…』
「美しいお嬢さん、僕が抱いて運んであげよう。」
「何この連中、美形だらけ。でも変!!」
―しまった、まずは少人数で偵察に行く予定だったのに…―
苦笑するユンの隣で私達は揃って女性の顔を覗き込んでしまったのだ。
「えーっと俺達は…」
「わかった、旅芸人ね!」
「違…」
「そうそう!それだ!旅芸人☆」
私は咄嗟にキジャの口を塞ぎ、ユンは笑顔で答える。
私とユンの笑顔にキジャは怪訝そう。
「誰が芸人だ。」
『それ以外にこの珍獣達を説明する術がないでしょ。』
「気分が悪いなら薬あるよ。」
「大丈夫、朝から力仕事ばかりで少し立ちくらみしただけだから。」
「力仕事?君みたいなか弱い女の子が…」
「若い男は殆ど兵役に就くため千の都に行ってるのよ。」
『…どこも同じなのね。』
「うん。」
私がユンにそっと言うと彼は小さく頷いた。
「でもたまにやって来る旅の人がこんなにイイ男なんて田舎も捨てたもんじゃないわー」
―しかし明るい…―
その明るさには私やユンも驚くばかり。
「ねぇ、旅芸人さん。ウチの村に寄ってって。今夜は特別な日なの。」
「特別?」
「今夜は千里村で火鎮の祭が行われるのよ。」
彼女に案内されて私達は村に足を踏み入れた。
出迎えてくれるのは若い女性が多い。
「アロ!誰、その人達?」
「いい男じゃない~」
「でっしょー旅芸人なんだって。
この人が倒れてた私を抱き起こしてくれたの♡」
「キャー、なにそれ。ずるーい。」
アロと呼ばれた女性はハクの腕にしがみついている。
キジャ、シンア、ジェハ、ゼノも女性達に囲まれてしまって、私、ヨナ、ユンは蚊帳の外。
「どこから来たの?」
「秘密♡」
「こんなに肌が綺麗な男(ひと)見た事ない。」
「いいじゃない、顔見せてよー」
「可愛いわねーっ」
「娘さんのが可愛いから。」
「なんか…元気だね、この土地の人…」
「うん…」
『…面白くない。』
私の視線の先には女性に囲まれて笑みを振り撒くジェハの姿。
「「リン…」」
ヨナとユンは私の不貞腐れた表情にクスッと笑みを零すのだった。
ユンは村の様子を見る為にひとり別行動を取り始めた。
私はヨナを一人にするわけにいかず、彼女と共に待機。
―その昔高華国領土の火の部族の一部だった場所だから住居なんかは火の土地の名残があるな。
それにしても火の土地と同じ…いや、それ以上に厳しい気候のはずなのに村は整備されてるし家畜もいるし…
生活は豊かとは言えないけど火の土地ほど悪くはなさそう。一体何が違うんだろう。―
ユンは土を手にしてからまた歩き出す。
―土は…そんなに火の土地と変わらない…
溜池だ…水を山から運んでここに溜めているのか。ここでも水はとても貴重だ…―
そのときユンは大きな籠を見つけて中を覗き込んだ。
そこには小麦やヒエにも似た穀物があった。
「泥棒ッ」
突然叫ばれてユンは身体を震わせる。振り返ると男性が恐ろしい形相で立っていた。
「わしらのイザの実を盗みに来たのか!?」
「えっ、違う!違うよ。俺は村の女の人に連れて来られて…
あのっ、旅芸人で祭があるからって。」
「旅芸人?旅芸人ってェと踊り子さんか!?」
「え…」
「踊り子さんなのか!?」
「あっ、うー…うん、そだね。」
「そうか…踊り子さんなら仕方ねェな…」
―何が仕方ないんだ…?―
「ねぇ、これイザの実って言ったよね。ヒエ…にも似てるけどどんな作物?」
「何?お前イザを知らんのか?どこのモンだ?」
「いやぁ俺踊ってばっかいたから物を知らなくて。」
「…そうか、踊ってたんなら仕方ねェな。」
―好きなのか、踊り子さん…―
すると男性は丁寧にイザについて説明してくれた。
「これはここが高華国領土から戒帝国領土になった頃、さらに北から渡って来た作物だ。
実を砕いて粉にし、水や牛の乳を加え団子にしたり焼いたりして食う。」
「北から渡って来たって事は寒さや乾燥にも強いの?」
「ああ。イネほど水を必要としないし保存もきく。」
「保存…」
「この籠には10年前のイザの実が入っているがまだ十分食えるぞ。」
「へぇ…」
―イザの実…寒さと間奏に強い作物…これが火の土地にあれば…―
「やんねェよ。」
「え?」
「イザはやんねェよ。」
「な…なんで…つーかまだ何も言ってないじゃん。」
「なーにすっとぼけてんだ。物欲しそーな顔しやがって、余所者が!
わしらがこの村でどんだけ苦労してイザの実を育てこの土地を守り続けて来たと思ってるんだ!!
それを余所からやって来た芸人風情にホイホイとやれっか。
踊り子さんは可愛いが、この村は決して豊かじゃねーんだ!
10万ギンあれば一袋くれてやらんでもないが。」
「10万…!?そんなお金持ってない…」
―つか、こっちの通貨持ってない…―
簡単にはいかないとユンが諦めかけていたところ、男性がある事を教えてくれた。
「まあ、あげられねェが味見はしてもいいぞ。」
「えっ」
「今夜の火鎮の祭でイザの実で作った団子汁を振る舞うんだ。食っていけよ。」
「おじいさんっ♡♡」
「そのかわり条件がある。」
その後、ユンは男性に連れられてある衣装に着替えさせられ条件を告げられたのだった。
同じ頃、私はヨナの座る近くの木の枝に座って木陰から村を眺めていた。
「ああ、どんな所かと思ったけど最高じゃないか、戒帝国♡」
「楽しんでるのはそなただけのような気がするがな…」
疲れた様子のキジャと、仮面を取られてビックリし小さくなっているシンアとは違ってジェハは楽しそうに笑っていた。
「ウブだなぁ。せっかく女の子が好意的なのだから楽しみたまえよ。」
「…いや……里にいた頃、婆が見合い相手を山程連れて来てそのうち何人かが私をめぐって刃傷沙汰。
時には私の寝所に裸で突撃するという強者も現れ、それ以来積極的な女はちょっと…」
「俄然興味が湧いてきたよ、白龍の里。」
そのときジェハは大人しく頬杖をついているヨナに気付いた。
「どうしたの、ヨナちゃん。大人しいね。」
「ハクって意外とモテるのね。」
彼女の視線の先を辿ると女性に囲まれるハクがいた。
「なあに武器屋探してるの?ここにはないけどぉ♡」
「明日大きな町に一緒に行ってあげる♡」
「いや、ならいーわ。」
「…意外とも何もハクはモテるだろ。」
「そうなの?」
「美しい僕から見てもハクはイイと思うな。僕が女なら絶対突撃するね。」
「突撃はよせ…」
