1月~結婚狂詩曲(その1)~
*前回の「12月」の1年後、堂郁婚約期です。
ここから3ヶ月は図書館イベントと結婚話が同時進行します。
オリキャラの名前はある漫画のキャラから借用しております。
「笠原三正!」
元気よく呼ばれた郁は「はい?」と振り返る。
子犬のような勢いで駆け寄ってきたのは、まだ1年目の女性業務部員だった。
正化36年1月某日。
郁は図書館業務についていた。
返却されてきた本を書架に戻していく。
年末年始のイベントも終わり、受験勉強の学生が増えてきた図書館。
この時期は1年の中でも一番、静かな時期だと思う。
郁はここ1年、イベントからは遠ざかっていた。
もう一昨年になるクリスマスに、図書館中を巻き込むイベントをやった。
コンサートを企画し、郁自身が歌ったのである。
それはそれでインパクトは絶大で、あちこちから賞賛の言葉を貰った。
だが批判もそれなりに多かった。
そのこともあり、この1年は企画を出すこともしなかった。
要請があれば、ヘルプや警備に加わる程度だ。
これはこれでいい。
郁はそんな風に割り切っていた。
寂しい気持ちがないわけではない。
だけど郁は本来特殊部隊の隊員であり、図書館業務はあくまでヘルプ。
企画はもう充分やらせてもらったし、悔いはない。
若い隊員も増えているのだし、彼らのチャンスを増やすべきだ。
敢えて宣言はしないが、事実上の引退でいいと思っていた。
「笠原三正!」
淡々と配架をしていたところで、声をかけられた。
勢いよく走ってきたのは、由井薫。
昨年4月に入隊したばかり、あと少しでやっと新人の肩書が取れる女子業務部員だ。
「図書館では静かにね。」
郁はかつて上官から何度も言われたセリフを口にした。
由井は慌てて「すみません!」と叫ぶが、その声もデカい。
郁は「だから静かにって」と苦笑する。
そして内心、自分もこんな注意をするようになったことに秘かに感動していた。
「1月の企画、本当にありがとうございます!」
「今言う?もうすぐ1月も終わりなんだけど。それにお礼はもう聞いたし」
「でもさっき、会議で褒められたんです!」
「それはよかった。」
「笠原三正のおかげです!」
「そんな。由井が頑張ったからだよ。」
1月の企画は「年賀状」だった。
昨今はメールやSNSが主流、手書きの手紙は減っているだろう。
おそらく筆不精は増えているはずだ。
ハガキの年賀状をもらっても、返事を出すのが億劫で出さない人もいるだろう。
そんな人たち向けに、簡単な絵手紙教室を開催したのだ。
この企画の発案は郁だった。
実は1年前の正月、昔のクラスメイトなどから年賀状をもらった。
おそらく当麻事件の影響だろう。
当麻蔵人を亡命させた立役者が郁であることは、世間的に公表はされていない。
だけどどこから漏れたのか、勝手に当たりをつけたのか。
さして付き合いのなかった者たちから、いきなりどっと年賀状が届いたのだ。
しかも実家経由の転送なので、郁の手元に来たのは1月の中旬。
今さらな気持ちで返事を書いたのがきっかけで思いついた企画だった。
でも今さら企画案を出すのも躊躇われた。
クリスマスにあれだけ多くの人を巻き込んだ後では出しにくい。
そのまま企画は郁の心の中に押し込まれ、日の目は見ないはずだった。
だが4月に由井薫が入隊してきたことで、話が変わった。
由井はとにかく前向きで、物おじしない性格だ。
先輩隊員には積極的に声をかけていると聞く。
郁にも「初めまして!」と初対面からグイグイ距離を詰めてきた。
もしかして何か売りつけられるのかと、郁が真剣に焦ったほどだ。
だが話しているうちに、図書隊員という仕事への情熱からだと知れた。
どうやら郁の企画が過去に多く採用されたことを知ったからの行動らしい。
どんな風にして、企画を生み出すのか。
実際に企画を進めるうえで、注意することは何か。
そんなことをいろいろと聞いてくる。
そしてそれが少しも嫌な感じではないのだ。
だから人知れずボツになった年賀状企画の話もした。
由井は間髪入れずに「それ、あたしがやってもいいですか?」と聞いてくる。
もちろん郁としては、放っておくよりはやってもらった方が嬉しい。
かくして企画は1年経った1月、由井の手によって行なわれた。
そして由井はその実行力を大いに評価されることになったのである。
「本当にありがとうございました!」
「そんな。もういいって」
郁はあまりにも何度も礼を言う由井に苦笑する。
すると近くでやはり配架をしていた堂上がチラリとこちらを見た。
私語は切り上げて、仕事に戻れということだろう。
由井もまた堂上の視線に気づき「すみません」と頭を下げた。
「堂上一正、何か最近嬉しそうですね。」
「え?そう?」
「ええ。それに表情が優しくなった感じがします。」
「そう、かな」
「それであたし、もしかしてって思ってるんですけど」
由井は悪戯っぽい表情で、郁の顔を覗き込む。
だが郁はオロオロと動揺してしまった。
そう、ここ最近の堂上は本当に優しい。
それはあのいささか情緒に欠けるプロポーズの後からだ。
「ええと。その。実は結婚することになって。」
「やっぱり!おめでとうございます!」
ついに白状させられた郁に、由井は盛大に喜んだ。
堂上が「コホン」と咳払いをしたことで、慌てて口を噤む。
そして2人は顔を見合わせると、ニッコリと頷き合った。
まさか見破られるなんて。
やっぱり由井って勘がするどいな。
郁はそんなことを考えながら、配架に戻った。
実に些細なやり取り。
