主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
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スウォンと阿波で会ったヨナは誰かの足音を聞いて彼に抱き寄せられた。
外套の中に抱き込まれたヨナは逃げ出そうと暴れるが、スウォンの手は強くなるばかり。
「…っ!はな…」
「静かに。じっとしていなさい。」
そこにやってきたのはスウォンの付人であるハン・ジュドと側近数人。
「スウォン様!お一人で歩かれては困ります。」
「あっ、ジュド将軍。ごめんなさい。新しい町はついワクワクしちゃって。」
「ついワクワクして?それで?女ですか?」
「えっ。あ、あはははははは。
やだな、ジュド将軍ってば。意外と野暮なんですねぇ。」
「あなたがどこの女と遊ぼうが勝手ですよ!!
しかし御忍びの偵察中にする事ですか!?」
「将軍、声が大きいですっ」
「落ちついて。」
「わかりましたわかりました。ちゃんとこの女(ひと)とはお別れしますから向こうで待ってて下さい。」
「早くして下さいよ。それと報告です。
周辺を捜索しましたが、ヤン・クムジの消息は不明です。」
「そうですか…」
そのときヨナの目にスウォンの剣が映った。
「昨夜戒帝国と取り引きの最中に海賊に襲撃されたものと思われます。」
「それで売買されてた人達と町の住人は?」
「全員無事です。」
ヨナが剣へと手を伸ばすと、スウォンの手が重なった。
「良かった、人々に被害は無かったんですね。
人身売買の噂は聞いていましたが、なかなか証拠が摑めず苦労しました。
海賊の皆さんには感謝しないと。」
「しかしクムジの後任は誰が…」
「それは後ほど。もういいですか、ジュド将軍?」
「勝手にしろ!!」
「将軍っ、言葉遣いが…っ」
「怒りんぼだなぁ。」
ジュドと側近達が立ち去るとスウォンは青空を見上げてヨナに尋ねた。
「私を…殺したいですか…?当然ですね。
でも今はまだ死ぬわけにはいかないんです。
私には…私にはやるべき事があるから。さよなら、ヨナ。」
スウォンは切なく微笑むとヨナを解放して頬をそっと撫でて去って行った。
ヨナはただスウォンの背中を見送る事しかできず、身体の力が一気に抜けてしまった。
彼女はその場に膝をついて声を上げて涙を流した。
「…ふっ…う…うわぁああああああ」
私は彼女がスウォンと角でぶつかったのとほぼ同時に目を覚ましていた。
『ぅん…』
隣で気持ち良さそうに眠るジェハの頬を撫で、彼の腕から逃れると上着を羽織って部屋を出た。
そのとき懐かしくとも会いたくなかった気配に気付き、私は無意識のうちに剣へと手を掛けた。
―スウォン…?まさか姫様と一緒にいる…!?―
私が彼らの気配を追って走り出そうとするとハクが目を覚ました。
「ん…リン?」
『ハク…』
「…姫さんはどこだ。」
『町に出てるみたい。今から行こうと思ってたの。』
「町か…それなら俺が行く。」
彼が歩き出すのを私は見送り、ヨナと分かれて歩き出したもうひとつの気配の方へと私は足を進めた。
そして建物の影に立って腕を組むと壁にもたれた。
彼の足音が聞こえ、周囲に何も気配が無いのを確認すると私は彼の前にゆっくり歩み出た。
「リン…っ」
『久しぶりね、スウォン。』
「やはり生きていたんですね。」
『ヨナに会ったのね。』
「えぇ…安心してください、あなた達が生きている事を口外するつもりはありません。」
『あなたを信じる事は出来ないわ。』
「それならここで私を殺しますか?」
『…それも私には出来ない。だってあなたは私にとって友であった事に変わりないんだもの。
もちろん、イル陛下を殺したあなたを許す事なんてできないけれど。』
「リン…」
『あなたは何かやるべき事があって突き進んでるんでしょう?』
「えぇ…」
『それは私達だって同じ。だから今は何も言わないでいましょう。
あなたの目的を私も知りたい。
イル陛下の命を奪ってまであなたがやりたかった事…私に理解は出来ないかもしれないけれど、それを判断するのは今ではないと思うから。』
「…ありがとうございます。」
『感謝されるような事は何もしてないわ。ただひとつだけ忠告してあげる。
ハクに会ったら死を覚悟する事ね。彼はあなたを殺してしまうかもしれないもの。』
「わかりました。」
『さよなら、スウォン…』
「リン…」
『もう…懐かしい日々には戻れないんだから。』
私が顔を曇らせると彼は寂しそうに微笑んだ。
「そうですね…戻れなくしたのはこの私です。さよなら、リン…」
私は彼の背中を見送って海賊船へと戻るのだった。
ハクは町を走り抜けヨナのすすり泣く声を聞き彼女に駆け寄っていた。
「姫さん!おい、どうした!?何が…」
彼女の普通ではない様子を見て彼は言葉を失う。
それと同時にスウォンが去って行った方向に何かを感じてじっと睨みつけた。
彼は泣き続けるヨナの傍らに膝をつき彼女が泣き止むのを何も言わずに待つ。
そして落ち着いた彼女に何も言わず共に海賊船の方へと戻るのだった。
ジュド達の元へ戻ったスウォンは自分の馬へ歩み寄った。
「お待たせしました、ジュド将軍。」
「ほう、意外に早かったな。日暮れまで帰られぬかと思いましたよ。」
「やだな、いじわる言わないで下さいよ。」
「あなたには遊んでる暇など欠片も無いはず。何の為に即位を急いだかお忘れか。」
「…いいえ、忘れた事など。」
スウォンは冷たくも少しだけ哀しげに微笑んだ。
「しかし陛下が女遊びなんて珍しいですよ。」
「城内の女だって誰一人見向きもなさらないのに。」
「そんなにいい女だったんですか?」
「……そうですね、とても…忘れがたいひと…です。」
「へえ…」
「顔拝んどきゃ良かったなぁ。」
「それより先を急ぎましょう。
阿波(ここ)の人々は自ら立ち上がる道を見つけた。
これから強くなりますよ、この町は。」
「次はどちらへ?」
外套を被ったスウォンは馬にひらりと飛び乗った。
「まずは地の部族長、イ・グンテ将軍に会わなくては。地心の都へ!」
スウォンも次の目的へと進み始めたのだ。
私は海賊船に戻ると仲間達を起こして回り、その後ユンと共に朝食を作り始める。そこにヨナとハクが帰って来た。
私は彼女がスウォンと会って泣いた事を知っていながらも何も言わずに笑顔を向けた。
『おはようございます、ヨナ。』
「おはよう♪」
彼女が歩いて行くと私の隣にハクが並んだ。
「…姫さん、泣いてたぞ。」
『知ってる。』
「聞こえてたのか。それならどうして一緒に来なかった?」
『ハクが行けば平気だと思ったの。』
「…アイツの気配がした。」
『アイツ…?』
「とぼけるな。スウォンだ。気付いてたんだろ?」
『…ハクにはやっぱり隠せないか。』
「姫さんがあそこまで取り乱すのはまだスウォンを想っていた記憶が消えないからだろ。」
『そう簡単に忘れられる物ではないわ。
好きだった相手も、その人がやった事も、目にした現実も…』
「あぁ…」
私とハクは寂しさに俯きそうになる顔をどうにか上げたままヨナの無理矢理笑う姿を見ていた。
「キジャ、キジャ!起きて起きて。いつまで寝てるの?」
彼女はテーブルに突っ伏して眠っているキジャを揺すり起こしていた。
「は、はいっ。がんばりますー」
「あはは、キジャ変な顔。」
「あ…姫様、お元気ですね。」
「もちろん、元気元気!」
彼女はキジャを振り返って笑いながら足を進める。
その先の地面はデコボコになっていて転びやすくなっていた。
「あ、姫様そちらは!」
キジャより早くヨナの足元が危ない事に気付いていたハクは彼女を抱き止めた。
「っと…」
ヨナはハクの腕の中で驚いた様子だったが、すぐにニコッと笑い歩き出した。
「元気元気♪」
『ヨナ…』
ハクは彼女を見守りつつ大刀を手にした。
阿波に来てから戦いの時以外手にしなかった大刀なのに、彼はヨナの泣き顔や無理に笑う姿を見て自分を引き締める為にも再び大刀を持ったのだ。
「ユンー、リンー!朝食は?」
「あわび粥。」
「キャー、おいしそう♡よそうね。」
『あ、ヨナ!そこを触ったら…』
「あっつっ!!」
「大丈夫!?」
「平気平気。」
彼女は鍋の取っ手を持って火傷してしまった。
私はすぐに彼女の手を水で冷やしてそっと撫でた。
『姫様…』
「平気平気♪さぁ、皆ごはんよ。」
「うおーっ、めしー!!」
「俺二日酔い…」
「ヨナちゃん、こっちこっち。」
笑顔で朝食を配っていくヨナをユンも見つめる。
彼もヨナが無理矢理笑っている事に気付いているようだった。
「リン、何かあったの…?」
『…ちょっとね。』
「そっか…」
彼はそれ以上何も訊かないでいてくれた。
ヨナは朝食を配り終えると海賊達の輪に入って共に食事を始めた。
「おいしい~さすがユン、天才ね。」
「ヨ…ヨナちゃん。こぼしてるよ。」
「あら…」
「何やってんだ、嬢ちゃん。」
「ほら、拭いて…」
海賊が拭き取る為の布を渡そうとするとヨナは真顔で汚れた服を脱ぎ始めた。それには流石の海賊達も大慌て。
「ヨナちゃんヨナちゃん!!」
「ちょっとちょっと!!」
するとハクがヨナの背後から自分の上着を羽織らせた。
「ハク…?」
「着替えなら船長の部屋借りて下さい。」
ボーっとしていたヨナも漸く自分がしでかした事に気付いたようで、急いで立ち去った。
『ヨナ…』
「はい、見物料千リン。」
「えーっ、今のは不可抗力だーっ」
「というか、せっかくイイ所だったのに。なぜ止め…」
馬鹿げた事を言い出したジェハの顔面をハクの後ろ手が襲い、私はジェハの後頭部を叩いた。
両側から叩かれてジェハには逃げ場がない。
「どうしたんだい、彼女?」
「別に。」
『…それより鼻血拭きなさいよ。』
私は布をジェハに渡しながら苦笑する。
―ハクも顔面はやめてあげなさいな…―
ジェハはハクの持つ大刀を見ながら言葉を紡ぐ。
「立派な槍だね。いや、大刀かな。
そんなもの持ち歩いてたら町の人間が驚くよ。」
「ああ…あまり町じゃ持ち歩かないようにしてたんだけどな。近頃平和ボケしてたから戒めだ。」
ハクは大刀を抱き寄せて目を鋭く光らせる。
ジャハはそんなハクの様子にぞくぞくしていた。
―くぅ~イイね~昨日まで戦場にいたくせに平和ボケときたか…
その見据えた視線の先にいる人物に興味があるね…
あぁ、それにしてもなんて哀しい殺気だ…―
「リン、君は何か知って…」
ジェハは自分の隣に立つ私に声を掛けようと顔をこちらに向けるがすぐに息を呑んだ。
私も剣に手を掛けたまま鋭い眼光を向けていたからだ。
―リン…君までもがその人物に殺気を抱くのかい…?
