主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
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歩き始めて暫くするとユンが私とキジャに問うた。
「次の四龍の位置わかる?」
「…そ…だな…次…の…四…龍…」
『キジャ!?』
彼は突然倒れてしまったのだ。
私は彼を呼びながらも自分の頭もふらついている事に気付いた。
「リン!?」
『うっ…』
ハクに支えられて倒れるのは免れたが身体がだるかった。
彼に抱き上げられてその胸に私は身を委ねて目を閉じた。
「疲労…かな。ずっと全力で穴掘りしてたもんね。」
「キジャ…リン…」
「リンの方はまだ黒龍の力に身がついて行かないのかもね。
あんなに長時間爪を出していた事なんてないでしょ。」
「確かに…」
「身体に負担を掛けすぎなんだ。」
ハクは私を撫でながら優しく言った。
『ハクが優しいと気持ち悪いわ…』
「落とすぞ。」
『それだけは勘弁…今の状態だと受け身も取れないから…』
「フッ…」
彼は笑いながら私を抱き直す。
そして少し開けた所に着くと私を降ろし、キジャを寝かせた。
キジャは青龍が運んでくれたのだが、皆彼の存在を忘れていたようだ。
「安らかに眠れ…」
ハクがキジャの顔に白い布を掛けるとキジャが飛び起きた。
「生きとるわ!」
『元気ね…』
「も…申し訳ありません。体が重くてどうも…
四龍の場所がいつにも増してうすぼんやり…」
『同じく感じとれません…
まるで気配がぐちゃぐちゃに混ざり合っているようで…』
「無理しないで。」
「四龍の場所がわかる人ならもう一人いるけど…」
ヨナ、ハク、ユンは青龍を振り返り、私は木にもたれて座ったまま少し目を開いた。
「いたのか。」
「実はいたんだよ。」
「青龍、他の四龍の位置わかる?」
だが、青龍は首を傾げただけだった。
「まず“四龍”が何なのかわかっていないようだ。」
「ううう、嘆かわしい。」
キジャは身体を起こすと青龍の手を両手で包み込んだ。
「わかっているそなたのせいではないのだ。
今まで誰も教えていなかったのだから。
これからは私がそなたに四龍の心得を教えよう。私の事は兄と呼ぶがよい。」
その瞬間、青龍はアオと共にどこかへ行ってしまった。
「えっ、逃走!?」
「“兄”が不快だったんじゃね?」
「青龍っ!」
ヨナが青龍を追い掛け、私はハクを呼び止めた。
『ハク…』
「お前だけ残すわけにはいかねぇな。」
彼はそっと私を抱き上げると足を進めた。
「どっちに行ったのかしら…」
『そこを左です、姫様。』
「リン…」
『水の音が…します。青龍もそちらへ…向かった足音が…』
「一緒に来ても大丈夫?つらそうだけど…」
「残して来るわけにいかねぇだろ。」
ユンの言葉にハクが答え私達もヨナと共に青龍を追い掛け、そこには滝があった。
「川…水の少ない火の土地に…山頂の雪溶け水が多岐になったのか。」
「青龍…」
その瞬間、私達の目の前で青龍が毛皮と面を取って川に飛び込んだ。
「身投げ!!?」
「どーすんだ、白蛇。あいつ身投げしたぞ。」
「私のせい!?私のせいなのか!?」
だが、すぐに青龍は川から上がった。彼の手には魚が握られている。
「せ…青龍…?まさかそれは…」
『魚食べて…早く元気になれって…こと…?』
「みたいだな。」
「ありがたいが口で言ってくれぬか?」
次に青龍は寒さから震えてしまった。
「どーすんだ、白蛇兄さん。寒がってんぞ。」
「私のせいなのか!?」
「青龍、よくここに川があるってわかったね。
リンの場合は水の音でわかったみたいだけど。」
青龍は自分の眼をとんとんと指で示す。
「あぁ、その眼遠視能力があるんだ。動体視力も優れてそうだね。
眼を見たら石になるって本当?」
問われて青龍は急いで首を横に振る。
その様子はまるで濡れた犬が水を振るうよう。
「じゃあ、何で面を取らないの?」
「ね、その前に火を焚いて身体あっためて青龍の捕った魚でごはんにしましょ。」
ヨナの一言で私達は元いた場所に戻った。
キジャは横になり、私は木にもたれて座った。横になるよりその方が楽だったのだ。
きっと仲間の気配を感じやすく、また自然と周囲を警戒している身としては様々な気配に敏感になれて安心できるのだろう。
ユンは手際よく料理を作り、近くには青龍の濡れた服を干してあった。
眠る私にはハクの上着が掛けられている。
「味噌鍋か。美味そうだな。材料どこで手に入れた?」
「青龍の里で薬と交換してもらった。」
「いつの間に…」
「ユン、大変!虫が鍋の中に入水自殺したわ。」
「すくってさしあげなさい。」
「虫?」
『ふふっ…大丈夫よ、キジャ。』
私は少し目を開いて微笑んだ。
「リン、大丈夫なの?」
『少々身体がだるいですが、座っていればこうやって話すのは平気そうです。』
「よかった…そういえば青龍の服乾かないわね。」
「うん…それにしても…」
私達の視線が毛皮にくるまった青龍に向く。
毛皮から顔だけを出している青龍は雪だるまのようだ。
「あれは何の妖怪だ。」
「ますます色モノになっていくよ、この集団。」
「言うなっ!青龍は私のせいでああなっておるのだ。」
青龍は渡されたお椀を両手で包んでぼーっとしている。
料理はアオがパクパク食べていた。
「青龍、早くしないとアオが超食っちゃってるよ!」
青龍はご飯を食べるとアオと共にほわ~っと笑みを浮かべた。
「おいしい?でしょ?よかったね、ユン。」
「はいはい。」
そっぽを向くユンは心なしか嬉しそう。ハクは私に料理の椀を手渡してくれる。
「食えそうか?」
『うん、ありがとう。』
「寒くない?私の外套いる?」
ヨナが青龍に声を掛けるのを私は穏やかに微笑みながら見守っていた。
「あ…ありがと、ヨナ。」
―ヨナ!!?―
青龍の言葉にハク、キジャ、ユンは目を丸くする。
「ひ・ひ・ひ…姫様を呼び捨てに…っ」
「あっさりとまあ…」
「…」
「名を呼ばれたのなんて久々。」
『…私がお呼びしたでしょう?』
「リンは別よ。」
『あ、そうですか…』
「私も青龍を名で呼びたい。名はないのでしょう?呼んでほしい名はある?」
困り果てた青龍は首を傾げそのまま倒れると丸くなってしまった。
「丸くなっちゃった。」
「妖怪“毛玉”でいいんじゃね?」
『ダメでしょ…』
それから私達は食事をして、それぞれ眠るまで自由に時間を過ごし始めた。
私とキジャは並んで横になって目を閉じた。
「しっかり休んでね。」
ヨナの優しい声が聞こえた気がした瞬間、私の意識はすっと沈んでいった。
彼女は薬を作っているユンと並んで座る。
「ねえユン。」
「んー?」
「青龍は好きに呼んでって言うのよ。何て呼ぼう?」
「んー…俺が青龍を言葉で現すなら“静寂”かな。」
「静寂…」
「お姫様がしっくりくるのをつけてあげたら?
あの檻のような穴ぐらから青龍を連れ出したのはお姫様なんだから。
あの面を外さないのは何か精神的なものだろうけど、それでもお姫様には心を開いてるっぽいし。
ってゆーか、お姫様って本当にお姫様!?」
ユンはぐっと顔を寄せながらヨナに問う。
「青龍に剣向けられてもひるまないし、穴ぐらに閉じこめられてもくじけないしさ。」
「私だって怖かったわ。」
「怖いのナメんな。」
「本当よ。私、思い出しただけで震えるし。」
「俺なんか思い出しただけで息苦しいもんねっ」
私は2人の楽しそうな会話にそっと目を開いた。
そして邪魔をしないようにクスッと笑うと横になったまま聞いていた。
「俺、王族ってズルくて汚いヤツら…って思ってたけど訂正するよ。
初めて会った時、キツイ事言ってごめん。」
「もしかしてずっと気にしてた?」
「…」
「ユンってかわいい。」
「なっ///」
「ちょっと水飲みに行ってくる。」
ヨナが立ち上がるとユンは赤い顔のまま彼女を呼び止めた。
「そ、それと!俺も名前で呼んでいい?ヨナって…
“お姫様”って文字数多くて言うのめんどくさいんだよね。」
ヨナは彼を振り返って優しく笑った。
「ユンかわいい。」
「なんでだよ。」
彼女が去ると私はクスクス笑った。
「リン、起きてるでしょ。」
『ふふっ、ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、あまりにも2人が可愛らしいから。』
「はぁ…」
『姫様が行ってしまうわね。ちょっと追い掛けるわ。』
「ねぇ、リン。」
『ん?』
私はゆっくり身体を起こしてユンを見た。
「リンはヨナの事、姫様って呼ぶけど時々名前で呼ぶよね。どうして?」
『自分の中でのちょっとしたけじめかな。』
「けじめ?」
『姫様って呼ぶ時は護衛として彼女を守る誓いを胸にしている時。
ヨナって名前で呼んでる時は彼女に私自身として、そして相談役として寄り添いたいと思ってる時。
少しでも彼女が身構えずに相談したり本音を言えるように名前で呼んでいるの。』
「なるほど…確かに名前で呼ばれる方が近く感じるね。」
『私は最初からユンに名前で呼ばれて嬉しいわよ?』
「なっ…突然何言い出すのさ。」
『だってハクの事はずっと雷獣だし、ヨナもお姫様って呼んでたでしょ?
