主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
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クムジを狙うヨナの姿を私もハクも離れた船からそれぞれ見つめていた。
『ヨナ…』
―赤い…髪…なぜだ…なぜこんなに恐れを感じる!?あんな小娘に…
ヨナ姫…あぁ、そうか…やはりお前が…―
ヨナは冷ややかな目のまま矢を射った。
矢は真っ直ぐクムジへと飛び左胸に深々と突き刺さる。
私達は全員がその様子を茫然と見ていた。ハクもヨナの姿にただ息を呑んでいた。
「船長!ギガン船長!!クムジが矢を受けて今海に…」
そのとき太陽が昇り始めた。ギガンは穏やかな朝を感じて笑みを零す。
「夜が明けたね…」
「お…俺達やったのか…」
「あ…あぁ…長かった…」
「本当だな?本当に終わったんだな?」
「眠い…」
「お前~このめでたい日に…」
ギガンの言葉にほっとした海賊達は座りこんで欠伸をする。
「でもそうだな。一晩中闘ってたんだから…」
「お前達。」
「はーい、船長。」
「だらしないね。寝ちまうのかい。
目が覚めたらお前らはただの漁師になっちまうのに。」
その一言に彼らの眠気は消え去った。
私はヨナの一矢を見た事で硬直していた身体を首を振る事で金縛り状態から解放すると小舟に乗り込んだ。そして漕いでジェハの元へと急ぐ。
『ジェハ!!』
「リンちゃん…」
『無茶するんだから…』
「君が言える事じゃないだろう?」
私は彼に手を貸して引き上げる。そして彼が濡れている事なんてお構いなしに抱き着いた。
『ただいま、ジェハ…』
彼は驚いたようだったがすぐに甘く微笑むと背中に手を回してくれた。
「おかえり。」
『ありがとう、助けに来てくれて。』
そう言いながら私は彼に刺さった矢を抜いた。
彼は痛みに顔を少し顰めたが、私の言葉に返答する事を優先してくれた。
「当然の事をしただけだよ。何かあればすぐ助けに行くって言っただろう?
まぁ、少し間に合わなかったみたいだけど。」
ジェハは私を抱き上げると哀しそうな顔をした。
彼は自分が来るのが遅かった為に私の頬や腕、そして肩に傷を受けたと思っているようだった。
『ちょっと…怪我してるんだから…』
「それは君もだよ。お互い様さ。」
『ジェハの所為で怪我をしたわけではないからね?』
私は片手で彼の頬を撫でた。
『私が無力だっただけ。闘えなくて、守る事も困難で…だから身を挺して庇う事しか出来なかったのよ。
ジェハが来てくれたから私は今ここで生きていられるの。
きっとあなたがいなかったら今頃私はこの世にいないわ。』
「リンちゃん…生きててくれて本当によかったよ。早く手当てしてもらって?」
『えぇ。』
「ほら、痛いかもしれないけどちゃんと掴まってね。」
『痛みなんて今まで忘れてたわ。』
私は彼の首に腕を絡ませると身を寄せた。
彼が小舟を蹴って空を舞い、ヨナやユンがいる船に降りた瞬間私はヨナを抱き締めていた。
「リン!!」
『…強くなりましたね、姫様。』
彼女は嬉しそうに私を抱き締めて返す。
私達の間にはこれ以上言葉は必要なかったのだった。
明け方、阿波は約十年に亘るヤン・クムジの支配より解き放たれた、小さな海賊達と一人の少女の一矢によって。
女性達は家族や恋人との再会を果たし、私達はそれを船の上から見て笑みを零した。
『ヨナ、ハクとキジャが来ましたよ。』
「あ!ハク!キジャ!!」
彼女が駆け出すと私とユンも続いた。ユンはヨナの後ろでカツラを外していた。
『あら、折角可愛かったのに。』
「もう勘弁だよ…」
「姫様っ…よくご無事でっっ」
「あんた達見事にかすり傷一つないね。」
『ホント…かわいくない。』
「そういうお前らは…」
殴られたり蹴られた跡があるだけでなく、私に至っては破れた服から血が滲み髪も短くなっていた。
それを見てハクとキジャは大刀と龍の手を役人に再び向けた。
「落ちつけ、珍獣共。めんどくさいから。」
『ふふっ』
「リンも笑い事じゃないよ。手当てしないt…」
ユンが言い終わる前に私は貧血で倒れそうになりそれに気付いたハクに支えられた。
意識をどうにか保ちながら私は足に力を入れるが思うようにならず彼に抱き上げられてしまった。
『ハク…』
「ボロボロだな、リン。」
「ヨナを庇って死にかけたんだから当然でしょ。」
「はぁ!?」
『だって…』
「龍の爪を振るって闘えばいいのに…」
『そういう訳にはいかない状況だったのよ、ユン。』
「え?」
『まだヨナが花火を上げる前なら彼女が遠くにいたからユンの近くで闘っていればよかった。
でもヨナも捕われたあの状況で下手な事をすればヨナかユン…どちらかの首が跳んでいたわ。』
「「あ…」」
「それって…俺も守られてたって事…?」
「リンらしいな…」
ハクはフッと笑いながら私の短くなった髪を撫でた。
「髪整えろよ。」
『うん。』
「もったいねェ事しやがる…折角綺麗な髪だったのに。」
「やはり許せぬ。黒龍の美しき髪を切っただけでなく、頬にまで傷をつけるとは!!」
『落ち着いてよ、キジャ…』
そう話している間にユンは包帯を取って来て、布で流れる血を拭き取ると手当てをしてくれた。
痛みはあるものの彼のお蔭で止血できたようだった。
「少しこっちに顔寄せて。」
彼に言われて身体を傾けると頬を拭かれて消毒された。
「腹部の痣は手当ての仕様が無いから安静にしてて。数日経ったら消えるから。」
『ありがとう。』
「痣…だと?」
『えっと…』
「私達の中で一番殴られたり蹴られたりしたのはリンなのよ。
クムジに襲われそうになって抵抗したから矛先を向けられてしまったの。」
「そうか…」
ハクは私を抱き寄せると背中をぽんぽんと叩いてくれる。
『ハク…?』
「…恐かっただろ。」
『まぁね。あの時は私も普通の女なんだなって思ったわ。
でも私は独りではなかったから。
ヨナやユンがいてくれたから心が折れる事も無かったし、ジェハとシンアが駆けつけてくれたから生きていられた。
それにこの剣…ハクがジェハに渡したんでしょ?』
「あぁ。」
『だからまた闘えたのよ。ありがとう。』
「…おぅ。」
彼は少しだけ照れながら私の胸元にムンドクから貰った羽のついた簪を挿した。
「…髪を整えたら上手く挿せよ。」
『うん。』
「あの…」
そのときユリの声が聞こえて私達はそちらに視線を移した。
すると助けられた女性達はボロボロになっている海賊達へ頭を下げていた。
「助けて頂きありがとうございました。もう阿波には戻れないって思ってたから…」
「いっ、いや俺らは…」
そこにジェハがすっと現れて女性へ甘い言葉を紡ぎ始める。
私はハクに抱かれている事でいつもより視線が高い為、ジェハの口説きを安易に見る事が出来溜息を吐いていた。
「当然のこと…いや、君を守るという運命に従ったまでのこと。」
「てめーは空気を吸うようにわけのわからん事喋ってんじゃねーっ」
『運命に背く人が何を馬鹿げた事言ってるのかしら。』
「確かにな。」
「私達はずっと助けられてきたのね。私達、何も出来なくて…」
ユリへとヨナは真っ直ぐ歩いて行く。私は眩暈が治まった為そっとハクに降ろしてもらってヨナの背中を追った。
「ユリは命懸けで手を貸してくれたわ。
