主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
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盗賊達はシンアの黄金の眼を見て恐れを感じ、ヨナは地面に落とされた。
「きゃ…」
「あ…あ…あれが人間の眼か!?」
―シンア?―
ガタガタ震えていた盗賊の体が唐突に止まった。
「ふ…震えが止まった…?いや…か…体が動かねェ。
手も足も指も…なんだこれは…お前はなんだ!?」
―まるで巨大な怪物に捕食されるような…―
「や…やめろ、来るなぁああああああ!!」
ヨナには盗賊達が何に怯えているのかまったく理解できなかった。
盗賊は自分の左腕が引き千切られる感覚に襲われた。
「あぁああああ!腕が俺のうでがぁああああ!!」
「落ちついて!腕はどうもなってないわ。」
ヨナはシンアを見た。彼の表情はどこか清々しかった。
「シンア!どうしたの!?シンア!!」
―ヨナがよんでる…ヨナをかえせ…
そうだ、おれはヨナを…ヨナが危ない…取り戻さなくては早く…
見える見える、鮮やかに…ああなんてたのしい!見えるってなんてきもちいいんだ…
目の前の人が怯えてる…ちいさくちいさく見える…
おれは大きな大きな龍の眼でみんなを見下ろす…
おれは前にもおれはこうして…おおきなおおきな大人たちがちいさくちいさく見えていた…
あのときおれはなにを守っていたんだろう…
なにを失ってしまったんだろう…なぜこの力を使ってはいけなかったんだろう。
見たい、もっとこの鮮やかな世界を…今なら心の中まで見通せそう。
みつけた、しんぞうだ…ちいさくてかわいい…触ったら壊れるかな?―
別の盗賊は足を食われる感覚に襲われる。
―どこへ行く?俺の眼からは逃れられない。お前の心臓は丸見えだ。
彼方に飛ぶ鳥の瞳の鋭さも、明るい空の中瞬く星も、俺の眼は世界の全てを見通せる。
俺がひと睨みすればお前の五体は機能を失い心臓も止まる。
さあもっとよく見せろ、小さい人間達!
14年ぶりに解放された龍の眼に!―
「もうやめてくれ、この女は返すから!もう許してくれ!!」
ヨナは目の前のシンアに恐怖を感じていた。
―一体シンアに何が起こっているの?
シンアの眼を見た途端、皆倒れて…
きっと龍の眼の力で何らかの威圧を相手に与えてるんだ…―
ヨナはシンアの前に飛び出した。そして盗賊を庇うように立つ。
「止まって、シンア。もういいわ。
この人達は私を連れて行かないって言ってる。
シンアはケガをしているのよ?力を抑えて、ね?」
だが、シンアはヨナを認識することなくそのまま突き進む。
―シンア、私がわからないの?―
そして彼女はシンアの眼が輝き、口元も笑みを浮かべている事に気付いた。
―シンア、楽しんでる…力を使って人を殺そうとしている…!!―
「シンア!!やめなさい、ダメよ。そんな事をしては。戻れなくなってしまう。
シンアは力を使うこと、あんなに嫌がっていたでしょう!?」
するとシンアはヨナを突き飛ばした。それでも彼女は止まらなかった。
今、そこでシンアを止められるのは彼女しかいないからだ。
「お、おいお前…何ともないのか?そいつの眼を見ると喰われちまうぞ!?」
「喰われる…?シンア!!私の眼を見なさい、私だけをまっすぐに。」
ヨナはシンアの頬に手を添えて真っ直ぐその眼を見つめて言った。
「喰いたければ喰うがいい。
シンアが本当にそれを望んで喰って気が済むのならば喰うがいい。
私は決して目を逸らさない!!さあどうした!?青龍(シンア)!!」
―なんて美しい瞳…ああ、本当に飲み込まれそう…
私は今、青い龍の餌になろうとしているのかもしれない…
でもどうして…?心が震える。私は今初めて彼の瞳を正面から見つめている…
悲しみも苦しみもわずかな喜びさえも全て閉じ込めてきた彼の眼が今開かれてようやく世界を見ているんだわ。
生まれたばかりの子供のようにキラキラした眼をしている。
私はやっぱりあなたの眼がとても好き…―
ヨナはその儚さと美しさに涙を流した。
「シンア、私はあなたといる。
あなたがどんな生き物でも、誰を傷つけても、あなたをあの穴ぐらから連れ出したあの日から共に生きようと生きていこうと決めた。
自由に生きてほしいと心から思う。
だから私はあなたの力を否定しない。
あなたの力はあなたの一部。あなたが生きている証。
白龍(キジャ)も緑龍(ジェハ)も黒龍(リン)も龍の力と共に生きている。
でも違うでしょう?あなたが今やっている事はあなたが最もやりたくなかった事のはず。
あなたが望まない事を私はさせたくない。
力に溺れたりしないで、あなたが私を守ってくれたように私もあなたを守るから。
私の声が届いているのなら応えて、シンア。月の光の人よ…」
ヨナがシンアに想いを真っ直ぐ伝えると彼の眼に彼らしさが戻って来た。
「ヨ…ナ…ヨナ…」
「やっと届いた…私の声。」
「お…俺…」
その瞬間、彼はバタッと倒れてしまった。
「シンア!シンア、しっかりして!」
「ヨ…ナ…俺から離れて…何をするか、わから…ない…
俺の…体が麻痺している間に…早く…」
ヨナは彼に駆け寄る。そして彼の言葉に目を丸くした。
「俺の眼…は、狙った人間の体を麻痺させる…
手や足や心臓…だけど…使えば…俺に麻痺の力は返って…くる。これは呪い返しなんだ…」
―だから眼の力は諸刃の刃だと…―
そんなシンアの掌にアオは擦り寄っている。彼を恐れる事なんてないのだ。
「この…力…は、一方的な力で…相手を踏みつけ…る。
この…力のせいで里のみんなは二度と…俺に近づいてこなかった。
使っては…いけないと…言われて…たのに…俺に近寄らないで…
俺は弱くて醜い化け物だ。俺は…」
―怖い…自分の力が、ヨナに嫌われるのが、また誰にも名を呼ばれなくなるのが怖い…―
するとヨナはそっとシンアの眼を自分の手で隠した。まるで彼をほっとさせるために。
彼女はシンアの頭の近くにそっと腰を下ろす。
「己の力が思い通りにいかないのを嘆くのはシンアが人間だからよ。誰でもそうなの。
だからシンアがやらねばならないのは、目を閉じて全てを封じる事じゃなく目を開けてその力を自分のものにすることよ。
それが出来る人が強い人だと思うの。そうある人が私は好きよ。
強くなろう、一緒に。ね、シンア。」
安心したらしいシンアから手を離してヨナは微笑み掛けた。
「一緒…」
「うん。」
「これからも…?」
「当たり前でしょ。」
「居てもいい…?」
ヨナは答える代わりにシンアの手をぎゅっと握った。
するとシンアの眼から涙が滝のように流れた。
―感覚がないはずの手の熱さがヨナがくれた答え…
目を開けたら自分の力の爪跡がそこにある。
忌まわしき快楽のような感情からも目をそらすなとヨナはいう。
まだこわい…でももしヨナが名を呼んでくれるなら俺は行こう、どこまでも…
ヨナがくれた月の光の名を誇れる自分になるように…―
私はというと加淡村で気配を感じ取って手を止めていた。
「リン?」
『たくさんの気配が入り組んでて頭が…』
「たくさんの気配…?」
そのとき私ははっとして顔を上げた。
『姫様…!?』
「え?」
『姫様が危ない!!』
私はジェハに詰め寄って彼の襟を掴んで顔を寄せた。
私の切羽詰まったような表情に彼は息を呑む。
『姫様とシンアがいる村に本当の盗賊が来た…』
「シンア君がいるなら大丈夫だよ。」
『でも…姫様が連れ去られて…っ!!?』
その瞬間、私の鼓動が大きく鳴った。
シンアの気配を辿っていた為に彼が暴走しているのを感じ取った。
そして彼の龍の力に私まで捕われかけていたのだ。
「リン…?」
『ぁっ…くっ…』
「どうしたんだい!?」
『シンアがっ…暴走してる…黄金の…眼…あっ…うっ…』
「戻ってこい、リン!青龍の力に捕われたらいけない。」
彼が私の頬を包み込み真っ直ぐ目を見つめてくるのだが、私の意識はふわふわと漂い視線も焦点が合わない。
体も少し震えていて息も過呼吸のようになってしまう。
「帰っておいで…リン!もう気配を追わなくていいんだ、リン!!」
『ジェハ…』
「うん。」
少しずつ震えも治まっていき目に光が戻ってきて、ジェハの顔を見る事ができた。
「大丈夫かい?」
『うん…ありがと。』
「シンア君の力が暴走したんだね?」
『うん…姫様は解放されたみたい。』
「早く帰ろう…ただここを放っておくわけにもいかないね。」
『えぇ…』
そうしていると私は加淡村に近づく足音を聞き取った。
『…誰か来てる。』
「ん?」
『この足音は品が悪いわね。』
「片付けてからじゃないと帰れなさそうかな。」
『はぁ…早く帰りたいんだってば。』
私は苛立ちを顕わにしながら村の入口に向けて歩き出した。
道端にいる子供達の背中をそっと私は押した。
『家に入ってなさい。』
「お姉ちゃん…?」
