主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
主人公の名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
旅の途中、ジェハは小鹿を見つけて食料として捕まえに行った。
『あ、小鹿がいる…』
「どっち?」
『ここから東へ少し行ったところ。』
「了解。ちょっと行って来るよ。」
彼が仕留めた小鹿を抱えて帰って来るとユンが感心したように言った。
「おお!小鹿だ。よく捕まえたね。」
「抱えて飛ぶのがちょっと大変だったけどね。」
「ジェハの脚って本当にすごいわ。」
「ついに天に召されたのかと思ったぜ、突然東の空へ飛んでったから。」
「まぁ、少年時代はこの力を駆使して高華国中を飛びまわっていたからね。」
ジェハは少しだけ寂しそうに呟いた。キジャは彼の言葉に首を傾げる。
「そういえばそなた緑龍の里より逃げたそうだな。一体なぜだ?」
「なぜ?両手両足鎖で繋がれたら君はそれを是として受け入れれるかい?」
「鎖!?」
「いたいけな美少年の僕を鎖で縛りつけ、その白くしなやかな身体は大人達の好奇の目にさらされ、僕は檻の中めくるめく凌辱の日々…」
「ちょっと美少年とかキャラかぶらないでよね。」
「えっえっええ??意味がわからない、緑龍の里!」
『あまり信じちゃダメよ、キジャ。鎖で繋がれてたのは本当だろうけど、きっと妄想入ってるから。』
「代々生まれてくる緑龍はそうなる運命なんだよ。」
「代々!?」
「まぁあれだろ?跳ばずにおれない性なんだろ、緑龍ってヤツは。」
「ま、実はそうなんだよね!」
『放っておいたらすぐに空に消えて行っちゃうものね、緑龍は。』
するとヨナがふと笑みを零しながら言った。
「でもジェハがこんなに速いなら黄龍がどこかにいてもすぐに追いかけて見つけられそうね。」
「ああ、そういえばあとは黄龍だけなんだっけ?
ここまで来たら黄龍の顔を拝むのも悪くないか。探してあげよう。」
「いや、その役目は私がっ」
キジャとジェハが役割の取り合いを始め、シンアも巻き込まれている。
私は呆れつつユンと共に食事の用意を始めた。
「まー、焦らずいこう。俺ご飯の準備してくる。」
『私も手伝う~』
「雷獣、火おこしといて。」
「おー」
ヨナは鍋など調理に必要な物を用意し、私とユンは袖を捲り上げ小鹿を捌いた。
「やっぱり黄龍も里があるのかな。」
「まぁ、こっちにはリンも含めたら4人も龍いるんだし、なんとかなるんじゃない?」
『よし、今日は鹿肉料理ね。』
「うん。」
すると捌いている私とユンをヨナはそっと見つめていた。
「…ヨナ、さばくの平気になったの?」
『以前まではよく目を逸らしてましたよね。』
「まだちょっと辛いけど…
城にいた頃は生き物の命を頂くということ…何も感じていなかったの。
目をそらすということは、この子に命があることを無視することなんだわ。」
ヨナは小鹿に両手を合わせその命に感謝と祈りを捧げた。
私はそれを見て立ち上がると、その場をユンとヨナに任せて他の用意をしようとした。
キジャ、シンア、ジェハに声を掛けて手伝ってもらおうとした時、私はピクッと身体を震わせた。
『皆もちょっと手伝…って、あれ?』
「今のって…」
私は彼らと共に気配を感じてキョロキョロするのだった。
同じ頃、手を合わせて目を閉じ祈りを捧げるヨナの隣から大きなお腹の鳴る音がした。
「いやあ、娘さん。立派立派。でも命あるもの、いつかは等しく天に還る。
娘さんは手ぇ合わせて感謝してんだ。こいつだって許してくれるさ。」
ヨナの隣にいたのは黄色く柔らかい髪の少年だった。
彼は笑顔で言葉を紡ぎながらよだれを垂らしている。
「…よだれ垂れてるよ。腹鳴ってるよ。ていうか誰?」
ユンが的確に問う。
「あ、気にしなくていいから。
ただの通りすがりだから。
よだれはいつも垂れ流しだから。」
「ふけよ!」
「なんか美味そうなニオイがしたんで来ちゃった。」
「まだ生臭いニオイしかしてないよ。」
「えーっと…お腹すいてるの?」
「尋常じゃなく減ってるから。」
仕方なくユンは小鹿を捌くと櫛に刺してハクが起こした火で焼き始めた。
「お、美味そう!」
「今日はもりもり食べていいよ。」
「嬉しいねェ。久々の肉だ。……ところで誰、あいつ?」
ハクは近くで遠慮なく肉を笑顔で食べている少年を指さした。
「あー、なんか浮浪者?俺もわかんない。」
「お腹すいてたみたいだから呼んだの。」
「ところでキジャ、黄龍について情報とかないの?どこに住んでるかとか特徴とかさ。」
ユンが問うが私、キジャ、シンア、ジェハは顔を突き合わせたままある気配を感じ取って不思議に思っていた。
「建国神話によると“頑丈な体を持つ者”よね。」
「体が硬い鱗で出来てんのかな。」
「ごっつい大男とか?」
「ちょっとそこ、こっち来て食べなよ。リンも結局手伝ってくれなかったし…」
私達はユンに呼ばれて振り返り、美味しそうに肉を食べる少年を見る。
「…そなたどう思う…?」
「んー…かなり間違いなく。」
『右に同じ…』
「は?何どしたの。」
『いや…なんていうか、さっきからそこで肉食べてる子…なんだけど…』
「黄龍…だと思うよ。」
私とジェハの言葉にヨナ、ハク、ユンは目を丸くする。
黄龍と呼ばれた少年はきょとんとしたまま肉を両手に持って顔を上げた。
「ん?呼んだ?あれ、よく見ると白龍、青龍、緑龍…あ、黒龍までいる!これはこれは皆さんおそろいで。」
そう言ってぺこりと頭を下げた。
「「えぇええええええええ!!?」」
ヨナ、ユン、キジャは身体を乗り出して黄龍に近付き、ハクは彼らに押し潰されている。
私、シンア、ジェハは一歩後ろであまりの素っ気なさに目を丸くしていた。
そんな私達に囲まれる黄龍はのんびり肉を食べている。
「黄龍?黄龍ってあの黄龍!?」
「どうして!?どうしているの!?」
「なぜ普通に焼肉の宴に参加しているのだ!?」
「みんな落ち着きないなぁ。ゼノはちゃんと座って食べてる。偉くね?
あ、ゼノって俺の名前だから。」
「なにそのグダグダな自己紹介…」
「黄龍が近くにいる気はしていたが、近すぎて逆に疑ってしまった…」
「あるよねー」
『時々近くにいるのは感じてたけど、まさか黄龍だったなんて…』
「ホントにリンは気配に敏感だね。」
『まぁね…それよりゼノ、あなたは私達が近くにいることに気付かなかったの?』
「気付くとか気付かないとか、ゼノはのんびり旅してるだけだから。
他の龍とかあんまり気にしない。」
「気にしない…」
感心したようにジェハが遠い目をした。ハクはそんな彼にすかさずツッコむ。
「お前、なんだかんだで他の龍気にしまくってたもんな。」
「のんびり旅をしているだけなのか?」
「だけだから。」
「一人でか?里はどうした?」
「とっくに出たから。」
「主が迎えに来られるかもしれないのにふらふら出歩いておったのか?」
そんな自分の言葉にキジャはあることに気付く。
「そうだ、主…!そなたヨナ様を見て何も感じぬのか!?」
「主?」
「ヨナ姫様だ!我々四龍の主であらせられる。」
「姫様…主…」
ゼノはヨナを見つめるがすぐにへらっと笑った。
「何も感じない何て失礼な。娘さんは超可愛いから!ドキドキだから!」
「そんな事は知っている!!そうではなくて…」
ゼノの態度にキジャだけでなく私、シンア、ジェハも顔を引き攣らせた。
「まさか…あの洗礼を感じなかったのか…?」
「…」
『四龍でない私でもつらくて立ってるのがやっとだったのに…』
「このボクでさえ“もう煮るなり抱くなり好きにしてっ”となったあの洗礼を…」
「どんな洗礼だよ…」
『大物か…よっぽどの単細胞なのか…』
私達はゼノをただ理解できずにじーっと見つめるのだった。
「…まぁ、食えよ。」
『うん…』
私はハクから受け取った肉に噛り付きながら仲間達を見守る事にした。
「でも里を出て一人で気ままに旅してるならあれかな…」
「ん?どれかな?」
「仲間になってほしいってお願いは難しいかな。
私達、四龍を探して力を貸してもらってるんだけど、あなたにも…」
「いいよ。」
あっさり受け入れられた事にヨナでさえ言葉を失う。
「…え?」
「いーよ、ゼノは好きに旅してるだけだから。特に目的地とかないしヒマだし。
なによりご飯超美味かったから。食べ物のオンは大事にする趣味!」
「主義だろ。」
「よろしくね。そして明日からも美味しいご飯よろしくね。」
ゼノのほんわかした雰囲気に私達は困惑するばかり。
「なんという…ふらふらやってきて最速で仲間に。」
「単に飢えてたからじゃないの?」
「白蛇の最速記録を塗り替えたな。」
キジャはちょっとその言葉に嫉妬しつつ、ゼノに声を掛けた。
「私は白龍キジャ。右手に龍の力を宿す者。
そなたも我々と共に姫様をお守りするのならばその力を示せ。」
「力?」
「そうだ。」
するとゼノはふわっと笑った。
「あ、ゼノ力はあんまないけど体は丈夫!」
「ほう、やはりそうか。」
「どのくらい丈夫なんだ?」
ハクは容赦なく肉を咥えたまま右手でゼノの頬を殴り飛ばした。
すると普通に血を流しながらゼノは飛んでいった。
「痛いのかよ。」
「体弱いじゃん!普通の人じゃん!あんた本当に黄龍!?」
「いやいや、その兄ちゃんおかしいから!腕の力ハンパじゃないから!」
「僕もよく殴られるけど、ハクの拳はクるよね!」
『なぜかいつも楽しそうよね、ジェハ…』
「体、特別硬いわけでもないね。肌ふにふにしてるし。」
ユンはゼノの腕を撫でながら分析する。
「ゼノの肌はつるすべだから。」
「あちこち汚れてるけどね。雷獣の体のがよっぽど硬いよ。
雷獣が黄龍だったっていう方が説得力あるね。」
「今まで黙っていたが実は俺黄龍…」
「そなたが龍ならその名は邪の暗黒龍だっ!」
ハクはキジャの言葉に満更でもなさそうに笑う。
「ちょっとカッコイイ…」
『暗黒龍なんて私の黒龍と被るじゃないの!!』
「そなた悔しくないのか!!あやつに立場が脅かされておるのだぞ。龍の誇りを思い出せ!!」
「つってもなぁー」
「そなた体の修練を怠っていたのではないか?
