主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
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私達はシンアを残して町に出る事にした。
ハクは私の隣でぞくっと身体を震わせる。
『ハク?』
「なんか昨日から悪寒が…」
『大丈夫?』
―もしかしてジェハがハクを狙ってるからかしら…?―
そう思いながらも私達は足を進める。
「シンアをまた一人でお留守番させちゃったから早く緑龍探さないとね。」
「異様にいたたまれないもんね。」
私は彼らに緑龍を見つけたことを伝えられずにいた。
緑龍探しはヨナと四龍がするべきだと思ったからだ。
―私は愛しく想う理由を探していた…
それは緑龍…ジェハを見つけるためではないんだから…―
「キジャ、緑龍は?」
「この町にいる…と思うのですが、とても素早い奴でちょこまかと動くんですよ。」
そのとき近くの建物で窓ガラスが割れる音がした。
「やめて!!やめて下さい!!」
「うるせェ!!」
「何…!?」
『役人が店で暴れるみたいです…』
割れた窓ガラスから中が見えた。そこでは役人が男性を殴っていた。
ヨナは足を踏み入れようとし、それをキジャが、彼を私が、私をハクが、ハクをユンが止める。
「いけません、姫様。ここは私が。」
『ダメよ、キジャ。あなた目立つんだから。』
「お前は甘い香りがして危ねェだろ。俺が…」
「あんたもな、雷獣!!この珍獣共、立場わかってんの?」
「しかし…」
「わかるけど今は大人しくして。」
そのときハクははっと近くにある人相書きを見て私達に声を掛けた。
「………おい、リン。」
『ん?』
「俺はちょっと別行動する。姫さんを頼む。」
「えっ、ちょっと!雷獣!?」
『いきなりどうしたのかしら…』
去って行くハクの背中を見て私とユンは首を傾げる。
「あっ…」
ヨナの声に振り返るとハクを描いたであろう人相書きがあった。
「『あ!』」
―あれ、この隣のって…―
同じ頃、ジェハも人相書きを見つけて笑っていた。
「ぷっ…ぷぷっ…あーっはっはっはっ
美しくないっ!しかしわかるっ!!言いたい事はわかるっ!!
まぁ、これで彼がおたずね者になったんなら誘いやすい。」
「誰を誘いやすいって?」
「んー、それが名前全然知らないんだよね。」
背後から声がしてジェハが振り返ると探していたハクがいた。
「…って、わお!!!」
「てめぇは笑ってる場合かよ。あんたの顔も人相書きに出てんじゃねーか。」
「僕?」
ハクの人相書きの隣にはジェハらしき人物の人相書き。それを見てジェハは笑う。
「はっはっは、これも愉快な顔だね。」
「あんたの顔だ。」
「よく聞こえなかったな。」
「あんたの顔だ。」
2人は人相書きを破り取るとその場で燃やした。
「役人ら目ェ腐ってやがるねェ。」
「全くだ。」
「そう、君!!目的を忘れるとこだった。僕は君に会いに来たんだよ!」
「あ?俺ァもうあーゆー店には行かねェぞ。」
「違う違う。今日は僕はね…君が欲しい!」
彼はハクの手を掴んで目をキラキラさせながら言った。
それは完全に誤解を生む怪しい一言だった。
「俺そーゆーシュミないんで。」
「ああ~っ、ちょっちょっ…違うんだよ違うんだよ!
僕は君の事をイイ男だと思ってっ!
ここじゃ何だから人のいない所で話を…」
「人気のねェ所に行ってどーするつもりだ、てめェは!!」
腰に抱き着いてくるジェハをハクは殴り飛ばしてしまった。
「僕は…」
「うぜェ!!」
―しまった、少し強く殴りすぎたか…―
だが、ジェハはゆらっと身体を起こし鼻血を流しながらニタリと笑った。
これには流石の雷獣と呼ばれるハクでも恐怖を感じる。
―わ、笑いやがった…!鼻血出てんのに何て嬉しそうな目ェしてやがる…変態だ!―
「今の拳…感じたよ…」
―やべぇ、何か言ってる…こいつは危険だ!!―
鼻血を拭ったジェハからハクは逃げ始める。
「僕から逃げられると…」
そう呟いた瞬間、彼は白龍の気配を感じて屋根の上へと逃げた。
私はジェハの気配が消えた事を感じつつヨナ、キジャ、ユンと共にハクのもとへと走っていた。
「ハク!」
「姫さん、この町では俺と行動しない方が…」
「この辺りで緑龍の気配がしたんだって。」
「何!?」
「私はあちらを探してみる。」
「あ、おいっ!」
『キジャ!!…迷子にならないかしら。』
「ハクは何してたの?」
「ああ、変態に追いかけられた。」
「へんたい?」
「いーんだ、姫さんは知らなくて。」
―あいつもう追って来てねェな…
初めて人間が怖いと思った…二度と関わるまい…―
―変態…?もしかしてジェハの事…?―
私とハクは同じ人物に関して別々の思いで考えを巡らせていた。
ヨナはジェハの人相書きを見ながらハクに問いかける。
「ねぇ、ハク。この人があの女性を役人から助けた人?」
「そーっすね。全く関わりあいたくない人間だけど。」
「会ってみたいわ。」
「やめた方がいいですよ。」
―もうジェハったら…何をしたのよ…―
すると近くの家から泣き声が聞こえてきた。
そこは先程役人が暴れていた店だ。
ヨナはすかさず店に駆け込んで行った。私、ハク、ユンもすぐに彼女を追い掛ける。
店は荒らされ、物はすべて壊され、ボロボロになった親子が店の中央にいた。
母親に抱かれた少年は頭から血を流し目を開かなかった。
「…動かないんです。子供が…役人に歯向かって…殴られて…それきり…動かないんです…」
父親の言葉に私は役人に対する怒りを覚え拳を白くなるほど強く握る。
ヨナも涙を浮かべながら自分の無力さを恨んでいた。
「ハ…ク…リン…
どう…すれば…どうすればあの人達を助けてあげられる?」
「ヨナ…今の俺らには何も力もない。」
「わかってる、ユン…でも私は無力であることに甘えてはいけない…
この町が父上の時代から歪んでいるのならなおさら…」
私は自分の中に生まれたヤン・クムジや役人に対する恨みを必死に押さえ込んでいた。
きっとこの恨みを爆発させると私は暴れてしまうだろう。
―どうして…こんな惨い事ができるの…―
―私は本当に何も出来ないの…?―
私とヨナはそれぞれ心の中で問いかけていたのだった。
その頃、白龍の気配を感じて屋根へ逃げていたジェハは息を吐いた。
「ふー…白龍がまた近くまで来たよ。」
―今はそれどころじゃないのに…
これじゃ彼を海賊に勧誘出来ないじゃないか…
でも僕は狙ったエモノは逃がさない…―
「悪いけどしつこいんだ。口説き直しだ。」
そのとき彼は白龍と同時に別の大きな気配を感じ、そちらに気を取られた隙に足を滑らせ屋根から落ちた。
「わわわわーっ!!?」
私は店から出てその声を聞いて顔を顰めた。
―…ジェハ?―
「~~~っ、たたた…我ながら上部な体。」
彼が尻もちをつき、顔を上げると目の前にキジャがいたのだった。
「僕は…初めて自分が阿呆だと思ったよ…
子供の頃、緑龍の里という檻からようやく抜け出し…
幾度からしくないのに身を潜め、他の龍に見つからないよう気配を押し殺しようやく見つけた安寧の地。
これからも逃げのびる自信があったんだけどね…
そのオチがケツに壺が見事にフィットして動けないなんてね!!
もうどうでもいいよ、全てが!!」
ジェハは屋根から落ちた拍子に大きな壺にお尻が嵌まってしまったらしい。
動けずにいたところを白龍であるキジャに見つかったのだから逃げられないだろう。
「さて、何だっけ。ハジメマシテ、白龍君。」
彼は惚けているキジャに柔らかく手を差し出した。
「ずっと会いたくなかったけど、さすが僕と同じ龍の血を持つ者。
異形の手を持つ白い龍がかくも美しい青年だとは。」
―そういえば黒龍であるリンも絶世の美女だね…
四龍が夢中になって追い掛けるはずだよ…―
そう思った矢先キジャが壺事ジェハを抱え上げた。
「緑龍見つけましたー!!」
「えーっ、このまま行くの!?」
「なんという縁(えにし)!!緑龍が空から降って来るとは。」
「ちょちょちょ、白龍君っ
このままでは目立ってしまう。我々は目立っちゃマズイだろう!?」
「ああ…ん?そなた妙な尻をしておるな。」
「どんだけふくらんでんだい、僕の尻は。」
もうツッコむ気力も失いかけていたジェハは溜息を吐く。
「ずっとそなたを探していた。」
「え…このまま会話するの…?」
「我々の主がお待ちだ。四龍の兄弟よ、共にあの御方をお守りするのだ。」
「…守るって…何だい。そいつ王か何か?」
「いや、今はそうではないがあの御方は…」
「生憎僕は今の生活が気に入ってるしやりたい事もある。」
ジェハは壺を蹴り割るとすっと着地して白龍に向けて舌を出した。
「というわけで知らない他人が来いといっても行く気はないんだ。ゴメンナサイネ。」
「…待てっ!そなたは“龍”だろう?