それでも私はずっと名前で呼んでくれてたじゃない。』
「それは…」
『ん?』
「最初からリンは…身近に感じられたから…」
『そっか。』
私はユンの頭をそっと撫でてからヨナの方へと歩き出した。
途中、ハクに会って歩き回っている事を叱られたが、諦めたらしい彼と共に彼女の所へと足を進めた。
川の水を飲み顔を洗ったヨナはそっと後ろに呼びかけた。
「いつまでついてくるの、ハク?リンは寝てなきゃダメでしょ?」
『気付いていらっしゃったんですか。』
「いつだったからうぜェくらい側を離れませんって約束した気がしたんで。」
「無事に戻ってこなかったらでしょ。大丈夫よ、気をつけるから。」
すたすた歩いて行ってしまうヨナをハクは手を掴んで引き止めた。
「ちょっと待てって、ヨナ………姫。」
ぱっと手を離したハクをヨナは振り返り儚げに笑う。
「ハクは私のこと姫って呼んで。
リンも、護衛として私の傍にいてくれる時は姫って呼んでる。
でもリン自身として相談にのってくれる時とか支えてくれる時は名前で呼んでくれるわよね。凄くほっとするわ。」
『姫様…』
「ユン達はいいの。ユン達とは姫として出会ったんじゃないし仲良くしてくれて嬉しい。
でもお前達だけは姫って呼んで。私が父上の…イル国王の娘であること忘れないでいて。
この国の誰が忘れてもお前達だけは父上とその娘を忘れないでいて。」
彼女の寂しい言葉に私とハクは俯くとその場に跪いた。
「あんたが閉じこめられた時、陛下にお願いしたんですよ。連れていくなって。
他には何も望まないからそれだけはやめてくれって。」
『私も青龍の部屋で陛下に祈っていました。
私はどうなってもいいから、姫様だけは守ってくれと…』
「あんたがイル陛下のご息女だって俺達は嫌って程知っていますよ。」
泣きながら膝をついてしまったヨナを私はふんわりと抱き締めるのだった。
それから暫くして落ち着いたヨナと共に私とハクは歩き出す。
「ハクは青龍に似合う言葉なんだと思う?」
「あー?面。」
「まじめにっ」
「じゃ、夜。」
「リンはどう思う?」
『そうですね…光、でしょうか。』
「光?」
「あいつのどこが光ってんだよ。」
『洞窟に迷い込んだ時導いてくれた光…優しくて温かい人だと思うの。』
「“夜”“静寂”“光”…私は、そうね…
闇の中なのに安らかで温かく、でも太陽より静かで青いそんな…」
ちょうど歩いて行った先に乾いた服を着て毛皮を身につけた青龍が月を背負って立っていた。
「月…」
―日の光より優しく闇にあって温かさを失わない…―
「シンア…月の光という意味よ。」
ヨナは青龍に歩み寄って行った。私とハクは足を止めて2人を見守る。
「あなたの名はシンア。闇の中で手を引いて導いてくれた青龍は私の月の光(シンア)。どうかな?」
彼はこくりと頷くと嬉しそうにユンやキジャが眠る場所へと帰って行った。
「…嫌だったか?」
「たぶん大丈夫。」
青龍…シンアは青を撫でると横になって身体を丸くした。
「アオ、俺の名前シンアだって。」
―初めての俺の名前…あの人がくれた…大事にしよう…―
「朝だよー」
ユンの声で目を覚ますと身体が軽くなっている気がした。
隣に寝ていたキジャも同じらしく髪をくしゃくしゃにしたまま身を起こした。
「キジャ、リン。具合はどう?」
「『…』」
「キジャ…?」
「おい、リン?」
「緑…」
『これは…緑龍…』
「緑龍の気配がする…」
私達の示す方角を元にユンが地図を開いて考える。
「えーと、緑龍がいるのはこの範囲だね。」
『でもユン、このままいけば彩火の都や緋龍城にぶち当たるわ。』
「うん。だから山沿いに遠まわりしながら緑龍の方向を確認してこう。」
それから私達は旅を再開し、シンアの眼で敵がいないことを確認しつつ進んだ。
「遠視能力いいなー人通りのないとこ探すの楽。」
「お役に立っているぞ、青…あ、姫様から名を賜ったらしいな。
シンア…良い名だ。大事にするのだぞ。」
シンアはコクリを頷き、キジャは四龍について説明し始めた。
私はその説明を聞きながら笑う。私自身にとっても新鮮な情報でもあった。
「キジャ、シンアが仲間になってなんだか嬉しそう。」
『えぇ。やはり四龍の仲間というのは特別なのでしょう。』
そうして歩いていると火の部族の土地にある小さな村に足を踏み入れた。
そこでは痩せ細った人々が軒先でボロボロになって倒れていた。
「ここは…」
「見捨てられた村。将軍や王からね。」
『この辺は何年も作物が実らず水もありません。
男性は兵の訓練をする為に都に連れて行かれたのでしょう。』
「病気が流行り移住する力がない者はここで死ぬしかない。」
「…ひどい。」
「俺の生まれた村もこんなもんだよ。」
『私もです。覚えてはいませんが、このような村で数年後には誰も残らず建物さえすべて壊され平地と化しました。』
「火の土地は広いけど、その殆どが痩せた土地だし。
そのくせ火の部族長カン・スジン将軍は軍事にばかり金をまわすしね。」
「阿呆だな。」
その時近くで男性が倒れた。
「う…」
「大丈夫…」
「近寄らない方がいい。病がうつる。」
「でも…」
ユンはヨナを引き留め水と薬と果物を与えた。
「気休めかもしれないけど、薬と水。あと果物。」
そこにヨナが駆け寄って男性の身体を支えながら水を飲ませた。
彼女の無謀さにユンは何も言わずに微笑んだ。
彼女ならやるだろうと心の隅で思っていたのだろう。
「あ…あんたらは彩火の人か…?」
「いや、旅の者だよ。」
「そうか…なら空都には行ったかね…?
新しい王様が立たれたというが、どんな御方だろう…?
先王…イルはひどい王だった。
他国の圧力に屈し波風立てないことばかり考えていた。
他部族の反発も大きくなり、我々弱い民も救ってはくれない。
あれは誰のための王だったのか。
今度の王様は良い方だといい。この国を…変えて下さる方だといい。」
男性は空へ手を伸ばしながら弱々しく言った。
「ああ…娘さん、ありがとう。誰かに触れてもらったのは何年ぶりか…」
「いいえ…どうかお元気で。」
男性から離れて立ち上がるとヨナは一瞬だけ目を隠した。
「わ、私ちょっと…ついてこないでね。」
物陰へと駆けて行く彼女に私達は何も言えなかった。
「…俺何も言えなかった。」
最初に口を開いたのはユンだった。
彼は地面に座って膝を抱えていて、私達は彼を囲むように立っている。
「俺もイル王をよく思ってない人間だからさ。
でもヨナにはたった独りの肉親なんだよね。」
『そう…そして今はその死を悼む者は誰もいない、私達以外に。
歴史には愚王だったと記されるでしょうね。
たった独りの姫を気にする者だっていないかもしれない。』
「確かに武器も争いもなく誰も傷つかない世界なんて夢物語でしかない。
だが、それが理想だと言って揺るがなかった王を俺達は愚かだとどうしても思えなかった。」
―己の傷をそっと隠したあの背中を臆病だとどうしても思えなかった…―
『愚かだと思う主に私達は従ったりしない。』
「緋龍城で守りきれなかった事、俺は生涯悔やむだろう。」
ハクは大刀を手に、私は剣を撫でながら言った。
「…雷獣とリンは認めてたんだ。ヨナの父とかそういうのを別にしてイル王を主だと。」
「当たり前だ。」
私とハクの脳裏にはヨナの言葉が蘇る。
私達だけにはイル陛下とヨナの事を忘れないでほしいという寂しい願いが…
―忘れるものか…―
―この国で最も華やかな娘だった姫は今はひとり…その身以外何も持っていない…
ただ…愛していた父との繋がりが己の持つたったひとつの誇りなのだ…―
物陰で涙を流すヨナにアオが駆け寄り優しく寄り添った。
目を赤くした彼女は微笑みながら私達に合流する。
私達は何事もなかったかのように村を抜け、山の中で野宿をするのだった。
青龍の里で貰いユンが作り直した天幕の下にヨナとユンは横になり、残された私達は木を囲むように眠る。
キジャは横になり、私はハクに寄り添うように座っていた。
ヨナはそっと抜け出して弓矢を手に練習を始める。
『姫様…』
「静かにしろ、リン。」
私達は少しだけ目を開いて彼女を見守る。でも動こうとはしなかった。
―強くならなきゃ…みんなやハクやリンを失わないために…私に出来ることは…―
そのとき彼女の脳裏に武器を持つなと告げるイル陛下の声が響いた。
彼女は涙を流しながら弓を引いた。
―父上…―
朝が来て私達は緑龍を目指し再び歩き始めた。
緑龍の気配はまだまだ遠く、何日も歩き休みまた歩き続けた。
そしてついに地の部族が所有する阿波の港町に辿り着いた。
「わあ…港町だ!」
青い海に私とハク以外の皆が目を輝かせる。
「ハク!リン!!ねぇ、あれは海?」
「きれい…初めて見た。」
「地の部族泡の港。またここに来るとはな。」
『遠くまで来たものね。』
「2人は来た事あるの?」
「昔な。ジジイに連れられて。」
「緑龍はいそう?」
私とキジャは顔を顰める。
「それが…」
『気配はするのですが、緑龍はあちこち移動してて…』
「気配をたどるのも目が回りそうです…」
