主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
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落ちて行った先で私達は役人に連れられて何かに連れ込まれた。
そのまま膝を抱えて座るとガタガタ揺れる中どこかへ運ばれていく。
同じ頃、クムジは香の焚かれた部屋で女性の肩を抱いて笑っていた。
「商品の様子はどうだ?」
「問題ありません。先程高く売れそうな商品が3人手に入ったようです。
一人は珍しい赤い髪の少女だとか。」
「ほう…赤い髪…では少し品定めに行くか。」
ヨナは暗い闇の中自分の震えを揺れの所為にして恐怖を追い払っていた。
そのとき扉が開いて光が射す。眩しさに目を細めていると役人から指示が出た。
「出ろ。」
私達が立ち上がって役人に連れられて足を進めると女性がたくさん集められた部屋に辿り着いた。
誰もが不安そうに身を寄せ合い、涙を浮かべている者もいる。
―こんな事が…ずっと昔から行われていたのね…―
「早く入れ。」
「きゃっ…」
私達は背中を押されて床に倒れ込む。そのときヨナは足の痛みを感じたようだった。
「痛…」
「大丈夫?」
『捻挫してますね…落ちた時に痛めたようです。』
「こんな時に…」
―こんな状態で計画通り動けるの…?もし失敗したら…―
「ククク…思ったより収穫あったな。」
突然自分達がたった今入って来た扉の方から低い声が聞こえ、私達はさっと振り返った。
そこに立っていたのはヤン・クムジ…その人であった。
「阿波もまだまだ捨てたものではない。」
「クムジ様!どういう事ですか?私仕事が頂けると聞いてここに…」
「ククク、仕事はある。重要な仕事がな。
お前達は明日の夜までここで待機していればいい。」
ユンはそっとヨナに小声で言った。
「身を縮めて。今は大人しくしてて。」
―まさかこんなに早くクムジが出てくるなんてね…
やっぱりそう簡単に予定通り行かせてはもらえないわ…―
私がそんな事を考えているとクムジは突然ヨナの髪を掴んで自分に引き寄せた。
「赤い髪…なるほど、珍しいな。」
「う…」
『ちょっ…』
―ヨナ!!―
「ククク、顔もなかなかの美形。これは高く売れそうだ。
いや…少々売るのが惜しいくらいだ。一人くらい俺のものにしても構わねぇよなぁ。」
クムジの言葉に私とユンは息を呑んだ。するとユンはすっと立ち上がった。
―ユン!!?―
「そ、そんな女より!私の方がご満足頂けますわ、クムジ様。」
―おおーっと、何を言っているのかな―――?―
彼は心の中で自問自答している。
「ほぉ…」
「そんな女ほっといて私をお側に♡」
―いやいや誰だお前―!男だってバレたら即殺されるって!!
でも…約束したから、ヨナを守るって…―
クムジはユンの顎に手を添えて顔をまじまじと見る。
「…そうだな、お前もなかなかの上玉だ。だが、」
その瞬間、クムジはユンを蹴り飛ばした。
私は咄嗟に激しく咳き込むユンに駆け寄った。
「ん…?」
私が動いた瞬間、怒りに震えるクムジは何かを感じて目を丸くした。
―甘い香り…?―
それでもユンに言葉を投げかけることはやめなかった。
「俺が楽しんでる時に口を挟む図々しい女は大嫌いなんだ。」
「クムジ様、おやめ下さい。商品に傷がつきます。」
「口を…挟むな!!」
「きゃあああああ」
役人さえ蹴り飛ばされ血を散らしながら倒れると女性達が悲鳴を上げた。
「いいぞ、女は従順なのが一番だ。この赤毛の女のように黙って震えていれば…」
クムジは自分が掴んでいるヨナをほくそ笑みながら見た。
だが、そこにいたのはか弱く震える少女ではなかった。
ヨナは強い目でユン…大切な仲間を蹴り飛ばしたクムジを睨みつけていたのだ。
恐れを感じたクムジは手を震わせながらヨナを投げ飛ばした。
―なんだ…?威圧感…?こんな小娘に…!!いや、待てよ…―
彼は何か思うところがあったようだ。
「…娘、お前は阿波の人間か?」
「…はい。」
「その昔…一度だけ俺は緋龍城にてお前と同じ赤い髪を見た事がある。
一瞬だけ…遠くから陽の光に反射するその髪の女の名はヨナ姫。
年の頃ならお前と同じくらいだ。まさかお前か…?」
―気付かれた…!!―
―姫様…!!―
「ヨナ姫か?」
ヨナは冷静に両手を優雅につくとクムジに頭を下げた。
「…私は阿波の貧しい商人の娘。ここで新しい仕事を頂けると聞いて参りました。
私と同じ赤い髪のお姫様は存じ上げませんが、クムジ様のお仕事で赤い髪の姫となった方が都合がよろしければそう名乗らせて頂きます。」
「…戯れが過ぎたな。ヨナ姫がこんな所でそのように自尊心のかけらも無く、仕事探しなどする訳がない。
お前のような娘が姫なものか。第一…あの姫は従者に連れ去られ殺されたと聞く。
お前のような下賤の者は知らんだろうがな。」
クムジは部屋を出て、ゆっくり歩きながら思った。
―そうだ、何をバカな事を…
ヨナ姫はイル王の庇護のもと、争いも政治も全く知らずに甘やかされて育ったと聞く…
そんな姫があんな野生の獣のような瞳をするはずがない…
それにしても先程の甘い香り…―
クムジはこちらを振り返ってニヤリと笑った。
そしてツカツカとこちらへ戻って来た。
私達はほっとしかけていた身体をまた緊張させる。
「そこの女…」
彼が指差したのは私だった。
『…何用でございましょうか、クムジ様。』
「俺は今気分が悪い。そこの図々しい女に邪魔をされたからな。
こうやって見るとお前は従順そうで、そのうえここにいる女の中で一番の美貌と見た。
商品にするには惜しい。共に来い。」
―ここで拒絶すれば今のクムジは何をするかわからない…
私の正体に気付いた訳ではなさそうだから、上手くやり過ごすしかないわね…―
『…お望みとあらば。』
私が立ち上がるとヨナとユンが心配そうにこちらを見上げていた。
役人に連れられて部屋を出る時、私は少しだけ振り返って2人を安心させるかのように微笑み掛けた。
私と役人が出て扉が閉まるとヨナはユンを呼んだ。
「ユン…!ユン、大丈夫?」
「げほっ…もっ!か弱い美少女を蹴るなんてサイテー。」
「ユン…」
「ヨナこそ足青くなってるよ。痛いでしょ。」
「全然。痛みなんて忘れてたわ。」
「面白くなってきたじゃない。
俺は痛み忘れないよ。百倍にして返してやるかんね。」
「それよりリン大丈夫かしら…」
「きっと拒否するとクムジが他の女の人達に手を出すって考えて申し出を承諾したんだ…」
「リン…」
「今は信じよう。リンなら大丈夫だよ。」
「えぇ…」
2人は私の無事を祈って手を強く握ったのだった。
役人に連れられてクムジの部屋にやってきた私は彼の前に跪き頭を下げていた。
「まだ阿波にこんな美人がいたとはな。」
『恐れ多い…』
「ククク、従順でいい…」
そう呟くとクムジは私の手を引っぱり寝台へと放り投げた。
私は受け身を取れず寝台へと倒れ込む。すると彼は私に覆い被さり首元へ顔を埋めた。
『っ…』
「恐ろしいか?ククク、可愛らしいものよ。」
『おやめ下さい、クムジ様…』
「お前は俺に従っていればいいのだ。」
彼は私の首筋に顔を埋めたまま香りを楽しみ笑った。
「やはりお前か、このような甘い香りをさせていたのは。」
『ぅん…っ』
彼が話す度に首筋に息が掛かってくすぐったい。
「香水とは違うな…髪からも香っている…元々の体質か…興味深い。」
『クムジ様…もう…』
「ん?これから可愛がってやr…」
『いい加減にしろ!!』
私は耐えられず彼を蹴り上げた。するとクムジは寝台から下へ転がり落ちる。
「何をする!!」
『お前みたいな奴に襲われるだけの弱い女だと思うなよ…従順なんて私からは程遠い言葉さ。』
「クムジ様!!」
「女、クムジ様に何をする!!」
こちらに飛び掛かってくる役人を避けて蹴っていると、クムジが背後から剣を私に突きつけた。
「動くな。」
『っ!!』
―クッ…剣さえあれば反撃できるのに…―
その瞬間、クムジは私の背中を蹴り飛ばした為私は床に倒れ込む。
「俺を蹴るとはいい度胸だ。」
そう言いながら彼は何度も私を蹴った。
『くはっ…』
「お前のような女は美しくとも俺には相応しくない。
だが、高く売れそうだ…今日の所はこれで勘弁してやる。」
『うっ…あっ…くっ…』
「クムジ様、それくらいに…」
「…フッ、仕方あるまい。死なれると困るからな。」
私は自分では立ち上がれない程の蹴りに顔を顰めていた。
するとクムジが私の髪を掴んで顔に寄せた。
「この香りは逃すには勿体ない。
髪からも香るなら切ってしまうとするか。
甘く香る髪…売っても高値がつくだろう。」
彼はそのまま持っていた剣で私の髪を切った。
腰辺りまであった髪は一気に肩程まで短くなり、支えを失った私が倒れそうになると役人が両脇から抱き止めた。
「部屋に戻しておけ。」
「はい。」
引きずられるようにして私はヨナやユンのいる部屋へ運ばれていった。
「本当に甘い香りがする…」
「不思議だ…」
「髪は売る前に切り揃えるか。」
「あぁ。そうしないと値が落ちちまう。」
「それにしてもあのクムジ様を蹴った女なんて初めてだ…」
私は役人達のそんな話を聞きながらどうにか意識を保っていた。
―普通の女に戻った私…なんて無力なのかしら…―
扉の開く音がした途端、私は投げ捨てられた。
『くっ…』
役人が出て行くとヨナとユンが慌ててこちらへ駆けてくる。
「「リン!!」」
『姫さ…ま…ユン…』
「髪が…」
「もしかして蹴られたの!!?俺の比になんてならないくらいだね…ちょっとごめん。」
ユンは私の服を少し捲り顔を顰めた。
「青くなってる…結構蹴られたでしょ。」
『まぁね…あんな男の物になるよりマシだけど。』
「無茶しないでよね…」
「リン…」
『大丈夫です…少し休めば平気ですから。』
「腹部の痣も数日経てば消えると思う。」
彼は私の服を整えて、服の上から痛む腹部を優しく撫でてくれた。
彼に支えられるようにして身体を起こし、彼にもたれかかったまま私は痛みに耐え意識を保つ事にしていた。
そのとき今まで私達を遠目に見ていた女性達がざわつき始めた。
「わ…私達どうなるの?」
「さっきのクムジ様の話…」
「売るって私達の事…!?」
「嘘…」
「話が違うわ。ここから出して!!」
ひとりの女性が扉を叩くが、反応はない。
すると端に座っていた女性が静かに言った。その声には諦めが含まれていた。
「無駄よ。私は二週間前からここに入れられてるのよ。
誰も出しちゃくれない。クムジ様にとって私らなんか道具と同じ。
この町はずっとそういう所だったでしょ!?」
「変えたい…と思った事はない?この町を。」
するとヨナが私の髪をすっと撫でてから呟いた。
「えっ…」
『ヨナ…』
「この町からクムジを退け皆が自由に暮らせるように闘おうと思った事はない?」
「何、あんた。本当にこの町の人間?
