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3月~結婚狂詩曲(その3)~

*オリキャラの名前はある漫画のキャラから借用しております。

「いったいどうなってるんです!?」
由井は半ばキレ気味になりながら、詰め寄ってきた。
柴崎は「ええと」と珍しく言いよどみながら、苦笑した。

3月の図書館のイベントも滞りなく行なわれていった。
話題になったのは、ひな祭りだった。
だが定番のテーマでありながら、内容はかなり攻めていた。

家庭には眠っているひな人形が多い。
子供が大きくなれば、飾らなくなる家も多い。
また独立して家を出てしまえば、もう収納スペースを奪う邪魔者だ。
そんな不要になったひな人形を譲ってほしいと利用者に告知したのだ。

そしてそれを図書館の目立つスペースに展示した。
たくさんのひな人形が飾られた光景は、なかなかの圧巻だった。
さらに気に入った人形があった場合、格安で譲る。
つまりいらなくなったひな人形のリサイクルを行なったのだ。

引き取り手のなかったひな人形は、お焚き上げ供養に出した。
武蔵野第一図書館近くで、人形供養をしている寺院がある。
そこの住職は図書館常連であり、快く引き受けてくれた。
費用はひな人形を希望者に譲った代金を当てた。

これも郁の発案で、由井が実行した企画である。
だが今回、郁は水面下でかなり動いてくれたのだ。
図書館を訪れる顔見知りの常連に、企画を積極的にアピールして回った。
いらないひな人形を処分する、または格安でひな人形をゲットできるチャンスだと。
また供養してくれる寺の住職に話をつけたのも郁だ。
本来供養を頼めば、かなりの費用がかかる。
そこを何とか、ひな人形の代金でやって欲しいと拝み倒した。

いったい何がどうなっているの?
由井はもちろん企画の成功を喜んだ。
だがそれ以上に、困惑していた。
郁は春には結婚するはずで、すごく忙しいのではなかったか。
なのにごくごく普通に企画のために時間を割いている。

「あの。いったいどうしたんですか?」
由井は企画の相談をしている段階で、まずそう聞いた。
なぜなら郁は、伸ばしていた髪をバッサリと切っていた。
少し前まで結婚式用に伸ばしていて「鬱陶しい」と文句を言っていたのだ。
だが3月になり、以前よりむしろ短いくらいになっていた。

「ああ。結婚式はやめたから」
郁はあっけらかんとそう答える。
驚いた由井は「ええ~!?」と絶叫した。
心の中で当然の疑問が渦巻く。
あれだけラブラブだった2人に、いったい何があったのか。
だが郁は「驚きすぎ」とケラケラ笑った。

そしてそこから何も言えなくなったのだ。
部署こそ違えど、由井は郁を先輩として尊敬している。
もしかしたら下手な問いかけは、その先輩の傷を抉るかもしれないのだ。
だからそれ以上何も聞けなくなった。
そして気になりつつ、ひな祭り企画を遂行したのである。

そして3月半ばには、別の企画が立ち上がった。
3月のもう1つの定番は、やはり卒業だ。
こちらは毎年図書館で行なう恒例企画が実施された。
特設コーナーを作って、卒業にちなんだ本を並べる。
何の変哲もない企画だが、手作りでポップなどをつければ華やかになる。
もちろんそこから貸し出しも可能だ。

由井はその卒業特設コーナーに返却されてきた本を戻していた。
この日は堂上班が図書館業務についている。
郁はカウンターで貸し出しを行なっており、残りの3名は配架をしていた。
すぐ見えるところでは、堂上が丁寧な動作で本を棚に戻していた。

するとその堂上に、女性業務部員が近づいていくのが見えた。
確か堂上と同期、由井よりは遥かに先輩。
だけど由井は彼女を尊敬できなかった。
美人ではあるが性格に難があり、そして仕事より恋愛重視。
そして口にこそ出さないが、露骨に堂上を狙っていた。
過去に郁に嫌がらせをしたという話も聞くし、わかりやすく「嫌な女」である。

「堂上君。久しぶり。」
「ああ。」
「ちょっといいかしら。」
「悪いが、仕事中だ。」

堂上は配架の手を休めず、彼女の方を見ることさえしない。
だが彼女はめげなかった。
さらに一歩堂上との距離を詰めると「じゃあ1つだけ」と切り出した。

「笠原さんと別れたんでしょ。それなら」
「別れてない。」
「え、でも」
「別れとりゃせんわ!さっさと離れろ!」

堂上は器用に配架を続けながら、声を荒げた。
彼女は一瞬驚き、そして目に涙を浮かべながら足早に離れていく。
一部始終を目撃した由井の背後には、いつのまにか柴崎が立っていた。

「あの人、まだ堂上教官を諦めてなかったのねぇ」
半ば感心し、半ばあきれたように、柴崎は肩を竦める。
だが由井は「いったいどうなってるんです!?」と詰め寄っていた。
もうわからないことが多すぎる。
いくら部外者とはいえ、これ以上モヤモヤしているのは嫌だった。

「ええと。何ていったらいいかしら」
柴崎は珍しく言いよどみながら、苦笑した。
実は柴崎も事情を良く知らないのだ。
先月の公休日、郁と堂上は両家の両親に会うと言って出かけた。
そして帰ってくるなり「結婚式はやめたから」と宣言したのだ。

「どういうことよ!?」
驚いた柴崎はもちろん詰め寄った。
だが郁は「もうエステとかしてくれなくていいから」と言うだけだ。
柴崎は結婚式に備えて、夜な夜な郁の肌や髪の手入れをしていたのだ。
郁はそれをやんわりとことわった。
しかも翌日には、伸ばしていた髪をバッサリと切ってしまったのだ。

「結婚はやめたけど、お付き合いは継続中ってことみたい。」
柴崎は半ばキレ気味の由井にそう説明した。
由井はやはり納得がいかないらしく、首を傾げている。
だが郁も堂上も詳細を語らない。
だからもうそれ以上言えることがないのだ。

「もしかしてこのまま別れちゃうとか」
郁のことを心配する由井が、不安そうに聞いてきた。
だが柴崎は「それはないわ」と首を振った。
それは当初、柴崎も心配したことだ。
だがしばらく堂上と郁を観察した結果、違う答えを導き出した。

「結婚を取りやめにして、むしろラブ度は増してるのよ。」
「ええ~?どうして」
「それはこっちが聞きたいくらいよ」

由井は納得いかない表情のまま、仕事に戻っていく。
すると配架の手を止めた堂上が、由井とすれ違いつつ走っていく。
向かう先は貸出カウンター、そこでは郁が男性利用者に距離を詰められている。
堂上はすかさず割って入ると、独占欲丸出しで威嚇した。

まったく。何だって言うのよ。
柴崎はそんな光景を目の当たりにしながら、心の中で悪態をついた。
郁のことで、自分がわからないことがあるのが面白くなかったのだ。
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