龍は主を守る為生きて死ぬものだ。数千年の時を経てようやく…
ようやく主が我々を迎えに来られたのだぞ?
我々は血を繋ぐだけの龍ではない。歴代の龍が成したくとも成しえなかった悲願を…」
「やれやれ…よりによって人形のような龍が迎えに来たものだ。
歴代龍達の悲願の中に君の思考はあるのかい?
何の疑問もなくただ言われるがまま主を守るとか言っているのなら、それは悲願じゃなくて悲劇だね。かわいそうな白龍。」
そう言い残しジェハは地面を蹴った。
キジャは言葉を受け止めきれずその場から動けずにいたのだった。
ジェハは軽やかに屋根を伝いハクを探す。
「お、いた♡」
その頃、ハクは私やヨナから離れひとり歩いていたのだ。
「やあ!」
ジェハの声にハクは振り返りもせずあからさまに嫌そうな顔をする。
「やあやあやあ、さっきはごめんよ。君と話がしたくてさ。」
「知らない人と口をきくなというのがじっちゃんの遺言で。」
「ジェハ、僕の名前だよ。ついでに言うと海賊だ。
これでもう知らない奴じゃないだろう?」
「…俺に何の用だ。」
仕方なくハクは警戒心丸出しで振り返った。
「僕んとこの船長がね、君をご所望なんだ。あ、僕が推薦したんだけど。
君の力に惚れたよ。是非その力僕らと共に…」
「断る。」
「一回でいい。ウチの船長に会ってほしいんだ。
誓って悪いようにはしない。君のご主人様も一緒でいいからさ。」
「もっと断る。」
「よっぽど大事なご主人様らしいね。心配しなくても…」
「ハク、お待たせ。あら、どなた?」
そこにヨナをはじめ私達が合流した。
―やっぱりあなたの気配がしたわ、ジェハ…キジャがいないから油断したのかしら?―
ヨナに続くように私とユンも姿を現す。
私はジェハにそっと笑いかけた。だが、彼はヨナの言葉と気配によって龍の血が沸騰しているようでそれを葛藤する事しかできずにいた。
ジェハはその場に膝をついてしまい、脚の疼きと騒ぐ血に耐える。
私はその衝動を気配を通じて感じ取り彼に駆け寄った。
『ジェハ…』
「リン、お前…」
「四龍の戦士よ
これよりお前達は我々の分身
緋龍を主とし
命の限り
これを守り これを愛し
決して裏切るな」
他の四龍と同様ジェハの頭の中に龍の声が響いた。
「う…あ…!!」
「どうした?」
―まさかこの子がずっと遠ざけてきた四龍を統べる者…?―
ジェハは汗を流しながらヨナを見上げた。
「おい…」
「大丈夫?」
ヨナは彼の額に手を当てた。それだけで彼の鼓動が大きく鳴る。
「すごい熱…!」
―いけない…早くここを立ち去らなければ…
でもなぜ動けない…なぜこんなにも…離れ難いと思うのは…―
「ありがとう…お嬢さん、もう大丈夫…」
「緑龍…?」
そのときヨナがふと彼をそう呼んだ。私とジェハはただ驚くばかり。
「あなた緑龍でしょう…?」
「なんで…」
「なんとなくそんな気がするの。違う?」
「…何の事だか。僕は通りすがりの…」
するとタイミング悪くジェハが立ち上がった瞬間、キジャがこちらへ走ってきた。
「姫様、その者が緑龍です!」
ハクは逃がすまいとジェハの首を後ろから絞めた。
「通りすがりの?」
「緑龍です…」
「あんたが緑龍だったのか…」
「あら、あなた人相書きの?ハクから話を聞いて会ってみたかったの。あなたが緑龍で嬉しい。」
ジェハは余裕そうな顔をしつつも自分の中の龍の血と闘っていた。
その証拠に誰にも見えない場所で私の手を強く握っている。
私は彼の手を握り返してそっと指で撫でてやっていた。
―四龍と緋龍の結びつきをナメていたようだ…
その姿、その声すらもまるで甘い誘惑だ…
だが、これは僕の中の龍の血がそうさせてるだけ。僕自身の想いではない!―
「私はヨナ、あなたの名は?」
「…はじめまして、僕の名はジェハ。
僕は心底会いたくなかったよ、お嬢さん。」
「私が来る事を知っていたの?」
「こんな可愛らしい女の子だとは思わなかったけど、ここ最近白龍と青龍の気配がしてたからね。
それに黒龍も来てたからもしかしたらと思っていたよ。
もし彼らが主人を引き連れてやって来たら言おうと思ってたんだ。
“僕は君に仕える気はかけらもない”“お帰りください”」
彼の言葉に私以外の全員が目を丸くした。
特にキジャはジェハの態度が気に入らないようだ。
「私は白龍と青龍の主ではないわ。
今は理由(わけ)あって力を貸してもらっているの。
あなたにも力を貸してほしくて来たの。」
「可愛い女の子に頼られるのは嬉しいな。
だけどごめんね。僕は白龍のように緋龍王のために生きて死ぬ…なんて志は持ちあわせていないんだ。」
彼は笑いながら私の手を離し腕を組んだ。
「僕は守るべき人は自分で選ぶし、死ぬ場所も自分で決める。
だからお嬢さんに力を貸す気はないよ。」
「ジェハ…そんなに威嚇しなくても大丈夫よ。」
「え…」
図星だったようでジェハは視線を泳がせた。
その様子が可愛らしくて私はクスクス笑う。
「わかった。あなたの事は諦める。」
「姫様…っ」
「私はお願いしているのであって、命令しているのではないもの。」
「あっさり…引き下がるんだね。」
「ここまでハッキリ言われて聞きわけないのも見苦しいわ。
本当はすっごく残念よ。なぜかしら、四龍に会うととても離れ難い気持ちになるのは。」
ジェハは目元を前髪で隠しながら優しく微笑んだ。
「僕も残念だよ。久々に会ったかわいこちゃんだったのに。
それに…彼を仲間にするつもりだったのにな…」
彼はハクをじーっと見つめる。
「聞きわけないのは見苦しいぜ。」
「ハクを?」
「こいつ海賊なんだと。俺に船長に会えってさっきからうるせぇ。」
「つれないなぁ。」
「海賊?」
そのときヨナは何かを思いついたようだった。
私は不思議に思い彼女を呼ぶ。だが、いつものように“姫様”と呼ぶのは控えた。
まだ完全に仲間になったわけではないジェハの前で姫と呼ぶのは躊躇われたのだ。
―まぁ、さっきキジャが姫様って呼んだ気はするけど…―
『ヨナ、何か思いついたのですか?』
「…ジェハ、私あなた達の船長と話がしてみたい。」
『え…!?』
「…なぜ?ハクをくれるの?」
「ううん、あげない。
あなた達が闘っているのは阿波の領主ヤン・クムジなのでしょう?
役人に殺される子供を見たの。
思い出すと今でも怒りで震えが止まらない、役人にもヤン・クムジにも何も出来なかった自分にも。私は理不尽に殺される子供をもう見たくない。
クムジと闘ってるあなた達に何か協力出来る事はないかしら?」
「…成程。」
『ちょっとジェハ…まさか…』
彼は冷たい表情のまま私の髪を撫でるとヨナに背中を向けた。
「お嬢さんに協力を頼むかは置いといてハクを連れて来るなら船長に会わせよう。明日、僕らの船においで。」
『ジェハ…』
「リンちゃん、今日別れた場所で待ってるから。」
『わかった…』
「ちゃんと説明してくるんだよ。」
ジェハを見送って私はヨナ達を振り返った。
「説明してもらうぞ、リン。」
『えぇ。』
ハクの真剣な眼差しを受け止めながら私達は歩き出した。
『私は緑龍の気配を追って海を探っていたの。
最初の日は二胡の音が遠い事からまだまだ緑龍は遠くにいると判断した。
そして昨日、一緒に海賊船を見つけたでしょう?
