2月~結婚狂詩曲(その2)~
*オリキャラの名前はある漫画のキャラから借用しております。
「ありがとうございました!」
寮の共同ロビーに、元気な声が響く。
郁は「別にいいから」と苦笑した。
2月下旬の某日、課業後の郁は独身寮に戻った。
心持ち足取りが重いのは、疲れているからだ。
まったく結婚がこんなに面倒だなんて知らなかった。
事務的にできることはまぁ良い。
免許証や銀行口座、カードなどの名義変更手続き。
そして引っ越しの荷造りもしなければならない。
だが問題は結婚式だ。
式場を決め、式の段取りを決め、衣装を決め、出席者に招待状を出す。
それがこんなに大変だなんて、思ってもみなかった。
「笠原三正!」
物思いに耽っていて、完全に油断していたところで声をかけられた。
郁は声の方を振り返り「お疲れ」と応じる。
笑顔で駆け寄ってきたのは由井薫、業務部期待の新人隊員だ。
「この間は本当にありがとうございました!」
由井はロビー中に響き渡る声で、元気よく礼を言った。
郁は「別にいいから」と苦笑する。
2月は1月同様、由井が郁の考えたイベント企画を実行したのだ。
2月のイベントは節分とバレンタインデー。
節分にはもうずっと定番になっている豆まきをする。
図書館の敷地内で、鬼役の隊員に豆をぶつけるというシンプルなヤツだ。
郁が子供の頃には家でやったものだが、最近の家庭ではやらないらしい。
掃除が面倒とか、恵方巻に取って代わられたとか聞いたが、本当だろうか?
とにかく家ではできない豆まきは、意外と子供に人気があるようだ。
郁が発案したのは、バレンタインデーの方だった。
手作りチョコレートとか、そういうのはやらない。
衛生上の観点から、食べ物を扱うのは避ける傾向にあるのだ。
そこで郁が考えたのは、ラッピング教室だった。
安価な義理チョコもラッピング次第では可愛くできる。
そんな提案をする企画だった。
ラッピングに使う包装紙には、廃棄する本を利用した。
文学書を筆頭に、図書館のほとんどの本は捨てることなどない。
廃棄になるのは古くなると価値がなくなる本、主に雑誌だ。
その最たるは旅行関係の本。
名所や店の情報は古くなるので、1年も経てば使えなくなる。
観光名所の写真などが入った目にも鮮やかなページで構成された廃棄本。
これを何かに利用できないかと、郁は常々考えていたのである。
それを由井に話したところ、すぐに乗ってきた。
郁のちょっとした思い付きを、由井は翌日にはわかりやすい企画書にしたのだ。
廃棄本を使ったバレンタインのラッピング教室。
義理チョコは綺麗な写真つきのページを使って、安上がりに可愛く。
また文字ばかりのページは、本命手作りチョコのラッピングの練習に。
お手軽でリーズナブル、そして役に立つ企画だと高評価を得た。
「また会議で褒められちゃいました。笠原三正のおかげです。」
「そんな。由井の実力だよ。」
「とにかくありがとうございました!」
「お礼はもう何度も聞いたって」
郁と由井はロビーの片隅で、盛り上がっていた。
何かと目立つこの2人のコンビは、注目を集めている。
由井が郁をおだてて、企画を盗んでいると陰口を叩く者もいた。
だが実際は全然違う。
郁は結婚準備で忙しく、企画をする余裕などない。
だから代わりにやってくれる由井の存在はありがたい。
由井は由井で、キャリアを積むことができる。
つまりいわゆる「ウィンウィン」の関係なのである。
「ところで笠原三正、結婚式場って決まったんですか?」
「ううん。まだ。何しろ急だったからねぇ。」
「大丈夫なんですか?」
「あちこちキャンセル待ちしてる感じかな?」
そう、郁と堂上の結婚式、実はまだ会場も決まっていないのである。
できれば年度末、つまり3月末までに済ませたい。
そして新年度は「堂上郁」で迎えるというのが、堂上の希望だ。
