主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
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ジェハに連れられてヨナがやってきたのは強い風が吹く崖だった。
彼女を振り返って言葉を紡ぐジェハの表情は冷たいもの。
「ヨナちゃん、あれが雲隠れ岬。君の仕事はあの下にある…
どうする?やめるなら今のうちだよ。」
2人の目の前にあるのは海と、崖に少しだけある細い足場だった。
「あそこに小さな足場があるだろう?
そこから下りていくと丁度君が入れるくらいの空洞がある。
そこにある千樹草を摘んでくる。それだけだ。簡単だろ?」
ジェハは自分の言葉に呆れていた。
彼女が怯えて帰る事を少し期待していたからこそそんな意地の悪い言葉が発せられたのだろう。
―簡単…我ながら意地悪だな。
絶壁、容赦なく吹きすさぶ強風、岩を砕く荒波…これに足がすくまない人間はいない…
試しとはいえギガン船長も酷な事を…―
ヨナは自分の頬を両手でパンと叩き気合いを入れると足を踏み出した。
「よし。」
彼女は壁に手を付けて少しずつ足を進めて行く。
―人一人通れるくらいの不安定な足場…
大丈夫、ギガン船長は体の小さな私に見合う仕事を与えてくれたのよ。大丈…―
そのとき強い風が吹いて小柄な彼女の身体が靡く。フードは外れ彼女の髪が揺れた。
足元から小石が海へと落ちていき、それを目で追ったヨナは体を硬直させた。
―あ…足が動かない…落ちたら死…怖い怖い怖い怖い!!―
彼女の身体が小刻みに震え始める。
―ふるえが…涙が…止まらない…―
「ふ…うっ…」
彼女の頭にその場にいたくない、帰りたい、たすけて、死にたくない…といろいろな思いが浮かんでは消えていく。
ジェハは彼女を後ろから見守り声を掛けた。
「落ちついて。大した風じゃない。」
「う…」
―先代が言っていた…緋龍王とは四龍にとって血に刻まれた絶対なる君主であり、その絆は緋龍王の死後も切れることはないと。
四龍が現在まで血を繋いでいるのも必ずや王が復活される事をその血が予感しているからなのだと…
どんな男が来るのかと思っていた…
きっと強大なる力で四龍を支配する偉ぶった野郎なんだろうと。
しかしここにいるのは特別な力など何も持たないまぎれもないか弱い少女…
彼女が僕に触れたあの時、四龍を統べる者だと僕の血が認めた…
だけど思わずにいられない…なぜ!!
目の前のこんなにも弱いふるえている少女がその人だというのか…
本当に彼女が四龍の主なのか…?―
「ヨナちゃん…無理することはない。怖ければ戻ればいい。船長の与えた仕事は無理だ。
よって君は僕らと共にクムジと闘う事は出来ないけれど、誰もそんな事強制していないのだから君が自ら危険に飛びこむ必要はない。君は女の子なんだから。」
ジェハは心の中で彼女に危険から離れ、安全な世界へ戻って欲しいと強く願った。だが、ヨナは首を横に振ったのだ。
「ヨナ!!」
「…戻ら…ない…大丈…夫…こんな簡単な仕事…こなせ…なきゃ…」
―なにが大丈夫だ…なにが簡単だ…―
「ギガン船長はもちろん…ハク達にも…あわせる顔…ないもの!」
―ふるえが止まったわけでも涙が止まったわけでもないのにどうして…どうして進める!?君のような力の無い女の子が!!―
震えるヨナにアオが擦り寄った事で少し心が晴れた彼女は小さく笑った。
怖いはずなのに笑う事ができる彼女をジェハは不思議そうに見る。
「よかった、目的が薬で…」
「どうして?」
「たとえば…今…ハクやリン、ユン…キジャやシンアが大怪我をしてたとして…
たとえば千樹草があれば治るものであったなら、私は何があっても取りにいく。
たとえ矢の降る戦場の真ん中に生えていても取りにいく。
そう思えばどこへだって行けるよ。」
彼女の言葉にはっとしながらもジェハは意地悪くツッコむ。
「足ふるえてるよ。」
「ビクッ…」
私は船の上で両手を組み祈るように額に当てるとヨナとジェハの気配を追い、全ての音に集中していた。
だからこそ彼女の強い言葉に笑みを零すこともできた。
「リンは何をしているんだい。」
「リンは遠くの音も聞こえるからああやってヨナの音と気配を辿ってるんだ。」
「平気そうな顔をしてそこの男もリンも心配で仕方ないんだね。」
集中している私にギガンの声は届かなかった。
ゆっくり進み始めたヨナにジェハは静かに問う。
「…誰かを失うのが怖いかい?」
「怖い。それが一番怖いの。誰かを失って泣く人を見るのも…」
―誰かを失いたくないという想いがふるえる足を前に進ませるのか…
今はクムジに怯える阿波の人々のため…どこかの海賊(バカ)と同じだ…―
ジェハは自分を受け入れてくれた海賊仲間と、目の前のか弱い少女を重ねてふっと笑った。
―いや、力があるだけ海賊(バカ)のがマシだね…
ああ、危なっかしい歩き…見てらんない…―
ヨナがふらつくたびにジェハははっとして、彼女が耐えるとふぅ…と息を吐く。
「ジェハ、ついて来てくれるの?」
「へっ!?あ…まァ…途中までね。見張りだよ。」
無意識のうちに彼女を追いかけていたジェハは言葉に詰まってしまった。
「ありがとう。」
彼女の壊れそうな微笑みにジェハは少しだけ見惚れてしまう。
「言っとくけど手は貸さないよ。」
「うん。でもあなたの声が近くにあると安心するの。そこにいてくれるだけで。どうしてかな。」
―どうして?こっちが聞きたいよ。
この僕がもっと君の声を、姿を感じていたいと思うなんて…初めて逢った時よりも…
これも四龍の血が僕の体に流れているせいだろう…きっとそうに違いない…
それ以外何がある?ああ、なんて四龍の血とは厄介なんだ…―
途中まで行くとジェハは足を止めた。
「さて、僕はここまでだよ。この先は狭くて僕は行けない。君だけで行くんだ。」
ジェハに見送られてヨナは一人で進んで行った。
―道がどんどん狭くなってる…―
それでも彼女は足を止めなかった。
―ずっと強くなりたかった…初めは自分を守るため、次は私のために全てを捨ててきたハクとリンを守るため。
私を生かしてくれた仲間達に報いるため。
足よ、動け。少しずつでも一歩ずつでも!!
