主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
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ここは山間の人里離れた小さな温泉宿。
そこで私達は久しぶりにまったり過ごしていた。
「リン、温泉行きましょ!!」
『ちょっ…姫様!』
無邪気なヨナに手を引かれて私は苦笑しながら走り出す。
私の肩にはアオが飛び乗っていた。
「ヨナちゃんもリンもやっぱり女の子だね。温泉であんなに喜ぶんだから。」
「うむ。」
ヨナに合わせて走りながら後ろを振り返るとジェハが小さく手を振ってくれていた。
最初に露天風呂に入っていたのはユンとゼノだった。
「安くて入れる温泉があって良かったね。
ゼノ、じっとして。髪しばる。」
温泉の中でゼノの髪をユンが結い上げていると脱衣所にハク、キジャ、シンア、ジェハがやってきた。
「皆も早く来るといいから。」
「お子様達は素早いね。」
ジェハは髪紐を解いて髪を背中に散らす。
シンアは初めて見る温泉に興味津々なようだ。
「ヨナちゃんとリンは向こう側にいるんだよね。」
「うん。」
「2人だけで寂しいよね。僕が行って…」
その瞬間ハクの大刀がジェハの顔の横に振り下ろされた。
「冗談だって、ハク…」
「青龍、温泉初めて?服は全部脱ぐといいから。」
「面も外さなきゃねっ」
ジェハがシンアの背後からバッと仮面を外すがシンアは目をぎゅっと閉じていた。
またしてもジェハはシンアの美しい瞳を見ることができなかったのだ。
「シンア君!目をあけてごらんっ」
「シンア、そいつ一ぺん心臓麻痺であの世に送ったれ。」
ハクは上着を脱いで鍛えられた身体を顕わにしながら呟いた。
結局シンアは服を脱いで仮面を片手に湯船へ逃げてしまった。
脱衣所に残されたのはキジャとジェハだけ。
ハクはジェハとシンアがバタバタしている間に静かにユンやゼノと合流していた。
「どうしたのキジャ君。」
「あ、いや。…私は遠慮する。」
「風呂嫌い?」
「いや、風呂は好きだが…」
「ならいいじゃないか。こういうのは付き合いだよ。」
「わっ!よせッ、やめんか!!」
「さぁさぁさぁ。」
ジェハはするっとキジャの服を剥ぎ取っていく。
「何かモメてる?」
「嫌がらせしてんだろ。」
「何を出し惜しみしてんだか。」
だが上着を剥いで見えたキジャの背中に大きな傷跡を見たジェハはなんとなくそっと上着を元に戻した。
「…戦闘での怪我…じゃないよね?」
「…あぁ、これは何でもない。失礼する。」
キジャを見送ってジェハも服を脱ぐと温泉へ向かった。
長い髪は緩くまとめてられていてうなじを色っぽく魅せていた。
「あれ、キジャは?」
「…気分が悪いから休むって。」
「えっ、そうなんだ。」
―あの傷…最近のものじゃないな。少なくとも10年以上昔…
何か…獣の爪跡みたいな…まさか自分で?
いや、そんな自傷行為をする子じゃないだろう。
でもあの傷は間違いなく龍の爪…キジャ君以外で龍の爪を持つ者がいるとすれば…―
そこでジェハははっと気づいた。
「先代白龍…」
「何か言った?」
「あ、いや何でも。」
背中を洗いあっているユンとゼノに微かに声が聞こえたらしいがそれはどうにか誤魔化した。
―先代につけられた傷…か。そりゃ他人に見せたいものではないよな…
教科書通りに動き甘やかされて育ったものと思っていたけど…―
「なかなか人間臭い部分もあるじゃないか。」
ジェハはそう呟くと息を吐いて温泉を楽しむことにした。
そのときだった、私やヨナの笑い声が聞こえてきたのは。
私とヨナは揃って花弁が舞う露天風呂に入った。
「気持ちいー…」
『ふぅ…久しぶりにのんびりできそうですね。』
長くなってきた髪を結い上げて温泉を楽しんでいるとヨナが私をじっと見つめていた。
『ど、どうしました…?』
「リンって…」
『はい…?』
「本当に綺麗よね…」
『と、唐突ですね…』
「だって肌だってツルツルで胸だって大きくて…」
『ちょっと姫様!!?』
私達はじゃれ合うように笑い合った。
年相応のはしゃぎなんて久しぶりで私達の笑い声が空に響いていく。
『私なんていつもボロボロですよ…
身体のあちこちに大きな傷跡があって、女としては綺麗なんてことないんです。』
「その傷跡も全部含めてリンなのよ?」
『姫様…』
「むっ…」
『えっと…ヨナ?』
名前で呼ぶと彼女は嬉しそうに微笑む。
「リンの強さも弱さも全部その傷跡が語ってるじゃない。
それって素敵なことだと思うの。」
『ヨナ…』
「実際そんなリンだからジェハだって愛してくれてるんでしょ?」
『っ…///』
「そうやって照れるところなんていつものリンからは想像できないわ。」
『ヨナ!それ以上からかったら怒りますよ。』
「ふふっ、ごめんなさい。」
『でも…実際こんな無茶ばっかりやって素直じゃない私を愛してくれるジェハには感謝してるんです…』
私の言葉にヨナは顔を上げて私を見つめた。
私はお湯を手で汲み指の隙間を流れる水滴を見つめながら言葉を紡いだ。