四龍たる者常に主の為に己の力を磨かねばならぬぞ。」
「こらこら。」
ジェハは私の肩を抱きながらキジャを宥めた。
こういう時年上らしく大人の対応を見せる点は尊敬に値するだろう。
「黄龍君には黄龍君の人生がある。
自分の価値観を他人に押しつけるのは君のよくない所だよ。」
「だがっ…ようやく四龍が、古からの兄弟が集まったのだ、神話の時代から…数千年ぶりの邂逅がようやく…
伝説の龍、黒龍をも含めて我らの代で叶ったのだぞ…!!」
―我が父も成し得なかったことが…―
キジャは感動のあまり涙を流し始める。
「私はっ…そなたら四龍と再会出来たことっ…本当に…っ」
「あー、わかったわかった。」
『ふふっ』
私は苦笑しながらキジャの涙を拭ってやる。ジェハはただ呆れたように笑っていた。
「伝説の四龍が揃った…それも神話にはっきりとは登場しない黒龍まで…
考えてみればすごい事なんだろうけど、あっさりしすぎて拍子抜けだよ。」
ユンの言葉に納得しつつ私とヨナはふとゼノを振り返った。
すると彼はとても穏やかに優しく微笑んでいたのだった。
夜になるとヨナはアオと共に薪を拾いに行った。そんな彼女をゼノは木の上から呼ぶ。
「娘さんっ」
すると彼は木から飛び降りるのだが、くるっと回って顔面から地面に落ちた。ヨナも言葉を失うばかり。
「持ってあげる。…うおっ!」
思った以上の重さにゼノは苦笑。
「結構重くね?」
「キジャは片手で軽々よ。」
「なにそれ。ゼノついていけね。でも白龍ってなんかちょっと可愛かった。」
「ふふ、そうなの。キジャって可愛いのよ。」
「うん、みんな可愛かった。娘さんも可愛いね。」
「…ユン達は色々言ってたけど、私はあなたが黄龍だと思うわ。
うまく言えないけど、あなたの纏う空気は普通の人とは違う。
黄金のあたたかい日だまりみたい。初めて会ったけれどあなたといると明るくなれるの。」
ヨナの無邪気な笑顔にゼノはきょとんとした。
「ちゃんと言ってなかったから改めて言うわ。
私はヨナ。黄龍ゼノ、これからよろしくね。」
薪を運び終えて私達と合流して暫くするとヨナは天幕の下で横になった。
私はジェハの隣に滑り込んで身体を小さくする。
すると彼はクスッと笑いながら抱き寄せてくれるのだ。
私は目を閉じてゼノの軽やかな足音を聞いていた。
彼は跳ねるように高台へ行くとちょこんと座って月を見上げた。
「天よ、今日をありがとう。今夜はひときわ月がきれいだ。」
聞こえてきた彼の言葉に私は少しだけ寂しさが含まれているのを感じていたのだった。
ユンはというと天幕の下で燃える火の番をしながら考え事をしていた。
「闇落つる大地 龍の血により再び蘇らん
古の盟約に従い 四龍集結せん時
王守護する剣と盾が目覚め
ついに赤き龍 暁より還り給う…剣と盾…ねぇ…」
彼の声を遠くに聞きながら私はすっと眠りに就いた。
翌朝、ユンは誰よりも早起きをしまだ考えていた。
「ユン、おはよう。」
『おはようございます、姫様。』
「おはよう!今朝は少し冷えるわね。」
『はい。こちらで火に当たりますか?』
「うん。あら、シンアも寒いの?」
近くにいたシンアが身体を小さくして座っていた。
そこにゼノが跳んできて座っているシンアに体当たりを喰らわせた。
「どーんっ!!」
これには私も驚いたし、シンアは倒れたまま動きそうにない。
「青龍は寒がりだなぁ。寒い時は“押しあい”するといいから!
泣いたら負けだから。どーん!!」
シンアは戦闘態勢に入ってゼノに向かって行った。
「おっ、来るか来るかー!?きゃーーーー」
『賑やかね…』
「そなた達、朝から騒々しいぞ。」
「どーん!」
「のおーーーっ」
次はゼノにぶつかられたキジャが跳んでいった。
「何をする…」
「ポカポカになる勝負だから。泣いたら負けね。」
負けという単語に反応してキジャも参戦した。
「受けて立ーつ!!」
「わわわ、白龍!右手は反則だからーっ」
「若者は元気だねぇ。」
『おはよう、ジェハ。』
「リン、今日も可愛いね。」
『あら、どうも。』
彼に抱き寄せられながら私は笑う。彼の言葉を受け流すことにも慣れてきた。
「楽しそう…」
私達の隣にいたヨナがキジャ、シンア、ゼノの様子を羨ましそうに見る。
「じゃあ、ヨナちゃんにはもっとポカポカになる大人の押しあいを教えてあげ…」
「『どーん!!』」
私とハクは同時にジェハの後頭部を殴った。
「今のはちょっと本気の拳だったね、ハク…
君も参加するから痛さが倍増だよ、リン…」
『姫様に向かって馬鹿な事を言うからよ。』
「キャー、白龍もうやめてー」
するとあまりの五月蠅さにユンがキレた。
「静かにしな、珍獣共!!」
その声に全員がぴたっと動きを止める。
「おっかないぼうずだなあ。」
「俺らの中で一番発言権がある自称天才美少年だ。」
『美味しいご飯に有りつきたかったら言う事を聞くのが一番よ。覚えててね、ゼノ。』
「わかった!」
「そして注目!ようやく当初の目的である四龍がそろいました。」
何人かが拍手をするなか、私とジェハは隣合って立ち頷いた。
「そこで俺には一つ気になる事があります。イクスの予言です。」
『そう言われてみるとそうね…
予言によると四龍が集結した時、王を守護する剣と盾が目覚めるって事になる。』
「うん。ここで言う王はヨナの事だとする。」
「私?」
「集まった時、何かが起こるのかと思ってたけど特に何もないし、ヨナが使うべき剣と盾を探しに行けと言う事なのか…
王というのがまんま現国王スウォンの事ならば、何をすべきか変わってくるしね。」
「そやつは王位を簒奪し姫様を城から追い出した逆賊であろう。正当な王などではない。
たとえその予言の“王”がスウォンだとしても。
その者が剣と盾、すなわち軍備を拡大し国を覇道へ導くならば、我々四龍は歪みを正すべく闘うぞ。」
キジャの言葉を聞きながら私、ヨナ、ハクは顔を俯かせるだけで何も言わなかった。
ジェハはそんな私達に気付いているようだったが、声を掛けようとはしないでいてくれる。
「ともかくこのままでは手掛りがないばかりか、どこへ向かっていいかわからない!」
「そのようだな。どうする?」
「ちょっとイクスのとこに話を聞きに行く。」
「あののほほん神官が心配だもんなぁ。」
「違わいっ!」
こうして私達は風の地、北山の谷にあるイクスの家へと向かい始めたのだ。
道中、私は短刀である物を彫って作っていた。
「時間を見つけては何かを作ってるみたいだけど何をしているんだい?」
『何だと思う?』
「う~ん…」
『ちょっと待ってね…』
私は形が出来るとユンに町で買ってきて貰った赤や白の塗料で彩りを加えていった。
『できた…』
「おっ、凄い!」
「器用だね、リン。」
私が作ったのは狐の顔を模した顔の上半分を隠す仮面だった。
耳がついていて鼻が少し出っ張った白い仮面に赤い塗料で目元を飾り鼻を塗って線描で華やかで可愛らしい仮面を作ったのだ。
実際に着けると顔の左側で飾り玉と共に編んだ紐が小さく揺れる。
「可愛い!!」
『ありがとうございます。』
