主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
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これは幼き4人がお忍びで城下町へ遊びに行った時のお話…
緋龍城の窓から6歳のヨナは街を見下ろした。
「お城の外はいつも賑やかね。お空の星より明るいわ。何があるのかしら。」
「ヨナは城下町に行った事はないんですか?」
「姫さん、方向音痴だから迷子になるもんな。」
『ふふっ、姫様なら有り得るかも。』
「だろ?」
9歳の私達は緋龍城に遊びに来ていて同じ室内で話していたのだ。
「誰が方向音痴よ!」
「3人は仲良しでいいなあ。」
「どーしてそう見えるの、スウォン!!」
ヨナは私やハクに向けて近くにあった果物や本を投げてくる為、私達は必死に避けたり割れたら困る物は受け止めていた。
それが落ち着くとヨナはそっと口を開いた。
「城下町はここからしか見たことないわ。危ないから行っちゃだめって父上が。」
「そうですか。」
「そうなの。」
「…」
「…」
「『…』」
黙ってしまったヨナとスウォンを私とハクは果物を食べながらただ見守っていた。
「行きたい?」
「えっ」
「城下町に行ってみたいですか?」
「だ…だめよ!そんな父上が禁じてることをするなんて。外は危険なのよ。だいたい外なんか行ったって…」
私達がじっとヨナを見つめると彼女は頬を赤く染めた。
その表情は正論を述べている口に反して素直だった。
「行こっか。」
スウォンの言葉にヨナは正直に頷いた。
そんな翌日、五部族会議が行われている間に私達は裏口を通って城を抜け出した。
「ヨナ…ヨナ、おいで。」
『大丈夫ですよ。』
「でも…」
「ビクビクしてると目立っちゃいますよ。
姫さんのビビリー、城では大暴れしてるだろ。」
「な…大暴れなんてしてないもん!」
感情のままに飛び出してきたヨナを私とハクはすっと捕まえる。
「『ほい、出てきた。』」
するとヨナは初めてみる活気溢れる街並みに目を輝かせた。
彼女の様子に私、ハク、スウォンの顔からも笑みが零れる。
「人がいっぱい…っ」
「今、城では五部族会議が行われていますからね。」
『会議が終わるまで遊んでいても大丈夫でしょう。』
「しかし、お前妙な抜け道知ってんのな。」
「日々冒険ですっ」
「スウォンとハクとリンはよく城下町(ここ)に来ているの?」
『私とハクはよくじいやに連れられて。』
「いーなあ。私もムンドク将軍と来たいなぁ。」
「うるせーだけだぞ。」
『街中で必ず喧嘩し始めるし…止める私の身にもなってほしいものだわ。』
「うっ…」
「スウォンは?」
「私は数えるほどしか来てませんよ。」
そこから私達は歩き出すのだが、身体の小さいヨナは大人の背中で前が見えないようだった。
ぴょんぴょんと跳びまわるヨナの様子に私とハクはフッと笑った。
「姫さん。」
ハクは優しく彼女を呼ぶとひょいっと肩車してやった。それだけで視界が開けてヨナは無邪気に笑った。
私も彼女を見て微笑み、周囲にいる大人もヨナとハクの仲のいい様子にクスクス笑っていた。
「見えたか?」
「う、うん。あ!あっちに楽師がいるわ。」
「はいはい。」
「おっと…」
『スウォン?』
「わ、わわっ」
『おいで、スウォン。』
私が手を差し出すと彼は嬉しそうに私の手を取った。
「えへへへ。」
『どうしたの?』
「気色悪ィな。」
私のもう一方の手はハクと繋がれている。
彼やムンドクと街に来る時もはぐれないように繋いでいる為、これは自然な事だった。
「兄上や姉上がいたらこんな感じなんでしょうか。」
「あー?あー…風牙じゃたくさんチビ共がいるからな。」
『ハクの上に乗って来る子達も多いし。』
「あいつらに比べたらお前らは楽なもんで…」
「ねぇ、ハク。あれはなに?」
すると私達の前に揚げ団子の屋台が見えた。ヨナにとっては初めて見る料理だった。
それを食べている途中、スウォンがある人物に気付いてハクの背中を強く押した。
「伏せて!!」
「うぐっ!?」
『えっ!?』
ハクはそのまま倒れ、彼と手を繋いでいた私も地面にぺたんと座りこんでしまった。ヨナはハクの上に座っている為平気そうだ。
「どうしたの!?」
「ジュドさんです。」
彼が見つけたのは空の部族、近衛兵一番隊隊長ハン・ジュド、当時24歳。
城から抜け出した私達を探しているようだった。
「…よぉくわかった。てめーら、風の部族(うち)のチビ達より厄介だ。」
ハクがイライラしながら立ち上がり、私も痛む尻を払いながら苦笑する。
「で?金はあるんだろうな、ガキ共。」
「金…は…スウォン、持ってるか?」
「…あれ?いつもは持ってるんですけど。」
「リンは…?」
『持って来てないわよ…』
「つまり今は持ってねぇと?」
「ハッ、ちょっと待っててください。」
すると突然スウォンが駆け出し、近くを歩いていた男性と話してからお金を受け取って来た。
「はい、50リン。揚げ団子あと9個下さい!」
「あいよ。」
「なんだ、その金。なんださっきのおっさん。」
「優しいおじさんがくれました。」
『そんなワケないでしょ…何でおじさんがお金くれるのよ。』
「美味しい…これ中に芋餡が入ってるんですね。」
「そう、その餡がうめーんだよ。」
上手くはぐらかされそうになったが、私とハクは両側から間に立つスウォンを睨む。
「いや、そーじゃなくてさっきのおっさん…」
「ヨナ、美味しい?」
見てみるとヨナは幸せそうに揚げ団子を食べていた。
その後、楽師の演奏を聞いたり店を見て回ったり4人でフラフラと歩き回った。
するとふらついたヨナが誰かの背中にぶつかってしまった。
「おい、子供。ぶつかっておいて何か言う事はないのか。
ん?子供…どこかで見た顔だな。」
さっと私とハクはヨナを背後に隠すように立った。
