主人公はハクの相棒でヨナの護衛。国内でも有名な美人剣士。
四龍探しの旅
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リスの声に誘われて通路に足を踏み入れたヨナを追って、私も通路に入った瞬間、背後で扉が閉じた。
それと同時に蝋燭も消え、私達の周りは闇に包まれる。
リスもいつの間にか逃げてしまっていた。
「ハク!キジャ!リン!ユン!」
『姫様、私はここにいます。』
「リン、どこ!?」
『落ち着いて。そこを動かないでください。』
私は彼女の気配を頼りに手を伸ばし、彼女の手を握った。
「っ!」
『私です、姫様。』
「リン…?」
『はい。』
「迷われたのですか?お仲間とはぐれたのですか?」
そのとき声がして黒い影がこちらへ近づいてきた。
「え、えぇ。あなたはここの人?」
「…はい。手を…」
彼はヨナの腕を掴んだ。
私は気配が上手く掴めずその影からヨナを引き離すことができなかったため、影に引っ張られるようにヨナと共に歩き出すことになった。
「お仲間の所へ連れていって差し上げます。」
「ありがとう…!」
『…』
「助かったわ。暗くて困っていたの。」
「ここは迷路だと長老が伝えたはずです…」
「ごめんなさい。どうしても探したい人がいて…」
「…セイリュウですか?」
「ええ…」
「そのような者はいません。」
「…あの通路の奥は誰かの部屋なの?」
「………誰もいません。だれもいませんだれもいませんだれもいません。」
まるで呪文のように影は呟き続ける。
私は気味が悪くなってヨナの腕を引き影の手を握った。
目が慣れてきたのだ。まだ影の様子は見えないがヨナに近い彼女の腕を掴む手は見ることができ漸く握ることができた。
『ねぇ、そっちは私達の仲間がいる方向じゃないでしょう。どうして地下に向かっているのかしら。』
その瞬間、影はこちらを振り返りギロッと睨んだ。
私が目を見開いた途端、暗闇の中私は殴り飛ばされ岩壁に身体をぶつけた。
『うっ…』
「リン!!」
『チッ…』
―油断した…というより、あの影が見えない…気配もあやふやで掴めやしない…どうするっ!!―
ヨナも影の手が離れない事に焦りを見せていた。
「放…して!嫌っ!!」
私が剣に手を掛け抜こうとした時、ある気配が近付いているのを感じた。
―青龍…っ?―
「ハク…ハクっ!!」
そのとき鈴の音と共にある人物がやってきてヨナの肩に触れると影を追い払った。
―誰…?―
影が逃げると鈴を鳴らしているその人は私に手を差し伸べてくれた。私は彼に手を引かれて立ち上がる。
「リン、大丈夫!?」
『えぇ…不覚です。申し訳ありません。』
「ううん。こんなに暗いんだもの、何も見えなくて当然だわ。」
近くで見ると助けてくれた人物は不思議な面をつけ、鈴を鳴らし、毛皮のような物を被っていた。
彼に手を引かれながらヨナは歩き出し、私は彼女が腕を掴んでいるため共に足を進め始める。
―鈴の音…面をつけてる?ここの住人…?
でもどうして…?ひとつもこわくない…―
「あなた…まさか…」
私達はその人物に案内され暗い洞窟から脱出することができた。
「姫さん!リン!!」
するとハクとユンがこちらへ駆け寄ってきた。
「無事か!?」
ハクは私達を見てほっとしたようでその場でしゃがみこんでしまった。私は彼に歩み寄って申し訳なく思った。
『ごめん、ハク…』
「はぁ…」
「もっ、バカ!!ちゃんとついてこいよ、バカっ!!」
「ごめんなさい。この者が助けて…」
そのときキジャが私とヨナの背後にいる青年を見て目を見開く。
私も暗闇を抜けて彼の気配がはっきりしたことでその正体を確信して息を呑んだ。
『っ…!』
「リン…?」
「そなた…」
するとキジャが言葉を発する前に仮面をした青年は逃げ出してしまった。
「ま…待てっ!」
「どうしたの!?」
「あの者だ…あの者が青龍だ。」
彼の言葉にハクが顔を上げて私を見るとはっとした。そして唐突に彼は私の頬を撫でる。
『ハ、ハク!?』
「お前…殴られたのか。」
『え、うん…』
「リン、血が出てる!!」
「一度さっきの部屋に戻ろう。」
帰りながら私達は壁の仕掛け扉から通路に入り地下へ連れて行かれそうになり、青龍が助けてくれたことを説明した。
『暗闇の中で気配があやふやだったから気付かなかったけど、外に出た瞬間彼が青龍だって確かに感じたわ…
あんなに近くにいたのに気付けなかった…』
「気にしなくていいわ、リン。
それよりちゃんと手当てして。綺麗な顔に傷が残ったら大変だわ。」
『傷跡のひとつやふたつ…』
「ダメ!リンは綺麗じゃなきゃダメ!!」
『は、はぁ…』
そのときハクは大刀を、キジャが右腕を構えていた。
「里の人間に地下に連れて行かれそうになったと言いましたよね…」
『え、うん。』
「おのれ…!!姫様を敬わぬばかりか、地下に閉じ込め、リンの顔に傷をつけるなど、余程私の逆鱗に触れたいらしいな。」
「落ちつけ。まったく坊ちゃん育ちはキレたからって物騒なモン出して一般人殺す気か?大人になれよ。」
「あんたもな、元将軍!!」
『青龍、出てきたのに去って行ったわね。』
「いや、逃げたのか…?青龍といい里人といい、どうなっているんだここは…」
「…同じ龍の里でも白龍の里とは真逆ってことだね。」
「何…?」
『白龍の里を見てきたからここは異常に見えるけど…
考えてみたら白龍の里が特別だったのかもしれないわ。』
「ここでは赤い髪への信仰はないし、龍神の力を崇高なものともしていない。
青龍にとっては俺らは本当に侵入者でしかないのかも。」
「そんな…四龍たる者、主のもとに一刻も早くはせ参じるものだ。
私は姫様に会って里を出るまで半日とかけなかったぞ!!」
「だからあんたは早すぎだ。」
「当然っ」
「いや、ほめてはいない。」
「…でも助けてくれたよ。」
ヨナはふわっと微笑んで言葉を紡ぐ。
「青龍…やさしい手をしていた。会って話したい。」
その言葉に私、ハク、キジャ、ユンは彼女を振り返る。
「つまりまたあの迷路に入るの?」
「えぇ。」
「痛い目にあったのに全然ひるまないのな。」
「根性あるじゃん、お嬢様。」
ヨナは満面の笑みを見せた。
「行こう。あの行き止まりの場所に何かあるんだよね?」
ユンに従ってみんなが移動しようとするとハクがヨナの手を握って引き止めたのだった。
その頃、青龍は過去を思い出していた…
18年前、地の部族領土国境沿い 山地 青龍の里…
「生まれたのか…?新たな青龍(バケモノ)が…」
「…あぁ。青龍の眼を持つ赤児じゃ。
この子が次の青龍様となる…
やはりこの呪われし力は消える事はないのか。…母親はどうした?」
「自害した。己の腹から呪い子が生まれたと絶望して…」
「青龍様の世話は誰がするのだ?」
「先代がするだろう。それが掟だ。
それより早う面を、青龍様の力が発動する前に。」
青龍の最初の記憶は暗闇だった。
生まれてすぐ面をされ、それが彼の眼を隠した。
そして里の者達は面をしている少年は青龍であり危険だと言って避けていた。
里人から離れて住む彼には友人がいなかったのだ。
「青龍!」
「アオ…」
「来い。」
そこに先代青龍であるアオがやってきた。
彼は大柄な体に長い髪が特徴的だった。
彼に手を引かれて幼い青龍は里から離れた小屋のような所にやってきた。
「あまり外に出るなつっただろ!なんで言う事を聞かない!?」
「ごめ…アオ…で…も…ともだち…ほしい…」
「それで…友達は出来そうかよ?あぁ!?
無理だろーが!わかったら家に閉じこもっとけ!!」
青龍の眼を見た者は石になると里の者達は信じている。
実際には石になる事はないが、相手の神経を麻痺させてしまうため危険であるのは事実。
場合によっては心臓を止めて殺してしまうこともあるのだ。
青龍は遠くを見る事ができたため里の守り人の役目も担っていた。
「アオ…よくない人が来てる…」
「近くか?」
「夜営しながらこっちを見て…る…」
「くそっ」
アオが立ち上がろうとすると彼はふらついてしまった。
彼の眼は日に日に見えなくなって、それを反して青龍の眼はアオの力を吸いとるようにどんどん遠くまで見えるようになっていった。
アオは古くなった面をすると剣を持って外に出た。
そして青龍の案内で里を襲おうとしている人々に歩み寄る。
「残念だったな。ここにいるのはただの剣士で、妙な力など使わない。
里を脅かす者よ、はかない人生だったな。来世に期待しろ。」
アオの剣術は目に頼らずとても強かった。青龍は不思議に思って問うた。
「わるい人…には…眼…つかわないの…?」
「いいか、青龍!その眼は呪いの眼だ。
制御のしかたは教えるが決して使うな!!」
アオは凄い形相で青龍に言った。
「使えば呪いは自分に返ってくる。
相手の麻痺は自分の麻痺に。諸刃の剣なんだよ!!
そうでなくてもこんな力があるからいつまでたっても忌み嫌われたり狙われたり…」
「…じゃ、眼…つかわないで剣…で村まもった…ら…ともだちできる…?」
「出来るわけねぇだろ。」
そう言い残してアオは小屋へと歩き出す。
その背中を追いかけた青龍は途中で転んでしまう。
「まっ…て…おいていかないで…っ」
するとアオは静かに左手を青龍が握れるよう差し出したままゆっくり歩いていた。
それが不器用な彼なりの優しさだったのだ。
青龍は嬉しくなって笑うとアオに駆け寄って大きな手を握った。
―アオは剣をおしえてくれた…
アオは眼の力のことをおしえてくれた…
アオはきびしかった…アオはどんどん弱くなっていった…―
ある日、里にやってきた山賊と戦っている時アオはふらつき、青龍が投げた剣によってどうにか追い払うことができた。
「アオっ…だいじょぶ?」
山賊が逃げたのを確認した途端、アオの面が地面に落ちた。彼は笑っていた。
「ア…オ…?」
「みえない…もうなにもみえない…やった!やっと死ねる!!
