主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
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イクスは手を合わせ天を仰ぐと神の言葉を私達に伝えた。
「闇 落つる 大地
龍の血により 再び蘇らん
古の 盟約に従い
四龍 集結せん時
王 守護する 剣と盾が目覚め
ついに 赤き龍 暁より還り給う」
そう言い終わるとイクスは倒れてしまった。私達は驚くばかり。
「かっ…神様の声を伝えるのは精神力がいるのでふ…」
「めんどくさいよ、若年寄~」
ユンはイクスに駆け寄りツンツンと身体を突いた。そこにハクが冷たく言い放つ。
「龍とか神とかさっぱりわからなんが、何を言われても俺は壺は買わん。」
「売らねーよ。」
「さっきの予言、赤き龍って神話に出てくる王の事?」
「建国神話はご存知で?」
「えぇ。赤い龍神が人間の姿になって天界から地上へ降り国を治めてゆく話。それが高華国初代国王緋龍王。
父上が昔よく話してくれたわ。」
「でもその緋龍王も人の身となってからはいずれ人と争う事になったのです。」
人々の心は邪に満ち、神を忘れてゆき国は荒れた。
緋龍王も権力を欲する人間達に捕えられた。
あわや討ち滅ぼされそうになった時、天界から四体の龍が舞い降りた。
「緋龍よ、貴方を迎えに来た。
信愛と学びを忘れた人間など滅ぼし天界へ帰ろう。」
緋龍はそれに応じなかった。
「いや、我はもう人間だ。人に憎まれ人に裏切られても人を愛さずにいられないのだ。」
龍達もまた緋龍を愛し失いたくないと願った。
青・緑・黄・白の四体の龍は緋龍を守る為、人間の戦士に自らの血を与え力をもたらした。
ある者は何をも引き裂く鋭い爪を、
ある者は彼方まで見通す眼を、
ある者は傷つかない頑丈な体を、
ある者は天高く跳躍する脚を…
「これよりお前達は我々の分身。
緋龍を主とし、命の限りこれを守りこれを愛し決して裏切るな。」
龍神の力を手に入れた戦士達は部族を率い、緋龍王を守り、国の混乱を鎮めた。
やがて闘い疲れた赤き龍は眠りにつき、四龍の戦士達は役目を終えた。
四龍の戦士はもう動かない王を想い泣いた。
大切な人を失った悲しみなのか、自身の中にある龍神の血が緋龍の死を悲しんでいるのか、彼らにはわからなかった。
それから四龍の戦士達は自らの力を人の手に余るものと、部族の元を去りそれぞれいずこかへ消えたという。
「残された部族は独自の発展を遂げ、今の五部族となったのです。」
「建国神話…それが私に何の関係が?」
「ヨナ姫は生きたいと言いましたね。」
「はい。」
「でも独りでは生きられない。外に出ればまた命を狙われるから。
貴女のそばには貴女を支えるハク殿とリン殿がいる。
しかしこのままではおふたりは死にます。」
「ちょっと待て、勝手に殺すな。神の声なんざ俺は聞こえねえ。そんな…」
その瞬間、ユンがハクを殴った。すると痛みからハクは倒れてしまった。
『あ…』
「脅しかけても布施は出さんから…な…」
『何言ってるのかしら…』
「このよーに非常にヤバイ。貴女には味方が必要なのです。」
「でも誰が…」
「四龍の戦士を探しに行かれよ。」
イクスの言葉にヨナは目を輝かせ、ハクは呆れ、私は何も言わなかった。
「四龍の戦士って伝説の!?いるの!?」
「まさか神話の時代だぞ。」
「いますよ。彼らは今でもこの国でひっそりと龍の血を受け継いで生きている。彼らが力を貸してくれるでしょう。」
「神官様…私はハクとリンを死なせたくない。
…けど、伝説の龍達はこんな私事でで力を貸してくれるかしら。」
「貴女はあの夜奇跡的に命を拾い、城から奇跡的に逃げのび、この奈落の崖を落ちて奇跡的に無事でした。
それはもう奇跡ではなくここへ導かれる天命だったのだと僕は思います。
伝説の四龍をもし見つける事が出来たなら、それは貴女の私事ではなく天命なのです。
しかし天は道を示すだけ。歩いてゆくのは貴女自身です。」
イクスは優しくヨナに告げる。そしてそっと言葉を続けた。
「それに既に四龍ではありませんが、伝説の龍が一人近くにいるではありませんか。」
「「「え?」」」
イクスの言葉にヨナ、ハク、ユンが声を上げたが、彼に静かに見つめられた私は微笑みヨナに歩み寄った。
「リン…?」
『私は黒龍の血を継ぐ者。』
「何を言って…」
『私が遠くの音を聞き取り気配に敏感なのも、甘い香りを漂わせているのも黒龍だから故なのです。』
「でも今までそんなこと…」
「それはリン殿自身がここに辿り着く直前に黒龍として目覚めたからですよ。
ヨナ姫の生きたいという願いに彼女の血が応えたのでしょう。」
そのときハクが私の肩を掴んで問うた。
「黒龍なんか神話には出てこねぇだろ。」
「そうよ、リン!四龍は白、青、黄色、緑…緋龍王を加えても赤よ。黒なんて…」
『初代黒龍は闘うことなく緋龍王を傍らで支え、相談役として仕えた美しい女性でした。
四龍の帰る場所であり、癒しの場でもあったそうです。
神話には黒髪の美女として少し綴られてはいるものの、その記述もごくわずか。
黒龍などという呼び名は一切登場致しません。』
「リン、お前の香りが強まっていたり、髪や目が前より暗い色になったのもその所為か?」
「そういえば…リンが目を覚ます直前に香りが強くなった気がする…」
『えぇ。ユンが手当てをしてくれて眠っている時に夢の中で初代黒龍に出会い、歴代黒龍の記憶を見せられ、黒龍として目覚めたの。そして何より…』
私は右手を顔の前に構えて目を閉じた。
そして力を解放すると両手の爪が長く鋭利になった。
まるで鉤爪(かぎづめ)のような両手の爪を見てヨナ、ハク、ユンは目を見開き言葉を失う。
『これは甘い香りに寄ってくる敵から身を守るために龍の力を込められたものだそうです。
私までの黒龍は皆武術を身につけていなかったため、我が身を守ることさえできなかったのでしょう。
そして主として認めた者が現れない限り自身を黒龍と認識することもできないらしいので。』
「だからリンも今まで自分が黒龍だって知らなかったの…?」
『そういうことになります。』
私はヨナの前に跪いて頭を下げた。
『私は黒龍の力を姫様を守りたいという想いで手にしました。
龍の血が流れていようといまいと、貴女に忠誠を誓い傍を離れないという約束を守ることには違いありません。
今まで通り今後も傍に置いてやってくださいませんか?』
「リン…」
彼女は私を強く抱き締めた。
『ひ、姫様!?』
「傍にいてくれるんでしょ?私は黒龍でも何でもいい。リンに傍にいてほしいの。」
『ヨナ姫…』
「それにリンの香りは好きよ。安心できるし。龍になったからって何が変わるの?」
『少し能力が増えた…ということくらいでしょうか。』
「それだけでしょ?」