そのときの場所へ町で感じた緑龍の気配が戻って行くのを感じ取った。
だから夜になって私は海賊船に潜入した。』
「リン、そんなことしてたの!?」
「危険じゃん!!」
『それでもどうしても確かめたかった。
そうしたら海賊が役人の船を襲い始めたわ。
その船には薬物が積まれていて、それを町の人達に売り飛ばすつもりだったみたい。』
「なんと酷い事を…馬鹿げている。」
『海賊はそれを阻止する為に船ごと燃やして沈めたわ。
私は闘いの途中緑龍…ジェハを狙う役人を蹴り飛ばしちゃったのよね…』
「闘いに自分から首を突っ込んだのか…リンらしいぜ。」
ハクはふっと笑って私の頭を小突いた。
そうしているうちに野宿をしている辺りに到着した。
ここからの会話にはシンアも加わった。彼は私達が緑龍と会ったのを見ていた為伝える必要はなかった。
『ジェハと闘って力を認められたから私は夜の間だけ海賊の一員としてクムジと闘う許可を得られた。』
「勝手な事しやがって…」
『それからジェハといろんな話をしたわ。
それで全て謎が解けたの、どうして緑龍だけ懐かしく愛しく想っていたのか。』
私の言葉に仲間達は興味津々。私を取り囲むように座ると何も言わずにこちらを見つめていた。
『それは初代黒龍と緑龍が恋仲だったから。』
「「「「え…!?」」」」
「恋…仲…?」
『言うなれば夫婦だったのよ。』
「ふ、夫婦だと!?」
『よく考えてみて。黒龍の甘い香りに誘われるように男が集まってきて、その中には四龍も含まれていた。
でも黒龍には護身用の爪があってそう簡単には近づけない。ただ緑龍を除いてね。』
「あ…緑龍は龍の脚を持ってるから…」
『そのとおりです、姫様。
しつこく近付いてくる緑龍に心を開いた黒龍は恋に落ち、緋龍王が亡くなった後共に国を出て里を作った。その里こそ今の緑龍の里。』
「だから黒龍には里がねェってことか…」
ハクの言葉に私は頷いた。
「それで今のお前とあのタレ目はどうなんだよ。」
『タレ目ってジェハの事?』
「他に誰がいる。」
『ふふっ、そうね…昨日会ったばかりなのに隣にいたいと願ってしまうわ。
初代からずっと果たされなかった想いだからなのか、龍の血が惹かれあっているのか…でもそれだけではないと思うの。
彼の闘う姿は美しかった。ぬくもりや優しさに触れて惹かれたから…
ずっと前から互いを知っていたみたいな安心感があるの…不思議よね。』
「リンはジェハが好きなの?」
『きっとそうでしょうね。』
私は彼女に向けて微笑んでからすぐに真剣に言った。
『しかし私達の望む道は異なります。
私は姫様の傍にいる事を望み、それは最優先事項です。
彼は自由を望み龍の宿命(さだめ)から逃れ今共に闘っている仲間と共にいたいと願っています。
だから私達は自分の選んだ道を進むんです。この恋だって今だけの戯れ事ですよ。』
「リン…」
「リン、ひとつ訊いてもよいだろうか。」
『どうしたの、キジャ?』
「何故緑龍を見つけたと教えてくれなかったのだ。」
『それは私が見つけるべきではないと思ったから。
私は四龍でもなければ、主となるヨナ姫でもない。
彼を見つけ勧誘するのは姫様かキジャやシンアであるべきだと思ったの。
それに彼はハクを仲間にしたがっているみたいだったから、私が伝えずともすぐに会えると考えたのよ。』
「そうか…」
「リンはジェハとすんなり別れられるの…?」
『私には姫様以上に大切なものはない。』
「私はリンにも幸せになってほしいわ…」
私はヨナを抱き寄せ髪を撫でた。彼女は私の服を強く握る。
『私は姫様の隣にいたいんです。そのために何を捨てることになっても後悔はしません。』
「でも…」
『姫様の傍を離れる事の方が恐ろしくて、不安で…ここにいる事が何よりも幸せなのです。』
優しく微笑むと彼女は頷いてくれた。
「ありがとう。」
―そう…ヨナがいてくれればそれでいい…他には何も望まないの…―
私が話し終えるとユンは夕食の用意を始めた。
「驚かさないでよ、ヨナ。急に海賊に会いたいなんて。」
「ごめんね、相談もなしに。」
『私はもう既に海賊の仲間入りをしてるんだけどね。』
「どうしても海賊の船長に会ってみたくて。」
「相手は海賊だよ。乱暴されたらどーすんのさ。」
「これは私の独断だからユンはお留守番してて。」
「バカにしないでよね。俺も行くよ!」
「私もお供します。」
シンアもコクッと頷いた。
『悪い人達じゃないわ。それは私が保障する。』
「リンこそ、危ない事しないでよね。」
『ごめんごめん。』
「まぁ、リンならその辺の海賊くらいやっつけちゃうだろうけどさ。」
「現にジェハに勝ったんでしょ?」
『彼を蹴り飛ばしちゃったんですよね…』
「「「え…」」」
『相手も四龍なんで本気でやらなきゃと思って戦ったんですよ…
ジェハは女性に本気は出せないのか知りませんけど。
壁に背中をぶつけて大きな音をたてた時には流石に焦りました。』
「やっぱりリンはリンだね。」
「うん。」
「うむ。」
またシンアは頷く。彼らの反応に私は複雑な心境だ。
『それって褒めてるの、けなしてるの…?』
そう言って皆で笑った。ハクは近くに座っていて目の前にいた私の手を掴むと自分に引き寄せた。
『ハク?』
「…」
私は何も言わずに彼の隣に座ると静かに寄り添った。
「…お前が恋するなんて想像できねェ。」
『あら、失礼ね。私だって人間なんだもの。
誰かを好きになったり、ぬくもりを求めて当然じゃない。』
「あの変態のどこがいいんだ…」
『確かに変態よね。』
私は笑いながら答える。
『でも本当は素直で照れ屋で優しい人。
それを知られるのが恥ずかしいから変態さや軽さ(チャラさ)で隠しているの。
一晩話してて思ったわ、彼が本当に仲間を大切に思い自分の意思で物事を選びたいと願っているって。』
「ふぅん…リンが選んで後悔しないなら俺は何も言わない。」
『ハク…』
「まぁ、何かあったら来なさいな。話くらいなら聞いてやる。」
『ありがと。』
そこにヨナがやってきて私達の前に座った。
『姫様?』
「ハクは強制参加だけど…」
「いーっすよ。なんか緑龍(ヤツ)の思い通りになってる気がして癪だけど。
緑龍(ヤツ)を仲間にするのはもういいんですかい?」
「ジェハが嫌なら仕方ないわ。」
「物分りが良いことで。俺らが風の部族を出る時は行くのを許した覚えはないだの…」
『一緒にいなきゃいけないだの…』
「ハクをちょうだいだのわがまま放題…」
そう言っているとヨナが外套のフードの下で顔を真っ赤にしているのがわかった。
私とハクはそれを見て互いに顔を見合わせるとニッと笑う。
「姫さん…?」
「うるさいわね…お前達は別よ。」
完全に私とハクはいじめっこになっていた。
「別って?どう別なんです?」
―かわいい…―
ハクはヨナの様子に心底楽しそうに笑う。
「どうもこうもないわよ。昔の事を掘り返さないで。」
「そーいえばハクとリンだけは側にいなくちゃダメとか言ってましたよね。」
『懐かしい~♪』
「お前達のそーゆー所がキライ!!」
「はいはい、ご飯出来ましたよー」
ユンに呼ばれて私達は食事を楽しむ。
そして頃合いを見て私は外套を羽織った。
「行くのか。」
『えぇ。明日皆が来るのを船で待ってるわ。』
ハクは私の頬を撫でて少しだけ寂しそうな顔をした。
私は甘く微笑むと彼の頭を抱き寄せる。
「っ!?」
『そんな顔しないで、ハク…』
「お前は必ず帰ってくる…俺は信じてる。」
『私の居場所は姫様の隣よ。それに…』
私はハクの目を真っ直ぐ見つめた。
彼は闇のような私の瞳に引き込まれそうだった。
『私はあなたの相棒だもの。裏切ったりしない。』
「リン…」
彼はふっと漸く笑みを零した。
「そうだな。」
『それじゃいってきます。』
仲間達に背中を向けて私は歩き出す。
朝別れた場所にジャハは月明かりを受けながら立っていた。
『ジェハ…』
「来てくれないのかと思ったよ。」
『遅くなってごめんなさい。』
「構わないさ。こうやって来てくれたんだから。
それに僕はいつまででも待っていたと思うよ。君は来てくれるって信じてたから。」
『ありがとう。』
私は彼に抱き着きその優しいぬくもりに包まれ、強い腕に抱かれた。
彼が地面を強く蹴ると私達の身体はふわっと浮かび海賊船へと向かうのだった。
その晩、私は海賊の人達に出迎えられて共に酒を飲みジェハの奏でる音楽を聞いた。
「リンちゃんも何か演奏できるのかな?」
『やってみないとわからないわ。』
「それならこれはどうだい?」
ジェハが渡してくれたのは縦笛。軽く吹いてみると音階はすぐに理解できた。
「すげぇ…」
「上手じゃないか。」
ギガンにも褒められて私は嬉しくて微笑んだ。
「本当にああやって見るとただの小娘だけどね。」
「でもすっごく強いんすよ!!」
「リンちゃん、合わせてみようか。」
『うん!!』
私とジェハは笛と二胡で旋律を奏でる。
何も合図がないのに息の合った演奏を自然とやってのけるため海賊の仲間達は驚いていた。
夜が更けると私はギガンに声を掛けた。既に甲板には誰もいない。
「明日はお前の仲間が来るんだろう?」
『はい。』
「どんな奴らなんだい。」
『少女がひとりと天才の少年。戦闘力となりそうなのは3人…
黒髪で大刀を振り回す私の相棒、異形の手を振るう白龍、そして美しい剣筋の青龍…』
「ほぉ…興味深いね。お前はジェハを気に入っているのかい。」
『えぇ…でも一緒にいる事はできません。
だって私は主を守り彼女の隣で生き続けたい、でもジェハは自由を求めてる。
そんな彼を束縛する事なんて私も彼も求めていません。』
「そうかい…ジェハもお前と離れたくないだろうにね。」
『ギガン船長…?』