阿波はきっと大丈夫、ユリのような人がいれば。」
私も彼女の背後で笑みを零す。するとジェハはこちらへ歩いてきた。
『あら、運命に従って女性を助けてた人がどうしてこちらに来るの?』
「き、聞こえていたのかい…?」
『私が黒龍の耳を持つ事をお忘れになって?』
「あ…」
『それにハクに抱き上げられてたから一部始終を全部見てたのよ?』
「あ、えっと…」
『ふふっ…』
「え、リンちゃん…?」
『もうそれくらいで怒ったりしないわ。
でも浮気は許さないわよ?女遊びもそれなりなら許してあげる。』
「僕にとって一番は君だよ。」
『…私も。』
「え?」
私が素直に想いを口にしたのは初めてだった為、彼は目を丸くするが私はそれ以上何も言わなかった。
私達の近くに座っていたギガンは煙管をいつもと同じように吹かしていた。
「それであの何かお礼を…」
「海賊(わたしら)がお前達に要求する代価は高いよ。」
「えっ」
「この町全員で酔うための酒さ。」
「「「「「いよっしゃぁああああ!!!」」」」」
「はいっ、すぐに用意を♡」
「ちょっ、何言ってんの!?皆すごい怪我だよ?まず手当てしなきゃ…」
大騒ぎの海賊と女性達を見てユンが声を上げる。
「ボウズ、つまみ用意しろつまみ!」
「嫁か、俺はっ!それより手当て…」
「バカ野郎、勝利の夜はツブれるまで酒呑んで暴れるのが海賊の流儀だ。」
「まだ昼だよ!」
「たぎるねぇ、そーゆーの。」
「ノるな、雷獣っ」
「宴か、懐かしいな。舞子や奏者はどこだ?」
「歌とお芝居が楽しみね。」
「黙ってろ金持ち!!」
ハク、そしてキジャとヨナの言葉にユンが引っ切り無しにツッコんだ。
お腹が空いたらしいアオはシンアの指を齧っていた。
『あらら…』
「プキュー、シンアを食うな!!」
『プキュー…?』
「ふふ、仕方ないよユン君。今日は特別だ。」
ジェハはユンの肩に手を乗せると一瞬にして海賊船から持って来たらしい二胡を構えた。
「勝利!素晴らしいじゃないか。
清麗なる阿波の港、そして美女達。
今日という日を祝して美しいこの僕が…脱ぐよ。」
彼は頬を染めながら上着を脱ぎ始めた。
『ハハハハハハッ』
「曲じゃねーのかよ!」
「ひっこめ、変態!!」
「つーか、血ィ出てんだよ思いっきり!」
ユンはジェハの傷を手当てし始めた。そこに大量の酒が届く。
「ホイ、酒到着っ」
「おーっ、やるべやるべ。」
「つまみはまだか、ボウズ。」
「知らないよ、バカっ」
『私が作ろうか?』
「ホントか、嬢ちゃん!!」
『簡単なもので良ければ。』
歓声が上がり私は町人に宴をする広場の近くに火を起こして貰って簡単なつまみを作り始めた。
「料理をするリンちゃんもそそるね♡」
『そう?』
「いいお嫁さんになりそうだ。」
『誰の所に嫁ごうかしら。』
「…僕以外にいるのかい?」
『ハハハッ、いないわよ。』
彼はほっとしたように息を吐いた。
『ほら、つまみが出来るまで女性達のお相手してあげなさいな。』
「え?」
『向こうでずっとジェハを見てる美人さんがいるわよ。』
「でも…」
『私は気にしないって言ったでしょ。
今日は勝利の宴なの。楽しくやりましょ?』
「わかったよ。」
彼は私の頬にキスをしてから歩み去った。
数人の女性達が私を手伝ってくれてあっという間に料理が完成する。
『できたわよ!!』
「「「うおぉおおおお!!」」」
海賊が集まってくるとお椀に分けて配ってやる。
そこに町の男性が娘を連れてやってきた。
「あのっ、この度は娘を救って頂き…」
「カタいなおっちゃん。」
「いーから飲めよ!!」
「いいんですかね…?」
「何言ってやがる。この町は俺らやあんたらの町だ。
もう誰の目も気にせず女子供も自由に外出られるんだぞ。」
「わかったら町の連中全員呼んでこーい!」
「うおおぉおおーっ」
「ついでに医者もね!!」
「ヨナちゃん、一緒に飲もうや。」
海賊がヨナの腕を掴んで笑顔で宴に誘うと、それをハクがニッと笑いながら止めた。
ハクはヨナを自分に抱き寄せるのを忘れない。
「おっと、お構いなく。」
だがそれからすぐ海賊とハクは意気投合して酒を飲みながら楽しく喋り騒ぎ出すのだ。
キジャは女性達に囲まれて酒を飲んでいた。
「ね、美味しいでしょ。」
「うむ。」
「お酒好き?」
「うむ。」
「お兄さんかわいい♡結婚して。」
「うむ。ハッ、婆っっ結婚は結婚はもうっっ!!」
「婆?」
『キジャはもう酔っぱらってきてるみたい。』
「そうだね。」
私は女性に服を借りて着替えていた。
元々着ていた服は右肩から袖にかけて全体的にボロボロだったからだ。
髪もユンがあっという間に切り揃えてくれた。
短い髪を少しだけ右側で結い上げてそこに羽の簪を挿し揺らす。
「似合ってるよ。」
『ありがとう。こんな女性の服を着るのなんて久しぶり…
いつもはもっと動きやすい服だから…』
「いつもの服だって十分女性らしくて僕は好きだけどね。」
『ジェハは長い髪の方が好き?』
「リンちゃんは長い髪の方が綺麗だけど、短いのは短いので魅力的だね。」
『また伸ばそうかな…』
そのとき私とヨナは女性達に手を引かれて踊っている輪に引き込まれた。
私達は満月の下、笑いながら踊るのだった。
私達の様子を男性達は見つめながら酒を煽る。
そうして夜は更けていった。
私が踊りの輪から離れると海賊達が口々に言った。
「リンちゃ~ん♪」
「折角だから歌えよ♡」
『ん?』
「この前歌ってただろう?」
「また聞きたいな~」
『もう酔っ払いはめんどくさい…』
「なんだって!!」
「まだまだ俺達は酔ってないぞ!!」
「リンちゃん、相手してあげようよ。」
『まぁ、いいけど。』
ジェハが二胡を構えた為、私は以前とは違う曲を歌い始めた。
彼は旋律を掴むと私の曲に合わせて二胡を奏で始める。
私達の生み出す曲が響くとその場の全員が話すのを止めた。
「リンの歌、初めて聞いた…」
「風牙の都ではよく歌ってました。テヨンのお気に入りだったんすよ。」
「そうなんだ…心が温かくなる歌ね…」
「…それにきっとこの歌は姫さんの事を歌ってるんじゃないすかね。」
「え…?」
「それからあのタレ目の事と。」
ハクは小さく笑みを零すと酒を煽った。
《愛のささめきごと》
歌い終わると私は笑みを零し人々は歓声を上げた。
ジェハは私の横顔を見つめて微笑むのだった。
宴が終わりに近づくと私はジェハに手を引かれて共に高台へ向かった。そこからは町と海を一望できた。
『綺麗な町…』
「うん…これが阿波の在るべき姿なんだね。」
並んで座ると私は彼に寄り添った。
『私…ヨナを庇って死を覚悟した時最初にハクに謝ったの。』
「謝る?何に対してだい?」
『…ハクはずっと一緒に育った大切な兄のような存在よ。
相棒として背中を預けてくれるような人なのに、勝手に死んだら怒られちゃうわ。』
「それなのに君は命を懸けてヨナちゃんを守るんだね…
もっと自分を大切にしてもいいんじゃないかい?」
『…自分を大切にする方法なんて忘れてしまったのね、きっと。
元々私もハクも自分より他人を優先する性格だし…その中でもヨナは特別なの。
他人を守りたい、だから強くなりたい…ずっとそうやって生きてきた。
だからこそ、彼は私を相棒として認めてくれてるのよ。』
「どういう意味かな?」
『他人を優先するという事は私はハクを、ハクは私を守りつつ闘うって事でしょう?