「大きな変化だよ!!?」
「でもリンはリンだもの。それ以外にリンに近くにいて欲しいって思う理由はない。」
『姫様…』
彼女は少し私から離れると無邪気に微笑んだ。
そのとき私は背後からくしゃっと頭を撫でられた。
『ハク…』
「強くなったなら何も問題ねェ。俺が後ろを預けて闘えるのはお前だけだしな。
姫さんのお守りもお前が一緒なら悪くねェ。」
『うん!!』
「もう2人共酷い!!」
「『ハハハハッ』」
その夜、ヨナはひとり星空を見上げて考えていた。私とハクはそんな彼女を背後から呼ぶ。
「姫さん。」
『考え事ですか?』
その瞬間、彼女に私とハクは押されて尻餅をついてしまう。彼女の行動が唐突すぎたのだ。
「ハク!リン!!ダメ、寝てなさい!」
「どわっ!」
『え、ちょっ…』
「もう治りました…」
『ハクほどの怪我じゃありませんから。』
「嘘吐くな。」
『…吐いてない。』
「…」
「死にませんよ、俺は。」
『私も。』
「ハク、リン。私、四龍の血を持つ人に会ってみたい。」
「会ってどうする?そんなヤツらいないかもしれないし、いても味方とは限らない。」
『まぁ、存在はしてるでしょうけど。』
「そりゃ、お前が黒龍だってのは信じるが四龍がいるかは…」
『わかるわよ?』
「「え?」」
『私の中に繋がりが感じられる。
初代黒龍の話だと龍は互いの存在を感じることができるらしいの。
彼らの鼓動を感じるし、どの辺りにいるかもあやふやだけど感じられる。』
「そ、そうか…」
『ただ必ずしも味方になってくれるかわからないのは事実です、姫様。』
「その時はその時よ。このままではここを出る事さえ出来ないもの。
何とかして前に進みたいの。私も強くなるから。
私に剣とか弓とか教えて。覚えるから。
不条理なまま死ぬのは嫌。お前達を失うのはもっと嫌。
その為なら神の力だろうと私は手に入れたい。」
そう告げる彼女の目は恐ろしいほど真っ直ぐで強かった。
私もハクも一瞬その強さに押されて言葉を失った。
「死なねぇつってんのに…ま、姫様の思し召しならその天命とやらに賭けますか。」
「ハク、最近いい子ね。」
ヨナはニッと笑うとハクの頭を撫でた。だが彼の眉間に皺が寄るだけ。
「…あんまり近づかないでもらえます?」
「どうして?」
「…」
ハクはヨナから顔を背けて私の肩口に顔を埋めると溜息を吐いた。
彼としては好意を寄せるヨナが近くにいると自分の欲望を抑えるのが大変なのだろう。
純粋なヨナには思い付きようもないのだが。
「…うっとうしいから。」
「なにィ!」
ハクをヨナが拳でぐりぐりしているとのんびりした声がした。
「あのお、心は決まりました?」
「…うん。」
「皆さんにお願いがあるのです。」
イクスは真剣に私達にある願いを告げた。
私とヨナはユンが作ってくれた新しい服を着ていた。
『凄い…』
「この服ユンが作ったの?」
「別に、布が余ってたから。絹じゃないからお姫様は不満だろうけど前のボロよりマシだろ。」
「面白い服!気に入った!!」
私の物はスミレ色の長袖の着物を黄色の細い帯で締め、紫色の袖のない長い上着を羽織っていた。
まるでハクの服を女性物にしたような形に私はクスッと笑みを零す。
だが私の上着は大きな飾り留め具で前を閉じれるよう工夫されていた。
『闘う邪魔にならないようにしてくれたの?』
「…ただの気紛れだよ。」
『ありがとう、ユン。』
私の衣の基調色は紫。この色は癒しの力や思いやりを象徴する。
―私に相応しい色かな…それに派手な色を着てこれ以上目立つわけにはいかないわね…―
そう思いつつヨナを見る。彼女は淡い桃色の着物に赤い丈の短い上着を羽織り桃色の帯を締めていた。
全体的に可愛らしく闘わない彼女によく似合っていた。
「何か切る道具貸して。髪揃える!」
彼女は近くにあった斧を手に取る。
『ひ、姫様!』
「それで!?」
「ったく、めんどくさ!これだからオヒメサマは…」
彼はヨナの手から斧を取り上げて椅子に座らせた。
私は彼らの近くに座って剣を研ぎ始めた。
そうしているとつい指を切ってしまった。
『痛っ…』
―まだ片目に慣れないか…―
「これ以上怪我しないでよね。」
『ごめんごめん。…ユン、どれくらいしたらこの左目を覆ってる包帯を取ってもいい?』
「もう取ってもいいけど、完治してるわけじゃないから傷が開いちゃうよ。そうしたらまた巻き直しだから。」
『…ここを出るまで巻いておくわ。』
「その方が賢明だと思うよ。」
ユンはヨナの髪を文句を言いながらも切り揃えていった。
「ありがと。ユンって何でも出来るのね。」
「手のかかる神官がいるからね。
あいつがケガばかりするから医術覚えたし、料理も完璧。
欠点といえば美少年すぎるくらいだね。」
「それは聞いてない。」
『まぁ、綺麗だとは思うけどね。ユンの欠点は口の悪さじゃない?』
「黙ってて。」
『あら、ごめんなさい?』
「口の悪さなら断然ハクの方が上よ、リン。」
『ふふっ、確かに。』
そのときヨナはふとユンに言った。
「…優しいね。」
「は?」
「イクスの事もだけど、王族が嫌いだって言ってたのに私の髪切ってくれてる。」
「…有料だよ、言っとくけど。」
「ムンドクにつけといて!」
「ムンドク!?風の部族の英雄じゃん!」
「ムンドクって英雄なの?」
『あれでも英雄ですよ。じいやはユホン様と並び称される最強の武将だったんですから。』
「じいや!!?」
『私は拾われたって言ったでしょ、ユン。
その拾って育ててくれたのがムンドク…私とハクにとってはじいやなの。』
「あの男と兄妹なの!?」
『血の繋がりはないけどね。私達は2人共じいやに拾われた孤児だから。』
「へぇ…」
「ユンって何でも知ってるのね。」
「天才だから仕方ない。本は一回読めば暗記出来るし…
でも俺が読んだのは一部の本だけ。世界には俺の知らない本がたくさんある。」
「…あのね、ユン。」
ヨナはイクスからの頼みをユンに告げようとした。
私は口を挟まないと決めきっている。
「ま、問題ないよ。本は少しずつ集めるし…俺は当分この汚い本でいいや。」
『その本は?』
彼が見せてくれたのは薄汚れた一冊の本。
だが、彼にとってはとても大切な物のようで笑みを零していた。
「イクスのバカが俺の為につってゴミから漁って来たり、何もない所で転んで破ったり…」
「恐るべきドジね。」
「マヌケだろ。神だ何だってうさんくさいけどあいつが嘘つけないヤツだってのは俺が一番知ってるし…」
そう話すユンは優しく微笑んでいて、私とヨナはつい彼を見つめてしまっていた。
「とっ、とにかく!旅に出るならとっとと行っちゃってよね。
俺っ、あんたらの面倒見るヒマないし。」
立ち去るユンを見送ってヨナは考えていた。
『姫様…』
「私、イクスと話してくる。」
『…はい。』
私はヨナを見送ってハクがいる川辺に向かった。
