番外編3
絶対にダメだ!
ずっと穏やかだった堂上が、突然声を荒げた。
郁は「ごめんなさい」と頭を下げながら、深い深いため息をついた。
郁と堂上の結婚が決まった。
まだなのかとジレジレしていた双方の家族は「やっとか」と諸手を上げて喜んだ。
未だに堂上を諦めきれなかった女たちや、最近綺麗になった郁に懸想をしていた男たちは肩を落とした。
そして当の2人は結婚準備に忙しい日々を送っていた。
結婚って、意外と大変なんだなぁ。
最初はプロポーズらしきことをされて浮かれていた郁だったが、次第にそんなことを思うようになった。
それほど細々とした手続きが多いのだ。
結婚式だけでも、大変だ。
場所を決め、日程を決め、出席者を決め、予算内の衣装や料理などを決める。
それ以外にも新居を決めて、家具などを選び、引っ越しの荷造りもしなければならない。
さらに女性の郁は免許証やら銀行口座やら、名義変更の手続きなどもある。
同時に複数のことをこなすことが苦手な郁は、頭がクラクラしそうだ。
でもそれが家族になるっていうことなんだ。
郁はそんな多忙の中でも、ロマンチックな気分に浸っていた。
1つ1つクリアして、結婚する。
同じ姓を名乗り、同じ家で暮らし、一緒に幸せになるのだ。
そしてこの日、堂上と郁は双方の自宅に近いカフェにいた。
堂上は貴重な休日であり、郁もそれに合わせて休みを取った。
ランチを楽しみながら、結婚式の確認だ。
大まかなところはほぼ決まっており、あとは細かいところを詰めていく。
あの。会食の前のセレモニーなんだけど。・・・にしてもいいかな?
郁はおずおずとちょっとした提案を切り出した。
すると堂上は情けない顔で「それだけは」と項垂れた。
郁は「デスヨネ~」と曖昧に笑う。
ちょっと突飛な提案だったから、これは却下されても仕方がない。
あと結婚後の話なんだけど。あたし就職してもいいかな。
先程の提案とは違い、今度は真剣な話だ。
堂上も真顔になり「実家を手伝うんじゃないのか?」と聞いてきた。
郁は「いろいろ考えたんだけど」と意を決して話し始めた。
郁の実家、笠原フーズの従業員は両親と兄3人と郁の6人だ。
兄3人のうち長兄のみが既婚者で、その妻は近所の会社でパートの事務員をしている。
だが子供ができたら、会社は辞めて笠原フーズで働くことを希望しているのだ。
また次兄、末兄が結婚したら、その妻たちも笠原フーズで働きたいとなるかもしれない。
つまり将来的に人員が余る事態が予想される。
郁はその辺の事情をサラリと説明した。
堂上は「なるほどな」と頷く。
笠原家の経済事情を言われれば、コメントはしにくいだろう。
堂上は冷静に「具体的に何かあるのか」と郁を見た。
う~ん。例えば警察官なんてどうかな?
郁は明るく、そう切り出した。
漠然とあるのは、もっと広い世界を見たいという欲求だった。
そして郁をそんな気にさせてくれたのは、ほかならぬ堂上だ。
それならば堂上と同じ仕事に就くのもありかと思ったのだ。
さっそくネットで警視庁の採用情報をチェックすると、郁でも要件を満たしていることがわかった。
同じ職場にはならないと思うけど、同じ仕事なら会話も増えるかと。。。
郁は笑顔でそう続けたが、全部言い終わらないうちに堂上が「絶対にダメだ!」と遮った。
聞いたこともないような厳しい口調に、怖い表情。
郁はその変化に驚きながら「デスヨネ~」と苦笑した。
ごめんなさい。
郁は頭を下げながら、深い深いため息をついた。
ずっと実家で働いていたのは、実家の仕事が好きだったからだ。
きちんと働いているつもりだが、やはり甘やかされている部分はあると思う。
本当の社会の厳しさは知らないのだと思われていても、仕方がない。
その郁が警察官になるだなんて、堂上から見れば許せないのだろう。
結婚式の話に戻るけど。ウェディングケーキのこと。
郁は恥ずかしさと自己嫌悪を押し隠しながら、無理矢理話題を変えた。
堂上は笑顔で話を合わせてくれたけれど、やはりどこかぎこちない。
そして何となく盛り上がらない空気のまま、郁は帰宅した。
さらにその翌日も、郁の気分は上がらない。
だが堂上はきっと切り替えて、しっかりと働いているはずだ。
自分だけ落ち込んでなどいられない。
郁は両手で頬をバチバチと叩いて気合いを入れると、配達に出た。
毎度ありがとうございます!笠原フーズです!
元気よく配達先を回りながら、郁の気分はかなり浮上した。
みんなが「郁ちゃんもうすぐだね」「幸せになれよ」などと声をかけてくれたからだ。
もう大丈夫。次のデートの時には前と同じように笑える。
そして配達を終え、自宅兼職場である笠原フーズに戻ってきたところで事件は起こった。
うわぁぁ~~~!!
駐車スペースに配達用のワゴンをとめて、車を降りたところで叫び声が聞こえた。
男とも女ともつかない異様な声に、郁は思わず振り返る。
すると髪を振り乱し目が血走らせた男が、こちらに向かって突進してくるのが見えた。
え。嘘。何?誰!?