「キジャ!?」
気配を辿ろうとしたキジャが目を回すとヨナが心配そうに声を上げ、ユンはニッと笑った。
「龍の能力、万能じゃなくて限度を越えると体力激減するんだねー今度人体実験したいな。」
「「『っ!?』」」
私、キジャ、シンアは肩をびくっと揺らした。
「でも緑龍も探したいけど長旅で疲れてるし、ここいらで食料とか調達したいな。」
「よし行こう、港町っ」
「行かないよ!あんたら連れては行かないよ!!」
『確かに姫様もキジャもシンアも目立つわね…』
「じゃー、俺が行ってくるわ。」
名乗りを上げたのはハクだった。
「雷獣が?」
「ついでに武器も見たいし、町の様子なら何となく覚えてっから。」
「ハク、私も行きたい。」
「…姫さん、最近ブスになったな。目の下にクマ、手は傷だらけ。」
ハクはヨナの頭をぽんと撫でた。
「がんばりすぎです。ちったぁ休みなさい。」
「何の事だかわからないわ。」
『ふふっ。』
「リン、姫さんを頼むぞ。」
『もちろん。』
―ハクは何でもお見通しでくやしい…
それにきっとリンだって笑ったって事は夜に私が練習してるの気付いてるんだわ…―
「くれぐれも!気をつけてね。雷獣の顔知ってる人がいるかもだし、騒ぎだけは起こさないように!」
「お前らこそ隠れとけよ。あ、コレ目立つから置いてくわ。」
『あ、ちょっ…』
大刀を投げ渡され私はどうにか受け止める。
だが、久しぶりの重さにふらついてしまい背後にいたシンアが支えてくれる。
ヨナは歩き出そうとするハクの服を掴んで言った。
「ハク、早く帰ってきてね。」
その一言と見上げてくる表情にハクは頬を少し赤くして出掛けて行った。
―ハクったら…ご機嫌じゃないの―
私は大刀を抱え直して野宿できそうな場所を探し始めた仲間達の背中を追いかけた。
開けた場所を見つけると天幕を張り、私とシンアは共に狩りに出掛けた。
シンアの眼で獲物を見つけ、私が射抜く。この2人のコンビネーションを最高だった。
鳥2羽と小さな獣を持って帰るとユンが捌いてくれた。
その間に私は緑龍の気配を感じて彼らから少し離れた場所に立っていた。
「リン?」
『キジャ…』
「緑龍を感じるのか?」
『うん…相変わらずどこにいるのかはっきりはわからないけど、どうしても確認したいことがあるから。』
「ひとりだけ気配が違うと言っていたあの事についてか。」
私は小さく頷いた。その謎については私もキジャもわからず、シンアに訊いてみたがやはり彼も気配が一人だけ異なるような事はないとのことだった。
『この問題は私が解決するべきだと思うの。』
「というと…?」
『姫様にお願いしてみる。』
「え?」
『個人行動させてもらうわ。』
「っ!?」
私は真剣な眼差しのままユンと共にいるヨナのもとへ向かった。
真剣な目をした私を見てヨナはきょとんとした。
「リン、どうかしたの?」
『姫様、少しお話があります。』
私の様子に彼女は何も言わずに立ち上がってくれた。
「リンと話すんだから邪魔しないで。いい?」
キジャ、シンア、ユンにそう言い残すと私の手を引いて歩きだす。
そして2人で仲間達から少し離れた場所にある木陰に腰を下ろした。
「それでどうしたの?リンの方から話があるなんて珍しいじゃない。」
『姫様にお願いがあるんです。』
「?」
『私に個人行動をとる許可を下さいませんか。』
「え?」
『実は緑龍に関してだけ気配が他の3人…キジャ、シンア、そして黄龍と異なっているのです。
彼らとは違ってもっと懐かしくて愛しい気持ちになるのです。』
「そんなことって有り得るの…?」
『それがキジャやシンアに訊いたところ、特定の一人にそのような感情を抱く事はないそうです。』
「それって初代黒龍と緑龍の間に何か関係があったってことかしら…」
『その可能性が大きいと思われます。
だからこそ私自身がこの問題に答えを見つけたいのです。
きっと緑龍の気配が近いこの町なら何か答えが…答えでなくとも手掛りくらいは見つけられるはずなのです。』
彼女は私を見つめて真意を見定めようとする。
だから私も目を逸らさずすべてを受け止め、隠すことなく晒した。
「わかったわ、リン。あなたがそんなに真剣なんだもの。」
『姫様…』
「緑龍も同じ感情なのかしら…」
『どうでしょうか…四龍は黒龍の気配を感じ取る事ができませんから。』
「そうなの?」
『触れられる程近付かなければ私が黒龍だとは気付かないようです。』
「そうだったんだ…あ、でもいつ個人行動をとるの?だって今は一緒にいるわけだし…」
『姫様や皆が眠っている夜に少々出掛けさせていただきます。』
「夜!?そんな事したらリンが休めないじゃない!!」
『ご心配なく。体調管理はきちんとしますから。』
「でも…」
私はそっと彼女の頭を撫でた。
『姫様をお守りする事の方が優先です。
夜ならハクも戻りますし、何かあれば彼が守ってくれるでしょう。』
「リン…」
『姫様こそちゃんと休まなければ体力がもちませんよ?』
「やっぱり気付いてたのね!!」
『ふふっ、弓の腕も上がってきていると思いますよ?』
「本当!?」
『えぇ。今度の狩りに一緒に来ていただきたいくらいです。』
彼女は嬉しそうに笑った。そしてすぐにはっとして私に向き直る。
「上手くはぐらかされたけど、そうはいかないからね。」
『あら、気付かれてしまいましたか。』
「もう意地悪!最近ハクに似てきたんじゃない?」
『褒め言葉として受け取っておきます。』
「褒めてなーい!!」
私は彼女の可愛らしい年相応の無邪気な様子にクスクス笑った。
「私はもうリンの事を止めないわ。でもちゃんとハクにも言ってから出掛けてね。」
『はい、必ず。』
「ヨナ!リン!!」
「はーい!!」
私達が戻るとそこにはお怒り状態のユンがいた。
ユンがお怒りになる数時間前…
町に出たご機嫌なハクは賑やかな通りを歩いていた。
「賑やかな町は久しぶりだな。」
―いろいろ見てまわりたいが、早く帰んなきゃならんからな…
なぜなら姫さんがそう頼むんだからな―
「お兄さん、寄ってかない?」
「なにしろ早く帰らなきゃならんからな!」
女性からの誘いもきっぱり断りハクは足を進める。
そのとき気付いた、町の人々がどこか暗い表情をしている事に。
―気のせいか…若干町の連中の目に活気がないような…
まあどうでもいい…とっとと用済ませて早く帰らなきゃなら(以下略)―
「やっ、やめて下さい!!」
そのとき彼の背後から悲鳴が聞こえてきた。彼は足を止めずにはいられない。
「なんだァ、俺らはこの阿波の役人だぞ。」
「誰のお蔭で生活出来ると思ってんだ。」
「言い値でお前を買ってやるっていってんだ。悪い話じゃねぇだろ。」
「困ります…離して…」
―おーい…下衆だ。下衆に出くわしてしまった…どうするユン君…
しかも役人かよ…俺の一人旅ならどうにでもなるんだがな…騒ぎを起こすわけにはいかない…―
ハクの脳裏に浮かぶのはヨナの顔。
だが、目の前では女性が2人の役人に連れ去られようとしているし、誰も助けようとせず無視しているのだ。
「来い。」
「お許しください。誰か…誰かぁあああ!!」
我慢できずハクは駆け出すと女性の腕を掴む役人の顔面を殴り飛ばした。
それと同時に誰かが同じく役人の顔面に鋭い蹴りをお見舞いした。
「なっ、なんだお前ら!?」
「あー、やっちまった。」
「んー、口説き方が美しくないんだから仕方ない。」
女性を庇うように地面に足をつけたハクともう一人の男性は互いを見た。
「「…ん?」」
その男性は異国風の服を着て深緑の長髪を橙色の紐でひとつにまとめていた。
―悪ィ、ユン君よ…やっちまった…―
「お前ら…こんな事をして…ただですむと思ってるのか!?」
ハクは剣を手に詰め寄ってくる役人の手を殴り剣を弾き落とし、もう一人の男が蹴り飛ばした。
「女性に乱暴した上に逆ギレとは美を学んで出直しておいで。」
―手加減してるのにキレのある足技…こいつタダ者じゃねェな…―
「どうした!?」
「何の騒ぎだ!?」
騒ぎを聞きつけて役人が集まってきた。
「やべ。」
「あらら。逃げるよ、おいで。」
「待てっ」
緑色の髪の男性が襲われていた女性の手を掴み駆け出し、それをハクが追う。
出てきた役人の顔面にはハクの肘が食い込んだ。
「止まれ!!」
「邪魔。」
「ヒュウ♪君軍人さん?かなり鍛えてるようだけど。」
「…いや、ただの旅人だ。」
彼らは走りながら言葉を交わす。
「旅人ねぇ…」
「あんたこそその身のこなし、常人じゃねェな。」
「えっ、尋常じゃなく美しいって?」
「言ってねェよ。…役人はまいたか。」
そのとき男性は何かを感じ取った。
「ごめんね、もう少し君といたいけどもう行かなきゃ。」
女性にそう挨拶をするとハクの言葉を無視する。
「おい。」
「あとはこのお兄さんに送ってもらって。」
「待て、コラ。俺はそこまでこの辺の地理に明るくな…」
だが、その瞬間既に男性の姿はなかった。
「いない…なんだ、あいつは…?」
私はその会話を微かに耳にしていた。
―今の気配…凄い勢いで町を横断して海の方へ…?
