主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
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私がジェハの気配を追っている頃、ヨナ達にキジャが合流していた。
「なんと!こやつめ、姫様に嘘をついてそんなふしだらな店にっ」
「もっ、見損なった。胸の開いた服着たお姉さん達に囲まれてさ。」
「待てこら。お前ら少しは人の話を…」
「キジャ、ユン。ダメ、そんな事言っちゃ。
ハクにだって女の子と遊びたい時くらいあるわよ。」
「知ったふうにとんでもない事言わないように。」
「そんな事言って、ハクが恋人でも作って去って行ったらどーすんのさ。」
「え…」
「ご安心を姫様!あれがいなくとも私やシンアがお守りします。
間もなく緑龍も仲間になればあれはもう不要…」
その瞬間、ハクがユンの鞄をキジャに向かって投げた。
「おっと手がすべった。」
「やめてよ、こんな所で怪獣大戦争は!!」
2人がケンカを始めようとするのをユンは必死に止める。
そのときハクははっとしてキジャの服を掴んで引くと物陰に隠れた。
壁にキジャを押し付け、自分と彼の間にヨナとユンを挟むように隠す。
「な…」
「静かに…行ったか。」
「なんなの?」
『役人よ。』
「リン!」
「さっきはよくも人を足場にしてくれたな…」
『ごめんなさい。緑龍の気配がしたから追いかけていたの。
本当に足が速くて捕まえられないわ…』
「それより役人って…?」
「会うとまずい。用が済んだら早々に立ち去るべきだな。」
「俺ら目立つもんね。」
『緑龍の気配もまた海の方へ行っちゃったし…』
「あの…」
そのときハクにある女性が声を掛けた。
「あれ、あんた昨日の。」
「はい…!昨日はありがとうございました。」
「あんたこんな役人うろつく所で危ねェだろうが。」
「仕方ありません。私ここで仕事をしてますので…」
私は彼女の声に聞き覚えがあり、ハクが助けた女性だと気付いたものの何も知らないヨナ、ユン、キジャは興味津々でハクと女性を見つめる。
「しかし…場所を変えるぞ。」
私は気まずそうにしているハクを見て笑った。
彼女が働いている店にある一室でハクから私達は昨日の出来事について報告を受ける。
「えっ、役人を殴って蹴った!?」
「まぁな。」
『蹴ったのはもう一人の通りすがりでしょ。』
「あぁ。」
「リンは知ってたの!?」
『町の騒がしさが気になって聞いただけよ。』
「あ…黒龍として聞こえたのか。
それにしても勇気ある通りすがりだね。
…じゃなくて、そんな目立つ事したの雷獣。」
「お蔭で助かりました。私達は役人に逆らう事が出来ないので。」
「この町の役人はそんな白昼堂々バカな事するの?」
「はい。店で暴れたり目をつけた娘を連れ去ったり。
私達はなるべく役人の怒りを買わないように生活するしかないんです。」
「どうして…」
「ヤン・クムジか。」
『クムジ?』
「この阿波一帯の領主だと聞いた。町の連中は皆そいつに怯えてるんだと。」
「は…はい。役人は全てクムジの息がかかってるんです。
私達はここで商売するかわりに不当に高い税をクムジに納めているんです。
この町には不穏な噂もあるのですがどうする事も出来ません。
イル王の治世からずっとです。新王が即位されたと聞きますが、たぶんこの町は変わらないでしょう。」
「…道理で町の人達元気がないはずだわ。」
ヨナの言葉に私とハクは目を見開き彼女を見た。
「そうなんですか?私は賑やかな町だなと思いましたが…」
「賑やかに見えるけど、笑顔がどこか嘘っぽい気がした。」
『町をあまり知らない姫様がそういう所に気付くのね…』
「リンもそう思ったか。」
『うん…』
私とハクが小声で話しているとユンが女性に問うた。
「海賊は?」
「海賊?」
「町外れの岩陰に海賊船らしき船が泊まってるんだ。
あんなのがいるならますます治安が悪くなるよね?」
「いえ、あの人達が町の人に危害を加えた事はありません。」
「え、そうなの!?」
「確かに船を襲ったりもするのですが、彼らが襲うのは…ヤン・クムジの船です。」
夜になると私達は野宿をしている場所へ戻った。
そこではシンアが私達の帰りを待っていた。
『ただいま、シンア。』
「おか…えり…」
それから夕食を食べ皆が寝ようとすると私は外套を羽織り顔を隠した。
「行くの…?」
『姫様…』
「気をつけて行くのだぞ。」
『ありがとう。行ってくるわ。』
「…朝には戻れ。」
『はい。』
ハクは目を閉じたまま言った。その声色は平然を装っているが私を心配してくれてる事が分かる。
私はハクの髪をそっと撫でてから緑龍の気配を追うように海賊船の方へ向かった。
昼間より岸に寄せて船が止められていたため私は静かに潜入して荷物の中に紛れ込んだ。私の気配に気付く者は誰もいなかった。
「今日はヤン・クムジの船が薬(ヤク)を運んでくる。
港に入る前に奇襲を掛けて沈めちまいな。」
「「「はい!!」」」
―ヤン・クムジ…薬物にまで手を出してるの…?
それにここの海賊は町を守る為に船を奇襲してる…?―
「ジェハ、お前は先に見張りとでもすり替わって乗り込んでな。」
「了解、船長~♪」
陽気に答えた声が聞こえた瞬間、緑龍の気配が消えた。
―ジェハ…それが緑龍の名前なのね…―
そして夜が更けてくると一隻の船が現れた。
ヤン・クムジの息がかかった薬物を乗せている船だ。
私が潜入した海賊船も動き始め闇の中に隠れる。
「例のものは?」
「全て積んである。あとは港にいる使いの者に渡すだけだ。」
「おい、見張り。近くに不審な船は?」
「ありません。」
「そうか…ならば安心だな。海賊も今夜は我々の船に気付かなかったようだな。」
「ああ、今回は細心の注意を払ってある。情報漏洩はないはずだ。」
「あのぉ…」
「なんだ、見張り。」
「さっきの“例のもの”って何ですか?」
見張りの言葉に役人達はバカにしたように笑った。
「は?今更何を言っている。戒帝国から密輸した新種の麻薬だろうが。」
「そんなものどうするんですか?」
「どうするもこうするも町の連中に流して金を巻き上げるのさ。」
「ははっ、それは悪いなあ。それは…」
そのとき見張りの声が冷たさを秘めた色っぽい声に変わった。
「美しくない…」
「見張り…?」
すると見張り台にいる影が揺れて下に落ちてきた。
縄で縛られ宙づりにされた見張りは目を回しているようだ。
「え…!?なんだこれは…」
「おい、見張り!?」
「自己紹介が遅れたね。」
役人達が見上げた先にいたのは月を背負い酒を杯で飲んで笑うジェハだった。
「一時程前から見張りを交代していた美しき新入りだよ。」
「き…貴様…っ」
「誰だ!?」
「あれ、見て先輩。」
ジェハはおどけながら役人に言う。
「あれがもしかして不審船ってヤツかな?」
彼らの視線の先に現れたのは闇から姿を現した海賊船。
「かっ…」
「沈めな、小僧共。」
「海賊だぁあああああ!!!」
ギガンの声に従うように海賊が役人の船に乗り移っていった。
私は物陰から気配を消して戦いを見ていた。
―海賊…と言っても戦い方はまだまだ腰が引けてる…
本来は海賊ではない…?それに殺す気はないみたいに見える…―
「配置につけ!応戦しろ!!」
「配置につけって今さら遅いよ。これだからお役人は。」
そう呟くジェハに向けてひとりの役人が弓を引いた。
私はそれを見て外套を目深に被ったまま地面を蹴った。
ギガンの横を通り過ぎ、剣を抜くと月明かりに刀身を光らせた。
「何だい、今の甘い香りは…」
ギガンの声が聞こえた気がした時には既に私は剣で弓を切り、鋭い蹴りを役人の腹部にお見舞いしていた。
「ぐはっ…」