『ごめんなさい、私達の妹なの。』
「許してやってくれ。」
「許さん。なぜなら私は火の部族将軍が次男カン・テジュンだから!!」
面倒な奴に絡まれたと思い私達はテジュンの話も聞かずに近くにいた猫と戯れていた。
「聞けよ、チビッコ共!!お前らなど父上に言い付ければ百叩きの刑だ!!」
「悪ィっつってんだろ。」
「“テジュン様、申し訳ございません。海よりも深い御心でお許し下さい”だ!土下座で!!」
「スイマセンデシター」
「ムキー、このガキ!」
『ぶつかっただけで子供に喰ってかかるなんて大人気ないですよ、テジュン様。』
「このガキ…先程から…」
私、ハク、スウォンがテジュンに足止めされている間にヨナは近くの装飾品を見に行ってしまった。
「お嬢ちゃん、それ欲しいのかい?おじさんが買ってあげようか。」
ヨナは知らない男に声を掛けられ、そのまま眠らされて連れて行かれてしまった。
私はテジュンと言い合うハクを見ながら溜息を吐き、はっとした。
『ヨナ…?』
慌てて周囲を見回すが彼女の姿が見えない。
『ハク!スウォン!!ヨナがいない!!』
「え!?」
「何!?ちくしょ…」
「待て!まだ話は…」
私達が彼女を探そうと駆けだした頃、テジュンは背後から兄のカン・キョウガに肩を掴まれ足を止めた。
「テジュン…何を油売っている。」
「ヒィッ、兄上ッ」
「父上をお迎えに行くと言っただろうが。
しかも往来で子供相手にケンカなど恥さらしが。」
「あっ、兄上。私は礼儀を教えて…」
そんなテジュンを放置して私達は走る。
だが、一向に小さなヨナは見つかるはずもなかった。
「どこまで行ったんだ、姫さん。」
「名を大声で呼ぶ訳にもいきませんしね。」
『この人ごみだとあんな小さな姫様は流されてしまう…』
私とハクが苦い表情で考えているとスウォンが言った。
「ハク、リン。ついて来て下さい。」
彼に連れられて私とハクは少しずつ裏通りに入って行った。
「おい、なんかどんどん暗くなってくぞ。」
「ウォン!久しぶりだな、元気だったか。」
「おー、ボウズ。こっち来いよ。」
『…ウォン?』
「お久しぶりです、おじさん達。」
「ウォン~いくつになった?酒飲むか?」
「飲みません。」
飲んだくれだらけの路地裏で私とハクはきょろきょろするだけ。
「…おい、何だこの酔っ払い達は。」
「町に来た時お話のお相手してくれるおじさん達です。」
『お話のお相手?ならず者の集団ではないの?』
「皆良い人ですよ。」
「…お前さ、城下町に数える程しか来てねェっつーの嘘だろ。」
『かなり来てるわね、身分隠して。』
「だって面白いお話がいっぱい聞けるんですよ。」
そしてスウォンは男達に尋ねた。
「あのちょっと迷子を捜してるんです。赤い髪の6歳の女の子。」
「見たか?」
「いや、見てないね。」
「オギさん、あんた見たか?」
彼らが声を掛けたのは一番奥の辺りに座り王棋(高華国の将棋のようなもの)をしている長髪の男性だった。
「知らねェよ。今日はずっとここで賭け王棋やってんだ。うがーっ、ちくしょう!!」
「話しかけない方がいいぞ。負け続けて気が立ってんだ。」
「でも迷子だろ?ちょっとヤベェんじゃねぇの?」
「『ヤバイ?』」
「近頃この辺で子供(ガキ)を狙う攫い屋が出没してるらしい。」
男性の言葉に私とハクは息を呑んだ。
「緋龍城の城下町で人攫い!?嘘だろ!?」
「ボウズ、イル王は武器を厭う平和主義者だが、人が集まる所にある闇はそう簡単に消えやしねぇよ。」
『攫った子供はどうするの…?』
「戒帝国に売るって噂も…」
するとスウォンが鋭い眼光をオギと呼ばれる男に向けた。
「オギさん、お願いします。力を貸して下さい。」
「何でこんなおっさんに力借りるんだよ。」
『オギさん…聞いた事ある名前だわ。東区の裏の“顔”…?』
「えぇ。オギさん、あなたならこの城下町で小さな女の子を見つける事など造作も無いはず。」
「…黒豚焼き肉が食いてェな。」
「出たよ、おねだり。」
「オギさん、可愛いウォンの頼みだろ。」
「わかりました、焼き肉はまた別の日に…」
「可愛くねェよ、こんなガキ。黒豚は今日だ。明日はギョーザ。」
「オギ~もう手はないだろ。投了しろよ。」
「うるせェな。ちょっと待て。」
王棋で負けそうになっているオギは苛立ちから近くにあった酒を手に取った。
「オギさん、お願…」
「やかましい、黙ってろ!!こっちはこれに負けたら金ナシなんだよ。」
酒をスウォンに掛けようとしたが、その酒は彼を庇った私とハクに掛かった。
「…頼み事してる身で礼を欠いちゃ悪いと思うがよ。」
『おじさん…彼はあなたが酒をぶっかけていいような相手じゃないのよ。』
「真っ昼間から酔いが醒めねェんなら、俺達が醒ましてやろうか。」
私とハクの鋭い眼光と言葉にスウォンは尊敬の眼差しを向け私達の後ろで照れくさそうに微笑んだ。
「…クッククク…ボウズにお嬢ちゃんよぉ…いい瞳をしているな。」
オギは私とハクから目を逸らしていた。
―目ェそらしてる…―
―睨み負けしたっ!―
―怖かったの?そのちみっ子が怖かったの、オギさんっ!?―
「ウォン、その赤い髪のガキはお前の大事なヤツか?」
「はい。」
「…フン、じゃあ貸しだからな。」
『うーん、オギさん…あなたに貸しを作るとややこしそうなので今返しますね。』
「「え?」」
私の言葉にハクとスウォンが目を丸くする。
私は微笑んだまま王棋に近付いて駒を一つ動かした。
『これをこうして…はい、詰み♡』
「えっうおー!!勝った!!」
「うそだろ!?そんな手が…」
「ずりーよ、オギ~」
『これで借りはありませんよ、オギさん。ご協力お願いします。』
「やるねぇ、お嬢ちゃん。」
オギは私の髪をくしゃっと撫でて小さく微笑むため、私は無邪気な笑みを返した。
「野郎共、子供(ガキ)探しだ。別の区の奴らとも連携取れ!!
