主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
主人公の名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ゼノとテジュンが話している頃、私はハクと剣の稽古を終えたヨナを連れて歩いていた。
『またボロボロに…』
「仕方ないわよ。」
「あれ娘さんにお嬢。剣の稽古?」
「えぇ。といってもまだ木刀での練習なの。」
「あの兄ちゃんも慎重だな。」
『やはり基本からですから当然です。』
「もう少し付き合ってもらうんだからね。」
『わ、私ですか!?』
「もちろん。」
『はぁ…』
ゼノは私の事を他の龍のように黒龍と呼ばずお嬢と呼ぶ。
その呼び方は風牙の都や阿波の海賊達を思い起こし時折懐かしい気持ちにさせる。
テジュンはというと私とヨナの声を聞いて私達を見つけようと外へ飛び出すがそのときには既に私達はいなかった。
ヨナの手当てをしてから山奥で彼女の木刀を受けつつ助言をする。
『そこでは下から…相手の動きを読んで。』
「う、うん。」
『それではこう来たら?』
「っ!」
私はすっと木刀を斜め上に払い上げた。
すると彼女は一歩後ろへ下がり私の木刀を避け自分の物を前に突き出した。
『おっと…』
「どう?」
『お見事です。』
「やった!」
『私の木刀を受け止めようとせず下がったのは賢明な判断です。
きっと受け止めていれば姫様の力では弾かれていたでしょう。』
「ふぅ…」
『今日はここまでにしましょう。』
「まだ出来るわ!」
『ハクとの練習もあったんですから、そろそろ休んで下さい。』
「むぅ…」
『可愛い顔してもダメです。』
彼女の頬を両手で包みながら微笑む。そして彼女の髪を撫でてその手を下ろすと彼女の木刀を回収した。
『しっかり休みなさいな。休養も稽古のひとつですよ。』
「はーい。」
彼女が歩み去ると私は木刀を片付けハクを探した。
木にもたれて座り火を焚いている彼を見つけるとそっと隣に座った。
「稽古は終わったのかよ。」
『うん。ハクがやった後だから短めにね。』
「そうか。タレ目の奴の近くにいなくていいのか?」
『ジェハは他の村に行ってるわ。きっとユンは帰って来るけどすぐに他の村の見張りに行くんでしょうね…』
「お前の為だろ。」
『…え?』
「他の村の気配までいつも辿ってるお前がまた倒れないように少しでも負担を減らそうとアイツなりに考えたんじゃないか?」
『…本当に心配症なんだから。』
「アイツ言ってたぞ、お前が倒れた時に。」
『ん?』
「お前からは目を離せない、誰かが見守ってないとリンが壊れてしまうってな。」
『…そう。そんなジェハがいてくれるから無茶も出来るって言ったら彼困ってたわ。』
「そりゃそうだろ。」
そう言って2人で笑った。
今頃苦労性のジェハは私達に噂される事で別の村でくしゃみでもしているだろう。
私とヨナを探すテジュンはずっと探すが見つけられず寒さに震えていた。
「体が冷えきってしまった…ひとまずここは宿をとって明日また動こう…」
だがこんな村に宿があるはずがない。
「宿がないっ!まともな店も…っ
しかもこんな真っ暗で。なんだ?皆死んだのか!?」
凍え、こんな村に本当にヨナがいるのかと不安になっていると彼は火を見つけて嬉しそうに駆け寄った。
「むっ、火!?おおおおお!!ええい、荷が重い。凍え死ぬかと思った…」
そのときになって漸く彼はその火の横にいる私とハクに気付いたようだった。
―やっぱり来たわね、テジュン…
そろそろ一人でも来る頃だと思ってたの…―
私は加淡村で彼を撃退しているときから彼の来訪を予想していた為小さく口角を上げた。
「…これはお前達の火か?しばしあたらせてもらうぞ。」
「…ああ、別に構わないぜ。」
「そうか…では…」
―って、待て待て!えっあれっちょっ…あれはっ雷獣(ハク)と舞姫(リン)…?いやいや見間違い…―
私とハクは真っ直ぐ彼を見ていた。
彼は私達の正体を確認すると冷汗を流す。
『どうしたんです?震えてますよ。
火にあたってるんですから寒い事なんてないと思いますけど。』
「そう言ってやるな。何でこんなとこいるのか知らねェけど、宿なしには慣れてねェんだろ…坊ちゃん。」
「なっ何を言っている。私は貧しい旅の者で…」
「ねー、雷獣!リン!明日の当番の事なんだけど…」
『あら。おかえり、ユン。ジェハは?』
「また別の村に跳んで行ったよ。」
「ほらな?」
『本当ね。』
「リンの負担を減らす為、でしょ?あれ、誰かいる?」
「あ…」
テジュンは急いで荷物を抱えてその場を離れようとするが運悪く荷物の中から烽火が火の中へ落ちてしまった。
嫌な予感がした私は咄嗟にユンを庇う。
「リンっ!?」
『危ないっ』
すると火から空へ烽火が上がった。
テジュンは部下に言われた総攻撃をかけるという言葉を思い出し急いで兵を止めようと駆け出そうとするが、それを許す私達ではない。
ハクはすぐに近くに置いてあった大刀を手にするとテジュンの前に出して転ばせ、倒れた彼の上に乗って取り押さえる。
「味方に知らせる合図か?」
『下手な事するとその首飛ぶぞ。』
ハクは口で器用に大刀を包む覆いを外し、私は剣を抜いてテジュンの首筋に当てた。
「ダメっ、殺しちゃ!!密偵なら聞きたい事がある。殺さないで。」
同じ頃天幕の中にいたシンアが身を起こした。
「どうした、シンア?」
「今…空が光った。」
「空が光ったってそなた天幕の中からわかるのか?あ、こら。」
シンアは天幕の外へと顔を出す。するとヨナがやってきた。
「シンア?」
「兵が…たくさんの兵がこっちに向かってる。」
私も気配で兵が動いているのを感じ顔を上げた。
「…どした。」
『この馬鹿次男が兵を大勢呼んだみたいね…』
「リン、知り合い?」
『知るか、こんな次男坊。』
「わかってて言ってるだろうっ!カン・テジュンだっ!!」
「カン・テジュン!?将軍の息子じゃん!」
『そのうえ私達を崖の下へ突き落して瀕死にした張本人。』
「あー…俺が看病するハメになったあの時の…」
ユンは懐かしそうな顔をした。その間も私とハクはテジュンを睨んだまま。
「私を釈放しなければ大変な事になるぞっ」
『さっきの烽火で兵を呼んだんだろ?』
「お嬢、口調が怖いよ~」
『あ、ゼノ。』
「腹へり達全員集合だってー
およ?昼間の生姜汁兄ちゃんじゃね?
あ、そーいえば青龍が兵士が大勢村に近づいて来てるって言ってた。」
『案の定ね。』
「シンアが言うって事は結構近いんじゃないかな。
まずいな、ジェハが今不在なんだよ。シンアはケガ人だし。」
「あんなヘンタイでもいねェと不便だな。」
『私とハク、それからキジャでどうにかするしかないかな。』
「ゼノもがんばるー」
「ハイハイ、かけっこがんばれ。」
「この兄ちゃんはどうすんの?」
「とりあえず人質だな。」
「た、頼むっ!私を釈放してくれっ!!
烽火を上げたのは事故なんだ。兵達を止めに行くから釈放してくれっ」
私、ハク、ユンはその言葉に恐いくらい笑みを浮かべる。
『なんだ、それならそうと早く言いなさいよ。』
「悪ィな、よろしくたのまー」
「『なんて言うと思ったか、このボケナス。』」
流石ずっと共に育っただけあって言いたい事は同じようだ。
「釈放するわけないでしょ。あんたは敵と交渉する為の人質!
幸いあんたは大物だからあんたがこっちにいる限り向こうも村を無下に攻撃したりしないはず。」
『こいつは一度私達を殺そうとした。
帰したら私達が生きてる事が火の部族長や緋龍城にまで伝わってしまう…』
「そうなるなら俺達は躊躇いなくお前を殺す。」
「…あ、あの方は!ヨナ姫はっやはり生きておられるのか!?
そなた達が生きているのだ、姫様だって!!
教えてくれ、頼むっ!約束する、口外はしない!
お会い出来なくてもいい…言葉を交わせなくてもいい。あの方は…」
彼からは戦意を感じられずどこか自分の行動を悔いている事は私も前々から感じていた為、剣をそっと彼の首から外し鞘に戻した。
「リン…?」
ハクに私は苦笑にも似た笑みを向けた。するとゼノが優しく言った。
「生きてるよ、娘さんは一番元気だから。」
その言葉にテジュンは微笑むと涙を流した。
「そうか…生きて…おられたか…」
『ハク…どいてあげよう。この涙に嘘はない。』
「…お前がそう言うなら。」
ハクが立ち上がるとほぼ同時にヨナがこちらへ駆けて来た。
「ハク!リン!!ユン!!早く来て、緊急事態よ。」
ヨナの後ろにはキジャもいる。そんなヨナを見てテジュンは地面に額が当たるほど深々と頭を下げた。
―貴女が誰といてもどこに属していてもどうでもいい…
貴女が生きておられてよかった…貴女がお元気で本当に本当によかった…!!―
「えっ、あの…どなた?お顔を上げて?…リン?」
『…火の部族長次男カン・テジュン殿です。』
「えっ…テジュン…」
「カン・テジュンといえば姫様を追って兵を差し向けた輩であろう?」
「この人烽火を上げて兵を呼んだの。
でも本人曰く烽火は誤って上げてしまったので兵達にその旨を伝え止めに行きたいから釈放しろ、だってさ。」
「ワガママかっ!本来なら即首を刎ねられるところだぞ!」
「…わ、わかっていますっ!ご理解頂くにはあまりにも滑稽だという事は。
しかしっ、村を取り囲んでいる兵の中には姫様もお顔を知る者も数名おります…っ
あのような大勢の兵が一度に押し寄せたら貴女がご存命であられる事が、私の父カン・スジン将軍に知られてしまいます!!」
「それはてめェが筆頭じゃねェか。」
「私は…っ!誰にも口外しない!!」
『…それは一族を裏切るってこと?』
「どう信じさせるつもりだ。」
私とハクの冷たい言葉にテジュンは考えた。
自分の行いは父や兄を裏切ることなのか、ヨナに生きていて欲しいと願ってはならないのか、と。
「そ…それはわからない…わからないが…っ!
わ、私が兵を止めに行きます。そして…っ
今後私が約束を違えるような事があれば、いえ少しでも疑わしくば殺して下さい!!
貴女になら私は殺されても構いません!!」
テジュンの言葉にヨナは目を丸くした。
「…どうして?貴方は風牙の都に害をなし、ハクやリンを殺そうとした。
どうして今そんな事を言うの?頭を上げて私の目を見て答えなさい。」
ヨナの強くなった姿に私はふっと笑みを零しながらテジュンの行動を見守っていた。
彼は頭を上げたもののその顔は涙でぐしゃぐしゃ。
「も…申しわけ…ありませ…しっ、視界が…歪んでおりまして…っ
姫様のお目が…どこにおわすのかわかりません…っ
自分でもなぜ…こんな事を言い出すのか…なぜこんな事をしているのか混乱して…」
彼の一生懸命な様子をハクは冷たく見つめ、ユンは少し引き気味で、ゼノは笑っていた。
私もテジュンが変わったのを感じてもう笑うことしかできなかった。
「ただ…幸福で…私のように罪深い者がこうして再び貴女と再び言葉を交わせる事が幸福でっ…仕方がないのです…!!