『愛なんて正直知らなかったうえに、ただ姫様を死ぬその時まで守れたらいいと思っていましたから。
それがジェハと会って彼が愛してくれてからしつこく生きたいって思ったのです。
ジェハも素直ではないので一人で抱えてしまうでしょう?』
「そうね。何を考えているのか分からない時があるわ。」
『それなのに私の事には敏感に気付いてしまうんですよ。そんな彼だから私も支えたいなって。』
「素敵!!」
私達の会話を一枚壁を隔てた向こう側にいた男性陣は聞いて微笑んでいたなんて私達は知らない。
「良かったな、ジェハ兄さん?」
「…僕達が聞いてるなんてリンもヨナちゃんも知りもしないんだろうね。」
「照れ隠し?」
ユンの言葉にジェハは顔を背けたがその耳は少し赤かった。
きっとそれは温かい温泉の所為ではないだろう。
『ん?』
「どうしたの?」
『もしかして…ヨナはそこで待ってて下さい。』
「え、うん。」
私は手拭いをさっと身体に巻くと温泉から出て壁を叩いた。
「「「「「っ!!?」」」」」
『そこで聞いてたでしょ、皆…』
「あ、リン…」
「聞くつもりはなかったんだけどね。」
『はぁ…恥ずかしい。』
「照れてる君を見れなくて残念だよ。」
「そう言ってる緑龍が照れてるから~」
「ゼノ君!!」
「ふふっ」
ヨナもいつの間にか私の背後で私達の会話を聞いて笑っていたのだった。
十分温まってから私とヨナは温泉から上がると桜柄の浴衣を着て帯を締めた。
私は帯を緩く締めていた為、胸元が少し肌蹴ている。
髪は結い上げたままアオを拭いてやって肩に乗せていた。
ジェハも温泉から上がり無地の浴衣を羽織ると腰の低い位置で帯を締め、胸元は大きく開けていた。
部屋に戻る途中に頭を抱えて座りこんでいるキジャを見つけた。
―ええっと…思った以上に僕は深い傷に触れてしまったらしい…―
「キジャ君、誰にも言わないから君は日が沈んでからこっそり温泉に入るといい。」
「…もうよい。行きたくない…」
―重症だ。馬鹿なのかと思うくらい前向きで気が強いキジャ君がここまで打ちのめされるとは…―
そのときジェハの脳裏に先代緑龍の顔と共に生活した日々が蘇った。
―先代…か。これ以上踏み込むべきじゃないね…―
そこに私とヨナが通りかかった。
私はキジャが温泉にいなかったことに気配で気付いていたものの、ヨナはそのことを知らない。
「キジャ、どうしたの?湯当たりしちゃった?」
「いえ、私は入っていないのです。」
「あら、どうして?」
「それ…は…」
するとジェハがさっと戻ってきてふらつくキジャを支えた。
「僕がやめろって言ったんだよ、顔色悪いから。」
「そなたその様な事言ったか?」
「ニブいな。話合わせなよ。」
『?』
「そういえば顔色少し悪いかも…横になってた方が良くない?」
ヨナはすっとキジャに近付いて額に手を当てる。
ふわっと甘い香りがヨナから漂いキジャは身を引いて行く。
「へ…へいき…です…」
ヨナは首を傾げながら歩み去ろうとする。
「リン、行かないの?」
『ちょっと気になる事があるので先に行ってて下さい。その先にハク達がいるようなので。』
「わかったわ。」
ガヤガヤしている音が微かに奥から聞こえてきた為、その方向にヨナを誘導して彼女が一人にならないよう配慮してから私はキジャとジェハに向き直った。
するとヨナが立ち去った後、ジェハはキジャに問うていた。
彼のヨナに対する態度が不審だったからだ。
「何?」
「ジェハよ…私は汗臭くないか?」
私とジェハはすっとキジャに顔を寄せてすんっと嗅いでみた。
「…別に気にならないけど。」
「姫様から良い香りがするのだ…」
「リンからも香ってるけど…」
『私はいつもだから。』
「あ、そうか。」
「風呂にも入ってない自分が恥ずかしい。」
「知らないよ。だから入って来ればいいだろ。」
―なんかだんだん面倒臭くなってきた。
だいたい傷をどうするか、風呂をどうするかは自己責任だし、キジャ君もいい大人だし放っといてもいいんじゃない?―
ジェハがそう思っているとキジャが問う。
「井戸か何かあるだろうか?」
『東口にあったわよ。』
「ではそこで水浴びをしてこよう。」
「えっ、ちょっと…」
―してこようってあそこだって人に見られる可能性が…
いや、傷を見られても見られた彼が阿呆なんだ、うん…―
キジャが立ち去ると私はジェハの顔を見上げた。彼は驚いて一歩身を引く。
「リン…?」
『何を隠してるのかしら?』
「え、えっと…」
『さっきの会話が聞こえてたのは仕方ないとして、キジャのあの態度はどう考えてもおかしいしジャハは何か知ってるみたい。あなたは何を見たの?』
「み、見たって…どうしてそう思うんだい!?」
『私が何も聞き取らず気配も感じなかったって事は何かを見たって事でしょ?』
「…鋭いね。」
ジェハは折れて私にキジャの背中にある傷について教えてくれた。
彼の話を聞きながら私は彼の髪をいつものようにまとめてやる。
乾かす為に今までずっと背中に流したままだったからだ。
『背中にある龍の爪による傷跡ね…』
「見られたくないんだと思うんだよ。」
『うーん…本当にそれが理由なのかな…』
