5月~サイレント図書館~
「この分野だと、手塚より笠原が上なんだな。」
そんな囁きを聞き取った郁は、思わず上官張りに眉間にシワを寄せた。
入隊時ならドヤ顔できたかもしれない。
だけど今はバディにして友人が貶されているようで、ただただ不快だった。
4月の桜の企画で、郁の評価は上がった。
ありそうでなかった内容は、利用者からも賞賛の声が寄せられている。
だが当の郁は、いつもと別に変わらない。
与えられた任務に全力投球、それが郁にとっての当たり前だからだ。
そしてソメイヨシノが葉桜に変わり始めた頃、再び依頼があった。
今度は5月の大型連休向けの企画を考えて欲しいと。
郁はあまりの時間のなさに、最初は難色を示した。
今はもう4月中旬、大型連休までは2週間しかない。
だが業務部から是非にと頼まれて、押し切られる形になった。
一応業務部員の企画の中からセレクションはしたのだが、今1つインパクトに欠けるのだと言う。
本当に時間がない、早く決めなければ。
そこで公休日、郁は図書館にやって来た。
何かアイディアはないか、ネタ捜しだ。
手当たり次第に書架の間を歩き回っているときに、館内警備の防衛員たちの会話が聞こえたのだ。
「笠原、またイベントの企画をやるらしいぜ。」
「ああ。あの桜の企画、好評らしいもんな。」
「それに昇任試験の読み聞かせもよかったそうだし。」
「期待されてるんだな。」
郁は書架の影から会話を盗み聞いて、頬を緩ませた。
企画は確かに郁の発案だが、多くの人の協力があって成立する。
つまり決して郁1人の手柄ではないのだ。
それはわかっているけれど、やはり高評価をもらえるなら嬉しい。
だが愉快な気分はここまでだった。
次の一言で、郁のテンションは一気に下がった。
「この分野だと、手塚より笠原が上なんだな。」
それを聞いた郁の眉間に上官張りのしわが寄った。
文字に起こせば、郁を褒めている言葉。
だがその揶揄うような声色に、悪意を感じる。
つまり彼らは郁を引き合いにして、手塚を貶めているのだ。
何でもそつなくこなす手塚でも郁に負けるところがある。
それが愉快でたまらないという悪趣味な喜びが滲んでいた。
文句を言ってやろうかとも思ったが、意味がないこともよくわかっている。
そんな風に相手を正しく評価できないヤツらは、口で言ったところでわからない。
何よりここは図書館だ。
利用者の注目を集めてしまうのも、得策ではないだろう。
何度も深呼吸をして、怒りをやり過ごした郁は再び歩き出した。
すると今度はよく知っている人物の顔を見かける。
図書館の常連であり、上官の恋人である毬江だ。
久しぶりだし、こちらも今は仕事中ではない。
声をかけようとしたのだが、その表情を見て郁の足は止まった。
毬江はイベントが行なわれる部屋の前にいた。
今は大人向けの朗読会中だ。
何名かの業務部員が交代で朗読する段取りであり、読み手の中に柴崎もいた。
今回も盛況らしく、かなりの人数が集まっている。
その表情はみな楽しそうで、大成功と言えるだろう。
だがその入口に佇む毬江は、寂しそうな表情でため息をついていた。
そうか、毬江ちゃんには楽しめない企画なんだ。
毬江の表情を見た郁は、それを察した。
朗読会はまず耳で聞き取れなければ、意味がない。
年配の参加者もいるので、読み手は大きな声ではっきりと喋ることを心掛けていると聞く。
だが毬江のように耳に障害がある者にとっては、ハードルが高いのだろう。
結局郁は毬江には声をかけずに、寮に戻った。
そして共同ロビーで見かけたのは、浮かない表情でソファに座っている手塚だった。
「どうしてあんたまで暗い訳?」
「うるさい。何だよ。いきなり」
顔を合わせるなり随分な会話だが、信頼の裏返しだ。
お互いの感情を顔を見れば、一目でわかる。
どうやら手塚もかなり機嫌が悪いらしい。
そして郁が機嫌が悪いこともお見通しだろう。
「実はちょっと」
郁は手塚の隣に腰を下ろすと、毬江の話をした。
朗読会のイベントを寂しそうに見ていたのだと。
手塚を悪く言っていた防衛員の話は、心の奥に封じ込めた。
「そうか。俺は」
今度は手塚が口を開いた。
同じく図書館にいた手塚が目撃したちょっとしたトラブルの話だ。
どちらもヘビーであり、解決がむずかしい。
だが郁はその2つの話を聞いて「あ!」と声を上げた。
「何だよ『あ!』って」
「ちょっと閃いたかもしれない。イベントの話。」
「イベント?」
「こうなったのも成り行きだし!あんたも手伝いなさいよ!」
手塚は首を傾げながらも「ああ」と頷いた。
おそらく了承したというより、郁の剣幕に押されてしまっただけだろう。
だけど郁は高らかに「言質は取ったわよ!」と宣言した。
かくして5月の郁のイベントはきまり、またしても周りを驚かせることになるのだった。