生きていて下さってありがとうございました…!!」
「ふっっ…あははっ」
「姫さん…」
「ふふっ、ごめんねハク。でも隣でリンも笑いたくて仕方ないみたいよ?」
「お前なぁ…」
『ふふっ、だって…』
「釈放してもいい?」
ヨナの無邪気な顔に私は微笑み、ハクは溜息を吐いた。
「…そこで俺の意見は通るんですか?」
『姫様のお決めになった事に私達は従いますよ。』
「テジュン、貴方を釈放します。
貴方の兵はもう目前まで迫っているわ。このままでは村の人達にも被害が及ぶ。
そうなれば私達は全力で兵を叩き潰さなきゃならない。それは敵の大将である貴方も例外じゃないわ。
約束を違えたり村人に害をなすような事があれば、私は貴方を容赦なく射抜く。
その覚悟があるのなら、全力で止めに行きなさい。」
凛と立つヨナをテジュンが見上げていると遠くから低く響く音が聞こえてきた。
「何の音?」
「威嚇の足踏みだ。」
『フッ…そんな事で威嚇のつもりか。』
「来るなら来い。」
怯えるユンの隣で私、ハク、キジャは武器や大きくした右手を構える。
ヨナは敵の方を真っ直ぐ見据えていた。だがテジュンの視線に気付きそちらをそっと見る。
「ごっ、ご安心を姫っ!私が今止めに行きますので…っ」
「えぇ、見ているから。誠意を示して。」
『あ…』
「どうした。」
『シンア、今イヤな音が聞こえたんだけど…』
「うん…火矢だ。」
「何!?」
『威嚇射撃…村の手前を狙ってる。来るわ。』
私、ハク、キジャ、ゼノはヨナを庇うように前に出た。
ユンもヨナをいつでも庇えるように隣に立った。病み上がりのシンアは後ろに控える。
「姫様、おさがり下さい!!」
「姫!!」
そのときテジュンは強く立ち上がりヨナを振り返って言った。
「信じて下さってありがとうございました!!」
そして彼は真っ直ぐ飛んで来る火矢の中自分の兵のもとへと走り出したのだ。
どれだけ火が掠め、矢で傷つこうとも進み続けた。
ボロボロになって自分の兵のもとに辿り着くと火矢が止んだ。
「ま…て…射つ…な…」
「テジュン様!?」
「皆…よく聞け。加淡村に今賊はいない。烽火は誤って上げたのだ。」
「えぇ!!?いや、だとしても賊はあの村に…」
「それらしき奴はいなかった!!疑わしいだけで村を攻撃することはなかろう!!」
彼の言葉に兵は退散する事に決めたようだった。
「帰ってゆく…」
『残った兵はいないみたい。』
「行ったな…」
「あの者は本当に大丈夫なのでしょうか?」
「たぶんね。彼が烽火の時みたいにうっかりをやらなければ。」
「『それやりそう。』」
ヨナの呆れたような言葉に私とユンは溜息と共に言うのだった。
テジュンはというとヨナの事を忘れられず会いたくて仕方がないようだった。
豪華な食事を口にしながら思い出したのは食事を満足にできない村人の事、そして少し痩せたように見えるヨナの事ばかり。
その結果、テジュンはお重に食事を詰めると偵察とかこつけて再び加淡村にやってきたのだ。
―き、来てしまった…!!―
『ん?』
「リン?」
『はぁ…坊ちゃんがいらしたみたいよ、ハク。』
「…チッ」
私達は立ち上がって気配を辿りながらテジュンの後ろにしゃがみこんだ。
すると私達を見つけたテジュンが叫んだ。
「っ!!!!?」
「なぁ、リン。見間違いかな。
どうも先日騒動起こして去ってった次男坊が見える。」
『うーん、不思議ね。私にも見えてるの。』
私達はわざとらしく目を擦って言う。
「ひ、人違いだ…」
その瞬間、ハクが大刀をテジュンの顔スレスレを通して彼の背後の木に突き刺した。
「そうか、人違いか。」
『それなら曲者ね。死刑。』
「わーっ、テジュン!カン・テジュンですーっ!!」
「そうか、超曲者だな。死刑。」
「どっちにしろ死刑!!?」
テジュンが持っているお重を見て私とハクは顔を見合わせた。
彼が一人で来た事を確認すると私がお重、ハクがテジュンの首根っこを掴んでヨナやキジャのいる所まで行った。
「また来たの…?」
「あああああ差し入れを…」
「白蛇、口開けろ。」
「ん?」
私が持つお重から料理をひとつ指で掴むとハクはキジャの口の中に放り込んだ。
『どう?』
「なかなか美味だが?」
「よし、姫さん。食べれますよ。」
「わあ。」
「毒味か!!」
「嬉しい、ありがとう。」
ヨナの笑顔にテジュンは癒されたがものの、彼女が料理を村人に配り始めた事には失望していた。
その料理は彼がヨナの為に持って来たからだ。
「姫は…十分なお食事をなさっていないのではないですか?」
「私?私はいいの。元気だし。贅沢なら小さい頃一生分やったもの。」
「それは…」
「近頃よく思うの。
あの頃贅沢してた物捨てた物をここに持って来れたらって…
そうしたらもっと平等な国を造れたかしら?
…なんてそんな簡単じゃないって事もわかってきたけど。」
村人達と笑い合うヨナを見てテジュンは自分に出来る事はないかと考えるようになった。
まずは火の部族が所有する食べ物を少しでも多く村へ運ぶ事から…
自分でもどうしてそんな事をしているのかわからないものの、身体が動くのを止められずにいるのだった。
テジュンが村に通って来るようになって数日後、ジェハが帰って来た。
今まで見張っていた村の様子が落ち着いたのだろう。
『ジェハ!!』
「リン、ただいま。」
ユンの庭で収穫したみかんを剥いて子供達に配っていた私のもとにジェハが舞い降りて来た。
子供達は驚いていたが私は顔を輝かせて立ち上がるとジェハに抱き着いた。
「おっと…」
『おかえりなさい。』
「…迎えられるのってこんなに嬉しいものなんだね。」
ジェハは甘く微笑みながら私にキスを贈る。
それを受けて笑いながら私は持っていた別のみかんを剥いて彼の口に入れた。
彼はクスッと笑いながらみかんを食べ、近くにいたテジュンを見て目を丸くした。
テジュンはというと私とジェハの様子を見て頬を赤らめていたが。
「何?僕のいないうちに新しい仲間でも増やしたの?」
「違う!あやつは火の部族長の息子で本来ならば敵だ!」
『姫様の髪が短くなって、ハクや私を含む3人が死んだ事になってる元凶になった人物よ。』
「ほう…」
少し怒った様子でジェハはテジュンを睨んだ後、私の髪を撫でながら言った。
「面白いね。そんな奴をヨナちゃんの側に近付けるとは。」
「私とて奴がここにいるのは微妙だ。
しかし、あの者のああいう姿を見ているとどうも疑いきれなくて。」
ああいう姿とはテジュンがヨナを見る度に頬を染めて見惚れている様子のことだ。
「気持ちわかっちゃうわけね。」
『そうみたい…』
「あの者が姫様に不利になる事をするとはどうしても思えぬのだ。」
「まあ、どこか君に似てるよね、彼。」
「どこが!!?」
「リン、ちょっと手伝って!!」
『は~い。』
「えー、お姉ちゃん…行っちゃうの?」
『すぐに戻ってくるからそれまでお兄さんに遊んでもらって?』
「…僕かい?」
『少しの間だけだからお願い。』
「わかったよ。僕も寂しがり屋だから早く帰って来て。」
『はいはい。』
「リン!」
私はユンに呼ばれて子供達をジェハに任せると駆けて行った。
ユンを手伝っていると近くでテジュンが呟いた。
「姫が一番お元気だ…」
「まあね。」
「しかしこの村の者はなぜ働かん。納める税がないというが自業自得ではないか。」
『それ…本気で言ってる?』
「え?」
「あんたが言う働くってどういうこと?」
「それは…米や野菜を作ったり商売したり…」
私は静かに荒れた畑を指さした。
「あそこの田畑、干上がってしまってもう何年もまともに作物が出来ない。この辺の土は皆そう。」
『田畑を復活させるには豊かな水と肥沃な土を作る時間とたくさんの人手が必要なの。
でも村には病気のお年寄か女子供しか残ってないのよ。』
「そういえば若い男がいないな。どうしたんだ?」
「連れて行かれたの!兵として!あんたの父親、カン・スジン将軍の命でね。」
「ならば仕方ない。火の土地に住む者は父上の命に従うものだ。」
「…あんな結局誰の味方なの?」
「え?」
『私達…というより、ヨナ姫様はここいらを縄張りとする賊よ。』
「わ、私は姫には賊の真似事はやめて頂きたいのだ。
貴様らのような者と縁を切り必要とあらば私がどこかに住まいを…」
「あのねぇ、ヨナは…!」
『ユン…』
「ユン、声を荒げたら村の人がびっくりするわ。」
「あぁ、ごめん…」
そこにヨナが静かに歩み寄って来てユンを宥めた。
「だってこいつ何もわかってないんだもん。」
「口の利き方を知らん小僧だな!」
「テジュン、私村の人達の様子を見に行くんだけど一緒に来る?」
「はいっ」
歩き出したヨナとテジュンを見送って私はユンの頭を撫でた。
「リン…」
『あの坊ちゃんは何も知らない。』
「え?」
『知らない事を考えるなんて無理な話よ。まるで城を出たばかりの姫様みたいでしょ?』
「あ…」
『大丈夫。ヨナが知らない事の哀しさを誰よりも知ってる。
無知がどれほど愚かなのか彼女ほど知ってる者はいないわ。』
「うん…」
『彼女の口からこの村の仕事…食糧を集め子供を育てる為に必死に村人達が生き、私達に出来るのは手助けだけだってテジュンに伝えてくれる…』
「そうだね…」
ヨナとテジュンは村を歩いて行き、その様子はハク、キジャ、ジェハが見張っていた。
ジェハが相手をしていた子供達は家に帰ったようだ。
私はユンの手伝いを済ませると彼らの背中を追った。
ヨナはミレイと呼ばれる年老いた女性の家を訪ねた。彼女は病で家に籠っているのだ。
ヨナは隙間風が入らないよう家を直し、テジュンがミレイの肩もみを始めたが下手で突き飛ばされる始末。
ミレイの好みはハクらしく、テジュンでは不満なようだ。
テジュンが突き飛ばされて何故だ…と嘆きつつ、ヨナを見ると彼女は一切文句や不満を言っていないことに気付いた。
―この国で最も尊い御方が…金槌の音がたどたどしく…なんと懸命なことよ…―
「なぜお前がここに!?」
そう思いながらミレイに向き直ろうと思った瞬間、肩を揉んでいるハクがいてテジュンは驚いたようだった。
「何かご指名があったみてェだから。」
「お前はもう帰っていいよ。」
「…」
「お前は上手いね。」
「どーも。昔じっちゃんの按摩させられてたから年寄りのツボは心得てるんで。」
「年寄り扱いすんじゃないよ!!」
ハクとテジュンはミレイに殴り飛ばされた。
「とにかく私がやるからハクは出て…」
そう言いながらテジュンが扉を開けるとそこに部下のフクチを見つけてそっと扉を閉じた。
私はそれに気付いてキジャとジェハを屋根の上に上がらせると、音を頼りにヨナが修理している壁の辺りに顔を寄せた。
『姫様。』
「リン?どうしたの?」
『ミレイおば様の家の前に役人が来ています。
すぐに隠れてください。ハクもそこにいるでしょう。』
「え、えぇ。」
