主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
主人公の名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私達と海賊はクムジとの大きな闘いに向けて準備を始めた。
ヨナは大きな荷物を抱えようとして持ち上げられずにいた。
「あーっ、ヨナちゃん。いいのいいの。ヨナちゃんは休んでて。」
「そうです、このような仕事は私めが。」
「兄ちゃん、すげーなァ。」
キジャがひょいっと右手で大量の荷物をバランスよく抱えて船に運び込んでいった。やることがなくなったヨナはハクを探す。
「ハ、ハクー!」
「師匠ーっ、武術を!武術を伝授して下され!!」
「授業料一万リン。」
ハクの周りには海賊が集まり武術を習い始めているし、少し離れた場所では剣を振るうシンアに倣って海賊達が共に剣を振っていた。
「ユン…」
「ああーっ、そこの死に損ない!何で大人しくしてないの?いい加減殺すよ!!」
ユンは病人を集めて手当てしていた。その一角はまるで診療所のようだ。
私はジェハと共に町へ偵察へ出掛けようとしている所だった。
『あら…?』
私がヨナを見つけるとジェハは私の肩を抱いて彼女を放っておこうとした。
「ほっとこ…」
『って言いつつも…?』
彼の足は自然と止まり溜息を吐きながらヨナを呼んだ。
「ヨナちゃん、町に偵察に行くんだけど一緒に来る?」
「うん!!」
『ふふっ。』
「はぁ…」
『結局放っておけないんじゃないの。』
「…女の子がいたから声を掛けただけだよ。」
私はジェハの苦し紛れの言い訳に笑いながら彼の背中に抱き着いた。
彼は私の手を握ると首に絡ませておぶるように私を背中に引き上げた。
『きゃっ…』
「こうしてないと落ちてしまうだろう?」
『…だからって突然しないでちょうだい。』
「ハハッ、ごめんごめん。ヨナちゃんはこっちにおいで。」
ジェハはヨナを抱き上げると私が背中にしがみついたのを確認して地面を蹴った。
高く跳び上がって海を越えて行くとヨナが楽しそうに声を上げた。
「わあっ!すごい!緑龍って空飛べるのね。」
「正しくは“跳ぶ”だけどね。」
『気持ちがいいでしょう、ヨナ。』
「うん!!」
私の香りが風に舞って私達を甘く包み込む。
「高いの平気?」
「うん。」
「雲隠れ岬ではあんなに恐がっていたのに?」
「不思議…あの時よりずっとジェハを近くに感じるの。ジェハの傍はほっとする。」
無邪気に明るい笑顔を見せるヨナからジェハは顔を背け、私は彼女と笑い合った。
「…まったく忌々しいね、龍の血ってヤツは。」
「?」
『それは相手がヨナだからよ、ジェハ。』
「リンちゃんが惹かれるのもわかる気がするよ。」
「何の話?」
「大人のお話♡」
「え…」
『ヨナにはまだ早いですかね。』
「もうっ!」
ヨナの様子に笑いながら私達は町に辿り着き屋根の上に降りた。
その瞬間、私はジェハに抱き寄せられヨナは頭を彼に押された。
「隠れて!」
「わっ…」
『えっ…』
私はジェハの身体と屋根の間に倒れ込み彼が覆い被さっている状況に息を呑み、ヨナは頭を押され身を低くしながら尋ねた。
「何…」
『…馬車の音がする。』
「ヤン・クムジだ。」
私はジェハの腕の隙間から屋根の下を見る。
すると人っ子ひとりいない道を髭面の見るからに悪そうな男が乗った馬車が通り過ぎていった。
『あれが…』
「上から見るとこの町の歪さが明るみに出るね。」
『えぇ…誰もいない…』
「女子供はクムジが来ると家の中に隠れるんだ。目をつけられちゃうからね。」
そのとき私はクムジとは別の気配を察してそちらに目を向ける。
ヨナも私の視線の先を見て気付いたらしい。
「あそこ…」
『誰かいますね。』
「行ってみよう。」
ジェハに手を引かれ私達はふわっと屋根から地面へ降りる。
そして身を小さくして建物の影で震えている人に話しかけた。
「どうしたの?具合でも悪いの?」
ヨナが外套を被って声を掛けるとその人物は逃げ出そうとした。
「べ…別に。」
―あれ…?―
私はその人の気配に首を傾げ、隣にいたジェハも何かに気付いたらしく逃げようとするその人の手を握った。
「君、女の子だね。」
すると彼女は怯えたように付けていた偽物の髭を外した。
「…どうしてわかったんですか…?」
「あえて言うならニオイ。」
「やだ変態…」
「なるほど、これがへんたい。」
『はぁ、変態…』
「リンちゃんまで酷いなぁ…君だって気付いてたじゃないか。」
『私は気配に敏感なの。がさつな感じも、男らしい感じもなかったから女性かなって。』
「成程ね。」
それから私達は彼女から話を聞くことにした。
『役人達から逃れるために男装を?』
「は…はい。」
「それにしたってさっきの君は怯え方が尋常じゃなかったね。何かあった?」
「…」
やはりジェハは鋭かった。尋ね方は優しかったが確信をついた質問だったのだ。
「…役人…いや、クムジから何かされた?」
「…わっ、わからないんです。わからないんです。」
『わからない…?』
頭を抱えて震えてしまった彼女を私はそっと抱き締めた。
彼女はビクッと身体を震わせたが私の香りに包まれて心を落ち着かせていった。
『落ち着いて…恐かったのね。でも教えてほしいの、あなたが知ってる事を全て。』
「優しい香り…」
『人を落ち着かせる私の特技よ。』
「…ありがとう。」
『いえいえ。』
私が笑って立ち上がるとヨナとジェハは私を見て微笑んだ。
女性はまだ少しだけ震えながらも説明してくれた。
「すっ…数日前に割のいい仕事があるという噂を聞いて、私と友人はとある店に入ったんです。友人はとてもキレイな子でした。
私と友人は中に通されましたが、最終的には友人だけが奥の部屋に呼ばれました。
私は帰っていいと言われて、帰り際少し気になって彼女の入って行った狭い部屋を見たんです。
…一瞬でした。彼女が入った部屋の床が開いて彼女は闇に吸い込まれていったんです。」
『っ!?』
「わ…私は恐ろしくなって転がるように店を出たけど…
あの子は…あの子はあれから二度と帰ってこなくて…」
後から知ったんですがあの店はヤン・クムジ様の店だったんです。
私、それからは役人達が恐くて…私の友人はいっ…一体どこに…」
「間違いないな…」
『えぇ…それは人身売買収容所への入口だわ。
きっとその場所以外にいくつかあるのだろうけど。』
「え…?人身…ま、まさか…」
「大丈夫。君の友達は無事だ。きっと戻ってくる。」
ジェハは膝を曲げると彼女の頭を撫でる。その様子は私にとっては面白くないもの。
「可哀想に。よほど恐かったんだね。涙をふいて。僕が何とかするから。
それまで女を隠して家でじっとしているんだ
いやいや本当は男装なんて勿体ないんだけど役人(アホ)の目をごまかす為にはそれしかないそして無事助けられたら是非そのお友達も紹介してくれないか君さえよければ今度…」
止まることもなくペラペラと口説き文句を連ねるジェハを私は睨みつけていた。
隣にいるヨナは何かを考えているようだった。