この恐怖に打ち勝てばきっと欲しかった強さに近づける気がするから…―
少し行くと開けた場所に辿り着いた。そこには小さな空洞があり、入口を塞ぐように木の蔓が蔓延って(はびこって)いた。
「立派な蔓…えいっ!」
蔓を引き千切り中を覗き込むと白い花が咲いていた。
「これが千樹草…」
彼女は渡された袋に詰めると微笑んだ。
―よかった…私にも辿り着けた…―
「ヨナちゃん、見つけた?」
「えぇ。」
『ふぅ…』
「リン…?」
『流石ヨナだわ…』
彼女が辿り着いたのを確認してほっとした瞬間、私は違和感を感じて顔を上げた。すると近くにいたギガンも海を見た。
「どうしました、船長?」
『ヤバい…』
「リンも気付いたかい。シケてきたね。」
「え?そうっすか?」
「この分じゃ急がないとあの娘ヤバイねぇ。」
その瞬間、私とハクはヨナのもとへと走り出した。
彼は雲隠れ岬の場所がわからないだろうが、私は気配をずっと追っていたため迷いがない。
「雷獣!」
「リン!!」
ユンとキジャが呼ぶ声がしたが私達は足を止めようとは全くしなかった。
―なんだろう、嫌な感じがする…でも前よりずっとここにいたくない…―
ヨナも何かを感じていた。
「ヨナちゃん、大丈夫?」
「え…えぇ。」
そして彼女が帰ろうとした時、大きく風が吹いた。
「ジェハ、逃げて!!」
その声と同時に彼女を大波が襲った。
それほど遠くない場所にいたジェハも波に呑まれそうになり壁を掴まずを得なかった。
「ぐ…げほっ…ヨナちゃん…ヨナ!?」
『姫様…?』
私はジェハの切羽詰まった声を聞いて目を見開いていた。
ジェハは焦ったようにヨナを呼び続ける。
「ヨナ…ヨナ!!」
だが、返事はない。
―潮が満ちてきている…ここから落ちたら助からない!!―
彼は覚悟を決めると小さく息を吐いて地面を蹴って木の枝を上手く使って開けた場所まで移動した。
―いない…なんてことだ、こんな近くにいて助けられないなんて…
あんなにか弱い少女を…!!―
私はそのとき冷静に目を閉じてジェハが彼女を追いかけて行った事と、彼の近くにヨナがかろうじている事を察していた。
安心して岬の手前まで来ると私は膝をついて溜息を吐いた。
―無事だ…ジェハが近くにいれば見捨てたりなんてしない…―
ジャハはまだヨナの居場所に気付いておらず服を脱ぎ海に飛びこもうとする。
服の前を肌蹴させたその時、微かに自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「…ハ、ジェハ…」
「ヨナちゃん!」
彼が崖の下を覗き込むと蔦を掴んでどうにか落ちずに耐えているヨナがいた。
「く…」
「大丈夫か!?今助ける。」
「だめっ…ここで手を借りたら…ギガン船長との約束が…」
「君って子は…」
そのとき彼は次の波が来る事を感じ取りヨナを一瞬にして引き上げ開けた場所で体を小さくして彼女を庇った。波を被ったものの2人共無事だ。
「ジェハ…」
「全くすごい子だよ、君は。この僕をここまでハラハラさせるんだからね。」
「結局…助けられちゃった…」
「見損なわないでほしいな。僕は本来女性は真綿でくるむように大事にする主義なんだ。」
「同じ事、リンに言ってあげればいいのに。」
「リンちゃん?」
「リンだって女性よ?真綿で包んでいなくていいの?
戦場に出す事を許してしまってるじゃない。」
「…僕は彼女に負けた男だよ。彼女は強い、でも心はまだ少女なんだ。
美しく闘う姿に惹かれたし、隣にいて守りたいとも思った…リンは特別だよ。」
「…ふっ」
ヨナはクスクス笑った。
「何笑ってんだい。」
「リンのことをそんなに大切にしてるのね。」
「っ…」
「その格好…この海に飛び込んでまで助けようとしてくれたのね。ありがとう。」
「…ギガン船長には内緒だ。」
「えっ、でも…」
「それ。」
ジェハが指差したのは袋に入った千樹草。
「その千樹草は君が自分の力で手に入れ守った。
だから船長との約束は果たされたんだ。
僕が今やった事はおまけ。船長に言う必要はない。」
「まだ…全然果たせてないわ。これを持って皆の元へ帰らないと。」
私とハクが強風に吹かれながら岬を見つめていると仲間達が追いかけてきた。
「ねぇ…こんな所に生えてるの、千樹草…」
「言ったろ、絶壁だって。」
「絶壁すぎでしょ!!無茶だよ。海は荒れてるしヨナなんか風に飛ばされちゃうよ!」
「私が降りてお助けする。」
『待ちなさい、キジャ。ヨナはギガン船長の信頼を得る為にこの仕事を引き受けたの。
あなた達はそんな彼女の覚悟を踏みにじるつもり?』
「しかし何かあったら…」
「ヨナは女の子なんだよ!?」
その言葉に私とギガンは揃ってキジャとユンを振り返った。
「女だって闘わなきゃならない時があるんだ。ナメんじゃないよ。」
私達の鋭い眼光にユンは身体を震わせた。
「ハク、そなたは良いのか?ハク!」
「ヨナ…」
『心配しなくてもいい。ジェハが一緒にいてみすみすヨナを死なせるはずがない。』
「え?」
そのときシンアがユンの肩をとんとんと叩いた。
「ん?」
シンアが指差す方向からはヨナとジェハが細い足場をゆっくりこちらへ戻って来ていた。
「んーっ?あっ、ヨナ!!」
「皆、来てたの。」
「ヨナっ!!」
ユンは心配の余り彼女に駆け寄っていく。
「千樹草は?」
「ここに。」
ヨナから受け取った千樹草が詰まった袋をギガンは受け取り確認する。
私は隣に立つジェハから感じる潮の香りに笑みを零した。
『ジェハ、あなた波を被ったわね。』
「君には全てお見通しかい?」
『2人が無事なのはわかっていたけど。潮の匂いがするわ。』
「あー、成程。」
ギガンはヨナを見て静かに言った。
「確かに。じゃあ約束通りお前を…」
「いいえ。私ジェハに助けてもらいました。」
「!ヨナちゃん!!」
「突然の大波に海に投げ出されそうになってジェハに助けてもらったの。私一人の力じゃ成し得なかった。」
「…では諦めるんだね?」
「いいえ、もう一度一人で取って来る!!」
その言葉に私とギガンは同時に笑ってしまった。
「『あはははははは!!』」
「リンちゃん?」
『ヨナらしい…だから放っておけないのよ。』
「海に投げ出された女を見殺しなんてまねしたら、私がジェハを海に叩き落としていたよ。」
「んー、恐いねー。だから好きだよ、船長♡」
『ふふっ』
ギガンは笑いながらヨナの顎に手を当てて目元を見る。
「目が真っ赤だね。だいぶ泣いただろう?」
「潮水が目に入っただけよ。」
「手は傷だらけ。足はガクガク。根性あるじゃないか。
お前みたいなヤツは窮地に立たされても決して仲間を裏切らない。
そういうバカは嫌いじゃないよ。船に乗りな。」
「え…」
ジェハはそっと彼女に歩み寄って頭にぽんと手を乗せた。私も彼とは反対側から顔を覗かせた。
「君は合格だよ、ヨナちゃん。」
『お疲れ様でした、ヨナ。』
ユンが喜ぼうとした瞬間、海賊達から歓声があがった。
「や…」
「「「「「やったー!!」」」」」
「ヨナちゃん、良かったねっ」
「がんばった!エライ!!」
「かわいい女の子だ~」
「女の子が次々に入ってくれる~♪」
「こらっ、汚い手でその御方に触れるでないっ」
海賊に囲まれるヨナを見て私とジェハはふっと微笑むと歩き出した。
ハクはヨナの無事を確認して額に手を当てながら息を吐いた。
「あの子がからむと君はそういう顔をするんだね。」
「あんたこそ…10年くらい老けこんだ顔になってんぞ。」
「え、それはいけない。ホントに?や、まいったよ今回ばかりは。」
現在25歳の彼はそうじゃなくても私達の中では最年長。