『ハクも一緒に隠して下さい。』
「わかったわ。」
するとミレイが私の声を聞いてヨナとテジュンを布団の中に隠した。
「動くんじゃないよ。」
「せめーな。」
そこにハクも押しこめられ、その瞬間フクチや役人達がミレイの家の扉を開けた。
「何だい、断りもなく家ん中入ってきて。」
「失礼。南方役所の者です。」
「何の用だい。私ゃ役人は嫌いだよ。」
「フクチ殿、ここに何かありそうですか?」
「あ、いや…む、あの布団の中が怪しいな。」
「およし。そこに寝てるのはウチの旦那だよ。
流行病で臥せってる。医術師にも診てもらえないから閉めきって看病してんだよ。
伝染っても構わないってんなら見ていきな。」
「…もういいっ。フクチ殿、行きましょう。」
役人達はぞろぞろと村から立ち去って行った。
屋根の上から村を見守っていた私は気配が消えたのを確認した。
すると村の入口にいるジェハとキジャの声が聞こえてきた。
おそらく私が遠くでも聞こえると思って話しているのだろう。
「リン、役人は全員出て行ったみたいだよ。」
「どうして空に向けてリンを呼ぶのだ?」
「リンなら僕達の声が聞こえると思ってね。」
「あ…そういうことか。」
私はクスッと笑いながらミレイの家の扉を開けた。
『失礼します、ミレイおば様。』
「役人は去ったのかい?」
『はい。ふたり…いや、馬鹿な坊ちゃんもいるので3人ですね。
匿っていただきありがとうございました。』
「フッ…面倒事に巻き込まれるのはごめんだよ。」
『以後気を付けます。』
家を出る時テジュンはミレイを振り返った。
「今日は礼を言う。匿ってくれて助かった。
…それで、今度は私が按摩するから。」
ミレイはニッと笑った。
「やだよ、私ゃそっちの色男がいい。」
「なにーッ!!」
私達は歩きながら言葉を交わし始めた。
「ふふふっ、今日のおば様はごきげんだったわね。」
「え?あれがですか?」
『ミレイおば様は素直じゃないからつい憎まれ口を言っちゃうの。
テジュンは気に入られたようね。』
「あれで…?」
「おば様の息子さんは10年前彩火の都に連れて行かれたんですって、兵になる為に。それ以来すっかり塞ぎこんでしまって。
自分の足が自由であれば彩火まで走って行ってあの親不孝モンをぶん殴ってやるのにって言ってたわ。
本当はいつも淋しくて泣きたくなるのを我慢している人なの。」
火の部族として都に来て兵となるのは当然の事…そう思っていたテジュンだが現実を目の当たりにして疑問を抱き始めていた。
そして彼は思った。ヨナは一賊として活動している為に出来る事に限りがある、ならば火の部族長の子である自分にはもっと出来ることがあるのではないか、と。
私はその晩、ミレイの家を訪ねて昔話に花を咲かせていた。
「お前も火の部族の出身なのかい?」
『生まれは火の部族です。ただ貧しくて両親は私が生まれてすぐに他界しました。
偶然通りかかった方に拾われて私は風の部族の一員として育ったんです。
だから…火の部族の事を他人事とも思えなくて放っておけないんです…』
「優しい子だねぇ…」
『おば様…』
私は彼女の横にすっと寄り添った。彼女は私の香りに癒しを感じながら微笑んだ。
「本当に甘くていい香りだねぇ。」
『そうですか?』
「それよりいいのかい?あの優男を放っておいて。」
『優男…ジェハの事ですか?』
「あの緑色の髪をしたタレ目だよ。」
『寂しがってるかもしれないですけど、今日はここにいたい気分なんです。』
「ハハハッ」
すると彼女はそっと押入れを指さした。
「あそこの中に二胡がある。弾いてくれないかい?」
『え?』
「息子が昔弾いてたんだけどね…古くて音が出ないかな。」
『きっと大丈夫ですよ。』
私は押入れから古くなった二胡を引っ張り出した。
埃に私が咳き込むと彼女は声を上げて笑った。
『ケホケホっ…』
「ハハハハハッ」
『笑い事じゃありませんよ…』
「それでどうだい?弾けそうかな?」
『弦が切れてしまってますね…ちょっと待って下さい。』
私は弦を余っているところから引っ張って来て貼り直した。
運よく弓の方は問題がなかったため軽く動かすと綺麗な音がした。
―この二胡…綺麗な音…―
私は静かにそれを奏で始めた。するとミレイは目を閉じ息子の事を思い出しているようだった。
一筋だけ伝った彼女の涙を私は見なかったフリをして夜空に美しい音色を響かせるのだった。
「二胡…?」
「誰が弾いてるんだ?」
「リンだ…」
「音色だけでわかるの、ジェハ?」
「いや…ふとそう思っただけ♪」
彼は地面を蹴るとミレイの家を覗いた。すると二胡を奏でる私と音色に酔いしれ微笑みながら涙を流すミレイがいた。
彼は何も言わずに集まって来た村人達に向けて唇に指を当てて静かにするよう伝えた。
―素敵な夜の贈り物だね、リン…―
満月は見上げた空で微笑んでいるように思えた。
ミレイの家で朝を迎え、私はヨナ、ハク、キジャ、ユンと共に川へ水を汲みに行っていた。
水の入った桶を棒の両側につけて肩に置くと両手で支えて運ぶ私とハク。
ユンは荷車にたくさんの桶を乗せて引っ張っていた。
ヨナとキジャは右肩に置いて運んでいたが、ヨナはフラフラしている。
「ヨナ…ヨナったら無理だよ。」
「姫さん、生まれたての子鹿みたいですよ。」
『無理しちゃダメですよ?』
「姫様、やはり私が。」
「へいき…力…つけなきゃだし、一杯でも多く水必要でしょ…」
そのとき馬の足音と一緒にヨナを呼ぶテジュンの声が聞こえた。
私達の目の前で止まったテジュンをキジャが右手の爪で引きずりおろす。
「白蛇、引きずり下ろせ。」
「うむ。」
「テジュン、丁度良かった。一緒に来て。」
「はいっ、勿論。お荷物お持ちしますっ」
「そうか、頼むわ。」
『荷馬車にしちゃいましょ。ユン、その荷車を馬に繋いで!』
「うん!!」
「誰が貴様らのを持つと言った!?」
そしてやってきたむらは加淡村よりも廃れた村だった。
私達に近付いてきた病人は包帯が解けてどこか怪しく見える。
テジュンは逃げてしまうが、その手をヨナは掴んで現実から目を逸らさないよう促した。
病人の背中に手を添えて水を与え、私はハクと共にお湯を沸かし村人が身体を拭けるよう準備をした。ユンは手早く食事の用意をする。
『テジュン、火の部族でこういう村は珍しくないの。』
「リン…」
『実は私も火の部族の貧しい村で生まれてね。』
「え…」
『まったく村の事は覚えてないわ。
生まれてすぐ両親が亡くなり、母親は私に食料を全て与え餓死したらしいってじいやに聞いたし…
ムンドクじいやが拾ってくれなかったら私はここにいる皆と同じように貧しくて、空腹で、死んでいたはずよ。
風の都で育って自分の生まれ故郷を見に行ったらもうそこには村の跡形もなかった…』
「そんな…」
『誰も生きていられなかったのよ、あんな廃れて病気も充満した村では…誰も手を差しのべてくれなかった…
そんな村がまだまだある。全てを救うなんて事、私達には出来ない。
でもだからと言って放っておく事も出来ない。』
「…そうか。」
私が黙るとテジュンはユンから話を聞いたようだった。
「清潔な水がなく病が流行し家は賊に荒らされ役人すら立ち寄れなくなった。
治安が悪いから商人達も火の部族の地を迂闊にうろつけないしね。」
「姫は…その大丈夫なのか?病の者に近づいて…」
「その辺は俺が気をつけてるけど…」
『言っても姫様は聞かないわ。』
「聞かないって…それでは危険だろう!!」
「止まんねェよ、姫さんは。姫さんはイル陛下の守ろうとした高華国を守りてェんだ。
今まで何もしなかった分今度こそこの国の姫として。」
テジュンはぎゅっと固く手を握った。
「ユンとやら…そしてリン。」
『ん?』
「相談があるのだが。」
テジュンの真剣な表情に私とユンは顔を見合わせて彼の相談にのり、ある提案をするのだった。
次の日、テジュンは自分の部下達を連れて荒れた村を訪れていた。
そこに私達“暗黒龍とゆかいな腹へり達”が出入りしているという事にし、対策本部とかこつけて病人の介護をしようというのだ。
不満を言う部下達をどうにかテジュンはまとめていく。
私とユンはジェハにその村まで運んでもらっていた。
私はジェハに正面から抱き着いて、ユンはおんぶされて空を舞う。
「ちゃんと掴まっててね。」
『きゃっ…』
「おっと…僕はユン君を支えてるからリンは僕に身を寄せて。いい?」
『うん。』
「行くよ。」
大きな木の太い枝に降り立つと私はジェハの隣に立った。
「へぇ…テジュン君、なかなか面白いことするね。君の提案かい、ユン君。」
「うん。それからリンも。」
『姫様の役に立ちたいっていう彼の言葉に嘘はないと思ったから。』
「でも心配だよ。役人って基本的に庶民に横暴だから。」
『あ…』
「ほらね…」
ある役人が近付いてきた村人を蹴り飛ばした。
だが、それをテジュンが止め、村の建物はみるみるうちに綺麗になっていった。
『やっぱりこういう大きな変化を及ばすには権力がなきゃダメね…』
「リン…」
私が村の変貌を見ながら呟くとジェハがくしゃっと髪を撫でてくれた。
「僕達は僕達に出来る事を精一杯やるだけだよ。」
『うん…』
ユンはヨナやハクがこの村へ歩いて来るのに道案内の為一度ジェハが彼女達の所へ送り届けてここにはいない。
私とジェハが見張りとして残ったのだ。そんな彼の手を私は握って寄り添いながらテジュンや役人、村人の様子を見守っていた。
するとキルソンと呼ばれる兵士の一人が倒れてしまった。
村へ来るよう頼んでいた医術師は治安が悪いからと逃げたのだろう、その場にはいない。
『さぁ、テジュン…どうする?』
「おっ…?」
彼は自分の部屋で面倒を見る為キルソンを抱えて走り出した。
部屋に入れて看病しようにも今まで看病なんてした事のないテジュンはおどおどするばかり。
それどころか自分も病にかかるのではと怯えてしまうのだ。
「テジュン様…申し訳ありません申し訳ありません…
病をテジュン様のお部屋に持ち込んでしまって…
テジュン様にご迷惑をおかけするのならば…私自害しますので…っ」
涙を流しながら言うキルソンにテジュンは自分を戒めた。
「余計な事を考えるな。この病は治ると私が証明してみせる。
お前は休暇だと思ってのんびりしとけ!」
私は彼のそんな声を聞いて口角を上げた。
ジェハにテジュンの声が聞こえていないが、自分に寄り添う私が笑った事から彼も何かを感じているのだろう。
ジェハは柔らかく微笑むと私の肩を抱く手に力を込めてくれた。
私はユンから預かっていた病に関する対処法を書いた紙を持つと路地裏に降り立った。
『テジュンっ!』
「あ!」
小さく手招きして彼を部下の目から離させる。そして紙を手渡して微笑みかけた。
「これは…」
『ユンから預かった対処法よ。頑張って、今の貴方ならきっと大丈夫。』
「あぁ…助かる。」