郁は仰天しながら、その場に固まった。
そしてどこの誰ともわからない男は、郁にその魔の手を伸ばしたのだった。
ずっと穏やかだった堂上が、突然声を荒げた。
郁は「ごめんなさい」と頭を下げながら、深い深いため息をついた。
郁と堂上の結婚が決まった。
まだなのかとジレジレしていた双方の家族は「やっとか」と諸手を上げて喜んだ。
未だに堂上を諦めきれなかった女たちや、最近綺麗になった郁に懸想をしていた男たちは肩を落とした。
そして当の2人は結婚準備に忙しい日々を送っていた。
結婚って、意外と大変なんだなぁ。
最初はプロポーズらしきことをされて浮かれていた郁だったが、次第にそんなことを思うようになった。
それほど細々とした手続きが多いのだ。
結婚式だけでも、大変だ。
場所を決め、日程を決め、出席者を決め、予算内の衣装や料理などを決める。
それ以外にも新居を決めて、家具などを選び、引っ越しの荷造りもしなければならない。
さらに女性の郁は免許証やら銀行口座やら、名義変更の手続きなどもある。
同時に複数のことをこなすことが苦手な郁は、頭がクラクラしそうだ。
でもそれが家族になるっていうことなんだ。
郁はそんな多忙の中でも、ロマンチックな気分に浸っていた。
1つ1つクリアして、結婚する。
同じ姓を名乗り、同じ家で暮らし、一緒に幸せになるのだ。
そしてこの日、堂上と郁は双方の自宅に近いカフェにいた。
堂上は貴重な休日であり、郁もそれに合わせて休みを取った。
ランチを楽しみながら、結婚式の確認だ。
大まかなところはほぼ決まっており、あとは細かいところを詰めていく。
あの。会食の前のセレモニーなんだけど。・・・にしてもいいかな?
郁はおずおずとちょっとした提案を切り出した。
すると堂上は情けない顔で「それだけは」と項垂れた。
郁は「デスヨネ~」と曖昧に笑う。
ちょっと突飛な提案だったから、これは却下されても仕方がない。
あと結婚後の話なんだけど。あたし就職してもいいかな。
先程の提案とは違い、今度は真剣な話だ。
堂上も真顔になり「実家を手伝うんじゃないのか?」と聞いてきた。
郁は「いろいろ考えたんだけど」と意を決して話し始めた。
郁の実家、笠原フーズの従業員は両親と兄3人と郁の6人だ。
兄3人のうち長兄のみが既婚者で、その妻は近所の会社でパートの事務員をしている。
だが子供ができたら、会社は辞めて笠原フーズで働くことを希望しているのだ。
また次兄、末兄が結婚したら、その妻たちも笠原フーズで働きたいとなるかもしれない。
つまり将来的に人員が余る事態が予想される。
郁はその辺の事情をサラリと説明した。
堂上は「なるほどな」と頷く。
笠原家の経済事情を言われれば、コメントはしにくいだろう。
堂上は冷静に「具体的に何かあるのか」と郁を見た。
う~ん。例えば警察官なんてどうかな?
郁は明るく、そう切り出した。
漠然とあるのは、もっと広い世界を見たいという欲求だった。
そして郁をそんな気にさせてくれたのは、ほかならぬ堂上だ。
それならば堂上と同じ仕事に就くのもありかと思ったのだ。
さっそくネットで警視庁の採用情報をチェックすると、郁でも要件を満たしていることがわかった。
同じ職場にはならないと思うけど、同じ仕事なら会話も増えるかと。。。
郁は笑顔でそう続けたが、全部言い終わらないうちに堂上が「絶対にダメだ!」と遮った。
聞いたこともないような厳しい口調に、怖い表情。
郁はその変化に驚きながら「デスヨネ~」と苦笑した。
ごめんなさい。
郁は頭を下げながら、深い深いため息をついた。
ずっと実家で働いていたのは、実家の仕事が好きだったからだ。
きちんと働いているつもりだが、やはり甘やかされている部分はあると思う。
本当の社会の厳しさは知らないのだと思われていても、仕方がない。
その郁が警察官になるだなんて、堂上から見れば許せないのだろう。
結婚式の話に戻るけど。ウェディングケーキのこと。
郁は恥ずかしさと自己嫌悪を押し隠しながら、無理矢理話題を変えた。
堂上は笑顔で話を合わせてくれたけれど、やはりどこかぎこちない。
そして何となく盛り上がらない空気のまま、郁は帰宅した。
さらにその翌日も、郁の気分は上がらない。
だが堂上はきっと切り替えて、しっかりと働いているはずだ。
自分だけ落ち込んでなどいられない。
郁は両手で頬をバチバチと叩いて気合いを入れると、配達に出た。
毎度ありがとうございます!笠原フーズです!
元気よく配達先を回りながら、郁の気分はかなり浮上した。
みんなが「郁ちゃんもうすぐだね」「幸せになれよ」などと声をかけてくれたからだ。
もう大丈夫。次のデートの時には前と同じように笑える。
そして配達を終え、自宅兼職場である笠原フーズに戻ってきたところで事件は起こった。
うわぁぁ~~~!!
駐車スペースに配達用のワゴンをとめて、車を降りたところで叫び声が聞こえた。
男とも女ともつかない異様な声に、郁は思わず振り返る。
すると髪を振り乱し目が血走らせた男が、こちらに向かって突進してくるのが見えた。
え。嘘。何?誰!?
郁は仰天しながら、その場に固まった。
そしてどこの誰ともわからない男は、郁にその魔の手を伸ばしたのだった。