番外編3
もしも検閲がなくなって、図書館に防衛部も特殊部隊もなくなった時。
2人がまだ1人で今と同じ気持ちで再会できたら、そのときには。
郁は最愛の男にそう告げて、別れたはずだった。
生まれて初めての恋はジレジレと捩れた挙句、結ばれずに終わった。
ハッピーエンドではなかったけれど、終わってみれば美しい思い出。
・・・にしたかったのに。
結局片想いで終わったはずの男は、郁の新天地に乗り込んできたのだ。
東京の東の外れの商店街の中の食堂。
昼は定食屋、夜は居酒屋として繁盛するその店で、郁は楽しく働いていた。
美味しいものが大好きな郁には、嬉しい職場だ
勤務時間は長いけれど、特殊部隊で鍛えた身体は少々のことでは倒れたりしない。
本が好きなのは変わらないので、仕事の合間にたくさん読みたい。
出逢いがあれば、新しい恋もしたい。
それなのに、だ。
男は郁の職場を突き止め、休みのたびにやってきては恋人を通り越して夫のように振る舞う。
おかげで40歳になろうとしている郁は、未だに年齢イコール彼氏いない歴になっている。
処女どころではない、キスの経験すらないスーパー未通女(おぼこ)。
そしてかつての王子様は、ねちっこい中年ストーカー男に成り下がってしまった。
もちろん嬉しくないわけではないのだ。
結局、彼と結ばれるなら、劇的な運命と言えなくもない。
だがどうにもロマンチックに欠ける展開と言わざるを得ない。
片想いのジレジレは嫌と言うほど経験したが、それすらなくなって久しい。
その後、両想いのドキドキを味わう暇もなく、一気に熟年夫婦みたいになっている。
だが結局、郁は折れた。
堂上のアプローチに押し切られる形で、結婚を受け入れたのだ。
それでもその後の堂上の行動にも、正直引いた。
郁が首を縦に振った翌日に、引っ越してきたのだ。
そして夜、眠ろうとしたとき、郁にのしかかり、キスを仕掛けてきた。
待て待て、何だ?その速さは!
これだって、嬉しくないわけではないのだ。
だが郁が住んでいるのは、店舗の1階、6畳一間の部屋だ。
畳敷きの古い部屋で、ベットはなく布団を敷いている。
そして郁はアラフォーになるまで、その手の経験がないまっさらな身体なのだ。
初めてが古びた和室のよれた布団の上って、あんまりじゃないか!
郁は堂上に辛辣な言葉を浴びせて、こんな場所でファーストキスを奪われた報復を果たした。
そして翌朝、郁は店の入口に一枚の貼り紙を出した。
堂上にもなにも言わず、ある日突然にだ。
それを読んだ堂上は「何だ、これ?」と不機嫌に眉間にシワを寄せる。
こんなところも昔の鬼教官を彷彿とさせて、郁は少しだけ笑った。
悪いけれど、ここは図書隊を去った郁がようやく獲得した居場所なのだ。
慣れない生活に苦労しながら築いた大事な城。
後から現れた堂上にペースを乱されたくない。
それでもお互いに手探りしながら、ゆっくりと2人の生活を作り上げればいいと思っていたのだ。
彼女が郁の前に現れるまでは。
それは郁が店の前に貼り紙をしてから、1週間後のことだった。
開店前、暖簾を出そうとした郁は「ちょっと」と声をかけられた。
郁は反射的に「いらっしゃいませ」と返したが、相手がこちらを睨みつけているのを見て固まった。
そこにいたのは、郁とは対照的な女性だった。
年齢は若くせいぜい20代後半、小柄で女性らしい身体つき、そして完璧なメイク。
彼女はほぼスッピンの郁を見て、鼻でフフンと笑った。
堂上さんと別れてください。
あなたみたいな女らしさのカケラもないおばさんに、あの人はふさわしくないから!
彼女は勝ち誇ったように宣言する。
そして「こんな貼り紙するなんて、卑怯じゃないの?」と郁を睨み上げた。
誰だ、この女は?