少しの情報でも即ウォンとお嬢にまわせ!!」
「よろしくお願いしますっ!!」
私とハクは並んでスウォンを後ろから見守っていた。
―なんか…スウォン(こいつ)ってすげぇ…―
ハクはそっと私に問うた。
「よく王棋で一瞬にして王手に持って行けたな。」
『何でも出来るように仕込まれたからね…
私はハクの側近として何でも出来なきゃいけないの。』
「リン…」
『力ではハクに敵わないから、それなら少しでも頭を使えれば…少しでも知識で役に立てたら…
そうやっていろんな事を学んで、体力だってつけた。
全部ハクに置いて行かれないようにだよ。』
私が苦笑すると彼はふわっと笑って私を抱き寄せてくれた。
『ハク…?』
「置いて行かねェよ。そうだろ、相棒?」
『…うんっ!!』
「俺もお前みたいな強くて賢い美人が相棒だって自慢だな。」
『ふふっ…ハクがそんな事言うなんて珍しい。』
「…うるせぇ。」
そうしている間にヨナの容姿がオギによって男達に伝えられる。
「探すのは6歳の娘。髪は赤いくせ毛で肩まで。白と桃色の着物だ。おい、娘の名は?」
スウォンは手を頭の上で交差させた。ヨナの名前を告げる事は出来ないからだ。
「名なしだ!他に特徴は?」
「目がくりくりでかわいいです。」
「それ参考になるのか?」
「よーし、目がくりくりでかわいいを探せ!」
『人攫いにあった可能性もあります。慎重にお願いします。…お気をつけて。』
「「「「「おぅ!!!」」」」」
「こんな可愛い子に頼まれたら怪我もできねぇぜ!!」
すごい人数が集まって来て情報収集の為に街に飛び出して行った。
私は屋根に飛び乗って目を閉じると情報に耳を傾け、ヨナの気配を探った。
オギはスウォンと話していた。その内容も私の耳に届く。
「店の主人に聞いた。女の子はある男に声をかけられていたそうだ。
その男は品を買ってやると言ったが女の子は断ったらしい。」
「その男の特徴は?」
「色黒の大男だそうだ。…攫い屋のセンが濃くなったな。」
「…オギさん、東区城下町の門と他区への連絡通路を少しの間封鎖出来ませんか?」
「封鎖か…ちとややこしいんだよな。」
「無理ですか?」
「…ちっ、俺を誰だと思ってる。ちょっと待ってろ。話つけてくる、すぐにだ。」
「よろしくお願いします。」
―凄い…まさかスウォンが人を動かすの上手いなんて…―
封鎖の内容をハクに伝えると彼は目を輝かせた。
「すげぇ…スウォン(あいつ)の一言でこの町が動いている…」
『えぇ…オギさんや他の皆の情報と伝達力も凄いけど、そういう人達は誰にでも情報をくれるわけではない。
きっとスウォンだから情報を与えるんだわ。』
「現にお前はさっきの王棋で一杯かましたし、その後心配するような優しいとこも魅せてるから信頼されたんだろうよ。」
『スウォンは見た目にそぐわず大きくてキラキラした光みたいな子だから…』
「あぁ…だから何かをひっくり返す力があるんじゃないかって…
それに気付いてしまったらみんな近付きたくて仕方ないんだ。」
私とハクは頷き合うと屋根から飛び降りてスウォンに駆け寄った。
「今門と連絡通路の前で通行人の荷を検めている(あらためている)から。」
『不審人物を探せばいいのね。』
「攫い屋ならばむやみに危害は加えてないはず。必ずヨナを見つけて。」
「当たり前だ。」
私達3人は拳をぶつけ合った。ここからは私とハクの出番だ。
―姫さん/姫様…無事でいろ/いて…―
『ハク、色黒の大男よ。』
「わかった。」
私達は人混みを掻き分けながら対象を探す。
「いた!止まれっ!!」
ハクが跳びついた人物は対象とは違った。
「なんだなんだ!?」
『あ…地の部族のグンテ将軍…』
「ん?そーゆーお前らはムンドク将軍のとこの…」
「何で?会議は?」
「終わった。俺は今から帰るんだ。おんぶならムンドク将軍にしてもらえ。」
「しかし、動かん列だな。」
そのとき私達の横を荷車とそれを引く3人の男が通った。
その男のうち1人は色黒の大男…
私達は何の合図もなしに同時に動き出した。
私は地面を蹴り、ハクはムンドクの背中を押して跳んだ。
「ワンパクも大概にしとけよー」
私達が着地した先は男達が引く荷車の上。大きな音に男達はこちらを振り返る。
「な…なんだこのガキ…!」
「お荷物検めまーす。」
「あっ、や…やめろ!!」
荷車にあった麻袋をハクが引き裂くと中に口を布で塞がれ眠らされたヨナがいた。私とハクの怒りは頂点に達する。
「あっ、これは…」
『こちらのお荷物は持ち出し出来ません。』
「くそっ!」
私とハクは跳び上がるとそれぞれ男を一人ずつ蹴り飛ばした。そしてすっと地面に降り立つ。
「なかなかやるじゃないか。」
「でしょう!!ハクとリンはすごいんです。」
感心したように私達を見つめるグンテにいつの間にか駆けつけていたスウォンが興奮気味に言う。
私とハクが蹴った男達は胸元から短剣を出した。周囲の人々は悲鳴を上げながら逃げて行く。
「このガキ…」
「ガキ相手に刃物か。小せェなあ。」
「グンテ将軍…っ」
「調子に乗りやがって!」
私とハクが身構えて息を整えた瞬間、ひとりの男の背後に影が近付いた。
「ワシの孫に…何しとるんじゃ、クソガキがぁああああ!!」
「じっちゃ…」
『じいや!!』
「ムンドクの孫だと?」
ムンドクの登場に人々は歓喜の声を上げ、オギは私とハクの正体を知り冷汗を流した。
攫い屋は一人逃げ出したが、その先にいたジュドにやられた。
「おおお、近衛一番隊のジュド隊長だ。」
「オイシイとこ持って行きやがって。」
「今日はなんか豪華な顔ぶれだな。」
『まだもう一人残ってる…』
私とハクが残った男に向き直るとムンドクはふっと笑った。
「…後片付けは自分らでどうにかしろ。」