「ん?」
そのときキジャが向かった井戸の方にハクが行ったのが視界の端に見えた。
『あ、ハク…』
「そっちはキジャ君がいる方…っ」
『ちょっ、ジェハ!!』
彼は私が止めるのも聞かずにキジャのいる東口の井戸へ龍の脚の力で一瞬にして行ってしまった。
アオもジェハの肩に乗って行ったらしく私の所にはいない。
『はぁ…キジャが背中の傷を隠そうとするかしら…』
―確か先代白龍は父親のはずだし…キジャの事だから背中の傷跡さえ誇りとか言いそうだけど…―
私は不思議に思ってハク、キジャ、ジェハの背中を追った。
キジャは井戸の周囲を確認すると服を脱いで水浴びを始めた。
「よし、少々冷たいがここならば。」
そこにやってきたハクの前にジェハが舞い降りる。まるでハクの目からキジャを隠すように。
「何やってんだ、タレ目。」
「美容体操をちょっとね。」
「ふーん。」
「ハクは?」
「ちょっと水飲みに。」
「そう!じゃあ僕が後で届けてあげるよ。」
ジェハはハクの前で舞うように踊りながら話す。
私はその様子が面白くて少し離れた場所で頬杖をついて笑いながら見物していた。
「別にいーよ、井戸そこだし。」
「湯上がりのヨナちゃん可愛かったよ。会いに行かなくていいの?」
「…何隠してんだ?」
「え…」
「誰かそこいるみてーだけど?」
「ああ、知らないおじさんだよ。」
ハクの動きに合わせてジェハが動き、最終的にぴょーんとハクが上に跳ぶとジェハの脚では跳び過ぎてしまった。
―しまった、僕の脚では跳びすぎる!これで目を反らせて…!!―
ジェハは常に持ち歩いている暗器を帯から出してハクに向けて投げた。
それをハクは易々避けるが、その先にいた私は慌てて暗器を避ける羽目になった。
『危ないなぁ、もう…』
「タレ目…ケンカ売ってんのか。」
「まさか。」
暗器を投げた時、共にアオもハクに向けて飛んだらしい。
今、アオはハクの後頭部にくっついていた。
私は呆れながら近くの柱に刺さった暗器を回収して帯に仕舞うとハクとジェハに歩み寄った。
「これも美容体操の一環だよ。」
「ふーん、じゃあ俺も美容体操しようかなー」
そう言いながらハクは指をゴキッと鳴らす。
―おおっと、何かアガる展開だけどこれじゃハクが去ってくれない!
なんとかキジャ君がいない場所に誘導しなければ…―
『…私もその美容体操とやらに混ぜてもらおうかしら。』
「リン!」
『ジェハ…こんな物投げたら危ないじゃない。
危うくハクが躱した奴が私に刺さるところだったわ。』
「それはごめん。謝るよ…」
「リンなら簡単に避けるだろ…」
「何だ、手合わせか。私も是非。」
「って、コラー!何で君が出て来るかなっ!?」
上半身から雫を垂らしてキジャが話に加わって来た。
「お前か、知らないおじさんは。」
「知らないおじさん?」
『ふふっ…』
「服着なよ、いいから!!」
ジェハに向けた背中は何にも隠されていないのだ。
焦るジェハとのんびり話すキジャの掛け合いは傍から見ていても面白い。
「それが手拭いを忘れた。何か拭く物ないか?」
「ええい、これで拭いとけ!」
ジェハは自分の浴衣を一瞬で脱いでキジャに投げつけるように渡す。
「いや、それは悪い。そなたの服が…」
「ああ、もう面倒臭いな本当に君は!!」
「…どうなってんだ?」
『さぁ?言うなれば心配症のお兄さんと能天気な弟ってところかしら。』
「はぁ?」
意味が分からないとでもいうように肩の上のアオを撫でるハクと苦笑しながら肩をすくめる私は並んでキジャとジェハを見守っていた。
すると騒ぎを聞きつけた仲間達がみんなやってきた。
具合が悪いキジャを心配してきたようだ。
「キジャー、具合悪いって聞いたけど大丈夫ー?」
―ああっ、ぞろぞろ来た!!仕方ない脱出だ。―
「おい、ジェハ。」
「本当だ。具合悪そうだから休ませよう!」
ぐっとキジャの手を引いて背負ってジェハが跳んで逃げようとした瞬間、キジャが叫び声を上げた。
「うぎゃぁあああああ!!」
これにはジェハも含め全員が驚く。
「どうしたの、キジャ!?」
「奴がッ!奴が来た!!」
「奴!?」
『誰?』
「ついにこんな所まで!!ジャハ!頼みがあるっ」
「だからここから去るんだろ!?」
その瞬間、キジャは迷う事なくジェハの上着を脱ぎ背中を私達に晒した。
背中にある傷跡の上には大きな蜘蛛がくっついていた。
「こいつを殺してくれ!!」
私達はポカンとして蜘蛛を見つめた。
たかが蜘蛛かと思う私達、そして傷跡が見えてるがいいのかと疑問に思うジェハ。
「いや、君…背中見えてるよ。」
「もう…いっそ背中ごとぶった斬って…っ」
「だから背中…」
「こやつ…こやつは風呂場でも私の邪魔をしたのだ!!早くっ早くっ…」
「……キジャ君、まさか…君…蜘蛛がいたから温泉入らなかったの…?」
「うむ!!」
こうして蜘蛛は退治されジェハの気負い損だということがはっきりした。
『こんな事だろうと思った。』
「リンは気付いてたのかよ。」
『薄々ね。』
私が笑っているとハクは呆れたように溜息を吐いた。