「おや?」
ジャハは自分を狙っていた役人がいた事に私が飛び出してから漸く気付いたようだった。
自分が助けられた事に驚くと同時に私の戦い方に目を丸くした。
「美しいね…」
するとジェハは見張り台からふわっと跳び上がった。
「ああ、本当この能力(ちから)だけは最っ高だね。お返し♡」
彼は笑いながら暗器を私の背後にいた役人に向けて投げた。
「うわっ!」
『ふっ…』
「と…飛んでる…?」
「おやすみ…いい夢を。」
彼の戦い方を見つめて私は笑いながら目の前の役人の腹部を殴り飛ばした。
「美しい戦い方だ、お嬢さん。」
『ありがとう、お兄さん。』
「でもどうしてこんな危険な所に女性がいるのかな?」
『その話は後にしませんか?殺さないよう手加減するのって意外に大変なんですよ。』
「いいよ。後で2人きりでゆっくり話そうか。」
『喜んで。』
―殺さないように手加減って…戦場を経験してるって事かい…?―
私とジェハは背中合わせになると役人を殴り蹴り飛ばしていった。
彼に襲いかかろうとした役人の剣を自らの剣で薙ぎ払い背負い投げてやる。
すると役人は強い衝撃で目を回した。
「また助けられちゃったかな。」
「か…海賊ふぜいが…よくも…死ねえっ!」
『っ!』
海賊のひとりが殺されそうになっているのを聞き取った私が息を呑むとジェハはクスッと笑って私の髪を撫でるとふわっと跳び上がり剣を振り上げていた役人の上に着地した。
「よっ…」
『ふぅ…』
「何苦戦してるんだい、役人ふぜいに。」
「ジェハ~遊んでないで手伝ってくれよ。」
「自分でやらないとギガン船長に沈められるよ。」
「仕方ないだろ。5年前までは俺ただの漁師だったんだぜ。」
「つまりは5年も海賊やってんだろ。」
私は喋っている2人の背後でひとり数人の役人の相手をしていた。
『邪魔だ…どけ!』
「何だと…死ね!!」
「あ!あの娘、危ないんじゃ…」
「どうかな?」
「え?」
私は剣を斜めに振り上げて役人の腕を切り、そのままの勢いで2人を殴った。
「綺麗…」
「本当にね。顔が見えないのが残念だよ。」
戦っている間も私の顔は外套のフードの下に隠れている。彼らから見えるのは口元だけだろう。
ジェハと海賊仲間がこちらに移動してくる。その間も私は舞うように戦い続けていた。
「戦い慣れてるね…」
『大切な物を守るため強くなった…ただそれだけよ。』
私がくるっと身体を回転させて役人を3人まとめて蹴った途端、隣にいたジェハは息を呑んだ。
―甘い香り…それにこの気配…―
「黒…龍……?」
動きを止めた彼の腕を引いて彼の後ろの役人を殴った。
「君が…まさか…」
『話は後だ。』
「ギガン船長ありましたぜ、薬(ヤク)」
「船ごと燃やしな、グズ共。」
私達は倒れた役人を小舟に乗せると海へ放り出し薬物が乗った船を燃やして沈めた。
それと同時に海賊船へと戻って行く。私も海賊やジェハを追って海賊船へ向かった。
ギガンは私を見て怪しんだがジェハの一言で少し警戒が和らいだ。
「誰だい、この娘は…どこから来た…」
「僕は何度か彼女に助けられちゃったよ。」
「ジェハが助けられた…?」
私はギガンにそっと頭を下げた。彼女は何も言わず海賊達に向き直った。
その場の皆…ジェハやギガン以外はボロボロだった。
「クムジはいないようだね。役人(クズ)はどうした?」
「小舟に詰めておきましたよ。」
「殺しちゃいないだろうね。」
「船長ぉ~いい加減キツイっすよ~」
「むこうは殺すつもりで向かって来るのにこっちは死なない程度に痛めつけるなんて。」
「そーですよ。あんな役人共いなくなった方が阿波のためっすよ。」
ギガンは煙管の煙をふぅっと吐きだすと優しく言った。
「どんなバカでもね、私はお前らを愛してるんだよ。
愛するお前らに人殺しの業なんて背負わせられるもんかい。」
「「「「「!!!」」」」」
海賊達は感動して涙を浮かべた。
「おかあちゃ~~ん!!」
「俺も好きだ―――っ」
「お前らみたいな不細工産んだ覚えないよ。」
そのときギガンは静かに座りこんでいるジェハに気付いて声を掛けた。
「…どうしたんだい、ジェハ。やけに静かだね。」
「んー、ちょっと昨日から右足が疼いてね。」
「どうせ気持ちいいんだろう?」
「実はちょっと♡」
彼女は容赦なくジェハの頬を踏みつけた。
私は少し驚いて目を丸くしながら2人を見つめたが、そこに見える信頼感を羨ましくも思った。
「踏んでやろうか。」
「ありがとう、船長。もう大丈夫♡もう踏んでるから…」
「なんだろうね、今までこんな事なかったのに。
飛翔する龍の脚…古の力だというが、何度見ても不思議なもんだね。」
「ホント、ジェハの能力(ちから)は羨ましいよ。」
「空飛んでるみたいでかっこいいしな。」
「一緒に闘っててこんなに心強いヤツもいねェよ。」
仲間の言葉にジェハは小さく笑みを零したが、すぐに澄ました顔で言うのだった。
「どうせ頼られるなら可愛い女の子がいいな。
君達みたいな汗臭い男共に言われてもね。」
ギャーギャー騒ぐ仲間達を残してジェハは歩み去る。
私は海賊を眺めながらもジェハとギガンの会話へと耳を澄ませていた。
「素直じゃないねぇ。」
「ものすごく素直な人間だよ、僕は。
ただむずがゆくてね。ここは居心地良すぎるよ。
13年前、僕が里を飛び出してボロボロの旅の果てに辿り着いたこの場所…
僕の能力(ちから)を知っても誰も気味悪がらないし周りに喋らない。本当バカでお人好し。」
「誰もお前にそんな興味ないんだよ。」
「えぇーっ!?それはいけない。もっと持って!僕に興味!!」
そして周りが喋らなくともつい跳びまわってしまうのは龍の脚を持っている者の性だろうか。
「ま、とにかく僕は当分海賊(ここ)にいますから。
置いてやって下さいよ、船長♡」
「お仲間が迎えに来てるんじゃないのかい。」
「お仲間?まさか龍の?冗談。他人だよ。」
その言葉に私は寂しさを覚えたが、彼を強制的に連れて行く気はなかったため何も言わないことに決めた。
そうしていると海賊達が興味深そうに私を見ている事に気付いた。
―そろそろこっちに話振ってくれないかな~…?―
「仲間といえばこっちも正直もう少し欲しいね、戦力。
ウチのヤツらにも負傷者出てるし、クムジのヤツも役人を増やしてるしねェ。
いずれ人身売買の現場を突き止める。」
―人身売買…その言葉を聞くと歴代黒龍の記憶が横切って身体が震えてしまう…情けないわね…―
「その時には結構な乱闘になるだろうさ。」
「珍しく弱気だね、ギガン船長。」
「ウチのバカ共を死なせる訳にはいかないからね。
どっかに若くてイイ男いないものか…」
「いるでしょ、ここに若くて美しい男。」
ジェハは自分を指さし笑う。だが、すぐにある人物を思い浮かべて声を上げた。
「…いや、いる!!若くてイイ男!!」
「お前はもういいよ。」
「そうじゃなくて町で会ったんだ、若くてイイ男!」
「へぇ、そいつ強いのかい。」
「ちらっとしか見てないけどあれはヤバイね。」
「ほう…ヤバいくらい強いのかい。」
「ああ、ヤバイくらい強くてイイ男だね。船長好みだよ。」
「至急捕獲。」
「了解船長♡」
―ジェハの近くにいてイイ男…?
嫌な予感がするのはどうしてかしら…
最近緑龍の気配の近くにいつもいたのは…―
私は自分の相棒の顔を思い浮かべて顔を顰めた。
―まぁ、イイ男で強いわね…間違いない…―
ジェハは私の思った通りハクを思い浮かべて考えていた。
―見事な拳、鍛え抜かれた身体…
何より女性をためらいなく救う美しき精神…
彼なら完璧だ!僕の隣で闘うに相応しい!!
まてよ、そういえば誰かを護衛してる身…とか言ってたっけ。
なんの!僕の口説きテクならば必ずオトす!!
明日になったら町に探しに行こう!!