美しい事を誇りに思っている彼にとって老けるのは困るようだった。
「彼女があまりに必死で引き下がらないから寿命が縮む思いだったよ。」
「ずいぶん入れ込んでんな。仲間になる気になったか?」
「まさか。僕は女の子にはいつだって入れ込むよ。
でもあんな子は初めてだ。純粋でガンコで、そのくせ足元はフラフラで。
僕にとっては非情に厄介でめんどくさい。護衛する奴の気が知れないね。」
「『まぁね。』」
「よっぽど大切なんだねぇ。」
『幼馴染だからね。』
「恋人なのかい、ハク?」
「まさか。大事な預かりモンだ。」
「預かりモノね…なるほど。」
「なんだよ。」
「なんとなくパッと見だけど、君と彼女は近いようでいて距離があるなと思ってさ。」
「あ?」
「それって君が彼女を本気で欲しいと思ってないからかな。」
ジェハの言葉に私は寂しく微笑み、ハクは図星だったようで彼を睨みつけた。
「でっかいお世話だ。何でてめェがそんな事…」
「何でかなー仲間になる気はさらさらないけど、彼女に興味を持ったからかも。」
ハクは息を呑み目を見開く。
「う・そ。四龍の主なんてごめんだね。僕にはリンちゃんがいるし。」
『ジェハ?』
「ヨナちゃんは魅力的だけど、恋愛感情とはだいぶ異なるよ。
近くで守らないといけない気持ちにはさせられたけどね。
今のハクの顔面白かったよ。ちょっと疲れがとれた。」
「てめーはよぉー」
ジェハの背中を見つめて私とハクは並んで立っていた。
「お前はいいのかよ。」
『ん?』
「ジェハが姫さんを見ていても構わないのかって訊いてんだ。」
『そのことは気にしてないわ。
私にとってもヨナが一番で、ジェハは傍にいたいだけ。
ヨナには人の心を動かす力がある…ジェハが彼女に惹かれるのは四龍である事を除いても当然のこと。
だからこそ誰かさんはずっとヒヤヒヤしてるでしょ?』
「…俺の事かよ。」
『さぁ?彼女が魅力的で人々を惹きつけてしまうから、いつ他人のものになってしまうか気が気じゃないとか?』
「…うるせェ。」
「リンちゃん!」
『はーい。』
私はハクに微笑み掛けてからジェハを追い掛けるべく走り出した。
『早く着替えなさいよ、ジェハ。風邪ひいちゃうわ。』
「おや、心配してくれるのかい?」
『当たり前の事を言っただけ。』
「それなら君が僕を温めてよ。」
『私まで濡れるのは勘弁ね。』
「つれないな~」
『…髪くらいなら乾かしてあげる。』
「素直じゃないね。そんなとこも気に入ってるんだけど♡」
『…変態。』
彼が潮水を洗い流して着替えて部屋に戻ってくると寝台に座って二胡を弾きながら待っている私がいた。
彼は柔らかく微笑むと私の前にすっと腰を下ろした。
するとまとめていない長い髪が私の前に広がる。
「乾かしてくれるんだろう?」
『はいはい。』
私は彼の髪の水気を取りながら手で梳いて整えていった。
彼は嬉しそうに目を閉じて私の足の間にもたれかかった。
『ちょっ…』
床に座る彼の背中が寝台に座る私の脚にもたれかかり、頭は腿に乗る位置にあった。
彼を抱き締めるような形になり私は慌てるが彼は気持ち良さそうに目を閉じたまま。
『もう…』
私は苦笑すると彼の髪を撫で、近くに置いてあった橙色の紐を取るとひとつにまとめてやるのだった。
―この人は強がっているようだけど、本当は甘えたがりの子供のような人…―
「リンちゃん?」
私は無意識に彼を抱き締めていた。
身を屈めて彼の頭を胸に抱く私にジェハは驚いたようだったが、甘い香りに包まれて微笑んだ。
「どうしたのかな?」
『何でもない…大人を演じる子供みたいな貴方が愛しくなっただけ。』
「心外だなぁ。」
『いつでも甘えていいんだからね?』
「それは光栄だね。」
彼は色っぽく微笑むと彼を抱き締める私の手に自分の大きな手を重ねたのだった。
その頃、ハクは海賊の間を歩いてヨナの姿を探していた。
―ずっと兄妹みたいに側にいて…あいつと姫さんが治める国をリンと一緒に守ろうと…それだけを誓って日々を生きてきた。
今なんとか生きようとしている姫さんに…
イル陛下からの大事な預かりモノである姫さんにこれ以上望む事など…―
ヨナを見つけて歩み寄ると彼女は泣いていた。
「……何泣いてるんスか。」
「なっ、なんでもないわ。」
彼女が手を隠したのを見てハクはわざとその手を両手で握ってやった。
「いたい、いたい、いたい―――っ!!」
「何だ、こりゃ。」
彼女の手は小さな傷がたくさんあり、血だらけだった。
「千樹草取りに行った時に木のトゲがいっぱい刺さって針で取るものだって聞いたから。」
「ぐりぐりと針でえぐってたわけですかい。」
「すんごく痛いのに取れないの~」
「針は火で炙りましたか?」
「え?」
「…」
するとハクは真顔でとんでもない事を言った。
「大変だ!傷口が化膿して明日には手が腐って落ちますよ!?」
「ええええ!!?」
その瞬間、ハクは吹き出して笑い、ヨナは怒って針をハクに向けた。
「刺すわよ…」
「やー、それだけ元気なら腐って落ちてもまた生えてきますね。」
「生えるかっ」
「とりあえず傷口を洗って…」
「う…ユンは?」
「海賊皆の夕食作りでお忙し…」
ハクはユンの鞄を漁って何かを探していた。
「ユンの荷物勝手に漁ったら怒られちゃうよ。」
「緊急事態だ。仕方ない。…あった。」
「はちみつ…?」
それをヨナの手に掛けながらハクは説明する。
「え!?何するの?」
「これを患部に塗ってしばらく置けば自然にトゲは出てきます。」
「本当に?」
「昔はじじいによく針でえぐられて、こんな楽な方法があると知った時は殺意芽生えたね。」
「ムンドクらしいわ。」
「しかしあんな絶壁渡れた人がこんな傷で泣くとはねー」
「いちいちうるさいの!」
ハクはきゅっと彼女の小さく弱い手を握って呟いた。
「…本当になんて手してんですか、お姫様が。」
「私少しは強くなれた?少しはハクに近づけたかな?」
ハクの脳裏にジャハの言葉が蘇る。
「君と彼女は近いようでいて距離がある。本気で欲しいと思ってないからかな。」と。
「うるせェな、タレ目…」
―たぶんそうなんだろうよ…感情(そいつ)は今まで何度も殺してきたんだから…―
考え事をしているとはちみつがヨナの手から垂れてしまった。
「ハク?…わっ、ハク!はちみつ垂れてる。」
「ん?あぁ…」
無意識にハクはヨナの手を持ち上げると垂れていくはちみつを舐めとった。
「え…あの…ハ、ハク…ハク!」
彼女に呼ばれてハクははっと我に返る。ヨナは手を引くと顔を真っ赤にして去って行った。
「も…いい…」
走り去る彼女を見送ってハクは自分のしでかした事に頭を抱えた。
「なにやってんだ、俺は…」
―姫さんが自由に生きる…それで満足しとけ、バカ野郎…―
「今更欲なんて顔出してくれるなよ…」
ハクの囁きが微かに聞こえた気がして私はジェハを抱き締めたままふと顔を上げて窓の外を見た。
―ハク…あなたの幸せはどんな形なの…?―
私とジェハの間にある愛しさ、それはきっとハクがヨナに抱いている想いと似たもの。
そして私とハクの間にあるのは強い信頼と兄妹のような安心感。
何より共通しているのはヨナを守る誓い…
それだけは何にも変わることはできないのだから。
暫くしてユン特製の夕食が完成した。
「お…おおおおいしい~!!」
「当然。海の幸たっぷりの特製海賊汁。
具材も贅沢に使ったから美味しくないはずないもんね。」
『流石ユン!!』
「まぁね。」
「ね、キジャも美味しいでしょ。」
ヨナに呼びかけられたキジャはお椀に入った具材にガタガタ震えていた。
「こっここここれは何の虫だ!?」
『え…もしかして海の幸初めて!?』