「『おぅ。/はい!!』」
こちらへ狂ったように叫びながら駆けて来る男を私とハクは静かに見つめる。
そして攻撃を躱しながら拳や蹴りを私とハクで交互に繰り出す。
「交互に攻撃…」
「そうすれば敵も息を吐く間もないか。やるじゃねェか。」
スウォンとグンテは私達の様子を見て目を丸くしていた。
ムンドクもその隣で腕を組んで満足気に笑っていた。
そのとき私は嫌な予感がして攫い屋の胸元を見た。
そこにはさっきの大男同様短刀があった。
私はすぐにムンドクに駆け寄り彼の腰から短刀を盗った。
「おいっ…」
『ちょっと借りるわ、じいや。』
最後の男は胸元の短刀を出してハクに切りかかろうとしていたのだ。
『ハク!』
「っ!」
私はハクに背後から駆け寄りながらムンドクから盗った短刀を鞘ごと投げ渡した。
それでハクが男の短刀を受け止めたのを見て、私はニッと笑うと走っている速度を落とさずにそのままハクに向かって行った。
「俺達に勝てるとでも思ったのか?」
『次期将軍とその相棒…甘く見るなよ。』
私はハクの肩に両手を乗せて空に跳び上がると男の背後に降り立ち蹴り飛ばした。
すると壁にぶつかった男は目を回して気絶した。
「『ふぅ…』」
グンテとジュドは笑っていた。
―強い奴らがいるもんだな…―
―信頼感…そして一瞬の判断力…あの娘の方が恐ろしいのかもしれぬな。
蹴り飛ばした方向に誰もいない事を確認したうえで、他者を巻き込まないようにしていたのか…―
私とハクは急いでヨナに駆け寄った。
『姫様!』
彼女を解放するとすぐに目を開き怯えたように私達の名を呼んだ。
「スウォン…リン…ハ…」
「よぉ。お目覚めですか、姫さん。」
「ハク…っ!!」
ヨナは泣きながらハクに抱き着いた。
照れている様子のハクにクスクス笑っていると私とハクの頭に大きな手が乗った。
―あ…ヤバい…―
振り返ると案の定ムンドクが怖い顔で立っていた。
ハクはそっと持っていた短刀をムンドクの腰に戻した。
「これはどういう事じゃ、ハク…」
「じっちゃん…っ」
「お前からも話を聞く必要がありそうじゃな、リン…?」
『じいや…』
「ようやく見つけましたよ…スウォン様、ヨナ姫様…」
「ジュ…ジュドさん…」
「今日は五部族会議が終わるまで大人しくしとけと言ったのに…」
「外に出てはなりませんとあんなにあんなに申し上げたのに…」
「姫様を危険にさらしおってお前らは死刑じゃ。打ち首じゃああ」
「『ぎゃあぁああああああ!!』」
いつもなら私はそれなりに大目に見てもらえるのだが、今回はそういう訳にもいかずムンドクにこてんぱんにされた。
「一体どこから抜け出したんです!?」
「いーじゃねーか。攫い屋とっ捕まえたんだろ。」
「あなたは黙ってて下さい、グンテ将軍!」
城に戻ると私とハクはムンドクからお叱りと同時にポカポカ殴られてボロボロになり、スウォンもジュドに怒られたようだった。
どうにか解放されて私達3人は星空の下合流した。
私とハクは塀に飛び乗って座り、近くにスウォンは塀にもたれて立つ。
「あー、絞られたな…」
『痛い…』
「ええ…ジュドさん、角が生えそうでした。」
「イル陛下はめちゃくちゃ動揺してたな。」
『無理もないわ。王妃様が亡くなって間もないのだから。』
「ヨナはますます外に出るのが難しくなりましたね。私の責任です。」
「それを言うなら俺だろ。」
『私もね。』
「姫さんを危険な目に遭わせたんだ。もう城に出入り禁止だな。」
「そんな…!」
私とハクが苦笑しているとスウォンが必死に言った。
「陛下もヨナもハクとリンが大好きです。そんな事しませんよ。」
「や、姫さんはどうかな…」
「ダメです!もしそんな事言う人がいたら私が説得しますっ」
スウォンの様子を見て私とハクは目を丸くしてから笑った。
「…お前はすげェな。」
「えっ」
『あんなおじさん達を味方につけて…』
「そのうえ堂々としててすげェ。」
『今日はまるでスウォンがあの町の中心みたいだったわ。』
「そんなこと…」
照れながらもスウォンは言葉を紡いだ。
「ハクとリンがいたからですよ。」
「『え…』」
「ハクはいつも強くて頼りになってかっこ良くて。
リンは賢くて心が強くて一瞬で何でも判断で来て美しくて。
それが誇らしくて2人を見て2人に近づきたい2人みたいになりたいっていつもいつも思ってるんです。」
スウォンは塀の上に座る私達に小さな手を伸ばす。
私達はただそんな彼を見つめる事しか出来ない。
「悔しいな。こんなに近くにいるのに少しも届く気がしない。2人の全てが私の目標なんです。」
私達はスウォンの真っ直ぐで偽りない言葉に驚きを隠せないままきょとんとしていた。ハクは私の隣で少し俯いた。
「…ハク?」
「『うが~~~っっ』」
「わ~~~っ」
私とハクはスウォンの柔らかい髪をくしゃくしゃにした。
それはちょっとした照れ隠しなのだがスウォンは驚いたようだった。
「何するんですか~」
「小せェんだよ、目標が。」
「えーっ」
『どうせなら天下取るくらい言いなさいな。』
「えーっ」
―こいつは王族で色んな人間を動かす力を持ったすごい奴なのに…―
―そんな彼が私達を見ている…なんて誇らしい事なのかしら…―
ハクはすっと塀から下りた。私は彼に倣って隣に下り立った。
「ハク?リン?」
「帰る。」
「えっ」
「帰ってじっちゃんに稽古つけてもらう。」
『それから勉強もしなきゃ。』
―こうしてはいられない…俺はお前が目標にするに値する人間でなきゃ―
―ずっとこの先も肩を並べて歩けるように…―
私達は気持ち新たにムンドクのもとへと走り出したのだった。
その思いがまさか実現する事もなく打ち砕かれるなんてこの時はまったく思いもしなかったから…
