主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
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イクスの家に戻ってから私達は揃って横になっていた。
ユンは久しぶりにイクスの隣で眠り、キジャ、シンア、ゼノは並んで横になっている。
ゼノが隣にいるキジャを少し殴っているがまぁ、放っておこう。
私はジェハの横にすっと入りこんで彼の腕に抱かれて眠っていた。
ハクは壁に背中を預けて寝ていたのだが、そんな彼に誰かが歩み寄ってきた。
そして彼の腰にある短刀に手を掛けた。だが、その手は彼の手に捕まる。
「何してんだ、姫さん。」
「お、おはようハク…」
朝になって皆が起きるとヨナとハクは外に出た。
そこで短刀を盗ろうとした理由を問うつもりなのだろう。
「剣術を教えてほしい?」
ヨナはコクンと頷いた。私はというとジェハと共にのんびり横になって彼らの会話を聞いていた。
「何か面白い物でも聞こえるのかい、リン?」
『うん?』
ジェハは隣にいる自分を相手にしてくれない私に痺れを切らしてこちらにやってくると額に口付けを落とす。
『ちょっとね、姫様がまた何かを考えてるみたいで。』
「ふぅん…でも今は僕の相手をしてほしいな。」
『はいはい、仰せの儘に。』
彼の頬を撫でて額を当てると彼は嬉しそうに少年のように笑った。
きっとイクスは私とジェハの関係を既に知っていて喜んでいることだろう。
緑龍と黒龍の関係も元々知っていたのかもしれない。
その頃、ハクはヨナに向き合っていた。
「教えを乞おうとする人間は寝てる奴の懐弄って剣盗んだりしません。」
「ちょっと借りようと思ったの。」
「盗っ人には貸しません。俺ァ寝る。」
「待って。私が悪かった。真面目に言うわ。
ハク、剣を教えて。私強くなりたい。どうしても力が欲しいの。」
「…前にそれで弓を渡しましたよね?」
「弓の練習を怠るつもりはないわ。
でももしもの時の為に剣も使えた方が良いと思うの。お願い、ハク。」
ハクはヨナの真剣な眼差しを見て少しだけ寂しそうな顔をした。
「剣は…渡しません。」
「ハク!お願い、私一刻も早く…」
「それよりお肌のお手入れでもしたらどうです?
日に焼けてボロボロで元々無かった色気がついにゼロですよ。」
「な…」
「これで剣なんか持ったら本当に嫁の貰い手ありませんよー」
「あっ、ハク!待ちなさい!!」
ハクはそう言い残しさっさと立ち去った。
「…ハクのバカっ」
次にヨナはシンアに声を掛けた。
「剣…」
「そう、剣術を教えてほしいの。シンアは剣士でしょう?シンアは誰に剣を習ったの?」
「…昔側にいた人…あと実戦で…」
「実戦!?その実戦で培った剣術を私に教えて、シンア。」
シンアの剣を握ったヨナは緊張していた。
―重い…そして長い…いや、なんのこれしきっ!―
彼女はブンブンと剣を振るうが、それは傍から見れば彼女が剣に振り回されているよう。
「たあっ!」
彼女が木に剣を刺そうとすると手が滑って切ってしまった。
「痛っ…そっか。この刀、格がないんだわ。」
格というのは柄と刀身の間にある手が刀身へとズレるのを防ぐもののことだ。
「シンア、まずは構えを…」
彼は目を光らせて立っていた。ヨナが手を怪我した事を見逃さなかったのだ。すぐに剣を取り上げて鞘に片付ける。
「シ…シンア?えっ、ちょっと…シンア、あの…刀を…」
彼は首をふるふると横に振って駆け出した。
「怪我なら大丈夫よ。ちょっと切っただけ…あ!!待ちなさい、シンア!!」
それから追いかけっこが始まったが、やはりと言うべきかシンアが逃げおおせた。
「に…逃げられた…他に剣を教えてくれそうな人は…」
彼女は周囲を見回してキジャ、ゼノ、イクスを見つけるが却下した。
「キジャはダメだわ。絶対反対する。」
『姫様?』
「ヨナちゃん。」
そこに私達が声を掛けた。彼女がキョロキョロする様子が可愛らしかったからだ。
「リン…ジェハ…」
「どうしたの、息切らして。」
『何かお探しですか?』
ハクが釣りに行って周囲にいないことを確認すると彼女は私達の背中を押した。
「ちょっとこっち来て。」
「『え?』」
「きゃっ」
すると彼女に押される形で私達は茂みの中に倒れ込んだ。
「何?逢い引きなら付き合うけど。」
「ちがうの!」
『ジェハ…』
「ごめんごめん。」
彼はクスクス笑いながら私の髪に頬を寄せて微笑む。そのまま私はヨナに問うた。
『それより姫様、どうなさいました?』
「ハクには内緒だから静かに聞いてね。」
「はいはい。」
「リンは剣をいつも持ってるけど…ジェハ、剣持ってる?」
「剣?そうだな、暗器ならいくつかあるけど。」
彼が上着の前を開くとあらゆるところに様々な形状の暗器が隠されていた。
『す、凄い…』
「見えない所にも隠してあるよ。」
『どうして私は抱き締められても痛くないのかしら…』
「内緒♡」
『姫様は剣で何をするつもりなのですか?』
「狩猟?暗殺?」
「剣術を教えてほしいの。」
『剣術…?』
―さては姫様…ハクに剣を与えてもらえなかったわね…?―
「ハクには断られたけど、私剣を扱えるようになりたいの。お願い、私に剣を教えて。」
ヨナの目を私とジェハは真っ直ぐ受け止めていた。
私はハクと似た寂しい表情を一瞬だけ見せた。その顔に息を呑んだのはヨナだった。
―今の顔…ハクと同じ…―
「リン…?ジェハ…?」
「なるほど…それはハクは断るさ。」
「なぜ?」
『なぜ?わかっていないフリなんてズルイですよ、姫様。』
「私は…」
「強くあろうと足掻く君は嫌いじゃないよ。
そんな君だから危なっかしくて僕はついて来ちゃったわけだけど。」
『剣は弓と違って接近戦で男相手に姫様の力では無理があります。
私でさえ耐えられない時が少なくありません。それでもここまでやって来れたのはハクや仲間がいてくれたから。
そしてここまで鍛えてくれたハクやじいやのお蔭です。
それが姫様…あなたのような大切に育てられ武器をつい最近まで持たなかった少女が闘うなんて危険なことこの上ありません。』
「わかってる。だからこそちゃんと習って…」
「僕がハクなら自分を盾にしてでも君を決して危険にさらしたくない。
君にはずっと誰より安全で幸せな場所に居てほしいけどね。」
「…それはダメよ。」
「そうだね。ある意味君を縛る様な言い分だ。…本当にどこかに縛っておきたいかも。」
彼の言葉に私とヨナはきょとんとした。彼らしくない言葉だったからだ。
『ジェハ…?』
「どこかに閉じ込めて、君を他の男に見せたくない、なんてね。」
「見せたくない?誰の話?」
「…もちろん、君を独占したいハクのハナシ…」
そのときジェハの背後にハクが唐突に現れ釣り糸でジェハの首を絞め始めた。
「勝手なことぬかしてんな、タレ目。」
「ハク!?」
「こんな所で何やってんすか。」
「えっ、えーと…逢い引きよ。」
「ヨナちゃん、今そんな事言ったら僕の首はチョンパされてしまうよ…」
『あ、ハク!ホントにジェハが死んじゃう!!』
「一度死んじまえ。」
『ダメだってば…』
ジェハの首に少しだけ赤い線が引かれた。私は溜息を吐くと爪を出して釣り糸を切った。
「た、助かったよ、リン…」
『はぁ、馬鹿。』
「じゃ、私はこれでっ」
「姫さん!」
ヨナが逃げハクもその後ろを追いかけた。
ジェハは小さく息を吐くと私の腕を引きながら地面に横になった。
突然引っ張られた私は驚くばかり。
『きゃっ…』
彼の上に抱き止められそのまま寝転がる事になる。
彼の胸に手を置いて彼の顔を見上げる。
『ジェハ?』
「…らしくない。“どこかに閉じ込めて~”なんてくだらない常套句、大嫌いなはずなんだけどな。」
『確かに…ジェハらしくない一言だったわね。』
「君もそう思うだろう?…ん?」
『どうしたの?』
「…短剣が一本ない。」
『やられたわね…姫様に一本取られたわ。』
ヨナはジェハから無断で拝借した短剣を両手で握って森の中に立っていた。
「このくらいの短剣なら振れるかしら。」
―誰も教えてくれないなら、自分で覚えていくしかない…―
それから彼女は一心に剣を振るった。
暫くして雨が降り始め、私とジェハは急いでイクスの家へと戻った。
ハクも家へ戻ろうとしていたが、途中風を切る音が聞こえてそちらへ足を向けた。
彼が見たのは息を呑む程真剣で吸い込まれそうな目をして短剣を振るうヨナの姿だった。
ハクは自分の短剣を抜くと彼女の剣を受け止めた。
「…剣の練習ですか?」
「ハク…」
「…カゼひきますよ。岩陰に行きましょう。」
2人は岩陰に入って雨が止むのを待つ事にした。
「やまねェな。川が氾濫しないといいが。
姫さん寒くねェか?…はい、どう見てもガタブルですね。」
ヨナは体を小さくして膝を抱えるとガタガタ震えていたのだ。
「雨の中汗かくまで剣振ってるからですよ。俺の言う事無視して。」
「う…」
「どうしますか?濡れた服脱ぎますか?脱がせますか?」
「ハク、怒ってる?怒ってるのね。」
彼はすっと立ち上がると自分の上着を脱いでヨナに頭から被らせた。
「…怒ってませんよ。少し恐いだけだ。」
「私が剣を使うと危ない目にあうかもしれないから?」
ハクはそっとヨナの隣に座った。その表情は一向に晴れそうにない。
私はというとイクスの家で外を眺めていた。
「雨降ってきたね…ヨナと雷獣は何処行ったんだろ…」
『大丈夫…岩陰にいるみたいだから。』
「聞こえるの?」
『気配とちょっとした会話が聞こえただけよ。』
私はそう言い残して軒下に出た。
ヨナとハクの会話から2人の哀しい程の願いが感じ取れて泣いてしまいそうだったからだ。
「私もハクが危ない目にあうのは恐いよ。
ハクだけじゃなくて、リンもだけど…
だからこそ絶対にハクやリンを盾にしたくないの。」
―姫様…―
私は軒先に膝を抱えて座り静かに涙を流し肩を震わせていた。
「…あのタレ目に何か言われましたか?」
「ふふ。ハクは私をどこかに閉じ込めて他の男に見せたくないんだとか言ってた。」
―あのクソタレ目、殺す…―
「あのさ、姫さん。あのタレ目の言う事は…」
「うん、嘘でしょ。」
「…」
あまりにきっぱり言われてハクもぽかんとする。
「そんなのわかってるよ。ハクが私を他の男に見せたくないとか。なんか謎だし。」
「…あぁ、嘘ですよ。むしろ真逆。」
―えぇ…真逆ね、ハク…―
私は彼の言いたい事を感じ取って思っていた。
「俺は…きっとリンだって見せてやりてェよ、あんたを。
ムンドクのジジイに、イル陛下に、あんたを城から追い出した馬鹿野郎共に、高華国中の民に。
“見ろ、これがヨナ姫だ。髪を捨て、剣を取り、この国を支えんと誰よりも強く生きている。ヨナ姫はここにいる”ってね。」
ヨナはハクの言葉と嘘偽りない笑顔に涙を流した。
「なに…らしくないこと…言ってるの…」
「…ですね、忘れて下さい。」
ハクは照れたように顔を隠す。だがヨナの嬉しそうな笑顔を見て言って良かったと心底思ったのだった。
「…もう遅いわ。忘れない。」
―ごめんね、ハク。それにリンだってきっと私が剣を持つ事は願ってないだろうけど…雨があがったら私はまた剣をとるわ…―
私はヨナとハクの事を…そして遠くにいる昔の友を想い泣き続けていた。
強くあろうと足掻くヨナ、
守りたいけれど彼女は自分が盾となる事を望まないと知っているハク、
自分がやるべき事があると私達を裏切ったスウォン、
そして皆の願いを知りながらただ涙を流し目の前の敵を倒す事しかできない私…
そんな哀しくどこか残酷な現実を私は見つめ泣くばかり。
そのとき私は背後から誰かに抱き締められた。
『っ…?』
「リン…」
それはジェハだった。彼は私の名前を何度も優しく呼んでくれた。
「リン…今は泣いてもいい…誰もその涙を見る者はいないよ。
僕はここにいるから…君が迷うなら僕が呼んであげる…何度でも何度だって…
だから今は自分に正直になっていいんだ…」
『ジェ…ハ…』
「君は独りじゃないんだから…もっと頼ってくれていいんだよ?