キジャがボソッと呟いた。ヨナは城にいた頃の事を思い出していた。
「そういえば城にいた頃、女官達がキャーキャー言ってたような気がする。」
「妬いてるの?」
「え?」
「ヤキモチなのかなって。」
「ううん。」
―即答だよ、ハクっっ!!―
ヨナが迷いもなくヤキモチではないと認めてしまった事にジェハはハクに同情の念を抱く。
―でもそういうのが目に入るって事は少しはハクを気にし始めたって事かな…?―
そのときヨナがジェハに向けて言った言葉に彼は背筋を伸ばす事になる。
「モテると言えば…リンは求婚された事もあるのよ。」
「…え?」
「城…というより高華国一の美女って呼ばれるリンだもの。
城を歩けば兵達が頬を染めて、少しでも階級のある者は求婚してくる者もいたわ。
でもリンはいつも素っ気なくあしらってたけど。」
「へぇ…」
「心配になった?」
「…リンがモテるのは当然だけどね。
あれだけ美人で優しくて強い女性はなかなかいないから。」
「それなら大切にしてあげないと拗ねちゃうわよ?」
「どういう意味だい…?」
「リンだってまだ18歳の女の子って事。」
『…姫様、それくらいになさいませ。』
「ふふっ、だってヤキモチ妬いてるからそんな所にいるんでしょ?」
『…ここからなら村を一望出来るので異変にすぐ気付けるんですよ。
男共がへらへらとして危機感が無いので、私が代わりに周囲を警戒しているだけの事です。』
「またそうやって強がっちゃって。」
「リン…」
ジェハは地面を蹴ると私が座る枝に飛び乗った。
「こっち向いてくれないのかい?」
『ちやほやしてくれる女性がたくさんいるでしょ。』
私の言葉にジェハは苦笑しながら私を抱き寄せる。
「僕のお姫様はどうやったら機嫌を直してくれるのかな?」
『…このままでいて。』
「仰せの儘に。」
彼は私を抱き締めたまま幹に背中を預けて座り私を膝に乗せた。
そして髪を撫でてくれる。暫くそうしていると私は足音としゃらしゃらと何かがぶつかり合う音を聞き取った。
『ん?』
「どうしたの?」
『誰かこっちに来てるんだけど…』
「降りてみようか。」
『うん。』
ジェハに抱かれて木から舞い降りるとそこに走って来たのは薄紫の服を纏ったユンだった。
「ヨナーっ」
『ユン!?』
「可愛いっ!どうしたの、その衣装。」
「どうもこうもないよ、助けて!この村でいい感じの作物イザの実ってのを見つけたんだけど…」
「さすがユン、仕事が早いわ。」
「イザの実を管理してる(?)おじいさんが実はあげられないけど…
俺がこの服着て今夜の祭で踊り子やったらイザ料理を食べさせてくれるって。」
その衣装は男性の亡くなった奥さんの花嫁衣装だという。
「踊り子?ステキじゃない。私も見たい♡」
「俺、踊りなんてわかんないよ。
花嫁衣装着て晩酌とかちやほやするとかなら別にいいんだけどさ。
でもイザ料理は食べてみたいんだよね。んで使えそうなら千州の村々を訪ねて分けてもらう~」
するとユンはヨナの肩に手を乗せた。
「ヨナ、確か舞や琴は得意って言ってたよね?」
「ん?得意なんて言ってないわ、少し出来るってくらいで…」
「出来るんだよね!?」
「だってそのおじ様はユンの踊りが見たいんでしょう?ユンの可愛い姿じゃないと意味な…」
「ヨナの方が可愛いよ!!あ…いや違…そーゆー話じゃなくてー
とにかくお願いっ!ヨナ踊って!!踊り方がわかれば俺もやるよ?
屈辱だけど知らないんだ~っ」
「んー…リンも踊れるわよね?」
『え、まぁ…嗜む程度には。』
「ホントっ!?」
『しかし姫様に頼んでいるのですから。』
「へぇ、姫さんが踊るのか。やめた方がいいんじゃないですか?あのヨタヨタヒヨコ踊り。」
するとヨナがハクの言葉に怒りを覚えて拳を握った。
ハクは私の隣でクスクス笑っている。
「やるわ。」
「ありがとう、ヨナっ!俺次はきっと踊り覚えるからっ」
その後、ユンは男性にその事を告げに行った。
するともう一人美人の踊り子がいるなら許すと言われ結局私も踊る事になってしまった。
『私も踊るんですか…?』
「いいじゃねェか。リンの場合、剣を持って戦うだけでも舞姫って言われるくらいなんだから。」
『はぁ…』
男性のもとに顔を出すと彼は私を気に入ってくれたらしく許可が出た。
「でも一度も練習してないわよ…?」
『大丈夫ですよ、姫様。私はずっと姫様の練習を見て共に舞を身に着けたのです。
姫様の動きに合わせてみせますよ。』
「心強いわ。」
空が赤く染まり始めると祭の準備が進み、またしてもジェハは女性に囲まれていた。
『何をしているんだか…』
「本当にな。いいのか?」
『もう諦めたわ。ヤキモチ妬くのも疲れるもの。』
「ハハハハッ」
「人が集まって来たわね。余所者の私達が舞なんてして良いのかしら。」
「今夜はお祭だから盛り上がればそれでいいって女の人達が言ってたよ。」
「火鎮の祭ってどんなお祭なの?」
「ここは昔ジュナム王時代高華国と戒帝国が領土を争い戦場となった村なんだ。
戦火の炎は村を巻き込み、たくさんの家が焼かれ人が亡くなったんだって。
今は小さな村だけど昔はもっと大きな村だったっておじいさんが言ってた。
この祭はそこで亡くなった人の魂と戦火の炎とそして火の部族の怒りを鎮めるという意味があるんだって。」
『火の部族の…?』
「うん。火の部族は土地を奪われたからね。
この土地の人は再び争いが怒るのを恐れてるんだ。」
「そう…じゃあますますちゃんと踊らなきゃじゃない?」
『大丈夫ですよ。村の人達は明るく騒いで福を呼び込む祭にしたいらしいですから。』
「姫さんのヒヨコ踊りは笑いで盛り上がること間違いなしです。」
「ハク!お前は知らないだろうけど私だって練習したのよ、スウォンに見せる為…」
ヨナの言葉に私もハクも何も言わなかった。
その静寂の中、ユンがヨナの髪飾りを見つけた。それは誕生日にスウォンが贈った物だった。
「こんなの持ってたの。すごいキレイ…舞う時挿すといいよ。」
それを奪うようにヨナはユンの手から取り隠した。
「…ヨナ?」
「あっ…こ、これは…」
「…大丈夫ですよ。怯えなくてもそれをどうしようとあんたの勝手だ。」
『ユン…ヨナをお願い。』
「え、うん…」
ヨナに背中を向けて歩き出したハクを私は静かに追いかけた。
「…知ってるよ。」
『ハク?』
