亮と雅人が同棲する話

夕方にお風呂掃除をしようとしている時、うんともすんとも言わない給湯器のパネルを前に
「…ありゃー…どうしよ」
とおれは嘆いた。シャワーからは、冷たい水しか出ない。おかしいな、昨日まではちゃんと動いてたのに。
この危機を察してか、掃除をしていた亮が脱衣所に来た。
「どうした?雅人」
「…れた」
「ん?」
「お風呂、壊れたみたい…」
亮がパネルを触ってみても、全然反応がない。どこを何回触ってもだ。何も起こらないパネルと格闘すること数分…やはり何も起こらなかった。
「…こりゃ、修理してもらわねぇとな」
「だね、おれたちで直せそうにないし」
ため息混じりに呟いた。修理代はかかるけど、背に腹は代えられない。

「……はい、はい、そうですか。わかりました、じゃあそれでお願いします」
修理屋さんに電話してた亮が、電話を切った。
「どうだった?」
「最短で明日の夕方だとよ。だからそうしてもらった」
予想よりは早く来てくれそうだったので、少しホッとした。でも今日はお風呂無しか…嫌だなぁと思っていた矢先、亮は
「雅人、銭湯行こうか」
 と提案してきた。心なしか、デートにでも行くかのようなノリだ。
「え?銭湯?確かに近くにあるけど…」
 でも銭湯でお風呂に入るということは、不特定多数の人に裸を見られる可能性があるというわけで…。
「えぇ~、ちょっと…やだよ…」
「どっか具合悪いのか?」
 心配そうな面持ちで、亮はおれの顔を覗き込む。
「違うよ…その…昨夜さ、亮…おれの身体の至るところにキスマークつけまくっただろ。見られたら恥ずかしいよ…」
 おれは赤面しながら訴える。
「何だ、そんなことか。何も恥ずかしいことはないだろ、俺達は夫婦なんだから。それより水風呂で雅人の身体冷えちまったら…」
 平然と亮は言う。そして優しい手つきでおれの髪を撫で、ぎゅっと抱きしめてきた。おれが水風呂でも入っちゃうと思ったんだろうか…。
「雅人…あったかい風呂入りてぇだろ?最近あったかくなったからこそ、油断は禁物だぜ」
 亮はあと一押しと言わんばかりに抱きしめる力を強めてくる。ここまで冷え性のおれを心配してくれる亮に愛おしさまで感じて、つい絆されちゃった。
「…わかった。たまには銭湯もいいよね。支度しよ」
「決まりだな」
 いろいろ必要なものをバッグに突っ込んでいく。お財布と着替えと愛用のタオルとシャンプーとコンディショナーとボディーソープ。亮は嬉しそうに支度している。
「準備できた?」
「ああ、行こうか」
 亮はおれの手を握って、銭湯へ向かった。いつものように、恋人つなぎで。きっと亮はこれもしたかったんだろうな。