でも殺気がハクの物とは違うね…
殺す事自体には迷いがあるし、とても哀しそうだ…―
ジェハはそんな私を見ていられずそっと手を握ってきた。
『っ!?』
「リン…」
『ジェハ…?』
「そんな哀しそうな顔しないで。」
『…平気よ。』
その頃、ヨナは船長の部屋で着替えていた。
途中シンアに言われてヨナを追いかけてきたアオが彼女の傍にいる。
スウォンの事を思い出し迷う心をヨナはどうにか抑え込んでいた。
その気配さえ私は感じられて遠くなった幼馴染との距離にまた涙が零れそうだった。
「リン、行くぞ。」
『えぇ。』
私はハクに呼ばれて歩き出す。ジェハは微笑むと私の髪を撫でてどこかへ行ってしまった。
「姫さんはどこだ。」
『この先の原っぱ…海を眺めてると思う。』
気配を追って行くと夕陽を見つめるヨナがいた。
座っている彼女の両側へ私とハクは静かに近付く。
私は彼女の隣に座り、ハクは横になった。
「…外に出て…色んなことがあったな…」
「…そーっすね。」
「わっ!どこにでもいるのね、ハク…」
「あんたのいる所にはね。」
『私もいますよ。忘れないでください。』
「リン!!?」
『気付いてなかったんですか…』
その間にハクは身を起こした。
ヨナを挟むように座ってただ海へと目をやる。
「…今朝は不覚にも寝入っちまいましたが。
一応専属護衛なんでうぜェくらい隣にいるから。」
『私も姫様直々に傍にいてって言われたんですから。
あなたを独りになんてしませんよ。』
「だからなんかあったら呼んで下さいよ。」
ヨナは私とハクを見て少しだけ心の蟠りが軽くなったようだった。
やっと無理矢理ではない笑みを零してくれたのだ。
「…うん。ハク、リン。私ここを経つわ。」
彼女はハクの服をきゅっと掴み、近くにあった私の手に小さな自分の手を重ねて言った。
「一緒に来て。」
するとハクは柔らかく微笑んでヨナを見た。
私は微笑むと重ねられた彼女の手を握り返す。
「…はいよ。」
『喜んで。』
そのときガヤガヤと背後から声が聞こえ私達は振り返った。
そこには岩陰に隠れ…切れていないキジャ、シンア、ユンがいた。
「みんな、何してるの?」
「あ、私はその…」
「…ちょっとヨナ。そういう話は俺らにも言ってよね。」
「え?」
「え?じゃない!出発の話!!そういう事は皆がいる時に言わないとシマらないでしょ。」
「そうです、姫様!我ら四龍はあなたが命じれば地の果てまでも参ります!」
「お前、もう帰っていいぞ。」
私達は立ち上がって仲間達と話し始める。
ハクはキジャに向かって言い争いを始めるのだが。
「なにィ~~っ」
「そもそも我ら四龍って2人しかいねーし。」
『確かに私は龍だけど四龍じゃないし。』
「うるさいっ!」
微笑んだヨナは私達に向き直ってはっきり言った。
「みんな、明日阿波を発つ。一緒について来てくれる?」
「お供します!」
「…」
「めんどくさ。」
「えーっ」
『ふふっ』
こうして阿波の出発が決まった。
私達は準備を始め、ギガンにはヨナが伝えに行き、海賊達には私やハクが説明したのだった。
翌朝、私達は荷物を手に町を出ようとしていた。
そこに海賊達や町の人々が見送りの為に来てくれた。
だが、ジェハの姿はない。私も前日から彼の姿は見ていないのだ。
「ついに行っちまうのか、ヨナちゃ~ん!リンちゃ~ん!!」
『いろいろありがとうね。』
「ボウズ、また来いよ!絶対来いよ!死んでも来いよ!!」
「痛いよ。」
背中を叩かれてユンは顔を顰めている。
ヨナはジェハを探して辺りをきょろきょろしている。
「どうしたんですか?」
「ジェハがいないの。お礼とか言いたい事いっぱいあったのに。」
「どうでもいいだろ、あんなタレ目。」
「よくない!すごく助けてもらったのよ。
それにリンだってこのままでいいの?」
『え…?』
「だって好きなんでしょ、ジェハの事…」
『あー…こうなることはわかってましたから。』
「でも…このままお別れなんて…」
―というより、ジェハも一緒に来るんだし…―
私は分かっていながらも何も言わなかった。
―“こうなること”がどういうことか言わなくてもいいかな…?―
「ギガン船長、ジェハを知らない?」
「どうでもいいだろ、あんな鼻タレ。」
「えーっ」
『ハハハハッ』
「ジェハねぇ…ま、またいつか阿波(ここ)に寄ればいいさ。」
「…はい。」
「忘れもんはないね。」
「はい。」
「船が要る時は私に言いな。いつでも用意してやるよ。」
「ありがとう。」
ギガンはヨナの顔を見て笑った。
「顔の腫れ、まだ引いてないね。」
「平気よ。」
「ふふっ、風が吹いたら飛んでいきそうなヒョロヒョロ娘がたくましくなったじゃないか。」
「ヒョロヒョロ娘?そんなにひどくないわ。」
「いーや、来たばかりのお前は何も出来ないヒョロヒョロだったね。
まあ今だって掃除・洗濯・料理…まともに出来やしないが。
早く覚えな。無鉄砲だけが取り柄なんて嫁のもらい手がないからね。」
「余計なお世話!」
「問題ないでしょ。ヨナ様が山で芝刈りしてる間に川で洗濯してくれる旦那見つければ。」
「ハクは黙ってて。」
私は海賊達と共に声を上げて笑った。
「ヨナちゃん、阿波の料理は魚焼ければ大丈夫だから。」
「おお、行くとこなかったら俺んとこ来な。」
「行きませんっ」
「リン、あんたも命を無駄にするんじゃないよ。」
『はい。お世話になりました。』
「いつでもおいで。待ってるよ。」
『ありがとう…』
ヨナが海賊達と言い合っている間にギガンと私は短く言葉を交わす。
彼女が優しく頭を撫でてくれる。そこからは母親のようなぬくもりを感じ取れた。
「もうっ、皆失礼なんだから。出発!」
「あぁ、お待ち。持っていきな。」
ギガンは袋いっぱいの千樹草をくれた。
そして彼女はヨナの頭をぽんぽんと撫でるのだ。
「風邪ひくんじゃないよ。」
「なんか船長母ちゃんみたいだなぁ。」
「…それではお世話になりました。」
私達はギガン達に背中を向けて歩き始めたがすぐにヨナが足を止めた。
「…ヨナ?」
彼女を振り返るとその目からは涙が零れていた。
ギガンのぬくもりに触れて別れがつらくなったのだろう。
彼女は走って行ってギガンに抱き着くと声を上げて泣いた。
ギガンはそんな彼女を優しく抱き締めてやる。
海賊達は笑いながらも泣き、私やハクは微笑んで見守った。
ユンとキジャはもらい泣きをしていて、私はユンの頭を撫でてやりながら笑っていたのだった。
泣き止んだヨナを連れて私達はギガンや海賊達、そして町の皆に別れを告げて歩き出した。
「行っちまったなぁ。」
「あの娘達は海賊の一味じゃなかったのか。どうりで海賊にしちゃ可愛い。」
「あら、さっきまで泣いてたあの娘って外見は可愛いかもしれないけどあの娘は並の戦士より強いわ。
なんたってあのクムジを討ったんですもの。」
「えっ、あの赤い髪の娘がクムジを倒したの?」
「知らないの?もーかっこ良かったんだから。」
「へぇ~あの嬢ちゃんがねー」
「ん?何の話だね?」
「お~~っ、聞いてくれよ。この阿波を救ったのはなんと…」
ヨナの事はユリを始め多くの人によって町中に広まったのだった。
私達はというと泣いているヨナ、ユン、キジャを連れて山道を歩いていた。
「ヨナ…もう泣きやんで。」
「そなたも泣いておるぞ、ユン…」
「一番泣いてんのはてめーだ、白蛇。」
「だって…ジェハとも結局お別れ出来なくて…」
「ジェハ?彼は仲間になったのではないのですか?」
「…え?」
そのときシンアが無言で近くの木を切り倒した。
すると悲鳴と共に誰かが降ってくる。
「わ~~~~っ」
『はぁ…龍が自ら降ってくるなんて何事よ…』
「ジェハ!」
「…やっ、ヨナちゃん。」
ジェハは倒れたままヨナに向けて片手を上げて挨拶をした。
私は倒れる木から飛び降りれず落ちてきた彼に呆れるばかり。
「どうして…」
「ずっと近くに、いた…」
シンアの言葉にヨナは私を見る。
「だってこうなることはわかってるって…」
『えぇ、こうやってジェハが仲間に加わる事は分かってましたから。』
「それならそうと教えてくれればよかったのに!!」
『ふふっ、申し訳ありません。』
私は謝っていながらも彼女の様子が可愛らしくて笑ってしまっていた。
「ちょっとヒマになったんでヨナちゃんと旅するのも悪くないかなーって思ったんだけど、どうも泣きそうになりながら僕を探す君を見ていたらたまらなく興奮しちゃって、ついね。
声かける機会を逃してしまったのさっ」
「相変わらず変態だな。」
『うん。』
「雷獣と似たニオイ感じるよ。」
ユンのツッコミに私は笑うしかない。
「えっ、でも四龍の掟に縛られるの嫌だってあんなに…」
「四龍なんて関係ないよ。今までもこれからも自分で選び進んだ道を行くだけ。
何も僕の美学に反してはいない。今はただ君を放っておけなくてね。」
ジェハは座ったままヨナの手を取って微笑んだ。
「連れてって、ヨナ。」
そんなジェハの頭をハクの大刀と私の拳が襲う。