問題も解決しキジャは温泉に入り直すことにし、ジェハも疲れた為温泉でもう一度休もうと歩き出した。私も彼らの背中を追い掛ける。
『私も温泉入ろうっと。』
「一緒に入るかい?」
『キジャに刺激が強くない?』
「そうかもね。実際今の君の姿も魅力的過ぎるから。」
『そう?』
「もう少し胸元は隠してくれるかい?それ以上は僕が他の男に見せたくない。」
私は微笑んで浴衣を引っ張ると肌蹴た胸元を正した。
それを満足そうに見つめるジェハは歩きながら私の肩を抱き寄せると首筋に顔を埋めた。
『ジェ、ジェハ!?』
「綺麗なうなじだ…色っぽくて僕を誘ってるみたい。」
『なっ…』
彼は笑いながら首筋に唇を寄せると強く吸いついた。痛い程の口付けに私は肩を揺らした。
彼は満足気に私から離れたが、きっと首元には赤い痣が花のように咲いている事だろう。
そのまま温泉に行くと私達は男女で別れた。
「ああ、やはり温泉は良い。蜘蛛も退治したし世話になった、ジェハ。」
「…君には疲れたよ。蜘蛛が居て嫌なら最初に言えばいいだろ。
しょーもない事で人を振り回すのやめてくれないかな。
どうせその背の傷もしょーもない事で付いたものなんだろ?」
髪を結い上げる事もやめて背中に流したまま温泉に身を沈めていたジェハは頭を抱えながらキジャに問う。
私は壁の反対側から2人の会話を聞く。髪は濡れないよう結い上げたままだ。
「傷?ああ、これは先代であった父上がつけた傷(もの)だ。」
「え…」
「私が生まれてすぐにな。」
「君…先代は父親だったのかい?」
「新しい龍が生まれると古い龍は力と寿命を失い用無しとなる。
先代白龍は死の宣告を受け未来ある生まれたばかりの我が子に絶望の傷をつけたのだ。」
―悍ましき(おぞましき)は四龍の業か…
深い傷…なんてものじゃない…―
「なぜ…そんなに明るく話せる…?」
「何を暗くなる必要がある?」
キジャは柔らかく微笑んでジェハを真っ直ぐ見た。
「里で私は監視付きでしか父上に会う事は許されなかった。
だからこの傷は父上が私に触れた“唯一”
この傷は王に仕えたかった父上の熱だ。
私は四龍としてその熱を背に刻み生きてみせる。」
ジェハは長い髪で表情を隠した。
「…どうした?」
「…いや、かつて君を人形だと侮った事を詫びるよ。」
―父親や歴代白龍の無念をこぼさず背負ってその身全てで報いる覚悟…君はどうやら見事な奴らしい。
幾つ傷をつけられようと貫くことを決めた背中…
成程、君は確かに白龍を名乗るに相応しい…―
ジェハは迷いのない真摯なキジャの瞳を美しいと感じた。
「なんだ、それはもうよい。
誰になんと言われようと我が姫様にお仕えしたい気持ちは変わらぬ、と悟った。」
2人の会話に私は笑みを零すと空を見上げた。
『親に触れられた唯一の証、か…』
―父上、母上…いつも私を見ておいでか…?
顔も分からないあなた方を私は想っても手は届かない…
どうしてだろう…背中に傷を負う程なのにキジャが羨ましいの…―
無意識に空に輝く星に手を伸ばしていると壁の向こうからジェハに呼ばれてはっとした。
「リン、そこにいるんだろう?」
『ジャハ…』
「寂しいならこっちに来るかい?」
「おい、ジェハ!」
『…行ってもいい?』
「「え!?」」
両親を想って寂しく思っていた私は手拭いを身体に巻いた。
「ちょっと待って、リン。」
向こう側ではキジャとジェハが急いで腰に手拭いを巻いているようだった。
「そっちに行っても大丈夫かい?」
『うん。』
するとジェハが壁の上に跳び上がってこちらへやってきた。
私は彼に抱き着いて小さく息を吐いた。
「リン?」
『…寂しくなっちゃった。』
「のんびりお喋りでもしようか。」
彼は私を抱き上げると男湯へ戻って温泉に浸かった。
私はジェハの隣に寄り添うように乳白色のお湯を堪能する。
「何かあったのか、リン?」
私の姿に最初は照れていたキジャも私の顔色が悪いのに気付きこちらを向いた。
『…キジャが羨ましいなって思ったの。』
「私が羨ましい?」
『背中に傷があるのだからこんなことを言ったら不謹慎かもしれないけど、父上の記憶があるなんて素敵な事よ。
私は両親の顔も知らずに育ったから。
きっとジェハやシンアも親の顔は知らないかもしれないけど。』
「そうだね…でもリンは元々普通の人間だったんだから、親を恋しく思うのも当たり前だろう?」
『ジェハ…』
「寂しく思う必要なんてない。今は僕もキジャ君達もいるんだから。」
『うん。』
そのとき脱衣所の扉が開く音がして、驚く間もなく私はジェハの逞しい胸に抱き寄せられていた。
お蔭で誰が入って来たのか見ることは出来ず、ジェハの胸に頬を預けてその鼓動を感じることしか出来なかった。
「おお、白龍と緑龍おそろいでっ!黄龍と青龍もまぜてー」
「…黒龍もいるんだけどね。」
「あ、本当だーお嬢ったら大胆~」
「だったら腰に手拭いくらい巻いたらどうだ。」
「そっかそっか。」
「…」
ジェハに解放された頃には腰に手拭いを巻いた四龍に囲まれていた。
「四龍と黒龍が揃ったな。今宵は龍の在り方について語り合おうではないか。」
「…面倒な奴には変わりないけど。」
『ふふっ。だってキジャだもの。』