もうなんの力もない!体もマヒしてやがる。解放された!!!おれは人間だ!!!」
狂ったように空を仰ぐアオを青龍は静かに見守っていた。
そのとき足元に転がっていた鈴を彼は見つけ面に付けた。
アオが立ち上がるのに手を貸して青龍は鈴の音を響かせながら歩き出した。その音を頼りにアオも足を進める。
「あれ…お前…鈴なんて持ってたか…?」
「…ひろった。キレイ…だから…」
「ふぅん…いいな、それ。見えなくてもお前がどこにいるのかわかる。」
青龍は嬉しくなって無邪気に頭を振り音を鳴らした。
そして振り返って彼が見たのは涙を流すアオの姿だった。
「ごめ…な…ごめんな…お前…ひとりにして…ごめん、な…」
青龍はそんなアオを見ていられなくなって前に向き直った。
―いやだ、アオ…もっと別のはなししようよ…
でもおればかだから…ことばなにもうかばない…
アオがしゃべって…ねぇ、アオ…声をきかせて…―
しかし、もうアオが話すことはなかった。
アオの力はすべて青龍に移り、それと同時に彼の命は削られていたのだ。
もうアオは目を覚ますことはない。
独りになった青龍は小屋で膝を抱えて泣いた。鈴の音を鳴らしても誰も来てくれない。
―おれはここにいるよ…―
そのとき彼はたくさんの兵士が里へ向かってきている事に気付いた。
山賊が地の部族の兵士に知らせたからだ。
まだ青龍の剣ではあんな大人数を倒すことはできない。
しかし彼はアオが守ってきた場所を守りたかった。
だから使ってはならないと言われていた眼の力を使って兵を全滅させてしまったのだ。
―ああ…ごめんね、アオ…この力は本当に使ってはいけないものだったんだ…―
青龍は力尽きてその場に倒れた。
また襲われる事を恐れた青龍の里の者達は今私達がいるこの岩山へ引っ越して来て隠れ住むようになったようだ。
私とヨナを見つける前、青龍は目の疼きを感じていた。
そして私が殴り飛ばされ、ヨナが地下へ閉じ込められそうになっている事に気付き助けに来てくれたらしかった。
彼がヨナに触れた瞬間、彼の心に直接龍の声が届いた。
「四龍の戦士よ
これよりお前達は我々の分身
緋龍を主とし
命の限り
これを守り これを愛し
決して裏切るな」
それはキジャが聞いた物と同じだった。
私達をハク達のもとに送り届けて逃げた青龍は足を進めながら思う。
―目が疼く…あの少女に触れた時…
声が響いてその場に崩れ落ちてしまいそうになった…
白い…龍と黒い龍がいた…どうして俺は彼らを龍だと思ったんだろう…
どうしてこんなに血がたぎるように熱い…
眼が疼く…しずまれ、この力はもう二度と知られてはならないのだから…―
彼は自分がいつも過ごす空間にやってくると座りこんで身を小さくした。
そんな彼に先程のリスがやってきて擦り寄るのだった。
私達はというとハクに手を掴まれて足を止めたヨナを振り返っていた。
再び青龍を見つけるため迷路と化している洞窟へ行こうとしたのに止まらざるを得なかったのだ。
「姫さんはここにいろ。」
「ハク?」
「青龍は俺とリンとユンで首根っこ引っつかんで来るから。」
「何を言う。行くなら私だろう。」
「よし!任せた白蛇様。」
「なに―――ッ」
「とにかく姫さんはもう中に入るな。外で待って…」
「いいえ。行くのは私とキジャとリンとユン。ハクはここで待ってて。」
ハクは目を丸くしたまま座った状態でヨナを見上げた。
「キジャは青龍の場所が、ユンは道がわかる。
リンと私はお礼を言わなきゃいけない。
そして私が青龍に会わなきゃ。それは私の役目だと思うの。お願い。」
「…で、誰かが外で里人を見張ってなきゃいけない。それが余った俺ってわけですか?」
「ハクだから任せるの。さっきみたいな事にならないよう気を付けるから。」
するとハクはヨナの両手を握って自分に引き寄せると顔をぐっと近づけた。
「ハク?」
「今度はちゃんと戻って下さいよ。でないと、この先うぜェくらい側から離れませんからね。」
「ハク…うざいのはヤダ。だから気をつける。」
「おー、そうして下さいよ。」
「『不憫…』」
私とユンはヨナとハクの様子を見てハクに深く同情した。
「おい、白蛇。」
「白蛇ではな…」
先に歩き出したヨナとユンを追い掛けるように歩き出したキジャをハクは呼び止める。
振り返ったキジャはハクの真剣な目を見て言葉を詰まらせる。
「頼む。」
「言われずとも!」
私も歩き出そうとするとハクが服の裾を掴んだ。
『どうしたの?私にも行ってほしくない?』
「気を付けろ。」
『えぇ。ハクこそ…ずっと監視されてるんだから気を付けてね。』
「あぁ…お前もちゃんと戻れよ。」
『約束するわ。』
彼と額を当てて微笑むと私は颯爽と歩き出した。
彼は私の背中を見送ると大刀を肩に掛けて壁にもたれて座った。
「気味悪ィ連中だな。ま、せいぜい威嚇してやるさ。」
歩き出して暫くするとユンはヨナに言った。
「お姫様、本当は少し怖いでしょ。雷獣がいないから。」
「ユン、言わないでっハクがいると当たり前のように頼りすぎちゃうもの。」
『ハクは姫様に頼られたいと思いますよ?』
「うん、でも…ハクは本当は私ではなく父上に仕えていたの。
リンだって私ではなくてハクに付き従っているんだもの。」
『そんなこと…』
「今も父上の命令を守ってくれているのよ。」
「それだけ…じゃないと思うけど…」
「ハク、将軍とか護衛とか嫌がってたし、今はまだ出来ないけど…いつかはハクとリンに自由を返したいと思う。」
『姫様…』
私は彼女の言葉に微笑むながら膝を曲げて彼女の両手を握って視線を合わせた。
「リン…?」
『姫様…いえ、ヨナ。よく聞いて。私は貴女だから共にいるの。
もちろん、陛下の命を受けて貴女の護衛をハクと共にやっていたのは事実だけど今は違う。
だってもうハクは将軍ではないし、私だって自分の意思でここにいる。私はヨナの傍にいたいって思ってるのよ。』
「リン…ホント?」
『えぇ。ヨナの事、大好きだから。』
「ありがとう!!」
彼女は私に抱き着いてきた。そんな彼女を抱き止めて私は微笑む。
―そう…出逢いがどのような形で、護衛をどんな形で始めたとしても貴女の横に並ぶ事を選んだのは私やハク自身…
私達にとって誰よりも大切なのはヨナ、貴女なんだから…―
それから少し歩くと行き止まりが見えた。
「えっ、ここの行き止まりに隠し通路!?」
「えぇ。」
「青龍のヤツ、絶対そこだよ!」
「よし、早く引きずり出しましょう。」
『キジャ…』
「っ!」
私はある気配を背後に感じてキジャを呼ぶ。すると彼も気付いたようだった。その間にヨナが隠し扉を開く。
「おー、開いた開いた!キジャ、リン。行くよ。どうしたの?」
「あ、いえ。青龍はその先にいます。
私はここで待っていますから先に行ってて下さい。」
「了解。」
「リン、そなたも行って下さい。」
『わかった。』
私が頷いてヨナとユンと共に松明を持って隠し扉をくぐるとキジャは自分達が来た方向を振り返った。
そこには面をした男達が背後に武器を隠して立っていた。
「さて…このような狭き場所で何用だ?」
「その先へ行った者は帰すわけにはゆかない…」
「黙れ。赤き龍の尊さをも忘れた不届き者共。
あの御方に近づくこと、この白龍が許さぬ。」
青龍はというと白龍と黒龍の気配を感じていた。
―白い…龍が近くにいる…それに黒い龍が…近付いてきてる…―
「アオ…隠れて…」
リスを隠すと青龍は背中に背負った剣に手を掛けた。
―俺を探してる…?やはり侵入者?
里人(みんな)の不安が伝わってくる…敵ならば倒す!―
そんな彼のいる場所へと私は微かな気配を頼りにヨナとユンを案内する。
そして足を踏み入れるとヨナは笑顔でふわっと微笑んだ。
私もやっと会えた喜びからか笑みを零していた。
「こんにちは。」
すると青龍の中で鼓動が一度大きく打った。
―なんだ!?こいつは何なんだ!?―
「うがあああああっ」
青龍は叫びながら剣を抜きこちらを睨む。だが、ヨナも私も怯むことはない。
ユンは焦ったように私の腕にしがみつく。
「やばいよ!こんな穴ぐらの奥で面つけてうずくまってるなんてやっぱアブない人だったんだよ!俺、キジャ呼んでくる。」
『大丈夫よ、ユン。』
「でも…っ」
そのときヨナは足元にいるリスに気付いた。
「あっ♡また会った。」
「えっ、何この頬袋ぱんぱんの小動物!!」
「この子、何ていう名前?」
ユンはリスを両手で抱き上げて名を青龍に問う。
「……………アオ…」
「あ、答えてくれるんだ。」
「全然似合わないわね。」
『ハハハッ、姫様直球ですね。』
「歩み寄ろうよ、お姫様!!リンも笑い事じゃないよ!?」
―似合わない…やっぱり…俺も…そう思う…―
『私はもう感じてると思うけど黒龍のリン。
青龍、私達は貴方にお礼を言いたいの。』
「さっきは助けてくれてありがとう。私はヨナ。あなたの名前は?」
「……青…龍…」
「…あなたの名前よ。それはあなた自身の名ではないでしょう?」
「……名は…ない。ただ…青龍だ。」
するとヨナはそっと青龍に歩み寄った。私はユンと並んで彼女の後ろに控える。
「寄るな…!お前達はなんだ…?