「お前は主の為なら何でもするんだね…」
『そう誓って生きてきたから…この命は彼女の為にあるんです。』
「そんな寂しい事は言わないでおくれ。」
『え…?』
「言っただろう、この船に乗った限りお前は私の娘同然なんだ。勝手に死ぬ事は許さないよ。」
『船長…』
彼女はとても優しい顔をしていた。隣に立って船縁に肘をついて月夜を眺める。
『…私、両親の顔を知らないんです。
父は私が生まれてすぐに病気で、母は少ない食料を全て私に与えて餓死しました。
そんな私を偶然拾ってくれた優しい人は強く生きられるように何でも教えてくれました。
明日ここに来る相棒とは血の繋がりのない兄妹なんです。』
「親を知らない…それは寂しい事だね。」
『もし母がいたらギガン船長のように優しく厳しい温かい人だったのでしょうか。』
「リン…」
『どうしてでしょうかね…あなたのぬくもりに触れる度涙が溢れそうなんです…』
ギガンはそっと私を抱き寄せてくれた。
私は彼女に縋り付いて泣いた。ハク以外に縋って泣くのは初めてだった。
安心すると私はそのまま眠ってしまうのだった。
「眠ってしまったのかい?」
ギガンは優しく笑うとどこかで見ているであろう彼を呼んだ。
「どうせ見てるんだろう。」
「あれ、気付いてたんですか。」
「そんな事言ってないでリンをお前の部屋まで運んでやんな。」
「了解♡」
ジェハは私を抱き上げて頬を伝っていた涙を拭う。
「船長が優しい顔してたからもう少し見ていたかったんだけど。」
「このひよっこが。あんたは可愛がってやらないよ。」
「えー、それは酷いな…」
そう言いながらジェハの表情もとても優しかった。
私は彼の部屋で寝台に寝かされ、彼も私に寄り添った。
彼の手が私の髪を梳き、甘い香りがほんのりと香ると部屋を包み込んだ。
「リンちゃん…僕を選んでよ…」
彼は切なく囁くと私の首筋にキスを落とした。
そして私を抱き締めると彼も目を閉じたのだった。
翌朝、私とジェハは白龍や青龍の気配を感じて彼らを迎えに行った。
『私が行くわ。小舟を貸してちょうだい。』
「準備出来てるよ。」
『ありがとう!』
私は小舟に乗り込むと岸へ近づいた。
『姫様!ハク!!』
「リン!!」
『おはようございます。そちらの道から降りて来てください。』
小舟に5人が乗り込んだのを確認して私は舟を漕いで海賊船へ向かった。
私は5人を連れて甲板へ向かう。そこにはギガンと海賊が揃っていた。
「私はヨナ。あなたが船長さん?」
「…船長、ギガンだよ。」
―おばあさんだ…てっきり大男かと…―
ユンはそんな事を口には出せないがふと思っていた。
「話はジェハとリンから聞いてるよ。私達に協力したいんだってねぇ。」
「えぇ。」
―女の子だ…―
―かわいいな…―
―リンは綺麗だけど、次のヨナちゃんはかわいいぞ…―
―てゆーか…―
「何だい、その面は。」
ギガンはシンアを見上げて問う。
―だよね!!船長っっ―
―気になるよね!そこだよねっ―
「取りな。」
『あ、ちょ…』
ギガンが面を取るとシンアは両手で顔を隠した。
それでもギガンは諦めないため、シンアが彼女に背中を向けて丸くなってしまった。
『あー、ギガン船長!!』
「そいつは極度の恥ずかしがり屋なのっっ」
私とユンでどうにかその場は乗り越えた。改めて私達は向き直る。
「私が一番大事にしてるのはね信頼だよ。
信用出来ないヤツらに協力なんて誰が頼むかい。」
「でも戦力がいるんだろ、船長。」
ハクの言葉にギガンは海賊を全員呼んだ。
ハク、キジャ、シンアを海賊達が囲む。
「こいつらを全員ノシたら合格だよ。」
「船長、こりゃいくらなんでも多勢に無勢っしょ~」
「そうだな、これはあんまりだ。なぁ?」
「あぁ。」
「「俺/私一人でも十分殺れる。」」
その言葉に海賊はカチンときたようだった。
『ダメだって…私より強いのに…』
「やってみろ、コラァ!!」
「あーあー…あー…」
私はジェハに腕を引かれて彼の横で待機していた。
海賊達の痛そうな音を聞きながら叫ぶ。
『手加減しなさいよ、ハク!キジャ!シンア!!』
「わーってるよ。」
「さっさと済ませる。」
「うん…」
『はぁ…』
するとあっという間に海賊は全員3人の周りにぐったりと倒れてしまった。
「いかがですか、ギガン船長?欲しくなっただろ。」
「ダメだよ、船長。こいつらの力は規格外だ。僕が3人いるよーなもんなんだから。」
『ジェハを蹴り飛ばした私よりも彼らの方が強いですよ。』
「リンちゃん、その言い方だと僕が一番弱くなっちゃう。」
『そのとおりかもよ?』
「酷いなぁ…」
「…合格。」
ギガンの言葉にヨナとユンはほっとしたようだった。
「安心するのは早いよ、小僧共。お前は何が出来るんだい?」
「俺は暴力キライだから闘わないよ。
それ以外ならなんでも出来る。料理、裁縫、狩猟、怪我人の治療。
材料があれば爆薬も作れる。あと美少年。」
「お前は?」
「えっ…」
「お前は何が出来る?」
ユンは良しと判断したギガンがヨナに尋ねる。
「私…私が出来るのは…」
「ないんだね。ここで何も出来ないヤツは足手まといだよ。」
「私…っ」
「クムジが憎いヤツはこの町に山程いるさ。
でも力が無ければ刃向かっても命を落とすだけ。
お前のような小娘には無理だよ。帰んな。」
ギガンなりの優しさだと気付いている私は何も言わずに事の成り行きを見守りながら、倒れた海賊を起こして回った。
怪我をした者はいないようだ。
「この方が一緒でなければ我々は…」
「キジャ、いいの。ギガン船長の言う通りだわ。だけど私にも引けない理由がある。」
ヨナは燃えるような目で真っ直ぐギガンを見た。
その目にジェハが壁にもたれたまま息を呑んだのがわかった。私は彼の様子にクスッと笑う。
―…いい眼をしてるじゃないか―
「いいだろう、お前が役に立つかどうか…信頼に足る人間かどうか一つ仕事をやってもらおうじゃないか。命がけの仕事をね。」
「命がけの仕事…?」
「そう。今のお前は何の役にも立たないお荷物だ。
お荷物でも私らと一緒にクムジと闘うってんなら、それ相応の覚悟を見せてもらうよ。」
「覚悟…わかった。何をすればいいの?」
「…千樹草を取ってきてもらおうか。」
「船長、それはあんまり…」
「口を挟むんじゃないよ。千樹草とは雲隠れ岬に生えている病や傷の治りを通常の3倍早める万能薬さ。」
「3倍!?」
『そんな薬初めて聞いたわ…』
「高華王国では雲隠れ岬にしか生えない貴重な薬でね、阿波でも知ってる者はごくわずか。
数が少ないから全部積んでもいけない。
もちろんクムジに知られてもいけない。
やつらはこれを法外な値段で売りつけるだろうから。」
ジェハは何も言わずに無表情で立っていた。私は彼を見て無言で寄り添った。
「その薬草があれば今負傷してる仲間も早く回復する。
これからの闘いに大いに必要なものだ。
ちょうどいつもそれを取ってくるヤツが負傷しててね。
お前がそいつのかわりをしてくれるならお前を認めてやるよ。」
「わかった。」
「ああ、言い忘れてたけど千樹草は断崖絶壁の中腹に生えている。
それを誰の手も借りず一人で行くんだよ。」
「な…!」
「初めからそのつもり。」
「ヨナ、無茶だよ!!」
「ユン、お願い。これは私の仕事だから。」
ヨナの様子に私とハクは反発しようとした言葉を呑み込んだ。
「いい心掛けだ。ジェハ、案内しておやり。」
「はいはい。」
「じゃ、ちょっと行ってくる。すぐ戻るね。」
ヨナは肩にアオを乗せてジェハを追いかけた。
「いいの、行かせて?」
「今からでもお止めして…」
『無駄よ。』
「ああいうときは止めても聞かねェんだ、姫さんは。」
私とハクは鋭い眼光のままヨナを追いかけてしまいそうな自分の足を止めるため小さく震えていたのだった。
ハクは私の隣でぞくっと身体を震わせる。
『ハク?』
「なんか昨日から悪寒が…」
『大丈夫?』
―もしかしてジェハがハクを狙ってるからかしら…?―
そう思いながらも私達は足を進める。
「シンアをまた一人でお留守番させちゃったから早く緑龍探さないとね。」
「異様にいたたまれないもんね。」
私は彼らに緑龍を見つけたことを伝えられずにいた。
緑龍探しはヨナと四龍がするべきだと思ったからだ。
―私は愛しく想う理由を探していた…
それは緑龍…ジェハを見つけるためではないんだから…―
「キジャ、緑龍は?」
「この町にいる…と思うのですが、とても素早い奴でちょこまかと動くんですよ。」
そのとき近くの建物で窓ガラスが割れる音がした。
「やめて!!やめて下さい!!」
「うるせェ!!」
「何…!?」
『役人が店で暴れるみたいです…』
割れた窓ガラスから中が見えた。そこでは役人が男性を殴っていた。
ヨナは足を踏み入れようとし、それをキジャが、彼を私が、私をハクが、ハクをユンが止める。
「いけません、姫様。ここは私が。」
『ダメよ、キジャ。あなた目立つんだから。』
「お前は甘い香りがして危ねェだろ。俺が…」
「あんたもな、雷獣!!この珍獣共、立場わかってんの?」
「しかし…」
「わかるけど今は大人しくして。」
そのときハクははっと近くにある人相書きを見て私達に声を掛けた。
「………おい、リン。」
『ん?』
「俺はちょっと別行動する。姫さんを頼む。」
「えっ、ちょっと!雷獣!?」
『いきなりどうしたのかしら…』
去って行くハクの背中を見て私とユンは首を傾げる。
「あっ…」
ヨナの声に振り返るとハクを描いたであろう人相書きがあった。
「『あ!』」
―あれ、この隣のって…―
同じ頃、ジェハも人相書きを見つけて笑っていた。
「ぷっ…ぷぷっ…あーっはっはっはっ
美しくないっ!しかしわかるっ!!言いたい事はわかるっ!!