「四龍と黒龍は兄弟のようなもの。何でも私に申せよ。」
「困った親戚だよ、本当。」
彼らの様子に私は寂しさも忘れて笑うのだった。
そこで私達は久しぶりにまったり過ごしていた。
「リン、温泉行きましょ!!」
『ちょっ…姫様!』
無邪気なヨナに手を引かれて私は苦笑しながら走り出す。
私の肩にはアオが飛び乗っていた。
「ヨナちゃんもリンもやっぱり女の子だね。温泉であんなに喜ぶんだから。」
「うむ。」
ヨナに合わせて走りながら後ろを振り返るとジェハが小さく手を振ってくれていた。
最初に露天風呂に入っていたのはユンとゼノだった。
「安くて入れる温泉があって良かったね。
ゼノ、じっとして。髪しばる。」
温泉の中でゼノの髪をユンが結い上げていると脱衣所にハク、キジャ、シンア、ジェハがやってきた。
「皆も早く来るといいから。」
「お子様達は素早いね。」
ジェハは髪紐を解いて髪を背中に散らす。
シンアは初めて見る温泉に興味津々なようだ。
「ヨナちゃんとリンは向こう側にいるんだよね。」
「うん。」
「2人だけで寂しいよね。僕が行って…」
その瞬間ハクの大刀がジェハの顔の横に振り下ろされた。
「冗談だって、ハク…」
「青龍、温泉初めて?服は全部脱ぐといいから。」
「面も外さなきゃねっ」
ジェハがシンアの背後からバッと仮面を外すがシンアは目をぎゅっと閉じていた。
またしてもジェハはシンアの美しい瞳を見ることができなかったのだ。
「シンア君!目をあけてごらんっ」
「シンア、そいつ一ぺん心臓麻痺であの世に送ったれ。」
ハクは上着を脱いで鍛えられた身体を顕わにしながら呟いた。
結局シンアは服を脱いで仮面を片手に湯船へ逃げてしまった。
脱衣所に残されたのはキジャとジェハだけ。
ハクはジェハとシンアがバタバタしている間に静かにユンやゼノと合流していた。
「どうしたのキジャ君。」
「あ、いや。…私は遠慮する。」
「風呂嫌い?」
「いや、風呂は好きだが…」
「ならいいじゃないか。こういうのは付き合いだよ。」
「わっ!よせッ、やめんか!!」
「さぁさぁさぁ。」
ジェハはするっとキジャの服を剥ぎ取っていく。
「何かモメてる?」
「嫌がらせしてんだろ。」
「何を出し惜しみしてんだか。」
だが上着を剥いで見えたキジャの背中に大きな傷跡を見たジェハはなんとなくそっと上着を元に戻した。
「…戦闘での怪我…じゃないよね?」
「…あぁ、これは何でもない。失礼する。」
キジャを見送ってジェハも服を脱ぐと温泉へ向かった。
長い髪は緩くまとめてられていてうなじを色っぽく魅せていた。
「あれ、キジャは?」
「…気分が悪いから休むって。」
「えっ、そうなんだ。」
―あの傷…最近のものじゃないな。少なくとも10年以上昔…
何か…獣の爪跡みたいな…まさか自分で?
いや、そんな自傷行為をする子じゃないだろう。
でもあの傷は間違いなく龍の爪…キジャ君以外で龍の爪を持つ者がいるとすれば…―
そこでジェハははっと気づいた。
「先代白龍…」
「何か言った?」
「あ、いや何でも。」
背中を洗いあっているユンとゼノに微かに声が聞こえたらしいがそれはどうにか誤魔化した。
―先代につけられた傷…か。そりゃ他人に見せたいものではないよな…
教科書通りに動き甘やかされて育ったものと思っていたけど…―
「なかなか人間臭い部分もあるじゃないか。」
ジェハはそう呟くと息を吐いて温泉を楽しむことにした。
そのときだった、私やヨナの笑い声が聞こえてきたのは。
私とヨナは揃って花弁が舞う露天風呂に入った。
「気持ちいー…」
『ふぅ…久しぶりにのんびりできそうですね。』
長くなってきた髪を結い上げて温泉を楽しんでいるとヨナが私をじっと見つめていた。
『ど、どうしました…?』
「リンって…」
『はい…?』
「本当に綺麗よね…」
『と、唐突ですね…』
「だって肌だってツルツルで胸だって大きくて…」
『ちょっと姫様!!?』
私達はじゃれ合うように笑い合った。
年相応のはしゃぎなんて久しぶりで私達の笑い声が空に響いていく。
『私なんていつもボロボロですよ…
身体のあちこちに大きな傷跡があって、女としては綺麗なんてことないんです。』
「その傷跡も全部含めてリンなのよ?」
『姫様…』
「むっ…」
『えっと…ヨナ?』
名前で呼ぶと彼女は嬉しそうに微笑む。
「リンの強さも弱さも全部その傷跡が語ってるじゃない。
それって素敵なことだと思うの。」
『ヨナ…』
「実際そんなリンだからジェハだって愛してくれてるんでしょ?」
『っ…///』
「そうやって照れるところなんていつものリンからは想像できないわ。」
『ヨナ!それ以上からかったら怒りますよ。』
「ふふっ、ごめんなさい。」
『でも…実際こんな無茶ばっかりやって素直じゃない私を愛してくれるジェハには感謝してるんです…』
私の言葉にヨナは顔を上げて私を見つめた。
私はお湯を手で汲み指の隙間を流れる水滴を見つめながら言葉を紡いだ。
『愛なんて正直知らなかったうえに、ただ姫様を死ぬその時まで守れたらいいと思っていましたから。
それがジェハと会って彼が愛してくれてからしつこく生きたいって思ったのです。