そんな事言うのは外の人間と強い人間。あとはよっぽどのバカよ。」
「…特別強くもないけれど、この町を変えようと命懸けで闘ってる人達を私は知ってる。」
「そんな連中(バカ)を支えようとするもっと頼りない女の子もいるけどね。」
『確かに。』
私とユンの言葉にヨナは絶句するが、私達はクスクス笑うだけ。
その頃には私も痛みに慣れ身体の調子も回復しつつあった。だが、身体の震えは治まらない。
「リン…?」
『ごめん、ユン…少しだけこうしててもいい…?』
私は彼の身体を引き寄せ彼の胸元に顔を埋めた。
彼は一瞬驚いたようだったが、私が震えている事に気付き背中を撫でてくれる。
「…クムジに何かされた?」
『…もう少しで私は女として全てを失う所だった。
私の肩口に顔を埋めて香りに酔いしれるあの男を思い出しただけで怖くて…』
「リンだって女性だもんね…恐くて当然だよ。」
私は彼の優しい手に少しずつ落ち着きを取り戻していった。
その間もヨナと女性の会話は続く。
「何を言ってるの?誰か助けに来てくれるっての?そんなバカいないわよ。」
「それはわからない。でもあなた達の言うバカが手を差しのべたら信じてその手を握り返して。
生きたいと思うのならどうか死にもの狂いで生き抜いて。そうすれば明日この町は変わる。」
―たしかに私は何の力もありません、はがゆいほどに…決して強くもありません…
リンが身を呈して守ってくれたのに、私には何も出来ないのです…
でもどうか守らせて…この国の姫として、ただ一人の人間として闘わせてください…―
ヨナの強い言葉に女性達の心は揺れた。私はその微弱な揺れを感じて笑みを零す。
夜になると私達は寄り添って眠った。
目を閉じるとクムジの顔が浮かんで私は小さく身体を震わせた。
「リン…」
ヨナとユンは私の両側に座り手を握ってくれる。
『…これじゃ私が守られていますね。』
「リン…」
「私は少し安心してるの。」
『え?』
「リンはいつも強いけど、やっぱり女の子なのよ。
好きでもない人が詰め寄って来て、闘う事も出来ず逃げる事も難しかったら恐いのは当然だもの。」
『ヨナ…』
「リンも私と同じ女なんだって感じる。
今私の隣にいるリンは等身大で、ありのままな感じがするわ。」
『…私は初めてなんです。武器も持たず身一つで行動するなんて…
物心ついた時には既に武術を習っていて、武器をいつも隠し持っていましたから。
剣を戴いてからはずっと肌身離さず…』
「そうね…私が知ってるリンはいつも凛々しくて笑っていても周囲を警戒してて、武器を携帯してるのに優しさに溢れてて…」
『そんな風に見えていたんですか…』
「それがリンの本当の姿?」
『私の本当の姿ですか…?
ヨナが知っている姿も、今ここにいる私も、誰かに甘えているのも、縋り付いて震えているのも…すべて集まって私ですよ。』
するとヨナはふわっと微笑んだ。
「そうよね。」
「リンはリン…表裏なくって、他人想いで、お姉さん気質で…だから俺も認めてるんだから。」
『光栄だわ、ユン。』
そうして私達は闘いの前の夜だというのに小さく微笑み眠る事が出来たのだった。
翌日、夜になると私達は役人に呼ばれた。
「全員出ろ。」
―一日経った…いよいよ船に乗せられるんだ…―
「騒いだら殺す。順番に進め。」
私達は全員目隠しをされ、両手を後ろで縛られた。
「もう抵抗する気もないようだな。」
『…』
「そうだ。黙って言う事を聞いてろ。」
私達はある船の階段を降りさせられ座らされた。
そのまま放置され頭上では役人達がドタバタしているのが聞こえる。
「リン…」
小声で隣にいるらしいユンが私を呼ぶ。
『ちょっと待って…』
「わかった。」
私は周囲の気配を辿って役人が離れるのを待つ。船が動き出したのを確認して私は口を開く。
『…もう大丈夫。役人は行ったわ。』
「アオ…」
するとユンの胸元からアオが顔を出した。アオは彼の手を縛る縄を噛み切った。
それからすぐユンは目隠しを外しヨナの縄を解いた。
私は龍の爪を出して縄を自ら切って腕を解放する。
『ふぅ…』
私は女性達の縄を切っていくものの、全員に手はそのままにするよう小声で伝えた。
『目隠しはしたまま待っていて。すぐに解放してあげる。』
「あなたは…」
『ただのバカよ。』
私は笑いながら言った。前日、女性が言った町を変えようとしているバカ…それには私だって含まれる。
自分でバカと名乗った事が誇らしくも思えた。
それから私達は時間とタイミングを待っていた。
「ヨナ、リン…」
『えぇ。そろそろ時間だわ。』
「うん…作戦開始。」
私達の闘いが始まった。
同じ頃、海賊船では仲間達が開戦の時間を待っていた。
「ハク、少しは休みなよ。昨日からずっと遠くを睨んでるじゃないか。」
「俺はこうやって寝る主義だ。その台詞は白蛇に言ってやれ。」
「ん?」
甲板に腰掛け遠くを睨んだまま腕を組むハクに声を掛けたのはジェハ。
不思議そうに彼が見た先ではキジャが眠気眼のまま騒いでいた。
「時折ウトウトしては飛び起きて空中にケンカ売ってるからな。」
「やれやれ。キレイな顔が台無しだね、キジャ君は。」
その瞬間、ジェハの背後からボソッとシンアが囁いた。
「緑龍…目の下…黒い…」
「はっ、背後でつぶやかないでくれるかな!?」
驚いたジェハは叫びつつシンアと距離を取る。
「緑龍も…寝てない…」
「僕が?まさか僕はよく食べよく眠ったし、昨日の夜は女の子とも遊んで…」
だが、そんな嘘は通用しない。
―リンを気に掛けて、キスまでするお前が他の女とこんな時に遊ぶわけねェだろ…―
ハクとキジャによって前髪をどかされ黒いクマを確認されたのだ。
「わ~~~っ!?何するんだい。ちょっと君たちっっ、やめて!」
「顔見せろ。目見せろ。こっち向け。」
「汚された…」
ジェハは解放されると変態スイッチを入れて服を肩から肌蹴させ馬鹿な事を言う。
「脱ぐな、服を。」
「あったぞ、目の下にクマ!!」
「だから昨日の夜は女の子と…」
「緑龍、昨日はずっと見張り台にいた…」
「……よく見てるね。」
「そなたもあの方が心配でたまらないのだな?」
「だから何?そりゃ、僕はヨナちゃんが心配だよ。
当然だろ。ヨナちゃんは女の子だからね。」
「何でもよい。そなたが私と同じ気持ちならばそれだけで背中を預けて闘えるのだから。」
ジェハはキジャの真っ直ぐな言葉が眩しくて、そのうえ受け入れられる事が歯痒くて微かに赤くなった頬を隠すように俯いた。
「…勝手にしな。でもあの子は心配しなくていいの?
ほら、よく喋るカワイイ子。ユン君だっけ。
あの子も力無さそうだし危ないと思うけど。」
「あいつは大丈夫だ。」
「うむ。ユンは年若いのに聡く努力家だ。
私は時折あの者に尊敬すら覚えるぞ。」
ハクとキジャの言葉にシンアも小さく頷く。
ジェハは彼らの様子に笑みを零し、その様子を見るギガンの表情も優しかった。
「…それより、タレ目。」
「タレ目って僕かい…?」
「お前が何より心配で仕方ねェのはリンだろ。」
「…そうだね。彼女は今闘う術もない女の子だ。
それなのにヨナちゃんの為に命を捨てる覚悟があるって強がってる。」
「それだけではあるまい。」
「…初めて愛しいと想った子だからね。
傷つけたくないし、危険の中に飛び込んで欲しくも無い。
心配で眠れる訳ないだろう?
そういうハクはどうなんだい?
リンちゃんの心配はしてないって言うのかな?」
するとハクはニッと笑った。
「アイツは俺の相棒だ。剣がここにあろうと思いが変わったりはしない。
リンの事を俺が信じずに誰が信じる?」
「リンは強く誇り高き女性。
無論、心は弱く年相応の女性だろうが、賢さで彼女の右に出る者はいない。」
「うん…」
「そうかい…」
―リンちゃん…君が彼らの傍を離れ難いのは心地いいからなのかもしれないね…―
ジェハが微笑むと同時に、ギガンが空を睨みつけた。
「そろそろだね…シンア、見えるかい?」
「港の船…動き出した。」
「さて小僧共。とっとと終わらせるよ。」
「海賊どもめ、来るがいい。今夜こそ根絶やしにしてやる。」
クムジの声と共に開戦が告げられた。
私、ヨナ、ユンはそれぞれ持ち場についた。
ユンは麻酔針を構え、ヨナは縄を輪にして床に置き、私は扉の前に立つ。
3人で頷き合うと私は勢いよく扉や周囲の壁をドンドンと叩いた。
それからすぐ身を隠し、役人が入ってくるのを待つ。
「おい、何を騒いでいる!?む…」
だが彼の目に映るのは目隠しをしたまま座っている女性達の姿。
困惑している役人の首に向けて麻酔針をユンが打ち込む。
「うっ…な、何だ!?」
ふらついた役人の足が縄の輪の中に入った時、ヨナが縄を引いた。
「うわっ…小娘…」
役人は短刀を出して縄を切るとヨナに詰め寄って行く。
「ただですむと思ってるのか!?大人しく…『すんのは、お前だよ。』
男の言葉を遮って私は跳び出すと彼を力の限り殴り飛ばし気絶させた。
「ユン!」
彼は急いで扉を閉めてくれた。女性達は静かになったのを感じて目隠しを外す。
「し…死んだの?」
「いや、最初に売った麻酔針が効いて気絶しただけ。」
『即効性じゃないのが困るわね…』
「そこまで改良できなかったんだから許してよ…」
『十分よ。』
「リンが殴れば一発で気絶したかもしれないけどね。まぁ、これで半日は起きないでしょ。」
ユンは役人の手から短刀を拝借した。黒髪の女性は私達を見て目を丸くしていた。
―なんて事を…逃げ出すつもり?―
そのときヨナが震えているのが女性の目に映った。
「あんた震えているの?足も…怪我してるじゃない。
そんなんでよくあんな事できるわね、どうして…」
「…私、あなた達を助けに来たの。
この船の場所を仲間に教えるのが私達の仕事。待ってて、必ず助けるから。」
『言ったでしょう、私は“バカ”だって。』
「行くよ。」
「えぇ。」
『うん。』
「ま…待って。」
女性は前日にヨナが言った言葉を思い出していた。
「私…私も手伝うわ。」
彼女の手も借りて私達は気絶させた役人を扉の前に座らせて外に出た。
『幸い戦闘の主力部隊は他の船に回されてるみたいね。』
「ここから甲板に出るには奥の階段を登るしかない。
ギガン船長が動き出して甲板の役人がそちらに気を取られてるスキに狼煙を上げるよ。
…で、あんた大丈夫なの?えーっと…」
「ユリよ。だってあんた達みたいな危なかったしい子供だけで役人を相手にするなんて…
そっちの美人さんは心配いらなそうだけど…」
『ん?私の事?』
「ま、いっか。実際リンは強いし。
私はユン。足引っぱらないでよね。」
『私はリン。』
「私…えっとリナ。」
ヨナはちゃんと偽名を口にした。
『ギガン船長…まだかしら…』
そのとき私はキジャ、シンア、ジャハが闘い始めたのをまず感じた。
『始まった…』
「え?」
『龍達が暴れてるわ。』
気配を辿ると同時に外から叫び声が聞こえてきた。
「そうみたいだね…」
『私達も早い所任務を遂行しましょう。』
仲間達は海賊船から役人の船へと飛び移っていた。
「クムジはどやつだ!!私が討ちとってくれる!!」
「貧血起こすなよ、白蛇。シンア!!姫さんは!?」
「見あたらない。」
「しかし数多いな。」
「クムジが傭兵を山程雇ったみたいだね。」
呟いたハクの近くにジャハが舞い降り役人の上に着地する。
「それほど今回は本気で僕らをツブす気なのさ。」
―姫さん、リン、ユン…とっとと出てこい!―
―リンちゃん…ヨナちゃんを連れて早く出ておいで…っ!―
その頃、私達は役人を捕える為罠を仕掛けていた。
ヨナの手には短刀が握られている。
私とユンはわざと役人に見つかるように歩き出した。
「いよいよ海賊共と決戦か。」
「あれだけの傭兵がいるんだ。ここまでは来れんだろ。」
「確かに…ん?」
私とユンはニコッと笑って小さく手を振った。
すると焦った様子で役人が追いかけてくる。
「お、女だ!女が脱走したぞ!!」
「何!?」
「待て!!」
走っている途中、ふらついたユンの腕を取り引き上げながら足を進める。
そしてすっと物陰に身体を隠すとヨナとユリに合図を送る。
そうするとヨナが縄を切り、大量の樽が役人達に襲いかかった。
「うわぁああああ」
私とユンは天井から下がっている縄にぶら下がり樽の山を見送る。
スタッと着地するとユンが麻酔針を吹いた。
「ちょっと眠ってて、おじさん。」
だが大きな揺れでそれは敵わなかった。
私は咄嗟にユンを支え、すぐに倒れそうになったヨナを抱き止めた。
『おっと…』
「リンっ」
だがユリは倒れてしまい役人の方へと倒れてしまう。
「ユリ!」
「きゃ…痛っ…もう…」
『あ…っ』
すると彼女は役人に背後から捕まり首元に剣を当てられる。
「動くな。」
「きゃあ…」
「ユリ…!」
『隠れて。』
私はヨナを抱き寄せて物陰に隠す。
「阿波の女にしちゃあナメたマネしてくれたな。
脱走だけなら捕まえるだけで済んだが、今回は罰が必要だな。」
「待って!私達は大事な商品でしょ。勝手に傷つけたらクムジ様が…」
「黙れ!!お前らは見せしめだ。阿波の人間が二度と逆らえないように殺す!!」
ヨナは隠れず出て行ってしまい、私も隣に並ぶことになる。
「やめて、その人は関係ないの!」
私はそのとき考えていた。どうすればこの事態を上手く回避できるか…
だが、その思考をユンが片手で私の手を握って止めた。
『ユン…?』
ユンは私がヨナを庇った頃から考えていたようだった。
―どうする…火薬は俺が持っている。
急いで甲板に出て海賊に知らせて…いや、ヨナとユリが危ない…
いくらリンでも素手で武器を持つ役人達をヨナとユリを守りながら闘うなんて無理だ…
俺も甲板で捕まったら…最悪だ、こんな所で狼煙も上げられず…
どうするどうするどうする!?