「リン、どうしてわざわざ仮面なんか作ったんだ?」
『シンアを見てて思いついたの。
どこか私やハクの顔を知る者のいる場所で闘う事になって、顔を知られてはいけない場合だったら何で顔を隠せばいいのかって考えてて…
普段町に出るのには笠を被るなり、化粧を変えるなりで誤魔化せるから必要ないけど、戦場で素性を隠すには闘いの邪魔にならない物がいいから、シンアの仮面ならいいんじゃないかなと思って。』
「それにしても完成度が高いな…」
『道のりは長いし時間はたっぷりあったからね。
ユンが町に買い出しに行った時、塗料だけお願いしたの。』
「何に使うのかと思ったけど、まさか仮面になるなんてね。
ただ普段はあまりつけたらダメだよ?そうじゃなくても目立つんだから。」
『心得てます。』
私は仮面を外して笑みを零した。
ヨナが羨ましそうに見ていたため、彼女に仮面を一時だけ預ける事にした。
『着けてみますか、姫様?』
「いいの!?」
『えぇ、どうぞ。』
彼女が着けると髪や服の色とも合って可愛らしく仕上がった。
ただ彼女自身は視野が狭くて驚いたらしい。
「リンは視野が狭まっても大丈夫なのかい?」
『うん、問題ない。私の頭の大きさに合わせて作ってあるから視野にはあまり差は出ないの。
それに元々気配に敏感だから闘う時も不便はないわ。』
「流石だね、小狐ちゃん♪」
ジェハは甘く微笑みながら私の髪を撫でる。すると簪が揺れて彼の手を滑った。
そして私達はそんな事をしながらもイクスのいる北山の谷へと足を進めて行った。
目的地が近付いてくるとユンの表情が段々明るくなっていった。
「着いたよ。まだ3か月も経ってないのに何年も帰ってない気がする。」
「忘れ物取りに行くみたいな気軽さで言ってたから近いのかと思ってたよ。」
「コソコソ歩いてるから遠まわりなの。」
「イクス!戻ったよ。」
ユンが家の扉を開けると中はボロボロに荒れていた。
「なに…これ、ユン…!」
「イクス!!」
ユンは目に涙を浮かべながら倒れた戸の下に倒れているイクスに駆け寄った。
「イクス、なんで…賊か!?」
「あれ…ユンくん…」
「イクス!待って、今手当てを…」
「お腹すきすぎて…すべって転ん…じゃった。」
呆れながらユンがイクスの手当てをして、私は料理を作り始めた。
他のみんなは散らかった部屋の片付けを始める。
出来上がった料理を椀に入れてイクスに渡すと彼は嬉しそうに笑った。
「いやあ、九死に一生を得ました。」
「じゃないだろ、このバカ神官!!
何で普通に暮らしてて家めちゃくちゃ餓死寸前転んで大ケガだよ!
俺がいなきゃ本当に何も出来ないのな。めんどくさすぎ!いっぺん天に還れ!!」
「わあ~♡ユン君の怒鳴り声だ。ありがたやありがたや。」
「ユン君、泣いて取り乱してたもんね。」
『ふふっ』
「泣いてないし取り乱してないよっ」
ジェハの言葉に私はクスクス笑う。
その隣でキジャは丁寧にイクスに頭を下げた。
「神官殿、突然の訪問をお許し下さい。お会い出来て光栄です。」
「いえいえ、こちらこそ~」
イクスは私達を見つめて柔らかく微笑んだ。
「ずいぶん賑やかになりましたね。
ヨナ姫様も様々な事を経験なされたようだ。」
「イクス、四龍はそろったよ。王を守護する剣と盾って何?
王というのはヨナ?それとも現国王スウォン?」
「王を守護する剣と盾が現れるにはもう少し時間が必要なようです。
その時が来たらきっとわかるでしょう。」
「…ふぅん。今はその時じゃないってことか。」
『それならこれからどうしようか。』
「そうだね…剣とか盾とか探しに行くわけじゃないとすれば…」
「私は四龍の力をもう少し高めたい。」
「お、手合せすっか。」
「命の保障はせんぞ。」
「ほーぅ」
キジャとハクが気合いを入れた瞬間、今まで何も言わなかったゼノが口を開いた。
「…なぁ、どうして皆本題を避けるの?」
座りこんだままのゼノは静かに言葉を紡ぐ。
その少し冷たい言葉に私達は何も言えなかった。
「娘さん、四龍を集めてどうしたい?」
「え…」
「娘さんとそこの兄ちゃん、それから黒龍のお嬢は城を追われたって事だから戦力がいるのはわかる、生きる為に。
でもそれから先は?ずっと逃げるだけ?」
「…違うわ。」
「違う?なら…王位を簒奪したスウォンを討ち緋龍城を玉座を取り戻そうとお考えか?」
当たり前の問いを口にしているだけなのだが、その言葉に空気が張り詰めた。
「む…無理だよ。城に攻めこむなんていくら四龍がいてもこの人数じゃ…」
「できるかできないかじゃない。その気があるかどうか、だよ。
それに本気で四龍の力を使えば城一つ落とすのも不可能じゃない。」
それからすぐゼノはへらっと笑った。
「ま、ゼノにはそんな力ないけどネッ」
「そなたは~~~」
「新参者がすまぬーすまぬー別にゼノはそうしろって言ったわけじゃないから。
どうするのかなって素朴なギモンだから。
ゼノがついて来たのはゼノの勝手だし、娘さんも自由に考えていいから。それよりゼノお腹すいた。」
「そなた忙しないな。」
「…とりあえずご飯にすっか。」
「わーっ、めしー♡」
私とハクはそっとヨナを見た。
彼女は今まで避け続けていた真実と向き合わされて暗い表情をしていたが、私達は何も言わずにふと目を逸らしたのだった。
食事を終えると私、ハク、キジャ、シンア、そしてジェハは家の外に出た。
「…しかし、驚いたね。ゼノ君は頭に花咲いた坊やかと思ってたけどヨナちゃんにああいう切り込みをするとは。」
「ああ…あの者はどうも摑めぬ。
私も考えないではなかったが父上を亡くされてまだ日も浅い。
ご自分を守るのがやっとの姫様には重すぎる問いだった。」
『ただ親の仇をとるだけとは違うの…
姫様にとって逆賊であっても、国にとって必ずそうとは限らないから。』
―それに…スウォンは私達にとって…―
俯く私の頭にハクは大きな手を乗せた。
『ハク…』
「それ以上言わなくていい…わかってる…」
私達の様子をジェハは見つめながら寂しそうな表情をした。
それでも何も言わずに話を続ける。
「玉座を取り戻すということは王に従う五部族を黙らせこの国の全てを背負うということ。
たった16の女の子にそれはあまりにも無謀だ。」
「ハク、リン。そなた達は王と知り合いなのだろう?どのような人物だ。」
「……さあな。」
『ごめん…』
私とハクはそれ以上言わずにその場を離れた。
「相変わらずスウォンについては何も喋らぬな。
ジェハ、そなたにもリンは何も言わぬのか。」
「うん…気付いてる?その名を出す度、2人の顔が少し翳るんだ。」
「よほど憎い相手ということか。」
「いや…よほど情がある相手だったんだよ。」
ジェハの声が微かに聞こえて私の頬を涙が伝った。
それを横目に見たハクは無言で私の頭を抱き寄せながら進める足は止めなかった。私は彼の服を掴んだまま共に歩く。
そして滝の近くにいるヨナを見つけ、傍にある木の陰に身体を隠した。
「いい夜ですねぇ。」
「イクス…」
そこにやってきたイクスは私とハクに気付かないままヨナの隣に座った。
「…先程の事を考えておられるのですか?