待ってて!!…ってそういえば全然名前知らないや…―
ハクは眠った状態で寒気を感じ目を開いた。
「な、何だ…?リン?」
不安になって私を呼ぶが近くにはいない。彼は自嘲気味に笑った。
―リンは自分のやるべきことをしてる…
何無意識に呼んでいるんだ、俺は…
知らず知らずのうちに甘えっちまってるな…―
彼はヨナが天幕の下にいるのを隙間から見て確認すると安心したように再び目を閉じた。
暫くしてギガンはゆっくり口を開いた。
「戦力といえばさっきの小娘は何者なんだい。」
「それは僕も知りたいな。でも彼女なら戦力になるよ。」
「珍しいじゃないか、ジェハ。お前が女を戦場に置く事に反対しないなんて。」
「彼女の闘う姿が美しかったのさ…」
そう言いながらジェハとギガンはこちらへやってきた。
私は海賊に囲まれ少し身体を小さくしていた。
「おいおい、汗臭い男共が可憐な少女を囲まないであげなよ。」
「でもさ、ジェハ~お前も気になるだろ?」
「まずは顔を見せな。」
私は外套のフードを外して髪を揺すって整えると真っ直ぐギガンを見た。
するとジェハと海賊が息を呑むのがわかった。
「綺麗な子だな…」
「この子が闘ってたのか…?」
「君みたいな子に助けられたと思うと光栄だよ。」
「お前らは黙ってな。」
『私はリン。ヤン・クムジの件を耳にしお力になりたく海賊船に潜入させてもらった旅人。
それから…そこの空舞う海賊さんに会ってみたかった。』
「僕かい?嬉しいね。」
そう言うジェハの目は微かに泳いでいた。
それもそのはず。私が黒龍だと気付いたのだから。
「ここで一緒にヤン・クムジと闘うつもりなのかい。」
『旅をしながら私はひとりの主を守っている。
今は仲間に任せてあるが、本来は主の傍らにいるはずのこの身…
夜の間はこちらでお世話になりたい。我儘な申し出だが、闘いになれば全身全霊力になろう。』
「フッ…気に入った。だが先に力を見せてもらおうか。」
『わかった。』
「待ってよ、ギガン船長。彼女がさっき役人をこてんぱんにしたのは知ってるよね?」
私はジェハを手で制してからギガンに問う。
『私はどうすればいい。』
「いい眼だね…そんなに強いって言うならジェハと手合せしてごらん。」
「ぼ、僕!?」
『了承した。』
「僕は女性に手を上げない主義なんだよ!?」
「それなら素直にやられな。」
「そんな無茶な…」
私が外套を脱ぎ剣を外すと海賊がその場を広く開けてくれた。
『これを預かっていてもらえるだろうか。』
「え、あぁ。」
『助かる。』
近くにいた海賊のひとりに外套と剣を預けると私は無表情のままジェハを見た。
「本当にやるのかい…?」
「少なくともあの娘は本気だよ。」
『私はあなたの美しい闘い方を見たい。あなたから行かないなら私から行きます。』
「ちょっ…」
『あ、その右足で蹴るのだけはなしでお願いします。
骨が折れてしまっては元も子もありませんから。』
そう言いながら私はジェハの身体の下へ一瞬で入り込んで拳を振るった。
彼は間一髪のところで躱して私と距離を置く。
だが、私はすぐに体勢を立て直し足を踏み直すと彼に向かって行く。
―今の拳の振り方…あの護衛をしてるって男によく似てる…?
彼が言ってた相棒のいい女って…リンちゃん…?―
「いい身のこなしだね。」
『あなたこそ。』
「名前で呼んでよ、リンちゃん。」
『構いませんが無駄口を叩いている余裕があるんですか?』
「え?」
私は拳を彼の顔面へ振り上げ、彼が怯んだ瞬間に彼を蹴り飛ばした。
彼は受け身を取ったもののそのまま飛ばされて壁に背中をぶつけた。
すると海賊が皆言葉を失った。
私は息を吐いてから自分がしてしまったことに気付き声を上げた。
『あ、ごめん!』
「え?」
私が冷たい表情を捨て普段の話し方でジェハに駆け寄って行くのを見て皆は目を丸くする。
『ジェハ、大丈夫?ごめんなさい…』
「ハハッ、まさか蹴り飛ばされるなんてね。」
『痛いとこ…ない…?』
すると彼は優しく微笑んで私の頭を撫でてくれた。
「平気だよ。それよりそうやって話してころころ表情を変えるのが本当の君かな?」
『あ…』
「今までのは強がってわざと演じてたってことみたいだね。」
『う、うん…』
「普通に接すればやっぱり可愛い女の子だね、リンちゃん。」
彼はニッと笑うと私を両手で抱き締めた。
私は唐突な事に身体を硬直させたものの事態を把握できなかった。
『あ、え、ちょっ…!?』
「ジェハ!!」
「何やってんだ!!」
「ギガン船長、この子は合格でしょ?」
「そうだね。お前を蹴り飛ばせる子なんてなかなかいないからね。
夜だけでもいいから力になってもらおうか。」
『はい!』
「ほら、お前らはさっさと部屋に戻りな。」
ギガンが声を掛け海賊達は散り散りに部屋に戻って行った。
私はジェハに抱き締められたままだった。
彼のぬくもりを私は何故だか懐かしく思った、今晩初めて逢ったにもかかわらず。
「いつまでそうやってるつもりだい。」
「う~ん?気が済むまで♡」
『…離して。』
「出来ない相談だね。どうしてだか離したくない…」
「はぁ…とりあえず私の部屋においで。」
私は彼に抱かれたままギガンの部屋へ向かった。
整った部屋で私達は酒を渡され自由に座った。ジェハはずっと私の隣にいる。
「リンと言ったね。」
『はい。』
「本当の目的を教えてもらおうか。」
『やはり嘘は吐けませんね。』
私は苦笑すると全てを正直に話した。
『私は主と仲間4人と共に旅をしています。
そして私自身は伝説に出てくる龍のひとり…黒龍の能力を宿しています。』
「黒龍?」
「伝説にははっきり登場しない龍のひとりだよ、船長。
緋龍王を支え、四龍の癒しであり帰るべき場所を示した女性…」
『そう。甘い香りを漂わせ四龍を癒し、また我が身を守るために爪に力を宿し、遠くの音まで聞き取れる耳を持った美しき女性です。』
「耳…だから鱗のような耳飾りがついているんだね。」
『はい。』
「爪というのはどういう意味だい?」
私は何も言わずに両手をテーブルに乗せると爪を出現させた。
「ほぉ…怖い物かと思ったら綺麗じゃないか。」
「黒龍は闘えないから身を守るために爪があるんじゃないのかい?」
『鋭いわね、ジェハ…本来はそういう意味を持っていた。
でも私は生まれた時から黒龍としての自覚があったわけではない。
貧しい村に生まれ死にかけていたところを拾われ、育てられ、剣術だけでなく生きる為に必要な術を身につけた。
そして守るべき主を見つけた私は相棒と共に自分の信じた道を進み今に至るの。
主の生きたいという願いに私の中にいた黒龍が答え、私は黒龍として目覚めた。』
「君が目覚めた瞬間は知っているよ。
まさかこんなに綺麗な女性だとは思わなかったけど。」
「お前の気配は四龍が感じないのかい?」
「感じられなかったね。だから闘ってる時甘い香りと共に気配を漸く感じて驚いたよ。」
『驚かせてしまってごめんなさい。』
私が俯くとジェハはふわっと微笑んだ。ギガンはそんな彼の様子を不思議に思った。
「お前がそんな顔をするなんて珍しいじゃないか、ジェハ。」
「そうかい?」
「リンに対して何か感じるんだろう?」
「流石だね、ギガン船長♡」
『私もなんです。だからどうしてもジェハに会いたかった。
四龍全ての気配を感じる私でも何故だか緑龍であるジェハだけは違っていて…
とても懐かしくて愛しく思ったんです。その理由をジェハなら知ってるかと思って…』
「それは僕も知りたいよ。
ただこんなにも離れがたいのは血の所為かもしれないけど、逆らえないし僕に会いに来てくれた人を追い払う事なんて僕にはできない。」
「それはお前好みの女だからじゃないのかい。」
「…そのとおりなんだけどね。」
ジェハはほんのりと頬を染めていた。私はクスクス笑った。
「その剣…」
