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12月~クリスマス・ファイト(前編)~

*オリキャラの名前はある漫画のキャラから借用しております。

「フゥ。どうかな?」
郁はレコーダーのスイッチを切ると、大きく深呼吸をする。
そしてペットボトルの水に手を伸ばすと、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んだ。

12月某日、街はすっかりクリスマスモードだ。
図書館にも大きなクリスマスツリーが飾られ、利用者の目を楽しませている。
イベントも計画されており、ウキウキと楽し気な雰囲気だ。

そして夜、郁は誰もいない訓練用の道場にいた。
課業後から深夜まで、ここにいるのが最近の郁の日課だった。
独身寮とは違い、暖房はない。
モコモコに着こんで、飲み物などの準備も万端整えている。
1人でこんなところにこもっているのは、もちろん理由がある。

図書館の利用者であり、郁とは顔馴染みの高校生、大河と悠馬。
2人に頼まれた郁は、彼らが組んでいるバンドのオリジナル曲の作詞をした。
我ながらポエムな作品で、郁としては少々気恥ずかしい。
だが大河も悠馬も絶賛してくれて、綺麗なメロディがついた。
そして彼らはその楽曲を引っ提げて、あるコンテストに応募した。

だがその曲は審査の途中で、落選した。
それはそれで仕方のないことだと思う。
何しろ優勝したバンドの多くがプロで活躍しているコンテストだと聞く。
つまりレベルが高いのだ。
早々簡単に勝てるものではないのだろう。

だが問題はそこではなかった。
音源を送った一次審査は通り、大河たちは担当者と面接まで漕ぎつけた。
そしてファーストコンタクトは好印象だったらしい。
だが問われるままに作詞した人物の話になって、雰囲気が変わったという。
作詞したのが図書隊員だと告げた途端、反応が冷淡になったと。

そして極めつけは、曲自体がなぜか検閲対象になったことだ。
コンテストは通らなくても、この曲は演奏し続けたい。
大河たちが気を取り直して、そう思っていた矢先のことだ。
そしてそれを聞いた郁には、怒りが込み上げてきた。

歌詞の中に、検閲にかかるような違反語はないはずだ。
それが一気に検閲対象なんて、ありえない。
考えられる理由は、1つしかない。
図書隊員の郁が作詞したから、この曲は葬られようとしているのだ。

だが郁はここでシクシクと泣いている女ではなかった。
右の頬を殴られたら、左の頬を差し出すなんてこともしない。
むしろ両方の頬を殴り返して、蹴りを入れるような性格だ。
当然、すぐにその手段を考えた。

そこで考えたのが、この曲を1人でも多くの人に聞かせようという作戦だ。
折しももうすぐクリスマス。
恒例のイベントとして、ミニコンサートの企画もある。
地元のゴスペルサークルや、小学生の合唱隊などがクリスマスソングを歌う。
その中に大河たちを入れてやろうと考えた。
シンプルだが有効な作戦だと、そのときは思ったのだが。

「この、アホゥ!」
企画書を出すなり、思いっきり怒鳴られた。
イベントの企画は、まず直属の上官である堂上がチェックする。
その堂上はわかりやすく怒り、反対したのだ。

「なんでですかぁ~!?」
初めて企画の一発却下を食らった郁は、勢いよく言い返す。
だがすぐに「わからんのか?ドアホゥ!」と一刀両断された。

「検閲ってことは良化隊が正式に武装介入できる案件なんだ!」
「あ!そうか」
「そうか、じゃない!」

怒鳴り付けられて、郁はようやく冷静になった。
理不尽な事態に怒りで頭に血が上って、忘れていた。
検閲対象の曲をコンサートで披露するのは、危険なのだ。
しかも図書隊のイベントでやるなら、事前告知も行なう。
つまり良化隊が検閲抗争を仕掛けてくる可能性もあるのだ。
そこに高校生を巻き込むことなど、できるわけがない。

「じゃあ、あたし1人でやります!」
郁は思わず叫び返していた。
こんなことで理不尽な検閲から逃げるなんて、ありえない。
それなら大河たちは入れずに、郁だけで戦うまでのことだ。

それに郁の中で、別に怒りもこみ上げていた。
それは堂上に対してだ。
確かに大河たちのことまで頭が回らずに企画を出したのは、郁のミスだ。
だからと言って、あんなに頭ごなしに怒鳴らなくてもいいじゃないか!

「これなら文句ないでしょう!」
盛大な売り言葉とともに、郁は企画書を再提出した。
クリスマスには、郁がこの曲を歌う。
そして世に問うのだ。
純粋な思いで作られたこの曲が、検閲対象になった理不尽さを。

「この、アホゥが!」
堂上は結局企画を通してくれたが、最後まで褒めてはくれなかった。
何となくモヤっとした気持ちは残りつつ、だけどクリスマスはやってくる。
郁は毎晩、課業後に道場にこもって練習するのが日課になった。

「フゥ。どうかな?」
郁はまずは一曲歌うと、レコーダーの録音を止めた。
ヘッドホンステレオで伴奏を聞きながら、郁は歌う。
それを録音し、音程の外れているところがないかチェックするのだ。
歌声はアカペラ状態で録音されているので、わかりやすい。

弱い箇所を反復、これは郁の慣れ親しんだ練習方法だ。
陸上では走っている様子を録画してもらい、フォームをチェックした。
図書隊員になってからは、あの査問の前も士長昇任試験も何度も書いて覚えた。
だから今回、こういう練習方法を思いついたのは郁らしいと言えるだろう。

「やっぱりサビ前のBメロがちょっとズレてるかな?」
郁はボソボソと呟きながら、音程が狂っていたところのフレーズを口ずさんだ。
そして「よし、もう1度」と再びヘッドフォンを装着する。
声が大きいことには自信があるが、歌なんて全然だ。
それを何とか、人前で歌えるところまで持って行かなくてはならない。

「さぁ、行こう!」
郁はレコーダーの録音ボタンとヘッドフォンステレオの再生ボタンを同時に押した。
今さらながら無謀な企画な気はするが、後戻りはできない。
後はただひたすら全力で練習し、頑張るしかなかった。
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