なぜこの里に入ってくる!?なぜ俺に近づく!?なぜあの白い龍は…」
「…私はあなたに会う為にここまで来たの。
青龍、あなたの力を借りたいの。私と一緒に来てほしい。」
―なぜ俺はこんなにもこの少女に逢いたかったと思うのだろう…―
青龍はヨナの言った力という言葉に反応し、過去の惨劇を思い出した。彼はヨナの胸倉を掴み剣を向ける。
「お姫様っ!」
『っ!』
私はユンと同様驚きながらも彼を止めた。
「リン!?」
『大丈夫…ヨナなら大丈夫…』
「敵…青龍の力を欲する者は敵…!」
ヨナは真っ直ぐ青龍を見上げたまま目を逸らさなかった。
青龍は何も出来ないまま手を震わせる。
「おまえ…おまえはなんだ…?おまえなんか知らない…」
―なぜ手がふるえる?どうして泣きたいのだろう…―
そんな彼の困惑する感情も近くにいる私には直接心の奥から感じられた。
私は彼の優しい心に触れた気がして一筋の涙を流した。彼の手がそっとヨナから離れる。
「青龍、私はあなたの敵じゃないよ。
私は私と仲間が生きてゆく為に四龍探しをしているの。
あなたを仲間として迎えたい。」
―仲…間…―
「…俺は呪われているから。」
「呪われて…?」
「この力は決して外に知られてはならない破滅の力…」
『誰がそんな事を?』
「事実だ。もう眼の力は使わない。」
「だから行かないと…?どうしても?」
「……去れ。」
彼は静かにどこか寂しそうに言った。
ヨナはユンに呼ばれて青龍を残してその場を去ることにする。
「…一つ言わせて。あなたの手はとても温かかった。
呪いがどんなものかは知らない。
でもあれが呪われた者の手だというなら、あなたが恐ろしい呪いを持っていたって私は全然構わない。」
そう言った彼女の姿は眩しかった。そして彼女は歩き去り始める。
私は背後で聞こえた青龍の鈴の音に振り返り足を止めた。
『姫様、ユン…先に行っていて下さい。』
「リン?」
『彼を残して行くことはできません。心が痛んで仕方ないのです。』
「わかったわ。」
「早く戻って来てね。」
『はい。』
私は駆け出すとそのままの勢いで青龍に抱き着いた。
彼は驚いていたようだが剣を抜きもせず目を見開いていた。
「リン…」
『あなたを残して行きたくない…
こんな思いになるのは私が黒龍だからなのかしら…
ねぇ、青龍。少しだけでいいの。傍にいてもいい?やっと会えたんだから…』
彼は小さく頷くと私の背中に手を回した。その手はとても優しくて温かかった。
「心臓が…」
『ん?』
「心臓が…ひきちぎられそう…だ…
仲間…俺がなっても…いいのだろうか…」
『大歓迎よ。』
私は自分が黒龍として目覚めたのはつい最近だという事、そして青龍と会えた事によって胸が懐かしさでいっぱいになっている事を伝えた。
その気持ちは何となく青龍も同じだったらしい。
私の甘い香りが彼を包み込み、彼の高ぶっていた気持ちも落ち着いてきた。
リス…アオは私の甘い香りに誘われるようにこちらにやってきて肩に乗ると擦り寄ってきた。
その頃、道を戻っていたヨナは不貞腐れていた。
「お姫様、すっげ腑に落ちないって顔してるよ?」
「あの部屋…何もなかった。彼はちゃんと食べているのかしら。
何だか大切な人を暗い檻に置きざりにした気分。変ね、初めて会ったのに。」
そのときユンは扉の向こうがガヤガヤと賑やかな事に気付いた。
「何か騒がしい気が…」
「キジャ…わっ!?」
キジャが里人と対立していることにヨナとユンは驚きを隠せない。
「姫様お下がり下さい。」
「出てきた。」
「出てきたぞ…」
「片づけろ。」
「な…何、この者達は?」
「彼らは青龍を隠す為、我々を消すつもりです。
ご安心を!素人相手に力は使ってません!」
「常人の何十倍の力でゲンコツしとるがな。」
キジャは襲いかかろうとする里人を右手で殴るため、十分強烈なのだ。
「あなた達はどうしてそんなに…」
「姫様っ」
「よしてよ、こんな狭い所でっ」
ユンに向けてもナイフが向けられて彼らは少しずつ壁へと追い込まれていく。
そのとき青龍と並んで座っていた私は何かが崩れる気配を感じた。
『危ない…』
「?」
『崩れる…姫様!!』
「あ!!」
私達がいる空間もヨナ達がいる洞窟の奥も揺れて天井が崩れてきた。
私は上から大きな岩が落ちてきて避けきれないと判断し硬直していたが、青龍に腕を引かれ彼に抱き寄せられた。
揺れが治まるまで2人で身体を小さくしていた。
―お願いです、イル陛下…!!私はどうなってもいい…だから姫様だけは…!!ヨナだけは!!!―
「地震!?」
「姫様っ」
「ハク!!」
地震を感じてハクは立ち上がる。
―あの奥は姫さん達が…―
そして瓦礫はハクの目の前で通路を塞いだ。彼は瓦礫の前に立ち尽くす。
「嘘…だろ…」
彼は素手で岩を薙ぎ払っていく。それがどんなに無意味なことか知っていながら。
「姫さん!リン!ユン!白蛇っっ」
ハクは顔を青くして瓦礫を殴りつけるとその場に膝をついてしまった。
―行かせるんじゃなかった…
こういう事態をどうして予測出来ない!?こんな所で…
こんな所で守れねェってどういう事だよ!!―
「頼む、イル陛下…連れていかないでくれ…」
―ハク…こわいよ、本当はすごく…
ハクがいなくてもがんばろうって思ったのに怖くてハクを探してしまう…
私はこんなにも弱い…負けたくないのに…―
「姫様!!」
そう思っていた彼女はキジャに呼ばれて目を覚ました。
彼が庇ったためヨナは傷もなく無事だったのだ。
2人の近くには身を小さくしたユンもいる。
「大丈夫ですか?」
「あれ…どうなったの?」
「地震は収まったんですが…」
「だめだ。この道は出口が塞がれてる。」
「そんな嘘だろ!?」
「俺ら死ぬのか…」
「冗談じゃない。」
通路が塞がった事で皆閉じ込められてしまったのだ。
ユンは震えていた。頭がいい為に現状を即座に理解したのだろう。
「閉じこめられた…こんな狭いとこで大人数で…息が続かないよ…」
―息…苦しい…?私ここで死…―
「だからなぜそなたに言われねばならんのだっ!」
その瞬間、唐突にキジャが叫んだ。
「キジャ…?」
「あ、申し訳ありません。
今なぜか唐突にあの無礼な男が“頼む”…と頭の中で喋ったのでなんだかとてもムカムカしてしまい。
姫様をお守りするのは私のお役目なのに。」
彼の様子にヨナは笑みを零す。
「なんか元気出てきたわ。」
「私も元気です。この私がいる限り案ずる事は何もございません。」
キジャはそっと自分の右手を隠す包帯を外した。
「キ…キジャ?どうすんのさ爪なんか出して…」
「掘る。」
彼の爪を見た里人が悲鳴を上げた。
「わぁああああっ」
「化け物…っ」
「ひいいっ」
「騒がしいぞ。青龍の里を守る者達が情けない。
私は白龍だと言ったであろう。」
「は…白龍…」
「本当にいたのか。」
「青龍様以外にも呪いの力を持った龍が…」
「あ…あ…うわあああぁあっもう嫌だ!出せ、出してくれ!」
ある一人の男が瓦礫の壁を殴りながら叫ぶ。
その声は私の耳にも届いた。私がそっと目を開くと青龍のぬくもりに包まれていた。
『青龍…』
「大丈…夫…?」
『えぇ、ありがとう。瓦礫が崩れて閉じこめられたみたいね。』
「見えるの…?」
『ううん、聞こえるの。私、黒龍は耳に龍の力を宿していて遠くの音も聞こえるのよ。』
青龍は私の説明に納得したようだった。
『ねぇ、青龍は何か脱出する方法を知ってる?』
「掘れば…いい…外に繋がって…る…」
『みんなに伝えなきゃ。』
私達はゆっくり立ち上がり通路を歩き出した。
その間も私の耳には里人の叫び声が聞こえている。
「だいたい俺はこんな穴ぐらには住みたくなかったんだ。
それをあいつが…あいつが…あいつのせいで…!!」
「どうして?どうして青龍の力が呪いなの?」
―あんなに優しい手をしてるのに…―
「彼は邪悪なんかじゃ…」
「余所者に何がわかる!