『危ないから言う事聞いて。』
「う、うん…」
「わかった。」
「行こう、リン。」
私はジェハに抱かれて空に跳び上がる。そして敵を見つけると私は指を指した。
『ジェハ、あそこ…』
「了解。」
彼が舞い降りるのと同時に私は爪を出して敵に飛び掛かっていく。
ジェハも蹴り技で敵を倒していく。
『邪魔をするな…』
「リン…?」
『こっちは暇じゃねぇんだよ。』
―リンの性格が変わってる…
よっぽどヨナちゃんの事が心配なんだな…―
敵をあっという間に倒し村から去って行くのを見届けた。
「終わったの…?」
『えぇ。何かあったらまた呼んで。
私の耳なら聞き取れるから、すぐに駆け付けるわ。』
「うん!」
「すぐに来てくれる?」
「僕の脚とリンの耳があれば問題ないさ。」
『それじゃ、またね。』
ジェハに抱き上げられ私達はヨナ達のもとへ急いで戻る。
加淡村の気配はずっと探知できるように意識は集中していることにした。
「ヨナーっ」
『姫様!!』
ユン、ハク、キジャ、ゼノがヨナとシンアのもとに戻ったのと同時に、私もジェハと共に舞い降りた。
そして私は全てを気配で知っていた為、彼女の無事にほっとして彼女を強く抱き締めた。
『よかった…』
「リン…」
『気配で感じたのに加淡村も襲われて…』
「大丈夫だったの!?」
「僕達がいたから問題ないよ。」
『シンア…大丈夫…?』
「リン…」
『しっかり休もうね。』
「ぅん…」
彼の髪を撫でてやると彼は安心したように目を閉じた。
彼が眠ると私もすぅっと意識を失ってその場に倒れた。
「リン!!?」
「どうした!!?」
ヨナとハクが叫び、仲間達が集まってくる。
倒れた私はジェハに抱き上げられ髪を撫でてもらっていた。
「何があったんだ?」
「リンは気配を通してヨナちゃんが連れ去られそうになって、シンア君が龍の力を暴走させてるって感じ取ったんだ。ただ…」
「ただ?」
「暴走してるシンア君に精神的に近付き過ぎたんだ…
だから暴走に巻き込まれかけてしまってね…」
「リンとシンアは離れてたのに…」
「いくら遠くてもリンには聞こえるうえに気配を感知できるでしょう。」
「そのうえリンはきっと意識を失った今でも加淡村の異変に気付けるように集中しているんだろうね。本当に無理をする子だよ…」
ジェハは寂しそうに微笑むと抱き締める腕に力を込めた。
「リンは無理をし過ぎなのよ。」
「でもだから目を離せないんだろ、タレ目。」
ハクがニッと笑う。その笑みを見てジェハは照れたように顔を背けた。
「…そうだよ。誰かが見守っていないと彼女が壊れてしまうだろう?」
彼の言葉に皆は微笑むとシンアを手当てする為村の近くの山肌に天幕を張った。
私はジェハに抱き上げられてシンアの隣に寝かされる。
ジェハは私の傍らを離れようとはしない。
「ユン、シンアの具合はどう?」
「大丈夫。千樹草を塗ったから傷の治りは早いよ。」
「よかった…!」
「青龍っ青龍っ、ゼノだよっ。わかるっ?」
「こら黄色、暴れるな。リンも疲れて寝てるんだから静かにしてよね。」
シンアは手当てを受けて起きていた。そんな彼をヨナ、キジャ、ゼノ、ユンが囲む。
「腹の傷はもちろんだけど、シンアは今まで抑えていた力を一気に放出したんだ。
体力が戻るまでしばらく安静にしてなきゃダメなの!」
「体の麻痺はどうだ?」
「シンアは昔力を使った事あるらしいからそのうち回復するはず。」
「そうか。そうか…」
キジャは本当に安心したようだった。
「おい、タレ目。ちょっと手伝え。」
「わかったよ。」
ジェハはハクに呼ばれて天幕から出る。
ハクは一瞬だけ私の頭をポンッと撫でてからジェハを連れて天幕を出た。
そしてシンアが倒した賊達を村から運び出していたのだ。
「シンア、無理をするなよ。必要な物があれば申せ。何でもするぞ。」
「ゼノもゼノも。」
「龍の力というものは使い慣れぬと制御が難しい。
迷う事があれば私に相談するが良い。何でも聞くぞ。」
「ゼノもゼノも。」
「そなたは戦闘中遊ぶばかりで龍の力など使わぬではないか!」
「ゼノは皆を楽しくする役目だから!」
「そこの白と黄色っ!暴れるなら向こうでやれ。」
彼らが騒いでいる間にハクとジェハが帰って来た。
「ただいま。賊は公道に放り出しといたよ。
そのうち役人が拾うでしょ。ついでに鳥捕まえた。」
「おぉ、ごくろーさん。」
「姫さん、賊に殺された子供の弔いを村でやるらしいぞ。」
ハクに連れられてヨナとユンは村に戻った。
すると村の中央に子供を燃やす火があり、近くでは両親らしき男女が膝をついて泣いていた。
「…助けられなかった。」
するとユンの手をヨナがそっと握った。
「…ヨナ、俺千樹草を殖やせないか考えてるんだ。
そうすれば皆の病気も怪我も治せるかもしれない。医学ももっと勉強しなくちゃ。」
「…うん、私も頑張る。火の土地からこんな風景をなくそう。」
それから数時間後、空が暗くなった。
いつもはヨナとユンが使っている天幕に私とシンアが寝ている為、その晩は天幕を使えなかった。
「あ、そっか。今日は天幕使えないのね。」
「ごめん、シンアはまだ回復してないし俺は側で看病するから…」
「いいの、私は外で寝るから。」
「そんな…姫様が外で寝るなど。」
「ヨナちゃん、僕の横においで。」
「大丈夫。というより、ジェハはリンの近くにいてあげて。私ハクと寝るから。」
ヨナの一言にハクが驚いたように持っていた薪を落としてしまった。その音に私はゆっくり目を開く。
『ぅ…?』
「嫌?」
「……問題ないですよ。」
「ヨナちゃん、それは危険だよ。雷獣はケダモノだよー」
「てめェと一緒にすんな、タレ目。」
『…賑やかね。』
「「「リン!!」」」
ヨナ、ハク、ジェハが私の名を呼びながら駆け寄ってくる。
私はまだ少々だるい体を起こして隣に眠るシンアを見つめた。
『シンアは?』
「もう大丈夫だよ。」
『よかった…』
「リンは平気?」
『平気だよ。心配掛けてごめんね。ありがとう、ユン。』
「うん。」
『それよりどうしたの?姫様がハクと一緒に寝る、とかって聞こえたんだけど。』
「そのとおり。」
キジャは胸に手を当てて不思議そうな表情をしていた。
―なぜだろう…胸が苦しい…病気?―
そのときゼノがヨナに抱き着いた。
「娘さんっ!たまにはゼノと寝よっ」
「ごめんね、ゼノ。ハクがいいの。」
流石にそれには驚いて私達は言葉を失う。
一番驚いていたのはハク。彼はこけてしまい、私とユンは揃って倒れたハクを見ていた。
「そっかぁ。じゃゼノは緑龍にくっついて寝るから。」
「お断りだよ。」
ゼノに抱き着かれたジェハは顔を曇らせている。
ジェハはゼノを引き離して私の方へやってきて抱き締める。
「無理のし過ぎはよくないな、リン。」
『ごめんなさい。』
「本当に目を離せない子だ。」
『ジェハがいてくれるから無茶も出来るのよ。』
「…そう言われると僕は何も言えなくなってしまうよ。」
「ユン、急患だ。すごく胸が痛いのだ。」
「それ、俺には治せない。」
「不治の病!?」
ヨナは外套を被ると木にもたれて座った。
ハクは困ったような表情で大刀を抱きながら彼女の隣に座る。
「…どうしたんですか。」
「何が?」
「いや…」
「こうしてるとリンと3人で旅してた頃みたいね。」
「…全然。」
ヨナとハクを囲むようにキジャとゼノ、私とジェハが2人ずつ寝具にくるまって眠った。
シンアを抱くようにユンも天幕の下で寝ている。
どっちにしろ私達皆固まって雑魚寝なのだ。
そして夜中になるとヨナとハクの辺りから大きな音がした。
ヨナがハクの腰から短剣を盗ろうとしたのだ。
それをぐっとハクが捕え、彼女を押し倒す。
「きゃ…」
「夜這いするならもっと色っぽくやってくれませんかねぇ、お姫様。」
「だってハク、こうでもしないと剣の相手してくれなさそうなんだもの。」
「俺がいいって言ったのはこういうわけで?」
純粋な目でこくりと頷くヨナ。それを聞いていた私とジェハは小さく身体を震わせる。
―笑いたい!ものすごく笑い転げたい…っ―
―そんな所だと思ってたけど…っ―
ユンも天幕から顔を覗かせてハクに同情していた。
―だと思った…―
「…ちょっとこっち来て下さい。それから笑ってるリン、お前も来い。」
『ふふっ…了解。』
私とヨナはハクの後ろに続いて仲間達から離れた。
「悪かったわ、寝てるとこ起こして。」
「そもそも寝れる状況じゃねェよ…」
「え?」
「別に。」
『ご愁傷様、ハク。』
「…はぁ。」
『…それで、姫様。また剣ですか。』
「ハクやリンが反対してるのは知ってる。
あれから一人で訓練もしたわ。でも…私一人じゃ限界がある。
今回ほど己の無力を悔やんだ事はないわ…」
「子供を助けられなかったのはあんたのせいじゃない。」
「…いつも思うの。私にもっと力があれば、子供を助ける力があれば、賊達をふりほどける力があれば、シンアが怪我しなくてすむような力があれば!