だから背中を預けていれば互いの為に自然と闘うのよ。』
「成程…」
ジェハは満月を見上げながら私の短くなった髪を撫でつつ話に耳を傾けてくれる。
『でもね、そんなハクや大切なヨナ、他の龍やユンよりジェハの顔が浮かんで、死にたくないって思ったの。』
「え…?」
『ヨナを守りきれていないし、傍にいてっていう約束を破ってしまってもいる。
四龍はまだ揃っていないし、何もかも中途半端…
そんな中でも一番大きな心残りがあなたの事だったのよ…』
「僕…?」
ジェハは私の顔を覗き込むようにして見つめてくる。
私は彼の目を真っ直ぐ見つめて言葉を紡いだ。
『まだまだ一緒にいたいし、伝えたい事だってあるのにこんな所で死んでしまうと思うと哀しかったの。
ジェハは私に想いを伝えてくれた、愛してるって。
それなのに私は素直に自分の想いを言葉にした事なんてなかった…
死を目の前にしてそんな大切な事に気付くなんて馬鹿げてるけど、どうしても後悔の気持ちが大きくなって…
だからあなたが来てくれた時、ほっとしたのと同時にまた一緒に同じ時間を歩めるって分かって嬉しかったの…』
「リン…」
彼は私の言葉に目を丸くし、名前をちゃんを付ける事もなく呼んだ。
『大好きよ、ジェハ…この温かい気持ちを教えてくれてありがとう。』
私が微笑むと彼は私の腕を引いて強く抱き締めた。
私は彼の背中に手を回して身体を寄せる。
私達の間には言葉はもう必要ない。
私も伝えたかった言葉を彼に贈る事が出来た為心が軽くなっていた。
それから暫くするとジェハは二胡を奏で始め、私は彼に寄り添うように座ると縦笛を奏でていた。
その音色に誘われるようにヨナがやってきた。
「素敵な音色ね。」
『ヨナ…』
「弾いてみる?」
ジャハに渡された二胡をヨナが弾くとグギギーっと酷い音が鳴った。それには私とジェハも笑うだけ。
「海賊の方が向いてるみたいだね。」
「琴と舞なら少しは出来るわ。」
「琴と舞ねぇ…」
「リンだって二胡は弾けないでしょ!」
『あら、試してみましょうか?』
私はジェハから二胡を受け取ってすっと弓を引いてみる。すると透き通るような音が鳴った。
ヨナは悔しそうな顔をし、私とジェハはまた笑った。
そのときふと彼の目がヨナに向いた。
「まだ笑うの、ジェハ?」
「ああ、いや…君は女の子なんだって思ってさ。
君はこんなにも小さくて危なっかしくて力がなくて面倒だ。」
彼は頬杖をついて空を見上げながら呟く。
自分の脚の間に抱いた私の髪に頬を寄せる事はやめないようだ。
「…悪口?」
「さらに僕をこんな所まで探しに来て迷惑極まりない。」
「安心して、もうジェハを無理に連れて行ったりしないから。それじゃ。」
ヨナが立ち上がろうとするとジェハは私に身を寄せたまま彼女の手を握り引き止めた。
「…ジェハってよくわからない。」
「いたって素直な人間だよ、僕は。宴の夜は可愛い子といたいからね。」
私は彼の言葉にクスッと笑った。
それから私達は満月に照らされたまま何気ない話をするのだった。
自然と宴は解散となり、酒に酔った男達は倒れるようにあちこちに散って眠った。
ヨナは私に抱き着いたような形で眠ってしまった為、私は彼女を抱き上げてきちんと寝具へ寝かせ毛布を掛けた。
『おやすみなさい、姫様…』
私は眠りこけるハクを見て笑みを零した。
こうやって見ると彼だってまだ18歳の青年なのだ。
そして私だってまだまだ幼い女でしかないのだ。
―そのことを痛感したわ…でもそれでいいの。
私は私…その事実だけは変えようがないんだから…―
私はゆっくり二胡の音を頼りにジェハの元へと酔っぱらって眠った人々の間を戻っていった。
「やめだやめだ、ジェハ。その曲は眠くならぁ。」
「もっと景気のいいヤツにしろぃ。」
「だったら寝れば?昨日は徹夜だったんだし。町の連中はもうほとんど寝てるよ。」
「いやっ、俺はまだ飲み足りん。」
「俺もだ、飲むぞっ」
「子守唄~」
ジェハはそう言いながら優雅に二胡を弾く。
私は彼と海賊仲間の様子を物陰から見守る事にした。
彼らの絆には踏み込んではいけない気がしたからだ。
「よせ、アホっ!寝ちまうだろっ」
「だから寝れば?」
「う~、くそ!寝ないぞ、寝るもんかーっ」
「酔っぱらいの面倒はみないよ。」
「寝て…たまるかっ…寝たらもうっ…夢から醒めちまう…
今夜が…俺ら海賊の…最後の宴だから…っ」
「…バカだな、海賊がなくなったって皆阿波で漁師やるんだろ。何も変わりは…」
「お前はっ…行っちまうんだろ…!?嬢ちゃん達と!!
阿波からっ…出ていっちまうんだろ!?」
海賊の叫びに私は顔を俯かせた。
―ジェハ…?私達と一緒に来るって決めたの…?