足技で役人を…?足…まさかね…
とりあえず帰って来たらハクに訊かなきゃいけないかな…―
ハクのもとから一瞬にして去った男性は屋根を蹴り空を舞いながら海にある一隻の船に大きな音をたてて着地した。
すると甲板にいた年配の女性が煙管を吹かしながら呆れたように言うのだった。
「…もう少し静かに帰宅できないのかい、ジェハ。」
ジェハと呼ばれた男性は微笑んだ。
「華麗な帰還じゃないか、ギガン船長。」
「ひよっ子が…聞いて呆れるよ。目立って困るのはお前じゃないか。」
「ちょっと急いでたんでね。」
「何だい、役人に追われたのかい?」
「それもあるけど、もっとヤバイヤツらの気配がしてね。」
「おや…それはもしやお前が昔言っていたアレかい?」
「あぁ。どうやら白龍と青龍がこの町に来ている。」
ジェハに逃げられたハクは女性を家まで送り役人から隠れて行動したために何も買えず帰ってきた。
そしてユンの逆鱗に触れたというわけだ。
「えーっ、何も買って来てない?もっ、何しに行ったの。役立たずっ」
「悪ィ、どうも思うような店がなくてな。」
「もっ、雷獣じゃ話になんない。明日は俺らも町に出るよ。」
「わーい♡」
―役人を殴った話は…今はやめよ…―
取り残されたハクの耳元に私はそっと口を寄せて彼だけに聞こえるように言った。
『騒ぎを起こしたことは黙ってよう、って?』
「っ!!?」
『町が騒がしくなったからちょっと聞いてみたらその中心にいるのがハクだったから驚いたわ。』
「姫さん達には言うなよ!?」
『言わないわよ。私としては貴方が一緒にいた相手が気になる。』
「あぁ…突然消えたんだ。蹴り技にキレがあった…常人じゃねェ。」
『蹴り技…』
その後夕食を食べてから私は皆がいる所で個人行動をとりたい事と、ヨナに許可を貰った事を伝えた。
「本気か、リン…」
『えぇ。私がやらなきゃいけないの。』
「姫さんも許してるし、あんたが本気なら俺は何も言わねェ。だが、ひとつ確認しておきたい。」
『…?』
「お前の気配は誰も辿れねェんだろ?」
「「っ!」」
ハクの言葉にキジャとシンアが息を呑む。
「四龍同士、それにお前は四龍の気配を感じ取れるし耳や気配で俺達の場所も判断できるだろ。
でも白蛇達はお前の気配を感じ取れない。だから俺達はお前が戻ると信じる事しかできない。」
『そうね。きっとシンアの眼では丸見えでしょうけど。
もし私が個人行動をとりたいって願い出て逃げる気ならとっくにここにはいないわ。』
「リン!?」
『だってそうでしょ?ハクが町に出てるうちにここから去ればよかったはず。
キジャくらいなら私でも撒けるだろうし、シンアの眼から逃れるのは難しくても私は耳で音を判別して気配を追えるからシンアの行動を先読みして逃げる事もきっと可能だったはずでしょ。
第一逃げる人がわざわざこうやって皆に伝えたりしないわ。』
私は小さく笑みを零した。
『私がここにいる事…それが皆を裏切らない証拠そのものなの。
それにハク…私が裏切らないって、信頼できるって一番知ってるのは貴方のはずよ。』
「フッ…そうだな。」
緊張した空気がすぐにいつもの優しい物に変わる。ユンもほっとしたようで息を吐いた。
食事の片付けをしているとシンアがどこかへ行った。
私とキジャは緑龍の気配を感じて立ち上がると海が見渡せる崖まで来た。
そこには先に来ていたらしいシンアがいた。
「シンア、そなたも感じるか。」
『あの海の方に緑龍がいる…』
耳を澄ませると二胡(2本の弦を挟んだ弓で弾く弦楽器)の澄んだ音色が聞こえてきた。キジャとシンアにはあまり聞こえていないようだ。
突然音色が止むとそれを奏でていた緑龍…ジェハはキジャやシンアの気配を感じて儚げに満月を見上げた。
―緑龍…そこにいるのね…
音がキジャやシンアに聞こえないということは、それほどまでにあなたまで遠いということ…―
私は再び奏でられ始めた二胡の音色に耳を澄ませ静かに目を閉じた。
夜になり皆が眠ると私は再びその海近くまで来て座り二胡の音に身を委ねた。
翌日、私達はハクと分かれて探索する事になった。
「キジャとリン、それからシンアが示した緑龍の場所はあの町はずれの海岸辺りだね。なーんだ、町にはいないのか。」
「残念ねー」
「ねー」
―あっちなら役人はいなさそうだな。じゃあ大丈夫か…―
「俺はちょっと別行動する。」
「えっ」
ハクは大刀をキジャに預けた。キジャなら重い大刀でも軽々と持ち運べるだろう。
「町で武器とか見てェんだ。俺しかわからんだろ。」
「ハク…」
ハクは自分を心配そうに見上げるヨナの頭に手を乗せると笑った。
―昨日役人に顔見られた俺と一緒だと逆に危ねェしな…―
「じゃあ今日こそ買い物してきてね。」
「おー」
『気をつけて。』
「あぁ。」
彼を見送って私達は緑龍の気配を追って歩き出した。
「昨晩は何か回収があったのか?」
『う~ん…緑龍が奏でてる二胡の音色を聞いてたわ。』
「二胡?そのような物聞こえなかったが…」
『遠かったからね。私も黒龍として聞かないとはっきり聞こえなかったわ。』
「それにしても雷獣、なんか変だよね。」
「え?」
「なんか隠してる。あのヨナべったりの雷獣が別行動なんて…」
「それだけ皆を信用してるのよ。」
「そ、そうなのですか?」
「女に会いに行ってたりして。」
「えーっ」
『あ、この辺りですよ。』
「船が停泊してる。」
そのときユンが気付いた。
「…あれ、海賊船だよ。」
「えっ」
「少なくとも商人や役人の船じゃないね。まさかあの中にいるってんじゃ…」
「…あ。」
「あれ?」
『あ…』
「『気配が…消えた…』」
―また逃げられた…―
私は頭を抱えて溜息を吐いた。
『とりあえずまだ気配は追える範囲にいるみたいですし、行ってみましょうか。』
「うむ。」
同じ頃、ハクは町でジェハと会っていた。
「あ…」
「あれ、君…」
「あんた、昨日の…」
「やあやあやあ、また会えるなんて運命だね。」
「あんた昨日の今日でよく来たな。」
「お互いさまだよ。ねぇ、君ちょーっとつきあってくれないかな。」
「いや、俺は…」
ジャハはハクの肩を抱いて小声で言った。
「実は追われているんだ。」
「役人か?」
「んー、まぁそんなとこ。」
「大丈夫。君に害は及ばないから。」
そう言って連れて来られたのは露出度の高い服を着た女性が溢れる遊郭のような店。
「コラ、昼間っから何だここは。」
「こーゆー所の方が隠れ易いんだ。」
「今にもあのエロ役人が入って来そうだけどな。」
「こういう所は興味ない?」
「ない訳じゃねーが。」
ハクは長居は無用と考え立ち上がる。すると背中に女性のひとりが縋り付いた。
「つーか今はこんな事をしてる場合じゃないんで。」
「やだ、お兄さん。行かないで…」
「あ?」
彼女を振り返って睨むとその視線に女性はきゅんとしてしまったらしい。
「あ…あのお兄さん、眼差しだけで女を殺せるわ。」
「え、僕にもやってみて。」
「何もしてねェよ。ま、いい女だったら俺の里に山ほどいたからな。
それにいつも一緒にいる相棒の方がいい女かもな。」
「何!?それはどこだい?美人な相棒!?羨ましい!!」
「風…」
ハクは里の名を伝えようとして急いで口を閉じた。
「…あ、いや。あんたこそ変わった服着てんな。生まれはどこよ?」
「え!?僕かい?僕は…」
「「…」」
2人は改めて向かい合って座ると互いに何か秘密を抱えている事に気付き詮索はやめた。
「僕はここ!ここの生まれだよ。この服は戒帝国からの輸入品。」
「へぇ、戒帝国…」
「港町だからね。色んな物が手に入るのさ。」
「町といえば…この町何か妙だな。一見普通だが町の奴ら、微妙に目が死んでる。」
「…」
「何かあるのか?」
ハクの疑問にジャハは口角を上げた。
「…君はスルドイね。阿波の港はここ一帯を仕切ってるヤン・クムジという男の力が強くてね。
町の連中は皆奴に怯えてるんだ。」
「ほぉ…」
「国に内緒でヤバイ商売してるしね。」
「ヤバイ?」
「人身売買さ。」
「…マジか。」
「主に女・子供をね。全く腐った奴らだ。」
「この国は今奴隷すら禁じられてるってのに。」
「王が代わったからね。これからはどうなるかわからない。
人の自由を奪うというのはこの世で最も醜い行為だよ。
そういう奴らは腐って土に還って薔薇にでも生まれ変わればいいんだ。君もそう思わないかい?」
「…まあ、俺は人の護衛してる身だしな…」
「なんて不憫な…!」
「別に自分で決めた事だし。」
―おっと喋りすぎたか…こいつがよく喋るんで…―
ジェハはというと近くにいた女性を抱き寄せてクサイ台詞を吐き続けていた。
「僕には理解出来ないな。君達の護衛ならやってもいいんだけどね。」
「「「キャー」」」
―しかし軽い(チャラい)…―
「やけに自由にこだわるんだな。何か嫌な事でも?」
「僕はね…」
そのとき店の外から叫び声がした。
「あーっ!!」
『何やってるのよ…』
ハクが声のする方を見ると私、ヨナ、ユンが彼を見上げていた。
窓寄りに座っていたハクを私達は外からでも簡単に見つけられたのだ。
「リン!ユン!姫さん!!