彼は魚を捕まえて焼いて食べていたのだ。
私は彼の背後から近づいて魚を一匹手にすると勝手に被りついた。
「あ、おいっ…」
『美味しいっ』
「リン、お前なぁ…」
『たまにはいいじゃない、こうやって2人でいるのも。』
「姫さんは?」
『神官様の所に行ったわ。』
「なるほどな。それでお前は暇になったからこっちに来たと。」
『それもあるけど、ハクと2人でいたかったってのもある。』
「…ふぅん。それよりその服…」
『ユンが作ってくれたの。』
「…似合ってんじゃないか。」
『ありがと。』
私はハクの隣で魚を食べながらそっと問うた。
『ハク…怒ってる?』
「…どうして俺が怒るんだよ。」
『だって私が黒龍だって突然言って…』
「驚いたけどな。それはお前も同じだろ?」
『え…』
「姫さんの生きたいって願いに応えるように今まで知りもしなかった自分の中の血が騒いで、リン自身が一番驚いただろうが。」
『ハク…』
すると彼は私の髪を片手で荒っぽく撫でた。
「そんな顔すんな。姫さんも言ってたけどお前はお前だ。
俺が背中を預けて闘う相棒で、手のかかる妹ってことに変わりねぇ。」
『…手のかかるは余計よ。』
「フッ…そのままでいいんだよ。」
私は魚を食べ終えると包帯を巻いただけで上着を羽織っていない彼に寄り添った。
こてんと頭を彼の方に倒すと彼に肩を抱かれるような形になった。
「今日はやけに甘えてくるんだな。」
『…そういう気分なの。』
私は彼の手を握って遠くで流れる水の音を聞いていた。
『ハク…あの時嬉しかったわ。』
「…何の事だ。」
『崖であんなに必死に…私は姫様でもないのに。勝手に死ぬなんて許さないって。』
「事実だからな。」
『それでも嬉しかったんだもの。』
「リンは俺を見捨てて行くのか?」
『ううん。姫様第一だけど、ハクのことも守りたい。失いたくない…そんな思いは欲張りかしら?』
「そういうもんだろ。だから俺は強くなりたい。」
『ハク…』
「…黙って食ってろ。」
『うん。』
私達は寄り添ったまま魚を手に取ると噛り付いた。
2人の間にこれ以上言葉はいらない。だが、互いに感じるぬくもりは優しさに包まれていた。
ヨナはイクスのもとに行っていた。
「イクス。」
「…あ、姫様。その服ステキですっ♡とってもお似合いです。
ユン君ですね。あの子は本当にすごい。
あ、それでどうでしたかユン君は?」
「イクスって…私の父上に似てる。」
「え、イル陛下ですか?」
「うん。頼りなくて泣き虫で頭に花咲いてて…でも可愛い人。
ユンは口は悪いけど貴方の事が大好きだもの。
私は家族を引き離したくない。ユンを旅には連れて行けないよ。」
まさか彼らの会話をユンが聞いているなんてヨナもイクスも気付かなかった。
「イクスはユンを連れて行ってと言ったけど、私は連れて行けない。」
私達にイクスが頼んだことはユンを旅に同行させてほしいというもの。彼なりにユンには広い世界を見せたいのだろう。
「…ですね。ごめんなさい、僕が言うべきでした。」
イクスはヨナに頭を下げると部屋を出た。まさかそこにユンがいるとは思わずに。
ユンは怒った様子でイクスを見上げる。
「ユン君、丁度良かった。今ね…」
ユンはイクスの胸倉を掴むと壁に押し付け、片足を壁に当てるとイクスの逃げ道を塞いだ。
「何!?」
「今の話…俺にどこに行けって?どういう事!?イクス!!」
「君は…ここを出て…姫様達の手助けをしてあげて。」
「なんで俺が!?冗談じゃないよ。」
「君は…君はこんな所にいていい子じゃない。世界を見ておいで。」
「イクス…」
真剣に告げるイクスにユンも息を呑む。だが…
「僕なら君がいなくても平気だし。」
その一言でユンは怒ってしまったのだ。
ユンはイクスから貰った大切な本を抱き締めるといつもイクスが祈っている滝の近くへ行った。
そこに座って怒りをあからさまに表情に出している。
「勝手な事言って…」
彼は怒りから本を破ろうとするがそんなことできるはずもない。
「ちくしょ…」
イクスとユンが出会ったのは7年前。
火の部族東火村でユンは暮らしていた。
ここは貧しく、食糧はなく彼は木の根っこを食べたりしてどうにか生きていた。
畑は作物が育たないどころか虫さえいないほど荒れている。
その日、ユンは食べ物を奪うことにした。それほどまでに空腹だったのだ。前回盗もうとしたときは逆に殺されかけた。
相手が死んでもいい、ただ食糧を得なければ…そう思って石を投げつけた相手がイクスだった。
頭に石をぶつけられたイクスは倒れ、その荷物を漁ってユンは金や食糧を探した。だが、何も見つからない。
そのときユンが気絶したと思っていたイクスがそっとユンの手を握った。
「ごめ…何も…ない…」
「わあああ!!う…動くな…」
ユンはイクスに鎌を向けて威嚇する。
「村で噂になってる。最近金の粒を持ったよそ者がうろついているって。あんただろ?出せ、金の粒。」
するとイクスは泣き始めてしまった。それに困惑するのはユンの方。
「なっ、泣いてもダメだから!」
「ごめんね…金の粒はさっき別の子にあげてしまって…それが最後だったんだ。
でも今度何か見つかったら絶対君の所に持って来るね。」
「あっ…」
そのときユンが投げた石で頭を怪我していたようでイクスの頬を血が流れた。
「あれ…」
「あ、あんたがぼーっとしてるから悪いんだ。ここは食うか食われるかなんだよ!」
「大丈夫、痛くない。心配しないで。」
「心配なんかするわけないだろ。あんた今俺に殺されかけてんだよ!」
「ではではおじゃましました。」
「話聞いてる?」
イクスはユンに頭を下げるとふらふらと歩き出した。
それを見て根の優しいユンははらはらしてしまい、最終的には声を掛けたのだ。
「ちょ、ちょっと!金の粒の話はまだ終わってないよ。今日はウチにいてもらうから!」
「あ、うれしいな。実は今日野宿で。僕イクスと申します。」
「…」
その晩、ユンはそっと眠るイクスに近づいた。
そしてそっと触れるとぬくもりを感じてほっと息を吐く。
―あったかい…生きてる…これを塗っておけば…―
彼は自分が作ってしまったイクスの傷に薬を塗ってやったのだ。
イクスはその優しい手に気付き目を覚ましたが、ただ微笑むだけで何も言わなかった。
その翌日、ユンは寒さで家の中で身体を小さくしていた。
―寒い…腹へった…俺ここで死ぬのかな…―
そんな彼の目の前に芋が差し出された。その瞬間、彼はがばっと身体を起こす。
「芋だ!」
「へへ、あげる。」
芋を持ってきたのはイクスだった。
「どうしたのコレ…盗んだ?」
「頂いた。」
「芋なんて久しぶり…」
ユンは芋を見て目を輝かせていたが、すぐにイクスが何も履いていないことに気付いて顔を曇らせた。
「あんたどうしたの、靴は…?」
「あ…芋と交換してもらっちゃった。」
「交換してもらったって…この寒い中何やってんの?