『これはある人から戴いたもの…これに全ての誓いを込めて私は闘うんです。』
私が剣を大事そうに抱き締めるとギガンは微笑んで私の髪を撫でた。
『ギガン船長…?』
「この船に乗ったらお前も娘みたいなものだからね。」
『ありがとうございます。』
「今日はジェハの部屋で寝な。」
「え!?」
「変なことするんじゃないよ。」
私達はギガンの部屋から追い出され仕方なくジェハの部屋へ向かうことになった。
彼の部屋に着くと私は外套を置いて剣を寝台に立てかけた。
ジェハは寝台に座ると私にも座るよう促す。
「綺麗な剣だね。黒曜石と5匹の龍…
まるで伝説の緋龍王と四龍、そして黒龍を表してるみたいだ。」
『主を守るって決めた時に戴いたの…でも私は彼を守れなかった。
だから今の主は命を懸けて守るって決めてるわ。』
「そこまでするのかい。」
『私はそのために生きてる。龍の力を受け入れたのも主を守るための力が欲しかったから。』
「僕は自由に生きたい。君は僕を連れて行きたいんだろう?」
『いいえ、それを決めるのは私ではないわ。
私はただあなたにこの愛しい気持ちの正体を訊きたかっただけ。』
「リンちゃん…」
『あなたがここでずっと過ごしたい、龍なんて知ったことじゃないって思うなら私は何も言わない。
強制するつもりなんてないもの。ただあなたの隣にいたいって思ってしまうわ…
血に導かれてここまで来たけど、ジェハに会ってからはもっとあなたの傍にいたいって思っちゃった。不思議ね。』
彼は微笑むと私を抱き締めた。
『ジェハ?』
「それなら主なんて放っておいて僕の傍にいてよ。」
『そうしたいけど…やっぱり出来ないよ。
私がここまで来れたのか主がいてこそ。』
「やっと会えたのに…」
『…え?』
「え…?」
彼がふと零した一言が鍵となり私とジェハの頭に緑龍と黒龍の微かな記憶が蘇った。抱き合ったまま私達は想いを巡らせる。
「やっと…会えた…?僕はずっと君に逢いたくてたまらなかった…?」
『初代黒龍は緑龍と…恋仲だった…?』
「そうみたいだね…」
『他の龍も詰め寄って来てはいたみたい…
でも緑龍だけは…しつこく追いかけてきて…龍の脚を持つから黒龍も逃げられなかった…』
「いくら黒龍が鋭い爪を持とうと…この脚で素早く駆け寄って抱き締めてしまえば無力だ…
四龍のうち緑龍だけが黒龍に近づくことを許された…」
『一緒にいる時間が増えて…自然と…』
「なるほどね…」
それが互いを愛しく想っていた理由のようだった。
『緋龍王が亡くなった後、緑龍と黒龍は共にある場所に移り住んだ。』
「そこが僕が生まれた緑龍の里だ。だから黒龍には里がない…?」
『そう…黒龍は世界のどこかで密かに生まれ、主に会えなければ自らが黒龍と気付く事もなく死んでいくから…』
「謎が解けたね…」
私は寂しそうに呟くジェハの服を掴んで離れて行くことを許さなかった。
「リンちゃん…?」
『行かないで…謎が解けてもここにいたいって思うのはいけないこと…?』
彼は驚いたように目をぱちくりさせた後、甘く微笑むと私を強く抱き締めてくれた。
「光栄だよ、お姫様。」
『そんな呼び方はやめてちょうだい。』
「僕も一緒にいたいと思ってたところなんだ。この町にいる間はいつでもおいで。」
『そう言いながら町中跳びまわって気配が掴めなくて大変だったのよ?』
「夜はこの海賊船にいるよ。今晩だって潜入していたんじゃないのかな?」
『ふふっ、そのとおり。』
私達は自らの事を時間も忘れて話した。
ずっと昔から互いを知っていたかのような懐かしさと愛しさが胸に広がる。
傍から見れば長年共にいた恋人同士のように見えるだろう。
そのとき彼の部屋の片隅にあった二胡が見えた。
『あの二胡…やっぱりジェハが弾いていたのね。』
「やっぱり?」
『昨日海を見ながらあなたが弾く二胡を聞いていたの。』
「聞こえていたんだね。」
『耳はいいからね。それから気配にだって敏感なのよ?』
「だから町で僕を追いかけてのかな?」
『追いつけなかったけど…』
「僕は追いかけられるのは嫌いなんだ。追い掛ける専門だから。」
彼の言葉に笑っていると彼は二胡を優しく弾いてくれた。私はそれに身を揺らす。
ギガンは部屋で横になったままその音色を聞いていた。
ジェハが二胡を弾き終えると私はお礼に何か出来ないか考え風牙の都でテヨンに言われた言葉を思い出していた。
―“リン姉ちゃんの歌って胸がほかほかするの”…か。―
『ジェハ…二胡のお礼にはお粗末かもしれないけど聞いてくれる?』
「どんなご褒美なのかな?」
私は窓際に立ち月を見上げ波の音を聞きながらゆっくり歌い始めた。
《月下の華》
すると二胡の音色が加わり私は月に背中を向け近くに座ってこちらに色気を含んだ視線を向けるジェハを振り返った。
私は歌いながら彼に歩み寄り寄り添って座った。
もたれるように座ると彼は嬉しそうに笑った。
歌い終わると彼は笑顔のまま私の頬に口づけた。私は驚いたものの嫌な気はしなかった。
額を当てたまま互いに笑みを交わして優しい時間を感じていた。
海賊船にいる皆は私達の奏でる旋律と歌声に耳を傾け笑みを零すと眠ったのだった。
翌朝、私は海賊達に見送られていた。
『皆さん…』
「リンちゃんだっけ?」
「いい歌聞かせてもらったよ~」
『き、聞いてたの!?』
「ハハハハッ」
「そうやって無邪気な方が可愛いぜ。」
「ちょっと僕のなんだから口説かないでよ。」
「いつジェハのものになったんだよ!!」
「ずっと前から♡」
その言葉の意味を知るのは私達だけ。ギガンは薄々理解して笑っているのかもしれないが。
私達は付き合っているわけでもないし、恋人というわけでもないが、互いへの信頼と愛を周囲からも感じられる程醸し出していた。
「僕も町に行くから岸まで運んであげる。こっちにおいで。」
『ありがとう。』
私はジェハに跳びついて抱き上げてもらう。
姫抱きにされて私は彼の首に腕を絡めて身体を密着させる。
「ジェハ、また町か?ここ最近何しに行ってんだよ。」
「んー。今日はちょっと勧誘♡」
そう言うとジェハは強く船を蹴り空に舞い上がった。
私は驚いて彼にしがみついてしまう。彼は笑いながら私の首元に顔を埋めた。
『ちょっとくすぐったい!!』
「ハハッ、ごめんごめん。本当に甘くていい香りだと思ってね。」
『だからって跳びながらそんなことしないで…』
「怖い?」
『ジェハが跳んでるわけだから怖くはないわ。高い所も好きだし。』
「僕が跳んでるから?」
『だって信じてるもの。』
彼は不意打ちの私の言葉に頬を染めて顔を背けた。
「不意打ちは反則だね。」
『え?』
「それも無意識だからよりタチが悪い。」
彼は軽やかな地に降り立つと私を降ろしてくれた。
「それじゃまた夜に。」
『えぇ。』
私がヨナ達のもとへ駆けだすとジェハは私の後ろ姿を寂しそうに見つめた。
私はふと後ろを振り返って微笑むと手を振った。
彼は笑顔で小さく手を振ってくれる。
「可愛くて無邪気な武人さんだね。」
―この僕が心奪われるなんて…これは血の所為だけじゃないな…
きっとそれは君だからだよ、リンちゃん…―
一晩という短い時間で私と彼の胸には愛しさがこみあげていた。
それはもう恐ろしい程に互いを想ってしまうのだ。
きっと理由はふたつ…
ひとつは長年出逢えずに溜まっていた想いが溢れているということ。
そしてもうひとつは互いの容姿、闘う姿、性格、話し方、ぬくもり…すべてに触れて惹かれたから。
「リン~!!」
「ちゃんと帰って来たな。」
『ただいま戻りました。』
「今朝食が出来たところだよ。」
『美味しそう~♪』
いくらジェハに惹かれても私はこの仲間達と…ヨナと共に歩む。
ジェハは町へ向かうため地面を蹴った。
―君の魅力に僕はもう虜だね、リンちゃん…
自由を求める僕がひとりの女性に心奪われるなんて思いもしなかったな…