でも…あなたの顔は迷いがないように思えます。」
「私…初めて城の外の人と話して、父上が禁じた武器を手にボロボロになるまで歩いたの。
聞こえてきたのは亡くなった父上と変わらない現状への恨みの声。
悔しかった、最も平和を愛する父上の国は幸せではなかったのだから。
悔しかった、知れば知る程私の力はあまりに弱かったから。
でも必死に手を伸ばしたら伸ばし返してくれた人がいた。
引き上げる力が足りなかったら後ろから手を貸してくれた人もいた。
私はこの国に守りたい人がたくさんできた。
阿波の領主クムジを討ったこと、後悔していません。」
「姫様…」
「阿波の闘いの後から…考えていたの。
高華国にはまだ…阿波のような町があるんじゃないかって…」
―父上…お許し下さい…
私はあなたの国を守るため武器をとります…―
ヨナは真っ直ぐな瞳でイクスを振り返った。
「だから私はこれから大地に立って高華国を見渡し、苦境に押しつぶされる人々を助けたい。
そしてこれは決して城の中ではできないことなの。」
―城に還るのではなく、今はやるべき事がある…―
そのときヨナの脳裏にスウォンが言い残した言葉が蘇った。
「今はまだ私にはやるべき事があるから」という彼なりの決意の言葉が。
彼女は少し顔を俯かせ涙を流す目を前髪の陰に隠して言った。
「…イクス、あなたには見えていると思うから言うわ。
私、阿波でスウォンと会ったの。
憎いと思った…許せないと思った…の…に…剣を…抜けなかった…」
「…どんなに愚かで理解されずとも捨てられない情は確かにあります。
自らを許せず心の臓を止めようとしてもまた走り出す心に絶望する事もあるでしょう。
緋龍王も仰った、“我は人間だ。人に憎まれ人に裏切られても人を愛さずにいられないのだ”
だからこそ僕は人が愛しいと思うんです。」
その話を陰で聞いていた私とハクは強く互いの手を握ってスウォンに対する怒りと情が溢れだすのを抑え込んでいたのだった。
その頃、スウォンは地心の都の要、地心城に来ていた。
ここの王、将軍イ・グンテはやる事もなくぐうたら過ごしていた。
彼は闘う事が大好きで、その強さは民達の憧れだった。
だが、地心は鉱物資源が先細りで恵みが途絶え始めていたのだ。
そこに突然国王であるスウォンがやってくるのだから驚かないわけがない。
グンテは若き王スウォンが王の器かどうか見極める事にした。
まずグンテの妻ユウノが趣味で作った茶をスウォンに出した。
その後スウォンを案内して地心の町を回る。途中、グンテの付人がスウォンに問うた。
「陛下は地心に如何なる御用件が?陛下が直々に御光来なされたのです。
きっと重要なお話がおありなのでしょう?」
「いえ、少し観光に。」
「観光?この昏迷に陥った高華国を新王のあなたがのんびり観光ですか?
我が部族も不安定な土地があるというのに。阿波とかきな臭いし。」
「口を慎め。」
「阿波ならヤン・クムジ殿が人身売買の現場を押さえられ行方不明ですよ。」
「何!?あの男がしっぽを出したと!?」
「陛下直々に制裁を…!」
「いえ、私は何もしてないです。やったのは地元の海賊達みたいですよ。
人身売買を止める為に活動していた海賊みたいですからあまり咎め立てしないで下さい。」
のほほんとしたスウォンの様子についにグンテが真剣に言った。
「…陛下は先王、イウ王をどう思われておいでか?
不敬ながら俺はあの王には疑問を抱くばかりだった。
南の真と斉にはナメられ、戒帝国からはいつ襲撃されるかと怯えた。
これ以上の屈辱を受け入れ、高華を危険にさらすのならばもしかしたら謀反を起こしたのは俺だったかもしれん。」
「グンテ様っ!?」
「おっと違った。俺は謀反を起こしていたかもしれん。
俺が言いたいのは陛下、あなた様がイル王とどう違われるかという事です。
この時期に観光などをし、海賊の件をなあなあに処理する。それでこの国は救われますかな?
あなたは戴冠式でこの国を先々代国王の時代のような強国へと再生させると申された。
その心に偽りなしと言いきれますか?」
「…はい、偽りはありませんよ。」
覇気の無さにグンテは呆れるが、スウォンは気にする様子もなく近くに祀られていた石に近付いていった。
それはよく見ると青や紫に輝いていた。この石自体には価値はないという。
その翌日、スウォンはある提案をした。“戦ごっこ”だ。
「グンテ将軍、あなたは御自分の魅力をご存知ないのです。」
グンテが出場するということで民達がみんな戦ごっこの会場に集まった。
彼の人気は底知れないのだが、彼自身はそれに気付いていないのだ。
派手な衣装に身を包み、首からは価値がないと言うあの石を磨き上げ装飾品にした物を下げた。
「グンテ様っ!」
「ユウノ。」
会場の裏にやって来たのはグンテより10歳以上年下の妻、ユウノだった。
「その衣装、私が見立てたの~♡」
「お・ま・えかーッ!!」
「私今日をすごく楽しみにしていたの。その衣装絶対絶対脱いじゃダメよ。」
「わかったわかった、うるせェな。」
ユウノは客席で見るために出て行った。
グンテは疲れたように座り、その様子にスウォンは笑う。
「猛将と謳われた貴方でも奥方様には弱いんですね。」
「所詮はこの試合も遊び。だんだんどうでもよくなってきたんですよ。」
「でもホラ、見て下さい将軍。地心の都の人々があなたの勇姿を一目見ようと集まっています。」
そして始まった戦ごっこは頭に乗せた皿を割り、階級ごとに攻撃範囲を決められているうえ、一回だけ復活可能という決まりの中で行われた。
「なんとも気合いの入らん御方よ。」
「同感だ。」
グンテはスウォンを見ながらジュドと言葉を交わす。
「珍しく意見が合ったな。
だいたい試合というが陛下は武術はお出来になるのか?
陛下の幼馴染みであった雷獣…あやつは天才だった。
雷獣の付人だった舞姫もその名の通り舞子のように剣を振るう姿は美しく才能にも溢れていた。
武人は実戦において経験を積み力を磨いてゆくものだが、あやつらはろくに戦場を知らずして一騎当千の力を持っていた。
だが陛下の武術の腕は噂にも聞かん。見た所色も白く腕も細い。雷獣が虎なら陛下はさながら兎だな。」
「誰が貴様なんぞと意見が合うか。天賦の才がそんなに輝かしいか。
大地を引き裂く勢いで現れた虎ばかりに目を奪われ、お前が言う兎が本当はどんな姿をしているかもわからんとは、貴様も貴様に心酔するここの部族共もそろいもそろって節穴だな。」
闘いが始まり、すぐにスウォンは逃げ始めた。
グンテは彼を馬鹿にしながら次々と敵を倒し、ジュドと対決していた。
だが、グンテの部下が仲間同士相討ちになってしまった。その理由は未だにわからないまま。
「何とスウォン陛下、囲まれて一斉攻撃を受けるかと思われましたが転んでしまったようです。スウォン陛下、何と言う幸運。」
―幸運…だと?―
グンテは違和感を覚えつつ面白くなってきたと思い笑った。
その間にスウォンは敵陣に入りこみ最後の敵に向かって行った。
そして敵の木刀を薙ぎ払う寸前、グンテを鋭い眼光で見ながら口角を上げた。
薙ぎ払われた木刀はグンテの目の前ギリギリに突き刺さる。
―なんだ…今…俺を見た…?俺を狙った…?こやつ兎か…?―
そして敵が復活したことでグンテは追い込まれていく。
そのときになって漸くスウォンの行動の意図を理解したのだ。
彼は逃げているのではなく敵を殲滅させるべく誘導しているのだと。
ついにグンテの部下がすべてやられるとスウォンは1対1の対決を挑んだ。
―逃げ回るだけだった兎が今は狙った獲物を逃さぬ鷹に見える…―
スウォンも真剣な姿を見せ2人は激しく決闘するが、最終的にスウォンが服の裾を踏んで転んだ事でグンテの勝利となった。その勝利に観客は大興奮。
最終的にはグンテも倒され対決は終了したのだった。
それでもグンテの勇姿を見た民達の興奮は冷めずその晩夜通し宴が催された。
翌日から不思議な事が起き始めた。
ユウノのお茶が人気になり戒帝国の商人が商売交渉にやってきて、鉱山だって今まで価値がないと思われていた石がグンテを勝利へ導いた“必勝の石”として注目を集め大忙しになった。
スウォンはグンテが民達と笑うのを見ながら静かにその場を後にした。
「それにしてもユウノ、お前はすげェな。」
「どうして?」
「俺の知らないうちに戒の商団と交渉したり宝石を発見したり。」
「私は何もしてないよ。私は試合中、陛下が紹介して下さったお客様にお茶をお出ししただけよ。
衣装見立てたのは私だけど、石を身に着けるよう提案されたのは陛下だし…」
「陛下は何処に!?」
「陛下ならお帰りになったよォ」
「帰ったあ!?」
グンテが城の外へ駆け出した時には既にスウォンは遠くにいた。
「あなたという御方は一体どこまで計算されていたのか…」
「ふふ、だって勿体ないと思いませんか。
自分がどれ程民に影響力があるかを知らないで日々隠忍自重してるなんて。ますます彼が欲しくなりました。
もし…いずれ本当に戦という手段を取らざるをえなくなった時、彼が率いる血の部族兵の士気は恐らく五部族一でしょう。その勢いは必ず高華国の力となる。」
グンテはスウォンの後ろ姿を見て笑っていた。
地心を潤す事がスウォンの狙いだったのだ。
―やはりあの眼は見間違いではなかった…―
「ユルく見せかけて底知れぬ熱を腹に抱えてやがる眼だ。ある意味ユホン様より恐ろしい…
なかなか見所がある男だ。ヤツに期待してもよいのか…」
グンテは今後を楽しみにニッと笑った。
「なぁに、いずれ会いに行けばはっきりすることよ。」
『あ、小鹿がいる…』
「どっち?」
『ここから東へ少し行ったところ。』
「了解。ちょっと行って来るよ。」
彼が仕留めた小鹿を抱えて帰って来るとユンが感心したように言った。
「おお!小鹿だ。よく捕まえたね。」
「抱えて飛ぶのがちょっと大変だったけどね。」
「ジェハの脚って本当にすごいわ。」
「ついに天に召されたのかと思ったぜ、突然東の空へ飛んでったから。」
「まぁ、少年時代はこの力を駆使して高華国中を飛びまわっていたからね。」
ジェハは少しだけ寂しそうに呟いた。キジャは彼の言葉に首を傾げる。
「そういえばそなた緑龍の里より逃げたそうだな。一体なぜだ?」
「なぜ?両手両足鎖で繋がれたら君はそれを是として受け入れれるかい?」
「鎖!?」
「いたいけな美少年の僕を鎖で縛りつけ、その白くしなやかな身体は大人達の好奇の目にさらされ、僕は檻の中めくるめく凌辱の日々…」
「ちょっと美少年とかキャラかぶらないでよね。」
「えっえっええ??意味がわからない、緑龍の里!」
『あまり信じちゃダメよ、キジャ。鎖で繋がれてたのは本当だろうけど、きっと妄想入ってるから。』
「代々生まれてくる緑龍はそうなる運命なんだよ。」
「代々!?」
「まぁあれだろ?跳ばずにおれない性なんだろ、緑龍ってヤツは。」
「ま、実はそうなんだよね!」
『放っておいたらすぐに空に消えて行っちゃうものね、緑龍は。』
するとヨナがふと笑みを零しながら言った。
「でもジェハがこんなに速いなら黄龍がどこかにいてもすぐに追いかけて見つけられそうね。」
「ああ、そういえばあとは黄龍だけなんだっけ?