「それはカニだ!シンア見習って何でも食え!!」
『…虫じゃないから安心なさい。』
「本当にうめェぞ、ぼうず!嫁に来い!」
「やだよ、定職に就いてないゴロツキなんて。
ねぇ、ところで誰か俺のはちみつ知らない?」
「いやー、あったまるなァ海賊汁。」
ハクはユンの言葉を無視して料理に舌鼓を打つのだった。
私はジェハと共にユンの料理を食べて笑っていた。
「美味しい…」
『でしょ?うちの天才美少年を甘く見ちゃダメよ?』
食べ終わると私はジェハに連れられて船の見張り台に跳び乗った。
心地よい風を全身に感じながら私達がのんびり過ごしているとギガンが煙管の煙を吐きだしながら甲板に現れた。
『本当にかっこいい人…』
「リンちゃん?」
『ギガン船長って私の憧れだわ。
優しくて真っ直ぐで厳しくて…凄く強く生きるかっこいい人。
いつかあの人みたいになれたらな。』
そんな彼女にヨナが料理を持って歩み寄ってきた。
「ギガン船長、お食事です。」
「あぁ、ありがとうよ。」
パクッと一口食べるとギガンはボソッと呟く。
「美味いじゃないか。」
「ユンが作ったの。ユンは何でも上手なのよ。」
「そうかい。お前の取って来た千樹草で仲間の容態が回復に向かっているそうだ。皆お前に感謝してるってよ。」
「よかった。」
「あぁ。もう犠牲を出したくないからね。」
「亡くなった人がいるの…?」
「そりゃあね。海賊なんてやってんだ。無傷ってわけにはいかないよ。」
2人は甲板から夜空を見上げながら言葉を交わした。
すっかりギガンはヨナを船の仲間として認めているようだった。
「この闘いが終わったら海賊を解散してあいつらを普通の生活に戻してやりたいんだ。」
「そう…なの。」
「一人だけ難しいヤツがいるがね。」
「難しい?」
「ジェハだよ。あいつはこの船が家だからね。
異形の存在ゆえ海賊(ここ)が一番心地良いのさ。」
「じゃあ海賊を解散したらジェハは独りになるの?」
するとギガンは笑いながらヨナを見た。
「お前が連れてってくれるかい?」
「…そうしたいけど私と行くのは嫌だって。」
「あいつはまだ親離れ出来ないのかね。」
「心外だなぁ、船長。」
ジェハは見張り台から私を抱いて降りるとヨナやギガンの後ろにある少し高くなっている柵に降り立った。2人はこちらを振り返る。
「僕は本来一人が好きなんだよ。
海賊がなくなったって気ままにやっていくさ。
それこそ異形の龍達とつるんで何になるんだい。
ヨナちゃんと2人旅なら考えるけど。あ、でも…」
彼は私を抱く腕に力を入れて自分に抱き寄せると柵を蹴ってヨナの目の前にふわりと降りた。
「子守りはしんどいからもう少し大人の女性になったらね。」
「ジェハは意地悪ね。ハクみたい。」
「それはオモシロイ。」
「珍しいね。女と見れば砂吐くよーな台詞しか言わないのに。気になってんのかい、あの娘。」
「ご冗談を…まぁ、リンちゃんとの旅なら喜んで引き受けるんだけどね。」
『ジェハ…』
「でも君はヨナちゃん達と一緒に行くんだろう?」
『うん…』
「そんな顔をしないで。」
彼は俯く私の頬をそっと撫でる。その様子にヨナは寂しげだった。
きっと私達の仲の良さを見て、私の幸せを思ってくれているのだろう。
そんなギガンは船縁にいるシンアを見つけた。
彼が口を開くと同時に私は彼が見つめる先に動く気配を感じた。
私がピクッとして目を閉じるとジェハが不思議そうに首を傾げた。
「リンちゃん?」
「シンア、どうしたの?」
「船が…船が港に集まってきている。」
「何隻だい?」
『…7隻ね。』
「うん。」
「7隻!!?」
「音を聞いて気配を追っていたんだね、リンちゃん…」
「武器を持った人が乗ってる。」
『どいつもこいつも落ち着きなく動き回ってるわ。
そのうえ野蛮な声しか聞こえてきやしない。』
「クムジめ。私らを威嚇してるつもりかい。小僧共集まりな。」
私とジェハは駆け出して夕食を食べる海賊達とハク、キジャ、ユンをギガンのもとへ呼んだ。全員で部屋の中心にある地図を囲んだ。
「クムジは近々大規模な人身売買の取り引きを行うだろう、戒帝国を相手に。」
「戒帝国!?」
「戒帝国といっても阿波近くの一部の連中…クムジのお得意様といったところさ。
クムジは徐々に戦力を増やしつつある。それはおそらくクムジにとって一番大事な取り引きが近くに控えているから。
そして長年対峙してきた海賊…私らを確実につぶす為だろうね。」
『っ…』
私の苛立ちを感じ取ったジェハが大きな手を頭に乗せた。
それだけで私は心を落ち着けていけるのだから不思議なものだ。
ハクは私達の近くの壁にシンアと共にもたれて座りこちらを見上げている。
―俺達に見せない表情…それに信頼感もずっと昔から共にいるかのようだ…―
ハクは少しだけ寂しげに、それでいて嬉しそうに笑った。
「阿波の港でドンパチやれば周辺住人にも被害が及ぶ。
よってクムジの船を襲うのは取り引きが行われるであろう戒帝国と阿波の真ん中のこの海域。」
ギガンは煙管でトンと地図の中央を指す。
『問題はいつ何時決行するか…』
「それから集められた女の子達がどの船に乗っているかだね。」
「そう。クムジは売買に使う人間をそのまま人質としても利用するだろう。
むやみやたらと船を襲えば売買される人間を巻きぞえにする事になる。
かといって手をこまねいていては女達が戒帝国へ渡ってしまう。
何とか女達の安全を確保する方法はないものか。」
「でも大事な取り引きって事はクムジも現場に来る可能性が高いって事だろ?」
「頭さえ探し出してふんじばれば早いんじゃねェか?」
「何てったって今度の俺らには心強い味方がいる!」
海賊達は私、ハク、キジャ、シンアを見て嬉しそうに言う。
「…何にしろもう少し情報が必要だね。
私らにとってもこれは絶好の機会。
十数年この阿波の人間を虐げ腐った町にしたヤン・クムジと役人どもを何としてもぶちのめし、この町に自由を取り戻す。」
ギガンは短剣を握ると地図に深々と突き刺した。
「今度は私も剣を取ろう。最後まで私について来な、小僧共!」
「「「「おぅ!!」」」」
私もジェハの隣で真っ直ぐギガンを見た。
彼女と目が合うと私は強く頷いた。彼女はニッと笑うと私の頭をくしゃっと撫でる。
するとムンドクに貰った羽の髪飾りが大きく揺れた。
これからどうすればいいのかそれぞれ出来る事を早速話し合い始めた。
「僕はリンちゃんと一緒に情報収集に行くよ。」
「どうしてリンを連れて行くんだい。」
『確かに私も一緒の方が町の人も警戒しないかもしれないわね。』
「小僧共はさっさと怪我を治すんだよ。」
『元気な人はハク達から武術でも習ったらどうかしら?』
「それいいな!」
「お嬢、良い事言うじゃねェか!」
『まぁ、教えてくれるかどうかは皆の頼み方次第かもしれないけど。』
「そりゃないぜ…」
「口添えしてくれよ、リンちゃん…」
『どうしよっかな~?』
そう言って海賊をからかう私をジャハとギガンは笑いながら見ていた。ヨナは笑うギガンの横顔を見て思う。
―本当はギガン船長は誰も闘わせたくないはずなのに…
皆そんな船長を理解し、勇気をふりしぼって生きてる…
この人達のために何かしたい…元気になった本当の阿波の町を私も見たい!―
ヨナは強い想いを胸に闘う決意を新たにした。
ついにクムジとの闘いに向けて私達は動き出したのだ。
彼女を振り返って言葉を紡ぐジェハの表情は冷たいもの。
「ヨナちゃん、あれが雲隠れ岬。君の仕事はあの下にある…
どうする?やめるなら今のうちだよ。」
2人の目の前にあるのは海と、崖に少しだけある細い足場だった。
「あそこに小さな足場があるだろう?