「スウォンに見せようと城にいた頃ずっと琴や舞の練習してた事も、あの簪を捨てられないでいる事も、まだあいつを…」
私は哀しくなって家屋の陰でハクの頭を自分の肩口へ抱き寄せた。
「リン…」
『私も知ってるよ…ハクが誰よりも強く姫様を想い、誰よりも優しくって傷つきやすい事…』
「…そんなに弱くねェよ。」
そう言いながらも彼は固く握った拳を私が背中を預けた家屋の壁にぶつけていたのだった。
木刀のぶつかり合う音が聞こえてくるが、私は彼らが戻って来た時にすぐ食べれるよう食事をの用意をユンと共に行っていた。
「はあっ…く…」
キィンという音がしてヨナの木刀はハクによって弾かれた。
彼女は疲れて地面に膝をついて息を吐く。
「今日はこの辺にしておきましょうか、姫さん。」
「ま…まだまだぁ!!」
ヨナが近くにある木刀を取って再びハクに向かおうとすると彼の拳が優しく頭にぶつかった。
「終わりだっつの。」
彼らが戻って来たのを感じて私は食事の用意を持って仲間のもとへ向かった。
『ユン、ヨナの手当てする用意を持って来て。』
「…また怪我してるの?」
『仕方ないわよ。姫様が本気でやれって言うんだもの。』
「わかったよ。」
私が食事、ユンが薬を持って行くとちょうどヨナとハクが帰って来た。
「ひっ、姫様!!そのお姿は…っ」
「あー、お腹すいちゃった。」
「ユン君ごはんー」
「ちょっと!俺はあんたらのお母さんじゃないよ。」
『今日のご飯係は私ね。』
「わーっ、ごはんー」
私が取り分けているとキジャがハクに喰ってかかる。
その間にハクは既に食べ始めているのだが。
「ハクっ、姫様に何を…っ」
「あ?稽古だよ。知ってるだろ。」
『ほら、キジャ。貴方の分よ。』
「あぁ…それよりハク!姫様がお怪我をされているではないか。そなたまさか…」
「ヨナ、こっち向いて。傷薬塗るから。」
キジャが叫んでいるなか、ユンは気にせずにご飯を食べているヨナの頬に傷薬を塗った。
「娘さん、兄ちゃんの剣受け止めきれずに吹っ飛んだり蹴られそうになったりしてるもんな。」
「蹴…」
「蹴ってねェよ。」
「蹴っていいのに。強くなる為の稽古だもの。本気でやらなきゃ意味ないわ。」
「本気…っ!?そなた本気で姫様に攻撃を…っ」
「キジャ君、ハクが本気で相手したらヨナちゃんは即死だよ。」
「即死…!」
くらっとしたキジャの椀から料理をハクとジャハが狙う。
だが、さっとキジャが身を引いて料理を死守。
まぁ、結局それも彼の肩の上にいたアオに食べられてしまった。
「リンとの稽古で基礎は叩き込んでるはずだ。」
『まぁね。』
「だからこそ俺は実戦。文句ねェだろ。」
「それどころか実に効率的だね。」
ジェハは私の肩を抱き寄せながら微笑む。
『私ではハクほど実戦に向けた稽古は出来ないわ。』
「おや、どうしてだい?」
『私を鍛え上げたのもハクとじいやだもの。』
「あー、なるほど。」
『それよりキジャの料理取るくらいならもう少し料理あげましょうか?まだ残ってるから。』
ハクとジャハは迷わず私に椀を差し出す。
私は笑いながらそれを受け取って自分の前にある鍋から料理をよそった。
「ユンの行き先が決まるまで力つけとこうと思って。」
「ごめん、今検討中。」
私達がそんな話をしている間、ヨナとユンは次の行き先について話し合っていた。
「ジェハに乗って周辺の土地の調査に行ってるところ。」
「僕は馬か。」
『ふふっ』
「目星はつけてるけど少しややこしくてすぐに移動出来ないんだ。」
「じゃあハク師匠(先生)。明日もよろしくね。」
「……了解。その前にリンに相手してもらって下さいね。」
「はい!」
「ハク師匠(先生)とな!?ハク、姫様にもしもの事があったら…」
「うっせ、白蛇。ビワでも食ってろ。」
五月蠅いキジャの口にハクはすかさずビワを突っ込んだ。
―美味…―
「まあまあ、キジャ君。察してあげなよ、ハク師匠(先生)の心境もさ。
愛するヨナちゃんに訓練とはいえ刃を向けなきゃいけな…」
その瞬間、私はハクが大刀をジェハに向けて振り下ろすのを感じてすっと身を避けた。
ジェハは大刀を右脚だけで受け止めてへらっと笑っている。
「よく喋る口だな。引き裂いてやろうか。」
「んー?何か間違った事言ったかな。」
「どうしたの、ケンカ?」
「気にすんな。姫さんは今からそこで素振り百回。」
「えっ、今から!?」
『はぁ…姫様、お相手しますよ。』
「ホントっ!?」
『えぇ。力は入れなくていいので私の急所を狙ってきてください。
ハク師匠(先生)に言われたように百回で私は受け止めるとしましょう。』
「はい!」
木刀を持つとその場で私はヨナの木刀を受け流し始めた。
彼女は私が基礎として教え込んだ急所を狙おうと木刀を振るう。
―前より筋がいい…それに急所の狙い方が的確になってきてる…
ハクの教え方がいいのかしら―
私は微笑みながらヨナの木刀を受けつつ、ハクとジェハの会話を耳にしていた。
「まどろっこしいなぁ、早く伝えればいいのに。」
「てめェが伝えよーとすんな、変態タレ目。」
「“愛する”は認めるんだ。」
「年下おちょくるのはやめてもらえませんかね、お兄さん。」
「素直になりなよー」
「素直とかそーゆー話じゃねーんだよ。色々あんだよ、こっちにも。」
「そんな悠長にしてるとお兄さんが奪ってしまうよ。」
私はその時イラッとして木刀をジェハの顔スレスレに向けて投げてしまった。
「「っ!!」」
ヨナの木刀は躱す為問題はない。
『あら、ごめんなさい。手が滑っちゃった。』
「「リン…」」
私が笑顔で木刀を回収し再びヨナと向き直るとハクとジェハは冷汗を流していた。
「…おい、タレ目。」
「なんだい?」
「リン一筋の癖にそんな冗談言うんじゃねェよ。」
「…」
「リンの為にももっと自分に素直になっていいんじゃないのか、お兄さん。」
「…お互い様でしょ。」
私は彼らの会話に小さく笑みを零しながらヨナの手合せを終えて仲間のもとへ戻るのだった。
夜になるとヨナは天幕の下でユンによって脚にも薬を塗られていた。
「足もすり傷だらけじゃん。」
「あら。」
「あら、じゃないよ。」
「身体中ヒリヒリ痛いからもうマヒしちゃって。」
「か、身体には自分で薬塗ってよね。」
「呼んだ?お兄さんは優しく身体に薬塗るのが大得意で…」
「呼んでねーよ、お兄サマ!!」
『馬鹿…』
ハクはジェハの長い髪を引っ張って連れ去り、私は呆れるだけ。