ここまで来たら黄龍の顔を拝むのも悪くないか。探してあげよう。」
「いや、その役目は私がっ」
キジャとジェハが役割の取り合いを始め、シンアも巻き込まれている。
私は呆れつつユンと共に食事の用意を始めた。
「まー、焦らずいこう。俺ご飯の準備してくる。」
『私も手伝う~』
「雷獣、火おこしといて。」
「おー」
ヨナは鍋など調理に必要な物を用意し、私とユンは袖を捲り上げ小鹿を捌いた。
「やっぱり黄龍も里があるのかな。」
「まぁ、こっちにはリンも含めたら4人も龍いるんだし、なんとかなるんじゃない?」
『よし、今日は鹿肉料理ね。』
「うん。」
すると捌いている私とユンをヨナはそっと見つめていた。
「…ヨナ、さばくの平気になったの?」
『以前まではよく目を逸らしてましたよね。』
「まだちょっと辛いけど…
城にいた頃は生き物の命を頂くということ…何も感じていなかったの。
目をそらすということは、この子に命があることを無視することなんだわ。」
ヨナは小鹿に両手を合わせその命に感謝と祈りを捧げた。
私はそれを見て立ち上がると、その場をユンとヨナに任せて他の用意をしようとした。
キジャ、シンア、ジェハに声を掛けて手伝ってもらおうとした時、私はピクッと身体を震わせた。
『皆もちょっと手伝…って、あれ?』
「今のって…」
私は彼らと共に気配を感じてキョロキョロするのだった。
同じ頃、手を合わせて目を閉じ祈りを捧げるヨナの隣から大きなお腹の鳴る音がした。
「いやあ、娘さん。立派立派。でも命あるもの、いつかは等しく天に還る。
娘さんは手ぇ合わせて感謝してんだ。こいつだって許してくれるさ。」
ヨナの隣にいたのは黄色く柔らかい髪の少年だった。
彼は笑顔で言葉を紡ぎながらよだれを垂らしている。
「…よだれ垂れてるよ。腹鳴ってるよ。ていうか誰?」
ユンが的確に問う。
「あ、気にしなくていいから。
ただの通りすがりだから。
よだれはいつも垂れ流しだから。」
「ふけよ!」
「なんか美味そうなニオイがしたんで来ちゃった。」
「まだ生臭いニオイしかしてないよ。」
「えーっと…お腹すいてるの?」
「尋常じゃなく減ってるから。」
仕方なくユンは小鹿を捌くと櫛に刺してハクが起こした火で焼き始めた。
「お、美味そう!」
「今日はもりもり食べていいよ。」
「嬉しいねェ。久々の肉だ。……ところで誰、あいつ?」
ハクは近くで遠慮なく肉を笑顔で食べている少年を指さした。
「あー、なんか浮浪者?俺もわかんない。」
「お腹すいてたみたいだから呼んだの。」
「ところでキジャ、黄龍について情報とかないの?どこに住んでるかとか特徴とかさ。」
ユンが問うが私、キジャ、シンア、ジェハは顔を突き合わせたままある気配を感じ取って不思議に思っていた。
「建国神話によると“頑丈な体を持つ者”よね。」
「体が硬い鱗で出来てんのかな。」
「ごっつい大男とか?」
「ちょっとそこ、こっち来て食べなよ。リンも結局手伝ってくれなかったし…」
私達はユンに呼ばれて振り返り、美味しそうに肉を食べる少年を見る。
「…そなたどう思う…?」
「んー…かなり間違いなく。」
『右に同じ…』
「は?何どしたの。」
『いや…なんていうか、さっきからそこで肉食べてる子…なんだけど…』
「黄龍…だと思うよ。」
私とジェハの言葉にヨナ、ハク、ユンは目を丸くする。
黄龍と呼ばれた少年はきょとんとしたまま肉を両手に持って顔を上げた。
「ん?呼んだ?あれ、よく見ると白龍、青龍、緑龍…あ、黒龍までいる!これはこれは皆さんおそろいで。」
そう言ってぺこりと頭を下げた。
「「えぇええええええええ!!?」」
ヨナ、ユン、キジャは身体を乗り出して黄龍に近付き、ハクは彼らに押し潰されている。
私、シンア、ジェハは一歩後ろであまりの素っ気なさに目を丸くしていた。
そんな私達に囲まれる黄龍はのんびり肉を食べている。
「黄龍?黄龍ってあの黄龍!?」
「どうして!?どうしているの!?」
「なぜ普通に焼肉の宴に参加しているのだ!?」
「みんな落ち着きないなぁ。ゼノはちゃんと座って食べてる。偉くね?
あ、ゼノって俺の名前だから。」
「なにそのグダグダな自己紹介…」
「黄龍が近くにいる気はしていたが、近すぎて逆に疑ってしまった…」
「あるよねー」
『時々近くにいるのは感じてたけど、まさか黄龍だったなんて…』
「ホントにリンは気配に敏感だね。」
『まぁね…それよりゼノ、あなたは私達が近くにいることに気付かなかったの?』
「気付くとか気付かないとか、ゼノはのんびり旅してるだけだから。
他の龍とかあんまり気にしない。」
「気にしない…」
感心したようにジェハが遠い目をした。ハクはそんな彼にすかさずツッコむ。
「お前、なんだかんだで他の龍気にしまくってたもんな。」
「のんびり旅をしているだけなのか?」
「だけだから。」
「一人でか?里はどうした?」
「とっくに出たから。」
「主が迎えに来られるかもしれないのにふらふら出歩いておったのか?」
そんな自分の言葉にキジャはあることに気付く。
「そうだ、主…!そなたヨナ様を見て何も感じぬのか!?」
「主?」
「ヨナ姫様だ!我々四龍の主であらせられる。」
「姫様…主…」
ゼノはヨナを見つめるがすぐにへらっと笑った。
「何も感じない何て失礼な。娘さんは超可愛いから!ドキドキだから!」
「そんな事は知っている!!そうではなくて…」
ゼノの態度にキジャだけでなく私、シンア、ジェハも顔を引き攣らせた。
「まさか…あの洗礼を感じなかったのか…?」
「…」
『四龍でない私でもつらくて立ってるのがやっとだったのに…』
「このボクでさえ“もう煮るなり抱くなり好きにしてっ”となったあの洗礼を…」
「どんな洗礼だよ…」
『大物か…よっぽどの単細胞なのか…』
私達はゼノをただ理解できずにじーっと見つめるのだった。
「…まぁ、食えよ。」
『うん…』
私はハクから受け取った肉に噛り付きながら仲間達を見守る事にした。
「でも里を出て一人で気ままに旅してるならあれかな…」
「ん?どれかな?」
「仲間になってほしいってお願いは難しいかな。
私達、四龍を探して力を貸してもらってるんだけど、あなたにも…」
「いいよ。」
あっさり受け入れられた事にヨナでさえ言葉を失う。
「…え?」
「いーよ、ゼノは好きに旅してるだけだから。特に目的地とかないしヒマだし。
なによりご飯超美味かったから。食べ物のオンは大事にする趣味!」
「主義だろ。」
「よろしくね。そして明日からも美味しいご飯よろしくね。」
ゼノのほんわかした雰囲気に私達は困惑するばかり。
「なんという…ふらふらやってきて最速で仲間に。」
「単に飢えてたからじゃないの?」
「白蛇の最速記録を塗り替えたな。」
キジャはちょっとその言葉に嫉妬しつつ、ゼノに声を掛けた。
「私は白龍キジャ。右手に龍の力を宿す者。
そなたも我々と共に姫様をお守りするのならばその力を示せ。」
「力?」
「そうだ。」
するとゼノはふわっと笑った。
「あ、ゼノ力はあんまないけど体は丈夫!」
「ほう、やはりそうか。」
「どのくらい丈夫なんだ?」
ハクは容赦なく肉を咥えたまま右手でゼノの頬を殴り飛ばした。
すると普通に血を流しながらゼノは飛んでいった。
「痛いのかよ。」
「体弱いじゃん!普通の人じゃん!あんた本当に黄龍!?」
「いやいや、その兄ちゃんおかしいから!腕の力ハンパじゃないから!」
「僕もよく殴られるけど、ハクの拳はクるよね!」
『なぜかいつも楽しそうよね、ジェハ…』
「体、特別硬いわけでもないね。肌ふにふにしてるし。」
ユンはゼノの腕を撫でながら分析する。
「ゼノの肌はつるすべだから。」
「あちこち汚れてるけどね。雷獣の体のがよっぽど硬いよ。
雷獣が黄龍だったっていう方が説得力あるね。」
「今まで黙っていたが実は俺黄龍…」
「そなたが龍ならその名は邪の暗黒龍だっ!」
ハクはキジャの言葉に満更でもなさそうに笑う。
「ちょっとカッコイイ…」
『暗黒龍なんて私の黒龍と被るじゃないの!!』
「そなた悔しくないのか!!あやつに立場が脅かされておるのだぞ。龍の誇りを思い出せ!!」
「つってもなぁー」
「そなた体の修練を怠っていたのではないか?