彼の背中をポンと押して私は再び屋根に飛び乗った。
そこから屋根を伝って走ってジェハのもとへと戻る。
テジュンがひとりで看病しているのを見て部下達の心境にも変化が見られ始めた。
また部下の中には貧しい村出身の者もいて村人を放っておけずにいるようでもあった。
「いい変化じゃないかな?」
『うん。』
夜までテジュンは走りまわり看病を続けた。
だが、彼の身体は重くなり部屋で座りこんでしまった。
―動かない…伝染ったのだろうか…
嫌だ…ここにいたくない!逃げようか…―
意識が遠のき掛けた時、テジュンの額に誰かの手が乗せられた。
「ひ、姫!?」
「しーっ」
その手はヨナのものだった。テジュンが目を開くとヨナとユンがいた。
彼らが来たのを知って私とジェハも彼らと合流する。
「テジュンは少し疲れたみたい。ユン、そっちはどう?」
「大丈夫。この人は2,3日内に元気になるよ。」
「ほっ、本当か!?」
「うん。初期段階で対処したからね。よくがんばったね。」
ユンの言葉にテジュンは涙を流し、キルソンの眠る布団に縋り付いた。
「すまない…キルソン…」
「何で看病して謝ってんの?生きてるからね?大丈夫だよ?」
慌てるユンの横を通り過ぎてヨナはテジュンに歩み寄った。
「テジュン、村がキレイになってて驚いたわ。
この人の看病も私達ではここまで出来なかった。
テジュンがいなければ出来なかった。」
「私の正義が…この村を放っておけなくて…
………ごめんなさい、違うんです。本当は何度もここから逃げ出そうと…」
「…昔私、ハク、そしてリンを追って来たあなたは傷ついて死んでいく部下がいても顔色一つ変えずに笑っていたわ。
私はそれがとても嫌だった。でも今のあなたは全然違う。」
ヨナはテジュンの頬を伝う涙をそっと指先で拭うと微笑んだ。
「今のあなたに会えて良かった。本当よ。」
「姫さん、ユン。そろそろ行くぞ。」
「うん。」
そんなヨナとユンを天井裏に抜け穴を作っていたハクが上から呼ぶ。
縄を下ろすとまずユンが上がり、次にヨナをハクが引っ張り上げた。
「じゃあ、私達行くわね。」
「…えっ、今告白された?」
「されてねーよ、阿呆。」
わざと縄でテジュンの頭を叩きながらハクが言うのを私は笑いながら穴からテジュンを見下ろした。
『テジュン!』
「うん?」
『たまには戸を開けてあげて。』
「え?」
『じゃあね。』
そう言って私達はイクスの家へと帰って行く。
その頃、テジュンは戸を開き部下達が皆そこに座っているのを見つけていた。
「何だこいつら…」
「皆見舞いたがってたんですよ。テジュン様が全然開けてくれないから。」
「おお、戸が開いた!」
「テジュン様!キルソンは!?どうなりました!!?」
「あいつ生きてますか!?」
「だ…大丈夫だ。2,3日内に回復する。」
「「「うおおおおぉぉお!!」」」
「よかった!」
「キルソン~」
「ありがとうございますありがとうございますっ!」
「申し訳ありません。今まで何も出来なくて…これからはちゃんと…ちゃんと…」
「あぁ、共に火の部族を…我々の同胞を守ろうぞ。」
それから数日の間に役人がテジュンの統括の下、横暴ではなくなり村も綺麗に整備されていった。
「近頃、横暴な役人減ってきたよね。」
「あの次男坊が何だかんだ統率しつつあるからかな。」
『でも蓄えはまだまだだわ…一朝一夕に出来る事ではないから。』
「この地でも育てられる作物を探さないと。」
ヨナとユンが並んで立つのを私達は囲むように見守る。
私の両側にはハクとジェハが立っていた。
「ねぇ、ヨナ。俺…ちょっと火の土地を離れようと思うんだ。」
ユンの申し出を受け入れて私達は火の土地を離れる為準備を始めた。
そんな明朝、ミレイは二胡を私の手に押し付けて甘く微笑み、ユンに感謝を述べてから静かに息を引き取った。
『ミレイおば様…』
「…おやすみなさい。」
簡単に弔いを行い私は二胡を奏で音色を彼女に捧げた。
テジュンのいる村ではキルソンが全快し、復帰した。
そして彼は次の村へ移動すると提案。
どういう風の吹き回しなのかと不安気だった役人達だが、キルソンは迷う事なく荷物をまとめた。
「テジュン様は病が伝染るかもしれないのに、俺なんかの為に必死で看病して下さった。俺は一生このご恩を忘れない。
それにあの方が本当になさろうとしている事が無駄だとは思えない。」
「俺達も行こう!」
「他の役所にも応援を頼め!」
こうして彼らは次の炎里村へ移動した。
そこに流行病ではなさそうな病人がいて、テジュンもキルソンも途方に暮れていると突然冷静な声が聞こえてきた。
「腹痛を起こしてるね。」
「!!」
「近くに住む薬売りだよ。」
それはユンだった。私達とは違って賊の中でも戦闘員ではない為、役人に印象が薄く顔を出しても問題がないのだ。
ヨナも来ようとしたのだが、それは流石に止めた。
「今日は俺がここの医術師やるよ。怪我人や病人は俺に任せて。」
「しかし…」
「テジュン様も隅に置けませんね。
近頃よく視察に出ておられると思ったらこんな可愛い子引っかけてたんですか?」
「は?」
「言っとくけど美少年だからね。」
「え?男?まあいいや。歓迎歓迎、よろしくね。」
役人達はムサイ男達や老人・病人としか一緒にいなかったために可愛い子に飢えているようだ。
「後で簡単な薬の作り方教えてよ。」
「う…うん。」
ユンは不思議そうに近くにいた役人の顔をじっと見つめた。
「…何?」
「…根っからの悪い人なんていないのかもしれないなーって考えてたとこ。」
「え?」
「役人さんってもっと怖い人かと思ってたから。」
「ええ!?」
「お前悪い顔してるもんな。」
「なんだと!?お前は実際乱暴じゃねーか。」
「俺だって近頃少しは…」
「さ、病人ここに運んで。重病人から先に診るよ。」
「「「はーい♡」」」
私はゼノと共にその村に来ていた。
ゼノはまったく動こうとしない老人にお手玉を見せて笑顔で対応していた。
「人は鏡だから笑えば笑顔が返ってくるのさ。」
「…子供(ガキ)のくせに勉強になる事を言うんじゃない。」
「ふはっ」
「…姫はお前のような者を信頼なさってお側に置かれるのだな。」
「兄ちゃんはいい顔になったな。皆もいい顔返してくれるだろ。
ひとつ予言。兄ちゃんはこの高華国にとってきっと大きな存在になるよ。」
「大きな…とは何だ?」
「そこまではわからん~」
そう話しているうちに作業は進み、時間も経っていった。
私はミレイから預かった二胡を背負ってジェハを呼んだ。
彼は木の上でゼノやユンを見守っていたのだ。
『ジェハ!』
「リン、君も来たんだね。」
彼はすぐに降りてきて抱き締めると木の上へ上げてくれる。
そして自分の足の間に座らせると後ろから抱き締めて肩口に顔を埋めた。
背負っていた二胡は私が胸に抱く形になる。
「ユン君がちやほやされてるね。」
『美少年だから当たり前でしょ。』
「ハハハッ、確かに。」
ユンが作った美味しい料理が村人の手に渡り、賑やかに笑顔溢れる夜がやってきた。すると村人から歌声が聞こえてきた。
「むかぁしむかしあかいろのー
大きな太陽食べられてー世界が黒にそまるときー
呼びあう四つの龍ー頭(こうべ)を垂れるー
炎の龍に頭を垂れるー」
「この歌…懐かしいな。何という題だったか。」
「“炎の神様”」
私は歌声に合わせて二胡を奏で出した。
音色に驚いて役人は目を丸くするが、どこから音がするのか分からず結局そのまま受け入れた。歌の題を答えたのはユンだった。
「火の部族の子供はこれ聞いて育つんだよね。」
「ああ。そういえば私もよく歌っていた。
建国神話をもとにした炎の龍緋龍の歌。」
「世界を統べる緋龍王は火の龍で、まあつまり火の部族は緋龍王の末裔だぞって主張した歌だけど、他の部族からすれば傲慢な歌だよね。」
「父上もいつも言っていた、火の部族こそ緋龍王の末裔だと。
だからいつか必ず緋龍城を取り戻すと。私はそれがとても誇らしかった。
でも緋龍王とはそんなものだろうか?」
―人を愛し、四つの龍に愛された王が目指したものとは…見ていた世界とは…
城ではなく玉座ではなくもっとささやかで…しかし大きな祈りではないのか…
ああ、それはあの御方の想いに似ている…―
そうテジュンが思っている間にユンはその場を去り、代わりに私とヨナがそこにいた。
私はテジュンの隣に狐の仮面を被って座り二胡を奏でていた。
「こんばんは。いい夜ね。」
「姫…!このような所に来られては!」
「うん、振り返らずに聞いて。」
ヨナはテジュンと木の幹を挟んで背中合わせで言葉を紡ぐ。
「お別れを言いに来たの。私達は明朝この地を去るわ。
ユンがね、この土地でも育つ作物を探しに行きたいって。
私達もユンと共に行こうと思うの。」
「…ではまた戻られるのでしょう…?」
「えぇ。」
するとヨナは私を静かに見つめた。私は小さく息を吐いてから口を開いた。
『…それともう一つ。ミレイおば様が亡くなられたの。』
「え…」
『今朝ね…伝えるのが遅くなってごめんなさい。
おば様はずっと身体を患っていたのよ。
ユンが気にしていたんだけれど。』
「そう…ですか…彩火に戻ったら…兵となったミレイ殿の息子を…いつか探そうと…思っ…」
―遅い…“いつか”では遅いのだ…―
テジュンは自分の言葉に顔を顰めた。
『この二胡はミレイおば様の息子さんの物…
テジュン、もし息子さんを見つけられたら渡してあげて…』
「リン…私が、か…?」
『他に頼める人はいない。そして息子さんに伝えてあげて。
ミレイおば様は貴方を愛していたと、この音色を耳にして涙を流すくらい愛しく思っていた、と…』
「ミレイおば様だけじゃない。
この地では誰といつまた会えるのかわからない。
まだ支えなきゃいけない人もいっぱいいる。
テジュン…託してもいいかしら、あなたに。」
ヨナは真剣な眼差しのまま言う。
「火の部族の皆を守って。」
テジュンはその場で深々と頭を下げた。
「私の…私のような者にそのようなお役目をお与え下さり光栄の極みにございます…!!」
―変わったわね、テジュン…今の貴方は輝いてるわ…―
私は微笑むと二胡の演奏を終えてテジュンの近くに立て掛けた。
―大きなものなどいらない…どうかあなたが幸せでありますように…―
テジュンは私達が去って行くのを感じながら思い私達の為に願ってくれた。
「ご無事のお戻りをお待ちしています。」
そうして私、ヨナ、ユン、ゼノは静かに姿を消した。
「どこに向かって土下座してるんですか?」
「…う、うるさい。」
側近であるフクチがテジュンに声を掛けた。
「腹へり達を捕えるまで彩火城に戻れない…となると一生戻れませんね、テジュン様。」
「まぁなあ…」
そのとき彼ははっとした。
「…フクチ?お前何か聞いてた?」
「…それより二胡を忘れないで下さいよ。」
「あ、あぁ。」