「リンにでも頼んで下さい。」
『いつでも呼んでくださって構いませんよ。』
「えぇ、ありがとう。」
夜が更けると私はいつものようにジェハと同じ寝床に潜り込んで身を小さくして目を閉じた。
彼はハクに言われた事が気に掛かっているようでずっと私の髪や頬を撫でている。
『…ジェハ?』
「どうしたんだい?」
『ハクに言われた事が気になってるの?』
「…少しだけね。」
『ジェハは十分優しいわよ。でも時々貴方の本心がわからなくなることがあるの。』
「え…」
『いつも笑ってて、他の人の事を気に掛けてるから…』
「それは君もだよ、リン。僕達は似た者同士だから。」
『ふふっ、そうね。だからこそ貴方の隣は気が楽なのかも。』
「そうだと嬉しいね。」
『ねぇ、ジェハ…』
「ん?」
私は彼を見上げて問いかけた。
『私はジェハの癒しになれてる…?』
「っ!」
彼は私の不安気な目を見てはっとすると強く抱き締めて口付けてくれた。
「もちろんだよ…こうやって胸に抱いて眠る事がどれほど僕を支えているか君は知らないんだろう?」
『よかった…私だけ想ってるんだったらジェハにとって重荷になっちゃうもの。』
「それはいらない心配だね。」
私は嬉しくなって彼の胸元に擦り寄ると再び目を閉じた。
―僕が素直にならない事はリンを不安にさせてしまう事にも繋がるんだね…
今の言葉に偽りはないから…だから信じて…―
「僕以外の物にはならないで、リン…」
彼が小さく呟いて私の髪に頬を寄せ眠ったのを見てハクは口角を上げた。
―勝手に素直になりやがって、お兄さんよぉ…―
その晩、浅い眠りの中でハクはある夢を見た。
剣を振るうヨナを見守っているところから夢は始まる。
「なかなかサマになってきたじゃねーか、姫さん。」
「本当?」
「ああ。」
「じゃあスウォンを殺しに行きましょ。」
ヨナの言葉にハクは目を見開き青ざめる。
「早く父上の仇をとりに行きましょ。」
「姫さ…」
その瞬間、ヨナの後ろにスウォンが静かに現れハクを見た途端に剣をヨナに向けて振り上げた。
ハクは声にならない叫び声を上げて目を覚ました。
私は彼が冷汗を流しながらはっと身体を起こしたのを感じて目をそっと開いた。
―ハク…?―
彼はヨナとユンが眠る天幕を少し開けてヨナの頬を撫でる。
―息してる…当たり前だろ―
「そなた、姫様に何を…っ」
キジャが寝言で言った言葉にビクッとしつつハクはキジャの頬を抓る。
「お前の夢ん中で俺は姫さんに何したんだよ。」
「はう~」
「やらしいなぁ、ハクは…ムニャァ…」
「てめェは起きてんだろ、タレ目。」
「イタイ…♡」
『ハク…大丈夫?』
「…あぁ。」
彼はそう言いつつも迷いを吹っ切る為に大刀を持ってどこかへ行ってしまった。
私が眠れずにいるとジェハが苦笑しながら私の顔を覗き込んだ。
「ハクの事が気になる?」
『…いつも独りで抱え込んじゃうんだもん。』
「それは心配を掛けたくないからだよ。」
『私とハクは一緒に育った兄妹みたいなものなのに…そんなに頼りない?』
「ハクは誰よりもリンを信頼して頼ってると思うけどなぁ。」
『…ありがと、ジェハ。』
私は小さく笑みを零すと水を汲んで器に入れてハクが眠るのに使っている木の傍に置いた。
―眠る前に一口飲むだけでも少しは落ち着くでしょ…―
「リン…」
『姫様?どうなさいました?』
「ハクがさっきいた気がしたんだけど…」
『あー…』
「どちらに行ったかわかる?」
『この先を右へ。』
「そう…ちょっと行って来るわ。」
『お気をつけて。』
彼女を見送り私はジェハの隣へ戻る。
「見送って良かったの?」
『うん。この先にはゼノもいるみたいだし、ハクとヨナが話すべき事もあるでしょう。』
「そっか。それならリンはおやすみ。」
『うん…』
彼の手が私の髪を撫で、それに従うように私の瞼も重くなった。
ハクは開けた場所で大刀を大きく振るった。
―姫さんがどう強くなろうともこの先何を目指そうとも、お前に刃を突き立てるのは俺の役目だ、命と引きかえても…―
彼が見ているのは夢に見たスウォン。そのとき彼に柔らかい声が降り注いだ。
「あんまり思いつめんなよ。命縮めんぞ、兄ちゃん。」
それは岩の上に座り月を背後に背負ったゼノだった。
「起きてたのか。」
「うん、いい月夜だから。でもこの涼やかな空気に兄ちゃんの殺気は痛すぎる。」
「そりゃ悪かったな。」
「兄ちゃん、命懸けようなんて思うな。兄ちゃんは少し死の臭いがする。」
「…お前が俺に死の宣告か?」
「悪ィ悪ィ、びびらすつもりはないから。ただちょっと危なっかしいから気になるんだ。」
「お前ら四龍も人の事言えんのか?
白蛇なんて姫様の為に命をも捨てる覚悟ーとか思ってんぞ。」
「ああ、四龍はいーの。死んでもまた生まれるから。龍は死んでも代わりがいる。
でも兄ちゃんには代わりはいないから大事にしなきゃ。」
「…お前らにだって代わりはいねーよ。」
ハクの真剣な目と言葉にゼノは嬉しそうに無邪気に笑った。
「みんなを代表してありがとーっす。」
「お前が四龍で一番よくわかんねーけどな。」
「見たまんまだよ、俺は。
俺は四龍で落ちこぼれだけど、でもみんないるから兄ちゃんはちっと肩の力抜いとけ。特にお嬢が不安がってるよ。」
「お嬢…リンの事か?」
「お嬢はずっと兄ちゃんと育ったから、小さな変化にも気付くんだ。
でも兄ちゃんは一人で抱え込んでる。
娘さんもだけど、お嬢はそういうのに人一倍敏感だから。」
「…知ってる。」
「お嬢にくらいは甘えてやってもいいんじゃない?」
「…あぁ。」
「あっ、ほら娘さんが来たよ。」
「どこに行ったのかと思った。」
「夜の散歩だから。じゃ、ゼノはもう寝るからー」
そう言ってゼノが立ち去った為、その場にはヨナとハクだけが残された。
「…何か用でしたか?」
「あ…うん、えっと…はい。」
ヨナが差し出したのはビワだった。
「内緒ね。ユンの果実酒用だから。」
「すぐバレっぞ。」
「さっき起きて出てった時、顔色悪かったから。」
―待て、いつ起きたんだよ…―
「甘いもの食べて。元気になるかもでしょ。」
「どーも。」
するとヨナは優しく言葉を紡いだ。
「ねぇ、ハク。ハクはもっと好きなことやっていいのよ。」
「え…?」
「私が剣の稽古とか命じてハクやリンを縛ってしまっているけど…
私のことばかりでハクを苦しめてはいない?