緋龍城の窓から6歳のヨナは街を見下ろした。
「お城の外はいつも賑やかね。お空の星より明るいわ。何があるのかしら。」
「ヨナは城下町に行った事はないんですか?」
「姫さん、方向音痴だから迷子になるもんな。」
『ふふっ、姫様なら有り得るかも。』
「だろ?」
9歳の私達は緋龍城に遊びに来ていて同じ室内で話していたのだ。
「誰が方向音痴よ!」
「3人は仲良しでいいなあ。」
「どーしてそう見えるの、スウォン!!」
ヨナは私やハクに向けて近くにあった果物や本を投げてくる為、私達は必死に避けたり割れたら困る物は受け止めていた。
それが落ち着くとヨナはそっと口を開いた。
「城下町はここからしか見たことないわ。危ないから行っちゃだめって父上が。」
「そうですか。」
「そうなの。」
「…」
「…」
「『…』」
黙ってしまったヨナとスウォンを私とハクは果物を食べながらただ見守っていた。
「行きたい?」
「えっ」
「城下町に行ってみたいですか?」
「だ…だめよ!そんな父上が禁じてることをするなんて。外は危険なのよ。だいたい外なんか行ったって…」
私達がじっとヨナを見つめると彼女は頬を赤く染めた。
その表情は正論を述べている口に反して素直だった。
「行こっか。」
スウォンの言葉にヨナは正直に頷いた。
そんな翌日、五部族会議が行われている間に私達は裏口を通って城を抜け出した。
「ヨナ…ヨナ、おいで。」
『大丈夫ですよ。』
「でも…」
「ビクビクしてると目立っちゃいますよ。
姫さんのビビリー、城では大暴れしてるだろ。」
「な…大暴れなんてしてないもん!」
感情のままに飛び出してきたヨナを私とハクはすっと捕まえる。
「『ほい、出てきた。』」
するとヨナは初めてみる活気溢れる街並みに目を輝かせた。
彼女の様子に私、ハク、スウォンの顔からも笑みが零れる。
「人がいっぱい…っ」
「今、城では五部族会議が行われていますからね。」
『会議が終わるまで遊んでいても大丈夫でしょう。』
「しかし、お前妙な抜け道知ってんのな。」
「日々冒険ですっ」
「スウォンとハクとリンはよく城下町(ここ)に来ているの?」
『私とハクはよくじいやに連れられて。』
「いーなあ。私もムンドク将軍と来たいなぁ。」
「うるせーだけだぞ。」
『街中で必ず喧嘩し始めるし…止める私の身にもなってほしいものだわ。』
「うっ…」
「スウォンは?」
「私は数えるほどしか来てませんよ。」
そこから私達は歩き出すのだが、身体の小さいヨナは大人の背中で前が見えないようだった。
ぴょんぴょんと跳びまわるヨナの様子に私とハクはフッと笑った。
「姫さん。」
ハクは優しく彼女を呼ぶとひょいっと肩車してやった。それだけで視界が開けてヨナは無邪気に笑った。
私も彼女を見て微笑み、周囲にいる大人もヨナとハクの仲のいい様子にクスクス笑っていた。
「見えたか?」
「う、うん。あ!あっちに楽師がいるわ。」
「はいはい。」
「おっと…」
『スウォン?』
「わ、わわっ」
『おいで、スウォン。』
私が手を差し出すと彼は嬉しそうに私の手を取った。
「えへへへ。」
『どうしたの?』
「気色悪ィな。」
私のもう一方の手はハクと繋がれている。
彼やムンドクと街に来る時もはぐれないように繋いでいる為、これは自然な事だった。
「兄上や姉上がいたらこんな感じなんでしょうか。」
「あー?あー…風牙じゃたくさんチビ共がいるからな。」
『ハクの上に乗って来る子達も多いし。』
「あいつらに比べたらお前らは楽なもんで…」
「ねぇ、ハク。あれはなに?」
すると私達の前に揚げ団子の屋台が見えた。ヨナにとっては初めて見る料理だった。
それを食べている途中、スウォンがある人物に気付いてハクの背中を強く押した。
「伏せて!!」
「うぐっ!?」
『えっ!?』
ハクはそのまま倒れ、彼と手を繋いでいた私も地面にぺたんと座りこんでしまった。ヨナはハクの上に座っている為平気そうだ。
「どうしたの!?」
「ジュドさんです。」
彼が見つけたのは空の部族、近衛兵一番隊隊長ハン・ジュド、当時24歳。
城から抜け出した私達を探しているようだった。
「…よぉくわかった。てめーら、風の部族(うち)のチビ達より厄介だ。」
ハクがイライラしながら立ち上がり、私も痛む尻を払いながら苦笑する。
「で?金はあるんだろうな、ガキ共。」
「金…は…スウォン、持ってるか?」
「…あれ?いつもは持ってるんですけど。」
「リンは…?」
『持って来てないわよ…』
「つまり今は持ってねぇと?」
「ハッ、ちょっと待っててください。」
すると突然スウォンが駆け出し、近くを歩いていた男性と話してからお金を受け取って来た。
「はい、50リン。揚げ団子あと9個下さい!」
「あいよ。」
「なんだ、その金。なんださっきのおっさん。」
「優しいおじさんがくれました。」
『そんなワケないでしょ…何でおじさんがお金くれるのよ。』
「美味しい…これ中に芋餡が入ってるんですね。」
「そう、その餡がうめーんだよ。」
上手くはぐらかされそうになったが、私とハクは両側から間に立つスウォンを睨む。
「いや、そーじゃなくてさっきのおっさん…」
「ヨナ、美味しい?」
見てみるとヨナは幸せそうに揚げ団子を食べていた。
その後、楽師の演奏を聞いたり店を見て回ったり4人でフラフラと歩き回った。
するとふらついたヨナが誰かの背中にぶつかってしまった。
「おい、子供。ぶつかっておいて何か言う事はないのか。
ん?子供…どこかで見た顔だな。」
さっと私とハクはヨナを背後に隠すように立った。
『ごめんなさい、私達の妹なの。』
「許してやってくれ。」
「許さん。なぜなら私は火の部族将軍が次男カン・テジュンだから!!」