もっともっともっともっと!!」
するとヨナは私達に向かって頭を下げた。
「ハク、リン。お願い、私力が欲しいの。私に剣を…」
「よせ…!」
『やめてください、姫様!』
私はヨナの腕を、ハクは彼女の肩を掴んで顔を上げさせた。
『主が従者に頭を下げるなんてあってはならない。』
「私は…どうすればいいの…?」
「…命じればいい。あんたが本気で命じるのならば俺達はそれを拒めない。」
するとヨナは真っ直ぐ私とハクを見つめた。
「ハク、リン。剣を教えて、命令よ。」
「『仰せのままに。』」
私達は地面に膝をついて頭を下げた。
これからは私達がそれぞれヨナに剣術を教えていくことになるのだろう…
私とハクはまたしてもイル陛下の望まなかった武器をヨナに渡してしまう事を悔やみ少しだけ顔色を曇らせたのだった。
その頃、賊達は彩火城に連れて来られていた。
彼らの前には役人と兵士が立っている。
「…何ですか、この者達は。」
「何って賊ですよ、トルバル殿。捕えよと申されていたではないですか。」
「ち、違う!!私が捕えよと言ったのはこいつらじゃありませんよっ
首領は女で化け物のような男共と女を一人従え、“暗黒龍とゆかいな腹へり達”と名乗っているのですよ!!」
「何ですか、ソレ。」
「ゆかいなのはトルバル殿ですよ。」
「あ、貴方達私を愚弄するのですかっ」
「道を空けよ。」
「なんですかっ!この私を誰と心得る!?」
「踏み潰されたいか。」
役人のトルバルが振り返るとそこには馬に乗った火の将軍カン・スジンの息子カン・キョウガがいた。
「ご無礼仕りました…っ」
トルバルと兵士達が深々と頭を下げる。
そのときトルバルがキョウガに向けて言った。
「お…恐れながらキョウガ様。お話がございます。
火の部族加淡村周辺に我々役人…いえ、将軍でもあるスジン様にも仇なす無法者がいるのです!!」
「ト、トルバル殿っ」
「その者達は貧しい村々を縄張りとし、民衆共から集めた税を横取りするとんでもない連中で…」
「控えろ!そのような連中を取り締まるのはお前らの仕事ではないか!!」
キョウガの部下に怒鳴られるがトルバルは諦めない。
「はい、ですがその連中…
空は飛ぶわ、腕は巨大化するわ、爪を出すわ…化け物ばかりで…」
「はぁ?」
「その名もまさかの暗黒龍とゆかいな腹へり達というのです!!」
「踏み潰せ。」
「はっ!」
部下が馬の前脚を上げさせトルバルを踏み潰そうとすると彼は慌てたように言葉を紡いだ。
「あ~~っ、聞いてっ…聞いて下さい~~っ
火の部族全ての兵士を束ねる護衛大将のキョウガ様のお力で…っ
どうかどうかヤツらを…っ」
無視して進もうとしていたキョウガは捕われた賊の一人が呟くのを聞いた。
「思い出した…暗黒龍と…ゆかいな腹へり達…
俺の腕を奪った化け物が守ってた女が…そう…名乗ってたんだ…自分達の縄張りだって…」
「開門ーっ」
それを聞いてからキョウガはゆっくり彩火城へ入って行った。
「下品な文官だ。トルバルといったか?兵の士気が下がる。罷免せよ。」
「はっ」
「父上は?」
「まだお戻りになっておりません。」
「…テジュンは?」
「庭園におられるかと…」
「…恥さらしが。後程訓練場へ行く。兵の鍛錬を怠るな。
怠った者及び脱走者は厳罰に処す。」
「「はっ」」
キョウガが去ると部下達は息を吐いた。
「…いつもながらキョウガ様のお側は気が抜けん…」
「さすがは将軍自慢のご子息…
冷酷で厳しい御方だが、我が火の部族の次期将軍として十分な資質をお持ちだ。それに比べて弟のテジュン様は…」
「元々残念な御方だったが、戴冠式以来さらに腑抜けてしまわれた。」
「玉座を狙ってヨナ姫に言い寄ったという噂は真であったかもしれんな。」
「では玉座が手に入らず塞ぎ込んでおられると?」
「そいつは壮大な夢をお持ちで!!
テジュン様が王になられたら一日で国が滅びますよっ」
部下達は顔を見合わせて大笑いした。
同じ頃、彩火城の中央庭園ではテジュンが痩せこけた顔で赤い花を愛でていた。
「赤い…花…この手をすり抜ける…儚い…花…罪な花だ…」
「愚か者めがあぁああああ!!!」
「あ~~~~…」
そこにやって来たキョウガの拳によってテジュンは飛んでいく。
そのままテジュンは柵に身を乗せて今にも落ちてしまいそうになっていた。
「貴様いつまでのんべんだらりと仕事もせず生きてるつもりだ、この一族の面汚しめが!!
貴様の名を出すだけで高華国中に笑われている気がするわ!
貴様のような腑抜けは死んだ方が良い。
自害せよ、我らに面倒が及ばぬ山奥でな。」
その言葉にも反応しない弟に苛立ちを顕わにしてキョウガはテジュンの頭をギリギリ握りながら突き落とそうとする。
「ここから投身しても構わぬぞ…」
「キョウガ様、残念ながらここから落ちてもせいぜい足の骨折るくらいです。」
テジュンの付人がそっと口を挟む。
「構いません…本来ならば私は…ヨナ姫殺害の罪で刑に処される身…どうぞ殺して下さい…」
「…ふん、腑抜けのくせに死を恐れぬか?
昔は剣を向ければ一目散に逃げ回っていた男が。」
キョウガは呆れたようにテジュンに背を向けた。
「あの飾りものの姫が死んだからどうした?
この高華国にとって何の損害もない。
むしろ父上は大喜びになっていたぞ、面倒が減ったと。
存在価値のない小娘などどうでも良い。
今すぐ目を覚まし我がカン一族の為にその身を捧げよ。」
「存在価値のない…小娘…」
テジュンの脳裏には最後にヨナが見せた真っ直ぐな眼光が蘇る。
そして彼の目から大粒の涙が伝った。
「ではなぜ…私の心から今もなおあの御方が消えないのでしょう…」
「…阿呆すぎて殺す気も失せたわ。
お前のような男、もはや弟とは思わぬ。城の外へ追放してくれる。」
「キョウガ様、それはスジン様がお許しになりますまい。」
「…では、お前に仕事を与えよう。」
「え…」
「火の部族の貧しい村々で役人を襲い税を強奪する賊がいるそうだ、嘘か真か知らんがな。
その賊を捕えよ。捕えるまで城に帰る事罷りならん。」
こうしてテジュンの時間も漸く動き始めた。
テジュンは側近のフクチと共に火の部族南方の役所へ来ていた。
「ええっ、まさか貴方様が賊討伐に…!?」
「左様。この度賊討伐の為彩火城より参られたカン・スジン将軍のご子息であらせられるカン・テジュン様です。
そして私は側近のフクチ。」
彼らの前には役人と兵士の姿がある。
―おおおおお、いきなり大物来た~~~っ―
―賊ってあれだよな、役人を襲って税を強奪するという腹へりなんとか…―
―彩火はそれだけ今回の件を重要視してるって事か…―
「では早速ですが、テジュン様は彩火より長旅でヨボヨボ中です。」
「「「「「えーっ!!?」」」」」
テジュンは私、ヨナ、ハクが崖から落ちて死んだと思われたあの日からずっと全ての物が灰色に見えていた。
それなのに目を閉じて思い出すのはヨナの事ばかり。何度時を戻したいと願った事か。
彼はそう思いながら窓の外を眺めて涙をはらはらと流した。
「フクチ殿、フクチ殿っ!」
「テジュン様は賊討伐に来られたのではないのですか!?」
「まぁ、一応。」
「ではなぜあのように日々外を眺めておられるので?」
「見ての通り残念な人なのです。」
「残念な人よこさないで下さい!!」
確かに税を取り立てれず困っている役人にとって残念な人が来たところで足手まといになるだけだ。
「トルバル殿が罷免されただでさえ税の取り立てが滞っているのです。
ヨボヨボされるのなら城へお戻り下さい!!」
「その賊とやらは確かにいるんですか?情報が不十分でして。」
「それが…我々は見た事ないのですが、役人を襲う賊は確かに存在します。
ただその目撃情報が俄かに信じ難くて。」
「どのような?」
「腕が巨大化する男に空飛ぶ緑髪男、狐の仮面をして爪を出して切り裂く美女、妙な面や毛を付けた化け物達。
それらを束ねる阿婆擦れ少女。
その名も暗黒龍と腹へったお友達というんですよ。」
「あれ、そんな名前だっけ?」
「ね、信じ難いでしょう!?」
「阿婆擦れ少女と狐の仮面美女にちょっと心惹かれました。」
フクチは真顔でそんな事を言ってのけた。
「とにかく賊共を早く駆除して税を徴収しないとまた上から何言われるか…」
「役所勤めも大変ですね。」
そのとき役所の扉が大きな音をたてながら開いた。
そして入って来たのはボロボロになった兵だった。
ちなみに彼らを撃退したのは私、キジャ、ジェハの3人。
私達は役人達を奇襲し、税を加淡村へ戻していたのだ。
「でっ、出た!ヤツらだ。暗黒龍と腹へり家族が出たぞっ」
「なにっ、ヤツらが!?」
「そんな名前だっけなあ…?」
「ヤツら、取り立てをまた邪魔しやがった。」
「くそっ、どこまで我々を馬鹿にするつもりだ!!テジュン様、今こそ賊を…!」
役人の一人が振り返るとテジュンは何度も頭を平伏させながら祈りを捧げていた。
「フクチ殿、何とかして下さい!!」
「テジュン様、テジュン様…
スウォン陛下にヨナ姫の遺髪をお届けする際にこっそり自分用に一房盗んだカン・テジュン様ーっ」
これにはテジュンも驚いて反応した。
「お目覚めですか、テジュン様。」
「な…なななぜお前それを‥」
「しかもそのお髪を今なお持ち歩いてるテジュン様。」
「きゃ~~~」
「賊が出たそうですよ。ほら行きますよ、お早く。」
「フクチ…なぜお前…」
フクチはフラフラとでも立ち上がったテジュンを連れて役所を出ると襲われたという現場へ向かった。現場では兵士達が倒れていた。
「生きてますね。」
「ヤツら、強いらしいんですけど殺しはしないんですよ。」
「義賊ですか。」
「いや、それは…まてよ…その可能性もあるな。
義賊ならば周辺の村を洗えば徴収した税が戻っているかもしれない。
よし、まず加淡村へ行きましょう。」
「テジュン様、しゃんとして下さい。置いていきますよ。」
フクチの後ろにはヨボヨボになったテジュンがいた。
「置いていきましょう。」
役人がきっぱり身分も関係なくそう言うのも当然なのかもしれない。
彼らは加淡村にやって来ると村人を突き飛ばしながら家々を物色し始めた。
「家の中も調べろ。怪しい者がいたら連れて来い。」
「何をするんですか、やめて下さい。」
「どけっ」
「きゃあ…」
「品がない…」
そのときテジュンの頭に小石がぶつけられた。それは村の子供が投げた物だった。
「出ていけっ!加淡村から出てけっ!!」
「ダメだよ、隠れてなきゃ!!」
そんな子供を抱いて押さえるのはユンだった。
役人を襲った私、キジャ、ジェハと共に彼も来ていたのだ。
―やばい…あの身形、かなり身分の高い貴族だ…殺されるっ―
しかし、ユンの予想に反してテジュンは頭を下げた。
「生まれてきてすみません…」
「ちょっとこの人今傷つきやすいからいじめないで。」
―泣いた!?―
「ご、ごめんなさい…」
子供も罪悪感を感じたのか謝る始末。
「無理もないよ。時々おじさんも石投げたくなるから。」
「なんだ、この会話。」
「どうしたの?」
「ねぇ、隠れてようよ。」
子供は興味本位でどうしてテジュンが泣くのか尋ねるが、ユンは面倒くさく思い一刻も早くその場を離れたいようだった。
「まあ簡単に言うと恋煩い。」
「誰が恋煩いだッ!そんなんじゃない…っ
恋とかそんなチャラチャラしたものと一緒にするな!
