6月~梅雨と傘と恋敵~
*オリキャラの名前はある漫画のキャラから借用しております。
「手塚のヤツ、上手くやったよな。」
声を潜めたつもりなのだろうが、ガランとした倉庫では良く響く。
当の手塚はほんの少し眉をひそめただけで、特に何を言うこともなかった。
5月のイベントも大成功となり、6月になった。
郁と手塚のちょっとしたパフォーマンスは好評だ。
業務部からは5月のイベント延長のリクエストもあったが、それは辞退した。
あれはかなりの練習量が必要であり、そうそう続けられない。
その代わりというわけでもないだろうが、次の企画のリクエストも来ている。
郁はそれに向けて張り切っており、手塚としても大いに刺激を受けていた。
そんな中、堂上班は倉庫の点検に向かった。
防衛部の戦闘に必要な備品などのチェックを行なう業務であり、たまに特殊部隊にも回って来る。
どうして特殊部隊も分担するのか、手塚は知らない。
地味な雑用を特殊部隊にも振って、防衛員の余計な不満や妬みを逸らすため。
また特定の隊員に点検を任せて、盗難などの不正が起こるのを防ぐためとも言われている。
手塚としてはそれはどうでもよく、任務ならしっかりやるだけの話だ。
だが倉庫に入るなり、不愉快な声が耳に入ってきた。
手塚や郁と同期の防衛員、3人組だ。
彼らは同期の中で身体能力も高くて優秀だが、プライドが高いのが難点だった。
特殊部隊入りを目指しており、それを堂々と公言しているのは良い。
だが手塚や郁にわかりやすく露骨な敵意を向けてくるのだ。
「手塚のヤツ、上手くやったよな。」
「笠原と組めば、イベントでも評価が上がるしな。」
「チャンスに恵まれているヤツはいいよな。」
「ホントホント。俺らはイベントに関わることさえできねーし。」
一応声は潜めているが、倉庫ではよく響く。
堂上班が入ってきたことさえ、気付かないようだ。
手塚としては不快ではあるが、この程度のことには慣れている。
かすかに眉をしかめるだけで、そのまま行き過ぎた。
ここで初めて彼らは手塚に気付いたようで、バツが悪そうな表情になった。
「お前たち、ここで何をしている?」
「い、いえ。その。」
「これから点検だ。用がないなら、さっさと外へ出ろ。」
手塚や郁には喧嘩腰の彼らも、さすがに堂上にはそんな態度を取れないようだ。
言い訳さえ許されない状況に、すごすごと倉庫を出ていく。
ドアが閉まったところで、堂上は「それじゃ始めよう」と手塚を見た。
手塚は「はい」と頷き、リストを取り出す。
今回は倉庫の東側を堂上と手塚、西側を小牧と郁がチェックすることになっていた。
手塚がチラリと郁たちの方を見ると、もう1人部外者がいる。
堂上たちと同期の女性防衛員で、郁が声をかけているところだった。
「吉川三正!いつもご苦労様です!」
郁が敬礼しながら、大きな声で挨拶している。
彼女は照れたように「やめてよぉ」などと声を上げた。
確か以前も点検のときにいた女性隊員だ。
空いた時間があると、自主的に道具の手入れなどをしていると聞いた。
そして郁が査問のとき、普通に接してくれた数少ない女性隊員の1人だ。
「吉川さん、これから点検だから。」
「ごめんなさい。すぐに出るわね。」
小牧に声をかけられて、吉川が出ていく。
その一瞬、堂上と目が合った吉川は微笑しながら手を振った。
堂上も軽く手を上げて応え、手塚も頭を下げる。
これで広い倉庫の中は、堂上班の4名だけになった。
「順番に行こう。数えてくれ。」
堂上が棚を指さしながら、指示を飛ばす。
手塚は「はい!」と答え、備品の数を数え始めた。
反対側からは郁が「い~ち、に~い」と数える声が反響している。
うっかりするとこの声につられてしまうから、集中が必要だ。
「6月のイベント、決まりました!」
備品の点検も終盤になった頃、不意に郁の元気な声が響いた。
手塚は思わず「何で、今?」と声を上げる。
それに「どこで?」とも言いたかった。
こんな殺風景な倉庫、しかも備品点検中に何のヒントを得たというのか。
だが堂上が穏やかな微笑を浮かべたのを見て、押し黙った。
上官がツッコミを入れないのに、自分が騒ぐこともない。
ちなみに堂上の微笑の本当の意味を手塚が理解するのは、かなり先のこと。
2人が付き合い始めて、ようやくこの微笑の中に恋心があったことに思い至るのだ。