面倒な奴に絡まれたと思い私達はテジュンの話も聞かずに近くにいた猫と戯れていた。
「聞けよ、チビッコ共!!お前らなど父上に言い付ければ百叩きの刑だ!!」
「悪ィっつってんだろ。」
「“テジュン様、申し訳ございません。海よりも深い御心でお許し下さい”だ!土下座で!!」
「スイマセンデシター」
「ムキー、このガキ!」
『ぶつかっただけで子供に喰ってかかるなんて大人気ないですよ、テジュン様。』
「このガキ…先程から…」
私、ハク、スウォンがテジュンに足止めされている間にヨナは近くの装飾品を見に行ってしまった。
「お嬢ちゃん、それ欲しいのかい?おじさんが買ってあげようか。」
ヨナは知らない男に声を掛けられ、そのまま眠らされて連れて行かれてしまった。
私はテジュンと言い合うハクを見ながら溜息を吐き、はっとした。
『ヨナ…?』
慌てて周囲を見回すが彼女の姿が見えない。
『ハク!スウォン!!ヨナがいない!!』
「え!?」
「何!?ちくしょ…」
「待て!まだ話は…」
私達が彼女を探そうと駆けだした頃、テジュンは背後から兄のカン・キョウガに肩を掴まれ足を止めた。
「テジュン…何を油売っている。」
「ヒィッ、兄上ッ」
「父上をお迎えに行くと言っただろうが。
しかも往来で子供相手にケンカなど恥さらしが。」
「あっ、兄上。私は礼儀を教えて…」
そんなテジュンを放置して私達は走る。
だが、一向に小さなヨナは見つかるはずもなかった。
「どこまで行ったんだ、姫さん。」
「名を大声で呼ぶ訳にもいきませんしね。」
『この人ごみだとあんな小さな姫様は流されてしまう…』
私とハクが苦い表情で考えているとスウォンが言った。
「ハク、リン。ついて来て下さい。」
彼に連れられて私とハクは少しずつ裏通りに入って行った。
「おい、なんかどんどん暗くなってくぞ。」
「ウォン!久しぶりだな、元気だったか。」
「おー、ボウズ。こっち来いよ。」
『…ウォン?』
「お久しぶりです、おじさん達。」
「ウォン~いくつになった?酒飲むか?」
「飲みません。」
飲んだくれだらけの路地裏で私とハクはきょろきょろするだけ。
「…おい、何だこの酔っ払い達は。」
「町に来た時お話のお相手してくれるおじさん達です。」
『お話のお相手?ならず者の集団ではないの?』
「皆良い人ですよ。」
「…お前さ、城下町に数える程しか来てねェっつーの嘘だろ。」
『かなり来てるわね、身分隠して。』
「だって面白いお話がいっぱい聞けるんですよ。」
そしてスウォンは男達に尋ねた。
「あのちょっと迷子を捜してるんです。赤い髪の6歳の女の子。」
「見たか?」
「いや、見てないね。」
「オギさん、あんた見たか?」
彼らが声を掛けたのは一番奥の辺りに座り王棋(高華国の将棋のようなもの)をしている長髪の男性だった。
「知らねェよ。今日はずっとここで賭け王棋やってんだ。うがーっ、ちくしょう!!」
「話しかけない方がいいぞ。負け続けて気が立ってんだ。」
「でも迷子だろ?ちょっとヤベェんじゃねぇの?」
「『ヤバイ?』」
「近頃この辺で子供(ガキ)を狙う攫い屋が出没してるらしい。」
男性の言葉に私とハクは息を呑んだ。
「緋龍城の城下町で人攫い!?嘘だろ!?」
「ボウズ、イル王は武器を厭う平和主義者だが、人が集まる所にある闇はそう簡単に消えやしねぇよ。」
『攫った子供はどうするの…?』
「戒帝国に売るって噂も…」
するとスウォンが鋭い眼光をオギと呼ばれる男に向けた。
「オギさん、お願いします。力を貸して下さい。」
「何でこんなおっさんに力借りるんだよ。」
『オギさん…聞いた事ある名前だわ。東区の裏の“顔”…?』
「えぇ。オギさん、あなたならこの城下町で小さな女の子を見つける事など造作も無いはず。」
「…黒豚焼き肉が食いてェな。」
「出たよ、おねだり。」
「オギさん、可愛いウォンの頼みだろ。」
「わかりました、焼き肉はまた別の日に…」
「可愛くねェよ、こんなガキ。黒豚は今日だ。明日はギョーザ。」
「オギ~もう手はないだろ。投了しろよ。」
「うるせェな。ちょっと待て。」
王棋で負けそうになっているオギは苛立ちから近くにあった酒を手に取った。
「オギさん、お願…」
「やかましい、黙ってろ!!こっちはこれに負けたら金ナシなんだよ。」
酒をスウォンに掛けようとしたが、その酒は彼を庇った私とハクに掛かった。
「…頼み事してる身で礼を欠いちゃ悪いと思うがよ。」
『おじさん…彼はあなたが酒をぶっかけていいような相手じゃないのよ。』
「真っ昼間から酔いが醒めねェんなら、俺達が醒ましてやろうか。」
私とハクの鋭い眼光と言葉にスウォンは尊敬の眼差しを向け私達の後ろで照れくさそうに微笑んだ。
「…クッククク…ボウズにお嬢ちゃんよぉ…いい瞳をしているな。」
オギは私とハクから目を逸らしていた。
―目ェそらしてる…―
―睨み負けしたっ!―
―怖かったの?そのちみっ子が怖かったの、オギさんっ!?―
「ウォン、その赤い髪のガキはお前の大事なヤツか?」
「はい。」
「…フン、じゃあ貸しだからな。」
『うーん、オギさん…あなたに貸しを作るとややこしそうなので今返しますね。』
「「え?」」
私の言葉にハクとスウォンが目を丸くする。
私は微笑んだまま王棋に近付いて駒を一つ動かした。
『これをこうして…はい、詰み♡』
「えっうおー!!勝った!!」
「うそだろ!?そんな手が…」
「ずりーよ、オギ~」
『これで借りはありませんよ、オギさん。ご協力お願いします。』
「やるねぇ、お嬢ちゃん。」
オギは私の髪をくしゃっと撫でて小さく微笑むため、私は無邪気な笑みを返した。
「野郎共、子供(ガキ)探しだ。別の区の奴らとも連携取れ!!
