主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
旅の始まり
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私達は風の部族領に到着したものの、門番であるヘンデとテウを見つめて溜息を吐いた。
見張りのはずなのだが互いにもたれあって呑気に寝ているからだ。ハクは彼らを蹴り飛ばした。
「なになに?」
「見張りはお昼寝の時間か、この部族は。」
「「ハク様?姐さん!!?」」
「よっ」
『久しぶり。』
「へー、久しぶりー10年ぶり?何でいんの?」
「将軍クビになったの?明日があるさ。」
『相変わらずユルいわね…』
「我らは風の部族。風の赴くまま逆らわずに生きるのであります~~~」
「誰だ、こんなヤツら見張りにしたの…」
そこに騒ぎを聞いて民が集まってきた。
「長(おさ)~っ」
「リンちゃ~ん♪」
「お嬢~!!」
「若長~」
「ハク様!」
「お久しぶりです。」
「いつ戻ったのだ。」
「やだ、ますます男前になっちゃって~」
私とハクは民に囲まれながら現状を把握していた。
騒ぐ民達に聞こえないよう互いに顔を寄せて小声で話す。
「まだ城から何も聞いてねェようだな。」
『えぇ…城の兵が来てるようにも見えないわ。』
「あら、誰この子?」
「ハク様の女?」
「えーっ」
「違う、城の見習い女官だ。」
「嘘だー」
「名前は?」
「出身は?」
質問攻めにされてヨナは今までの疲れも相まって倒れてしまった。
『あっ!』
「わっ、倒れちゃった。」
「どうしたの?」
「あれま、弱っちい娘だな。」
するとハクは私に大刀を押し付けヨナをすっと抱き上げた。
「すぐに寝床と食事の用意を。」
「はっ、はい。」
民がハクの指示でその場からいなくなると私は近くにいたヘンデに問う。
『じいや…ムンドク長老はどこ?』
「長老なら緋龍城だよ。」
「何…?」
「やっぱり知らないんだ。急に城から五部族召集令が下ったんだよ。」
『五部族召集…』
「普通なら城にいる若長が出席すれば良いでしょ?
既に将軍を退いたムンドク長老が呼ばれたから変だなと思ったんだ。
ハク様はやっぱりクビですか?」
のんびり言うヘンデの言葉を聞き流して、私とハクは互いに視線を交差させるとヨナを寝かせるべく歩き出した。
私は両手でハクの大刀を抱えて歩く。これをハクは簡単に振り回しているが、実を言うととても重たい。片手で持つことさえ私には難しいのだ。
「リン…」
『五部族召集…各部族の長が集まって協議してるってことでしょ…』
高華王国は火・水・風・地と王族“空”を加えた5つの部族を中心として政治を行う。
各部族の長は“将軍”と呼ばれ王と部族を守護する最強の戦士であった。
ハクはヨナを女性に託し新しい服を着させ、食事を与えるよう伝えた。
「それからリンの脚の手当ても頼む。なるべく早急にな。」
『それからハクの脚の傷も診てあげて。』
「おいっ…」
ハクを見上げてふっと笑うと彼は諦めたように医務室へと足を進めた。
「だがお前が先だ、リン。」
『は~い。』
それから手当てを受け私の足は腫れが治まり、毒が抜かれたお蔭で紫色だった皮膚も元の色に戻っていった。
包帯を巻かれ、私達はいつもと違う軽装に着替えると、ヨナのもとへと歩き出すのだった。
その頃、緋龍城には五部族が集まっていた。
「国王が崩御された!?一体どういう事だ。急な呼び出しがあったかと思えば国王が崩御だと?」
最初に声を上げたのは地の部族長イ・グンテ。
続いて水の部族長アン・ジュンギが口を開く。
「ヨナ姫もソン・ハク将軍も、将軍の側近であるリンまで行方不明との事。城で何があったのかな?」
「ハク将軍の行方について…ムンドク長老は何かご存知なのでは?」
ムンドクに問うたのは火の部族長カン・スジン。
「何が言いたい、火の部族の若僧よ。」
「緋龍城ではこんな噂が広まっておりますぞ。
陛下はハク将軍によって殺害され、ヨナ姫は人質に彼に連れ去られたと。
リンもハク将軍に手を貸したのだと。これは風の部族の謀叛(むほん)ではないかとな。」
「決めつけるのは良くないな。行方が分からないのだからハク将軍やリンにも何かあったのでは?」
「あの雷獣は齢十三にして我をも凌ぐ力を持っていたんだぞ。
舞姫も同様に戦う姿はまるで美しい舞いのようで、そこらの兵なんて薙ぎ払うだろう。そう簡単に死ぬものか。」
「私は城の兵が何人も彼に重傷を負わされたと聞いています。」
「お静かに。」
そこにスウォンがやってきた。
「陛下は3日前何者かに弑逆されヨナ姫もハク将軍もリンも行方知れずです。」
「スウォン様、ではやはり…」
スウォンの隣には空の部族ハン・ジュド将軍がいる。
空の部族だけは部族長が王か王の血を継ぐ者なのでハン・ジュドは部族長ではない。
「3人は現在捜索中ゆえこの件は我々に任せて頂きたい。もし彼らを見つけたら城に連絡を。
許可なく危害を加えたり外部に公表したりなさらぬよう。」
「しかし…」
「この件を公にすれば国内の混乱を招き部族同士の争いを煽るだけでしょう。
それでなくても国内は不安定でいつ北の戒帝国や南の真・斉に脅かされるとも知れません。
今は一刻も早く我々五部族が力を合わせ、高華王国を他国に侵されない強国にしなければ。」
「確かに…イル陛下は争いを避けるあまり他国に国土を譲り貢ぎ物を差し出した。」
「今や高華王国の権威は地に落ちている。国内で争っている時ではない。」
「それには…新王が必要ですな。」
カン・スジンの言葉に緊張が走る。
「恐れながら…ヨナ姫不在の今、王家の血を引いておられるのはここにいるスウォン様しかおりますまい。」
スウォンに仕えるケイシュクがそっと…それでいて強く言った。
「スウォン様はイル陛下の兄君、ユホン様のご子息。本来なら皇太子の位にある御方。
新王に即位されるのに何の問題もございません。」
「然り。スウォン様が新王となられるならば、この火の部族カン・スジン…誠心誠意お仕え申し上げます。」
「他の部族長はいかがですか?」
「ええ…スウォン様ならば。」
「異存ありません。」
最後に残ったのはスウォンが来てから一言も話していないムンドクだった。
彼は真っ直ぐスウォンを見て漸く口を開いた。
「眠い…眠い眠い。難しい話は年寄りには眠いわ。ワシは帰る。」
「ムンドク様、話はまだ…」
「私は将軍ではない。その話はハクを呼んでからするんじゃな。」
「スウォン様を王に承認なさらないのなら、風の部族はますます謀叛の疑いをかけられますぞ。」
ケイシュクの言葉にムンドクはより睨みを鋭くする。
だが、そこに似合わないほんわかした声がした。
「うーん…五部族全ての承認を得られなくては私は王になれません。
しかし王がいなければ国は立ち行きませんし…どうしたら認めて頂けるでしょうかねー」
「スウォン様がヨナ姫と婚礼をあげて正式に高華の王となられるのでしたら、ワシは大喜びで祝いの品を献上したじゃろう。」
ムンドクの言葉にスウォンは一瞬だけ寂しそうな顔をした。
「それにハクとリンは理由もなしに城を去ったりはせん。ワシはスウォン様の即位を承認出来ない。」
「3日後…新王即位式を執り行います。風の部族の承認がなければ即位式は行えません。
しかし3日後、ムンドク長老は必ず来て下さると信じています。風牙の都の民の為にも。」
ムンドクはスウォンの棘のある言葉を耳にしながらも振り返らず長老としてではなく彼自身として寂しそうに言った。
「…悲しい事です。スウォン様、あなたの事はハクやリン同様孫のように思っておった。」
それだけ言い残しムンドクは部屋を出た。
スウォンは城の屋上でカン・スジンと会っていた。
「ご苦労様でした、カン・スジン将軍。
あなたが協力してくれたので会議が思うようにいきました。風の部族の反発は想定内でしたし。」
「少し…お甘いのではないですか?」
「ヨナ姫やハク将軍、リンを追わず殺さずとは、もし3人の口から真実が広まれば…」
「ハクとリンはバカじゃないです。
真実を広め騒ぎを起こせば逆にヨナ姫の命が危ない。
姫を守る為今はじっと身を潜めている事でしょう。
風の部族の反発に備えてカン将軍は次の計画に移って下さい。」
「御意。」
カン・スジンが去るとスウォンは独り外を見た。
馬の蹄の音がしてはっとするとムンドクが風牙の都へ帰ろうと馬を走らせていた。
「…ありがとう、孫のようにって言ってくれて。嬉しかったです、ムンドク将軍。」
そう呟いたスウォンは年相応より幼く、私達の知っている彼のように思えた。
暫くしてヨナはゆっくり目を開いた。そして自分が新しい服を着て、近くには食事が用意されているのを見つけた。
彼女はそっと料理に口を付け、あまりに温かく優しい味に涙を零した。
「…なんで泣くんだ?」
そこにやってきたのはほんわかした少年。
「ま…不味かった…?」
ヨナは少年を見ながら首を横に振った。
「あ…温かくて…」
「温かくて泣くのか。変なヤツだな。」
「ち…父上を思い出して…」
少年はそっとヨナの涙を拭った。その手はどこかハクと似ている気がしてヨナは目を丸くした。
「俺はテヨン。ハク兄ちゃんとリン姉ちゃんの弟だ。」
「ハクとリンの…弟…」
「お前はハク兄ちゃんの友達か?」
「……たぶん。」
「「たぶん友達――――ッ!!?」」
会話を盗み聞いていたヘンデとテウが扉を開けた。
2人は涙を流しながらハクを不憫に思う。
「そんな…愛人とか恋人とかは無理にしても…」
「たぶん友達って視界にも入ってねーっス。あわれハク様…超片思…い…」
ヘンデが言い終わる前にハクの大刀の柄がヘンデの頭を押し潰した。
「目ん玉ほじくったろか。」
『まぁまぁ、そのくらいにしてあげて…』
「…誰が友達だ。」
「え…じゃあ従者…」
その瞬間、ハクは大刀をまた私に向けて放り投げ一瞬でヨナに近付くと口を手で塞いだ。そして誰にも聞こえないよう小声で言った。
「あんたの名は“リナ”、城の見習い女官という事になっている。
俺もここでは女官として扱う。いいな?」
ヨナは目を丸くしながらコクッと頷いた。
「よし、いい子だ…」
そんな彼らの様子をヘンデとテウは顔を真っ赤にしながら見ているし、テヨンはテウの手で目を塞がれている。
私は彼らの後ろでクスクス笑いながらどうにか大刀を支えていた。
「テヨンが見てマズイ事はなんもしてねーだろーがっ」
「だってやらしいよ、ハク様~」
私は大刀を置いてテヨンと共にヨナに歩み寄った。
『もう大丈夫ですか、女官殿。』
「う、うん…」
『それはよかった。』
「リナさん、姐さんとはどういう関係なんすか?」
「姐さん…?」
『私の事です。』
「リンは優しくていつも相談にのってもらってるの。」
「ハク様との認識の差…」
『それ以上言わないの、ヘンデ。』
「リナ、兄ちゃんは城ではどんな人なの?姉ちゃんは優しいんだろう?」
「えぇ。」
「俺が3歳の時に兄ちゃんは将軍になって、姉ちゃんと一緒に城に行っちゃってお姫様を守ってたから俺兄ちゃん達の事あんまり知らねんだ。」
「城でのハク…は…無礼者…あ、イヤ…無神経…あ、えと…態度でかい…あ、ううん…可愛くない…あ…」
「よーし、わかった。もういい。」
「「『ハハハハハハッ』」」
「リナさん、最高~っ」
「かっかっかっ可愛くないときた!」
『事実だけどね。』
「楽しそうだな、ヘンデ。こっち来いや。」
「キャー」
「お前もだ、リン!」
『えー!!?』
ヨナは私達の様子をただ見つめていた。
―皆笑顔で賑やか…これがハクとリンの育った場所…―
ヨナは城を出て初めて笑顔を見せた。私とハクはその表情にはっとする。
そして互いを見ると頷きながら笑みを零した。
翌朝、外を歩いているとヨナはある女性に声を掛けられた。
「リナちゃん。ちょっとリナちゃん!」
「あっ…はい。」
ヨナは自分が呼ばれていることに気付かなかったらしい。
「ぼーっとした子だね。昨日はよく眠れた?