ハクがやりたい事があれば尊重したい。」
「別に…」
「大丈夫。剣の稽古だってリンやシンアがいるし。」
「…確かにあんたのことばっかで苦しいな。」
ハクはヨナの口からシンアの名が出た事に小さな嫉妬を抱いた。
剣の稽古に前向きでなくとも、その時間だけはハクが彼女と2人でいられる貴重な時間だから。
ハクの言葉にショックを受けているヨナをすっと彼は腕を掴んで自分に引き寄せた。
「それなら…」
ヨナの右目上の額にハクは口付けて静かに離れて行く。
「……お言葉に甘えて好きなことさせてもらいました。
お気遣いありがとーございます。おやすみなさい。」
ハクはビワを齧りながら私達のもとへと帰り始めるが、残されたヨナは口付けられた額を押さえて頬を染めるのだった。
「……………え?」
戻って来たハクは自分が寝ていた木の横にある飲み水を見つけて目を丸くしていた。
「…リン?」
根拠もなくそれを用意したのが私だと思ったハクはふっと笑うと水を一気に飲んで気持ちをすっきりさせると木にもたれて目を閉じた。
翌日、ユンが私達を呼んだ。
私はジェハが横になっているハンモックに共に寝転んで並んでそれぞれ本を読んでいた。
「突然ですが、これからの目的地を発表いたします。
俺はちょっと戒帝国へ行ってみようと思います。」
「ユン、本気?敵国じゃない。」
「慎重なそなたらしくもない。なぜ戒になど…」
「俺は慎重だけど戒帝国に対する興味は人一倍だよ。
でもこれは単なる興味で言ってるんじゃない。」
ジェハは本を持ったままユンの方へ目をやり、私は身を少し起こしてジェハの胸に手を乗せてそこに顎を乗せて彼に甘えるような格好でユンの話を聞いていた。
「火の土地よりも寒い北の大地で戒帝国の人がどんな生活をしているのか気になるんだ。
もしかしたらそこで火の土地でも育つ作物が見つかるかもしれない。」
「しかし、姫様に危険はないのか?」
「うん、少し迷ってはいたんだ。ただでさえ俺ら目立つし。
だからヨナと雷獣とリンはイクスの所で待っててもいいよ。
ジェハがいてあとはシンアかキジャが来てくれれば。」
「まさか。高華国の為に行くのでしょう?ユンが決めたのなら私は行くわ。」
「そう言うと思った。じゃあ行こうか、戒帝国へ。」
ユンの指示に従って私達は荷物をまとめると身体の大きなハクとジェハが背負った。
そしてユンとジェハの案内である吊り橋まで来た。
「この橋を渡った山の向こうが戒帝国だよ。」
「しかしボロい吊り橋だな。」
「この辺を飛び回ってた時に見つけたんだ。」
『山の向こうまで高華国の領土だった時代に商人や旅人が通った吊り橋かしら。』
「長い間使われてないだろうから足元気をつけて。」
そう言った矢先足を滑らせてヨナがふらつき、ハクが抱き止めた。
「なーに渡る前からふらついてるんすか。」
「…大丈夫よ。」
ヨナはすすっと照れた様子でハクから離れる。
ハクには身の覚えがないようだが、口付けられたあの時からヨナは少しハクを意識するようになっているようだった。
『板が腐ってる…』
「リン、気を付けるんだよ?」
『うん。』
先頭から私、キジャ、ジェハ、ヨナ、ハク、ユン、シンア、ゼノの順で渡って行くことになった。
私なら体重も男ほど重くない為きちんと板を選んで渡れば問題ないだろうと考慮したうえで、何かあれば戦える人材として選出された。
「今にも外れそうだな…」
「ヨナちゃんやユン君、リンなら…」
後ろから続くキジャがそう呟きジェハが何かを言おうとした瞬間、キジャが踏んだ板が抜け落ちた。
「のお――――ッ」
「キジャ!!」
私は大きく揺れる橋の上で身を伏せて縄を掴み、キジャの後ろにいたジェハは左腕でキジャを抱きかかえ橋に俯せるようになりながら右手で縄を掴んでいた。
キジャは両腕を縄に引っかけているものの恐怖から目を見開いたままだ。
「……ヨナちゃんやユン君、リンなら落ちても助けに行くけど、他の男共は自力で何とかしなさいね…って言おうとした矢先にこれだもんなあ。助けちゃったよ。」
「キジャ大丈夫!?」
「はい…これまでの人生が走馬灯のように目の前を過ぎてゆくという大変貴重な体験でした…主に婆ばかりの人生でした…」
「そんな面白い瞬間を後ろ姿でしか拝見出来なかった事が悔やまれる。」
「そこの暗黒龍は橋を渡ったら首を洗って待っておれ。」
「こんな事もあろうかと大きめの板を持ってきた。前に回すから踏み抜いたとこに置いて。」
「さすがユン!」
「ん?前と言えば…」
「リン、無事かい!?」
私は橋の上で身を小さくしたまま震えていた。
「リン…?」
『もう…キジャの馬鹿!!!』
この時、まだ私だけが吊り橋の上にいて他の皆は地上にいたのだ。
大きく揺れる古い吊り橋の恐怖を感じたのは私だけ。
『吊り橋が大きく揺れるから私まで落ちるかと思ったじゃない!!』
「す、すまぬ…」
「リン、大丈夫?立てる?」
『うん…ふぅ…よし。』
キジャに手を引かれて立ち上がると息を吐いてユンから受け取った板を手に少しずつ板の強度を確認しながら進んだ。
「ユン、他に行き道はないのか?」
「あるけど…平地の国境で俺らは目立ちすぎるよ。」
「国境を警備する火の部族の兵や戒帝国の兵がいるものね。」
「…それが今はあまりいないみたいなんだ。」
『え?』
「ジェハと前偵察に行ったんだけどさ、警備の兵があまりいなくて。」
「それは…逆に不気味だな。」
ハクはそう言いながら目の前のヨナの頭を押さえてちゃんと前を向けさせる。
「姫さんはちゃんと足元見て。」
「うっ…」
「武装兵がたくさんいるのが当然だと思ってたから違和感でさ。
それでも兵に出くわす可能性は高いからこっちの道を選んだの。」
「こちらは命を落とす可能性があるのでは…?」
『キジャが気をつけて歩けばいいの。』
「う、うむ…」
「戒帝国って広大な領地と高い軍事力を持った大国という印象が強いけど、私詳しい事は何も知らないわ…」
「俺も行かなきゃ分からない事は多いよ。
とりあえず知ってる事は道すがら話すから。リンも知ってる事は教えて。」
『お役に立てればいいのですが。』
私達は開けた場所を見つけるとそこで野宿する事に決めた。
皆で料理の準備をし、火を囲みながら戒帝国について話し始めた。
「戒帝国は昔を違って現在その力は翳りつつあるんだ。」
『かつては広大な領土を誇った戒帝国も今は南北に分かれ、北戒はさらに北方の遊牧民族の度重なる攻撃を受けています。
帝国軍はいくつかの地域を守るので精一杯です。』
「かわりに北戒の各地では豪族が力を持ち根を張り実質的に支配している。全体的に帝国と呼べる状態じゃないよ。」
「南は?」
『南は貴族や官僚、商人が多く移り住んで来ていて北に比べれば気候も安定してるし豊かと言えるでしょう。』
「南は皇帝の従兄弟がかりそめの玉座に座っているらしい。」
「皇帝の力が無くなり周りの豪族が力をつける、この国のイル王と各部族にも似てるなァ。」
ゼノの言葉に私、ヨナ、ハクは何も言わなかった。
