本編
テメー、ふざけるなよ!
郁は思わず立ち上がると、目の前の男の頬にストレートなパンチをお見舞いした。
しかもグー、つまり拳である。
ホテルのレストランのお食事券が当たったの!
だから一緒に行きましょう!
母親にそう言われたときは「ラッキ~♪」としか思わなかった。
ちょっと高級な場所だからと言われた時も、素直に信じた。
たった1枚持っている、友人の結婚式の時に誂えたワンピースを着て、普段はしないメイクもした。
レストランに着くと、奥の個室に通された。
そこにいたのは1人の若い男と、彼に面差しが似ている中年の御婦人。
そしてご近所の世話好きおばさんが待っていた。
ここへ来てようやく、郁は状況を理解した。
これはいわゆるお見合い。
そして郁は騙し討ちされたのだ。
お母さん!
郁は思わずそう叫んだが、母は涼しい顔で「だってぇ~」としなを作っている。
ああ、迂闊だった。警戒するべきだったのだ。
20代も後半に差し掛かった頃から、母はやたらと結婚を仄めかすようになった。
○○さんとこのお嬢さん、結婚するんだってよ?
あんたももういい歳だし、イイ人はいないの?
そんな言葉をしょっちゅう浴びせられており、郁は真剣に独り暮らしを検討している最中だった。
ほら郁ちゃん、寿子さんも!早くいらっしゃい!
先に来ていた世話好きおばさんが、手を振っている。
郁は諦めてため息をつくと、テーブルへと歩き出した。
怒って帰るという、真っ先に思いついた選択肢はまず消した。
母と世話好きおばさんだけならともかく、相手の方とそのお母さんらしき女性もいるんだし。
いくら何でもここまで来て帰るのは、失礼だろう。
というのは、あくまで言い訳。
郁自身、この状況に興味が湧いたのだ。
お見合いなんて、小説とかドラマの中でしか見たことがない。
こんな経験、滅多にできることじゃない。
それに実家が営む会社で働く郁は、極端に出逢いが少ない。
自慢じゃないが、年齢イコール彼氏いない歴なのだ。
ついにそれにピリオドが打てるチャンスかもしれない。
郁ちゃん、こちらは堂上篤さん。
テーブルにつくなり、世話好きおばさんが紹介してくれる。
すると男性が「初めまして」と頭を下げた。
間近で見ると顔立ちも整っているし、低音の声も魅力的だ。
しかも一見細身だが、しっかりと鍛えられた躯つき。
郁は一目見て「カッコいい!」と思った。
そしてすぐに食事をしながらの歓談になる。
だがここで郁のテンションが下がった。
料理は事前に指定されていたようで、オーダーすることもなく運ばれてきた。
一応フレンチのコースらしい。
それは1つ1つ綺麗に彩りよく作られていたが、量が圧倒的に少ないのである。
ただの食事と聞かされていた郁の胃は、朝から「食べてやるぞモード」だった。
郁は内心がっかりしながら、それでもコース料理を平らげていく。
その間、ずっと喋っていたのは、それぞれの母親と世話好きおばさんだった。
見合い相手の男、堂上篤は警察官だという。
出逢いがない職場で、恋人もできなくてと堂上の母が告げている。
対する郁の母は「この子も出逢いがないんですよね~」と嬉々として答えていた。
そして家は会社を営んでいるが、郁の兄が継ぐ予定なのだとも。
つまりお互い、跡取り問題はないということを確認し合ったことになる。
こういうお互いの身上を確認し合うのもお見合いなんだと、郁は他人事のようにそう思っていた。
そして食事が終わると、郁は堂上とホテルの中庭を歩いた。
見合いの定番「あとは若い2人で」というやつだ。
2人きりになるなり、堂上は「郁さんは美味しそうにものを食べますね」と笑った。
その笑顔に郁はドキリとする。やっぱりカッコいい!
はい。食べることは大好きです。
郁がそう答えると、堂上は「俺もです」とまた笑う。
笑うと少し幼くなる顔。
この人のことをもっと知りたいと思った郁は、とりあえず流れで食べ物の話を続けた。
堂上さんは食べるものだと何が好きですか?やっぱりお肉とか?
郁がそう聞くと、堂上は「肉も魚も好きですよ。何でも食べます」と答える。
だが良好な雰囲気はここまでだった。
堂上はその後、郁にとって地雷となることを言ったのだ。
テメー、ふざけるなよ!
郁は思わず立ち上がると、目の前の男の頬にストレートなパンチをお見舞いした。
しかもグー、つまり拳である。
あんたなんか、お断り!