僕だけじゃなくてキジャ君やシンア君、ゼノ君にユン君…皆君の味方だ。」
『うん…っ』
「リン…愛してるよ、リン…」
私は耐えられず彼の腕の中で身体を反転させると彼に抱き着いて縋り付くように泣いたのだった。
彼は甘く優しく微笑んで私の髪を片手で撫で、もう一方の手を背中に回してくれる。
そのまま私達は雨の降る中抱き合っていた。
「お、雨あがってきた。姫さん…」
岩陰ではヨナが疲れ果ててハクにもたれかかるようにして眠っていた。
ハクは彼女を抱き寄せてそっと額に口付けを落としたのだった。
雨も止んだ翌朝、ユンは私達が皆眠っている間に野菜などを荷車に乗せて出掛けようとしていた。
「このくらいかな。」
寒さの中出掛けようとしたユンをイクスが呼び止める。
「ユン君。皆は?」
「まだ寝てるよ。行くのかい?」
「うん。」
「僕も行っちゃダメ?」
「ダメだよ。イクスはここにいて。所詮こんなの自己満足の偽善だから。」
「違うよ。」
イクスは自嘲気味に笑うユンをそっと抱き寄せた。
「違う。ユン君はやさしい子だよ。」
ユンは照れながらも自分を認めてくれるイクスの優しさに安心するのだった。
その後、火の部族加淡村へ向かうとそこにいた子供達がユンに気付く。
「あ、ユンだ。」
「ユンー」
「久しぶり。元気だった?」
「お腹すいた…」
「うん、すぐに温かいもの作ってあげるよ。
ミレイおばさん、具合どう?薬持って来たよ。」
「なんだ、来たのかい。もう来ないかと思ったよ。」
ユンは次々と村人達に声を掛けていく。
「ユン。」
「セドルおじさん!」
「久しぶりだな。だいぶ顔を見せなかったから心配していたよ。」
「ちょっと遠くに行ってたんだ。どう?調子は。」
「ここは見ての通り食い物も少ないし病人や老人ばかりだよ。
それなのに税ばかり重くなりやがる。」
「また増税?」
「あぁ、取り立てが厳しくてね。これ以上どうしろって言うんだ。」
「差し入れがあるんだ、皆に配るよ。」
「すまねぇ…ところで後ろの奴らは友達か?」
「え?」
ユンが振り返ると私達が笑顔で立っていた。
「なんでいるの!?」
『ユンが行くのに気付かないわけないでしょ?』
「ユンがこっそり出て行くから気になって。」
「私は姫様のお供を。」
「ゼノは青龍のモフモフについて来たのね。」
「帰って!」
「ユン君、お腹がすきました。」
「ユン君、今朝はシソ粥にしてくれないかい。」
「即帰れ、ごくつぶし。」
ユンに帰れと言われて皆シンアの毛皮に擦り寄った。
「ホントだ、あったかい。」
「ねー」
「聞いてるの!?珍獣共っ!」
「この村のお手伝いをしてるんでしょ。手伝うわ。」
「ダメ、目立つんだよ!」
「目立たないよう頑張るから。」
『…無理だろうけど。』
「もう生きてるだけで目立つから!ここは病人もいるし治安も悪い。
お姫様の来るような所じゃないんだ。」
「ユン…私が高華の姫でイル王の娘だからこそ来るべき場所だと思うの。」
ヨナの迷いのない言葉にユンは目を見開く。
「父上の行ってきた事の結果を私は知りたい。」
私達はそろって口角を上げるとユンに笑みを贈った。
それを見てユンは嬉しいやら照れくさいやら。
「わかったよ、手伝って。」
そうして私達はそれぞれ作業に移った。
私、ヨナ、ユンは冷たい水でたくさんの食器を洗った。
「…っっ」
『おっ…冷たぃ…』
「嫌なら帰っていいんだよ。」
「へ、平気。つ、冷たいくらい…」
『慣れてきた…』
食器を洗い終えると私達は火を起こして料理を作り始める。
キジャとゼノは薪を運び、シンアは子供の相手、ハクとジェハは屋根を修理していた。
「この村はユンの生まれた村?」
「ううん。ここはいつも物々交換をしていた人達の村なんだけど、最近は交換する物もない暗い生活に困ってて。
今は俺が時々薬や食料を届けてるんだ。旅に出てる間気になってたけど良かった、皆無事で。」
「人里めんどいって言ってたけど、ユンはこうやって皆を守ってたんだね。」
「気休めだよ。」
『ユン…』
「リンはわかってるでしょ?」
『えぇ…火の部族は貧しい土地ばかりで一つを助けたとしても他は飢えてて、一日分の食料を届けても明日の物はない…』
「もっと根本から変えなきゃダメだ。わかってるけど、俺にはどうしようもない。」
料理が完成に近付くとユンは立ち上がってハクとジェハを呼んだ。
「おーい、雷獣達。そろそろご飯だから降りてきなよ。」
「あー、俺ァいいわ。さっき川で魚を山ほど捕まえて食ったから。」
「えっ、何それっ!たくさん捕まえたなら皆に分けてよねっ」
「悪ィ悪ィ。」
「ったくもー…」
―あれ、この辺に川なんてないよな…―
「あ、キジャ。」
「私もハクと共に魚を馳走になり腹一杯だ。」
「鳴ってるよ、思いっきり鳴ってるよ。」
キジャのお腹は正直で空腹を訴えて鳴っていた。
「こここここれは私の腹の音ではなくてだな、どこかで雷が…」
「てめェの音だろ、白蛇。」
ハクが屋根の上からキジャに向けて縄の束を投げつけた。
「無礼者、何をする!」
「修業が足りねーんだよ、腹の虫を止める修業が。」
ハクの隣でジャハは肩を震わせている。
「ぷくくくくっ…くくくくくくっ…」
『ジェハ笑ってる?』
「ハハハハッ、そう言ってるリンこそ。」
『ふふっ、だってキジャったら可愛いんだもの。』
「腹の虫を止める修業だと…!?」
「へその辺りにぐっと力を込めると良いから。」
「こうか?」
キジャとゼノが真顔でそんな事をやってのけるから私とジェハは大爆笑。
「鳴るではないかっ!というか、そなたも鳴っているではないかっ!」
「『ハハハハハハハッ』」
「かわいい、君達かわいい!」
「ジェハ!リン!!笑い過ぎだ!!」
「もー、バカばっかり。ヨナとリンは食べるよね。」
『私は遠慮しておくわ。』
「あ、私もお腹一杯…」
ぐぅううう…
ヨナのお腹が鳴り、近くにいた私とユンは動きを止めた。
「…聞こえた?」
「うん、聞こえちゃった。」
『はい、聞こえました。』
そして私達は3人で笑った。
―イクス、あんたが予言した高華国を揺るがす連中ってのはバカばっかりだよ…
でもお腹がすいても笑ってるバカだから、もっとデカイ困った事にも笑ってどうにかしちゃいそうだよね…―
そのとき嫌な気配が近付いてきているのを感じ取った私はヨナをぐっと抱き寄せた。
「リン!?」
『しっ…静かにしていて下さい。』
「失礼、少々お邪魔しますよ。」
そこにやって来たのは火の部族の役人達だった。
私はそちらに顔を向けずにヨナを抱き寄せたままその場からハクやジェハがいる方へ歩き出した。今走り出すと怪しまれるからだ。
「村長はどちらに?」
「そ…村長はあっちだけど…」
役人達が立ち去ると私達はユンと共に駆け出した。
「何か来たぞ。」
「隠れて!隠れて!」
「どうした。」
『役人が来た。兵士までいたわ。』
「ヤバイから絶っ対あんた達出て来ちゃダメだからね。」
「役人?」
「へー、どれどれ。」
「顔出すな、珍獣!!」
そのとき大きな音がして私達は茂みに身を隠すとそこから音がした方を見た。
するとセドルが役人に土下座をしているのが見えた。
「払えないですって?また滞納する気ですか?」
「申し訳ありません申し訳ありません。
しかし今年は米の収穫は少なく、我々が食べる分すらままならぬ状態です。その上の増税は…」
「黙りなさい。」
役人はセドルの頭を踏み付けた。
「払えないのなら子供を売り払いますよ。」
「そ、そんな…!」
この様子には私達も怒りを顕わにしていた。
まずはギチギチと音をさせながらキジャが右手を大きくして役人を睨みつけた。
―ヒィー、キジャが戦闘態勢!!―
「おっ落ち着いて、キジャ。
その手で出てったら何もしてなくてもしょっぴかれるから。ねぇ、ヨナっ!」
ただヨナもユンの隣で弓を構えていた。
―えっ、弓!?もう弓出しちゃってる!?―
「ヨ…ヨナ?ダメだからね?ヨナが見つかるのが一番ダメなんだからね!?」
「トルバル殿、ここに食料が。」
「なんだちゃんとあるじゃないですか。」
役人と兵士が見つけたのはユンが持って来た食料だった。
「米はないみたいですが…まあいいでしょう。これを運び出して下さい。」
―あれは俺がこの村の為に精一杯かき集めた食料なのに…っ―
「だめっ」
そのとき少女が役人の服を掴んだ。
「それはユンが私達に持ってきたものよ。」
「どけ、邪魔だ。」
