10月~ハッピーではないハロウィン~
*前回の「9月」の1年後、当麻事件の後になります。
「お願いします!笠原さん!」
2人の男子高校生に深々と頭を下げられ、郁は「無理!」と即答する。
だが一向に頭を上げる気配のない2人に、深いため息をつくのだった。
10月最大のイベントは、やはりハロウィンだ。
図書館内もそこここにカボチャのお化けが飾られ、ムードを盛り立てていた。
最終週には図書館員たちも仮装をして、いくつかのイベントも予定されている。
郁が子供の頃には、こんなにみんなが騒いでいなかった気がする。
だが最近はもうクリスマスに並ぶ一大イベントなのだ。
あたしも参加したかったなぁ。
館内警護をしていた郁は、壁に貼られたお化けカボチャを見ながらため息をついた。
思い起こせば、図書隊員になってからハロウィンを楽しんだ記憶がない。
初年度は小田原攻防戦と稲嶺誘拐事件、2年目は査問、3年めは茨城県展の応援。
なぜかこの時期には大きな事件が起こっていたのである。
そして4年目、郁は今年こそと張り切っていた。
当麻事件で被弾した堂上も、ハロウィンまでには間違いなく復帰する。
昨年の茨城県展以来、図書館のイベントからも遠ざかっていたし。
ここで楽しくハロウィンができればいいと思っていたのだ。
だが郁がハロウィン向けに出した企画書は却下された。
それどころか業務部のハロウィンイベントからも外されていたのだ。
郁はそれを残念に思うけれど、仕方のないことだと割り切った。
館内のイベントは業務部主導、特殊部隊の郁はあくまでもヘルプの立場なのだ。
業務部に必要ないといわれれば、それまでだ。
「笠原さんのハロウィンの企画書、良かったんだけどね。」
郁の寂しげな顔色を読んだのだろう。
本日のバディであり、一緒に巡回している小牧がそう言った。
郁の企画はお話会の形式で、ハロウィンの起源について語るものだった。
ここ最近の日本のハロウィンは、コスプレ要素の強い仮装パーティになりつつある。
それを見直し、原点回帰してハロウィンを考えようという趣旨だ。
小さい子供にもわかりやすく、業務部のイベントも邪魔しない範囲で。
今は班長代理の小牧も「的確な企画だよ」と太鼓判を押してくれた。
「まさか却下とは思わなかったよ。」
「業務部も若い隊員が増えたし、手は足りてるってことじゃないですかね。」
「そうなのかなぁ。」
「イベントからずっと遠ざかっていたあたしが、今さらでしゃばるなってことかも。」
郁は答えながら、テンションが下がっていくのを感じた。
そう、若い隊員は増えているけど、手が余っているなんてことはない。
ことわられたということは、明確に邪魔者扱いということなのだ。
だが郁は堂上の顔を思い浮かべて、気合いを入れ直した。
もうすぐ復帰する上官、そしてなり立てホヤホヤの恋人。
その堂上に恥じないように、出来ることをやるだけだ。
「笠原さん!ちょうどいいところに!」
まるで郁の気合いに答えるように、顔馴染みの利用者が声をかけてきた。
吉川大河と木村悠馬、以前図書館で起こった事件で親しくなった2人だ。
知り合った時は中学2年だったが、今は高校生。
背も郁を追い越し、少年から青年へと雰囲気を変えつつある。
「頼りになるのは笠原さんだけです!ぜひお願いします!」
大河と悠馬は挨拶どころか、本題さえすっ飛ばして何事かを頼んで来る。
郁は困ったように、バディの小牧を見た。
小牧は「5分だけなら」と苦笑すると、2人の「「ありがとうございます!」」がハモった。
彼らの話はシンプルなものだった。
高校生になった2人は、他の友人も誘ってバンドを組んでいる。
そして好きな曲をコピーし楽しんでいたが、そろそろオリジナル曲を作ろうという話になった。
だがここで問題が起こった。