四龍たる者常に主の為に己の力を磨かねばならぬぞ。」
「こらこら。」
ジェハは私の肩を抱きながらキジャを宥めた。
こういう時年上らしく大人の対応を見せる点は尊敬に値するだろう。
「黄龍君には黄龍君の人生がある。
自分の価値観を他人に押しつけるのは君のよくない所だよ。」
「だがっ…ようやく四龍が、古からの兄弟が集まったのだ、神話の時代から…数千年ぶりの邂逅がようやく…
伝説の龍、黒龍をも含めて我らの代で叶ったのだぞ…!!」
―我が父も成し得なかったことが…―
キジャは感動のあまり涙を流し始める。
「私はっ…そなたら四龍と再会出来たことっ…本当に…っ」
「あー、わかったわかった。」
『ふふっ』
私は苦笑しながらキジャの涙を拭ってやる。ジェハはただ呆れたように笑っていた。
「伝説の四龍が揃った…それも神話にはっきりとは登場しない黒龍まで…
考えてみればすごい事なんだろうけど、あっさりしすぎて拍子抜けだよ。」
ユンの言葉に納得しつつ私とヨナはふとゼノを振り返った。
すると彼はとても穏やかに優しく微笑んでいたのだった。
夜になるとヨナはアオと共に薪を拾いに行った。そんな彼女をゼノは木の上から呼ぶ。
「娘さんっ」
すると彼は木から飛び降りるのだが、くるっと回って顔面から地面に落ちた。ヨナも言葉を失うばかり。
「持ってあげる。…うおっ!」
思った以上の重さにゼノは苦笑。
「結構重くね?」
「キジャは片手で軽々よ。」
「なにそれ。ゼノついていけね。でも白龍ってなんかちょっと可愛かった。」
「ふふ、そうなの。キジャって可愛いのよ。」
「うん、みんな可愛かった。娘さんも可愛いね。」
「…ユン達は色々言ってたけど、私はあなたが黄龍だと思うわ。
うまく言えないけど、あなたの纏う空気は普通の人とは違う。
黄金のあたたかい日だまりみたい。初めて会ったけれどあなたといると明るくなれるの。」
ヨナの無邪気な笑顔にゼノはきょとんとした。
「ちゃんと言ってなかったから改めて言うわ。
私はヨナ。黄龍ゼノ、これからよろしくね。」
薪を運び終えて私達と合流して暫くするとヨナは天幕の下で横になった。
私はジェハの隣に滑り込んで身体を小さくする。
すると彼はクスッと笑いながら抱き寄せてくれるのだ。
私は目を閉じてゼノの軽やかな足音を聞いていた。
彼は跳ねるように高台へ行くとちょこんと座って月を見上げた。
「天よ、今日をありがとう。今夜はひときわ月がきれいだ。」
聞こえてきた彼の言葉に私は少しだけ寂しさが含まれているのを感じていたのだった。
ユンはというと天幕の下で燃える火の番をしながら考え事をしていた。
「闇落つる大地 龍の血により再び蘇らん
古の盟約に従い 四龍集結せん時
王守護する剣と盾が目覚め
ついに赤き龍 暁より還り給う…剣と盾…ねぇ…」
彼の声を遠くに聞きながら私はすっと眠りに就いた。
翌朝、ユンは誰よりも早起きをしまだ考えていた。
「ユン、おはよう。」
『おはようございます、姫様。』
「おはよう!今朝は少し冷えるわね。」
『はい。こちらで火に当たりますか?』
「うん。あら、シンアも寒いの?」
近くにいたシンアが身体を小さくして座っていた。
そこにゼノが跳んできて座っているシンアに体当たりを喰らわせた。
「どーんっ!!」
これには私も驚いたし、シンアは倒れたまま動きそうにない。
「青龍は寒がりだなぁ。寒い時は“押しあい”するといいから!
泣いたら負けだから。どーん!!」
シンアは戦闘態勢に入ってゼノに向かって行った。
「おっ、来るか来るかー!?きゃーーーー」
『賑やかね…』
「そなた達、朝から騒々しいぞ。」
「どーん!」
「のおーーーっ」
次はゼノにぶつかられたキジャが跳んでいった。
「何をする…」
「ポカポカになる勝負だから。泣いたら負けね。」
負けという単語に反応してキジャも参戦した。
「受けて立ーつ!!」
「わわわ、白龍!右手は反則だからーっ」
「若者は元気だねぇ。」
『おはよう、ジェハ。』
「リン、今日も可愛いね。」
『あら、どうも。』
彼に抱き寄せられながら私は笑う。彼の言葉を受け流すことにも慣れてきた。
「楽しそう…」
私達の隣にいたヨナがキジャ、シンア、ゼノの様子を羨ましそうに見る。
「じゃあ、ヨナちゃんにはもっとポカポカになる大人の押しあいを教えてあげ…」
「『どーん!!』」
私とハクは同時にジェハの後頭部を殴った。
「今のはちょっと本気の拳だったね、ハク…
君も参加するから痛さが倍増だよ、リン…」
『姫様に向かって馬鹿な事を言うからよ。』
「キャー、白龍もうやめてー」
するとあまりの五月蠅さにユンがキレた。
「静かにしな、珍獣共!!」
その声に全員がぴたっと動きを止める。
「おっかないぼうずだなあ。」
「俺らの中で一番発言権がある自称天才美少年だ。」
『美味しいご飯に有りつきたかったら言う事を聞くのが一番よ。覚えててね、ゼノ。』
「わかった!」
「そして注目!ようやく当初の目的である四龍がそろいました。」
何人かが拍手をするなか、私とジェハは隣合って立ち頷いた。
「そこで俺には一つ気になる事があります。イクスの予言です。」
『そう言われてみるとそうね…
予言によると四龍が集結した時、王を守護する剣と盾が目覚めるって事になる。』
「うん。ここで言う王はヨナの事だとする。」
「私?」
「集まった時、何かが起こるのかと思ってたけど特に何もないし、ヨナが使うべき剣と盾を探しに行けと言う事なのか…
王というのがまんま現国王スウォンの事ならば、何をすべきか変わってくるしね。」
「そやつは王位を簒奪し姫様を城から追い出した逆賊であろう。正当な王などではない。
たとえその予言の“王”がスウォンだとしても。
その者が剣と盾、すなわち軍備を拡大し国を覇道へ導くならば、我々四龍は歪みを正すべく闘うぞ。」
キジャの言葉を聞きながら私、ヨナ、ハクは顔を俯かせるだけで何も言わなかった。
ジェハはそんな私達に気付いているようだったが、声を掛けようとはしないでいてくれる。
「ともかくこのままでは手掛りがないばかりか、どこへ向かっていいかわからない!」
「そのようだな。どうする?」
「ちょっとイクスのとこに話を聞きに行く。」
「あののほほん神官が心配だもんなぁ。」
「違わいっ!」
こうして私達は風の地、北山の谷にあるイクスの家へと向かい始めたのだ。
道中、私は短刀である物を彫って作っていた。
「時間を見つけては何かを作ってるみたいだけど何をしているんだい?」
『何だと思う?』
「う~ん…」
『ちょっと待ってね…』
私は形が出来るとユンに町で買ってきて貰った赤や白の塗料で彩りを加えていった。
『できた…』
「おっ、凄い!」
「器用だね、リン。」
私が作ったのは狐の顔を模した顔の上半分を隠す仮面だった。
耳がついていて鼻が少し出っ張った白い仮面に赤い塗料で目元を飾り鼻を塗って線描で華やかで可愛らしい仮面を作ったのだ。
実際に着けると顔の左側で飾り玉と共に編んだ紐が小さく揺れる。
「可愛い!!」
『ありがとうございます。』