「調子のいい事ぬかしてんじゃねぇよ。」
『姫様と二人旅なんてするつもりじゃないでしょうね。』
「そうだよ、僕らにも挨拶してもらわないと。」
「それは失礼。」
ジェハは服を払いながらすっと立ち上がった。
「では改めて、僕の名はジェハ。
右脚に龍を宿す美しき化物だよ。以後よろしく。」
こうしてジェハも仲間に加わったのだった。
山道を次の目的地を求めて歩き出すとジェハは自然と私の隣に並んだ。
「リン…?」
『なぁに?』
「…怒ってる?」
『何に対して怒らなきゃいけないの?』
「えっと…さっきヨナちゃんと二人旅をするような事言ったし…?」
『あー、そんな事…元々二人旅なんてさせないから怒ってなんていないわ。
姫様には私とハクが必ず共にいるもの。』
「僕はリンとの二人旅でも良かったんだよ?」
『それは出来ない相談ね。それに…嘘は吐いたら駄目よ、ジェハ。』
「…ん?」
『とぼけたって駄目。姫様を放っておけないのは本当の気持ちでしょう?』
「…君には何もかもお見通しだね。」
『私は…ジェハと一緒にいられるからそれでいいわ。』
「リン…」
『好きだって想える人が出来て、別々の道を進まなくていいって知って…それ以上に何を望むというの?』
「そうだね。」
彼は切なく微笑んで私の手をそっと握った。
私はその手を握り返して仲間達の背中を追った。
ジェハが加わって旅を始めてから数日が経った時、ユンは町で食料を調達していた。
塩を買ったところ、店番をしている女性にある物を貰った。
「これ、何?」
「お客さん、お目が高い。その品は伝説の…」
ユンは受け取った白い鱗のような綺麗な欠片を手に帰って来た。
『おかえり!』
「ただいま…」
『…何かあった?』
私は彼が持っている荷物を受け取って運びながら問いかける。
すると答えてくれたものの私は理解出来ず声を上げた。
『…白龍の鱗?』
「な…何だと?」
私達の近くには袖を捲って洗濯をするハクと、洗い終わった物を干すキジャ、そしてのんびりしているジェハがいた。
「お前、何自分の鱗売りに出してんだよ。」
「誰が出すか!」
「これを身につけたらカタブツになるとか、右手だけデカブツになるとか?」
「おいっ」
ジェハはユンから受け取った鱗と言われる物を眺めながらさほど興味なさそうに言う。
「ところがまさかの恋が叶う鱗らしい。」
ユンの言葉に私、ハク、ジャハは大爆笑。
「「『ハハハハハハハハハハハッ』」」
キジャは意味がわからないとでも言いそうだし、私達はお腹を抱えて笑う。暫くして正気に戻ると私達は言う。
「何だその桃色な鱗は。」
『白龍の鱗って白かったはずよね?』
「そうか、君の鱗は恋を叶えるのかー」
ジェハはおもむろにキジャの右手の鱗をべりっと剥いだ。
「剥ぐな!痛いわ!!白龍の鱗などとデタラメを!!
神に等しき龍の名を騙り(かたり)、商売にするなど不届き千万。
なぜそのような物を購入したのだ、ユン!!」
「買うわけないじゃん。塩を2袋買ったらオマケでもらったの。」
「オマケだと?ますます怪しい。」
「要するに四龍にかこつけた恋のお守ってわけだろ?」
『そういうのは女の子が持つべきかしら。』
「そうだね。“恋が叶う”なんて可愛いし。
でもリンには必要ないし…あ、ヨナちゃん。」
そのとき洗濯物を運ぶヨナが通りかかりジェハが呼び止めた。
「ちょっとおいで。」
「いや、それお守じゃなくていわゆるホレ薬らしいよ。」
ユンの言葉にジェハはヨナに鱗を渡そうとしていた手をしゅるりと動かして自分に引き寄せた。
「なに?」
「ごめん、間違いだった。」
ヨナが立ち去るとジェハの強く握った手をハクが掴んだ。
「なにかな、ハク。」
「とぼけんな。今それをパクろうとしただろ?」
『変な事に使う気満々でしょ…』
「そうだ。そしてホレ薬とはなんだ!?」
キジャの言葉に私、ハク、ジェハは驚いて無言で彼を見つめる。
「『ユン(君)~!』」
私とジェハはすぐに天才少年ユンに助けを求めた。
「はーい。ちなみに購入者さんの感想…
片想いの彼に思いきって白龍の鱗飲ませたら、たちまち両想いに♡
友達にもすすめちゃいました(匿名希望・18歳)」
「つーのがホレ薬だよ、キジャ君。」
『そういうこと。』
「だからなぜ白龍の鱗だ!」
『確かに…どちらかと言うと緑龍の鱗の方がしっくりくるわ。』
「…どういう意味かな。」
「そのままの意味だろ。まぁ、妙な薬があったもんだ、この国に。」
「この分だと緑龍の鱗も売ってそうだね。」
『流石に黒龍の鱗はないでしょうけど。』
「ただの薬か毒薬か媚薬の類か。興味はあるけど…
上手くすれば高く売れそうだから機会があるまで預かっとく。」
「そうだね。」
「ユンならば安心だ。」
ユンが差し出した手にジェハが鱗を握った手を伸ばすが、その手は一向に開かれない。
『ジェハ…?』
「…早く手ェ開けろよ。」
「いや、これ麻薬かもしれないよ。僕が確認しよう。」
「わかったから手ェ開けろよ。」
「いや、ハクは洗濯でもしててくれ。」
「やはり危険だ。私が預かろう。」
「もー、めんどくさいよ。男だらけの攻防戦…」
『はぁ…』
私とユンは並んでハク、キジャ、ジェハの馬鹿げたやりとりを見ていた。
するとジェハが拳を握って本音を口にした。
「だって!せっかく面白そうな物が手に入ったのに!!
使わないなんて愚者のする事!!」
「本音が出たな。」
「不埒な。」
『変態…』
「キジャ君は使ってみたくないの?」
「使いたいわけがなかろう。」
ジェハはニッと笑うとキジャの耳元で甘く囁いた。
「君の最愛のご主人様に飲ませてみたいと少しも思わない?」
「なっ…」
「彼女をその腕で思いっきり抱きしめたいと思わない?」
「きゃーっ」
「キジャの腕で思いっきりやったらヨナの骨ぽっきりだよ。」
「私はそんな姫様に邪な想いなど…!」
「全くないと言いきれる?」
「当たり前だ。姫様は四龍の主たる尊き御方。そのような邪念は罪だ!!」
「龍だって能力がなければただの人間(ひと)だよ。
ヨナちゃんも勿論ただの人間(ひと)だ。
恋する事を誰が止められる?」
『…もっともらしい事言ってるけど、ホレ薬使おうとしてる時点で外道よ?』
「こんなの退屈しのぎの玩具(おもちゃ)だろ。ハクが要るならあげるけど。」
「ばーか。」
「成分が分からないから人に飲ませちゃダメだよ。」
「じゃ、毒味しようか。」
「『えっ』」
するとジェハは何の迷いもなく鱗をぺろっと舐めた。
彼は味を確かめて私達に伝えてくれる。
ユンは興味深そうに記録を取ろうとしているようだ。
「んー…甘くて砂糖菓子みたい。」
「ど…どう?」
『…大丈夫?』
「別にどって事ないね。商人のいたずら…」
その瞬間、ジャハの鼓動が一度大きく打ち彼は頭を押さえながら膝をついた。
「うっ…ぐあ…っ」
『ジェハ!!』
「やはり毒か!?」
倒れたジェハをキジャは抱き起こした。
私はそれを近くで見守りながらただジェハを呼んだ。
『ジェハ…』
「気をしっかり持て。今ユンが解毒剤を…」
そのときジェハの中で何かが芽生えキジャの頬をするっと撫でた。
「ジェハ、大丈…」
『あれ…?ジェハ、様子がおかしい…』
「僕の嫌いなもの…」
「は?」
「掟…鎖…」
「なに?」
「四龍…」
「おい…」
「だから君も嫌いなはずなのに…」
いつの間にか私はキジャ諸共ジェハに押し倒され地面に背中を預けていた。
『ん?』
「こ、これは…どういうことだ…?」
『絶体絶命かなぁ…?』
「なぜかな…君の存在は僕の心をかき乱す…」
ジェハは私とキジャの首筋に顔を埋めた。
『ユン!!ジェハがもう手遅れみたい!!』
「大丈夫。割といつも手遅れだから。」
『それはそうだけど!これは私の手にも追えない!!』
「キジャー、リン~ジェハは今ホレ薬効いてるから。」
「何!?」
『やっぱり!!?』
「テキトーに気をつけてねー」
「ちょっと待てーリン、こういう時はどうするのだ!?」
『うーん、とりあえず…逃げる!』
「うむ。」
キジャが右手を振るいながら叫ぶと、すっとジェハは飛び上がって躱し軽やかに着地した。
「ええい、やめんか!」
そしてジェハは笑顔でこちらへ向かって来る。
私はキジャとジェハがやり合いそうなのを見てすっと身体を引いた。
「なーんてねっ!!ふはははははははっ」
『もう、ジェハ…』
彼は微笑むとウインクをしながら私の隣に並び、頬にキスをした。
「ホレ薬は本物だ。頂いてゆくよ♡」
「あのヤロウ、正気に戻りやがった。」
「少量舐めただけだとすぐ戻る、と。」
『そんなこと記録してどうするの、ユン…』
「何かに使えるかもしれないでしょ。」
『…何に?』
「さぁ?」
「急げ、あっちには姫さんがいる!」
「追え!!」
『追いつける訳ないじゃない…相手は緑龍よ…?』
ハクとキジャを見て再び私とユンは溜息を吐いたのだった。
その頃、ジェハは器に水を入れて鱗を溶かしていた。
「白龍の鱗を水に溶かして…
ふふふっ、若者をからかうのは年上の特権♡