テジュンは二胡を手にミレイを思い起こし、ヨナや私達の事を思い部下達の所へ戻った。
「テジュン様ーっ、ユン君がいない!」
「やかましい、馬鹿共。今日は役所に戻るぞ。
明日からまた仕事だ。この地を美しくして、賊共に見せつけるぞ。」
『またボロボロに…』
「仕方ないわよ。」
「あれ娘さんにお嬢。剣の稽古?」
「えぇ。といってもまだ木刀での練習なの。」
「あの兄ちゃんも慎重だな。」
『やはり基本からですから当然です。』
「もう少し付き合ってもらうんだからね。」
『わ、私ですか!?』
「もちろん。」
『はぁ…』
ゼノは私の事を他の龍のように黒龍と呼ばずお嬢と呼ぶ。
その呼び方は風牙の都や阿波の海賊達を思い起こし時折懐かしい気持ちにさせる。
テジュンはというと私とヨナの声を聞いて私達を見つけようと外へ飛び出すがそのときには既に私達はいなかった。
ヨナの手当てをしてから山奥で彼女の木刀を受けつつ助言をする。
『そこでは下から…相手の動きを読んで。』
「う、うん。」
『それではこう来たら?』
「っ!」
私はすっと木刀を斜め上に払い上げた。
すると彼女は一歩後ろへ下がり私の木刀を避け自分の物を前に突き出した。
『おっと…』
「どう?」
『お見事です。』
「やった!」
『私の木刀を受け止めようとせず下がったのは賢明な判断です。
きっと受け止めていれば姫様の力では弾かれていたでしょう。』
「ふぅ…」
『今日はここまでにしましょう。』
「まだ出来るわ!」
『ハクとの練習もあったんですから、そろそろ休んで下さい。』
「むぅ…」
『可愛い顔してもダメです。』
彼女の頬を両手で包みながら微笑む。そして彼女の髪を撫でてその手を下ろすと彼女の木刀を回収した。
『しっかり休みなさいな。休養も稽古のひとつですよ。』
「はーい。」
彼女が歩み去ると私は木刀を片付けハクを探した。
木にもたれて座り火を焚いている彼を見つけるとそっと隣に座った。
「稽古は終わったのかよ。」
『うん。ハクがやった後だから短めにね。』
「そうか。タレ目の奴の近くにいなくていいのか?」
『ジェハは他の村に行ってるわ。きっとユンは帰って来るけどすぐに他の村の見張りに行くんでしょうね…』
「お前の為だろ。」
『…え?』
「他の村の気配までいつも辿ってるお前がまた倒れないように少しでも負担を減らそうとアイツなりに考えたんじゃないか?」
『…本当に心配症なんだから。』
「アイツ言ってたぞ、お前が倒れた時に。」
『ん?』
「お前からは目を離せない、誰かが見守ってないとリンが壊れてしまうってな。」
『…そう。そんなジェハがいてくれるから無茶も出来るって言ったら彼困ってたわ。』
「そりゃそうだろ。」
そう言って2人で笑った。
今頃苦労性のジェハは私達に噂される事で別の村でくしゃみでもしているだろう。
私とヨナを探すテジュンはずっと探すが見つけられず寒さに震えていた。
「体が冷えきってしまった…ひとまずここは宿をとって明日また動こう…」
だがこんな村に宿があるはずがない。
「宿がないっ!まともな店も…っ
しかもこんな真っ暗で。なんだ?皆死んだのか!?」
凍え、こんな村に本当にヨナがいるのかと不安になっていると彼は火を見つけて嬉しそうに駆け寄った。
「むっ、火!?おおおおお!!ええい、荷が重い。凍え死ぬかと思った…」
そのときになって漸く彼はその火の横にいる私とハクに気付いたようだった。
―やっぱり来たわね、テジュン…
そろそろ一人でも来る頃だと思ってたの…―
私は加淡村で彼を撃退しているときから彼の来訪を予想していた為小さく口角を上げた。
「…これはお前達の火か?しばしあたらせてもらうぞ。」
「…ああ、別に構わないぜ。」
「そうか…では…」
―って、待て待て!えっあれっちょっ…あれはっ雷獣(ハク)と舞姫(リン)…?いやいや見間違い…―
私とハクは真っ直ぐ彼を見ていた。
彼は私達の正体を確認すると冷汗を流す。
『どうしたんです?震えてますよ。
火にあたってるんですから寒い事なんてないと思いますけど。』
「そう言ってやるな。何でこんなとこいるのか知らねェけど、宿なしには慣れてねェんだろ…坊ちゃん。」
「なっ何を言っている。私は貧しい旅の者で…」
「ねー、雷獣!リン!明日の当番の事なんだけど…」
『あら。おかえり、ユン。ジェハは?』
「また別の村に跳んで行ったよ。」
「ほらな?」
『本当ね。』
「リンの負担を減らす為、でしょ?あれ、誰かいる?」
「あ…」
テジュンは急いで荷物を抱えてその場を離れようとするが運悪く荷物の中から烽火が火の中へ落ちてしまった。
嫌な予感がした私は咄嗟にユンを庇う。
「リンっ!?」
『危ないっ』
すると火から空へ烽火が上がった。
テジュンは部下に言われた総攻撃をかけるという言葉を思い出し急いで兵を止めようと駆け出そうとするが、それを許す私達ではない。
ハクはすぐに近くに置いてあった大刀を手にするとテジュンの前に出して転ばせ、倒れた彼の上に乗って取り押さえる。
「味方に知らせる合図か?」
『下手な事するとその首飛ぶぞ。』
ハクは口で器用に大刀を包む覆いを外し、私は剣を抜いてテジュンの首筋に当てた。
「ダメっ、殺しちゃ!!密偵なら聞きたい事がある。殺さないで。」
同じ頃天幕の中にいたシンアが身を起こした。
「どうした、シンア?」
「今…空が光った。」
「空が光ったってそなた天幕の中からわかるのか?あ、こら。」
シンアは天幕の外へと顔を出す。するとヨナがやってきた。
「シンア?」
「兵が…たくさんの兵がこっちに向かってる。」
私も気配で兵が動いているのを感じ顔を上げた。
「…どした。」
『この馬鹿次男が兵を大勢呼んだみたいね…』
「リン、知り合い?」
『知るか、こんな次男坊。』
「わかってて言ってるだろうっ!カン・テジュンだっ!!」
「カン・テジュン!?将軍の息子じゃん!」
『そのうえ私達を崖の下へ突き落して瀕死にした張本人。』
「あー…俺が看病するハメになったあの時の…」
ユンは懐かしそうな顔をした。その間も私とハクはテジュンを睨んだまま。
「私を釈放しなければ大変な事になるぞっ」
『さっきの烽火で兵を呼んだんだろ?』
「お嬢、口調が怖いよ~」
『あ、ゼノ。』
「腹へり達全員集合だってー
およ?昼間の生姜汁兄ちゃんじゃね?
あ、そーいえば青龍が兵士が大勢村に近づいて来てるって言ってた。」
『案の定ね。』
「シンアが言うって事は結構近いんじゃないかな。
まずいな、ジェハが今不在なんだよ。シンアはケガ人だし。」
「あんなヘンタイでもいねェと不便だな。」
『私とハク、それからキジャでどうにかするしかないかな。』
「ゼノもがんばるー」
「ハイハイ、かけっこがんばれ。」
「この兄ちゃんはどうすんの?」
「とりあえず人質だな。」
「た、頼むっ!私を釈放してくれっ!!
烽火を上げたのは事故なんだ。兵達を止めに行くから釈放してくれっ」
私、ハク、ユンはその言葉に恐いくらい笑みを浮かべる。
『なんだ、それならそうと早く言いなさいよ。』
「悪ィな、よろしくたのまー」
「『なんて言うと思ったか、このボケナス。』」
流石ずっと共に育っただけあって言いたい事は同じようだ。
「釈放するわけないでしょ。あんたは敵と交渉する為の人質!
幸いあんたは大物だからあんたがこっちにいる限り向こうも村を無下に攻撃したりしないはず。」
『こいつは一度私達を殺そうとした。
帰したら私達が生きてる事が火の部族長や緋龍城にまで伝わってしまう…』
「そうなるなら俺達は躊躇いなくお前を殺す。」
「…あ、あの方は!ヨナ姫はっやはり生きておられるのか!?
そなた達が生きているのだ、姫様だって!!
教えてくれ、頼むっ!約束する、口外はしない!
お会い出来なくてもいい…言葉を交わせなくてもいい。あの方は…」
彼からは戦意を感じられずどこか自分の行動を悔いている事は私も前々から感じていた為、剣をそっと彼の首から外し鞘に戻した。
「リン…?」
ハクに私は苦笑にも似た笑みを向けた。するとゼノが優しく言った。
「生きてるよ、娘さんは一番元気だから。」
その言葉にテジュンは微笑むと涙を流した。
「そうか…生きて…おられたか…」
『ハク…どいてあげよう。この涙に嘘はない。』
「…お前がそう言うなら。」
ハクが立ち上がるとほぼ同時にヨナがこちらへ駆けて来た。
「ハク!リン!!ユン!!早く来て、緊急事態よ。」
ヨナの後ろにはキジャもいる。そんなヨナを見てテジュンは地面に額が当たるほど深々と頭を下げた。
―貴女が誰といてもどこに属していてもどうでもいい…
貴女が生きておられてよかった…貴女がお元気で本当に本当によかった…!!―
「えっ、あの…どなた?お顔を上げて?…リン?」
『…火の部族長次男カン・テジュン殿です。』
「えっ…テジュン…」
「カン・テジュンといえば姫様を追って兵を差し向けた輩であろう?」
「この人烽火を上げて兵を呼んだの。
でも本人曰く烽火は誤って上げてしまったので兵達にその旨を伝え止めに行きたいから釈放しろ、だってさ。」
「ワガママかっ!本来なら即首を刎ねられるところだぞ!」
「…わ、わかっていますっ!ご理解頂くにはあまりにも滑稽だという事は。
しかしっ、村を取り囲んでいる兵の中には姫様もお顔を知る者も数名おります…っ
あのような大勢の兵が一度に押し寄せたら貴女がご存命であられる事が、私の父カン・スジン将軍に知られてしまいます!!」
「それはてめェが筆頭じゃねェか。」
「私は…っ!誰にも口外しない!!」
『…それは一族を裏切るってこと?』
「どう信じさせるつもりだ。」
私とハクの冷たい言葉にテジュンは考えた。
自分の行いは父や兄を裏切ることなのか、ヨナに生きていて欲しいと願ってはならないのか、と。
「そ…それはわからない…わからないが…っ!
わ、私が兵を止めに行きます。そして…っ
今後私が約束を違えるような事があれば、いえ少しでも疑わしくば殺して下さい!!
貴女になら私は殺されても構いません!!」
テジュンの言葉にヨナは目を丸くした。
「…どうして?貴方は風牙の都に害をなし、ハクやリンを殺そうとした。
どうして今そんな事を言うの?頭を上げて私の目を見て答えなさい。」
ヨナの強くなった姿に私はふっと笑みを零しながらテジュンの行動を見守っていた。
彼は頭を上げたもののその顔は涙でぐしゃぐしゃ。
「も…申しわけ…ありませ…しっ、視界が…歪んでおりまして…っ
姫様のお目が…どこにおわすのかわかりません…っ
自分でもなぜ…こんな事を言い出すのか…なぜこんな事をしているのか混乱して…」
彼の一生懸命な様子をハクは冷たく見つめ、ユンは少し引き気味で、ゼノは笑っていた。
私もテジュンが変わったのを感じてもう笑うことしかできなかった。
「ただ…幸福で…私のように罪深い者がこうして再び貴女と再び言葉を交わせる事が幸福でっ…仕方がないのです…!!