でも僕は龍の宿命(さだめ)に従うつもりはないんだよ…
君と同じ道を歩めないかもしれないけど、僕は今共にいる仲間と安心できる場所で過ごす事を選ぶんだろうね…―
私達はやっと出逢えた喜びと同時に、同じ道を歩めない寂しさを感じていた。
―それでも私が愛するのはきっと…―
―道は違っても心から愛しいと想うのは…―
「『君/あなただけだよ…』」
※“月下の華”
歌手:蒼井翔太
作詞:香月亜哉音
作曲:藤田淳平
「なんと!こやつめ、姫様に嘘をついてそんなふしだらな店にっ」
「もっ、見損なった。胸の開いた服着たお姉さん達に囲まれてさ。」
「待てこら。お前ら少しは人の話を…」
「キジャ、ユン。ダメ、そんな事言っちゃ。
ハクにだって女の子と遊びたい時くらいあるわよ。」
「知ったふうにとんでもない事言わないように。」
「そんな事言って、ハクが恋人でも作って去って行ったらどーすんのさ。」
「え…」
「ご安心を姫様!あれがいなくとも私やシンアがお守りします。
間もなく緑龍も仲間になればあれはもう不要…」
その瞬間、ハクがユンの鞄をキジャに向かって投げた。
「おっと手がすべった。」
「やめてよ、こんな所で怪獣大戦争は!!」
2人がケンカを始めようとするのをユンは必死に止める。
そのときハクははっとしてキジャの服を掴んで引くと物陰に隠れた。
壁にキジャを押し付け、自分と彼の間にヨナとユンを挟むように隠す。
「な…」
「静かに…行ったか。」
「なんなの?」
『役人よ。』
「リン!」
「さっきはよくも人を足場にしてくれたな…」
『ごめんなさい。緑龍の気配がしたから追いかけていたの。
本当に足が速くて捕まえられないわ…』
「それより役人って…?」
「会うとまずい。用が済んだら早々に立ち去るべきだな。」
「俺ら目立つもんね。」
『緑龍の気配もまた海の方へ行っちゃったし…』
「あの…」
そのときハクにある女性が声を掛けた。
「あれ、あんた昨日の。」
「はい…!昨日はありがとうございました。」
「あんたこんな役人うろつく所で危ねェだろうが。」
「仕方ありません。私ここで仕事をしてますので…」
私は彼女の声に聞き覚えがあり、ハクが助けた女性だと気付いたものの何も知らないヨナ、ユン、キジャは興味津々でハクと女性を見つめる。
「しかし…場所を変えるぞ。」
私は気まずそうにしているハクを見て笑った。
彼女が働いている店にある一室でハクから私達は昨日の出来事について報告を受ける。
「えっ、役人を殴って蹴った!?」
「まぁな。」
『蹴ったのはもう一人の通りすがりでしょ。』
「あぁ。」
「リンは知ってたの!?」
『町の騒がしさが気になって聞いただけよ。』
「あ…黒龍として聞こえたのか。
それにしても勇気ある通りすがりだね。
…じゃなくて、そんな目立つ事したの雷獣。」
「お蔭で助かりました。私達は役人に逆らう事が出来ないので。」
「この町の役人はそんな白昼堂々バカな事するの?」
「はい。店で暴れたり目をつけた娘を連れ去ったり。
私達はなるべく役人の怒りを買わないように生活するしかないんです。」
「どうして…」
「ヤン・クムジか。」
『クムジ?』
「この阿波一帯の領主だと聞いた。町の連中は皆そいつに怯えてるんだと。」
「は…はい。役人は全てクムジの息がかかってるんです。
私達はここで商売するかわりに不当に高い税をクムジに納めているんです。
この町には不穏な噂もあるのですがどうする事も出来ません。
イル王の治世からずっとです。新王が即位されたと聞きますが、たぶんこの町は変わらないでしょう。」
「…道理で町の人達元気がないはずだわ。」
ヨナの言葉に私とハクは目を見開き彼女を見た。
「そうなんですか?私は賑やかな町だなと思いましたが…」
「賑やかに見えるけど、笑顔がどこか嘘っぽい気がした。」
『町をあまり知らない姫様がそういう所に気付くのね…』
「リンもそう思ったか。」
『うん…』
私とハクが小声で話しているとユンが女性に問うた。
「海賊は?」
「海賊?」
「町外れの岩陰に海賊船らしき船が泊まってるんだ。
あんなのがいるならますます治安が悪くなるよね?」
「いえ、あの人達が町の人に危害を加えた事はありません。」
「え、そうなの!?」
「確かに船を襲ったりもするのですが、彼らが襲うのは…ヤン・クムジの船です。」
夜になると私達は野宿をしている場所へ戻った。
そこではシンアが私達の帰りを待っていた。
『ただいま、シンア。』
「おか…えり…」
それから夕食を食べ皆が寝ようとすると私は外套を羽織り顔を隠した。
「行くの…?」
『姫様…』
「気をつけて行くのだぞ。」
『ありがとう。行ってくるわ。』
「…朝には戻れ。」
『はい。』
ハクは目を閉じたまま言った。その声色は平然を装っているが私を心配してくれてる事が分かる。
私はハクの髪をそっと撫でてから緑龍の気配を追うように海賊船の方へ向かった。
昼間より岸に寄せて船が止められていたため私は静かに潜入して荷物の中に紛れ込んだ。私の気配に気付く者は誰もいなかった。
「今日はヤン・クムジの船が薬(ヤク)を運んでくる。
港に入る前に奇襲を掛けて沈めちまいな。」
「「「はい!!」」」
―ヤン・クムジ…薬物にまで手を出してるの…?
それにここの海賊は町を守る為に船を奇襲してる…?―
「ジェハ、お前は先に見張りとでもすり替わって乗り込んでな。」
「了解、船長~♪」
陽気に答えた声が聞こえた瞬間、緑龍の気配が消えた。
―ジェハ…それが緑龍の名前なのね…―
そして夜が更けてくると一隻の船が現れた。
ヤン・クムジの息がかかった薬物を乗せている船だ。
私が潜入した海賊船も動き始め闇の中に隠れる。
「例のものは?」
「全て積んである。あとは港にいる使いの者に渡すだけだ。」
「おい、見張り。近くに不審な船は?」
「ありません。」
「そうか…ならば安心だな。海賊も今夜は我々の船に気付かなかったようだな。」
「ああ、今回は細心の注意を払ってある。情報漏洩はないはずだ。」
「あのぉ…」
「なんだ、見張り。」
「さっきの“例のもの”って何ですか?」
見張りの言葉に役人達はバカにしたように笑った。
「は?今更何を言っている。戒帝国から密輸した新種の麻薬だろうが。」
「そんなものどうするんですか?」
「どうするもこうするも町の連中に流して金を巻き上げるのさ。」
「ははっ、それは悪いなあ。それは…」
そのとき見張りの声が冷たさを秘めた色っぽい声に変わった。
「美しくない…」
「見張り…?」
すると見張り台にいる影が揺れて下に落ちてきた。
縄で縛られ宙づりにされた見張りは目を回しているようだ。
「え…!?なんだこれは…」
「おい、見張り!?」
「自己紹介が遅れたね。」
役人達が見上げた先にいたのは月を背負い酒を杯で飲んで笑うジェハだった。
「一時程前から見張りを交代していた美しき新入りだよ。」
「き…貴様…っ」
「誰だ!?」
「あれ、見て先輩。」
ジェハはおどけながら役人に言う。
「あれがもしかして不審船ってヤツかな?」
彼らの視線の先に現れたのは闇から姿を現した海賊船。
「かっ…」
「沈めな、小僧共。」
「海賊だぁあああああ!!!」
ギガンの声に従うように海賊が役人の船に乗り移っていった。
私は物陰から気配を消して戦いを見ていた。
―海賊…と言っても戦い方はまだまだ腰が引けてる…
本来は海賊ではない…?それに殺す気はないみたいに見える…―
「配置につけ!応戦しろ!!」
「配置につけって今さら遅いよ。これだからお役人は。」
そう呟くジェハに向けてひとりの役人が弓を引いた。
私はそれを見て外套を目深に被ったまま地面を蹴った。
ギガンの横を通り過ぎ、剣を抜くと月明かりに刀身を光らせた。
「何だい、今の甘い香りは…」