おっ、ヨナちゃん発見♪」
弓矢の練習をしているヨナを見つけてジェハは無邪気に彼女に駆け寄って行った。
「ヨーナちゃん!」
「えっ?」
「喉渇いてない?」
「きゃ…ジェハ!?危ない!!」
「うわぁあああああ!!!」
「ジェハ(あいつ)の声だ。」
「姫様っ」
『ふっ…ハハハハハハハハッ』
「「リン?」」
私はジェハを気配で探り、一部始終を理解していたため大爆笑。
ハクとキジャは不思議そうにこちらを見ていたが。
するとゆっくり前からジェハがこちらへやって来た。
「ヨナちゃんの所に行ったら彼女…弓の練習しててね。」
「射られたか?」
「いや、矢は華麗に避けたよ。盲点だったのはその先…」
彼は足元の石によって体勢を崩し、持っていた白龍の鱗を溶かした水は近くにいたシンアとアオにかかったのだ。
「というわけで、仮面男とリス一匹が美しい僕の虜になってしまったよ。」
「『おめでとう。』」
「ありがとう!…助けて!」
『自業自得じゃないの…』
「彼ずっと近づくでなし遠ざかるでなし一定距離を保ってじっと見つめてて怖いよ!!なのにリスは常にゼロ距離だよ!!」
「今モテ期なんだと思えばいいよ。」
「僕の恋は踏まれても蹴られても追いかける主義。追いかけられると冷める。」
「なんて迷惑な変態だ。」
『…確かに最終的に私を追いかけて来たのはジェハだったけど。今のジェハはお断りかな。』
「え…リン…!?」
「ホレ薬は?」
「全部彼にぶちまけちゃった。」
「もう何やってんのさ。成分分析して戦闘に使おうと思ってたのに。」
「ごめんね。」
「お前どんな闘い方するつもりだ。」
『ユンが一番恐ろしいかも…』
そのときジェハが一瞬見せたニヤリとした笑いを私は見逃さなかった。
―まだ持ってるんでしょ、ジェハ…?―
ジェハは残っていた鱗をまたもや水に溶かした。
「実はまだ残ってたりして。どう使おうか。
あのハクのすました顔が崩れる所なんかイイな。」
そのときシンアが離れた木の影からじわじわとジェハに近付いてきたのを彼は気配で感じ取り振り返ると身を引いた。
「なっ、なんだいシンア君っ」
「甘い匂い…」
「え…?」
―ハッ!そうか、ホレ薬の香り…―
シンアは香りに誘われるようにジェハに顔を寄せてくる。
「わーっ、シンア君。待って待って!君とは友達でいたいんだっ!!」
ジェハは近くにあった台に鱗を溶かした水を置くとシンアから逃げ出した。
彼らが激しい鬼ごっこをしている間、私達はのんびり過ごす。
『ジェハはまだシンアから逃げてるみたいね。』
「馬鹿だな。」
「緑龍の脚と青龍の眼の勝負か…」
『もうちょっと違う所にその能力を使ってほしいものだわ。』
「そう言ってるお前だって黒龍の耳で音と気配を探知して楽しんでるだろうが。」
『ふふっ、まあね。』
夜になるとキジャは喉が渇きジェハが置いたままにしていた水を見つけた。
「ん、何やら良い香り…ユンが何か作ったのだろうか。」
普段なら決して盗み食いはしないのだが、彼は一口だけ水を飲んでしまった。
そこに運悪くヨナが歩み寄ってくる。
「キジャ。あのね、ハクがいないの。どこに行ったか知らない?…キジャ?あの…」
「なぜ…ハクなのですか…?」
彼女を振り返ったキジャは真剣な眼差しで彼女を射抜いていた。
「あなたがあの者の名を呼ぶ度、私は苦しくて…」
「キジャ?」
「あの者が羨ましくて、あなたに触れたくて…
叶うのなら今夜この想いを…」
キジャは龍の右手を大きく変化させながら、ヨナを抱き寄せた。
そして口付けそうになった瞬間、彼ははっと我に返る。
「キ…キジャ?どうしたの?何を言って…」
「ええ…本当に…なにを…言ってる…私は…近づかないで下さいっ」
「キジャ!?」
「今、私変なんです。来ないで下さい。私はあなたに何をするかわからない。」
自分の失態に赤くなった顔を大きな手で隠すキジャ。そんな彼をヨナは心配した。
「キジャ、何か変な物食べた?」
「………飲みました。」
「大丈夫?」
肩に手を乗せられたキジャは自分の右手をその小さな手に乗せた。
それだけで彼は鼓動が速くなってしまうのだ。
「ぬお―――ッ、この手がぁあああ!!
ち…違うんです。違うんです違うんです。
私はあなたを…抱き…しめ…たいなど…」
恥ずかしさの余り顔を赤くしたキジャはその場に倒れてしまった。
「キジャ!?」
―傷だらけでも泣きながらでも立ち上がるあなたをお慕いしています、本当です…
でもそれは私が龍だから…あなたを守る龍だから…―
私は欠伸をしながらキジャの気配と声を元に倒れたキジャと抱き止めているヨナのもとへ向かった。
『姫様?』
「リン、キジャがおかしいの!」
『この香り…白龍の鱗を飲んだのかしら…
まぁ、きっとジェハが鱗を溶かした水でも置いてたんでしょうけど。』
「え?」
『明日になれば全てが元通りですよ、姫様。ご心配なく。』
「うん…」
私はキジャに肩を貸してユンが眠っている所へと戻って行った。
「ねぇ、ハクはどこに行ったのかしら?」
『川に水を飲みに行ったようですよ。』
「気配でわかるの?」
『それもありますが、姫様の傍を離れるのでハクの方から私に一言残して行きました。』
「凄い信頼感なのね。」
『誇らしい限りです。』
そう言って笑いながら私とヨナは足を進めたのだった。
翌朝、キジャは正気に戻りヨナに深々と頭を下げた。
彼女の隣にはハクと私が彼女を挟むように座っていた。
「姫様っ、昨夜の無礼をお許し下さい。
いえ、私が許しませんので腹かっさばいて果てます!!」
「自己完結しないで、キジャ。」
「そんな薬があったなら仕方ないわよ。全然気にしてないから。」
「もう本当…穴があったら埋めて下さい。」
「でもちょっとドキドキしちゃった。
男の人にあんな情熱的に口説かれた事ないもの。」
「へーえ…なんなら口説きましょうか、情熱的に。」
「そういうことは好きな人に言わなきゃダメよ。」
「あー、そうですね。」
『ふふっ』
「…なんだよ、リン。」
『不憫ね、ハク。』
「うるせぇ…」
そんな私達の前でキジャは考えに耽る。
―姫様は16歳の少女なのだからこれから想う相手も出来るだろう。
その時私は笑って祝福して差し上げるのだ、四龍として…―
私、ヨナ、ハクはキジャの様子がおかしいのに気付き彼の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
『大丈夫?』
「また悪いモン食ったか?」
『それにしてもどうしてあのホレ薬って白龍の鱗だったのかしら。』
「そうなのだ。神聖なる龍を妙な薬の名などに使って許せませんっ」
そしてその日の夕方、漸くシンアとアオが正気に戻りジェハが解放された。
「やっと解放された…」
『あら、ジェハ。おかえりなさい。』
「散々な目に遭ったよ…」
『自業自得でしょ。』
ジェハは疲れからか私に甘えるように抱き付いてきた。
私は長身の彼を咄嗟に支えてクスッと笑う。
それから私達は揃って町に出て店番の女性に白龍の鱗について尋ねた。
「おおーっ、白龍様っ!お懐かしゅうございます。
私は白龍の里より各地に派遣された情報屋兼商人です。
え?白龍の鱗?ああ~あれは長老が開発されたんですよ。
縁談がなかなかまとまらない白龍様に飲ませる目的で。」
完成した日にキジャが里を出た為、売ってしまえばいいと考えたようだった。
女性の言葉にキジャは硬直する。私達は呆れながらも苦笑し、再び旅を始める。
「近くにいてもいいよね、リン…」
『どうしたの?もしかして一日離れてたから寂しい?』
「そうだよ…」
ジェハはずっと私の隣を離れようとしない。
それどころか手を繋いできたり、肩を抱き寄せてみたり…
彼の様子に私は慣れ、受け流す事が出来るものの、他の皆からすると目障りな事もあるらしい。
そう思った私はジェハを連れて仲間の一番後ろへ下がった。
そこで甘えん坊のジェハを引き連れ、私は周囲の気配に注意を払いつつ足を進めたのだった。
そのとき私は微かに違和感を覚えていた。
―そういえば…最近少しジェハの気配が抑えられてきて黄龍の気配が感じられるようになったけど…
近付いたり離れたり…でもずっとそれほど遠くない距離で黄龍を感じられる…どうして?―
緑龍の気配は彼を愛し、恋心と共に認めた事で他の四龍と同じ程にしか気配は感じられなくなった。
彼自身に向けた愛しさへと緑龍への懐かしさや愛しさは変化したようだった。
外套の中に抱き込まれたヨナは逃げ出そうと暴れるが、スウォンの手は強くなるばかり。
「…っ!はな…」
「静かに。じっとしていなさい。」
そこにやってきたのはスウォンの付人であるハン・ジュドと側近数人。
「スウォン様!お一人で歩かれては困ります。」
「あっ、ジュド将軍。ごめんなさい。新しい町はついワクワクしちゃって。」
「ついワクワクして?それで?女ですか?」
「えっ。あ、あはははははは。
やだな、ジュド将軍ってば。意外と野暮なんですねぇ。」
「あなたがどこの女と遊ぼうが勝手ですよ!!