ずっと一族の中から龍の眼を持つ化物が生まれ、青龍の力に怯えて暮らし、青龍が死んでもまた誰かの子供が青龍になって…
次は我が子かもしれないと…!死ぬまで怯えて生きる気持ちが!!」
「我々は…そんな呪いを抱えていると決して外に広めてはならないのだ。
青龍は生まれてすぐ面をつけあまり外にも出さない。それが掟だ。
それなのに14年前、青龍はその恐ろしい呪いの力を使い兵士を大勢殺したのだ。まだたった4歳の子供が…」
「それから我々は再び兵が来るのを恐れ…ここに移り住んだ。」
「もう耐えられない。これが呪いでなくて何だ!!」
私はそれを聞きながら青龍の手を握った。
「リン…」
『私は青龍が優しい人だと思う。
だってさっきだって抱き寄せて守ってくれたもの。呪いだなんて思わない。』
私は無邪気に笑って彼を見つめると手を繋いだまま洞窟を進んだ。
鈴の音を響かせながら歩み寄るとキジャがまず気配で気付いた。
―来た…!―
そして私と青龍は共に扉をくぐって姿を現した。
「ひっ…!!」
『姫様!!』
私は彼女を見つけてその無事を喜び青龍の手を離すと彼女を強く抱き締めた。
『よかった…』
「リン…あなたも無事だったのね。」
『青龍が守ってくれたんです。現状については騒ぎをすべて聞いていたので理解しているつもりです。』
そのとき青龍を見た里人が慌て始めた。
「せ、青龍…様…っ」
「俺はなにも…」
「あ…よ、余所者に話してなんか…」
「うわぁあああああ!!寄るな、ばけもの!!殺さないでくれ!寄るなあっ」
男が暴れて振り回した手が青龍の面を弾き飛ばした。
面の下から現れた眼は黄色く澄んでいた。
―呪いがどんなものかは知らない…
しかし彼は確かに息も止まる程の美しい眼をしていた…―
私達は彼の眼を見て惹きこまれるような錯覚に襲われたのだった。
青龍の面が落ちた事で里人達は混乱していた。
「面が…」
「青龍様の面が…」
「う…あ…」
「どうしたの!?」
ユンは驚いて里人に尋ねた。
「あ…あの眼を見ると石になるんだ…!」
「お…俺達を殺しに来たんだ。」
「青龍は私を助けてくれた。理由もなく人を殺したりなんか…」
ヨナとユンは青龍の真っ直ぐな眼を見て息を呑む。
私は面を手に取って微笑んだ。
『彼の眼を見ても石になんてならないわ。』
私は青龍の前に立ってその眼を見つめ返した。
彼は一瞬きょとんとしてからそっと目を閉じ手を差し出した。
その手に私は面を乗せながら少しだけ寂しく思った。
―やっぱりその美しい眼を隠してしまうのね…―
里人は青龍が目を閉じ面をした事に驚いているようだった。
―眼を閉じた…敵意がないと知らせるため…?―
面をした青龍にキジャは冷たく言い放つ。
「何しに来た、青龍。そなた我々と共に行く気はないのだろう?」
青龍は何も言わずに近くに落ちていた斧を手に取るとキジャに向けて歩いて行って、斧を振り上げた。
これには流石の私、ヨナ、ユンも驚き、キジャも身動きを取れずにいた。
だが、青龍が斧を突き立てたのはキジャのすぐ隣の岩壁だった。
「…っ!そなた!脱出の手助けに来たなら口で言わぬか!
四龍同士で闘わねばならぬのかと絶望したぞ!」
『脱出方法を伝えに来たのに口で言わないのね、青龍…』
「…というか、そなたどこを掘っている?」
「ここ…外につながってる。ここを崩す方が早い…」
「それを早く言わぬか!!姫様、すぐに掘りますのでお待ちを。」
『私も手を貸しましょう。』
私は両手の爪を出した。その様子に里人は息を呑み怯えた。
「ば、化け物がもう一人…!?」
『あ、私のことかしら?私は黒龍。耳と爪に龍の力を宿す者。』
「そんな輩は放っておいてよいぞ、リン。」
『それよりまずここを出る事の方が重要ね。』
「私も掘るわ。ちょっと貸して。」
「え、あの…」
ヨナは近くにいた里人から短剣を奪うとこちらへやってくる。
「いけません。姫様をお助けするのは我ら四龍の役目…」
「私にもやらせて。一刻も早くここを出よう!」
「…はい!」
『えぇ。』
「あんた達も命が惜しかったら掘りな。」
ユンも短剣を里人から盗み構えた。
私、キジャ、青龍が中心となって掘り進めていく。
―ハク…ハクは無事?私帰るから…絶対帰るから!!―
ハクは同じ頃、大刀で瓦礫の壁を掘っていた。
「くそ…固いな。」
―どれだけ埋まってるんだ‥いや、絶対助ける!―
そのときハクが自分の後ろに里人が集まって来ている事に気付いた。
「…何だ?」
「む…息子がその先に埋まってて…」
「俺の仲間は青龍を探しに行って埋まった。あんたらの家族もその辺りにいると?」
「…」
「答えろ。今隠しても得はないぞ。」
「は…はい。」
「長老、外からなら…」
「しかし…」
小声で話す長老と男性に気付きハクは大刀を向けた。もう彼にも余裕がないのだ。
「何だ?知ってる事があったら言え。仲間の命がかかってるんだ。
早くしろ。悪いが、なりふりかまっていられないんでね。」
ハクは里人から情報を得て駆け出すのだった。
ヨナは必死に剣で岩壁を掘っていた。
しかし、酸欠と疲れでふらついてしまう。
―あきらめない…もっと壊して…早く…ここを出るんだ…―
倒れそうになった彼女を青龍がふわっと抱き止めた。
「青…龍…」
「青龍、そなたの部屋に姫様をお連れしろ。」
『ここよりは息苦しくないでしょ。』
「へいき…平気だってば…」
青龍はヨナを抱き上げると部屋へと歩き出し、座らせると自分の持つ毛皮で彼女を包んだ。
「さ…寒くないよ。平気よ。」
そして最後にアオ(リス)を手渡すと、彼女はクスクス笑い青龍の優しさに涙した。
―やさしいひと…どうして青龍の優しさを誰もわかろうとしないんだろう…
ここに来たのだってきっと里の人を心配したからなのに…
きっとそうやってずっと彼なりに里の人を守ってきたのに…―
「くやしい…あなたがひとりでいるのがくやしいわ。
会ったばかりの私の思い上がりかな…」
青龍は彼女の様子に言葉を失う。
自分に対してそんな風に言う人に出逢ったことなんてなかったからだ。
「…よし、まだやれる。私はがんばれる。」
「あ…」
「私ね、青龍。15年間ずっと外に出た事なかったの。
私は小さな世界で小さな幸せを守ってた。それが突然奪われてわかったの。」
―何の不安もない日々…
ひもじい思いをすること、心を潰される思いがあること、それでも呼吸をやめないこと…生きたいと願うこと!―
「私が生きること、あなたが生きること、無意味だなんて言わせない。」
ヨナは青龍を振り返って両手を広げた。
青龍の眼にはそんな彼女が眩しく見えた。
「だからこんな暗闇打ち破ってあげる。
青龍が青龍のまま手足をのばせる場所に必ず連れていくからね。」
―そんな場所あるのだろうか…どこに行けばあるのだろう…
いや本当はもうわかっているんじゃないのか…?―
ヨナが戻って来て短剣を手に再び掘り始める。
キジャは彼女に休んでいるよう言うが、私は彼を止めながら笑っていた。
「リン、そなた…」
『無理はなさらないでくださいね、姫様。』
「うん!」
それから掘って私達全員の息が上がってきた。
『はぁはぁ…』
「ま…まだか外…」
そのとき小さな光が見えた気がした。
私は目の前の壁の向こう側から何かが岩壁にぶつかる音を微かに聞き取った。そして咄嗟にヨナを抱き締めた。
「リン?」
『下がれ!!』
私は他の人達に向かって言うが少し遅かったようで、大きな音と共に壁が崩れた。
反対側から誰かが斧で壁を掘り進め、こちら側と通じ合ったようだ。
大きな岩が一番前にいたキジャの顔にぶつかり、里人達も逃げ遅れた人には傷が出来ていた。
ユンは偶然キジャの背後にいたため無傷だ。
「姫さん!」
「ハク…!」
「リン…」
『ハク…』
里人は家族との再会を喜び、私はヨナ諸共ハクに強く抱き締められていた。
キジャは横でぎゃんぎゃん言っているがそんなことは完全に無視。落ち着くとハクは私達を解放した。
『無事でよかったわ、ハク。』
「お前が言える立場じゃねェだろ…心配掛けんな。」
『ごめん。』
青龍は光の中へ歩き出すヨナを見ていた。
彼女は彼の視線に気付き振り返り優しく笑う。
―本当はもうわかっていたんだ、彼女を初めて見た時から…
あの少女の傍らに光ある場所があると…―
『ハク、よくあの場所がわかったわね。』
「里の連中に聞き出した、青龍の部屋の辺りを。
家族の命がかかって初めて連中は秘密を吐露した。
里人の面もしきたりじゃなくて、青龍の存在と自分の表情を隠すためなんだと。」
『へぇ…』
「よかった、家族をも見捨てる人達じゃなくて。」
「恐怖に勝てないのも人ゆえ…だよ。」
「ひ…ひいっ」
青龍を見ると里人は悲鳴を上げながら逃げて行く。
「それで?アレをどうするんだ、姫さん。」
「それが困ったわ。あきらめきれないの。」
彼女の言葉に私、ハク、キジャ、ユンはやっぱりとでも言うように笑った。
ヨナは青龍に駆け寄って行く。私達はただそれを見守るだけ。
「青龍!もう一度言うわ。一緒に行こう。あなたを連れて行きたい。」
「…俺は…」
「私の前では眼を閉じなくていいの。
あなたの力は本当に無差別に人を殺めるもの?
リンがあなたの眼を真っ直ぐ見つめていたけど何も起きなかったし、彼女は笑ってさえいたわ。
それにアオだってこんなにあなたに懐いてるのに?