生きていて下さってありがとうございました…!!」
「ふっっ…あははっ」
「姫さん…」
「ふふっ、ごめんねハク。でも隣でリンも笑いたくて仕方ないみたいよ?」
「お前なぁ…」
『ふふっ、だって…』
「釈放してもいい?」
ヨナの無邪気な顔に私は微笑み、ハクは溜息を吐いた。
「…そこで俺の意見は通るんですか?」
『姫様のお決めになった事に私達は従いますよ。』
「テジュン、貴方を釈放します。
貴方の兵はもう目前まで迫っているわ。このままでは村の人達にも被害が及ぶ。
そうなれば私達は全力で兵を叩き潰さなきゃならない。それは敵の大将である貴方も例外じゃないわ。
約束を違えたり村人に害をなすような事があれば、私は貴方を容赦なく射抜く。
その覚悟があるのなら、全力で止めに行きなさい。」
凛と立つヨナをテジュンが見上げていると遠くから低く響く音が聞こえてきた。
「何の音?」
「威嚇の足踏みだ。」
『フッ…そんな事で威嚇のつもりか。』
「来るなら来い。」
怯えるユンの隣で私、ハク、キジャは武器や大きくした右手を構える。
ヨナは敵の方を真っ直ぐ見据えていた。だがテジュンの視線に気付きそちらをそっと見る。
「ごっ、ご安心を姫っ!私が今止めに行きますので…っ」
「えぇ、見ているから。誠意を示して。」
『あ…』
「どうした。」
『シンア、今イヤな音が聞こえたんだけど…』
「うん…火矢だ。」
「何!?」
『威嚇射撃…村の手前を狙ってる。来るわ。』
私、ハク、キジャ、ゼノはヨナを庇うように前に出た。
ユンもヨナをいつでも庇えるように隣に立った。病み上がりのシンアは後ろに控える。
「姫様、おさがり下さい!!」
「姫!!」
そのときテジュンは強く立ち上がりヨナを振り返って言った。
「信じて下さってありがとうございました!!」
そして彼は真っ直ぐ飛んで来る火矢の中自分の兵のもとへと走り出したのだ。
どれだけ火が掠め、矢で傷つこうとも進み続けた。
ボロボロになって自分の兵のもとに辿り着くと火矢が止んだ。
「ま…て…射つ…な…」
「テジュン様!?」
「皆…よく聞け。加淡村に今賊はいない。烽火は誤って上げたのだ。」
「えぇ!!?いや、だとしても賊はあの村に…」
「それらしき奴はいなかった!!疑わしいだけで村を攻撃することはなかろう!!」
彼の言葉に兵は退散する事に決めたようだった。
「帰ってゆく…」
『残った兵はいないみたい。』
「行ったな…」
「あの者は本当に大丈夫なのでしょうか?」
「たぶんね。彼が烽火の時みたいにうっかりをやらなければ。」
「『それやりそう。』」
ヨナの呆れたような言葉に私とユンは溜息と共に言うのだった。
テジュンはというとヨナの事を忘れられず会いたくて仕方がないようだった。
豪華な食事を口にしながら思い出したのは食事を満足にできない村人の事、そして少し痩せたように見えるヨナの事ばかり。
その結果、テジュンはお重に食事を詰めると偵察とかこつけて再び加淡村にやってきたのだ。
―き、来てしまった…!!―
『ん?』
「リン?」
『はぁ…坊ちゃんがいらしたみたいよ、ハク。』
「…チッ」
私達は立ち上がって気配を辿りながらテジュンの後ろにしゃがみこんだ。
すると私達を見つけたテジュンが叫んだ。
「っ!!!!?」
「なぁ、リン。見間違いかな。
どうも先日騒動起こして去ってった次男坊が見える。」
『うーん、不思議ね。私にも見えてるの。』
私達はわざとらしく目を擦って言う。
「ひ、人違いだ…」
その瞬間、ハクが大刀をテジュンの顔スレスレを通して彼の背後の木に突き刺した。
「そうか、人違いか。」
『それなら曲者ね。死刑。』
「わーっ、テジュン!カン・テジュンですーっ!!」
「そうか、超曲者だな。死刑。」
「どっちにしろ死刑!!?」
テジュンが持っているお重を見て私とハクは顔を見合わせた。
彼が一人で来た事を確認すると私がお重、ハクがテジュンの首根っこを掴んでヨナやキジャのいる所まで行った。
「また来たの…?」
「あああああ差し入れを…」
「白蛇、口開けろ。」
「ん?」
私が持つお重から料理をひとつ指で掴むとハクはキジャの口の中に放り込んだ。
『どう?』
「なかなか美味だが?」
「よし、姫さん。食べれますよ。」
「わあ。」
「毒味か!!」
「嬉しい、ありがとう。」
ヨナの笑顔にテジュンは癒されたがものの、彼女が料理を村人に配り始めた事には失望していた。
その料理は彼がヨナの為に持って来たからだ。
「姫は…十分なお食事をなさっていないのではないですか?」
「私?私はいいの。元気だし。贅沢なら小さい頃一生分やったもの。」
「それは…」
「近頃よく思うの。
あの頃贅沢してた物捨てた物をここに持って来れたらって…
そうしたらもっと平等な国を造れたかしら?
…なんてそんな簡単じゃないって事もわかってきたけど。」
村人達と笑い合うヨナを見てテジュンは自分に出来る事はないかと考えるようになった。
まずは火の部族が所有する食べ物を少しでも多く村へ運ぶ事から…
自分でもどうしてそんな事をしているのかわからないものの、身体が動くのを止められずにいるのだった。
テジュンが村に通って来るようになって数日後、ジェハが帰って来た。
今まで見張っていた村の様子が落ち着いたのだろう。
『ジェハ!!』
「リン、ただいま。」
ユンの庭で収穫したみかんを剥いて子供達に配っていた私のもとにジェハが舞い降りて来た。
子供達は驚いていたが私は顔を輝かせて立ち上がるとジェハに抱き着いた。
「おっと…」
『おかえりなさい。』
「…迎えられるのってこんなに嬉しいものなんだね。」
ジェハは甘く微笑みながら私にキスを贈る。
それを受けて笑いながら私は持っていた別のみかんを剥いて彼の口に入れた。
彼はクスッと笑いながらみかんを食べ、近くにいたテジュンを見て目を丸くした。
テジュンはというと私とジェハの様子を見て頬を赤らめていたが。
「何?僕のいないうちに新しい仲間でも増やしたの?」
「違う!あやつは火の部族長の息子で本来ならば敵だ!」
『姫様の髪が短くなって、ハクや私を含む3人が死んだ事になってる元凶になった人物よ。』
「ほう…」
少し怒った様子でジェハはテジュンを睨んだ後、私の髪を撫でながら言った。
「面白いね。そんな奴をヨナちゃんの側に近付けるとは。」
「私とて奴がここにいるのは微妙だ。
しかし、あの者のああいう姿を見ているとどうも疑いきれなくて。」
ああいう姿とはテジュンがヨナを見る度に頬を染めて見惚れている様子のことだ。
「気持ちわかっちゃうわけね。」
『そうみたい…』
「あの者が姫様に不利になる事をするとはどうしても思えぬのだ。」
「まあ、どこか君に似てるよね、彼。」
「どこが!!?」
「リン、ちょっと手伝って!!」
『は~い。』
「えー、お姉ちゃん…行っちゃうの?」
『すぐに戻ってくるからそれまでお兄さんに遊んでもらって?』
「…僕かい?」
『少しの間だけだからお願い。』
「わかったよ。僕も寂しがり屋だから早く帰って来て。」
『はいはい。』
「リン!」
私はユンに呼ばれて子供達をジェハに任せると駆けて行った。
ユンを手伝っていると近くでテジュンが呟いた。
「姫が一番お元気だ…」
「まあね。」
「しかしこの村の者はなぜ働かん。納める税がないというが自業自得ではないか。」
『それ…本気で言ってる?』
「え?」
「あんたが言う働くってどういうこと?」
「それは…米や野菜を作ったり商売したり…」
私は静かに荒れた畑を指さした。
「あそこの田畑、干上がってしまってもう何年もまともに作物が出来ない。この辺の土は皆そう。」
『田畑を復活させるには豊かな水と肥沃な土を作る時間とたくさんの人手が必要なの。
でも村には病気のお年寄か女子供しか残ってないのよ。』
「そういえば若い男がいないな。どうしたんだ?」
「連れて行かれたの!兵として!あんたの父親、カン・スジン将軍の命でね。」
「ならば仕方ない。火の土地に住む者は父上の命に従うものだ。」
「…あんな結局誰の味方なの?」
「え?」
『私達…というより、ヨナ姫様はここいらを縄張りとする賊よ。』
「わ、私は姫には賊の真似事はやめて頂きたいのだ。
貴様らのような者と縁を切り必要とあらば私がどこかに住まいを…」
「あのねぇ、ヨナは…!」
『ユン…』
「ユン、声を荒げたら村の人がびっくりするわ。」
「あぁ、ごめん…」
そこにヨナが静かに歩み寄って来てユンを宥めた。
「だってこいつ何もわかってないんだもん。」
「口の利き方を知らん小僧だな!」
「テジュン、私村の人達の様子を見に行くんだけど一緒に来る?」
「はいっ」
歩き出したヨナとテジュンを見送って私はユンの頭を撫でた。
「リン…」
『あの坊ちゃんは何も知らない。』
「え?」
『知らない事を考えるなんて無理な話よ。まるで城を出たばかりの姫様みたいでしょ?』
「あ…」
『大丈夫。ヨナが知らない事の哀しさを誰よりも知ってる。
無知がどれほど愚かなのか彼女ほど知ってる者はいないわ。』
「うん…」
『彼女の口からこの村の仕事…食糧を集め子供を育てる為に必死に村人達が生き、私達に出来るのは手助けだけだってテジュンに伝えてくれる…』
「そうだね…」
ヨナとテジュンは村を歩いて行き、その様子はハク、キジャ、ジェハが見張っていた。
ジェハが相手をしていた子供達は家に帰ったようだ。
私はユンの手伝いを済ませると彼らの背中を追った。
ヨナはミレイと呼ばれる年老いた女性の家を訪ねた。彼女は病で家に籠っているのだ。
ヨナは隙間風が入らないよう家を直し、テジュンがミレイの肩もみを始めたが下手で突き飛ばされる始末。
ミレイの好みはハクらしく、テジュンでは不満なようだ。
テジュンが突き飛ばされて何故だ…と嘆きつつ、ヨナを見ると彼女は一切文句や不満を言っていないことに気付いた。
―この国で最も尊い御方が…金槌の音がたどたどしく…なんと懸命なことよ…―
「なぜお前がここに!?」
そう思いながらミレイに向き直ろうと思った瞬間、肩を揉んでいるハクがいてテジュンは驚いたようだった。
「何かご指名があったみてェだから。」
「お前はもう帰っていいよ。」
「…」
「お前は上手いね。」
「どーも。昔じっちゃんの按摩させられてたから年寄りのツボは心得てるんで。」
「年寄り扱いすんじゃないよ!!」
ハクとテジュンはミレイに殴り飛ばされた。
「とにかく私がやるからハクは出て…」
そう言いながらテジュンが扉を開けるとそこに部下のフクチを見つけてそっと扉を閉じた。
私はそれに気付いてキジャとジェハを屋根の上に上がらせると、音を頼りにヨナが修理している壁の辺りに顔を寄せた。
『姫様。』
「リン?どうしたの?」
『ミレイおば様の家の前に役人が来ています。
すぐに隠れてください。ハクもそこにいるでしょう。』
「え、えぇ。」
『ハクも一緒に隠して下さい。』
「わかったわ。」