あんた城の女官なんだってね。
城で料理も裁縫も掃除も洗濯も琴も舞も出来なかったから追い出されてここで修業するって?そりゃアンタもう女やめな~」
女性は盛大に笑いながら言う。
そこに嫌味はまったくなくただ純粋に面白がっているようだった。
「とりあえずイチから教えるから、まずコレ洗っといで。」
彼女に渡されたのは大量の汚れた衣だった。
「あっ、洗うって…?」
「川で洗うに決まってるだろ。」
「川って…」
私は困り果てているヨナを見つけて歩み寄るとひょいっとたくさんの衣の一部を持った。
『こっちよ、女官殿。』
「おっ、洗濯か?」
『ハクも手伝って。思った以上にたくさん渡すんだもの。』
「ハハッ」
並んで歩きながらヨナは少し気に喰わない事があったらしい。
「何ですか?」
「…琴と舞は…ちょっとなら出来るわ。」
「あー、あの不協和音な琴ね~」
「もう…」
『少し戻ってきたわね。』
「え?」
『何でもありません。』
いつものヨナらしさが戻ってきている気がして私とハクはほっとしていた。
「ハクとリンに…弟がいたのね。可愛くて…ハクに似てない。」
「トゲあんな…」
『ふふっ、確かに似てないけどね。
テヨンは私達と同じじいやが拾って来た子なんです。じいやはみなし子放っとけないから。』
「テヨンは俺達と違って身体が弱い。だから特別皆が大事にしてるんです。」
『昨日は少しはしゃぎすぎてたかな…』
「さて、着きましたよ。」
私とヨナは衣を近くに降ろして川に向かおうとした。
「そこの川で洗濯するんです。ここの川は風の部族にとって命の水だから大事に…」
「ハク…出来ない…」
「あのな、まだ何もしとらんだろーが。」
『違うの、ハク…』
「っ!!」
そのときになって漸くハクも異変に気づきこちらに駆けて来た。
そして私の背後から目の前の信じられない光景を見つめた。
「だって水がない…」
「川が…枯れてる…!?」
『どうして…』
風牙の都の唯一の水源である川が枯れた。それを私はすぐに民に知らせ、ハクはヘンデを上流の調査へ行かせた。
民達と共に川に戻るとハクが木の枝で地面に何かを怖い形相で書いていた。
『ハ、ハク…?』
「長ーっ!若長ーっ!!」
「川の水がない~っ」
「日照りでもないのに!」
「命の水とも言える川がっ!」
「わかっとるわ、小心者共。今ヘンデを上流の調査に向かわせてる。」
「何してんの、長?」
「もしこれからずっと川が枯れてたら当分は商団から水を買わなきゃならない。
遠方へ汲みに行ったとしても人手とそれにかかる費用ときたら…
クックック…もはや笑えてくるな。」
『金の計算だったのね…』
「兄ちゃん、お姫様守ってるのも金目当てって聞いたけど本当か?」
「っ!?」
『またそんなことを…』
そのときある民の声が聞こえてきた。
「長老だ!ムンドク長老が帰ってきたーっ!!」
私、ハク、ヨナははっとしてすぐに駆け出す。
「『ジジィー!/じいや!!』」
私達の声とヨナの様子にムンドクは馬から降りると目を丸くした。そのまま彼はヨナを抱き締めた。
「よかった…ご無事だったか…よかった…
信じたくなかったが…陛下が亡くなられて貴女とハク、そしてリンが城を去ったという事は…やはりそうなのか…
その時お守り出来ず口惜しい…」
「…苦しい。」
「お…」
ムンドクはヨナの言葉にそっと身体を離した。
「少しお痩せになられましたか。」
「…ううん。温かいもの、おいしいもの…たくさんもらったの。
あんなに美味しいごはん、初めて食べた。
風の部族はムンドクみたい。あったかくてほっとする。」
「ハク…」
「よお、じじい。」
ムンドクはハクも抱き締めようとしたが、ハクは指先でムンドクの額を押して自分に近づけようとしない。
「愛の抱擁をよけるヤツがあるか。」
「受け取ってるぜ、指先でな。」
ムンドクはハクのいつも通りの様子に笑った後、私に微笑んだ。
「よく戻ったな、リン。」
『じいや!』
私はそのまま彼の胸の中に飛び込んだ。彼は強く私を抱き締めてくれた。
「つらかっただろう…」
『守れなかった…私はまだまだ弱いわね…』
「お前は別の任についていたと聞く。
遠くにいたワシが言える事ではないが、お前はよくやった…」
『じいや…』
「お前達が生きていた事だけでもワシは嬉しいよ…よく生きていた…よかった…」
私はムンドクから身体を離して微笑んだ。するとテヨンが歩み寄って来た。
「じっちゃん、俺も俺もー」
ムンドクがテヨンを抱き上げてやっていると私の耳に馬の蹄の音が聞こえてきた。
『ヘンデ…ヘンデが戻った!』
私が音を頼りに彼の所に行くとヘンデはボロボロの状態だった。
『どうしたの!!?』
私は彼に手を貸して馬から降ろし、馬には自分で馬屋に戻るよう告げ撫でてやった。
「あ、長老もいたんだ。お帰りー…」
「ヘンデ、その傷は…」
「上流で何があった!?」
「いやはやちょっと失敗しちゃった。
上流に行ったらびっくり。火の部族のヤツらが川を塞き止めてたのさ。
何それ、新たなイジメ?みたいな。思わず武装したヤツらにケンカ売っちゃったのねーそしたらボコボコでポイよ。」
『無茶しないでよ…』
「へへへっ…」
「火の部族のヤツら、何してくれちゃってんだ?」
「俺らと戦争でもやんのか!?」
「ハク様、俺に行かせて下さい。」
「…待て。」
そのときムンドクが口を開いた。
「火の部族に手を出してはならん。」
「どうして!?ヤツらは川を止めてヘンデを殺したんスよ?」
「そうですよ、長老。このままだと風牙の都が…」
『落ち着きなさい。』
私はムンドクにも何か考えがあるのだと判断して騒ぐ民を静めた。
『長老にも考えがあっての事よ。川の事ならどうにかする。今はヘンデの治療を急いで。』
「はい。」
『…じいや、どういうこと?』
「ジジイ…」
民がいなくなるとムンドクの口から私、ハク、ヨナに告げられた。
「…これは火の部族の警告じゃ。」
「警告?」
「ヤツらはスウォン様を王に即位させたがっている。」
『火の部族が…!?』
「火の部族は前々からスウォン様と癒着していたようじゃな。
ワシがスウォン様を王に承認せんから圧力をかけてきたんじゃろう。」
私達は顔を顰め、ヨナは身体を震わせた。
―父上を殺したスウォンがこの国の王になる…!?―
『姫様…』
私は彼女の肩を抱いて微笑んだ。私の身体から漂う甘い香りが彼女を包み込み安心させていく。
『大丈夫です。』
「あぁ、承認はせん。スウォン様を王に認めてしまったらハクに国王殺害の疑いがある事も認めてしまう事になる。」
「ハクが国王殺害…!?」
「…だろうな。俺に罪を着せるのが一番てっとり早い。」
『それで私はそんなハクの手助けをした共犯者ってところかしら。』
「そのように噂は広がっておった。」
私とハクは予想していたように肩を竦めた。
「心配はいらん。火の部族とてこれ以上の無茶はせんじゃろう。」
―本当にそうなんだろうか…?―
ムンドクの言葉に少しだけ不安を残して私達は一度村へ戻った。
その頃、川の上流には火の部族長の次男、カン・テジュンが来ていた。
「風の部族の様子はどうだ?」
「これはカン・テジュン様。川が塞き止められた事で相当困っているみたいですね。この分だと数日内に音をあげ…」
「ツメが甘いな。川を止めてそれで終わりか?」
「はい、将軍からはそのように仰せつかってますが…」
「風の部族には定期的に商団が来るらしいな。
商団から水を買われては意味がない。風牙の都に着く前に商団をツブせ。」
「しかし勝手な事をすれば将軍のお立場が…」
「山賊か何かの仕業に見せかければ良いだろう!」
「何をイライラしてるんですか、テジュン様。」
「くっ…ヨナ姫を手に入れていれば玉座は私のものだったのに…あの時ハクが邪魔しなければ…」
彼は昔の事を気にして風の部族を憎んでいるようだった。
ヨナは屋敷に戻ると膝を抱えてスウォンの事を考え始めた。
―何も考えたくなかった…でも生きてる限りその存在を感じずにはいられない…
スウォン…スウォンが即位する…そして風以外の部族はそれを認めた…風の部族はどうなるの…?―
そこにテヨンがやってきて笑顔を向けた。
「リナ!」
「え?」
「どーした?お腹すいた?ご飯だぞ。」
「でも水が不足してるのに私にばかり…」
「だいじょぶ!リナを太らせてこいってハク兄ちゃんが!