俺なんかにそこまでする!?何か裏があるんじゃ…」
「だって…頭に薬塗ってくれたお礼。」
イクスは膝を曲げてユンと視線を同じにして優しく言った。
「起きてたのかよ!」
「うん、よく効いてるー心がぽかぽかあったかくて、なんだか目頭まで熱くなっ…」
「なんで泣くのっ!?…変なヤツ。外の人間って皆そうなの?」
「外…にはいろんな人がいる。僕はあまり都には行かないけど。」
「都!?」
ユンの目が輝いた。彼はずっとこの村にいて外の世界を知らないのだ。
「都に行きたいの?」
「うん!早くここを出て都や他の土地に行きたい。
大きくなったら本もいっぱい読んで自由に勉強出来る所に行きたい。」
そう話すユンは年相応の無邪気な表情をしていた。
「本…読めるんだ、すごいね。」
「当然。簡単な本ならだけど。難しい本だっていつか…」
「じゃあ、今度本を探して来るね。色んなトコ転々としてるから。」
「えっ!?」
イクスはその場に座ってユンとのんびり話し始めた。
そこだけは苦しい村で穏やかな時間が流れているような気がした。
「あんた何をしてる人?」
「ふふ、神様に祈り人ー神様の声を頼りに元気がない人訪ねて、その人が生きる勇気を手に入れるお手伝いするの。」
「いるわけないよ、神様なんか。」
そう言われたのにイクスは柔らかく笑っていた。
その笑顔に嘘はない。そのことに幼いユンでも気付いた。
―いるわけないのに嘘つきには見えない…―
「これからどっか行くのか?裸足で大丈夫?」
「わらじ作るから平気。」
「わらじ?」
イクスは藁を持ってきた。それもきっと誰かに貰ったのだろう。
「昔教えてもらったの。」
「お、俺にも教えて!」
好奇心旺盛でどんな知識でも欲しいユンにとってわらじ作りも新しい知識だった。
数時間後2人はわらじを編み終えた。完成度の違いは大きかったが。
「ユン君、すごい!初めてなのに売り物みたいなわらじだね。」
「あんたのはわらじに謝れってくらいヒドイな。」
ユンは自分が作ったわらじを抱き締めた。
―ひとつ覚えた…!―
その完成したわらじをユンはイクスに渡す。
「これあげる。」
「えっ、いいの?立派なわらじ…」
「そのかわりまた何か教えて。」
わらじを履くとイクスはユンに手を振って去って行った。
―楽しかった…もっともっと話したかった、聞きたい事あったのに…
本当は行かないでほしかったのに言えなかった…
今度来たら、今度会えたら言ってみようか、ここにいてって…
面倒だと思われるかな…?それでもいい…早く来て…―
ユンはそれから盗みをやめ、わらじを編んではそれを交換してもらったりして食糧を確保するようになった。
雪の季節が過ぎる頃にはユンは寂しくなっていた。
―どうしてくれる…ひとりなんていつもだったのに、あんたに会ってさびしくて仕方ないじゃないか…―
そんなある日、イクスがユンの前に現れた。
彼はボロボロで薄い肌着だけを着て立っていた。
「イクス!どうしたんだよ、そのケガっ…それにそんな薄着…」
「ごめんね、来るのが遅くなって。
たくさん色んなものあげたくて集めてたら、金の粒を狙う人達に持ち物取られて本もなくなっちゃった。
金の粒は小さい頃、城を出る時に師匠からいくつか渡されたもので、もう本当に一粒も残ってなかったんだけど。ユン君、僕…遠くへ行くよ。
僕は人といたいけど金の粒を持ってた僕は人にとって良くないものを呼び寄せる。
最後に顔が見たかった。君とわらじを作るのがとても楽しかったから。」
イクスはユンの頬を両手で包み込むと額を当てて目を閉じて微笑んだ。
「さよなら。」
歩き出そうとするイクスの衣をユンは小さな手で掴んだ。
「行く…俺も行く。」
「僕は…あまり表には出れなくて…都には行けないし本だって…」
「いい。都に行かなくてもいい。本がなくてもいい。イクスが教えてよ。
だいたいあんたフラフラ危なかったしいんだよ。」
ユンは必死に頼み込みながらイクスに抱き着いた。
「あんたに薬塗ってやれるのは俺くらいでしょ。」
こうして2人の旅は始まりこの谷底に住み始めたのだ。
1冊の本を通してイクスはたくさんのことをユンに教え、器用なユンはそれらをすべて自身の知識にしていった。
「外の世界…か…」
昔を思い出しユンは水の流れる音を聞きながら古びた本を眺めた。
そこにイクスがゆっくり歩み寄る。
ヨナは心配になって木の陰から彼らを見守り、私は彼らの音を聞きつけてヨナと合流していた。
『姫様。』
「リン…2人の音を聞いて来たの?」
『えぇ、そのとおりです。しかし決して盗み聞きではありませんからね?』
「わかってるわよ。」
私達はイクスとユンの邪魔をしないように静かに見守ることにした。
「イクス…俺…あのお姫様に世間知らずとか言ったけど、実際は知識だけで“現実”はなーんもわかってないんだ。
たぶんそれってかっこ悪い。」
「ユン君…」
ユンが目を閉じればイクスとの賑やかな日々が瞼の裏に蘇る。
たくさんのことを教わった日々も、怪我をしたイクスの手当てをする日々も…
「なあ、イクス。知らないだろ。俺にとってあんたの言葉は絶対なんだよ。
だから結局あんたが行けと命じるなら俺は行くんだ。」
ユンは明るく言いながら立ち上がりイクスを振り返ると空を受け止めるように広く手を広げた。
「それはきっと俺の天命ってヤツでしょ。」
彼は両手を腰に当てて呆れたように言葉を続ける。
「だいたいあんた俺がいなくても全然平気みたいだし。」
「…言葉には…力があって時にそれは言霊になるんだ…
だから平気って言えばそれは真となって平気になるかなと…でも…ダメ…効かない…」
イクスの声にユンが顔を上げるとそこには彼の泣き顔があった。
それにつられるようにユンの目からも涙が零れる。
「さびしくてさびしくて僕は…」
「…めんどくさ。今生の別れじゃあるまいし。」
ユンは涙を乱暴に拭う。
そしてしゃがみこんでしまったイクスと視線を同じにするため自らも膝を曲げるとぺしっと手を彼の頭に乗せた。
『大丈夫そうですね。』
「えぇ。旅の仲間が増えたわよ。」
『守る対象が増えたってことですか…ハクが呆れるかもしれないですよ?』
「いいもん。」
『ふふっ。まぁ、ユンなら大歓迎です。
彼は常識人ですし、何よりとても優しい。』
私のふんわりした笑みを見てヨナは言葉を失った。
―綺麗…―
『姫様?』
「あ、うん。」
『どうなさいました?』
「ううん。リンがすっごく優しく笑ってるのが綺麗だったからつい見惚れてたの!」
『それはそれは…光栄です。』
それからユンは準備を整え、ハクはユンが縫い直してくれた服を着て支度を済ませた。
私とハクの身体にはまだまだ完治していない傷があり、包帯だらけであることに変わりはない。私は左眼を覆う包帯を外した。
『眩しい…』
「久しぶりにお前の両目を見た気がするぜ。」