昔の俺だったら自分の命を最優先に考えた…
自分が逃げきる一番効率の良い方法を考えた…
でも今は…イクス、俺ばかになったのかも。
今はヨナとこの町の人を守らなきゃ…
ヨナやリンの勇気を無駄になんてさせない!!―
ユンは一度私の手を強く握ると笑みさえ浮かべながら自分の胸元に入っている布を抜き取った。
「この3人は俺に言われて協力しただけだよ。本当に無関係だから許してやって。」
「何?」
「俺は実は海賊でこの船に密偵として入りこんでたんだよね。」
「男!?」
「海賊だと?」
私とヨナはユンを見て目を見開く。
だが、彼の決意を痛い程握られた手から感じた私は何も言えなかった。
「この野郎…!どうなるかわかってんだろうな!?」
役人はユンを蹴り、殴り飛ばした。
私は怒りで龍の爪が出てしまわないよう必死に手を抑え込んだ。
「あ…ちょっと待ったちょっと待った。話があるんだよ。」
「ああ!?」
「俺さ、この船の甲板に爆薬仕掛けたんだよね。」
「…何?」
「止めないともうすぐ爆発するよ。」
「う…嘘をつけ。甲板にそんなものなかった!」
「そりゃ、そうだろ。俺しか場所知らねーもん。」
―黙って殺されるものか…
とにかく甲板に出れば…シンアに見つけてもらえば何とかなる!―
役人達はユンの言葉に混乱しているようだった。
「…どうする?」
「お前はその女達を部屋に戻せ。俺はこいつを甲板につれていく。」
ユンは縄で縛られ甲板に連れて行かれる。
「爆薬の有無がわかったらそいつどうするんだ?」
「首をはねて海賊共に返すのさ。」
―ユン…!―
彼は笑みさえこちらに見せて甲板へ向かって行く。
それを見て私とヨナは駆け出そうとした。だが役人の腕に遮られる。
「おっと、どこへ行く。お前らは部屋に戻っ…」
ヨナは彼の腕に噛み付いた。それに怒った役人はヨナを投げ飛ばした。
「こっ、こいつ!!」
『てめぇ!!』
私は役人の背後に一瞬で回ると首を絞めて気絶させた。
そのまま怒りに任せて近くに転がった短刀を手にするとヨナを見た。
彼女は自分の近くに倒れてきた弓矢を見て目の色を変えた。
投げ飛ばされた事で彼女の髪飾りは落ちてしまい、今ではか弱い女の子というより武器を手にした剣士のような強さを見せていた。
『ユリ…ここは任せたわ。』
弓矢を手に駆け出したヨナの背中を私も追い掛ける。
「どこだ、コラァ!!」
「どこに仕掛けた!?」
「それらしきものはねーじゃねェか!」
「だからこっちじゃなくて…」
ユンは役人達に囲まれ床に倒されると頭を踏まれていた。
―ちくしょう…ここからじゃ海賊船は死角…もっと向こうに行かないと…!―
彼の目に灯篭の火が映る。そこまで行ければ狼煙を上げられるのだ。
「やっぱり嘘か。おい、首を切って海賊んとこ返してやれ。」
ユンの前に剣がかざされると彼の目が恐怖に揺らいだ。
だが、その瞬間矢が跳んできて役人の意識がこちらに向いた。
「な…」
「誰だ!?」
強い目をした彼女の背後から私は身を低くして駆け出すと短刀で舞うように役人に襲いかかった。
「くっ…」
「ユンから離れなさい。近づいた者は討つ。」
「なんだ、さっきの娘か。そんなヘロヘロ矢で何をするって…」
私は短刀で役人に向かって行くがヨナとユンを気に掛けつつ、且つ身体が思うように動かなかった。
―クソッ…昨日殴られた腹が痛い…
そのうえどうして闘う事に抵抗を感じるの…あの剣が欲しい…―
剣が無い事だけでこんなに心が不安定になるのかと不思議なくらい身体が重かった。
役人達はヨナを見て身体を硬直させた。
―な…なんだ、あんな小娘の矢に何をびびってんだ!?―
「俺の爆薬を早く…あの火に…」
私はユンの帯から爆薬を取り出すとヨナに向けて差し出した。
私の場所からは役人達を振り払い火まで走る事が出来なかったのだ。
だからこそ火に一番近いヨナに全てを託した。
『ヨナ!!』
「うん!」
彼女が火へ向けて走って行く。それを追いかけようとする役人達の足に私はしがみついて引き止めた。
「どけ!」
『行かせない!!』
「クソッ!!」
『うぁっ…』
蹴られても、殴られても私は離れなかった。衝撃で短刀が私の手から弾かれてしまう。
その間にヨナの手によって爆薬に火が灯され花火が空高くに上がった。
―上がった…!!―
高く上がった花火をシンアは見つけ、私達は役人に捕えられていた。
ヨナは髪を引っぱられ床に引き倒される。
私は役人に腕を掴まれ剣を向けられ動けずにいて、ユンは倒れたままだ。
「この女!!」
「こいつらも海賊の仲間だ。」
「あのガキと一緒に潜入しやがってた。」
「この船の場所を仲間に教えたんだ。」
「殺せ!ヤツらが来る前に。」
ヨナに剣が向けられ、振り下ろされそうになる。
「やめろ!俺の腕でも首でも何でもやるから、ヨナは…」
『チッ…』
私は腕を剣が深く抉る事も気に留めず回し蹴りを自分の周りにいる役人にお見舞いすると、ヨナに覆い被さった。
「「リン!!?」」
すると振り下ろされた剣が右肩に深々と突き刺さった。
『うあっ…』
「いやぁああああ!!」
『だ…大丈夫…』
「この女…なんてヤツだ…」
「さっさと殺してしまえ。」
役人達は私の行動に慌て始める。今まで私のような女を相手にした事がないのだろう。
私は痛みに耐えながら自分の腕の中にいるヨナに微笑み掛け小声で言った。
『姫様、助けが来るまで私の下にいて下さいね。』
「何を言って…」
『最期まで守ってみせますから。』
「そんな…イヤ…」
彼女の頬を撫でると同時に役人達はやけくそになって私を蹴り始めた。
『くっ…』
「リン!!」
―そろそろ役人達の堪忍袋の緒が切れるわね…―
私が蹴り飛ばした役人もこちらへやってきて剣を抜く音が聞こえた。もう逃げ場はないだろう。
「死ね…!」
「恐いだろう?」
私の頬に剣が当てられるが私は表情を一切変えなかった。
するとその役人は面白くないとでもいうように顔を顰めて剣を滑らせた。
その所為で私の頬に赤い線がつぅっと伝う。
ヨナは私の腕の中で怒りに震えている。
「可愛くない女だな…」
「コイツを最初に殺っちまおうぜ…」
「生きてると邪魔だしな。」
「やめ…て…」
「やめろ…」
ヨナとユンの震える声が聞こえた。
『ごめんね…ハク…』
私はふと相棒に謝罪していた。ずっと共に育ち、背中を預け合って闘える唯一の存在へ…
剣が振り上げられた瞬間、私の脳裏に浮かんだのはジェハの顔だった。
振り下ろされるまでの短い間にいろいろな思いが心に浮かぶ。
―あなたに伝えてない事がたくさんあるのに…
まだ…好きだって言ってない…あなたは愛してくれたのに…
でも約束しなくてよかった…必ず帰るなんて約束守れないもの…―
私はヨナを抱く腕に力を込めた。すると剣が振り下ろされ風を切る音が聞こえた。
『バイバイ…ジェハ…』
「やめろぉおおおおおおお!!!」
ユンの叫びに答えるように誰かの影が私達の前に舞い降り役人を全員蹴り飛ばした。
舞い降りたのは緑の龍…その強さはまるで一陣の風のよう。
「まったく…君って子は本当にやってのけるとはかっこいいじゃないか。」
「ジェハ!」
『ジェ…ハ…』
「…勝手に死ぬなんて許さないよ。」
『ごめん…』
そのとき私の目から一筋の涙が零れた。ジェハの姿にほっとした為だろう。
ヨナは初めて見る私の涙の美しさに息を呑んだ。
ジェハは私の身体にある無数の傷とボサボサで短くなった髪を見て怒りに震える。
「お…お前は…」
「今まで数々の船を沈めたっていう空舞う海賊…」
「そんな事よりむやみに近寄らない方がいい。殺してしまう。
彼女に危害を加えた君達に手加減できる程僕は聖人君子ではないからね。」
そんな彼の忠告を無視して役人が飛び掛かってくるが、ジェハは蹴りひとつで次々に倒していく。
「リン…」
『ヨナ…?』
その瞬間、私は彼女に頬を強く叩かれていた。
私は何が起きたのか一瞬わからなかったが、彼女の泣きそうな顔に全てを理解した。
「私を守って死ぬなんて許さない…」
『姫様…』
「傍にいてくれるんでしょ…死なないで…
リンは死んじゃダメ…いなくなるなんて許さないんだから…」
『申し訳ありません…』
「それでも私を守る為ならこれからも命を懸けるんでしょう…?私も強くならなきゃ…」
私は彼女の頭を撫でて微笑んだ。
『ユンの所へ行きましょう。』
「うん!」
ユンに駆け寄ると私は爪で急いで彼の縄を切った。彼はほっとしたのか気を失いかけていた。
―俺生きてる…?やっぱりジェハは龍の力の持ち主だな…力がハンパない…俺は…―
「ユン!」
『ユン、しっかりして!』
「大丈夫?」
「ヨナ…リン…」
「ユン、血が…たくさん殴られたのね。」