それにーお客様にはたんまりおもてなしして銭もらうのが風の流儀…」
そう言うとテヨンはふらっと揺れたまま倒れてしまった。
「テヨン!!」
彼らが話している頃、私は嫌な予感がして屋敷の屋根から外を見回しながら音に注意を払っていた。
「どうした。」
『嫌な予感がする…胸騒ぎがするの。』
そのとき大きな音がして何かが襲われているのを感じ取った。
私はすぐに屋根から降りてハクに頼み込んだ。
『ハク、誰かが襲われてる。すぐに行かせて。』
「お前…俺達は追われる身なんだぞ?」
『でも行かなきゃ…』
「はぁ…言い出したら聞かねェんだからな…
男装して行け。それからその剣は俺に預けて屋敷の武器を持って行け。」
『はい!』
私は髪をひとつにまとめるとテウの服を拝借して羽織り、外套で顔も隠し屋敷の武器庫にあった槍を掴むと馬屋の馬を口笛で呼んだ。
鞍もない状態で飛び乗りすぐに音を頼りに駆けて行く。すると商団が何者かに襲われていた。
見たところ商団には怪我人がいるようで、商品は奪われていた。
『やめろ!!』
私は低い声で叫びながら槍を手に商団を庇うように立った。
私の正体に気付く者は誰もおらず、私はそのまま敵を槍で蹴散らかした。
商団の怪我は最低限に抑えられたが、商品が全滅してしまった。
「助けていただいてありがとうございました。」
『いつも世話になってるからね。』
「え…?」
『ちょっとここでは私の正体が知れると困る。
風牙の都まで来てちょうだい。手当てもしよう。』
私は商団を引き連れて都へ戻った。
まさか私がいない間にテヨンが発作で倒れているなんて知らずに…
ヨナの叫び声を聞いてハクとムンドクがすぐに部屋に入って来た。
「テヨン…っ」
「どうした!?」
「テヨンが急に倒れて…」
「発作じゃ。テヨンは昔から肺が悪くて時折呼吸マヒを起こすんじゃ。なに薬を飲めばすぐ…」
「それが今日薬を届けてくれるはずの商団がまだ来ねェんだ…」
『ハク!』
「ん?」
私は外套を外しながら彼らに駆け寄った。
商団は皆別の建物に集めて手当ては村の女性達に任せてある。
『やられた…商団がここに来る途中何者かに襲われて…』
「そんな…商団の皆は!?」
『私が駆けつけた時にはもう怪我人がいた。
今手当てしてもらってるわ。大怪我をした者はいないみたい。
ただ商品は既に全滅してて…』
「では水を入手する手段は絶たれたのか!?」
「テヨンの薬は…っ」
ヨナの言葉に私達は息を呑む。私は彼女に抱かれているテヨンを見て彼が発作を起こした事を理解した。
「くそ…火の部族のヤツらだ。ナメやがって…もう許さん!
若長、何黙ってんだよ!らしくないですよ、長老っ!」
―火の部族の後ろには空…王族がいる…―
―敵にまわせば風の部族はただでは済まないわ…―
ヨナはテヨンを抱き締めた。
―もう誰かが死ぬ所を見たくない…―
すると彼女の不安を拭い去るように温かい手が彼女の頭に乗った。
それは包帯を身体中に巻いたヘンデだった。
「ヘンデ、お前…」
「血の気の多いバカ共、落ちつけ!」
「お前が一番先に特攻したんじゃねーか。」
「大事な事から考えよーとりあえず急を要するのはテヨンの薬。
俺、その薬持ってる東森の医術師のとこまで行ってくるわ。」
「あんな所までそのケガでか?」
「俺、風の部族一速く馬を駆れるもんーねっ、いいでしょ若長?」
ハクはニッと笑うとヘンデに皮肉めいて言う。
「…薬代、値切れよ。」
「ヘンデにお任せっ!でわー」
「速っ」
「無茶しやがって…」
『でも今はヘンデに頼るしかない。信じよう。』
そのときハクが私の腕を引いて自分の横へ並ばせた。彼を見上げるとその目は鋭く光っていた。
―ソン・ハク将軍…今私の隣にいるのは将軍だ…―
この目をする時は私も共に責任を追うべく彼に従う。
「…てめェら、聞け。お前らの怒りはわかるが火の部族は相当な兵力を持っている。
今戦争すんのは許さねぇ。この件は俺が必ず何とかする。
川が止められたからってすぐに干涸らびる俺らじゃなし。
俺に命預けたと思って黙って待ってろ。風の部族長ソン・ハクの命令だ。」
彼の真剣な言葉に民達は呆気にとられていたがすぐに笑った。
「…聞いた?」
「若長が“命令だ”なんて。」
「あのめんどくさがって将軍嫌がってたハク様が!」
「かっけー♡」
「マジかっけー」
「姐さんを従えてる辺りもハク様らしくて素敵ー!」
「水がなければ酒を飲めばいいじゃなーい。」
「生意気な。」
『そう言いながらもじいや、口元が笑ってるわよ。』
私とムンドクは笑みを交わした。そんな私達の笑顔を見てヨナはほっとしたようだった。
「少し持ち直したな。」
「ハク…」
「リン、テヨンを抱いてやっていてくれ。
お前の香りには癒し効果があるんだろ?」
『私自身にはわからないけど、そういうことならお安い御用よ。』
私はヨナからテヨンを受け取り胸に抱いた。
不思議な事に私の香りは身体の傷や病を癒せはしないが、精神的に安定させられるようなのだ。
「あの…私に何か出来る事…ない?」
ヨナの言葉に私とハクは驚き視線を交わした。
彼女の目には生気が戻り、自分から何かしようとするようになったのだから驚かないわけがない。
ハクは優しく微笑むとすぐに冗談を口にした。
「…そーだな、女官殿はもーちっと色気を身につけるこったな。」
「な…」
「リンを見ろ。」
ハクは私の肩を抱き寄せてニッと笑う。
「歳は近いのにあんたとあっちこっち違うだろ?」
「ハク…お前、私がマジメな話を…」
ハクは笑いながらヨナの頬を軽く引っ張った。
「いーんだよ。あんたはここの都でのんびり暮らせば。」
その夜、テヨンを寝かせ安静にさせるよう医務官に任せ、ヨナが眠ったのを確認して私は廊下で壁にもたれて座るハクの所へ行っていた。
私の腰には彼から返してもらった剣が光る。
『ハク…』
「お前はここにいてもいいんだぜ?」
私は首を横に振った。すると彼は立ち上がり笑った。
その顔はどこか嬉しそうで、少しだけ寂しそうだった。
「行くか。」
『えぇ。』
彼に肩を抱かれて私達は酒蔵から酒を持ち出すとムンドクの書斎へ向かった。
書斎の入口でハクは戸に寄りかかり片手に持った酒をムンドクに見せ、私はハクの背後から顔を覗かせた。
『失礼、長老様。』
「一杯どうですか?」
私達は書斎に入りムンドクと向かい合うように座った。
私はムンドクとハクのお猪口に酒を注ぎ、最後に自分の物にも入れた。
「珍しいな。お前らがワシにこんな良い酒を。」
「いや、これはジジイ秘蔵の酒蔵から。」
ムンドクは驚いて酒を吹き出す。私とハクは呆れたようにそれを見るだけ。
「…で、何の用じゃ。」
「…ちょっと考え事。じっちゃんがたった独りなら槍一つ掲げて城に乗り込んだんだろーなって。」
「小僧が…人の事言えるのか。」
「俺はリンを連れて行く。独りでなんか行かねェよ。
というより、リンは止めても着いて来るだろうからな。」
『ご名答。じいやは老体に色々背負い込み過ぎなのよ。』
「フン…」
ハクは酒を降ろし真っ直ぐムンドクを見た。私も彼に倣い猪口を置く。
「…頼みがある。スウォンの新王即位を承認してくれ。
俺とリンは明朝、風の部族を去る。
あんたに“ソン”の名をお返しする。あんたは風の部族を守る事だけ考えてくれ。
承認すれば火の部族も手出しはしない。」
「…賞金首にでもされるかもしれんぞ。」
「いいねぇ。高華一の悪党にでもなるか。」
『なんかかっこいいじゃない。』
「…姫様は置いてゆく気か?」
『やっと少し笑えるようになってきたの。ここに連れてきてよかったと思ってるわ。』
「頼みはもう一つ…」
私とハクは並んで頭を深々と下げた。
「ヨナ姫を城から隠し、一生この風牙の都で風の部族の人間として生かしてやってくれ。」
「嫌ぢゃ」
「ジジイ…」
「孫のお願いなんざワシは聞かん。ワシはお前らを手放したりせんぞ。
部族長の命なら従わん訳にもいかんが…」
ムンドクの言葉にハクは背筋を伸ばして告げた。
「風の部族長ソン・ハクの最後の命令だ。」
ムンドクは静かに涙を流して言った。
「御意。」
それと同時に私も涙を流しムンドクに抱き着いた。
風の部族を離れるという事は彼が2人の孫を同時に失うという事。私にとっては故郷を失うという事。
子供のように泣く私をムンドクは優しく抱き締め、ハクは何も言わずに見守っていたのだった。
ムンドクは私の髪を解きそっと片手で結い上げると羽のついた簪を挿した。
『じいや…』
「風の部族のお守りじゃ。お前らがここを去ろうとワシの孫である事に変わりはないんじゃ。」
『ありがとう…』
私とハクは書斎を出た。私は出る瞬間ムンドクを振り返って頭を下げた。
『いってきます、じいや…』
―私をここまで育ててくれて、愛してくれてありがとう…
またいつか帰って来るから…それまで待っててね、大好きなじいや…―
頭を上げた私の目はハクと共に歩むと決意した強い光だけを宿していた。
私とハクは簡単に旅支度をすると軽装から戦いに適した服に着替えた。私の髪にはムンドクから貰った簪が揺れる。
私達はそのまま通い慣れた武器屋に向かった。ハクが戸を壊し店内に入る。
「あー、もっと小振りなのがいいんだよなー」
『これは?』
「それはお前が持っとけよ。」
『そうね。』
「あっ、ちょハク様!お嬢!!何やってんの、こんな夜中にウチの商品を…」
「悪ィ、オヤジ。起こしちまった。」
「いや、そうじゃなくて…戸壊れてるし。」
『小振りの剣と弓が欲しいの。』
「狩りにでも行かれるんで?」
「…そうだな。行ってくる、長旅になるかもしれないが。」
『お邪魔しました。』
私はお金を店主の男性に渡す。
「おふたりがお代を!?」
『おじさん、お世話になりました。』
「長生きしろよ。」
私達は衣を翻しながら武器を背中に背負って店を出て歩き出した。
「…なんかしんみりしてきたぞ、バカ雷獣。お嬢も何を考えてるんだか…」
同じ頃、ヘンデが都に戻ってきた。ヨナも目を覚ましテヨンに薬を飲ます手伝いをする。
「テヨン、大丈夫?」
「神業的速さだな、ヘンデ。」
「ヘンデにおまかせー」
「苦しくない?欲しいものある?」
「ありがと、おれ元気だよ。」
ふにゃっと笑うテヨンの可愛さにヨナもヘンデもテウも射抜かれる。
「うおおお、可愛い生き物じゃー」
「すりすりさせてーっ」
「抱き抱きさせてーっ」
「ヘンデ、生きろーっ」
「よし、俺は商団の見舞いに行ってくるわ。ついでにこの屍葬ってくる。」
テウはそう言い残しヘンデを引き摺って行った。
ヨナは彼らを追うように部屋を出た。すると洗濯物を渡したあの女性とぶつかってしまった。
「はいっ、どいたどいた。」
「おば様…」
「あらやだ、おば様なんて。丁度よかった、これ運んどくれ。
まったく火の部族のヤツら、めちゃくちゃやるんだから。中は怪我人だらけだよ。
いくらリンちゃんが助けてくれたとはいえ、怪我がないわけじゃないんだからさ…」
ヨナは女性と共に建物に入り怪我人を見て哀しくなった。重傷者はいないもののどの怪我も痛々しい。
「おっと…」
そのときふらついたヘンデがヨナにぶつかった。
「ごめん、リナさん。ふらついちゃって…」
だがヨナが見ていたのは別の人達だった。
「ううう、どうしてこんな事に…
私は20年かけてこの商団を守ってきたんだよ。私らが何をしたっていうんだい。」
「生きてりゃ何とでもなるさ。いざとなったらあたしが世話してやるから泣くんじゃないよ。」
―この人達は何の関係もないのに…!