そこから下りていくと丁度君が入れるくらいの空洞がある。
そこにある千樹草を摘んでくる。それだけだ。簡単だろ?」
ジェハは自分の言葉に呆れていた。
彼女が怯えて帰る事を少し期待していたからこそそんな意地の悪い言葉が発せられたのだろう。
―簡単…我ながら意地悪だな。
絶壁、容赦なく吹きすさぶ強風、岩を砕く荒波…これに足がすくまない人間はいない…
試しとはいえギガン船長も酷な事を…―
ヨナは自分の頬を両手でパンと叩き気合いを入れると足を踏み出した。
「よし。」
彼女は壁に手を付けて少しずつ足を進めて行く。
―人一人通れるくらいの不安定な足場…
大丈夫、ギガン船長は体の小さな私に見合う仕事を与えてくれたのよ。大丈…―
そのとき強い風が吹いて小柄な彼女の身体が靡く。フードは外れ彼女の髪が揺れた。
足元から小石が海へと落ちていき、それを目で追ったヨナは体を硬直させた。
―あ…足が動かない…落ちたら死…怖い怖い怖い怖い!!―
彼女の身体が小刻みに震え始める。
―ふるえが…涙が…止まらない…―
「ふ…うっ…」
彼女の頭にその場にいたくない、帰りたい、たすけて、死にたくない…といろいろな思いが浮かんでは消えていく。
ジェハは彼女を後ろから見守り声を掛けた。
「落ちついて。大した風じゃない。」
「う…」
―先代が言っていた…緋龍王とは四龍にとって血に刻まれた絶対なる君主であり、その絆は緋龍王の死後も切れることはないと。
四龍が現在まで血を繋いでいるのも必ずや王が復活される事をその血が予感しているからなのだと…
どんな男が来るのかと思っていた…
きっと強大なる力で四龍を支配する偉ぶった野郎なんだろうと。
しかしここにいるのは特別な力など何も持たないまぎれもないか弱い少女…
彼女が僕に触れたあの時、四龍を統べる者だと僕の血が認めた…
だけど思わずにいられない…なぜ!!
目の前のこんなにも弱いふるえている少女がその人だというのか…
本当に彼女が四龍の主なのか…?―
「ヨナちゃん…無理することはない。怖ければ戻ればいい。船長の与えた仕事は無理だ。
よって君は僕らと共にクムジと闘う事は出来ないけれど、誰もそんな事強制していないのだから君が自ら危険に飛びこむ必要はない。君は女の子なんだから。」
ジェハは心の中で彼女に危険から離れ、安全な世界へ戻って欲しいと強く願った。だが、ヨナは首を横に振ったのだ。
「ヨナ!!」
「…戻ら…ない…大丈…夫…こんな簡単な仕事…こなせ…なきゃ…」
―なにが大丈夫だ…なにが簡単だ…―
「ギガン船長はもちろん…ハク達にも…あわせる顔…ないもの!」
―ふるえが止まったわけでも涙が止まったわけでもないのにどうして…どうして進める!?君のような力の無い女の子が!!―
震えるヨナにアオが擦り寄った事で少し心が晴れた彼女は小さく笑った。
怖いはずなのに笑う事ができる彼女をジェハは不思議そうに見る。
「よかった、目的が薬で…」
「どうして?」
「たとえば…今…ハクやリン、ユン…キジャやシンアが大怪我をしてたとして…
たとえば千樹草があれば治るものであったなら、私は何があっても取りにいく。
たとえ矢の降る戦場の真ん中に生えていても取りにいく。
そう思えばどこへだって行けるよ。」
彼女の言葉にはっとしながらもジェハは意地悪くツッコむ。
「足ふるえてるよ。」
「ビクッ…」
私は船の上で両手を組み祈るように額に当てるとヨナとジェハの気配を追い、全ての音に集中していた。
だからこそ彼女の強い言葉に笑みを零すこともできた。
「リンは何をしているんだい。」
「リンは遠くの音も聞こえるからああやってヨナの音と気配を辿ってるんだ。」
「平気そうな顔をしてそこの男もリンも心配で仕方ないんだね。」
集中している私にギガンの声は届かなかった。
ゆっくり進み始めたヨナにジェハは静かに問う。
「…誰かを失うのが怖いかい?」
「怖い。それが一番怖いの。誰かを失って泣く人を見るのも…」
―誰かを失いたくないという想いがふるえる足を前に進ませるのか…
今はクムジに怯える阿波の人々のため…どこかの海賊(バカ)と同じだ…―
ジェハは自分を受け入れてくれた海賊仲間と、目の前のか弱い少女を重ねてふっと笑った。
―いや、力があるだけ海賊(バカ)のがマシだね…
ああ、危なっかしい歩き…見てらんない…―
ヨナがふらつくたびにジェハははっとして、彼女が耐えるとふぅ…と息を吐く。
「ジェハ、ついて来てくれるの?」
「へっ!?あ…まァ…途中までね。見張りだよ。」
無意識のうちに彼女を追いかけていたジェハは言葉に詰まってしまった。
「ありがとう。」
彼女の壊れそうな微笑みにジェハは少しだけ見惚れてしまう。
「言っとくけど手は貸さないよ。」
「うん。でもあなたの声が近くにあると安心するの。そこにいてくれるだけで。どうしてかな。」
―どうして?こっちが聞きたいよ。
この僕がもっと君の声を、姿を感じていたいと思うなんて…初めて逢った時よりも…
これも四龍の血が僕の体に流れているせいだろう…きっとそうに違いない…
それ以外何がある?ああ、なんて四龍の血とは厄介なんだ…―
途中まで行くとジェハは足を止めた。
「さて、僕はここまでだよ。この先は狭くて僕は行けない。君だけで行くんだ。」
ジェハに見送られてヨナは一人で進んで行った。
―道がどんどん狭くなってる…―
それでも彼女は足を止めなかった。
―ずっと強くなりたかった…初めは自分を守るため、次は私のために全てを捨ててきたハクとリンを守るため。
私を生かしてくれた仲間達に報いるため。
足よ、動け。少しずつでも一歩ずつでも!!