「だめっ!!」
「丁度いいじゃないですか。その子も連れて行きましょう。
足りない税はその子を売り払って補いましょう。」
―危ない!!―
セドルの抵抗も虚しく少女は連れ去られそうになる。
「どうかお許しを…!何も知らない子供ゆえ…」
「お父さんっ!いやああっ、はなして!!」
「嫌なら米か金か用意しなさい。行きますよ。」
私はもう我慢出来ずに腰にぶら下げていた狐の仮面を着けるとジェハに手を差し出した。
するとニッと笑った彼は胸元から暗器を数個手渡してくれる。
笑みを交わすと私達は立ち上がって暗器を兵士に向けて放った。
それらは兵士の腕や足に刺さっていく。
「ぎゃっ」
「ん?」
「な…何か飛んで…」
『逃げなさい、お嬢ちゃん。』
「うん!」
少女は私の柔らかい声に反応してセドルと共に逃げた。
それを確認して私とジェハは並んで茂みから出た。
「誰だ!」
「はぁーい。」
『私達だけど、何か問題でもある?』
ジェハはのんびり手を挙げ、私は彼に寄り添って立っていた。
―ジェハーっ!?リンまで!!?―
「誰ですか?貴方達、この村の人間じゃないですね。」
「僕かい?天翔ける緑の龍とでも呼んでくれたまえ。」
「気をつけろっ」
「アホだぞ!!」
『うん、確かにアホっぽい。』
ジェハが腰に手を当てて片手を顔に寄せて身をくねらせる為、兵士達が警戒した。
私でさえ呆れるのだから彼らが警戒するのも当然だ。
「ジェハ、リン!ダメだって!!」
『ユン、物を奪うだけならまだ黙っていようかなって思ったのよ。』
「でもね、女の子に乱暴するような美しくない連中を僕達が許すと思うかい?」
「…聞かないでよ。」
「さすがユン君。」
『もうそろそろ我慢も限界なのよ。』
「それに僕は元海賊だからね。」
『あら、私もよ。』
「そうだね。だからどこに行っても役人とは相容れないらしい。」
「ったく、しょーがねェな。」
次にハクが立ち上がった。
「えっ、ちょっと!あんたはダメだよ、雷獣。面割れてんだから…」
振り返ったユンが見たのはシンアの毛皮を被って顔を隠すハクだった。
毛皮の中からはアオが顔を出している。
「えっ、雷…」
「もっと変なの出ました!」
「しかも腹鳴っている…!?」
「妖怪!?」
「仙人?」
「頭に何か住んでる…」
シンアはハクに毛皮を盗られて寒そうに震えていた。
そんなことにも構わず、ハクは勝手に名乗り始める。
「あー、俺か?俺は暗黒龍とでも呼んで…」
「いや、いいよ。そこ無理に名乗らなくて。」
「いーじゃねーか、顔出してねェし。気付かれてねェ…」
「あっ、自分あの大刀に見覚えが…」
その瞬間、ハクは大刀をポイッと捨てた。
ちなみに私の目立つ剣は茂みに置いて来ている。
だからこそ遠くにいる兵士に向けてジェハの暗器を投げつけたのだ。
「捨てたー!?」
「何だ、あの男。大刀に手がかりが…!?」
「そなた達…!妖怪共め、村の者が驚いているだろう!?」
―最終兵器が立ち上がった!!―
ついにキジャとシンアも立ち上がった。
「うわああっ!何だあの手はっ」
「化け物!?」
『キジャの登場が一番反応がいいんじゃない?』
「君の手が一番ウケてるね。」
「もうダメだ、ヨナだけでも隠れて…」
「目立っちゃうんだね、どうしても。」
「だから言ったで…」
「どうせ生きてるだけで目立つなら、思いきって目立っちゃおうか。」
「え…」
すると外套を深く被って私達の前に飛び出して来て、役人達を指さした。
「そこの鼻タレ役人(クズ)共!!」
これには私、キジャ、ジェハでさえ驚いた。
きっと表情は見えないがハクも驚いていることだろう。
ゼノもひょこっと出てきてシンアの隣に立った。
「ここが私らの縄張りと知っての狼藉かい!?」
―ヨナ―――!!!?―
「女…?」
「縄張りだと?」
「貴様ら賊か!?」
「その通りさ!!」
「もしもーしっ」
ユンの叫びはもう届かない。
「そこの食料もその子もこの村のモンは全て私らの所有物さ!!
わかったらとっととしっぽ巻いて帰んな、小僧共!!」
「ぶっは!!」
「笑うんじゃないよ、暗黒龍。」
「…失礼。」
『ふふっ、何か懐かしい。』
「聞いてもいい?懐かしいんだけど、その口調。」
私とジェハがクスクス笑いながら問うとヨナは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ギガン船長のマネ。」
「ふざけた連中ですね。」
「とっとと追い出して下さい。」
「ヨナぁ…」
「ユン、ごめんね。私、高華国の民の為に闘う覚悟はとっくに出来てるの。」
「そういう事なら仕方ないですね…」
「『お頭。』」
私とハクは声を合わせて言うと目の前の敵に飛び掛かって行った。
武器の無い私とハクは拳で闘っていく。
私は爪を出してもいいのだが、それは必要ないくらいの相手だった。
流石に剣を振り下ろされた時には爪で弾いたが、それはそれだ。
役人と兵士が皆倒れると私達は手を止めてヨナの後ろに並んだ。
「貴方達…こんな事をして…ただで済むと思ってるんですか!?」
「お前らこそこれに懲りたらもう二度とこの村に近づくんじゃないよ。今度この村に何かあったら私ら…」
「暗黒龍」
「と、ゆかいな腹へり達ー」
「……がただじゃおかないよっ」
ハクとゼノの言葉で勝手に私達の賊としての名前が決まってしまった。
「もう少しいい名前があったと思うんだけどね…」
『確かに名前が私達を表してはいるけど…』
私達は苦笑し、ユンは頭を抱えた。
―イクス、あんたの予言した連中はこれからどこへ行っちゃうわけ…?―
役人と兵士が逃げて行くとヨナはふと言った。
私は仮面をズラして頭にポンと乗せ、ハクも毛皮をシンアに返していた。
「まあ一生に一度くらい賊になる事があってもいいかな。」
「ヨナちゃん、君はちょっと前海賊の仲間だったじゃないか。」
「あ、本当ね。」
「何その転職するみたいな軽さ。」
『名乗ったからにはもうやるしかないかもしれないわね。』
「何バカ言ってんの。早く逃げるよ!
あいつら絶対また来るって!今度は兵を大勢連れて。」
「火の部族はこんな村がたくさんあるのよね?」
慌てるユンを尻目にヨナは淡々と言葉を紡ぐ。
「…そうだよ。」
「そしてどこも貧しくて税が重い。」
「…うん。」
「じゃあ私達が手の負えない賊となって縄張りを広めていく。
そうすれば不当に重い税を課せられた住民達を守れるわ。」
「そんな簡単な問題じゃないよ。
徴収が滞ればさらに厳しい取り立てになるし、しばらくは何とかなっても下手すると彩火城の兵が動くよ!」
「いつでも来ればいい。
危険を避ける程、痩せた子供や病人を見捨てるのなら本末転倒。
それに私負ける気がしないの、皆がいれば。」
彼女の言葉に私達は誇らしげに微笑む。
「でも…っ」
「ユンならきっとわかるはず、どう動けば効率よく役人に圧力をかけられるか。」
そう言われるとユンは何も言い返せなくなった。
「じゃ、まとまったところで“暗黒龍とゆかいな腹へり達”の旗上げだーいっ」
「まずその名前に圧力がないよ!!」
そうして私達は賊として活動を開始したのだった。
村人から無理矢理徴収した税を乗せた荷車を役人と兵士が持って行っているのを見つけると私達は並んで崖の上から呼び止めた。
「そこの役人共、止まりな。」
「誰だっ!?」
「ここいら一体は私らの縄張りとなった。
命が惜しけりゃ有り金全部置いていきな!!」
「賊か?」
「大した人数じゃなさそうだな。」
「おい、とっとと片付けろ。」
「よく言ったね、役人共。目ん玉ひんむいてよく見な。
私ら暗黒龍とゆかいな腹へり達の恐ろしさをね!!」
外套を深く被ったヨナの後ろに並ぶのは四龍と、笠を深く被り斧を手にしたハク、そして剣を服の中に隠し狐の面をして爪を構える私。ユンは一番端で呆れていた。
役人達を襲って私達は税を取り戻すと村へ向かった。
「なっ…何ですか、あんた方は…」
「今からここいら一帯の村は私ら暗黒龍とゆかいな腹へり達の縄張りにするのさ。
ちょいと挨拶しとこうと思ってね。死にたくなければ私らの言う通りにしな!」
「は…腹へり…?」
「この村に何も盗るものは…」
「アア!?」
賊になりきる為に周辺の村にも私達が賊である事をあらかじめ知らせておく必要がある。
私達が悪であり、村はそれに従うしかないようにしていれば役人に何か言われた時に私達の所為に出来るからだ。