『12歳以上550円、乳幼児100円 現金のみ』
 入り口にこういう貼り紙があった。墨汁での手書きの文字が、何とも言えない風情を醸し出している。この建物の外観もだけど、こういう昔の趣を残したものには惹かれるものがあるね。
 番台のおばちゃんにお金を払う。おばちゃんの「あんたたちとっても仲良しね」という言葉におれは赤面しつつ(亮はご満悦だ)、脱衣所に向かった。
 脱衣所で服を脱ぐと、胸や腕、お腹、足やら至るところに亮につけられたキスマークが見えて、昨夜の盛り上がりぶりが思い出された。亮はおれがつけた胸元の痕を全く気にするそぶりも見せず、服を脱いで浴室へと向かった。あまりにも堂々としていて、見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだ…。
 まだお風呂の時間には早いからか、浴室には誰もいない。
「やった、貸し切りだー!」
「あまりはしゃぐな、転ぶぞ」
 亮はおれの手を取って、洗い場へと歩いていく。椅子に座って愛用のシャンプーetcのボトルを置き、シャワーのお湯を出すと、亮がおれが使おうとしていたシャワーヘッドを手に取った。
「ちょ、亮」
「洗ってやる」
 日頃頑張ってるご褒美だからな、と言って亮はおれの髪にシャワーを当てる。自分でやるときよりも長く、じっくりと髪と頭皮を濡らしていった。…やっぱ亮はおれの一挙一動を見てるんだな。
 亮はおれ愛用のシャンプーを手に取ると、長い指でおれの髪の表面につけ、軽く泡立てる。地肌に触れゆっくりと揉むように動かした。髪が泡に覆われて、シャンプーのいい香りに包まれる。
「あ…すごい…気持ちいいな…」
「お気に召して光栄です、お姫様」
 一瞬「お姫様」発言にビビったものの、そばに誰もいないことに安堵しながら亮の手に身を委ねる。亮、ホントに謎になんでもできるよな…。
 髪を洗う音だけがおれの耳に響く。亮の手の動きがあまりにも気持ちよくて、時間が止まっているかのようだった。
 亮は温度を調節したシャワーで、シャンプーを流した。コンディショナーが入っているボトルのポンプを数回プッシュして手のひらに取ると、おれの濡れた髪の毛に馴染ませる。髪の毛同士をこすり合わせながら揉んで馴染ませ、シャワーで丁寧に洗い流してくれた。
「ありがと。やっぱ亮にやってもらうと気持ちいいし、髪の毛も柔らかくなった気がするよ」
「サンキュ、背中も流してやるからな」
 お姫様に仕える家来なんだか、おれの王子様なんだかわからなくなる。その大雑把さがなんとも好きだ。
 亮はスポンジにボディーソープを垂らして泡立て、おれの身体に滑らせた。身体がほわほわとした泡に包まれる。
「くすぐったくないか?」
「うん…亮、あとは自分で…」
「遠慮するなって」
 ゆっくりと亮はシャワーでおれの身体の泡を流す。おれは椅子から立ち上がると、
「亮、今度はおれが亮の体洗ったげるよ」
 と持ち掛けた。
「いや、雅人はゆっくり湯船入ってな」
 亮は椅子や周りについた泡を流し、身体を洗い始めた。
「あ、だって、洗ってもらってばっかじゃ悪いし…」
「雅人の身体冷える方が俺は心配だ」
 ここまで言われたんじゃ、ぐうの音も出ない。おれは湯船に歩いていき、お湯に浸かった。
 …あー、気持ちいい…。溶ける…。
 いつしか身体中のキスマークのことも気にならず、広い湯船の中で、無防備に手足を伸ばす。士官学校や軍にいた時も大浴場でお風呂に入ったことはあったけど、こんなにもリラックスできたことはなかったかも。
 しばらくすると、長い髪をタオルで巻いた亮がおれの隣にゆっくりと腰を下ろした。
 亮はおれの肩に自分の肩をくっつけ、リラックスしてるおれの顔をじっと見て、よりいっそう優しい顔になる。
「亮、来てよかったね」
「だろ?」
「ね、亮…」
「ん?」
「お風呂壊れてない時でもさ、また来ようか」
「ああ」
 やった。これから亮と何回でも一緒に広いお風呂を楽しめる。亮と一緒にいる喜びをかみしめてたら、危うくのぼせかけた。
「亮、おれ先に出るね」
「なら俺も出る」
 
 髪を乾かしてもらって、扇風機に当たってると亮がフルーツ牛乳をくれた(亮のは普通の牛乳だ)。
「あ、やった!」
「喉乾いたろ」
「うん、ありがと♡でさ、なんで銭湯っていったら牛乳なんだろうね?」
「冷蔵庫が普及していなかった時代に、乳業メーカーが銭湯に冷蔵庫を設置したのが始まりらしいぞ」
 亮は蘊蓄を述べながら、ゆっくりと牛乳を飲み始める。
「なるほど、亮って面白いこと知ってるんだな…」
 おれはフルーツ牛乳で喉を潤す。…あぁ、生き返るー。
 今日はお風呂が壊れるというイレギュラーなことがあったものの、こうしてちょっと違ったことを亮と楽しめるのも悪くないと思った。

 ちなみに、今晩イチャイチャしている時におれの身体のキスマークが増えたのは言うまでもない。
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