『姫様?』
「作戦…あるかもしれない…」
『え?』
「…リンを巻き込むことになったらごめんなさい。」
私はきょとんとしたがすぐに微笑んで彼女の頭を撫でながら膝を曲げてその顔を真正面から見た。
『お気になさらず。私はどんな事でも姫様が願えばやってみせますよ。』
「ありがとう。」
『それより…ジェハ…』
「あ…」
彼は漸く私の怒りの気配に気付いたようだ。こちらをゆっくり振り返って肩を震わせる。
「リン…ちゃん…?」
『どうぞ“か弱い少女”に甘ーい言葉を送って差し上げて?私は気にしないのでさぁ、ご自由に。』
「え、ちょっ…」
『どうせ私は“か弱い”どころかあなたを蹴り飛ばすような“凶暴女”ですから。』
「リンちゃん、怒らないで!!」
「ふふっ。」
「ヨナちゃん、笑いごとじゃないよ!?」
「だってジェハが悪いのよ?」
「そ、そうだけど…」
「あの…」
「あ、えっと…」
『とりあえず彼女を家まで送り届けて、その店に行ってみましょう。』
「あ、あぁ。」
『ねぇ、あなたの家の場所と、友達と一緒に行ったっていうお店の場所を教えてもらってもいいかしら。』
そう女性に問うた私の目は闘いを見据えて真剣な物だった。
女性を送り届けてから店に近づくと店番らしき男性が扉の前にいた。
私達が直接店番に声を掛けるわけにはいかない。
私とヨナでは危険だし、ジェハは指名手配されているからだ。
「どうしようかしら…」
『あ、ちょっと待ってて下さい。』
私は近くを通りかかった人に頼んで店番に働き手の募集はいつまでか訊いてきてもらった。
答えを訊くとお礼に持っていた果物を分け与えてやった。
「流石だね…」
「頭いい…」
『伊達に場数を踏んでるわけじゃないですよ。』
「そ、それよりリンちゃん…」
帰り道岸部へ歩きながらジェハが恐る恐る私に声を掛ける。
ヨナはクスクス笑いながらも何も言わない。
『なぁに?』
「まだ怒ってるよね…?」
『はぁ…ジェハが女好きで、軽く(チャラく)て、女の子を見れば砂を吐くような言葉をツラツラと言うのは知ってるわ。でも!』
「は、はい!」
『大概にするか…または私に構ってよね。』
私はそう言いながら照れくさくてジェハから顔を背けた。
すると彼は優しく微笑んで私の頬に口付けた。
『ちょっと…///』
「仰せの儘に、お嬢さん。」
『もう…ヨナがいるんだからやめてよね。』
「私なら平気よ。2人が仲良さそうで羨ましい。」
―羨ましいならハクの相手をしてあげなよ、ヨナちゃん…―
―やっぱりハクが不憫だわ…―
私とジェハはヨナの無垢な言葉にハクへの同情を抱いていたのだった。
私とヨナはジェハに連れられて海賊のもとへ戻った。その様子をシンアが見ていた。
「あ…ヨナとリン…」
「本当か?」
私達はギガンの前に降り立ち、彼女に偵察の報告をした。その間に仲間達も集まってくる。
『ただいま戻りました、ギガン船長。』
「収穫は?」
「…船長、おそらく決行の日は明後日の夜だ。」
「明後日…根拠は?」
「売買する人間を集める店を見つけたんだ。」
『そこは表向きには女性に割のいい仕事を提供してる。
でも実際は高く売れそうな女性をどこかに搬送する場よ。』
「人に頼んで店の者に聞いた。ここで働きたいという若い美女がいるんだが、いつまで募集しているのかと。
店の者は明後日昼までと答えたそうだ。」
『3日後…とも考えられるけど、クムジみたいな欲深い男は良い商品があるならギリギリまで待つでしょう。』
「船を動かすなら日が落ちた夜中…」
「しかし…どの船に女達が乗せられるかわからないね。」
するとヨナが静かに口を開いた。
「内側から…女の人達が乗った船の内側から花火のようなものを打ち上げれば女の人達を少しでも早く救出出来るかしら?」
「それはそうだが誰が打ち上げるんだい?」
「私が。私が人身売買収容所に潜入して船から花火を打ち上げます。」
「ヨナちゃん…!」
彼女の言葉には流石にその場の全員が驚いたが、私は彼女が町にいた時に私に謝った理由がわかった気がして息を吐いた。
『ヨナ…』
「今回の目的はクムジを倒す以上に売買される女達を無事救う事でしょう?
いち早く女達の乗る船を見つけて安全な場所へ避難させる。
その為に私が船に忍び込んで船の場所を知らせるから。」
「待て。それはちょっとおすすめしねェな。」
「そうです!危険すぎます。クムジや役人の本拠地に入りこむなんて。」
「俺も反対。」
「ユン…」
彼はずいずいとヨナに詰め寄る。
「花火を打ち上げるって事は火薬を持ち込みつつ捕えられてる船の中から見張りの目をかいくぐり甲板に出るって事だよ。
見つかったら殺されるよ。絶対ムリ!!」
『それなら私もお供しましょう。』
「リン…」
私は一歩前に出て真剣な眼差しのまま言った。
『私だけが潜入しても力が足りません。
きっと一人ではやり遂げられないでしょう。
実際潜入し花火を打ち上げる作戦を思いついたのはヨナです。
あなたは私を巻き込んでしまったらごめんと謝りましたね、ヨナ。
私は自分から進んで戦闘へ足を踏み入れましょう。』
「リンちゃん!!」
『女の私なら適任でしょ。第一ヨナを一人でなんて行かせない。
もちろん、潜入すれば私は闘う事を禁じられる。
戦闘を開始してしまえば女性達を人質に取られるか、敵に囲まれて私が死ぬか…
でもそんなヘマはしないから安心してちょうだいな。』
「待て、リン。だいたい持ち込めるくらいの小さな火薬で味方に気付かせるのは困難だ。」
「シンアなら遠くても私の合図に気付くはず。」
「だからって!」
『船の数が多い中、一つ一つの船の中を調べる時間はないわ。』
「闘ってる間に女達が戒帝国に渡ったら手遅れ。
そうならないように女達の中に入って安全を確保するのは女である私達にしか出来ない仕事でしょう?
ギガン船長、私にも闘わせて下さい!!」
強い瞳で真っ直ぐ見つめてくるヨナの視線にギガンでさえ息を呑む。
―この娘は…世の中の修羅など知らずに育ったようでいて時折戦場を駆ける戦士のような瞳をする…この私が圧倒されるとはね…―
「…確かに成功すれば確実に女達を助けられる。」
「船長…」
「ただし女だけでは無謀だね。作戦成功の為にもう一人くらい潜入させないと。」
「俺が。」
「私が。」
ハクとキジャが真顔で言う。それにはギガンがツッコむし、私も呆れた。
「言っておくが女装しても見れる容姿のヤツだよ。」
『そうね…なにしろクムジ自慢の商品ですからね。
他の女性にひけを取らない美しさでないと門前払いでしょう。』
「俺が。」
「私が。」
「僕が♡」
「人の話を聞いてないのか、まさかの自信か。ゴツイのがもう一人増えてるし。」
ハクとキジャ以外にジェハまで名乗りを上げたためギガンが呆れていた。
彼女はすっと視線を移動させるとユンを見て言った。
「まあ…ムサい男共の中で唯一可能なのは…」
「え…」
「お前なら機転が利くし火薬も扱えるだろう?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。確かに女装したらその辺の子には負けないよ?
