夕焼け空がすこしずつ、東の方から紫がかっていく。住宅街の窓にはぽつぽつと明かりが灯り始めた。
　楽しい時間はいつか必ず終わりを告げ、別れを運んでくる。分かっていたはずなのに、どうしようもなく胸が痛かった。

「俺くん、今日はありがとうだゲー！」

　へにゃりと口角を上げるあにまんまん。二人の帰り道は、この三叉路でたった一人の帰り道になる。
　あにまんまんの背後に佇むカーブミラーは、彼の背中と、俺の情けない顔を写し出していた。
　夕陽とともに暗く沈みだす感情を、決して悟られないように。形だけの笑顔を作り、「こちらこそ」と本音を隠した言葉を舌に乗せる。

「じゃあまた明日ゲー！」

　陽の光よりも眩しく笑って、彼は手を振る。俺も小さく手を振り返して、心の中で安堵した。
ああ良かった、今日もどうにか隠し通せた。こんな綺麗な彼に、こんなドロドロした想いを知られる訳にはいかない。これで良いのだ、正しいのだ。
　別れ道の向こう側に足を向けるあにまんまんを目に焼き付けながら、自分に言い聞かせる。

　……それでも、寂しさだけは、どうしようもなかった。

「ま、待って！」


　俺の口が、身体が、咄嗟に動いた。しまった、と慌てて口を塞いでも、もう遅かった。あにまんまんがこちらに振り向く。

「俺くん、どうかしたゲー？」

　引き込まれそうな、三重輪の瞳孔がこちらに向く。首をこてりと傾げ俺に問いかけるその姿は、いつもと同じ、他の誰とも同じ、優しいあにまんまんだった。

　あにまんまんは誰にでも、分け隔てなく優しい。こんな俺に優しくしてくれるのも、彼にとっては特別なことではない。
　ついさっき口から出てしまった「待って」は、行きどころを失って俺たちの間に漂っていた。別れ際に突然引き止められて、それでも純粋にこちらを想ってくれるその気持ちが、俺だけの特別なものであれば良いのに。

「なにか気になることでもあるゲー？」

　音にならない、言葉にならない感情が頭の中で弾けて、消えて、俺の頭を真っ白に染め上げていく。視界が滲んで、あにまんまんの輪郭が溶け、ぼやける。
　本能だけが俺の腕を動かした。紫の服の裾を、ひしと掴む。

「お、置いていかないで……」

　俺は今、何を口走ったのだろう。何も分からない、考えたくない。
　今はただ、俺の方を見て、いつも以上に目を丸くするあにまんまんだけが、世界の全てだった。