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テーマ「記念日」
登場オペレーター クーリエ、シルバーアッシュ、プラマニクス
※捏造設定注意


 院の門を潜ると奥から香が漂ってくる。好みではないがとても貴重で高価な香なのだそうだ。嗅覚は記憶に直結しやすいと聞く。ああ今年もこの日が来たのだと実感して。この香を好まないのはその独特の芳香自体が由来ではないのだろうかとも、ふと思う。
 
 祭場への入り口で迎える高僧に形ばかりの深い礼をして主人はさっさと奥へと向かう。作り物の薄い笑みを貼り付けてはいるが、尾は口ほどにものをいう。美しいモノトーンの毛並みは逆立ち、膨れあがっている。幸か不幸か、我が主人は元々愛想の良い方ではないから彼を良く知らぬ者ならばこの不機嫌さには気付くまい。恭しく頭を下げ主人の後を追った。
 
 今日は巫女様が新たなる生を受けためでたい日——言い換えれば世俗、そして兄と決別した日でもある。
 末妹は祝祭へ招待される年齢となってからも療養を理由にこの祝祭には参加したことがない。兄のように外せぬ肩書きがあるわけではないので許されているのだ。
 高座におわす巫女様は神神しく、かつて暖炉の前で編み物をしていた少女と本当に同じ人物なのだろうかとすら思う。
 主人が謁見のために階段を昇る。従することはできず控えたまま辺りに気を払う。何も起こらなければ良いが。拝謁する主人の表情は伺い知れない。彼を見やる巫女様の眼差しが厳しいものと変わる。お鈴を打ったものはいないのにキィーンと高い周波数の音がして、少しばかり辺りの空気が冷えたのは気のせいだろうか。

 ただの傍観者でしかない。それでも仲睦まじい兄妹であった記憶を共有する自分にとって、この光景はとても哀しくそっと目を逸らした。
 やがて無表情の主人が席に戻る。今度こそお鈴が打ち鳴らされ、座のもの全てが巫女様——いやカランドの神の前にひれ伏すのだった。
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