ギガンの声が聞こえた気がした時には既に私は剣で弓を切り、鋭い蹴りを役人の腹部にお見舞いしていた。
「ぐはっ…」
「おや?」
ジャハは自分を狙っていた役人がいた事に私が飛び出してから漸く気付いたようだった。
自分が助けられた事に驚くと同時に私の戦い方に目を丸くした。
「美しいね…」
するとジェハは見張り台からふわっと跳び上がった。
「ああ、本当この能力(ちから)だけは最っ高だね。お返し♡」
彼は笑いながら暗器を私の背後にいた役人に向けて投げた。
「うわっ!」
『ふっ…』
「と…飛んでる…?」
「おやすみ…いい夢を。」
彼の戦い方を見つめて私は笑いながら目の前の役人の腹部を殴り飛ばした。
「美しい戦い方だ、お嬢さん。」
『ありがとう、お兄さん。』
「でもどうしてこんな危険な所に女性がいるのかな?」
『その話は後にしませんか?殺さないよう手加減するのって意外に大変なんですよ。』
「いいよ。後で2人きりでゆっくり話そうか。」
『喜んで。』
―殺さないように手加減って…戦場を経験してるって事かい…?―
私とジェハは背中合わせになると役人を殴り蹴り飛ばしていった。
彼に襲いかかろうとした役人の剣を自らの剣で薙ぎ払い背負い投げてやる。
すると役人は強い衝撃で目を回した。
「また助けられちゃったかな。」
「か…海賊ふぜいが…よくも…死ねえっ!」
『っ!』
海賊のひとりが殺されそうになっているのを聞き取った私が息を呑むとジェハはクスッと笑って私の髪を撫でるとふわっと跳び上がり剣を振り上げていた役人の上に着地した。
「よっ…」
『ふぅ…』
「何苦戦してるんだい、役人ふぜいに。」
「ジェハ~遊んでないで手伝ってくれよ。」
「自分でやらないとギガン船長に沈められるよ。」
「仕方ないだろ。5年前までは俺ただの漁師だったんだぜ。」
「つまりは5年も海賊やってんだろ。」
私は喋っている2人の背後でひとり数人の役人の相手をしていた。
『邪魔だ…どけ!』
「何だと…死ね!!」
「あ!あの娘、危ないんじゃ…」
「どうかな?」
「え?」
私は剣を斜めに振り上げて役人の腕を切り、そのままの勢いで2人を殴った。
「綺麗…」
「本当にね。顔が見えないのが残念だよ。」
戦っている間も私の顔は外套のフードの下に隠れている。彼らから見えるのは口元だけだろう。
ジェハと海賊仲間がこちらに移動してくる。その間も私は舞うように戦い続けていた。
「戦い慣れてるね…」
『大切な物を守るため強くなった…ただそれだけよ。』
私がくるっと身体を回転させて役人を3人まとめて蹴った途端、隣にいたジェハは息を呑んだ。
―甘い香り…それにこの気配…―
「黒…龍……?」
動きを止めた彼の腕を引いて彼の後ろの役人を殴った。
「君が…まさか…」
『話は後だ。』
「ギガン船長ありましたぜ、薬(ヤク)」
「船ごと燃やしな、グズ共。」
私達は倒れた役人を小舟に乗せると海へ放り出し薬物が乗った船を燃やして沈めた。
それと同時に海賊船へと戻って行く。私も海賊やジェハを追って海賊船へ向かった。
ギガンは私を見て怪しんだがジェハの一言で少し警戒が和らいだ。
「誰だい、この娘は…どこから来た…」
「僕は何度か彼女に助けられちゃったよ。」
「ジェハが助けられた…?」
私はギガンにそっと頭を下げた。彼女は何も言わず海賊達に向き直った。
その場の皆…ジェハやギガン以外はボロボロだった。
「クムジはいないようだね。役人(クズ)はどうした?」
「小舟に詰めておきましたよ。」
「殺しちゃいないだろうね。」
「船長ぉ~いい加減キツイっすよ~」
「むこうは殺すつもりで向かって来るのにこっちは死なない程度に痛めつけるなんて。」
「そーですよ。あんな役人共いなくなった方が阿波のためっすよ。」
ギガンは煙管の煙をふぅっと吐きだすと優しく言った。
「どんなバカでもね、私はお前らを愛してるんだよ。
愛するお前らに人殺しの業なんて背負わせられるもんかい。」
「「「「「!!!」」」」」
海賊達は感動して涙を浮かべた。
「おかあちゃ~~ん!!」
「俺も好きだ―――っ」
「お前らみたいな不細工産んだ覚えないよ。」
そのときギガンは静かに座りこんでいるジェハに気付いて声を掛けた。
「…どうしたんだい、ジェハ。やけに静かだね。」
「んー、ちょっと昨日から右足が疼いてね。」
「どうせ気持ちいいんだろう?」
「実はちょっと♡」
彼女は容赦なくジェハの頬を踏みつけた。
私は少し驚いて目を丸くしながら2人を見つめたが、そこに見える信頼感を羨ましくも思った。
「踏んでやろうか。」
「ありがとう、船長。もう大丈夫♡もう踏んでるから…」
「なんだろうね、今までこんな事なかったのに。
飛翔する龍の脚…古の力だというが、何度見ても不思議なもんだね。」
「ホント、ジェハの能力(ちから)は羨ましいよ。」
「空飛んでるみたいでかっこいいしな。」
「一緒に闘っててこんなに心強いヤツもいねェよ。」
仲間の言葉にジェハは小さく笑みを零したが、すぐに澄ました顔で言うのだった。
「どうせ頼られるなら可愛い女の子がいいな。
君達みたいな汗臭い男共に言われてもね。」
ギャーギャー騒ぐ仲間達を残してジェハは歩み去る。
私は海賊を眺めながらもジェハとギガンの会話へと耳を澄ませていた。
「素直じゃないねぇ。」
「ものすごく素直な人間だよ、僕は。
ただむずがゆくてね。ここは居心地良すぎるよ。
13年前、僕が里を飛び出してボロボロの旅の果てに辿り着いたこの場所…
僕の能力(ちから)を知っても誰も気味悪がらないし周りに喋らない。本当バカでお人好し。」
「誰もお前にそんな興味ないんだよ。」
「えぇーっ!?それはいけない。もっと持って!僕に興味!!」
そして周りが喋らなくともつい跳びまわってしまうのは龍の脚を持っている者の性だろうか。
「ま、とにかく僕は当分海賊(ここ)にいますから。
置いてやって下さいよ、船長♡」
「お仲間が迎えに来てるんじゃないのかい。」
「お仲間?まさか龍の?冗談。他人だよ。」
その言葉に私は寂しさを覚えたが、彼を強制的に連れて行く気はなかったため何も言わないことに決めた。
そうしていると海賊達が興味深そうに私を見ている事に気付いた。
―そろそろこっちに話振ってくれないかな~…?―
「仲間といえばこっちも正直もう少し欲しいね、戦力。
ウチのヤツらにも負傷者出てるし、クムジのヤツも役人を増やしてるしねェ。
いずれ人身売買の現場を突き止める。」
―人身売買…その言葉を聞くと歴代黒龍の記憶が横切って身体が震えてしまう…情けないわね…―
「その時には結構な乱闘になるだろうさ。」
「珍しく弱気だね、ギガン船長。」
「ウチのバカ共を死なせる訳にはいかないからね。
どっかに若くてイイ男いないものか…」
「いるでしょ、ここに若くて美しい男。」
ジェハは自分を指さし笑う。だが、すぐにある人物を思い浮かべて声を上げた。
「…いや、いる!!若くてイイ男!!」
「お前はもういいよ。」
「そうじゃなくて町で会ったんだ、若くてイイ男!」
「へぇ、そいつ強いのかい。」
「ちらっとしか見てないけどあれはヤバイね。」
「ほう…ヤバいくらい強いのかい。」
「ああ、ヤバイくらい強くてイイ男だね。船長好みだよ。」
「至急捕獲。」
「了解船長♡」
―ジェハの近くにいてイイ男…?
嫌な予感がするのはどうしてかしら…
最近緑龍の気配の近くにいつもいたのは…―
私は自分の相棒の顔を思い浮かべて顔を顰めた。
―まぁ、イイ男で強いわね…間違いない…―
ジェハは私の思った通りハクを思い浮かべて考えていた。
―見事な拳、鍛え抜かれた身体…
何より女性をためらいなく救う美しき精神…
彼なら完璧だ!僕の隣で闘うに相応しい!!
まてよ、そういえば誰かを護衛してる身…とか言ってたっけ。
なんの!僕の口説きテクならば必ずオトす!!
明日になったら町に探しに行こう!!