でも相手は悪徳領主!俺ヨナやリンが行くのだってまだ反対してるんだよ?
俺が加わっても成功するかどうか…」
そう言う彼を私とヨナは振り返って優しく微笑んだ。
―ユンまで危険に巻き込む必要はない…―
―ユンは無理しなくていいのよ?―
私達の微笑みを見たユンは照れたように一瞬考えた。
ここで逃げられないと感じたのだろう。
「…ま、火薬を扱うなら俺が行くしかないよね。」
「ユン!」
「ったく、めんどくさ。明日までに準備しなきゃ。」
『ユン…』
「安心していいよ。俺負ける戦には出陣しない主義だから。」
「取り引きは明後日、潜入作戦は明日決行だ。お前達、作戦を練るよ。」
「おぅ!!」
ハクはその間ずっと厳しい顔をしていて、ジェハも私の横顔を見つめながら寂しそうに顔を俯かせた。
『ユン…大丈夫?』
「言ったでしょ、負け戦には出陣しないって。」
『うん…』
「…本当は恐いよ。でも俺が行かないで誰が行くって言うのさ。」
『ありがとう。』
「リンはヨナを守ることに専念しなよね。」
『え…?』
「俺の事も気に掛けてたらヨナをおざなりにしちゃうでしょ。
何て言っても船内では闘えないんだから。」
『でも…』
「俺だって男なんだから。」
『…見捨てる事なんて出来ないから。それだけは覚えてて。』
「…うん。」
その夜、ヨナはギガンに声を掛けていた。
「ありがとう。」
「何が?」
「私の願いを聞き入れてくれて。」
「私は今回の作戦に必要だと思っただけさ。
捕えられてる女達は恐怖で希望を失ってるだろうからお前が守ってやるんだよ。」
「はい。」
「今度の戦闘はうちもただじゃすまない。
私はいつもあいつらに無茶を言ってるからね。
相手を殺さずこらしめるなんて容易に出来る事じゃない。」
「大丈夫よ、ハク達がいるから。」
するとギガンが優しく且つ少し寂しげに口を開いた。
「お前も決して命を粗末にしてはいけないよ。
船に乗せたらお前はもう私の娘みたいなものだから。
リンにも言ったがあの子はお前を守る為なら命を捨てる事も厭わないだろう…
…勝手に死ぬ事は許さないよ。」
ヨナは彼女の言葉に俯いてしまった。
「…どうした?」
「…私は母上の記憶があまりないの。
でもあなたを見ていると言葉を聞くとそのきびしさとやさしさに涙がでます。
母というのはこんなかんじなのかなってなつかしくて、とても胸が痛くて…」
ヨナがふと見せた涙にギガンは優しい表情を浮かべた。
ヨナの涙をそっと拭い2人は月明かりの下で寄り添った。
暫くしてギガンのもとからヨナは自分が眠っている場所へと歩き出した。
途中、壁にもたれて立つハクの前を通る。すると彼はヨナの腕を掴み壁に押し付けた。
「あ…っ」
壁に背中を当てたヨナが逃げられないようハクは彼女の顔の両側に手をついて見下ろす。
その目は恐いくらい真剣で哀しそうだった。
「…どうしたらやめてくれますかね…」
「ハク…」
「クムジの所に行くのがどれ程危険かわかってんですか?
どうしてそんな…無謀な事ばかりするんですかね、このお姫様は…
時々…縛りつけておきたくなんだよ。」
彼はヨナの肩口に顔を埋めるように抱き締めた。
「ど、どきなさい、ハク!」
それでも彼は動かなかった。ヨナは小さく息を吐くと自分の思いを吐露した。
「…ハク、私は…高華国は平和で豊かな国だと思っていたの…
父上が望むように争いがなく人々が笑っている国だと…
でも火の部族の土地や阿波の港は父上の治世から変わっていない。
父上が間違っていたかどうかなんてまだ私にはわからない。でも…っ
火の部族の土地やこの町をこんなふうにしてしまった責任が私にもある。
知ろうとも知りたいとも思わなかった私の責任…
行かせて、ハク。だから私は闘うの。」
強い瞳でハクを見上げる彼女に彼はすっと手を引いた。
「…どうかしている。」
ヨナを見送ったハクは再び壁にもたれて自分の身体が震えている事に自嘲気味に笑った。
「絶対に行かせたくねぇってのに武者震いか…?」
―あんなヨナ姫を俺は知らない…もっと知りたい…もっと…―
「俺は姫さんが成功させちまうのが見たいんだ…っ」
同じ頃、私はジェハの部屋にいた。彼はまだ帰って来ていない。
私は彼が戻るまで二胡を弾いていた。その旋律さえどこか寂しそうに響いた。
「リンちゃん…」
『やっと帰って来てくれた…』
私は二胡を置いて彼を振り返って微笑んだ。
すると彼は私を寝台へ押し倒し、顔の両側に手を置いて見下ろしてきた。
私は驚きながらも彼を真っ直ぐ見上げる。
『ジェハ…』
「どうしたら…君は行かないって言ってくれるんだい…?」
『…ヨナが行かないと言ったら。否…それでも私は行くかもしれないわね。
この町の現状を許せないのは私も同じ。
今回の作戦が成功すれば阿波の港町に活気が戻るでしょう?』
「でも…っ!」
『お願いよ、ジェハ。行かせてちょうだい。』
「君が強いのはわかってる。
でも潜入すれば闘えなくて君は普通の女の子になるんだ。
それがどれだけ危険かわかってるのかい?」
『わかってる。それでも私は行くの。』
「危険に飛び込んでいくのか…」
『ヨナが行くと言ったあの時から私の心は決まってるのよ。』
ジェハは寂しそうに微笑むと私を強く抱き締めた。
私は彼の匂いを感じながら目を閉じ静かに話し始めた。
『ジェハ…私はヨナを守る為に存在してる。
彼女の父親を守れなかった事が今でも悔やまれるの…
だから…だからこそヨナだけは失いたくない。
ヨナは私にとってもハクにとってもかけがえのない存在だから。
彼女の為なら何でも差し上げよう…そう思ってるし、その思いは何があっても変わらない。
彼女が求めるなら私の腕でも命でもお納めするでしょう、迷いもなく。』
「そんなこと…っ」
『ヨナはそんなことは望まない。わかってるわ。
それでも私にはそれ程の覚悟があるの。
彼女が何よりも大切で、何よりも最優先に考える…』
「リンちゃん…」
私は彼の髪を撫でた。そこには愛しさと同時に謝罪の念が現れていた。
『ごめんね、ジェハ…こんな私で本当にごめん…』
「そうやってずっと生きてきたんだね…」
『うん。』
「黒龍の血なんて関係なく君はヨナちゃんを大切に想ってるのか…」
『うん…』
「それなら仕方ないかな…」
彼は少しだけ目を潤ませながら私に笑みを向けた。
その顔を見るだけで私の心は締め付けられた。
「約束して、リンちゃん…
必ず僕の隣に帰って来てくれるって。」
『…その約束は出来ないわ。』
「どうしてっ!!」
『…守れない約束はしない主義なの。
言ったでしょう、ヨナを守る為なら命を捨てる事さえ厭わない…
彼女に危険が及んだら私は命を懸けて彼女を守る。