『私も世界がこんなに臨場感があるように見えるなんて思わなかったわ。
片目だと平面的でまるで自分が絵画の中にいるみたいだったから。』
「フッ…両目の生活に慣れる時間は必要ないのか?」
『必要ない。もう私には前しか見えてない。』
私とハクは笑みを交わしヨナやユン、イクスの待つ場所へ向かうため家を出た。
「闇 落つる 大地
龍の血により 再び蘇らん
古の 盟約に従い
四龍 集結せん時
王 守護する 剣と盾が目覚め
ついに 赤き龍 暁より還り給う」
そう言い終わるとイクスは倒れてしまった。私達は驚くばかり。
「かっ…神様の声を伝えるのは精神力がいるのでふ…」
「めんどくさいよ、若年寄~」
ユンはイクスに駆け寄りツンツンと身体を突いた。そこにハクが冷たく言い放つ。
「龍とか神とかさっぱりわからなんが、何を言われても俺は壺は買わん。」
「売らねーよ。」
「さっきの予言、赤き龍って神話に出てくる王の事?」
「建国神話はご存知で?」
「えぇ。赤い龍神が人間の姿になって天界から地上へ降り国を治めてゆく話。それが高華国初代国王緋龍王。
父上が昔よく話してくれたわ。」
「でもその緋龍王も人の身となってからはいずれ人と争う事になったのです。」
人々の心は邪に満ち、神を忘れてゆき国は荒れた。
緋龍王も権力を欲する人間達に捕えられた。
あわや討ち滅ぼされそうになった時、天界から四体の龍が舞い降りた。
「緋龍よ、貴方を迎えに来た。
信愛と学びを忘れた人間など滅ぼし天界へ帰ろう。」
緋龍はそれに応じなかった。
「いや、我はもう人間だ。人に憎まれ人に裏切られても人を愛さずにいられないのだ。」
龍達もまた緋龍を愛し失いたくないと願った。
青・緑・黄・白の四体の龍は緋龍を守る為、人間の戦士に自らの血を与え力をもたらした。
ある者は何をも引き裂く鋭い爪を、
ある者は彼方まで見通す眼を、
ある者は傷つかない頑丈な体を、
ある者は天高く跳躍する脚を…
「これよりお前達は我々の分身。
緋龍を主とし、命の限りこれを守りこれを愛し決して裏切るな。」
龍神の力を手に入れた戦士達は部族を率い、緋龍王を守り、国の混乱を鎮めた。
やがて闘い疲れた赤き龍は眠りにつき、四龍の戦士達は役目を終えた。
四龍の戦士はもう動かない王を想い泣いた。
大切な人を失った悲しみなのか、自身の中にある龍神の血が緋龍の死を悲しんでいるのか、彼らにはわからなかった。
それから四龍の戦士達は自らの力を人の手に余るものと、部族の元を去りそれぞれいずこかへ消えたという。
「残された部族は独自の発展を遂げ、今の五部族となったのです。」
「建国神話…それが私に何の関係が?」
「ヨナ姫は生きたいと言いましたね。」
「はい。」
「でも独りでは生きられない。外に出ればまた命を狙われるから。
貴女のそばには貴女を支えるハク殿とリン殿がいる。
しかしこのままではおふたりは死にます。」
「ちょっと待て、勝手に殺すな。神の声なんざ俺は聞こえねえ。そんな…」
その瞬間、ユンがハクを殴った。すると痛みからハクは倒れてしまった。
『あ…』
「脅しかけても布施は出さんから…な…」
『何言ってるのかしら…』
「このよーに非常にヤバイ。貴女には味方が必要なのです。」
「でも誰が…」
「四龍の戦士を探しに行かれよ。」
イクスの言葉にヨナは目を輝かせ、ハクは呆れ、私は何も言わなかった。
「四龍の戦士って伝説の!?いるの!?」
「まさか神話の時代だぞ。」
「いますよ。彼らは今でもこの国でひっそりと龍の血を受け継いで生きている。彼らが力を貸してくれるでしょう。」
「神官様…私はハクとリンを死なせたくない。
…けど、伝説の龍達はこんな私事でで力を貸してくれるかしら。」
「貴女はあの夜奇跡的に命を拾い、城から奇跡的に逃げのび、この奈落の崖を落ちて奇跡的に無事でした。
それはもう奇跡ではなくここへ導かれる天命だったのだと僕は思います。
伝説の四龍をもし見つける事が出来たなら、それは貴女の私事ではなく天命なのです。
しかし天は道を示すだけ。歩いてゆくのは貴女自身です。」
イクスは優しくヨナに告げる。そしてそっと言葉を続けた。
「それに既に四龍ではありませんが、伝説の龍が一人近くにいるではありませんか。」
「「「え?」」」
イクスの言葉にヨナ、ハク、ユンが声を上げたが、彼に静かに見つめられた私は微笑みヨナに歩み寄った。
「リン…?」
『私は黒龍の血を継ぐ者。』
「何を言って…」
『私が遠くの音を聞き取り気配に敏感なのも、甘い香りを漂わせているのも黒龍だから故なのです。』
「でも今までそんなこと…」
「それはリン殿自身がここに辿り着く直前に黒龍として目覚めたからですよ。
ヨナ姫の生きたいという願いに彼女の血が応えたのでしょう。」
そのときハクが私の肩を掴んで問うた。
「黒龍なんか神話には出てこねぇだろ。」
「そうよ、リン!四龍は白、青、黄色、緑…緋龍王を加えても赤よ。黒なんて…」
『初代黒龍は闘うことなく緋龍王を傍らで支え、相談役として仕えた美しい女性でした。
四龍の帰る場所であり、癒しの場でもあったそうです。
神話には黒髪の美女として少し綴られてはいるものの、その記述もごくわずか。
黒龍などという呼び名は一切登場致しません。』
「リン、お前の香りが強まっていたり、髪や目が前より暗い色になったのもその所為か?」
「そういえば…リンが目を覚ます直前に香りが強くなった気がする…」
『えぇ。ユンが手当てをしてくれて眠っている時に夢の中で初代黒龍に出会い、歴代黒龍の記憶を見せられ、黒龍として目覚めたの。そして何より…』
私は右手を顔の前に構えて目を閉じた。
そして力を解放すると両手の爪が長く鋭利になった。
まるで鉤爪(かぎづめ)のような両手の爪を見てヨナ、ハク、ユンは目を見開き言葉を失う。
『これは甘い香りに寄ってくる敵から身を守るために龍の力を込められたものだそうです。
私までの黒龍は皆武術を身につけていなかったため、我が身を守ることさえできなかったのでしょう。
そして主として認めた者が現れない限り自身を黒龍と認識することもできないらしいので。』
「だからリンも今まで自分が黒龍だって知らなかったの…?」
『そういうことになります。』
私はヨナの前に跪いて頭を下げた。
『私は黒龍の力を姫様を守りたいという想いで手にしました。
龍の血が流れていようといまいと、貴女に忠誠を誓い傍を離れないという約束を守ることには違いありません。
今まで通り今後も傍に置いてやってくださいませんか?』
「リン…」
彼女は私を強く抱き締めた。
『ひ、姫様!?』
「傍にいてくれるんでしょ?私は黒龍でも何でもいい。リンに傍にいてほしいの。」
『ヨナ姫…』
「それにリンの香りは好きよ。安心できるし。龍になったからって何が変わるの?」
『少し能力が増えた…ということくらいでしょうか。』
「それだけでしょ?」