ジェハも素直ではないので一人で抱えてしまうでしょう?』
「そうね。何を考えているのか分からない時があるわ。」
『それなのに私の事には敏感に気付いてしまうんですよ。そんな彼だから私も支えたいなって。』
「素敵!!」
私達の会話を一枚壁を隔てた向こう側にいた男性陣は聞いて微笑んでいたなんて私達は知らない。
「良かったな、ジェハ兄さん?」
「…僕達が聞いてるなんてリンもヨナちゃんも知りもしないんだろうね。」
「照れ隠し?」
ユンの言葉にジェハは顔を背けたがその耳は少し赤かった。
きっとそれは温かい温泉の所為ではないだろう。
『ん?』
「どうしたの?」
『もしかして…ヨナはそこで待ってて下さい。』
「え、うん。」
私は手拭いをさっと身体に巻くと温泉から出て壁を叩いた。
「「「「「っ!!?」」」」」
『そこで聞いてたでしょ、皆…』
「あ、リン…」
「聞くつもりはなかったんだけどね。」
『はぁ…恥ずかしい。』
「照れてる君を見れなくて残念だよ。」
「そう言ってる緑龍が照れてるから~」
「ゼノ君!!」
「ふふっ」
ヨナもいつの間にか私の背後で私達の会話を聞いて笑っていたのだった。
十分温まってから私とヨナは温泉から上がると桜柄の浴衣を着て帯を締めた。
私は帯を緩く締めていた為、胸元が少し肌蹴ている。
髪は結い上げたままアオを拭いてやって肩に乗せていた。
ジェハも温泉から上がり無地の浴衣を羽織ると腰の低い位置で帯を締め、胸元は大きく開けていた。
部屋に戻る途中に頭を抱えて座りこんでいるキジャを見つけた。
―ええっと…思った以上に僕は深い傷に触れてしまったらしい…―
「キジャ君、誰にも言わないから君は日が沈んでからこっそり温泉に入るといい。」
「…もうよい。行きたくない…」
―重症だ。馬鹿なのかと思うくらい前向きで気が強いキジャ君がここまで打ちのめされるとは…―
そのときジェハの脳裏に先代緑龍の顔と共に生活した日々が蘇った。
―先代…か。これ以上踏み込むべきじゃないね…―
そこに私とヨナが通りかかった。
私はキジャが温泉にいなかったことに気配で気付いていたものの、ヨナはそのことを知らない。
「キジャ、どうしたの?湯当たりしちゃった?」
「いえ、私は入っていないのです。」
「あら、どうして?」
「それ…は…」
するとジェハがさっと戻ってきてふらつくキジャを支えた。
「僕がやめろって言ったんだよ、顔色悪いから。」
「そなたその様な事言ったか?」
「ニブいな。話合わせなよ。」
『?』
「そういえば顔色少し悪いかも…横になってた方が良くない?」
ヨナはすっとキジャに近付いて額に手を当てる。
ふわっと甘い香りがヨナから漂いキジャは身を引いて行く。
「へ…へいき…です…」
ヨナは首を傾げながら歩み去ろうとする。
「リン、行かないの?」
『ちょっと気になる事があるので先に行ってて下さい。その先にハク達がいるようなので。』
「わかったわ。」
ガヤガヤしている音が微かに奥から聞こえてきた為、その方向にヨナを誘導して彼女が一人にならないよう配慮してから私はキジャとジェハに向き直った。
するとヨナが立ち去った後、ジェハはキジャに問うていた。
彼のヨナに対する態度が不審だったからだ。
「何?」
「ジェハよ…私は汗臭くないか?」
私とジェハはすっとキジャに顔を寄せてすんっと嗅いでみた。
「…別に気にならないけど。」
「姫様から良い香りがするのだ…」
「リンからも香ってるけど…」
『私はいつもだから。』
「あ、そうか。」
「風呂にも入ってない自分が恥ずかしい。」
「知らないよ。だから入って来ればいいだろ。」
―なんかだんだん面倒臭くなってきた。
だいたい傷をどうするか、風呂をどうするかは自己責任だし、キジャ君もいい大人だし放っといてもいいんじゃない?―
ジェハがそう思っているとキジャが問う。
「井戸か何かあるだろうか?」
『東口にあったわよ。』
「ではそこで水浴びをしてこよう。」
「えっ、ちょっと…」
―してこようってあそこだって人に見られる可能性が…
いや、傷を見られても見られた彼が阿呆なんだ、うん…―
キジャが立ち去ると私はジェハの顔を見上げた。彼は驚いて一歩身を引く。
「リン…?」
『何を隠してるのかしら?』
「え、えっと…」
『さっきの会話が聞こえてたのは仕方ないとして、キジャのあの態度はどう考えてもおかしいしジャハは何か知ってるみたい。あなたは何を見たの?』
「み、見たって…どうしてそう思うんだい!?」
『私が何も聞き取らず気配も感じなかったって事は何かを見たって事でしょ?』
「…鋭いね。」
ジェハは折れて私にキジャの背中にある傷について教えてくれた。
彼の話を聞きながら私は彼の髪をいつものようにまとめてやる。
乾かす為に今までずっと背中に流したままだったからだ。
『背中にある龍の爪による傷跡ね…』
「見られたくないんだと思うんだよ。」
『うーん…本当にそれが理由なのかな…』
「ん?」
そのときキジャが向かった井戸の方にハクが行ったのが視界の端に見えた。
『あ、ハク…』
「そっちはキジャ君がいる方…っ」