でも…こんなに優しくてあなたを思ってくれる人達がいるのに…私達が来たから引き離す事になってしまったの…?―
「子守唄~」
ジェハは二胡を奏で彼らを眠らせた。
「ジェ…ハ…殺ス…」
海賊達は泣きながら眠ってしまい、ジェハを大切に想う気持ちが見て取れた。
ジェハは彼らに背中を向けると二胡を置いて優しく微笑んだ。
「…あーあ、皆泣きながら寝ちゃって。うっとうしいな。
本当…僕は君達が…大好きだよ。」
彼はその場を離れ私がいる物陰へとゆっくり近づいてきた。
「そこにいるんでしょ、リン。」
『ジェハ…』
私がはっきり彼に想いを告げてから彼は名前を呼び捨てで呼ぶようになった。
彼は私の髪を撫でて微笑んでくれる。
『私達が来たから…ジェハは大切な人達と別れる事になってしまったのね…』
「それは違うよ、リン。君達が来てくれたからクムジを倒す事が出来て、この町に活気が戻ったんだ。
それに君達と一緒に行くと決めたのは僕自身。
後悔なんてないし、運命に従ったわけでもない。
それとも僕が一緒にいるのはイヤかい?」
私はすぐに首を横に振った。
「それなら一緒に来てよ、リン。ギガン船長に挨拶しなきゃ。」
『うん。』
「ほら、顔を上げて。僕は君の笑ってる顔が好きだよ。」
『ジェハ…』
私は彼の嘘偽りのない笑顔を見て、暗い考えを頭から振り払って彼の手を取った。
『私もジェハの偽りない笑顔が好き。
それに…ここの優しい人達も温かくて大好きよ。』
彼は私の言葉にさっき自分が本人達には直接言えなかったものの口にした言葉を思い出し柔らかく微笑んだのだった。
ギガンは一人静かに座って酒を飲んでいた。
「ご一緒しても?美しい人。」
「失せな、ヒョロヒョロ小僧。」
「いつ聞いてもシビレるね、船長の毒舌♡」
「…リン、こんな変態のどこがいいんだい。」
『自分でも分からないわ、船長。』
「酷いなぁ…まぁ、ダメって言われても座っちゃうんだけど。」
そう言いながら私とジェハは並んでギガンの前に座った。
「船長は僕の…僕達の理想の女性なんだよ。僕が50年早く生まれていれば…」
するとギガンは暗器を取り出してジェハに向ける。
それを急いで彼は止めた。私は呆れて見守るだけ。
「クムジに受けた矢傷はここかい?」
「おや、50年が気に障りました?」
落ち着くと彼らはまた座る。
私はほっと息を吐いてギガンの猪口に酒を注いだ。
「他所の女の所へ行く分際でよく言うよ。」
「おや、妬いてくれるんだ。」
『ジェハを奪っちゃってごめんなさい、ギガン船長。』
「ハハハッ、こんな小僧ならいくらでもくれてやるよ。」
「酷い言われ様だね…」
冗談を言っているものの、彼女が言った“女”がヨナの事を指すと私とジェハだって分かっていた。
「お前…あの娘が何者かわかってんのかい?」
「…ま、なんとなくね。」
『ジェハ…ギガン船長まで…』
「琴なんてその辺の子が嗜むもんじゃないし、キジャ君は時々うっかり姫とか言ってるし。」
『気付いていらっしゃったんですね…』
「まぁね。」
私は彼らの様子を見て笑みを零した。
『それなら私の事も?』
「あの娘が姫だと言うなら、お前は護衛ってとこかい?」
『…ジェハ、ギガン船長。』
私は彼らを真っ直ぐ見て頭を下げた。
『どうしてもおふたりには知っておいてほしいのです。
私の口から説明させていただけますか?』
「聞こうじゃないか。」
『ありがとうございます。』
簡潔に私はヨナやハク、そして自分の事を説明した。
『ヨナはもう気付いておられるように前王イル陛下の一人娘、この高華国の姫様です。
そしてハクは風の部族の将軍でした。』
「あの身のこなしはそういう事だったんだね…」
『私はハクの側近で、私達はイル陛下の命(めい)でヨナ姫様の護衛、私の場合は相談役も兼ねています。
ハクはその強さから雷獣、私は舞姫と呼ばれていました。』
「舞姫…リンにピッタリじゃないか。」
「雷獣ってユン君が時々呼んでるね。」
『それが今では追われる身…イル陛下が亡くなり、姫様は国を追い出され、私達は彼女を守る為共に国を出ました。
そしてハクは将軍職を捨て、私も共に風の都を出たのです。
旅の途中、崖から落ちた事でヨナ姫、ハク、そして私は今死んだ事になっています。』
「成程ね…」
「赤い髪の姫、元将軍、そして甘い香りを漂わせる絶世の美女…
目立つだろうが、そこにまた龍達を従えて珍獣ばかりではないか。」
『ふふっ、そうですね。
しかし神官様のお導きで私達は四龍を探し、生きる道を求めているのです。
今後も私達はヨナ姫に付き従い、この命を捧げるつもりでございます。』
「その強い忠誠心は長年あの娘と一緒にいたからなんだね。」
『はい。』
「君の強い意志の理由が分かった気がするよ。
でも命を無駄にはしないで、リン。」
『ジェハ…分かった。』
彼は切なく微笑むと私の髪を撫でてくれた。
私はギガンに向けて全て話し終わった事を示し、また感謝を告げる代わりに頭を下げた。
私の話が終われば3人揃って酒を飲み始めた。
「ジェハ、分かっているのかい?厳しいよ、あの子についていくのは。
龍の宿命(さだめ)ってヤツかい。」
「…知らないよ。ただ…どうも目の届く所にいてくれないと落ちつかない。」
―何の力もないくせに泣きながら進んでいく背中が頼りなくて…
なのにその輝きにのみこまれそうで…―
私はジェハの感じている気持ちが分かる気がして微笑んだ。
彼は頬杖をついて柔らかく笑みを零す。
「あの矢を射る姿にはそそられたなぁ。射られたクムジがちょっと羨ましかった。」
「仲良くくたばりゃ良かったんだ。リン、何かあったらいつでもおいで。」
『ギガン船長…?』
「お前みたいな奴は嫌いじゃない。初めてできた娘みたいな存在だ。
こんなに心配掛ける娘はいてもらっちゃ困るけどね。」
彼女は優しく私の頭を撫でてくれる。
それだけでぬくもりと優しさに涙が零れそうになる。
次に彼女はジェハに向かって言いながら立ち上がって歩き出した。
「お前みたいな変態はとっとと行っちまいな。もう帰ってくるんじゃないよ。」
「つれないなぁ。お前の家はいつだってここにあるよ、くらい言ってくれないの?」
彼女は少しだけこちらへ振り返って笑みを見せた。だが、すぐに強い背中を見せる。
「…言ってほしけりゃ、私をオトせる口説き文句の一つでもひっさげて来な、鼻タレ小僧。」
彼女らしい言葉とそこに含まれる優しさに私は笑い、ジェハは海賊船に初めて来た時の事を思い出して嬉しそうに無邪気な笑顔を見せた。
「なんだい、お前は空から降って来て。
何でもするから置いてくれだって?
バカな鼻タレだね。女の口説き方を知らないのかい?」
そんな昔の言葉だってジェハとギガンの記憶には濃く焼きついていて、2人を繋ぐ絆なのだ。
翌朝、誰よりも先に目を覚ましたのはヨナだった。
「あ…れ…皆寝てる。飲みすぎよ。」
酔い潰れてハク、キジャ、シンアも寝ているし、ユンも手当てで走り回ったらしく包帯を握って寝ている。
私はジェハの部屋で並んで寝ているし、ギガンも部屋に戻って静かに寝息をたてていた。
「きれいな空…少し歩こうかな。」
ヨナは皆が寝ているのを見て町へ出た。
―静か…昨日の闘いが遠い日の出来事みたい…
少しは私この町の人達の力になれたかな…?―
そして彼女は空を見上げてイル陛下に問いかけた。
―父上、少しは私強くなれましたか?―
だが、言わずもがな答えてくれる声はない。
―あまり遠くに行くとダメね。皆が心配する。そろそろ戻って…―
彼女が駆け足で曲がり角を曲がろうとすると誰かにぶつかってしまった。
「きゃ…」
「わっ…」
ヨナは尻餅をつき、相手は慌てているようだった。
「ご、ごめんなさい。」
「あ、いえいえ。私こそ前方不注意でっ…すみませんっ」
彼女はその声に聞き覚えがあり鼓動を大きくした。
―この…声…―
2人は互いを見て言葉を失う。
そこにいたのは間違えるはずもない…イル陛下を殺した男、スウォンだったのだから。
―どうして…どうして阿波(ここ)に…!?―
ヨナは身体を震わせながら息を呑む。
「…ヨナ…?幻…でしょうか…あなたは…北山の崖で亡くなったと…聞いて…」
目を見開いていたスウォンだったが、震えるヨナを見て確信した。
「…本当にヨナ姫なんですね…
…なぜここに?ハクやリンはどうしました?」
「…」
「…いや、愚問でした。あなたが無事なのだ。
それはきっと彼らが今もあなたを命懸けで守りぬいているからなのでしょう。
…阿波の領主ヤン・クムジ殿が他国と違法な商売をしていると聞いて偵察に来たのですが、どうやら…」
そのとき足音が彼らに近づいて来ているのに気付いた。
ヨナは咄嗟に立ち上がり周囲を警戒する。
「スウォン様!」
だが、そんな彼女はスウォンに抱き寄せられ目を丸くするのだった。
※“愛のささめきごと”
歌手:蒼井翔太
作詞:RUCCA
作曲:中山真斗
『ヨナ…』
―赤い…髪…なぜだ…なぜこんなに恐れを感じる!?あんな小娘に…
ヨナ姫…あぁ、そうか…やはりお前が…―
ヨナは冷ややかな目のまま矢を射った。
矢は真っ直ぐクムジへと飛び左胸に深々と突き刺さる。
私達は全員がその様子を茫然と見ていた。ハクもヨナの姿にただ息を呑んでいた。
「船長!ギガン船長!!クムジが矢を受けて今海に…」
そのとき太陽が昇り始めた。ギガンは穏やかな朝を感じて笑みを零す。
「夜が明けたね…」
「お…俺達やったのか…」
「あ…あぁ…長かった…」
「本当だな?本当に終わったんだな?」
「眠い…」
「お前~このめでたい日に…」
ギガンの言葉にほっとした海賊達は座りこんで欠伸をする。
「でもそうだな。一晩中闘ってたんだから…」
「お前達。」
「はーい、船長。」
「だらしないね。寝ちまうのかい。
目が覚めたらお前らはただの漁師になっちまうのに。」
その一言に彼らの眠気は消え去った。
私はヨナの一矢を見た事で硬直していた身体を首を振る事で金縛り状態から解放すると小舟に乗り込んだ。そして漕いでジェハの元へと急ぐ。
『ジェハ!!』
「リンちゃん…」
『無茶するんだから…』
「君が言える事じゃないだろう?」
私は彼に手を貸して引き上げる。そして彼が濡れている事なんてお構いなしに抱き着いた。
『ただいま、ジェハ…』
彼は驚いたようだったがすぐに甘く微笑むと背中に手を回してくれた。
「おかえり。」
『ありがとう、助けに来てくれて。』
そう言いながら私は彼に刺さった矢を抜いた。
彼は痛みに顔を少し顰めたが、私の言葉に返答する事を優先してくれた。
「当然の事をしただけだよ。何かあればすぐ助けに行くって言っただろう?