まぁ、これで彼がおたずね者になったんなら誘いやすい。」
「誰を誘いやすいって?」
「んー、それが名前全然知らないんだよね。」
背後から声がしてジェハが振り返ると探していたハクがいた。
「…って、わお!!!」
「てめぇは笑ってる場合かよ。あんたの顔も人相書きに出てんじゃねーか。」
「僕?」
ハクの人相書きの隣にはジェハらしき人物の人相書き。それを見てジェハは笑う。
「はっはっは、これも愉快な顔だね。」
「あんたの顔だ。」
「よく聞こえなかったな。」
「あんたの顔だ。」
2人は人相書きを破り取るとその場で燃やした。
「役人ら目ェ腐ってやがるねェ。」
「全くだ。」
「そう、君!!目的を忘れるとこだった。僕は君に会いに来たんだよ!」
「あ?俺ァもうあーゆー店には行かねェぞ。」
「違う違う。今日は僕はね…君が欲しい!」
彼はハクの手を掴んで目をキラキラさせながら言った。
それは完全に誤解を生む怪しい一言だった。
「俺そーゆーシュミないんで。」
「ああ~っ、ちょっちょっ…違うんだよ違うんだよ!
僕は君の事をイイ男だと思ってっ!
ここじゃ何だから人のいない所で話を…」
「人気のねェ所に行ってどーするつもりだ、てめェは!!」
腰に抱き着いてくるジェハをハクは殴り飛ばしてしまった。
「僕は…」
「うぜェ!!」
―しまった、少し強く殴りすぎたか…―
だが、ジェハはゆらっと身体を起こし鼻血を流しながらニタリと笑った。
これには流石の雷獣と呼ばれるハクでも恐怖を感じる。
―わ、笑いやがった…!鼻血出てんのに何て嬉しそうな目ェしてやがる…変態だ!―
「今の拳…感じたよ…」
―やべぇ、何か言ってる…こいつは危険だ!!―
鼻血を拭ったジェハからハクは逃げ始める。
「僕から逃げられると…」
そう呟いた瞬間、彼は白龍の気配を感じて屋根の上へと逃げた。
私はジェハの気配が消えた事を感じつつヨナ、キジャ、ユンと共にハクのもとへと走っていた。
「ハク!」
「姫さん、この町では俺と行動しない方が…」
「この辺りで緑龍の気配がしたんだって。」
「何!?」
「私はあちらを探してみる。」
「あ、おいっ!」
『キジャ!!…迷子にならないかしら。』
「ハクは何してたの?」
「ああ、変態に追いかけられた。」
「へんたい?」
「いーんだ、姫さんは知らなくて。」
―あいつもう追って来てねェな…
初めて人間が怖いと思った…二度と関わるまい…―
―変態…?もしかしてジェハの事…?―
私とハクは同じ人物に関して別々の思いで考えを巡らせていた。
ヨナはジェハの人相書きを見ながらハクに問いかける。
「ねぇ、ハク。この人があの女性を役人から助けた人?」
「そーっすね。全く関わりあいたくない人間だけど。」
「会ってみたいわ。」
「やめた方がいいですよ。」
―もうジェハったら…何をしたのよ…―
すると近くの家から泣き声が聞こえてきた。
そこは先程役人が暴れていた店だ。
ヨナはすかさず店に駆け込んで行った。私、ハク、ユンもすぐに彼女を追い掛ける。
店は荒らされ、物はすべて壊され、ボロボロになった親子が店の中央にいた。
母親に抱かれた少年は頭から血を流し目を開かなかった。
「…動かないんです。子供が…役人に歯向かって…殴られて…それきり…動かないんです…」
父親の言葉に私は役人に対する怒りを覚え拳を白くなるほど強く握る。
ヨナも涙を浮かべながら自分の無力さを恨んでいた。
「ハ…ク…リン…
どう…すれば…どうすればあの人達を助けてあげられる?」
「ヨナ…今の俺らには何も力もない。」
「わかってる、ユン…でも私は無力であることに甘えてはいけない…
この町が父上の時代から歪んでいるのならなおさら…」
私は自分の中に生まれたヤン・クムジや役人に対する恨みを必死に押さえ込んでいた。
きっとこの恨みを爆発させると私は暴れてしまうだろう。
―どうして…こんな惨い事ができるの…―
―私は本当に何も出来ないの…?―
私とヨナはそれぞれ心の中で問いかけていたのだった。
その頃、白龍の気配を感じて屋根へ逃げていたジェハは息を吐いた。
「ふー…白龍がまた近くまで来たよ。」
―今はそれどころじゃないのに…
これじゃ彼を海賊に勧誘出来ないじゃないか…
でも僕は狙ったエモノは逃がさない…―
「悪いけどしつこいんだ。口説き直しだ。」
そのとき彼は白龍と同時に別の大きな気配を感じ、そちらに気を取られた隙に足を滑らせ屋根から落ちた。
「わわわわーっ!!?」
私は店から出てその声を聞いて顔を顰めた。
―…ジェハ?―
「~~~っ、たたた…我ながら上部な体。」
彼が尻もちをつき、顔を上げると目の前にキジャがいたのだった。
「僕は…初めて自分が阿呆だと思ったよ…
子供の頃、緑龍の里という檻からようやく抜け出し…
幾度からしくないのに身を潜め、他の龍に見つからないよう気配を押し殺しようやく見つけた安寧の地。
これからも逃げのびる自信があったんだけどね…
そのオチがケツに壺が見事にフィットして動けないなんてね!!
もうどうでもいいよ、全てが!!」
ジェハは屋根から落ちた拍子に大きな壺にお尻が嵌まってしまったらしい。
動けずにいたところを白龍であるキジャに見つかったのだから逃げられないだろう。
「さて、何だっけ。ハジメマシテ、白龍君。」
彼は惚けているキジャに柔らかく手を差し出した。
「ずっと会いたくなかったけど、さすが僕と同じ龍の血を持つ者。
異形の手を持つ白い龍がかくも美しい青年だとは。」
―そういえば黒龍であるリンも絶世の美女だね…
四龍が夢中になって追い掛けるはずだよ…―
そう思った矢先キジャが壺事ジェハを抱え上げた。
「緑龍見つけましたー!!」
「えーっ、このまま行くの!?」
「なんという縁(えにし)!!緑龍が空から降って来るとは。」
「ちょちょちょ、白龍君っ
このままでは目立ってしまう。我々は目立っちゃマズイだろう!?」
「ああ…ん?そなた妙な尻をしておるな。」
「どんだけふくらんでんだい、僕の尻は。」
もうツッコむ気力も失いかけていたジェハは溜息を吐く。
「ずっとそなたを探していた。」
「え…このまま会話するの…?」
「我々の主がお待ちだ。四龍の兄弟よ、共にあの御方をお守りするのだ。」
「…守るって…何だい。そいつ王か何か?」
「いや、今はそうではないがあの御方は…」
「生憎僕は今の生活が気に入ってるしやりたい事もある。」
ジェハは壺を蹴り割るとすっと着地して白龍に向けて舌を出した。
「というわけで知らない他人が来いといっても行く気はないんだ。ゴメンナサイネ。」
「…待てっ!そなたは“龍”だろう?