この恐怖に打ち勝てばきっと欲しかった強さに近づける気がするから…―
少し行くと開けた場所に辿り着いた。そこには小さな空洞があり、入口を塞ぐように木の蔓が蔓延って(はびこって)いた。
「立派な蔓…えいっ!」
蔓を引き千切り中を覗き込むと白い花が咲いていた。
「これが千樹草…」
彼女は渡された袋に詰めると微笑んだ。
―よかった…私にも辿り着けた…―
「ヨナちゃん、見つけた?」
「えぇ。」
『ふぅ…』
「リン…?」
『流石ヨナだわ…』
彼女が辿り着いたのを確認してほっとした瞬間、私は違和感を感じて顔を上げた。すると近くにいたギガンも海を見た。
「どうしました、船長?」
『ヤバい…』
「リンも気付いたかい。シケてきたね。」
「え?そうっすか?」
「この分じゃ急がないとあの娘ヤバイねぇ。」
その瞬間、私とハクはヨナのもとへと走り出した。
彼は雲隠れ岬の場所がわからないだろうが、私は気配をずっと追っていたため迷いがない。
「雷獣!」
「リン!!」
ユンとキジャが呼ぶ声がしたが私達は足を止めようとは全くしなかった。
―なんだろう、嫌な感じがする…でも前よりずっとここにいたくない…―
ヨナも何かを感じていた。
「ヨナちゃん、大丈夫?」
「え…えぇ。」
そして彼女が帰ろうとした時、大きく風が吹いた。
「ジェハ、逃げて!!」
その声と同時に彼女を大波が襲った。
それほど遠くない場所にいたジェハも波に呑まれそうになり壁を掴まずを得なかった。
「ぐ…げほっ…ヨナちゃん…ヨナ!?」
『姫様…?』
私はジェハの切羽詰まった声を聞いて目を見開いていた。
ジェハは焦ったようにヨナを呼び続ける。
「ヨナ…ヨナ!!」
だが、返事はない。
―潮が満ちてきている…ここから落ちたら助からない!!―
彼は覚悟を決めると小さく息を吐いて地面を蹴って木の枝を上手く使って開けた場所まで移動した。
―いない…なんてことだ、こんな近くにいて助けられないなんて…
あんなにか弱い少女を…!!―
私はそのとき冷静に目を閉じてジェハが彼女を追いかけて行った事と、彼の近くにヨナがかろうじている事を察していた。
安心して岬の手前まで来ると私は膝をついて溜息を吐いた。
―無事だ…ジェハが近くにいれば見捨てたりなんてしない…―
ジャハはまだヨナの居場所に気付いておらず服を脱ぎ海に飛びこもうとする。
服の前を肌蹴させたその時、微かに自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「…ハ、ジェハ…」
「ヨナちゃん!」
彼が崖の下を覗き込むと蔦を掴んでどうにか落ちずに耐えているヨナがいた。
「く…」
「大丈夫か!?今助ける。」
「だめっ…ここで手を借りたら…ギガン船長との約束が…」
「君って子は…」
そのとき彼は次の波が来る事を感じ取りヨナを一瞬にして引き上げ開けた場所で体を小さくして彼女を庇った。波を被ったものの2人共無事だ。
「ジェハ…」
「全くすごい子だよ、君は。この僕をここまでハラハラさせるんだからね。」
「結局…助けられちゃった…」
「見損なわないでほしいな。僕は本来女性は真綿でくるむように大事にする主義なんだ。」
「同じ事、リンに言ってあげればいいのに。」
「リンちゃん?」
「リンだって女性よ?真綿で包んでいなくていいの?
戦場に出す事を許してしまってるじゃない。」
「…僕は彼女に負けた男だよ。彼女は強い、でも心はまだ少女なんだ。
美しく闘う姿に惹かれたし、隣にいて守りたいとも思った…リンは特別だよ。」
「…ふっ」
ヨナはクスクス笑った。
「何笑ってんだい。」
「リンのことをそんなに大切にしてるのね。」
「っ…」
「その格好…この海に飛び込んでまで助けようとしてくれたのね。ありがとう。」
「…ギガン船長には内緒だ。」
「えっ、でも…」
「それ。」
ジェハが指差したのは袋に入った千樹草。
「その千樹草は君が自分の力で手に入れ守った。
だから船長との約束は果たされたんだ。
僕が今やった事はおまけ。船長に言う必要はない。」
「まだ…全然果たせてないわ。これを持って皆の元へ帰らないと。」
私とハクが強風に吹かれながら岬を見つめていると仲間達が追いかけてきた。
「ねぇ…こんな所に生えてるの、千樹草…」
「言ったろ、絶壁だって。」
「絶壁すぎでしょ!!無茶だよ。海は荒れてるしヨナなんか風に飛ばされちゃうよ!」
「私が降りてお助けする。」
『待ちなさい、キジャ。ヨナはギガン船長の信頼を得る為にこの仕事を引き受けたの。
あなた達はそんな彼女の覚悟を踏みにじるつもり?』
「しかし何かあったら…」
「ヨナは女の子なんだよ!?」
その言葉に私とギガンは揃ってキジャとユンを振り返った。
「女だって闘わなきゃならない時があるんだ。ナメんじゃないよ。」
私達の鋭い眼光にユンは身体を震わせた。
「ハク、そなたは良いのか?ハク!」
「ヨナ…」
『心配しなくてもいい。ジェハが一緒にいてみすみすヨナを死なせるはずがない。』
「え?」
そのときシンアがユンの肩をとんとんと叩いた。
「ん?」
シンアが指差す方向からはヨナとジェハが細い足場をゆっくりこちらへ戻って来ていた。
「んーっ?あっ、ヨナ!!」
「皆、来てたの。」
「ヨナっ!!」
ユンは心配の余り彼女に駆け寄っていく。
「千樹草は?」
「ここに。」
ヨナから受け取った千樹草が詰まった袋をギガンは受け取り確認する。
私は隣に立つジェハから感じる潮の香りに笑みを零した。
『ジェハ、あなた波を被ったわね。』
「君には全てお見通しかい?」
『2人が無事なのはわかっていたけど。潮の匂いがするわ。』
「あー、成程。」
ギガンはヨナを見て静かに言った。
「確かに。じゃあ約束通りお前を…」
「いいえ。私ジェハに助けてもらいました。」
「!ヨナちゃん!!」
「突然の大波に海に投げ出されそうになってジェハに助けてもらったの。私一人の力じゃ成し得なかった。」
「…では諦めるんだね?」
「いいえ、もう一度一人で取って来る!!」
その言葉に私とギガンは同時に笑ってしまった。
「『あはははははは!!』」
「リンちゃん?」
『ヨナらしい…だから放っておけないのよ。』
「海に投げ出された女を見殺しなんてまねしたら、私がジェハを海に叩き落としていたよ。」
「んー、恐いねー。だから好きだよ、船長♡」
『ふふっ』
ギガンは笑いながらヨナの顎に手を当てて目元を見る。
「目が真っ赤だね。だいぶ泣いただろう?」
「潮水が目に入っただけよ。」
「手は傷だらけ。足はガクガク。根性あるじゃないか。
お前みたいなヤツは窮地に立たされても決して仲間を裏切らない。
そういうバカは嫌いじゃないよ。船に乗りな。」
「え…」
ジェハはそっと彼女に歩み寄って頭にぽんと手を乗せた。私も彼とは反対側から顔を覗かせた。
「君は合格だよ、ヨナちゃん。」
『お疲れ様でした、ヨナ。』
ユンが喜ぼうとした瞬間、海賊達から歓声があがった。
「や…」
「「「「「やったー!!」」」」」
「ヨナちゃん、良かったねっ」
「がんばった!エライ!!」
「かわいい女の子だ~」
「女の子が次々に入ってくれる~♪」
「こらっ、汚い手でその御方に触れるでないっ」
海賊に囲まれるヨナを見て私とジェハはふっと微笑むと歩き出した。
ハクはヨナの無事を確認して額に手を当てながら息を吐いた。
「あの子がからむと君はそういう顔をするんだね。」
「あんたこそ…10年くらい老けこんだ顔になってんぞ。」
「え、それはいけない。ホントに?や、まいったよ今回ばかりは。」