少しの情報でも即ウォンとお嬢にまわせ!!」
「よろしくお願いしますっ!!」
私とハクは並んでスウォンを後ろから見守っていた。
―なんか…スウォン(こいつ)ってすげぇ…―
ハクはそっと私に問うた。
「よく王棋で一瞬にして王手に持って行けたな。」
『何でも出来るように仕込まれたからね…
私はハクの側近として何でも出来なきゃいけないの。』
「リン…」
『力ではハクに敵わないから、それなら少しでも頭を使えれば…少しでも知識で役に立てたら…
そうやっていろんな事を学んで、体力だってつけた。
全部ハクに置いて行かれないようにだよ。』
私が苦笑すると彼はふわっと笑って私を抱き寄せてくれた。
『ハク…?』
「置いて行かねェよ。そうだろ、相棒?」
『…うんっ!!』
「俺もお前みたいな強くて賢い美人が相棒だって自慢だな。」
『ふふっ…ハクがそんな事言うなんて珍しい。』
「…うるせぇ。」
そうしている間にヨナの容姿がオギによって男達に伝えられる。
「探すのは6歳の娘。髪は赤いくせ毛で肩まで。白と桃色の着物だ。おい、娘の名は?」
スウォンは手を頭の上で交差させた。ヨナの名前を告げる事は出来ないからだ。
「名なしだ!他に特徴は?」
「目がくりくりでかわいいです。」
「それ参考になるのか?」
「よーし、目がくりくりでかわいいを探せ!」
『人攫いにあった可能性もあります。慎重にお願いします。…お気をつけて。』
「「「「「おぅ!!!」」」」」
「こんな可愛い子に頼まれたら怪我もできねぇぜ!!」
すごい人数が集まって来て情報収集の為に街に飛び出して行った。
私は屋根に飛び乗って目を閉じると情報に耳を傾け、ヨナの気配を探った。
オギはスウォンと話していた。その内容も私の耳に届く。
「店の主人に聞いた。女の子はある男に声をかけられていたそうだ。
その男は品を買ってやると言ったが女の子は断ったらしい。」
「その男の特徴は?」
「色黒の大男だそうだ。…攫い屋のセンが濃くなったな。」
「…オギさん、東区城下町の門と他区への連絡通路を少しの間封鎖出来ませんか?」
「封鎖か…ちとややこしいんだよな。」
「無理ですか?」
「…ちっ、俺を誰だと思ってる。ちょっと待ってろ。話つけてくる、すぐにだ。」
「よろしくお願いします。」
―凄い…まさかスウォンが人を動かすの上手いなんて…―
封鎖の内容をハクに伝えると彼は目を輝かせた。
「すげぇ…スウォン(あいつ)の一言でこの町が動いている…」
『えぇ…オギさんや他の皆の情報と伝達力も凄いけど、そういう人達は誰にでも情報をくれるわけではない。
きっとスウォンだから情報を与えるんだわ。』
「現にお前はさっきの王棋で一杯かましたし、その後心配するような優しいとこも魅せてるから信頼されたんだろうよ。」
『スウォンは見た目にそぐわず大きくてキラキラした光みたいな子だから…』
「あぁ…だから何かをひっくり返す力があるんじゃないかって…
それに気付いてしまったらみんな近付きたくて仕方ないんだ。」
私とハクは頷き合うと屋根から飛び降りてスウォンに駆け寄った。
「今門と連絡通路の前で通行人の荷を検めている(あらためている)から。」
『不審人物を探せばいいのね。』
「攫い屋ならばむやみに危害は加えてないはず。必ずヨナを見つけて。」
「当たり前だ。」
私達3人は拳をぶつけ合った。ここからは私とハクの出番だ。
―姫さん/姫様…無事でいろ/いて…―
『ハク、色黒の大男よ。』
「わかった。」
私達は人混みを掻き分けながら対象を探す。
「いた!止まれっ!!」
ハクが跳びついた人物は対象とは違った。
「なんだなんだ!?」
『あ…地の部族のグンテ将軍…』
「ん?そーゆーお前らはムンドク将軍のとこの…」
「何で?会議は?」
「終わった。俺は今から帰るんだ。おんぶならムンドク将軍にしてもらえ。」
「しかし、動かん列だな。」
そのとき私達の横を荷車とそれを引く3人の男が通った。
その男のうち1人は色黒の大男…
私達は何の合図もなしに同時に動き出した。
私は地面を蹴り、ハクはムンドクの背中を押して跳んだ。
「ワンパクも大概にしとけよー」
私達が着地した先は男達が引く荷車の上。大きな音に男達はこちらを振り返る。
「な…なんだこのガキ…!」
「お荷物検めまーす。」
「あっ、や…やめろ!!」
荷車にあった麻袋をハクが引き裂くと中に口を布で塞がれ眠らされたヨナがいた。私とハクの怒りは頂点に達する。
「あっ、これは…」
『こちらのお荷物は持ち出し出来ません。』
「くそっ!」
私とハクは跳び上がるとそれぞれ男を一人ずつ蹴り飛ばした。そしてすっと地面に降り立つ。
「なかなかやるじゃないか。」
「でしょう!!ハクとリンはすごいんです。」
感心したように私達を見つめるグンテにいつの間にか駆けつけていたスウォンが興奮気味に言う。
私とハクが蹴った男達は胸元から短剣を出した。周囲の人々は悲鳴を上げながら逃げて行く。
「このガキ…」
「ガキ相手に刃物か。小せェなあ。」
「グンテ将軍…っ」
「調子に乗りやがって!」
私とハクが身構えて息を整えた瞬間、ひとりの男の背後に影が近付いた。
「ワシの孫に…何しとるんじゃ、クソガキがぁああああ!!」
「じっちゃ…」
『じいや!!』
「ムンドクの孫だと?」
ムンドクの登場に人々は歓喜の声を上げ、オギは私とハクの正体を知り冷汗を流した。
攫い屋は一人逃げ出したが、その先にいたジュドにやられた。
「おおお、近衛一番隊のジュド隊長だ。」
「オイシイとこ持って行きやがって。」
「今日はなんか豪華な顔ぶれだな。」
『まだもう一人残ってる…』
私とハクが残った男に向き直るとムンドクはふっと笑った。
「…後片付けは自分らでどうにかしろ。」