ヨナはユンを強く抱き締めた。私はそんな2人を同時に抱き締め胸を撫で下ろす。
2人が生きていた事、そして私が再び彼らを抱き締める事が出来る幸せを噛みしめていた。
―生きてる…命を捨てる覚悟があったのに、どうして生きていられた事がこんなに嬉しいのかしら…―
「よかった、生きてた…っ」
「…ヨナとリンこそボロボロじゃんか。」
―守れない…俺じゃヨナを守れないよ…
ユンは私達のぬくもりに涙を零した。
「ユンのおかげで成功したんだよ。ユンはやっぱり天才ね。」
『お疲れ様、ユン。』
私達の笑顔にユンは目を潤ませたまま微笑む。
―天才なんかじゃない…すごいのはヨナだよ…―
「リンのバカ!!」
『ユン…』
「死んじゃうかと思ったんだからね!!」
『ご、ごめん…』
そのとき隣の船から梯子がこちらへ渡され傭兵が多く渡って来た。
「あそこだ!」
「脱走者を捕えろ!!」
―傭兵…!隣の船から乗り移って来たか!―
「リン!!」
私は呼ばれてジェハを振り返る。すると彼から私が愛用する剣が投げ渡された。
「ハクから預かったんだ。それがあれば君だって闘えるよね。」
『ありがとう、ジェハ!』
私はヨナとユンを庇うように立ち剣を左手で受け取るとさっと剣を抜いて傭兵を切った。
「「リン…」」
『やっぱりこれが無いとね…』
私は2人を庇いながら敵を舞うように切って倒していく。
「やっぱりリンは強いや…」
「でも腕や肩の傷が…」
「それでもリンは闘うのを止めないよ、きっと。
だってあんなに真剣な目で見据えてるんだから。」
「…いつものリンね。」
「かっこいいリンだよ。いつもの方が見慣れてるからかな…俺は好きだよ。」
「私も!」
2人の声を聞きながら私が闘っていると数人の傭兵がヨナやユンの背後から詰め寄っていた。
『ヨナ!ユン!!』
そのとき私は別の気配を感じて笑みを零した。
「うわぁああっ」
傭兵達を切ったのはシンアだった。
「シンア!!来てくれたの!」
「雷獣が来るかと思ってた。」
「ハクは重要な主戦力だからね。跳べる僕と夜目がきくシンア君がこっちに来たんだ。」
『今頃ハクもキジャも落ち着きなくそわそわしてるんじゃない?』
「まぁね。飛び出さんばかりの勢いでこっちに来たいだろうけど。」
『とりあえずヨナとユンは身を隠していて。』
「リンちゃんもだよ。」
『私は闘う…』
「そんな傷だらけで…」
『お願い、ジェハ。闘わせて。』
「…はぁ、わかったよ。その代わり僕の近くにいて。」
『了解。』
私とジェハは同時に床を蹴ると傭兵を倒し始めた。
シンアもヨナとユンが隠れたのを確認してから剣を振るい始めるのだった。
ハクとキジャはジェハの言う通り海賊船の近くで傭兵や役人を相手にしていた。
背中合わせに立ったまま2人は言葉を交わす。
「白蛇、なにダラダラやってんだ。」
「そなたこそ動きがニブくなっておるぞ。」
「まどろっこしいんだよ、殺さないようにするのも。」
「そなたの野蛮な武器ではな。」
その瞬間、頭上から何かが降って来て彼らの横にいた男に襲いかかった。
見てみると傭兵が床に倒れていて身体の輪郭に沿うように暗器が刺さっていた。
暗器を投げたのはギガンのようだった。
「落ちつかないのはわかるが、こっちに残ったんなら仕事しな。
仲間で元気なの、もうお前らくらいなんだから。
ちんたらやってると手元が狂うよ、私の。」
「…やるな、ばあさん。」
「船長殿が一番元気だ…」
「相手の戦力は半分以上削いだ。あとは頭(クムジ)を引きずり出すだけ。
この戦い、ヤツを叩けば終わる。
それが出来たらあの娘を助けるなり口説くなり好きにしな。」
「なっ、何を言って…」
「……それもいいかもな。」
「ハク!?」
私達は次々とやってくる傭兵に悪戦苦闘していた。
『キリがないわね…』
「大丈夫かい、リンちゃん。」
『平気よ。ジェハやシンアが近くにいてくれるだけで私は何も恐れずに戦える。
さっきまで怯えていたのが嘘みたいよ。』
私が笑ってみせるとジェハは安心したように微笑んだ。
だが、私はすぐにその表情を鋭いものに変える。
ヨナやユンの方へ傭兵が数人行ってしまったのだ。
「ヨナちゃん!」
私はすぐに剣を傭兵に向けて投げ、一番ヨナ達に近い位置にいた奴の肩を抉った。
剣はそのまま近くの壁に突き刺さる。
そして剣を追うように駆け出すと龍の爪を出して構えた。
「ば、化け物…!」
『失礼な。』
両手を振るい傭兵達を倒すと私は血の付いた爪を見て顔を顰めた。
『汚い…』
血を振るい落として私は剣を壁から抜く。
「リン…」
『ヨナ、お見苦しい物を…』
「ううん。爪を光らせて闘うリンはキジャとは違う美しさがあるわ。」
「かっこいいよ、リン。」
『…ありがとう。』
「…それより隣の船の傭兵に苦戦してるみたいね。」
『いくら倒しても次から次へと湧いてくる…キリがないんです。』
「クムジはどこかしら。」
「商品の近くにいるのは間違いないよ。」
『えぇ。私が連れて行かれた場所もこの船の近くだった。
目隠しされて連れて行かれたし、帰りは意識があやふやだったから場所を特定できないけど。』
「この船じゃないとすれば、たくさんの傭兵に守られてる隣の船に潜んでるんだ。」
「リンちゃん!」
『すぐ行く!』
ユンの考えに頷いてから私は剣を握ってジェハの元へと再び戻ったのだった。
傭兵は戦闘状況をクムジに伝えていた。
「クムジ様っ!傭兵部隊第4隊まで壊滅。」
「海賊共も大半は動けないようですが、化け物のような奴らが次々と船を沈め…商品も…」
「…何だ。」
「…商品の船も海賊により占拠されました。」
「ギガンめ!!」
クムジは机を強く叩いた。その怒りは船に響き渡り、私の耳に届いた。
―今のって…―
「詳しい事はわかりませんが、商品の中の誰かが海賊共を手引きしたらしく…」
「商品の中…?」
クムジの頭にはヨナの鋭い眼光が浮かんだ。
―あの娘だ…確証はない。だがあの娘の存在が頭から離れん。
あの娘が船で何かしたに違いない…それからこの髪の女…―
彼は私から切った髪を鼻に寄せて香りを吸い込むと笑った。
「既に奴らがこの船に迫っています!いかがいたしますか、クムジ様!」
「クムジ様!!」
「黙れ、能無しども。数十年…ここまで築き上げたものをババア率いる海賊とたかが小娘に壊されるわけがない。」
ジェハが私を片手ですっと抱き上げて隣の船へ乗り移る。シンアも共にやってきた。
もうヨナやユンがいる船に傭兵はおらず、隣の船へ戦場を移動したのだ。
「ジャハ、シンア、リン!その船だ!その船の恐らく地下にクムジはいる!」
『間違いないわ…』
「リンちゃん?」
『今声が聞こえた。クムジはこの船にいる。』
「っ!」
剣では埒が明かない数の傭兵に私は溜息を吐いた。
そして剣を鞘に納めると爪を構えて高く跳んだ。
そのまま傭兵の輪の中央に降り立つと両手を大きく振るい強風と共に傭兵達を薙ぎ払った。
「すごいねぇ…」
「ここは任せて…リン…行って…」
『ありがとう。』
私はジェハと共にクムジの元へと走り出した。
傭兵の足音や気配が消えた事で私はクムジの気配を微かに追う事が出来ていた。
『この下の部屋よ。』
「わかった。」
『……あれ?』
ジェハが走って行った後を追いながら、私は気配が消えたのを感じた。
『クムジが…いなく…なった…?』
「クムジ覚悟!!」
ジェハが扉を蹴破り地下室を見たがもうそこには誰もいなかった。
『裏口から逃げたか!!』
「何て奴だ…ん?」
彼はそこに残されていた髪の束を見つけた。
「黒髪…まさかこれって…」
『…私の髪ね。』
「クムジ……っ!!」
『あ、ジェハ!!』
彼は私の髪を握り怒りを顕わにした瞬間、部屋を飛び出して行った。
同じ頃、ヨナは逃げ出したクムジを見つけて目を見開いていた。
「ヨナ、役人達を縛るの手伝って………ヨナ?」
ユンは他の解放された女性達と共に役人や傭兵を縛り上げていた。
そこでヨナを呼んだが彼女はユンの声が聞こえていないかのように船の甲板へと弓矢を手に歩いて行った。
クムジは小舟に船頭と共に乗り込み屋敷へと向かっていた。
「なに…奴らを八つ裂きにする楽しみが増えただけのこと。
屋敷に戻って態勢を立て直す。急げ。」
「は、はい!」
そんな彼らをジェハは見つけると柵に飛び乗った。
「部下を見捨てて逃げ出すとは美しくないねっ!」
声と共に彼は柵を蹴ってクムジへと跳んでいった。
『ジェハ…』
「リン!」
シンアに呼ばれて私は振り返り爪で2人の傭兵を切った。
『邪魔しないで…シンア、もう敵はいない?』
「…いない。」
『お疲れ様。』
私はさっと傭兵達を縛り上げすぐに空を舞っているジェハへと視線を戻す。
「クムジ様!ヤツが来ます。天翔ける龍と噂される男が!
