白いレースのカーテンが揺れる。窓から差し込む光は、逆光となってあにまんまんの背を温めた。
　膝の上から眺める彼の顔は、暗く落ちた影と対照的に、穏やかな聖母の慈しみに満ちていた。紫の衣がもういくらか青みがかっていれば、宗教画として美術館に並ぶものと遜色ないものだったかもしれない。

「ん？ 俺くん、どうかしたゲー？」

　もしかしておねむだゲーか、と甘く優しくあにまんまんが笑う。特徴的な円環の瞳がきゅうと細まって、蜂蜜のようにとろける。こちらをじいと覗き込む目と見つめ合っていると、だんだんおかしな気分になってくる。
　あにまんまんの手が「よしよし」と俺の額を撫でると、まぶたがずんと重たくなった。

「そのままねんねしても良いゲーよ」

　俺をいたわる声が、うっとりとした眠気を誘う。午後の柔らかな陽の光の中、風が鼻先をくすぐった。

「俺くん、よい子だ、ねんねだゲー」

　心地よい春先の午睡は、嫌なことも悲しいことも何もかも忘れさせてくれる。
　さっきまで脳内を占領していた悩みの種も、あにまんまんの口ずさむ子守唄に溶けて消えていく。
　いや、そもそも何かを考えていたのだろうか？ だって、俺は赤子なのだから、悩むような事はないはずだ。こうやって、あにまんまんが守ってくれて、何一つ心配しなくていい。なんと幸せなんだろう。
　俺の意識は、ゆっくりと落ちていった。

「安心して眠ると良いゲーよ」

　眠りの底に落ちる直前、あにまんまんの声を聞いた気がした。
　けれども、最早その言葉の意味を理解するには遅すぎた。

「これからずっと、ずーっと、俺くんは、僕のかわいい赤ちゃんだゲー！」

　否、わかっていてなお、この現実を受け入れたくなかっただけかもしれない。子どもにしてはあまりにも大きすぎる頭を、あにまんまんに押し付けて。

　俺は幸せな世界の夢を見るため、意識を手放した。