『ちょっ、ジェハ!!』
彼は私が止めるのも聞かずにキジャのいる東口の井戸へ龍の脚の力で一瞬にして行ってしまった。
アオもジェハの肩に乗って行ったらしく私の所にはいない。
『はぁ…キジャが背中の傷を隠そうとするかしら…』
―確か先代白龍は父親のはずだし…キジャの事だから背中の傷跡さえ誇りとか言いそうだけど…―
私は不思議に思ってハク、キジャ、ジェハの背中を追った。
キジャは井戸の周囲を確認すると服を脱いで水浴びを始めた。
「よし、少々冷たいがここならば。」
そこにやってきたハクの前にジェハが舞い降りる。まるでハクの目からキジャを隠すように。
「何やってんだ、タレ目。」
「美容体操をちょっとね。」
「ふーん。」
「ハクは?」
「ちょっと水飲みに。」
「そう!じゃあ僕が後で届けてあげるよ。」
ジェハはハクの前で舞うように踊りながら話す。
私はその様子が面白くて少し離れた場所で頬杖をついて笑いながら見物していた。
「別にいーよ、井戸そこだし。」
「湯上がりのヨナちゃん可愛かったよ。会いに行かなくていいの?」
「…何隠してんだ?」
「え…」
「誰かそこいるみてーだけど?」
「ああ、知らないおじさんだよ。」
ハクの動きに合わせてジェハが動き、最終的にぴょーんとハクが上に跳ぶとジェハの脚では跳び過ぎてしまった。
―しまった、僕の脚では跳びすぎる!これで目を反らせて…!!―
ジェハは常に持ち歩いている暗器を帯から出してハクに向けて投げた。
それをハクは易々避けるが、その先にいた私は慌てて暗器を避ける羽目になった。
『危ないなぁ、もう…』
「タレ目…ケンカ売ってんのか。」
「まさか。」
暗器を投げた時、共にアオもハクに向けて飛んだらしい。
今、アオはハクの後頭部にくっついていた。
私は呆れながら近くの柱に刺さった暗器を回収して帯に仕舞うとハクとジェハに歩み寄った。
「これも美容体操の一環だよ。」
「ふーん、じゃあ俺も美容体操しようかなー」
そう言いながらハクは指をゴキッと鳴らす。
―おおっと、何かアガる展開だけどこれじゃハクが去ってくれない!
なんとかキジャ君がいない場所に誘導しなければ…―
『…私もその美容体操とやらに混ぜてもらおうかしら。』
「リン!」
『ジェハ…こんな物投げたら危ないじゃない。
危うくハクが躱した奴が私に刺さるところだったわ。』
「それはごめん。謝るよ…」
「リンなら簡単に避けるだろ…」
「何だ、手合わせか。私も是非。」
「って、コラー!何で君が出て来るかなっ!?」
上半身から雫を垂らしてキジャが話に加わって来た。
「お前か、知らないおじさんは。」
「知らないおじさん?」
『ふふっ…』
「服着なよ、いいから!!」
ジェハに向けた背中は何にも隠されていないのだ。
焦るジェハとのんびり話すキジャの掛け合いは傍から見ていても面白い。
「それが手拭いを忘れた。何か拭く物ないか?」
「ええい、これで拭いとけ!」
ジェハは自分の浴衣を一瞬で脱いでキジャに投げつけるように渡す。
「いや、それは悪い。そなたの服が…」
「ああ、もう面倒臭いな本当に君は!!」
「…どうなってんだ?」
『さぁ?言うなれば心配症のお兄さんと能天気な弟ってところかしら。』
「はぁ?」
意味が分からないとでもいうように肩の上のアオを撫でるハクと苦笑しながら肩をすくめる私は並んでキジャとジェハを見守っていた。
すると騒ぎを聞きつけた仲間達がみんなやってきた。
具合が悪いキジャを心配してきたようだ。
「キジャー、具合悪いって聞いたけど大丈夫ー?」
―ああっ、ぞろぞろ来た!!仕方ない脱出だ。―
「おい、ジェハ。」
「本当だ。具合悪そうだから休ませよう!」
ぐっとキジャの手を引いて背負ってジェハが跳んで逃げようとした瞬間、キジャが叫び声を上げた。
「うぎゃぁあああああ!!」
これにはジェハも含め全員が驚く。
「どうしたの、キジャ!?」
「奴がッ!奴が来た!!」
「奴!?」
『誰?』
「ついにこんな所まで!!ジャハ!頼みがあるっ」
「だからここから去るんだろ!?」
その瞬間、キジャは迷う事なくジェハの上着を脱ぎ背中を私達に晒した。
背中にある傷跡の上には大きな蜘蛛がくっついていた。
「こいつを殺してくれ!!」
私達はポカンとして蜘蛛を見つめた。
たかが蜘蛛かと思う私達、そして傷跡が見えてるがいいのかと疑問に思うジェハ。
「いや、君…背中見えてるよ。」
「もう…いっそ背中ごとぶった斬って…っ」
「だから背中…」
「こやつ…こやつは風呂場でも私の邪魔をしたのだ!!早くっ早くっ…」
「……キジャ君、まさか…君…蜘蛛がいたから温泉入らなかったの…?」
「うむ!!」
こうして蜘蛛は退治されジェハの気負い損だということがはっきりした。
『こんな事だろうと思った。』
「リンは気付いてたのかよ。」
『薄々ね。』
私が笑っているとハクは呆れたように溜息を吐いた。
問題も解決しキジャは温泉に入り直すことにし、ジェハも疲れた為温泉でもう一度休もうと歩き出した。私も彼らの背中を追い掛ける。
『私も温泉入ろうっと。』
「一緒に入るかい?」