まぁ、少し間に合わなかったみたいだけど。」
ジェハは私を抱き上げると哀しそうな顔をした。
彼は自分が来るのが遅かった為に私の頬や腕、そして肩に傷を受けたと思っているようだった。
『ちょっと…怪我してるんだから…』
「それは君もだよ。お互い様さ。」
『ジェハの所為で怪我をしたわけではないからね?』
私は片手で彼の頬を撫でた。
『私が無力だっただけ。闘えなくて、守る事も困難で…だから身を挺して庇う事しか出来なかったのよ。
ジェハが来てくれたから私は今ここで生きていられるの。
きっとあなたがいなかったら今頃私はこの世にいないわ。』
「リンちゃん…生きててくれて本当によかったよ。早く手当てしてもらって?」
『えぇ。』
「ほら、痛いかもしれないけどちゃんと掴まってね。」
『痛みなんて今まで忘れてたわ。』
私は彼の首に腕を絡ませると身を寄せた。
彼が小舟を蹴って空を舞い、ヨナやユンがいる船に降りた瞬間私はヨナを抱き締めていた。
「リン!!」
『…強くなりましたね、姫様。』
彼女は嬉しそうに私を抱き締めて返す。
私達の間にはこれ以上言葉は必要なかったのだった。
明け方、阿波は約十年に亘るヤン・クムジの支配より解き放たれた、小さな海賊達と一人の少女の一矢によって。
女性達は家族や恋人との再会を果たし、私達はそれを船の上から見て笑みを零した。
『ヨナ、ハクとキジャが来ましたよ。』
「あ!ハク!キジャ!!」
彼女が駆け出すと私とユンも続いた。ユンはヨナの後ろでカツラを外していた。
『あら、折角可愛かったのに。』
「もう勘弁だよ…」
「姫様っ…よくご無事でっっ」
「あんた達見事にかすり傷一つないね。」
『ホント…かわいくない。』
「そういうお前らは…」
殴られたり蹴られた跡があるだけでなく、私に至っては破れた服から血が滲み髪も短くなっていた。
それを見てハクとキジャは大刀と龍の手を役人に再び向けた。
「落ちつけ、珍獣共。めんどくさいから。」
『ふふっ』
「リンも笑い事じゃないよ。手当てしないt…」
ユンが言い終わる前に私は貧血で倒れそうになりそれに気付いたハクに支えられた。
意識をどうにか保ちながら私は足に力を入れるが思うようにならず彼に抱き上げられてしまった。
『ハク…』
「ボロボロだな、リン。」
「ヨナを庇って死にかけたんだから当然でしょ。」
「はぁ!?」
『だって…』
「龍の爪を振るって闘えばいいのに…」
『そういう訳にはいかない状況だったのよ、ユン。』
「え?」
『まだヨナが花火を上げる前なら彼女が遠くにいたからユンの近くで闘っていればよかった。
でもヨナも捕われたあの状況で下手な事をすればヨナかユン…どちらかの首が跳んでいたわ。』
「「あ…」」
「それって…俺も守られてたって事…?」
「リンらしいな…」
ハクはフッと笑いながら私の短くなった髪を撫でた。
「髪整えろよ。」
『うん。』
「もったいねェ事しやがる…折角綺麗な髪だったのに。」
「やはり許せぬ。黒龍の美しき髪を切っただけでなく、頬にまで傷をつけるとは!!」
『落ち着いてよ、キジャ…』
そう話している間にユンは包帯を取って来て、布で流れる血を拭き取ると手当てをしてくれた。
痛みはあるものの彼のお蔭で止血できたようだった。
「少しこっちに顔寄せて。」
彼に言われて身体を傾けると頬を拭かれて消毒された。
「腹部の痣は手当ての仕様が無いから安静にしてて。数日経ったら消えるから。」
『ありがとう。』
「痣…だと?」
『えっと…』
「私達の中で一番殴られたり蹴られたりしたのはリンなのよ。
クムジに襲われそうになって抵抗したから矛先を向けられてしまったの。」
「そうか…」
ハクは私を抱き寄せると背中をぽんぽんと叩いてくれる。
『ハク…?』
「…恐かっただろ。」
『まぁね。あの時は私も普通の女なんだなって思ったわ。
でも私は独りではなかったから。
ヨナやユンがいてくれたから心が折れる事も無かったし、ジェハとシンアが駆けつけてくれたから生きていられた。
それにこの剣…ハクがジェハに渡したんでしょ?』
「あぁ。」
『だからまた闘えたのよ。ありがとう。』
「…おぅ。」
彼は少しだけ照れながら私の胸元にムンドクから貰った羽のついた簪を挿した。
「…髪を整えたら上手く挿せよ。」
『うん。』
「あの…」
そのときユリの声が聞こえて私達はそちらに視線を移した。
すると助けられた女性達はボロボロになっている海賊達へ頭を下げていた。
「助けて頂きありがとうございました。もう阿波には戻れないって思ってたから…」
「いっ、いや俺らは…」
そこにジェハがすっと現れて女性へ甘い言葉を紡ぎ始める。
私はハクに抱かれている事でいつもより視線が高い為、ジェハの口説きを安易に見る事が出来溜息を吐いていた。
「当然のこと…いや、君を守るという運命に従ったまでのこと。」
「てめーは空気を吸うようにわけのわからん事喋ってんじゃねーっ」
『運命に背く人が何を馬鹿げた事言ってるのかしら。』
「確かにな。」
「私達はずっと助けられてきたのね。私達、何も出来なくて…」
ユリへとヨナは真っ直ぐ歩いて行く。私は眩暈が治まった為そっとハクに降ろしてもらってヨナの背中を追った。
「ユリは命懸けで手を貸してくれたわ。
阿波はきっと大丈夫、ユリのような人がいれば。」
私も彼女の背後で笑みを零す。するとジェハはこちらへ歩いてきた。
『あら、運命に従って女性を助けてた人がどうしてこちらに来るの?』
「き、聞こえていたのかい…?」
『私が黒龍の耳を持つ事をお忘れになって?』
「あ…」
『それにハクに抱き上げられてたから一部始終を全部見てたのよ?』
「あ、えっと…」
『ふふっ…』
「え、リンちゃん…?」
『もうそれくらいで怒ったりしないわ。
でも浮気は許さないわよ?女遊びもそれなりなら許してあげる。』
「僕にとって一番は君だよ。」
『…私も。』
「え?」
私が素直に想いを口にしたのは初めてだった為、彼は目を丸くするが私はそれ以上何も言わなかった。
私達の近くに座っていたギガンは煙管をいつもと同じように吹かしていた。
「それであの何かお礼を…」
「海賊(わたしら)がお前達に要求する代価は高いよ。」
「えっ」
「この町全員で酔うための酒さ。」
「「「「「いよっしゃぁああああ!!!」」」」」