あいつの足からは逃げられません!」
船頭の声が聞こえた瞬間、クムジは弓矢を構えて不敵に笑った。
その顔に私は寒気がしてジェハの身に危険が迫っている事を感じた。
私は目を見開き目の前に広がるクムジとジェハの対峙を見ていた。
『イヤ…やめ…て…』
「丁度いい。一度撃ち落としてみたかったのよ。」
「くっ…」
ジェハはクムジが矢を放つと判断し袖口から暗器を出すとクムジの足と船頭の腕に向けて投げた。
だが、それと同時に矢がジェハの右肩に刺さりバランスを崩した彼はそのまま海に落ちてしまった。
『ジェハ!!』
私は甲板に駆け寄って彼の名を呼ぶ事しかできない。
私の手は怒りとジェハを失う恐怖に震えていた。
―そうか…失いたくない、死なないでほしいってこんな気持ちなのね…―
ヨナ以外にこんな強い想いを抱くのは初めてだった。
そんな想いを教えてくれたジェハだからこそ、私は失いたくない。
そしてきちんと伝えたい事もあるし、もっと一緒にいたいと思ったのだ。
「ククク…船頭まで狙うとは見事な腕だ。」
クムジは足から暗器を抜いて笑った。
ジェハは水面に顔を出したものの、足場の無い海中では跳ぶ事が出来なかった。
「だが、海に落ちればもう飛べまい?」
弓を構えようとしたクムジだったが、何かの悪寒を感じて身体を震わせると動きを止めた。
―な、なんだ!?この悪寒…どこだどこだ!?誰が俺を狙って…―
私も恐い程の殺気を感じて隣の船を見た。
そこには赤い髪を揺らし弓矢を構えた強い瞳をしたヨナがいた。
そのまま膝を抱えて座るとガタガタ揺れる中どこかへ運ばれていく。
同じ頃、クムジは香の焚かれた部屋で女性の肩を抱いて笑っていた。
「商品の様子はどうだ?」
「問題ありません。先程高く売れそうな商品が3人手に入ったようです。
一人は珍しい赤い髪の少女だとか。」
「ほう…赤い髪…では少し品定めに行くか。」
ヨナは暗い闇の中自分の震えを揺れの所為にして恐怖を追い払っていた。
そのとき扉が開いて光が射す。眩しさに目を細めていると役人から指示が出た。
「出ろ。」
私達が立ち上がって役人に連れられて足を進めると女性がたくさん集められた部屋に辿り着いた。
誰もが不安そうに身を寄せ合い、涙を浮かべている者もいる。
―こんな事が…ずっと昔から行われていたのね…―
「早く入れ。」
「きゃっ…」
私達は背中を押されて床に倒れ込む。そのときヨナは足の痛みを感じたようだった。
「痛…」
「大丈夫?」
『捻挫してますね…落ちた時に痛めたようです。』
「こんな時に…」
―こんな状態で計画通り動けるの…?もし失敗したら…―
「ククク…思ったより収穫あったな。」
突然自分達がたった今入って来た扉の方から低い声が聞こえ、私達はさっと振り返った。
そこに立っていたのはヤン・クムジ…その人であった。
「阿波もまだまだ捨てたものではない。」
「クムジ様!どういう事ですか?私仕事が頂けると聞いてここに…」
「ククク、仕事はある。重要な仕事がな。
お前達は明日の夜までここで待機していればいい。」
ユンはそっとヨナに小声で言った。
「身を縮めて。今は大人しくしてて。」
―まさかこんなに早くクムジが出てくるなんてね…
やっぱりそう簡単に予定通り行かせてはもらえないわ…―
私がそんな事を考えているとクムジは突然ヨナの髪を掴んで自分に引き寄せた。
「赤い髪…なるほど、珍しいな。」
「う…」
『ちょっ…』
―ヨナ!!―
「ククク、顔もなかなかの美形。これは高く売れそうだ。
いや…少々売るのが惜しいくらいだ。一人くらい俺のものにしても構わねぇよなぁ。」
クムジの言葉に私とユンは息を呑んだ。するとユンはすっと立ち上がった。
―ユン!!?―
「そ、そんな女より!私の方がご満足頂けますわ、クムジ様。」
―おおーっと、何を言っているのかな―――?―
彼は心の中で自問自答している。
「ほぉ…」
「そんな女ほっといて私をお側に♡」
―いやいや誰だお前―!男だってバレたら即殺されるって!!
でも…約束したから、ヨナを守るって…―
クムジはユンの顎に手を添えて顔をまじまじと見る。
「…そうだな、お前もなかなかの上玉だ。だが、」
その瞬間、クムジはユンを蹴り飛ばした。
私は咄嗟に激しく咳き込むユンに駆け寄った。
「ん…?」
私が動いた瞬間、怒りに震えるクムジは何かを感じて目を丸くした。
―甘い香り…?―
それでもユンに言葉を投げかけることはやめなかった。
「俺が楽しんでる時に口を挟む図々しい女は大嫌いなんだ。」
「クムジ様、おやめ下さい。商品に傷がつきます。」
「口を…挟むな!!」
「きゃあああああ」
役人さえ蹴り飛ばされ血を散らしながら倒れると女性達が悲鳴を上げた。
「いいぞ、女は従順なのが一番だ。この赤毛の女のように黙って震えていれば…」
クムジは自分が掴んでいるヨナをほくそ笑みながら見た。
だが、そこにいたのはか弱く震える少女ではなかった。
ヨナは強い目でユン…大切な仲間を蹴り飛ばしたクムジを睨みつけていたのだ。
恐れを感じたクムジは手を震わせながらヨナを投げ飛ばした。
―なんだ…?威圧感…?こんな小娘に…!!いや、待てよ…―
彼は何か思うところがあったようだ。
「…娘、お前は阿波の人間か?」
「…はい。」
「その昔…一度だけ俺は緋龍城にてお前と同じ赤い髪を見た事がある。
一瞬だけ…遠くから陽の光に反射するその髪の女の名はヨナ姫。
年の頃ならお前と同じくらいだ。まさかお前か…?」
―気付かれた…!!―
―姫様…!!―
「ヨナ姫か?」
ヨナは冷静に両手を優雅につくとクムジに頭を下げた。
「…私は阿波の貧しい商人の娘。ここで新しい仕事を頂けると聞いて参りました。
私と同じ赤い髪のお姫様は存じ上げませんが、クムジ様のお仕事で赤い髪の姫となった方が都合がよろしければそう名乗らせて頂きます。」
「…戯れが過ぎたな。ヨナ姫がこんな所でそのように自尊心のかけらも無く、仕事探しなどする訳がない。
お前のような娘が姫なものか。第一…あの姫は従者に連れ去られ殺されたと聞く。
お前のような下賤の者は知らんだろうがな。」
クムジは部屋を出て、ゆっくり歩きながら思った。
―そうだ、何をバカな事を…
ヨナ姫はイル王の庇護のもと、争いも政治も全く知らずに甘やかされて育ったと聞く…
そんな姫があんな野生の獣のような瞳をするはずがない…
それにしても先程の甘い香り…―
クムジはこちらを振り返ってニヤリと笑った。
そしてツカツカとこちらへ戻って来た。
私達はほっとしかけていた身体をまた緊張させる。
「そこの女…」
彼が指差したのは私だった。
『…何用でございましょうか、クムジ様。』
「俺は今気分が悪い。そこの図々しい女に邪魔をされたからな。
こうやって見るとお前は従順そうで、そのうえここにいる女の中で一番の美貌と見た。
商品にするには惜しい。共に来い。」
―ここで拒絶すれば今のクムジは何をするかわからない…
私の正体に気付いた訳ではなさそうだから、上手くやり過ごすしかないわね…―
『…お望みとあらば。』
私が立ち上がるとヨナとユンが心配そうにこちらを見上げていた。
役人に連れられて部屋を出る時、私は少しだけ振り返って2人を安心させるかのように微笑み掛けた。
私と役人が出て扉が閉まるとヨナはユンを呼んだ。
「ユン…!ユン、大丈夫?」
「げほっ…もっ!か弱い美少女を蹴るなんてサイテー。」
「ユン…」
「ヨナこそ足青くなってるよ。痛いでしょ。」
「全然。痛みなんて忘れてたわ。」
「面白くなってきたじゃない。
俺は痛み忘れないよ。百倍にして返してやるかんね。」
「それよりリン大丈夫かしら…」
「きっと拒否するとクムジが他の女の人達に手を出すって考えて申し出を承諾したんだ…」
「リン…」
「今は信じよう。リンなら大丈夫だよ。」
「えぇ…」
2人は私の無事を祈って手を強く握ったのだった。
役人に連れられてクムジの部屋にやってきた私は彼の前に跪き頭を下げていた。
「まだ阿波にこんな美人がいたとはな。」
『恐れ多い…』
「ククク、従順でいい…」
そう呟くとクムジは私の手を引っぱり寝台へと放り投げた。
私は受け身を取れず寝台へと倒れ込む。すると彼は私に覆い被さり首元へ顔を埋めた。
『っ…』
「恐ろしいか?ククク、可愛らしいものよ。」
『おやめ下さい、クムジ様…』
「お前は俺に従っていればいいのだ。」
彼は私の首筋に顔を埋めたまま香りを楽しみ笑った。
「やはりお前か、このような甘い香りをさせていたのは。」
『ぅん…っ』
彼が話す度に首筋に息が掛かってくすぐったい。
「香水とは違うな…髪からも香っている…元々の体質か…興味深い。」
『クムジ様…もう…』
「ん?これから可愛がってやr…」
『いい加減にしろ!!』
私は耐えられず彼を蹴り上げた。するとクムジは寝台から下へ転がり落ちる。
「何をする!!」
『お前みたいな奴に襲われるだけの弱い女だと思うなよ…従順なんて私からは程遠い言葉さ。』
「クムジ様!!」
「女、クムジ様に何をする!!」
こちらに飛び掛かってくる役人を避けて蹴っていると、クムジが背後から剣を私に突きつけた。
「動くな。」
『っ!!』
―クッ…剣さえあれば反撃できるのに…―
その瞬間、クムジは私の背中を蹴り飛ばした為私は床に倒れ込む。
「俺を蹴るとはいい度胸だ。」
そう言いながら彼は何度も私を蹴った。
『くはっ…』
「お前のような女は美しくとも俺には相応しくない。
だが、高く売れそうだ…今日の所はこれで勘弁してやる。」
『うっ…あっ…くっ…』
「クムジ様、それくらいに…」
「…フッ、仕方あるまい。死なれると困るからな。」
私は自分では立ち上がれない程の蹴りに顔を顰めていた。
するとクムジが私の髪を掴んで顔に寄せた。
「この香りは逃すには勿体ない。
髪からも香るなら切ってしまうとするか。
甘く香る髪…売っても高値がつくだろう。」
彼はそのまま持っていた剣で私の髪を切った。
腰辺りまであった髪は一気に肩程まで短くなり、支えを失った私が倒れそうになると役人が両脇から抱き止めた。
「部屋に戻しておけ。」
「はい。」
引きずられるようにして私はヨナやユンのいる部屋へ運ばれていった。
「本当に甘い香りがする…」
「不思議だ…」
「髪は売る前に切り揃えるか。」
「あぁ。そうしないと値が落ちちまう。」
「それにしてもあのクムジ様を蹴った女なんて初めてだ…」
私は役人達のそんな話を聞きながらどうにか意識を保っていた。
―普通の女に戻った私…なんて無力なのかしら…―
扉の開く音がした途端、私は投げ捨てられた。
『くっ…』
役人が出て行くとヨナとユンが慌ててこちらへ駆けてくる。
「「リン!!」」
『姫さ…ま…ユン…』
「髪が…」
「もしかして蹴られたの!!?俺の比になんてならないくらいだね…ちょっとごめん。」
ユンは私の服を少し捲り顔を顰めた。
「青くなってる…結構蹴られたでしょ。」
『まぁね…あんな男の物になるよりマシだけど。』
「無茶しないでよね…」
「リン…」
『大丈夫です…少し休めば平気ですから。』
「腹部の痣も数日経てば消えると思う。」
彼は私の服を整えて、服の上から痛む腹部を優しく撫でてくれた。
彼に支えられるようにして身体を起こし、彼にもたれかかったまま私は痛みに耐え意識を保つ事にしていた。
そのとき今まで私達を遠目に見ていた女性達がざわつき始めた。
「わ…私達どうなるの?」
「さっきのクムジ様の話…」
「売るって私達の事…!?」
「嘘…」
「話が違うわ。ここから出して!!」
ひとりの女性が扉を叩くが、反応はない。
すると端に座っていた女性が静かに言った。その声には諦めが含まれていた。
「無駄よ。私は二週間前からここに入れられてるのよ。
誰も出しちゃくれない。クムジ様にとって私らなんか道具と同じ。
この町はずっとそういう所だったでしょ!?」
「変えたい…と思った事はない?この町を。」
するとヨナが私の髪をすっと撫でてから呟いた。
「えっ…」
『ヨナ…』
「この町からクムジを退け皆が自由に暮らせるように闘おうと思った事はない?」
「何、あんた。本当にこの町の人間?