するとミレイが私の声を聞いてヨナとテジュンを布団の中に隠した。
「動くんじゃないよ。」
「せめーな。」
そこにハクも押しこめられ、その瞬間フクチや役人達がミレイの家の扉を開けた。
「何だい、断りもなく家ん中入ってきて。」
「失礼。南方役所の者です。」
「何の用だい。私ゃ役人は嫌いだよ。」
「フクチ殿、ここに何かありそうですか?」
「あ、いや…む、あの布団の中が怪しいな。」
「およし。そこに寝てるのはウチの旦那だよ。
流行病で臥せってる。医術師にも診てもらえないから閉めきって看病してんだよ。
伝染っても構わないってんなら見ていきな。」
「…もういいっ。フクチ殿、行きましょう。」
役人達はぞろぞろと村から立ち去って行った。
屋根の上から村を見守っていた私は気配が消えたのを確認した。
すると村の入口にいるジェハとキジャの声が聞こえてきた。
おそらく私が遠くでも聞こえると思って話しているのだろう。
「リン、役人は全員出て行ったみたいだよ。」
「どうして空に向けてリンを呼ぶのだ?」
「リンなら僕達の声が聞こえると思ってね。」
「あ…そういうことか。」
私はクスッと笑いながらミレイの家の扉を開けた。
『失礼します、ミレイおば様。』
「役人は去ったのかい?」
『はい。ふたり…いや、馬鹿な坊ちゃんもいるので3人ですね。
匿っていただきありがとうございました。』
「フッ…面倒事に巻き込まれるのはごめんだよ。」
『以後気を付けます。』
家を出る時テジュンはミレイを振り返った。
「今日は礼を言う。匿ってくれて助かった。
…それで、今度は私が按摩するから。」
ミレイはニッと笑った。
「やだよ、私ゃそっちの色男がいい。」
「なにーッ!!」
私達は歩きながら言葉を交わし始めた。
「ふふふっ、今日のおば様はごきげんだったわね。」
「え?あれがですか?」
『ミレイおば様は素直じゃないからつい憎まれ口を言っちゃうの。
テジュンは気に入られたようね。』
「あれで…?」
「おば様の息子さんは10年前彩火の都に連れて行かれたんですって、兵になる為に。それ以来すっかり塞ぎこんでしまって。
自分の足が自由であれば彩火まで走って行ってあの親不孝モンをぶん殴ってやるのにって言ってたわ。
本当はいつも淋しくて泣きたくなるのを我慢している人なの。」
火の部族として都に来て兵となるのは当然の事…そう思っていたテジュンだが現実を目の当たりにして疑問を抱き始めていた。
そして彼は思った。ヨナは一賊として活動している為に出来る事に限りがある、ならば火の部族長の子である自分にはもっと出来ることがあるのではないか、と。
私はその晩、ミレイの家を訪ねて昔話に花を咲かせていた。
「お前も火の部族の出身なのかい?」
『生まれは火の部族です。ただ貧しくて両親は私が生まれてすぐに他界しました。
偶然通りかかった方に拾われて私は風の部族の一員として育ったんです。
だから…火の部族の事を他人事とも思えなくて放っておけないんです…』
「優しい子だねぇ…」
『おば様…』
私は彼女の横にすっと寄り添った。彼女は私の香りに癒しを感じながら微笑んだ。
「本当に甘くていい香りだねぇ。」
『そうですか?』
「それよりいいのかい?あの優男を放っておいて。」
『優男…ジェハの事ですか?』
「あの緑色の髪をしたタレ目だよ。」
『寂しがってるかもしれないですけど、今日はここにいたい気分なんです。』
「ハハハッ」
すると彼女はそっと押入れを指さした。
「あそこの中に二胡がある。弾いてくれないかい?」
『え?』
「息子が昔弾いてたんだけどね…古くて音が出ないかな。」
『きっと大丈夫ですよ。』
私は押入れから古くなった二胡を引っ張り出した。
埃に私が咳き込むと彼女は声を上げて笑った。
『ケホケホっ…』
「ハハハハハッ」
『笑い事じゃありませんよ…』
「それでどうだい?弾けそうかな?」
『弦が切れてしまってますね…ちょっと待って下さい。』
私は弦を余っているところから引っ張って来て貼り直した。
運よく弓の方は問題がなかったため軽く動かすと綺麗な音がした。
―この二胡…綺麗な音…―
私は静かにそれを奏で始めた。するとミレイは目を閉じ息子の事を思い出しているようだった。
一筋だけ伝った彼女の涙を私は見なかったフリをして夜空に美しい音色を響かせるのだった。
「二胡…?」
「誰が弾いてるんだ?」
「リンだ…」
「音色だけでわかるの、ジェハ?」
「いや…ふとそう思っただけ♪」
彼は地面を蹴るとミレイの家を覗いた。すると二胡を奏でる私と音色に酔いしれ微笑みながら涙を流すミレイがいた。
彼は何も言わずに集まって来た村人達に向けて唇に指を当てて静かにするよう伝えた。
―素敵な夜の贈り物だね、リン…―
満月は見上げた空で微笑んでいるように思えた。
ミレイの家で朝を迎え、私はヨナ、ハク、キジャ、ユンと共に川へ水を汲みに行っていた。
水の入った桶を棒の両側につけて肩に置くと両手で支えて運ぶ私とハク。
ユンは荷車にたくさんの桶を乗せて引っ張っていた。
ヨナとキジャは右肩に置いて運んでいたが、ヨナはフラフラしている。
「ヨナ…ヨナったら無理だよ。」
「姫さん、生まれたての子鹿みたいですよ。」
『無理しちゃダメですよ?』
「姫様、やはり私が。」
「へいき…力…つけなきゃだし、一杯でも多く水必要でしょ…」
そのとき馬の足音と一緒にヨナを呼ぶテジュンの声が聞こえた。
私達の目の前で止まったテジュンをキジャが右手の爪で引きずりおろす。
「白蛇、引きずり下ろせ。」
「うむ。」
「テジュン、丁度良かった。一緒に来て。」
「はいっ、勿論。お荷物お持ちしますっ」
「そうか、頼むわ。」
『荷馬車にしちゃいましょ。ユン、その荷車を馬に繋いで!』
「うん!!」
「誰が貴様らのを持つと言った!?」
そしてやってきたむらは加淡村よりも廃れた村だった。
私達に近付いてきた病人は包帯が解けてどこか怪しく見える。
テジュンは逃げてしまうが、その手をヨナは掴んで現実から目を逸らさないよう促した。
病人の背中に手を添えて水を与え、私はハクと共にお湯を沸かし村人が身体を拭けるよう準備をした。ユンは手早く食事の用意をする。
『テジュン、火の部族でこういう村は珍しくないの。』
「リン…」
『実は私も火の部族の貧しい村で生まれてね。』
「え…」
『まったく村の事は覚えてないわ。
生まれてすぐ両親が亡くなり、母親は私に食料を全て与え餓死したらしいってじいやに聞いたし…
ムンドクじいやが拾ってくれなかったら私はここにいる皆と同じように貧しくて、空腹で、死んでいたはずよ。
風の都で育って自分の生まれ故郷を見に行ったらもうそこには村の跡形もなかった…』
「そんな…」
『誰も生きていられなかったのよ、あんな廃れて病気も充満した村では…誰も手を差しのべてくれなかった…
そんな村がまだまだある。全てを救うなんて事、私達には出来ない。
でもだからと言って放っておく事も出来ない。』
「…そうか。」
私が黙るとテジュンはユンから話を聞いたようだった。
「清潔な水がなく病が流行し家は賊に荒らされ役人すら立ち寄れなくなった。
治安が悪いから商人達も火の部族の地を迂闊にうろつけないしね。」
「姫は…その大丈夫なのか?病の者に近づいて…」
「その辺は俺が気をつけてるけど…」
『言っても姫様は聞かないわ。』
「聞かないって…それでは危険だろう!!」
「止まんねェよ、姫さんは。姫さんはイル陛下の守ろうとした高華国を守りてェんだ。
今まで何もしなかった分今度こそこの国の姫として。」
テジュンはぎゅっと固く手を握った。
「ユンとやら…そしてリン。」
『ん?』
「相談があるのだが。」
テジュンの真剣な表情に私とユンは顔を見合わせて彼の相談にのり、ある提案をするのだった。
次の日、テジュンは自分の部下達を連れて荒れた村を訪れていた。
そこに私達“暗黒龍とゆかいな腹へり達”が出入りしているという事にし、対策本部とかこつけて病人の介護をしようというのだ。
不満を言う部下達をどうにかテジュンはまとめていく。
私とユンはジェハにその村まで運んでもらっていた。
私はジェハに正面から抱き着いて、ユンはおんぶされて空を舞う。
「ちゃんと掴まっててね。」
『きゃっ…』
「おっと…僕はユン君を支えてるからリンは僕に身を寄せて。いい?」
『うん。』
「行くよ。」
大きな木の太い枝に降り立つと私はジェハの隣に立った。
「へぇ…テジュン君、なかなか面白いことするね。君の提案かい、ユン君。」
「うん。それからリンも。」
『姫様の役に立ちたいっていう彼の言葉に嘘はないと思ったから。』
「でも心配だよ。役人って基本的に庶民に横暴だから。」
『あ…』
「ほらね…」
ある役人が近付いてきた村人を蹴り飛ばした。
だが、それをテジュンが止め、村の建物はみるみるうちに綺麗になっていった。
『やっぱりこういう大きな変化を及ばすには権力がなきゃダメね…』
「リン…」
私が村の変貌を見ながら呟くとジェハがくしゃっと髪を撫でてくれた。
「僕達は僕達に出来る事を精一杯やるだけだよ。」
『うん…』
ユンはヨナやハクがこの村へ歩いて来るのに道案内の為一度ジェハが彼女達の所へ送り届けてここにはいない。
私とジェハが見張りとして残ったのだ。そんな彼の手を私は握って寄り添いながらテジュンや役人、村人の様子を見守っていた。
するとキルソンと呼ばれる兵士の一人が倒れてしまった。
村へ来るよう頼んでいた医術師は治安が悪いからと逃げたのだろう、その場にはいない。
『さぁ、テジュン…どうする?』
「おっ…?」
彼は自分の部屋で面倒を見る為キルソンを抱えて走り出した。
部屋に入れて看病しようにも今まで看病なんてした事のないテジュンはおどおどするばかり。
それどころか自分も病にかかるのではと怯えてしまうのだ。
「テジュン様…申し訳ありません申し訳ありません…
病をテジュン様のお部屋に持ち込んでしまって…
テジュン様にご迷惑をおかけするのならば…私自害しますので…っ」
涙を流しながら言うキルソンにテジュンは自分を戒めた。
「余計な事を考えるな。この病は治ると私が証明してみせる。
お前は休暇だと思ってのんびりしとけ!」
私は彼のそんな声を聞いて口角を上げた。
ジェハにテジュンの声が聞こえていないが、自分に寄り添う私が笑った事から彼も何かを感じているのだろう。
ジェハは柔らかく微笑むと私の肩を抱く手に力を込めてくれた。
私はユンから預かっていた病に関する対処法を書いた紙を持つと路地裏に降り立った。
『テジュンっ!』
「あ!」
小さく手招きして彼を部下の目から離させる。そして紙を手渡して微笑みかけた。
「これは…」
『ユンから預かった対処法よ。頑張って、今の貴方ならきっと大丈夫。』
「あぁ…助かる。」
彼の背中をポンと押して私は再び屋根に飛び乗った。
そこから屋根を伝って走ってジェハのもとへと戻る。
テジュンがひとりで看病しているのを見て部下達の心境にも変化が見られ始めた。