だから…必ず戻るなんて約束は出来ないわ…』
そう告げると彼の目からついに涙が零れ落ちた。その涙は私の頬を濡らす。
「こんなに愛しいと想える君に逢えたのにそんな寂しい事を言うのかい…?」
『ごめん…』
「無茶はしないでほしい…そう言っても君は困ってしまうんだね。」
『ジェハ…』
「そんな君を好きになった僕も馬鹿だね…」
彼が寂しげに無理矢理笑う為、私は零れる彼の涙を拭った。そしてそのまま頬を撫でてやる。
そのときになって漸く私の頬を涙が伝っている事に気付いた。
「忘れないでいて、リンちゃん…
僕は君を大切に想ってて、無事を祈ってるって事を。」
『うん…』
「何かあればすぐに助けに行く…助けてみせるから…」
『…こんな私を好きになってくれてありがとう、ジェハ。』
彼は微笑むと私を抱く腕に力を込めた。
「愛してるよ、リン…」
私は彼の背中に手を回すと静かに目を閉じたのだった。
翌朝、私、ヨナ、ユンは着飾って仲間達の前に姿を現した。
ユンは長髪のカツラを被っていて、どこからどう見ても美少女だ。
ヨナは頭の両側に黒いリボンを飾っていた。
私は髪を背中に流し首飾りをしているだけで、あまり飾りすぎないようにしていた。
「ヨナちゃん、かわいい♡一発合格。」
「がんばるわ!」
「いいぞ、ボウズ!そのままクムジの愛人になってこい。」
「当然。正妻にだって勝つよ。」
ヨナにジェハが声を掛け、ユンは海賊に笑いながら褒められていた。私はその隣でハクに2つの物を預けた。
『ハク…』
「どうした。」
『これを預かっていてほしいの。』
彼に手渡したのは剣とムンドクに貰った髪飾り。
「…闘わない決意か。」
『うん。潜入すれば私はただの女に戻る。
どうしてもハクに預かっていてほしいの。』
「わかった。」
彼は真剣に私の目を見て頷いてくれた。
「ユン、火薬は?」
「帯の中に仕込んである。針金の先に火薬を括りつけてる小さくても高く飛ぶ特製花火。」
私はヨナとユンの会話を静かに聞いていた。
「じゃ、あとは手筈通りに。」
「『はい。』」
「では行って来る…」
そう言って振り返るとキジャが女物の服を着て髪をまとめていた。
「もっと袖の長い服はないのか!?」
「無理だよ、兄ちゃん~」
「キジャ、だめよ。」
「この腕がもう少し小さければ…っ」
「問題はそこじゃないわ。」
ヨナがキジャに言い聞かせていると、ハクが私とユンを呼んだ。
「リン、ユン。」
「雷獣、合図したら早く助けに来てよね。」
「大丈夫か?」
「何が?」
ユンは強がって髪を靡かせようとするが、その手は小さく震えていた。
その手を抑えようとユンは両手を強く握る。
「…情けないと思う?ヨナがあんなに気丈なのに俺が震えてるなんて。
でもね…だからこそ俺はいいんだ。
誰よりも慎重に誰よりも生き汚くなれる。誇れるほどにね。
雷獣、大丈夫だよ。俺が行くからには絶対にヨナは死なせない。」
強く笑って見せるユンをハクは見つめ、彼は私の頭に手を乗せた。
「任せる。」
ハクはそれ以上何も言わなかった。
時間になって私達3人が出掛けようとした瞬間、私は突然背後から手を掴まれ引っ張られた。
『っ!?』
気が付いた時にはある人物…ジェハの腕の中にいた。
『ジェハ…?』
「約束できなくてもいい…でも命を粗末にしないで、リンちゃん。
僕が助けに行くから…僕の隣に帰って来て…」
彼はそう呟くと身体を離した。
そしてあっという間に顔を近付けると唇を重ねていた。
私は驚いて目を見開くが頭に大きな手が添えられていて逃げる事は出来なかった。
突然の口付けだが嫌な気はしなかった。それどころか嬉しくもあった私はそっと目を閉じて彼を受け入れた。
周りでは仲間達が息を呑み、ギガンが笑っていた。
私達は離れると笑みを交わした。
「いってらっしゃい、リン。」
『いってきます。』
去り際に私は自分から一瞬だけキスを彼の唇に落とすと頬を撫でながら歩み去った。
彼は目を丸くしたがすぐに微笑んだ。
こうして私達はクムジの店へと向かったのだった。
―さぁ、闘いの始まりよ…―
私はひとりの女として戦場へと足を向ける。
どんなに弱い存在になろうともヨナやユンを守らなければならない。それが私のやるべき事だから。
ジェハに見せた女性の柔らかい表情なんて捨てて、戦場へ向かう私の目は鋭く先だけを見据えていたのだった。
私、ヨナ、ユンは揃って例の店に足を踏み入れた。
すると店番が出てきた為私は口を開いた。
『ここで働きたいんですけど…』
「ふむ…」
彼は私達をジロジロと見るが私達は嫌な顔ひとつせずに微笑んでみせる。
「ふむふむ、大歓迎です。奥へどうぞ。」
店番がこちらへ背中を向けると私達は拳を握った。
―よっしゃ!―
―第一関門、楽勝ね…―
同じ頃店番も私達に見えない場所でニッと笑っていた。
―こりゃ上玉だ…!―
私はというとヨナやユンとは違った理由で少し不安を感じていた。
この町にはハクやムンドクと共に来た事がある為、私の顔が割れている可能性があるのだ。
その為に化粧で表情を変え、鋭い目をしない事でか弱い女性を演じている。
いつもは結い上げている髪だって背中に流している為印象だってガラッと違う。
「この部屋です。」
店番はある部屋を指さし、私達に入るよう促した。
私は自然と最初に部屋に入れるよう足を進め、一番後ろをユンが来た。
前後からの攻撃からヨナを守れるよう私とユンは無意識のうちに彼女を挟んで立っているのだ。
私は取っ手に手を掛けて扉を開けた。
―ついに来た…これを開けたら…―
私達が入ったのを確認すると店番は扉を閉めながら笑みを浮かべつつ言った。
「しばらくお待ちください…」
扉が閉まると同時に恐怖がヨナを襲った。彼女の足が震えているのが見て取れる。
『姫様…』
「今更…!」
「ヨナ…」
彼女は自分の足をパンッと叩き気合いを入れ直す。
その瞬間、私達の下の床が何の前触れもなく開いた。
「「『あ…』」」
私は咄嗟にヨナとユンを自分に引き寄せ3人で身を寄せ合うようにして深い闇へと落ちて行ったのだった。
決戦まであと一日…暗くて長い夜の始まりだ。
ヨナは大きな荷物を抱えようとして持ち上げられずにいた。
「あーっ、ヨナちゃん。いいのいいの。ヨナちゃんは休んでて。」
「そうです、このような仕事は私めが。」
「兄ちゃん、すげーなァ。」
キジャがひょいっと右手で大量の荷物をバランスよく抱えて船に運び込んでいった。やることがなくなったヨナはハクを探す。
「ハ、ハクー!」
「師匠ーっ、武術を!武術を伝授して下され!!」
「授業料一万リン。」
ハクの周りには海賊が集まり武術を習い始めているし、少し離れた場所では剣を振るうシンアに倣って海賊達が共に剣を振っていた。