「こ…これは先程役人達が持って行ったワシらの税…!?」
「痛い目に遭いたくなかったら箪笥に仕舞っときな!!」
「えっ、いい人?」
『この村の子供を残らず出しなさい。』
「こ、子供にどんなご用件で…」
『飴だよ。受け取らない奴は売り飛ばすから覚悟しな。』
私は子供と視線を合わせて飴を渡すと頭を撫でてやった。
「いい人!?」
村人達は私達を恐れつつも本当の悪だとは思わなかったようだ。
「ユン、次はどこの村へ行く?」
「そうだね。今の時期だと秋村にも役人が行くはず。」
「それは遠方か?」
「うん、少し。どうしよう、加淡村にもまた役人が来るかもだし。」
「じゃあ、僕がひとっ飛び加淡村に行って見張っとくよ。」
「あ、それ助かる。それにリンも行ってくれる?」
『ん?』
「リンなら気配に敏感だから守れるでしょ?」
『了解。』
「僕もリンなら一緒に飛ぶのも問題ないからね。」
「ヨナはここで待ってて。」
「えっ…どうして?私も行く。」
「次のとこは遠いんだ。役人が来るかもわからないし。
戦力は雷獣と…そうだな、キジャがいれば大丈夫だから。」
「じゃ、ゼノは娘さんとお留守番だからー」
そのときゼノはキジャの手に捕まった。
「そなたは闘いの最中逃げまわってるだけではないか。
今度こそ私が四龍の闘い方を教えてやる。来い。」
「えぇええええーっ」
「シンア、姫様を頼むぞ。」
こうして私達はヨナとシンアをそこの村に残してそれぞれ駆け出した。
ハク、キジャ、ゼノ、ユンは秋村へ、私はジェハに抱かれて加淡村へ。
村に着くと私は子供達の相手をしてやり、ジェハは重い荷物を運ぼうとしていた老人に手を貸してやるのだった。
「リン、何か感じるかい?」
『今のところは何も。』
「お姉ちゃん~!!」
『うん?どうしたのかな?』
「こっち来て~」
「遊ぼうよ!!」
『構わないけど…私は賊だぞ~~!!』
「「「うわ~~!!」」」
『ふふっ』
私が子供達を追いかけると彼らは悲鳴を上げながらも楽しそうに逃げていく。
「無邪気な君も可愛いよ、リン。」
「あの子はあんたの恋人かい?」
「え?」
「さっきからあの子を見ては優しく笑っているからそうなのかと思っただけさ。」
荷物を抱え直したジェハに年老いた女性が柔らかい声で問う。
目を丸くしたジェハだったがすぐに微笑んだ。
「そうだよ…リンは僕にとってかけがえのない女の子だ。」
村に残されたヨナとシンアは並んで座った。
「仕方ないわよね、私は戦力外だもの。」
ヨナはそっとシンアの剣に手を伸ばすが、気配を察知され彼に逃げられる。
「お願いっ、シンア。刀を貸して。練習したいの。」
だが、シンアは勢いよく首を横に振る。
「も~~~じゃあ…シンアの剣さばきを見せて。」
するとシンアが剣を静かに且つ繊細に振るう。
―シンアの剣は速くてキレイ…
私が剣を扱えるようになるには、筋力とあの速さを手に入れなきゃ。
技は見て覚えよう、ひとつも逃さず…―
「…シンアはどうして剣を手に取ったの?龍の目を持っているのに。」
するとシンアはピクッとして動きを止めた。
「話したくなかったらいいの。」
「…剣を教えてくれた人が眼の力は使ってはいけない…って。」
「どうして?」
「諸刃の剣…だから。」
「…それは自分も傷つくって事?」
「…」
「シンアの力は一体どんな力なの?」
彼は哀しく辛い過去を思い出して頭を抱えてしまう。
ヨナは申し訳なくなりシンアを抱き締める。
「シンア、ごめんね…もう…聞かないから。」
ヨナがシンアの仮面をそっと外そうとすると彼は顔を背けた。
「仮面外すのはダメ?
シンア、力なんて使わなくていいの。ただ私はシンアの目を見て話がしたい。」
振り返ったシンアを真っ直ぐ見つめてヨナはニコッと笑う。
「いつかでいいの。シンアの笑顔私に見せてね。
口の端を上げて“にこっ”って。きっと可愛いわ。」
「暗黒龍とゆかいな腹へり達ーっ…のお頭のお姉ちゃん。」
彼らの所に子供がやってきた。
「…な、何だい。」
「飴ちょうだい。」
「飴…はもうない。」
ヨナ、シンア、そして子供のお腹が鳴ったためヨナは立ち上がった。
「待ちな、鳥を仕留めてやる。」
「笑顔だって、どうしよ。」
シンアはアオに問いながら指で口の端を持ち上げてみたのだった。
「暗黒龍とゆかいな腹へり~」
「賊が出たぞ、退治しろーっ」
「剣を奪えーっ」
子供達に囲まれてシンアは一瞬にして剣を彼らに盗られてしまった。
それを必死に追いかけた。だが、逃げられてしまう。
シンアでもきっと油断してしまったのだろう。
「賊って弱っちいなあ。」
「な。」
「よお、ぼうず。」
そのとき子供達の背後に多くの男が立った。
「この村の酒と肉ありったけ欲しいんだけど。」
「あと女。」
「親連れて来い。」
子供達はその男達も私達の仲間だと思う剣を向けて笑った。
「また出たな、腹へりーっ」
「退治してやるーっ」
そして子供のうち1人は剣で刺されてしまったのだった。
シンアの剣は男に奪われてしまう。
ヨナは空を見上げて弓を手に鳥を探す。
「うーん、鳥がいない…」
「お頭のお姉ちゃん、お腹すいた。」
「待ちな、探して来るから。…ハク達遅いなぁ。」
「きゃああああぁ」
―何!?役人!?―
「テシク!!テシクーっ」
子供が人混みの真ん中で血まみれで倒れていた。
「おいおい、俺は悪くねェぜ。
そのガキが先に刃物向けやがったんだから。」
―まさか、本物の盗賊!?あれはシンアの刀…!どうして…―
「まあいい、この村のありったけの酒と肉を用意しろ。
逆らったらそのガキみたいになんぞ。」
―あの子が死んじゃう…ユン、早く戻ってきて…!―
するとヨナの服の裾を少年が掴む。
「お…お頭のお姉ちゃん。この村は暗黒龍とゆかいな腹へり達の縄張りなんでしょう?
役人をやっつけたみたいにあいつらをやっつけて!」
「…」
「もういいよ!」
「あっ、行っちゃダメ!!」
ヨナは弓を持って近くの家の屋根に上ってそこから放った。
―ハク…リン…みんなどうか力を…勇気を貸して!!―
「出ていけえええっ」
矢は盗賊の男の腕を掠めたのだった。
腕を射られた男は倒れて矢が跳んできた方を見上げた。
「いってェ!!ちくしょ、誰だ。ぶっ殺す。」
「あんたらこそぶっ殺されないうちに帰んな!!
ここは私ら暗黒龍とゆかいな腹へり達の縄張りだよっ
あんたら三流盗賊にくれてやるモンなんか何もないね!!」
「あんこくりゅうと腹……?悪ィ、何つった?」
「二度とは言わないよ、鼻タレ小僧!」
「女だな。おいっ」
盗賊の一人が静かに裏へ回った。ヨナが女だと気付き捕えようとしているのだ。
「とっとと出て行かないと今度はこの矢がお前らの脳天貫くよ!!」
「おいおい、落ちつけよ。俺らが何したってんだ。」
「ふざけるな、子供を…」
そのとき背後から盗賊の一人に足首を掴まれ、ヨナは下へと引き摺り落とされた。
「きゃああああああっ」
「あーあ、乱暴にすんなよ。」
「殺っちまったか?」
「生きてるぜ。」
外套を外させるとヨナの顔を確認できた。
盗賊達はヨナを気に入って連れ去る事に決めた。
「期待以上じゃねーか。」
「こりゃいい。この辺、ババアばっかだからな。」
「酒だよ!とっとと持って来い。」
ヨナは屋根から落ちた事で失っていた意識の中、心の内側で呼んだ。
―シンア…―
そのとき剣を持って行った子供達を探していたシンアが騒ぎを聞きつけて村へ戻って行った。
「食い物あるだけ奪え!」
「役人が来ると面倒だ。早くしろ。」
村に辿り着いたシンアの目に映ったのは盗賊の肩に担がれたヨナだった。
それに怒りを感じたシンアは盗賊に襲いかかり素手で次々と倒していった。
「な…何だ、あの仮面男は…」
「ヨナを…その人を返せ。」
「この女の仲間か。相手は丸腰だ、とっとと殺れ。」
拳で闘う事に慣れていないシンアは少しずつ盗賊にやられていく。
「おい、強ェぞ。」
「手練れかもしれんが、丸腰じゃ時間の問題だろ。」
そのとき盗賊の一人がシンアの脇腹に剣を突き刺した。
―ヨナ…―
シンアはそのまま地面へと倒れてしまった。それと同時にヨナは意識を取り戻す。
「ハッ!」
「おっ!起きたかい、嬢ちゃん。今いい所だぜ。あの妙な面の男は知り合いか?」
「シンア!放してぇえぇっ」
「暴れんな、めんどくせぇ。これからあいつが死ぬとこだ。よく見とけ。」
「やめて!物が欲しいだけならもういいでしょう!?