堂上も郁も籍だけ先に入れて、結婚式は4月以降でも良いと思っている。
だが郁の母、寿子がそれを嫌っていた。
そこで大手の式場のいくつかにキャンセル待ちの予約を入れていたのだ。
場所を選ばなければないこともない。
だがここでも寿子が、それなりの有名なところでないとダメだと言う。
「あの。図書館で結婚式しませんか?」
「ええ!?」
「それなら、お二人を祝福したい隊員や利用者も大勢参列できます。」
「それは、そうかもしれないけど」
それも確かに悩みの種だった。
どこの式場にしたって、人数には限界がある。
なのに郁も堂上も招待したい知り合いはたくさんいるのだ。
しかも「自分を呼んでほしい」などとアピールする隊員までいる。
そもそも特殊部隊隊員も全員呼べないのに、親しくない隊員を呼ぶ余裕などない。
「図書館イベントにしてしまえば、経費も浮きますよ!?」
「う~ん、イベントねぇ」
「とりあえず企画書作ってみますから、ご検討ください!」
由井は元気よく宣言すると「おやすみなさい!」と身を翻して去っていく。
郁はその後ろ姿を見送りながら、ため息をついていた。
図書館のイベントとして、結婚式をする。
正直、その発想はなかった。
だからなのか、現実味がないというか、ピンと来ない。
「おかえり~!」
部屋に戻ると、柴崎が待ち構えていた。
そして郁の顔を見るなり「さぁ行くわよ!」とノリノリだ。
郁は思わず「また柴崎エステ?」と肩を落とした。
柴崎エステ。ベタだが言い得た表現だ。
柴崎は郁の結婚式に異様な闘志を燃やしていたのだ。
毎晩、時間をかけて肌や髪の手入れをされる。
それどころか夕食のメニューまで口を出してくるのだ。
肉ではなく野菜中心、特に美肌効果がある食材をと。
ちなみに結婚式まで髪は切らないようにと厳命されている。
正直うっとうしくないと言えば、嘘になる。
だが柴崎も郁のためにしてくれていると思うと、文句は言えなかった。
「夜はアジフライ食べたい~」
「ダメダメ!野菜たっぷり、腹八分目ね!」
「お腹すいて、寝れないよぉ」
「我慢しなさい。最高の状態で結婚式を迎えるためよ!」
世の花嫁さんたちは、みんなこんな試練に耐えているのか。
郁はダダ下がるテンションを持て余しながら、そう思った。
だけど最高に美しい姿を堂上に見せるためと言われれば、闘志もわく。
「わかった。頑張る!」
「あたしも頑張って、あんたを磨くからね。」
2人は顔を見合わせ、笑った。
柴崎と同じ部屋で過ごせるのも、あとわずかだ。
「ありがとうございました!」
寮の共同ロビーに、元気な声が響く。
郁は「別にいいから」と苦笑した。
2月下旬の某日、課業後の郁は独身寮に戻った。
心持ち足取りが重いのは、疲れているからだ。
まったく結婚がこんなに面倒だなんて知らなかった。
事務的にできることはまぁ良い。
免許証や銀行口座、カードなどの名義変更手続き。
そして引っ越しの荷造りもしなければならない。
だが問題は結婚式だ。
式場を決め、式の段取りを決め、衣装を決め、出席者に招待状を出す。
それがこんなに大変だなんて、思ってもみなかった。
「笠原三正!」
物思いに耽っていて、完全に油断していたところで声をかけられた。
郁は声の方を振り返り「お疲れ」と応じる。
笑顔で駆け寄ってきたのは由井薫、業務部期待の新人隊員だ。
「この間は本当にありがとうございました!」
由井はロビー中に響き渡る声で、元気よく礼を言った。
郁は「別にいいから」と苦笑する。
2月は1月同様、由井が郁の考えたイベント企画を実行したのだ。
2月のイベントは節分とバレンタインデー。
節分にはもうずっと定番になっている豆まきをする。
図書館の敷地内で、鬼役の隊員に豆をぶつけるというシンプルなヤツだ。
郁が子供の頃には家でやったものだが、最近の家庭ではやらないらしい。
掃除が面倒とか、恵方巻に取って代わられたとか聞いたが、本当だろうか?