何でここに…や、これは違いますよ。こいつがムリヤリ…っていねェ!?」
また忽然とジェハは姿を消していて、私はその気配を感じてあちこち見ていた。
「あいつどこ行った!?」
ハクは店から飛び降りて私達の前に降り立つ。
「何真っ昼間からこんなトコ来てんのさ。」
「お前らこそ何でここに…」
『この辺りから緑龍の気配がしたの。』
「まさかこんな所だとは…そしてあんたがいるとは…
ヨナ、ちょっとこの男に何か言ってやって。」
「あー、誤解すんな。俺は…」
「ハク…こういう店に行きたい時はちゃんと言ってね。」
「違ーう!!」
私とユンは笑いながらヨナに拍手を贈る。
「はい、良いお言葉頂きましたー」
『ありがとうございましたー』
―あー、あいつめ…一体どこに消えた…?―
ハクが探す男、ジェハは屋根の上に逃げていた。
私はその気配を感じつつ動きが速くて追い付けやしない。
「ふー、危ないね。話し込んでて油断したよ。」
『ん…?』
その声を聞き取り私はハクを足場にして屋根に上がった。
「痛っ…おい!」
『今の声…』
ハクは声を上げたが私はそれどころではない。屋根の上を走りながら気配を辿る。
「いきなり白龍が店の近くに来るんだもの。」
―何か強い心乱れるモノが近くまで来たような気がしたけれど、あれは何だろうな…
それに…どこか懐かしくて愛おしい気配もした…
そんな存在僕にはいないはずだろう…どうして…―
「白龍と青龍ガン首揃えて僕に何の用か知らないけど…」
彼の頭にはハクが言った自由にこだわる理由への問いが響く。
「当然でしょ。伝説の四龍?守るべき主?くだらない。
生まれた時から決まった宿命(さだめ)など僕の美学に反するね。」
彼の声を頼りに私は駆けて行く。
屋根のような足場の悪い所でも軽々走れるのは鍛錬の賜物だろう。
それでも龍の右脚を持つ緑龍に追いつけるはずもない。
そのとき私の目の前を人影が瞬く間に通り過ぎて行った。
「逃げきってみせるさ、宿命(さだめ)から。
緋龍王が現れたって僕は蹴り飛ばしてみせるよ。」
『緑龍…?』
彼が通り過ぎた瞬間、胸の鼓動が大きく鳴った。
「っ!?」
彼も強く屋根を蹴り船に戻りながら少しだけ後ろを振り返った。
「あの子…何者だ…?」
ほんの一瞬だけ私達の視線が交差した気がした。
「次の四龍の位置わかる?」
「…そ…だな…次…の…四…龍…」
『キジャ!?』
彼は突然倒れてしまったのだ。
私は彼を呼びながらも自分の頭もふらついている事に気付いた。
「リン!?」
『うっ…』
ハクに支えられて倒れるのは免れたが身体がだるかった。
彼に抱き上げられてその胸に私は身を委ねて目を閉じた。
「疲労…かな。ずっと全力で穴掘りしてたもんね。」
「キジャ…リン…」
「リンの方はまだ黒龍の力に身がついて行かないのかもね。
あんなに長時間爪を出していた事なんてないでしょ。」
「確かに…」
「身体に負担を掛けすぎなんだ。」
ハクは私を撫でながら優しく言った。
『ハクが優しいと気持ち悪いわ…』
「落とすぞ。」
『それだけは勘弁…今の状態だと受け身も取れないから…』
「フッ…」
彼は笑いながら私を抱き直す。
そして少し開けた所に着くと私を降ろし、キジャを寝かせた。
キジャは青龍が運んでくれたのだが、皆彼の存在を忘れていたようだ。
「安らかに眠れ…」
ハクがキジャの顔に白い布を掛けるとキジャが飛び起きた。
「生きとるわ!」
『元気ね…』
「も…申し訳ありません。体が重くてどうも…
四龍の場所がいつにも増してうすぼんやり…」
『同じく感じとれません…
まるで気配がぐちゃぐちゃに混ざり合っているようで…』
「無理しないで。」
「四龍の場所がわかる人ならもう一人いるけど…」
ヨナ、ハク、ユンは青龍を振り返り、私は木にもたれて座ったまま少し目を開いた。
「いたのか。」
「実はいたんだよ。」
「青龍、他の四龍の位置わかる?」
だが、青龍は首を傾げただけだった。
「まず“四龍”が何なのかわかっていないようだ。」
「ううう、嘆かわしい。」
キジャは身体を起こすと青龍の手を両手で包み込んだ。
「わかっているそなたのせいではないのだ。
今まで誰も教えていなかったのだから。
これからは私がそなたに四龍の心得を教えよう。私の事は兄と呼ぶがよい。」
その瞬間、青龍はアオと共にどこかへ行ってしまった。
「えっ、逃走!?」
「“兄”が不快だったんじゃね?」
「青龍っ!」
ヨナが青龍を追い掛け、私はハクを呼び止めた。
『ハク…』
「お前だけ残すわけにはいかねぇな。」
彼はそっと私を抱き上げると足を進めた。
「どっちに行ったのかしら…」
『そこを左です、姫様。』
「リン…」
『水の音が…します。青龍もそちらへ…向かった足音が…』
「一緒に来ても大丈夫?つらそうだけど…」
「残して来るわけにいかねぇだろ。」
ユンの言葉にハクが答え私達もヨナと共に青龍を追い掛け、そこには滝があった。
「川…水の少ない火の土地に…山頂の雪溶け水が多岐になったのか。」
「青龍…」
その瞬間、私達の目の前で青龍が毛皮と面を取って川に飛び込んだ。
「身投げ!!?」
「どーすんだ、白蛇。あいつ身投げしたぞ。」
「私のせい!?私のせいなのか!?」
だが、すぐに青龍は川から上がった。彼の手には魚が握られている。
「せ…青龍…?まさかそれは…」
『魚食べて…早く元気になれって…こと…?』
「みたいだな。」
「ありがたいが口で言ってくれぬか?」
次に青龍は寒さから震えてしまった。
「どーすんだ、白蛇兄さん。寒がってんぞ。」
「私のせいなのか!?」
「青龍、よくここに川があるってわかったね。
リンの場合は水の音でわかったみたいだけど。」
青龍は自分の眼をとんとんと指で示す。
「あぁ、その眼遠視能力があるんだ。動体視力も優れてそうだね。
眼を見たら石になるって本当?」
問われて青龍は急いで首を横に振る。
その様子はまるで濡れた犬が水を振るうよう。
「じゃあ、何で面を取らないの?」
「ね、その前に火を焚いて身体あっためて青龍の捕った魚でごはんにしましょ。」
ヨナの一言で私達は元いた場所に戻った。
キジャは横になり、私は木にもたれて座った。横になるよりその方が楽だったのだ。
きっと仲間の気配を感じやすく、また自然と周囲を警戒している身としては様々な気配に敏感になれて安心できるのだろう。
ユンは手際よく料理を作り、近くには青龍の濡れた服を干してあった。
眠る私にはハクの上着が掛けられている。
「味噌鍋か。美味そうだな。材料どこで手に入れた?」
「青龍の里で薬と交換してもらった。」
「いつの間に…」
「ユン、大変!虫が鍋の中に入水自殺したわ。」
「すくってさしあげなさい。」
「虫?」
『ふふっ…大丈夫よ、キジャ。』
私は少し目を開いて微笑んだ。
「リン、大丈夫なの?」
『少々身体がだるいですが、座っていればこうやって話すのは平気そうです。』
「よかった…そういえば青龍の服乾かないわね。」
「うん…それにしても…」
私達の視線が毛皮にくるまった青龍に向く。
毛皮から顔だけを出している青龍は雪だるまのようだ。
「あれは何の妖怪だ。」
「ますます色モノになっていくよ、この集団。」
「言うなっ!青龍は私のせいでああなっておるのだ。」
青龍は渡されたお椀を両手で包んでぼーっとしている。
料理はアオがパクパク食べていた。
「青龍、早くしないとアオが超食っちゃってるよ!」
青龍はご飯を食べるとアオと共にほわ~っと笑みを浮かべた。
「おいしい?でしょ?よかったね、ユン。」
「はいはい。」
そっぽを向くユンは心なしか嬉しそう。ハクは私に料理の椀を手渡してくれる。
「食えそうか?」
『うん、ありがとう。』
「寒くない?私の外套いる?」
ヨナが青龍に声を掛けるのを私は穏やかに微笑みながら見守っていた。
「あ…ありがと、ヨナ。」
―ヨナ!!?―
青龍の言葉にハク、キジャ、ユンは目を丸くする。
「ひ・ひ・ひ…姫様を呼び捨てに…っ」
「あっさりとまあ…」
「…」
「名を呼ばれたのなんて久々。」
『…私がお呼びしたでしょう?』
「リンは別よ。」
『あ、そうですか…』
「私も青龍を名で呼びたい。名はないのでしょう?呼んでほしい名はある?」
困り果てた青龍は首を傾げそのまま倒れると丸くなってしまった。
「丸くなっちゃった。」
「妖怪“毛玉”でいいんじゃね?」
『ダメでしょ…』
それから私達は食事をして、それぞれ眠るまで自由に時間を過ごし始めた。
私とキジャは並んで横になって目を閉じた。
「しっかり休んでね。」
ヨナの優しい声が聞こえた気がした瞬間、私の意識はすっと沈んでいった。
彼女は薬を作っているユンと並んで座る。
「ねえユン。」
「んー?」
「青龍は好きに呼んでって言うのよ。何て呼ぼう?」
「んー…俺が青龍を言葉で現すなら“静寂”かな。」
「静寂…」
「お姫様がしっくりくるのをつけてあげたら?
あの檻のような穴ぐらから青龍を連れ出したのはお姫様なんだから。
あの面を外さないのは何か精神的なものだろうけど、それでもお姫様には心を開いてるっぽいし。
ってゆーか、お姫様って本当にお姫様!?」
ユンはぐっと顔を寄せながらヨナに問う。
「青龍に剣向けられてもひるまないし、穴ぐらに閉じこめられてもくじけないしさ。」
「私だって怖かったわ。」
「怖いのナメんな。」
「本当よ。私、思い出しただけで震えるし。」
「俺なんか思い出しただけで息苦しいもんねっ」
私は2人の楽しそうな会話にそっと目を開いた。
そして邪魔をしないようにクスッと笑うと横になったまま聞いていた。
「俺、王族ってズルくて汚いヤツら…って思ってたけど訂正するよ。
初めて会った時、キツイ事言ってごめん。」
「もしかしてずっと気にしてた?」
「…」
「ユンってかわいい。」
「なっ///」
「ちょっと水飲みに行ってくる。」
ヨナが立ち上がるとユンは赤い顔のまま彼女を呼び止めた。
「そ、それと!俺も名前で呼んでいい?ヨナって…
“お姫様”って文字数多くて言うのめんどくさいんだよね。」
ヨナは彼を振り返って優しく笑った。
「ユンかわいい。」
「なんでだよ。」
彼女が去ると私はクスクス笑った。
「リン、起きてるでしょ。」
『ふふっ、ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、あまりにも2人が可愛らしいから。』
「はぁ…」
『姫様が行ってしまうわね。ちょっと追い掛けるわ。』
「ねぇ、リン。」
『ん?』
私はゆっくり身体を起こしてユンを見た。
「リンはヨナの事、姫様って呼ぶけど時々名前で呼ぶよね。どうして?」
『自分の中でのちょっとしたけじめかな。』
「けじめ?」
『姫様って呼ぶ時は護衛として彼女を守る誓いを胸にしている時。
ヨナって名前で呼んでる時は彼女に私自身として、そして相談役として寄り添いたいと思ってる時。
少しでも彼女が身構えずに相談したり本音を言えるように名前で呼んでいるの。』
「なるほど…確かに名前で呼ばれる方が近く感じるね。」
『私は最初からユンに名前で呼ばれて嬉しいわよ?』
「なっ…突然何言い出すのさ。」
『だってハクの事はずっと雷獣だし、ヨナもお姫様って呼んでたでしょ?