シンアを…人を傷つけたりしないで!!」
「うるせェ!!」
盗賊はヨナの頬をバシッと叩いた。
「お前だって俺に矢を射っただろうが!!」
「それはお前が子供を…」
「そうだぜ、嬢ちゃん。
火の土地ではな、人間の命は木の葉のように軽いのよ。殺らなきゃ殺られる。
飢え死にしたくないなら、快楽を手にいれたいなら、他の奴を殺してでも奪う。」
「そんなやり方は間違ってる。」
「どう生きろってんだ。こんな希望のない地でそれ以外俺らにどう生きろってんだよ。
人を殺したくなる程の飢えをあんたは知ってるかい。」
「おい、その仮面男はテキトーにたたんどけ。俺らは先に行く。」
「シンア!やめて、殺さないで!シンア!!」
―悔しい悔しい!私には何の力もない。
彼らにこう生きよと導く術もない…今ひとりの大事な人も救えない!!―
ヨナはずっとシンアを呼び続けた。
―ヨナが呼んでる…ヨナが泣いてる…ヨナをかえせ!―
シンアは倒れたまま動かなくなった。
「死んだか?」
「トドメは俺にやらせろ。」
「待て。」
短剣を構えた盗賊を別の盗賊が止める。
「殺る前に面見せろ、妙な面つけやがって。恐くて泣いてんじゃねェの。」
盗賊がシンアの面を取ると彼の黄色く美しい瞳が現れた。
その眼を見た瞬間、盗賊達は動きを止めてしまう。
「お…黄金の眼…!?」
「な…なんだこいつの眼…」
「目が…そらせない…体が…体が動か…な…」
シンアはゆっくり立ち上がり、その眼を見た盗賊達はバタバタと倒れていった。
「よ…よせ…見る、な…」
シンアの意志と反して盗賊達は倒れ、彼自身はヨナを連れ去ろうとしている盗賊に歩み寄っていく。
「う…あ…」
「なに…」
シンアの眼に見つめられた男達はただ怯えるばかり。
彼自身は目を閉じる事も出来ずにいるのだった…
ユンは久しぶりにイクスの隣で眠り、キジャ、シンア、ゼノは並んで横になっている。
ゼノが隣にいるキジャを少し殴っているがまぁ、放っておこう。
私はジェハの横にすっと入りこんで彼の腕に抱かれて眠っていた。
ハクは壁に背中を預けて寝ていたのだが、そんな彼に誰かが歩み寄ってきた。
そして彼の腰にある短刀に手を掛けた。だが、その手は彼の手に捕まる。
「何してんだ、姫さん。」
「お、おはようハク…」
朝になって皆が起きるとヨナとハクは外に出た。
そこで短刀を盗ろうとした理由を問うつもりなのだろう。
「剣術を教えてほしい?」
ヨナはコクンと頷いた。私はというとジェハと共にのんびり横になって彼らの会話を聞いていた。
「何か面白い物でも聞こえるのかい、リン?」
『うん?』
ジェハは隣にいる自分を相手にしてくれない私に痺れを切らしてこちらにやってくると額に口付けを落とす。
『ちょっとね、姫様がまた何かを考えてるみたいで。』
「ふぅん…でも今は僕の相手をしてほしいな。」
『はいはい、仰せの儘に。』
彼の頬を撫でて額を当てると彼は嬉しそうに少年のように笑った。
きっとイクスは私とジェハの関係を既に知っていて喜んでいることだろう。
緑龍と黒龍の関係も元々知っていたのかもしれない。
その頃、ハクはヨナに向き合っていた。
「教えを乞おうとする人間は寝てる奴の懐弄って剣盗んだりしません。」
「ちょっと借りようと思ったの。」
「盗っ人には貸しません。俺ァ寝る。」
「待って。私が悪かった。真面目に言うわ。
ハク、剣を教えて。私強くなりたい。どうしても力が欲しいの。」
「…前にそれで弓を渡しましたよね?」
「弓の練習を怠るつもりはないわ。
でももしもの時の為に剣も使えた方が良いと思うの。お願い、ハク。」
ハクはヨナの真剣な眼差しを見て少しだけ寂しそうな顔をした。
「剣は…渡しません。」
「ハク!お願い、私一刻も早く…」
「それよりお肌のお手入れでもしたらどうです?
日に焼けてボロボロで元々無かった色気がついにゼロですよ。」
「な…」
「これで剣なんか持ったら本当に嫁の貰い手ありませんよー」
「あっ、ハク!待ちなさい!!」
ハクはそう言い残しさっさと立ち去った。
「…ハクのバカっ」
次にヨナはシンアに声を掛けた。
「剣…」
「そう、剣術を教えてほしいの。シンアは剣士でしょう?シンアは誰に剣を習ったの?」
「…昔側にいた人…あと実戦で…」
「実戦!?その実戦で培った剣術を私に教えて、シンア。」
シンアの剣を握ったヨナは緊張していた。
―重い…そして長い…いや、なんのこれしきっ!―
彼女はブンブンと剣を振るうが、それは傍から見れば彼女が剣に振り回されているよう。
「たあっ!」
彼女が木に剣を刺そうとすると手が滑って切ってしまった。
「痛っ…そっか。この刀、格がないんだわ。」
格というのは柄と刀身の間にある手が刀身へとズレるのを防ぐもののことだ。
「シンア、まずは構えを…」
彼は目を光らせて立っていた。ヨナが手を怪我した事を見逃さなかったのだ。すぐに剣を取り上げて鞘に片付ける。
「シ…シンア?えっ、ちょっと…シンア、あの…刀を…」
彼は首をふるふると横に振って駆け出した。
「怪我なら大丈夫よ。ちょっと切っただけ…あ!!待ちなさい、シンア!!」
それから追いかけっこが始まったが、やはりと言うべきかシンアが逃げおおせた。
「に…逃げられた…他に剣を教えてくれそうな人は…」
彼女は周囲を見回してキジャ、ゼノ、イクスを見つけるが却下した。
「キジャはダメだわ。絶対反対する。」
『姫様?』
「ヨナちゃん。」
そこに私達が声を掛けた。彼女がキョロキョロする様子が可愛らしかったからだ。
「リン…ジェハ…」
「どうしたの、息切らして。」
『何かお探しですか?』
ハクが釣りに行って周囲にいないことを確認すると彼女は私達の背中を押した。
「ちょっとこっち来て。」
「『え?』」
「きゃっ」
すると彼女に押される形で私達は茂みの中に倒れ込んだ。
「何?逢い引きなら付き合うけど。」
「ちがうの!」
『ジェハ…』
「ごめんごめん。」
彼はクスクス笑いながら私の髪に頬を寄せて微笑む。そのまま私はヨナに問うた。
『それより姫様、どうなさいました?』
「ハクには内緒だから静かに聞いてね。」
「はいはい。」
「リンは剣をいつも持ってるけど…ジェハ、剣持ってる?」
「剣?そうだな、暗器ならいくつかあるけど。」
彼が上着の前を開くとあらゆるところに様々な形状の暗器が隠されていた。
『す、凄い…』
「見えない所にも隠してあるよ。」
『どうして私は抱き締められても痛くないのかしら…』
「内緒♡」
『姫様は剣で何をするつもりなのですか?』
「狩猟?暗殺?」
「剣術を教えてほしいの。」
『剣術…?』
―さては姫様…ハクに剣を与えてもらえなかったわね…?―
「ハクには断られたけど、私剣を扱えるようになりたいの。お願い、私に剣を教えて。」
ヨナの目を私とジェハは真っ直ぐ受け止めていた。
私はハクと似た寂しい表情を一瞬だけ見せた。その顔に息を呑んだのはヨナだった。
―今の顔…ハクと同じ…―
「リン…?ジェハ…?」
「なるほど…それはハクは断るさ。」
「なぜ?」
『なぜ?わかっていないフリなんてズルイですよ、姫様。』
「私は…」
「強くあろうと足掻く君は嫌いじゃないよ。
そんな君だから危なっかしくて僕はついて来ちゃったわけだけど。」
『剣は弓と違って接近戦で男相手に姫様の力では無理があります。
私でさえ耐えられない時が少なくありません。それでもここまでやって来れたのはハクや仲間がいてくれたから。
そしてここまで鍛えてくれたハクやじいやのお蔭です。
それが姫様…あなたのような大切に育てられ武器をつい最近まで持たなかった少女が闘うなんて危険なことこの上ありません。』
「わかってる。だからこそちゃんと習って…」
「僕がハクなら自分を盾にしてでも君を決して危険にさらしたくない。
君にはずっと誰より安全で幸せな場所に居てほしいけどね。」
「…それはダメよ。」
「そうだね。ある意味君を縛る様な言い分だ。…本当にどこかに縛っておきたいかも。」
彼の言葉に私とヨナはきょとんとした。彼らしくない言葉だったからだ。
『ジェハ…?』
「どこかに閉じ込めて、君を他の男に見せたくない、なんてね。」
「見せたくない?誰の話?」
「…もちろん、君を独占したいハクのハナシ…」
そのときジェハの背後にハクが唐突に現れ釣り糸でジェハの首を絞め始めた。
「勝手なことぬかしてんな、タレ目。」
「ハク!?」
「こんな所で何やってんすか。」
「えっ、えーと…逢い引きよ。」
「ヨナちゃん、今そんな事言ったら僕の首はチョンパされてしまうよ…」
『あ、ハク!ホントにジェハが死んじゃう!!』
「一度死んじまえ。」
『ダメだってば…』
ジェハの首に少しだけ赤い線が引かれた。私は溜息を吐くと爪を出して釣り糸を切った。
「た、助かったよ、リン…」
『はぁ、馬鹿。』
「じゃ、私はこれでっ」
「姫さん!」
ヨナが逃げハクもその後ろを追いかけた。
ジェハは小さく息を吐くと私の腕を引きながら地面に横になった。
突然引っ張られた私は驚くばかり。
『きゃっ…』
彼の上に抱き止められそのまま寝転がる事になる。
彼の胸に手を置いて彼の顔を見上げる。
『ジェハ?』
「…らしくない。“どこかに閉じ込めて~”なんてくだらない常套句、大嫌いなはずなんだけどな。」
『確かに…ジェハらしくない一言だったわね。』
「君もそう思うだろう?…ん?」
『どうしたの?』
「…短剣が一本ない。」
『やられたわね…姫様に一本取られたわ。』
ヨナはジェハから無断で拝借した短剣を両手で握って森の中に立っていた。
「このくらいの短剣なら振れるかしら。」
―誰も教えてくれないなら、自分で覚えていくしかない…―
それから彼女は一心に剣を振るった。
暫くして雨が降り始め、私とジェハは急いでイクスの家へと戻った。
ハクも家へ戻ろうとしていたが、途中風を切る音が聞こえてそちらへ足を向けた。
彼が見たのは息を呑む程真剣で吸い込まれそうな目をして短剣を振るうヨナの姿だった。
ハクは自分の短剣を抜くと彼女の剣を受け止めた。
「…剣の練習ですか?」
「ハク…」
「…カゼひきますよ。岩陰に行きましょう。」
2人は岩陰に入って雨が止むのを待つ事にした。
「やまねェな。川が氾濫しないといいが。
姫さん寒くねェか?…はい、どう見てもガタブルですね。」
ヨナは体を小さくして膝を抱えるとガタガタ震えていたのだ。
「雨の中汗かくまで剣振ってるからですよ。俺の言う事無視して。」
「う…」
「どうしますか?濡れた服脱ぎますか?脱がせますか?」
「ハク、怒ってる?怒ってるのね。」
彼はすっと立ち上がると自分の上着を脱いでヨナに頭から被らせた。
「…怒ってませんよ。少し恐いだけだ。」
「私が剣を使うと危ない目にあうかもしれないから?」
ハクはそっとヨナの隣に座った。その表情は一向に晴れそうにない。
私はというとイクスの家で外を眺めていた。
「雨降ってきたね…ヨナと雷獣は何処行ったんだろ…」
『大丈夫…岩陰にいるみたいだから。』
「聞こえるの?」
『気配とちょっとした会話が聞こえただけよ。』
私はそう言い残して軒下に出た。
ヨナとハクの会話から2人の哀しい程の願いが感じ取れて泣いてしまいそうだったからだ。
「私もハクが危ない目にあうのは恐いよ。
ハクだけじゃなくて、リンもだけど…
だからこそ絶対にハクやリンを盾にしたくないの。」
―姫様…―
私は軒先に膝を抱えて座り静かに涙を流し肩を震わせていた。
「…あのタレ目に何か言われましたか?」
「ふふ。ハクは私をどこかに閉じ込めて他の男に見せたくないんだとか言ってた。」
―あのクソタレ目、殺す…―
「あのさ、姫さん。あのタレ目の言う事は…」
「うん、嘘でしょ。」
「…」
あまりにきっぱり言われてハクもぽかんとする。
「そんなのわかってるよ。ハクが私を他の男に見せたくないとか。なんか謎だし。」
「…あぁ、嘘ですよ。むしろ真逆。」
―えぇ…真逆ね、ハク…―
私は彼の言いたい事を感じ取って思っていた。
「俺は…きっとリンだって見せてやりてェよ、あんたを。
ムンドクのジジイに、イル陛下に、あんたを城から追い出した馬鹿野郎共に、高華国中の民に。
“見ろ、これがヨナ姫だ。髪を捨て、剣を取り、この国を支えんと誰よりも強く生きている。ヨナ姫はここにいる”ってね。」
ヨナはハクの言葉と嘘偽りない笑顔に涙を流した。
「なに…らしくないこと…言ってるの…」
「…ですね、忘れて下さい。」
ハクは照れたように顔を隠す。だがヨナの嬉しそうな笑顔を見て言って良かったと心底思ったのだった。
「…もう遅いわ。忘れない。」
―ごめんね、ハク。それにリンだってきっと私が剣を持つ事は願ってないだろうけど…雨があがったら私はまた剣をとるわ…―
私はヨナとハクの事を…そして遠くにいる昔の友を想い泣き続けていた。
強くあろうと足掻くヨナ、
守りたいけれど彼女は自分が盾となる事を望まないと知っているハク、
自分がやるべき事があると私達を裏切ったスウォン、
そして皆の願いを知りながらただ涙を流し目の前の敵を倒す事しかできない私…
そんな哀しくどこか残酷な現実を私は見つめ泣くばかり。
そのとき私は背後から誰かに抱き締められた。
『っ…?』
「リン…」
それはジェハだった。彼は私の名前を何度も優しく呼んでくれた。
「リン…今は泣いてもいい…誰もその涙を見る者はいないよ。
僕はここにいるから…君が迷うなら僕が呼んであげる…何度でも何度だって…
だから今は自分に正直になっていいんだ…」
『ジェ…ハ…』
「君は独りじゃないんだから…もっと頼ってくれていいんだよ?