この想いは…もうなんなのか自分でもわからんー!!」
「本格的にめんどくさいよ。」
頭を抱えて嘆くテジュンにユンは溜息を吐いた。
テジュンを放置してユンはフクチに言う。
「…俺らは毎日の食物もやっと確保してんだ。
もうこれ以上税は払えないから帰って。」
「納税は民衆の義務だよ。」
「貴族の贅沢や必要以上の軍備の為に過大な税を払うのが義務?
その前にこの食糧不足と病人達を何とかするのがそっちの役割なんじゃないの!?」
「軍備を整えるのも火の部族を守る手段だよ。」
「詭弁だね。」
「…ま、いいや。私は税を取りに来たんじゃないから。賊を捕えに来たんだ。」
「賊…?」
「知ってる?何かおなかすいてる賊みたいな名の…」
「ありました!!」
そのとき役人の大きな声が響いた。
「賊が強奪した税です!!」
「やはり隠し持っていたな!!賊達も匿っているんじゃないのか!?」
「ちっ、違います!」
私はそれを聞き取って隣にいたキジャとジェハの袖口を引っ張った。
「ん?」
「どうしたのかな?」
『そろそろ行かなきゃ。』
「賊か?」
『ううん、役人さん♪』
「さっき奪い返した税が見つかったってところかな。」
『ご名答。』
「それじゃ、行こうか。」
ジェハに肩を抱かれた私は彼の腰に手を回して身を寄せる。
するとそれを合図に彼が地面を蹴った。キジャは兵達の後ろから回り込むべく駆け出す。
「リン、場所は?」
『あっち…近くにユンもいる。』
「了解~」
私は片手で狐の仮面を装着するとニッと笑った。
するとジェハも色っぽく且つ意地悪そうに笑うのだった。
「賊を捕まえに来たって言ったよね?
じゃあそろそろお仕事の時間じゃないの?」
ユンの声と同時に兵達の上に私とジェハの影が過ぎった。
「「「!!」」」
「『お勤めご苦労様です、お役人様方。』」
私達はそう言いながら空を舞う。ジェハは暗器を兵士達に浴びせ、私は爪を出しながら舞い降りて切り刻んだ。
「うわああっ」
「どこへ行く。」
逃げようとした役人の後ろにキジャが巨大な右手を顔に寄せながら美しく且つ冷たく微笑んだ。
「我々を探していたのだろう?」
「でっでっでっ出たあぁあっ!!腹ぺこ一家だあぁあっ」
「誰達だよ、それは。」
ユンは逃げ惑う役人達と余裕の笑みを浮かべる私達を見ながらその言葉に静かにツッコむのだった。
役人達は私達を見て叫ぶばかり。
「ばっ化け物…っ」
「なっ、言った通りだろ!?」
テジュンはただ茫然と私達を見ていた。
―なんと死神だ…死神が現れた…ついに私の命を狩りに来たのか…―
彼の視線の先には右手を翳すキジャの姿。
その手がテジュンに近づくのだが、キジャは逃げようともしない彼を殺すわけにもいかず手を止める。
テジュンはやっと死ねると思い目を閉じて待っていた。
ただ一向に殺されない為目の前にあるキジャの手を強く握りしめた。
「どうした、死神…早く殺らんか。」
「いやいやいやいやいやいや誰が死神だ。」
「私を連れて行けるのは今だけだぞ!
明日になったら怖くなっちゃうかもしれないから今だけなんだぞ!!」
「なんなんだ、そなたは。手を放せっ」
するとそこにジェハやってきて背後からテジュンを踏み潰した。
頭を右脚で踏みながら彼は何事もなかったようにキジャと話す。
そこに私も合流した。テジュンの顔が見えない為私は彼の存在に気付かない。
「何をやってんだい、君は。」
『希望してるんだから楽にしてあげなさいな。』
「無防備な者を相手に出来るか!この手は神聖なる…」
「『ハイハイ』」
テジュンは少しだけ私の声に聞き覚えがあるようだった。
―今の声…どこか舞姫に似ているような気がするが…
彼女も…ヨナ姫と共に死んだ…私の目の前で…―
そう思い聞き間違いだと判断したようだ。
「加淡村はやはり賊を匿っていたのか…」
『バカね。』
「ここいらは僕らの縄張りなんだから奪った物を置くのは当然だろ。」
ジェハは未だにテジュンを踏んだまま私の肩に手を乗せて唇を頬に寄せながら笑う。
私は笑いながらキジャの腕に背中を預けてもたれかかるように立っている。
私とジェハがチャラいため、悪(ワル)にも見える。
「僕らの仲間は火の土地のどこにでもいるよ。」
「テジュン様、生きてますかー?」
フクチは近くの植え込みに逃げ込んでいた。
そこにヨナがやってきて私達に呼びかける。
ハクやシンア、ゼノと共にこちらに合流したのだろう。
「小僧共、とっととそいつら放り出しな。村の連中が怯えてるよ。」
彼女の声にテジュンが反応を示した。
―えっ…あのこえは…声は―――!!?―
彼は体をぐぐぐっと持ち上げようとするが、再びジェハにべしゃっと踏み潰される。
「おっ…っとと、まだ元気みたいだよお頭。」
「そこの役人無駄な抵抗するんじゃないよ。」
「おおお?」
それでもテジュンは声の主を見たいあまり身体を起こした。
『ふぅん…ジェハの足に踏みつけられて起き上がれる人間がいるなんてね。』
「僕も初めてお目にかかったよ。」
―全身の血が沸騰する…なぜか、今…起き上がって声の主を見よと体中が叫んでいる…!―
倒れた役人達もあのヨボヨボだったテジュンが化け物(ジェハ)の力に対抗しているのを見て感動していた。
「う…うおぉおおおおおお!!」
―テジュン様が頑張ってる…!!―
ついにテジュンはジェハの脚を払いのけて立ち上がった。
ふらついたジェハを私は咄嗟に支えて2人揃って目を丸くした。
それと同時に皆がテジュンと呼ぶ彼に気付いた。
―まさか…カン・テジュン!?
北山で私達が崖から落ち、姫様の髪が短くなる元凶になったあの男…?
それにしても…やけにヨボヨボになったものね…―
昔の面影がなく私はつい苦笑してしまった。
ただテジュンは立ち上がって声の主を探していると、そんな彼を邪魔に思ったキジャの右腕に抱えられ遠くへと投げ捨てられてしまった。
「邪魔だ。」
「テジュン様ーっ!!」
その後、テジュンは役所で目を覚まし声の主を突き止めるべくきちんと食事を取り体力を付けると再び加淡村へやってきた。
『しつこいわね。』
「二度と来るな。」
「君も問答無用だねぇ。」
キジャが右手でぽいぽいと役人達を投げ捨てる。
それでも諦めないテジュンは髪をおろし、粗末な服を着ると村人に扮して偵察するべく私達のいる加淡村へやってきた。
その間に部下達は兵士を集め戦闘準備を整え、もし何かあった時は知らせるようにと烽火(のろし)をテジュンに持たせた。
「もし御身に危険が迫った時はこれをお使い下さい。
烽火です。これが上がった時我々は加淡村に総攻撃をかけます。」
そう言われて部下に見送られたテジュンは村に足を踏み入れた。
「…とはいうものの緊張してきた。
突然あの死神に出くわしたり、緑髪男に凶器投げられたり、狐仮面女に爪で裂かれたり…っ
もしかして空からヨナ姫が降ってきたり!?なーんて…」
そこに現れたのはシンアだった。
テジュンには仮面をして毛皮を付けた彼が新型死神に見えたようだったが、シンアはテジュンの近くにいたアオを撫でて連れて行っただけだった。
「シンア、あまり出歩くでない。そなたはまだ完治してないのだぞ。」
シンアを迎えに来たのはキジャ。
ちなみにジェハはユンと共に別の村の偵察に行っていてここにはいない。
キジャは座りこんでいるテジュンが体調を崩しているのだと思い右手で抱え上げるとユンがいるはずの家に行った。
だがそこにいたのはゼノと子供達だけ。子供は体調が悪いと聞いて病気に効くという生姜汁を作って持って来た。
ただそれはまるで泥水のような色だった。
椀を受け取ったテジュンは手が滑ったと言いながら椀を傾けた。
零れた液体を両手で受け止めたのはゼノだった。
「早く椀を!!」
どうにか受け止めた生姜汁を椀に戻し、ゼノは椀を子供に返す。
「ごめんなー、ちょっとこぼれちゃった。」
「もったいないねー」
「ないねー」
「ねぇ、これもう皆にあげていい?」
「え…ああ…」
子供達はそれを少しずつ分け合って飲んでいた。
「泥水みたいな食い物でもここではとっておきのごちそうなの。
あの子達の顔見てみ?必死だろ。だって今日初めての食事だから。」
「一つの椀を二人でか…?」
ゼノは自分の手についた生姜汁を舐めながら言葉を紡ぐ。
「そう。ここでは当たり前。たった一滴でも大事な命の一滴なの。
…坊ちゃんにはまだわからんか。」
「え…」
「まっ、ここに来たのは良い機会じゃね?ゆっくり見学してけばいいから。
んで今度来る時は皆に菓子でも持って来てね♡」
ゼノはそう言い残して立ち去る。
坊ちゃんという呼び方にテジュンは自分の身元がバレているのかと不安になったのだった。
「きゃ…」
「あ…あ…あれが人間の眼か!?」
―シンア?―
ガタガタ震えていた盗賊の体が唐突に止まった。
「ふ…震えが止まった…?いや…か…体が動かねェ。
手も足も指も…なんだこれは…お前はなんだ!?」
―まるで巨大な怪物に捕食されるような…―
「や…やめろ、来るなぁああああああ!!」
ヨナには盗賊達が何に怯えているのかまったく理解できなかった。
盗賊は自分の左腕が引き千切られる感覚に襲われた。
「あぁああああ!腕が俺のうでがぁああああ!!」
「落ちついて!腕はどうもなってないわ。」
ヨナはシンアを見た。彼の表情はどこか清々しかった。
「シンア!どうしたの!?シンア!!」
―ヨナがよんでる…ヨナをかえせ…
そうだ、おれはヨナを…ヨナが危ない…取り戻さなくては早く…
見える見える、鮮やかに…ああなんてたのしい!見えるってなんてきもちいいんだ…
目の前の人が怯えてる…ちいさくちいさく見える…
おれは大きな大きな龍の眼でみんなを見下ろす…
おれは前にもおれはこうして…おおきなおおきな大人たちがちいさくちいさく見えていた…
あのときおれはなにを守っていたんだろう…
なにを失ってしまったんだろう…なぜこの力を使ってはいけなかったんだろう。
見たい、もっとこの鮮やかな世界を…今なら心の中まで見通せそう。
みつけた、しんぞうだ…ちいさくてかわいい…触ったら壊れるかな?―
別の盗賊は足を食われる感覚に襲われる。
―どこへ行く?俺の眼からは逃れられない。お前の心臓は丸見えだ。
彼方に飛ぶ鳥の瞳の鋭さも、明るい空の中瞬く星も、俺の眼は世界の全てを見通せる。
俺がひと睨みすればお前の五体は機能を失い心臓も止まる。
さあもっとよく見せろ、小さい人間達!