「大きな変化だよ!!?」
「でもリンはリンだもの。それ以外にリンに近くにいて欲しいって思う理由はない。」
『姫様…』
彼女は少し私から離れると無邪気に微笑んだ。
そのとき私は背後からくしゃっと頭を撫でられた。
『ハク…』
「強くなったなら何も問題ねェ。俺が後ろを預けて闘えるのはお前だけだしな。
姫さんのお守りもお前が一緒なら悪くねェ。」
『うん!!』
「もう2人共酷い!!」
「『ハハハハッ』」
その夜、ヨナはひとり星空を見上げて考えていた。私とハクはそんな彼女を背後から呼ぶ。
「姫さん。」
『考え事ですか?』
その瞬間、彼女に私とハクは押されて尻餅をついてしまう。彼女の行動が唐突すぎたのだ。
「ハク!リン!!ダメ、寝てなさい!」
「どわっ!」
『え、ちょっ…』
「もう治りました…」
『ハクほどの怪我じゃありませんから。』
「嘘吐くな。」
『…吐いてない。』
「…」
「死にませんよ、俺は。」
『私も。』
「ハク、リン。私、四龍の血を持つ人に会ってみたい。」
「会ってどうする?そんなヤツらいないかもしれないし、いても味方とは限らない。」
『まぁ、存在はしてるでしょうけど。』
「そりゃ、お前が黒龍だってのは信じるが四龍がいるかは…」
『わかるわよ?』
「「え?」」
『私の中に繋がりが感じられる。
初代黒龍の話だと龍は互いの存在を感じることができるらしいの。
彼らの鼓動を感じるし、どの辺りにいるかもあやふやだけど感じられる。』
「そ、そうか…」
『ただ必ずしも味方になってくれるかわからないのは事実です、姫様。』
「その時はその時よ。このままではここを出る事さえ出来ないもの。
何とかして前に進みたいの。私も強くなるから。
私に剣とか弓とか教えて。覚えるから。
不条理なまま死ぬのは嫌。お前達を失うのはもっと嫌。
その為なら神の力だろうと私は手に入れたい。」
そう告げる彼女の目は恐ろしいほど真っ直ぐで強かった。
私もハクも一瞬その強さに押されて言葉を失った。
「死なねぇつってんのに…ま、姫様の思し召しならその天命とやらに賭けますか。」
「ハク、最近いい子ね。」
ヨナはニッと笑うとハクの頭を撫でた。だが彼の眉間に皺が寄るだけ。
「…あんまり近づかないでもらえます?」
「どうして?」
「…」
ハクはヨナから顔を背けて私の肩口に顔を埋めると溜息を吐いた。
彼としては好意を寄せるヨナが近くにいると自分の欲望を抑えるのが大変なのだろう。
純粋なヨナには思い付きようもないのだが。
「…うっとうしいから。」
「なにィ!」
ハクをヨナが拳でぐりぐりしているとのんびりした声がした。
「あのお、心は決まりました?」
「…うん。」
「皆さんにお願いがあるのです。」
イクスは真剣に私達にある願いを告げた。
私とヨナはユンが作ってくれた新しい服を着ていた。
『凄い…』
「この服ユンが作ったの?」
「別に、布が余ってたから。絹じゃないからお姫様は不満だろうけど前のボロよりマシだろ。」
「面白い服!気に入った!!」
私の物はスミレ色の長袖の着物を黄色の細い帯で締め、紫色の袖のない長い上着を羽織っていた。
まるでハクの服を女性物にしたような形に私はクスッと笑みを零す。
だが私の上着は大きな飾り留め具で前を閉じれるよう工夫されていた。
『闘う邪魔にならないようにしてくれたの?』
「…ただの気紛れだよ。」
『ありがとう、ユン。』
私の衣の基調色は紫。この色は癒しの力や思いやりを象徴する。
―私に相応しい色かな…それに派手な色を着てこれ以上目立つわけにはいかないわね…―
そう思いつつヨナを見る。彼女は淡い桃色の着物に赤い丈の短い上着を羽織り桃色の帯を締めていた。
全体的に可愛らしく闘わない彼女によく似合っていた。
「何か切る道具貸して。髪揃える!」
彼女は近くにあった斧を手に取る。
『ひ、姫様!』
「それで!?」
「ったく、めんどくさ!これだからオヒメサマは…」
彼はヨナの手から斧を取り上げて椅子に座らせた。
私は彼らの近くに座って剣を研ぎ始めた。
そうしているとつい指を切ってしまった。
『痛っ…』
―まだ片目に慣れないか…―
「これ以上怪我しないでよね。」
『ごめんごめん。…ユン、どれくらいしたらこの左目を覆ってる包帯を取ってもいい?』
「もう取ってもいいけど、完治してるわけじゃないから傷が開いちゃうよ。そうしたらまた巻き直しだから。」
『…ここを出るまで巻いておくわ。』
「その方が賢明だと思うよ。」
ユンはヨナの髪を文句を言いながらも切り揃えていった。
「ありがと。ユンって何でも出来るのね。」
「手のかかる神官がいるからね。
あいつがケガばかりするから医術覚えたし、料理も完璧。
欠点といえば美少年すぎるくらいだね。」
「それは聞いてない。」
『まぁ、綺麗だとは思うけどね。ユンの欠点は口の悪さじゃない?』
「黙ってて。」
『あら、ごめんなさい?』
「口の悪さなら断然ハクの方が上よ、リン。」
『ふふっ、確かに。』
そのときヨナはふとユンに言った。
「…優しいね。」
「は?」
「イクスの事もだけど、王族が嫌いだって言ってたのに私の髪切ってくれてる。」
「…有料だよ、言っとくけど。」
「ムンドクにつけといて!」
「ムンドク!?風の部族の英雄じゃん!」
「ムンドクって英雄なの?」
『あれでも英雄ですよ。じいやはユホン様と並び称される最強の武将だったんですから。』
「じいや!!?」
『私は拾われたって言ったでしょ、ユン。
その拾って育ててくれたのがムンドク…私とハクにとってはじいやなの。』
「あの男と兄妹なの!?」
『血の繋がりはないけどね。私達は2人共じいやに拾われた孤児だから。』
「へぇ…」
「ユンって何でも知ってるのね。」
「天才だから仕方ない。本は一回読めば暗記出来るし…
でも俺が読んだのは一部の本だけ。世界には俺の知らない本がたくさんある。」
「…あのね、ユン。」
ヨナはイクスからの頼みをユンに告げようとした。
私は口を挟まないと決めきっている。
「ま、問題ないよ。本は少しずつ集めるし…俺は当分この汚い本でいいや。」
『その本は?』
彼が見せてくれたのは薄汚れた一冊の本。
だが、彼にとってはとても大切な物のようで笑みを零していた。
「イクスのバカが俺の為につってゴミから漁って来たり、何もない所で転んで破ったり…」
「恐るべきドジね。」
「マヌケだろ。神だ何だってうさんくさいけどあいつが嘘つけないヤツだってのは俺が一番知ってるし…」
そう話すユンは優しく微笑んでいて、私とヨナはつい彼を見つめてしまっていた。
「とっ、とにかく!旅に出るならとっとと行っちゃってよね。
俺っ、あんたらの面倒見るヒマないし。」
立ち去るユンを見送ってヨナは考えていた。
『姫様…』
「私、イクスと話してくる。」
『…はい。』
私はヨナを見送ってハクがいる川辺に向かった。