そんな囁きを聞き取った郁は、思わず上官張りに眉間にシワを寄せた。
入隊時ならドヤ顔できたかもしれない。
だけど今はバディにして友人が貶されているようで、ただただ不快だった。
4月の桜の企画で、郁の評価は上がった。
ありそうでなかった内容は、利用者からも賞賛の声が寄せられている。
だが当の郁は、いつもと別に変わらない。
与えられた任務に全力投球、それが郁にとっての当たり前だからだ。
そしてソメイヨシノが葉桜に変わり始めた頃、再び依頼があった。
今度は5月の大型連休向けの企画を考えて欲しいと。
郁はあまりの時間のなさに、最初は難色を示した。
今はもう4月中旬、大型連休までは2週間しかない。
だが業務部から是非にと頼まれて、押し切られる形になった。
一応業務部員の企画の中からセレクションはしたのだが、今1つインパクトに欠けるのだと言う。
本当に時間がない、早く決めなければ。
そこで公休日、郁は図書館にやって来た。
何かアイディアはないか、ネタ捜しだ。
手当たり次第に書架の間を歩き回っているときに、館内警備の防衛員たちの会話が聞こえたのだ。
「笠原、またイベントの企画をやるらしいぜ。」
「ああ。あの桜の企画、好評らしいもんな。」
「それに昇任試験の読み聞かせもよかったそうだし。」
「期待されてるんだな。」
郁は書架の影から会話を盗み聞いて、頬を緩ませた。
企画は確かに郁の発案だが、多くの人の協力があって成立する。
つまり決して郁1人の手柄ではないのだ。
それはわかっているけれど、やはり高評価をもらえるなら嬉しい。
だが愉快な気分はここまでだった。
次の一言で、郁のテンションは一気に下がった。
「この分野だと、手塚より笠原が上なんだな。」
それを聞いた郁の眉間に上官張りのしわが寄った。
文字に起こせば、郁を褒めている言葉。
だがその揶揄うような声色に、悪意を感じる。
つまり彼らは郁を引き合いにして、手塚を貶めているのだ。
何でもそつなくこなす手塚でも郁に負けるところがある。
それが愉快でたまらないという悪趣味な喜びが滲んでいた。
文句を言ってやろうかとも思ったが、意味がないこともよくわかっている。
そんな風に相手を正しく評価できないヤツらは、口で言ったところでわからない。
何よりここは図書館だ。
利用者の注目を集めてしまうのも、得策ではないだろう。
何度も深呼吸をして、怒りをやり過ごした郁は再び歩き出した。
すると今度はよく知っている人物の顔を見かける。
図書館の常連であり、上官の恋人である毬江だ。
久しぶりだし、こちらも今は仕事中ではない。
声をかけようとしたのだが、その表情を見て郁の足は止まった。
毬江はイベントが行なわれる部屋の前にいた。
今は大人向けの朗読会中だ。
何名かの業務部員が交代で朗読する段取りであり、読み手の中に柴崎もいた。
今回も盛況らしく、かなりの人数が集まっている。
その表情はみな楽しそうで、大成功と言えるだろう。
だがその入口に佇む毬江は、寂しそうな表情でため息をついていた。
そうか、毬江ちゃんには楽しめない企画なんだ。
毬江の表情を見た郁は、それを察した。
朗読会はまず耳で聞き取れなければ、意味がない。
年配の参加者もいるので、読み手は大きな声ではっきりと喋ることを心掛けていると聞く。
だが毬江のように耳に障害がある者にとっては、ハードルが高いのだろう。
結局郁は毬江には声をかけずに、寮に戻った。
そして共同ロビーで見かけたのは、浮かない表情でソファに座っている手塚だった。
「どうしてあんたまで暗い訳?」
「うるさい。何だよ。いきなり」
顔を合わせるなり随分な会話だが、信頼の裏返しだ。
お互いの感情を顔を見れば、一目でわかる。
どうやら手塚もかなり機嫌が悪いらしい。
そして郁が機嫌が悪いこともお見通しだろう。
「実はちょっと」
郁は手塚の隣に腰を下ろすと、毬江の話をした。
朗読会のイベントを寂しそうに見ていたのだと。
手塚を悪く言っていた防衛員の話は、心の奥に封じ込めた。
「そうか。俺は」
今度は手塚が口を開いた。
同じく図書館にいた手塚が目撃したちょっとしたトラブルの話だ。
どちらもヘビーであり、解決がむずかしい。
だが郁はその2つの話を聞いて「あ!」と声を上げた。
「何だよ『あ!』って」
「ちょっと閃いたかもしれない。イベントの話。」
「イベント?」
「こうなったのも成り行きだし!あんたも手伝いなさいよ!」
手塚は首を傾げながらも「ああ」と頷いた。
おそらく了承したというより、郁の剣幕に押されてしまっただけだろう。
だけど郁は高らかに「言質は取ったわよ!」と宣言した。
かくして5月の郁のイベントはきまり、またしても周りを驚かせることになるのだった。