「はいっ、すぐに用意を♡」
「ちょっ、何言ってんの!?皆すごい怪我だよ?まず手当てしなきゃ…」
大騒ぎの海賊と女性達を見てユンが声を上げる。
「ボウズ、つまみ用意しろつまみ!」
「嫁か、俺はっ!それより手当て…」
「バカ野郎、勝利の夜はツブれるまで酒呑んで暴れるのが海賊の流儀だ。」
「まだ昼だよ!」
「たぎるねぇ、そーゆーの。」
「ノるな、雷獣っ」
「宴か、懐かしいな。舞子や奏者はどこだ?」
「歌とお芝居が楽しみね。」
「黙ってろ金持ち!!」
ハク、そしてキジャとヨナの言葉にユンが引っ切り無しにツッコんだ。
お腹が空いたらしいアオはシンアの指を齧っていた。
『あらら…』
「プキュー、シンアを食うな!!」
『プキュー…?』
「ふふ、仕方ないよユン君。今日は特別だ。」
ジェハはユンの肩に手を乗せると一瞬にして海賊船から持って来たらしい二胡を構えた。
「勝利!素晴らしいじゃないか。
清麗なる阿波の港、そして美女達。
今日という日を祝して美しいこの僕が…脱ぐよ。」
彼は頬を染めながら上着を脱ぎ始めた。
『ハハハハハハッ』
「曲じゃねーのかよ!」
「ひっこめ、変態!!」
「つーか、血ィ出てんだよ思いっきり!」
ユンはジェハの傷を手当てし始めた。そこに大量の酒が届く。
「ホイ、酒到着っ」
「おーっ、やるべやるべ。」
「つまみはまだか、ボウズ。」
「知らないよ、バカっ」
『私が作ろうか?』
「ホントか、嬢ちゃん!!」
『簡単なもので良ければ。』
歓声が上がり私は町人に宴をする広場の近くに火を起こして貰って簡単なつまみを作り始めた。
「料理をするリンちゃんもそそるね♡」
『そう?』
「いいお嫁さんになりそうだ。」
『誰の所に嫁ごうかしら。』
「…僕以外にいるのかい?」
『ハハハッ、いないわよ。』
彼はほっとしたように息を吐いた。
『ほら、つまみが出来るまで女性達のお相手してあげなさいな。』
「え?」
『向こうでずっとジェハを見てる美人さんがいるわよ。』
「でも…」
『私は気にしないって言ったでしょ。
今日は勝利の宴なの。楽しくやりましょ?』
「わかったよ。」
彼は私の頬にキスをしてから歩み去った。
数人の女性達が私を手伝ってくれてあっという間に料理が完成する。
『できたわよ!!』
「「「うおぉおおおお!!」」」
海賊が集まってくるとお椀に分けて配ってやる。
そこに町の男性が娘を連れてやってきた。
「あのっ、この度は娘を救って頂き…」
「カタいなおっちゃん。」
「いーから飲めよ!!」
「いいんですかね…?」
「何言ってやがる。この町は俺らやあんたらの町だ。
もう誰の目も気にせず女子供も自由に外出られるんだぞ。」
「わかったら町の連中全員呼んでこーい!」
「うおおぉおおーっ」
「ついでに医者もね!!」
「ヨナちゃん、一緒に飲もうや。」
海賊がヨナの腕を掴んで笑顔で宴に誘うと、それをハクがニッと笑いながら止めた。
ハクはヨナを自分に抱き寄せるのを忘れない。
「おっと、お構いなく。」
だがそれからすぐ海賊とハクは意気投合して酒を飲みながら楽しく喋り騒ぎ出すのだ。
キジャは女性達に囲まれて酒を飲んでいた。
「ね、美味しいでしょ。」
「うむ。」
「お酒好き?」
「うむ。」
「お兄さんかわいい♡結婚して。」
「うむ。ハッ、婆っっ結婚は結婚はもうっっ!!」
「婆?」
『キジャはもう酔っぱらってきてるみたい。』
「そうだね。」
私は女性に服を借りて着替えていた。
元々着ていた服は右肩から袖にかけて全体的にボロボロだったからだ。
髪もユンがあっという間に切り揃えてくれた。
短い髪を少しだけ右側で結い上げてそこに羽の簪を挿し揺らす。
「似合ってるよ。」
『ありがとう。こんな女性の服を着るのなんて久しぶり…
いつもはもっと動きやすい服だから…』
「いつもの服だって十分女性らしくて僕は好きだけどね。」
『ジェハは長い髪の方が好き?』
「リンちゃんは長い髪の方が綺麗だけど、短いのは短いので魅力的だね。」
『また伸ばそうかな…』
そのとき私とヨナは女性達に手を引かれて踊っている輪に引き込まれた。
私達は満月の下、笑いながら踊るのだった。
私達の様子を男性達は見つめながら酒を煽る。
そうして夜は更けていった。
私が踊りの輪から離れると海賊達が口々に言った。
「リンちゃ~ん♪」
「折角だから歌えよ♡」
『ん?』
「この前歌ってただろう?」
「また聞きたいな~」
『もう酔っ払いはめんどくさい…』
「なんだって!!」
「まだまだ俺達は酔ってないぞ!!」
「リンちゃん、相手してあげようよ。」
『まぁ、いいけど。』
ジェハが二胡を構えた為、私は以前とは違う曲を歌い始めた。
彼は旋律を掴むと私の曲に合わせて二胡を奏で始める。
私達の生み出す曲が響くとその場の全員が話すのを止めた。
「リンの歌、初めて聞いた…」
「風牙の都ではよく歌ってました。テヨンのお気に入りだったんすよ。」
「そうなんだ…心が温かくなる歌ね…」
「…それにきっとこの歌は姫さんの事を歌ってるんじゃないすかね。」
「え…?」
「それからあのタレ目の事と。」
ハクは小さく笑みを零すと酒を煽った。
《愛のささめきごと》
歌い終わると私は笑みを零し人々は歓声を上げた。
ジェハは私の横顔を見つめて微笑むのだった。
宴が終わりに近づくと私はジェハに手を引かれて共に高台へ向かった。そこからは町と海を一望できた。
『綺麗な町…』
「うん…これが阿波の在るべき姿なんだね。」
並んで座ると私は彼に寄り添った。
『私…ヨナを庇って死を覚悟した時最初にハクに謝ったの。』
「謝る?何に対してだい?」
『…ハクはずっと一緒に育った大切な兄のような存在よ。
相棒として背中を預けてくれるような人なのに、勝手に死んだら怒られちゃうわ。』
「それなのに君は命を懸けてヨナちゃんを守るんだね…
もっと自分を大切にしてもいいんじゃないかい?」
『…自分を大切にする方法なんて忘れてしまったのね、きっと。
元々私もハクも自分より他人を優先する性格だし…その中でもヨナは特別なの。
他人を守りたい、だから強くなりたい…ずっとそうやって生きてきた。
だからこそ、彼は私を相棒として認めてくれてるのよ。』
「どういう意味かな?」
『他人を優先するという事は私はハクを、ハクは私を守りつつ闘うって事でしょう?