アオはわかってるのよ。あなたは破滅なんかじゃない。」
―許されるのならこの姿のまま生きてもいい?―
ヨナが差し出した手にそっと青龍は自分の手を重ねる。
―かまわないというその手を握り返してもいいだろうか?信じてもいいだろうか…―
「お世話になりました!」
ヨナは里人に手を振り歩き出す。私達もその背中を追って村を出た。
アオは青龍の肩に当然のように飛び乗る。
青龍は後ろを振り返り里人にそっと頭を下げると歩き出した。
それと同時に鈴の紐が切れ落ちてしまう。
青龍はそれを見て昔自分を育ててくれた大好きだった人を想った。
―もう平気だよ。鈴の音がなくても呼びあえる仲間ができたと言ったら笑うだろうか…
もう顔も思い出せない大好きだったあの人は…―
『青龍、行こう!!』
なかなか来ない彼を振り返って私は呼ぶ。すると彼はこちらへ駆けて来た。
こうして青龍も旅の仲間に加わったのだった。
それと同時に蝋燭も消え、私達の周りは闇に包まれる。
リスもいつの間にか逃げてしまっていた。
「ハク!キジャ!リン!ユン!」
『姫様、私はここにいます。』
「リン、どこ!?」
『落ち着いて。そこを動かないでください。』
私は彼女の気配を頼りに手を伸ばし、彼女の手を握った。
「っ!」
『私です、姫様。』
「リン…?」
『はい。』
「迷われたのですか?お仲間とはぐれたのですか?」
そのとき声がして黒い影がこちらへ近づいてきた。
「え、えぇ。あなたはここの人?」
「…はい。手を…」
彼はヨナの腕を掴んだ。
私は気配が上手く掴めずその影からヨナを引き離すことができなかったため、影に引っ張られるようにヨナと共に歩き出すことになった。
「お仲間の所へ連れていって差し上げます。」
「ありがとう…!」
『…』
「助かったわ。暗くて困っていたの。」
「ここは迷路だと長老が伝えたはずです…」
「ごめんなさい。どうしても探したい人がいて…」
「…セイリュウですか?」
「ええ…」
「そのような者はいません。」
「…あの通路の奥は誰かの部屋なの?」
「………誰もいません。だれもいませんだれもいませんだれもいません。」
まるで呪文のように影は呟き続ける。
私は気味が悪くなってヨナの腕を引き影の手を握った。
目が慣れてきたのだ。まだ影の様子は見えないがヨナに近い彼女の腕を掴む手は見ることができ漸く握ることができた。
『ねぇ、そっちは私達の仲間がいる方向じゃないでしょう。どうして地下に向かっているのかしら。』
その瞬間、影はこちらを振り返りギロッと睨んだ。
私が目を見開いた途端、暗闇の中私は殴り飛ばされ岩壁に身体をぶつけた。
『うっ…』
「リン!!」
『チッ…』
―油断した…というより、あの影が見えない…気配もあやふやで掴めやしない…どうするっ!!―
ヨナも影の手が離れない事に焦りを見せていた。
「放…して!嫌っ!!」
私が剣に手を掛け抜こうとした時、ある気配が近付いているのを感じた。
―青龍…っ?―
「ハク…ハクっ!!」
そのとき鈴の音と共にある人物がやってきてヨナの肩に触れると影を追い払った。
―誰…?―
影が逃げると鈴を鳴らしているその人は私に手を差し伸べてくれた。私は彼に手を引かれて立ち上がる。
「リン、大丈夫!?」
『えぇ…不覚です。申し訳ありません。』
「ううん。こんなに暗いんだもの、何も見えなくて当然だわ。」
近くで見ると助けてくれた人物は不思議な面をつけ、鈴を鳴らし、毛皮のような物を被っていた。
彼に手を引かれながらヨナは歩き出し、私は彼女が腕を掴んでいるため共に足を進め始める。
―鈴の音…面をつけてる?ここの住人…?
でもどうして…?ひとつもこわくない…―
「あなた…まさか…」
私達はその人物に案内され暗い洞窟から脱出することができた。
「姫さん!リン!!」
するとハクとユンがこちらへ駆け寄ってきた。
「無事か!?」
ハクは私達を見てほっとしたようでその場でしゃがみこんでしまった。私は彼に歩み寄って申し訳なく思った。
『ごめん、ハク…』
「はぁ…」
「もっ、バカ!!ちゃんとついてこいよ、バカっ!!」
「ごめんなさい。この者が助けて…」
そのときキジャが私とヨナの背後にいる青年を見て目を見開く。
私も暗闇を抜けて彼の気配がはっきりしたことでその正体を確信して息を呑んだ。
『っ…!』
「リン…?」
「そなた…」
するとキジャが言葉を発する前に仮面をした青年は逃げ出してしまった。
「ま…待てっ!」
「どうしたの!?」
「あの者だ…あの者が青龍だ。」
彼の言葉にハクが顔を上げて私を見るとはっとした。そして唐突に彼は私の頬を撫でる。
『ハ、ハク!?』
「お前…殴られたのか。」
『え、うん…』
「リン、血が出てる!!」
「一度さっきの部屋に戻ろう。」
帰りながら私達は壁の仕掛け扉から通路に入り地下へ連れて行かれそうになり、青龍が助けてくれたことを説明した。
『暗闇の中で気配があやふやだったから気付かなかったけど、外に出た瞬間彼が青龍だって確かに感じたわ…
あんなに近くにいたのに気付けなかった…』
「気にしなくていいわ、リン。
それよりちゃんと手当てして。綺麗な顔に傷が残ったら大変だわ。」
『傷跡のひとつやふたつ…』
「ダメ!リンは綺麗じゃなきゃダメ!!」
『は、はぁ…』
そのときハクは大刀を、キジャが右腕を構えていた。
「里の人間に地下に連れて行かれそうになったと言いましたよね…」
『え、うん。』
「おのれ…!!姫様を敬わぬばかりか、地下に閉じ込め、リンの顔に傷をつけるなど、余程私の逆鱗に触れたいらしいな。」
「落ちつけ。まったく坊ちゃん育ちはキレたからって物騒なモン出して一般人殺す気か?大人になれよ。」
「あんたもな、元将軍!!」
『青龍、出てきたのに去って行ったわね。』
「いや、逃げたのか…?青龍といい里人といい、どうなっているんだここは…」
「…同じ龍の里でも白龍の里とは真逆ってことだね。」
「何…?」
『白龍の里を見てきたからここは異常に見えるけど…
考えてみたら白龍の里が特別だったのかもしれないわ。』
「ここでは赤い髪への信仰はないし、龍神の力を崇高なものともしていない。
青龍にとっては俺らは本当に侵入者でしかないのかも。」
「そんな…四龍たる者、主のもとに一刻も早くはせ参じるものだ。
私は姫様に会って里を出るまで半日とかけなかったぞ!!」
「だからあんたは早すぎだ。」
「当然っ」
「いや、ほめてはいない。」
「…でも助けてくれたよ。」
ヨナはふわっと微笑んで言葉を紡ぐ。
「青龍…やさしい手をしていた。会って話したい。」
その言葉に私、ハク、キジャ、ユンは彼女を振り返る。
「つまりまたあの迷路に入るの?」
「えぇ。」
「痛い目にあったのに全然ひるまないのな。」
「根性あるじゃん、お嬢様。」
ヨナは満面の笑みを見せた。
「行こう。あの行き止まりの場所に何かあるんだよね?」
ユンに従ってみんなが移動しようとするとハクがヨナの手を握って引き止めたのだった。
その頃、青龍は過去を思い出していた…
18年前、地の部族領土国境沿い 山地 青龍の里…
「生まれたのか…?新たな青龍(バケモノ)が…」
「…あぁ。青龍の眼を持つ赤児じゃ。
この子が次の青龍様となる…
やはりこの呪われし力は消える事はないのか。…母親はどうした?」
「自害した。己の腹から呪い子が生まれたと絶望して…」
「青龍様の世話は誰がするのだ?」
「先代がするだろう。それが掟だ。
それより早う面を、青龍様の力が発動する前に。」
青龍の最初の記憶は暗闇だった。
生まれてすぐ面をされ、それが彼の眼を隠した。
そして里の者達は面をしている少年は青龍であり危険だと言って避けていた。
里人から離れて住む彼には友人がいなかったのだ。
「青龍!」
「アオ…」
「来い。」
そこに先代青龍であるアオがやってきた。
彼は大柄な体に長い髪が特徴的だった。
彼に手を引かれて幼い青龍は里から離れた小屋のような所にやってきた。
「あまり外に出るなつっただろ!なんで言う事を聞かない!?」
「ごめ…アオ…で…も…ともだち…ほしい…」
「それで…友達は出来そうかよ?あぁ!?
無理だろーが!わかったら家に閉じこもっとけ!!」
青龍の眼を見た者は石になると里の者達は信じている。
実際には石になる事はないが、相手の神経を麻痺させてしまうため危険であるのは事実。
場合によっては心臓を止めて殺してしまうこともあるのだ。
青龍は遠くを見る事ができたため里の守り人の役目も担っていた。
「アオ…よくない人が来てる…」
「近くか?」
「夜営しながらこっちを見て…る…」
「くそっ」
アオが立ち上がろうとすると彼はふらついてしまった。
彼の眼は日に日に見えなくなって、それを反して青龍の眼はアオの力を吸いとるようにどんどん遠くまで見えるようになっていった。
アオは古くなった面をすると剣を持って外に出た。
そして青龍の案内で里を襲おうとしている人々に歩み寄る。
「残念だったな。ここにいるのはただの剣士で、妙な力など使わない。
里を脅かす者よ、はかない人生だったな。来世に期待しろ。」
アオの剣術は目に頼らずとても強かった。青龍は不思議に思って問うた。
「わるい人…には…眼…つかわないの…?」
「いいか、青龍!その眼は呪いの眼だ。
制御のしかたは教えるが決して使うな!!」
アオは凄い形相で青龍に言った。
「使えば呪いは自分に返ってくる。
相手の麻痺は自分の麻痺に。諸刃の剣なんだよ!!
そうでなくてもこんな力があるからいつまでたっても忌み嫌われたり狙われたり…」
「…じゃ、眼…つかわないで剣…で村まもった…ら…ともだちできる…?」
「出来るわけねぇだろ。」
そう言い残してアオは小屋へと歩き出す。
その背中を追いかけた青龍は途中で転んでしまう。
「まっ…て…おいていかないで…っ」
するとアオは静かに左手を青龍が握れるよう差し出したままゆっくり歩いていた。
それが不器用な彼なりの優しさだったのだ。
青龍は嬉しくなって笑うとアオに駆け寄って大きな手を握った。
―アオは剣をおしえてくれた…
アオは眼の力のことをおしえてくれた…
アオはきびしかった…アオはどんどん弱くなっていった…―
ある日、里にやってきた山賊と戦っている時アオはふらつき、青龍が投げた剣によってどうにか追い払うことができた。
「アオっ…だいじょぶ?」
山賊が逃げたのを確認した途端、アオの面が地面に落ちた。彼は笑っていた。
「ア…オ…?」
「みえない…もうなにもみえない…やった!やっと死ねる!!