14年ぶりに解放された龍の眼に!―
「もうやめてくれ、この女は返すから!もう許してくれ!!」
ヨナは目の前のシンアに恐怖を感じていた。
―一体シンアに何が起こっているの?
シンアの眼を見た途端、皆倒れて…
きっと龍の眼の力で何らかの威圧を相手に与えてるんだ…―
ヨナはシンアの前に飛び出した。そして盗賊を庇うように立つ。
「止まって、シンア。もういいわ。
この人達は私を連れて行かないって言ってる。
シンアはケガをしているのよ?力を抑えて、ね?」
だが、シンアはヨナを認識することなくそのまま突き進む。
―シンア、私がわからないの?―
そして彼女はシンアの眼が輝き、口元も笑みを浮かべている事に気付いた。
―シンア、楽しんでる…力を使って人を殺そうとしている…!!―
「シンア!!やめなさい、ダメよ。そんな事をしては。戻れなくなってしまう。
シンアは力を使うこと、あんなに嫌がっていたでしょう!?」
するとシンアはヨナを突き飛ばした。それでも彼女は止まらなかった。
今、そこでシンアを止められるのは彼女しかいないからだ。
「お、おいお前…何ともないのか?そいつの眼を見ると喰われちまうぞ!?」
「喰われる…?シンア!!私の眼を見なさい、私だけをまっすぐに。」
ヨナはシンアの頬に手を添えて真っ直ぐその眼を見つめて言った。
「喰いたければ喰うがいい。
シンアが本当にそれを望んで喰って気が済むのならば喰うがいい。
私は決して目を逸らさない!!さあどうした!?青龍(シンア)!!」
―なんて美しい瞳…ああ、本当に飲み込まれそう…
私は今、青い龍の餌になろうとしているのかもしれない…
でもどうして…?心が震える。私は今初めて彼の瞳を正面から見つめている…
悲しみも苦しみもわずかな喜びさえも全て閉じ込めてきた彼の眼が今開かれてようやく世界を見ているんだわ。
生まれたばかりの子供のようにキラキラした眼をしている。
私はやっぱりあなたの眼がとても好き…―
ヨナはその儚さと美しさに涙を流した。
「シンア、私はあなたといる。
あなたがどんな生き物でも、誰を傷つけても、あなたをあの穴ぐらから連れ出したあの日から共に生きようと生きていこうと決めた。
自由に生きてほしいと心から思う。
だから私はあなたの力を否定しない。
あなたの力はあなたの一部。あなたが生きている証。
白龍(キジャ)も緑龍(ジェハ)も黒龍(リン)も龍の力と共に生きている。
でも違うでしょう?あなたが今やっている事はあなたが最もやりたくなかった事のはず。
あなたが望まない事を私はさせたくない。
力に溺れたりしないで、あなたが私を守ってくれたように私もあなたを守るから。
私の声が届いているのなら応えて、シンア。月の光の人よ…」
ヨナがシンアに想いを真っ直ぐ伝えると彼の眼に彼らしさが戻って来た。
「ヨ…ナ…ヨナ…」
「やっと届いた…私の声。」
「お…俺…」
その瞬間、彼はバタッと倒れてしまった。
「シンア!シンア、しっかりして!」
「ヨ…ナ…俺から離れて…何をするか、わから…ない…
俺の…体が麻痺している間に…早く…」
ヨナは彼に駆け寄る。そして彼の言葉に目を丸くした。
「俺の眼…は、狙った人間の体を麻痺させる…
手や足や心臓…だけど…使えば…俺に麻痺の力は返って…くる。これは呪い返しなんだ…」
―だから眼の力は諸刃の刃だと…―
そんなシンアの掌にアオは擦り寄っている。彼を恐れる事なんてないのだ。
「この…力…は、一方的な力で…相手を踏みつけ…る。
この…力のせいで里のみんなは二度と…俺に近づいてこなかった。
使っては…いけないと…言われて…たのに…俺に近寄らないで…
俺は弱くて醜い化け物だ。俺は…」
―怖い…自分の力が、ヨナに嫌われるのが、また誰にも名を呼ばれなくなるのが怖い…―
するとヨナはそっとシンアの眼を自分の手で隠した。まるで彼をほっとさせるために。
彼女はシンアの頭の近くにそっと腰を下ろす。
「己の力が思い通りにいかないのを嘆くのはシンアが人間だからよ。誰でもそうなの。
だからシンアがやらねばならないのは、目を閉じて全てを封じる事じゃなく目を開けてその力を自分のものにすることよ。
それが出来る人が強い人だと思うの。そうある人が私は好きよ。
強くなろう、一緒に。ね、シンア。」
安心したらしいシンアから手を離してヨナは微笑み掛けた。
「一緒…」
「うん。」
「これからも…?」
「当たり前でしょ。」
「居てもいい…?」
ヨナは答える代わりにシンアの手をぎゅっと握った。
するとシンアの眼から涙が滝のように流れた。
―感覚がないはずの手の熱さがヨナがくれた答え…
目を開けたら自分の力の爪跡がそこにある。
忌まわしき快楽のような感情からも目をそらすなとヨナはいう。
まだこわい…でももしヨナが名を呼んでくれるなら俺は行こう、どこまでも…
ヨナがくれた月の光の名を誇れる自分になるように…―
私はというと加淡村で気配を感じ取って手を止めていた。
「リン?」
『たくさんの気配が入り組んでて頭が…』
「たくさんの気配…?」
そのとき私ははっとして顔を上げた。
『姫様…!?』
「え?」
『姫様が危ない!!』
私はジェハに詰め寄って彼の襟を掴んで顔を寄せた。
私の切羽詰まったような表情に彼は息を呑む。
『姫様とシンアがいる村に本当の盗賊が来た…』
「シンア君がいるなら大丈夫だよ。」
『でも…姫様が連れ去られて…っ!!?』
その瞬間、私の鼓動が大きく鳴った。
シンアの気配を辿っていた為に彼が暴走しているのを感じ取った。
そして彼の龍の力に私まで捕われかけていたのだ。
「リン…?」
『ぁっ…くっ…』
「どうしたんだい!?」
『シンアがっ…暴走してる…黄金の…眼…あっ…うっ…』
「戻ってこい、リン!青龍の力に捕われたらいけない。」
彼が私の頬を包み込み真っ直ぐ目を見つめてくるのだが、私の意識はふわふわと漂い視線も焦点が合わない。
体も少し震えていて息も過呼吸のようになってしまう。
「帰っておいで…リン!もう気配を追わなくていいんだ、リン!!」
『ジェハ…』
「うん。」
少しずつ震えも治まっていき目に光が戻ってきて、ジェハの顔を見る事ができた。
「大丈夫かい?」
『うん…ありがと。』
「シンア君の力が暴走したんだね?」
『うん…姫様は解放されたみたい。』
「早く帰ろう…ただここを放っておくわけにもいかないね。」
『えぇ…』
そうしていると私は加淡村に近づく足音を聞き取った。
『…誰か来てる。』
「ん?」
『この足音は品が悪いわね。』
「片付けてからじゃないと帰れなさそうかな。」
『はぁ…早く帰りたいんだってば。』
私は苛立ちを顕わにしながら村の入口に向けて歩き出した。
道端にいる子供達の背中をそっと私は押した。
『家に入ってなさい。』
「お姉ちゃん…?」
『危ないから言う事聞いて。』
「う、うん…」
「わかった。」
「行こう、リン。」
私はジェハに抱かれて空に跳び上がる。そして敵を見つけると私は指を指した。
『ジェハ、あそこ…』
「了解。」
彼が舞い降りるのと同時に私は爪を出して敵に飛び掛かっていく。
ジェハも蹴り技で敵を倒していく。
『邪魔をするな…』
「リン…?」
『こっちは暇じゃねぇんだよ。』
―リンの性格が変わってる…
よっぽどヨナちゃんの事が心配なんだな…―
敵をあっという間に倒し村から去って行くのを見届けた。
「終わったの…?」
『えぇ。何かあったらまた呼んで。
私の耳なら聞き取れるから、すぐに駆け付けるわ。』
「うん!」
「すぐに来てくれる?」
「僕の脚とリンの耳があれば問題ないさ。」
『それじゃ、またね。』
ジェハに抱き上げられ私達はヨナ達のもとへ急いで戻る。
加淡村の気配はずっと探知できるように意識は集中していることにした。
「ヨナーっ」
『姫様!!』
ユン、ハク、キジャ、ゼノがヨナとシンアのもとに戻ったのと同時に、私もジェハと共に舞い降りた。