「ユン…」
「ああーっ、そこの死に損ない!何で大人しくしてないの?いい加減殺すよ!!」
ユンは病人を集めて手当てしていた。その一角はまるで診療所のようだ。
私はジェハと共に町へ偵察へ出掛けようとしている所だった。
『あら…?』
私がヨナを見つけるとジェハは私の肩を抱いて彼女を放っておこうとした。
「ほっとこ…」
『って言いつつも…?』
彼の足は自然と止まり溜息を吐きながらヨナを呼んだ。
「ヨナちゃん、町に偵察に行くんだけど一緒に来る?」
「うん!!」
『ふふっ。』
「はぁ…」
『結局放っておけないんじゃないの。』
「…女の子がいたから声を掛けただけだよ。」
私はジェハの苦し紛れの言い訳に笑いながら彼の背中に抱き着いた。
彼は私の手を握ると首に絡ませておぶるように私を背中に引き上げた。
『きゃっ…』
「こうしてないと落ちてしまうだろう?」
『…だからって突然しないでちょうだい。』
「ハハッ、ごめんごめん。ヨナちゃんはこっちにおいで。」
ジェハはヨナを抱き上げると私が背中にしがみついたのを確認して地面を蹴った。
高く跳び上がって海を越えて行くとヨナが楽しそうに声を上げた。
「わあっ!すごい!緑龍って空飛べるのね。」
「正しくは“跳ぶ”だけどね。」
『気持ちがいいでしょう、ヨナ。』
「うん!!」
私の香りが風に舞って私達を甘く包み込む。
「高いの平気?」
「うん。」
「雲隠れ岬ではあんなに恐がっていたのに?」
「不思議…あの時よりずっとジェハを近くに感じるの。ジェハの傍はほっとする。」
無邪気に明るい笑顔を見せるヨナからジェハは顔を背け、私は彼女と笑い合った。
「…まったく忌々しいね、龍の血ってヤツは。」
「?」
『それは相手がヨナだからよ、ジェハ。』
「リンちゃんが惹かれるのもわかる気がするよ。」
「何の話?」
「大人のお話♡」
「え…」
『ヨナにはまだ早いですかね。』
「もうっ!」
ヨナの様子に笑いながら私達は町に辿り着き屋根の上に降りた。
その瞬間、私はジェハに抱き寄せられヨナは頭を彼に押された。
「隠れて!」
「わっ…」
『えっ…』
私はジェハの身体と屋根の間に倒れ込み彼が覆い被さっている状況に息を呑み、ヨナは頭を押され身を低くしながら尋ねた。
「何…」
『…馬車の音がする。』
「ヤン・クムジだ。」
私はジェハの腕の隙間から屋根の下を見る。
すると人っ子ひとりいない道を髭面の見るからに悪そうな男が乗った馬車が通り過ぎていった。
『あれが…』
「上から見るとこの町の歪さが明るみに出るね。」
『えぇ…誰もいない…』
「女子供はクムジが来ると家の中に隠れるんだ。目をつけられちゃうからね。」
そのとき私はクムジとは別の気配を察してそちらに目を向ける。
ヨナも私の視線の先を見て気付いたらしい。
「あそこ…」
『誰かいますね。』
「行ってみよう。」
ジェハに手を引かれ私達はふわっと屋根から地面へ降りる。
そして身を小さくして建物の影で震えている人に話しかけた。
「どうしたの?具合でも悪いの?」
ヨナが外套を被って声を掛けるとその人物は逃げ出そうとした。
「べ…別に。」
―あれ…?―
私はその人の気配に首を傾げ、隣にいたジェハも何かに気付いたらしく逃げようとするその人の手を握った。
「君、女の子だね。」
すると彼女は怯えたように付けていた偽物の髭を外した。
「…どうしてわかったんですか…?」
「あえて言うならニオイ。」
「やだ変態…」
「なるほど、これがへんたい。」
『はぁ、変態…』
「リンちゃんまで酷いなぁ…君だって気付いてたじゃないか。」
『私は気配に敏感なの。がさつな感じも、男らしい感じもなかったから女性かなって。』
「成程ね。」
それから私達は彼女から話を聞くことにした。
『役人達から逃れるために男装を?』
「は…はい。」
「それにしたってさっきの君は怯え方が尋常じゃなかったね。何かあった?」
「…」
やはりジェハは鋭かった。尋ね方は優しかったが確信をついた質問だったのだ。
「…役人…いや、クムジから何かされた?」
「…わっ、わからないんです。わからないんです。」
『わからない…?』
頭を抱えて震えてしまった彼女を私はそっと抱き締めた。
彼女はビクッと身体を震わせたが私の香りに包まれて心を落ち着かせていった。
『落ち着いて…恐かったのね。でも教えてほしいの、あなたが知ってる事を全て。』
「優しい香り…」
『人を落ち着かせる私の特技よ。』
「…ありがとう。」
『いえいえ。』
私が笑って立ち上がるとヨナとジェハは私を見て微笑んだ。
女性はまだ少しだけ震えながらも説明してくれた。
「すっ…数日前に割のいい仕事があるという噂を聞いて、私と友人はとある店に入ったんです。友人はとてもキレイな子でした。
私と友人は中に通されましたが、最終的には友人だけが奥の部屋に呼ばれました。
私は帰っていいと言われて、帰り際少し気になって彼女の入って行った狭い部屋を見たんです。
…一瞬でした。彼女が入った部屋の床が開いて彼女は闇に吸い込まれていったんです。」
『っ!?』
「わ…私は恐ろしくなって転がるように店を出たけど…
あの子は…あの子はあれから二度と帰ってこなくて…」
後から知ったんですがあの店はヤン・クムジ様の店だったんです。
私、それからは役人達が恐くて…私の友人はいっ…一体どこに…」
「間違いないな…」
『えぇ…それは人身売買収容所への入口だわ。
きっとその場所以外にいくつかあるのだろうけど。』
「え…?人身…ま、まさか…」
「大丈夫。君の友達は無事だ。きっと戻ってくる。」
ジェハは膝を曲げると彼女の頭を撫でる。その様子は私にとっては面白くないもの。
「可哀想に。よほど恐かったんだね。涙をふいて。僕が何とかするから。
それまで女を隠して家でじっとしているんだ
いやいや本当は男装なんて勿体ないんだけど役人(アホ)の目をごまかす為にはそれしかないそして無事助けられたら是非そのお友達も紹介してくれないか君さえよければ今度…」
止まることもなくペラペラと口説き文句を連ねるジェハを私は睨みつけていた。
隣にいるヨナは何かを考えているようだった。
『姫様?』
「作戦…あるかもしれない…」
『え?』
「…リンを巻き込むことになったらごめんなさい。」
私はきょとんとしたがすぐに微笑んで彼女の頭を撫でながら膝を曲げてその顔を真正面から見た。
『お気になさらず。私はどんな事でも姫様が願えばやってみせますよ。』
「ありがとう。」
『それより…ジェハ…』
「あ…」
彼は漸く私の怒りの気配に気付いたようだ。こちらをゆっくり振り返って肩を震わせる。