火の部族はスウォンを即位させる為にここまでするの?こんな不条理が許されるの?
あなたは…あなたは許せるの、スウォン?―
不安気に見るヨナの顔をヘンデが覗き込んだ。
「大丈夫ー若長や姐さん、長老がいる限りね。あの人達、ああ見えて家族思いだから。」
「家族…」
「そう、風の部族の皆は家族なのです。だからリナさんももう俺らの家族なのです。」
ヨナはヘンデの温かい言葉に嬉しくて涙を零した。
それを見て慌てるのはヘンデの方。近くにいたテウはヘンデが泣かせたと騒ぐし。
「リナ…さん?」
「泣かせたな、ヘンデ。」
「わーっ、ハク様に殺されるー」
ヨナは泣きながらも笑みを零した。
―ハクやリン、ムンドク…やさしい風の部族の人達…
強い痛みもあるだろう…激しい怒りもあるだろう…
胸にしまって笑う誇り高い風…
この人達を巻き込んではだめ…っ―
彼女は決意すると迷いのない目で前を見据えた。
私とハクは容態が安定したというテヨンを窓際に呼んでいた。
『テヨン!』
「リン姉ちゃん!」
「もう大丈夫か?」
「ハク兄ちゃん!!もう俺元気だよ。」
『よかった…』
「これから俺達は旅に出るんだ。暫く帰って来れないかもしれねェ。」
「え…」
『そんな不安そうな顔しないで。』
私はテヨンの頬を撫でてやる。そして彼の額に自分の額を当てて微笑んだ。
『離れてても私もハクもテヨンの事を大切に思ってるから。』
「そこでテヨン、お前に頼みがある。」
「なあに?」
「リナを守ってやってくれ。」
「リナを…俺が…?」
『えぇ。お願いね、テヨン。』
「頼んだぞ。」
「うん…」
「それじゃ行ってくる。」
『身体を大切にしてね…行って来ます。』
「兄ちゃん…姉ちゃん…」
ハクが大きな手をテヨンの頭に乗せ、私達は彼に笑いかけてから静かに背中を向けた。
その様子を私達を探していたヨナが見ていた。
テヨンは去って行く私達を見ながら一筋の涙を流す。
ヨナは廊下にいたテヨンを見つけて静かに歩み寄った。
「リナ…」
「今の…ハクとリン?」
「…うん。リナはどうしたの?」
「お礼を…言いに来たの。」
「お礼?」
ヨナは上品に床に正座すると両手をついて頭をテヨンに下げた。
「あったかいごはんをくれて、涙をぬぐってくれて、元気をくれてありがとう。お世話になりました。」
「…行くのか?リナはずっとここに居るんだと思ってた。なぁんだ…なぁんだ…っ」
テヨンは私達だけでなくやっと仲良くなれたリナまでも失う寂しさから泣き出してしまう。
帽子で必死に泣き顔を隠そうとするが零れる大粒の涙を隠す事はできそうにない。ヨナはふわっとテヨンを抱き締めた。
―死にたいと思った夜もあったけど、こんな小さな身体で苦しさなんて微塵も感じさせない笑顔と強さが私に勇気をくれたの…―
ヨナはテヨンの手を両手で包み込んだ。
「私忘れない、テヨンとここの人達を。身体を大切に…元気で。」
彼女は彼から離れ門へと向かう。
私とハクが都を出ようとしているのを先程のテヨンへの行動で感じ取ったからだ。
「…ごめんなさい、ハク兄ちゃん、リン姉ちゃん。
リナを守るって約束したばかりなのに守れそうにないや…」
テヨンは窓から外を見ながら寂しげに呟くのだった。
ちょうどその頃、私とハクは門から出ようとしていた。
「さてと行きますか。」
『あら、テウ…』
私達の前には門にもたれて立つテウがいた。
「今日はまともに門番してるみたいだな。」
「背中預けるヤツがいないと眠れねーんで。」
「ねるな。」
「ハク様と姐さんはどちらへ?」
「俺らここ出るわ。」
「へー…いってらっさい。」
私達はヘンデの前を通り過ぎて門を出る。
「…マジで?」
「つーわけで次期風の部族長はお前な。」
「やだよ、めんどくさい!」
『ハハッ、以前のハクの言葉と同じじゃないの。』
「…の前に色々あるけど、リナさん置いてくの!?」
「最後くらい顔見ようかとも思ったけどな。」
『彼女のこともまとめて頼むわ、テウ。』
「ワケありのお姫様なんて荷が重いっすよ。」
「お前気付いて…」
「Zzzz」
私とハクの言葉にテウは寝たふりをして誤魔化した。
そのときだった、私達の名が澄んだ声で呼ばれたのは。
「ハクー!リン-!!」
振り返るとヨナが風に赤い髪を靡かせながら立っていた。私達は目を丸くすることしかできない。
「私ここを出る。一緒に来なさい。」
私とハクは驚いた表情をすぐに真剣なものに変える。
ここで私達が折れてしまっては彼女を守る為都を去る意味がなくなってしまうからだ。
「…何だって?」
「ここを出るの。ここにいたら風牙の都を争いに巻き込んでしまう。」
『…帰って。長老にはその旨を伝えてある。
もうここは大丈夫なの。貴女はここで静かに暮らしてちょうだい。』
「ハクは?リンは?行くのを許した覚えはないわ。」
「許すも許さねェももう俺は将軍じゃねぇし、あんたの従者でもない。」
『私は元々ハクに付き従う身だから、将軍職を失った彼について来ると決めたのは私自身。ハクが強要したわけでもないわ。』
「これからリンと自由の旅に出ようってのにあんたの面倒まで見る義理ねェな。」
『貴女が静かにしてればスウォンも手出しはしないでしょ。』
振り返り私達が歩み去ろうとすると目の前にヨナが駆けだしてきて両手を広げ行く手を塞いだ。
「…どけ。」
「もう決めたの。」
『何を言われても私達は貴女を連れて行かない。』
「…」
「…じゃあ金は?金はあるのか?これから先一緒に行くならどうしたって俺達はあんたを守らなきゃならない。
今のあんたに俺達の働きに見合う金を払う事が出来るかって聞いてんだよ。ああ、それとも…」
ハクはヨナの手を握って顔をぐっと寄せた。
「身体で払うか?」
「…あげられるものなんて何もないわ。」
『物分りがいいわね。』
「さあ戻れ。」
ハクはヨナの手をぱっと放し私の肩を抱くと彼女の横を通り過ぎた。
「『さようなら、ヨナ姫。』」
それでも彼女は諦めなかった。彼女はハクの服を掴んで真っ直ぐ彼を見上げたのだ。
「でもお前達が欲しいもの。私にハクをちょうだい!」
ハクはその言葉に頭を抱える。続けてヨナは私の手を握って訴えてきた。
「傍にいてくれるって約束守らないなんて許さない!!
一緒にいてくれなきゃダメなの、リン!!」
『っ…』
彼女の言葉には破壊力がある。私とハクの彼女を置いて行くという決意をいとも簡単に打ち砕くのだから。
ハクは座り込んでしまい、私は彼に引き摺られるように身を屈める。彼がまだ肩を抱いたままだったからだ。
「なんだそりゃ…」
『流石姫様…ワガママですね…』
「あーあ、くそ…ムカつく…これだから…」
「『…あんた/貴女の勝ちです、姫様。』」
そのときになって漸く私とハクは背後からの殺気に気付いた。
「ハ…ク…リン…」
「げっ、じじい!」
『じいや…』
「ムンドク!」
彼は私達に向けて矢を構えていた。門の外で私達を待っていてくれたらしい。
「さっきから聞いていれば姫様に対する暴言の数々…何度射殺そうかと…」
「ムンドク、探してたのよ…私…っ」
彼は駆け寄って来たヨナの頬を撫でた。
「…孫をまた一人手放すようじゃ。」
「私…皆にも言われたの、家族だって。嬉しかった。だから出ていくの。
ムンドク、どうか風の部族を守って。」
「…忘れないで下され、姫様。
いつかあなたが再び絶望に立たされ助けを求めた時、我ら風の部族は誰を敵にまわしてもお味方いたします、どんなに遠く離れても…」
私達はムンドクからのある助言を受けて風牙の都を去って行ったのだった。
そんな私達はある者に目撃されていて、情報はカン・テジュンに伝えらえた。
「カン・テジュン様。」
「後にしろ、しょんぼり中だ。」
「はい?」
「父上に怒られたのだ、勝手に行動するなと。」
「そんなテジュン様に朗報ですよ。」
「あー?」
「風牙の都付近でヨナ姫を見たとの情報が。」
「間違いないか!?」
「はい、赤い髪の少女を兵が確認しました。
そばにはハク将軍とリン様もいて3人はその後風牙の都を去ったとか。」
「あの男も一緒か…巡ってきた!兵を集めろ、ヨナ姫を捕まえるぞ。」
こうして私達の旅は始まった…
見張りのはずなのだが互いにもたれあって呑気に寝ているからだ。ハクは彼らを蹴り飛ばした。
「なになに?」
「見張りはお昼寝の時間か、この部族は。」
「「ハク様?姐さん!!?」」
「よっ」
『久しぶり。』
「へー、久しぶりー10年ぶり?何でいんの?」
「将軍クビになったの?明日があるさ。」
『相変わらずユルいわね…』
「我らは風の部族。風の赴くまま逆らわずに生きるのであります~~~」
「誰だ、こんなヤツら見張りにしたの…」
そこに騒ぎを聞いて民が集まってきた。
「長(おさ)~っ」
「リンちゃ~ん♪」
「お嬢~!!」
「若長~」
「ハク様!」
「お久しぶりです。」
「いつ戻ったのだ。」
「やだ、ますます男前になっちゃって~」
私とハクは民に囲まれながら現状を把握していた。
騒ぐ民達に聞こえないよう互いに顔を寄せて小声で話す。
「まだ城から何も聞いてねェようだな。」
『えぇ…城の兵が来てるようにも見えないわ。』
「あら、誰この子?」
「ハク様の女?」
「えーっ」
「違う、城の見習い女官だ。」
「嘘だー」
「名前は?」
「出身は?」
質問攻めにされてヨナは今までの疲れも相まって倒れてしまった。
『あっ!』
「わっ、倒れちゃった。」
「どうしたの?」
「あれま、弱っちい娘だな。」
するとハクは私に大刀を押し付けヨナをすっと抱き上げた。
「すぐに寝床と食事の用意を。」
「はっ、はい。」
民がハクの指示でその場からいなくなると私は近くにいたヘンデに問う。
『じいや…ムンドク長老はどこ?』
「長老なら緋龍城だよ。」
「何…?」
「やっぱり知らないんだ。急に城から五部族召集令が下ったんだよ。」
『五部族召集…』
「普通なら城にいる若長が出席すれば良いでしょ?