彼は魚を捕まえて焼いて食べていたのだ。
私は彼の背後から近づいて魚を一匹手にすると勝手に被りついた。
「あ、おいっ…」
『美味しいっ』
「リン、お前なぁ…」
『たまにはいいじゃない、こうやって2人でいるのも。』
「姫さんは?」
『神官様の所に行ったわ。』
「なるほどな。それでお前は暇になったからこっちに来たと。」
『それもあるけど、ハクと2人でいたかったってのもある。』
「…ふぅん。それよりその服…」
『ユンが作ってくれたの。』
「…似合ってんじゃないか。」
『ありがと。』
私はハクの隣で魚を食べながらそっと問うた。
『ハク…怒ってる?』
「…どうして俺が怒るんだよ。」
『だって私が黒龍だって突然言って…』
「驚いたけどな。それはお前も同じだろ?」
『え…』
「姫さんの生きたいって願いに応えるように今まで知りもしなかった自分の中の血が騒いで、リン自身が一番驚いただろうが。」
『ハク…』
すると彼は私の髪を片手で荒っぽく撫でた。
「そんな顔すんな。姫さんも言ってたけどお前はお前だ。
俺が背中を預けて闘う相棒で、手のかかる妹ってことに変わりねぇ。」
『…手のかかるは余計よ。』
「フッ…そのままでいいんだよ。」
私は魚を食べ終えると包帯を巻いただけで上着を羽織っていない彼に寄り添った。
こてんと頭を彼の方に倒すと彼に肩を抱かれるような形になった。
「今日はやけに甘えてくるんだな。」
『…そういう気分なの。』
私は彼の手を握って遠くで流れる水の音を聞いていた。
『ハク…あの時嬉しかったわ。』
「…何の事だ。」
『崖であんなに必死に…私は姫様でもないのに。勝手に死ぬなんて許さないって。』
「事実だからな。」
『それでも嬉しかったんだもの。』
「リンは俺を見捨てて行くのか?」
『ううん。姫様第一だけど、ハクのことも守りたい。失いたくない…そんな思いは欲張りかしら?』
「そういうもんだろ。だから俺は強くなりたい。」
『ハク…』
「…黙って食ってろ。」
『うん。』
私達は寄り添ったまま魚を手に取ると噛り付いた。
2人の間にこれ以上言葉はいらない。だが、互いに感じるぬくもりは優しさに包まれていた。
ヨナはイクスのもとに行っていた。
「イクス。」
「…あ、姫様。その服ステキですっ♡とってもお似合いです。
ユン君ですね。あの子は本当にすごい。
あ、それでどうでしたかユン君は?」
「イクスって…私の父上に似てる。」
「え、イル陛下ですか?」
「うん。頼りなくて泣き虫で頭に花咲いてて…でも可愛い人。
ユンは口は悪いけど貴方の事が大好きだもの。
私は家族を引き離したくない。ユンを旅には連れて行けないよ。」
まさか彼らの会話をユンが聞いているなんてヨナもイクスも気付かなかった。
「イクスはユンを連れて行ってと言ったけど、私は連れて行けない。」
私達にイクスが頼んだことはユンを旅に同行させてほしいというもの。彼なりにユンには広い世界を見せたいのだろう。
「…ですね。ごめんなさい、僕が言うべきでした。」
イクスはヨナに頭を下げると部屋を出た。まさかそこにユンがいるとは思わずに。
ユンは怒った様子でイクスを見上げる。
「ユン君、丁度良かった。今ね…」
ユンはイクスの胸倉を掴むと壁に押し付け、片足を壁に当てるとイクスの逃げ道を塞いだ。
「何!?」
「今の話…俺にどこに行けって?どういう事!?イクス!!」
「君は…ここを出て…姫様達の手助けをしてあげて。」
「なんで俺が!?冗談じゃないよ。」
「君は…君はこんな所にいていい子じゃない。世界を見ておいで。」
「イクス…」
真剣に告げるイクスにユンも息を呑む。だが…
「僕なら君がいなくても平気だし。」
その一言でユンは怒ってしまったのだ。
ユンはイクスから貰った大切な本を抱き締めるといつもイクスが祈っている滝の近くへ行った。
そこに座って怒りをあからさまに表情に出している。
「勝手な事言って…」
彼は怒りから本を破ろうとするがそんなことできるはずもない。
「ちくしょ…」
イクスとユンが出会ったのは7年前。
火の部族東火村でユンは暮らしていた。
ここは貧しく、食糧はなく彼は木の根っこを食べたりしてどうにか生きていた。
畑は作物が育たないどころか虫さえいないほど荒れている。
その日、ユンは食べ物を奪うことにした。それほどまでに空腹だったのだ。前回盗もうとしたときは逆に殺されかけた。
相手が死んでもいい、ただ食糧を得なければ…そう思って石を投げつけた相手がイクスだった。
頭に石をぶつけられたイクスは倒れ、その荷物を漁ってユンは金や食糧を探した。だが、何も見つからない。
そのときユンが気絶したと思っていたイクスがそっとユンの手を握った。
「ごめ…何も…ない…」
「わあああ!!う…動くな…」
ユンはイクスに鎌を向けて威嚇する。
「村で噂になってる。最近金の粒を持ったよそ者がうろついているって。あんただろ?出せ、金の粒。」
するとイクスは泣き始めてしまった。それに困惑するのはユンの方。
「なっ、泣いてもダメだから!」
「ごめんね…金の粒はさっき別の子にあげてしまって…それが最後だったんだ。
でも今度何か見つかったら絶対君の所に持って来るね。」
「あっ…」
そのときユンが投げた石で頭を怪我していたようでイクスの頬を血が流れた。
「あれ…」
「あ、あんたがぼーっとしてるから悪いんだ。ここは食うか食われるかなんだよ!」
「大丈夫、痛くない。心配しないで。」
「心配なんかするわけないだろ。あんた今俺に殺されかけてんだよ!」
「ではではおじゃましました。」
「話聞いてる?」
イクスはユンに頭を下げるとふらふらと歩き出した。
それを見て根の優しいユンははらはらしてしまい、最終的には声を掛けたのだ。
「ちょ、ちょっと!金の粒の話はまだ終わってないよ。今日はウチにいてもらうから!」
「あ、うれしいな。実は今日野宿で。僕イクスと申します。」
「…」
その晩、ユンはそっと眠るイクスに近づいた。
そしてそっと触れるとぬくもりを感じてほっと息を吐く。
―あったかい…生きてる…これを塗っておけば…―
彼は自分が作ってしまったイクスの傷に薬を塗ってやったのだ。
イクスはその優しい手に気付き目を覚ましたが、ただ微笑むだけで何も言わなかった。
その翌日、ユンは寒さで家の中で身体を小さくしていた。
―寒い…腹へった…俺ここで死ぬのかな…―
そんな彼の目の前に芋が差し出された。その瞬間、彼はがばっと身体を起こす。
「芋だ!」
「へへ、あげる。」
芋を持ってきたのはイクスだった。
「どうしたのコレ…盗んだ?」
「頂いた。」
「芋なんて久しぶり…」
ユンは芋を見て目を輝かせていたが、すぐにイクスが何も履いていないことに気付いて顔を曇らせた。
「あんたどうしたの、靴は…?」
「あ…芋と交換してもらっちゃった。」
「交換してもらったって…この寒い中何やってんの?