それでも私はずっと名前で呼んでくれてたじゃない。』
「それは…」
『ん?』
「最初からリンは…身近に感じられたから…」
『そっか。』
私はユンの頭をそっと撫でてからヨナの方へと歩き出した。
途中、ハクに会って歩き回っている事を叱られたが、諦めたらしい彼と共に彼女の所へと足を進めた。
川の水を飲み顔を洗ったヨナはそっと後ろに呼びかけた。
「いつまでついてくるの、ハク?リンは寝てなきゃダメでしょ?」
『気付いていらっしゃったんですか。』
「いつだったからうぜェくらい側を離れませんって約束した気がしたんで。」
「無事に戻ってこなかったらでしょ。大丈夫よ、気をつけるから。」
すたすた歩いて行ってしまうヨナをハクは手を掴んで引き止めた。
「ちょっと待てって、ヨナ………姫。」
ぱっと手を離したハクをヨナは振り返り儚げに笑う。
「ハクは私のこと姫って呼んで。
リンも、護衛として私の傍にいてくれる時は姫って呼んでる。
でもリン自身として相談にのってくれる時とか支えてくれる時は名前で呼んでくれるわよね。凄くほっとするわ。」
『姫様…』
「ユン達はいいの。ユン達とは姫として出会ったんじゃないし仲良くしてくれて嬉しい。
でもお前達だけは姫って呼んで。私が父上の…イル国王の娘であること忘れないでいて。
この国の誰が忘れてもお前達だけは父上とその娘を忘れないでいて。」
彼女の寂しい言葉に私とハクは俯くとその場に跪いた。
「あんたが閉じこめられた時、陛下にお願いしたんですよ。連れていくなって。
他には何も望まないからそれだけはやめてくれって。」
『私も青龍の部屋で陛下に祈っていました。
私はどうなってもいいから、姫様だけは守ってくれと…』
「あんたがイル陛下のご息女だって俺達は嫌って程知っていますよ。」
泣きながら膝をついてしまったヨナを私はふんわりと抱き締めるのだった。
それから暫くして落ち着いたヨナと共に私とハクは歩き出す。
「ハクは青龍に似合う言葉なんだと思う?」
「あー?面。」
「まじめにっ」
「じゃ、夜。」
「リンはどう思う?」
『そうですね…光、でしょうか。』
「光?」
「あいつのどこが光ってんだよ。」
『洞窟に迷い込んだ時導いてくれた光…優しくて温かい人だと思うの。』
「“夜”“静寂”“光”…私は、そうね…
闇の中なのに安らかで温かく、でも太陽より静かで青いそんな…」
ちょうど歩いて行った先に乾いた服を着て毛皮を身につけた青龍が月を背負って立っていた。
「月…」
―日の光より優しく闇にあって温かさを失わない…―
「シンア…月の光という意味よ。」
ヨナは青龍に歩み寄って行った。私とハクは足を止めて2人を見守る。
「あなたの名はシンア。闇の中で手を引いて導いてくれた青龍は私の月の光(シンア)。どうかな?」
彼はこくりと頷くと嬉しそうにユンやキジャが眠る場所へと帰って行った。
「…嫌だったか?」
「たぶん大丈夫。」
青龍…シンアは青を撫でると横になって身体を丸くした。
「アオ、俺の名前シンアだって。」
―初めての俺の名前…あの人がくれた…大事にしよう…―
「朝だよー」
ユンの声で目を覚ますと身体が軽くなっている気がした。
隣に寝ていたキジャも同じらしく髪をくしゃくしゃにしたまま身を起こした。
「キジャ、リン。具合はどう?」
「『…』」
「キジャ…?」
「おい、リン?」
「緑…」
『これは…緑龍…』
「緑龍の気配がする…」
私達の示す方角を元にユンが地図を開いて考える。
「えーと、緑龍がいるのはこの範囲だね。」
『でもユン、このままいけば彩火の都や緋龍城にぶち当たるわ。』
「うん。だから山沿いに遠まわりしながら緑龍の方向を確認してこう。」
それから私達は旅を再開し、シンアの眼で敵がいないことを確認しつつ進んだ。
「遠視能力いいなー人通りのないとこ探すの楽。」
「お役に立っているぞ、青…あ、姫様から名を賜ったらしいな。
シンア…良い名だ。大事にするのだぞ。」
シンアはコクリを頷き、キジャは四龍について説明し始めた。
私はその説明を聞きながら笑う。私自身にとっても新鮮な情報でもあった。
「キジャ、シンアが仲間になってなんだか嬉しそう。」
『えぇ。やはり四龍の仲間というのは特別なのでしょう。』
そうして歩いていると火の部族の土地にある小さな村に足を踏み入れた。
そこでは痩せ細った人々が軒先でボロボロになって倒れていた。
「ここは…」
「見捨てられた村。将軍や王からね。」
『この辺は何年も作物が実らず水もありません。
男性は兵の訓練をする為に都に連れて行かれたのでしょう。』
「病気が流行り移住する力がない者はここで死ぬしかない。」
「…ひどい。」
「俺の生まれた村もこんなもんだよ。」
『私もです。覚えてはいませんが、このような村で数年後には誰も残らず建物さえすべて壊され平地と化しました。』
「火の土地は広いけど、その殆どが痩せた土地だし。
そのくせ火の部族長カン・スジン将軍は軍事にばかり金をまわすしね。」
「阿呆だな。」
その時近くで男性が倒れた。
「う…」
「大丈夫…」
「近寄らない方がいい。病がうつる。」
「でも…」
ユンはヨナを引き留め水と薬と果物を与えた。
「気休めかもしれないけど、薬と水。あと果物。」
そこにヨナが駆け寄って男性の身体を支えながら水を飲ませた。
彼女の無謀さにユンは何も言わずに微笑んだ。
彼女ならやるだろうと心の隅で思っていたのだろう。
「あ…あんたらは彩火の人か…?」
「いや、旅の者だよ。」
「そうか…なら空都には行ったかね…?
新しい王様が立たれたというが、どんな御方だろう…?
先王…イルはひどい王だった。
他国の圧力に屈し波風立てないことばかり考えていた。
他部族の反発も大きくなり、我々弱い民も救ってはくれない。
あれは誰のための王だったのか。
今度の王様は良い方だといい。この国を…変えて下さる方だといい。」
男性は空へ手を伸ばしながら弱々しく言った。
「ああ…娘さん、ありがとう。誰かに触れてもらったのは何年ぶりか…」
「いいえ…どうかお元気で。」
男性から離れて立ち上がるとヨナは一瞬だけ目を隠した。
「わ、私ちょっと…ついてこないでね。」
物陰へと駆けて行く彼女に私達は何も言えなかった。
「…俺何も言えなかった。」
最初に口を開いたのはユンだった。
彼は地面に座って膝を抱えていて、私達は彼を囲むように立っている。
「俺もイル王をよく思ってない人間だからさ。
でもヨナにはたった独りの肉親なんだよね。」
『そう…そして今はその死を悼む者は誰もいない、私達以外に。
歴史には愚王だったと記されるでしょうね。
たった独りの姫を気にする者だっていないかもしれない。』
「確かに武器も争いもなく誰も傷つかない世界なんて夢物語でしかない。
だが、それが理想だと言って揺るがなかった王を俺達は愚かだとどうしても思えなかった。」
―己の傷をそっと隠したあの背中を臆病だとどうしても思えなかった…―
『愚かだと思う主に私達は従ったりしない。』
「緋龍城で守りきれなかった事、俺は生涯悔やむだろう。」
ハクは大刀を手に、私は剣を撫でながら言った。
「…雷獣とリンは認めてたんだ。ヨナの父とかそういうのを別にしてイル王を主だと。」
「当たり前だ。」
私とハクの脳裏にはヨナの言葉が蘇る。
私達だけにはイル陛下とヨナの事を忘れないでほしいという寂しい願いが…
―忘れるものか…―
―この国で最も華やかな娘だった姫は今はひとり…その身以外何も持っていない…
ただ…愛していた父との繋がりが己の持つたったひとつの誇りなのだ…―
物陰で涙を流すヨナにアオが駆け寄り優しく寄り添った。
目を赤くした彼女は微笑みながら私達に合流する。
私達は何事もなかったかのように村を抜け、山の中で野宿をするのだった。
青龍の里で貰いユンが作り直した天幕の下にヨナとユンは横になり、残された私達は木を囲むように眠る。
キジャは横になり、私はハクに寄り添うように座っていた。
ヨナはそっと抜け出して弓矢を手に練習を始める。
『姫様…』
「静かにしろ、リン。」
私達は少しだけ目を開いて彼女を見守る。でも動こうとはしなかった。
―強くならなきゃ…みんなやハクやリンを失わないために…私に出来ることは…―
そのとき彼女の脳裏に武器を持つなと告げるイル陛下の声が響いた。
彼女は涙を流しながら弓を引いた。
―父上…―
朝が来て私達は緑龍を目指し再び歩き始めた。
緑龍の気配はまだまだ遠く、何日も歩き休みまた歩き続けた。
そしてついに地の部族が所有する阿波の港町に辿り着いた。
「わあ…港町だ!」
青い海に私とハク以外の皆が目を輝かせる。
「ハク!リン!!ねぇ、あれは海?」
「きれい…初めて見た。」
「地の部族泡の港。またここに来るとはな。」
『遠くまで来たものね。』
「2人は来た事あるの?」
「昔な。ジジイに連れられて。」
「緑龍はいそう?」
私とキジャは顔を顰める。
「それが…」
『気配はするのですが、緑龍はあちこち移動してて…』
「気配をたどるのも目が回りそうです…」