既に将軍を退いたムンドク長老が呼ばれたから変だなと思ったんだ。
ハク様はやっぱりクビですか?」
のんびり言うヘンデの言葉を聞き流して、私とハクは互いに視線を交差させるとヨナを寝かせるべく歩き出した。
私は両手でハクの大刀を抱えて歩く。これをハクは簡単に振り回しているが、実を言うととても重たい。片手で持つことさえ私には難しいのだ。
「リン…」
『五部族召集…各部族の長が集まって協議してるってことでしょ…』
高華王国は火・水・風・地と王族“空”を加えた5つの部族を中心として政治を行う。
各部族の長は“将軍”と呼ばれ王と部族を守護する最強の戦士であった。
ハクはヨナを女性に託し新しい服を着させ、食事を与えるよう伝えた。
「それからリンの脚の手当ても頼む。なるべく早急にな。」
『それからハクの脚の傷も診てあげて。』
「おいっ…」
ハクを見上げてふっと笑うと彼は諦めたように医務室へと足を進めた。
「だがお前が先だ、リン。」
『は~い。』
それから手当てを受け私の足は腫れが治まり、毒が抜かれたお蔭で紫色だった皮膚も元の色に戻っていった。
包帯を巻かれ、私達はいつもと違う軽装に着替えると、ヨナのもとへと歩き出すのだった。
その頃、緋龍城には五部族が集まっていた。
「国王が崩御された!?一体どういう事だ。急な呼び出しがあったかと思えば国王が崩御だと?」
最初に声を上げたのは地の部族長イ・グンテ。
続いて水の部族長アン・ジュンギが口を開く。
「ヨナ姫もソン・ハク将軍も、将軍の側近であるリンまで行方不明との事。城で何があったのかな?」
「ハク将軍の行方について…ムンドク長老は何かご存知なのでは?」
ムンドクに問うたのは火の部族長カン・スジン。
「何が言いたい、火の部族の若僧よ。」
「緋龍城ではこんな噂が広まっておりますぞ。
陛下はハク将軍によって殺害され、ヨナ姫は人質に彼に連れ去られたと。
リンもハク将軍に手を貸したのだと。これは風の部族の謀叛(むほん)ではないかとな。」
「決めつけるのは良くないな。行方が分からないのだからハク将軍やリンにも何かあったのでは?」
「あの雷獣は齢十三にして我をも凌ぐ力を持っていたんだぞ。
舞姫も同様に戦う姿はまるで美しい舞いのようで、そこらの兵なんて薙ぎ払うだろう。そう簡単に死ぬものか。」
「私は城の兵が何人も彼に重傷を負わされたと聞いています。」
「お静かに。」
そこにスウォンがやってきた。
「陛下は3日前何者かに弑逆されヨナ姫もハク将軍もリンも行方知れずです。」
「スウォン様、ではやはり…」
スウォンの隣には空の部族ハン・ジュド将軍がいる。
空の部族だけは部族長が王か王の血を継ぐ者なのでハン・ジュドは部族長ではない。
「3人は現在捜索中ゆえこの件は我々に任せて頂きたい。もし彼らを見つけたら城に連絡を。
許可なく危害を加えたり外部に公表したりなさらぬよう。」
「しかし…」
「この件を公にすれば国内の混乱を招き部族同士の争いを煽るだけでしょう。
それでなくても国内は不安定でいつ北の戒帝国や南の真・斉に脅かされるとも知れません。
今は一刻も早く我々五部族が力を合わせ、高華王国を他国に侵されない強国にしなければ。」
「確かに…イル陛下は争いを避けるあまり他国に国土を譲り貢ぎ物を差し出した。」
「今や高華王国の権威は地に落ちている。国内で争っている時ではない。」
「それには…新王が必要ですな。」
カン・スジンの言葉に緊張が走る。
「恐れながら…ヨナ姫不在の今、王家の血を引いておられるのはここにいるスウォン様しかおりますまい。」
スウォンに仕えるケイシュクがそっと…それでいて強く言った。
「スウォン様はイル陛下の兄君、ユホン様のご子息。本来なら皇太子の位にある御方。
新王に即位されるのに何の問題もございません。」
「然り。スウォン様が新王となられるならば、この火の部族カン・スジン…誠心誠意お仕え申し上げます。」
「他の部族長はいかがですか?」
「ええ…スウォン様ならば。」
「異存ありません。」
最後に残ったのはスウォンが来てから一言も話していないムンドクだった。
彼は真っ直ぐスウォンを見て漸く口を開いた。
「眠い…眠い眠い。難しい話は年寄りには眠いわ。ワシは帰る。」
「ムンドク様、話はまだ…」
「私は将軍ではない。その話はハクを呼んでからするんじゃな。」
「スウォン様を王に承認なさらないのなら、風の部族はますます謀叛の疑いをかけられますぞ。」
ケイシュクの言葉にムンドクはより睨みを鋭くする。
だが、そこに似合わないほんわかした声がした。
「うーん…五部族全ての承認を得られなくては私は王になれません。
しかし王がいなければ国は立ち行きませんし…どうしたら認めて頂けるでしょうかねー」
「スウォン様がヨナ姫と婚礼をあげて正式に高華の王となられるのでしたら、ワシは大喜びで祝いの品を献上したじゃろう。」
ムンドクの言葉にスウォンは一瞬だけ寂しそうな顔をした。
「それにハクとリンは理由もなしに城を去ったりはせん。ワシはスウォン様の即位を承認出来ない。」
「3日後…新王即位式を執り行います。風の部族の承認がなければ即位式は行えません。
しかし3日後、ムンドク長老は必ず来て下さると信じています。風牙の都の民の為にも。」
ムンドクはスウォンの棘のある言葉を耳にしながらも振り返らず長老としてではなく彼自身として寂しそうに言った。
「…悲しい事です。スウォン様、あなたの事はハクやリン同様孫のように思っておった。」
それだけ言い残しムンドクは部屋を出た。
スウォンは城の屋上でカン・スジンと会っていた。
「ご苦労様でした、カン・スジン将軍。
あなたが協力してくれたので会議が思うようにいきました。風の部族の反発は想定内でしたし。」
「少し…お甘いのではないですか?」
「ヨナ姫やハク将軍、リンを追わず殺さずとは、もし3人の口から真実が広まれば…」
「ハクとリンはバカじゃないです。
真実を広め騒ぎを起こせば逆にヨナ姫の命が危ない。
姫を守る為今はじっと身を潜めている事でしょう。
風の部族の反発に備えてカン将軍は次の計画に移って下さい。」
「御意。」
カン・スジンが去るとスウォンは独り外を見た。
馬の蹄の音がしてはっとするとムンドクが風牙の都へ帰ろうと馬を走らせていた。
「…ありがとう、孫のようにって言ってくれて。嬉しかったです、ムンドク将軍。」
そう呟いたスウォンは年相応より幼く、私達の知っている彼のように思えた。
暫くしてヨナはゆっくり目を開いた。そして自分が新しい服を着て、近くには食事が用意されているのを見つけた。
彼女はそっと料理に口を付け、あまりに温かく優しい味に涙を零した。
「…なんで泣くんだ?」
そこにやってきたのはほんわかした少年。
「ま…不味かった…?」
ヨナは少年を見ながら首を横に振った。
「あ…温かくて…」
「温かくて泣くのか。変なヤツだな。」
「ち…父上を思い出して…」
少年はそっとヨナの涙を拭った。その手はどこかハクと似ている気がしてヨナは目を丸くした。
「俺はテヨン。ハク兄ちゃんとリン姉ちゃんの弟だ。」
「ハクとリンの…弟…」
「お前はハク兄ちゃんの友達か?」
「……たぶん。」
「「たぶん友達――――ッ!!?」」
会話を盗み聞いていたヘンデとテウが扉を開けた。
2人は涙を流しながらハクを不憫に思う。
「そんな…愛人とか恋人とかは無理にしても…」
「たぶん友達って視界にも入ってねーっス。あわれハク様…超片思…い…」
ヘンデが言い終わる前にハクの大刀の柄がヘンデの頭を押し潰した。
「目ん玉ほじくったろか。」
『まぁまぁ、そのくらいにしてあげて…』
「…誰が友達だ。」
「え…じゃあ従者…」
その瞬間、ハクは大刀をまた私に向けて放り投げ一瞬でヨナに近付くと口を手で塞いだ。そして誰にも聞こえないよう小声で言った。
「あんたの名は“リナ”、城の見習い女官という事になっている。
俺もここでは女官として扱う。いいな?」
ヨナは目を丸くしながらコクッと頷いた。
「よし、いい子だ…」
そんな彼らの様子をヘンデとテウは顔を真っ赤にしながら見ているし、テヨンはテウの手で目を塞がれている。
私は彼らの後ろでクスクス笑いながらどうにか大刀を支えていた。
「テヨンが見てマズイ事はなんもしてねーだろーがっ」
「だってやらしいよ、ハク様~」
私は大刀を置いてテヨンと共にヨナに歩み寄った。
『もう大丈夫ですか、女官殿。』
「う、うん…」
『それはよかった。』
「リナさん、姐さんとはどういう関係なんすか?」
「姐さん…?」
『私の事です。』
「リンは優しくていつも相談にのってもらってるの。」
「ハク様との認識の差…」
『それ以上言わないの、ヘンデ。』
「リナ、兄ちゃんは城ではどんな人なの?姉ちゃんは優しいんだろう?」
「えぇ。」
「俺が3歳の時に兄ちゃんは将軍になって、姉ちゃんと一緒に城に行っちゃってお姫様を守ってたから俺兄ちゃん達の事あんまり知らねんだ。」
「城でのハク…は…無礼者…あ、イヤ…無神経…あ、えと…態度でかい…あ、ううん…可愛くない…あ…」
「よーし、わかった。もういい。」
「「『ハハハハハハッ』」」
「リナさん、最高~っ」
「かっかっかっ可愛くないときた!」
『事実だけどね。』
「楽しそうだな、ヘンデ。こっち来いや。」
「キャー」
「お前もだ、リン!」
『えー!!?』
ヨナは私達の様子をただ見つめていた。
―皆笑顔で賑やか…これがハクとリンの育った場所…―
ヨナは城を出て初めて笑顔を見せた。私とハクはその表情にはっとする。
そして互いを見ると頷きながら笑みを零した。
翌朝、外を歩いているとヨナはある女性に声を掛けられた。
「リナちゃん。ちょっとリナちゃん!」
「あっ…はい。」
ヨナは自分が呼ばれていることに気付かなかったらしい。
「ぼーっとした子だね。昨日はよく眠れた?