「リン、どうしてわざわざ仮面なんか作ったんだ?」
『シンアを見てて思いついたの。
どこか私やハクの顔を知る者のいる場所で闘う事になって、顔を知られてはいけない場合だったら何で顔を隠せばいいのかって考えてて…
普段町に出るのには笠を被るなり、化粧を変えるなりで誤魔化せるから必要ないけど、戦場で素性を隠すには闘いの邪魔にならない物がいいから、シンアの仮面ならいいんじゃないかなと思って。』
「それにしても完成度が高いな…」
『道のりは長いし時間はたっぷりあったからね。
ユンが町に買い出しに行った時、塗料だけお願いしたの。』
「何に使うのかと思ったけど、まさか仮面になるなんてね。
ただ普段はあまりつけたらダメだよ?そうじゃなくても目立つんだから。」
『心得てます。』
私は仮面を外して笑みを零した。
ヨナが羨ましそうに見ていたため、彼女に仮面を一時だけ預ける事にした。
『着けてみますか、姫様?』
「いいの!?」
『えぇ、どうぞ。』
彼女が着けると髪や服の色とも合って可愛らしく仕上がった。
ただ彼女自身は視野が狭くて驚いたらしい。
「リンは視野が狭まっても大丈夫なのかい?」
『うん、問題ない。私の頭の大きさに合わせて作ってあるから視野にはあまり差は出ないの。
それに元々気配に敏感だから闘う時も不便はないわ。』
「流石だね、小狐ちゃん♪」
ジェハは甘く微笑みながら私の髪を撫でる。すると簪が揺れて彼の手を滑った。
そして私達はそんな事をしながらもイクスのいる北山の谷へと足を進めて行った。
目的地が近付いてくるとユンの表情が段々明るくなっていった。
「着いたよ。まだ3か月も経ってないのに何年も帰ってない気がする。」
「忘れ物取りに行くみたいな気軽さで言ってたから近いのかと思ってたよ。」
「コソコソ歩いてるから遠まわりなの。」
「イクス!戻ったよ。」
ユンが家の扉を開けると中はボロボロに荒れていた。
「なに…これ、ユン…!」
「イクス!!」
ユンは目に涙を浮かべながら倒れた戸の下に倒れているイクスに駆け寄った。
「イクス、なんで…賊か!?」
「あれ…ユンくん…」
「イクス!待って、今手当てを…」
「お腹すきすぎて…すべって転ん…じゃった。」
呆れながらユンがイクスの手当てをして、私は料理を作り始めた。
他のみんなは散らかった部屋の片付けを始める。
出来上がった料理を椀に入れてイクスに渡すと彼は嬉しそうに笑った。
「いやあ、九死に一生を得ました。」
「じゃないだろ、このバカ神官!!
何で普通に暮らしてて家めちゃくちゃ餓死寸前転んで大ケガだよ!
俺がいなきゃ本当に何も出来ないのな。めんどくさすぎ!いっぺん天に還れ!!」
「わあ~♡ユン君の怒鳴り声だ。ありがたやありがたや。」
「ユン君、泣いて取り乱してたもんね。」
『ふふっ』
「泣いてないし取り乱してないよっ」
ジェハの言葉に私はクスクス笑う。
その隣でキジャは丁寧にイクスに頭を下げた。
「神官殿、突然の訪問をお許し下さい。お会い出来て光栄です。」
「いえいえ、こちらこそ~」
イクスは私達を見つめて柔らかく微笑んだ。
「ずいぶん賑やかになりましたね。
ヨナ姫様も様々な事を経験なされたようだ。」
「イクス、四龍はそろったよ。王を守護する剣と盾って何?
王というのはヨナ?それとも現国王スウォン?」
「王を守護する剣と盾が現れるにはもう少し時間が必要なようです。
その時が来たらきっとわかるでしょう。」
「…ふぅん。今はその時じゃないってことか。」
『それならこれからどうしようか。』
「そうだね…剣とか盾とか探しに行くわけじゃないとすれば…」
「私は四龍の力をもう少し高めたい。」
「お、手合せすっか。」
「命の保障はせんぞ。」
「ほーぅ」
キジャとハクが気合いを入れた瞬間、今まで何も言わなかったゼノが口を開いた。
「…なぁ、どうして皆本題を避けるの?」
座りこんだままのゼノは静かに言葉を紡ぐ。
その少し冷たい言葉に私達は何も言えなかった。
「娘さん、四龍を集めてどうしたい?」
「え…」
「娘さんとそこの兄ちゃん、それから黒龍のお嬢は城を追われたって事だから戦力がいるのはわかる、生きる為に。
でもそれから先は?ずっと逃げるだけ?」
「…違うわ。」
「違う?なら…王位を簒奪したスウォンを討ち緋龍城を玉座を取り戻そうとお考えか?」
当たり前の問いを口にしているだけなのだが、その言葉に空気が張り詰めた。
「む…無理だよ。城に攻めこむなんていくら四龍がいてもこの人数じゃ…」
「できるかできないかじゃない。その気があるかどうか、だよ。
それに本気で四龍の力を使えば城一つ落とすのも不可能じゃない。」
それからすぐゼノはへらっと笑った。
「ま、ゼノにはそんな力ないけどネッ」
「そなたは~~~」
「新参者がすまぬーすまぬー別にゼノはそうしろって言ったわけじゃないから。
どうするのかなって素朴なギモンだから。
ゼノがついて来たのはゼノの勝手だし、娘さんも自由に考えていいから。それよりゼノお腹すいた。」
「そなた忙しないな。」
「…とりあえずご飯にすっか。」
「わーっ、めしー♡」
私とハクはそっとヨナを見た。
彼女は今まで避け続けていた真実と向き合わされて暗い表情をしていたが、私達は何も言わずにふと目を逸らしたのだった。
食事を終えると私、ハク、キジャ、シンア、そしてジェハは家の外に出た。
「…しかし、驚いたね。ゼノ君は頭に花咲いた坊やかと思ってたけどヨナちゃんにああいう切り込みをするとは。」
「ああ…あの者はどうも摑めぬ。
私も考えないではなかったが父上を亡くされてまだ日も浅い。
ご自分を守るのがやっとの姫様には重すぎる問いだった。」
『ただ親の仇をとるだけとは違うの…
姫様にとって逆賊であっても、国にとって必ずそうとは限らないから。』
―それに…スウォンは私達にとって…―
俯く私の頭にハクは大きな手を乗せた。
『ハク…』
「それ以上言わなくていい…わかってる…」
私達の様子をジェハは見つめながら寂しそうな表情をした。
それでも何も言わずに話を続ける。
「玉座を取り戻すということは王に従う五部族を黙らせこの国の全てを背負うということ。
たった16の女の子にそれはあまりにも無謀だ。」
「ハク、リン。そなた達は王と知り合いなのだろう?どのような人物だ。」
「……さあな。」
『ごめん…』
私とハクはそれ以上言わずにその場を離れた。
「相変わらずスウォンについては何も喋らぬな。
ジェハ、そなたにもリンは何も言わぬのか。」
「うん…気付いてる?その名を出す度、2人の顔が少し翳るんだ。」
「よほど憎い相手ということか。」
「いや…よほど情がある相手だったんだよ。」
ジェハの声が微かに聞こえて私の頬を涙が伝った。
それを横目に見たハクは無言で私の頭を抱き寄せながら進める足は止めなかった。私は彼の服を掴んだまま共に歩く。
そして滝の近くにいるヨナを見つけ、傍にある木の陰に身体を隠した。
「いい夜ですねぇ。」
「イクス…」
そこにやってきたイクスは私とハクに気付かないままヨナの隣に座った。
「…先程の事を考えておられるのですか?