だが、キジャがゼノの口を塞ぎジェハが苦笑していた。
「ちょっと黙っとこうね、ゼノ君。」
―確かに少し似ている…
あの時、スウォンはユホン叔父上を殺された復讐と言っていたけれど、父上が争いを避けるあまり他部族や他国の言いなりになっていたというのは私も聞いている…
スウォンはこの国が弱くなるのを食い止めたかった…?―
ヨナはそんな事をふと考えていた。私もそれを考えた事がないわけではない。
だが、スウォンの目的がはっきりわからない今対処も出来ない。
そして国の為とはいえイル陛下を殺したスウォンのやり方が正しいとも思えないのだ。
「んで、これから俺らが行くのは千州という地域だよ。」
『千州…遊牧民族の攻撃も届かず権力の中心からも外れて、独自に着々と力をつけている豪族リ・ハザラが支配する地域ね。』
「そのとおり。」
「危険はないのか?」
「まずはどこか小さな農村に行くつもりだから大人しくしてれば大丈夫だと思う、大人しくしてれば。大人しくしてれば。」
「3回言ったぞ。」
「大事な事だからね。」
その夜、私達はユンの指示で大きな天幕を張った。
「キジャ、そっち引っ張って。」
「うむ。」
『うわぁ…』
「よし、天幕完成。」
「すごい、いつの間に作ったの?」
「山で寒さと雨露凌ぐのにやっぱいるでしょ。」
「良かった、いつも私達だけ天幕だったから皆の分もあればなって思ってたの。」
「人数多いからねーようやく広い布手に入ったからこれでキジャも安心して眠れるよ、虫に怯えずに。」
「感謝するユン…!!そなたは天才だっ」
「じゃあユン、寝ましょ。」
「あ、今日は俺こっちの天幕で寝るから。ヨナは雷獣とそっちの天幕で寝て。」
ユンの言葉にヨナが硬直する。
「えっ、ど…どうして…?」
「熊が出るかもしれないから。もし襲われたら俺とヨナじゃ立ち向かえないもん。」
『私よりもハクの方が強いし、彼なら虎が来ても倒せるでしょ。』
「そ、それならキジャとか。」
「わ私が姫様とですか!?そそそそそんなおそれおおいわたわしなどはそとでみはりを…っっ」
「ヨナ、キジャをゆっくり休ませてあげて…」
「じゃあ僕が♡」
「ゼノもゼノもー」
「黄色は戦力外で危険。緑は色んな意味で危険!!」
「じゃあシンア…」
「何か…俺と一緒で嫌な事でも?」
『ハハハハハッ。訊きたくもなるわよね、ハク。』
「…笑い過ぎだ。」
ハクに小突かれながらも私はクスクス笑う。
『姫様に何かしたんでしょ?』
「…好きにしろって言われたから少しな。」
『ふぅ~ん。』
「…なんだよ。」
『何でもないよ?』
「…最近タレ目野郎に似てきたか。」
『そう?』
「どうしたの、ヨナちゃん。前はハクがいいの、とか言ってたじゃない。ハクとケンカでもした?」
「ううん、違うの。そうじゃないけど…ハク、変なことするんだもの…」
―変なこと…!?―
ジェハはもんもんと変なこととは何か想像しつつもそれを表情に出さずに問う。
「……ふーん…変なことって?」
「………何でもない。」
―えー何それ…めっちゃ気になる!!―
照れたヨナの顔にジェハの想像が広がっていく。
彼女は立ち去り、ハクは私の横を通り過ぎて天幕に入った。
「リン、ヨナちゃんの言葉聞いた?」
『聞いた。』
「気になる…」
どこまでも想像を広げそうなジェハの頭を軽く叩いて私は溜息を吐いた。
ヨナがそーっと天幕を開けるとハクがでーんと横になっていた。
「やー天幕って中々快適っすね。白蛇じゃねーけど虫いないし。何より寝転がれるのがいい。」
「…ハク、私の寝る場所がないわ。」
するとハクは身体を起こし色っぽくヨナを見つめるとすっと身体を寄せた。
「姫さん…」
「ハ、ハク…ちょ…」
だがハクが手を伸ばした先は天幕だった。
そこを開くとジェハがいた為、ハクはぺいっとジェハを投げ捨てた。
「ユン、こいつ縛っとけ。」
「うんとキツくしていいよ♡」
「えー、なんかヤダ。」
『はぁ…私が面倒みるわ…』
「リンが俺を縛る縄になってくれるのかい?」
『何言ってるの…』
「変態…」
『ほら、折角ユンが作ってくれたんだし大人しく天幕に入りなさい。』
「は~い♡」
キジャ、ジェハ、私、ユン、ゼノ、シンアの順に横になると私達は身を寄せ合って目を閉じた。
ジェハの腕が私のお腹の前で組まれていて背中には彼の胸板が当たる。
肩口に彼が額を当てている気がして私は静かに問うた。
『…どうかした?』
「ううん…こうしてると落ち着くだけ。」
『そう。』
すると寝ぼけているらしいユンが私に向けて手を伸ばしていた。
『ユン?』
「ぅん…」
私とジェハはクスッと笑う。キジャ、シンア、ゼノはもう夢の中。
私はユンをそっと抱き寄せた。すると私の甘い香りに包まれてユンの表情が厳しいものから柔らかいものに変わった。
「君の胸に抱かれるなんて羨ましいね。」
『ちょっとは大目に見てあげて。』
「明日は僕を抱いて寝てくれるかい?」
『いつもそうじゃないの。』
「いつもは僕が君を抱いてるだろ?」
『あー、そういうことね。』
そうしてジェハは幸せそうに微笑むと私の頬に口付けを落として目を閉じた。
その頃、ジェハを追い出したハクはヨナに告げていた。
「姫さん、俺は今日は外で寝るから何かあったら呼んで下さい。」
「えっ…あっ、ハク…っ!待って、今日はここで寝なさいっ
だってハク、いつもゴツゴツした場所に座って寝てて首とか腰とか肩とか痛そうなんだもの。」
「ご命令とあらばそうしますけど姫さんはいいんですか?」
するとヨナが頬を染めた為、ハクは昨晩自分がやった事が原因だと判断した。
「…昨夜は姫さんが好きなことしていいっつったからしたんですけど?」
「…ハクが意地悪なのは知ってるけど、ああいう冗談はびっくりするからもうしないで。」
―冗談……ねー…?自信ねーけど…―
「……わかりました、もうしません。」
「良かった。じゃあもう寝ましょ。」
ヨナの一瞬にして明るくなった表情に苛立ちを覚えたのはハクの方。
―あからさまにホッとしてんじゃね―――よ…今すぐ押し倒したろか…―
「おやすみなさい。」
「…なさい。」
2人は並んで横になると大きな布を掛けて目を閉じた。
腕に頭を預けて身体を横にしたハクの胸元に小柄なヨナはすっぽり収まるようにして向かい合って寝ていたものの、途中でヨナは目を覚ました。
―あら…今日はなんか変なの…
いつもユンが隣に寝てるからハクが急に大きく見える。
ハクってこんな顔してたのね…ずっと昔から知ってるのに変なの…―
ヨナはそっと手を伸ばしてハクの口元に触れた。すると彼は片目だけ開いて言う。
「…あんまりふざけた事してると襲いますよ。」
驚いたヨナは身体をビクッとさせながら身体を反転させてハクに背中を向けた。
「…ハク熊だ。」
「誰が熊だ。」
―今日は変なの…いつもより少し緊張するわ。―
翌朝、誰よりも自分の状況に驚いていたのはユンだったが私の香りに包まれてほっとしている自分がいるのも事実だった。
―なっ…どうして俺リンに抱かれてるの…!?