待ってて!!…ってそういえば全然名前知らないや…―
ハクは眠った状態で寒気を感じ目を開いた。
「な、何だ…?リン?」
不安になって私を呼ぶが近くにはいない。彼は自嘲気味に笑った。
―リンは自分のやるべきことをしてる…
何無意識に呼んでいるんだ、俺は…
知らず知らずのうちに甘えっちまってるな…―
彼はヨナが天幕の下にいるのを隙間から見て確認すると安心したように再び目を閉じた。
暫くしてギガンはゆっくり口を開いた。
「戦力といえばさっきの小娘は何者なんだい。」
「それは僕も知りたいな。でも彼女なら戦力になるよ。」
「珍しいじゃないか、ジェハ。お前が女を戦場に置く事に反対しないなんて。」
「彼女の闘う姿が美しかったのさ…」
そう言いながらジェハとギガンはこちらへやってきた。
私は海賊に囲まれ少し身体を小さくしていた。
「おいおい、汗臭い男共が可憐な少女を囲まないであげなよ。」
「でもさ、ジェハ~お前も気になるだろ?」
「まずは顔を見せな。」
私は外套のフードを外して髪を揺すって整えると真っ直ぐギガンを見た。
するとジェハと海賊が息を呑むのがわかった。
「綺麗な子だな…」
「この子が闘ってたのか…?」
「君みたいな子に助けられたと思うと光栄だよ。」
「お前らは黙ってな。」
『私はリン。ヤン・クムジの件を耳にしお力になりたく海賊船に潜入させてもらった旅人。
それから…そこの空舞う海賊さんに会ってみたかった。』
「僕かい?嬉しいね。」
そう言うジェハの目は微かに泳いでいた。
それもそのはず。私が黒龍だと気付いたのだから。
「ここで一緒にヤン・クムジと闘うつもりなのかい。」
『旅をしながら私はひとりの主を守っている。
今は仲間に任せてあるが、本来は主の傍らにいるはずのこの身…
夜の間はこちらでお世話になりたい。我儘な申し出だが、闘いになれば全身全霊力になろう。』
「フッ…気に入った。だが先に力を見せてもらおうか。」
『わかった。』
「待ってよ、ギガン船長。彼女がさっき役人をこてんぱんにしたのは知ってるよね?」
私はジェハを手で制してからギガンに問う。
『私はどうすればいい。』
「いい眼だね…そんなに強いって言うならジェハと手合せしてごらん。」
「ぼ、僕!?」
『了承した。』
「僕は女性に手を上げない主義なんだよ!?」
「それなら素直にやられな。」
「そんな無茶な…」
私が外套を脱ぎ剣を外すと海賊がその場を広く開けてくれた。
『これを預かっていてもらえるだろうか。』
「え、あぁ。」
『助かる。』
近くにいた海賊のひとりに外套と剣を預けると私は無表情のままジェハを見た。
「本当にやるのかい…?」
「少なくともあの娘は本気だよ。」
『私はあなたの美しい闘い方を見たい。あなたから行かないなら私から行きます。』
「ちょっ…」
『あ、その右足で蹴るのだけはなしでお願いします。
骨が折れてしまっては元も子もありませんから。』
そう言いながら私はジェハの身体の下へ一瞬で入り込んで拳を振るった。
彼は間一髪のところで躱して私と距離を置く。
だが、私はすぐに体勢を立て直し足を踏み直すと彼に向かって行く。
―今の拳の振り方…あの護衛をしてるって男によく似てる…?
彼が言ってた相棒のいい女って…リンちゃん…?―
「いい身のこなしだね。」
『あなたこそ。』
「名前で呼んでよ、リンちゃん。」
『構いませんが無駄口を叩いている余裕があるんですか?』
「え?」
私は拳を彼の顔面へ振り上げ、彼が怯んだ瞬間に彼を蹴り飛ばした。
彼は受け身を取ったもののそのまま飛ばされて壁に背中をぶつけた。
すると海賊が皆言葉を失った。
私は息を吐いてから自分がしてしまったことに気付き声を上げた。
『あ、ごめん!』
「え?」
私が冷たい表情を捨て普段の話し方でジェハに駆け寄って行くのを見て皆は目を丸くする。
『ジェハ、大丈夫?ごめんなさい…』
「ハハッ、まさか蹴り飛ばされるなんてね。」
『痛いとこ…ない…?』
すると彼は優しく微笑んで私の頭を撫でてくれた。
「平気だよ。それよりそうやって話してころころ表情を変えるのが本当の君かな?」
『あ…』
「今までのは強がってわざと演じてたってことみたいだね。」
『う、うん…』
「普通に接すればやっぱり可愛い女の子だね、リンちゃん。」
彼はニッと笑うと私を両手で抱き締めた。
私は唐突な事に身体を硬直させたものの事態を把握できなかった。
『あ、え、ちょっ…!?』
「ジェハ!!」
「何やってんだ!!」
「ギガン船長、この子は合格でしょ?」
「そうだね。お前を蹴り飛ばせる子なんてなかなかいないからね。
夜だけでもいいから力になってもらおうか。」
『はい!』
「ほら、お前らはさっさと部屋に戻りな。」
ギガンが声を掛け海賊達は散り散りに部屋に戻って行った。
私はジェハに抱き締められたままだった。
彼のぬくもりを私は何故だか懐かしく思った、今晩初めて逢ったにもかかわらず。
「いつまでそうやってるつもりだい。」
「う~ん?気が済むまで♡」
『…離して。』
「出来ない相談だね。どうしてだか離したくない…」
「はぁ…とりあえず私の部屋においで。」
私は彼に抱かれたままギガンの部屋へ向かった。
整った部屋で私達は酒を渡され自由に座った。ジェハはずっと私の隣にいる。
「リンと言ったね。」
『はい。』
「本当の目的を教えてもらおうか。」
『やはり嘘は吐けませんね。』
私は苦笑すると全てを正直に話した。
『私は主と仲間4人と共に旅をしています。
そして私自身は伝説に出てくる龍のひとり…黒龍の能力を宿しています。』
「黒龍?」
「伝説にははっきり登場しない龍のひとりだよ、船長。
緋龍王を支え、四龍の癒しであり帰るべき場所を示した女性…」
『そう。甘い香りを漂わせ四龍を癒し、また我が身を守るために爪に力を宿し、遠くの音まで聞き取れる耳を持った美しき女性です。』
「耳…だから鱗のような耳飾りがついているんだね。」
『はい。』
「爪というのはどういう意味だい?」
私は何も言わずに両手をテーブルに乗せると爪を出現させた。
「ほぉ…怖い物かと思ったら綺麗じゃないか。」
「黒龍は闘えないから身を守るために爪があるんじゃないのかい?」
『鋭いわね、ジェハ…本来はそういう意味を持っていた。
でも私は生まれた時から黒龍としての自覚があったわけではない。
貧しい村に生まれ死にかけていたところを拾われ、育てられ、剣術だけでなく生きる為に必要な術を身につけた。
そして守るべき主を見つけた私は相棒と共に自分の信じた道を進み今に至るの。
主の生きたいという願いに私の中にいた黒龍が答え、私は黒龍として目覚めた。』
「君が目覚めた瞬間は知っているよ。
まさかこんなに綺麗な女性だとは思わなかったけど。」
「お前の気配は四龍が感じないのかい?」
「感じられなかったね。だから闘ってる時甘い香りと共に気配を漸く感じて驚いたよ。」
『驚かせてしまってごめんなさい。』
私が俯くとジェハはふわっと微笑んだ。ギガンはそんな彼の様子を不思議に思った。
「お前がそんな顔をするなんて珍しいじゃないか、ジェハ。」
「そうかい?」
「リンに対して何か感じるんだろう?」
「流石だね、ギガン船長♡」
『私もなんです。だからどうしてもジェハに会いたかった。
四龍全ての気配を感じる私でも何故だか緑龍であるジェハだけは違っていて…
とても懐かしくて愛しく思ったんです。その理由をジェハなら知ってるかと思って…』
「それは僕も知りたいよ。
ただこんなにも離れがたいのは血の所為かもしれないけど、逆らえないし僕に会いに来てくれた人を追い払う事なんて僕にはできない。」
「それはお前好みの女だからじゃないのかい。」
「…そのとおりなんだけどね。」
ジェハはほんのりと頬を染めていた。私はクスクス笑った。
「その剣…」
『これはある人から戴いたもの…これに全ての誓いを込めて私は闘うんです。』
私が剣を大事そうに抱き締めるとギガンは微笑んで私の髪を撫でた。
『ギガン船長…?』
「この船に乗ったらお前も娘みたいなものだからね。」
『ありがとうございます。』
「今日はジェハの部屋で寝な。」
