4月~桜舞い散る~
「桜のイベントの企画案、お前もやってみるか?」
堂上にそう告げられた郁は「わぁ!いいんですか?」と顔を綻ばせた。
実は秘かに興味があり、やってみたいと思っていたのだ。
武蔵野第一図書館では毎年、桜の開花に合わせてイベントを行なう。
桜の時期に桜にちなんだイベント。
安易と言えば安易だが、案外盛り上がるのだ。
今年の企画案は入隊5年以内の隊員から募集することになった。
別に業務に限らず、防衛部や特殊部隊からでも構わない。
理由は簡単、桜という定番テーマはもはややり尽くされている。
ぶっちゃけネタ切れ状態とも言える。
そこで若い隊員の柔軟な発想力に期待しようということになったのだ。
「でもあたしなんかがしゃしゃり出てもいいんでしょうか?」
郁は喜んだものの、すぐに不安になった。
一応5年以内なら誰でもいいという規定だが、実際は業務部員しか参加していないと聞く。
だが堂上はあっさり「問題ない」と答えた。
「業務部から依頼があったんだ。お前の企画が欲しいって。」
「え?そうなんですか?」
「ああ。業務部だとマンネリになるからだそうだ。」
「でも、それでどうしてあたしなんです?」
「士長昇任の実技試験の植物パズル、あれが評価されたんだ。」
「ホントですか!?」
郁としては、素直に嬉しかった。
昇任できただけでも光栄なのに、こんな形で評価もされるなんて。
すると小牧が「本当にあれは素晴らしかったよ」と褒めてくれた。
さらに手塚が「企画力だけはかなわない」と付け加える。
妙に「だけ」にアクセントが置かれている気がしたが、郁はチラリと手塚を睨むだけでスルーした。
「頑張れよ!」
「特殊部隊代表だからな!」
他の班の先輩隊員たちからも声がかかり、郁は元気よく「はい!」と答えた。
堂上が先輩たちに「余計なプレッシャーをかけんで下さい!」と叫ぶ。
そして郁には「肩の力を抜けよ」と言ってくれた。
かくして郁は数日間で案をまとめて、提出した。
堂上や小牧にも相談し、チェックもしてもらった渾身の企画書だ。
だが残念ながら業務部からは「不採用」という返答が来た。
落ち込まないと言えば、嘘になる。
だが堂上も小牧も「気にするな」と言ってくれた。
悪い企画ではなかったが、今回は縁がなかった。
こういうのは選ぶ側の好みに大きく左右されるものだからと。
だがこの話はここで終わらなかった。
一度はボツになった郁の企画が、一転して採用されたのだ。
何だか微妙な気分ではあったが、それならばベストを尽くすだけだ。
郁は通常の勤務とイベントの準備で、忙しい日々を送っていたのだが。
「いいわよね。贔屓されてる人は」
「特殊部隊だからって、みんな甘いんじゃない?」
「堂上二正が笠原の企画をゴリ押ししたって話よ。」
「部下が評価されるのも、出世の早道だもんね。」
「羨ましいわ。査問にかかっても昇任できるみたいだし、企画は優遇されるし」
3月某日、郁は公休日を返上して、図書館に来ていた。
イベントの下調べをさらに入念にするためだ。
そこで業務部員たちが喋っているのを聞いてしまい、固まった。
驚きながら声のする方を振り返ると、数名の女性業務部員が郁を睨んでいる。
どうやらわざと聞こえるように話をしていたらしい。
ムッとして言い返そうとした郁だったが、大きく深呼吸をして怒りをやり過ごした。
未だに査問のことを引き合いに出す者は、残念ながらまだいる。
そして査問を受けた郁が昇任したことに納得していない者も。
こればかりは郁の力ではどうにもならない。
揚げ足を取ろうとする者は郁の長所など見ず、悪いところばかりを論うのだから。
きれいな桜のイベントに、イライラを持ちこんだらダメだよね。
郁は静かに目を閉じて、図書館の敷地内の桜を思い浮かべた。
満開に咲き誇るソメイヨシノの桜並木。
その美しさを想像するうちに、怒りは静かに引いていく。
そして郁は口元に笑みを浮かべると、資料探しを再開したのだった。