あんた城の女官なんだってね。
城で料理も裁縫も掃除も洗濯も琴も舞も出来なかったから追い出されてここで修業するって?そりゃアンタもう女やめな~」
女性は盛大に笑いながら言う。
そこに嫌味はまったくなくただ純粋に面白がっているようだった。
「とりあえずイチから教えるから、まずコレ洗っといで。」
彼女に渡されたのは大量の汚れた衣だった。
「あっ、洗うって…?」
「川で洗うに決まってるだろ。」
「川って…」
私は困り果てているヨナを見つけて歩み寄るとひょいっとたくさんの衣の一部を持った。
『こっちよ、女官殿。』
「おっ、洗濯か?」
『ハクも手伝って。思った以上にたくさん渡すんだもの。』
「ハハッ」
並んで歩きながらヨナは少し気に喰わない事があったらしい。
「何ですか?」
「…琴と舞は…ちょっとなら出来るわ。」
「あー、あの不協和音な琴ね~」
「もう…」
『少し戻ってきたわね。』
「え?」
『何でもありません。』
いつものヨナらしさが戻ってきている気がして私とハクはほっとしていた。
「ハクとリンに…弟がいたのね。可愛くて…ハクに似てない。」
「トゲあんな…」
『ふふっ、確かに似てないけどね。
テヨンは私達と同じじいやが拾って来た子なんです。じいやはみなし子放っとけないから。』
「テヨンは俺達と違って身体が弱い。だから特別皆が大事にしてるんです。」
『昨日は少しはしゃぎすぎてたかな…』
「さて、着きましたよ。」
私とヨナは衣を近くに降ろして川に向かおうとした。
「そこの川で洗濯するんです。ここの川は風の部族にとって命の水だから大事に…」
「ハク…出来ない…」
「あのな、まだ何もしとらんだろーが。」
『違うの、ハク…』
「っ!!」
そのときになって漸くハクも異変に気づきこちらに駆けて来た。
そして私の背後から目の前の信じられない光景を見つめた。
「だって水がない…」
「川が…枯れてる…!?」
『どうして…』
風牙の都の唯一の水源である川が枯れた。それを私はすぐに民に知らせ、ハクはヘンデを上流の調査へ行かせた。
民達と共に川に戻るとハクが木の枝で地面に何かを怖い形相で書いていた。
『ハ、ハク…?』
「長ーっ!若長ーっ!!」
「川の水がない~っ」
「日照りでもないのに!」
「命の水とも言える川がっ!」
「わかっとるわ、小心者共。今ヘンデを上流の調査に向かわせてる。」
「何してんの、長?」
「もしこれからずっと川が枯れてたら当分は商団から水を買わなきゃならない。
遠方へ汲みに行ったとしても人手とそれにかかる費用ときたら…
クックック…もはや笑えてくるな。」
『金の計算だったのね…』
「兄ちゃん、お姫様守ってるのも金目当てって聞いたけど本当か?」
「っ!?」
『またそんなことを…』
そのときある民の声が聞こえてきた。
「長老だ!ムンドク長老が帰ってきたーっ!!」
私、ハク、ヨナははっとしてすぐに駆け出す。
「『ジジィー!/じいや!!』」
私達の声とヨナの様子にムンドクは馬から降りると目を丸くした。そのまま彼はヨナを抱き締めた。
「よかった…ご無事だったか…よかった…
信じたくなかったが…陛下が亡くなられて貴女とハク、そしてリンが城を去ったという事は…やはりそうなのか…
その時お守り出来ず口惜しい…」
「…苦しい。」
「お…」
ムンドクはヨナの言葉にそっと身体を離した。
「少しお痩せになられましたか。」
「…ううん。温かいもの、おいしいもの…たくさんもらったの。
あんなに美味しいごはん、初めて食べた。
風の部族はムンドクみたい。あったかくてほっとする。」
「ハク…」
「よお、じじい。」
ムンドクはハクも抱き締めようとしたが、ハクは指先でムンドクの額を押して自分に近づけようとしない。
「愛の抱擁をよけるヤツがあるか。」
「受け取ってるぜ、指先でな。」
ムンドクはハクのいつも通りの様子に笑った後、私に微笑んだ。
「よく戻ったな、リン。」
『じいや!』
私はそのまま彼の胸の中に飛び込んだ。彼は強く私を抱き締めてくれた。
「つらかっただろう…」
『守れなかった…私はまだまだ弱いわね…』
「お前は別の任についていたと聞く。
遠くにいたワシが言える事ではないが、お前はよくやった…」
『じいや…』
「お前達が生きていた事だけでもワシは嬉しいよ…よく生きていた…よかった…」
私はムンドクから身体を離して微笑んだ。するとテヨンが歩み寄って来た。
「じっちゃん、俺も俺もー」
ムンドクがテヨンを抱き上げてやっていると私の耳に馬の蹄の音が聞こえてきた。
『ヘンデ…ヘンデが戻った!』
私が音を頼りに彼の所に行くとヘンデはボロボロの状態だった。
『どうしたの!!?』
私は彼に手を貸して馬から降ろし、馬には自分で馬屋に戻るよう告げ撫でてやった。
「あ、長老もいたんだ。お帰りー…」
「ヘンデ、その傷は…」
「上流で何があった!?」
「いやはやちょっと失敗しちゃった。
上流に行ったらびっくり。火の部族のヤツらが川を塞き止めてたのさ。
何それ、新たなイジメ?みたいな。思わず武装したヤツらにケンカ売っちゃったのねーそしたらボコボコでポイよ。」
『無茶しないでよ…』
「へへへっ…」
「火の部族のヤツら、何してくれちゃってんだ?」
「俺らと戦争でもやんのか!?」
「ハク様、俺に行かせて下さい。」
「…待て。」
そのときムンドクが口を開いた。
「火の部族に手を出してはならん。」
「どうして!?ヤツらは川を止めてヘンデを殺したんスよ?」
「そうですよ、長老。このままだと風牙の都が…」
『落ち着きなさい。』
私はムンドクにも何か考えがあるのだと判断して騒ぐ民を静めた。
『長老にも考えがあっての事よ。川の事ならどうにかする。今はヘンデの治療を急いで。』
「はい。」
『…じいや、どういうこと?』
「ジジイ…」
民がいなくなるとムンドクの口から私、ハク、ヨナに告げられた。
「…これは火の部族の警告じゃ。」
「警告?」
「ヤツらはスウォン様を王に即位させたがっている。」
『火の部族が…!?』
「火の部族は前々からスウォン様と癒着していたようじゃな。
ワシがスウォン様を王に承認せんから圧力をかけてきたんじゃろう。」
私達は顔を顰め、ヨナは身体を震わせた。
―父上を殺したスウォンがこの国の王になる…!?―
『姫様…』
私は彼女の肩を抱いて微笑んだ。私の身体から漂う甘い香りが彼女を包み込み安心させていく。
『大丈夫です。』
「あぁ、承認はせん。スウォン様を王に認めてしまったらハクに国王殺害の疑いがある事も認めてしまう事になる。」
「ハクが国王殺害…!?」
「…だろうな。俺に罪を着せるのが一番てっとり早い。」
『それで私はそんなハクの手助けをした共犯者ってところかしら。』
「そのように噂は広がっておった。」
私とハクは予想していたように肩を竦めた。
「心配はいらん。火の部族とてこれ以上の無茶はせんじゃろう。」
―本当にそうなんだろうか…?―
ムンドクの言葉に少しだけ不安を残して私達は一度村へ戻った。
その頃、川の上流には火の部族長の次男、カン・テジュンが来ていた。
「風の部族の様子はどうだ?」
「これはカン・テジュン様。川が塞き止められた事で相当困っているみたいですね。この分だと数日内に音をあげ…」
「ツメが甘いな。川を止めてそれで終わりか?」
「はい、将軍からはそのように仰せつかってますが…」
「風の部族には定期的に商団が来るらしいな。
商団から水を買われては意味がない。風牙の都に着く前に商団をツブせ。」
「しかし勝手な事をすれば将軍のお立場が…」
「山賊か何かの仕業に見せかければ良いだろう!」
「何をイライラしてるんですか、テジュン様。」
「くっ…ヨナ姫を手に入れていれば玉座は私のものだったのに…あの時ハクが邪魔しなければ…」
彼は昔の事を気にして風の部族を憎んでいるようだった。
ヨナは屋敷に戻ると膝を抱えてスウォンの事を考え始めた。
―何も考えたくなかった…でも生きてる限りその存在を感じずにはいられない…
スウォン…スウォンが即位する…そして風以外の部族はそれを認めた…風の部族はどうなるの…?―
そこにテヨンがやってきて笑顔を向けた。
「リナ!」
「え?」
「どーした?お腹すいた?ご飯だぞ。」
「でも水が不足してるのに私にばかり…」
「だいじょぶ!リナを太らせてこいってハク兄ちゃんが!
