番外編1
あんた、鈍すぎ。よくそれで刑事が務まるわね?
美女は自慢の黒髪を揺らしながら、手塚を見上げた。
手塚は思わず「何だよ」と声を荒げる。
自分が何をディスられているのか、まったくわからなかったからだ。
武蔵野署に勤務する手塚光は、多忙な毎日を過ごしている。
卑劣な犯罪は後を絶たない。
先週から今週にかけては、空き巣と自転車泥棒、連続ひったくり犯を逮捕。
日本は平和だ、治安が良いと言われるが「どこがだ!」と叫びたくなるほど忙しい。
そしてようやく取れた休日、手塚は久しぶりのデートを楽しんでいた。
恋人の柴崎麻子は一流企業に勤務しており、やはり仕事で多忙だ。
だからこうして休みを合わせて出かけるのは、本当に貴重。
だがそんな時ほど、会いたくない人間に会ってしまうものである。
すみません!通ります!ごめんなさい!失礼します!
見覚えのある1人の女が、賑やかに声を上げながら疾走している。
彼女はかつて手塚が誤認逮捕した相手。
そして今ではなぜか尊敬する先輩の恋人におさまった笠原郁だった。
相変わらず、無駄に目立つヤツ。
手塚が思わず眉間にシワを寄せた。
その感想はもっともなものだった。
郁は大きなダンボール箱を2つ重ねて持っていたのだ。
両手で下の方のダンボールを持ち、上の箱は顎で固定している。
そんな格好でかなりのスピードで走っていたのだ。
前方から走って来た郁も手塚の姿を認めて「ゲェェ」と声を上げた。
だが曖昧に会釈をすると、そのまま通り過ぎようとする。
愉快でないのはお互いさまと言うことだろう。
手塚もありがたくそれに倣おうとしたが、無理だった。
何と柴崎が郁に「こんにちは」と声をかけたのである。
あ、どうも。こんにちは。
郁は足を止めると、顎でダンボールを押さえたまま器用に頭を下げた。
すると柴崎が「柴崎麻子と申します。あなたは笠原さん?」と勝手に自己紹介を始める。
郁は驚き「え~!?なんでわかるの?」と声を上げた。
手塚は思わず「やっぱりコイツ、バカだ」と呟く。
なぜなら郁が抱えているダンボール箱には「笠原フーズ」と書いてあるのだから。
郁はクエスチョンマーク全開の顔のまま「笠原郁です」ともう1度頭を下げた。
手塚は郁を指して「職場の先輩の恋人」と補足してやった。
挨拶されればちゃんと返すし、初対面の相手に名乗られればちゃんと自分もフルネームで答える。
手塚も郁のそういう素直さと礼儀正しさは、評価できた。
何でこんな女が堂上の恋人なのだいう気持ちは消えないが、良いヤツなのは間違いない。
お前、配達だろ。車はどうした?
手塚は何の気なしにそう聞いた。
妙齢の女がダンボールを抱えて疾走する姿は、やはり微妙だ。
この女だからということを差し引いても、違和感がある。
それがさ。先週立て続けに3回も路上駐車で違反切符を切られちゃって。
郁はバツが悪そうに、苦笑した。
手塚はまたしても「バカ」と悪態をつく。
郁は返す言葉が浮かばないのが、悔しそうだ。
すると柴崎が「ねぇ」と2人の会話に割って入った。
それって配達中に?
柴崎は不思議そうにそう聞いた。
すると郁は「そうなんですよ!」と勢い込んで、身を乗り出す。
だがその拍子に重ねていたダンボール箱がずれてしまい、郁は慌てて抱え直した。
駐車場がないお店だと、ついつい路駐しちゃって。
ものの5分だしと思ったけど、やっぱりルールは守らないとですね!
郁は笑顔で説明した後「それじゃ急ぐんで!」と再び駆け出す。
手塚はその後ろ姿を見送りながら「やっぱりバカだ」と吐き捨てた。
先週だけで3回も切符を切られるなんて、間が悪いヤツ。
手塚は思わずそう呟いた。
すると柴崎は「あんた、鈍すぎ」と吐き捨て、これ見よがしにため息をついた。
よくそれで刑事が務まるわね?
容姿端麗な恋人は外面が良いくせに、手塚には容赦がない。
何をディスられているのか、まったくわからない手塚は「何だよ」と声を荒げた。
だが柴崎はまったくビビった様子もなく、もう1度盛大にため息をついた。
たった5分の路駐で、週に3回も取り締まられるなんて。
そんな偶然、本当にあると思う?