しかし御忍びの偵察中にする事ですか!?」
「将軍、声が大きいですっ」
「落ちついて。」
「わかりましたわかりました。ちゃんとこの女(ひと)とはお別れしますから向こうで待ってて下さい。」
「早くして下さいよ。それと報告です。
周辺を捜索しましたが、ヤン・クムジの消息は不明です。」
「そうですか…」
そのときヨナの目にスウォンの剣が映った。
「昨夜戒帝国と取り引きの最中に海賊に襲撃されたものと思われます。」
「それで売買されてた人達と町の住人は?」
「全員無事です。」
ヨナが剣へと手を伸ばすと、スウォンの手が重なった。
「良かった、人々に被害は無かったんですね。
人身売買の噂は聞いていましたが、なかなか証拠が摑めず苦労しました。
海賊の皆さんには感謝しないと。」
「しかしクムジの後任は誰が…」
「それは後ほど。もういいですか、ジュド将軍?」
「勝手にしろ!!」
「将軍っ、言葉遣いが…っ」
「怒りんぼだなぁ。」
ジュドと側近達が立ち去るとスウォンは青空を見上げてヨナに尋ねた。
「私を…殺したいですか…?当然ですね。
でも今はまだ死ぬわけにはいかないんです。
私には…私にはやるべき事があるから。さよなら、ヨナ。」
スウォンは切なく微笑むとヨナを解放して頬をそっと撫でて去って行った。
ヨナはただスウォンの背中を見送る事しかできず、身体の力が一気に抜けてしまった。
彼女はその場に膝をついて声を上げて涙を流した。
「…ふっ…う…うわぁああああああ」
私は彼女がスウォンと角でぶつかったのとほぼ同時に目を覚ましていた。
『ぅん…』
隣で気持ち良さそうに眠るジェハの頬を撫で、彼の腕から逃れると上着を羽織って部屋を出た。
そのとき懐かしくとも会いたくなかった気配に気付き、私は無意識のうちに剣へと手を掛けた。
―スウォン…?まさか姫様と一緒にいる…!?―
私が彼らの気配を追って走り出そうとするとハクが目を覚ました。
「ん…リン?」
『ハク…』
「…姫さんはどこだ。」
『町に出てるみたい。今から行こうと思ってたの。』
「町か…それなら俺が行く。」
彼が歩き出すのを私は見送り、ヨナと分かれて歩き出したもうひとつの気配の方へと私は足を進めた。
そして建物の影に立って腕を組むと壁にもたれた。
彼の足音が聞こえ、周囲に何も気配が無いのを確認すると私は彼の前にゆっくり歩み出た。
「リン…っ」
『久しぶりね、スウォン。』
「やはり生きていたんですね。」
『ヨナに会ったのね。』
「えぇ…安心してください、あなた達が生きている事を口外するつもりはありません。」
『あなたを信じる事は出来ないわ。』
「それならここで私を殺しますか?」
『…それも私には出来ない。だってあなたは私にとって友であった事に変わりないんだもの。
もちろん、イル陛下を殺したあなたを許す事なんてできないけれど。』
「リン…」
『あなたは何かやるべき事があって突き進んでるんでしょう?』
「えぇ…」
『それは私達だって同じ。だから今は何も言わないでいましょう。
あなたの目的を私も知りたい。
イル陛下の命を奪ってまであなたがやりたかった事…私に理解は出来ないかもしれないけれど、それを判断するのは今ではないと思うから。』
「…ありがとうございます。」
『感謝されるような事は何もしてないわ。ただひとつだけ忠告してあげる。
ハクに会ったら死を覚悟する事ね。彼はあなたを殺してしまうかもしれないもの。』
「わかりました。」
『さよなら、スウォン…』
「リン…」
『もう…懐かしい日々には戻れないんだから。』
私が顔を曇らせると彼は寂しそうに微笑んだ。
「そうですね…戻れなくしたのはこの私です。さよなら、リン…」
私は彼の背中を見送って海賊船へと戻るのだった。
ハクは町を走り抜けヨナのすすり泣く声を聞き彼女に駆け寄っていた。
「姫さん!おい、どうした!?何が…」
彼女の普通ではない様子を見て彼は言葉を失う。
それと同時にスウォンが去って行った方向に何かを感じてじっと睨みつけた。
彼は泣き続けるヨナの傍らに膝をつき彼女が泣き止むのを何も言わずに待つ。
そして落ち着いた彼女に何も言わず共に海賊船の方へと戻るのだった。
ジュド達の元へ戻ったスウォンは自分の馬へ歩み寄った。
「お待たせしました、ジュド将軍。」
「ほう、意外に早かったな。日暮れまで帰られぬかと思いましたよ。」
「やだな、いじわる言わないで下さいよ。」
「あなたには遊んでる暇など欠片も無いはず。何の為に即位を急いだかお忘れか。」
「…いいえ、忘れた事など。」
スウォンは冷たくも少しだけ哀しげに微笑んだ。
「しかし陛下が女遊びなんて珍しいですよ。」
「城内の女だって誰一人見向きもなさらないのに。」
「そんなにいい女だったんですか?」
「……そうですね、とても…忘れがたいひと…です。」
「へえ…」
「顔拝んどきゃ良かったなぁ。」
「それより先を急ぎましょう。
阿波(ここ)の人々は自ら立ち上がる道を見つけた。
これから強くなりますよ、この町は。」
「次はどちらへ?」
外套を被ったスウォンは馬にひらりと飛び乗った。
「まずは地の部族長、イ・グンテ将軍に会わなくては。地心の都へ!」
スウォンも次の目的へと進み始めたのだ。
私は海賊船に戻ると仲間達を起こして回り、その後ユンと共に朝食を作り始める。そこにヨナとハクが帰って来た。
私は彼女がスウォンと会って泣いた事を知っていながらも何も言わずに笑顔を向けた。
『おはようございます、ヨナ。』
「おはよう♪」
彼女が歩いて行くと私の隣にハクが並んだ。
「…姫さん、泣いてたぞ。」
『知ってる。』
「聞こえてたのか。それならどうして一緒に来なかった?」
『ハクが行けば平気だと思ったの。』
「…アイツの気配がした。」
『アイツ…?』
「とぼけるな。スウォンだ。気付いてたんだろ?」
『…ハクにはやっぱり隠せないか。』
「姫さんがあそこまで取り乱すのはまだスウォンを想っていた記憶が消えないからだろ。」
『そう簡単に忘れられる物ではないわ。
好きだった相手も、その人がやった事も、目にした現実も…』
「あぁ…」
私とハクは寂しさに俯きそうになる顔をどうにか上げたままヨナの無理矢理笑う姿を見ていた。
「キジャ、キジャ!起きて起きて。いつまで寝てるの?」
彼女はテーブルに突っ伏して眠っているキジャを揺すり起こしていた。
「は、はいっ。がんばりますー」
「あはは、キジャ変な顔。」
「あ…姫様、お元気ですね。」
「もちろん、元気元気!」
彼女はキジャを振り返って笑いながら足を進める。
その先の地面はデコボコになっていて転びやすくなっていた。
「あ、姫様そちらは!」
キジャより早くヨナの足元が危ない事に気付いていたハクは彼女を抱き止めた。
「っと…」
ヨナはハクの腕の中で驚いた様子だったが、すぐにニコッと笑い歩き出した。
「元気元気♪」
『ヨナ…』
ハクは彼女を見守りつつ大刀を手にした。
阿波に来てから戦いの時以外手にしなかった大刀なのに、彼はヨナの泣き顔や無理に笑う姿を見て自分を引き締める為にも再び大刀を持ったのだ。
「ユンー、リンー!朝食は?」
「あわび粥。」
「キャー、おいしそう♡よそうね。」
『あ、ヨナ!そこを触ったら…』
「あっつっ!!」
「大丈夫!?」
「平気平気。」
彼女は鍋の取っ手を持って火傷してしまった。
私はすぐに彼女の手を水で冷やしてそっと撫でた。
『姫様…』
「平気平気♪さぁ、皆ごはんよ。」
「うおーっ、めしー!!」
「俺二日酔い…」
「ヨナちゃん、こっちこっち。」
笑顔で朝食を配っていくヨナをユンも見つめる。
彼もヨナが無理矢理笑っている事に気付いているようだった。
「リン、何かあったの…?」
『…ちょっとね。』
「そっか…」
彼はそれ以上何も訊かないでいてくれた。
ヨナは朝食を配り終えると海賊達の輪に入って共に食事を始めた。
「おいしい~さすがユン、天才ね。」
「ヨ…ヨナちゃん。こぼしてるよ。」
「あら…」
「何やってんだ、嬢ちゃん。」
「ほら、拭いて…」
海賊が拭き取る為の布を渡そうとするとヨナは真顔で汚れた服を脱ぎ始めた。それには流石の海賊達も大慌て。
「ヨナちゃんヨナちゃん!!」
「ちょっとちょっと!!」
するとハクがヨナの背後から自分の上着を羽織らせた。
「ハク…?」
「着替えなら船長の部屋借りて下さい。」
ボーっとしていたヨナも漸く自分がしでかした事に気付いたようで、急いで立ち去った。
『ヨナ…』
「はい、見物料千リン。」
「えーっ、今のは不可抗力だーっ」
「というか、せっかくイイ所だったのに。なぜ止め…」
馬鹿げた事を言い出したジェハの顔面をハクの後ろ手が襲い、私はジェハの後頭部を叩いた。
両側から叩かれてジェハには逃げ場がない。
「どうしたんだい、彼女?」
「別に。」
『…それより鼻血拭きなさいよ。』
私は布をジェハに渡しながら苦笑する。
―ハクも顔面はやめてあげなさいな…―
ジェハはハクの持つ大刀を見ながら言葉を紡ぐ。
「立派な槍だね。いや、大刀かな。
そんなもの持ち歩いてたら町の人間が驚くよ。」
「ああ…あまり町じゃ持ち歩かないようにしてたんだけどな。近頃平和ボケしてたから戒めだ。」
ハクは大刀を抱き寄せて目を鋭く光らせる。
ジャハはそんなハクの様子にぞくぞくしていた。
―くぅ~イイね~昨日まで戦場にいたくせに平和ボケときたか…
その見据えた視線の先にいる人物に興味があるね…
あぁ、それにしてもなんて哀しい殺気だ…―
「リン、君は何か知って…」
ジェハは自分の隣に立つ私に声を掛けようと顔をこちらに向けるがすぐに息を呑んだ。
私も剣に手を掛けたまま鋭い眼光を向けていたからだ。
―リン…君までもがその人物に殺気を抱くのかい…?