現在25歳の彼はそうじゃなくても私達の中では最年長。
美しい事を誇りに思っている彼にとって老けるのは困るようだった。
「彼女があまりに必死で引き下がらないから寿命が縮む思いだったよ。」
「ずいぶん入れ込んでんな。仲間になる気になったか?」
「まさか。僕は女の子にはいつだって入れ込むよ。
でもあんな子は初めてだ。純粋でガンコで、そのくせ足元はフラフラで。
僕にとっては非情に厄介でめんどくさい。護衛する奴の気が知れないね。」
「『まぁね。』」
「よっぽど大切なんだねぇ。」
『幼馴染だからね。』
「恋人なのかい、ハク?」
「まさか。大事な預かりモンだ。」
「預かりモノね…なるほど。」
「なんだよ。」
「なんとなくパッと見だけど、君と彼女は近いようでいて距離があるなと思ってさ。」
「あ?」
「それって君が彼女を本気で欲しいと思ってないからかな。」
ジェハの言葉に私は寂しく微笑み、ハクは図星だったようで彼を睨みつけた。
「でっかいお世話だ。何でてめェがそんな事…」
「何でかなー仲間になる気はさらさらないけど、彼女に興味を持ったからかも。」
ハクは息を呑み目を見開く。
「う・そ。四龍の主なんてごめんだね。僕にはリンちゃんがいるし。」
『ジェハ?』
「ヨナちゃんは魅力的だけど、恋愛感情とはだいぶ異なるよ。
近くで守らないといけない気持ちにはさせられたけどね。
今のハクの顔面白かったよ。ちょっと疲れがとれた。」
「てめーはよぉー」
ジェハの背中を見つめて私とハクは並んで立っていた。
「お前はいいのかよ。」
『ん?』
「ジェハが姫さんを見ていても構わないのかって訊いてんだ。」
『そのことは気にしてないわ。
私にとってもヨナが一番で、ジェハは傍にいたいだけ。
ヨナには人の心を動かす力がある…ジェハが彼女に惹かれるのは四龍である事を除いても当然のこと。
だからこそ誰かさんはずっとヒヤヒヤしてるでしょ?』
「…俺の事かよ。」
『さぁ?彼女が魅力的で人々を惹きつけてしまうから、いつ他人のものになってしまうか気が気じゃないとか?』
「…うるせェ。」
「リンちゃん!」
『はーい。』
私はハクに微笑み掛けてからジェハを追い掛けるべく走り出した。
『早く着替えなさいよ、ジェハ。風邪ひいちゃうわ。』
「おや、心配してくれるのかい?」
『当たり前の事を言っただけ。』
「それなら君が僕を温めてよ。」
『私まで濡れるのは勘弁ね。』
「つれないな~」
『…髪くらいなら乾かしてあげる。』
「素直じゃないね。そんなとこも気に入ってるんだけど♡」
『…変態。』
彼が潮水を洗い流して着替えて部屋に戻ってくると寝台に座って二胡を弾きながら待っている私がいた。
彼は柔らかく微笑むと私の前にすっと腰を下ろした。
するとまとめていない長い髪が私の前に広がる。
「乾かしてくれるんだろう?」
『はいはい。』
私は彼の髪の水気を取りながら手で梳いて整えていった。
彼は嬉しそうに目を閉じて私の足の間にもたれかかった。
『ちょっ…』
床に座る彼の背中が寝台に座る私の脚にもたれかかり、頭は腿に乗る位置にあった。
彼を抱き締めるような形になり私は慌てるが彼は気持ち良さそうに目を閉じたまま。
『もう…』
私は苦笑すると彼の髪を撫で、近くに置いてあった橙色の紐を取るとひとつにまとめてやるのだった。
―この人は強がっているようだけど、本当は甘えたがりの子供のような人…―
「リンちゃん?」
私は無意識に彼を抱き締めていた。
身を屈めて彼の頭を胸に抱く私にジェハは驚いたようだったが、甘い香りに包まれて微笑んだ。
「どうしたのかな?」
『何でもない…大人を演じる子供みたいな貴方が愛しくなっただけ。』
「心外だなぁ。」
『いつでも甘えていいんだからね?』
「それは光栄だね。」
彼は色っぽく微笑むと彼を抱き締める私の手に自分の大きな手を重ねたのだった。
その頃、ハクは海賊の間を歩いてヨナの姿を探していた。
―ずっと兄妹みたいに側にいて…あいつと姫さんが治める国をリンと一緒に守ろうと…それだけを誓って日々を生きてきた。
今なんとか生きようとしている姫さんに…
イル陛下からの大事な預かりモノである姫さんにこれ以上望む事など…―
ヨナを見つけて歩み寄ると彼女は泣いていた。
「……何泣いてるんスか。」
「なっ、なんでもないわ。」
彼女が手を隠したのを見てハクはわざとその手を両手で握ってやった。
「いたい、いたい、いたい―――っ!!」
「何だ、こりゃ。」
彼女の手は小さな傷がたくさんあり、血だらけだった。
「千樹草取りに行った時に木のトゲがいっぱい刺さって針で取るものだって聞いたから。」
「ぐりぐりと針でえぐってたわけですかい。」
「すんごく痛いのに取れないの~」
「針は火で炙りましたか?」
「え?」
「…」
するとハクは真顔でとんでもない事を言った。
「大変だ!傷口が化膿して明日には手が腐って落ちますよ!?」
「ええええ!!?」
その瞬間、ハクは吹き出して笑い、ヨナは怒って針をハクに向けた。
「刺すわよ…」
「やー、それだけ元気なら腐って落ちてもまた生えてきますね。」
「生えるかっ」
「とりあえず傷口を洗って…」
「う…ユンは?」
「海賊皆の夕食作りでお忙し…」
ハクはユンの鞄を漁って何かを探していた。
「ユンの荷物勝手に漁ったら怒られちゃうよ。」
「緊急事態だ。仕方ない。…あった。」
「はちみつ…?」
それをヨナの手に掛けながらハクは説明する。
「え!?何するの?」
「これを患部に塗ってしばらく置けば自然にトゲは出てきます。」
「本当に?」
「昔はじじいによく針でえぐられて、こんな楽な方法があると知った時は殺意芽生えたね。」
「ムンドクらしいわ。」
「しかしあんな絶壁渡れた人がこんな傷で泣くとはねー」
「いちいちうるさいの!」
ハクはきゅっと彼女の小さく弱い手を握って呟いた。
「…本当になんて手してんですか、お姫様が。」
「私少しは強くなれた?少しはハクに近づけたかな?」
ハクの脳裏にジャハの言葉が蘇る。
「君と彼女は近いようでいて距離がある。本気で欲しいと思ってないからかな。」と。
「うるせェな、タレ目…」
―たぶんそうなんだろうよ…感情(そいつ)は今まで何度も殺してきたんだから…―
考え事をしているとはちみつがヨナの手から垂れてしまった。
「ハク?…わっ、ハク!はちみつ垂れてる。」
「ん?あぁ…」
無意識にハクはヨナの手を持ち上げると垂れていくはちみつを舐めとった。
「え…あの…ハ、ハク…ハク!」
彼女に呼ばれてハクははっと我に返る。ヨナは手を引くと顔を真っ赤にして去って行った。
「も…いい…」
走り去る彼女を見送ってハクは自分のしでかした事に頭を抱えた。
「なにやってんだ、俺は…」
―姫さんが自由に生きる…それで満足しとけ、バカ野郎…―
「今更欲なんて顔出してくれるなよ…」
ハクの囁きが微かに聞こえた気がして私はジェハを抱き締めたままふと顔を上げて窓の外を見た。
―ハク…あなたの幸せはどんな形なの…?―
私とジェハの間にある愛しさ、それはきっとハクがヨナに抱いている想いと似たもの。
そして私とハクの間にあるのは強い信頼と兄妹のような安心感。
何より共通しているのはヨナを守る誓い…
それだけは何にも変わることはできないのだから。
暫くしてユン特製の夕食が完成した。
「お…おおおおいしい~!!」
「当然。海の幸たっぷりの特製海賊汁。
具材も贅沢に使ったから美味しくないはずないもんね。」
『流石ユン!!』
「まぁね。」
「ね、キジャも美味しいでしょ。」