そして私は全てを気配で知っていた為、彼女の無事にほっとして彼女を強く抱き締めた。
『よかった…』
「リン…」
『気配で感じたのに加淡村も襲われて…』
「大丈夫だったの!?」
「僕達がいたから問題ないよ。」
『シンア…大丈夫…?』
「リン…」
『しっかり休もうね。』
「ぅん…」
彼の髪を撫でてやると彼は安心したように目を閉じた。
彼が眠ると私もすぅっと意識を失ってその場に倒れた。
「リン!!?」
「どうした!!?」
ヨナとハクが叫び、仲間達が集まってくる。
倒れた私はジェハに抱き上げられ髪を撫でてもらっていた。
「何があったんだ?」
「リンは気配を通してヨナちゃんが連れ去られそうになって、シンア君が龍の力を暴走させてるって感じ取ったんだ。ただ…」
「ただ?」
「暴走してるシンア君に精神的に近付き過ぎたんだ…
だから暴走に巻き込まれかけてしまってね…」
「リンとシンアは離れてたのに…」
「いくら遠くてもリンには聞こえるうえに気配を感知できるでしょう。」
「そのうえリンはきっと意識を失った今でも加淡村の異変に気付けるように集中しているんだろうね。本当に無理をする子だよ…」
ジェハは寂しそうに微笑むと抱き締める腕に力を込めた。
「リンは無理をし過ぎなのよ。」
「でもだから目を離せないんだろ、タレ目。」
ハクがニッと笑う。その笑みを見てジェハは照れたように顔を背けた。
「…そうだよ。誰かが見守っていないと彼女が壊れてしまうだろう?」
彼の言葉に皆は微笑むとシンアを手当てする為村の近くの山肌に天幕を張った。
私はジェハに抱き上げられてシンアの隣に寝かされる。
ジェハは私の傍らを離れようとはしない。
「ユン、シンアの具合はどう?」
「大丈夫。千樹草を塗ったから傷の治りは早いよ。」
「よかった…!」
「青龍っ青龍っ、ゼノだよっ。わかるっ?」
「こら黄色、暴れるな。リンも疲れて寝てるんだから静かにしてよね。」
シンアは手当てを受けて起きていた。そんな彼をヨナ、キジャ、ゼノ、ユンが囲む。
「腹の傷はもちろんだけど、シンアは今まで抑えていた力を一気に放出したんだ。
体力が戻るまでしばらく安静にしてなきゃダメなの!」
「体の麻痺はどうだ?」
「シンアは昔力を使った事あるらしいからそのうち回復するはず。」
「そうか。そうか…」
キジャは本当に安心したようだった。
「おい、タレ目。ちょっと手伝え。」
「わかったよ。」
ジェハはハクに呼ばれて天幕から出る。
ハクは一瞬だけ私の頭をポンッと撫でてからジェハを連れて天幕を出た。
そしてシンアが倒した賊達を村から運び出していたのだ。
「シンア、無理をするなよ。必要な物があれば申せ。何でもするぞ。」
「ゼノもゼノも。」
「龍の力というものは使い慣れぬと制御が難しい。
迷う事があれば私に相談するが良い。何でも聞くぞ。」
「ゼノもゼノも。」
「そなたは戦闘中遊ぶばかりで龍の力など使わぬではないか!」
「ゼノは皆を楽しくする役目だから!」
「そこの白と黄色っ!暴れるなら向こうでやれ。」
彼らが騒いでいる間にハクとジェハが帰って来た。
「ただいま。賊は公道に放り出しといたよ。
そのうち役人が拾うでしょ。ついでに鳥捕まえた。」
「おぉ、ごくろーさん。」
「姫さん、賊に殺された子供の弔いを村でやるらしいぞ。」
ハクに連れられてヨナとユンは村に戻った。
すると村の中央に子供を燃やす火があり、近くでは両親らしき男女が膝をついて泣いていた。
「…助けられなかった。」
するとユンの手をヨナがそっと握った。
「…ヨナ、俺千樹草を殖やせないか考えてるんだ。
そうすれば皆の病気も怪我も治せるかもしれない。医学ももっと勉強しなくちゃ。」
「…うん、私も頑張る。火の土地からこんな風景をなくそう。」
それから数時間後、空が暗くなった。
いつもはヨナとユンが使っている天幕に私とシンアが寝ている為、その晩は天幕を使えなかった。
「あ、そっか。今日は天幕使えないのね。」
「ごめん、シンアはまだ回復してないし俺は側で看病するから…」
「いいの、私は外で寝るから。」
「そんな…姫様が外で寝るなど。」
「ヨナちゃん、僕の横においで。」
「大丈夫。というより、ジェハはリンの近くにいてあげて。私ハクと寝るから。」
ヨナの一言にハクが驚いたように持っていた薪を落としてしまった。その音に私はゆっくり目を開く。
『ぅ…?』
「嫌?」
「……問題ないですよ。」
「ヨナちゃん、それは危険だよ。雷獣はケダモノだよー」
「てめェと一緒にすんな、タレ目。」
『…賑やかね。』
「「「リン!!」」」
ヨナ、ハク、ジェハが私の名を呼びながら駆け寄ってくる。
私はまだ少々だるい体を起こして隣に眠るシンアを見つめた。
『シンアは?』
「もう大丈夫だよ。」
『よかった…』
「リンは平気?」
『平気だよ。心配掛けてごめんね。ありがとう、ユン。』
「うん。」
『それよりどうしたの?姫様がハクと一緒に寝る、とかって聞こえたんだけど。』
「そのとおり。」
キジャは胸に手を当てて不思議そうな表情をしていた。
―なぜだろう…胸が苦しい…病気?―
そのときゼノがヨナに抱き着いた。
「娘さんっ!たまにはゼノと寝よっ」
「ごめんね、ゼノ。ハクがいいの。」
流石にそれには驚いて私達は言葉を失う。
一番驚いていたのはハク。彼はこけてしまい、私とユンは揃って倒れたハクを見ていた。
「そっかぁ。じゃゼノは緑龍にくっついて寝るから。」
「お断りだよ。」
ゼノに抱き着かれたジェハは顔を曇らせている。
ジェハはゼノを引き離して私の方へやってきて抱き締める。
「無理のし過ぎはよくないな、リン。」
『ごめんなさい。』
「本当に目を離せない子だ。」
『ジェハがいてくれるから無茶も出来るのよ。』
「…そう言われると僕は何も言えなくなってしまうよ。」
「ユン、急患だ。すごく胸が痛いのだ。」
「それ、俺には治せない。」
「不治の病!?」
ヨナは外套を被ると木にもたれて座った。
ハクは困ったような表情で大刀を抱きながら彼女の隣に座る。
「…どうしたんですか。」
「何が?」
「いや…」
「こうしてるとリンと3人で旅してた頃みたいね。」
「…全然。」
ヨナとハクを囲むようにキジャとゼノ、私とジェハが2人ずつ寝具にくるまって眠った。
シンアを抱くようにユンも天幕の下で寝ている。
どっちにしろ私達皆固まって雑魚寝なのだ。
そして夜中になるとヨナとハクの辺りから大きな音がした。
ヨナがハクの腰から短剣を盗ろうとしたのだ。
それをぐっとハクが捕え、彼女を押し倒す。
「きゃ…」
「夜這いするならもっと色っぽくやってくれませんかねぇ、お姫様。」
「だってハク、こうでもしないと剣の相手してくれなさそうなんだもの。」
「俺がいいって言ったのはこういうわけで?」
純粋な目でこくりと頷くヨナ。それを聞いていた私とジェハは小さく身体を震わせる。
―笑いたい!ものすごく笑い転げたい…っ―
―そんな所だと思ってたけど…っ―
ユンも天幕から顔を覗かせてハクに同情していた。
―だと思った…―
「…ちょっとこっち来て下さい。それから笑ってるリン、お前も来い。」
『ふふっ…了解。』
私とヨナはハクの後ろに続いて仲間達から離れた。
「悪かったわ、寝てるとこ起こして。」
「そもそも寝れる状況じゃねェよ…」
「え?」
「別に。」
『ご愁傷様、ハク。』
「…はぁ。」
『…それで、姫様。また剣ですか。』
「ハクやリンが反対してるのは知ってる。
あれから一人で訓練もしたわ。でも…私一人じゃ限界がある。
今回ほど己の無力を悔やんだ事はないわ…」
「子供を助けられなかったのはあんたのせいじゃない。」
「…いつも思うの。私にもっと力があれば、子供を助ける力があれば、賊達をふりほどける力があれば、シンアが怪我しなくてすむような力があれば!