僕だけじゃなくてキジャ君やシンア君、ゼノ君にユン君…皆君の味方だ。」
『うん…っ』
「リン…愛してるよ、リン…」
私は耐えられず彼の腕の中で身体を反転させると彼に抱き着いて縋り付くように泣いたのだった。
彼は甘く優しく微笑んで私の髪を片手で撫で、もう一方の手を背中に回してくれる。
そのまま私達は雨の降る中抱き合っていた。
「お、雨あがってきた。姫さん…」
岩陰ではヨナが疲れ果ててハクにもたれかかるようにして眠っていた。
ハクは彼女を抱き寄せてそっと額に口付けを落としたのだった。
雨も止んだ翌朝、ユンは私達が皆眠っている間に野菜などを荷車に乗せて出掛けようとしていた。
「このくらいかな。」
寒さの中出掛けようとしたユンをイクスが呼び止める。
「ユン君。皆は?」
「まだ寝てるよ。行くのかい?」
「うん。」
「僕も行っちゃダメ?」
「ダメだよ。イクスはここにいて。所詮こんなの自己満足の偽善だから。」
「違うよ。」
イクスは自嘲気味に笑うユンをそっと抱き寄せた。
「違う。ユン君はやさしい子だよ。」
ユンは照れながらも自分を認めてくれるイクスの優しさに安心するのだった。
その後、火の部族加淡村へ向かうとそこにいた子供達がユンに気付く。
「あ、ユンだ。」
「ユンー」
「久しぶり。元気だった?」
「お腹すいた…」
「うん、すぐに温かいもの作ってあげるよ。
ミレイおばさん、具合どう?薬持って来たよ。」
「なんだ、来たのかい。もう来ないかと思ったよ。」
ユンは次々と村人達に声を掛けていく。
「ユン。」
「セドルおじさん!」
「久しぶりだな。だいぶ顔を見せなかったから心配していたよ。」
「ちょっと遠くに行ってたんだ。どう?調子は。」
「ここは見ての通り食い物も少ないし病人や老人ばかりだよ。
それなのに税ばかり重くなりやがる。」
「また増税?」
「あぁ、取り立てが厳しくてね。これ以上どうしろって言うんだ。」
「差し入れがあるんだ、皆に配るよ。」
「すまねぇ…ところで後ろの奴らは友達か?」
「え?」
ユンが振り返ると私達が笑顔で立っていた。
「なんでいるの!?」
『ユンが行くのに気付かないわけないでしょ?』
「ユンがこっそり出て行くから気になって。」
「私は姫様のお供を。」
「ゼノは青龍のモフモフについて来たのね。」
「帰って!」
「ユン君、お腹がすきました。」
「ユン君、今朝はシソ粥にしてくれないかい。」
「即帰れ、ごくつぶし。」
ユンに帰れと言われて皆シンアの毛皮に擦り寄った。
「ホントだ、あったかい。」
「ねー」
「聞いてるの!?珍獣共っ!」
「この村のお手伝いをしてるんでしょ。手伝うわ。」
「ダメ、目立つんだよ!」
「目立たないよう頑張るから。」
『…無理だろうけど。』
「もう生きてるだけで目立つから!ここは病人もいるし治安も悪い。
お姫様の来るような所じゃないんだ。」
「ユン…私が高華の姫でイル王の娘だからこそ来るべき場所だと思うの。」
ヨナの迷いのない言葉にユンは目を見開く。
「父上の行ってきた事の結果を私は知りたい。」
私達はそろって口角を上げるとユンに笑みを贈った。
それを見てユンは嬉しいやら照れくさいやら。
「わかったよ、手伝って。」
そうして私達はそれぞれ作業に移った。
私、ヨナ、ユンは冷たい水でたくさんの食器を洗った。
「…っっ」
『おっ…冷たぃ…』
「嫌なら帰っていいんだよ。」
「へ、平気。つ、冷たいくらい…」
『慣れてきた…』
食器を洗い終えると私達は火を起こして料理を作り始める。
キジャとゼノは薪を運び、シンアは子供の相手、ハクとジェハは屋根を修理していた。
「この村はユンの生まれた村?」
「ううん。ここはいつも物々交換をしていた人達の村なんだけど、最近は交換する物もない暗い生活に困ってて。
今は俺が時々薬や食料を届けてるんだ。旅に出てる間気になってたけど良かった、皆無事で。」
「人里めんどいって言ってたけど、ユンはこうやって皆を守ってたんだね。」
「気休めだよ。」
『ユン…』
「リンはわかってるでしょ?」
『えぇ…火の部族は貧しい土地ばかりで一つを助けたとしても他は飢えてて、一日分の食料を届けても明日の物はない…』
「もっと根本から変えなきゃダメだ。わかってるけど、俺にはどうしようもない。」
料理が完成に近付くとユンは立ち上がってハクとジェハを呼んだ。
「おーい、雷獣達。そろそろご飯だから降りてきなよ。」
「あー、俺ァいいわ。さっき川で魚を山ほど捕まえて食ったから。」
「えっ、何それっ!たくさん捕まえたなら皆に分けてよねっ」
「悪ィ悪ィ。」
「ったくもー…」
―あれ、この辺に川なんてないよな…―
「あ、キジャ。」
「私もハクと共に魚を馳走になり腹一杯だ。」
「鳴ってるよ、思いっきり鳴ってるよ。」
キジャのお腹は正直で空腹を訴えて鳴っていた。
「こここここれは私の腹の音ではなくてだな、どこかで雷が…」
「てめェの音だろ、白蛇。」
ハクが屋根の上からキジャに向けて縄の束を投げつけた。
「無礼者、何をする!」
「修業が足りねーんだよ、腹の虫を止める修業が。」
ハクの隣でジャハは肩を震わせている。
「ぷくくくくっ…くくくくくくっ…」
『ジェハ笑ってる?』
「ハハハハッ、そう言ってるリンこそ。」
『ふふっ、だってキジャったら可愛いんだもの。』
「腹の虫を止める修業だと…!?」
「へその辺りにぐっと力を込めると良いから。」
「こうか?」
キジャとゼノが真顔でそんな事をやってのけるから私とジェハは大爆笑。
「鳴るではないかっ!というか、そなたも鳴っているではないかっ!」
「『ハハハハハハハッ』」
「かわいい、君達かわいい!」
「ジェハ!リン!!笑い過ぎだ!!」
「もー、バカばっかり。ヨナとリンは食べるよね。」
『私は遠慮しておくわ。』
「あ、私もお腹一杯…」
ぐぅううう…
ヨナのお腹が鳴り、近くにいた私とユンは動きを止めた。
「…聞こえた?」
「うん、聞こえちゃった。」
『はい、聞こえました。』
そして私達は3人で笑った。
―イクス、あんたが予言した高華国を揺るがす連中ってのはバカばっかりだよ…
でもお腹がすいても笑ってるバカだから、もっとデカイ困った事にも笑ってどうにかしちゃいそうだよね…―
そのとき嫌な気配が近付いてきているのを感じ取った私はヨナをぐっと抱き寄せた。
「リン!?」
『しっ…静かにしていて下さい。』
「失礼、少々お邪魔しますよ。」
そこにやって来たのは火の部族の役人達だった。
私はそちらに顔を向けずにヨナを抱き寄せたままその場からハクやジェハがいる方へ歩き出した。今走り出すと怪しまれるからだ。
「村長はどちらに?」
「そ…村長はあっちだけど…」
役人達が立ち去ると私達はユンと共に駆け出した。
「何か来たぞ。」
「隠れて!隠れて!」
「どうした。」
『役人が来た。兵士までいたわ。』
「ヤバイから絶っ対あんた達出て来ちゃダメだからね。」
「役人?」
「へー、どれどれ。」
「顔出すな、珍獣!!」
そのとき大きな音がして私達は茂みに身を隠すとそこから音がした方を見た。
するとセドルが役人に土下座をしているのが見えた。
「払えないですって?また滞納する気ですか?」
「申し訳ありません申し訳ありません。
しかし今年は米の収穫は少なく、我々が食べる分すらままならぬ状態です。その上の増税は…」
「黙りなさい。」
役人はセドルの頭を踏み付けた。
「払えないのなら子供を売り払いますよ。」
「そ、そんな…!」
この様子には私達も怒りを顕わにしていた。
まずはギチギチと音をさせながらキジャが右手を大きくして役人を睨みつけた。
―ヒィー、キジャが戦闘態勢!!―
「おっ落ち着いて、キジャ。
その手で出てったら何もしてなくてもしょっぴかれるから。ねぇ、ヨナっ!」
ただヨナもユンの隣で弓を構えていた。
―えっ、弓!?もう弓出しちゃってる!?―
「ヨ…ヨナ?ダメだからね?ヨナが見つかるのが一番ダメなんだからね!?」
「トルバル殿、ここに食料が。」
「なんだちゃんとあるじゃないですか。」
役人と兵士が見つけたのはユンが持って来た食料だった。
「米はないみたいですが…まあいいでしょう。これを運び出して下さい。」
―あれは俺がこの村の為に精一杯かき集めた食料なのに…っ―
「だめっ」
そのとき少女が役人の服を掴んだ。
「それはユンが私達に持ってきたものよ。」
「どけ、邪魔だ。」
「だめっ!!」
「丁度いいじゃないですか。その子も連れて行きましょう。
足りない税はその子を売り払って補いましょう。」
―危ない!!―
セドルの抵抗も虚しく少女は連れ去られそうになる。
「どうかお許しを…!何も知らない子供ゆえ…」
「お父さんっ!いやああっ、はなして!!」
「嫌なら米か金か用意しなさい。行きますよ。」
私はもう我慢出来ずに腰にぶら下げていた狐の仮面を着けるとジェハに手を差し出した。
するとニッと笑った彼は胸元から暗器を数個手渡してくれる。
笑みを交わすと私達は立ち上がって暗器を兵士に向けて放った。
それらは兵士の腕や足に刺さっていく。
「ぎゃっ」
「ん?」
「な…何か飛んで…」
『逃げなさい、お嬢ちゃん。』
「うん!」
少女は私の柔らかい声に反応してセドルと共に逃げた。
それを確認して私とジェハは並んで茂みから出た。
「誰だ!」
「はぁーい。」
『私達だけど、何か問題でもある?』
ジェハはのんびり手を挙げ、私は彼に寄り添って立っていた。
―ジェハーっ!?リンまで!!?―
「誰ですか?貴方達、この村の人間じゃないですね。」
「僕かい?天翔ける緑の龍とでも呼んでくれたまえ。」
「気をつけろっ」
「アホだぞ!!」
『うん、確かにアホっぽい。』
ジェハが腰に手を当てて片手を顔に寄せて身をくねらせる為、兵士達が警戒した。
私でさえ呆れるのだから彼らが警戒するのも当然だ。
「ジェハ、リン!ダメだって!!」
『ユン、物を奪うだけならまだ黙っていようかなって思ったのよ。』
「でもね、女の子に乱暴するような美しくない連中を僕達が許すと思うかい?」
「…聞かないでよ。」
「さすがユン君。」
『もうそろそろ我慢も限界なのよ。』
「それに僕は元海賊だからね。」
『あら、私もよ。』