曲は何とかできたのだが、バンド内に詩を書けるものがいない。
そこで以前知り合った図書隊員、郁に頼もうという話になったのだ。
「なんで、あたし?」
「あのフォーラムの時のアドバイス、わかりやすかったんで!」
「それに当麻蔵人事件の功労者なんでしょ?そのエピソードとか入れてもらえたら!」
フォーラムとは「図書館の自主規制を考えるフォーラム」のことだ。
2人は「望ましくない図書」の貸出規制を阻止したいと、これに参加した。
そのとき意見のとりまとめに苦労していた彼らに、郁はちょっとしたアドバイスをしたのだ。
それはいい。だが問題は次のくだり。
郁が当麻蔵人の亡命事件の功労者ということは、公表されていない。
それなのになぜ大河と悠馬はそのことを知っているのか。
「それって」
「笠原さん。そろそろ」
小牧が会話に割り込んできたことで、郁は我に返った。
ここで「何で知っているの?」とは言えない。
どうやらバレているようだが、これはやはり機密事項なのだ。
迂闊な質問は、それを肯定してしまうことになる。
「お願いします!笠原さん!」
郁が考えている間に、大河と悠馬は郁との距離を詰めていた。
そしてガバッと勢いよく、そして深々と頭を下げる。
郁は「無理!」と即答するが、2人は一向に頭を上げる気配がなかった。
郁は深いため息をつきながら、もう1度小牧を見た。
小牧は静かに微笑しながら、頷く。
例えば利益が発生するような副業ならば、公務員としてまずい。
だが趣味の範囲で、名前が出ない方向でやるなら問題ないということだ。
「わかった。書いてみる!」
郁は半ばヤケ気味にそう答えていた。
大河と悠馬は「やった!」と小躍りして喜んでいる。
勢いでとんでもないことを引き受けてしまった気がするが、もう遅い。
どうせハロウィン企画からは外されているし、時間はある。
期待に添える自信はないが、とりあえずやってみるだけだ。
「お願いします!笠原さん!」
2人の男子高校生に深々と頭を下げられ、郁は「無理!」と即答する。
だが一向に頭を上げる気配のない2人に、深いため息をつくのだった。
10月最大のイベントは、やはりハロウィンだ。
図書館内もそこここにカボチャのお化けが飾られ、ムードを盛り立てていた。
最終週には図書館員たちも仮装をして、いくつかのイベントも予定されている。
郁が子供の頃には、こんなにみんなが騒いでいなかった気がする。
だが最近はもうクリスマスに並ぶ一大イベントなのだ。
あたしも参加したかったなぁ。
館内警護をしていた郁は、壁に貼られたお化けカボチャを見ながらため息をついた。
思い起こせば、図書隊員になってからハロウィンを楽しんだ記憶がない。
初年度は小田原攻防戦と稲嶺誘拐事件、2年目は査問、3年めは茨城県展の応援。
なぜかこの時期には大きな事件が起こっていたのである。
そして4年目、郁は今年こそと張り切っていた。
当麻事件で被弾した堂上も、ハロウィンまでには間違いなく復帰する。
昨年の茨城県展以来、図書館のイベントからも遠ざかっていたし。
ここで楽しくハロウィンができればいいと思っていたのだ。
だが郁がハロウィン向けに出した企画書は却下された。
それどころか業務部のハロウィンイベントからも外されていたのだ。
郁はそれを残念に思うけれど、仕方のないことだと割り切った。
館内のイベントは業務部主導、特殊部隊の郁はあくまでもヘルプの立場なのだ。
業務部に必要ないといわれれば、それまでだ。
「笠原さんのハロウィンの企画書、良かったんだけどね。」
郁の寂しげな顔色を読んだのだろう。
本日のバディであり、一緒に巡回している小牧がそう言った。
郁の企画はお話会の形式で、ハロウィンの起源について語るものだった。