柴崎は長身の手塚を見上げながら、問いかけた。
まるで母親に諭される子供のような口調に、手塚は一瞬ムッとする。
だがすぐにその答えに思い至り、思わず「まさか」と声を上げていた。
美女は自慢の黒髪を揺らしながら、手塚を見上げた。
手塚は思わず「何だよ」と声を荒げる。
自分が何をディスられているのか、まったくわからなかったからだ。
武蔵野署に勤務する手塚光は、多忙な毎日を過ごしている。
卑劣な犯罪は後を絶たない。
先週から今週にかけては、空き巣と自転車泥棒、連続ひったくり犯を逮捕。
日本は平和だ、治安が良いと言われるが「どこがだ!」と叫びたくなるほど忙しい。
そしてようやく取れた休日、手塚は久しぶりのデートを楽しんでいた。
恋人の柴崎麻子は一流企業に勤務しており、やはり仕事で多忙だ。
だからこうして休みを合わせて出かけるのは、本当に貴重。
だがそんな時ほど、会いたくない人間に会ってしまうものである。
すみません!通ります!ごめんなさい!失礼します!
見覚えのある1人の女が、賑やかに声を上げながら疾走している。
彼女はかつて手塚が誤認逮捕した相手。
そして今ではなぜか尊敬する先輩の恋人におさまった笠原郁だった。
相変わらず、無駄に目立つヤツ。
手塚が思わず眉間にシワを寄せた。
その感想はもっともなものだった。
郁は大きなダンボール箱を2つ重ねて持っていたのだ。
両手で下の方のダンボールを持ち、上の箱は顎で固定している。
そんな格好でかなりのスピードで走っていたのだ。
前方から走って来た郁も手塚の姿を認めて「ゲェェ」と声を上げた。
だが曖昧に会釈をすると、そのまま通り過ぎようとする。
愉快でないのはお互いさまと言うことだろう。
手塚もありがたくそれに倣おうとしたが、無理だった。
何と柴崎が郁に「こんにちは」と声をかけたのである。
あ、どうも。こんにちは。
郁は足を止めると、顎でダンボールを押さえたまま器用に頭を下げた。
すると柴崎が「柴崎麻子と申します。あなたは笠原さん?」と勝手に自己紹介を始める。
郁は驚き「え~!?なんでわかるの?」と声を上げた。
手塚は思わず「やっぱりコイツ、バカだ」と呟く。
なぜなら郁が抱えているダンボール箱には「笠原フーズ」と書いてあるのだから。
郁はクエスチョンマーク全開の顔のまま「笠原郁です」ともう1度頭を下げた。
手塚は郁を指して「職場の先輩の恋人」と補足してやった。
挨拶されればちゃんと返すし、初対面の相手に名乗られればちゃんと自分もフルネームで答える。
手塚も郁のそういう素直さと礼儀正しさは、評価できた。
何でこんな女が堂上の恋人なのだいう気持ちは消えないが、良いヤツなのは間違いない。
お前、配達だろ。車はどうした?
手塚は何の気なしにそう聞いた。
妙齢の女がダンボールを抱えて疾走する姿は、やはり微妙だ。
この女だからということを差し引いても、違和感がある。
それがさ。先週立て続けに3回も路上駐車で違反切符を切られちゃって。
郁はバツが悪そうに、苦笑した。
手塚はまたしても「バカ」と悪態をつく。
郁は返す言葉が浮かばないのが、悔しそうだ。
すると柴崎が「ねぇ」と2人の会話に割って入った。
それって配達中に?
柴崎は不思議そうにそう聞いた。
すると郁は「そうなんですよ!」と勢い込んで、身を乗り出す。
だがその拍子に重ねていたダンボール箱がずれてしまい、郁は慌てて抱え直した。
駐車場がないお店だと、ついつい路駐しちゃって。
ものの5分だしと思ったけど、やっぱりルールは守らないとですね!
郁は笑顔で説明した後「それじゃ急ぐんで!」と再び駆け出す。
手塚はその後ろ姿を見送りながら「やっぱりバカだ」と吐き捨てた。
先週だけで3回も切符を切られるなんて、間が悪いヤツ。
手塚は思わずそう呟いた。
すると柴崎は「あんた、鈍すぎ」と吐き捨て、これ見よがしにため息をついた。
よくそれで刑事が務まるわね?
容姿端麗な恋人は外面が良いくせに、手塚には容赦がない。
何をディスられているのか、まったくわからない手塚は「何だよ」と声を荒げた。
だが柴崎はまったくビビった様子もなく、もう1度盛大にため息をついた。
たった5分の路駐で、週に3回も取り締まられるなんて。
そんな偶然、本当にあると思う?
柴崎は長身の手塚を見上げながら、問いかけた。
まるで母親に諭される子供のような口調に、手塚は一瞬ムッとする。
だがすぐにその答えに思い至り、思わず「まさか」と声を上げていた。