だから背中を預けていれば互いの為に自然と闘うのよ。』
「成程…」
ジェハは満月を見上げながら私の短くなった髪を撫でつつ話に耳を傾けてくれる。
『でもね、そんなハクや大切なヨナ、他の龍やユンよりジェハの顔が浮かんで、死にたくないって思ったの。』
「え…?」
『ヨナを守りきれていないし、傍にいてっていう約束を破ってしまってもいる。
四龍はまだ揃っていないし、何もかも中途半端…
そんな中でも一番大きな心残りがあなたの事だったのよ…』
「僕…?」
ジェハは私の顔を覗き込むようにして見つめてくる。
私は彼の目を真っ直ぐ見つめて言葉を紡いだ。
『まだまだ一緒にいたいし、伝えたい事だってあるのにこんな所で死んでしまうと思うと哀しかったの。
ジェハは私に想いを伝えてくれた、愛してるって。
それなのに私は素直に自分の想いを言葉にした事なんてなかった…
死を目の前にしてそんな大切な事に気付くなんて馬鹿げてるけど、どうしても後悔の気持ちが大きくなって…
だからあなたが来てくれた時、ほっとしたのと同時にまた一緒に同じ時間を歩めるって分かって嬉しかったの…』
「リン…」
彼は私の言葉に目を丸くし、名前をちゃんを付ける事もなく呼んだ。
『大好きよ、ジェハ…この温かい気持ちを教えてくれてありがとう。』
私が微笑むと彼は私の腕を引いて強く抱き締めた。
私は彼の背中に手を回して身体を寄せる。
私達の間には言葉はもう必要ない。
私も伝えたかった言葉を彼に贈る事が出来た為心が軽くなっていた。
それから暫くするとジェハは二胡を奏で始め、私は彼に寄り添うように座ると縦笛を奏でていた。
その音色に誘われるようにヨナがやってきた。
「素敵な音色ね。」
『ヨナ…』
「弾いてみる?」
ジャハに渡された二胡をヨナが弾くとグギギーっと酷い音が鳴った。それには私とジェハも笑うだけ。
「海賊の方が向いてるみたいだね。」
「琴と舞なら少しは出来るわ。」
「琴と舞ねぇ…」
「リンだって二胡は弾けないでしょ!」
『あら、試してみましょうか?』
私はジェハから二胡を受け取ってすっと弓を引いてみる。すると透き通るような音が鳴った。
ヨナは悔しそうな顔をし、私とジェハはまた笑った。
そのときふと彼の目がヨナに向いた。
「まだ笑うの、ジェハ?」
「ああ、いや…君は女の子なんだって思ってさ。
君はこんなにも小さくて危なっかしくて力がなくて面倒だ。」
彼は頬杖をついて空を見上げながら呟く。
自分の脚の間に抱いた私の髪に頬を寄せる事はやめないようだ。
「…悪口?」
「さらに僕をこんな所まで探しに来て迷惑極まりない。」
「安心して、もうジェハを無理に連れて行ったりしないから。それじゃ。」
ヨナが立ち上がろうとするとジェハは私に身を寄せたまま彼女の手を握り引き止めた。
「…ジェハってよくわからない。」
「いたって素直な人間だよ、僕は。宴の夜は可愛い子といたいからね。」
私は彼の言葉にクスッと笑った。
それから私達は満月に照らされたまま何気ない話をするのだった。
自然と宴は解散となり、酒に酔った男達は倒れるようにあちこちに散って眠った。
ヨナは私に抱き着いたような形で眠ってしまった為、私は彼女を抱き上げてきちんと寝具へ寝かせ毛布を掛けた。
『おやすみなさい、姫様…』
私は眠りこけるハクを見て笑みを零した。
こうやって見ると彼だってまだ18歳の青年なのだ。
そして私だってまだまだ幼い女でしかないのだ。
―そのことを痛感したわ…でもそれでいいの。
私は私…その事実だけは変えようがないんだから…―
私はゆっくり二胡の音を頼りにジェハの元へと酔っぱらって眠った人々の間を戻っていった。
「やめだやめだ、ジェハ。その曲は眠くならぁ。」
「もっと景気のいいヤツにしろぃ。」
「だったら寝れば?昨日は徹夜だったんだし。町の連中はもうほとんど寝てるよ。」
「いやっ、俺はまだ飲み足りん。」
「俺もだ、飲むぞっ」
「子守唄~」
ジェハはそう言いながら優雅に二胡を弾く。
私は彼と海賊仲間の様子を物陰から見守る事にした。
彼らの絆には踏み込んではいけない気がしたからだ。
「よせ、アホっ!寝ちまうだろっ」
「だから寝れば?」
「う~、くそ!寝ないぞ、寝るもんかーっ」
「酔っぱらいの面倒はみないよ。」
「寝て…たまるかっ…寝たらもうっ…夢から醒めちまう…
今夜が…俺ら海賊の…最後の宴だから…っ」
「…バカだな、海賊がなくなったって皆阿波で漁師やるんだろ。何も変わりは…」
「お前はっ…行っちまうんだろ…!?嬢ちゃん達と!!
阿波からっ…出ていっちまうんだろ!?」
海賊の叫びに私は顔を俯かせた。
―ジェハ…?私達と一緒に来るって決めたの…?