「そうだね。だからどこに行っても役人とは相容れないらしい。」
「ったく、しょーがねェな。」
次にハクが立ち上がった。
「えっ、ちょっと!あんたはダメだよ、雷獣。面割れてんだから…」
振り返ったユンが見たのはシンアの毛皮を被って顔を隠すハクだった。
毛皮の中からはアオが顔を出している。
「えっ、雷…」
「もっと変なの出ました!」
「しかも腹鳴っている…!?」
「妖怪!?」
「仙人?」
「頭に何か住んでる…」
シンアはハクに毛皮を盗られて寒そうに震えていた。
そんなことにも構わず、ハクは勝手に名乗り始める。
「あー、俺か?俺は暗黒龍とでも呼んで…」
「いや、いいよ。そこ無理に名乗らなくて。」
「いーじゃねーか、顔出してねェし。気付かれてねェ…」
「あっ、自分あの大刀に見覚えが…」
その瞬間、ハクは大刀をポイッと捨てた。
ちなみに私の目立つ剣は茂みに置いて来ている。
だからこそ遠くにいる兵士に向けてジェハの暗器を投げつけたのだ。
「捨てたー!?」
「何だ、あの男。大刀に手がかりが…!?」
「そなた達…!妖怪共め、村の者が驚いているだろう!?」
―最終兵器が立ち上がった!!―
ついにキジャとシンアも立ち上がった。
「うわああっ!何だあの手はっ」
「化け物!?」
『キジャの登場が一番反応がいいんじゃない?』
「君の手が一番ウケてるね。」
「もうダメだ、ヨナだけでも隠れて…」
「目立っちゃうんだね、どうしても。」
「だから言ったで…」
「どうせ生きてるだけで目立つなら、思いきって目立っちゃおうか。」
「え…」
すると外套を深く被って私達の前に飛び出して来て、役人達を指さした。
「そこの鼻タレ役人(クズ)共!!」
これには私、キジャ、ジェハでさえ驚いた。
きっと表情は見えないがハクも驚いていることだろう。
ゼノもひょこっと出てきてシンアの隣に立った。
「ここが私らの縄張りと知っての狼藉かい!?」
―ヨナ―――!!!?―
「女…?」
「縄張りだと?」
「貴様ら賊か!?」
「その通りさ!!」
「もしもーしっ」
ユンの叫びはもう届かない。
「そこの食料もその子もこの村のモンは全て私らの所有物さ!!
わかったらとっととしっぽ巻いて帰んな、小僧共!!」
「ぶっは!!」
「笑うんじゃないよ、暗黒龍。」
「…失礼。」
『ふふっ、何か懐かしい。』
「聞いてもいい?懐かしいんだけど、その口調。」
私とジェハがクスクス笑いながら問うとヨナは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ギガン船長のマネ。」
「ふざけた連中ですね。」
「とっとと追い出して下さい。」
「ヨナぁ…」
「ユン、ごめんね。私、高華国の民の為に闘う覚悟はとっくに出来てるの。」
「そういう事なら仕方ないですね…」
「『お頭。』」
私とハクは声を合わせて言うと目の前の敵に飛び掛かって行った。
武器の無い私とハクは拳で闘っていく。
私は爪を出してもいいのだが、それは必要ないくらいの相手だった。
流石に剣を振り下ろされた時には爪で弾いたが、それはそれだ。
役人と兵士が皆倒れると私達は手を止めてヨナの後ろに並んだ。
「貴方達…こんな事をして…ただで済むと思ってるんですか!?」
「お前らこそこれに懲りたらもう二度とこの村に近づくんじゃないよ。今度この村に何かあったら私ら…」
「暗黒龍」
「と、ゆかいな腹へり達ー」
「……がただじゃおかないよっ」
ハクとゼノの言葉で勝手に私達の賊としての名前が決まってしまった。
「もう少しいい名前があったと思うんだけどね…」
『確かに名前が私達を表してはいるけど…』
私達は苦笑し、ユンは頭を抱えた。
―イクス、あんたの予言した連中はこれからどこへ行っちゃうわけ…?―
役人と兵士が逃げて行くとヨナはふと言った。
私は仮面をズラして頭にポンと乗せ、ハクも毛皮をシンアに返していた。
「まあ一生に一度くらい賊になる事があってもいいかな。」
「ヨナちゃん、君はちょっと前海賊の仲間だったじゃないか。」
「あ、本当ね。」
「何その転職するみたいな軽さ。」
『名乗ったからにはもうやるしかないかもしれないわね。』
「何バカ言ってんの。早く逃げるよ!
あいつら絶対また来るって!今度は兵を大勢連れて。」
「火の部族はこんな村がたくさんあるのよね?」
慌てるユンを尻目にヨナは淡々と言葉を紡ぐ。
「…そうだよ。」
「そしてどこも貧しくて税が重い。」
「…うん。」
「じゃあ私達が手の負えない賊となって縄張りを広めていく。
そうすれば不当に重い税を課せられた住民達を守れるわ。」
「そんな簡単な問題じゃないよ。
徴収が滞ればさらに厳しい取り立てになるし、しばらくは何とかなっても下手すると彩火城の兵が動くよ!」
「いつでも来ればいい。
危険を避ける程、痩せた子供や病人を見捨てるのなら本末転倒。
それに私負ける気がしないの、皆がいれば。」
彼女の言葉に私達は誇らしげに微笑む。
「でも…っ」
「ユンならきっとわかるはず、どう動けば効率よく役人に圧力をかけられるか。」
そう言われるとユンは何も言い返せなくなった。
「じゃ、まとまったところで“暗黒龍とゆかいな腹へり達”の旗上げだーいっ」
「まずその名前に圧力がないよ!!」
そうして私達は賊として活動を開始したのだった。
村人から無理矢理徴収した税を乗せた荷車を役人と兵士が持って行っているのを見つけると私達は並んで崖の上から呼び止めた。
「そこの役人共、止まりな。」
「誰だっ!?」
「ここいら一体は私らの縄張りとなった。
命が惜しけりゃ有り金全部置いていきな!!」
「賊か?」
「大した人数じゃなさそうだな。」
「おい、とっとと片付けろ。」
「よく言ったね、役人共。目ん玉ひんむいてよく見な。
私ら暗黒龍とゆかいな腹へり達の恐ろしさをね!!」
外套を深く被ったヨナの後ろに並ぶのは四龍と、笠を深く被り斧を手にしたハク、そして剣を服の中に隠し狐の面をして爪を構える私。ユンは一番端で呆れていた。
役人達を襲って私達は税を取り戻すと村へ向かった。
「なっ…何ですか、あんた方は…」
「今からここいら一帯の村は私ら暗黒龍とゆかいな腹へり達の縄張りにするのさ。
ちょいと挨拶しとこうと思ってね。死にたくなければ私らの言う通りにしな!」
「は…腹へり…?」
「この村に何も盗るものは…」
「アア!?」
賊になりきる為に周辺の村にも私達が賊である事をあらかじめ知らせておく必要がある。
私達が悪であり、村はそれに従うしかないようにしていれば役人に何か言われた時に私達の所為に出来るからだ。
「こ…これは先程役人達が持って行ったワシらの税…!?」
「痛い目に遭いたくなかったら箪笥に仕舞っときな!!」
「えっ、いい人?」
『この村の子供を残らず出しなさい。』
「こ、子供にどんなご用件で…」
『飴だよ。受け取らない奴は売り飛ばすから覚悟しな。』
私は子供と視線を合わせて飴を渡すと頭を撫でてやった。
「いい人!?」
村人達は私達を恐れつつも本当の悪だとは思わなかったようだ。
「ユン、次はどこの村へ行く?」
「そうだね。今の時期だと秋村にも役人が行くはず。」
「それは遠方か?」
「うん、少し。どうしよう、加淡村にもまた役人が来るかもだし。」
「じゃあ、僕がひとっ飛び加淡村に行って見張っとくよ。」
「あ、それ助かる。それにリンも行ってくれる?」
『ん?』
「リンなら気配に敏感だから守れるでしょ?」
『了解。』
「僕もリンなら一緒に飛ぶのも問題ないからね。」
「ヨナはここで待ってて。」
「えっ…どうして?私も行く。」
「次のとこは遠いんだ。役人が来るかもわからないし。
戦力は雷獣と…そうだな、キジャがいれば大丈夫だから。」
「じゃ、ゼノは娘さんとお留守番だからー」
そのときゼノはキジャの手に捕まった。
「そなたは闘いの最中逃げまわってるだけではないか。
今度こそ私が四龍の闘い方を教えてやる。来い。」
「えぇええええーっ」
「シンア、姫様を頼むぞ。」
こうして私達はヨナとシンアをそこの村に残してそれぞれ駆け出した。
ハク、キジャ、ゼノ、ユンは秋村へ、私はジェハに抱かれて加淡村へ。
村に着くと私は子供達の相手をしてやり、ジェハは重い荷物を運ぼうとしていた老人に手を貸してやるのだった。
「リン、何か感じるかい?」
『今のところは何も。』
「お姉ちゃん~!!」
『うん?どうしたのかな?』
「こっち来て~」
「遊ぼうよ!!」
『構わないけど…私は賊だぞ~~!!』
「「「うわ~~!!」」」
『ふふっ』
私が子供達を追いかけると彼らは悲鳴を上げながらも楽しそうに逃げていく。
「無邪気な君も可愛いよ、リン。」
「あの子はあんたの恋人かい?」
「え?」
「さっきからあの子を見ては優しく笑っているからそうなのかと思っただけさ。」
荷物を抱え直したジェハに年老いた女性が柔らかい声で問う。
目を丸くしたジェハだったがすぐに微笑んだ。
「そうだよ…リンは僕にとってかけがえのない女の子だ。」
村に残されたヨナとシンアは並んで座った。
「仕方ないわよね、私は戦力外だもの。」
ヨナはそっとシンアの剣に手を伸ばすが、気配を察知され彼に逃げられる。
「お願いっ、シンア。刀を貸して。練習したいの。」
だが、シンアは勢いよく首を横に振る。
「も~~~じゃあ…シンアの剣さばきを見せて。」
するとシンアが剣を静かに且つ繊細に振るう。
―シンアの剣は速くてキレイ…
私が剣を扱えるようになるには、筋力とあの速さを手に入れなきゃ。
技は見て覚えよう、ひとつも逃さず…―
「…シンアはどうして剣を手に取ったの?龍の目を持っているのに。」
するとシンアはピクッとして動きを止めた。
「話したくなかったらいいの。」
「…剣を教えてくれた人が眼の力は使ってはいけない…って。」
「どうして?」
「諸刃の剣…だから。」
「…それは自分も傷つくって事?」
「…」
「シンアの力は一体どんな力なの?」
彼は哀しく辛い過去を思い出して頭を抱えてしまう。
ヨナは申し訳なくなりシンアを抱き締める。
「シンア、ごめんね…もう…聞かないから。」
ヨナがシンアの仮面をそっと外そうとすると彼は顔を背けた。
「仮面外すのはダメ?