だがこれが新たな波紋となることを、このときの郁は知る由もなかった。
ここから3ヶ月は図書館イベントと結婚話が同時進行します。
オリキャラの名前はある漫画のキャラから借用しております。
「笠原三正!」
元気よく呼ばれた郁は「はい?」と振り返る。
子犬のような勢いで駆け寄ってきたのは、まだ1年目の女性業務部員だった。
正化36年1月某日。
郁は図書館業務についていた。
返却されてきた本を書架に戻していく。
年末年始のイベントも終わり、受験勉強の学生が増えてきた図書館。
この時期は1年の中でも一番、静かな時期だと思う。
郁はここ1年、イベントからは遠ざかっていた。
もう一昨年になるクリスマスに、図書館中を巻き込むイベントをやった。
コンサートを企画し、郁自身が歌ったのである。
それはそれでインパクトは絶大で、あちこちから賞賛の言葉を貰った。
だが批判もそれなりに多かった。
そのこともあり、この1年は企画を出すこともしなかった。
要請があれば、ヘルプや警備に加わる程度だ。
これはこれでいい。
郁はそんな風に割り切っていた。
寂しい気持ちがないわけではない。
だけど郁は本来特殊部隊の隊員であり、図書館業務はあくまでヘルプ。
企画はもう充分やらせてもらったし、悔いはない。
若い隊員も増えているのだし、彼らのチャンスを増やすべきだ。
敢えて宣言はしないが、事実上の引退でいいと思っていた。
「笠原三正!」
淡々と配架をしていたところで、声をかけられた。
勢いよく走ってきたのは、由井薫。
昨年4月に入隊したばかり、あと少しでやっと新人の肩書が取れる女子業務部員だ。
「図書館では静かにね。」
郁はかつて上官から何度も言われたセリフを口にした。
由井は慌てて「すみません!」と叫ぶが、その声もデカい。
郁は「だから静かにって」と苦笑する。
そして内心、自分もこんな注意をするようになったことに秘かに感動していた。
「1月の企画、本当にありがとうございます!」
「今言う?もうすぐ1月も終わりなんだけど。それにお礼はもう聞いたし」
「でもさっき、会議で褒められたんです!」
「それはよかった。」
「笠原三正のおかげです!」
「そんな。由井が頑張ったからだよ。」
1月の企画は「年賀状」だった。
昨今はメールやSNSが主流、手書きの手紙は減っているだろう。
おそらく筆不精は増えているはずだ。
ハガキの年賀状をもらっても、返事を出すのが億劫で出さない人もいるだろう。
そんな人たち向けに、簡単な絵手紙教室を開催したのだ。
この企画の発案は郁だった。
実は1年前の正月、昔のクラスメイトなどから年賀状をもらった。
おそらく当麻事件の影響だろう。
当麻蔵人を亡命させた立役者が郁であることは、世間的に公表はされていない。
だけどどこから漏れたのか、勝手に当たりをつけたのか。
さして付き合いのなかった者たちから、いきなりどっと年賀状が届いたのだ。
しかも実家経由の転送なので、郁の手元に来たのは1月の中旬。
今さらな気持ちで返事を書いたのがきっかけで思いついた企画だった。
でも今さら企画案を出すのも躊躇われた。
クリスマスにあれだけ多くの人を巻き込んだ後では出しにくい。
そのまま企画は郁の心の中に押し込まれ、日の目は見ないはずだった。
だが4月に由井薫が入隊してきたことで、話が変わった。
由井はとにかく前向きで、物おじしない性格だ。
先輩隊員には積極的に声をかけていると聞く。
郁にも「初めまして!」と初対面からグイグイ距離を詰めてきた。
もしかして何か売りつけられるのかと、郁が真剣に焦ったほどだ。
だが話しているうちに、図書隊員という仕事への情熱からだと知れた。
どうやら郁の企画が過去に多く採用されたことを知ったからの行動らしい。
どんな風にして、企画を生み出すのか。
実際に企画を進めるうえで、注意することは何か。
そんなことをいろいろと聞いてくる。
そしてそれが少しも嫌な感じではないのだ。
だから人知れずボツになった年賀状企画の話もした。
由井は間髪入れずに「それ、あたしがやってもいいですか?」と聞いてくる。
もちろん郁としては、放っておくよりはやってもらった方が嬉しい。
かくして企画は1年経った1月、由井の手によって行なわれた。
そして由井はその実行力を大いに評価されることになったのである。
「本当にありがとうございました!」
「そんな。もういいって」
郁はあまりにも何度も礼を言う由井に苦笑する。
すると近くでやはり配架をしていた堂上がチラリとこちらを見た。
私語は切り上げて、仕事に戻れということだろう。
由井もまた堂上の視線に気づき「すみません」と頭を下げた。
「堂上一正、何か最近嬉しそうですね。」
「え?そう?」
「ええ。それに表情が優しくなった感じがします。」
「そう、かな」
「それであたし、もしかしてって思ってるんですけど」
由井は悪戯っぽい表情で、郁の顔を覗き込む。
だが郁はオロオロと動揺してしまった。
そう、ここ最近の堂上は本当に優しい。
それはあのいささか情緒に欠けるプロポーズの後からだ。
「ええと。その。実は結婚することになって。」
「やっぱり!おめでとうございます!」
ついに白状させられた郁に、由井は盛大に喜んだ。
堂上が「コホン」と咳払いをしたことで、慌てて口を噤む。
そして2人は顔を見合わせると、ニッコリと頷き合った。
まさか見破られるなんて。
やっぱり由井って勘がするどいな。
郁はそんなことを考えながら、配架に戻った。
実に些細なやり取り。
だがこれが新たな波紋となることを、このときの郁は知る由もなかった。