でも…こんなに優しくてあなたを思ってくれる人達がいるのに…私達が来たから引き離す事になってしまったの…?―
「子守唄~」
ジェハは二胡を奏で彼らを眠らせた。
「ジェ…ハ…殺ス…」
海賊達は泣きながら眠ってしまい、ジェハを大切に想う気持ちが見て取れた。
ジェハは彼らに背中を向けると二胡を置いて優しく微笑んだ。
「…あーあ、皆泣きながら寝ちゃって。うっとうしいな。
本当…僕は君達が…大好きだよ。」
彼はその場を離れ私がいる物陰へとゆっくり近づいてきた。
「そこにいるんでしょ、リン。」
『ジェハ…』
私がはっきり彼に想いを告げてから彼は名前を呼び捨てで呼ぶようになった。
彼は私の髪を撫でて微笑んでくれる。
『私達が来たから…ジェハは大切な人達と別れる事になってしまったのね…』
「それは違うよ、リン。君達が来てくれたからクムジを倒す事が出来て、この町に活気が戻ったんだ。
それに君達と一緒に行くと決めたのは僕自身。
後悔なんてないし、運命に従ったわけでもない。
それとも僕が一緒にいるのはイヤかい?」
私はすぐに首を横に振った。
「それなら一緒に来てよ、リン。ギガン船長に挨拶しなきゃ。」
『うん。』
「ほら、顔を上げて。僕は君の笑ってる顔が好きだよ。」
『ジェハ…』
私は彼の嘘偽りのない笑顔を見て、暗い考えを頭から振り払って彼の手を取った。
『私もジェハの偽りない笑顔が好き。
それに…ここの優しい人達も温かくて大好きよ。』
彼は私の言葉にさっき自分が本人達には直接言えなかったものの口にした言葉を思い出し柔らかく微笑んだのだった。
ギガンは一人静かに座って酒を飲んでいた。
「ご一緒しても?美しい人。」
「失せな、ヒョロヒョロ小僧。」
「いつ聞いてもシビレるね、船長の毒舌♡」
「…リン、こんな変態のどこがいいんだい。」
『自分でも分からないわ、船長。』
「酷いなぁ…まぁ、ダメって言われても座っちゃうんだけど。」
そう言いながら私とジェハは並んでギガンの前に座った。
「船長は僕の…僕達の理想の女性なんだよ。僕が50年早く生まれていれば…」
するとギガンは暗器を取り出してジェハに向ける。
それを急いで彼は止めた。私は呆れて見守るだけ。
「クムジに受けた矢傷はここかい?」
「おや、50年が気に障りました?」
落ち着くと彼らはまた座る。
私はほっと息を吐いてギガンの猪口に酒を注いだ。
「他所の女の所へ行く分際でよく言うよ。」
「おや、妬いてくれるんだ。」
『ジェハを奪っちゃってごめんなさい、ギガン船長。』
「ハハハッ、こんな小僧ならいくらでもくれてやるよ。」
「酷い言われ様だね…」
冗談を言っているものの、彼女が言った“女”がヨナの事を指すと私とジェハだって分かっていた。
「お前…あの娘が何者かわかってんのかい?」
「…ま、なんとなくね。」
『ジェハ…ギガン船長まで…』
「琴なんてその辺の子が嗜むもんじゃないし、キジャ君は時々うっかり姫とか言ってるし。」
『気付いていらっしゃったんですね…』
「まぁね。」
私は彼らの様子を見て笑みを零した。
『それなら私の事も?』
「あの娘が姫だと言うなら、お前は護衛ってとこかい?」
『…ジェハ、ギガン船長。』
私は彼らを真っ直ぐ見て頭を下げた。
『どうしてもおふたりには知っておいてほしいのです。
私の口から説明させていただけますか?』
「聞こうじゃないか。」
『ありがとうございます。』
簡潔に私はヨナやハク、そして自分の事を説明した。
『ヨナはもう気付いておられるように前王イル陛下の一人娘、この高華国の姫様です。
そしてハクは風の部族の将軍でした。』
「あの身のこなしはそういう事だったんだね…」
『私はハクの側近で、私達はイル陛下の命(めい)でヨナ姫様の護衛、私の場合は相談役も兼ねています。
ハクはその強さから雷獣、私は舞姫と呼ばれていました。』
「舞姫…リンにピッタリじゃないか。」
「雷獣ってユン君が時々呼んでるね。」
『それが今では追われる身…イル陛下が亡くなり、姫様は国を追い出され、私達は彼女を守る為共に国を出ました。
そしてハクは将軍職を捨て、私も共に風の都を出たのです。
旅の途中、崖から落ちた事でヨナ姫、ハク、そして私は今死んだ事になっています。』
「成程ね…」
「赤い髪の姫、元将軍、そして甘い香りを漂わせる絶世の美女…
目立つだろうが、そこにまた龍達を従えて珍獣ばかりではないか。」
『ふふっ、そうですね。
しかし神官様のお導きで私達は四龍を探し、生きる道を求めているのです。
今後も私達はヨナ姫に付き従い、この命を捧げるつもりでございます。』
「その強い忠誠心は長年あの娘と一緒にいたからなんだね。」
『はい。』
「君の強い意志の理由が分かった気がするよ。
でも命を無駄にはしないで、リン。」
『ジェハ…分かった。』
彼は切なく微笑むと私の髪を撫でてくれた。
私はギガンに向けて全て話し終わった事を示し、また感謝を告げる代わりに頭を下げた。
私の話が終われば3人揃って酒を飲み始めた。
「ジェハ、分かっているのかい?厳しいよ、あの子についていくのは。
龍の宿命(さだめ)ってヤツかい。」
「…知らないよ。ただ…どうも目の届く所にいてくれないと落ちつかない。」
―何の力もないくせに泣きながら進んでいく背中が頼りなくて…
なのにその輝きにのみこまれそうで…―
私はジェハの感じている気持ちが分かる気がして微笑んだ。
彼は頬杖をついて柔らかく笑みを零す。
「あの矢を射る姿にはそそられたなぁ。射られたクムジがちょっと羨ましかった。」
「仲良くくたばりゃ良かったんだ。リン、何かあったらいつでもおいで。」
『ギガン船長…?』
「お前みたいな奴は嫌いじゃない。初めてできた娘みたいな存在だ。
こんなに心配掛ける娘はいてもらっちゃ困るけどね。」
彼女は優しく私の頭を撫でてくれる。
それだけでぬくもりと優しさに涙が零れそうになる。
次に彼女はジェハに向かって言いながら立ち上がって歩き出した。
「お前みたいな変態はとっとと行っちまいな。もう帰ってくるんじゃないよ。」
「つれないなぁ。お前の家はいつだってここにあるよ、くらい言ってくれないの?」
彼女は少しだけこちらへ振り返って笑みを見せた。だが、すぐに強い背中を見せる。
「…言ってほしけりゃ、私をオトせる口説き文句の一つでもひっさげて来な、鼻タレ小僧。」
彼女らしい言葉とそこに含まれる優しさに私は笑い、ジェハは海賊船に初めて来た時の事を思い出して嬉しそうに無邪気な笑顔を見せた。
「なんだい、お前は空から降って来て。
何でもするから置いてくれだって?
バカな鼻タレだね。女の口説き方を知らないのかい?」
そんな昔の言葉だってジェハとギガンの記憶には濃く焼きついていて、2人を繋ぐ絆なのだ。
翌朝、誰よりも先に目を覚ましたのはヨナだった。
「あ…れ…皆寝てる。飲みすぎよ。」
酔い潰れてハク、キジャ、シンアも寝ているし、ユンも手当てで走り回ったらしく包帯を握って寝ている。
私はジェハの部屋で並んで寝ているし、ギガンも部屋に戻って静かに寝息をたてていた。
「きれいな空…少し歩こうかな。」
ヨナは皆が寝ているのを見て町へ出た。
―静か…昨日の闘いが遠い日の出来事みたい…
少しは私この町の人達の力になれたかな…?―
そして彼女は空を見上げてイル陛下に問いかけた。
―父上、少しは私強くなれましたか?―
だが、言わずもがな答えてくれる声はない。
―あまり遠くに行くとダメね。皆が心配する。そろそろ戻って…―
彼女が駆け足で曲がり角を曲がろうとすると誰かにぶつかってしまった。
「きゃ…」
「わっ…」
ヨナは尻餅をつき、相手は慌てているようだった。
「ご、ごめんなさい。」
「あ、いえいえ。私こそ前方不注意でっ…すみませんっ」
彼女はその声に聞き覚えがあり鼓動を大きくした。
―この…声…―
2人は互いを見て言葉を失う。
そこにいたのは間違えるはずもない…イル陛下を殺した男、スウォンだったのだから。
―どうして…どうして阿波(ここ)に…!?―
ヨナは身体を震わせながら息を呑む。
「…ヨナ…?幻…でしょうか…あなたは…北山の崖で亡くなったと…聞いて…」
目を見開いていたスウォンだったが、震えるヨナを見て確信した。
「…本当にヨナ姫なんですね…
…なぜここに?ハクやリンはどうしました?」
「…」
「…いや、愚問でした。あなたが無事なのだ。
それはきっと彼らが今もあなたを命懸けで守りぬいているからなのでしょう。
…阿波の領主ヤン・クムジ殿が他国と違法な商売をしていると聞いて偵察に来たのですが、どうやら…」
そのとき足音が彼らに近づいて来ているのに気付いた。
ヨナは咄嗟に立ち上がり周囲を警戒する。
「スウォン様!」
だが、そんな彼女はスウォンに抱き寄せられ目を丸くするのだった。
※“愛のささめきごと”
歌手:蒼井翔太
作詞:RUCCA
作曲:中山真斗