もっともっともっともっと!!」
するとヨナは私達に向かって頭を下げた。
「ハク、リン。お願い、私力が欲しいの。私に剣を…」
「よせ…!」
『やめてください、姫様!』
私はヨナの腕を、ハクは彼女の肩を掴んで顔を上げさせた。
『主が従者に頭を下げるなんてあってはならない。』
「私は…どうすればいいの…?」
「…命じればいい。あんたが本気で命じるのならば俺達はそれを拒めない。」
するとヨナは真っ直ぐ私とハクを見つめた。
「ハク、リン。剣を教えて、命令よ。」
「『仰せのままに。』」
私達は地面に膝をついて頭を下げた。
これからは私達がそれぞれヨナに剣術を教えていくことになるのだろう…
私とハクはまたしてもイル陛下の望まなかった武器をヨナに渡してしまう事を悔やみ少しだけ顔色を曇らせたのだった。
その頃、賊達は彩火城に連れて来られていた。
彼らの前には役人と兵士が立っている。
「…何ですか、この者達は。」
「何って賊ですよ、トルバル殿。捕えよと申されていたではないですか。」
「ち、違う!!私が捕えよと言ったのはこいつらじゃありませんよっ
首領は女で化け物のような男共と女を一人従え、“暗黒龍とゆかいな腹へり達”と名乗っているのですよ!!」
「何ですか、ソレ。」
「ゆかいなのはトルバル殿ですよ。」
「あ、貴方達私を愚弄するのですかっ」
「道を空けよ。」
「なんですかっ!この私を誰と心得る!?」
「踏み潰されたいか。」
役人のトルバルが振り返るとそこには馬に乗った火の将軍カン・スジンの息子カン・キョウガがいた。
「ご無礼仕りました…っ」
トルバルと兵士達が深々と頭を下げる。
そのときトルバルがキョウガに向けて言った。
「お…恐れながらキョウガ様。お話がございます。
火の部族加淡村周辺に我々役人…いえ、将軍でもあるスジン様にも仇なす無法者がいるのです!!」
「ト、トルバル殿っ」
「その者達は貧しい村々を縄張りとし、民衆共から集めた税を横取りするとんでもない連中で…」
「控えろ!そのような連中を取り締まるのはお前らの仕事ではないか!!」
キョウガの部下に怒鳴られるがトルバルは諦めない。
「はい、ですがその連中…
空は飛ぶわ、腕は巨大化するわ、爪を出すわ…化け物ばかりで…」
「はぁ?」
「その名もまさかの暗黒龍とゆかいな腹へり達というのです!!」
「踏み潰せ。」
「はっ!」
部下が馬の前脚を上げさせトルバルを踏み潰そうとすると彼は慌てたように言葉を紡いだ。
「あ~~っ、聞いてっ…聞いて下さい~~っ
火の部族全ての兵士を束ねる護衛大将のキョウガ様のお力で…っ
どうかどうかヤツらを…っ」
無視して進もうとしていたキョウガは捕われた賊の一人が呟くのを聞いた。
「思い出した…暗黒龍と…ゆかいな腹へり達…
俺の腕を奪った化け物が守ってた女が…そう…名乗ってたんだ…自分達の縄張りだって…」
「開門ーっ」
それを聞いてからキョウガはゆっくり彩火城へ入って行った。
「下品な文官だ。トルバルといったか?兵の士気が下がる。罷免せよ。」
「はっ」
「父上は?」
「まだお戻りになっておりません。」
「…テジュンは?」
「庭園におられるかと…」
「…恥さらしが。後程訓練場へ行く。兵の鍛錬を怠るな。
怠った者及び脱走者は厳罰に処す。」
「「はっ」」
キョウガが去ると部下達は息を吐いた。
「…いつもながらキョウガ様のお側は気が抜けん…」
「さすがは将軍自慢のご子息…
冷酷で厳しい御方だが、我が火の部族の次期将軍として十分な資質をお持ちだ。それに比べて弟のテジュン様は…」
「元々残念な御方だったが、戴冠式以来さらに腑抜けてしまわれた。」
「玉座を狙ってヨナ姫に言い寄ったという噂は真であったかもしれんな。」
「では玉座が手に入らず塞ぎ込んでおられると?」
「そいつは壮大な夢をお持ちで!!
テジュン様が王になられたら一日で国が滅びますよっ」
部下達は顔を見合わせて大笑いした。
同じ頃、彩火城の中央庭園ではテジュンが痩せこけた顔で赤い花を愛でていた。
「赤い…花…この手をすり抜ける…儚い…花…罪な花だ…」
「愚か者めがあぁああああ!!!」
「あ~~~~…」
そこにやって来たキョウガの拳によってテジュンは飛んでいく。
そのままテジュンは柵に身を乗せて今にも落ちてしまいそうになっていた。
「貴様いつまでのんべんだらりと仕事もせず生きてるつもりだ、この一族の面汚しめが!!
貴様の名を出すだけで高華国中に笑われている気がするわ!
貴様のような腑抜けは死んだ方が良い。
自害せよ、我らに面倒が及ばぬ山奥でな。」
その言葉にも反応しない弟に苛立ちを顕わにしてキョウガはテジュンの頭をギリギリ握りながら突き落とそうとする。
「ここから投身しても構わぬぞ…」
「キョウガ様、残念ながらここから落ちてもせいぜい足の骨折るくらいです。」
テジュンの付人がそっと口を挟む。
「構いません…本来ならば私は…ヨナ姫殺害の罪で刑に処される身…どうぞ殺して下さい…」
「…ふん、腑抜けのくせに死を恐れぬか?
昔は剣を向ければ一目散に逃げ回っていた男が。」
キョウガは呆れたようにテジュンに背を向けた。
「あの飾りものの姫が死んだからどうした?
この高華国にとって何の損害もない。
むしろ父上は大喜びになっていたぞ、面倒が減ったと。
存在価値のない小娘などどうでも良い。
今すぐ目を覚まし我がカン一族の為にその身を捧げよ。」
「存在価値のない…小娘…」
テジュンの脳裏には最後にヨナが見せた真っ直ぐな眼光が蘇る。
そして彼の目から大粒の涙が伝った。
「ではなぜ…私の心から今もなおあの御方が消えないのでしょう…」
「…阿呆すぎて殺す気も失せたわ。
お前のような男、もはや弟とは思わぬ。城の外へ追放してくれる。」
「キョウガ様、それはスジン様がお許しになりますまい。」
「…では、お前に仕事を与えよう。」
「え…」
「火の部族の貧しい村々で役人を襲い税を強奪する賊がいるそうだ、嘘か真か知らんがな。
その賊を捕えよ。捕えるまで城に帰る事罷りならん。」
こうしてテジュンの時間も漸く動き始めた。
テジュンは側近のフクチと共に火の部族南方の役所へ来ていた。
「ええっ、まさか貴方様が賊討伐に…!?」
「左様。この度賊討伐の為彩火城より参られたカン・スジン将軍のご子息であらせられるカン・テジュン様です。
そして私は側近のフクチ。」
彼らの前には役人と兵士の姿がある。
―おおおおお、いきなり大物来た~~~っ―
―賊ってあれだよな、役人を襲って税を強奪するという腹へりなんとか…―
―彩火はそれだけ今回の件を重要視してるって事か…―
「では早速ですが、テジュン様は彩火より長旅でヨボヨボ中です。」
「「「「「えーっ!!?」」」」」
テジュンは私、ヨナ、ハクが崖から落ちて死んだと思われたあの日からずっと全ての物が灰色に見えていた。
それなのに目を閉じて思い出すのはヨナの事ばかり。何度時を戻したいと願った事か。
彼はそう思いながら窓の外を眺めて涙をはらはらと流した。
「フクチ殿、フクチ殿っ!」
「テジュン様は賊討伐に来られたのではないのですか!?」
「まぁ、一応。」
「ではなぜあのように日々外を眺めておられるので?」
「見ての通り残念な人なのです。」
「残念な人よこさないで下さい!!」
確かに税を取り立てれず困っている役人にとって残念な人が来たところで足手まといになるだけだ。
「トルバル殿が罷免されただでさえ税の取り立てが滞っているのです。
ヨボヨボされるのなら城へお戻り下さい!!」
「その賊とやらは確かにいるんですか?情報が不十分でして。」
「それが…我々は見た事ないのですが、役人を襲う賊は確かに存在します。
ただその目撃情報が俄かに信じ難くて。」
「どのような?」
「腕が巨大化する男に空飛ぶ緑髪男、狐の仮面をして爪を出して切り裂く美女、妙な面や毛を付けた化け物達。
それらを束ねる阿婆擦れ少女。
その名も暗黒龍と腹へったお友達というんですよ。」
「あれ、そんな名前だっけ?」
「ね、信じ難いでしょう!?」
「阿婆擦れ少女と狐の仮面美女にちょっと心惹かれました。」
フクチは真顔でそんな事を言ってのけた。
「とにかく賊共を早く駆除して税を徴収しないとまた上から何言われるか…」
「役所勤めも大変ですね。」
そのとき役所の扉が大きな音をたてながら開いた。
そして入って来たのはボロボロになった兵だった。
ちなみに彼らを撃退したのは私、キジャ、ジェハの3人。
私達は役人達を奇襲し、税を加淡村へ戻していたのだ。
「でっ、出た!ヤツらだ。暗黒龍と腹へり家族が出たぞっ」
「なにっ、ヤツらが!?」
「そんな名前だっけなあ…?」
「ヤツら、取り立てをまた邪魔しやがった。」
「くそっ、どこまで我々を馬鹿にするつもりだ!!テジュン様、今こそ賊を…!」
役人の一人が振り返るとテジュンは何度も頭を平伏させながら祈りを捧げていた。
「フクチ殿、何とかして下さい!!」
「テジュン様、テジュン様…
スウォン陛下にヨナ姫の遺髪をお届けする際にこっそり自分用に一房盗んだカン・テジュン様ーっ」
これにはテジュンも驚いて反応した。
「お目覚めですか、テジュン様。」
「な…なななぜお前それを‥」
「しかもそのお髪を今なお持ち歩いてるテジュン様。」
「きゃ~~~」
「賊が出たそうですよ。ほら行きますよ、お早く。」
「フクチ…なぜお前…」
フクチはフラフラとでも立ち上がったテジュンを連れて役所を出ると襲われたという現場へ向かった。現場では兵士達が倒れていた。
「生きてますね。」
「ヤツら、強いらしいんですけど殺しはしないんですよ。」
「義賊ですか。」
「いや、それは…まてよ…その可能性もあるな。
義賊ならば周辺の村を洗えば徴収した税が戻っているかもしれない。
よし、まず加淡村へ行きましょう。」
「テジュン様、しゃんとして下さい。置いていきますよ。」
フクチの後ろにはヨボヨボになったテジュンがいた。
「置いていきましょう。」
役人がきっぱり身分も関係なくそう言うのも当然なのかもしれない。
彼らは加淡村にやって来ると村人を突き飛ばしながら家々を物色し始めた。
「家の中も調べろ。怪しい者がいたら連れて来い。」
「何をするんですか、やめて下さい。」
「どけっ」
「きゃあ…」
「品がない…」
そのときテジュンの頭に小石がぶつけられた。それは村の子供が投げた物だった。
「出ていけっ!加淡村から出てけっ!!」
「ダメだよ、隠れてなきゃ!!」
そんな子供を抱いて押さえるのはユンだった。
役人を襲った私、キジャ、ジェハと共に彼も来ていたのだ。
―やばい…あの身形、かなり身分の高い貴族だ…殺されるっ―
しかし、ユンの予想に反してテジュンは頭を下げた。
「生まれてきてすみません…」
「ちょっとこの人今傷つきやすいからいじめないで。」
―泣いた!?―
「ご、ごめんなさい…」
子供も罪悪感を感じたのか謝る始末。
「無理もないよ。時々おじさんも石投げたくなるから。」
「なんだ、この会話。」
「どうしたの?」
「ねぇ、隠れてようよ。」
子供は興味本位でどうしてテジュンが泣くのか尋ねるが、ユンは面倒くさく思い一刻も早くその場を離れたいようだった。
「まあ簡単に言うと恋煩い。」
「誰が恋煩いだッ!そんなんじゃない…っ
恋とかそんなチャラチャラしたものと一緒にするな!