でも…やっぱりリンの傍って安心する…―
彼は無意識に私の背中へ手を回していた。その行動に私はうっすらと目を覚ます。
『ぅん…?』
「あ…」
『おはよう、ユン。』
「えっと…」
『ユンね、昨晩魘されてたの。それで勝手に抱き締めちゃったのよ、ごめんね。』
「ううん…ありがと。」
「自分から抱き着いてくるなんてユン君も隅に置けないね。」
「ジェ、ジェハ!」
『ふふっ。でも皆で身を寄せ合って寝た方が狭くなくていいじゃない?』
「そうだね。」
『それじゃそろそろ皆を起こしましょうか。』
そうして新しい一日がまた始まる。
数日歩いて私達は戒帝国の村近くへやってきた。
村を遠目に見ているとシンアが道端に倒れている女性を見つけた。
「小さな集落があるわね。」
「ヨナ…人が倒れてる。」
「えっ、大変!」
危険な可能性もある為、ハクが倒れた女性を抱き起こした。
「おいあんた、大丈夫か?」
「ん…えっやだ!誰!?超イイ男!!」
「…元気そうだな。」
目を覚ました女性の元気そうな様子にハクの方がタジタジだ。
「大丈夫?」
「気分が優れぬのか?」
「娘さん、ビワ食べる?」
『熱はないみたいだけど…』
「美しいお嬢さん、僕が抱いて運んであげよう。」
「何この連中、美形だらけ。でも変!!」
―しまった、まずは少人数で偵察に行く予定だったのに…―
苦笑するユンの隣で私達は揃って女性の顔を覗き込んでしまったのだ。
「えーっと俺達は…」
「わかった、旅芸人ね!」
「違…」
「そうそう!それだ!旅芸人☆」
私は咄嗟にキジャの口を塞ぎ、ユンは笑顔で答える。
私とユンの笑顔にキジャは怪訝そう。
「誰が芸人だ。」
『それ以外にこの珍獣達を説明する術がないでしょ。』
「気分が悪いなら薬あるよ。」
「大丈夫、朝から力仕事ばかりで少し立ちくらみしただけだから。」
「力仕事?君みたいなか弱い女の子が…」
「若い男は殆ど兵役に就くため千の都に行ってるのよ。」
『…どこも同じなのね。』
「うん。」
私がユンにそっと言うと彼は小さく頷いた。
「でもたまにやって来る旅の人がこんなにイイ男なんて田舎も捨てたもんじゃないわー」
―しかし明るい…―
その明るさには私やユンも驚くばかり。
「ねぇ、旅芸人さん。ウチの村に寄ってって。今夜は特別な日なの。」
「特別?」
「今夜は千里村で火鎮の祭が行われるのよ。」
彼女に案内されて私達は村に足を踏み入れた。
出迎えてくれるのは若い女性が多い。
「アロ!誰、その人達?」
「いい男じゃない~」
「でっしょー旅芸人なんだって。
この人が倒れてた私を抱き起こしてくれたの♡」
「キャー、なにそれ。ずるーい。」
アロと呼ばれた女性はハクの腕にしがみついている。
キジャ、シンア、ジェハ、ゼノも女性達に囲まれてしまって、私、ヨナ、ユンは蚊帳の外。
「どこから来たの?」
「秘密♡」
「こんなに肌が綺麗な男(ひと)見た事ない。」
「いいじゃない、顔見せてよー」
「可愛いわねーっ」
「娘さんのが可愛いから。」
「なんか…元気だね、この土地の人…」
「うん…」
『…面白くない。』
私の視線の先には女性に囲まれて笑みを振り撒くジェハの姿。
「「リン…」」
ヨナとユンは私の不貞腐れた表情にクスッと笑みを零すのだった。
ユンは村の様子を見る為にひとり別行動を取り始めた。
私はヨナを一人にするわけにいかず、彼女と共に待機。
―その昔高華国領土の火の部族の一部だった場所だから住居なんかは火の土地の名残があるな。
それにしても火の土地と同じ…いや、それ以上に厳しい気候のはずなのに村は整備されてるし家畜もいるし…
生活は豊かとは言えないけど火の土地ほど悪くはなさそう。一体何が違うんだろう。―
ユンは土を手にしてからまた歩き出す。
―土は…そんなに火の土地と変わらない…
溜池だ…水を山から運んでここに溜めているのか。ここでも水はとても貴重だ…―
そのときユンは大きな籠を見つけて中を覗き込んだ。
そこには小麦やヒエにも似た穀物があった。
「泥棒ッ」
突然叫ばれてユンは身体を震わせる。振り返ると男性が恐ろしい形相で立っていた。
「わしらのイザの実を盗みに来たのか!?」
「えっ、違う!違うよ。俺は村の女の人に連れて来られて…
あのっ、旅芸人で祭があるからって。」
「旅芸人?旅芸人ってェと踊り子さんか!?」
「え…」
「踊り子さんなのか!?」
「あっ、うー…うん、そだね。」
「そうか…踊り子さんなら仕方ねェな…」
―何が仕方ないんだ…?―
「ねぇ、これイザの実って言ったよね。ヒエ…にも似てるけどどんな作物?」
「何?お前イザを知らんのか?どこのモンだ?」
「いやぁ俺踊ってばっかいたから物を知らなくて。」
「…そうか、踊ってたんなら仕方ねェな。」
―好きなのか、踊り子さん…―
すると男性は丁寧にイザについて説明してくれた。
「これはここが高華国領土から戒帝国領土になった頃、さらに北から渡って来た作物だ。
実を砕いて粉にし、水や牛の乳を加え団子にしたり焼いたりして食う。」
「北から渡って来たって事は寒さや乾燥にも強いの?」
「ああ。イネほど水を必要としないし保存もきく。」
「保存…」
「この籠には10年前のイザの実が入っているがまだ十分食えるぞ。」
「へぇ…」
―イザの実…寒さと間奏に強い作物…これが火の土地にあれば…―
「やんねェよ。」
「え?」
「イザはやんねェよ。」
「な…なんで…つーかまだ何も言ってないじゃん。」
「なーにすっとぼけてんだ。物欲しそーな顔しやがって、余所者が!
わしらがこの村でどんだけ苦労してイザの実を育てこの土地を守り続けて来たと思ってるんだ!!
それを余所からやって来た芸人風情にホイホイとやれっか。
踊り子さんは可愛いが、この村は決して豊かじゃねーんだ!