でも殺気がハクの物とは違うね…
殺す事自体には迷いがあるし、とても哀しそうだ…―
ジェハはそんな私を見ていられずそっと手を握ってきた。
『っ!?』
「リン…」
『ジェハ…?』
「そんな哀しそうな顔しないで。」
『…平気よ。』
その頃、ヨナは船長の部屋で着替えていた。
途中シンアに言われてヨナを追いかけてきたアオが彼女の傍にいる。
スウォンの事を思い出し迷う心をヨナはどうにか抑え込んでいた。
その気配さえ私は感じられて遠くなった幼馴染との距離にまた涙が零れそうだった。
「リン、行くぞ。」
『えぇ。』
私はハクに呼ばれて歩き出す。ジェハは微笑むと私の髪を撫でてどこかへ行ってしまった。
「姫さんはどこだ。」
『この先の原っぱ…海を眺めてると思う。』
気配を追って行くと夕陽を見つめるヨナがいた。
座っている彼女の両側へ私とハクは静かに近付く。
私は彼女の隣に座り、ハクは横になった。
「…外に出て…色んなことがあったな…」
「…そーっすね。」
「わっ!どこにでもいるのね、ハク…」
「あんたのいる所にはね。」
『私もいますよ。忘れないでください。』
「リン!!?」
『気付いてなかったんですか…』
その間にハクは身を起こした。
ヨナを挟むように座ってただ海へと目をやる。
「…今朝は不覚にも寝入っちまいましたが。
一応専属護衛なんでうぜェくらい隣にいるから。」
『私も姫様直々に傍にいてって言われたんですから。
あなたを独りになんてしませんよ。』
「だからなんかあったら呼んで下さいよ。」
ヨナは私とハクを見て少しだけ心の蟠りが軽くなったようだった。
やっと無理矢理ではない笑みを零してくれたのだ。
「…うん。ハク、リン。私ここを経つわ。」
彼女はハクの服をきゅっと掴み、近くにあった私の手に小さな自分の手を重ねて言った。
「一緒に来て。」
するとハクは柔らかく微笑んでヨナを見た。
私は微笑むと重ねられた彼女の手を握り返す。
「…はいよ。」
『喜んで。』
そのときガヤガヤと背後から声が聞こえ私達は振り返った。
そこには岩陰に隠れ…切れていないキジャ、シンア、ユンがいた。
「みんな、何してるの?」
「あ、私はその…」
「…ちょっとヨナ。そういう話は俺らにも言ってよね。」
「え?」
「え?じゃない!出発の話!!そういう事は皆がいる時に言わないとシマらないでしょ。」
「そうです、姫様!我ら四龍はあなたが命じれば地の果てまでも参ります!」
「お前、もう帰っていいぞ。」
私達は立ち上がって仲間達と話し始める。
ハクはキジャに向かって言い争いを始めるのだが。
「なにィ~~っ」
「そもそも我ら四龍って2人しかいねーし。」
『確かに私は龍だけど四龍じゃないし。』
「うるさいっ!」
微笑んだヨナは私達に向き直ってはっきり言った。
「みんな、明日阿波を発つ。一緒について来てくれる?」
「お供します!」
「…」
「めんどくさ。」
「えーっ」
『ふふっ』
こうして阿波の出発が決まった。
私達は準備を始め、ギガンにはヨナが伝えに行き、海賊達には私やハクが説明したのだった。
翌朝、私達は荷物を手に町を出ようとしていた。
そこに海賊達や町の人々が見送りの為に来てくれた。
だが、ジェハの姿はない。私も前日から彼の姿は見ていないのだ。
「ついに行っちまうのか、ヨナちゃ~ん!リンちゃ~ん!!」
『いろいろありがとうね。』
「ボウズ、また来いよ!絶対来いよ!死んでも来いよ!!」
「痛いよ。」
背中を叩かれてユンは顔を顰めている。
ヨナはジェハを探して辺りをきょろきょろしている。
「どうしたんですか?」
「ジェハがいないの。お礼とか言いたい事いっぱいあったのに。」
「どうでもいいだろ、あんなタレ目。」
「よくない!すごく助けてもらったのよ。
それにリンだってこのままでいいの?」
『え…?』
「だって好きなんでしょ、ジェハの事…」
『あー…こうなることはわかってましたから。』
「でも…このままお別れなんて…」
―というより、ジェハも一緒に来るんだし…―
私は分かっていながらも何も言わなかった。
―“こうなること”がどういうことか言わなくてもいいかな…?―
「ギガン船長、ジェハを知らない?」
「どうでもいいだろ、あんな鼻タレ。」
「えーっ」
『ハハハハッ』
「ジェハねぇ…ま、またいつか阿波(ここ)に寄ればいいさ。」
「…はい。」
「忘れもんはないね。」
「はい。」
「船が要る時は私に言いな。いつでも用意してやるよ。」
「ありがとう。」
ギガンはヨナの顔を見て笑った。
「顔の腫れ、まだ引いてないね。」
「平気よ。」
「ふふっ、風が吹いたら飛んでいきそうなヒョロヒョロ娘がたくましくなったじゃないか。」
「ヒョロヒョロ娘?そんなにひどくないわ。」
「いーや、来たばかりのお前は何も出来ないヒョロヒョロだったね。
まあ今だって掃除・洗濯・料理…まともに出来やしないが。
早く覚えな。無鉄砲だけが取り柄なんて嫁のもらい手がないからね。」
「余計なお世話!」
「問題ないでしょ。ヨナ様が山で芝刈りしてる間に川で洗濯してくれる旦那見つければ。」
「ハクは黙ってて。」
私は海賊達と共に声を上げて笑った。
「ヨナちゃん、阿波の料理は魚焼ければ大丈夫だから。」
「おお、行くとこなかったら俺んとこ来な。」
「行きませんっ」
「リン、あんたも命を無駄にするんじゃないよ。」
『はい。お世話になりました。』
「いつでもおいで。待ってるよ。」
『ありがとう…』
ヨナが海賊達と言い合っている間にギガンと私は短く言葉を交わす。
彼女が優しく頭を撫でてくれる。そこからは母親のようなぬくもりを感じ取れた。
「もうっ、皆失礼なんだから。出発!」
「あぁ、お待ち。持っていきな。」
ギガンは袋いっぱいの千樹草をくれた。
そして彼女はヨナの頭をぽんぽんと撫でるのだ。
「風邪ひくんじゃないよ。」
「なんか船長母ちゃんみたいだなぁ。」
「…それではお世話になりました。」
私達はギガン達に背中を向けて歩き始めたがすぐにヨナが足を止めた。
「…ヨナ?」
彼女を振り返るとその目からは涙が零れていた。
ギガンのぬくもりに触れて別れがつらくなったのだろう。
彼女は走って行ってギガンに抱き着くと声を上げて泣いた。
ギガンはそんな彼女を優しく抱き締めてやる。
海賊達は笑いながらも泣き、私やハクは微笑んで見守った。
ユンとキジャはもらい泣きをしていて、私はユンの頭を撫でてやりながら笑っていたのだった。
泣き止んだヨナを連れて私達はギガンや海賊達、そして町の皆に別れを告げて歩き出した。
「行っちまったなぁ。」
「あの娘達は海賊の一味じゃなかったのか。どうりで海賊にしちゃ可愛い。」
「あら、さっきまで泣いてたあの娘って外見は可愛いかもしれないけどあの娘は並の戦士より強いわ。
なんたってあのクムジを討ったんですもの。」
「えっ、あの赤い髪の娘がクムジを倒したの?」
「知らないの?もーかっこ良かったんだから。」
「へぇ~あの嬢ちゃんがねー」
「ん?何の話だね?」
「お~~っ、聞いてくれよ。この阿波を救ったのはなんと…」
ヨナの事はユリを始め多くの人によって町中に広まったのだった。
私達はというと泣いているヨナ、ユン、キジャを連れて山道を歩いていた。
「ヨナ…もう泣きやんで。」
「そなたも泣いておるぞ、ユン…」
「一番泣いてんのはてめーだ、白蛇。」
「だって…ジェハとも結局お別れ出来なくて…」
「ジェハ?彼は仲間になったのではないのですか?」
「…え?」
そのときシンアが無言で近くの木を切り倒した。
すると悲鳴と共に誰かが降ってくる。
「わ~~~~っ」
『はぁ…龍が自ら降ってくるなんて何事よ…』
「ジェハ!」
「…やっ、ヨナちゃん。」
ジェハは倒れたままヨナに向けて片手を上げて挨拶をした。
私は倒れる木から飛び降りれず落ちてきた彼に呆れるばかり。
「どうして…」
「ずっと近くに、いた…」
シンアの言葉にヨナは私を見る。
「だってこうなることはわかってるって…」
『えぇ、こうやってジェハが仲間に加わる事は分かってましたから。』
「それならそうと教えてくれればよかったのに!!」
『ふふっ、申し訳ありません。』
私は謝っていながらも彼女の様子が可愛らしくて笑ってしまっていた。
「ちょっとヒマになったんでヨナちゃんと旅するのも悪くないかなーって思ったんだけど、どうも泣きそうになりながら僕を探す君を見ていたらたまらなく興奮しちゃって、ついね。
声かける機会を逃してしまったのさっ」
「相変わらず変態だな。」
『うん。』
「雷獣と似たニオイ感じるよ。」
ユンのツッコミに私は笑うしかない。
「えっ、でも四龍の掟に縛られるの嫌だってあんなに…」
「四龍なんて関係ないよ。今までもこれからも自分で選び進んだ道を行くだけ。