龍は主を守る為生きて死ぬものだ。数千年の時を経てようやく…
ようやく主が我々を迎えに来られたのだぞ?
我々は血を繋ぐだけの龍ではない。歴代の龍が成したくとも成しえなかった悲願を…」
「やれやれ…よりによって人形のような龍が迎えに来たものだ。
歴代龍達の悲願の中に君の思考はあるのかい?
何の疑問もなくただ言われるがまま主を守るとか言っているのなら、それは悲願じゃなくて悲劇だね。かわいそうな白龍。」
そう言い残しジェハは地面を蹴った。
キジャは言葉を受け止めきれずその場から動けずにいたのだった。
ジェハは軽やかに屋根を伝いハクを探す。
「お、いた♡」
その頃、ハクは私やヨナから離れひとり歩いていたのだ。
「やあ!」
ジェハの声にハクは振り返りもせずあからさまに嫌そうな顔をする。
「やあやあやあ、さっきはごめんよ。君と話がしたくてさ。」
「知らない人と口をきくなというのがじっちゃんの遺言で。」
「ジェハ、僕の名前だよ。ついでに言うと海賊だ。
これでもう知らない奴じゃないだろう?」
「…俺に何の用だ。」
仕方なくハクは警戒心丸出しで振り返った。
「僕んとこの船長がね、君をご所望なんだ。あ、僕が推薦したんだけど。
君の力に惚れたよ。是非その力僕らと共に…」
「断る。」
「一回でいい。ウチの船長に会ってほしいんだ。
誓って悪いようにはしない。君のご主人様も一緒でいいからさ。」
「もっと断る。」
「よっぽど大事なご主人様らしいね。心配しなくても…」
「ハク、お待たせ。あら、どなた?」
そこにヨナをはじめ私達が合流した。
―やっぱりあなたの気配がしたわ、ジェハ…キジャがいないから油断したのかしら?―
ヨナに続くように私とユンも姿を現す。
私はジェハにそっと笑いかけた。だが、彼はヨナの言葉と気配によって龍の血が沸騰しているようでそれを葛藤する事しかできずにいた。
ジェハはその場に膝をついてしまい、脚の疼きと騒ぐ血に耐える。
私はその衝動を気配を通じて感じ取り彼に駆け寄った。
『ジェハ…』
「リン、お前…」
「四龍の戦士よ
これよりお前達は我々の分身
緋龍を主とし
命の限り
これを守り これを愛し
決して裏切るな」
他の四龍と同様ジェハの頭の中に龍の声が響いた。
「う…あ…!!」
「どうした?」
―まさかこの子がずっと遠ざけてきた四龍を統べる者…?―
ジェハは汗を流しながらヨナを見上げた。
「おい…」
「大丈夫?」
ヨナは彼の額に手を当てた。それだけで彼の鼓動が大きく鳴る。
「すごい熱…!」
―いけない…早くここを立ち去らなければ…
でもなぜ動けない…なぜこんなにも…離れ難いと思うのは…―
「ありがとう…お嬢さん、もう大丈夫…」
「緑龍…?」
そのときヨナがふと彼をそう呼んだ。私とジェハはただ驚くばかり。
「あなた緑龍でしょう…?」
「なんで…」
「なんとなくそんな気がするの。違う?」
「…何の事だか。僕は通りすがりの…」
するとタイミング悪くジェハが立ち上がった瞬間、キジャがこちらへ走ってきた。
「姫様、その者が緑龍です!」
ハクは逃がすまいとジェハの首を後ろから絞めた。
「通りすがりの?」
「緑龍です…」
「あんたが緑龍だったのか…」
「あら、あなた人相書きの?ハクから話を聞いて会ってみたかったの。あなたが緑龍で嬉しい。」
ジェハは余裕そうな顔をしつつも自分の中の龍の血と闘っていた。
その証拠に誰にも見えない場所で私の手を強く握っている。
私は彼の手を握り返してそっと指で撫でてやっていた。
―四龍と緋龍の結びつきをナメていたようだ…
その姿、その声すらもまるで甘い誘惑だ…
だが、これは僕の中の龍の血がそうさせてるだけ。僕自身の想いではない!―
「私はヨナ、あなたの名は?」
「…はじめまして、僕の名はジェハ。
僕は心底会いたくなかったよ、お嬢さん。」
「私が来る事を知っていたの?」
「こんな可愛らしい女の子だとは思わなかったけど、ここ最近白龍と青龍の気配がしてたからね。
それに黒龍も来てたからもしかしたらと思っていたよ。
もし彼らが主人を引き連れてやって来たら言おうと思ってたんだ。
“僕は君に仕える気はかけらもない”“お帰りください”」
彼の言葉に私以外の全員が目を丸くした。
特にキジャはジェハの態度が気に入らないようだ。
「私は白龍と青龍の主ではないわ。
今は理由(わけ)あって力を貸してもらっているの。
あなたにも力を貸してほしくて来たの。」
「可愛い女の子に頼られるのは嬉しいな。
だけどごめんね。僕は白龍のように緋龍王のために生きて死ぬ…なんて志は持ちあわせていないんだ。」
彼は笑いながら私の手を離し腕を組んだ。
「僕は守るべき人は自分で選ぶし、死ぬ場所も自分で決める。
だからお嬢さんに力を貸す気はないよ。」
「ジェハ…そんなに威嚇しなくても大丈夫よ。」
「え…」
図星だったようでジェハは視線を泳がせた。
その様子が可愛らしくて私はクスクス笑う。
「わかった。あなたの事は諦める。」
「姫様…っ」
「私はお願いしているのであって、命令しているのではないもの。」
「あっさり…引き下がるんだね。」
「ここまでハッキリ言われて聞きわけないのも見苦しいわ。
本当はすっごく残念よ。なぜかしら、四龍に会うととても離れ難い気持ちになるのは。」
ジェハは目元を前髪で隠しながら優しく微笑んだ。
「僕も残念だよ。久々に会ったかわいこちゃんだったのに。
それに…彼を仲間にするつもりだったのにな…」
彼はハクをじーっと見つめる。
「聞きわけないのは見苦しいぜ。」
「ハクを?」
「こいつ海賊なんだと。俺に船長に会えってさっきからうるせぇ。」
「つれないなぁ。」
「海賊?」
そのときヨナは何かを思いついたようだった。
私は不思議に思い彼女を呼ぶ。だが、いつものように“姫様”と呼ぶのは控えた。
まだ完全に仲間になったわけではないジェハの前で姫と呼ぶのは躊躇われたのだ。
―まぁ、さっきキジャが姫様って呼んだ気はするけど…―
『ヨナ、何か思いついたのですか?』
「…ジェハ、私あなた達の船長と話がしてみたい。」
『え…!?』
「…なぜ?ハクをくれるの?」
「ううん、あげない。
あなた達が闘っているのは阿波の領主ヤン・クムジなのでしょう?
役人に殺される子供を見たの。
思い出すと今でも怒りで震えが止まらない、役人にもヤン・クムジにも何も出来なかった自分にも。私は理不尽に殺される子供をもう見たくない。
クムジと闘ってるあなた達に何か協力出来る事はないかしら?」
「…成程。」
『ちょっとジェハ…まさか…』
彼は冷たい表情のまま私の髪を撫でるとヨナに背中を向けた。
「お嬢さんに協力を頼むかは置いといてハクを連れて来るなら船長に会わせよう。明日、僕らの船においで。」
『ジェハ…』
「リンちゃん、今日別れた場所で待ってるから。」
『わかった…』
「ちゃんと説明してくるんだよ。」
ジェハを見送って私はヨナ達を振り返った。
「説明してもらうぞ、リン。」
『えぇ。』
ハクの真剣な眼差しを受け止めながら私達は歩き出した。
『私は緑龍の気配を追って海を探っていたの。
最初の日は二胡の音が遠い事からまだまだ緑龍は遠くにいると判断した。
そして昨日、一緒に海賊船を見つけたでしょう?