もうなんの力もない!体もマヒしてやがる。解放された!!!おれは人間だ!!!」
狂ったように空を仰ぐアオを青龍は静かに見守っていた。
そのとき足元に転がっていた鈴を彼は見つけ面に付けた。
アオが立ち上がるのに手を貸して青龍は鈴の音を響かせながら歩き出した。その音を頼りにアオも足を進める。
「あれ…お前…鈴なんて持ってたか…?」
「…ひろった。キレイ…だから…」
「ふぅん…いいな、それ。見えなくてもお前がどこにいるのかわかる。」
青龍は嬉しくなって無邪気に頭を振り音を鳴らした。
そして振り返って彼が見たのは涙を流すアオの姿だった。
「ごめ…な…ごめんな…お前…ひとりにして…ごめん、な…」
青龍はそんなアオを見ていられなくなって前に向き直った。
―いやだ、アオ…もっと別のはなししようよ…
でもおればかだから…ことばなにもうかばない…
アオがしゃべって…ねぇ、アオ…声をきかせて…―
しかし、もうアオが話すことはなかった。
アオの力はすべて青龍に移り、それと同時に彼の命は削られていたのだ。
もうアオは目を覚ますことはない。
独りになった青龍は小屋で膝を抱えて泣いた。鈴の音を鳴らしても誰も来てくれない。
―おれはここにいるよ…―
そのとき彼はたくさんの兵士が里へ向かってきている事に気付いた。
山賊が地の部族の兵士に知らせたからだ。
まだ青龍の剣ではあんな大人数を倒すことはできない。
しかし彼はアオが守ってきた場所を守りたかった。
だから使ってはならないと言われていた眼の力を使って兵を全滅させてしまったのだ。
―ああ…ごめんね、アオ…この力は本当に使ってはいけないものだったんだ…―
青龍は力尽きてその場に倒れた。
また襲われる事を恐れた青龍の里の者達は今私達がいるこの岩山へ引っ越して来て隠れ住むようになったようだ。
私とヨナを見つける前、青龍は目の疼きを感じていた。
そして私が殴り飛ばされ、ヨナが地下へ閉じ込められそうになっている事に気付き助けに来てくれたらしかった。
彼がヨナに触れた瞬間、彼の心に直接龍の声が届いた。
「四龍の戦士よ
これよりお前達は我々の分身
緋龍を主とし
命の限り
これを守り これを愛し
決して裏切るな」
それはキジャが聞いた物と同じだった。
私達をハク達のもとに送り届けて逃げた青龍は足を進めながら思う。
―目が疼く…あの少女に触れた時…
声が響いてその場に崩れ落ちてしまいそうになった…
白い…龍と黒い龍がいた…どうして俺は彼らを龍だと思ったんだろう…
どうしてこんなに血がたぎるように熱い…
眼が疼く…しずまれ、この力はもう二度と知られてはならないのだから…―
彼は自分がいつも過ごす空間にやってくると座りこんで身を小さくした。
そんな彼に先程のリスがやってきて擦り寄るのだった。
私達はというとハクに手を掴まれて足を止めたヨナを振り返っていた。
再び青龍を見つけるため迷路と化している洞窟へ行こうとしたのに止まらざるを得なかったのだ。
「姫さんはここにいろ。」
「ハク?」
「青龍は俺とリンとユンで首根っこ引っつかんで来るから。」
「何を言う。行くなら私だろう。」
「よし!任せた白蛇様。」
「なに―――ッ」
「とにかく姫さんはもう中に入るな。外で待って…」
「いいえ。行くのは私とキジャとリンとユン。ハクはここで待ってて。」
ハクは目を丸くしたまま座った状態でヨナを見上げた。
「キジャは青龍の場所が、ユンは道がわかる。
リンと私はお礼を言わなきゃいけない。
そして私が青龍に会わなきゃ。それは私の役目だと思うの。お願い。」
「…で、誰かが外で里人を見張ってなきゃいけない。それが余った俺ってわけですか?」
「ハクだから任せるの。さっきみたいな事にならないよう気を付けるから。」
するとハクはヨナの両手を握って自分に引き寄せると顔をぐっと近づけた。
「ハク?」
「今度はちゃんと戻って下さいよ。でないと、この先うぜェくらい側から離れませんからね。」
「ハク…うざいのはヤダ。だから気をつける。」
「おー、そうして下さいよ。」
「『不憫…』」
私とユンはヨナとハクの様子を見てハクに深く同情した。
「おい、白蛇。」
「白蛇ではな…」
先に歩き出したヨナとユンを追い掛けるように歩き出したキジャをハクは呼び止める。
振り返ったキジャはハクの真剣な目を見て言葉を詰まらせる。
「頼む。」
「言われずとも!」
私も歩き出そうとするとハクが服の裾を掴んだ。
『どうしたの?私にも行ってほしくない?』
「気を付けろ。」
『えぇ。ハクこそ…ずっと監視されてるんだから気を付けてね。』
「あぁ…お前もちゃんと戻れよ。」
『約束するわ。』
彼と額を当てて微笑むと私は颯爽と歩き出した。
彼は私の背中を見送ると大刀を肩に掛けて壁にもたれて座った。
「気味悪ィ連中だな。ま、せいぜい威嚇してやるさ。」
歩き出して暫くするとユンはヨナに言った。
「お姫様、本当は少し怖いでしょ。雷獣がいないから。」
「ユン、言わないでっハクがいると当たり前のように頼りすぎちゃうもの。」
『ハクは姫様に頼られたいと思いますよ?』
「うん、でも…ハクは本当は私ではなく父上に仕えていたの。
リンだって私ではなくてハクに付き従っているんだもの。」
『そんなこと…』
「今も父上の命令を守ってくれているのよ。」
「それだけ…じゃないと思うけど…」
「ハク、将軍とか護衛とか嫌がってたし、今はまだ出来ないけど…いつかはハクとリンに自由を返したいと思う。」
『姫様…』
私は彼女の言葉に微笑むながら膝を曲げて彼女の両手を握って視線を合わせた。
「リン…?」
『姫様…いえ、ヨナ。よく聞いて。私は貴女だから共にいるの。
もちろん、陛下の命を受けて貴女の護衛をハクと共にやっていたのは事実だけど今は違う。
だってもうハクは将軍ではないし、私だって自分の意思でここにいる。私はヨナの傍にいたいって思ってるのよ。』
「リン…ホント?」
『えぇ。ヨナの事、大好きだから。』
「ありがとう!!」
彼女は私に抱き着いてきた。そんな彼女を抱き止めて私は微笑む。
―そう…出逢いがどのような形で、護衛をどんな形で始めたとしても貴女の横に並ぶ事を選んだのは私やハク自身…
私達にとって誰よりも大切なのはヨナ、貴女なんだから…―
それから少し歩くと行き止まりが見えた。
「えっ、ここの行き止まりに隠し通路!?」
「えぇ。」
「青龍のヤツ、絶対そこだよ!」
「よし、早く引きずり出しましょう。」
『キジャ…』
「っ!」
私はある気配を背後に感じてキジャを呼ぶ。すると彼も気付いたようだった。その間にヨナが隠し扉を開く。
「おー、開いた開いた!キジャ、リン。行くよ。どうしたの?」
「あ、いえ。青龍はその先にいます。
私はここで待っていますから先に行ってて下さい。」
「了解。」
「リン、そなたも行って下さい。」
『わかった。』
私が頷いてヨナとユンと共に松明を持って隠し扉をくぐるとキジャは自分達が来た方向を振り返った。
そこには面をした男達が背後に武器を隠して立っていた。
「さて…このような狭き場所で何用だ?」
「その先へ行った者は帰すわけにはゆかない…」
「黙れ。赤き龍の尊さをも忘れた不届き者共。
あの御方に近づくこと、この白龍が許さぬ。」
青龍はというと白龍と黒龍の気配を感じていた。
―白い…龍が近くにいる…それに黒い龍が…近付いてきてる…―
「アオ…隠れて…」
リスを隠すと青龍は背中に背負った剣に手を掛けた。
―俺を探してる…?やはり侵入者?
里人(みんな)の不安が伝わってくる…敵ならば倒す!―
そんな彼のいる場所へと私は微かな気配を頼りにヨナとユンを案内する。
そして足を踏み入れるとヨナは笑顔でふわっと微笑んだ。
私もやっと会えた喜びからか笑みを零していた。
「こんにちは。」
すると青龍の中で鼓動が一度大きく打った。
―なんだ!?こいつは何なんだ!?―
「うがあああああっ」
青龍は叫びながら剣を抜きこちらを睨む。だが、ヨナも私も怯むことはない。
ユンは焦ったように私の腕にしがみつく。
「やばいよ!こんな穴ぐらの奥で面つけてうずくまってるなんてやっぱアブない人だったんだよ!俺、キジャ呼んでくる。」
『大丈夫よ、ユン。』
「でも…っ」
そのときヨナは足元にいるリスに気付いた。
「あっ♡また会った。」
「えっ、何この頬袋ぱんぱんの小動物!!」
「この子、何ていう名前?」
ユンはリスを両手で抱き上げて名を青龍に問う。
「……………アオ…」
「あ、答えてくれるんだ。」
「全然似合わないわね。」
『ハハハッ、姫様直球ですね。』
「歩み寄ろうよ、お姫様!!リンも笑い事じゃないよ!?」
―似合わない…やっぱり…俺も…そう思う…―
『私はもう感じてると思うけど黒龍のリン。
青龍、私達は貴方にお礼を言いたいの。』
「さっきは助けてくれてありがとう。私はヨナ。あなたの名前は?」
「……青…龍…」
「…あなたの名前よ。それはあなた自身の名ではないでしょう?」
「……名は…ない。ただ…青龍だ。」
するとヨナはそっと青龍に歩み寄った。私はユンと並んで彼女の後ろに控える。
「寄るな…!お前達はなんだ…?