何も僕の美学に反してはいない。今はただ君を放っておけなくてね。」
ジェハは座ったままヨナの手を取って微笑んだ。
「連れてって、ヨナ。」
そんなジェハの頭をハクの大刀と私の拳が襲う。
「調子のいい事ぬかしてんじゃねぇよ。」
『姫様と二人旅なんてするつもりじゃないでしょうね。』
「そうだよ、僕らにも挨拶してもらわないと。」
「それは失礼。」
ジェハは服を払いながらすっと立ち上がった。
「では改めて、僕の名はジェハ。
右脚に龍を宿す美しき化物だよ。以後よろしく。」
こうしてジェハも仲間に加わったのだった。
山道を次の目的地を求めて歩き出すとジェハは自然と私の隣に並んだ。
「リン…?」
『なぁに?』
「…怒ってる?」
『何に対して怒らなきゃいけないの?』
「えっと…さっきヨナちゃんと二人旅をするような事言ったし…?」
『あー、そんな事…元々二人旅なんてさせないから怒ってなんていないわ。
姫様には私とハクが必ず共にいるもの。』
「僕はリンとの二人旅でも良かったんだよ?」
『それは出来ない相談ね。それに…嘘は吐いたら駄目よ、ジェハ。』
「…ん?」
『とぼけたって駄目。姫様を放っておけないのは本当の気持ちでしょう?』
「…君には何もかもお見通しだね。」
『私は…ジェハと一緒にいられるからそれでいいわ。』
「リン…」
『好きだって想える人が出来て、別々の道を進まなくていいって知って…それ以上に何を望むというの?』
「そうだね。」
彼は切なく微笑んで私の手をそっと握った。
私はその手を握り返して仲間達の背中を追った。
ジェハが加わって旅を始めてから数日が経った時、ユンは町で食料を調達していた。
塩を買ったところ、店番をしている女性にある物を貰った。
「これ、何?」
「お客さん、お目が高い。その品は伝説の…」
ユンは受け取った白い鱗のような綺麗な欠片を手に帰って来た。
『おかえり!』
「ただいま…」
『…何かあった?』
私は彼が持っている荷物を受け取って運びながら問いかける。
すると答えてくれたものの私は理解出来ず声を上げた。
『…白龍の鱗?』
「な…何だと?」
私達の近くには袖を捲って洗濯をするハクと、洗い終わった物を干すキジャ、そしてのんびりしているジェハがいた。
「お前、何自分の鱗売りに出してんだよ。」
「誰が出すか!」
「これを身につけたらカタブツになるとか、右手だけデカブツになるとか?」
「おいっ」
ジェハはユンから受け取った鱗と言われる物を眺めながらさほど興味なさそうに言う。
「ところがまさかの恋が叶う鱗らしい。」
ユンの言葉に私、ハク、ジャハは大爆笑。
「「『ハハハハハハハハハハハッ』」」
キジャは意味がわからないとでも言いそうだし、私達はお腹を抱えて笑う。暫くして正気に戻ると私達は言う。
「何だその桃色な鱗は。」
『白龍の鱗って白かったはずよね?』
「そうか、君の鱗は恋を叶えるのかー」
ジェハはおもむろにキジャの右手の鱗をべりっと剥いだ。
「剥ぐな!痛いわ!!白龍の鱗などとデタラメを!!
神に等しき龍の名を騙り(かたり)、商売にするなど不届き千万。
なぜそのような物を購入したのだ、ユン!!」
「買うわけないじゃん。塩を2袋買ったらオマケでもらったの。」
「オマケだと?ますます怪しい。」
「要するに四龍にかこつけた恋のお守ってわけだろ?」
『そういうのは女の子が持つべきかしら。』
「そうだね。“恋が叶う”なんて可愛いし。
でもリンには必要ないし…あ、ヨナちゃん。」
そのとき洗濯物を運ぶヨナが通りかかりジェハが呼び止めた。
「ちょっとおいで。」
「いや、それお守じゃなくていわゆるホレ薬らしいよ。」
ユンの言葉にジェハはヨナに鱗を渡そうとしていた手をしゅるりと動かして自分に引き寄せた。
「なに?」
「ごめん、間違いだった。」
ヨナが立ち去るとジェハの強く握った手をハクが掴んだ。
「なにかな、ハク。」
「とぼけんな。今それをパクろうとしただろ?」
『変な事に使う気満々でしょ…』
「そうだ。そしてホレ薬とはなんだ!?」
キジャの言葉に私、ハク、ジェハは驚いて無言で彼を見つめる。
「『ユン(君)~!』」
私とジェハはすぐに天才少年ユンに助けを求めた。
「はーい。ちなみに購入者さんの感想…
片想いの彼に思いきって白龍の鱗飲ませたら、たちまち両想いに♡
友達にもすすめちゃいました(匿名希望・18歳)」
「つーのがホレ薬だよ、キジャ君。」
『そういうこと。』
「だからなぜ白龍の鱗だ!」
『確かに…どちらかと言うと緑龍の鱗の方がしっくりくるわ。』
「…どういう意味かな。」
「そのままの意味だろ。まぁ、妙な薬があったもんだ、この国に。」
「この分だと緑龍の鱗も売ってそうだね。」
『流石に黒龍の鱗はないでしょうけど。』
「ただの薬か毒薬か媚薬の類か。興味はあるけど…
上手くすれば高く売れそうだから機会があるまで預かっとく。」
「そうだね。」
「ユンならば安心だ。」
ユンが差し出した手にジェハが鱗を握った手を伸ばすが、その手は一向に開かれない。
『ジェハ…?』
「…早く手ェ開けろよ。」
「いや、これ麻薬かもしれないよ。僕が確認しよう。」
「わかったから手ェ開けろよ。」
「いや、ハクは洗濯でもしててくれ。」
「やはり危険だ。私が預かろう。」
「もー、めんどくさいよ。男だらけの攻防戦…」
『はぁ…』
私とユンは並んでハク、キジャ、ジェハの馬鹿げたやりとりを見ていた。
するとジェハが拳を握って本音を口にした。
「だって!せっかく面白そうな物が手に入ったのに!!
使わないなんて愚者のする事!!」
「本音が出たな。」
「不埒な。」
『変態…』
「キジャ君は使ってみたくないの?」
「使いたいわけがなかろう。」
ジェハはニッと笑うとキジャの耳元で甘く囁いた。
「君の最愛のご主人様に飲ませてみたいと少しも思わない?」
「なっ…」
「彼女をその腕で思いっきり抱きしめたいと思わない?」
「きゃーっ」
「キジャの腕で思いっきりやったらヨナの骨ぽっきりだよ。」
「私はそんな姫様に邪な想いなど…!」
「全くないと言いきれる?」
「当たり前だ。姫様は四龍の主たる尊き御方。そのような邪念は罪だ!!」
「龍だって能力がなければただの人間(ひと)だよ。
ヨナちゃんも勿論ただの人間(ひと)だ。
恋する事を誰が止められる?」
『…もっともらしい事言ってるけど、ホレ薬使おうとしてる時点で外道よ?』
「こんなの退屈しのぎの玩具(おもちゃ)だろ。ハクが要るならあげるけど。」
「ばーか。」
「成分が分からないから人に飲ませちゃダメだよ。」
「じゃ、毒味しようか。」
「『えっ』」
するとジェハは何の迷いもなく鱗をぺろっと舐めた。
彼は味を確かめて私達に伝えてくれる。
ユンは興味深そうに記録を取ろうとしているようだ。
「んー…甘くて砂糖菓子みたい。」
「ど…どう?」
『…大丈夫?』
「別にどって事ないね。商人のいたずら…」
その瞬間、ジャハの鼓動が一度大きく打ち彼は頭を押さえながら膝をついた。
「うっ…ぐあ…っ」
『ジェハ!!』
「やはり毒か!?」
倒れたジェハをキジャは抱き起こした。
私はそれを近くで見守りながらただジェハを呼んだ。
『ジェハ…』
「気をしっかり持て。今ユンが解毒剤を…」
そのときジェハの中で何かが芽生えキジャの頬をするっと撫でた。
「ジェハ、大丈…」
『あれ…?ジェハ、様子がおかしい…』
「僕の嫌いなもの…」
「は?」
「掟…鎖…」
「なに?」
「四龍…」
「おい…」
「だから君も嫌いなはずなのに…」
いつの間にか私はキジャ諸共ジェハに押し倒され地面に背中を預けていた。
『ん?』
「こ、これは…どういうことだ…?」
『絶体絶命かなぁ…?』
「なぜかな…君の存在は僕の心をかき乱す…」
ジェハは私とキジャの首筋に顔を埋めた。
『ユン!!ジェハがもう手遅れみたい!!』
「大丈夫。割といつも手遅れだから。」
『それはそうだけど!これは私の手にも追えない!!』
「キジャー、リン~ジェハは今ホレ薬効いてるから。」
「何!?」
『やっぱり!!?』
「テキトーに気をつけてねー」
「ちょっと待てーリン、こういう時はどうするのだ!?」
『うーん、とりあえず…逃げる!』
「うむ。」
キジャが右手を振るいながら叫ぶと、すっとジェハは飛び上がって躱し軽やかに着地した。
「ええい、やめんか!」
そしてジェハは笑顔でこちらへ向かって来る。
私はキジャとジェハがやり合いそうなのを見てすっと身体を引いた。
「なーんてねっ!!ふはははははははっ」
『もう、ジェハ…』
彼は微笑むとウインクをしながら私の隣に並び、頬にキスをした。
「ホレ薬は本物だ。頂いてゆくよ♡」
「あのヤロウ、正気に戻りやがった。」
「少量舐めただけだとすぐ戻る、と。」
『そんなこと記録してどうするの、ユン…』
「何かに使えるかもしれないでしょ。」