それにーお客様にはたんまりおもてなしして銭もらうのが風の流儀…」
そう言うとテヨンはふらっと揺れたまま倒れてしまった。
「テヨン!!」
彼らが話している頃、私は嫌な予感がして屋敷の屋根から外を見回しながら音に注意を払っていた。
「どうした。」
『嫌な予感がする…胸騒ぎがするの。』
そのとき大きな音がして何かが襲われているのを感じ取った。
私はすぐに屋根から降りてハクに頼み込んだ。
『ハク、誰かが襲われてる。すぐに行かせて。』
「お前…俺達は追われる身なんだぞ?」
『でも行かなきゃ…』
「はぁ…言い出したら聞かねェんだからな…
男装して行け。それからその剣は俺に預けて屋敷の武器を持って行け。」
『はい!』
私は髪をひとつにまとめるとテウの服を拝借して羽織り、外套で顔も隠し屋敷の武器庫にあった槍を掴むと馬屋の馬を口笛で呼んだ。
鞍もない状態で飛び乗りすぐに音を頼りに駆けて行く。すると商団が何者かに襲われていた。
見たところ商団には怪我人がいるようで、商品は奪われていた。
『やめろ!!』
私は低い声で叫びながら槍を手に商団を庇うように立った。
私の正体に気付く者は誰もおらず、私はそのまま敵を槍で蹴散らかした。
商団の怪我は最低限に抑えられたが、商品が全滅してしまった。
「助けていただいてありがとうございました。」
『いつも世話になってるからね。』
「え…?」
『ちょっとここでは私の正体が知れると困る。
風牙の都まで来てちょうだい。手当てもしよう。』
私は商団を引き連れて都へ戻った。
まさか私がいない間にテヨンが発作で倒れているなんて知らずに…
ヨナの叫び声を聞いてハクとムンドクがすぐに部屋に入って来た。
「テヨン…っ」
「どうした!?」
「テヨンが急に倒れて…」
「発作じゃ。テヨンは昔から肺が悪くて時折呼吸マヒを起こすんじゃ。なに薬を飲めばすぐ…」
「それが今日薬を届けてくれるはずの商団がまだ来ねェんだ…」
『ハク!』
「ん?」
私は外套を外しながら彼らに駆け寄った。
商団は皆別の建物に集めて手当ては村の女性達に任せてある。
『やられた…商団がここに来る途中何者かに襲われて…』
「そんな…商団の皆は!?」
『私が駆けつけた時にはもう怪我人がいた。
今手当てしてもらってるわ。大怪我をした者はいないみたい。
ただ商品は既に全滅してて…』
「では水を入手する手段は絶たれたのか!?」
「テヨンの薬は…っ」
ヨナの言葉に私達は息を呑む。私は彼女に抱かれているテヨンを見て彼が発作を起こした事を理解した。
「くそ…火の部族のヤツらだ。ナメやがって…もう許さん!
若長、何黙ってんだよ!らしくないですよ、長老っ!」
―火の部族の後ろには空…王族がいる…―
―敵にまわせば風の部族はただでは済まないわ…―
ヨナはテヨンを抱き締めた。
―もう誰かが死ぬ所を見たくない…―
すると彼女の不安を拭い去るように温かい手が彼女の頭に乗った。
それは包帯を身体中に巻いたヘンデだった。
「ヘンデ、お前…」
「血の気の多いバカ共、落ちつけ!」
「お前が一番先に特攻したんじゃねーか。」
「大事な事から考えよーとりあえず急を要するのはテヨンの薬。
俺、その薬持ってる東森の医術師のとこまで行ってくるわ。」
「あんな所までそのケガでか?」
「俺、風の部族一速く馬を駆れるもんーねっ、いいでしょ若長?」
ハクはニッと笑うとヘンデに皮肉めいて言う。
「…薬代、値切れよ。」
「ヘンデにお任せっ!でわー」
「速っ」
「無茶しやがって…」
『でも今はヘンデに頼るしかない。信じよう。』
そのときハクが私の腕を引いて自分の横へ並ばせた。彼を見上げるとその目は鋭く光っていた。
―ソン・ハク将軍…今私の隣にいるのは将軍だ…―
この目をする時は私も共に責任を追うべく彼に従う。
「…てめェら、聞け。お前らの怒りはわかるが火の部族は相当な兵力を持っている。
今戦争すんのは許さねぇ。この件は俺が必ず何とかする。
川が止められたからってすぐに干涸らびる俺らじゃなし。
俺に命預けたと思って黙って待ってろ。風の部族長ソン・ハクの命令だ。」
彼の真剣な言葉に民達は呆気にとられていたがすぐに笑った。
「…聞いた?」
「若長が“命令だ”なんて。」
「あのめんどくさがって将軍嫌がってたハク様が!」
「かっけー♡」
「マジかっけー」
「姐さんを従えてる辺りもハク様らしくて素敵ー!」
「水がなければ酒を飲めばいいじゃなーい。」
「生意気な。」
『そう言いながらもじいや、口元が笑ってるわよ。』
私とムンドクは笑みを交わした。そんな私達の笑顔を見てヨナはほっとしたようだった。
「少し持ち直したな。」
「ハク…」
「リン、テヨンを抱いてやっていてくれ。
お前の香りには癒し効果があるんだろ?」
『私自身にはわからないけど、そういうことならお安い御用よ。』
私はヨナからテヨンを受け取り胸に抱いた。
不思議な事に私の香りは身体の傷や病を癒せはしないが、精神的に安定させられるようなのだ。
「あの…私に何か出来る事…ない?」
ヨナの言葉に私とハクは驚き視線を交わした。
彼女の目には生気が戻り、自分から何かしようとするようになったのだから驚かないわけがない。
ハクは優しく微笑むとすぐに冗談を口にした。
「…そーだな、女官殿はもーちっと色気を身につけるこったな。」
「な…」
「リンを見ろ。」
ハクは私の肩を抱き寄せてニッと笑う。
「歳は近いのにあんたとあっちこっち違うだろ?」
「ハク…お前、私がマジメな話を…」
ハクは笑いながらヨナの頬を軽く引っ張った。
「いーんだよ。あんたはここの都でのんびり暮らせば。」
その夜、テヨンを寝かせ安静にさせるよう医務官に任せ、ヨナが眠ったのを確認して私は廊下で壁にもたれて座るハクの所へ行っていた。
私の腰には彼から返してもらった剣が光る。
『ハク…』
「お前はここにいてもいいんだぜ?」
私は首を横に振った。すると彼は立ち上がり笑った。
その顔はどこか嬉しそうで、少しだけ寂しそうだった。
「行くか。」
『えぇ。』
彼に肩を抱かれて私達は酒蔵から酒を持ち出すとムンドクの書斎へ向かった。
書斎の入口でハクは戸に寄りかかり片手に持った酒をムンドクに見せ、私はハクの背後から顔を覗かせた。
『失礼、長老様。』
「一杯どうですか?」
私達は書斎に入りムンドクと向かい合うように座った。
私はムンドクとハクのお猪口に酒を注ぎ、最後に自分の物にも入れた。
「珍しいな。お前らがワシにこんな良い酒を。」
「いや、これはジジイ秘蔵の酒蔵から。」
ムンドクは驚いて酒を吹き出す。私とハクは呆れたようにそれを見るだけ。
「…で、何の用じゃ。」
「…ちょっと考え事。じっちゃんがたった独りなら槍一つ掲げて城に乗り込んだんだろーなって。」
「小僧が…人の事言えるのか。」
「俺はリンを連れて行く。独りでなんか行かねェよ。
というより、リンは止めても着いて来るだろうからな。」
『ご名答。じいやは老体に色々背負い込み過ぎなのよ。』
「フン…」
ハクは酒を降ろし真っ直ぐムンドクを見た。私も彼に倣い猪口を置く。
「…頼みがある。スウォンの新王即位を承認してくれ。
俺とリンは明朝、風の部族を去る。
あんたに“ソン”の名をお返しする。あんたは風の部族を守る事だけ考えてくれ。
承認すれば火の部族も手出しはしない。」
「…賞金首にでもされるかもしれんぞ。」
「いいねぇ。高華一の悪党にでもなるか。」
『なんかかっこいいじゃない。』
「…姫様は置いてゆく気か?」
『やっと少し笑えるようになってきたの。ここに連れてきてよかったと思ってるわ。』
「頼みはもう一つ…」
私とハクは並んで頭を深々と下げた。
「ヨナ姫を城から隠し、一生この風牙の都で風の部族の人間として生かしてやってくれ。」
「嫌ぢゃ」
「ジジイ…」
「孫のお願いなんざワシは聞かん。ワシはお前らを手放したりせんぞ。
部族長の命なら従わん訳にもいかんが…」
ムンドクの言葉にハクは背筋を伸ばして告げた。
「風の部族長ソン・ハクの最後の命令だ。」
ムンドクは静かに涙を流して言った。
「御意。」
それと同時に私も涙を流しムンドクに抱き着いた。
風の部族を離れるという事は彼が2人の孫を同時に失うという事。私にとっては故郷を失うという事。
子供のように泣く私をムンドクは優しく抱き締め、ハクは何も言わずに見守っていたのだった。
ムンドクは私の髪を解きそっと片手で結い上げると羽のついた簪を挿した。
『じいや…』
「風の部族のお守りじゃ。お前らがここを去ろうとワシの孫である事に変わりはないんじゃ。」
『ありがとう…』
私とハクは書斎を出た。私は出る瞬間ムンドクを振り返って頭を下げた。
『いってきます、じいや…』
―私をここまで育ててくれて、愛してくれてありがとう…
またいつか帰って来るから…それまで待っててね、大好きなじいや…―
頭を上げた私の目はハクと共に歩むと決意した強い光だけを宿していた。
私とハクは簡単に旅支度をすると軽装から戦いに適した服に着替えた。私の髪にはムンドクから貰った簪が揺れる。
私達はそのまま通い慣れた武器屋に向かった。ハクが戸を壊し店内に入る。
「あー、もっと小振りなのがいいんだよなー」
『これは?』
「それはお前が持っとけよ。」
『そうね。』
「あっ、ちょハク様!お嬢!!何やってんの、こんな夜中にウチの商品を…」
「悪ィ、オヤジ。起こしちまった。」
「いや、そうじゃなくて…戸壊れてるし。」
『小振りの剣と弓が欲しいの。』
「狩りにでも行かれるんで?」
「…そうだな。行ってくる、長旅になるかもしれないが。」
『お邪魔しました。』
私はお金を店主の男性に渡す。
「おふたりがお代を!?」
『おじさん、お世話になりました。』
「長生きしろよ。」
私達は衣を翻しながら武器を背中に背負って店を出て歩き出した。
「…なんかしんみりしてきたぞ、バカ雷獣。お嬢も何を考えてるんだか…」
同じ頃、ヘンデが都に戻ってきた。ヨナも目を覚ましテヨンに薬を飲ます手伝いをする。
「テヨン、大丈夫?」
「神業的速さだな、ヘンデ。」
「ヘンデにおまかせー」
「苦しくない?欲しいものある?」
「ありがと、おれ元気だよ。」
ふにゃっと笑うテヨンの可愛さにヨナもヘンデもテウも射抜かれる。
「うおおお、可愛い生き物じゃー」
「すりすりさせてーっ」
「抱き抱きさせてーっ」
「ヘンデ、生きろーっ」
「よし、俺は商団の見舞いに行ってくるわ。ついでにこの屍葬ってくる。」
テウはそう言い残しヘンデを引き摺って行った。
ヨナは彼らを追うように部屋を出た。すると洗濯物を渡したあの女性とぶつかってしまった。
「はいっ、どいたどいた。」
「おば様…」
「あらやだ、おば様なんて。丁度よかった、これ運んどくれ。
まったく火の部族のヤツら、めちゃくちゃやるんだから。中は怪我人だらけだよ。
いくらリンちゃんが助けてくれたとはいえ、怪我がないわけじゃないんだからさ…」
ヨナは女性と共に建物に入り怪我人を見て哀しくなった。重傷者はいないもののどの怪我も痛々しい。
「おっと…」
そのときふらついたヘンデがヨナにぶつかった。
「ごめん、リナさん。ふらついちゃって…」
だがヨナが見ていたのは別の人達だった。
「ううう、どうしてこんな事に…
私は20年かけてこの商団を守ってきたんだよ。私らが何をしたっていうんだい。」
「生きてりゃ何とでもなるさ。いざとなったらあたしが世話してやるから泣くんじゃないよ。」
―この人達は何の関係もないのに…!