俺なんかにそこまでする!?何か裏があるんじゃ…」
「だって…頭に薬塗ってくれたお礼。」
イクスは膝を曲げてユンと視線を同じにして優しく言った。
「起きてたのかよ!」
「うん、よく効いてるー心がぽかぽかあったかくて、なんだか目頭まで熱くなっ…」
「なんで泣くのっ!?…変なヤツ。外の人間って皆そうなの?」
「外…にはいろんな人がいる。僕はあまり都には行かないけど。」
「都!?」
ユンの目が輝いた。彼はずっとこの村にいて外の世界を知らないのだ。
「都に行きたいの?」
「うん!早くここを出て都や他の土地に行きたい。
大きくなったら本もいっぱい読んで自由に勉強出来る所に行きたい。」
そう話すユンは年相応の無邪気な表情をしていた。
「本…読めるんだ、すごいね。」
「当然。簡単な本ならだけど。難しい本だっていつか…」
「じゃあ、今度本を探して来るね。色んなトコ転々としてるから。」
「えっ!?」
イクスはその場に座ってユンとのんびり話し始めた。
そこだけは苦しい村で穏やかな時間が流れているような気がした。
「あんた何をしてる人?」
「ふふ、神様に祈り人ー神様の声を頼りに元気がない人訪ねて、その人が生きる勇気を手に入れるお手伝いするの。」
「いるわけないよ、神様なんか。」
そう言われたのにイクスは柔らかく笑っていた。
その笑顔に嘘はない。そのことに幼いユンでも気付いた。
―いるわけないのに嘘つきには見えない…―
「これからどっか行くのか?裸足で大丈夫?」
「わらじ作るから平気。」
「わらじ?」
イクスは藁を持ってきた。それもきっと誰かに貰ったのだろう。
「昔教えてもらったの。」
「お、俺にも教えて!」
好奇心旺盛でどんな知識でも欲しいユンにとってわらじ作りも新しい知識だった。
数時間後2人はわらじを編み終えた。完成度の違いは大きかったが。
「ユン君、すごい!初めてなのに売り物みたいなわらじだね。」
「あんたのはわらじに謝れってくらいヒドイな。」
ユンは自分が作ったわらじを抱き締めた。
―ひとつ覚えた…!―
その完成したわらじをユンはイクスに渡す。
「これあげる。」
「えっ、いいの?立派なわらじ…」
「そのかわりまた何か教えて。」
わらじを履くとイクスはユンに手を振って去って行った。
―楽しかった…もっともっと話したかった、聞きたい事あったのに…
本当は行かないでほしかったのに言えなかった…
今度来たら、今度会えたら言ってみようか、ここにいてって…
面倒だと思われるかな…?それでもいい…早く来て…―
ユンはそれから盗みをやめ、わらじを編んではそれを交換してもらったりして食糧を確保するようになった。
雪の季節が過ぎる頃にはユンは寂しくなっていた。
―どうしてくれる…ひとりなんていつもだったのに、あんたに会ってさびしくて仕方ないじゃないか…―
そんなある日、イクスがユンの前に現れた。
彼はボロボロで薄い肌着だけを着て立っていた。
「イクス!どうしたんだよ、そのケガっ…それにそんな薄着…」
「ごめんね、来るのが遅くなって。
たくさん色んなものあげたくて集めてたら、金の粒を狙う人達に持ち物取られて本もなくなっちゃった。
金の粒は小さい頃、城を出る時に師匠からいくつか渡されたもので、もう本当に一粒も残ってなかったんだけど。ユン君、僕…遠くへ行くよ。
僕は人といたいけど金の粒を持ってた僕は人にとって良くないものを呼び寄せる。
最後に顔が見たかった。君とわらじを作るのがとても楽しかったから。」
イクスはユンの頬を両手で包み込むと額を当てて目を閉じて微笑んだ。
「さよなら。」
歩き出そうとするイクスの衣をユンは小さな手で掴んだ。
「行く…俺も行く。」
「僕は…あまり表には出れなくて…都には行けないし本だって…」
「いい。都に行かなくてもいい。本がなくてもいい。イクスが教えてよ。
だいたいあんたフラフラ危なかったしいんだよ。」
ユンは必死に頼み込みながらイクスに抱き着いた。
「あんたに薬塗ってやれるのは俺くらいでしょ。」
こうして2人の旅は始まりこの谷底に住み始めたのだ。
1冊の本を通してイクスはたくさんのことをユンに教え、器用なユンはそれらをすべて自身の知識にしていった。
「外の世界…か…」
昔を思い出しユンは水の流れる音を聞きながら古びた本を眺めた。
そこにイクスがゆっくり歩み寄る。
ヨナは心配になって木の陰から彼らを見守り、私は彼らの音を聞きつけてヨナと合流していた。
『姫様。』
「リン…2人の音を聞いて来たの?」
『えぇ、そのとおりです。しかし決して盗み聞きではありませんからね?』
「わかってるわよ。」
私達はイクスとユンの邪魔をしないように静かに見守ることにした。
「イクス…俺…あのお姫様に世間知らずとか言ったけど、実際は知識だけで“現実”はなーんもわかってないんだ。
たぶんそれってかっこ悪い。」
「ユン君…」
ユンが目を閉じればイクスとの賑やかな日々が瞼の裏に蘇る。
たくさんのことを教わった日々も、怪我をしたイクスの手当てをする日々も…
「なあ、イクス。知らないだろ。俺にとってあんたの言葉は絶対なんだよ。
だから結局あんたが行けと命じるなら俺は行くんだ。」
ユンは明るく言いながら立ち上がりイクスを振り返ると空を受け止めるように広く手を広げた。
「それはきっと俺の天命ってヤツでしょ。」
彼は両手を腰に当てて呆れたように言葉を続ける。
「だいたいあんた俺がいなくても全然平気みたいだし。」
「…言葉には…力があって時にそれは言霊になるんだ…
だから平気って言えばそれは真となって平気になるかなと…でも…ダメ…効かない…」
イクスの声にユンが顔を上げるとそこには彼の泣き顔があった。
それにつられるようにユンの目からも涙が零れる。
「さびしくてさびしくて僕は…」
「…めんどくさ。今生の別れじゃあるまいし。」
ユンは涙を乱暴に拭う。
そしてしゃがみこんでしまったイクスと視線を同じにするため自らも膝を曲げるとぺしっと手を彼の頭に乗せた。
『大丈夫そうですね。』
「えぇ。旅の仲間が増えたわよ。」
『守る対象が増えたってことですか…ハクが呆れるかもしれないですよ?』
「いいもん。」
『ふふっ。まぁ、ユンなら大歓迎です。
彼は常識人ですし、何よりとても優しい。』
私のふんわりした笑みを見てヨナは言葉を失った。
―綺麗…―
『姫様?』
「あ、うん。」
『どうなさいました?』
「ううん。リンがすっごく優しく笑ってるのが綺麗だったからつい見惚れてたの!」
『それはそれは…光栄です。』
それからユンは準備を整え、ハクはユンが縫い直してくれた服を着て支度を済ませた。
私とハクの身体にはまだまだ完治していない傷があり、包帯だらけであることに変わりはない。私は左眼を覆う包帯を外した。
『眩しい…』
「久しぶりにお前の両目を見た気がするぜ。」
『私も世界がこんなに臨場感があるように見えるなんて思わなかったわ。
片目だと平面的でまるで自分が絵画の中にいるみたいだったから。』
「フッ…両目の生活に慣れる時間は必要ないのか?」
『必要ない。もう私には前しか見えてない。』
私とハクは笑みを交わしヨナやユン、イクスの待つ場所へ向かうため家を出た。