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8月~夏休みの静かな騒乱(後編)~

*オリキャラの名前はある漫画のキャラから借用しております。

「さっきはありがとうね!」
元気よく礼を言う郁に、相手はたじろぎながら「ああ」と頷く。
柴崎はそんな2人を見ながら「まったく」と苦笑した。

8月、季節は夏真っ盛り。
図書館は毎日盛況で、多くの利用者が訪れる。
そんな中、郁の「ぬり絵で遊ぼう!」企画は好評だった。
郁は毎日新しい絵を描き、それが子供のみならず大人も楽しませている。

そんなある日の昼休み。
堂上班と柴崎は隊員食堂にいた。
このところ柴崎は、彼らと一緒にいる時間が増えた。
なぜなら堂上班の館内警備の割合が増えているのである。
理由は簡単、利用者が多い時期は警備の人間を増やすからだ。
そして一見戦闘職種には見えず、自然に溶け込める堂上班は役に立つ。

相変わらずだわねぇ。
席に着いた柴崎は、堂上班の面々のメニューを見てため息をついた。
全員ボリュームのある定食を選んでいる。
その中でも圧巻なのは、郁のアジフライ定食だ。
この暑いのによくも揚げ物、しかも大盛り。
そして柴崎のざる蕎麦を見ながら「足りる?」などと心配そうに聞いてきた。

「あたしのささやかな食欲は、これでも多いくらいよ。」
柴崎が優雅にそう言ってのけたその横を、食事を終えた隊員が通り過ぎようとした。
それを見た郁が「あ、麻生!」と呼び止める。
それには柴崎だけでなく、近くで食事をしていた隊員たちもギョッとした。
なぜなら麻生は先日、郁とちょっとした問題をおこしたからだ。

麻生は図書館で注意しても聞かずに走り回る子供に嘘を吹き込んだ。
死んだ防衛員の幽霊が、静かにできない子供を食べてしまうのだと。
それに怒った郁が共同ロビーで詰め寄った話は、隊員たちの間に知れ渡っていた。
もっとも大きないざこざになる前に、堂上が割って入って諌めてしまったのだが。

「さっきはありがとうね!」
郁は麻生に笑顔で手を振った。
麻生は「ああ」とたじろぎながら、頷く。
柴崎はすかさず「さっきって何?」と聞いた。

「午前中にレファレンスを頼まれて、変わってもらったんだ。」
「警備中だったから?」
「それもあるけど、麻生の方が詳しいジャンルだったからさぁ」
「そうなんだ。」
「うん。一緒にレファレンス聞いて、勉強になっちゃったよ!」

郁は屈託のない様子でカラカラと笑った。
やりとりを聞いていた麻生が「じゃあ」と去っていく。
ストレートに褒められて、照れくさいのだろう。
すれ違いざま、柴崎は麻生の耳が赤いのを見逃さなかった。

「それにしても、麻生と随分仲良くなったんじゃないの?」
柴崎は少々皮肉を込めて、そう言った。
やり合ったのは、ほんの少し前のことだ。
話を聞いた柴崎は、秘かに心配した。
郁はまた余計な敵を作り、あの査問の時のように孤立してしまうのではないかと。
実際、郁がイベント企画を出したり、子供に人気があることを面白くないという隊員はいる。
だが当の郁が何でもないように笑っていると、何とも拍子抜けした気分になった。

「実はほとんど喋ったことなかったけど、これも何かの縁ってことで!」
「縁って、あんた」
「話してみると本に詳しいし、優秀なんだよね~!」
「わだかまりはないわけ?」
「ないよ。反省してくれてたっていうし、それならチャラでしょ!」

郁がチラリと堂上を見ると「エヘヘ」と笑った。
麻生から反省を引き出したのは、堂上だからだ。
完全に油断していた柴崎は「ハァァ」とため息をついた。
まさかこの話題からノロケを繰り出されるとは思わなかったのだ。

それにしても、天然は怖いわ。
柴崎はそれとなく辺りを見回しながら、そう思った。
防衛員の中には、麻生の不謹慎な嘘に腹を立てている者も結構いると聞く。
実際寮では麻生を中心に、あの嘘に加担した者たちへの風当たりは強いようだ。
だが騒ぎの元である郁が、麻生をこんな風に許している。
これが知れ渡れば、騒ぎも遠からず沈静化するだろう。

柴崎は感心しながら、堂上班を見回した。
豪快にアジフライにかぶりつく郁と、それを優しい目で見守る堂上。
そんな2人を見て笑いをこらえる小牧と、何も気づかず黙々と箸を進める手塚。
何はともあれ、平和な昼だ。

後は早く夏が終わってくれれば。
柴崎は優雅に麺をすすりながら、そう思った。
この件は時間が解決するだろうし、夏休みも中盤に差し掛かっている。
後はただただ何事もなく、過ぎてくれればいい。

だが柴崎は知らなかった。
郁の中ではこの件はまだ終わっておらず「反撃」を企んでいることを。
静かで平和的なそれは、8月の後半になって明らかになる。
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