あにまんの森
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「僕はあにまんまんだから僕なのか、」かつてモラトリアムの日々で出会った不可思議な友人は言った。「あるいは僕だからあにまんまんなのか。」
その男は例えいつ会ったとしても紫の服を身に着けている奇妙な習性があった。もっともそれは葡萄やワインの紫ではなく、安っぽいカシス・リキュールのパッケージを彩るパープルのようだった。(あるいはジュリエットが飲み干した毒薬を思わせたかもしれない。)
「それで──一体何が言いたいんだい。 」ぼくがそう答えると、彼はカーステレオのボリュームを下げた。FMラジオからはソニー・ロリンズの「ウェア・アー・ユー」が流れていた。
「つまるところ」彼は少しの間思案した。「僕は僕があにまんまんとして──この世にある意味を確かめたいんだ」「確かめたい」
彼の口から零れた言葉を、転がすように繰り返した。やれやれ、また始まった、ぼくは心の中でぼやいた。
この風変わりな友人はいつだってこんな具合だった。突拍子もないことを助手席のぼくに投げかけ、それから暫し口を閉ざす。その静けさと言ったら、まるきり呼吸を止めてしまったのかと錯覚する程だった。
彼の愛車であるアウディのエクスクルーシブは、艶やかなベルベットの紫を纏っていた。彼が決して(葬儀の時は別かもしれないが、生憎ぼくは彼の喪服を目にしたことがなかった)脱ぐことのない紫の服と同じ色彩。この助手席に座っていると、次第にぼくと彼は同一の存在になっていった。
否、それは正しくないかもしれない。ぼくが彼の一人格に、ペルソナの一枚に変化していったとも言えるだろう。だが、それは結局どちらでも構わなかった。
重要なことは、この問答を投げかけた彼の中に、必ず答えがあったことだろう。流れていく景色をぼんやりと眺めていれば、再び彼は重々しく口を開いた。
「語尾にゲー、と付けずとも僕はあにまんまんに違いない。紫の服をやめたって、僕はあにまんまんだろう。」
彼と精神的に同一の存在になったぼくには、次に彼が続ける言葉がわかった。そうして、たまらず口を挟んだ。
「それなら、君が君でなくなっても、君はあにまんまんで、あにまんまんは君だ。そう言いたいのかい。」
ぼくはじっと彼の横顔を見つめた。地球が自転を止めてしまったのかと錯覚するほど、静かで長い時間がぼくらの間に流れた。
やがて、彼はたった一言のために、こちらを向いた。
「あるいは、そうかもしれない。」
それから少しあとに、ぼくらの奇妙な関係は終わりを告げた。再び「あにまんまん」と名乗る存在に出会ったのは、さらに数年経った頃だった。
その男は例えいつ会ったとしても紫の服を身に着けている奇妙な習性があった。もっともそれは葡萄やワインの紫ではなく、安っぽいカシス・リキュールのパッケージを彩るパープルのようだった。(あるいはジュリエットが飲み干した毒薬を思わせたかもしれない。)
「それで──一体何が言いたいんだい。 」ぼくがそう答えると、彼はカーステレオのボリュームを下げた。FMラジオからはソニー・ロリンズの「ウェア・アー・ユー」が流れていた。
「つまるところ」彼は少しの間思案した。「僕は僕があにまんまんとして──この世にある意味を確かめたいんだ」「確かめたい」
彼の口から零れた言葉を、転がすように繰り返した。やれやれ、また始まった、ぼくは心の中でぼやいた。
この風変わりな友人はいつだってこんな具合だった。突拍子もないことを助手席のぼくに投げかけ、それから暫し口を閉ざす。その静けさと言ったら、まるきり呼吸を止めてしまったのかと錯覚する程だった。
彼の愛車であるアウディのエクスクルーシブは、艶やかなベルベットの紫を纏っていた。彼が決して(葬儀の時は別かもしれないが、生憎ぼくは彼の喪服を目にしたことがなかった)脱ぐことのない紫の服と同じ色彩。この助手席に座っていると、次第にぼくと彼は同一の存在になっていった。
否、それは正しくないかもしれない。ぼくが彼の一人格に、ペルソナの一枚に変化していったとも言えるだろう。だが、それは結局どちらでも構わなかった。
重要なことは、この問答を投げかけた彼の中に、必ず答えがあったことだろう。流れていく景色をぼんやりと眺めていれば、再び彼は重々しく口を開いた。
「語尾にゲー、と付けずとも僕はあにまんまんに違いない。紫の服をやめたって、僕はあにまんまんだろう。」
彼と精神的に同一の存在になったぼくには、次に彼が続ける言葉がわかった。そうして、たまらず口を挟んだ。
「それなら、君が君でなくなっても、君はあにまんまんで、あにまんまんは君だ。そう言いたいのかい。」
ぼくはじっと彼の横顔を見つめた。地球が自転を止めてしまったのかと錯覚するほど、静かで長い時間がぼくらの間に流れた。
やがて、彼はたった一言のために、こちらを向いた。
「あるいは、そうかもしれない。」
それから少しあとに、ぼくらの奇妙な関係は終わりを告げた。再び「あにまんまん」と名乗る存在に出会ったのは、さらに数年経った頃だった。
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