「リン…ちゃん…?」
『どうぞ“か弱い少女”に甘ーい言葉を送って差し上げて?私は気にしないのでさぁ、ご自由に。』
「え、ちょっ…」
『どうせ私は“か弱い”どころかあなたを蹴り飛ばすような“凶暴女”ですから。』
「リンちゃん、怒らないで!!」
「ふふっ。」
「ヨナちゃん、笑いごとじゃないよ!?」
「だってジェハが悪いのよ?」
「そ、そうだけど…」
「あの…」
「あ、えっと…」
『とりあえず彼女を家まで送り届けて、その店に行ってみましょう。』
「あ、あぁ。」
『ねぇ、あなたの家の場所と、友達と一緒に行ったっていうお店の場所を教えてもらってもいいかしら。』
そう女性に問うた私の目は闘いを見据えて真剣な物だった。
女性を送り届けてから店に近づくと店番らしき男性が扉の前にいた。
私達が直接店番に声を掛けるわけにはいかない。
私とヨナでは危険だし、ジェハは指名手配されているからだ。
「どうしようかしら…」
『あ、ちょっと待ってて下さい。』
私は近くを通りかかった人に頼んで店番に働き手の募集はいつまでか訊いてきてもらった。
答えを訊くとお礼に持っていた果物を分け与えてやった。
「流石だね…」
「頭いい…」
『伊達に場数を踏んでるわけじゃないですよ。』
「そ、それよりリンちゃん…」
帰り道岸部へ歩きながらジェハが恐る恐る私に声を掛ける。
ヨナはクスクス笑いながらも何も言わない。
『なぁに?』
「まだ怒ってるよね…?」
『はぁ…ジェハが女好きで、軽く(チャラく)て、女の子を見れば砂を吐くような言葉をツラツラと言うのは知ってるわ。でも!』
「は、はい!」
『大概にするか…または私に構ってよね。』
私はそう言いながら照れくさくてジェハから顔を背けた。
すると彼は優しく微笑んで私の頬に口付けた。
『ちょっと…///』
「仰せの儘に、お嬢さん。」
『もう…ヨナがいるんだからやめてよね。』
「私なら平気よ。2人が仲良さそうで羨ましい。」
―羨ましいならハクの相手をしてあげなよ、ヨナちゃん…―
―やっぱりハクが不憫だわ…―
私とジェハはヨナの無垢な言葉にハクへの同情を抱いていたのだった。
私とヨナはジェハに連れられて海賊のもとへ戻った。その様子をシンアが見ていた。
「あ…ヨナとリン…」
「本当か?」
私達はギガンの前に降り立ち、彼女に偵察の報告をした。その間に仲間達も集まってくる。
『ただいま戻りました、ギガン船長。』
「収穫は?」
「…船長、おそらく決行の日は明後日の夜だ。」
「明後日…根拠は?」
「売買する人間を集める店を見つけたんだ。」
『そこは表向きには女性に割のいい仕事を提供してる。
でも実際は高く売れそうな女性をどこかに搬送する場よ。』
「人に頼んで店の者に聞いた。ここで働きたいという若い美女がいるんだが、いつまで募集しているのかと。
店の者は明後日昼までと答えたそうだ。」
『3日後…とも考えられるけど、クムジみたいな欲深い男は良い商品があるならギリギリまで待つでしょう。』
「船を動かすなら日が落ちた夜中…」
「しかし…どの船に女達が乗せられるかわからないね。」
するとヨナが静かに口を開いた。
「内側から…女の人達が乗った船の内側から花火のようなものを打ち上げれば女の人達を少しでも早く救出出来るかしら?」
「それはそうだが誰が打ち上げるんだい?」
「私が。私が人身売買収容所に潜入して船から花火を打ち上げます。」
「ヨナちゃん…!」
彼女の言葉には流石にその場の全員が驚いたが、私は彼女が町にいた時に私に謝った理由がわかった気がして息を吐いた。
『ヨナ…』
「今回の目的はクムジを倒す以上に売買される女達を無事救う事でしょう?
いち早く女達の乗る船を見つけて安全な場所へ避難させる。
その為に私が船に忍び込んで船の場所を知らせるから。」
「待て。それはちょっとおすすめしねェな。」
「そうです!危険すぎます。クムジや役人の本拠地に入りこむなんて。」
「俺も反対。」
「ユン…」
彼はずいずいとヨナに詰め寄る。
「花火を打ち上げるって事は火薬を持ち込みつつ捕えられてる船の中から見張りの目をかいくぐり甲板に出るって事だよ。
見つかったら殺されるよ。絶対ムリ!!」
『それなら私もお供しましょう。』
「リン…」
私は一歩前に出て真剣な眼差しのまま言った。
『私だけが潜入しても力が足りません。
きっと一人ではやり遂げられないでしょう。
実際潜入し花火を打ち上げる作戦を思いついたのはヨナです。
あなたは私を巻き込んでしまったらごめんと謝りましたね、ヨナ。
私は自分から進んで戦闘へ足を踏み入れましょう。』
「リンちゃん!!」
『女の私なら適任でしょ。第一ヨナを一人でなんて行かせない。
もちろん、潜入すれば私は闘う事を禁じられる。
戦闘を開始してしまえば女性達を人質に取られるか、敵に囲まれて私が死ぬか…
でもそんなヘマはしないから安心してちょうだいな。』
「待て、リン。だいたい持ち込めるくらいの小さな火薬で味方に気付かせるのは困難だ。」
「シンアなら遠くても私の合図に気付くはず。」
「だからって!」
『船の数が多い中、一つ一つの船の中を調べる時間はないわ。』
「闘ってる間に女達が戒帝国に渡ったら手遅れ。
そうならないように女達の中に入って安全を確保するのは女である私達にしか出来ない仕事でしょう?
ギガン船長、私にも闘わせて下さい!!」
強い瞳で真っ直ぐ見つめてくるヨナの視線にギガンでさえ息を呑む。
―この娘は…世の中の修羅など知らずに育ったようでいて時折戦場を駆ける戦士のような瞳をする…この私が圧倒されるとはね…―
「…確かに成功すれば確実に女達を助けられる。」
「船長…」
「ただし女だけでは無謀だね。作戦成功の為にもう一人くらい潜入させないと。」
「俺が。」
「私が。」
ハクとキジャが真顔で言う。それにはギガンがツッコむし、私も呆れた。
「言っておくが女装しても見れる容姿のヤツだよ。」
『そうね…なにしろクムジ自慢の商品ですからね。
他の女性にひけを取らない美しさでないと門前払いでしょう。』
「俺が。」
「私が。」
「僕が♡」
「人の話を聞いてないのか、まさかの自信か。ゴツイのがもう一人増えてるし。」
ハクとキジャ以外にジェハまで名乗りを上げたためギガンが呆れていた。
彼女はすっと視線を移動させるとユンを見て言った。
「まあ…ムサい男共の中で唯一可能なのは…」
「え…」
「お前なら機転が利くし火薬も扱えるだろう?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。確かに女装したらその辺の子には負けないよ?