また部下の中には貧しい村出身の者もいて村人を放っておけずにいるようでもあった。
「いい変化じゃないかな?」
『うん。』
夜までテジュンは走りまわり看病を続けた。
だが、彼の身体は重くなり部屋で座りこんでしまった。
―動かない…伝染ったのだろうか…
嫌だ…ここにいたくない!逃げようか…―
意識が遠のき掛けた時、テジュンの額に誰かの手が乗せられた。
「ひ、姫!?」
「しーっ」
その手はヨナのものだった。テジュンが目を開くとヨナとユンがいた。
彼らが来たのを知って私とジェハも彼らと合流する。
「テジュンは少し疲れたみたい。ユン、そっちはどう?」
「大丈夫。この人は2,3日内に元気になるよ。」
「ほっ、本当か!?」
「うん。初期段階で対処したからね。よくがんばったね。」
ユンの言葉にテジュンは涙を流し、キルソンの眠る布団に縋り付いた。
「すまない…キルソン…」
「何で看病して謝ってんの?生きてるからね?大丈夫だよ?」
慌てるユンの横を通り過ぎてヨナはテジュンに歩み寄った。
「テジュン、村がキレイになってて驚いたわ。
この人の看病も私達ではここまで出来なかった。
テジュンがいなければ出来なかった。」
「私の正義が…この村を放っておけなくて…
………ごめんなさい、違うんです。本当は何度もここから逃げ出そうと…」
「…昔私、ハク、そしてリンを追って来たあなたは傷ついて死んでいく部下がいても顔色一つ変えずに笑っていたわ。
私はそれがとても嫌だった。でも今のあなたは全然違う。」
ヨナはテジュンの頬を伝う涙をそっと指先で拭うと微笑んだ。
「今のあなたに会えて良かった。本当よ。」
「姫さん、ユン。そろそろ行くぞ。」
「うん。」
そんなヨナとユンを天井裏に抜け穴を作っていたハクが上から呼ぶ。
縄を下ろすとまずユンが上がり、次にヨナをハクが引っ張り上げた。
「じゃあ、私達行くわね。」
「…えっ、今告白された?」
「されてねーよ、阿呆。」
わざと縄でテジュンの頭を叩きながらハクが言うのを私は笑いながら穴からテジュンを見下ろした。
『テジュン!』
「うん?」
『たまには戸を開けてあげて。』
「え?」
『じゃあね。』
そう言って私達はイクスの家へと帰って行く。
その頃、テジュンは戸を開き部下達が皆そこに座っているのを見つけていた。
「何だこいつら…」
「皆見舞いたがってたんですよ。テジュン様が全然開けてくれないから。」
「おお、戸が開いた!」
「テジュン様!キルソンは!?どうなりました!!?」
「あいつ生きてますか!?」
「だ…大丈夫だ。2,3日内に回復する。」
「「「うおおおおぉぉお!!」」」
「よかった!」
「キルソン~」
「ありがとうございますありがとうございますっ!」
「申し訳ありません。今まで何も出来なくて…これからはちゃんと…ちゃんと…」
「あぁ、共に火の部族を…我々の同胞を守ろうぞ。」
それから数日の間に役人がテジュンの統括の下、横暴ではなくなり村も綺麗に整備されていった。
「近頃、横暴な役人減ってきたよね。」
「あの次男坊が何だかんだ統率しつつあるからかな。」
『でも蓄えはまだまだだわ…一朝一夕に出来る事ではないから。』
「この地でも育てられる作物を探さないと。」
ヨナとユンが並んで立つのを私達は囲むように見守る。
私の両側にはハクとジェハが立っていた。
「ねぇ、ヨナ。俺…ちょっと火の土地を離れようと思うんだ。」
ユンの申し出を受け入れて私達は火の土地を離れる為準備を始めた。
そんな明朝、ミレイは二胡を私の手に押し付けて甘く微笑み、ユンに感謝を述べてから静かに息を引き取った。
『ミレイおば様…』
「…おやすみなさい。」
簡単に弔いを行い私は二胡を奏で音色を彼女に捧げた。
テジュンのいる村ではキルソンが全快し、復帰した。
そして彼は次の村へ移動すると提案。
どういう風の吹き回しなのかと不安気だった役人達だが、キルソンは迷う事なく荷物をまとめた。
「テジュン様は病が伝染るかもしれないのに、俺なんかの為に必死で看病して下さった。俺は一生このご恩を忘れない。
それにあの方が本当になさろうとしている事が無駄だとは思えない。」
「俺達も行こう!」
「他の役所にも応援を頼め!」
こうして彼らは次の炎里村へ移動した。
そこに流行病ではなさそうな病人がいて、テジュンもキルソンも途方に暮れていると突然冷静な声が聞こえてきた。
「腹痛を起こしてるね。」
「!!」
「近くに住む薬売りだよ。」
それはユンだった。私達とは違って賊の中でも戦闘員ではない為、役人に印象が薄く顔を出しても問題がないのだ。
ヨナも来ようとしたのだが、それは流石に止めた。
「今日は俺がここの医術師やるよ。怪我人や病人は俺に任せて。」
「しかし…」
「テジュン様も隅に置けませんね。
近頃よく視察に出ておられると思ったらこんな可愛い子引っかけてたんですか?」
「は?」
「言っとくけど美少年だからね。」
「え?男?まあいいや。歓迎歓迎、よろしくね。」
役人達はムサイ男達や老人・病人としか一緒にいなかったために可愛い子に飢えているようだ。
「後で簡単な薬の作り方教えてよ。」
「う…うん。」
ユンは不思議そうに近くにいた役人の顔をじっと見つめた。
「…何?」
「…根っからの悪い人なんていないのかもしれないなーって考えてたとこ。」
「え?」
「役人さんってもっと怖い人かと思ってたから。」
「ええ!?」
「お前悪い顔してるもんな。」
「なんだと!?お前は実際乱暴じゃねーか。」
「俺だって近頃少しは…」
「さ、病人ここに運んで。重病人から先に診るよ。」
「「「はーい♡」」」
私はゼノと共にその村に来ていた。
ゼノはまったく動こうとしない老人にお手玉を見せて笑顔で対応していた。
「人は鏡だから笑えば笑顔が返ってくるのさ。」
「…子供(ガキ)のくせに勉強になる事を言うんじゃない。」
「ふはっ」
「…姫はお前のような者を信頼なさってお側に置かれるのだな。」
「兄ちゃんはいい顔になったな。皆もいい顔返してくれるだろ。
ひとつ予言。兄ちゃんはこの高華国にとってきっと大きな存在になるよ。」
「大きな…とは何だ?」
「そこまではわからん~」
そう話しているうちに作業は進み、時間も経っていった。
私はミレイから預かった二胡を背負ってジェハを呼んだ。
彼は木の上でゼノやユンを見守っていたのだ。
『ジェハ!』
「リン、君も来たんだね。」
彼はすぐに降りてきて抱き締めると木の上へ上げてくれる。
そして自分の足の間に座らせると後ろから抱き締めて肩口に顔を埋めた。
背負っていた二胡は私が胸に抱く形になる。
「ユン君がちやほやされてるね。」
『美少年だから当たり前でしょ。』
「ハハハッ、確かに。」
ユンが作った美味しい料理が村人の手に渡り、賑やかに笑顔溢れる夜がやってきた。すると村人から歌声が聞こえてきた。
「むかぁしむかしあかいろのー
大きな太陽食べられてー世界が黒にそまるときー
呼びあう四つの龍ー頭(こうべ)を垂れるー
炎の龍に頭を垂れるー」
「この歌…懐かしいな。何という題だったか。」
「“炎の神様”」
私は歌声に合わせて二胡を奏で出した。
音色に驚いて役人は目を丸くするが、どこから音がするのか分からず結局そのまま受け入れた。歌の題を答えたのはユンだった。
「火の部族の子供はこれ聞いて育つんだよね。」
「ああ。そういえば私もよく歌っていた。
建国神話をもとにした炎の龍緋龍の歌。」
「世界を統べる緋龍王は火の龍で、まあつまり火の部族は緋龍王の末裔だぞって主張した歌だけど、他の部族からすれば傲慢な歌だよね。」
「父上もいつも言っていた、火の部族こそ緋龍王の末裔だと。
だからいつか必ず緋龍城を取り戻すと。私はそれがとても誇らしかった。
でも緋龍王とはそんなものだろうか?」
―人を愛し、四つの龍に愛された王が目指したものとは…見ていた世界とは…
城ではなく玉座ではなくもっとささやかで…しかし大きな祈りではないのか…
ああ、それはあの御方の想いに似ている…―
そうテジュンが思っている間にユンはその場を去り、代わりに私とヨナがそこにいた。
私はテジュンの隣に狐の仮面を被って座り二胡を奏でていた。
「こんばんは。いい夜ね。」
「姫…!このような所に来られては!」
「うん、振り返らずに聞いて。」
ヨナはテジュンと木の幹を挟んで背中合わせで言葉を紡ぐ。
「お別れを言いに来たの。私達は明朝この地を去るわ。
ユンがね、この土地でも育つ作物を探しに行きたいって。
私達もユンと共に行こうと思うの。」
「…ではまた戻られるのでしょう…?」
「えぇ。」
するとヨナは私を静かに見つめた。私は小さく息を吐いてから口を開いた。
『…それともう一つ。ミレイおば様が亡くなられたの。』
「え…」
『今朝ね…伝えるのが遅くなってごめんなさい。
おば様はずっと身体を患っていたのよ。
ユンが気にしていたんだけれど。』
「そう…ですか…彩火に戻ったら…兵となったミレイ殿の息子を…いつか探そうと…思っ…」
―遅い…“いつか”では遅いのだ…―
テジュンは自分の言葉に顔を顰めた。
『この二胡はミレイおば様の息子さんの物…
テジュン、もし息子さんを見つけられたら渡してあげて…』
「リン…私が、か…?」
『他に頼める人はいない。そして息子さんに伝えてあげて。
ミレイおば様は貴方を愛していたと、この音色を耳にして涙を流すくらい愛しく思っていた、と…』
「ミレイおば様だけじゃない。
この地では誰といつまた会えるのかわからない。
まだ支えなきゃいけない人もいっぱいいる。
テジュン…託してもいいかしら、あなたに。」
ヨナは真剣な眼差しのまま言う。
「火の部族の皆を守って。」
テジュンはその場で深々と頭を下げた。
「私の…私のような者にそのようなお役目をお与え下さり光栄の極みにございます…!!」
―変わったわね、テジュン…今の貴方は輝いてるわ…―
私は微笑むと二胡の演奏を終えてテジュンの近くに立て掛けた。
―大きなものなどいらない…どうかあなたが幸せでありますように…―
テジュンは私達が去って行くのを感じながら思い私達の為に願ってくれた。
「ご無事のお戻りをお待ちしています。」
そうして私、ヨナ、ユン、ゼノは静かに姿を消した。
「どこに向かって土下座してるんですか?」
「…う、うるさい。」
側近であるフクチがテジュンに声を掛けた。
「腹へり達を捕えるまで彩火城に戻れない…となると一生戻れませんね、テジュン様。」
「まぁなあ…」
そのとき彼ははっとした。
「…フクチ?お前何か聞いてた?」
「…それより二胡を忘れないで下さいよ。」
「あ、あぁ。」
テジュンは二胡を手にミレイを思い起こし、ヨナや私達の事を思い部下達の所へ戻った。
「テジュン様ーっ、ユン君がいない!」
「やかましい、馬鹿共。今日は役所に戻るぞ。
明日からまた仕事だ。この地を美しくして、賊共に見せつけるぞ。」