そのときの場所へ町で感じた緑龍の気配が戻って行くのを感じ取った。
だから夜になって私は海賊船に潜入した。』
「リン、そんなことしてたの!?」
「危険じゃん!!」
『それでもどうしても確かめたかった。
そうしたら海賊が役人の船を襲い始めたわ。
その船には薬物が積まれていて、それを町の人達に売り飛ばすつもりだったみたい。』
「なんと酷い事を…馬鹿げている。」
『海賊はそれを阻止する為に船ごと燃やして沈めたわ。
私は闘いの途中緑龍…ジェハを狙う役人を蹴り飛ばしちゃったのよね…』
「闘いに自分から首を突っ込んだのか…リンらしいぜ。」
ハクはふっと笑って私の頭を小突いた。
そうしているうちに野宿をしている辺りに到着した。
ここからの会話にはシンアも加わった。彼は私達が緑龍と会ったのを見ていた為伝える必要はなかった。
『ジェハと闘って力を認められたから私は夜の間だけ海賊の一員としてクムジと闘う許可を得られた。』
「勝手な事しやがって…」
『それからジェハといろんな話をしたわ。
それで全て謎が解けたの、どうして緑龍だけ懐かしく愛しく想っていたのか。』
私の言葉に仲間達は興味津々。私を取り囲むように座ると何も言わずにこちらを見つめていた。
『それは初代黒龍と緑龍が恋仲だったから。』
「「「「え…!?」」」」
「恋…仲…?」
『言うなれば夫婦だったのよ。』
「ふ、夫婦だと!?」
『よく考えてみて。黒龍の甘い香りに誘われるように男が集まってきて、その中には四龍も含まれていた。
でも黒龍には護身用の爪があってそう簡単には近づけない。ただ緑龍を除いてね。』
「あ…緑龍は龍の脚を持ってるから…」
『そのとおりです、姫様。
しつこく近付いてくる緑龍に心を開いた黒龍は恋に落ち、緋龍王が亡くなった後共に国を出て里を作った。その里こそ今の緑龍の里。』
「だから黒龍には里がねェってことか…」
ハクの言葉に私は頷いた。
「それで今のお前とあのタレ目はどうなんだよ。」
『タレ目ってジェハの事?』
「他に誰がいる。」
『ふふっ、そうね…昨日会ったばかりなのに隣にいたいと願ってしまうわ。
初代からずっと果たされなかった想いだからなのか、龍の血が惹かれあっているのか…でもそれだけではないと思うの。
彼の闘う姿は美しかった。ぬくもりや優しさに触れて惹かれたから…
ずっと前から互いを知っていたみたいな安心感があるの…不思議よね。』
「リンはジェハが好きなの?」
『きっとそうでしょうね。』
私は彼女に向けて微笑んでからすぐに真剣に言った。
『しかし私達の望む道は異なります。
私は姫様の傍にいる事を望み、それは最優先事項です。
彼は自由を望み龍の宿命(さだめ)から逃れ今共に闘っている仲間と共にいたいと願っています。
だから私達は自分の選んだ道を進むんです。この恋だって今だけの戯れ事ですよ。』
「リン…」
「リン、ひとつ訊いてもよいだろうか。」
『どうしたの、キジャ?』
「何故緑龍を見つけたと教えてくれなかったのだ。」
『それは私が見つけるべきではないと思ったから。
私は四龍でもなければ、主となるヨナ姫でもない。
彼を見つけ勧誘するのは姫様かキジャやシンアであるべきだと思ったの。
それに彼はハクを仲間にしたがっているみたいだったから、私が伝えずともすぐに会えると考えたのよ。』
「そうか…」
「リンはジェハとすんなり別れられるの…?」
『私には姫様以上に大切なものはない。』
「私はリンにも幸せになってほしいわ…」
私はヨナを抱き寄せ髪を撫でた。彼女は私の服を強く握る。
『私は姫様の隣にいたいんです。そのために何を捨てることになっても後悔はしません。』
「でも…」
『姫様の傍を離れる事の方が恐ろしくて、不安で…ここにいる事が何よりも幸せなのです。』
優しく微笑むと彼女は頷いてくれた。
「ありがとう。」
―そう…ヨナがいてくれればそれでいい…他には何も望まないの…―
私が話し終えるとユンは夕食の用意を始めた。
「驚かさないでよ、ヨナ。急に海賊に会いたいなんて。」
「ごめんね、相談もなしに。」
『私はもう既に海賊の仲間入りをしてるんだけどね。』
「どうしても海賊の船長に会ってみたくて。」
「相手は海賊だよ。乱暴されたらどーすんのさ。」
「これは私の独断だからユンはお留守番してて。」
「バカにしないでよね。俺も行くよ!」
「私もお供します。」
シンアもコクッと頷いた。
『悪い人達じゃないわ。それは私が保障する。』
「リンこそ、危ない事しないでよね。」
『ごめんごめん。』
「まぁ、リンならその辺の海賊くらいやっつけちゃうだろうけどさ。」
「現にジェハに勝ったんでしょ?」
『彼を蹴り飛ばしちゃったんですよね…』
「「「え…」」」
『相手も四龍なんで本気でやらなきゃと思って戦ったんですよ…
ジェハは女性に本気は出せないのか知りませんけど。
壁に背中をぶつけて大きな音をたてた時には流石に焦りました。』
「やっぱりリンはリンだね。」
「うん。」
「うむ。」
またシンアは頷く。彼らの反応に私は複雑な心境だ。
『それって褒めてるの、けなしてるの…?』
そう言って皆で笑った。ハクは近くに座っていて目の前にいた私の手を掴むと自分に引き寄せた。
『ハク?』
「…」
私は何も言わずに彼の隣に座ると静かに寄り添った。
「…お前が恋するなんて想像できねェ。」
『あら、失礼ね。私だって人間なんだもの。
誰かを好きになったり、ぬくもりを求めて当然じゃない。』
「あの変態のどこがいいんだ…」
『確かに変態よね。』
私は笑いながら答える。
『でも本当は素直で照れ屋で優しい人。
それを知られるのが恥ずかしいから変態さや軽さ(チャラさ)で隠しているの。
一晩話してて思ったわ、彼が本当に仲間を大切に思い自分の意思で物事を選びたいと願っているって。』
「ふぅん…リンが選んで後悔しないなら俺は何も言わない。」
『ハク…』
「まぁ、何かあったら来なさいな。話くらいなら聞いてやる。」
『ありがと。』
そこにヨナがやってきて私達の前に座った。
『姫様?』
「ハクは強制参加だけど…」
「いーっすよ。なんか緑龍(ヤツ)の思い通りになってる気がして癪だけど。
緑龍(ヤツ)を仲間にするのはもういいんですかい?」
「ジェハが嫌なら仕方ないわ。」
「物分りが良いことで。俺らが風の部族を出る時は行くのを許した覚えはないだの…」
『一緒にいなきゃいけないだの…』
「ハクをちょうだいだのわがまま放題…」
そう言っているとヨナが外套のフードの下で顔を真っ赤にしているのがわかった。
私とハクはそれを見て互いに顔を見合わせるとニッと笑う。
「姫さん…?」
「うるさいわね…お前達は別よ。」
完全に私とハクはいじめっこになっていた。
「別って?どう別なんです?」
―かわいい…―
ハクはヨナの様子に心底楽しそうに笑う。
「どうもこうもないわよ。昔の事を掘り返さないで。」
「そーいえばハクとリンだけは側にいなくちゃダメとか言ってましたよね。」
『懐かしい~♪』
「お前達のそーゆー所がキライ!!」
「はいはい、ご飯出来ましたよー」
ユンに呼ばれて私達は食事を楽しむ。
そして頃合いを見て私は外套を羽織った。
「行くのか。」
『えぇ。明日皆が来るのを船で待ってるわ。』
ハクは私の頬を撫でて少しだけ寂しそうな顔をした。
私は甘く微笑むと彼の頭を抱き寄せる。
「っ!?」
『そんな顔しないで、ハク…』
「お前は必ず帰ってくる…俺は信じてる。」
『私の居場所は姫様の隣よ。それに…』
私はハクの目を真っ直ぐ見つめた。
彼は闇のような私の瞳に引き込まれそうだった。
『私はあなたの相棒だもの。裏切ったりしない。』
「リン…」
彼はふっと漸く笑みを零した。
「そうだな。」
『それじゃいってきます。』
仲間達に背中を向けて私は歩き出す。
朝別れた場所にジャハは月明かりを受けながら立っていた。
『ジェハ…』
「来てくれないのかと思ったよ。」
『遅くなってごめんなさい。』
「構わないさ。こうやって来てくれたんだから。
それに僕はいつまででも待っていたと思うよ。君は来てくれるって信じてたから。」
『ありがとう。』
私は彼に抱き着きその優しいぬくもりに包まれ、強い腕に抱かれた。
彼が地面を強く蹴ると私達の身体はふわっと浮かび海賊船へと向かうのだった。
その晩、私は海賊の人達に出迎えられて共に酒を飲みジェハの奏でる音楽を聞いた。
「リンちゃんも何か演奏できるのかな?」
『やってみないとわからないわ。』
「それならこれはどうだい?」
ジェハが渡してくれたのは縦笛。軽く吹いてみると音階はすぐに理解できた。
「すげぇ…」
「上手じゃないか。」
ギガンにも褒められて私は嬉しくて微笑んだ。
「本当にああやって見るとただの小娘だけどね。」