そんな事言うのは外の人間と強い人間。あとはよっぽどのバカよ。」
「…特別強くもないけれど、この町を変えようと命懸けで闘ってる人達を私は知ってる。」
「そんな連中(バカ)を支えようとするもっと頼りない女の子もいるけどね。」
『確かに。』
私とユンの言葉にヨナは絶句するが、私達はクスクス笑うだけ。
その頃には私も痛みに慣れ身体の調子も回復しつつあった。だが、身体の震えは治まらない。
「リン…?」
『ごめん、ユン…少しだけこうしててもいい…?』
私は彼の身体を引き寄せ彼の胸元に顔を埋めた。
彼は一瞬驚いたようだったが、私が震えている事に気付き背中を撫でてくれる。
「…クムジに何かされた?」
『…もう少しで私は女として全てを失う所だった。
私の肩口に顔を埋めて香りに酔いしれるあの男を思い出しただけで怖くて…』
「リンだって女性だもんね…恐くて当然だよ。」
私は彼の優しい手に少しずつ落ち着きを取り戻していった。
その間もヨナと女性の会話は続く。
「何を言ってるの?誰か助けに来てくれるっての?そんなバカいないわよ。」
「それはわからない。でもあなた達の言うバカが手を差しのべたら信じてその手を握り返して。
生きたいと思うのならどうか死にもの狂いで生き抜いて。そうすれば明日この町は変わる。」
―たしかに私は何の力もありません、はがゆいほどに…決して強くもありません…
リンが身を呈して守ってくれたのに、私には何も出来ないのです…
でもどうか守らせて…この国の姫として、ただ一人の人間として闘わせてください…―
ヨナの強い言葉に女性達の心は揺れた。私はその微弱な揺れを感じて笑みを零す。
夜になると私達は寄り添って眠った。
目を閉じるとクムジの顔が浮かんで私は小さく身体を震わせた。
「リン…」
ヨナとユンは私の両側に座り手を握ってくれる。
『…これじゃ私が守られていますね。』
「リン…」
「私は少し安心してるの。」
『え?』
「リンはいつも強いけど、やっぱり女の子なのよ。
好きでもない人が詰め寄って来て、闘う事も出来ず逃げる事も難しかったら恐いのは当然だもの。」
『ヨナ…』
「リンも私と同じ女なんだって感じる。
今私の隣にいるリンは等身大で、ありのままな感じがするわ。」
『…私は初めてなんです。武器も持たず身一つで行動するなんて…
物心ついた時には既に武術を習っていて、武器をいつも隠し持っていましたから。
剣を戴いてからはずっと肌身離さず…』
「そうね…私が知ってるリンはいつも凛々しくて笑っていても周囲を警戒してて、武器を携帯してるのに優しさに溢れてて…」
『そんな風に見えていたんですか…』
「それがリンの本当の姿?」
『私の本当の姿ですか…?
ヨナが知っている姿も、今ここにいる私も、誰かに甘えているのも、縋り付いて震えているのも…すべて集まって私ですよ。』
するとヨナはふわっと微笑んだ。
「そうよね。」
「リンはリン…表裏なくって、他人想いで、お姉さん気質で…だから俺も認めてるんだから。」
『光栄だわ、ユン。』
そうして私達は闘いの前の夜だというのに小さく微笑み眠る事が出来たのだった。
翌日、夜になると私達は役人に呼ばれた。
「全員出ろ。」
―一日経った…いよいよ船に乗せられるんだ…―
「騒いだら殺す。順番に進め。」
私達は全員目隠しをされ、両手を後ろで縛られた。
「もう抵抗する気もないようだな。」
『…』
「そうだ。黙って言う事を聞いてろ。」
私達はある船の階段を降りさせられ座らされた。
そのまま放置され頭上では役人達がドタバタしているのが聞こえる。
「リン…」
小声で隣にいるらしいユンが私を呼ぶ。
『ちょっと待って…』
「わかった。」
私は周囲の気配を辿って役人が離れるのを待つ。船が動き出したのを確認して私は口を開く。
『…もう大丈夫。役人は行ったわ。』
「アオ…」
するとユンの胸元からアオが顔を出した。アオは彼の手を縛る縄を噛み切った。
それからすぐユンは目隠しを外しヨナの縄を解いた。
私は龍の爪を出して縄を自ら切って腕を解放する。
『ふぅ…』
私は女性達の縄を切っていくものの、全員に手はそのままにするよう小声で伝えた。
『目隠しはしたまま待っていて。すぐに解放してあげる。』
「あなたは…」
『ただのバカよ。』
私は笑いながら言った。前日、女性が言った町を変えようとしているバカ…それには私だって含まれる。
自分でバカと名乗った事が誇らしくも思えた。
それから私達は時間とタイミングを待っていた。
「ヨナ、リン…」
『えぇ。そろそろ時間だわ。』
「うん…作戦開始。」
私達の闘いが始まった。
同じ頃、海賊船では仲間達が開戦の時間を待っていた。
「ハク、少しは休みなよ。昨日からずっと遠くを睨んでるじゃないか。」
「俺はこうやって寝る主義だ。その台詞は白蛇に言ってやれ。」
「ん?」
甲板に腰掛け遠くを睨んだまま腕を組むハクに声を掛けたのはジェハ。
不思議そうに彼が見た先ではキジャが眠気眼のまま騒いでいた。
「時折ウトウトしては飛び起きて空中にケンカ売ってるからな。」
「やれやれ。キレイな顔が台無しだね、キジャ君は。」
その瞬間、ジェハの背後からボソッとシンアが囁いた。
「緑龍…目の下…黒い…」
「はっ、背後でつぶやかないでくれるかな!?」
驚いたジェハは叫びつつシンアと距離を取る。
「緑龍も…寝てない…」
「僕が?まさか僕はよく食べよく眠ったし、昨日の夜は女の子とも遊んで…」
だが、そんな嘘は通用しない。
―リンを気に掛けて、キスまでするお前が他の女とこんな時に遊ぶわけねェだろ…―
ハクとキジャによって前髪をどかされ黒いクマを確認されたのだ。
「わ~~~っ!?何するんだい。ちょっと君たちっっ、やめて!」
「顔見せろ。目見せろ。こっち向け。」
「汚された…」
ジェハは解放されると変態スイッチを入れて服を肩から肌蹴させ馬鹿な事を言う。
「脱ぐな、服を。」
「あったぞ、目の下にクマ!!」
「だから昨日の夜は女の子と…」
「緑龍、昨日はずっと見張り台にいた…」
「……よく見てるね。」
「そなたもあの方が心配でたまらないのだな?」
「だから何?そりゃ、僕はヨナちゃんが心配だよ。
当然だろ。ヨナちゃんは女の子だからね。」
「何でもよい。そなたが私と同じ気持ちならばそれだけで背中を預けて闘えるのだから。」
ジェハはキジャの真っ直ぐな言葉が眩しくて、そのうえ受け入れられる事が歯痒くて微かに赤くなった頬を隠すように俯いた。
「…勝手にしな。でもあの子は心配しなくていいの?
ほら、よく喋るカワイイ子。ユン君だっけ。
あの子も力無さそうだし危ないと思うけど。」
「あいつは大丈夫だ。」
「うむ。ユンは年若いのに聡く努力家だ。
私は時折あの者に尊敬すら覚えるぞ。」
ハクとキジャの言葉にシンアも小さく頷く。
ジェハは彼らの様子に笑みを零し、その様子を見るギガンの表情も優しかった。
「…それより、タレ目。」
「タレ目って僕かい…?」
「お前が何より心配で仕方ねェのはリンだろ。」
「…そうだね。彼女は今闘う術もない女の子だ。
それなのにヨナちゃんの為に命を捨てる覚悟があるって強がってる。」
「それだけではあるまい。」
「…初めて愛しいと想った子だからね。
傷つけたくないし、危険の中に飛び込んで欲しくも無い。
心配で眠れる訳ないだろう?
そういうハクはどうなんだい?
リンちゃんの心配はしてないって言うのかな?」
するとハクはニッと笑った。
「アイツは俺の相棒だ。剣がここにあろうと思いが変わったりはしない。
リンの事を俺が信じずに誰が信じる?」
「リンは強く誇り高き女性。
無論、心は弱く年相応の女性だろうが、賢さで彼女の右に出る者はいない。」
「うん…」
「そうかい…」
―リンちゃん…君が彼らの傍を離れ難いのは心地いいからなのかもしれないね…―
ジェハが微笑むと同時に、ギガンが空を睨みつけた。
「そろそろだね…シンア、見えるかい?」
「港の船…動き出した。」
「さて小僧共。とっとと終わらせるよ。」
「海賊どもめ、来るがいい。今夜こそ根絶やしにしてやる。」
クムジの声と共に開戦が告げられた。
私、ヨナ、ユンはそれぞれ持ち場についた。
ユンは麻酔針を構え、ヨナは縄を輪にして床に置き、私は扉の前に立つ。
3人で頷き合うと私は勢いよく扉や周囲の壁をドンドンと叩いた。
それからすぐ身を隠し、役人が入ってくるのを待つ。
「おい、何を騒いでいる!?む…」
だが彼の目に映るのは目隠しをしたまま座っている女性達の姿。
困惑している役人の首に向けて麻酔針をユンが打ち込む。
「うっ…な、何だ!?」
ふらついた役人の足が縄の輪の中に入った時、ヨナが縄を引いた。
「うわっ…小娘…」
役人は短刀を出して縄を切るとヨナに詰め寄って行く。
「ただですむと思ってるのか!?大人しく…『すんのは、お前だよ。』
男の言葉を遮って私は跳び出すと彼を力の限り殴り飛ばし気絶させた。
「ユン!」
彼は急いで扉を閉めてくれた。女性達は静かになったのを感じて目隠しを外す。
「し…死んだの?」
「いや、最初に売った麻酔針が効いて気絶しただけ。」
『即効性じゃないのが困るわね…』
「そこまで改良できなかったんだから許してよ…」
『十分よ。』
「リンが殴れば一発で気絶したかもしれないけどね。まぁ、これで半日は起きないでしょ。」
ユンは役人の手から短刀を拝借した。黒髪の女性は私達を見て目を丸くしていた。
―なんて事を…逃げ出すつもり?―
そのときヨナが震えているのが女性の目に映った。
「あんた震えているの?足も…怪我してるじゃない。
そんなんでよくあんな事できるわね、どうして…」
「…私、あなた達を助けに来たの。
この船の場所を仲間に教えるのが私達の仕事。待ってて、必ず助けるから。」
『言ったでしょう、私は“バカ”だって。』
「行くよ。」
「えぇ。」
『うん。』
「ま…待って。」
女性は前日にヨナが言った言葉を思い出していた。
「私…私も手伝うわ。」
彼女の手も借りて私達は気絶させた役人を扉の前に座らせて外に出た。
『幸い戦闘の主力部隊は他の船に回されてるみたいね。』
「ここから甲板に出るには奥の階段を登るしかない。
ギガン船長が動き出して甲板の役人がそちらに気を取られてるスキに狼煙を上げるよ。
…で、あんた大丈夫なの?えーっと…」
「ユリよ。だってあんた達みたいな危なかったしい子供だけで役人を相手にするなんて…
そっちの美人さんは心配いらなそうだけど…」
『ん?私の事?』
「ま、いっか。実際リンは強いし。
私はユン。足引っぱらないでよね。」
『私はリン。』
「私…えっとリナ。」
ヨナはちゃんと偽名を口にした。
『ギガン船長…まだかしら…』
そのとき私はキジャ、シンア、ジャハが闘い始めたのをまず感じた。
『始まった…』
「え?」
『龍達が暴れてるわ。』
気配を辿ると同時に外から叫び声が聞こえてきた。
「そうみたいだね…」
『私達も早い所任務を遂行しましょう。』
仲間達は海賊船から役人の船へと飛び移っていた。
「クムジはどやつだ!!私が討ちとってくれる!!」
「貧血起こすなよ、白蛇。シンア!!姫さんは!?」
「見あたらない。」
「しかし数多いな。」
「クムジが傭兵を山程雇ったみたいだね。」
呟いたハクの近くにジャハが舞い降り役人の上に着地する。
「それほど今回は本気で僕らをツブす気なのさ。」
―姫さん、リン、ユン…とっとと出てこい!―
―リンちゃん…ヨナちゃんを連れて早く出ておいで…っ!―
その頃、私達は役人を捕える為罠を仕掛けていた。
ヨナの手には短刀が握られている。
私とユンはわざと役人に見つかるように歩き出した。
「いよいよ海賊共と決戦か。」
「あれだけの傭兵がいるんだ。ここまでは来れんだろ。」
「確かに…ん?」
私とユンはニコッと笑って小さく手を振った。
すると焦った様子で役人が追いかけてくる。
「お、女だ!女が脱走したぞ!!」
「何!?」
「待て!!」
走っている途中、ふらついたユンの腕を取り引き上げながら足を進める。
そしてすっと物陰に身体を隠すとヨナとユリに合図を送る。
そうするとヨナが縄を切り、大量の樽が役人達に襲いかかった。
「うわぁああああ」
私とユンは天井から下がっている縄にぶら下がり樽の山を見送る。
スタッと着地するとユンが麻酔針を吹いた。
「ちょっと眠ってて、おじさん。」
だが大きな揺れでそれは敵わなかった。
私は咄嗟にユンを支え、すぐに倒れそうになったヨナを抱き止めた。
『おっと…』
「リンっ」
だがユリは倒れてしまい役人の方へと倒れてしまう。
「ユリ!」
「きゃ…痛っ…もう…」
『あ…っ』
すると彼女は役人に背後から捕まり首元に剣を当てられる。
「動くな。」
「きゃあ…」
「ユリ…!」
『隠れて。』
私はヨナを抱き寄せて物陰に隠す。
「阿波の女にしちゃあナメたマネしてくれたな。
脱走だけなら捕まえるだけで済んだが、今回は罰が必要だな。」
「待って!私達は大事な商品でしょ。勝手に傷つけたらクムジ様が…」
「黙れ!!お前らは見せしめだ。阿波の人間が二度と逆らえないように殺す!!」
ヨナは隠れず出て行ってしまい、私も隣に並ぶことになる。
「やめて、その人は関係ないの!」
私はそのとき考えていた。どうすればこの事態を上手く回避できるか…
だが、その思考をユンが片手で私の手を握って止めた。
『ユン…?』
ユンは私がヨナを庇った頃から考えていたようだった。
―どうする…火薬は俺が持っている。
急いで甲板に出て海賊に知らせて…いや、ヨナとユリが危ない…
いくらリンでも素手で武器を持つ役人達をヨナとユリを守りながら闘うなんて無理だ…
俺も甲板で捕まったら…最悪だ、こんな所で狼煙も上げられず…
どうするどうするどうする!?