だが今はまだ知る由もなく、手塚は淡々と備品のチェックを続けたのだった。
「手塚のヤツ、上手くやったよな。」
声を潜めたつもりなのだろうが、ガランとした倉庫では良く響く。
当の手塚はほんの少し眉をひそめただけで、特に何を言うこともなかった。
5月のイベントも大成功となり、6月になった。
郁と手塚のちょっとしたパフォーマンスは好評だ。
業務部からは5月のイベント延長のリクエストもあったが、それは辞退した。
あれはかなりの練習量が必要であり、そうそう続けられない。
その代わりというわけでもないだろうが、次の企画のリクエストも来ている。
郁はそれに向けて張り切っており、手塚としても大いに刺激を受けていた。
そんな中、堂上班は倉庫の点検に向かった。
防衛部の戦闘に必要な備品などのチェックを行なう業務であり、たまに特殊部隊にも回って来る。
どうして特殊部隊も分担するのか、手塚は知らない。
地味な雑用を特殊部隊にも振って、防衛員の余計な不満や妬みを逸らすため。
また特定の隊員に点検を任せて、盗難などの不正が起こるのを防ぐためとも言われている。
手塚としてはそれはどうでもよく、任務ならしっかりやるだけの話だ。
だが倉庫に入るなり、不愉快な声が耳に入ってきた。
手塚や郁と同期の防衛員、3人組だ。
彼らは同期の中で身体能力も高くて優秀だが、プライドが高いのが難点だった。
特殊部隊入りを目指しており、それを堂々と公言しているのは良い。
だが手塚や郁にわかりやすく露骨な敵意を向けてくるのだ。
「手塚のヤツ、上手くやったよな。」
「笠原と組めば、イベントでも評価が上がるしな。」
「チャンスに恵まれているヤツはいいよな。」
「ホントホント。俺らはイベントに関わることさえできねーし。」
一応声は潜めているが、倉庫ではよく響く。
堂上班が入ってきたことさえ、気付かないようだ。
手塚としては不快ではあるが、この程度のことには慣れている。
かすかに眉をしかめるだけで、そのまま行き過ぎた。
ここで初めて彼らは手塚に気付いたようで、バツが悪そうな表情になった。
「お前たち、ここで何をしている?」
「い、いえ。その。」
「これから点検だ。用がないなら、さっさと外へ出ろ。」
手塚や郁には喧嘩腰の彼らも、さすがに堂上にはそんな態度を取れないようだ。
言い訳さえ許されない状況に、すごすごと倉庫を出ていく。
ドアが閉まったところで、堂上は「それじゃ始めよう」と手塚を見た。
手塚は「はい」と頷き、リストを取り出す。
今回は倉庫の東側を堂上と手塚、西側を小牧と郁がチェックすることになっていた。
手塚がチラリと郁たちの方を見ると、もう1人部外者がいる。
堂上たちと同期の女性防衛員で、郁が声をかけているところだった。
「吉川三正!いつもご苦労様です!」
郁が敬礼しながら、大きな声で挨拶している。
彼女は照れたように「やめてよぉ」などと声を上げた。
確か以前も点検のときにいた女性隊員だ。
空いた時間があると、自主的に道具の手入れなどをしていると聞いた。
そして郁が査問のとき、普通に接してくれた数少ない女性隊員の1人だ。
「吉川さん、これから点検だから。」
「ごめんなさい。すぐに出るわね。」
小牧に声をかけられて、吉川が出ていく。
その一瞬、堂上と目が合った吉川は微笑しながら手を振った。
堂上も軽く手を上げて応え、手塚も頭を下げる。
これで広い倉庫の中は、堂上班の4名だけになった。
「順番に行こう。数えてくれ。」
堂上が棚を指さしながら、指示を飛ばす。
手塚は「はい!」と答え、備品の数を数え始めた。
反対側からは郁が「い~ち、に~い」と数える声が反響している。
うっかりするとこの声につられてしまうから、集中が必要だ。
「6月のイベント、決まりました!」
備品の点検も終盤になった頃、不意に郁の元気な声が響いた。
手塚は思わず「何で、今?」と声を上げる。
それに「どこで?」とも言いたかった。
こんな殺風景な倉庫、しかも備品点検中に何のヒントを得たというのか。
だが堂上が穏やかな微笑を浮かべたのを見て、押し黙った。
上官がツッコミを入れないのに、自分が騒ぐこともない。
ちなみに堂上の微笑の本当の意味を手塚が理解するのは、かなり先のこと。
2人が付き合い始めて、ようやくこの微笑の中に恋心があったことに思い至るのだ。
だが今はまだ知る由もなく、手塚は淡々と備品のチェックを続けたのだった。