なぜこの里に入ってくる!?なぜ俺に近づく!?なぜあの白い龍は…」
「…私はあなたに会う為にここまで来たの。
青龍、あなたの力を借りたいの。私と一緒に来てほしい。」
―なぜ俺はこんなにもこの少女に逢いたかったと思うのだろう…―
青龍はヨナの言った力という言葉に反応し、過去の惨劇を思い出した。彼はヨナの胸倉を掴み剣を向ける。
「お姫様っ!」
『っ!』
私はユンと同様驚きながらも彼を止めた。
「リン!?」
『大丈夫…ヨナなら大丈夫…』
「敵…青龍の力を欲する者は敵…!」
ヨナは真っ直ぐ青龍を見上げたまま目を逸らさなかった。
青龍は何も出来ないまま手を震わせる。
「おまえ…おまえはなんだ…?おまえなんか知らない…」
―なぜ手がふるえる?どうして泣きたいのだろう…―
そんな彼の困惑する感情も近くにいる私には直接心の奥から感じられた。
私は彼の優しい心に触れた気がして一筋の涙を流した。彼の手がそっとヨナから離れる。
「青龍、私はあなたの敵じゃないよ。
私は私と仲間が生きてゆく為に四龍探しをしているの。
あなたを仲間として迎えたい。」
―仲…間…―
「…俺は呪われているから。」
「呪われて…?」
「この力は決して外に知られてはならない破滅の力…」
『誰がそんな事を?』
「事実だ。もう眼の力は使わない。」
「だから行かないと…?どうしても?」
「……去れ。」
彼は静かにどこか寂しそうに言った。
ヨナはユンに呼ばれて青龍を残してその場を去ることにする。
「…一つ言わせて。あなたの手はとても温かかった。
呪いがどんなものかは知らない。
でもあれが呪われた者の手だというなら、あなたが恐ろしい呪いを持っていたって私は全然構わない。」
そう言った彼女の姿は眩しかった。そして彼女は歩き去り始める。
私は背後で聞こえた青龍の鈴の音に振り返り足を止めた。
『姫様、ユン…先に行っていて下さい。』
「リン?」
『彼を残して行くことはできません。心が痛んで仕方ないのです。』
「わかったわ。」
「早く戻って来てね。」
『はい。』
私は駆け出すとそのままの勢いで青龍に抱き着いた。
彼は驚いていたようだが剣を抜きもせず目を見開いていた。
「リン…」
『あなたを残して行きたくない…
こんな思いになるのは私が黒龍だからなのかしら…
ねぇ、青龍。少しだけでいいの。傍にいてもいい?やっと会えたんだから…』
彼は小さく頷くと私の背中に手を回した。その手はとても優しくて温かかった。
「心臓が…」
『ん?』
「心臓が…ひきちぎられそう…だ…
仲間…俺がなっても…いいのだろうか…」
『大歓迎よ。』
私は自分が黒龍として目覚めたのはつい最近だという事、そして青龍と会えた事によって胸が懐かしさでいっぱいになっている事を伝えた。
その気持ちは何となく青龍も同じだったらしい。
私の甘い香りが彼を包み込み、彼の高ぶっていた気持ちも落ち着いてきた。
リス…アオは私の甘い香りに誘われるようにこちらにやってきて肩に乗ると擦り寄ってきた。
その頃、道を戻っていたヨナは不貞腐れていた。
「お姫様、すっげ腑に落ちないって顔してるよ?」
「あの部屋…何もなかった。彼はちゃんと食べているのかしら。
何だか大切な人を暗い檻に置きざりにした気分。変ね、初めて会ったのに。」
そのときユンは扉の向こうがガヤガヤと賑やかな事に気付いた。
「何か騒がしい気が…」
「キジャ…わっ!?」
キジャが里人と対立していることにヨナとユンは驚きを隠せない。
「姫様お下がり下さい。」
「出てきた。」
「出てきたぞ…」
「片づけろ。」
「な…何、この者達は?」
「彼らは青龍を隠す為、我々を消すつもりです。
ご安心を!素人相手に力は使ってません!」
「常人の何十倍の力でゲンコツしとるがな。」
キジャは襲いかかろうとする里人を右手で殴るため、十分強烈なのだ。
「あなた達はどうしてそんなに…」
「姫様っ」
「よしてよ、こんな狭い所でっ」
ユンに向けてもナイフが向けられて彼らは少しずつ壁へと追い込まれていく。
そのとき青龍と並んで座っていた私は何かが崩れる気配を感じた。
『危ない…』
「?」
『崩れる…姫様!!』
「あ!!」
私達がいる空間もヨナ達がいる洞窟の奥も揺れて天井が崩れてきた。
私は上から大きな岩が落ちてきて避けきれないと判断し硬直していたが、青龍に腕を引かれ彼に抱き寄せられた。
揺れが治まるまで2人で身体を小さくしていた。
―お願いです、イル陛下…!!私はどうなってもいい…だから姫様だけは…!!ヨナだけは!!!―
「地震!?」
「姫様っ」
「ハク!!」
地震を感じてハクは立ち上がる。
―あの奥は姫さん達が…―
そして瓦礫はハクの目の前で通路を塞いだ。彼は瓦礫の前に立ち尽くす。
「嘘…だろ…」
彼は素手で岩を薙ぎ払っていく。それがどんなに無意味なことか知っていながら。
「姫さん!リン!ユン!白蛇っっ」
ハクは顔を青くして瓦礫を殴りつけるとその場に膝をついてしまった。
―行かせるんじゃなかった…
こういう事態をどうして予測出来ない!?こんな所で…
こんな所で守れねェってどういう事だよ!!―
「頼む、イル陛下…連れていかないでくれ…」
―ハク…こわいよ、本当はすごく…
ハクがいなくてもがんばろうって思ったのに怖くてハクを探してしまう…
私はこんなにも弱い…負けたくないのに…―
「姫様!!」
そう思っていた彼女はキジャに呼ばれて目を覚ました。
彼が庇ったためヨナは傷もなく無事だったのだ。
2人の近くには身を小さくしたユンもいる。
「大丈夫ですか?」
「あれ…どうなったの?」
「地震は収まったんですが…」
「だめだ。この道は出口が塞がれてる。」
「そんな嘘だろ!?」
「俺ら死ぬのか…」
「冗談じゃない。」
通路が塞がった事で皆閉じ込められてしまったのだ。
ユンは震えていた。頭がいい為に現状を即座に理解したのだろう。
「閉じこめられた…こんな狭いとこで大人数で…息が続かないよ…」
―息…苦しい…?私ここで死…―
「だからなぜそなたに言われねばならんのだっ!」
その瞬間、唐突にキジャが叫んだ。
「キジャ…?」
「あ、申し訳ありません。
今なぜか唐突にあの無礼な男が“頼む”…と頭の中で喋ったのでなんだかとてもムカムカしてしまい。
姫様をお守りするのは私のお役目なのに。」
彼の様子にヨナは笑みを零す。
「なんか元気出てきたわ。」
「私も元気です。この私がいる限り案ずる事は何もございません。」
キジャはそっと自分の右手を隠す包帯を外した。
「キ…キジャ?どうすんのさ爪なんか出して…」
「掘る。」
彼の爪を見た里人が悲鳴を上げた。
「わぁああああっ」
「化け物…っ」
「ひいいっ」
「騒がしいぞ。青龍の里を守る者達が情けない。
私は白龍だと言ったであろう。」
「は…白龍…」
「本当にいたのか。」
「青龍様以外にも呪いの力を持った龍が…」
「あ…あ…うわあああぁあっもう嫌だ!出せ、出してくれ!」
ある一人の男が瓦礫の壁を殴りながら叫ぶ。
その声は私の耳にも届いた。私がそっと目を開くと青龍のぬくもりに包まれていた。
『青龍…』
「大丈…夫…?」
『えぇ、ありがとう。瓦礫が崩れて閉じこめられたみたいね。』
「見えるの…?」
『ううん、聞こえるの。私、黒龍は耳に龍の力を宿していて遠くの音も聞こえるのよ。』
青龍は私の説明に納得したようだった。
『ねぇ、青龍は何か脱出する方法を知ってる?』
「掘れば…いい…外に繋がって…る…」
『みんなに伝えなきゃ。』
私達はゆっくり立ち上がり通路を歩き出した。
その間も私の耳には里人の叫び声が聞こえている。
「だいたい俺はこんな穴ぐらには住みたくなかったんだ。
それをあいつが…あいつが…あいつのせいで…!!」
「どうして?どうして青龍の力が呪いなの?」
―あんなに優しい手をしてるのに…―
「彼は邪悪なんかじゃ…」
「余所者に何がわかる!