でも…あなたの顔は迷いがないように思えます。」
「私…初めて城の外の人と話して、父上が禁じた武器を手にボロボロになるまで歩いたの。
聞こえてきたのは亡くなった父上と変わらない現状への恨みの声。
悔しかった、最も平和を愛する父上の国は幸せではなかったのだから。
悔しかった、知れば知る程私の力はあまりに弱かったから。
でも必死に手を伸ばしたら伸ばし返してくれた人がいた。
引き上げる力が足りなかったら後ろから手を貸してくれた人もいた。
私はこの国に守りたい人がたくさんできた。
阿波の領主クムジを討ったこと、後悔していません。」
「姫様…」
「阿波の闘いの後から…考えていたの。
高華国にはまだ…阿波のような町があるんじゃないかって…」
―父上…お許し下さい…
私はあなたの国を守るため武器をとります…―
ヨナは真っ直ぐな瞳でイクスを振り返った。
「だから私はこれから大地に立って高華国を見渡し、苦境に押しつぶされる人々を助けたい。
そしてこれは決して城の中ではできないことなの。」
―城に還るのではなく、今はやるべき事がある…―
そのときヨナの脳裏にスウォンが言い残した言葉が蘇った。
「今はまだ私にはやるべき事があるから」という彼なりの決意の言葉が。
彼女は少し顔を俯かせ涙を流す目を前髪の陰に隠して言った。
「…イクス、あなたには見えていると思うから言うわ。
私、阿波でスウォンと会ったの。
憎いと思った…許せないと思った…の…に…剣を…抜けなかった…」
「…どんなに愚かで理解されずとも捨てられない情は確かにあります。
自らを許せず心の臓を止めようとしてもまた走り出す心に絶望する事もあるでしょう。
緋龍王も仰った、“我は人間だ。人に憎まれ人に裏切られても人を愛さずにいられないのだ”
だからこそ僕は人が愛しいと思うんです。」
その話を陰で聞いていた私とハクは強く互いの手を握ってスウォンに対する怒りと情が溢れだすのを抑え込んでいたのだった。
その頃、スウォンは地心の都の要、地心城に来ていた。
ここの王、将軍イ・グンテはやる事もなくぐうたら過ごしていた。
彼は闘う事が大好きで、その強さは民達の憧れだった。
だが、地心は鉱物資源が先細りで恵みが途絶え始めていたのだ。
そこに突然国王であるスウォンがやってくるのだから驚かないわけがない。
グンテは若き王スウォンが王の器かどうか見極める事にした。
まずグンテの妻ユウノが趣味で作った茶をスウォンに出した。
その後スウォンを案内して地心の町を回る。途中、グンテの付人がスウォンに問うた。
「陛下は地心に如何なる御用件が?陛下が直々に御光来なされたのです。
きっと重要なお話がおありなのでしょう?」
「いえ、少し観光に。」
「観光?この昏迷に陥った高華国を新王のあなたがのんびり観光ですか?
我が部族も不安定な土地があるというのに。阿波とかきな臭いし。」
「口を慎め。」
「阿波ならヤン・クムジ殿が人身売買の現場を押さえられ行方不明ですよ。」
「何!?あの男がしっぽを出したと!?」
「陛下直々に制裁を…!」
「いえ、私は何もしてないです。やったのは地元の海賊達みたいですよ。
人身売買を止める為に活動していた海賊みたいですからあまり咎め立てしないで下さい。」
のほほんとしたスウォンの様子についにグンテが真剣に言った。
「…陛下は先王、イウ王をどう思われておいでか?
不敬ながら俺はあの王には疑問を抱くばかりだった。
南の真と斉にはナメられ、戒帝国からはいつ襲撃されるかと怯えた。
これ以上の屈辱を受け入れ、高華を危険にさらすのならばもしかしたら謀反を起こしたのは俺だったかもしれん。」
「グンテ様っ!?」
「おっと違った。俺は謀反を起こしていたかもしれん。
俺が言いたいのは陛下、あなた様がイル王とどう違われるかという事です。
この時期に観光などをし、海賊の件をなあなあに処理する。それでこの国は救われますかな?
あなたは戴冠式でこの国を先々代国王の時代のような強国へと再生させると申された。
その心に偽りなしと言いきれますか?」
「…はい、偽りはありませんよ。」
覇気の無さにグンテは呆れるが、スウォンは気にする様子もなく近くに祀られていた石に近付いていった。
それはよく見ると青や紫に輝いていた。この石自体には価値はないという。
その翌日、スウォンはある提案をした。“戦ごっこ”だ。
「グンテ将軍、あなたは御自分の魅力をご存知ないのです。」
グンテが出場するということで民達がみんな戦ごっこの会場に集まった。
彼の人気は底知れないのだが、彼自身はそれに気付いていないのだ。
派手な衣装に身を包み、首からは価値がないと言うあの石を磨き上げ装飾品にした物を下げた。
「グンテ様っ!」
「ユウノ。」
会場の裏にやって来たのはグンテより10歳以上年下の妻、ユウノだった。
「その衣装、私が見立てたの~♡」
「お・ま・えかーッ!!」
「私今日をすごく楽しみにしていたの。その衣装絶対絶対脱いじゃダメよ。」
「わかったわかった、うるせェな。」
ユウノは客席で見るために出て行った。
グンテは疲れたように座り、その様子にスウォンは笑う。
「猛将と謳われた貴方でも奥方様には弱いんですね。」
「所詮はこの試合も遊び。だんだんどうでもよくなってきたんですよ。」
「でもホラ、見て下さい将軍。地心の都の人々があなたの勇姿を一目見ようと集まっています。」
そして始まった戦ごっこは頭に乗せた皿を割り、階級ごとに攻撃範囲を決められているうえ、一回だけ復活可能という決まりの中で行われた。
「なんとも気合いの入らん御方よ。」
「同感だ。」
グンテはスウォンを見ながらジュドと言葉を交わす。
「珍しく意見が合ったな。
だいたい試合というが陛下は武術はお出来になるのか?
陛下の幼馴染みであった雷獣…あやつは天才だった。
雷獣の付人だった舞姫もその名の通り舞子のように剣を振るう姿は美しく才能にも溢れていた。
武人は実戦において経験を積み力を磨いてゆくものだが、あやつらはろくに戦場を知らずして一騎当千の力を持っていた。
だが陛下の武術の腕は噂にも聞かん。見た所色も白く腕も細い。雷獣が虎なら陛下はさながら兎だな。」
「誰が貴様なんぞと意見が合うか。天賦の才がそんなに輝かしいか。
大地を引き裂く勢いで現れた虎ばかりに目を奪われ、お前が言う兎が本当はどんな姿をしているかもわからんとは、貴様も貴様に心酔するここの部族共もそろいもそろって節穴だな。」
闘いが始まり、すぐにスウォンは逃げ始めた。
グンテは彼を馬鹿にしながら次々と敵を倒し、ジュドと対決していた。
だが、グンテの部下が仲間同士相討ちになってしまった。その理由は未だにわからないまま。
「何とスウォン陛下、囲まれて一斉攻撃を受けるかと思われましたが転んでしまったようです。スウォン陛下、何と言う幸運。」
―幸運…だと?―
グンテは違和感を覚えつつ面白くなってきたと思い笑った。
その間にスウォンは敵陣に入りこみ最後の敵に向かって行った。
そして敵の木刀を薙ぎ払う寸前、グンテを鋭い眼光で見ながら口角を上げた。
薙ぎ払われた木刀はグンテの目の前ギリギリに突き刺さる。
―なんだ…今…俺を見た…?俺を狙った…?こやつ兎か…?―
そして敵が復活したことでグンテは追い込まれていく。
そのときになって漸くスウォンの行動の意図を理解したのだ。
彼は逃げているのではなく敵を殲滅させるべく誘導しているのだと。
ついにグンテの部下がすべてやられるとスウォンは1対1の対決を挑んだ。
―逃げ回るだけだった兎が今は狙った獲物を逃さぬ鷹に見える…―
スウォンも真剣な姿を見せ2人は激しく決闘するが、最終的にスウォンが服の裾を踏んで転んだ事でグンテの勝利となった。その勝利に観客は大興奮。
最終的にはグンテも倒され対決は終了したのだった。
それでもグンテの勇姿を見た民達の興奮は冷めずその晩夜通し宴が催された。
翌日から不思議な事が起き始めた。
ユウノのお茶が人気になり戒帝国の商人が商売交渉にやってきて、鉱山だって今まで価値がないと思われていた石がグンテを勝利へ導いた“必勝の石”として注目を集め大忙しになった。
スウォンはグンテが民達と笑うのを見ながら静かにその場を後にした。
「それにしてもユウノ、お前はすげェな。」
「どうして?」
「俺の知らないうちに戒の商団と交渉したり宝石を発見したり。」
「私は何もしてないよ。私は試合中、陛下が紹介して下さったお客様にお茶をお出ししただけよ。
衣装見立てたのは私だけど、石を身に着けるよう提案されたのは陛下だし…」
「陛下は何処に!?」
「陛下ならお帰りになったよォ」
「帰ったあ!?」
グンテが城の外へ駆け出した時には既にスウォンは遠くにいた。
「あなたという御方は一体どこまで計算されていたのか…」
「ふふ、だって勿体ないと思いませんか。
自分がどれ程民に影響力があるかを知らないで日々隠忍自重してるなんて。ますます彼が欲しくなりました。
もし…いずれ本当に戦という手段を取らざるをえなくなった時、彼が率いる血の部族兵の士気は恐らく五部族一でしょう。その勢いは必ず高華国の力となる。」
グンテはスウォンの後ろ姿を見て笑っていた。
地心を潤す事がスウォンの狙いだったのだ。
―やはりあの眼は見間違いではなかった…―
「ユルく見せかけて底知れぬ熱を腹に抱えてやがる眼だ。ある意味ユホン様より恐ろしい…
なかなか見所がある男だ。ヤツに期待してもよいのか…」
グンテは今後を楽しみにニッと笑った。
「なぁに、いずれ会いに行けばはっきりすることよ。」