「『おぅ。/はい!!』」
こちらへ狂ったように叫びながら駆けて来る男を私とハクは静かに見つめる。
そして攻撃を躱しながら拳や蹴りを私とハクで交互に繰り出す。
「交互に攻撃…」
「そうすれば敵も息を吐く間もないか。やるじゃねェか。」
スウォンとグンテは私達の様子を見て目を丸くしていた。
ムンドクもその隣で腕を組んで満足気に笑っていた。
そのとき私は嫌な予感がして攫い屋の胸元を見た。
そこにはさっきの大男同様短刀があった。
私はすぐにムンドクに駆け寄り彼の腰から短刀を盗った。
「おいっ…」
『ちょっと借りるわ、じいや。』
最後の男は胸元の短刀を出してハクに切りかかろうとしていたのだ。
『ハク!』
「っ!」
私はハクに背後から駆け寄りながらムンドクから盗った短刀を鞘ごと投げ渡した。
それでハクが男の短刀を受け止めたのを見て、私はニッと笑うと走っている速度を落とさずにそのままハクに向かって行った。
「俺達に勝てるとでも思ったのか?」
『次期将軍とその相棒…甘く見るなよ。』
私はハクの肩に両手を乗せて空に跳び上がると男の背後に降り立ち蹴り飛ばした。
すると壁にぶつかった男は目を回して気絶した。
「『ふぅ…』」
グンテとジュドは笑っていた。
―強い奴らがいるもんだな…―
―信頼感…そして一瞬の判断力…あの娘の方が恐ろしいのかもしれぬな。
蹴り飛ばした方向に誰もいない事を確認したうえで、他者を巻き込まないようにしていたのか…―
私とハクは急いでヨナに駆け寄った。
『姫様!』
彼女を解放するとすぐに目を開き怯えたように私達の名を呼んだ。
「スウォン…リン…ハ…」
「よぉ。お目覚めですか、姫さん。」
「ハク…っ!!」
ヨナは泣きながらハクに抱き着いた。
照れている様子のハクにクスクス笑っていると私とハクの頭に大きな手が乗った。
―あ…ヤバい…―
振り返ると案の定ムンドクが怖い顔で立っていた。
ハクはそっと持っていた短刀をムンドクの腰に戻した。
「これはどういう事じゃ、ハク…」
「じっちゃん…っ」
「お前からも話を聞く必要がありそうじゃな、リン…?」
『じいや…』
「ようやく見つけましたよ…スウォン様、ヨナ姫様…」
「ジュ…ジュドさん…」
「今日は五部族会議が終わるまで大人しくしとけと言ったのに…」
「外に出てはなりませんとあんなにあんなに申し上げたのに…」
「姫様を危険にさらしおってお前らは死刑じゃ。打ち首じゃああ」
「『ぎゃあぁああああああ!!』」
いつもなら私はそれなりに大目に見てもらえるのだが、今回はそういう訳にもいかずムンドクにこてんぱんにされた。
「一体どこから抜け出したんです!?」
「いーじゃねーか。攫い屋とっ捕まえたんだろ。」
「あなたは黙ってて下さい、グンテ将軍!」
城に戻ると私とハクはムンドクからお叱りと同時にポカポカ殴られてボロボロになり、スウォンもジュドに怒られたようだった。
どうにか解放されて私達3人は星空の下合流した。
私とハクは塀に飛び乗って座り、近くにスウォンは塀にもたれて立つ。
「あー、絞られたな…」
『痛い…』
「ええ…ジュドさん、角が生えそうでした。」
「イル陛下はめちゃくちゃ動揺してたな。」
『無理もないわ。王妃様が亡くなって間もないのだから。』
「ヨナはますます外に出るのが難しくなりましたね。私の責任です。」
「それを言うなら俺だろ。」
『私もね。』
「姫さんを危険な目に遭わせたんだ。もう城に出入り禁止だな。」
「そんな…!」
私とハクが苦笑しているとスウォンが必死に言った。
「陛下もヨナもハクとリンが大好きです。そんな事しませんよ。」
「や、姫さんはどうかな…」
「ダメです!もしそんな事言う人がいたら私が説得しますっ」
スウォンの様子を見て私とハクは目を丸くしてから笑った。
「…お前はすげェな。」
「えっ」
『あんなおじさん達を味方につけて…』
「そのうえ堂々としててすげェ。」
『今日はまるでスウォンがあの町の中心みたいだったわ。』
「そんなこと…」
照れながらもスウォンは言葉を紡いだ。
「ハクとリンがいたからですよ。」
「『え…』」
「ハクはいつも強くて頼りになってかっこ良くて。
リンは賢くて心が強くて一瞬で何でも判断で来て美しくて。
それが誇らしくて2人を見て2人に近づきたい2人みたいになりたいっていつもいつも思ってるんです。」
スウォンは塀の上に座る私達に小さな手を伸ばす。
私達はただそんな彼を見つめる事しか出来ない。
「悔しいな。こんなに近くにいるのに少しも届く気がしない。2人の全てが私の目標なんです。」
私達はスウォンの真っ直ぐで偽りない言葉に驚きを隠せないままきょとんとしていた。ハクは私の隣で少し俯いた。
「…ハク?」
「『うが~~~っっ』」
「わ~~~っ」
私とハクはスウォンの柔らかい髪をくしゃくしゃにした。
それはちょっとした照れ隠しなのだがスウォンは驚いたようだった。
「何するんですか~」
「小せェんだよ、目標が。」
「えーっ」
『どうせなら天下取るくらい言いなさいな。』
「えーっ」
―こいつは王族で色んな人間を動かす力を持ったすごい奴なのに…―
―そんな彼が私達を見ている…なんて誇らしい事なのかしら…―
ハクはすっと塀から下りた。私は彼に倣って隣に下り立った。
「ハク?リン?」
「帰る。」
「えっ」
「帰ってじっちゃんに稽古つけてもらう。」
『それから勉強もしなきゃ。』
―こうしてはいられない…俺はお前が目標にするに値する人間でなきゃ―
―ずっとこの先も肩を並べて歩けるように…―
私達は気持ち新たにムンドクのもとへと走り出したのだった。
その思いがまさか実現する事もなく打ち砕かれるなんてこの時はまったく思いもしなかったから…