昔の俺だったら自分の命を最優先に考えた…
自分が逃げきる一番効率の良い方法を考えた…
でも今は…イクス、俺ばかになったのかも。
今はヨナとこの町の人を守らなきゃ…
ヨナやリンの勇気を無駄になんてさせない!!―
ユンは一度私の手を強く握ると笑みさえ浮かべながら自分の胸元に入っている布を抜き取った。
「この3人は俺に言われて協力しただけだよ。本当に無関係だから許してやって。」
「何?」
「俺は実は海賊でこの船に密偵として入りこんでたんだよね。」
「男!?」
「海賊だと?」
私とヨナはユンを見て目を見開く。
だが、彼の決意を痛い程握られた手から感じた私は何も言えなかった。
「この野郎…!どうなるかわかってんだろうな!?」
役人はユンを蹴り、殴り飛ばした。
私は怒りで龍の爪が出てしまわないよう必死に手を抑え込んだ。
「あ…ちょっと待ったちょっと待った。話があるんだよ。」
「ああ!?」
「俺さ、この船の甲板に爆薬仕掛けたんだよね。」
「…何?」
「止めないともうすぐ爆発するよ。」
「う…嘘をつけ。甲板にそんなものなかった!」
「そりゃ、そうだろ。俺しか場所知らねーもん。」
―黙って殺されるものか…
とにかく甲板に出れば…シンアに見つけてもらえば何とかなる!―
役人達はユンの言葉に混乱しているようだった。
「…どうする?」
「お前はその女達を部屋に戻せ。俺はこいつを甲板につれていく。」
ユンは縄で縛られ甲板に連れて行かれる。
「爆薬の有無がわかったらそいつどうするんだ?」
「首をはねて海賊共に返すのさ。」
―ユン…!―
彼は笑みさえこちらに見せて甲板へ向かって行く。
それを見て私とヨナは駆け出そうとした。だが役人の腕に遮られる。
「おっと、どこへ行く。お前らは部屋に戻っ…」
ヨナは彼の腕に噛み付いた。それに怒った役人はヨナを投げ飛ばした。
「こっ、こいつ!!」
『てめぇ!!』
私は役人の背後に一瞬で回ると首を絞めて気絶させた。
そのまま怒りに任せて近くに転がった短刀を手にするとヨナを見た。
彼女は自分の近くに倒れてきた弓矢を見て目の色を変えた。
投げ飛ばされた事で彼女の髪飾りは落ちてしまい、今ではか弱い女の子というより武器を手にした剣士のような強さを見せていた。
『ユリ…ここは任せたわ。』
弓矢を手に駆け出したヨナの背中を私も追い掛ける。
「どこだ、コラァ!!」
「どこに仕掛けた!?」
「それらしきものはねーじゃねェか!」
「だからこっちじゃなくて…」
ユンは役人達に囲まれ床に倒されると頭を踏まれていた。
―ちくしょう…ここからじゃ海賊船は死角…もっと向こうに行かないと…!―
彼の目に灯篭の火が映る。そこまで行ければ狼煙を上げられるのだ。
「やっぱり嘘か。おい、首を切って海賊んとこ返してやれ。」
ユンの前に剣がかざされると彼の目が恐怖に揺らいだ。
だが、その瞬間矢が跳んできて役人の意識がこちらに向いた。
「な…」
「誰だ!?」
強い目をした彼女の背後から私は身を低くして駆け出すと短刀で舞うように役人に襲いかかった。
「くっ…」
「ユンから離れなさい。近づいた者は討つ。」
「なんだ、さっきの娘か。そんなヘロヘロ矢で何をするって…」
私は短刀で役人に向かって行くがヨナとユンを気に掛けつつ、且つ身体が思うように動かなかった。
―クソッ…昨日殴られた腹が痛い…
そのうえどうして闘う事に抵抗を感じるの…あの剣が欲しい…―
剣が無い事だけでこんなに心が不安定になるのかと不思議なくらい身体が重かった。
役人達はヨナを見て身体を硬直させた。
―な…なんだ、あんな小娘の矢に何をびびってんだ!?―
「俺の爆薬を早く…あの火に…」
私はユンの帯から爆薬を取り出すとヨナに向けて差し出した。
私の場所からは役人達を振り払い火まで走る事が出来なかったのだ。
だからこそ火に一番近いヨナに全てを託した。
『ヨナ!!』
「うん!」
彼女が火へ向けて走って行く。それを追いかけようとする役人達の足に私はしがみついて引き止めた。
「どけ!」
『行かせない!!』
「クソッ!!」
『うぁっ…』
蹴られても、殴られても私は離れなかった。衝撃で短刀が私の手から弾かれてしまう。
その間にヨナの手によって爆薬に火が灯され花火が空高くに上がった。
―上がった…!!―
高く上がった花火をシンアは見つけ、私達は役人に捕えられていた。
ヨナは髪を引っぱられ床に引き倒される。
私は役人に腕を掴まれ剣を向けられ動けずにいて、ユンは倒れたままだ。
「この女!!」
「こいつらも海賊の仲間だ。」
「あのガキと一緒に潜入しやがってた。」
「この船の場所を仲間に教えたんだ。」
「殺せ!ヤツらが来る前に。」
ヨナに剣が向けられ、振り下ろされそうになる。
「やめろ!俺の腕でも首でも何でもやるから、ヨナは…」
『チッ…』
私は腕を剣が深く抉る事も気に留めず回し蹴りを自分の周りにいる役人にお見舞いすると、ヨナに覆い被さった。
「「リン!!?」」
すると振り下ろされた剣が右肩に深々と突き刺さった。
『うあっ…』
「いやぁああああ!!」
『だ…大丈夫…』
「この女…なんてヤツだ…」
「さっさと殺してしまえ。」
役人達は私の行動に慌て始める。今まで私のような女を相手にした事がないのだろう。
私は痛みに耐えながら自分の腕の中にいるヨナに微笑み掛け小声で言った。
『姫様、助けが来るまで私の下にいて下さいね。』
「何を言って…」
『最期まで守ってみせますから。』
「そんな…イヤ…」
彼女の頬を撫でると同時に役人達はやけくそになって私を蹴り始めた。
『くっ…』
「リン!!」
―そろそろ役人達の堪忍袋の緒が切れるわね…―
私が蹴り飛ばした役人もこちらへやってきて剣を抜く音が聞こえた。もう逃げ場はないだろう。
「死ね…!」
「恐いだろう?」
私の頬に剣が当てられるが私は表情を一切変えなかった。
するとその役人は面白くないとでもいうように顔を顰めて剣を滑らせた。
その所為で私の頬に赤い線がつぅっと伝う。
ヨナは私の腕の中で怒りに震えている。
「可愛くない女だな…」
「コイツを最初に殺っちまおうぜ…」
「生きてると邪魔だしな。」
「やめ…て…」
「やめろ…」
ヨナとユンの震える声が聞こえた。
『ごめんね…ハク…』
私はふと相棒に謝罪していた。ずっと共に育ち、背中を預け合って闘える唯一の存在へ…
剣が振り上げられた瞬間、私の脳裏に浮かんだのはジェハの顔だった。
振り下ろされるまでの短い間にいろいろな思いが心に浮かぶ。
―あなたに伝えてない事がたくさんあるのに…
まだ…好きだって言ってない…あなたは愛してくれたのに…
でも約束しなくてよかった…必ず帰るなんて約束守れないもの…―
私はヨナを抱く腕に力を込めた。すると剣が振り下ろされ風を切る音が聞こえた。
『バイバイ…ジェハ…』
「やめろぉおおおおおおお!!!」
ユンの叫びに答えるように誰かの影が私達の前に舞い降り役人を全員蹴り飛ばした。
舞い降りたのは緑の龍…その強さはまるで一陣の風のよう。
「まったく…君って子は本当にやってのけるとはかっこいいじゃないか。」
「ジェハ!」
『ジェ…ハ…』
「…勝手に死ぬなんて許さないよ。」
『ごめん…』
そのとき私の目から一筋の涙が零れた。ジェハの姿にほっとした為だろう。
ヨナは初めて見る私の涙の美しさに息を呑んだ。
ジェハは私の身体にある無数の傷とボサボサで短くなった髪を見て怒りに震える。
「お…お前は…」
「今まで数々の船を沈めたっていう空舞う海賊…」
「そんな事よりむやみに近寄らない方がいい。殺してしまう。
彼女に危害を加えた君達に手加減できる程僕は聖人君子ではないからね。」
そんな彼の忠告を無視して役人が飛び掛かってくるが、ジェハは蹴りひとつで次々に倒していく。
「リン…」
『ヨナ…?』
その瞬間、私は彼女に頬を強く叩かれていた。
私は何が起きたのか一瞬わからなかったが、彼女の泣きそうな顔に全てを理解した。
「私を守って死ぬなんて許さない…」
『姫様…』
「傍にいてくれるんでしょ…死なないで…
リンは死んじゃダメ…いなくなるなんて許さないんだから…」
『申し訳ありません…』
「それでも私を守る為ならこれからも命を懸けるんでしょう…?私も強くならなきゃ…」
私は彼女の頭を撫でて微笑んだ。
『ユンの所へ行きましょう。』
「うん!」
ユンに駆け寄ると私は爪で急いで彼の縄を切った。彼はほっとしたのか気を失いかけていた。
―俺生きてる…?やっぱりジェハは龍の力の持ち主だな…力がハンパない…俺は…―
「ユン!」
『ユン、しっかりして!』
「大丈夫?」
「ヨナ…リン…」
「ユン、血が…たくさん殴られたのね。」
ヨナはユンを強く抱き締めた。私はそんな2人を同時に抱き締め胸を撫で下ろす。
2人が生きていた事、そして私が再び彼らを抱き締める事が出来る幸せを噛みしめていた。
―生きてる…命を捨てる覚悟があったのに、どうして生きていられた事がこんなに嬉しいのかしら…―
「よかった、生きてた…っ」
「…ヨナとリンこそボロボロじゃんか。」
―守れない…俺じゃヨナを守れないよ…
ユンは私達のぬくもりに涙を零した。
「ユンのおかげで成功したんだよ。ユンはやっぱり天才ね。」
『お疲れ様、ユン。』
私達の笑顔にユンは目を潤ませたまま微笑む。
―天才なんかじゃない…すごいのはヨナだよ…―
「リンのバカ!!」
『ユン…』
「死んじゃうかと思ったんだからね!!」
『ご、ごめん…』