ここ最近の日本のハロウィンは、コスプレ要素の強い仮装パーティになりつつある。
それを見直し、原点回帰してハロウィンを考えようという趣旨だ。
小さい子供にもわかりやすく、業務部のイベントも邪魔しない範囲で。
今は班長代理の小牧も「的確な企画だよ」と太鼓判を押してくれた。
「まさか却下とは思わなかったよ。」
「業務部も若い隊員が増えたし、手は足りてるってことじゃないですかね。」
「そうなのかなぁ。」
「イベントからずっと遠ざかっていたあたしが、今さらでしゃばるなってことかも。」
郁は答えながら、テンションが下がっていくのを感じた。
そう、若い隊員は増えているけど、手が余っているなんてことはない。
ことわられたということは、明確に邪魔者扱いということなのだ。
だが郁は堂上の顔を思い浮かべて、気合いを入れ直した。
もうすぐ復帰する上官、そしてなり立てホヤホヤの恋人。
その堂上に恥じないように、出来ることをやるだけだ。
「笠原さん!ちょうどいいところに!」
まるで郁の気合いに答えるように、顔馴染みの利用者が声をかけてきた。
吉川大河と木村悠馬、以前図書館で起こった事件で親しくなった2人だ。
知り合った時は中学2年だったが、今は高校生。
背も郁を追い越し、少年から青年へと雰囲気を変えつつある。
「頼りになるのは笠原さんだけです!ぜひお願いします!」
大河と悠馬は挨拶どころか、本題さえすっ飛ばして何事かを頼んで来る。
郁は困ったように、バディの小牧を見た。
小牧は「5分だけなら」と苦笑すると、2人の「「ありがとうございます!」」がハモった。
彼らの話はシンプルなものだった。
高校生になった2人は、他の友人も誘ってバンドを組んでいる。
そして好きな曲をコピーし楽しんでいたが、そろそろオリジナル曲を作ろうという話になった。
だがここで問題が起こった。
曲は何とかできたのだが、バンド内に詩を書けるものがいない。
そこで以前知り合った図書隊員、郁に頼もうという話になったのだ。
「なんで、あたし?」
「あのフォーラムの時のアドバイス、わかりやすかったんで!」
「それに当麻蔵人事件の功労者なんでしょ?そのエピソードとか入れてもらえたら!」
フォーラムとは「図書館の自主規制を考えるフォーラム」のことだ。
2人は「望ましくない図書」の貸出規制を阻止したいと、これに参加した。
そのとき意見のとりまとめに苦労していた彼らに、郁はちょっとしたアドバイスをしたのだ。
それはいい。だが問題は次のくだり。
郁が当麻蔵人の亡命事件の功労者ということは、公表されていない。
それなのになぜ大河と悠馬はそのことを知っているのか。
「それって」
「笠原さん。そろそろ」
小牧が会話に割り込んできたことで、郁は我に返った。
ここで「何で知っているの?」とは言えない。
どうやらバレているようだが、これはやはり機密事項なのだ。
迂闊な質問は、それを肯定してしまうことになる。
「お願いします!笠原さん!」
郁が考えている間に、大河と悠馬は郁との距離を詰めていた。
そしてガバッと勢いよく、そして深々と頭を下げる。
郁は「無理!」と即答するが、2人は一向に頭を上げる気配がなかった。
郁は深いため息をつきながら、もう1度小牧を見た。
小牧は静かに微笑しながら、頷く。
例えば利益が発生するような副業ならば、公務員としてまずい。
だが趣味の範囲で、名前が出ない方向でやるなら問題ないということだ。
「わかった。書いてみる!」
郁は半ばヤケ気味にそう答えていた。
大河と悠馬は「やった!」と小躍りして喜んでいる。
勢いでとんでもないことを引き受けてしまった気がするが、もう遅い。
どうせハロウィン企画からは外されているし、時間はある。
期待に添える自信はないが、とりあえずやってみるだけだ。