この想いは…もうなんなのか自分でもわからんー!!」
「本格的にめんどくさいよ。」
頭を抱えて嘆くテジュンにユンは溜息を吐いた。
テジュンを放置してユンはフクチに言う。
「…俺らは毎日の食物もやっと確保してんだ。
もうこれ以上税は払えないから帰って。」
「納税は民衆の義務だよ。」
「貴族の贅沢や必要以上の軍備の為に過大な税を払うのが義務?
その前にこの食糧不足と病人達を何とかするのがそっちの役割なんじゃないの!?」
「軍備を整えるのも火の部族を守る手段だよ。」
「詭弁だね。」
「…ま、いいや。私は税を取りに来たんじゃないから。賊を捕えに来たんだ。」
「賊…?」
「知ってる?何かおなかすいてる賊みたいな名の…」
「ありました!!」
そのとき役人の大きな声が響いた。
「賊が強奪した税です!!」
「やはり隠し持っていたな!!賊達も匿っているんじゃないのか!?」
「ちっ、違います!」
私はそれを聞き取って隣にいたキジャとジェハの袖口を引っ張った。
「ん?」
「どうしたのかな?」
『そろそろ行かなきゃ。』
「賊か?」
『ううん、役人さん♪』
「さっき奪い返した税が見つかったってところかな。」
『ご名答。』
「それじゃ、行こうか。」
ジェハに肩を抱かれた私は彼の腰に手を回して身を寄せる。
するとそれを合図に彼が地面を蹴った。キジャは兵達の後ろから回り込むべく駆け出す。
「リン、場所は?」
『あっち…近くにユンもいる。』
「了解~」
私は片手で狐の仮面を装着するとニッと笑った。
するとジェハも色っぽく且つ意地悪そうに笑うのだった。
「賊を捕まえに来たって言ったよね?
じゃあそろそろお仕事の時間じゃないの?」
ユンの声と同時に兵達の上に私とジェハの影が過ぎった。
「「「!!」」」
「『お勤めご苦労様です、お役人様方。』」
私達はそう言いながら空を舞う。ジェハは暗器を兵士達に浴びせ、私は爪を出しながら舞い降りて切り刻んだ。
「うわああっ」
「どこへ行く。」
逃げようとした役人の後ろにキジャが巨大な右手を顔に寄せながら美しく且つ冷たく微笑んだ。
「我々を探していたのだろう?」
「でっでっでっ出たあぁあっ!!腹ぺこ一家だあぁあっ」
「誰達だよ、それは。」
ユンは逃げ惑う役人達と余裕の笑みを浮かべる私達を見ながらその言葉に静かにツッコむのだった。
役人達は私達を見て叫ぶばかり。
「ばっ化け物…っ」
「なっ、言った通りだろ!?」
テジュンはただ茫然と私達を見ていた。
―なんと死神だ…死神が現れた…ついに私の命を狩りに来たのか…―
彼の視線の先には右手を翳すキジャの姿。
その手がテジュンに近づくのだが、キジャは逃げようともしない彼を殺すわけにもいかず手を止める。
テジュンはやっと死ねると思い目を閉じて待っていた。
ただ一向に殺されない為目の前にあるキジャの手を強く握りしめた。
「どうした、死神…早く殺らんか。」
「いやいやいやいやいやいや誰が死神だ。」
「私を連れて行けるのは今だけだぞ!
明日になったら怖くなっちゃうかもしれないから今だけなんだぞ!!」
「なんなんだ、そなたは。手を放せっ」
するとそこにジェハやってきて背後からテジュンを踏み潰した。
頭を右脚で踏みながら彼は何事もなかったようにキジャと話す。
そこに私も合流した。テジュンの顔が見えない為私は彼の存在に気付かない。
「何をやってんだい、君は。」
『希望してるんだから楽にしてあげなさいな。』
「無防備な者を相手に出来るか!この手は神聖なる…」
「『ハイハイ』」
テジュンは少しだけ私の声に聞き覚えがあるようだった。
―今の声…どこか舞姫に似ているような気がするが…
彼女も…ヨナ姫と共に死んだ…私の目の前で…―
そう思い聞き間違いだと判断したようだ。
「加淡村はやはり賊を匿っていたのか…」
『バカね。』
「ここいらは僕らの縄張りなんだから奪った物を置くのは当然だろ。」
ジェハは未だにテジュンを踏んだまま私の肩に手を乗せて唇を頬に寄せながら笑う。
私は笑いながらキジャの腕に背中を預けてもたれかかるように立っている。
私とジェハがチャラいため、悪(ワル)にも見える。
「僕らの仲間は火の土地のどこにでもいるよ。」
「テジュン様、生きてますかー?」
フクチは近くの植え込みに逃げ込んでいた。
そこにヨナがやってきて私達に呼びかける。
ハクやシンア、ゼノと共にこちらに合流したのだろう。
「小僧共、とっととそいつら放り出しな。村の連中が怯えてるよ。」
彼女の声にテジュンが反応を示した。
―えっ…あのこえは…声は―――!!?―
彼は体をぐぐぐっと持ち上げようとするが、再びジェハにべしゃっと踏み潰される。
「おっ…っとと、まだ元気みたいだよお頭。」
「そこの役人無駄な抵抗するんじゃないよ。」
「おおお?」
それでもテジュンは声の主を見たいあまり身体を起こした。
『ふぅん…ジェハの足に踏みつけられて起き上がれる人間がいるなんてね。』
「僕も初めてお目にかかったよ。」
―全身の血が沸騰する…なぜか、今…起き上がって声の主を見よと体中が叫んでいる…!―
倒れた役人達もあのヨボヨボだったテジュンが化け物(ジェハ)の力に対抗しているのを見て感動していた。
「う…うおぉおおおおおお!!」
―テジュン様が頑張ってる…!!―
ついにテジュンはジェハの脚を払いのけて立ち上がった。
ふらついたジェハを私は咄嗟に支えて2人揃って目を丸くした。
それと同時に皆がテジュンと呼ぶ彼に気付いた。
―まさか…カン・テジュン!?
北山で私達が崖から落ち、姫様の髪が短くなる元凶になったあの男…?
それにしても…やけにヨボヨボになったものね…―
昔の面影がなく私はつい苦笑してしまった。
ただテジュンは立ち上がって声の主を探していると、そんな彼を邪魔に思ったキジャの右腕に抱えられ遠くへと投げ捨てられてしまった。
「邪魔だ。」
「テジュン様ーっ!!」
その後、テジュンは役所で目を覚まし声の主を突き止めるべくきちんと食事を取り体力を付けると再び加淡村へやってきた。
『しつこいわね。』
「二度と来るな。」
「君も問答無用だねぇ。」
キジャが右手でぽいぽいと役人達を投げ捨てる。
それでも諦めないテジュンは髪をおろし、粗末な服を着ると村人に扮して偵察するべく私達のいる加淡村へやってきた。
その間に部下達は兵士を集め戦闘準備を整え、もし何かあった時は知らせるようにと烽火(のろし)をテジュンに持たせた。
「もし御身に危険が迫った時はこれをお使い下さい。
烽火です。これが上がった時我々は加淡村に総攻撃をかけます。」
そう言われて部下に見送られたテジュンは村に足を踏み入れた。
「…とはいうものの緊張してきた。
突然あの死神に出くわしたり、緑髪男に凶器投げられたり、狐仮面女に爪で裂かれたり…っ
もしかして空からヨナ姫が降ってきたり!?なーんて…」
そこに現れたのはシンアだった。
テジュンには仮面をして毛皮を付けた彼が新型死神に見えたようだったが、シンアはテジュンの近くにいたアオを撫でて連れて行っただけだった。
「シンア、あまり出歩くでない。そなたはまだ完治してないのだぞ。」
シンアを迎えに来たのはキジャ。
ちなみにジェハはユンと共に別の村の偵察に行っていてここにはいない。
キジャは座りこんでいるテジュンが体調を崩しているのだと思い右手で抱え上げるとユンがいるはずの家に行った。
だがそこにいたのはゼノと子供達だけ。子供は体調が悪いと聞いて病気に効くという生姜汁を作って持って来た。
ただそれはまるで泥水のような色だった。
椀を受け取ったテジュンは手が滑ったと言いながら椀を傾けた。
零れた液体を両手で受け止めたのはゼノだった。
「早く椀を!!」
どうにか受け止めた生姜汁を椀に戻し、ゼノは椀を子供に返す。
「ごめんなー、ちょっとこぼれちゃった。」
「もったいないねー」
「ないねー」
「ねぇ、これもう皆にあげていい?」
「え…ああ…」
子供達はそれを少しずつ分け合って飲んでいた。
「泥水みたいな食い物でもここではとっておきのごちそうなの。
あの子達の顔見てみ?必死だろ。だって今日初めての食事だから。」
「一つの椀を二人でか…?」
ゼノは自分の手についた生姜汁を舐めながら言葉を紡ぐ。
「そう。ここでは当たり前。たった一滴でも大事な命の一滴なの。
…坊ちゃんにはまだわからんか。」
「え…」
「まっ、ここに来たのは良い機会じゃね?ゆっくり見学してけばいいから。
んで今度来る時は皆に菓子でも持って来てね♡」
ゼノはそう言い残して立ち去る。
坊ちゃんという呼び方にテジュンは自分の身元がバレているのかと不安になったのだった。