堂上にそう告げられた郁は「わぁ!いいんですか?」と顔を綻ばせた。
実は秘かに興味があり、やってみたいと思っていたのだ。
武蔵野第一図書館では毎年、桜の開花に合わせてイベントを行なう。
桜の時期に桜にちなんだイベント。
安易と言えば安易だが、案外盛り上がるのだ。
今年の企画案は入隊5年以内の隊員から募集することになった。
別に業務に限らず、防衛部や特殊部隊からでも構わない。
理由は簡単、桜という定番テーマはもはややり尽くされている。
ぶっちゃけネタ切れ状態とも言える。
そこで若い隊員の柔軟な発想力に期待しようということになったのだ。
「でもあたしなんかがしゃしゃり出てもいいんでしょうか?」
郁は喜んだものの、すぐに不安になった。
一応5年以内なら誰でもいいという規定だが、実際は業務部員しか参加していないと聞く。
だが堂上はあっさり「問題ない」と答えた。
「業務部から依頼があったんだ。お前の企画が欲しいって。」
「え?そうなんですか?」
「ああ。業務部だとマンネリになるからだそうだ。」
「でも、それでどうしてあたしなんです?」
「士長昇任の実技試験の植物パズル、あれが評価されたんだ。」
「ホントですか!?」
郁としては、素直に嬉しかった。
昇任できただけでも光栄なのに、こんな形で評価もされるなんて。
すると小牧が「本当にあれは素晴らしかったよ」と褒めてくれた。
さらに手塚が「企画力だけはかなわない」と付け加える。
妙に「だけ」にアクセントが置かれている気がしたが、郁はチラリと手塚を睨むだけでスルーした。
「頑張れよ!」
「特殊部隊代表だからな!」
他の班の先輩隊員たちからも声がかかり、郁は元気よく「はい!」と答えた。
堂上が先輩たちに「余計なプレッシャーをかけんで下さい!」と叫ぶ。
そして郁には「肩の力を抜けよ」と言ってくれた。
かくして郁は数日間で案をまとめて、提出した。
堂上や小牧にも相談し、チェックもしてもらった渾身の企画書だ。
だが残念ながら業務部からは「不採用」という返答が来た。
落ち込まないと言えば、嘘になる。
だが堂上も小牧も「気にするな」と言ってくれた。
悪い企画ではなかったが、今回は縁がなかった。
こういうのは選ぶ側の好みに大きく左右されるものだからと。
だがこの話はここで終わらなかった。
一度はボツになった郁の企画が、一転して採用されたのだ。
何だか微妙な気分ではあったが、それならばベストを尽くすだけだ。
郁は通常の勤務とイベントの準備で、忙しい日々を送っていたのだが。
「いいわよね。贔屓されてる人は」
「特殊部隊だからって、みんな甘いんじゃない?」
「堂上二正が笠原の企画をゴリ押ししたって話よ。」
「部下が評価されるのも、出世の早道だもんね。」
「羨ましいわ。査問にかかっても昇任できるみたいだし、企画は優遇されるし」
3月某日、郁は公休日を返上して、図書館に来ていた。
イベントの下調べをさらに入念にするためだ。
そこで業務部員たちが喋っているのを聞いてしまい、固まった。
驚きながら声のする方を振り返ると、数名の女性業務部員が郁を睨んでいる。
どうやらわざと聞こえるように話をしていたらしい。
ムッとして言い返そうとした郁だったが、大きく深呼吸をして怒りをやり過ごした。
未だに査問のことを引き合いに出す者は、残念ながらまだいる。
そして査問を受けた郁が昇任したことに納得していない者も。
こればかりは郁の力ではどうにもならない。
揚げ足を取ろうとする者は郁の長所など見ず、悪いところばかりを論うのだから。
きれいな桜のイベントに、イライラを持ちこんだらダメだよね。
郁は静かに目を閉じて、図書館の敷地内の桜を思い浮かべた。
満開に咲き誇るソメイヨシノの桜並木。
その美しさを想像するうちに、怒りは静かに引いていく。
そして郁は口元に笑みを浮かべると、資料探しを再開したのだった。
1/5ページ