でも相手は悪徳領主!俺ヨナやリンが行くのだってまだ反対してるんだよ?
俺が加わっても成功するかどうか…」
そう言う彼を私とヨナは振り返って優しく微笑んだ。
―ユンまで危険に巻き込む必要はない…―
―ユンは無理しなくていいのよ?―
私達の微笑みを見たユンは照れたように一瞬考えた。
ここで逃げられないと感じたのだろう。
「…ま、火薬を扱うなら俺が行くしかないよね。」
「ユン!」
「ったく、めんどくさ。明日までに準備しなきゃ。」
『ユン…』
「安心していいよ。俺負ける戦には出陣しない主義だから。」
「取り引きは明後日、潜入作戦は明日決行だ。お前達、作戦を練るよ。」
「おぅ!!」
ハクはその間ずっと厳しい顔をしていて、ジェハも私の横顔を見つめながら寂しそうに顔を俯かせた。
『ユン…大丈夫?』
「言ったでしょ、負け戦には出陣しないって。」
『うん…』
「…本当は恐いよ。でも俺が行かないで誰が行くって言うのさ。」
『ありがとう。』
「リンはヨナを守ることに専念しなよね。」
『え…?』
「俺の事も気に掛けてたらヨナをおざなりにしちゃうでしょ。
何て言っても船内では闘えないんだから。」
『でも…』
「俺だって男なんだから。」
『…見捨てる事なんて出来ないから。それだけは覚えてて。』
「…うん。」
その夜、ヨナはギガンに声を掛けていた。
「ありがとう。」
「何が?」
「私の願いを聞き入れてくれて。」
「私は今回の作戦に必要だと思っただけさ。
捕えられてる女達は恐怖で希望を失ってるだろうからお前が守ってやるんだよ。」
「はい。」
「今度の戦闘はうちもただじゃすまない。
私はいつもあいつらに無茶を言ってるからね。
相手を殺さずこらしめるなんて容易に出来る事じゃない。」
「大丈夫よ、ハク達がいるから。」
するとギガンが優しく且つ少し寂しげに口を開いた。
「お前も決して命を粗末にしてはいけないよ。
船に乗せたらお前はもう私の娘みたいなものだから。
リンにも言ったがあの子はお前を守る為なら命を捨てる事も厭わないだろう…
…勝手に死ぬ事は許さないよ。」
ヨナは彼女の言葉に俯いてしまった。
「…どうした?」
「…私は母上の記憶があまりないの。
でもあなたを見ていると言葉を聞くとそのきびしさとやさしさに涙がでます。
母というのはこんなかんじなのかなってなつかしくて、とても胸が痛くて…」
ヨナがふと見せた涙にギガンは優しい表情を浮かべた。
ヨナの涙をそっと拭い2人は月明かりの下で寄り添った。
暫くしてギガンのもとからヨナは自分が眠っている場所へと歩き出した。
途中、壁にもたれて立つハクの前を通る。すると彼はヨナの腕を掴み壁に押し付けた。
「あ…っ」
壁に背中を当てたヨナが逃げられないようハクは彼女の顔の両側に手をついて見下ろす。
その目は恐いくらい真剣で哀しそうだった。
「…どうしたらやめてくれますかね…」
「ハク…」
「クムジの所に行くのがどれ程危険かわかってんですか?
どうしてそんな…無謀な事ばかりするんですかね、このお姫様は…
時々…縛りつけておきたくなんだよ。」
彼はヨナの肩口に顔を埋めるように抱き締めた。
「ど、どきなさい、ハク!」
それでも彼は動かなかった。ヨナは小さく息を吐くと自分の思いを吐露した。
「…ハク、私は…高華国は平和で豊かな国だと思っていたの…
父上が望むように争いがなく人々が笑っている国だと…
でも火の部族の土地や阿波の港は父上の治世から変わっていない。
父上が間違っていたかどうかなんてまだ私にはわからない。でも…っ
火の部族の土地やこの町をこんなふうにしてしまった責任が私にもある。
知ろうとも知りたいとも思わなかった私の責任…
行かせて、ハク。だから私は闘うの。」
強い瞳でハクを見上げる彼女に彼はすっと手を引いた。
「…どうかしている。」
ヨナを見送ったハクは再び壁にもたれて自分の身体が震えている事に自嘲気味に笑った。
「絶対に行かせたくねぇってのに武者震いか…?」
―あんなヨナ姫を俺は知らない…もっと知りたい…もっと…―
「俺は姫さんが成功させちまうのが見たいんだ…っ」
同じ頃、私はジェハの部屋にいた。彼はまだ帰って来ていない。
私は彼が戻るまで二胡を弾いていた。その旋律さえどこか寂しそうに響いた。
「リンちゃん…」
『やっと帰って来てくれた…』
私は二胡を置いて彼を振り返って微笑んだ。
すると彼は私を寝台へ押し倒し、顔の両側に手を置いて見下ろしてきた。
私は驚きながらも彼を真っ直ぐ見上げる。
『ジェハ…』
「どうしたら…君は行かないって言ってくれるんだい…?」
『…ヨナが行かないと言ったら。否…それでも私は行くかもしれないわね。
この町の現状を許せないのは私も同じ。
今回の作戦が成功すれば阿波の港町に活気が戻るでしょう?』
「でも…っ!」
『お願いよ、ジェハ。行かせてちょうだい。』
「君が強いのはわかってる。
でも潜入すれば闘えなくて君は普通の女の子になるんだ。
それがどれだけ危険かわかってるのかい?」
『わかってる。それでも私は行くの。』
「危険に飛び込んでいくのか…」
『ヨナが行くと言ったあの時から私の心は決まってるのよ。』
ジェハは寂しそうに微笑むと私を強く抱き締めた。
私は彼の匂いを感じながら目を閉じ静かに話し始めた。
『ジェハ…私はヨナを守る為に存在してる。
彼女の父親を守れなかった事が今でも悔やまれるの…
だから…だからこそヨナだけは失いたくない。
ヨナは私にとってもハクにとってもかけがえのない存在だから。
彼女の為なら何でも差し上げよう…そう思ってるし、その思いは何があっても変わらない。
彼女が求めるなら私の腕でも命でもお納めするでしょう、迷いもなく。』
「そんなこと…っ」
『ヨナはそんなことは望まない。わかってるわ。
それでも私にはそれ程の覚悟があるの。
彼女が何よりも大切で、何よりも最優先に考える…』
「リンちゃん…」
私は彼の髪を撫でた。そこには愛しさと同時に謝罪の念が現れていた。
『ごめんね、ジェハ…こんな私で本当にごめん…』
「そうやってずっと生きてきたんだね…」
『うん。』
「黒龍の血なんて関係なく君はヨナちゃんを大切に想ってるのか…」
『うん…』
「それなら仕方ないかな…」
彼は少しだけ目を潤ませながら私に笑みを向けた。
その顔を見るだけで私の心は締め付けられた。
「約束して、リンちゃん…