ずっと一族の中から龍の眼を持つ化物が生まれ、青龍の力に怯えて暮らし、青龍が死んでもまた誰かの子供が青龍になって…
次は我が子かもしれないと…!死ぬまで怯えて生きる気持ちが!!」
「我々は…そんな呪いを抱えていると決して外に広めてはならないのだ。
青龍は生まれてすぐ面をつけあまり外にも出さない。それが掟だ。
それなのに14年前、青龍はその恐ろしい呪いの力を使い兵士を大勢殺したのだ。まだたった4歳の子供が…」
「それから我々は再び兵が来るのを恐れ…ここに移り住んだ。」
「もう耐えられない。これが呪いでなくて何だ!!」
私はそれを聞きながら青龍の手を握った。
「リン…」
『私は青龍が優しい人だと思う。
だってさっきだって抱き寄せて守ってくれたもの。呪いだなんて思わない。』
私は無邪気に笑って彼を見つめると手を繋いだまま洞窟を進んだ。
鈴の音を響かせながら歩み寄るとキジャがまず気配で気付いた。
―来た…!―
そして私と青龍は共に扉をくぐって姿を現した。
「ひっ…!!」
『姫様!!』
私は彼女を見つけてその無事を喜び青龍の手を離すと彼女を強く抱き締めた。
『よかった…』
「リン…あなたも無事だったのね。」
『青龍が守ってくれたんです。現状については騒ぎをすべて聞いていたので理解しているつもりです。』
そのとき青龍を見た里人が慌て始めた。
「せ、青龍…様…っ」
「俺はなにも…」
「あ…よ、余所者に話してなんか…」
「うわぁあああああ!!寄るな、ばけもの!!殺さないでくれ!寄るなあっ」
男が暴れて振り回した手が青龍の面を弾き飛ばした。
面の下から現れた眼は黄色く澄んでいた。
―呪いがどんなものかは知らない…
しかし彼は確かに息も止まる程の美しい眼をしていた…―
私達は彼の眼を見て惹きこまれるような錯覚に襲われたのだった。
青龍の面が落ちた事で里人達は混乱していた。
「面が…」
「青龍様の面が…」
「う…あ…」
「どうしたの!?」
ユンは驚いて里人に尋ねた。
「あ…あの眼を見ると石になるんだ…!」
「お…俺達を殺しに来たんだ。」
「青龍は私を助けてくれた。理由もなく人を殺したりなんか…」
ヨナとユンは青龍の真っ直ぐな眼を見て息を呑む。
私は面を手に取って微笑んだ。
『彼の眼を見ても石になんてならないわ。』
私は青龍の前に立ってその眼を見つめ返した。
彼は一瞬きょとんとしてからそっと目を閉じ手を差し出した。
その手に私は面を乗せながら少しだけ寂しく思った。
―やっぱりその美しい眼を隠してしまうのね…―
里人は青龍が目を閉じ面をした事に驚いているようだった。
―眼を閉じた…敵意がないと知らせるため…?―
面をした青龍にキジャは冷たく言い放つ。
「何しに来た、青龍。そなた我々と共に行く気はないのだろう?」
青龍は何も言わずに近くに落ちていた斧を手に取るとキジャに向けて歩いて行って、斧を振り上げた。
これには流石の私、ヨナ、ユンも驚き、キジャも身動きを取れずにいた。
だが、青龍が斧を突き立てたのはキジャのすぐ隣の岩壁だった。
「…っ!そなた!脱出の手助けに来たなら口で言わぬか!
四龍同士で闘わねばならぬのかと絶望したぞ!」
『脱出方法を伝えに来たのに口で言わないのね、青龍…』
「…というか、そなたどこを掘っている?」
「ここ…外につながってる。ここを崩す方が早い…」
「それを早く言わぬか!!姫様、すぐに掘りますのでお待ちを。」
『私も手を貸しましょう。』
私は両手の爪を出した。その様子に里人は息を呑み怯えた。
「ば、化け物がもう一人…!?」
『あ、私のことかしら?私は黒龍。耳と爪に龍の力を宿す者。』
「そんな輩は放っておいてよいぞ、リン。」
『それよりまずここを出る事の方が重要ね。』
「私も掘るわ。ちょっと貸して。」
「え、あの…」
ヨナは近くにいた里人から短剣を奪うとこちらへやってくる。
「いけません。姫様をお助けするのは我ら四龍の役目…」
「私にもやらせて。一刻も早くここを出よう!」
「…はい!」
『えぇ。』
「あんた達も命が惜しかったら掘りな。」
ユンも短剣を里人から盗み構えた。
私、キジャ、青龍が中心となって掘り進めていく。
―ハク…ハクは無事?私帰るから…絶対帰るから!!―
ハクは同じ頃、大刀で瓦礫の壁を掘っていた。
「くそ…固いな。」
―どれだけ埋まってるんだ‥いや、絶対助ける!―
そのときハクが自分の後ろに里人が集まって来ている事に気付いた。
「…何だ?」
「む…息子がその先に埋まってて…」
「俺の仲間は青龍を探しに行って埋まった。あんたらの家族もその辺りにいると?」
「…」
「答えろ。今隠しても得はないぞ。」
「は…はい。」
「長老、外からなら…」
「しかし…」
小声で話す長老と男性に気付きハクは大刀を向けた。もう彼にも余裕がないのだ。
「何だ?知ってる事があったら言え。仲間の命がかかってるんだ。
早くしろ。悪いが、なりふりかまっていられないんでね。」
ハクは里人から情報を得て駆け出すのだった。
ヨナは必死に剣で岩壁を掘っていた。
しかし、酸欠と疲れでふらついてしまう。
―あきらめない…もっと壊して…早く…ここを出るんだ…―
倒れそうになった彼女を青龍がふわっと抱き止めた。
「青…龍…」
「青龍、そなたの部屋に姫様をお連れしろ。」
『ここよりは息苦しくないでしょ。』
「へいき…平気だってば…」
青龍はヨナを抱き上げると部屋へと歩き出し、座らせると自分の持つ毛皮で彼女を包んだ。
「さ…寒くないよ。平気よ。」
そして最後にアオ(リス)を手渡すと、彼女はクスクス笑い青龍の優しさに涙した。
―やさしいひと…どうして青龍の優しさを誰もわかろうとしないんだろう…
ここに来たのだってきっと里の人を心配したからなのに…
きっとそうやってずっと彼なりに里の人を守ってきたのに…―
「くやしい…あなたがひとりでいるのがくやしいわ。
会ったばかりの私の思い上がりかな…」
青龍は彼女の様子に言葉を失う。
自分に対してそんな風に言う人に出逢ったことなんてなかったからだ。
「…よし、まだやれる。私はがんばれる。」
「あ…」
「私ね、青龍。15年間ずっと外に出た事なかったの。
私は小さな世界で小さな幸せを守ってた。それが突然奪われてわかったの。」
―何の不安もない日々…
ひもじい思いをすること、心を潰される思いがあること、それでも呼吸をやめないこと…生きたいと願うこと!―
「私が生きること、あなたが生きること、無意味だなんて言わせない。」
ヨナは青龍を振り返って両手を広げた。
青龍の眼にはそんな彼女が眩しく見えた。
「だからこんな暗闇打ち破ってあげる。
青龍が青龍のまま手足をのばせる場所に必ず連れていくからね。」
―そんな場所あるのだろうか…どこに行けばあるのだろう…
いや本当はもうわかっているんじゃないのか…?―
ヨナが戻って来て短剣を手に再び掘り始める。
キジャは彼女に休んでいるよう言うが、私は彼を止めながら笑っていた。
「リン、そなた…」
『無理はなさらないでくださいね、姫様。』
「うん!」
それから掘って私達全員の息が上がってきた。
『はぁはぁ…』
「ま…まだか外…」
そのとき小さな光が見えた気がした。
私は目の前の壁の向こう側から何かが岩壁にぶつかる音を微かに聞き取った。そして咄嗟にヨナを抱き締めた。
「リン?」
『下がれ!!』
私は他の人達に向かって言うが少し遅かったようで、大きな音と共に壁が崩れた。
反対側から誰かが斧で壁を掘り進め、こちら側と通じ合ったようだ。
大きな岩が一番前にいたキジャの顔にぶつかり、里人達も逃げ遅れた人には傷が出来ていた。
ユンは偶然キジャの背後にいたため無傷だ。
「姫さん!」
「ハク…!」
「リン…」
『ハク…』
里人は家族との再会を喜び、私はヨナ諸共ハクに強く抱き締められていた。
キジャは横でぎゃんぎゃん言っているがそんなことは完全に無視。落ち着くとハクは私達を解放した。
『無事でよかったわ、ハク。』
「お前が言える立場じゃねェだろ…心配掛けんな。」
『ごめん。』
青龍は光の中へ歩き出すヨナを見ていた。
彼女は彼の視線に気付き振り返り優しく笑う。
―本当はもうわかっていたんだ、彼女を初めて見た時から…
あの少女の傍らに光ある場所があると…―
『ハク、よくあの場所がわかったわね。』
「里の連中に聞き出した、青龍の部屋の辺りを。
家族の命がかかって初めて連中は秘密を吐露した。
里人の面もしきたりじゃなくて、青龍の存在と自分の表情を隠すためなんだと。」
『へぇ…』
「よかった、家族をも見捨てる人達じゃなくて。」
「恐怖に勝てないのも人ゆえ…だよ。」
「ひ…ひいっ」
青龍を見ると里人は悲鳴を上げながら逃げて行く。
「それで?アレをどうするんだ、姫さん。」
「それが困ったわ。あきらめきれないの。」
彼女の言葉に私、ハク、キジャ、ユンはやっぱりとでも言うように笑った。
ヨナは青龍に駆け寄って行く。私達はただそれを見守るだけ。
「青龍!もう一度言うわ。一緒に行こう。あなたを連れて行きたい。」
「…俺は…」
「私の前では眼を閉じなくていいの。
あなたの力は本当に無差別に人を殺めるもの?
リンがあなたの眼を真っ直ぐ見つめていたけど何も起きなかったし、彼女は笑ってさえいたわ。
それにアオだってこんなにあなたに懐いてるのに?
アオはわかってるのよ。あなたは破滅なんかじゃない。」
―許されるのならこの姿のまま生きてもいい?―
ヨナが差し出した手にそっと青龍は自分の手を重ねる。
―かまわないというその手を握り返してもいいだろうか?信じてもいいだろうか…―
「お世話になりました!」
ヨナは里人に手を振り歩き出す。私達もその背中を追って村を出た。
アオは青龍の肩に当然のように飛び乗る。
青龍は後ろを振り返り里人にそっと頭を下げると歩き出した。
それと同時に鈴の紐が切れ落ちてしまう。
青龍はそれを見て昔自分を育ててくれた大好きだった人を想った。
―もう平気だよ。鈴の音がなくても呼びあえる仲間ができたと言ったら笑うだろうか…
もう顔も思い出せない大好きだったあの人は…―
『青龍、行こう!!』
なかなか来ない彼を振り返って私は呼ぶ。すると彼はこちらへ駆けて来た。
こうして青龍も旅の仲間に加わったのだった。