火の部族はスウォンを即位させる為にここまでするの?こんな不条理が許されるの?
あなたは…あなたは許せるの、スウォン?―
不安気に見るヨナの顔をヘンデが覗き込んだ。
「大丈夫ー若長や姐さん、長老がいる限りね。あの人達、ああ見えて家族思いだから。」
「家族…」
「そう、風の部族の皆は家族なのです。だからリナさんももう俺らの家族なのです。」
ヨナはヘンデの温かい言葉に嬉しくて涙を零した。
それを見て慌てるのはヘンデの方。近くにいたテウはヘンデが泣かせたと騒ぐし。
「リナ…さん?」
「泣かせたな、ヘンデ。」
「わーっ、ハク様に殺されるー」
ヨナは泣きながらも笑みを零した。
―ハクやリン、ムンドク…やさしい風の部族の人達…
強い痛みもあるだろう…激しい怒りもあるだろう…
胸にしまって笑う誇り高い風…
この人達を巻き込んではだめ…っ―
彼女は決意すると迷いのない目で前を見据えた。
私とハクは容態が安定したというテヨンを窓際に呼んでいた。
『テヨン!』
「リン姉ちゃん!」
「もう大丈夫か?」
「ハク兄ちゃん!!もう俺元気だよ。」
『よかった…』
「これから俺達は旅に出るんだ。暫く帰って来れないかもしれねェ。」
「え…」
『そんな不安そうな顔しないで。』
私はテヨンの頬を撫でてやる。そして彼の額に自分の額を当てて微笑んだ。
『離れてても私もハクもテヨンの事を大切に思ってるから。』
「そこでテヨン、お前に頼みがある。」
「なあに?」
「リナを守ってやってくれ。」
「リナを…俺が…?」
『えぇ。お願いね、テヨン。』
「頼んだぞ。」
「うん…」
「それじゃ行ってくる。」
『身体を大切にしてね…行って来ます。』
「兄ちゃん…姉ちゃん…」
ハクが大きな手をテヨンの頭に乗せ、私達は彼に笑いかけてから静かに背中を向けた。
その様子を私達を探していたヨナが見ていた。
テヨンは去って行く私達を見ながら一筋の涙を流す。
ヨナは廊下にいたテヨンを見つけて静かに歩み寄った。
「リナ…」
「今の…ハクとリン?」
「…うん。リナはどうしたの?」
「お礼を…言いに来たの。」
「お礼?」
ヨナは上品に床に正座すると両手をついて頭をテヨンに下げた。
「あったかいごはんをくれて、涙をぬぐってくれて、元気をくれてありがとう。お世話になりました。」
「…行くのか?リナはずっとここに居るんだと思ってた。なぁんだ…なぁんだ…っ」
テヨンは私達だけでなくやっと仲良くなれたリナまでも失う寂しさから泣き出してしまう。
帽子で必死に泣き顔を隠そうとするが零れる大粒の涙を隠す事はできそうにない。ヨナはふわっとテヨンを抱き締めた。
―死にたいと思った夜もあったけど、こんな小さな身体で苦しさなんて微塵も感じさせない笑顔と強さが私に勇気をくれたの…―
ヨナはテヨンの手を両手で包み込んだ。
「私忘れない、テヨンとここの人達を。身体を大切に…元気で。」
彼女は彼から離れ門へと向かう。
私とハクが都を出ようとしているのを先程のテヨンへの行動で感じ取ったからだ。
「…ごめんなさい、ハク兄ちゃん、リン姉ちゃん。
リナを守るって約束したばかりなのに守れそうにないや…」
テヨンは窓から外を見ながら寂しげに呟くのだった。
ちょうどその頃、私とハクは門から出ようとしていた。
「さてと行きますか。」
『あら、テウ…』
私達の前には門にもたれて立つテウがいた。
「今日はまともに門番してるみたいだな。」
「背中預けるヤツがいないと眠れねーんで。」
「ねるな。」
「ハク様と姐さんはどちらへ?」
「俺らここ出るわ。」
「へー…いってらっさい。」
私達はヘンデの前を通り過ぎて門を出る。
「…マジで?」
「つーわけで次期風の部族長はお前な。」
「やだよ、めんどくさい!」
『ハハッ、以前のハクの言葉と同じじゃないの。』
「…の前に色々あるけど、リナさん置いてくの!?」
「最後くらい顔見ようかとも思ったけどな。」
『彼女のこともまとめて頼むわ、テウ。』
「ワケありのお姫様なんて荷が重いっすよ。」
「お前気付いて…」
「Zzzz」
私とハクの言葉にテウは寝たふりをして誤魔化した。
そのときだった、私達の名が澄んだ声で呼ばれたのは。
「ハクー!リン-!!」
振り返るとヨナが風に赤い髪を靡かせながら立っていた。私達は目を丸くすることしかできない。
「私ここを出る。一緒に来なさい。」
私とハクは驚いた表情をすぐに真剣なものに変える。
ここで私達が折れてしまっては彼女を守る為都を去る意味がなくなってしまうからだ。
「…何だって?」
「ここを出るの。ここにいたら風牙の都を争いに巻き込んでしまう。」
『…帰って。長老にはその旨を伝えてある。
もうここは大丈夫なの。貴女はここで静かに暮らしてちょうだい。』
「ハクは?リンは?行くのを許した覚えはないわ。」
「許すも許さねェももう俺は将軍じゃねぇし、あんたの従者でもない。」
『私は元々ハクに付き従う身だから、将軍職を失った彼について来ると決めたのは私自身。ハクが強要したわけでもないわ。』
「これからリンと自由の旅に出ようってのにあんたの面倒まで見る義理ねェな。」
『貴女が静かにしてればスウォンも手出しはしないでしょ。』
振り返り私達が歩み去ろうとすると目の前にヨナが駆けだしてきて両手を広げ行く手を塞いだ。
「…どけ。」
「もう決めたの。」
『何を言われても私達は貴女を連れて行かない。』
「…」
「…じゃあ金は?金はあるのか?これから先一緒に行くならどうしたって俺達はあんたを守らなきゃならない。
今のあんたに俺達の働きに見合う金を払う事が出来るかって聞いてんだよ。ああ、それとも…」
ハクはヨナの手を握って顔をぐっと寄せた。
「身体で払うか?」
「…あげられるものなんて何もないわ。」
『物分りがいいわね。』
「さあ戻れ。」
ハクはヨナの手をぱっと放し私の肩を抱くと彼女の横を通り過ぎた。
「『さようなら、ヨナ姫。』」
それでも彼女は諦めなかった。彼女はハクの服を掴んで真っ直ぐ彼を見上げたのだ。
「でもお前達が欲しいもの。私にハクをちょうだい!」
ハクはその言葉に頭を抱える。続けてヨナは私の手を握って訴えてきた。
「傍にいてくれるって約束守らないなんて許さない!!
一緒にいてくれなきゃダメなの、リン!!」
『っ…』
彼女の言葉には破壊力がある。私とハクの彼女を置いて行くという決意をいとも簡単に打ち砕くのだから。
ハクは座り込んでしまい、私は彼に引き摺られるように身を屈める。彼がまだ肩を抱いたままだったからだ。
「なんだそりゃ…」
『流石姫様…ワガママですね…』
「あーあ、くそ…ムカつく…これだから…」
「『…あんた/貴女の勝ちです、姫様。』」
そのときになって漸く私とハクは背後からの殺気に気付いた。
「ハ…ク…リン…」
「げっ、じじい!」
『じいや…』
「ムンドク!」
彼は私達に向けて矢を構えていた。門の外で私達を待っていてくれたらしい。
「さっきから聞いていれば姫様に対する暴言の数々…何度射殺そうかと…」
「ムンドク、探してたのよ…私…っ」
彼は駆け寄って来たヨナの頬を撫でた。
「…孫をまた一人手放すようじゃ。」
「私…皆にも言われたの、家族だって。嬉しかった。だから出ていくの。
ムンドク、どうか風の部族を守って。」
「…忘れないで下され、姫様。
いつかあなたが再び絶望に立たされ助けを求めた時、我ら風の部族は誰を敵にまわしてもお味方いたします、どんなに遠く離れても…」
私達はムンドクからのある助言を受けて風牙の都を去って行ったのだった。
そんな私達はある者に目撃されていて、情報はカン・テジュンに伝えらえた。
「カン・テジュン様。」
「後にしろ、しょんぼり中だ。」
「はい?」
「父上に怒られたのだ、勝手に行動するなと。」
「そんなテジュン様に朗報ですよ。」
「あー?」
「風牙の都付近でヨナ姫を見たとの情報が。」
「間違いないか!?」
「はい、赤い髪の少女を兵が確認しました。
そばにはハク将軍とリン様もいて3人はその後風牙の都を去ったとか。」
「あの男も一緒か…巡ってきた!兵を集めろ、ヨナ姫を捕まえるぞ。」
こうして私達の旅は始まった…