「キジャ!?」
気配を辿ろうとしたキジャが目を回すとヨナが心配そうに声を上げ、ユンはニッと笑った。
「龍の能力、万能じゃなくて限度を越えると体力激減するんだねー今度人体実験したいな。」
「「『っ!?』」」
私、キジャ、シンアは肩をびくっと揺らした。
「でも緑龍も探したいけど長旅で疲れてるし、ここいらで食料とか調達したいな。」
「よし行こう、港町っ」
「行かないよ!あんたら連れては行かないよ!!」
『確かに姫様もキジャもシンアも目立つわね…』
「じゃー、俺が行ってくるわ。」
名乗りを上げたのはハクだった。
「雷獣が?」
「ついでに武器も見たいし、町の様子なら何となく覚えてっから。」
「ハク、私も行きたい。」
「…姫さん、最近ブスになったな。目の下にクマ、手は傷だらけ。」
ハクはヨナの頭をぽんと撫でた。
「がんばりすぎです。ちったぁ休みなさい。」
「何の事だかわからないわ。」
『ふふっ。』
「リン、姫さんを頼むぞ。」
『もちろん。』
―ハクは何でもお見通しでくやしい…
それにきっとリンだって笑ったって事は夜に私が練習してるの気付いてるんだわ…―
「くれぐれも!気をつけてね。雷獣の顔知ってる人がいるかもだし、騒ぎだけは起こさないように!」
「お前らこそ隠れとけよ。あ、コレ目立つから置いてくわ。」
『あ、ちょっ…』
大刀を投げ渡され私はどうにか受け止める。
だが、久しぶりの重さにふらついてしまい背後にいたシンアが支えてくれる。
ヨナは歩き出そうとするハクの服を掴んで言った。
「ハク、早く帰ってきてね。」
その一言と見上げてくる表情にハクは頬を少し赤くして出掛けて行った。
―ハクったら…ご機嫌じゃないの―
私は大刀を抱え直して野宿できそうな場所を探し始めた仲間達の背中を追いかけた。
開けた場所を見つけると天幕を張り、私とシンアは共に狩りに出掛けた。
シンアの眼で獲物を見つけ、私が射抜く。この2人のコンビネーションを最高だった。
鳥2羽と小さな獣を持って帰るとユンが捌いてくれた。
その間に私は緑龍の気配を感じて彼らから少し離れた場所に立っていた。
「リン?」
『キジャ…』
「緑龍を感じるのか?」
『うん…相変わらずどこにいるのかはっきりはわからないけど、どうしても確認したいことがあるから。』
「ひとりだけ気配が違うと言っていたあの事についてか。」
私は小さく頷いた。その謎については私もキジャもわからず、シンアに訊いてみたがやはり彼も気配が一人だけ異なるような事はないとのことだった。
『この問題は私が解決するべきだと思うの。』
「というと…?」
『姫様にお願いしてみる。』
「え?」
『個人行動させてもらうわ。』
「っ!?」
私は真剣な眼差しのままユンと共にいるヨナのもとへ向かった。
真剣な目をした私を見てヨナはきょとんとした。
「リン、どうかしたの?」
『姫様、少しお話があります。』
私の様子に彼女は何も言わずに立ち上がってくれた。
「リンと話すんだから邪魔しないで。いい?」
キジャ、シンア、ユンにそう言い残すと私の手を引いて歩きだす。
そして2人で仲間達から少し離れた場所にある木陰に腰を下ろした。
「それでどうしたの?リンの方から話があるなんて珍しいじゃない。」
『姫様にお願いがあるんです。』
「?」
『私に個人行動をとる許可を下さいませんか。』
「え?」
『実は緑龍に関してだけ気配が他の3人…キジャ、シンア、そして黄龍と異なっているのです。
彼らとは違ってもっと懐かしくて愛しい気持ちになるのです。』
「そんなことって有り得るの…?」
『それがキジャやシンアに訊いたところ、特定の一人にそのような感情を抱く事はないそうです。』
「それって初代黒龍と緑龍の間に何か関係があったってことかしら…」
『その可能性が大きいと思われます。
だからこそ私自身がこの問題に答えを見つけたいのです。
きっと緑龍の気配が近いこの町なら何か答えが…答えでなくとも手掛りくらいは見つけられるはずなのです。』
彼女は私を見つめて真意を見定めようとする。
だから私も目を逸らさずすべてを受け止め、隠すことなく晒した。
「わかったわ、リン。あなたがそんなに真剣なんだもの。」
『姫様…』
「緑龍も同じ感情なのかしら…」
『どうでしょうか…四龍は黒龍の気配を感じ取る事ができませんから。』
「そうなの?」
『触れられる程近付かなければ私が黒龍だとは気付かないようです。』
「そうだったんだ…あ、でもいつ個人行動をとるの?だって今は一緒にいるわけだし…」
『姫様や皆が眠っている夜に少々出掛けさせていただきます。』
「夜!?そんな事したらリンが休めないじゃない!!」
『ご心配なく。体調管理はきちんとしますから。』
「でも…」
私はそっと彼女の頭を撫でた。
『姫様をお守りする事の方が優先です。
夜ならハクも戻りますし、何かあれば彼が守ってくれるでしょう。』
「リン…」
『姫様こそちゃんと休まなければ体力がもちませんよ?』
「やっぱり気付いてたのね!!」
『ふふっ、弓の腕も上がってきていると思いますよ?』
「本当!?」
『えぇ。今度の狩りに一緒に来ていただきたいくらいです。』
彼女は嬉しそうに笑った。そしてすぐにはっとして私に向き直る。
「上手くはぐらかされたけど、そうはいかないからね。」
『あら、気付かれてしまいましたか。』
「もう意地悪!最近ハクに似てきたんじゃない?」
『褒め言葉として受け取っておきます。』
「褒めてなーい!!」
私は彼女の可愛らしい年相応の無邪気な様子にクスクス笑った。
「私はもうリンの事を止めないわ。でもちゃんとハクにも言ってから出掛けてね。」
『はい、必ず。』
「ヨナ!リン!!」
「はーい!!」
私達が戻るとそこにはお怒り状態のユンがいた。
ユンがお怒りになる数時間前…
町に出たご機嫌なハクは賑やかな通りを歩いていた。
「賑やかな町は久しぶりだな。」
―いろいろ見てまわりたいが、早く帰んなきゃならんからな…
なぜなら姫さんがそう頼むんだからな―
「お兄さん、寄ってかない?」
「なにしろ早く帰らなきゃならんからな!」
女性からの誘いもきっぱり断りハクは足を進める。
そのとき気付いた、町の人々がどこか暗い表情をしている事に。
―気のせいか…若干町の連中の目に活気がないような…
まあどうでもいい…とっとと用済ませて早く帰らなきゃなら(以下略)―
「やっ、やめて下さい!!」
そのとき彼の背後から悲鳴が聞こえてきた。彼は足を止めずにはいられない。
「なんだァ、俺らはこの阿波の役人だぞ。」
「誰のお蔭で生活出来ると思ってんだ。」
「言い値でお前を買ってやるっていってんだ。悪い話じゃねぇだろ。」
「困ります…離して…」
―おーい…下衆だ。下衆に出くわしてしまった…どうするユン君…
しかも役人かよ…俺の一人旅ならどうにでもなるんだがな…騒ぎを起こすわけにはいかない…―
ハクの脳裏に浮かぶのはヨナの顔。
だが、目の前では女性が2人の役人に連れ去られようとしているし、誰も助けようとせず無視しているのだ。
「来い。」
「お許しください。誰か…誰かぁあああ!!」
我慢できずハクは駆け出すと女性の腕を掴む役人の顔面を殴り飛ばした。
それと同時に誰かが同じく役人の顔面に鋭い蹴りをお見舞いした。
「なっ、なんだお前ら!?」
「あー、やっちまった。」
「んー、口説き方が美しくないんだから仕方ない。」
女性を庇うように地面に足をつけたハクともう一人の男性は互いを見た。
「「…ん?」」
その男性は異国風の服を着て深緑の長髪を橙色の紐でひとつにまとめていた。
―悪ィ、ユン君よ…やっちまった…―
「お前ら…こんな事をして…ただですむと思ってるのか!?」
ハクは剣を手に詰め寄ってくる役人の手を殴り剣を弾き落とし、もう一人の男が蹴り飛ばした。
「女性に乱暴した上に逆ギレとは美を学んで出直しておいで。」
―手加減してるのにキレのある足技…こいつタダ者じゃねェな…―
「どうした!?」
「何の騒ぎだ!?」
騒ぎを聞きつけて役人が集まってきた。
「やべ。」
「あらら。逃げるよ、おいで。」
「待てっ」
緑色の髪の男性が襲われていた女性の手を掴み駆け出し、それをハクが追う。
出てきた役人の顔面にはハクの肘が食い込んだ。
「止まれ!!」
「邪魔。」
「ヒュウ♪君軍人さん?かなり鍛えてるようだけど。」
「…いや、ただの旅人だ。」
彼らは走りながら言葉を交わす。
「旅人ねぇ…」
「あんたこそその身のこなし、常人じゃねェな。」
「えっ、尋常じゃなく美しいって?」
「言ってねェよ。…役人はまいたか。」
そのとき男性は何かを感じ取った。
「ごめんね、もう少し君といたいけどもう行かなきゃ。」
女性にそう挨拶をするとハクの言葉を無視する。
「おい。」
「あとはこのお兄さんに送ってもらって。」
「待て、コラ。俺はそこまでこの辺の地理に明るくな…」
だが、その瞬間既に男性の姿はなかった。
「いない…なんだ、あいつは…?」
私はその会話を微かに耳にしていた。
―今の気配…凄い勢いで町を横断して海の方へ…?