この女性の正体も貼り紙との関係もわからず、郁は首を傾げる。
だが同時に図書隊員だった頃、散々言われていた言葉を思い出した。
女らしくない、可愛くない、山猿、大女。
だが今は「おばさん」というキーワードが加わった。
かろうじてあの頃には持っていた若ささえ、今はないのだ。
年齢を無駄に重ねた今の郁は、堂上にとって面倒な相手なのかもしれない。
そのとき「あのなぁ」と店の入り口から声が響いた。
どうやら仕込みしていたはずの堂上が、騒ぎを聞きつけて出てきたのだ。
そして情けなさそうに眉を下げる郁を見て、安心させるように頷いた。
ああ、この人の王子様気質は健在だ。
何歳になっても、どこにいても、たとえストーカーに成り下がっても。
郁と女性の間に割って入った堂上の背中を見て、郁は苦笑した。
変わったもの、変わらないもの、いろいろある。
だけどきっと一番大事な物は、昔のままなのだろう。
2人がまだ1人で今と同じ気持ちで再会できたら、そのときには。
郁は最愛の男にそう告げて、別れたはずだった。
生まれて初めての恋はジレジレと捩れた挙句、結ばれずに終わった。
ハッピーエンドではなかったけれど、終わってみれば美しい思い出。
・・・にしたかったのに。
結局片想いで終わったはずの男は、郁の新天地に乗り込んできたのだ。
東京の東の外れの商店街の中の食堂。
昼は定食屋、夜は居酒屋として繁盛するその店で、郁は楽しく働いていた。
美味しいものが大好きな郁には、嬉しい職場だ
勤務時間は長いけれど、特殊部隊で鍛えた身体は少々のことでは倒れたりしない。
本が好きなのは変わらないので、仕事の合間にたくさん読みたい。
出逢いがあれば、新しい恋もしたい。
それなのに、だ。
男は郁の職場を突き止め、休みのたびにやってきては恋人を通り越して夫のように振る舞う。
おかげで40歳になろうとしている郁は、未だに年齢イコール彼氏いない歴になっている。
処女どころではない、キスの経験すらないスーパー未通女(おぼこ)。
そしてかつての王子様は、ねちっこい中年ストーカー男に成り下がってしまった。
もちろん嬉しくないわけではないのだ。
結局、彼と結ばれるなら、劇的な運命と言えなくもない。
だがどうにもロマンチックに欠ける展開と言わざるを得ない。
片想いのジレジレは嫌と言うほど経験したが、それすらなくなって久しい。
その後、両想いのドキドキを味わう暇もなく、一気に熟年夫婦みたいになっている。
だが結局、郁は折れた。
堂上のアプローチに押し切られる形で、結婚を受け入れたのだ。
それでもその後の堂上の行動にも、正直引いた。
郁が首を縦に振った翌日に、引っ越してきたのだ。
そして夜、眠ろうとしたとき、郁にのしかかり、キスを仕掛けてきた。
待て待て、何だ?その速さは!
これだって、嬉しくないわけではないのだ。
だが郁が住んでいるのは、店舗の1階、6畳一間の部屋だ。
畳敷きの古い部屋で、ベットはなく布団を敷いている。
そして郁はアラフォーになるまで、その手の経験がないまっさらな身体なのだ。
初めてが古びた和室のよれた布団の上って、あんまりじゃないか!
郁は堂上に辛辣な言葉を浴びせて、こんな場所でファーストキスを奪われた報復を果たした。
そして翌朝、郁は店の入口に一枚の貼り紙を出した。
堂上にもなにも言わず、ある日突然にだ。
それを読んだ堂上は「何だ、これ?」と不機嫌に眉間にシワを寄せる。
こんなところも昔の鬼教官を彷彿とさせて、郁は少しだけ笑った。
悪いけれど、ここは図書隊を去った郁がようやく獲得した居場所なのだ。
慣れない生活に苦労しながら築いた大事な城。
後から現れた堂上にペースを乱されたくない。
それでもお互いに手探りしながら、ゆっくりと2人の生活を作り上げればいいと思っていたのだ。
彼女が郁の前に現れるまでは。
それは郁が店の前に貼り紙をしてから、1週間後のことだった。
開店前、暖簾を出そうとした郁は「ちょっと」と声をかけられた。
郁は反射的に「いらっしゃいませ」と返したが、相手がこちらを睨みつけているのを見て固まった。
そこにいたのは、郁とは対照的な女性だった。
年齢は若くせいぜい20代後半、小柄で女性らしい身体つき、そして完璧なメイク。
彼女はほぼスッピンの郁を見て、鼻でフフンと笑った。
堂上さんと別れてください。
あなたみたいな女らしさのカケラもないおばさんに、あの人はふさわしくないから!
彼女は勝ち誇ったように宣言する。
そして「こんな貼り紙するなんて、卑怯じゃないの?」と郁を睨み上げた。
誰だ、この女は?
この女性の正体も貼り紙との関係もわからず、郁は首を傾げる。
だが同時に図書隊員だった頃、散々言われていた言葉を思い出した。
女らしくない、可愛くない、山猿、大女。
だが今は「おばさん」というキーワードが加わった。
かろうじてあの頃には持っていた若ささえ、今はないのだ。
年齢を無駄に重ねた今の郁は、堂上にとって面倒な相手なのかもしれない。
そのとき「あのなぁ」と店の入り口から声が響いた。
どうやら仕込みしていたはずの堂上が、騒ぎを聞きつけて出てきたのだ。
そして情けなさそうに眉を下げる郁を見て、安心させるように頷いた。
ああ、この人の王子様気質は健在だ。
何歳になっても、どこにいても、たとえストーカーに成り下がっても。
郁と女性の間に割って入った堂上の背中を見て、郁は苦笑した。
変わったもの、変わらないもの、いろいろある。
だけどきっと一番大事な物は、昔のままなのだろう。