必ず僕の隣に帰って来てくれるって。」
『…その約束は出来ないわ。』
「どうしてっ!!」
『…守れない約束はしない主義なの。
言ったでしょう、ヨナを守る為なら命を捨てる事さえ厭わない…
彼女に危険が及んだら私は命を懸けて彼女を守る。
だから…必ず戻るなんて約束は出来ないわ…』
そう告げると彼の目からついに涙が零れ落ちた。その涙は私の頬を濡らす。
「こんなに愛しいと想える君に逢えたのにそんな寂しい事を言うのかい…?」
『ごめん…』
「無茶はしないでほしい…そう言っても君は困ってしまうんだね。」
『ジェハ…』
「そんな君を好きになった僕も馬鹿だね…」
彼が寂しげに無理矢理笑う為、私は零れる彼の涙を拭った。そしてそのまま頬を撫でてやる。
そのときになって漸く私の頬を涙が伝っている事に気付いた。
「忘れないでいて、リンちゃん…
僕は君を大切に想ってて、無事を祈ってるって事を。」
『うん…』
「何かあればすぐに助けに行く…助けてみせるから…」
『…こんな私を好きになってくれてありがとう、ジェハ。』
彼は微笑むと私を抱く腕に力を込めた。
「愛してるよ、リン…」
私は彼の背中に手を回すと静かに目を閉じたのだった。
翌朝、私、ヨナ、ユンは着飾って仲間達の前に姿を現した。
ユンは長髪のカツラを被っていて、どこからどう見ても美少女だ。
ヨナは頭の両側に黒いリボンを飾っていた。
私は髪を背中に流し首飾りをしているだけで、あまり飾りすぎないようにしていた。
「ヨナちゃん、かわいい♡一発合格。」
「がんばるわ!」
「いいぞ、ボウズ!そのままクムジの愛人になってこい。」
「当然。正妻にだって勝つよ。」
ヨナにジェハが声を掛け、ユンは海賊に笑いながら褒められていた。私はその隣でハクに2つの物を預けた。
『ハク…』
「どうした。」
『これを預かっていてほしいの。』
彼に手渡したのは剣とムンドクに貰った髪飾り。
「…闘わない決意か。」
『うん。潜入すれば私はただの女に戻る。
どうしてもハクに預かっていてほしいの。』
「わかった。」
彼は真剣に私の目を見て頷いてくれた。
「ユン、火薬は?」
「帯の中に仕込んである。針金の先に火薬を括りつけてる小さくても高く飛ぶ特製花火。」
私はヨナとユンの会話を静かに聞いていた。
「じゃ、あとは手筈通りに。」
「『はい。』」
「では行って来る…」
そう言って振り返るとキジャが女物の服を着て髪をまとめていた。
「もっと袖の長い服はないのか!?」
「無理だよ、兄ちゃん~」
「キジャ、だめよ。」
「この腕がもう少し小さければ…っ」
「問題はそこじゃないわ。」
ヨナがキジャに言い聞かせていると、ハクが私とユンを呼んだ。
「リン、ユン。」
「雷獣、合図したら早く助けに来てよね。」
「大丈夫か?」
「何が?」
ユンは強がって髪を靡かせようとするが、その手は小さく震えていた。
その手を抑えようとユンは両手を強く握る。
「…情けないと思う?ヨナがあんなに気丈なのに俺が震えてるなんて。
でもね…だからこそ俺はいいんだ。
誰よりも慎重に誰よりも生き汚くなれる。誇れるほどにね。
雷獣、大丈夫だよ。俺が行くからには絶対にヨナは死なせない。」
強く笑って見せるユンをハクは見つめ、彼は私の頭に手を乗せた。
「任せる。」
ハクはそれ以上何も言わなかった。
時間になって私達3人が出掛けようとした瞬間、私は突然背後から手を掴まれ引っ張られた。
『っ!?』
気が付いた時にはある人物…ジェハの腕の中にいた。
『ジェハ…?』
「約束できなくてもいい…でも命を粗末にしないで、リンちゃん。
僕が助けに行くから…僕の隣に帰って来て…」
彼はそう呟くと身体を離した。
そしてあっという間に顔を近付けると唇を重ねていた。
私は驚いて目を見開くが頭に大きな手が添えられていて逃げる事は出来なかった。
突然の口付けだが嫌な気はしなかった。それどころか嬉しくもあった私はそっと目を閉じて彼を受け入れた。
周りでは仲間達が息を呑み、ギガンが笑っていた。
私達は離れると笑みを交わした。
「いってらっしゃい、リン。」
『いってきます。』
去り際に私は自分から一瞬だけキスを彼の唇に落とすと頬を撫でながら歩み去った。
彼は目を丸くしたがすぐに微笑んだ。
こうして私達はクムジの店へと向かったのだった。
―さぁ、闘いの始まりよ…―
私はひとりの女として戦場へと足を向ける。
どんなに弱い存在になろうともヨナやユンを守らなければならない。それが私のやるべき事だから。
ジェハに見せた女性の柔らかい表情なんて捨てて、戦場へ向かう私の目は鋭く先だけを見据えていたのだった。
私、ヨナ、ユンは揃って例の店に足を踏み入れた。
すると店番が出てきた為私は口を開いた。
『ここで働きたいんですけど…』
「ふむ…」
彼は私達をジロジロと見るが私達は嫌な顔ひとつせずに微笑んでみせる。
「ふむふむ、大歓迎です。奥へどうぞ。」
店番がこちらへ背中を向けると私達は拳を握った。
―よっしゃ!―
―第一関門、楽勝ね…―
同じ頃店番も私達に見えない場所でニッと笑っていた。
―こりゃ上玉だ…!―
私はというとヨナやユンとは違った理由で少し不安を感じていた。
この町にはハクやムンドクと共に来た事がある為、私の顔が割れている可能性があるのだ。
その為に化粧で表情を変え、鋭い目をしない事でか弱い女性を演じている。
いつもは結い上げている髪だって背中に流している為印象だってガラッと違う。
「この部屋です。」
店番はある部屋を指さし、私達に入るよう促した。
私は自然と最初に部屋に入れるよう足を進め、一番後ろをユンが来た。
前後からの攻撃からヨナを守れるよう私とユンは無意識のうちに彼女を挟んで立っているのだ。
私は取っ手に手を掛けて扉を開けた。
―ついに来た…これを開けたら…―
私達が入ったのを確認すると店番は扉を閉めながら笑みを浮かべつつ言った。
「しばらくお待ちください…」
扉が閉まると同時に恐怖がヨナを襲った。彼女の足が震えているのが見て取れる。
『姫様…』
「今更…!」
「ヨナ…」
彼女は自分の足をパンッと叩き気合いを入れ直す。
その瞬間、私達の下の床が何の前触れもなく開いた。
「「『あ…』」」
私は咄嗟にヨナとユンを自分に引き寄せ3人で身を寄せ合うようにして深い闇へと落ちて行ったのだった。
決戦まであと一日…暗くて長い夜の始まりだ。