10万ギンあれば一袋くれてやらんでもないが。」
「10万…!?そんなお金持ってない…」
―つか、こっちの通貨持ってない…―
簡単にはいかないとユンが諦めかけていたところ、男性がある事を教えてくれた。
「まあ、あげられねェが味見はしてもいいぞ。」
「えっ」
「今夜の火鎮の祭でイザの実で作った団子汁を振る舞うんだ。食っていけよ。」
「おじいさんっ♡♡」
「そのかわり条件がある。」
その後、ユンは男性に連れられてある衣装に着替えさせられ条件を告げられたのだった。
同じ頃、私はヨナの座る近くの木の枝に座って木陰から村を眺めていた。
「ああ、どんな所かと思ったけど最高じゃないか、戒帝国♡」
「楽しんでるのはそなただけのような気がするがな…」
疲れた様子のキジャと、仮面を取られてビックリし小さくなっているシンアとは違ってジェハは楽しそうに笑っていた。
「ウブだなぁ。せっかく女の子が好意的なのだから楽しみたまえよ。」
「…いや……里にいた頃、婆が見合い相手を山程連れて来てそのうち何人かが私をめぐって刃傷沙汰。
時には私の寝所に裸で突撃するという強者も現れ、それ以来積極的な女はちょっと…」
「俄然興味が湧いてきたよ、白龍の里。」
そのときジェハは大人しく頬杖をついているヨナに気付いた。
「どうしたの、ヨナちゃん。大人しいね。」
「ハクって意外とモテるのね。」
彼女の視線の先を辿ると女性に囲まれるハクがいた。
「なあに武器屋探してるの?ここにはないけどぉ♡」
「明日大きな町に一緒に行ってあげる♡」
「いや、ならいーわ。」
「…意外とも何もハクはモテるだろ。」
「そうなの?」
「美しい僕から見てもハクはイイと思うな。僕が女なら絶対突撃するね。」
「突撃はよせ…」
キジャがボソッと呟いた。ヨナは城にいた頃の事を思い出していた。
「そういえば城にいた頃、女官達がキャーキャー言ってたような気がする。」
「妬いてるの?」
「え?」
「ヤキモチなのかなって。」
「ううん。」
―即答だよ、ハクっっ!!―
ヨナが迷いもなくヤキモチではないと認めてしまった事にジェハはハクに同情の念を抱く。
―でもそういうのが目に入るって事は少しはハクを気にし始めたって事かな…?―
そのときヨナがジェハに向けて言った言葉に彼は背筋を伸ばす事になる。
「モテると言えば…リンは求婚された事もあるのよ。」
「…え?」
「城…というより高華国一の美女って呼ばれるリンだもの。
城を歩けば兵達が頬を染めて、少しでも階級のある者は求婚してくる者もいたわ。
でもリンはいつも素っ気なくあしらってたけど。」
「へぇ…」
「心配になった?」
「…リンがモテるのは当然だけどね。
あれだけ美人で優しくて強い女性はなかなかいないから。」
「それなら大切にしてあげないと拗ねちゃうわよ?」
「どういう意味だい…?」
「リンだってまだ18歳の女の子って事。」
『…姫様、それくらいになさいませ。』
「ふふっ、だってヤキモチ妬いてるからそんな所にいるんでしょ?」
『…ここからなら村を一望出来るので異変にすぐ気付けるんですよ。
男共がへらへらとして危機感が無いので、私が代わりに周囲を警戒しているだけの事です。』
「またそうやって強がっちゃって。」
「リン…」
ジェハは地面を蹴ると私が座る枝に飛び乗った。
「こっち向いてくれないのかい?」
『ちやほやしてくれる女性がたくさんいるでしょ。』
私の言葉にジェハは苦笑しながら私を抱き寄せる。
「僕のお姫様はどうやったら機嫌を直してくれるのかな?」
『…このままでいて。』
「仰せの儘に。」
彼は私を抱き締めたまま幹に背中を預けて座り私を膝に乗せた。
そして髪を撫でてくれる。暫くそうしていると私は足音としゃらしゃらと何かがぶつかり合う音を聞き取った。
『ん?』
「どうしたの?」
『誰かこっちに来てるんだけど…』
「降りてみようか。」
『うん。』
ジェハに抱かれて木から舞い降りるとそこに走って来たのは薄紫の服を纏ったユンだった。
「ヨナーっ」
『ユン!?』
「可愛いっ!どうしたの、その衣装。」
「どうもこうもないよ、助けて!この村でいい感じの作物イザの実ってのを見つけたんだけど…」
「さすがユン、仕事が早いわ。」
「イザの実を管理してる(?)おじいさんが実はあげられないけど…
俺がこの服着て今夜の祭で踊り子やったらイザ料理を食べさせてくれるって。」
その衣装は男性の亡くなった奥さんの花嫁衣装だという。
「踊り子?ステキじゃない。私も見たい♡」
「俺、踊りなんてわかんないよ。
花嫁衣装着て晩酌とかちやほやするとかなら別にいいんだけどさ。
でもイザ料理は食べてみたいんだよね。んで使えそうなら千州の村々を訪ねて分けてもらう~」
するとユンはヨナの肩に手を乗せた。
「ヨナ、確か舞や琴は得意って言ってたよね?」
「ん?得意なんて言ってないわ、少し出来るってくらいで…」
「出来るんだよね!?」
「だってそのおじ様はユンの踊りが見たいんでしょう?ユンの可愛い姿じゃないと意味な…」
「ヨナの方が可愛いよ!!あ…いや違…そーゆー話じゃなくてー
とにかくお願いっ!ヨナ踊って!!踊り方がわかれば俺もやるよ?
屈辱だけど知らないんだ~っ」
「んー…リンも踊れるわよね?」
『え、まぁ…嗜む程度には。』
「ホントっ!?」
『しかし姫様に頼んでいるのですから。』
「へぇ、姫さんが踊るのか。やめた方がいいんじゃないですか?あのヨタヨタヒヨコ踊り。」
するとヨナがハクの言葉に怒りを覚えて拳を握った。
ハクは私の隣でクスクス笑っている。
「やるわ。」
「ありがとう、ヨナっ!俺次はきっと踊り覚えるからっ」
その後、ユンは男性にその事を告げに行った。
するともう一人美人の踊り子がいるなら許すと言われ結局私も踊る事になってしまった。
『私も踊るんですか…?』
「いいじゃねェか。リンの場合、剣を持って戦うだけでも舞姫って言われるくらいなんだから。」
『はぁ…』
男性のもとに顔を出すと彼は私を気に入ってくれたらしく許可が出た。
「でも一度も練習してないわよ…?」
『大丈夫ですよ、姫様。私はずっと姫様の練習を見て共に舞を身に着けたのです。
姫様の動きに合わせてみせますよ。』
「心強いわ。」
空が赤く染まり始めると祭の準備が進み、またしてもジェハは女性に囲まれていた。
『何をしているんだか…』
「本当にな。いいのか?」
『もう諦めたわ。ヤキモチ妬くのも疲れるもの。』
「ハハハハッ」
「人が集まって来たわね。余所者の私達が舞なんてして良いのかしら。」
「今夜はお祭だから盛り上がればそれでいいって女の人達が言ってたよ。」
「火鎮の祭ってどんなお祭なの?」
「ここは昔ジュナム王時代高華国と戒帝国が領土を争い戦場となった村なんだ。
戦火の炎は村を巻き込み、たくさんの家が焼かれ人が亡くなったんだって。
今は小さな村だけど昔はもっと大きな村だったっておじいさんが言ってた。
この祭はそこで亡くなった人の魂と戦火の炎とそして火の部族の怒りを鎮めるという意味があるんだって。」
『火の部族の…?』
「うん。火の部族は土地を奪われたからね。
この土地の人は再び争いが怒るのを恐れてるんだ。」
「そう…じゃあますますちゃんと踊らなきゃじゃない?」
『大丈夫ですよ。村の人達は明るく騒いで福を呼び込む祭にしたいらしいですから。』
「姫さんのヒヨコ踊りは笑いで盛り上がること間違いなしです。」
「ハク!お前は知らないだろうけど私だって練習したのよ、スウォンに見せる為…」
ヨナの言葉に私もハクも何も言わなかった。
その静寂の中、ユンがヨナの髪飾りを見つけた。それは誕生日にスウォンが贈った物だった。
「こんなの持ってたの。すごいキレイ…舞う時挿すといいよ。」
それを奪うようにヨナはユンの手から取り隠した。
「…ヨナ?」
「あっ…こ、これは…」
「…大丈夫ですよ。怯えなくてもそれをどうしようとあんたの勝手だ。」
『ユン…ヨナをお願い。』
「え、うん…」
ヨナに背中を向けて歩き出したハクを私は静かに追いかけた。
「…知ってるよ。」
『ハク?』
「スウォンに見せようと城にいた頃ずっと琴や舞の練習してた事も、あの簪を捨てられないでいる事も、まだあいつを…」
私は哀しくなって家屋の陰でハクの頭を自分の肩口へ抱き寄せた。
「リン…」
『私も知ってるよ…ハクが誰よりも強く姫様を想い、誰よりも優しくって傷つきやすい事…』
「…そんなに弱くねェよ。」
そう言いながらも彼は固く握った拳を私が背中を預けた家屋の壁にぶつけていたのだった。