足技で役人を…?足…まさかね…
とりあえず帰って来たらハクに訊かなきゃいけないかな…―
ハクのもとから一瞬にして去った男性は屋根を蹴り空を舞いながら海にある一隻の船に大きな音をたてて着地した。
すると甲板にいた年配の女性が煙管を吹かしながら呆れたように言うのだった。
「…もう少し静かに帰宅できないのかい、ジェハ。」
ジェハと呼ばれた男性は微笑んだ。
「華麗な帰還じゃないか、ギガン船長。」
「ひよっ子が…聞いて呆れるよ。目立って困るのはお前じゃないか。」
「ちょっと急いでたんでね。」
「何だい、役人に追われたのかい?」
「それもあるけど、もっとヤバイヤツらの気配がしてね。」
「おや…それはもしやお前が昔言っていたアレかい?」
「あぁ。どうやら白龍と青龍がこの町に来ている。」
ジェハに逃げられたハクは女性を家まで送り役人から隠れて行動したために何も買えず帰ってきた。
そしてユンの逆鱗に触れたというわけだ。
「えーっ、何も買って来てない?もっ、何しに行ったの。役立たずっ」
「悪ィ、どうも思うような店がなくてな。」
「もっ、雷獣じゃ話になんない。明日は俺らも町に出るよ。」
「わーい♡」
―役人を殴った話は…今はやめよ…―
取り残されたハクの耳元に私はそっと口を寄せて彼だけに聞こえるように言った。
『騒ぎを起こしたことは黙ってよう、って?』
「っ!!?」
『町が騒がしくなったからちょっと聞いてみたらその中心にいるのがハクだったから驚いたわ。』
「姫さん達には言うなよ!?」
『言わないわよ。私としては貴方が一緒にいた相手が気になる。』
「あぁ…突然消えたんだ。蹴り技にキレがあった…常人じゃねェ。」
『蹴り技…』
その後夕食を食べてから私は皆がいる所で個人行動をとりたい事と、ヨナに許可を貰った事を伝えた。
「本気か、リン…」
『えぇ。私がやらなきゃいけないの。』
「姫さんも許してるし、あんたが本気なら俺は何も言わねェ。だが、ひとつ確認しておきたい。」
『…?』
「お前の気配は誰も辿れねェんだろ?」
「「っ!」」
ハクの言葉にキジャとシンアが息を呑む。
「四龍同士、それにお前は四龍の気配を感じ取れるし耳や気配で俺達の場所も判断できるだろ。
でも白蛇達はお前の気配を感じ取れない。だから俺達はお前が戻ると信じる事しかできない。」
『そうね。きっとシンアの眼では丸見えでしょうけど。
もし私が個人行動をとりたいって願い出て逃げる気ならとっくにここにはいないわ。』
「リン!?」
『だってそうでしょ?ハクが町に出てるうちにここから去ればよかったはず。
キジャくらいなら私でも撒けるだろうし、シンアの眼から逃れるのは難しくても私は耳で音を判別して気配を追えるからシンアの行動を先読みして逃げる事もきっと可能だったはずでしょ。
第一逃げる人がわざわざこうやって皆に伝えたりしないわ。』
私は小さく笑みを零した。
『私がここにいる事…それが皆を裏切らない証拠そのものなの。
それにハク…私が裏切らないって、信頼できるって一番知ってるのは貴方のはずよ。』
「フッ…そうだな。」
緊張した空気がすぐにいつもの優しい物に変わる。ユンもほっとしたようで息を吐いた。
食事の片付けをしているとシンアがどこかへ行った。
私とキジャは緑龍の気配を感じて立ち上がると海が見渡せる崖まで来た。
そこには先に来ていたらしいシンアがいた。
「シンア、そなたも感じるか。」
『あの海の方に緑龍がいる…』
耳を澄ませると二胡(2本の弦を挟んだ弓で弾く弦楽器)の澄んだ音色が聞こえてきた。キジャとシンアにはあまり聞こえていないようだ。
突然音色が止むとそれを奏でていた緑龍…ジェハはキジャやシンアの気配を感じて儚げに満月を見上げた。
―緑龍…そこにいるのね…
音がキジャやシンアに聞こえないということは、それほどまでにあなたまで遠いということ…―
私は再び奏でられ始めた二胡の音色に耳を澄ませ静かに目を閉じた。
夜になり皆が眠ると私は再びその海近くまで来て座り二胡の音に身を委ねた。
翌日、私達はハクと分かれて探索する事になった。
「キジャとリン、それからシンアが示した緑龍の場所はあの町はずれの海岸辺りだね。なーんだ、町にはいないのか。」
「残念ねー」
「ねー」
―あっちなら役人はいなさそうだな。じゃあ大丈夫か…―
「俺はちょっと別行動する。」
「えっ」
ハクは大刀をキジャに預けた。キジャなら重い大刀でも軽々と持ち運べるだろう。
「町で武器とか見てェんだ。俺しかわからんだろ。」
「ハク…」
ハクは自分を心配そうに見上げるヨナの頭に手を乗せると笑った。
―昨日役人に顔見られた俺と一緒だと逆に危ねェしな…―
「じゃあ今日こそ買い物してきてね。」
「おー」
『気をつけて。』
「あぁ。」
彼を見送って私達は緑龍の気配を追って歩き出した。
「昨晩は何か回収があったのか?」
『う~ん…緑龍が奏でてる二胡の音色を聞いてたわ。』
「二胡?そのような物聞こえなかったが…」
『遠かったからね。私も黒龍として聞かないとはっきり聞こえなかったわ。』
「それにしても雷獣、なんか変だよね。」
「え?」
「なんか隠してる。あのヨナべったりの雷獣が別行動なんて…」
「それだけ皆を信用してるのよ。」
「そ、そうなのですか?」
「女に会いに行ってたりして。」
「えーっ」
『あ、この辺りですよ。』
「船が停泊してる。」
そのときユンが気付いた。
「…あれ、海賊船だよ。」
「えっ」
「少なくとも商人や役人の船じゃないね。まさかあの中にいるってんじゃ…」
「…あ。」
「あれ?」
『あ…』
「『気配が…消えた…』」
―また逃げられた…―
私は頭を抱えて溜息を吐いた。
『とりあえずまだ気配は追える範囲にいるみたいですし、行ってみましょうか。』
「うむ。」
同じ頃、ハクは町でジェハと会っていた。
「あ…」
「あれ、君…」
「あんた、昨日の…」
「やあやあやあ、また会えるなんて運命だね。」
「あんた昨日の今日でよく来たな。」
「お互いさまだよ。ねぇ、君ちょーっとつきあってくれないかな。」
「いや、俺は…」
ジャハはハクの肩を抱いて小声で言った。
「実は追われているんだ。」
「役人か?」
「んー、まぁそんなとこ。」
「大丈夫。君に害は及ばないから。」
そう言って連れて来られたのは露出度の高い服を着た女性が溢れる遊郭のような店。
「コラ、昼間っから何だここは。」
「こーゆー所の方が隠れ易いんだ。」
「今にもあのエロ役人が入って来そうだけどな。」
「こういう所は興味ない?」
「ない訳じゃねーが。」
ハクは長居は無用と考え立ち上がる。すると背中に女性のひとりが縋り付いた。
「つーか今はこんな事をしてる場合じゃないんで。」
「やだ、お兄さん。行かないで…」
「あ?」
彼女を振り返って睨むとその視線に女性はきゅんとしてしまったらしい。
「あ…あのお兄さん、眼差しだけで女を殺せるわ。」
「え、僕にもやってみて。」
「何もしてねェよ。ま、いい女だったら俺の里に山ほどいたからな。
それにいつも一緒にいる相棒の方がいい女かもな。」
「何!?それはどこだい?美人な相棒!?羨ましい!!」
「風…」
ハクは里の名を伝えようとして急いで口を閉じた。
「…あ、いや。あんたこそ変わった服着てんな。生まれはどこよ?」
「え!?僕かい?僕は…」
「「…」」
2人は改めて向かい合って座ると互いに何か秘密を抱えている事に気付き詮索はやめた。
「僕はここ!ここの生まれだよ。この服は戒帝国からの輸入品。」
「へぇ、戒帝国…」
「港町だからね。色んな物が手に入るのさ。」
「町といえば…この町何か妙だな。一見普通だが町の奴ら、微妙に目が死んでる。」
「…」
「何かあるのか?」
ハクの疑問にジャハは口角を上げた。
「…君はスルドイね。阿波の港はここ一帯を仕切ってるヤン・クムジという男の力が強くてね。
町の連中は皆奴に怯えてるんだ。」
「ほぉ…」
「国に内緒でヤバイ商売してるしね。」
「ヤバイ?」
「人身売買さ。」
「…マジか。」
「主に女・子供をね。全く腐った奴らだ。」
「この国は今奴隷すら禁じられてるってのに。」
「王が代わったからね。これからはどうなるかわからない。
人の自由を奪うというのはこの世で最も醜い行為だよ。
そういう奴らは腐って土に還って薔薇にでも生まれ変わればいいんだ。君もそう思わないかい?」
「…まあ、俺は人の護衛してる身だしな…」
「なんて不憫な…!」
「別に自分で決めた事だし。」
―おっと喋りすぎたか…こいつがよく喋るんで…―
ジェハはというと近くにいた女性を抱き寄せてクサイ台詞を吐き続けていた。
「僕には理解出来ないな。君達の護衛ならやってもいいんだけどね。」
「「「キャー」」」
―しかし軽い(チャラい)…―
「やけに自由にこだわるんだな。何か嫌な事でも?」
「僕はね…」
そのとき店の外から叫び声がした。
「あーっ!!」
『何やってるのよ…』
ハクが声のする方を見ると私、ヨナ、ユンが彼を見上げていた。
窓寄りに座っていたハクを私達は外からでも簡単に見つけられたのだ。
「リン!ユン!姫さん!!
何でここに…や、これは違いますよ。こいつがムリヤリ…っていねェ!?」
また忽然とジェハは姿を消していて、私はその気配を感じてあちこち見ていた。
「あいつどこ行った!?」
ハクは店から飛び降りて私達の前に降り立つ。
「何真っ昼間からこんなトコ来てんのさ。」
「お前らこそ何でここに…」
『この辺りから緑龍の気配がしたの。』
「まさかこんな所だとは…そしてあんたがいるとは…
ヨナ、ちょっとこの男に何か言ってやって。」
「あー、誤解すんな。俺は…」
「ハク…こういう店に行きたい時はちゃんと言ってね。」
「違ーう!!」
私とユンは笑いながらヨナに拍手を贈る。
「はい、良いお言葉頂きましたー」
『ありがとうございましたー』
―あー、あいつめ…一体どこに消えた…?―
ハクが探す男、ジェハは屋根の上に逃げていた。
私はその気配を感じつつ動きが速くて追い付けやしない。
「ふー、危ないね。話し込んでて油断したよ。」
『ん…?』
その声を聞き取り私はハクを足場にして屋根に上がった。
「痛っ…おい!」
『今の声…』
ハクは声を上げたが私はそれどころではない。屋根の上を走りながら気配を辿る。
「いきなり白龍が店の近くに来るんだもの。」
―何か強い心乱れるモノが近くまで来たような気がしたけれど、あれは何だろうな…
それに…どこか懐かしくて愛おしい気配もした…
そんな存在僕にはいないはずだろう…どうして…―
「白龍と青龍ガン首揃えて僕に何の用か知らないけど…」
彼の頭にはハクが言った自由にこだわる理由への問いが響く。
「当然でしょ。伝説の四龍?守るべき主?くだらない。
生まれた時から決まった宿命(さだめ)など僕の美学に反するね。」
彼の声を頼りに私は駆けて行く。
屋根のような足場の悪い所でも軽々走れるのは鍛錬の賜物だろう。
それでも龍の右脚を持つ緑龍に追いつけるはずもない。
そのとき私の目の前を人影が瞬く間に通り過ぎて行った。
「逃げきってみせるさ、宿命(さだめ)から。
緋龍王が現れたって僕は蹴り飛ばしてみせるよ。」
『緑龍…?』
彼が通り過ぎた瞬間、胸の鼓動が大きく鳴った。
「っ!?」
彼も強く屋根を蹴り船に戻りながら少しだけ後ろを振り返った。
「あの子…何者だ…?」
ほんの一瞬だけ私達の視線が交差した気がした。