そのとき隣の船から梯子がこちらへ渡され傭兵が多く渡って来た。
「あそこだ!」
「脱走者を捕えろ!!」
―傭兵…!隣の船から乗り移って来たか!―
「リン!!」
私は呼ばれてジェハを振り返る。すると彼から私が愛用する剣が投げ渡された。
「ハクから預かったんだ。それがあれば君だって闘えるよね。」
『ありがとう、ジェハ!』
私はヨナとユンを庇うように立ち剣を左手で受け取るとさっと剣を抜いて傭兵を切った。
「「リン…」」
『やっぱりこれが無いとね…』
私は2人を庇いながら敵を舞うように切って倒していく。
「やっぱりリンは強いや…」
「でも腕や肩の傷が…」
「それでもリンは闘うのを止めないよ、きっと。
だってあんなに真剣な目で見据えてるんだから。」
「…いつものリンね。」
「かっこいいリンだよ。いつもの方が見慣れてるからかな…俺は好きだよ。」
「私も!」
2人の声を聞きながら私が闘っていると数人の傭兵がヨナやユンの背後から詰め寄っていた。
『ヨナ!ユン!!』
そのとき私は別の気配を感じて笑みを零した。
「うわぁああっ」
傭兵達を切ったのはシンアだった。
「シンア!!来てくれたの!」
「雷獣が来るかと思ってた。」
「ハクは重要な主戦力だからね。跳べる僕と夜目がきくシンア君がこっちに来たんだ。」
『今頃ハクもキジャも落ち着きなくそわそわしてるんじゃない?』
「まぁね。飛び出さんばかりの勢いでこっちに来たいだろうけど。」
『とりあえずヨナとユンは身を隠していて。』
「リンちゃんもだよ。」
『私は闘う…』
「そんな傷だらけで…」
『お願い、ジェハ。闘わせて。』
「…はぁ、わかったよ。その代わり僕の近くにいて。」
『了解。』
私とジェハは同時に床を蹴ると傭兵を倒し始めた。
シンアもヨナとユンが隠れたのを確認してから剣を振るい始めるのだった。
ハクとキジャはジェハの言う通り海賊船の近くで傭兵や役人を相手にしていた。
背中合わせに立ったまま2人は言葉を交わす。
「白蛇、なにダラダラやってんだ。」
「そなたこそ動きがニブくなっておるぞ。」
「まどろっこしいんだよ、殺さないようにするのも。」
「そなたの野蛮な武器ではな。」
その瞬間、頭上から何かが降って来て彼らの横にいた男に襲いかかった。
見てみると傭兵が床に倒れていて身体の輪郭に沿うように暗器が刺さっていた。
暗器を投げたのはギガンのようだった。
「落ちつかないのはわかるが、こっちに残ったんなら仕事しな。
仲間で元気なの、もうお前らくらいなんだから。
ちんたらやってると手元が狂うよ、私の。」
「…やるな、ばあさん。」
「船長殿が一番元気だ…」
「相手の戦力は半分以上削いだ。あとは頭(クムジ)を引きずり出すだけ。
この戦い、ヤツを叩けば終わる。
それが出来たらあの娘を助けるなり口説くなり好きにしな。」
「なっ、何を言って…」
「……それもいいかもな。」
「ハク!?」
私達は次々とやってくる傭兵に悪戦苦闘していた。
『キリがないわね…』
「大丈夫かい、リンちゃん。」
『平気よ。ジェハやシンアが近くにいてくれるだけで私は何も恐れずに戦える。
さっきまで怯えていたのが嘘みたいよ。』
私が笑ってみせるとジェハは安心したように微笑んだ。
だが、私はすぐにその表情を鋭いものに変える。
ヨナやユンの方へ傭兵が数人行ってしまったのだ。
「ヨナちゃん!」
私はすぐに剣を傭兵に向けて投げ、一番ヨナ達に近い位置にいた奴の肩を抉った。
剣はそのまま近くの壁に突き刺さる。
そして剣を追うように駆け出すと龍の爪を出して構えた。
「ば、化け物…!」
『失礼な。』
両手を振るい傭兵達を倒すと私は血の付いた爪を見て顔を顰めた。
『汚い…』
血を振るい落として私は剣を壁から抜く。
「リン…」
『ヨナ、お見苦しい物を…』
「ううん。爪を光らせて闘うリンはキジャとは違う美しさがあるわ。」
「かっこいいよ、リン。」
『…ありがとう。』
「…それより隣の船の傭兵に苦戦してるみたいね。」
『いくら倒しても次から次へと湧いてくる…キリがないんです。』
「クムジはどこかしら。」
「商品の近くにいるのは間違いないよ。」
『えぇ。私が連れて行かれた場所もこの船の近くだった。
目隠しされて連れて行かれたし、帰りは意識があやふやだったから場所を特定できないけど。』
「この船じゃないとすれば、たくさんの傭兵に守られてる隣の船に潜んでるんだ。」
「リンちゃん!」
『すぐ行く!』
ユンの考えに頷いてから私は剣を握ってジェハの元へと再び戻ったのだった。
傭兵は戦闘状況をクムジに伝えていた。
「クムジ様っ!傭兵部隊第4隊まで壊滅。」
「海賊共も大半は動けないようですが、化け物のような奴らが次々と船を沈め…商品も…」
「…何だ。」
「…商品の船も海賊により占拠されました。」
「ギガンめ!!」
クムジは机を強く叩いた。その怒りは船に響き渡り、私の耳に届いた。
―今のって…―
「詳しい事はわかりませんが、商品の中の誰かが海賊共を手引きしたらしく…」
「商品の中…?」
クムジの頭にはヨナの鋭い眼光が浮かんだ。
―あの娘だ…確証はない。だがあの娘の存在が頭から離れん。
あの娘が船で何かしたに違いない…それからこの髪の女…―
彼は私から切った髪を鼻に寄せて香りを吸い込むと笑った。
「既に奴らがこの船に迫っています!いかがいたしますか、クムジ様!」
「クムジ様!!」
「黙れ、能無しども。数十年…ここまで築き上げたものをババア率いる海賊とたかが小娘に壊されるわけがない。」
ジェハが私を片手ですっと抱き上げて隣の船へ乗り移る。シンアも共にやってきた。
もうヨナやユンがいる船に傭兵はおらず、隣の船へ戦場を移動したのだ。
「ジャハ、シンア、リン!その船だ!その船の恐らく地下にクムジはいる!」
『間違いないわ…』
「リンちゃん?」
『今声が聞こえた。クムジはこの船にいる。』
「っ!」
剣では埒が明かない数の傭兵に私は溜息を吐いた。
そして剣を鞘に納めると爪を構えて高く跳んだ。
そのまま傭兵の輪の中央に降り立つと両手を大きく振るい強風と共に傭兵達を薙ぎ払った。
「すごいねぇ…」
「ここは任せて…リン…行って…」
『ありがとう。』
私はジェハと共にクムジの元へと走り出した。
傭兵の足音や気配が消えた事で私はクムジの気配を微かに追う事が出来ていた。
『この下の部屋よ。』
「わかった。」
『……あれ?』
ジェハが走って行った後を追いながら、私は気配が消えたのを感じた。
『クムジが…いなく…なった…?』
「クムジ覚悟!!」
ジェハが扉を蹴破り地下室を見たがもうそこには誰もいなかった。
『裏口から逃げたか!!』
「何て奴だ…ん?」
彼はそこに残されていた髪の束を見つけた。
「黒髪…まさかこれって…」
『…私の髪ね。』
「クムジ……っ!!」
『あ、ジェハ!!』
彼は私の髪を握り怒りを顕わにした瞬間、部屋を飛び出して行った。
同じ頃、ヨナは逃げ出したクムジを見つけて目を見開いていた。
「ヨナ、役人達を縛るの手伝って………ヨナ?」
ユンは他の解放された女性達と共に役人や傭兵を縛り上げていた。
そこでヨナを呼んだが彼女はユンの声が聞こえていないかのように船の甲板へと弓矢を手に歩いて行った。
クムジは小舟に船頭と共に乗り込み屋敷へと向かっていた。
「なに…奴らを八つ裂きにする楽しみが増えただけのこと。
屋敷に戻って態勢を立て直す。急げ。」
「は、はい!」
そんな彼らをジェハは見つけると柵に飛び乗った。
「部下を見捨てて逃げ出すとは美しくないねっ!」
声と共に彼は柵を蹴ってクムジへと跳んでいった。
『ジェハ…』
「リン!」
シンアに呼ばれて私は振り返り爪で2人の傭兵を切った。
『邪魔しないで…シンア、もう敵はいない?』
「…いない。」
『お疲れ様。』
私はさっと傭兵達を縛り上げすぐに空を舞っているジェハへと視線を戻す。
「クムジ様!ヤツが来ます。天翔ける龍と噂される男が!
あいつの足からは逃げられません!」
船頭の声が聞こえた瞬間、クムジは弓矢を構えて不敵に笑った。
その顔に私は寒気がしてジェハの身に危険が迫っている事を感じた。
私は目を見開き目の前に広がるクムジとジェハの対峙を見ていた。
『イヤ…やめ…て…』
「丁度いい。一度撃ち落としてみたかったのよ。」
「くっ…」
ジェハはクムジが矢を放つと判断し袖口から暗器を出すとクムジの足と船頭の腕に向けて投げた。
だが、それと同時に矢がジェハの右肩に刺さりバランスを崩した彼はそのまま海に落ちてしまった。
『ジェハ!!』
私は甲板に駆け寄って彼の名を呼ぶ事しかできない。
私の手は怒りとジェハを失う恐怖に震えていた。
―そうか…失いたくない、死なないでほしいってこんな気持ちなのね…―
ヨナ以外にこんな強い想いを抱くのは初めてだった。
そんな想いを教えてくれたジェハだからこそ、私は失いたくない。
そしてきちんと伝えたい事もあるし、もっと一緒にいたいと思ったのだ。
「ククク…船頭まで狙うとは見事な腕だ。」
クムジは足から暗器を抜いて笑った。
ジェハは水面に顔を出したものの、足場の無い海中では跳ぶ事が出来なかった。
「だが、海に落ちればもう飛べまい?」
弓を構えようとしたクムジだったが、何かの悪寒を感じて身体を震わせると動きを止めた。
―な、なんだ!?この悪寒…どこだどこだ!?誰が俺を狙って…―
私も恐い程の殺気を感じて隣の船を見た。
そこには赤い髪を揺らし弓矢を構えた強い瞳をしたヨナがいた。