「え!?」
「変なことするんじゃないよ。」
私達はギガンの部屋から追い出され仕方なくジェハの部屋へ向かうことになった。
彼の部屋に着くと私は外套を置いて剣を寝台に立てかけた。
ジェハは寝台に座ると私にも座るよう促す。
「綺麗な剣だね。黒曜石と5匹の龍…
まるで伝説の緋龍王と四龍、そして黒龍を表してるみたいだ。」
『主を守るって決めた時に戴いたの…でも私は彼を守れなかった。
だから今の主は命を懸けて守るって決めてるわ。』
「そこまでするのかい。」
『私はそのために生きてる。龍の力を受け入れたのも主を守るための力が欲しかったから。』
「僕は自由に生きたい。君は僕を連れて行きたいんだろう?」
『いいえ、それを決めるのは私ではないわ。
私はただあなたにこの愛しい気持ちの正体を訊きたかっただけ。』
「リンちゃん…」
『あなたがここでずっと過ごしたい、龍なんて知ったことじゃないって思うなら私は何も言わない。
強制するつもりなんてないもの。ただあなたの隣にいたいって思ってしまうわ…
血に導かれてここまで来たけど、ジェハに会ってからはもっとあなたの傍にいたいって思っちゃった。不思議ね。』
彼は微笑むと私を抱き締めた。
『ジェハ?』
「それなら主なんて放っておいて僕の傍にいてよ。」
『そうしたいけど…やっぱり出来ないよ。
私がここまで来れたのか主がいてこそ。』
「やっと会えたのに…」
『…え?』
「え…?」
彼がふと零した一言が鍵となり私とジェハの頭に緑龍と黒龍の微かな記憶が蘇った。抱き合ったまま私達は想いを巡らせる。
「やっと…会えた…?僕はずっと君に逢いたくてたまらなかった…?」
『初代黒龍は緑龍と…恋仲だった…?』
「そうみたいだね…」
『他の龍も詰め寄って来てはいたみたい…
でも緑龍だけは…しつこく追いかけてきて…龍の脚を持つから黒龍も逃げられなかった…』
「いくら黒龍が鋭い爪を持とうと…この脚で素早く駆け寄って抱き締めてしまえば無力だ…
四龍のうち緑龍だけが黒龍に近づくことを許された…」
『一緒にいる時間が増えて…自然と…』
「なるほどね…」
それが互いを愛しく想っていた理由のようだった。
『緋龍王が亡くなった後、緑龍と黒龍は共にある場所に移り住んだ。』
「そこが僕が生まれた緑龍の里だ。だから黒龍には里がない…?」
『そう…黒龍は世界のどこかで密かに生まれ、主に会えなければ自らが黒龍と気付く事もなく死んでいくから…』
「謎が解けたね…」
私は寂しそうに呟くジェハの服を掴んで離れて行くことを許さなかった。
「リンちゃん…?」
『行かないで…謎が解けてもここにいたいって思うのはいけないこと…?』
彼は驚いたように目をぱちくりさせた後、甘く微笑むと私を強く抱き締めてくれた。
「光栄だよ、お姫様。」
『そんな呼び方はやめてちょうだい。』
「僕も一緒にいたいと思ってたところなんだ。この町にいる間はいつでもおいで。」
『そう言いながら町中跳びまわって気配が掴めなくて大変だったのよ?』
「夜はこの海賊船にいるよ。今晩だって潜入していたんじゃないのかな?」
『ふふっ、そのとおり。』
私達は自らの事を時間も忘れて話した。
ずっと昔から互いを知っていたかのような懐かしさと愛しさが胸に広がる。
傍から見れば長年共にいた恋人同士のように見えるだろう。
そのとき彼の部屋の片隅にあった二胡が見えた。
『あの二胡…やっぱりジェハが弾いていたのね。』
「やっぱり?」
『昨日海を見ながらあなたが弾く二胡を聞いていたの。』
「聞こえていたんだね。」
『耳はいいからね。それから気配にだって敏感なのよ?』
「だから町で僕を追いかけてのかな?」
『追いつけなかったけど…』
「僕は追いかけられるのは嫌いなんだ。追い掛ける専門だから。」
彼の言葉に笑っていると彼は二胡を優しく弾いてくれた。私はそれに身を揺らす。
ギガンは部屋で横になったままその音色を聞いていた。
ジェハが二胡を弾き終えると私はお礼に何か出来ないか考え風牙の都でテヨンに言われた言葉を思い出していた。
―“リン姉ちゃんの歌って胸がほかほかするの”…か。―
『ジェハ…二胡のお礼にはお粗末かもしれないけど聞いてくれる?』
「どんなご褒美なのかな?」
私は窓際に立ち月を見上げ波の音を聞きながらゆっくり歌い始めた。
《月下の華》
すると二胡の音色が加わり私は月に背中を向け近くに座ってこちらに色気を含んだ視線を向けるジェハを振り返った。
私は歌いながら彼に歩み寄り寄り添って座った。
もたれるように座ると彼は嬉しそうに笑った。
歌い終わると彼は笑顔のまま私の頬に口づけた。私は驚いたものの嫌な気はしなかった。
額を当てたまま互いに笑みを交わして優しい時間を感じていた。
海賊船にいる皆は私達の奏でる旋律と歌声に耳を傾け笑みを零すと眠ったのだった。
翌朝、私は海賊達に見送られていた。
『皆さん…』
「リンちゃんだっけ?」
「いい歌聞かせてもらったよ~」
『き、聞いてたの!?』
「ハハハハッ」
「そうやって無邪気な方が可愛いぜ。」
「ちょっと僕のなんだから口説かないでよ。」
「いつジェハのものになったんだよ!!」
「ずっと前から♡」
その言葉の意味を知るのは私達だけ。ギガンは薄々理解して笑っているのかもしれないが。
私達は付き合っているわけでもないし、恋人というわけでもないが、互いへの信頼と愛を周囲からも感じられる程醸し出していた。
「僕も町に行くから岸まで運んであげる。こっちにおいで。」
『ありがとう。』
私はジェハに跳びついて抱き上げてもらう。
姫抱きにされて私は彼の首に腕を絡めて身体を密着させる。
「ジェハ、また町か?ここ最近何しに行ってんだよ。」
「んー。今日はちょっと勧誘♡」
そう言うとジェハは強く船を蹴り空に舞い上がった。
私は驚いて彼にしがみついてしまう。彼は笑いながら私の首元に顔を埋めた。
『ちょっとくすぐったい!!』
「ハハッ、ごめんごめん。本当に甘くていい香りだと思ってね。」
『だからって跳びながらそんなことしないで…』
「怖い?」
『ジェハが跳んでるわけだから怖くはないわ。高い所も好きだし。』
「僕が跳んでるから?」
『だって信じてるもの。』
彼は不意打ちの私の言葉に頬を染めて顔を背けた。
「不意打ちは反則だね。」
『え?』
「それも無意識だからよりタチが悪い。」
彼は軽やかな地に降り立つと私を降ろしてくれた。
「それじゃまた夜に。」
『えぇ。』
私がヨナ達のもとへ駆けだすとジェハは私の後ろ姿を寂しそうに見つめた。
私はふと後ろを振り返って微笑むと手を振った。
彼は笑顔で小さく手を振ってくれる。
「可愛くて無邪気な武人さんだね。」
―この僕が心奪われるなんて…これは血の所為だけじゃないな…
きっとそれは君だからだよ、リンちゃん…―
一晩という短い時間で私と彼の胸には愛しさがこみあげていた。
それはもう恐ろしい程に互いを想ってしまうのだ。
きっと理由はふたつ…
ひとつは長年出逢えずに溜まっていた想いが溢れているということ。
そしてもうひとつは互いの容姿、闘う姿、性格、話し方、ぬくもり…すべてに触れて惹かれたから。
「リン~!!」
「ちゃんと帰って来たな。」
『ただいま戻りました。』
「今朝食が出来たところだよ。」
『美味しそう~♪』
いくらジェハに惹かれても私はこの仲間達と…ヨナと共に歩む。
ジェハは町へ向かうため地面を蹴った。
―君の魅力に僕はもう虜だね、リンちゃん…
自由を求める僕がひとりの女性に心奪われるなんて思いもしなかったな…
でも僕は龍の宿命(さだめ)に従うつもりはないんだよ…
君と同じ道を歩めないかもしれないけど、僕は今共にいる仲間と安心できる場所で過ごす事を選ぶんだろうね…―
私達はやっと出逢えた喜びと同時に、同じ道を歩めない寂しさを感じていた。
―それでも私が愛するのはきっと…―
―道は違っても心から愛しいと想うのは…―
「『君/あなただけだよ…』」
※“月下の華”
歌手:蒼井翔太
作詞:香月亜哉音
作曲:藤田淳平
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