『…何に?』
「さぁ?」
「急げ、あっちには姫さんがいる!」
「追え!!」
『追いつける訳ないじゃない…相手は緑龍よ…?』
ハクとキジャを見て再び私とユンは溜息を吐いたのだった。
その頃、ジェハは器に水を入れて鱗を溶かしていた。
「白龍の鱗を水に溶かして…
ふふふっ、若者をからかうのは年上の特権♡
おっ、ヨナちゃん発見♪」
弓矢の練習をしているヨナを見つけてジェハは無邪気に彼女に駆け寄って行った。
「ヨーナちゃん!」
「えっ?」
「喉渇いてない?」
「きゃ…ジェハ!?危ない!!」
「うわぁあああああ!!!」
「ジェハ(あいつ)の声だ。」
「姫様っ」
『ふっ…ハハハハハハハハッ』
「「リン?」」
私はジェハを気配で探り、一部始終を理解していたため大爆笑。
ハクとキジャは不思議そうにこちらを見ていたが。
するとゆっくり前からジェハがこちらへやって来た。
「ヨナちゃんの所に行ったら彼女…弓の練習しててね。」
「射られたか?」
「いや、矢は華麗に避けたよ。盲点だったのはその先…」
彼は足元の石によって体勢を崩し、持っていた白龍の鱗を溶かした水は近くにいたシンアとアオにかかったのだ。
「というわけで、仮面男とリス一匹が美しい僕の虜になってしまったよ。」
「『おめでとう。』」
「ありがとう!…助けて!」
『自業自得じゃないの…』
「彼ずっと近づくでなし遠ざかるでなし一定距離を保ってじっと見つめてて怖いよ!!なのにリスは常にゼロ距離だよ!!」
「今モテ期なんだと思えばいいよ。」
「僕の恋は踏まれても蹴られても追いかける主義。追いかけられると冷める。」
「なんて迷惑な変態だ。」
『…確かに最終的に私を追いかけて来たのはジェハだったけど。今のジェハはお断りかな。』
「え…リン…!?」
「ホレ薬は?」
「全部彼にぶちまけちゃった。」
「もう何やってんのさ。成分分析して戦闘に使おうと思ってたのに。」
「ごめんね。」
「お前どんな闘い方するつもりだ。」
『ユンが一番恐ろしいかも…』
そのときジェハが一瞬見せたニヤリとした笑いを私は見逃さなかった。
―まだ持ってるんでしょ、ジェハ…?―
ジェハは残っていた鱗をまたもや水に溶かした。
「実はまだ残ってたりして。どう使おうか。
あのハクのすました顔が崩れる所なんかイイな。」
そのときシンアが離れた木の影からじわじわとジェハに近付いてきたのを彼は気配で感じ取り振り返ると身を引いた。
「なっ、なんだいシンア君っ」
「甘い匂い…」
「え…?」
―ハッ!そうか、ホレ薬の香り…―
シンアは香りに誘われるようにジェハに顔を寄せてくる。
「わーっ、シンア君。待って待って!君とは友達でいたいんだっ!!」
ジェハは近くにあった台に鱗を溶かした水を置くとシンアから逃げ出した。
彼らが激しい鬼ごっこをしている間、私達はのんびり過ごす。
『ジェハはまだシンアから逃げてるみたいね。』
「馬鹿だな。」
「緑龍の脚と青龍の眼の勝負か…」
『もうちょっと違う所にその能力を使ってほしいものだわ。』
「そう言ってるお前だって黒龍の耳で音と気配を探知して楽しんでるだろうが。」
『ふふっ、まあね。』
夜になるとキジャは喉が渇きジェハが置いたままにしていた水を見つけた。
「ん、何やら良い香り…ユンが何か作ったのだろうか。」
普段なら決して盗み食いはしないのだが、彼は一口だけ水を飲んでしまった。
そこに運悪くヨナが歩み寄ってくる。
「キジャ。あのね、ハクがいないの。どこに行ったか知らない?…キジャ?あの…」
「なぜ…ハクなのですか…?」
彼女を振り返ったキジャは真剣な眼差しで彼女を射抜いていた。
「あなたがあの者の名を呼ぶ度、私は苦しくて…」
「キジャ?」
「あの者が羨ましくて、あなたに触れたくて…
叶うのなら今夜この想いを…」
キジャは龍の右手を大きく変化させながら、ヨナを抱き寄せた。
そして口付けそうになった瞬間、彼ははっと我に返る。
「キ…キジャ?どうしたの?何を言って…」
「ええ…本当に…なにを…言ってる…私は…近づかないで下さいっ」
「キジャ!?」
「今、私変なんです。来ないで下さい。私はあなたに何をするかわからない。」
自分の失態に赤くなった顔を大きな手で隠すキジャ。そんな彼をヨナは心配した。
「キジャ、何か変な物食べた?」
「………飲みました。」
「大丈夫?」
肩に手を乗せられたキジャは自分の右手をその小さな手に乗せた。
それだけで彼は鼓動が速くなってしまうのだ。
「ぬお―――ッ、この手がぁあああ!!
ち…違うんです。違うんです違うんです。
私はあなたを…抱き…しめ…たいなど…」
恥ずかしさの余り顔を赤くしたキジャはその場に倒れてしまった。
「キジャ!?」
―傷だらけでも泣きながらでも立ち上がるあなたをお慕いしています、本当です…
でもそれは私が龍だから…あなたを守る龍だから…―
私は欠伸をしながらキジャの気配と声を元に倒れたキジャと抱き止めているヨナのもとへ向かった。
『姫様?』
「リン、キジャがおかしいの!」
『この香り…白龍の鱗を飲んだのかしら…
まぁ、きっとジェハが鱗を溶かした水でも置いてたんでしょうけど。』
「え?」
『明日になれば全てが元通りですよ、姫様。ご心配なく。』
「うん…」
私はキジャに肩を貸してユンが眠っている所へと戻って行った。
「ねぇ、ハクはどこに行ったのかしら?」
『川に水を飲みに行ったようですよ。』
「気配でわかるの?」
『それもありますが、姫様の傍を離れるのでハクの方から私に一言残して行きました。』
「凄い信頼感なのね。」
『誇らしい限りです。』
そう言って笑いながら私とヨナは足を進めたのだった。
翌朝、キジャは正気に戻りヨナに深々と頭を下げた。
彼女の隣にはハクと私が彼女を挟むように座っていた。
「姫様っ、昨夜の無礼をお許し下さい。
いえ、私が許しませんので腹かっさばいて果てます!!」
「自己完結しないで、キジャ。」
「そんな薬があったなら仕方ないわよ。全然気にしてないから。」
「もう本当…穴があったら埋めて下さい。」
「でもちょっとドキドキしちゃった。
男の人にあんな情熱的に口説かれた事ないもの。」
「へーえ…なんなら口説きましょうか、情熱的に。」
「そういうことは好きな人に言わなきゃダメよ。」
「あー、そうですね。」
『ふふっ』
「…なんだよ、リン。」
『不憫ね、ハク。』
「うるせぇ…」
そんな私達の前でキジャは考えに耽る。
―姫様は16歳の少女なのだからこれから想う相手も出来るだろう。
その時私は笑って祝福して差し上げるのだ、四龍として…―
私、ヨナ、ハクはキジャの様子がおかしいのに気付き彼の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
『大丈夫?』
「また悪いモン食ったか?」
『それにしてもどうしてあのホレ薬って白龍の鱗だったのかしら。』
「そうなのだ。神聖なる龍を妙な薬の名などに使って許せませんっ」
そしてその日の夕方、漸くシンアとアオが正気に戻りジェハが解放された。
「やっと解放された…」
『あら、ジェハ。おかえりなさい。』
「散々な目に遭ったよ…」
『自業自得でしょ。』
ジェハは疲れからか私に甘えるように抱き付いてきた。
私は長身の彼を咄嗟に支えてクスッと笑う。
それから私達は揃って町に出て店番の女性に白龍の鱗について尋ねた。
「おおーっ、白龍様っ!お懐かしゅうございます。
私は白龍の里より各地に派遣された情報屋兼商人です。
え?白龍の鱗?ああ~あれは長老が開発されたんですよ。
縁談がなかなかまとまらない白龍様に飲ませる目的で。」
完成した日にキジャが里を出た為、売ってしまえばいいと考えたようだった。
女性の言葉にキジャは硬直する。私達は呆れながらも苦笑し、再び旅を始める。
「近くにいてもいいよね、リン…」
『どうしたの?もしかして一日離れてたから寂しい?』
「そうだよ…」
ジェハはずっと私の隣を離れようとしない。
それどころか手を繋いできたり、肩を抱き寄せてみたり…
彼の様子に私は慣れ、受け流す事が出来るものの、他の皆からすると目障りな事もあるらしい。
そう思った私はジェハを連れて仲間の一番後ろへ下がった。
そこで甘えん坊のジェハを引き連れ、私は周囲の気配に注意を払いつつ足を進めたのだった。
そのとき私は微かに違和感を覚えていた。
―そういえば…最近少しジェハの気配が抑えられてきて黄龍の気配が感じられるようになったけど…
近付いたり離れたり…でもずっとそれほど遠くない距離で黄龍を感じられる…どうして?―
緑龍の気配は彼を愛し、恋心と共に認めた事で他の四龍と同じ程にしか気配は感じられなくなった。
彼自身に向けた愛しさへと緑龍への懐かしさや愛しさは変化したようだった。