『キジャに刺激が強くない?』
「そうかもね。実際今の君の姿も魅力的過ぎるから。」
『そう?』
「もう少し胸元は隠してくれるかい?それ以上は僕が他の男に見せたくない。」
私は微笑んで浴衣を引っ張ると肌蹴た胸元を正した。
それを満足そうに見つめるジェハは歩きながら私の肩を抱き寄せると首筋に顔を埋めた。
『ジェ、ジェハ!?』
「綺麗なうなじだ…色っぽくて僕を誘ってるみたい。」
『なっ…』
彼は笑いながら首筋に唇を寄せると強く吸いついた。痛い程の口付けに私は肩を揺らした。
彼は満足気に私から離れたが、きっと首元には赤い痣が花のように咲いている事だろう。
そのまま温泉に行くと私達は男女で別れた。
「ああ、やはり温泉は良い。蜘蛛も退治したし世話になった、ジェハ。」
「…君には疲れたよ。蜘蛛が居て嫌なら最初に言えばいいだろ。
しょーもない事で人を振り回すのやめてくれないかな。
どうせその背の傷もしょーもない事で付いたものなんだろ?」
髪を結い上げる事もやめて背中に流したまま温泉に身を沈めていたジェハは頭を抱えながらキジャに問う。
私は壁の反対側から2人の会話を聞く。髪は濡れないよう結い上げたままだ。
「傷?ああ、これは先代であった父上がつけた傷(もの)だ。」
「え…」
「私が生まれてすぐにな。」
「君…先代は父親だったのかい?」
「新しい龍が生まれると古い龍は力と寿命を失い用無しとなる。
先代白龍は死の宣告を受け未来ある生まれたばかりの我が子に絶望の傷をつけたのだ。」
―悍ましき(おぞましき)は四龍の業か…
深い傷…なんてものじゃない…―
「なぜ…そんなに明るく話せる…?」
「何を暗くなる必要がある?」
キジャは柔らかく微笑んでジェハを真っ直ぐ見た。
「里で私は監視付きでしか父上に会う事は許されなかった。
だからこの傷は父上が私に触れた“唯一”
この傷は王に仕えたかった父上の熱だ。
私は四龍としてその熱を背に刻み生きてみせる。」
ジェハは長い髪で表情を隠した。
「…どうした?」
「…いや、かつて君を人形だと侮った事を詫びるよ。」
―父親や歴代白龍の無念をこぼさず背負ってその身全てで報いる覚悟…君はどうやら見事な奴らしい。
幾つ傷をつけられようと貫くことを決めた背中…
成程、君は確かに白龍を名乗るに相応しい…―
ジェハは迷いのない真摯なキジャの瞳を美しいと感じた。
「なんだ、それはもうよい。
誰になんと言われようと我が姫様にお仕えしたい気持ちは変わらぬ、と悟った。」
2人の会話に私は笑みを零すと空を見上げた。
『親に触れられた唯一の証、か…』
―父上、母上…いつも私を見ておいでか…?
顔も分からないあなた方を私は想っても手は届かない…
どうしてだろう…背中に傷を負う程なのにキジャが羨ましいの…―
無意識に空に輝く星に手を伸ばしていると壁の向こうからジェハに呼ばれてはっとした。
「リン、そこにいるんだろう?」
『ジャハ…』
「寂しいならこっちに来るかい?」
「おい、ジェハ!」
『…行ってもいい?』
「「え!?」」
両親を想って寂しく思っていた私は手拭いを身体に巻いた。
「ちょっと待って、リン。」
向こう側ではキジャとジェハが急いで腰に手拭いを巻いているようだった。
「そっちに行っても大丈夫かい?」
『うん。』
するとジェハが壁の上に跳び上がってこちらへやってきた。
私は彼に抱き着いて小さく息を吐いた。
「リン?」
『…寂しくなっちゃった。』
「のんびりお喋りでもしようか。」
彼は私を抱き上げると男湯へ戻って温泉に浸かった。
私はジェハの隣に寄り添うように乳白色のお湯を堪能する。
「何かあったのか、リン?」
私の姿に最初は照れていたキジャも私の顔色が悪いのに気付きこちらを向いた。
『…キジャが羨ましいなって思ったの。』
「私が羨ましい?」
『背中に傷があるのだからこんなことを言ったら不謹慎かもしれないけど、父上の記憶があるなんて素敵な事よ。
私は両親の顔も知らずに育ったから。
きっとジェハやシンアも親の顔は知らないかもしれないけど。』
「そうだね…でもリンは元々普通の人間だったんだから、親を恋しく思うのも当たり前だろう?」
『ジェハ…』
「寂しく思う必要なんてない。今は僕もキジャ君達もいるんだから。」
『うん。』
そのとき脱衣所の扉が開く音がして、驚く間もなく私はジェハの逞しい胸に抱き寄せられていた。
お蔭で誰が入って来たのか見ることは出来ず、ジェハの胸に頬を預けてその鼓動を感じることしか出来なかった。
「おお、白龍と緑龍おそろいでっ!黄龍と青龍もまぜてー」
「…黒龍もいるんだけどね。」
「あ、本当だーお嬢ったら大胆~」
「だったら腰に手拭いくらい巻いたらどうだ。」
「そっかそっか。」
「…」
ジェハに解放された頃には腰に手拭いを巻いた四龍に囲まれていた。
「四龍と黒龍が揃ったな。今宵は龍の在り方について語り合おうではないか。」
「…面倒な奴には変わりないけど。」
『ふふっ。だってキジャだもの。』
「四龍と黒龍は兄弟のようなもの。何でも私に申せよ。」
「困った親戚だよ、本当。」
彼らの様子に私は寂しさも忘れて笑うのだった。