とにかく家ではできない豆まきは、意外と子供に人気があるようだ。
郁が発案したのは、バレンタインデーの方だった。
手作りチョコレートとか、そういうのはやらない。
衛生上の観点から、食べ物を扱うのは避ける傾向にあるのだ。
そこで郁が考えたのは、ラッピング教室だった。
安価な義理チョコもラッピング次第では可愛くできる。
そんな提案をする企画だった。
ラッピングに使う包装紙には、廃棄する本を利用した。
文学書を筆頭に、図書館のほとんどの本は捨てることなどない。
廃棄になるのは古くなると価値がなくなる本、主に雑誌だ。
その最たるは旅行関係の本。
名所や店の情報は古くなるので、1年も経てば使えなくなる。
観光名所の写真などが入った目にも鮮やかなページで構成された廃棄本。
これを何かに利用できないかと、郁は常々考えていたのである。
それを由井に話したところ、すぐに乗ってきた。
郁のちょっとした思い付きを、由井は翌日にはわかりやすい企画書にしたのだ。
廃棄本を使ったバレンタインのラッピング教室。
義理チョコは綺麗な写真つきのページを使って、安上がりに可愛く。
また文字ばかりのページは、本命手作りチョコのラッピングの練習に。
お手軽でリーズナブル、そして役に立つ企画だと高評価を得た。
「また会議で褒められちゃいました。笠原三正のおかげです。」
「そんな。由井の実力だよ。」
「とにかくありがとうございました!」
「お礼はもう何度も聞いたって」
郁と由井はロビーの片隅で、盛り上がっていた。
何かと目立つこの2人のコンビは、注目を集めている。
由井が郁をおだてて、企画を盗んでいると陰口を叩く者もいた。
だが実際は全然違う。
郁は結婚準備で忙しく、企画をする余裕などない。
だから代わりにやってくれる由井の存在はありがたい。
由井は由井で、キャリアを積むことができる。
つまりいわゆる「ウィンウィン」の関係なのである。
「ところで笠原三正、結婚式場って決まったんですか?」
「ううん。まだ。何しろ急だったからねぇ。」
「大丈夫なんですか?」
「あちこちキャンセル待ちしてる感じかな?」
そう、郁と堂上の結婚式、実はまだ会場も決まっていないのである。
できれば年度末、つまり3月末までに済ませたい。
そして新年度は「堂上郁」で迎えるというのが、堂上の希望だ。
堂上も郁も籍だけ先に入れて、結婚式は4月以降でも良いと思っている。
だが郁の母、寿子がそれを嫌っていた。
そこで大手の式場のいくつかにキャンセル待ちの予約を入れていたのだ。
場所を選ばなければないこともない。
だがここでも寿子が、それなりの有名なところでないとダメだと言う。
「あの。図書館で結婚式しませんか?」
「ええ!?」
「それなら、お二人を祝福したい隊員や利用者も大勢参列できます。」
「それは、そうかもしれないけど」
それも確かに悩みの種だった。
どこの式場にしたって、人数には限界がある。
なのに郁も堂上も招待したい知り合いはたくさんいるのだ。
しかも「自分を呼んでほしい」などとアピールする隊員までいる。
そもそも特殊部隊隊員も全員呼べないのに、親しくない隊員を呼ぶ余裕などない。
「図書館イベントにしてしまえば、経費も浮きますよ!?」
「う~ん、イベントねぇ」
「とりあえず企画書作ってみますから、ご検討ください!」
由井は元気よく宣言すると「おやすみなさい!」と身を翻して去っていく。
郁はその後ろ姿を見送りながら、ため息をついていた。
図書館のイベントとして、結婚式をする。
正直、その発想はなかった。
だからなのか、現実味がないというか、ピンと来ない。
「おかえり~!」
部屋に戻ると、柴崎が待ち構えていた。
そして郁の顔を見るなり「さぁ行くわよ!」とノリノリだ。
郁は思わず「また柴崎エステ?」と肩を落とした。
柴崎エステ。ベタだが言い得た表現だ。
柴崎は郁の結婚式に異様な闘志を燃やしていたのだ。
毎晩、時間をかけて肌や髪の手入れをされる。
それどころか夕食のメニューまで口を出してくるのだ。
肉ではなく野菜中心、特に美肌効果がある食材をと。
ちなみに結婚式まで髪は切らないようにと厳命されている。
正直うっとうしくないと言えば、嘘になる。
だが柴崎も郁のためにしてくれていると思うと、文句は言えなかった。
「夜はアジフライ食べたい~」
「ダメダメ!野菜たっぷり、腹八分目ね!」
「お腹すいて、寝れないよぉ」
「我慢しなさい。最高の状態で結婚式を迎えるためよ!」
世の花嫁さんたちは、みんなこんな試練に耐えているのか。
郁はダダ下がるテンションを持て余しながら、そう思った。
だけど最高に美しい姿を堂上に見せるためと言われれば、闘志もわく。
「わかった。頑張る!」
「あたしも頑張って、あんたを磨くからね。」
2人は顔を見合わせ、笑った。
柴崎と同じ部屋で過ごせるのも、あとわずかだ。