シンア、力なんて使わなくていいの。ただ私はシンアの目を見て話がしたい。」
振り返ったシンアを真っ直ぐ見つめてヨナはニコッと笑う。
「いつかでいいの。シンアの笑顔私に見せてね。
口の端を上げて“にこっ”って。きっと可愛いわ。」
「暗黒龍とゆかいな腹へり達ーっ…のお頭のお姉ちゃん。」
彼らの所に子供がやってきた。
「…な、何だい。」
「飴ちょうだい。」
「飴…はもうない。」
ヨナ、シンア、そして子供のお腹が鳴ったためヨナは立ち上がった。
「待ちな、鳥を仕留めてやる。」
「笑顔だって、どうしよ。」
シンアはアオに問いながら指で口の端を持ち上げてみたのだった。
「暗黒龍とゆかいな腹へり~」
「賊が出たぞ、退治しろーっ」
「剣を奪えーっ」
子供達に囲まれてシンアは一瞬にして剣を彼らに盗られてしまった。
それを必死に追いかけた。だが、逃げられてしまう。
シンアでもきっと油断してしまったのだろう。
「賊って弱っちいなあ。」
「な。」
「よお、ぼうず。」
そのとき子供達の背後に多くの男が立った。
「この村の酒と肉ありったけ欲しいんだけど。」
「あと女。」
「親連れて来い。」
子供達はその男達も私達の仲間だと思う剣を向けて笑った。
「また出たな、腹へりーっ」
「退治してやるーっ」
そして子供のうち1人は剣で刺されてしまったのだった。
シンアの剣は男に奪われてしまう。
ヨナは空を見上げて弓を手に鳥を探す。
「うーん、鳥がいない…」
「お頭のお姉ちゃん、お腹すいた。」
「待ちな、探して来るから。…ハク達遅いなぁ。」
「きゃああああぁ」
―何!?役人!?―
「テシク!!テシクーっ」
子供が人混みの真ん中で血まみれで倒れていた。
「おいおい、俺は悪くねェぜ。
そのガキが先に刃物向けやがったんだから。」
―まさか、本物の盗賊!?あれはシンアの刀…!どうして…―
「まあいい、この村のありったけの酒と肉を用意しろ。
逆らったらそのガキみたいになんぞ。」
―あの子が死んじゃう…ユン、早く戻ってきて…!―
するとヨナの服の裾を少年が掴む。
「お…お頭のお姉ちゃん。この村は暗黒龍とゆかいな腹へり達の縄張りなんでしょう?
役人をやっつけたみたいにあいつらをやっつけて!」
「…」
「もういいよ!」
「あっ、行っちゃダメ!!」
ヨナは弓を持って近くの家の屋根に上ってそこから放った。
―ハク…リン…みんなどうか力を…勇気を貸して!!―
「出ていけえええっ」
矢は盗賊の男の腕を掠めたのだった。
腕を射られた男は倒れて矢が跳んできた方を見上げた。
「いってェ!!ちくしょ、誰だ。ぶっ殺す。」
「あんたらこそぶっ殺されないうちに帰んな!!
ここは私ら暗黒龍とゆかいな腹へり達の縄張りだよっ
あんたら三流盗賊にくれてやるモンなんか何もないね!!」
「あんこくりゅうと腹……?悪ィ、何つった?」
「二度とは言わないよ、鼻タレ小僧!」
「女だな。おいっ」
盗賊の一人が静かに裏へ回った。ヨナが女だと気付き捕えようとしているのだ。
「とっとと出て行かないと今度はこの矢がお前らの脳天貫くよ!!」
「おいおい、落ちつけよ。俺らが何したってんだ。」
「ふざけるな、子供を…」
そのとき背後から盗賊の一人に足首を掴まれ、ヨナは下へと引き摺り落とされた。
「きゃああああああっ」
「あーあ、乱暴にすんなよ。」
「殺っちまったか?」
「生きてるぜ。」
外套を外させるとヨナの顔を確認できた。
盗賊達はヨナを気に入って連れ去る事に決めた。
「期待以上じゃねーか。」
「こりゃいい。この辺、ババアばっかだからな。」
「酒だよ!とっとと持って来い。」
ヨナは屋根から落ちた事で失っていた意識の中、心の内側で呼んだ。
―シンア…―
そのとき剣を持って行った子供達を探していたシンアが騒ぎを聞きつけて村へ戻って行った。
「食い物あるだけ奪え!」
「役人が来ると面倒だ。早くしろ。」
村に辿り着いたシンアの目に映ったのは盗賊の肩に担がれたヨナだった。
それに怒りを感じたシンアは盗賊に襲いかかり素手で次々と倒していった。
「な…何だ、あの仮面男は…」
「ヨナを…その人を返せ。」
「この女の仲間か。相手は丸腰だ、とっとと殺れ。」
拳で闘う事に慣れていないシンアは少しずつ盗賊にやられていく。
「おい、強ェぞ。」
「手練れかもしれんが、丸腰じゃ時間の問題だろ。」
そのとき盗賊の一人がシンアの脇腹に剣を突き刺した。
―ヨナ…―
シンアはそのまま地面へと倒れてしまった。それと同時にヨナは意識を取り戻す。
「ハッ!」
「おっ!起きたかい、嬢ちゃん。今いい所だぜ。あの妙な面の男は知り合いか?」
「シンア!放してぇえぇっ」
「暴れんな、めんどくせぇ。これからあいつが死ぬとこだ。よく見とけ。」
「やめて!物が欲しいだけならもういいでしょう!?
シンアを…人を傷つけたりしないで!!」
「うるせェ!!」
盗賊はヨナの頬をバシッと叩いた。
「お前だって俺に矢を射っただろうが!!」
「それはお前が子供を…」
「そうだぜ、嬢ちゃん。
火の土地ではな、人間の命は木の葉のように軽いのよ。殺らなきゃ殺られる。
飢え死にしたくないなら、快楽を手にいれたいなら、他の奴を殺してでも奪う。」
「そんなやり方は間違ってる。」
「どう生きろってんだ。こんな希望のない地でそれ以外俺らにどう生きろってんだよ。
人を殺したくなる程の飢えをあんたは知ってるかい。」
「おい、その仮面男はテキトーにたたんどけ。俺らは先に行く。」
「シンア!やめて、殺さないで!シンア!!」
―悔しい悔しい!私には何の力もない。
彼らにこう生きよと導く術もない…今ひとりの大事な人も救えない!!―
ヨナはずっとシンアを呼び続けた。
―ヨナが呼んでる…ヨナが泣いてる…ヨナをかえせ!―
シンアは倒れたまま動かなくなった。
「死んだか?」
「トドメは俺にやらせろ。」
「待て。」
短剣を構えた盗賊を別の盗賊が止める。
「殺る前に面見せろ、妙な面つけやがって。恐くて泣いてんじゃねェの。」
盗賊がシンアの面を取ると彼の黄色く美しい瞳が現れた。
その眼を見た瞬間、盗賊達は動きを止めてしまう。
「お…黄金の眼…!?」
「な…なんだこいつの眼…」
「目が…そらせない…体が…体が動か…な…」
シンアはゆっくり立ち上がり、その眼を見た盗賊達はバタバタと倒れていった。
「よ…よせ…見る、な…」
シンアの意志と反して盗賊達は倒れ、彼自身はヨナを連れ去ろうとしている盗賊に歩み寄っていく。
「う…あ…」
「なに…」
シンアの眼に見つめられた男達はただ怯えるばかり。
彼自身は目を閉じる事も出来ずにいるのだった…