ヨナに呼びかけられたキジャはお椀に入った具材にガタガタ震えていた。
「こっここここれは何の虫だ!?」
『え…もしかして海の幸初めて!?』
「それはカニだ!シンア見習って何でも食え!!」
『…虫じゃないから安心なさい。』
「本当にうめェぞ、ぼうず!嫁に来い!」
「やだよ、定職に就いてないゴロツキなんて。
ねぇ、ところで誰か俺のはちみつ知らない?」
「いやー、あったまるなァ海賊汁。」
ハクはユンの言葉を無視して料理に舌鼓を打つのだった。
私はジェハと共にユンの料理を食べて笑っていた。
「美味しい…」
『でしょ?うちの天才美少年を甘く見ちゃダメよ?』
食べ終わると私はジェハに連れられて船の見張り台に跳び乗った。
心地よい風を全身に感じながら私達がのんびり過ごしているとギガンが煙管の煙を吐きだしながら甲板に現れた。
『本当にかっこいい人…』
「リンちゃん?」
『ギガン船長って私の憧れだわ。
優しくて真っ直ぐで厳しくて…凄く強く生きるかっこいい人。
いつかあの人みたいになれたらな。』
そんな彼女にヨナが料理を持って歩み寄ってきた。
「ギガン船長、お食事です。」
「あぁ、ありがとうよ。」
パクッと一口食べるとギガンはボソッと呟く。
「美味いじゃないか。」
「ユンが作ったの。ユンは何でも上手なのよ。」
「そうかい。お前の取って来た千樹草で仲間の容態が回復に向かっているそうだ。皆お前に感謝してるってよ。」
「よかった。」
「あぁ。もう犠牲を出したくないからね。」
「亡くなった人がいるの…?」
「そりゃあね。海賊なんてやってんだ。無傷ってわけにはいかないよ。」
2人は甲板から夜空を見上げながら言葉を交わした。
すっかりギガンはヨナを船の仲間として認めているようだった。
「この闘いが終わったら海賊を解散してあいつらを普通の生活に戻してやりたいんだ。」
「そう…なの。」
「一人だけ難しいヤツがいるがね。」
「難しい?」
「ジェハだよ。あいつはこの船が家だからね。
異形の存在ゆえ海賊(ここ)が一番心地良いのさ。」
「じゃあ海賊を解散したらジェハは独りになるの?」
するとギガンは笑いながらヨナを見た。
「お前が連れてってくれるかい?」
「…そうしたいけど私と行くのは嫌だって。」
「あいつはまだ親離れ出来ないのかね。」
「心外だなぁ、船長。」
ジェハは見張り台から私を抱いて降りるとヨナやギガンの後ろにある少し高くなっている柵に降り立った。2人はこちらを振り返る。
「僕は本来一人が好きなんだよ。
海賊がなくなったって気ままにやっていくさ。
それこそ異形の龍達とつるんで何になるんだい。
ヨナちゃんと2人旅なら考えるけど。あ、でも…」
彼は私を抱く腕に力を入れて自分に抱き寄せると柵を蹴ってヨナの目の前にふわりと降りた。
「子守りはしんどいからもう少し大人の女性になったらね。」
「ジェハは意地悪ね。ハクみたい。」
「それはオモシロイ。」
「珍しいね。女と見れば砂吐くよーな台詞しか言わないのに。気になってんのかい、あの娘。」
「ご冗談を…まぁ、リンちゃんとの旅なら喜んで引き受けるんだけどね。」
『ジェハ…』
「でも君はヨナちゃん達と一緒に行くんだろう?」
『うん…』
「そんな顔をしないで。」
彼は俯く私の頬をそっと撫でる。その様子にヨナは寂しげだった。
きっと私達の仲の良さを見て、私の幸せを思ってくれているのだろう。
そんなギガンは船縁にいるシンアを見つけた。
彼が口を開くと同時に私は彼が見つめる先に動く気配を感じた。
私がピクッとして目を閉じるとジェハが不思議そうに首を傾げた。
「リンちゃん?」
「シンア、どうしたの?」
「船が…船が港に集まってきている。」
「何隻だい?」
『…7隻ね。』
「うん。」
「7隻!!?」
「音を聞いて気配を追っていたんだね、リンちゃん…」
「武器を持った人が乗ってる。」
『どいつもこいつも落ち着きなく動き回ってるわ。
そのうえ野蛮な声しか聞こえてきやしない。』
「クムジめ。私らを威嚇してるつもりかい。小僧共集まりな。」
私とジェハは駆け出して夕食を食べる海賊達とハク、キジャ、ユンをギガンのもとへ呼んだ。全員で部屋の中心にある地図を囲んだ。
「クムジは近々大規模な人身売買の取り引きを行うだろう、戒帝国を相手に。」
「戒帝国!?」
「戒帝国といっても阿波近くの一部の連中…クムジのお得意様といったところさ。
クムジは徐々に戦力を増やしつつある。それはおそらくクムジにとって一番大事な取り引きが近くに控えているから。
そして長年対峙してきた海賊…私らを確実につぶす為だろうね。」
『っ…』
私の苛立ちを感じ取ったジェハが大きな手を頭に乗せた。
それだけで私は心を落ち着けていけるのだから不思議なものだ。
ハクは私達の近くの壁にシンアと共にもたれて座りこちらを見上げている。
―俺達に見せない表情…それに信頼感もずっと昔から共にいるかのようだ…―
ハクは少しだけ寂しげに、それでいて嬉しそうに笑った。
「阿波の港でドンパチやれば周辺住人にも被害が及ぶ。
よってクムジの船を襲うのは取り引きが行われるであろう戒帝国と阿波の真ん中のこの海域。」
ギガンは煙管でトンと地図の中央を指す。
『問題はいつ何時決行するか…』
「それから集められた女の子達がどの船に乗っているかだね。」
「そう。クムジは売買に使う人間をそのまま人質としても利用するだろう。
むやみやたらと船を襲えば売買される人間を巻きぞえにする事になる。
かといって手をこまねいていては女達が戒帝国へ渡ってしまう。
何とか女達の安全を確保する方法はないものか。」
「でも大事な取り引きって事はクムジも現場に来る可能性が高いって事だろ?」
「頭さえ探し出してふんじばれば早いんじゃねェか?」
「何てったって今度の俺らには心強い味方がいる!」
海賊達は私、ハク、キジャ、シンアを見て嬉しそうに言う。
「…何にしろもう少し情報が必要だね。
私らにとってもこれは絶好の機会。
十数年この阿波の人間を虐げ腐った町にしたヤン・クムジと役人どもを何としてもぶちのめし、この町に自由を取り戻す。」
ギガンは短剣を握ると地図に深々と突き刺した。
「今度は私も剣を取ろう。最後まで私について来な、小僧共!」
「「「「おぅ!!」」」」
私もジェハの隣で真っ直ぐギガンを見た。
彼女と目が合うと私は強く頷いた。彼女はニッと笑うと私の頭をくしゃっと撫でる。
するとムンドクに貰った羽の髪飾りが大きく揺れた。
これからどうすればいいのかそれぞれ出来る事を早速話し合い始めた。
「僕はリンちゃんと一緒に情報収集に行くよ。」
「どうしてリンを連れて行くんだい。」
『確かに私も一緒の方が町の人も警戒しないかもしれないわね。』
「小僧共はさっさと怪我を治すんだよ。」
『元気な人はハク達から武術でも習ったらどうかしら?』
「それいいな!」
「お嬢、良い事言うじゃねェか!」
『まぁ、教えてくれるかどうかは皆の頼み方次第かもしれないけど。』
「そりゃないぜ…」
「口添えしてくれよ、リンちゃん…」
『どうしよっかな~?』
そう言って海賊をからかう私をジャハとギガンは笑いながら見ていた。ヨナは笑うギガンの横顔を見て思う。
―本当はギガン船長は誰も闘わせたくないはずなのに…
皆そんな船長を理解し、勇気をふりしぼって生きてる…
この人達のために何かしたい…元気になった本当の阿波の町を私も見たい!―
ヨナは強い想いを胸に闘う決意を新たにした。
ついにクムジとの闘いに向けて私達は動き出したのだ。