郁はそう叫ぶと、さっさとその場から身を翻して走り出した。
尻餅をついた男がびっくりした顔で郁を見上げていたような気がしたが、そのまま放置した。
郁は思わず立ち上がると、目の前の男の頬にストレートなパンチをお見舞いした。
しかもグー、つまり拳である。
ホテルのレストランのお食事券が当たったの!
だから一緒に行きましょう!
母親にそう言われたときは「ラッキ~♪」としか思わなかった。
ちょっと高級な場所だからと言われた時も、素直に信じた。
たった1枚持っている、友人の結婚式の時に誂えたワンピースを着て、普段はしないメイクもした。
レストランに着くと、奥の個室に通された。
そこにいたのは1人の若い男と、彼に面差しが似ている中年の御婦人。
そしてご近所の世話好きおばさんが待っていた。
ここへ来てようやく、郁は状況を理解した。
これはいわゆるお見合い。
そして郁は騙し討ちされたのだ。
お母さん!
郁は思わずそう叫んだが、母は涼しい顔で「だってぇ~」としなを作っている。
ああ、迂闊だった。警戒するべきだったのだ。
20代も後半に差し掛かった頃から、母はやたらと結婚を仄めかすようになった。
○○さんとこのお嬢さん、結婚するんだってよ?
あんたももういい歳だし、イイ人はいないの?
そんな言葉をしょっちゅう浴びせられており、郁は真剣に独り暮らしを検討している最中だった。
ほら郁ちゃん、寿子さんも!早くいらっしゃい!
先に来ていた世話好きおばさんが、手を振っている。
郁は諦めてため息をつくと、テーブルへと歩き出した。
怒って帰るという、真っ先に思いついた選択肢はまず消した。
母と世話好きおばさんだけならともかく、相手の方とそのお母さんらしき女性もいるんだし。
いくら何でもここまで来て帰るのは、失礼だろう。
というのは、あくまで言い訳。
郁自身、この状況に興味が湧いたのだ。
お見合いなんて、小説とかドラマの中でしか見たことがない。
こんな経験、滅多にできることじゃない。
それに実家が営む会社で働く郁は、極端に出逢いが少ない。
自慢じゃないが、年齢イコール彼氏いない歴なのだ。
ついにそれにピリオドが打てるチャンスかもしれない。
郁ちゃん、こちらは堂上篤さん。
テーブルにつくなり、世話好きおばさんが紹介してくれる。
すると男性が「初めまして」と頭を下げた。
間近で見ると顔立ちも整っているし、低音の声も魅力的だ。
しかも一見細身だが、しっかりと鍛えられた躯つき。
郁は一目見て「カッコいい!」と思った。
そしてすぐに食事をしながらの歓談になる。
だがここで郁のテンションが下がった。
料理は事前に指定されていたようで、オーダーすることもなく運ばれてきた。
一応フレンチのコースらしい。
それは1つ1つ綺麗に彩りよく作られていたが、量が圧倒的に少ないのである。
ただの食事と聞かされていた郁の胃は、朝から「食べてやるぞモード」だった。
郁は内心がっかりしながら、それでもコース料理を平らげていく。
その間、ずっと喋っていたのは、それぞれの母親と世話好きおばさんだった。
見合い相手の男、堂上篤は警察官だという。
出逢いがない職場で、恋人もできなくてと堂上の母が告げている。
対する郁の母は「この子も出逢いがないんですよね~」と嬉々として答えていた。
そして家は会社を営んでいるが、郁の兄が継ぐ予定なのだとも。
つまりお互い、跡取り問題はないということを確認し合ったことになる。
こういうお互いの身上を確認し合うのもお見合いなんだと、郁は他人事のようにそう思っていた。
そして食事が終わると、郁は堂上とホテルの中庭を歩いた。
見合いの定番「あとは若い2人で」というやつだ。
2人きりになるなり、堂上は「郁さんは美味しそうにものを食べますね」と笑った。
その笑顔に郁はドキリとする。やっぱりカッコいい!
はい。食べることは大好きです。
郁がそう答えると、堂上は「俺もです」とまた笑う。
笑うと少し幼くなる顔。
この人のことをもっと知りたいと思った郁は、とりあえず流れで食べ物の話を続けた。
堂上さんは食べるものだと何が好きですか?やっぱりお肉とか?
郁がそう聞くと、堂上は「肉も魚も好きですよ。何でも食べます」と答える。
だが良好な雰囲気はここまでだった。
堂上はその後、郁にとって地雷となることを言ったのだ。
テメー、ふざけるなよ!
郁は思わず立ち上がると、目の前の男の頬にストレートなパンチをお見舞いした。
しかもグー、つまり拳である。
あんたなんか、お断り!
郁はそう叫ぶと、さっさとその場から身を翻して走り出した。
尻餅をついた男がびっくりした顔で郁を見上げていたような気がしたが、そのまま放置した。
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