「でもすっごく強いんすよ!!」
「リンちゃん、合わせてみようか。」
『うん!!』
私とジェハは笛と二胡で旋律を奏でる。
何も合図がないのに息の合った演奏を自然とやってのけるため海賊の仲間達は驚いていた。
夜が更けると私はギガンに声を掛けた。既に甲板には誰もいない。
「明日はお前の仲間が来るんだろう?」
『はい。』
「どんな奴らなんだい。」
『少女がひとりと天才の少年。戦闘力となりそうなのは3人…
黒髪で大刀を振り回す私の相棒、異形の手を振るう白龍、そして美しい剣筋の青龍…』
「ほぉ…興味深いね。お前はジェハを気に入っているのかい。」
『えぇ…でも一緒にいる事はできません。
だって私は主を守り彼女の隣で生き続けたい、でもジェハは自由を求めてる。
そんな彼を束縛する事なんて私も彼も求めていません。』
「そうかい…ジェハもお前と離れたくないだろうにね。」
『ギガン船長…?』
「お前は主の為なら何でもするんだね…」
『そう誓って生きてきたから…この命は彼女の為にあるんです。』
「そんな寂しい事は言わないでおくれ。」
『え…?』
「言っただろう、この船に乗った限りお前は私の娘同然なんだ。勝手に死ぬ事は許さないよ。」
『船長…』
彼女はとても優しい顔をしていた。隣に立って船縁に肘をついて月夜を眺める。
『…私、両親の顔を知らないんです。
父は私が生まれてすぐに病気で、母は少ない食料を全て私に与えて餓死しました。
そんな私を偶然拾ってくれた優しい人は強く生きられるように何でも教えてくれました。
明日ここに来る相棒とは血の繋がりのない兄妹なんです。』
「親を知らない…それは寂しい事だね。」
『もし母がいたらギガン船長のように優しく厳しい温かい人だったのでしょうか。』
「リン…」
『どうしてでしょうかね…あなたのぬくもりに触れる度涙が溢れそうなんです…』
ギガンはそっと私を抱き寄せてくれた。
私は彼女に縋り付いて泣いた。ハク以外に縋って泣くのは初めてだった。
安心すると私はそのまま眠ってしまうのだった。
「眠ってしまったのかい?」
ギガンは優しく笑うとどこかで見ているであろう彼を呼んだ。
「どうせ見てるんだろう。」
「あれ、気付いてたんですか。」
「そんな事言ってないでリンをお前の部屋まで運んでやんな。」
「了解♡」
ジェハは私を抱き上げて頬を伝っていた涙を拭う。
「船長が優しい顔してたからもう少し見ていたかったんだけど。」
「このひよっこが。あんたは可愛がってやらないよ。」
「えー、それは酷いな…」
そう言いながらジェハの表情もとても優しかった。
私は彼の部屋で寝台に寝かされ、彼も私に寄り添った。
彼の手が私の髪を梳き、甘い香りがほんのりと香ると部屋を包み込んだ。
「リンちゃん…僕を選んでよ…」
彼は切なく囁くと私の首筋にキスを落とした。
そして私を抱き締めると彼も目を閉じたのだった。
翌朝、私とジェハは白龍や青龍の気配を感じて彼らを迎えに行った。
『私が行くわ。小舟を貸してちょうだい。』
「準備出来てるよ。」
『ありがとう!』
私は小舟に乗り込むと岸へ近づいた。
『姫様!ハク!!』
「リン!!」
『おはようございます。そちらの道から降りて来てください。』
小舟に5人が乗り込んだのを確認して私は舟を漕いで海賊船へ向かった。
私は5人を連れて甲板へ向かう。そこにはギガンと海賊が揃っていた。
「私はヨナ。あなたが船長さん?」
「…船長、ギガンだよ。」
―おばあさんだ…てっきり大男かと…―
ユンはそんな事を口には出せないがふと思っていた。
「話はジェハとリンから聞いてるよ。私達に協力したいんだってねぇ。」
「えぇ。」
―女の子だ…―
―かわいいな…―
―リンは綺麗だけど、次のヨナちゃんはかわいいぞ…―
―てゆーか…―
「何だい、その面は。」
ギガンはシンアを見上げて問う。
―だよね!!船長っっ―
―気になるよね!そこだよねっ―
「取りな。」
『あ、ちょ…』
ギガンが面を取るとシンアは両手で顔を隠した。
それでもギガンは諦めないため、シンアが彼女に背中を向けて丸くなってしまった。
『あー、ギガン船長!!』
「そいつは極度の恥ずかしがり屋なのっっ」
私とユンでどうにかその場は乗り越えた。改めて私達は向き直る。
「私が一番大事にしてるのはね信頼だよ。
信用出来ないヤツらに協力なんて誰が頼むかい。」
「でも戦力がいるんだろ、船長。」
ハクの言葉にギガンは海賊を全員呼んだ。
ハク、キジャ、シンアを海賊達が囲む。
「こいつらを全員ノシたら合格だよ。」
「船長、こりゃいくらなんでも多勢に無勢っしょ~」
「そうだな、これはあんまりだ。なぁ?」
「あぁ。」
「「俺/私一人でも十分殺れる。」」
その言葉に海賊はカチンときたようだった。
『ダメだって…私より強いのに…』
「やってみろ、コラァ!!」
「あーあー…あー…」
私はジェハに腕を引かれて彼の横で待機していた。
海賊達の痛そうな音を聞きながら叫ぶ。
『手加減しなさいよ、ハク!キジャ!シンア!!』
「わーってるよ。」
「さっさと済ませる。」
「うん…」
『はぁ…』
するとあっという間に海賊は全員3人の周りにぐったりと倒れてしまった。
「いかがですか、ギガン船長?欲しくなっただろ。」
「ダメだよ、船長。こいつらの力は規格外だ。僕が3人いるよーなもんなんだから。」
『ジェハを蹴り飛ばした私よりも彼らの方が強いですよ。』
「リンちゃん、その言い方だと僕が一番弱くなっちゃう。」
『そのとおりかもよ?』
「酷いなぁ…」
「…合格。」
ギガンの言葉にヨナとユンはほっとしたようだった。
「安心するのは早いよ、小僧共。お前は何が出来るんだい?」
「俺は暴力キライだから闘わないよ。
それ以外ならなんでも出来る。料理、裁縫、狩猟、怪我人の治療。
材料があれば爆薬も作れる。あと美少年。」
「お前は?」
「えっ…」
「お前は何が出来る?」
ユンは良しと判断したギガンがヨナに尋ねる。
「私…私が出来るのは…」
「ないんだね。ここで何も出来ないヤツは足手まといだよ。」
「私…っ」
「クムジが憎いヤツはこの町に山程いるさ。
でも力が無ければ刃向かっても命を落とすだけ。
お前のような小娘には無理だよ。帰んな。」
ギガンなりの優しさだと気付いている私は何も言わずに事の成り行きを見守りながら、倒れた海賊を起こして回った。
怪我をした者はいないようだ。
「この方が一緒でなければ我々は…」
「キジャ、いいの。ギガン船長の言う通りだわ。だけど私にも引けない理由がある。」
ヨナは燃えるような目で真っ直ぐギガンを見た。
その目にジェハが壁にもたれたまま息を呑んだのがわかった。私は彼の様子にクスッと笑う。
―…いい眼をしてるじゃないか―
「いいだろう、お前が役に立つかどうか…信頼に足る人間かどうか一つ仕事をやってもらおうじゃないか。命がけの仕事をね。」
「命がけの仕事…?」
「そう。今のお前は何の役にも立たないお荷物だ。
お荷物でも私らと一緒にクムジと闘うってんなら、それ相応の覚悟を見せてもらうよ。」
「覚悟…わかった。何をすればいいの?」
「…千樹草を取ってきてもらおうか。」
「船長、それはあんまり…」
「口を挟むんじゃないよ。千樹草とは雲隠れ岬に生えている病や傷の治りを通常の3倍早める万能薬さ。」
「3倍!?」
『そんな薬初めて聞いたわ…』
「高華王国では雲隠れ岬にしか生えない貴重な薬でね、阿波でも知ってる者はごくわずか。
数が少ないから全部積んでもいけない。
もちろんクムジに知られてもいけない。
やつらはこれを法外な値段で売りつけるだろうから。」
ジェハは何も言わずに無表情で立っていた。私は彼を見て無言で寄り添った。
「その薬草があれば今負傷してる仲間も早く回復する。
これからの闘いに大いに必要なものだ。
ちょうどいつもそれを取ってくるヤツが負傷しててね。
お前がそいつのかわりをしてくれるならお前を認めてやるよ。」
「わかった。」
「ああ、言い忘れてたけど千樹草は断崖絶壁の中腹に生えている。
それを誰の手も借りず一人で行くんだよ。」
「な…!」
「初めからそのつもり。」
「ヨナ、無茶だよ!!」
「ユン、お願い。これは私の仕事だから。」
ヨナの様子に私とハクは反発しようとした言葉を呑み込んだ。
「いい心掛けだ。ジェハ、案内しておやり。」
「はいはい。」
「じゃ、ちょっと行ってくる。すぐ戻るね。」
ヨナは肩にアオを乗せてジェハを追いかけた。
「いいの、行かせて?」
「今からでもお止めして…」
『無駄よ。』
「ああいうときは止めても聞かねェんだ、姫さんは。」
私とハクは鋭い眼光のままヨナを追いかけてしまいそうな自分の足を止めるため小さく震えていたのだった。